過去の雑記 01年12月上

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12月 1日
部屋に閉じこもり続けると煮詰まりそうだったので、夜からユタ。今日の参加者は大森望、小浜徹也、添野知生、高橋良平、林、福井健太、三村美衣、柳下毅一郎(あいうえお順、敬称略)。僕が参加してからの主な話題は、W杯組合せ、年度ベスト、今年度の海外SFは8タイトル、常識のなさを実感するとき、慶事と弔事、新刊の評判、来年の展望、未来のない球団、とある人の行動パターン解析、オンラインファンジンなど。

帰宅後、「発狂した唇」を見たり「ウテナ劇場版」を見たりしてしまう。「ウテナ」は見よう見ようと思いつつ見損ねていたもの。後半だけ見たときに比べると格段にわかり易い。やはり、映画は後半だけ見たりするものではないらしい。

12月 2日
モーニング娘。のライブ映像を見る。13人で歌う「ハッピー・サマー・ウェディング」は初めて見た。そうか中澤の代わりは飯田なのか。飯田、保田、矢口、後藤、辻、加護の区別がほぼ確実につくようになった自分に感動を覚える今日この頃。安部なつみが誰かはよくわからないのだが。

本も順調に読み終わったりしたが感想はまた後日。

12月 3日
Free Cell #1941で、フリーセルにも解けない配置があることを知る。あって当然という気もするのだが、Win95版の「証明してないけど全部解ける」というコメントにすっかり騙されていた。自分で確認していないことを信じるのはよくないとあらためて反省した今日この頃。

問題は、自分で確認するためには32000の配置をすべて解く必要があるということだな。

12月 4日
テレビ放映中の「光の帝国」を録画しつつ仕事をしたり、これを書いたり。「日記を書くくらいならテレビを見てしまえ」という意見は正論だが、正論ゆえに聞き入れることは出来ないのだった。

とりあえず、このビデオを観るのは仕事が一段落してからになるのだろう。ああ、「009」2回分と、P-MODELのライブもまだ見てないのに。また積録が増える……。

12月 5日
仕事用の本を一通り読み終える。

それはそれとして<新・銀河帝国興亡史>を読み終えた。

ベンフォード『ファウンデーションの危機』は読み通すのが実に辛い作品。ページ数が最大ということもあるが、<ファウンデーション>に対する愛がまったく感じられないのが最大のネック。ダールの不穏が大きなネタになっているのにレイチ・セルダンが一単語しか登場しないというんだからどうしようもない。書き込まれたテーマも明らかにベンフォードの興味が主体で、旧シリーズの意識とはかなりずれている。それでも、ベンフォードの小説として面白いというのなら、それはそれでかまわないのだが、残念ながらそれもなし。拙い筆致で大学の腐敗だの模造人格同士の恋愛だの書かれても。シリーズ全体のネタフリが無ければまったく読む価値が無いひどい代物だった。

それに比べてベア『ファウンデーションと混沌』のいかに素晴らしいことか。『ファウンデーション』第一部、「心理歴史学者」のリライトという確かな題材選択からも先行作品に対する敬意がうかがえる。続編を書くというのならこうでなくては。結果としての作品が手放しで面白いかと問われれば返答に窮するが。

ブリン『ファウンデーションの勝利』については別の時間、別の場所で。<ファウンデーション>の読者にとって、少なくともラストは読む価値がある。

全編通しての問題点は各巻でキャラの性格付けどころか、持っている知識などの設定自体変わること。「お前はそれを知らんはずだろうが」と何度突っ込んだことか。これから読む方は競作であって共作では無いんだと思ったほうが精神安定上よろしいかと。

12月 6日
プチッと音をたてて切れた感覚があったので色々とお買い物。

竹本泉『ぴこぴこのきらきら』(宙出版ミッシィコミックス)はせーふくもの系の竹本泉。表題2作を<ねこめーわく>のムックで読んでいたのでちょっとお得感が薄い。「14」シリーズの変さも捨て難いがキャラ的なツボは「ぴんくのマシンガン」の方。マシンガンのようにしゃべる女の子を傍でボーっと見ているのは楽しいよね。

貞本義行『新世紀エヴァンゲリオン』7巻(角川書店カドカワコミックスA)は初号機暴走編。概ね原作の通りなので特に感想は無い。着地点をどうするのかだけを楽しみに今後も読み続ける予定。

SF Japan 03はコミックとイラストを眺めただけ。コミックではとり・みきの「遠くへ行きたい 手塚編」が良かった。このままTV Brossに載っていても何も違和感が無いというあたりも素晴らしい。イラストでは村田蓮爾のどこかえっちなアトムと菅原芳人の昔の邦画ポスターのようなビッグXが良かった。沙村弘明の百鬼丸がまんま万次なのはあれとして、驚いたのはあさりよしとお。良く見ると確かにあさり画なのだがパっと見の印象は見事なまでに手塚画そのもの。なるほどね。

小説推理1月号は「幻想と怪奇対談」を眺めただけ。かなり怪奇よりだったのは残念。もう少し幻想よりだとストライクゾーンなのだが。

幻想文学62号「特集 魔都物語」は本当に買っただけ。ダンセイニのショートショートだけでもとっとと読もう。

ああ、あと純資料用に『ミステリデータブック』を買った。巻頭の作家事典にスラデックがあるのにアシモフの名が無いと思ったら「ミステリ文庫作家事典」なのか。奥が深い。

12月 7日
絶対に冗談だと思い込んでいた星野・阪神監督説がほぼ現実に。本気か阪神。いや、それ以上に正気か星野。今年はモチベーションの低下で惨憺たる結果に終わったとはいえ、中日監督としてそれなりの結果を残した人物。このまま評論家でいれば名古屋球界の小覇王として小さな帝国を維持していけただろうに敢えて火中の栗を拾いに行くとは。もっと政治的な人物だと思っていたんだが。

しかし、これで来期のペナントにも少し興味がわいてきた。たとえ贔屓球団が消滅していたとしても。

12月 8日
仕事をひとつ終わらせる。これくらいのことでここまで疲弊するか。> おれ

結局のところ好きなことなので作業自体は苦しみながらも楽しんでいるのだが、今回はスケジューリングに大きな失敗があった。今後の反省点としたい……んだが、次は本業が立ちはだかる予定なのだった。なんとかなる、といいなあ。

いや、すぐに煮詰まってフリーセルをやり始めるのが最大の問題だとは思うのだが。

12月 9日
疲れていたので一日中だらだらする。夕方、一念発起してコートを買いに行くが店を回るうちに何がなんだかわからなくなったので断念。「着たく無い服」はイメージできるが「着たい服」はイメージできないのが難点だな。春になって選択肢が減ったら再挑戦してみるか。

12月10日
ちょっと心に余裕があったので、久しぶりにSFじゃないものを読む。殊能将之『鏡の中は日曜日』(講談社ノベルス)読了。マルラメの詩をイメージして建てられた梵貝荘を舞台とする館もの。館ものだというのに「館もの館に住むことの不便」を語ってしまうあたりはらしすぎる。面白く読みはしたが、なにぶん本格の素養の無い我が身ゆえ、本質的なところで楽しみ損ねているという不安がつきまとったり。しかし殊能作品を楽しむためだけに本格を徹底的に読むというのも何やら本末転倒な気も。はて、どうすべきか。

ところで。殊能作品はここまで、サイコ、因習、バカ、館と来ているわけだが、この調子で毎回ジャンルを変えていくのだろうか。だとすると、そのうちトラベルミステリだの京都旅情物だの競馬物だのが出てきたりするのかも。それはそれで楽しみだな。あ、倉阪鬼一郎風とかは特に読んでみたいかも。 < 毒に毒を入れてどうする

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