- 4月21日
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今日も今日とてSFM。山田正紀「星砂、果つる汀に」を4月号掲載の最終話まで読了。どうせ、ぶっちぎれて終るのだろうとは思っていたが、本当にそうなってしまった。<エイダ>、<デッドソルジャーズ・ライヴ>に比べればまだちゃんと終った方だが、それでもラストがトーンダウンしている点は否めない。終らせるのが下手な作家だということくらい、デビュー作からわかっていたんだから、いまさら文句を言う方がおかしいという気もするが。
とりあえず、中盤までは面白かったんだからいいか。
ついでにレズニック「古き神々の死すとき」読了。前作、「ささやかな知識」でこう終ることはほぼわかってたんで、とりたてて感慨はない。というか、これに続くエピローグを読まないと、とてもじゃないが終ったという感慨は持てないだろう。というわけで5月に出るはずの『キリンヤガ』を読むまで感想は保留。
しかし、あれですね。今年は『スタープレックス』『フェアリイ・ランド』『エンディミオン』『キリンヤガ』がベスト争いに参戦確定ですか。なんか豪華だなあ。これで創元からビッグタイトル一つ二つと、ASCII出版辺りから1作あればもう言うこと無しですね。できればあと一歩、年度ベストではなく、オールタイムベストに推したくなる作品が出てきて欲しいところではあるけれど。
- 4月22日
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野阿梓「ソドムの林檎」を4月号掲載の後篇も含め読了。前篇を読んでからとんでもなく間が開いてしまった。が、感想は前篇を読んだときからあまり変わらない。アクション小説としてはまあまあ、キャラのパワーもそこそこ、ちりばめられた蘊蓄は過剰なほどで、これでちゃんと細部に気を遣って書かれているのなら、何の文句も無く楽しめたと思うのだが、残念ながらそうなってはいない。
不満な点は以前書いた通り。蘊蓄を散りばめ、耽美を装うのなら、細部にまで徹底的に拘ってもらいたいものである。
少なくとも、あの文体なら、「仰ぐ」をひらがなで書くなよな。
アニメだとは気づかず録画し損ねていた「ベターマン」を観る。キャラデザインが気に入らないが、手堅い演出には好感が持てる。また、エンディングのダークさもすばらしい。縁があれば来週も観てみよう。
- 4月23日
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SFM4月号を読了。ちなみに3月号は昨日読み終わってます。
大原「神の片鱗」はまだ始まったばかりなので確たる印象は無し。このままちゃんと連載が続けば期待出来そうではあるが。
ガードナー「人間の血液に蠢く蛇」はなかなかの佳作。
中世末期のヨーロッパ、一人の"科学者"が顕微鏡を発明したときから、世界は二つに分かれはじめる。「神の祝福を受けた」旧教徒と、「悪魔の呪いから解放された」新教徒に。分裂はやがて新たな局面を迎えるが…。
始まった瞬間から架空歴史物だったのはやや興ざめだが、その点を除けばテーマ、アイデア、構成、文体のどれをとってもほとんど文句はない。『プラネット・ハザード』には誰も賛同してくれなかったが、これは素直に良いと思うが、どうか。いや、あくまで80点の作品としてですけどね。
予算が余ったので<異形コレクション>『時間怪談』、『SFバカ本 たいやき篇プラス』、別役実『もののけづくし』を購入。
『もののけづくし』は『当世もののけ生態学』に2編を加え文庫化したもの。今月は買うハヤカワ文庫が無くて困っていたので(挟み込み広告を集めているのだ)ちょうど良かった。が。「づくし」物はやっぱり『虫づくし』を超えられないねえ。
- 4月24日
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ふと思い立って高田馬場へ。新宿書店で、唐沢なをき『けだもの会社』と「空中庭園の降臨」1箱を購入。そこまでは良いとして、なぜ大雨の中、早稲田まで歩くか。 > おれ
おかげで見事にずぶ濡れである。
「空中庭園」は大外れ。超レアが1枚も増えなかったのは仕方が無いとしても、たかがレアの「フュージョン」がなぜでないか。レアは1BOX25枚で、ここまで6BOX買っていて、全部で40種類だから、任意の1種類のカードが出ない確率は、(39/40)150=2.2%、あれ?思ったよりはあるな。任意の1種類が出る確率が97.8%ととして40種類すべてが揃う確率は、0.97840=41%。そうか結構あることなのか。
唐沢なをき『けだもの会社』を読む。4コマという形式に囚われないですむのが効いているのか、『電脳炎』よりも格段に出来がいい。過去のギャグの焼き直しが多いというのも否定しきれないが、わかりやすくまとまっているので唐沢入門には最適かも。
- 4月25日
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SFM6月号を購入。「牧流・SF作家評伝」がついに終ってしまった。毎回楽しみにしていた連載だけに残念。まあしかし物は考え様だ。「SFファンのための世界文学百科・第二期」が始まる予兆だとでも思っていよう。
5月号を読み終わるまでは本格的に読みはじめることが出来ないので、手をつけたのは「牧流・SF作家評伝」と「SFまで10000光年」のみ。「SFまで10000光年」を読んでて気になったんすけど、阪神ファンってのはどうしてこう不幸と思われているはずということに自信を持っているのか。いくら、ここ15年くらい非常に弱いからって、あんなメジャーな球団のファンであることが不幸だなんて誰も思わないよ。真の不幸というのは、名古屋で3年前まで(今年でも可)の横浜を応援するとか、千葉ロッテを応援することを言うのだ。8回裏2アウトランナー無しから1イニングで8点差を逆転した試合に「負ける」悔しさは、そしてその悔しさを誰とも共有できない孤独感は普通の球団のファンにはわかるまい。
ふと思い立って、こんなリストを作ってみる。使ってみた人は使用感を教えて下さい。役に立たないという声が多いようなら、このリストをプラットフォームにした更なるリストを作り込んでいきます。
- 4月26日
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ふと思うことあって、岩波版『イソップ寓話』を眺めているうちに衝撃の事実に気づいてしまった。「木樵と斧」のエピソードはイソップに収められている!というわけで、先日のイソップワールドに関する記述はまったくの誤解でした。関係者の皆様失礼しました(読んでないって)。
いやあ、しかし見事に騙されたなあ。「森」とか「泉の精霊」とか道具立てが余りにも非地中海的なんで、絶対に北西ヨーロッパ起源の伝説だと思い込んでましたよ。(泉の精はギリシアにもいるけど、彼女たちはそんな力のある神格には見えないんだよね。)
そうか、元は「木樵とヘルメス」だったのか、奥が深いぜ。
ふと思い立って、先日の計算を厳密にやってみる。レアが6箱で40種類揃う確率は38.7%、39種類しか手に入らない確率が38.9%。6箱買っても1枚足りないというのは結構ありがちなことらしい。
ついでに7箱買ったときの超レアの期待枚数を計算してみると、16.7枚となった。こちらは平均より若干運が悪かったというわけだ。直感的には非常に運が悪いような気がするけどそうでもないのね。
大きな数の確率というのは計算してみないとわからないもんですね。
- 4月27日
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ティプトリー『星ぼしの荒野から』(ハヤカワ文庫SF)を読了。メインアイデアやテーマが重かろうが軽かろうが軒並み重厚な話になってしまうあたりはさすが第2期ティプトリー。「天国の門」に「ビーバーの涙」、「ラセンウジバエ解決法」なんて、皮肉を効かせた落とし噺に仕上がるのが関の山のところを見事に深刻に仕上げている。まあ、それが良いかどうかはまた別の話なんだが。
重厚さ、深刻さを醸し出す原動力となっていたのは、弱者の虐待や抑圧に関する描写の凄まじいまでの迫力か。普段の文章が怜悧な計算された文章である分、虐待・抑圧を指摘する文章に込められた熱がより強く感じられる。作者と問題意識を共有するものにとっては一作一作が胸に迫る作品集だったのではないか。
ないか、と無責任な表現になるのは僕が問題意識を共有できていないから。頭ではわかるんだが実感が無いのでどうにもその辺が響いてこない。典型的な「上手いとは思うが面白くはない」本になってしまったのは残念だ。
しかし、伊藤典夫はなんで「星ぼし」とか「人びと」って表記をするのかなあ?
- 4月28日
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SFM5月号を読みはじめる。小林泰三「天獄と地国」を読了。「さて、この世界はどこでしょう」シリーズの第3段。かなりきれいに決まってはいるが、ちょっとわかりやすすぎるのが残念。タイトルでほとんどネタバレなんだから、こうも詳しく解説することはないのでは。
さらに野田篤司のエッセイ「政治・経済を超える大気圏外への夢」を読む。文章のつながりが悪いとかどうとかいうレベルではなく読みづらい。Webの文章を読む限りでは、こんな悪文(というレベルにも達していない)を書く人ではないはずなので、何か理由があるとは思うのだが。少なくとも編集がはねなきゃ駄目だよ、こんな文章。
ついでにSF-online5月号、岬兄悟「名もない駅」を読了。異変が起きるのが主人公自身ではなく、その周囲というあたり岬SFとしては特殊かも。前半は筒井もかくやという由緒正しき日本SFの展開だったのが、あまりにも突拍子もないオチで終ってしまうのはなんなのか。どうしてこう、SF-onlineの短篇はどこかバランスが悪いのか。
とり・みき『御題頂戴』(ぶんか社)を読む。『ひぃびぃじぃびぃ』型の各話が複雑に連鎖する不定コママンガだが、連鎖の具合が絶妙。個々のギャグも切れ味の鋭く、祖父江慎の装丁も完璧で、書籍全体が一つのギャグとして完成されている。久々の傑作。
あさりよしとお『ただいま寄生中』(白泉社)も読む。こちらは残念ながら外れ。アイデアは悪くないと思うのだが、処理に失敗している感がある。雑誌初出から出版まで7年かかったというのにも正当な理由があるようだ。
こんなものを出版するくらいなら、『ラヂオマン』とか『重箱の隅』とかを出してくれればいいのに。
ふと思い立ち「天獄と地国」に出てくる数字を検算して見て、自分が誤読をしていたことに気づく。まさか、そんな話だったとは。重力ではなく遠心力が卓越した世界という設定はタイトルでほぼ読めていたし、実際本文でも明かされるので、それですっかり安心していたため、もう一つの仕掛けに気づいていなかった。「地面」は惑星の周囲に構築された球殻だと思い込んでいたけど、重力中心から「地表」までの半径は2AUもあるんですね。つまり「地面」は火星軌道の外側に恒星を覆い隠すように作られた球殻状構造物だったわけだ。そう言われてみれば、この短篇、近傍の天体が「飛び地」以外に登場しないんだな。いや、すっかりサイズを読み違えてました。おそるべし小林泰三。
- 4月29日
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なぜ招待状が来たのかはわからないが、お茶大SF研25周年パーティーに出かける。パーティーだというのに貧乏学生のような服装で行ってしまうあたり実に失礼な行為ではあるが、盛装といえるものがスーツしかないんだから仕方が無い。どうせ、SFの人の集まりなんだから僕と同程度の服装センスの人間もいるだろうとタカを括っていたのだが、案の定だったりするあたりまだまだ世の中は信用していいようだ。
さすが伝統のあるSF研。パーティー会場に着いてみると、SF業界人がゴロゴロしている。さすがに場違いか、とも思いかけたが、なぜかDASACON関係者が集まる一角があったので無事居場所を確保することが出来た。まずはめでたい。
会の方も盛況のうちに進み、めでたい限り。いや、面白かった。こんな素晴らしい会に混ぜていただいて、あまつさえ賞品まで貰ってしまったのだから、これからは心を入れ替えてCOSMOSを読もう。
というわけで、心を入れ替えて唐沢なをき『怪獣王』(ぶんか社)を読む。のっけから怪獣への愛が大爆発。全編これ愛にあふれており実に微笑ましいのだが、いかんせん僕に怪獣への愛が無いのであと一歩のめり込むことが出来ない。そりゃ怪獣も嫌いじゃないし、「全怪獣怪人大百科」や「テレビマガジン」で育った世代ではあるけれど、僕の幼年・少年期は第2期怪獣ブームも黄昏を迎え、怪人ブームも盛りを過ぎて、第2期アニメブームの嵐が吹き荒れる中、「東映スーパー戦隊」が特撮の孤塁を守っていた時期なんだよね。怪獣なんて本とケシゴムで触れたのがほとんどで、動く怪獣を見たのはかなり大きくなってからの再放送くらいってんじゃあ、怪獣への愛が育たなくても当然というもの。そんなこんなで、この本全体に溢れる狂気のような怪獣への愛は今一歩わからないんだけど、それだけに著者たちが羨ましくもある。やっぱり、10個上の人たちは楽しそうだよなあ。
- 4月30日
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明日は水牧先生が泊りにくるということもあり一日中、部屋のメンテナンスをする。掃除をしたり、冬物をしまったり、アンテナ線の繋ぎ直しをしたり、データベースの入力をしたり。
SFMは林譲治「エウロパの龍」を読了。アイデアは悪くないと思うんだが、文章がもたつくのがなんとも。ひょっとしたら架空戦記の文体に僕が慣れてないだけかもしれないが、もう少し説明文をなんとかしてもらわないと次を読む気はしないな。