過去の雑記 99年 5月

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5月21日
神林長平『グッドラック 戦闘妖精・雪風』(早川書房)を読了。まあ、こんなものか。そのパートの意義を理解して読んだ為か、前半はSFM掲載時より楽しめたのだが、後半は今一つ。雪風が喋るのが気持ち悪くてしょうがない。エラーメッセージのような文章でたどたどしく話すのは良いんだが、MAcProを使って流暢に喋るのはなあ。前作のぎりぎりのところで意志疎通が出来ない雪風はカッコ良かったのに。どうも頑張った割には上手くいっていないんじゃないか、という印象がある。

ま、なによりメイヴがカッコ悪いのが最大の欠点だな。あんなつんつるてんの服を着た旦那さんのような機体より、トムキャットシルフィードの方がカッコ良いに決まっている。

5月22日
宇宙SFアンソロジー『宇宙への帰還』(KSS出版)読了。期待せずに読みはじめたら思ったよりは楽しめた。徹頭徹尾「男の子」の小説であるため、女性にどのように受け取られるかは気になるところであるが。海軍を宇宙に置き換えただけと言われても仕方が無い吉岡平「ハウザーモンキー」や自作のパロディの域を出ない佐藤大輔「晴れた日はイーグルにのって」のように宇宙SFと呼ぶには疑問の残る作品もあるが、どちらも戦争小説としては及第点なので非難する気にはならない。集中のベストはアイデアなんて筆力の前には無も同然ということを見せ付けてくれる谷甲州「繁殖」なんだけど、最も気になったのは早狩武志「輝ける閉じた未来」。構成・文章ともに御粗末で、アイデアも一級とは言い難い、とても及第作とは言い難い代物なんだけど、心とは何かを書こうとしてしまう志の高さだけは買うことが出来る。あとは文章力と、構成力と、設定力とアイデアだけだ。

山本正之プレゼンツ「游ぎつづけてビリジアン」「そよ子のスタイルブック」のビデオ上映会を見に行く。すでにCDで聴いているので、感動の再確認でしかないがやはり良いものは良い。
「游ぎつづけてビリジアン」の方は正直、処女作だけあってまとまりに欠ける面がある。「燃える本能寺」「マンハッタン吹雪」の各エピソードと本編との繋ぎが上手くいっていないし、人類レベルの感動は芝居に乗っているとはいいづらい。しかし、そんな欠点を越えて、あきちゃんとなおちゃんの友情は美しい。この二人の掛け合いだけでも十分に価値のある作品だ。もちろん、5人の女海賊の口上や、アン・フォスターがガッケンバッカーバリウスを壊すシーンのカッコ良さも特筆すべき出来。さすがは山本正之。
「そよ子のスタイルブック」の方は個々のシーンの素晴らしさだけでなく、全編通してのストーリーもよくまとまっている。人類などという大ネタをふらず(テーマの一つではあるが大きくは扱われていない)、童心の喪失と回復という個人的なテーマに絞ったのが功を奏しているようだ。RUN、水、メイの掛け合い、ソロともに素晴らしく、また実に山本正之である。
帰りがけに山本正之MLの人を見掛けたのだが、あまりに御無沙汰してるんで声がかけづらくて、そのまま帰宅する。まあ、そいうこともある。

中野君から電話があったんで不用意に話し込む。僕が彼に紹介してしまったポータル三国史だが、思いのほかひどかったらしい。ゲーム性の低さもさる事ながら、なんと武将が3、40人しかいないんだとか。そりゃ、三国史じゃないよ。三国史の本質はキャラ萌え小説なんだから、ゲーム性だのリアリティだのというくだらないことは放棄して、ひたすらに武将だけ放り込めばいいのに。しょせんヤンキーには三国史の面白さはわからないということか。

5月24日
王欣太『蒼天航路』16巻(講談社)、とり・みき『遠くへいきたい』3巻(河出書房新社)購入。

『蒼天航路』は官渡編の完結。……完結はいいのだがここまで史実を捻じ曲げなくてもいいだろう。史実の官渡は袁紹を追い返す戦いで、この後袁家の兄弟を相手にした長い殲滅戦が繰り広げられるのだがここでは一瞬で終ってしまっている。確かに曹操の魅力は十分に描かれているが、おかげで田豊、沮儒らの袁家方の軍師や、郭嘉を筆頭とする曹操方の軍師の魅力が消えてしまっている。特に郭嘉はほとんど活躍の舞台を与えられずじまい。曹操陣営でもトップクラスの才人だというのにこのまま埋もれてしまうのかと思うと嘆かわしくて仕方が無い。軍師をもう少し大切にしてやってくれよ、せっかく三国志なんだから。

『遠くへいきたい』は相変らずの傑作。今回、10コマ目の出来はさほどでもなかったが、収録作のレベルが高いのでその点ほとんど気にならなかった。おまけで作者インタビューまで付いてくるのでとりファンは必読だな。
#もちろん、みんな発売日に読んでいるだろうけどさ。

一時の気の迷いで読みはじめた<リバーワールド>の第1巻『果しなき河よ我を誘え』を読了。「全長1000万マイルの河岸に総計370億にも及ぼうかという過去の全人類が復活した」という無鉄砲な設定の冒険SF。最悪の想像よりは遥かに面白い。身勝手なリチャード・バートンのキャラにはやや感情移入しづらいが、作者の分身であるピーター・J・フリギットがその毒を消し去ってくれるので比較的安心して読める。油断していると宗教論議になりかけるが、必ず戻ってくるので大丈夫。さほど負担に思わずに残りの3作を読むことが出来そうだ。

5月25日
「SFマガジン」7月号とレズニック『キリンヤガ』(ハヤカワ文庫SF)を購入。なんの気の迷いか<リバーワールド>なんぞ読みはじめてしまったので、読了は当分先の予定。

5月26日
芳林堂でながいけん『神聖モテモテ王国』5巻(小学館)、あさりよしとお『ワッハマン』8巻(講談社)、20世紀イタリア短篇選集『青の男たち』(新読書社)、サラ・チャンピオン編『ディスコ2000』(アーティストハウス)を購入。

『ワッハマン』はすっかり買った物だと思い込んでいたが調べたら買っていなかったもの。ラストを知った上で読んでみるとさまざまな伏線が張ってある事が分かって興味深い。1話完結の印象が強い性か、長編の出来は軽視しがちだが、意外に高い構成力を持っていることがわかる。一度、彼の純粋長編も読んでみたい。

5月28日
山田さん(8)の依頼でヘルベルト・W・フランケ『紀元3000年のパラダイス』(三修社)とジャパネスクSFアンソロジー"Black Mist"(DAW)を購入。

後者を購入するため高田馬場で降りたので、ついでにレンタルビデオ屋の会員になってみる。地下鉄で30分以上もかかる店の会員になったのは、ひとえに『ジャバウォッキー』『バンデッドQ』を借りるためだったのが何としたことかどちらも貸し出し中。仕方が無いので、マルクス兄弟主演の『我輩はカモである』を借りることにして、おまけを物色していると思わぬところにモンティ・パイソンの山を発見。いやあ、さがしてみるものですね。残念ながら、『アンド・ナウ』はそこに無く『ホーリイグレイル』は貸し出し中だったので、手始めに『ベストオブモンティ・パイソン』『人生狂騒曲』を借りることにする。『空飛ぶサーカス』もかなり揃ってるししばらく通うことにしよう。

ファーマー『わが夢のリバーボート』読了。前作の構想を発展しただけなので特に新味はない。また、主人公サム・クレメンズが優柔不断な口先野郎なので読んでいてストレスがたまること請け合い。こんなへ理屈をつけるばかりで何にも出来ない野郎よりはジョン・ラックランドの方がなんぼか魅力的だろう。次作以降で好転することを期待。

5月29日
やっと、時間的余裕と金銭的余裕と精神的余裕が揃ったので、ヒカシューの『人間の顔』、というか「ハイアイアイ島」を買いに行く。
秋葉原・神保町と歩いた結果、『人間の顔』は入手できたが、ついでに探していたポータル三国志はみつから無かった。どうも、天が買うなと言っているらしい。中野君の尊い犠牲のおかげで出来は分かってるんだし、無理することも無いか。

途中、唐沢俊一『B級学』の唐沢なをき評を立ち読み。
唐沢なをきの成立過程からの分析が中心で技法に対する検討が甘いので個人的評価は低い。数少ない理系ギャグの使い手として彼を語るのであれば、元祖・理系ギャグ漫画家とり・みき、あるいはその先祖、吾妻ひでおとの比較は不可欠ではないのか。確かに、唐沢は彼らから何かを学んだりはしていないかもしれないが、キャラクター性の不在、ストーリーをギャグに奉仕させる性向、漫画の約束事に対する挑戦などという特性は明らかにとりと共通するものだ。唐沢なをきという作家の履歴を追うだけならともかく、彼の独自性を語るのであれば、とりとの類似点・相違点の分析は必須ではないだろうか。折角、他では類を見ない唐沢なをき論が展開されているだけに惜しまれる。

やっと入手できた、あさりよしとお『ワッハマン』11巻(講談社)を読む。どこまで当初の設定なのかは知らないが、数々のどんでん返しをまとめきりほとんど破綻の無い物語を作り上げた手腕は褒めるべきであろう。であるがゆえに、小さくまとまってしまったという印象も拭えないのだが。

ついに手に入れた(こればっかりかい)ヒカシュー『人間の顔』を聞く。うーむ。オーガス02を見たときから変な曲を作るグループだとは知っていたが、これほどとは。入手目的の「ハイアイアイ島」の詞は期待したほど変ではなかったが他の収録曲の変さはそれを補ってあまりある程。とりあえず揃えよう……。

そんな酷いことをするつもりはなかったのに、ついふらふらとファーマー<リバーワールド>(ハヤカワ文庫SF)を読了。『わが夢のリバーボート』までは設定先行の小さくまとまった冒険物になるかという雰囲気だったのに、『飛翔せよ、遥かなる空へ』からは設定変更&どんでん返しが続出し、どうなることかと思ったら『魔法の迷宮』で見事な力技で纏め上げられてしまった。まさに起承転結を地で行く構成だ。
さすがにどんでんを返し過ぎたのか破綻も多いがその辺はまあ御愛敬。飛行船での冒険に、複葉機の空中戦、リバーポートの水上戦に、エペを使った一騎打ちと盛り込みたいシーンを徹底的に盛り込んだ構成からは作者の楽しさだけが伝わってくるようで微笑ましい。これだけ楽しそうにかかれると些細な傷なんてのはまったく気にならなくなってくる。
後世に残すべき傑作とまでは思わない。だが、揃いで安く見かけたのなら手に取る価値はあるだろう。

5月30日
マルクス兄弟の代表作『我輩はカモである』を見る。傑作。

シリアスなドラマと、歌劇と、スラップスティックギャグの各部分がバラバラで、うまくまとまっているようには見えないのだが、そんな些細な欠点を補ってあまりある「芸」がここにはある。全体の完成度と個々のギャグのアイデアで勝負するモンティ・パイソンの洗練された笑いとは異なる、会話の妙や演技の巧みさで勝負する笑い。コメディとは本来かくあるべきものなのだろう。
もちろん、「芸」だけでなくアイデアもかなりのもの。特に、ハーボ・マルクスの繰り出すいたずらは見事。畳み掛け、繰り返し、もう終っただろうと油断した瞬間に止めを刺す。これぞ至高のギャグ。
グルーチョの身勝手なセリフやチコの地口もなかなかのものだし、ゼッポのとぼけた味も馬鹿に出来ない。

万が一、未見という方は必見。

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