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第52回 コラム:伝説の続章〜KRAFTWERK〜


 ポピュラー・ミュージック・シーンで、30年前のコンセプトを堅持し、それでいながら常にそのときそのときの技術を用い、それを適合させつつ進化し続けるプロジェクト、そんな嘘のようなものが存在する。KRAFTWERK(クラフトワーク)だ。

 極論してしまえば、ポピュラー・ミュージックはある種「使い捨て」であって、手軽な反面すぐに過去のものになる。よって「現在」だけでしか存在しないものでもあり、ポピュラー・ミュージック全体をみても、30年現役、というミュージシャンは稀有である。

 KRAFTWERKは14年ぶりに"新曲"を引っさげてミュージック・シーンに存在を誇示した。しかもそれは今年(2000年)6月1日からドイツ、ハノーバーで開催されている万国博覧会(10月末まで)のテーマ曲「EXPO 2000」だ。(予定調和のごとく)突然「伝説」は新たな章に入ったと考えるべきだろう(1998年の17年ぶり来日ライブの際に披露された「Luton Hoo」は新曲だったのか、それともまだ曲になる前のデモだったのか、現時点では不明。このライブレポートはこのコラム第6回で書いているので参照していただけるとありがたい)。万博のテーマ曲に彼らを選定する実行委員会も凄いと言えるが。

 この「EXPO 2000」の発表は突然だった。もしかしたら業界や海外では周知のことだったのかもしれないが、いかんせん日本の一般市民には情報が少なすぎた。1991年にベストアルバムともいえる「THE MIX」を発表した後、何の音沙汰もなかった(例によって例のごとくデュッセルドルフのスタジオにこもっていたらしい)。が、1997年になり、突如公式サイト(http://www.kraftwerk.com)が立ち上がり、ヨーロッパでのライブ活動を再開。そして1998年のワールドツアー。それ以後、やはりスタジオにこもっているらしいとの情報があり、新曲が待たれていた。2000年に入って「発売されるらしい」という噂が流れ、2月上旬の時点で、2月23日発売、という予定が確認された。が、その後3月16日に発売日延期、4月12日に発売日再延期を経てやっと日本では公式に入手可能となった(ついでに公式サイトもリニューアルされている)。ちなみに私は予約して買った!

 その後偶然新宿のCDショップで「EXPO 2000」のオリジナルパッケージ版(ドイツのみで販売のはず)、UK版(プロモーションビデオクリップ付き)、「Tour De France」の再発売版(ドイツのみで販売のはず)を発見。他に選択肢はない。買う。聴いてみると「EXPO 2000」オリジナルと日本版では微妙にミックスが異なる。さらに、ミュージシャンズクレジットにも差がある。何故だ。オリジナルパッケージはケースが偏光アクリルを使用しており、見る角度によってジャケットのデザインが変化する(どうやらこれは万博のロゴらしい)。コピーライト表示は1999年となっており、本国ドイツでの発表は1999年12月だったことがその後確認された。

 「相も変わらず昔のスタイルでピコピコやってるだけ」、という評価もあるかもしれないが、私には「技術やビートにばかり頼りすぎていて肝心なことを忘れていないか」、とこの「EXPO 2000」でテクノ・ミュージックの祖でもあるKRAFEWERKは言っているような気がするのだ。確かにスタイルは以前のものを踏襲しているが、細かく聴いていくと現在のテクノ・シーンの影響も彼ら自身が受けていることが伺うことができる(現在のテクノの原点は彼らなので、全てのテクノ・ミュージシャンは彼らの影響を少なからずも受けているはずだ)。

 世界のテクノ・ミュージックには2大巨頭が存在する。ドイツの"ゴッド・ファーザー"KRAFTWERKと、日本の"キング"Yellow Magic Orchestraである。クラブやダンスなどで本当に星の数だけ存在し、さらに現在に至るまでに消えていった数多のテクノミュージシャンとこの2大巨頭と決定的に違うことがある。「コンセプトがテクノロジーよりも高い(または違う)レベルに存在する」ということだ。

 テクノロジーがあってはじめて成り立つ、プロフェッショナルとアマチュアの境目が曖昧な巷に溢れている音楽なのではなく、鋼のコンセプトがベースに存在するがために、どこまでいってもオリジナルであり、例え誰かが真似たとしてもオリジナルを越えることができない。逆に言うとこの2大巨頭の存在があまりにも大きすぎて太刀打ちできない、ということなのかもしれない。

 KRAFTWERKを惜しくも脱退してしまったウォルフガング・フルーアのユニットYamoや、同じく脱退してしまったカール・バルトスの(ワンマン)ユニットElectoric Musicが「迷走」していることからも、コンセプトを作り出すことがいかに困難なのか、を示しているのではないかと思う。

 KRAFTWERKはこれで「現役」宣言をしたわけであるが、Y.M.O.は一旦1984年に「散開」という形で活動を終了し、1993年に「再生」した(「再生」直前あたりから今現在までベスト盤、リミックス盤、発掘ビデオ等々が発売され、本人たちの手を離れてマニア達だけが暴走している感もなくもないが)。ついこの間(2000年4月)も発売されたばかり。

 さて、前置きが長くなったが、私なりに新曲「EXPO 2000」を掘り下げてみよう。例によって例のごとく歌詞カードなどというありがたいものは付いていない。マキシシングルでありながら1曲のみ(トラックは一応4つあるが残り3つはリミックス)。歌詞(と言えるかどうかははなはだ判断が難しいが)は私の耳には以下のように聞こえる(ヴォコーダーで「声」を加工しているため、聞き取りづらい。他にもいくつか単語を発しているようだがわからない)。

EXPO 2000
The 21 Century
Man Nature Technology
The Planet of Visions

 これを英語とドイツ語でただひたすら連呼しているだけ(1箇所だけ日本語!もしかしたら他の言語でも連呼しているのかもしれないが私が認識できない)である。曲として必要最低限の音だけを配置していて、一切無駄がない上に一切飾りもない。何かのテーマ曲は、それに注目されすぎてはいけないし、なおかつ存在感もなければならない。そういうところが難しいところであるが、「EXPO 2000」はテーマ曲らしいといえばテーマ曲らしいし、非常にセオリー通りでストイックでシンプルである。万博会場の至る所でこの曲が流れているとすれば、各パビリオンが独立した存在ではなく、統一された一体感を持つだろう。その点で言えば「最適」なのかもしれない。

 ただ、これ以上どう評してよいのか言葉が出てこない。私のボキャブラリーが貧困なせいでもあるが、今はただ打ちのめされているだけの状態なので、どうしようもない。私の前頭葉にビシビシ電流が走り、側頭葉は刺激にオーバーフローしてドランカー状態だ。

 KRAFTWERKでは複雑なコード進行や派手な装飾は禁じ手である。(存在したとしても)メロディーラインは基本的に単音。ほぼ無限ともいえるほどのフレーズの繰り返し。こういった「型」があるが、「EXPO 2000」ではほぼ完璧にこの「型」にはまっている。まさに真髄。

 それでいながらビートは現代風なので、(テクノの)オールディーズやクラシックではない。ちょっと聴いただけではわかりにくいかもしれないが、彼らは単純にフレーズ、ビートを繰り返しているだけではない。1回1回繰り替えしごとに微妙に(音色も含めて)違うのだ。その職人気質、完璧主義が"ゴッド・ファーザー"たる所以であり、年季が入っているともいえよう。

 Y.M.O.のメンバーだった坂本龍一氏がY.M.O.再生プロジェクトの記録として出版された「Push the Button」のインタビュー(1993)で「Y.M.O.KRAFTWERKは単純に同じ音を繰り返しているのではなくて、フレーズごとに音の種類や配置を変えている」という趣旨の発言をしている。実際この「EXPO 2000」もご多分に漏れず、ヴォイスのサンプリングレート、歪みを変えているし、左右の配置も変えている。ただの力任せでない、職人気質、完璧主義の現れだろう。

 ここまで来れば、2000年中発売予定の"新作"アルバムに期待せざるを得ない(1986年発売のアルバム「Electric Cafe」の前例を考えると"新作"アルバムに「EXPO 2000」が収録される可能性は低い)。

(2000. 6.11.)


余談

 最近新宿の大型CDショップに行くとかなりBOOTLEG(海賊版)っぽいリミックスCDが売られているので面白い。パッケージはイタリア語で書かれていたり、ドイツ語で書かれたりしていて語学力の低い私にはまったく理解できないのだが。中には「Promotion Only, Not for Sale」と書かれているものも堂々と売られている。楽しい。当然、見つけたら、買う。


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