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松崎すみ子バレエ公演「オンディーヌ」      (2002.9.8)
(脱フォンティーンへの下村由理恵の挑戦に感服)

水の精「オンディーヌ 」、これは、ロイヤルバレエの名振り付け師、フレデリック・アシュトンがマーゴ・フォンティーンの為に振り付けた21番目のバレエです。 
このバレエ「オンディーヌ」は、ラシーヌの戯曲「敵同士の兄弟」が原作で、1958年にロンドンのロイヤル・オペラハウスで初演されました。作曲はヘンツェ。共演はマイケル・サムス。
幸いこの公演は、オペラの記録で有名なポール・ツィンナー作の映画「ロイヤル・バレエ」(1959年)に収録されています。この映画のビデオは、もう幾度となく見ていますが、ラスト近く、フォンティーンがパートナーの上に倒れかかる場面は息も絶え絶えになるほどの熱演で、その迫力はもの凄く、鳥肌が立つほどです。
 
この度、下村由理恵さんが、「オンディーヌ」を演じるということで、ビデオでのフォンティーンの最高の演技を見慣れていただけに、どんな「オンディーヌ」を演じてくれるか、期待が一杯でした。
 
下村さんは、どんなに小さな舞台も疎かにせず、全力でぶつかっていきますが、今回も彼女の神経がすみずみまで行き届いた素晴らしい舞台だと思います。 ベテランの域にあるダンサーなのに、舞台ごとに成長し、その度に更に円熟した演技をみせてくれる下村さんですが、おそらく、この「オンディーヌ」、彼女の数多くの舞台のなかでも記念碑的な見事な舞台だったのではないでしょうか。
 
松崎すみ子版オンディーヌが、フォンティーン主演のアシュトン版と決定的に違うのは、オンディーヌの誕生から始まることです。 水の滴りの音、オンディーヌの誕生です。下村さんの、手と足をゆっくりと伸ばし、ちょっと小首を傾げる愛らしい仕草。可愛らしさも技術のうちだと思います。
 
神秘の森でオンディーヌは騎士ハンス(篠原聖一)と出会います。下村さんは、恋する少女の喜びを、全身で、そして細やかな足の動きで鮮やかに表現していきます。 結ばれたふたりがウエディングドレスをたなびかせながらの踊りは、愛の高まりを盛り上げ、とっても美しくうっとりと見入ってしまいました。 下村さんは、単なるバレエ・ダンサーと言うより「女優」です。スコティッシュの経験が生きているのだと思います。
 
第2幕は、オンディーヌ、ハンス、恋人のベルタの三人が、乱れる心を舞います。
ここでは、ベルタの安達悦子さんが気品に満ちた美しい踊りでした。日本人離れしたすらっとした長身、長い手。時折、オンディーヌへ嫉妬の鋭い視線を投げかけますが、これが自然で、とてもいい感じなのです。 いつも主役を踊っているバレリーナが、今回は脇役ですが、この演技の巧さは、さすがプリマの貫禄と納得させられます。
 
迫力ある難破のシーンを経て、最後の場面。
「涙で彼を殺しました」の下村さんの演技は、心の底からわき上がる悲しみを感じさせる、しみじみとした良い演技でした。これを受けて立った篠原聖一さんも、見事なものでした。第一線を退いたとはいえ、篠原さんの舞台の充実ぶりは、なかなかのものだと思います。
ただ、あえて不満??と言えば、この場面です。掟を守った下村さんのオンディーヌは、息を引き取ったハンスの前に立ちつくす演出ですが、フォンティーンがパートナーの上に息も絶え絶えになって倒れかかる演出より、迫力に欠けていたことです。この辺が課題かもしれません。下村さんが好演だっただけに残念な気がします。
 
それから、フォンティーン版の「オンディーヌ」の音楽は、ヘンツェ作曲でしたが、今回の「オンディーヌ」は、ドビュシー、ヴィヴァルディ、そして中世の古樂を使っていました。特に、「オンディーヌ」のテーマとも思わせるハープを使ったドビュシーの音楽が良かったと思います。

ただ、こんな素敵な作品なのに、やや空席が目だったのが残念でした。一人でも多くの人に観て欲しかった。日本はバレエブームと言われるけれど、まだ、「白鳥の湖」とか「くるみ割り人形」でないと観客を呼べないのでしょうか。残念なことです。

この作品は、昨年上演され、平成13年度の文化庁芸術祭優秀賞を受賞し、今回は、この再演ということになります。
下村由理恵さんは、松崎すみ子さんから、オンディーヌの企画を聞いたとき、「絶対やりたい」と即答したそうで、この役にかける意気込みは大変なものだったようです。
「自分の中に根づいているフォンティーンのオンディーヌから脱すること」と彼女は言っています(バレリーナの道41号)。下村さんの演技は、松崎すみ子さんの、「悲劇のヒロインという面だけでなく、小さいときから描くことで実はおちゃめな、正反対の面も出せて、それがハンスを知ることでしとやかな女性に変わっていくというように、奥行きのあるオンデフィーヌ像を立体的に出したかった」という意図を汲んだ、素晴らしいものだったと思います。
今回の再演、「さらに磨きをかけてお見せしたい」という松崎さんの気持ちに応えた、「女優・下村由理恵」の努力に感服します。
失礼ながら、下村さんの純日本人的な体型は、必ずしもバレリーナとして恵まれているとは言えないと思います。なのに、観客にこれほどまでに感動を与えるのは、彼女が、力の限りぶつかっていく「熱意」と、観客に不満を与えまいとする観客への「誠意」を人一倍強く抱いておられるからだと思います。彼女には「挑戦」と「努力」という言葉がよく似合います。自ら「ダンサーは商品」と言い、一匹狼のフリーとしての、プロ意識の表れだと思います。
「挑戦するバレリーナ・下村由理恵さん」、あなたは今回も、「情熱」と「勇気」の大切さを教えてくださいました。
いつまでもお元気で、踊り続けてくださることを、願ってやみません。
 
オンディーヌ : 下村由理恵、  騎士ハンス : 篠原聖一
水界の王   : 小原孝司、   王の弟   : 能美健志
王の弟    :  佐々木大、   ベルタ  : 安達悦子
2002年9月8日 青山劇場

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