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最後は馬っこのお話。モンゴルの人々にとって、馬は五畜の中でも特別な存在のようです。なぜなら、オートバイとか自動車を取り入れるゲルも出ていますが、モンゴルの人々は今でも馬の背で過ごす時間が多いそうです。
というのは、他の家畜を飼育するのに、番をしたり、群れを探したりするのに重宝なのです。そして馬乳酒(アイラグ)を作ったり、モンゴルの大祭典「ナーダム祭」の競馬競走には欠かせないものなのです。
歴史をさかのぼると、今の北京を首都にした「元王朝」をはじめユーラシア大陸さらに中部ヨーロッパまでを支配下に収めたモンゴル大帝国の原動力は、騎馬隊組織だったと言っても過言ではないと思います。
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モンゴルの人々は、子供のうちから馬をもらい、小さいときから馬の扱い方を習う。馬に対する愛情はわれわれの想像を越えたものがあるようだ |
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ナーダムのメーン行事の一つ競馬競走は、少年が主役で草原を20〜30`、人馬とも必死で走り続ける。ゴールしてこと切れる馬もあるという |
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司馬遼太郎は、人間がじかに馬に乗るようになったのは、紀元前6世紀から同3世紀ころまでで、それは黒海沿岸草原で活躍したスキタイらしい。この騎馬技術を中央アジアで牧畜をしていた諸民族が習得、ついに大騎馬団をもって中国史に出現するのが匈奴(きょうど)だと言うのです。 「この紀元前の匈奴が何者であるにせよ、その生活形態をほぼ生き写しにしていまなお踏襲している世界唯一の民族が、モンゴル人である」と彼は言います。モンゴルの人々が馬に対して特別な感情を抱き続けてきたものの一つが、馬頭琴だと思います。
こんな原稿をたたいているうちに、アメリカでとんでもないテロが続発しました。歴史には、ときに狂気としか思えない現象が出てきます。人間のあさましさですかネ。悲しいことです。
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モンゴルの馬は小型でサラブレッドのようにスマートではないが、何となく愛くるしい。初めて馬に乗るモンゴロイド(グルバンサイカン国立公園で)
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草原で馬頭琴を奏でる青年。馬頭琴にまつわる伝説や話題はいろいろあるようだが、それは次回に
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