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眠りの森の美女〜ローズアダージョ :シルヴィ・ギエム     (2009.3.8)

シルヴィ・ギエムが踊った「眠りの森の美女」第1幕〜ローズアダージョの映像があります。 一つは90年代後半のロイヤルバレエの時のもの、もう一つは多分それより前のパリオペラ座時代のものと思われますが定かではありません。いずれもVHS初期の古い録画で映像はお世辞にも良いとはいえませんが、若きギエムの至芸を見ることが出来ます。
「眠れる森の美女」のオーロラ姫はクラシック・バレエの中でも最も高度なテクニックが要求される役どころであり、その最初の見せ場は、プロローグに続く第1幕のローズ・アダージョです。この中で最も華やかな見せ場が、アチチュードのバランスの場面です。4人の貴公子に求婚されるオーロラ姫は、貴公子たちに手をとらせながらポアントで立ち、次々に手を離してバランスを保ち、アチチュードの姿勢を続けたまま男性の動きに沿ってゆっくり回転し(アチチュード・アン・プロムナード)、再び手を離します。手を離す瞬間を観客はかたずを飲んで見守りますが、ギエムはまったく動じるところがなく、まるで神様の見えない手が彼女を支えているかのような安定感でこの場面をこなして最後のアラベスクを決め、観客の割れんばかりの拍手を浴びていました。
 
シルヴィ・ギエムは1995年3月東京バレエ団の「眠りの森の美女」でオーロラ姫として客演しました。デジレ王子はローラン・イレール。ローズ・アダージョは圧巻で揺るぎないアチチュードのバランス、何気なく上げた脚が頭上はるか高くまで上がり、アラベスクやグランジュテは軽く180度を超えるという超絶技巧の連続でした。この時、伸びやかな肢体と美しいポアントでおおらかにリラの精を踊った吉岡美佳さん、「何くそ!!」と密かに闘志を燃やしていたのでしょう。1998年吉岡さんが主役のオーロラ姫を踊ったとき、ローズアダージョのバランスを徹底的に研究して稽古に励み、本番では、フラフラ揺れ始めて「もはや限界!!」というところまでジ〜〜とバランスを維持し続け、観客の興奮を誘いました。また、180度近くのアラベスクにも挑戦しました。控えめな吉岡さんをこんなに発憤させるほど、ギエムのバランスと開脚の凄さは、当時の東京バレエ団のダンサーには強烈な印象を与えたようです。やはり、ギエムはすごい。
 
でも、私はギエムのこのような技巧的な踊りは、好きになれません。「眠りの森の美女」のオーロラ姫は、必ずしも片足で完全にバランスを保つことも必要にないように思います。「うまく立てるかしら?」と観客に不安を抱かせ、フラフラして一人で立っていられないという心許なさがある方が、かえってオーロラ姫の初々しさを表現できるような気がします。プティパは、本来の振付には、こんな意図をしていたように思うのです。下村由理恵さん、森本由布子さん、草刈民代さん、吉田都さん・・・のオーロラ姫は、そんな魅力に溢れています。、「ロ−ズ・アダージョが終るまでは緊張します。やはり四人の王子との呼吸が難しい。」と、下村由理恵さん。 プロムナード後のバランスの3人目。支えの腕がギクギク揺れてなかなか手を離せない。意を決して手を離してアンオーまで挙げ、グッと堪えます。 上体が前後にグラグラ揺れて今にも崩れそうで、ハラハラしますが、懸命に長〜くバランスを保ちます。笑みを忘れた険しい表情の由理恵さんに思わず「頑張って!!」と声をかけたくなります。 しかも、「いつでも支えてあげるよ!!」と待ちかまえている4人目の王子の手に触れずに、フィニッシュのアラベスクに繋いだのです。 汗びっしょりになりながら、自分の出来るギリギリまで耐えてバランスをキープするバレリーナの健気な姿は本当に美しく、胸を打たれます。数え切れないほど繰り返し見た、大切なお宝映像です。
 
こんな機械のように正確なシルヴィ・ギエムでも人間、失敗することもあるのです。YouTubeに、「眠りの森の美女」第一幕オーロラの出で、脚を滑らせた場面がアップされていました。 あわや転倒と一瞬ハッとしましたが、ギエムは何もなかったように踊り続けました。さすがプロですね。

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