過去の雑記 05年 6月

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6月16日
昨日のD&D(AD&D)サイトをさらにいろいろ眺めていたのだけど、どうも、ここのプレイヤーが偏っているだけで、D&Dのルール自体が極度にパワープレイ的に変わったというわけではないようだ。
#もともとパワープレイ志向のシステムだけどね。

彼らの場合、意図的にパワープレイを志向しているので、原則天然のマンチキンと呼ぶのは憚られるところはあるのだけど、さすがにここの例まで行くと、ちょっとあれ。

命中ダイスが目標値を大きく超えると追加攻撃が発生するという特殊能力を生かして雑魚100匹を1撃で屠る話とか、特殊能力でリセットかける話とか読んでいると、RPGというものに持っていたイメージががらがらと崩れてくる。

いや、たしかに、ちょっとやってみたい気もするけどさ、それ。

先日の宇宙戦争比べのおまけ。今回、読み比べた『宇宙戦争』の早川、創元、角川(これはざっと)各版のうち、早川版だけは、度量衡の単位がフィート・ポンド法ではなく、メートル法で統一されていた。現代SFならともかく、ヴィクトリア朝の薫り高き『宇宙戦争』だと、いささか趣に欠けるかなと思ったのだが、ふと、星新一が『海竜めざめる』の翻訳について書いたエッセイで「フィート・ポンドは読者の便宜を考慮してすべてメートル法に直した。文学作品はともかく、SFはわかりやすことが第一だ」(大意)というようなことを書いていたことを思い出した。

『海竜めざめる』の下訳だか実質的な翻訳だかは、たしか斉藤伯好だから、「SFはメートル法」というのは氏のポリシーなのかもしれない。

ポリシーじゃしょうがないよなと、唐突に納得して、この項終り。

6月17日
まだ、先日のAD&Dサイトにはまってます。今日はこれ。「ダイスの振り方色々」。「Hack Master Player's Handbook」の「All Things Dice」という記事の翻訳&注釈だそうで。ダイスが往々にして信仰を生むというのは体験していることだけど、それにしても。なに考えてんだ、アメリカ人。

Ubuntuたんの絵描きの人って、FirefoxのTabextensionsの作者の人でW3C子まとめの人で「人生を狂わす「電車男」」の人で「カトキ立ちは何故好まれる? 〜カトキ立ちの最適角〜」の人だったのか、いまさらすべてがつながったよ!< 遅すぎ
ぼくは、どうやらこの人のコンテンツが全般的に好きらしい。

LEE 40倍を食う。正確には30倍+辛味スパイス。サイドディッシュにコンビニのポテトサラダとシャウエッセン。あー、確かに辛いんだけど、ただ唐辛子辛いだけというか、面白みも何にも無い辛さでちょっとリアクションに困った。これなら、まだCoCo壱10辛のほうが面白みがある。こういう辛さなら、2度は必要ないなあ。

6月18日
先週の「エウレカセブン」。やっと軍の悪事と過去のトラウマを映像で書いてくれて一安心。「だから爆撃終了後に攻撃してたら意味無いだろう」とか「どうせ、いままでの強さからすると負けるはず無いんだから最初に襲っとけ」とかまで言い始めるときりが無いか。空中戦の尺が足りなくて不満が残るのはいつものことなんで、欲求不満を溜めとく狙いなんだろう。赤いエウレカが登場したあたりで一度くらいはお腹一杯見せてくれるかな。秘密計画関係は今のペースで良いとして、あとはバカに覚悟を持たせるエピソード(死の覚悟じゃなくて、殺す覚悟;あるいは殺しているという自覚)がほしいかな。エウレカのセリフからすると、そこを書く気はあるみたいだし。

2日前の「スピードグラファー」。リセットかけつつ状況を動かしました回。若い娘に男を寝取られ、プライド捨ててまで取り戻したのに男はまったく反応しないという銀座ひばり警部が悲しすぎて涙がでます。しかし、まる1日気絶してるのに、勃つだけは勃ってるってのはどういう状況なんだ? > 雑賀

精力剤の類は消費してるところを見ると、ヤクかなんかで朦朧としてるのか? 超絶の虎欧州ダーツ。欧州主要国の首都の位置をダーツ(ダーツである意味はほとんど無し)で狙い、距離のズレを最小にするゲーム。ドイツ語だけど、オランダの首都が意外な名前になっている他は大丈夫。画像サイズ固定でけっこう大きいので、1024×768だと工夫が必要。1回目のプレイでは5000km強でした。慣れても1000kmを割るのはけっこう大変そう。

8時過ぎから元ユタ。参加者は、山本家、堺三保、添野知生、尾之上俊彦、高橋良平、大森望、小浜家、添野知生、林、柳下毅一郎、海老沢玉希(たぶん到着順、敬称略)。

主な話題は、堺家のアパートの人々、さんぽん東京生活の謎、肋間神経痛、眞鍋かをりコンティニューVS木村カエラQJ、メイキング・オブ・ESBのβテープ、手早いTシャツのたたみ方実演、上野の変なTシャツ屋、いまさらmusical batonが来た、2chのスレに渡す、他のバトンの可能性、エロゲバトン、ヘキサゴン正答率収集、常識としてのノックスの十戒・ヴァン・ダインの二十則、ノックスの十戒・ヴァン・ダインの二十則がすべて言えるか、三原則ならすべて言える、サムライの三原則、『宇宙戦争』(小説)、『宇宙戦争』(映画)、ヘキサゴン企画の回答者が足りない、その場で出演交渉、星雲賞投票、三省堂トーク、『現代SF1500冊』小沢と小野の間、SF大会登録番号ナンバリングルールの謎、ANIMAXの新人賞の脚本審査、オズのマンチキン・RPGのマンチキン、最近のアニメ、ハガレン映画、リアル・フィクションがわかりません、人生のすべてのことは野球で語れる、リアル・フィクションとはSFMとファウストの交流戦である説、など(僕の到着以前の部分は山本和人さんの情報による < ありがとうございます)。

なんとかbatonはどんどん増殖しているようで、書籍、ビデオゲーム、映画などは既に実在する模様。

6月19日
力の及ぶ限りだらだらした後、決死の覚悟で起き出し、神保町へ。三省堂で『輝く断片』を購入し7/1のトークイベントの整理券を入手。30番でした。もちろん、書評用の本は戴いていたりするのだけど、代替案に当る本もすべて持っているので、敢えてそのものを買った次第。別に複本を手元に置きたい訳ではないので、欲しいという方があればお声掛けを。

ところで、このトークイベントの整理券を入手できる関連本というのはどこまでOKなのだろう。

帰宅後は、いただいたポーランドビールを肴にピザを食べたり。逆か。

6月20日
惑星開発委員会の「究極超人あ〜る」論(via さて次の企画は)。
 いつまでも「ここが私の居場所」になっちゃって、そのヌルい共同体から離れられなくなる。その共同体の中で通っていたキャラを「本当の自分の個性」とか思っちゃって、そのキャラが通る(かに見える)卒業したはずの部室に何度も顔をだしちゃうっていう……。  でも、そんな依存症の先輩たちって、後輩にはウザイだけじゃないですか。たいてい「ああ、さびしいんだな」ってところまで見透かされて、陰口叩かれるのがオチなわけです。
など、心に鋭く突き刺さる言葉もあるが、全体に苛立たしく、また的を外している感じ。
光画部を「ヌル目のオタクたち」と書いてしまう無神経さが苛立たしさの一因か。作中の描写の範囲では、彼らはゆるい文化系サークルではあっても、おたくではないぞ。他にも事実誤認だの誤記だのが多々あり、論の足場を悪くしている。
的外れに感じるのはゆうきまさみの他作品に対する評価がまったく納得できないのと、安易な世代論への回収の仕方が筋が悪く見えるためか。学歴云々を持ち出す品の無さも論に対する信頼感を損ねている。これが80年代文化系サークル論のベースになるのはかなり嫌だ。

ミュージカル・バトンがどこからも来ないから、寂しくて(笑)他のバトンを考えてみたよ。ボード/カード/トーク・ゲームバトンってのはどうか。

●今パソコンに入ってるボード/カード/トーク・ゲームファイルの容量
 原理的にありえないとは思わないのか?
●最後に買ったボード/カード/トーク・ゲーム
 Game Journal 14号付録(未プレイ)、ボックス・ゲームだと、「マレノストルム」(未プレイ)
●今プレイしているゲーム
 ゲームをプレイしながら日記を書く奴なんて、プレイ順を飛ばしてしまえ。
●よくプレイする、または特別な思い入れのあるゲーム5つ
・Britannia
 四人向けマルチとしては個人的ベストゲーム。本質的には6でりゃ良いんだろゲームであり、戦略性という言葉とは非常に遠いところにあるが、ゲーム性と歴史再現性のバランスが非常に心地よい。
・三国志演義
 中学・高校の頃に定期試験のたびにプレイした。曹操に軍師三人足して河北プレイヤーの諸葛亮を破った会心の戦いとか、印象に残る場面が幾つも。
・超人ロック
 名大ロックなどのヴァリアント版ではなく、本来の物。同じく、定期試験のたびにやっていた。ヤマキIIの7レベル光の剣+連邦巡洋艦が得意技。< 得意技というのかそれ
・タンクハンター
 わが愛しのファイアフライ。
・原始スープ
 生態系シミュレータ・ゲーム。嘘。ドイツゲームでも、これくらいかわいげがあると楽しくプレイできる。
●バトンを渡す相手
 渡しても意味無いだろ、こんなバトン。

上を書いている途中で、中学高校の頃にプレイしていた というゲームの名前を思い出そうとしたのだが、どうしても出てこなかった。一時期は放課(関東方言、関西方言などでは休み時間)のたびにプレイしていたのに。まったく思い出せないので藁にも縋る思いで、mixiに書いたら数分で解決。TOMBOYの「列強の興亡」でした。

しかし、なぜ10近く年下のV林田さんが即答できるのか。彼が中学に上がる頃にはとっくに絶版になっていたと思うのだがなあ。

6月21日
松浦晋也blogの記事「味覚を鍛えるということ」。やまけんさんが日記で書いた
 山菜には必ずえぐみや苦みがある。これも重要なポイントだ。人間がデフォルトでは美味しいと思わない味がある。それを我慢して食べ続けていると、ある時点でいきなり「美味しい」と感じる瞬間が来る。こうやって味覚のダイナミックレンジが拡がっていくのだと思う。
を受け、
 美味を感じ取る味覚は、先天的に与えられるものではなく、食文化の中で獲得するものであるという主張だ。おいしいものを食べていく過程で味覚のダイナミックレンジが広がる――おいしいと感じる感覚は、後天的に獲得するものというわけである。
だから、良いものをいっぱいとって良否の感覚を学習しなきゃいけないんだよと話してるんだけど、これに対するRocky江藤さんの突っ込みが面白かった。曰く、
> 「代用ビール」を巡る状況も、この考えで理解することができるのではないか。本物を飲まなくては、本物を本物として味わう感覚は身に付かないのだ。
 不味いと思えた代用ビールも、飲み続けているとある時突然美味いと思えるようになる、と論理展開するのかと、途中まで思ってしまいました。
そらそうだ。
松浦さんの主張が価値をもつためには、「良いものは最初は悪く感じても触れつづければ良さがわかるようになるけど、悪いものはいくら触れても悪いまま」が成り立つことが必要ではないか。あー、「良否というのは単なる社会的合意ではなく、なにか本質的なものだ」という主張なのだとまで言い切って良いのか。
魅力的な主張ではあるし、好悪をはなれた良否を語るときは、僕もそれを前提にしているわけなのだけど、本当なのか、これ。

 経験により良否が分かるようになる論に確証がもてないのは、じぶんの味覚がお子様だからかもしれない。そらまあ、いまとなっては薄味の美味さなんてのも原理としてはわかるけど、やはり。はっきり甘い、辛い、塩辛い、脂い、といった味のほうが美味いと思う。苦いのも美味いっちゃー美味いけど、特に求めるほどではないし、酸っぱいなんてのは、それを美味いとする概念があると理解できるくらい。本当に美味い物を食べてないからだと言われちゃそれまでだが、どうも最後の最後のところでは訓練できる気がしない。
 ああ、だがしかし。辛さに対する感覚は、訓練で「向上」した気がするな。単に程度の高低だけでなく、ふくらみのある辛さとか、一本調子な辛さとか、それぞれの辛さの質の違いも味わえているという自信がある。これは訓練で身に付いた良否の判断といえるかも。
 とはいえ、ふつうのひとからは、「辛い」と一言の元に切り捨てられたりするんだけどな。それの「辛さ」とこれの「辛さ」は、質も程度もぜんぜん違うんだよ。
 え?何の話をしてるのかって?もちろん、味覚の話ですよ。

6月22日
 経済財政諮問会議の子供向けサイト「21世紀キッズ」内21世紀シミュレーション(via H-Yamaguchi.net)が面白い。自分のアバターを作り、クイズに正解することでそれが成長するというゲーム。ちょっと前のクイズゲーにも似たシステムの奴がありましたね。面白いのは、一部の問題が社会の未来と直結していて、まちがうと未来が暗くなっていくということ。ぼくが試した時は、女性の社会進出が進まず、海面上昇も深刻になってしまった。日本が平和で豊かな未来を迎えるのは大変そうだ。
 ところで。とちゅう異性と結婚するイベントがあり子供も生まれる。それはいいんだけど、その名前がちょっと。娘二人の名前が七海と陽菜ですよ。そりゃいったい、どこのアニメだ。……と、思ったら平成15年度生まれの女の子の名前のツートップだったのか(参考:明治安田生命 年度別人名ランキング 女性篇)。一般的な名前ってのはどんどん変わるもんなんだねえ。

 楽天・読売と下位チーム相手に連勝し、チームとしては好調な横浜だが、サンケイ・スポーツに現実に突き落とされるような嫌な数字が載っていた。交流戦の入場者数、ダントツで最下位ですか、そうですか。いくら雨天の無茶な試合があったとはいえ、広島にも勝てないとは。どれほどホームにファンが少ないかということですね。
 不人気、不人気といっても球場キャパの8割前後は入る虎兎竜と、5割もどうかという燕鯉星が、同じリーグとは信じられない。なかでも星は背景人口だけはあるはずなのに。球団名から企業名を外して地元密着してるはずなのに。いったい、なにがどうなればいいのやら。

戸田山和久『科学哲学の冒険』(NHKブックス)読了。
 科学の方法論が有効に機能する(ように見える)のはなぜか、科学は実際にはなにをやっているのかを考察する「科学哲学」という分野について、科学の方法論や成果をほぼそのまま認める「科学的実在論」の立場から紹介していく。高校生から大学1,2年向けということで、書き方は平易に過ぎるくらいに平易。1節が終わる毎に「それまでのまとめ」が入る親切設計。おかげで、楽に読むことができた。著者の立場が科学寄りなのも、読みやすさの理由か。「科学も呪術も同じ社会制度」なんていう行き過ぎた相対思考を、一言のもとに切り捨てていくのは実に爽快。いや、いささか科学に優しすぎるかも。科学の中でも一番強いところを武器に戦っている感じで、経験法則の塊のようなジャンルについても同じ戦いができるのかと不安になることころはある。それでも、まともに取り上げるべき敵(反実在論)はちゃんと取り上げているし、科学的実在論の弱点はちゃんと書かれているしで、科学寄りの読み手にとっては信頼できる本と言えそう。
 科学の方法論のエッセンスも語られているので、科学について哲学的に語ろうとする側だけでなく、科学をしようとする側も読んでおくとよさげな一冊。大学生向きだけどね。

6月23日
 電撃文庫の『トリックスターズ』が、魔術が実在する世界内での犯罪ものだったので、「魔術師と密室トリックとくれば、誰だってまず連想するのが、ランドル・ギャレット」と書いた(BAD TRIP)ら、ほかにオンライン書評でそんなことを書いた人はいなかった(一本足の蛸 )という話。その後、ラノベ読者と翻訳ミステリ読者の背景知識はあまりかぶってないのではないかという指摘(好きなら、言っちゃえ!! 告白しちゃえ!!)があったり、海外SFもだめかもという話(BAD TRIP)があったり、関係も無い話を持ってきてSFに延焼させようとする賢しらなまとめがあったりして、そろそろラノベ界隈(ってどこ)に広まった模様。
 この手の「引用元」あるいは「似たアイデア」ってのは、必ず知ってなきゃいけないって訳じゃなくって、知ってると余分に楽しめるってものなのだから、このひと(のべるのぶろぐ)のように構える必要はない。べつにラノベ読者個々が、ギャレットを知らないのは恥でもなんでもないんですよ。
 問題は、翻訳ミステリorSF(ダーシー卿についてはSFの責任もあるだろう)の側。ラノベ読者の圧倒的多数が知らないってのは伝える力が落ちすぎだ(この辺、滅…もとい安眠氏と同じ問題意識)。「石川喬司くらいふつう読んでるだろ」に安住しすぎではなかったか。「今時の若い者はこんなことも知らない」という前に、伝える努力をすべきでは、と天につばを吐いて落ちてくる前に逃げる。
 なんにせよ、「あいつら必読書、必読書、言いすぎ」と言われない形でポインタを示せるようになれば、みな幸せになれるんじゃないすかね。
#てか、ネタをわかるためだけなら読む必要は無いという本音を教えるべきなのか。

おまけ:現時点で読んだ関連記述では「学校ないし家庭もないし暇じゃないし@デネブとポアロとカボチャ畑」
どうかどうか、ついでがあったら「猫だけが知っている」や「ドワーフ村殺人事件」について言及している人が全くいないことを知って憤死したTRPGゲーマーのお墓に花束を添えてやって下さい。
がスマッシュヒット。いや、その。

などと書こうとしていたら、言いたいことはすべて滅、もとい安眠練たんに、よりシンプルな形で書かれてしまっていたという落ちがついて、この項終わる。

SFM7月号の笠井・山田対談を読む。サイバーパンクの話や神林の話など、「それはどこの国の80年代ですか」と思うところはあったけど、日本SFの系譜の話としてはまあ納得できる。途中「うひゃ、ここで領有権問題か?」と思ったあたりも、穏当な領土主張(秋山、上遠野、冲方、小川、桜坂)に留まり、安心。ただ、「(日本SFが)それがいつからか、常に過去のSFを金科玉条にし、新しい作品を排除していくようになってしまった」という認識には少し疑問を感じた。「過去の自作の」再生産になった作家はいるとしても、他の作家と似た作品を書く作家というのはいまひとつ思いつかない。日本SFの体力の弱さは、むしろ似たような作家が少ない(=読者が同じテイストを求めても供給スピードが追いつかない)ことにあったと思うのだけどな。
 あー、主題である「批評(父殺し)の不在が日本SFの世代交代を阻み、ジャンルとしての硬直をもたらした」については態度保留。「ジャンルフィクションにとって批評が本当に必要な物なのか」というところが納得できない。「批評にとって、ジャンルフィクションは面白い題材である」とは思うのだけど。
 セカイ系に対する「日常に生きる少年が、非日常と戦う少女を介してセカイと繋がる物語」というまとめは非常に分かりやすかった。

6月24日
祝!野村謙二郎2000本安打達成!いや、試合どころかスポーツニュースも見てませんが。

野村には申し訳ないけど、一昨年の立浪以降、清原、古田と連続して(日米通算ではイチローも)記録しているので、いまひとつすごい記録という気がしない。他にも、今期中に田中幸雄、来期に石井琢朗が到達しそうだし。なんというか、年に一人二人は到達するよね、という感じで。以前は、もうちょっと珍しい記録という印象があったんだけどな。考えてみれば、戦後プロ野球55年で、33人(イチローは含まない)も達成しているわけで、0.6人/年は出る計算。3年で4人(5人かも)は確かにハイペースだけど考えられない数字じゃない。
 で。残り115本まで来た石井琢朗の次は誰だろうと考えてみると、これがけっこう間があきそう。
選手名安打数(*)
松井秀喜(NYY)1743※
前田智徳(C)1586
堀 幸一(M)1565
松井稼頭央(NYM)1558※
初芝 清(M)1514
金本知憲(T)1498
江藤 智(G)1463
片岡篤史(T)1398
鈴木 健(S)1370
中村武志(E)1360
鈴木尚典(Yb)1345
T・ローズ(G)1337
* 安打数は今シーズン開幕前のもの、※は日米通算
 松井秀は楽々、松井稼もそのうち達成するだろうけど日米通算なので除くとして、ほかは、ちょっと難しいかという中堅〜ロートルの名が並ぶ。金本は大丈夫かな。前田が今年入れて3年間150本打てるか、というと厳しそうだ。おお、けっこう大変な記録なのかも。金本の次は誰だろう。大村直之(H)とか?

ところで。立浪(D) 清原(G) 古田(S) 野村(C)と来て、次が田中(F)を挟んで、石井(Yb)の予定。……阪神は?というのをきっかけに、なんとなくチーム別2000本安打達成者を調べてみた。 2000本安打達成者を在籍チームごとに分けると
球団達成者数生え抜き準生え抜き
G 10王貞治 長島茂雄 川上哲治 柴田勲
M 8有藤道世榎本喜八
L 7
H 6 広瀬叔功野村克也 門田博光
D 6 高木守道 立浪和義 矢沢健一
C 6 衣笠祥雄 山本浩二 野村謙二郎
F 5 張本勲
S 4 若松勉 古田敦也
B 3 福本豊
Bu 3
Yb 3 松原誠
T 2 藤田平
の延べ63人になる(複数球団在籍者は、それぞれでカウント。準生え抜きはひとつの球団在籍時の記録だけで2000本を達成した者)
 トップの達成者数を誇るのがジャイアンツ。晩年ちょっとだけ在籍というケースもあるけど、生え抜き達成者4人は見事。カープ、ドラゴンズも好成績。ともに生え抜き率の高さが光る。ホークスも実質生え抜きは同数。タイガースの少なさは目立つが、生え抜き達成者、藤田平がいるので救われるか。ただ、なぜこんなに少ないのかはやはり謎。85年前後の一時期を除き、伝統的に投のチームだからかな。悲しいのはライオンズ。達成者在籍数では3位なのに、生え抜きは一人もいない。秋山も、清原も移籍後かなりたっての達成だからなあ。球団最多安打は、石毛か伊東?西鉄時代と西武時代の選手層の不連続がネックなのだろう。
 われらがベイスターズ/ホエールズの(準)生え抜きは、松原先生ただひとり。がんばれ、石井琢朗。達成したからどうってもんでもないけど。

プログレマニア度レベル(via たぶんMM/Memoのどこか)。「レベル1 プログレ四天王」から「レベル15 欧州マイナー系バンド」まで、はまっているバンドによってプログレ廃人度を15段階に階層化。すぐに知らない固有名詞ばかりになるので判断もつかないのだけど、どれくらいそれらしいものなんすかね?

6月25日
藤澤さんらっぱ亭さん(6/23)からmusical batonが来ました。あんなネタを書いたあとで、しかも思いっきり賞味期限を過ぎてからってのはあまりにも恥ずかしいけど、羨ましく指をくわえてみていたbatonだから喜んで書くさ。

●今コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
 2Gくらい。全部、ポータブル音楽ファイルプレイヤーに入れる途中の作業ファイルで、パソコンで音楽を聞いたりはしない。
●今聞いている曲
 山本まさゆき「サスクハナ号の曳航」
●最後に買ったCD
 「創聖のアクエリオン」サントラ。EDを聴くために買ったら、OPシングルのほぼ上位互換という落ちが。
●よく聞く、または特別な思い入れのある5曲
・山本まさゆき「サスクハナ号の曳航」
 長篇少年ドラマシリーズ。少年の日の夏休みを舞台に、父の思い出を描いた名曲。25分あるからって気にするな。同じメロディの繰り返しばかりだからって気にするな。最初に聞いたときのタイミングがドンピシャだったので、いまだに「サ、ス、クゥハナッ♪」というフレーズが聞こえてくると泣けてきますさ
・筋肉少女帯「蜘蛛の糸」
 アルバムとしては「月光蟲」なんだけど、1曲ならこれか。この曲をCMに使った進研ゼミは勇気ありすぎだと思ったことです。
・ZABADAK「14の音」
 いやあ、上野洋子よりも吉良知彦のほうが好きでさあ。
・ZELDA「FOOLISH GO-ER」
 特に理由は無いんだけどな。
・TAO「HELLO, VIFAM」
 アニソンを1曲入れるなら、これか。
われながら、見事なまでにおたく好きする歌い手ばかりで大笑いだ。ZELDAはYAPOOSと入れ替えても可。ZABADAKは135と入れ替えても可。
●バトンを渡す相手
 もうさすがにいくらなんでもあれなんですが、こそっと細木さんと書いときますね。

6月26日
となりのネネコさん。オンラインの猫少女四コマ。猫少女、ネネコさんがたいへんかわいらしく、すてき。

駅前の歯医者に予約の電話。人気の歯医者とは聞いていたけど、いやすごいや。土曜日に予約しようとすると、もっとも早いのが7/16ですよ、お立会い。冗談かと思った。一瞬、それで頼みかけたけど、SF大会の火であることに気づいて慌てて変更依頼。7/20の水曜日になりました。平日の僕が帰ってこられる時間帯だと空いてるのは3週間以上先のみ。うひゃぁ。まあ、今はときどきしみるくらいだからいいんだけどな。

昼過ぎに両国に出かけて、新シルクロード展へ。ミイラが被っていたという笑い面など奇怪な展示が多く面白い。なかでも、天山北路コーナーの塑造彩色十二支俑は、とぼけた味わいがあって良かった。

夜は、結婚式の二次会へ。会場についてみると、おもしろいくらいに知った顔ばかり。いちおう知らないきれいどころもいらっさるのだけど、知り合いと話をしているだけで時間が経ってしまうので、そこまで挨拶する間がない。あ、主賓に挨拶するのすら忘れた。えー、そんなこんなで、たいそういまさらですが、おめでとうございます。> おふたり

閉会後は喫茶店でこばげん組のみなさんの面白話を聞いてました。こいつらぜってぇ80年代生まれじゃねぇ。その後、いまから新潟に帰るという(無謀な)細井君を埼京線方面に見送り、だらだらと帰宅。そして……。

細井君は、いま僕の部屋にいるのです。

6月27日
妹に飛行機を見につれてけと言われるガイドライン。これはどうだろう。
病室には妹の苦しそうな吐息と心拍計の電子音だけが響いている。
妹の白い顔は時折苦しげに眉をゆがめるが、それ以外は至って静穏
なものだ。とても、医者がさじを投げた患者には見えない。
なんで、俺じゃなくて妹なんだ。まだ中学生じゃないか。あんまりだ。
「お兄ちゃん……」
いつもの祈りとも呪詛ともつかない思いが終わる前に、妹が静に口を
開いた。
「……なんだ?」
「わたし、本が読みたいよ。」
小説どころか、この1年まんがを読むだけの体力もないのに。
「本か。……どんなのが読みたいんだ?」
「うん。」
ちょっと考え込んだ妹は、儚げに笑ってこう答えた。




「……伊藤典夫が訳したハワード・ウォルドロップの個人短篇集が読みたいよ。」





ちょwwwwwおまwwwwwww無理wwwwwwwwww
……ぜんぜんダメだなあ。スレッドでも、飛行機に匹敵するのはサッカー日本代表くらいなんで、シンプルな分、題材選びがシビアなのだと思う。

アヴラム・デイヴィッドスン ファンサイト管理人による、『どんがらがん』の編者、殊能将之に対するインタビュー「編者に聞く」。って、まあ、そういうわけです。
『どんがらがん』の収録作品リストも発表されたようだ。"Or All the Seas with Oysters"が「あるいは牡蠣のいるどんな海でも」ってのは、ちょいと意表を突かれて驚きました。確かに言われてみれば。このタイトルを念頭に置いて読むと、印象が変わったりするかな。

ああ、しかし、だがしかし。日本語としてのリズムは旧訳題のほうがいいなあ。

6月28日
前述の2次会のレポートを読んでいたら、「6月の守護神ユーノー」という言葉があった。そういえば、結婚と婦人の守護神ユーノーの守護月だから、ジューン・ブライドなのだったね、などと考えているうちに、他の月の守護神って誰だ?という方に連想が流れたので、さっそく調査。 HAYAの戯れ言によると、
1月:マルス(戦いの神)の月(Martius) 
2月:アフロディテ(美の女神)の月(Aprilis)
3月:マイア(多産の女神)の月(Maius) 
4月:ユノー(女主神、婚姻の女神)の月(Junius)
5月:第五の月(Quintilis) 
6月:第六の月(Sextilis) 
7月:第七の月(September) 
8月:第八の月(October) 
9月:第九の月(November) 
10月:第十の月(December)
+後付け(初期ローマでは真冬の2ヶ月は暦が無かったのだとか)の
11月:ヤヌス(門の守り神)の月(Januarius) 
12月:フェブルウス(贖いの神)の月、清めの月(Februarius)
だそうな(1月は今でいう3月)。んー、なんか中途半端なメンバーだなあ。ウェヌスがギリシア名のアフロディテになってるのはなぜか、とか、ユピテル、ウェスタなどの有力神格がいないのはなぜか、とかいろいろ疑問が。5-10月が余ってるんだから、もっといろいろつければいいのに。

アフロディテ/ヴィーナス問題について、もうちょっと追ってみる。 英語語源物語には、
April 「四月」はラテン語の Aprilis から。(Aprilisは;引用者付記)ラテン語動詞 aperire から、原義的には「年明けの月」か。花開く月との説もあるが、この場合は、アプロディテ、つまり、ヴィーナスと関連づけられている。
とある。神名以外に由来するという説もあるようだ。Wikipediaには、
The name is derived from the Latin aprilis, either from the Latin word aperire which means "to open", probably referring to the "opening of the light in the days, and of the life of the leaves, and of the voices of the birds, and of the hearts of men", or from the Etruscan name Apru for Aphrodite.
とある。"Etruscan"は「エトルリアの」。エトルリアでのアフロディテの呼び名、Apruに由来するというのは一応の説得力がある(エトルリアを滅ぼした後、Venus由来の名に変えなかった理由が説明できないが)。

さて、次はマイアとは誰か。例によってのWikipediaでMayを引くと、
The month may have been named for the Greek goddess Maia, who was identified with the Roman goddess of fertility, Bona Dea, whose festival was held in May.
とある。ええ?これもギリシャの神名なの?と調べてみたら、一応、ローマ神話にも"Maia Maiestas"という豊穣の女神がいた。5月には、神名以外の由来説はみあたらないようだ。前後の月の中で4月だけ、神名じゃないというのは不自然といえなくも無いが、そもそも数字名じゃないのが、10のうち4だけなので、断定は出来ない。

おまけとして、ローマの主な祭り。3月はマルスの祭り、5月はマイアの祭りがある。4月にウェヌスの祭りは無いようだ。6月のユーノーは?

なお、ギリシアの女神としてのマイアは、ヘルメスの母。上で引用したローマの祭に関する記述で
ギリシャのマイアと同一視されてからは、メルクリウスとも関連付けられ、15日に一緒に祭られている
とあるのはそのため。

Web Zapping。たぶん、via MM/memoで、「砂上の賃貸」というサイトのエントリ、「各種バトン関連の話題を横目に見ているとき、俺の心に童貞マインドが甦った」。各種バトンが届かないときにバトンの話題を読む気持ちは、童貞時代にセックスの話題を聞いたときの気持ちに似ているという話。バトン系のテキストの中で、もっとも腑に落ちた。

6月29日
SFマガジン 2005年7月号読了。特集は「ぼくたちのリアル・フィクション2」。読切4本(うち1本は前後篇の前篇)、対談3本、インタビュー2本、44作品分のガイドと、十分な量を割いているけど、核となるべき「リアル・フィクションとはなにか」が不在なので、焦点のボケたものになっている。ガイド44作品でなんのことを言いたいのかという「気分」を提示したのだろうが、中核となる「言説」も欲しいところ。本来なら、笠井・山田対談がそれに当るのだろうが、こちらはあくまでSFについて語っているので、ガイドの、気分だけで抽出された(ように見える)作品群との乖離が激しい。気分こそが「リアル・フィクション」の本体なのだというのなら、それはそれでかまわないのだが、であるとするなら〈ファウスト〉に勝つのは難しかろう。いや、〈ファウスト〉は読んだこと無いんで、よく知らないけど。

新城カズマ「アンジー・クレイマーにさよならを」。古代スパルタ共和国が成立していく過程と、人/機械/情報のハイブリッド化が進んだ近未来の少女達と旧世代との戦い。この二つの物語が互いを照らし合いながら、ひとつの作品を組み上げる。試みは面白い。描かれるそれぞれの世界も十分に魅力的だが、ラストは投げっぱなし感大。長篇とのからみがあり、単独で評価しづらいというのも、特集の一篇としては弱い。もっと、面白くなれそうなのに。

桜坂洋「遊星からのカチョーフーゲツ」。「さいたまチェーンソー少女」の続篇。電波を受信する美少女が転校生と己のセカイを賭けて戦う。セカイ云々はいまさらにすぎるのでどうでもいい。どうでもいいというスタンスをとってしまうと、前作のチェーンソーに匹敵するガジェットが存在しないのが大きなマイナス。セカイ批判をシリーズ化したために、セカイに囚われてしまった。

平山瑞穂「野天の人」。野天人であった義理の叔母の葬式で、少女は衝撃の事実を知る。野天人の描写は、現実の何かを想起させるようにできているので、つい対応させて読んでしまうが、現実との対照を読み取ることを拒否すると翻訳で読むケリー・リンクの味わいに近づきそうだ。面白くはあるけど、どこがどうリアル・フィクションなのかは不明。ふつうの文芸よりのSF or SFよりの文芸じゃないのか。

海猫沢めろん「零式(前篇)」は未読。後篇掲載時にまとめて読む予定。

西島大介「宇宙色のブーケ」最後の人類もの。どこか新しいのか、これ。

田中啓文「罪火大戦ジャン・ゴーレ」ピンク、軍に入る。ふつう。あー、なぞなぞ好きの一休さんがミドリだとすると、他はだれですかね(ちと、投げやり)。

谷甲州「齢負い比丘尼 《霊峰の門》」「葛城天狗」の続き。連作だと思っていたら連載だったとは。山の暮らしの描写は興味深いけど、まだ謎が提示されるばかりなので、それ以外にみるべきポイントが無い。ともかく役小角側の反撃が始まってくれないとどうにもならない感。

小説外では、連載コラムが好調。特に、永瀬唯「デッド・フューチャー ReMix」(ヴェルヌが描く、砲火が産んだサイボーグたちの狂騒)、唐沢俊一「どろんぱッの時代」(名翻訳家の筆によるチャンバラ西部劇)の二つは必読物。

評論の類では、中野善夫「SF BOOK SCENE」が面白かった。「そして年寄りたちは、近頃の若い者は古典的な名作や傑作をぜんぜん読んでないと嘆くようになった」って、なんかこの辺の話題、つい最近聞いた。

ミステリマガジン8月号を買ってきた。とりあえず眺めたのは尾之上浩司の“奇妙な味"ベスト100。アンブローズやイーリイはわかるんだけど、『世界の中心で愛を叫んだけもの』とか、『ウィリアム・テン短編集』とか、『ドラキュラ紀元』とかまで奇妙な味ってのは枠が広すぎないか。「異色作家」と「奇妙な味」は別のものだと思ってたさ。コリア、ダール、サキを中核において、“奇妙な味"ベスト100収録の作品を範囲とするサブジャンルを想定するのは、たいそう難しい。

6月30日
『サマー/タイム/トラベラー』を読んでます。まだ途中。最初のほうで、舞台となる県名がなかなかでてこないので、「おっ、読み解けということですか」などと思っていたのだけど、よくみたら地図に「信州大学情報学部」(※現実の信州大学にはいまのところ情報学部は無い)とあって大がっかり。長野県は確定情報なのか。悔しいので、長野のどこかを考えてみる。

条件は ※は実際には存在しない

情報はこれくらい?東山本線は中央線、東山自動車道は中央自動車道と見て問題ないだろう。中央線沿線で、信濃川(千曲川、犀川)とつながる地域というと、えー、それは設定できないなあ。イメージとしては諏訪湖の無い諏訪盆地が近いか?信濃川云々に無理があるけど。というわけでいきなり挫折。かなり架空度が高いようで。

しかし、長野県の第3以下の都市(長野市、松本市は別に実在するっぽい)で、人口が17万もあるのって……、と上田市はそこそこあるな。中央線沿いに置いた上田盆地で、どうだ。

『サマー/タイム/トラベラー』の舞台は、長野県南部の中規模の都市。SFで長野といえば、だれもが(←お約束)神林長平を連想するだろう。ところが、この作品には神林長平に対する目配せがない。作中で話題に上る時間SFにも、神林作品は含まれない。これはなぜか。そう、作品の本質が神林オマージュであることを隠蔽するためだ。時間SFとディックの類似を語る場面で、神林に言及しないのもそのためだろう。下巻では、神林の時間SFをモチーフにした展開が大炸裂するに違いない。その際、題材になるのは何か。断言は出来ないが『猶予の月』と見たね。

注意:「神林長平に対する目配せがない」が嘘であることからもわかるとおり、この話はまったくのヨタです。信じないように。
#ふつう信じない。

多村……。交通事故と聞いたときは、「またぁ、こいつぅ」とくすくす笑うくらいで済んでいたけど(いや笑い事じゃない)、さすがに目の奥の内出血で全治2週間とか言われるとめまいが。ぜってー、何か悪いものが憑いてると思うので、どこかで祓ってもらえ。

いまさっき。「R62号の発明」という文字列を見て、アシモフの間違って地球に来たロボットが発明をする話はなんだっけ?と連想が飛んだのだが、まったく思い出せなかった。それはもう、ほんとにでてこない。アシモフのロボット物ではいちばん好きな話のひとつだってのに。きれいさっぱり。[A-Z]+[0-9]+号.+ というタイトルだということだけはわかっていたのだけど。

ここ最近では一番精神的ダメージのでかい出来事でした。

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