過去の雑記 01年 6月

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6月21日
チューチューロケット!はスペシャルモードの途中。その先にさらにマニアックモードまであるらしい。ほんとにやるのか。> おれ

ねずみを逃がす時間の合間を縫ってDBProをインストール。まだ慣れないところはあるが、それなりに良さそうな感じ。感想はしばらく使い込んでから。

6月22日
例によって例のごとく中継ぎを人とも思わぬ森采配で読売に勝利。九回4点差で斎藤隆を投入しちまうんだもんなあ、このひたぁ。

チューチューロケット!スペシャルモードは23面。前途は遼遠であるらしい。

流行り物に挑戦シリーズとして例の一般常識診断の結果。
総合正解率82.0% ジャンル正解率 政治80.0% 経済90.0% 法律70.0% 歴史90.0% 国語80.0%
われながらいくらなんでも面白みのない結果だ。問題のバランスが悪いので結果の信憑性は疑わしいか。簡単な設問は簡単すぎるし難しい問題はどうでもいいという。だいたいこれは人文・社会系の教養であって一般常識ではないしな。自然科学、家政、スポーツ、ファッション、etc。一般常識としては抜け落ちているジャンルが多すぎ。

6月23日
つい借りてしまった『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』を見る。もっとストレンジラブ博士によりそったストーリーかと思っていたので若干予想とは違ったがまったく問題なく楽しめた。シニカルな笑いをフィルムに撮ったような名作。ただラストのストレンジラブ博士のセリフのつながりが今ひとつ腑に落ちなかった。解釈本を探してみるか。

夕方、所用で新宿へ。ついでに、この間から気になっていたYellow Submarine南口店を覗いてみる。残念ながら今の僕にはまったく縁のないトレカ&TCG専門店だった。そんなもの西口店の3Fだけで十分ではないかと思うのは需要を正確に把握していないということなのだろう。とりあえず知らないモンコレカードの山を見て、止めてよかったという思いを新たにしたことである。

発作的に歩く気分になってしまったので、まずは北口のホビットへ。TACTICS誌上でその存在を知って以来、一度は訪れてみたいと思っていた関東ゲーム界の聖地。しかし、そこもまたトレカの店だったのである。しかたなくガレキと市販プラモ(実はこっちがメイン)を眺めて店を出る。どこかにAvalon Hillメインのゲームショップとかはないのか。 < だから潰れたゲーム会社を求めても

続いて大久保まで出て新宿古書センターへ。せっかく開店記念とかで50%〜30%引きセールをやっていたのに、欲しい本が一つもない。なんだかひどく損した気分を味わいつつ店を出でる。良いんだ。読まない本を買わずに済んだんだから本当は得をしたんだ。

さらに高田馬場に出て芳林堂。しばらく本を見て回るうちに夕飯時になったので西早稲田のCoCo壱までカレーを食いに行く。久しぶりなんで油断していたら、オーダーの4辛と400gを間違えられてひどい目にあった。0辛のカレーを食うというだけでも辛い修行なのに400も食わねばならぬとは。それは拷問ではないだろうか。しょせんCoCo壱のカレーなんだから量食いたいとは思わないって。< 暴言だろう

400gの重さの前に歩く気力を失ったので都電に乗ってジュンク堂。B1のゴルゴ13棚の前にぶらさがったゴルゴストラップにはちょっと呆然。
文芸の新刊を眺めつつ、また今度と余裕の笑みを浮かべていたら突然足元をすくわれる。なぜこんなところにスワヴォーミル・ムロージェクの新刊が?傑作『象』(国書刊行会)の作者ムロージェクの新刊。これを買わないなんてことが出来ようか。というわけで、ムロージェク『所長』(未知谷)、ボッファ『おまえはケダモノだ、ヴィスコヴィッツ』(河出書房新社)、アジェンデ『エバ・ルーナのお話』(国書刊行会)を購入。「カルヴィーノの再来」という煽りに負けた二冊目はともかく、いまさらの三冊目を買ったのはとある遠大な計画のため。非常に遠大な計画なので完成は期待しないように。

なぜか部屋にパッションフルーツがあったので食べてみる。
赤黒い物体を半分に割ると、繊毛の生えた襞が覆い尽くす空洞があり、その内側には無数の緑色の小片を取り込んだ白ともオレンジともつかない色のゲル状の物体が。とても人間の食べるものとは思えない、というかこれは田中啓文の作品中の食い物では。こんなもの食ったら、間違いなく触手が生えてくるぞ。いや、食べてみたらふつうの果物でしたが。

なんとなくアクセス解析というか被リンク解析をつけてみる。まだ結果を楽しめるほどのデータはないがとりあえず。ほとんどみんなSF系日記更新時刻経由なのか。わかっていたことではあるが、ここまではっきり見えるとは思わなかった。

某ページから旧山本正之ML関連のページをいくつか見て回る。「みなさん、お元気ですか。ながらくご無沙汰してますがぼちぼちやってます。アルバムもやっと買ったし。また、ご縁があればお声がけを」とか書いてみたり。あぁ、次のライブチケット取るのを忘れてたぁ!

6月24日
昨日買った植芝理一『夢使い』(講談社アフタヌーンKC)を読む。ディスコミ精霊篇の設定を引き継いだ新作。前作にも増して趣味全開で正直ついていくのがきつくなってきている。だから燐子はもういいから塔子を出せ塔子を。

カッパドキアでトルコ料理を食う。食べたのは、ケチャップ系の味付けの肉料理なのだが、この味付けが絶妙。そのうちまた食べに行こう。

山本正之コンサートVol.21『空を弾く少年』のチケットを入手。発売開始から8日も経っていたので無理かと思っていたのだが、なんとかなった。というわけでみなさま、会場で。

6月25日
借りているアクセス解析は思ったほど面白くない仕様であることが判明。何よりも検索キーワードがわからないというのが致命的。むー。やはり横着をせずに自分で作るべきなのか。

6月26日
テレビで見かけて以来気になっていた名古屋のアイスクリーム屋、茶っきり娘のサイトを発見。なぜ気になったかはリンクを辿っていただければわかるかと。

前回のユタで聞いたネタを突然思い出したのでメモ。魔夜峰央「パヴァーヌ!」。ここしばらく鈴木力氏から聞いたネタの中では最高だと思う。いや、だからといって夏コミまでに書けなどとは口が裂けても言いませんが。> 氏飼氏

「伝説マガジン」を見てしまう。伝説は伝説にとどめておくほうが良かったのでは。

カーター『夜ごとのサーカス』が進まないので、むだにあがくのは諦め星雲賞に投票。
日本長編部門は『レキオス』。アンケートによって『永遠の森 博物館惑星』と入れ分けているが、ファンタジー枠がないならこちらを優先だ。圧倒的な勢いは他に比較すべきものがない。
日本短編部門は「人喰い病」。こちらは緻密さに敬意を表して。
海外長編部門は棄権。読んだタイトル数があまりにも少ない上に、そのタイトルが『模造世界』『フレームシフト』『ダーウィンの使者』じゃいくらなんでも。来年は投票する気になれる作品があ(り、かつそれを読み終わってい)て欲しい。
『ランプリエールの辞書』はかなり考えた末、やはりSFではなかとうろいうことで却下。ジャンルぎりぎりの作品は疑念が沸くようじゃ投票できない。
海外短編部門はZ:イーガン「無限の暗殺者」と書きたくなる気持ちをぐっとこらえて「祈りの海」。「月の消失に関する説明」とどっちにするかは迷ったが、敢えてこちら。やはりたまには本命を抑えないと。
メディア部門はほとんど見てないので棄権、とすべきところを一時の出来心でZ:「マルコヴィッチの穴」。死票は覚悟の上なのでどうなっても大丈夫。
コミック部門は棄権。『封神演義』のラストの展開は受賞の価値ありという気もするが、中盤の弱さが気になるところ。あまりにも数読んでないので、「これだ!」という確信が持てない作品には投票しづらいというか。9割抑えていれば消去法で投票する気にもなるけど、1割程度じゃよほどとんでもない傑作でないと難しいやね。
アート部門は緒方剛志。いやなんとなく。
ノンフィクション部門は『思考する物語』。読んでない作品でおそらく傑作だろうと思うタイトルが山のようにあるのは確かだが、この作品なら票を投じても恥ずかしくないというか。しかし、未読の本に投票する人は非常に少ないということを考えると、未読がありえない「ASIMO」を書籍と同じ土俵に乗せるのはあまりにも卑怯という気がするね。
全体的にかなりおざなり。やはり読書量の絶対的な不足がネックだ。巻き返しを図りたいが。図りたいが。図ろう。うん。

とりあえず<文学の冒険>を。< 巻き返しになりません

6月27日
谷田貝さんの突込みに対する回答を一応。妖精と同様、魔女も鉄を嫌う。これは、鉄が魔を祓う力を持つとする民間伝承に由来する(ここで「鉄は魔法を疎外する」という話からRune QuestなどのRPGのルールに話題を拡げる手もあるが長くなるのでここでは置く)。なぜ鉄にそんな力があるかとなると、青銅器に対する鉄器の優越の記憶に由来するという説と、当初鉄は隕鉄の形でしか手に入らなかったので天界の物と思われていたという説がある。隕石が空から降ってきたものであるという説が受け入れられるまでの時間を考えると後者はやや疑わしいが、鉄器時代初期の人々がジェファーソン大統領よりも心が広かった可能性を否定する材料はないのでとりあえず置いておく。
妖精が聖書および聖別された品々に弱いというのも事実。キリスト教的には、妖精が神の罰を受けた者(ルシファーの叛乱の際中立を守ったため、永遠に救われずまた地獄に落とされもしないという中途半端な罰を与えられた)だから神の品々を嫌うのだという話になる。
まあ、そんなわけで、鉄と聖書を嫌うというだけでは、魔女と妖精のどちらかを判断する術はない。アニタのイメージを保つため妖精説を取るという立場はあるだろう。ただ、僕はより意外性のある方をとる。それにほら、どう言い繕おうと彼女がWitchと呼ばれているのは事実なんだし。

なお、青銅器を持つ先住民を追い払ったのは、ローマやノルマン(!)なんて最近の人々ではなくケルト人だ。彼らは鉄器の力によりヨーロッパ西部を蹂躙し、ストーンヘンジなどを作った先住民を追い払った。そして先住民達は神々に姿を変え、ケルト人たちの神話の中に居場所を見つけることになる。それが、後に妖精にまで零落するダーナ神族だ(この辺、乱暴な要約の上、裏をとってないんでまんま信じたりしないように)。暴虐な巨人族と戦い、敗れ、再度の戦いで多くの犠牲を払いながらもついに勝利し、束の間の栄光を味わった後、「人間」の興隆の前に消えていく。悲劇の神々、トゥアハ・デ・ダナーンの物語は各種神話中でも稀に見る傑作。銀の腕のヌァザのエピソードなんて涙なしでは読めませんぜ。ムアコックの<紅衣の公子コルム>の元ネタにもなった名作神話。一読をお勧めする。< なんか話題が変わっているような

6月28日
昨日の言い訳が、実は言い訳になってないということには既にお気づきだろうか。「アニタは(伝統的イメージの)魔女か妖精か」という話なら、あの言い訳で問題ないが、「悪魔と契約をした魔女か妖精か」となると話は変わってくる。実は「悪魔と契約した魔女」が「鉄に弱い」という話はそう転がってないのだな。鉄に弱いというエピソードが出てくるのは、吸血鬼などと同列に語られる怪物としての魔女の方。多面的なイメージを持つ対象について語るときはどの側面について語っているかを意識しろってことですね。
# 確信犯でやるのは性質が悪かろう。

というわけで「悪魔の使いアニタ」というのはオチに使うための誇張を含んだネタなのだった。まあ、鉄に弱く、聖書に弱いと書いてるってことは、「魔物である」と言ってるわけなので(妖精(シー、エルフなど)も鉄や聖書に弱いという描写がある場合、悪意の存在として描かれるのが普通)、大きな嘘はついちゃいないと思っているけど。

ところで、魔王に関する描写や、恋愛に対する奔放さも「魔女だから」って考えると、みごとに腑に落ちたりする。この辺のリアリティの作り方は本当にうまいよなあ。

アンジェラ・カーター『夜ごとのサーカス』(国書刊行会)読了。翼を持つ空中ブランコ乗りを主人公とする幻想小説、というまとめは嘘ではないがイメージはだいぶ違うような。<夢の文学館>収録の『ワイズ・チルドレン』同様、雑多な人々の人生を猥雑で下世話な語り口でつづる豊穣な物語、というほうが気分を正確に伝えているだろう。卵からうまれたという主人公の波乱万丈の冒険を軸に、彼女を育て上げた娼館の女性たちの毅さ、放り込まれた見世物小屋の人々の優しさ、サディスティックな猿使いに虐げられる女の、陳腐な、であるがゆえに悲劇的な半生、シベリアの奥地に暮らす人々の止まった時の世界など、数多くのエピソードが語られる。不器用な恋愛の物語としても、サーカスの夢に彩られた活劇としても、一瞬の静謐な幻想を味わう幻想小説としても楽しめた。

SFマガジン読み始め。添野知生のビデオ評が良い。とりあえず最も気に入った一文を引用。
マニアによるマニアのための代物なので、悪趣味だとか話がないとか特殊効果がひどいとか新味がないとか文句を言っても仕方がないのだ。
巧い。

6月29日
誘惑というのは「ここから出してくれるなら、なんでも約束するわ」のくだりです。> 谷田貝さん
発情したのは「窮地を脱した」後なので、ここでは関係ないです。「上記の一文は誘惑ちゃうやろ」という突っ込みはごもっとも。

あと、自然崇拝宗教の司祭としての魔女ってのは、黒魔術系以上に鉄や聖書を嫌わないんでちょっと辛いかと。ケルト系だと動物の生贄とか捧げるんで、それなりにおどろおどろしいし。

魔女とは何かを手っ取り早く知るにはJ・B・ラッセル『魔術の歴史』(筑摩書房)あたりがおすすめ。呪術師としての魔女から、魔女狩りの対象としての魔女を経て、近代の新興宗教な魔女まで社会学的な視点からまとめてあってとっつきやすい。実は、「魔女は鉄に弱い」という記述は無かったりするんだけど。
# この本で主に扱う実在の人物としての魔女はなんせ実在の人物だから鉄だの塩だの聖書だのに弱いのは難しいのだろう。

スワヴォーミル・ムロージェク『所長』(未知谷)読了。うーむ。
とある公営機関に勤める“僕”と、所長、部長、簿記係ら俗物たちのほろ苦くも滑稽な日常を描く<所長>シリーズを中心に68の短篇を収めた作品集。メインのシリーズがサラリーマンもの4コマのように読めてしまったのが敗因か。どうも日常の枠で理解できてしまう作品が多く、楽しめなかった。所内をうろついている犬を政府直属と誤解してみんなでご機嫌を取る「犬」、近代化のため平屋建ての所内にエレベータを設置する「エレベーター」など、コメディとしてそこそこの話はあるのだが、僕がムロージェクに求めていたのはそれじゃないという。もっとこう、飄々とした中から突拍子も無い幻想が立ち上がる瞬間が……。 < ないものを求めるのは無意味だろう

6月30日
夕方から神保町に出て買い物。ワトスンとゲイマンの新刊は不可抗力だから諦めるとして、<文学の冒険>5冊というのはさすがに問題があったか。さらに奇想天外をコンプリートにしたり、マンガを4冊買ったりいろいろしてしまったので、帰る頃にはかなりしゃれにならない重さに。日に数10冊の本を買う人の体力が信じられない今日この頃。

昼飯に神田で蕎麦をたぐる。試しにたれを下3分の1だけつけて、などとやってはみたが、啜りこむことが出来ずに敗退。どうも口の中に物があると噛んじまっていけねえや。

ふと立ち寄ったYS御茶ノ水はすっかりトレカの店になっていた。書泉ブックマートがあるから実害は無いとはいえなんともはや。ボードゲームの春はもうそろそろだと思っていたのだが。

先日疑問の残った作品のビデオを観る。疑問点の大方は腑に落ちた。なるほど、このセリフを忘れていたのか。

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