歓送迎会での課員へのメッセージ
Mさん、Sさん、長い間当行のために尽してくれてありがとう。ふたりからほとんど同じ時期に退職の申し出があった時は驚きました。ふたりとも結婚しそうな雰囲気は正直感じられませんでしたし、もしそういうことがあるとすれば、女性同士ではありますが、仲の良いこの両人同士が結婚することしか僕には想像できませんでしたので(笑)。
Mさんとはわずか半年のつきあいでしたが、その明るさ、積極性、「おじさん転がし」で取引先に取り入る巧みさなど、ビジネスでの実力の片鱗を見せてくれました。しかし、当行があなたの実力を十分発揮してもらう環境から遠ざかってしまい、本当に残念で申し訳なかったと思っています。
Sさんには、入行以来七年間マーケットまわりの仕事をしていただきましたが、特にデリバティブ営業では、持ち前の知的好奇心や集中力で、数多くの新規取引先を獲得したり、新しい切り口での取引を推進してくれました。Sさんファンの地銀や信金のお客さんも数多くいらっしゃることを考えると、大変残念な事です。
今般二人は、Mさんが発展途上にあるメディア産業のG社、Sさんが地方自治体へそれぞれ進まれることになりました。いかにも二人らしい個性が表れた決断に敬意を表したいと思います。当行の卒業生として恥ずかしくない活躍をしてくれることでしょう。
さて、次に、残る我々と今般当課に来てくれたI君ですが、昨年末以来の公的管理が思った以上に長引いている印象は皆さんも持っていることと思います。出口についての具体的目処も立っておらず、比較的まとまりを保ってきた当行行員の間でも不安と動揺が広がりつつあるように思えます。
皆さんは最近ベストセラーになっている「五体不満足」という本を知っていますか?
あの本のキャッチコピーに「障害は不便です、でも不幸ではありません」というのがあります。重い障害を持つ著者が我々に訴えたかったのは、生まれつきや環境が人に強いることができるのは「不便」や「不愉快」だけで、どんな環境も人に「不幸」を強いることはできない、ということです。与えられた条件や環境が不便で不愉快であっても、不幸になるかどうかは、その人の心のありよう次第です。人間は不利な条件の中でも幸福を創り出すことができる偉大な生き物なのです。現在当行が置かれている環境は、まさに経営に全く自由度のない「不便の極み」の状態です。しかも先行きの不透明な「不安」さえ抱えています。しかしだからと言って直ちに我々行員一人一人が「不幸の極み」だと言えるでしょうか?
第一、環境から言えば、当行だけが不便で不安な状況にあるわけではありません。公的資金を入れた大手金融機関はどこも多かれ少なかれ経営の自由度を失っています。「過剰能力」の銀行セクターの整理縮小が完了するまでは、こうした不便をどの銀行も甘受しなければなりません。このことは金融業界だけではありません。「過剰設備」のゼネコン、製造業、小売業等、産業界のリストラはバブルの最終調整として避けて通れないプロセスなのです。官のリストラも必至です。また、組織としては生き残っても、行員、社員すべての雇用が確保されるわけではありませんし、クビにならなかったとしても単なる余剰人員では組織人として幸せとは言えないでしょう。そうした厳しい経済環境に対する我々ひとりひとりの受け止め方、逆境とどうつきあうかが問われているのだと思います。この際自分で自分の人生や仕事の意味をもう一度考えてみよう。一番良くないのは、最後は組織が何とかしてくれるだろうとの幻想を抱いたまま、無為、無気力で流れることです。自分の仕事の意味をよく考えたうえで、Mさん、Sさんのように今までとは全く別の世界でやっていこうとするのも素晴らしい決断です。また、熟考したうえで当行の行方になお一縷の望みをつなぎ、出口を見届けよう、もし出口の姿が自分の意に添わなければその時は別の道を探そう、というのも立派な態度です。正直に言えば、僕自身の今の気持ちはまさに後者です。僕は今当行を辞めようというつもりはありません。当行の出口を見届け、もし出口の姿が自分の意に添わなければその時は別の道を探そうと思っています。もし皆さんの中に僕と同じ気持ちでいてくれる人がいるならば、出口まで何とか無気力にならぬよう誇りを持って顧客のために質の高いサービスを提供し続けしよう。最近皆さんが工夫してくれている事業法人向けの格付推定、政策株対策等の財務コンサルティングや金融法人向けの市場リスク管理サポート、仕組債分析等のサービスは、どこのデリバティブ業者にもできない当行らしい「かゆいところに手の届く」素晴らしいメニューだと思います。
その意味で、今般当課に来てくれたI君も含め、皆さんにはこの業務のプロフェッショナルになってほしい。どんなに環境が悪くてもそれに甘んずることなく、この業務を勉強し、ノウハウを蓄積してほしい。それがこの逆境の中で(私生活は別として)仕事の上で「幸福」を見出し得る唯一の道だと思います。
では、Mさん、Sさんの新天地での活躍と、当課の益々の発展を祈念して乾杯したいと思います。
乾杯!
(一九九九年三月二十九日)