BCJアメリカデビュー記念 受難節コンサート2003 特別追加公演 I 
  “J.S.バッハ/ヨハネ受難曲”


2003/04/17 19:00  東京:日本大学カザルスホール 

*同一プロダクション 2003/04/04〜12 BCJアメリカ・ツアー


J.S.バッハ/ヨハネ受難曲 BWV245 全曲
  コラール「おお人よ、汝の罪の大いなるを嘆け」 BWV622 〜「ヨハネ」第一部
  コラール「我らを潔めたもうイエス・キリスト」 BWV620 〜「ヨハネ」第二部

          *BWV622,620:水野 均(オルガンソロ)


《出演》 *こちらにもメンバー一覧があります!

〔独唱〕
 ゲルト・テュルク(Ten/福音史家)、ヨッヘン・クプファー(イエス)
 野々下由香里(Sop)、ロビン・ブレイズ(Alt)、ペーター・コーイ(Bas/ピラト)

〔コーラス〕
 ソプラノ:野々下由香里、緋田芳江(女中)、藤崎美苗、星川美保子
 アルト:ロビン・ブレイズ、上杉清仁、鈴木 環、山下牧子
 テノール:島田 道生、鈴木 准、谷口 洋介(下僕)、水越 啓
 バス:ペーター・コーイ、ヨッヘン・クプファー、浦野智行(ペテロ)、渡辺祐介

〔オーケストラ〕 *コンサートマスター/寺神戸亮
 フラウト・トラヴェルソI,II:前田 りり子、菅 きよみ
 オーボエ/オーボエ・ダモーレ/オーボエ・ダカッチャ I,II:三宮正満、尾崎温子
 ヴァイオリンI:寺神戸 亮、荒木 優子、竹嶋 祐子
 ヴァイオリンII:高田あずみ、秋葉美佳、パウル・エレラ
 ヴィオラ:森田芳子、渡部安見子
 ヴィオラ・ダ・ガンバ:福沢 宏

〔コンティヌオ〕
 チェロ:鈴木秀美、山廣美芽
 コントラバス:西澤誠治
 ファゴット:堂阪清高
 オルガン:今井奈緒子

指揮/チェンバロ:鈴木雅明


今回の「ヨハネ受難曲」の演奏について(プログラム冊子「制作ノート」より)
(鈴木雅明:BCJ音楽監督)
 ・・・今回の演奏では第4稿を基本にしたが、第10曲目までは1739年の自筆スコアに従い、歌詞は第1稿以来の基本的なものに。またコントラファゴットは採用せず、第35曲の楽器編成は第2稿のものに変えた。しかし、第19曲ではリュートに替えて、第4稿に従って弱音器つきのヴァイオリンとチェンバロがオブリガートを、また同じく第21b,25b曲でも弦楽器の一部が管楽器を重ね、第32曲でも弦楽器(の一部)がコラールを重ねることとした。レチタティーヴォ部分はチェロと共に、エヴァンゲリストをチェンバロが、イエスの言葉と旧約聖書からの引用部分などはオルガンも重ねた。
・・・(ヨハネ受難曲におけるオルガンコラールについて)バッハの当時、受難曲に際してオルガンの前奏をしたかどうかは不明だが、通常カンタータのためにはオルガン前奏が演奏された。(抄)

【コメント】
 
500席限定のカザルスホール特別編成による公演第一夜。カザルスホール・レジデンスオルガニストの水野均さんによるオルガン演奏が第一部、第二部を開きます!
*「ヨハネ受難曲」に関する資料はこちらでご覧ください。(矢口) (03/04/16)

 間違いなく、これまでのBCJの「ヨハネ受難曲」の演奏の頂点に立つ演奏であった。この演奏に接することができ、これまでBCJを聴き続けてきて本当に良かった、と思った。また、様々な意味で過酷な旅であったアメリカツアーから帰国された直後の厳しい条件の中でこの演奏を“成し遂げられた”メンバーのみなさんに、感謝の気持ちで一杯である。
 確かに今回の演奏は、バッハの時代に鳴り響いたヨハネの姿とは異なるものだ。演奏旅行という制約の中で、様々な稿の中からもっとも“身軽”に演奏できる編成をとり、かつ、様々な工夫を凝らしてヨハネの世界に迫ろうとする試みでもあった。その試みの一つに第1部、第2部それぞれの開始に先立つオルガンコラールの奏楽があげられる。(上掲の「今回の「ヨハネ受難曲」の演奏について」参照)
 今回の「ヨハネ」はまたBCJにとっての“温故知新”の演奏でもあった。このオルガンコラールの前奏もその一つ。第6回定期でBCJが初めてこの「ヨハネ」を取りあげた時、まったく同じ2曲のコラールが神戸・松蔭のチャペルと、東京では何とあの池袋の東京芸術劇場のガルニエ・オルガンで演奏されたのだ。この時の東京公演が私のヨハネ開眼であった。今回のオルガン奏楽は、あの時以来、是非またオルガンコラールでの開幕をと夢見てきたことが現実となった感激のひとときだった。a`=415Hzのバロックピッチでの演奏に合わせるため、a`=440Hzのカザルスホールのアーレント・オルガンに半音下げた移調譜で臨んでくださった水野氏に大いなる感謝を捧げたい。
 もう一つ、懐かしい思い出とのリンクがある。それは、BCJとゲルト・テュルクとの出会いが、まさにこの会場でのこの曲の演奏であったことだ。正確には1995年4月11日の大阪・いずみホールでのヨハネの演奏がテュルクとBCJの初共演になるのだが、礒山先生のCDの解説にある情報によるとこの初日の演奏は満足のいく出来ではなかったようである。さらに翌4/12の府中公演は、これは私が実際に足を運んだので証言できるが、色々な面ではなはだ不本意な出来のものであった。(ただ、初めて耳にしたテュルクの柔らかな語りの表現には強い印象を受けた) 翌日からのカザルスホールでのレコーディングは大丈夫か?と心配になったが、その心配を見事に晴らしてくれたのが4/13、やはりこの時も木曜日(今回の4/17も木曜日!)の演奏だった。
 この日、テュルク氏は前日から不調のテノール・ソロに代わって第20曲のアリアも歌った。出だしからややゆったりと進みたがるオブリガートを引っ張るかのようにグイグイと歌い進め、いつの間にか彼の歌世界に連れて行かれた。そしてアリアが終わるや否や、何食わぬ表情でエヴァンゲリストに戻るのだ。(今やコンチェルティスト/リピエニスト式が浸透して、驚かなくなった展開だが、当時は何というスタミナとテクニック!と恐れ入ったものだった) もちろん、CDには翌日復調した片野氏のこれまた素晴らしい歌唱が残されているが、あの美しい流れを持った1995年4月13日の演奏も忘れがたいものである。この日こそ、テュルクとBCJの真の出会いの日であったと言えるのではないだろうか。そのシーンが今回の演奏でまさに再現された。第20曲の長大かつ甘美なアリアに私は万感の思いを持って聴き入り、テュルク氏との実り多き日々をまだまだこれからも聴かせていって欲しいと心から思った。
 さらにもう一つ、これまでのBCJの「ヨハネ」の演奏の歴史が昇華された表現が聴かれたことに言及しておこう。それはコラールでのいくつかの箇所でのフェルマータの処理についてである。まず第一の注目箇所は第3曲の「大いなる愛」の「愛」にあたる「Lieb」の表現。この「Lieb」を引き延ばして大いに強調し、「ヨハネ」の中にはっきりと「愛」を刻印したのが1998年の初めての第4稿の演奏であった。この時の演奏はBISのCDやNHKの収録に残されているので機会があればご確認されたい。私も《3度目の「ヨハネ」、2つのフェルマータ》と題して「フォーラム」にこの時の印象をまとめてある。今回この「Lieb」は長さを伸ばすことはなかったが、語の後をはっきり区切ることでやはりしっかりと「愛」が刻印されていた。同じように98年に引き延ばされて強調されていたのが最後の第40曲のコラールの最後に出てくる「Herr Jesu Christ」の「Christ」である。ここも今回は長さはやや長いかなという程度であったが、語の後の区切りをはっきりさせることで強調されていた。この表現を、これまでの演奏の歩みをまるで確かめるかのように私は感じた。
 27b曲をデクレッシェンドでまとめるなどの新しい工夫もあったが、総じてこれまでの演奏史を踏まえ、BCJの「ヨハネ」の結論という趣の演奏と感じた。ちなみにコンサート後に鈴木雅明さんとお話させていただいたおり、「バッハはヨハネには最後まで満足しなかったのではないか。自筆譜の中断がなければあるいは理想的な形が残されたかもしれないが。第4稿はバッハの意図によるものとは言えないし・・・。」とおっしゃっていたことが印象的だった。また、確信に満ちた「ヨハネ」を折に触れて聴かせていただきたいものです!
(矢口) (03/05/06)

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