過去の雑記 98年6月上

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6月 2日
ミルハウザーの『三つの小さな王国』を読了。柴田元幸訳のミルハウザーの作品集なんて、面白いに決まっているし、いろんなところに好意的な書評が出ているので、いまさら僕が書くべき事などほとんど無い。細密な描写によって描かれる幻想、描写が細密になればなるほど高まって行く幻想性は、フランクリン・ペインのアニメーションも、あるいはエドマンド・ムーラッシュの絵画もかくやという美しさだ。彼の作品には珍しく、4人の男女の人間関係というドラマチックなモチーフが収録作すべてに用いられているが、淡々とした文体の中でその生臭さを失い、人工物と死のイメージに彩られた静謐の中に見事に溶け込んでいる。
すぐれた幻想小説であるという意味においても、幻想についての物語であるという意味においても、幻想小説好きは必読。


6月 5日
神岡でニュートリノの質量を確認したらしい。物理・天文関係の科学誌はしばらく要チェックかも。

<火星の戦士>を読了。いやあ、実につまらなかった。翻訳の出来が悪いのはともかくとして、プロットが御都合主義なのもともかくとして、サブキャラに魅力を感じないのもともかくとして、主人公の頭が悪すぎ。
スーパーヒーローが窮地に陥る理由が、悪人が頭がいいからじゃなくて、「馬鹿だから」ってのは、とてもじゃないが納得はできない。<プレスター・ジョン>(ペイジ)のような、脳まで筋肉が詰まったキャラが主人公の「殴るだけ」ファンタジイならともかく、仮にも知性派のキャラを主人公にしたっつーのなら、せめて同じ失敗を繰り返さないことくらいはして欲しい。
こんなクズを書いていた作家が、あの傑作<紅衣の公子コルム>を書く事になるとは、時の流れというものは油断できない。


6月 6〜7日
早朝10時に起床、ついに歯医者に行く。思った通り、虫歯はかなり深刻なものだったし、歯医者にも「歯の管理がなっていない」と散々怒られてしまったが、しかたあるまい。久しぶりに歯科独特のかっこいい医療器具を拝めただけでもよしとしよう。あの、グラインダーの音は大好きなのだ。

ついでに細々とした事をいくつか片づけつつ、ユタの例会へ。とっくに京都に向っていると思っていた大森望さんが先に到着していたのはびっくり。京都には日曜朝出発の予定だったらしい。でも、みんな今日から出かけるもんだと思い込んでいたけど。
今回の参加者は、大森望、深上鴻一、藤元直樹、添野知生、小浜徹也、三村美衣、高橋良平(きっと到着順、敬称略)。深上鴻一さんとは、はじめてお会いした事になる。まねき猫のエッセイとはやや雰囲気の違う、穏やかな方でちょっと驚き。もっと辛辣な方を想像していた。会社で作ったという「全映画」のCD-ROMまで頂いてしまい、恐縮する事しきりな今日このごろなのである。
#どうも、ありがとうございました。
できれば、僕も何かと思ったんだけど、NASAの論文をお渡しするわけにもねえ。まあ、このお礼はいずれきっと、精神的に。
例会の話題は、添野さんが持ってきたPINKと、深上さんが持ってきたまねき猫を肴とした弘前大学SF研の話、大森さんが持ってきたSF関係者生年表(大森日記96年10月19日にある奇想天外発表版にSF作家を加えたもの)、最近多いウィルスSFの感想など。聞いてるぶんには面白いんだけど、こちらから振るネタが無いのはちょっと悲しい。新刊も読まずに<火星の戦士>だの、『SFマガジンベスト』だのを読んでちゃしょうがないんだけど。
しかし、この時に指摘された、僕が何もかも終ってからSF研に入ったという事実にはちょっと愕然。確かに、僕が名大に入った91年に最後のSFファイルの反省会があって、最後のパーセプトロンが出て、中部学生SF交流会が終ったんだよな。あ、僕がファンとして自覚的にSFを読みはじめた88年頃って、最後のサンリオSF文庫が出て、消費税がらみの大規模な目録落ちがあった頃だ。どうもなんか呪われている気が…。

帰りの東西線の中で、偶然一緒になった宇宙塵の方が、大森さんと最近の宇宙塵の話をしているのを横で聴く。こういうチャンスはめったに無いのだが、今日は別用があるので最後まで聞けない。勿体無いことである。
後ろ髪を引かれながら茅場町で乗り換え、秋葉原へ。山本正之MLのチケット購入OFFに参加する。

秋葉パセラで5時間ほど歌って、東京駅へ。東京駅で5時間うろうろして、チケットぴあでチケットを購入。このような無謀なイベントに10人もの人が参加するというあたり、げにおそろしきはオタクの執念。
カラオケは山本正之と水木一郎とYAPOOSを中心に構成。山本正之の非アニソンやYAPOOS、筋肉少女帯あたりは、なかなか使いにくい技なのだが、このメンバーだとさして浮かずに使えるのでありがたい。しかし、「コレクター」は、さして歌って楽しい曲でもないな。
東京駅の5時間は、とくに何をするでもなくまったりと過ぎるはずだったのだが、非常に「濃い」マサユキストの女性とあってしまったので、大変濃厚な時間となる。その山本正之にかける情熱はほとんど理解しがたい。全国のライブに行く、関連する文章の載った雑誌をスクラップするなんてのは頭では理解できるが、5日間の芝居を全部見て、そのセリフの異同を暗記する、ライブで語られた内容を一言一句覚えているなんてのは想像を絶した世界。興味の対象が違うだけだと言われればそれまでだが、「山本正之に膝の上で歌ってもらう権」のために毎回冬のボーナス全額を用意するってのは異世界のこととしか思えない。
また、このOFFの参加者は半分くらいは自分のサイトを持っているのだが、彼らの著作権に対する敏感さはなかなか興味深かった。小説と歌詞では引用に対する制限の厳しさが段違いなのが原因だとは思うけど、僕が「それで文句はつかねえだろ」と思うようなことでもけっこう気にしてるんだよね。どっちが正しいというもんでもないだろうけど、ちょっと面白い。

そんなこんなでチケットを入手し、帰宅。正午就寝。


6月 7日
夕方起床。夜就寝。さすがに何も出来ずに一日が終る。
終ったんだってば。


6月 8日
無理矢理おきて会社に行くと、解析用のワークステーションがこけている。おかげで何だかどうでもいいことをして一日をつぶしてしまった。

『SFマガジンベスト1』は、どうしようもないクラークのクズ小説などもあったが、総じて面白い。このあたりの未読が数百冊ある事を考えると、ニーブン&パーネルだの、アンダースン&ビースンだのの新刊なんて1冊も出なくったって構わない。


6月 9日
『SFマガジンベスト1』を読了。冒頭のクラーク「太陽系最後の日」が以前読んだときよりもさらにつまらなかったので、どうなることかと思ったけど、他はそれなりに面白く読めたので一安心。どの作品も、どうしようもない太古の香りを漂わせていて、なんとも落ち着いた気分にしてくれた。デル・レイの「愛しのヘレン」、アシモフの「AL七六号失踪す」、メリルの「ママだけが知っている」なんて読んでいると、今が「夢の21世紀」なんてグラビアの載った「少年サンデー」が売ってる黄金の昭和30年代であるかのような気がしてくる。僕にとって、SFを読む楽しみの半分は「失われた未来」に対する郷愁を満たすためなんだということを痛感しましたね。ああ、こういうジャンルの発展の為には絶対にならない、どうしようもなく後ろ向きの本がもっといっぱいでないかな。
中のベストは、ハミルトン「世界のたそがれに」。五〇年代どころか、「ドン・A・スチュアートかこれは」と言いたくなるほど時代がかった作品で、読んでいてどんどん嬉しくなってきてしまった。人類で最後に生き残ったマッドサイエンティストが再び人類を繁栄させようと奮闘する話なんだけど、大時代な文体、個性のかけらも無いキャラクター、おおざっぱな科学考証、破天荒なアイデアと、まさにSFかくあるべしという内容。ああ、このくだらなさこそSFの本質だよ、うんうん。もっと、こーゆー人間を描くことを放棄した作品を読みたいものだなあ。

そーゆー視点からは大失格なのが、同時に読了した『火星転移』(ベア)。メインのネタは面白いんだけど、それの料理の仕方は最低。なんてったって、上下通算で800ページを遥かに越える長さで、読んでて楽しかったのが200ページに満たないんだから救われない。上巻のつまらなさはまさに破滅的で、何度本を破り捨てようと思ったことか。500ページに収まっていればひょっとしたら傑作になったかもしれないと思うと残念でならない。
失敗の原因は、明らかに大枠の取り方のミスでしょう。主人公キャシーアの人物像に魅力が無いのに、その1人称形式で書かれているおかげで、つまらない内省を延々聞かされる地獄の体験をさせられる。まだしもマッド・サイエンティスト・チャールズが主人公だったら少しは楽しめたかもしれないのに。
この本、主要なキャラが全部女性だとか、あざとい設定(YA的にあざといんじゃなくて政治的にあざといって意味ね)をしてるくせに、なにか事態を変えるキャラがほとんど男性だったりという設定の中途半端さも腹が立つところ。無駄な水増しをされた上、その水増しが致命的に面白くないじゃ、どんな良いネタも死んじゃうって。ああ、もっとこうワンアイデアを素直に料理しただけの救いようの無い馬鹿な長編は出ないものか。
求む『フィアサム・エンジン』、求む『カエアンの聖衣』!


6月10日
森下一仁の日記を読んで、ちょっとびっくり。森下さんは『フィアサム・エンジン』の少年のパートが特異な文体で書かれていると知って驚いてるんだけど、この話、SFMの書評か、スキャナーで書いてなかったっけ?ひょっとして、SFMを読んでないのか?

深夜、縁あって「フォーチュン・クエストL」を見る。原作は読んだこと無いけど、こんな酷い代物なのか?
脚本の出来だの、画面の作りだのはおくとしても、ファンタジイの命ともいうべき世界観の一貫性というレベルで致命的な問題を抱えているとしか思えない。なんで、いかにも冒険者風のキャラの敵が、蝶ネクタイにスーツなんだよ、おい。
異世界からファンタジイ世界に飛ばされたという設定の「エルフを狩るものたち」ならまだしも、みんなその世界に土着だっていうのなら、せめて世界の雰囲気だけでも一定にして欲しい。角川系ライト・ファンタジイって、みんなこんなにクズなわけ?


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