私は最後の1日まで生き続けます
 
 それこそは、私が末期がんでなのです。それこそどうしてなのです。それこそ最後の1日まで生きないといけないのかという問題に悩むのです。それこそ私は前立せんがんの末期がんで、それこそ余命3年を告げられました。しかしもう1年半は生きていますが、それこそ今は効果的なホルモン剤が徐々に利かなくなり、それこそ服作用が非常に苦しい、抗がん剤の治療になる。しかしそれは単に、肉体が苦しいだけではないのです。
 それこそその薬は非常に高額、それこそ毎月10万円以上もする抗がん剤の治療をやってもなのです。それこそいずれ死ぬということ。それならどうして人はなのです。いずれ死ぬと分かっていても、抗がん剤の治療をするのか。それこそ副作用が非常に苦しく、そして薬の値段もべらぼうに高いのに。
 それこそその前に何です。それこそ脊髄小脳変性症で1リットルの涙の佐藤彩さんの話を聞いてほしいのです。それこそ彼女はこの病気に15歳で発病し、それこそ病気はどんどん進行してなのです。20歳の時には、自分で食べることも、歩くことも、しゃべることも、排せつすることも何もできなくなったのです。
 そしてなのです。その時に、彼女は主治医から、これから悪くなることはあっても、よくなることはない。そして数年後に彩さんは必ず死ぬと、とうとう死亡宣告をしたのです。しかしその後、主治医は、彩さんに理解困難なことも言ったのです。
 それは彩さんに、リハビリをこれまで以上に、頑張れと言ってきたのです。それこそリハビリをしようがしまいが、それこそ数年後に死ぬことは避けられないと主治医が今言っておきながらなのです。
 しかし主治医は続けていったのです。それこそリハビリをしても死ぬことは避けられない。しかし死ぬ日を、1日でも伸ばすことは可能だと。そしてその最後の1日でなのです。それこそ彩さんの病気、脊髄小脳変性症の病気を治す画期的な薬が開発されることが可能だといってきたのです。そのために1日でも長く生き延びるように頑張れと。
 それは決してお花畑の理論ではないのです。それこそ障碍は不便であっても不幸ではないという妄想論ではない。そうではなく、現実に世界中の医師、医学研究所、薬学者、製薬メーカーの技術者たちがなのです。それこそ毎日、寝食を忘れて、新薬の開発のためになのです。それこそ没頭している。そして現実に、それこそ今現在、それこそ日進月歩の勢いでなのです。それこそ医学、薬学は進歩している。それがゆえに、それこそ死ぬ最後の1日を伸ばして生きろというのは、決して精神論ではないのです。それこそ生きていれば、伸ばした最後の1日で、新薬が開発される可能性が必ずあるのです。
 そして彩さんの主治医もなのです。それこそ毎日睡眠時間が3,4時間でなのです。それこそ文さんの病気、脊髄小脳変性症の治療薬の開発に没頭していると彩さんに言ったのです。それこそ彩さんの病気を救う薬の開発に人生をかけている人が、世界に少なくとも一人はいると。それがゆえに、彩さんがなのです。それこそ自分はもう生きる価値がないと思い自殺すれば、それこそ彩さんを救おうと思って必死に研究している世界中の医学、薬学研究者、医師、製薬メーカーの技術者がなのです。それこそ存在意義をなくすのです。
 しかしなのです。それでも彩さんは、死ぬ1年半前になのです。「私は何のために生きているのだろうか」という絶望の言葉を吐いたのです。それこそ私も、最後の1日まで生きるのが、人類の義務だと言っておきながら、それこそただ苦しむだけの人生を本気で人類の進化のためと思えるのかと疑問に思うのです。
それこそ私もこの国の進化のため、人類の進化のため、どんなに闘病生活が苦しくても病者や障碍者は生きないといけないと言っておきながら、この国は、人類は、ウクライナの戦争や、有名私立中学の生徒の親に10万円を配るなど、それこそ醜い争いや、バラマキ政治を行っています。そんな時になぜこの国のために、人類のために、苦しむだけの人生を送らないといけないのか。それこそ世間からは金食い虫のように蔑まれながら。
それに人類の進化のための戦いといっても、その進化のために医師は仕事をしている。それに対して、自分や病者や障碍者は、進化のための戦いといっても、それこそ国民の税金を使い、病院のベッドで苦しむだけ。それゆえ進化のためといっても、私は医師の研究台なることが、それこそ私は生きる意味があるのか。さらに、もう60歳になった私が、仮に病気が治ってそんなにうれしいか。それこそ長くはない将来、いつか死ぬことは確かなのになのです。それゆえこの闘病生活は、私の苦しむ時間を長くするだけではないか。
 それこそ作家の曽野綾子さんはなのです。国会議員の野田聖子さんの息子が、重度の障碍児で、それこそ自力で呼吸ができずに、24時間人工呼吸器を付けて生きているという事実。さらに食べ物を口から直接摂取することができずになのです。胃に穴をあけ、胃ろうという手段で、栄養剤を胃に直接注入し、生きてることを激しく非難しています。
 それこそ曽野綾子さんは、この国には、だれでも健康で文化的な最適な生活をする権利があると規定した生存権を定めた日本国憲法がある。しかし国会議員である野田聖子さんは、この国を動かす立場であり、それゆえ重度の障碍児とその親を助ける立場なのです。
その場合、自分が助ける立場になってしまった場合、それこそ野田聖子議員は、この国に、この国の国民に、それこそ息子を生かすために莫大な血税がかかっていることに対して国民に感謝の気持ちがないといけないと指摘してきたのです。それこそ重度の障碍児は、生きる権利は確かにあるが、同時に国民に感謝の気持ちを忘れてはいけないと。
そんな時に私は、この国が少子化で苦しんでいる理由が分かったのです。それこそ重度の障碍児が両親が死んだあと、彼らがこの国の進化のため、この国の能力の向上のために生きる目的を抱けないこの国で、それこそこの国の女性が、この国の進化のため、この国の能力を向上させるために子供を産めるわけがないのです。
 その時に私はこの問題を考える前に、それこそ哀の感情をこの国の人に知ってもらいたいのです。そうでないと、この国の人は、この国は、優しく進化しているというという事実を気が付かないからです。それこそ哀の感情は、人に優しくしないといけないとか、人を傷つけてはいけないという、それこそ道徳や倫理の問題ではないのです。
 それこそあなたは、交通事故での流血のシーンとか見ると、激しい嫌悪感を抱き、それこそ目を背けると思うのです。それはその交通事故での血まみれになった被害者のなのです。痛みを激しく感じすぎるがゆえになのです。それこそ激しい嫌悪感を感じ、それこそかわいそうと思うのではなく、とっさの感情で、それこそ嫌悪感を感じ目を背けるのです。
 しかしこのような流血のシーンを見て、激しい嫌悪感を抱くのはなのです。人間だけだと知ってほしいのです。それこそ肉食獣が、流血のシーンを怖がっていたら。それこそ狩りをして、獲物を捕ることはできないのです。そしてそれこそまだ生きている獲物の肉を引きちぎり、相手を殺し、食欲を満たすことが可能な肉食獣は、この精神機能はないのです。
 しかしなのです。その流血のシーンを怖がらないのは、それこそウサギや羊などなのです。それこそ一見やさしそうに見える草食動物もなのです。それこそそんな精神機能は全くないことを知って欲しいのです。
 それこそ肉食獣が獲物を狩るとき、彼らは草食動物の群れの1番弱そうな1匹を狙うのです。そしてその1匹の獲物を捕まえるとなのです。それこそもうその1匹で肉食獣の群れは食欲を満たせるので、それこそ他の草食獣には全く関心がなくなります。
 そうなると、他の草食動物は、それこそ自分たちにはもう危害が及ぼさないので、彼らはその周りで、黙々と草を食べだします。それこそその哀れな、肉食獣に捕らえられた1匹は、それこそ苦痛に悶え、それこそ内臓を引きずり出され、血まみれになりながらも、悶え苦しんでいるのに、それこそ他の草食動物は、それこそ全くその状況に関知せず、それこそ黙々と草を食べ続けます。それがゆえに、草食動物も、この流血のシーンを怖がる精神機能を持っていないことを知ってほしいのです。
 それが故になのです。この流血のシーンを怖がる精神機能、人の痛みを感じる精神機能は、それこそ人間だけが持つ高度な精神機能だと知って欲しいのです。それこそ人間だけが猿から進化して、そして流血のシーンを怖がる感情、哀の感情を抱けたのです。そして重要なことは、人類のこの精神機能は、哀の感情は今も進化して豊かになっているということです。だから人類は優しく進化して、素晴らしい文明を築けたのです。
それ故、私は、あなたが生きる苦しみと戦うことが可能だと気が付いてほしいのです。そして生きる苦しみと戦うことが可能になってこそ、人は生きる苦しみから救われると。つまりあなたはあなたの苦しみと戦う意思を抱いてのみ、苦しみから解放されるのです。
そのためにあなたは社会に、人類に哀の感情の存在と、哀の感情は脳の機能から生まれるということ。そして脳は肉体ゆえにDNAの力で日々進化し、それゆえ哀の感情は日々豊かに進化していると世間に広めてほしいのです。
それが故に「人類は、あなたの悲しみや苦しみを救おうと日々進化している」と病者や障碍者に教えてほしいのです。それならば人類は、自分の欲を満たすだけの能力ではなく、人類の苦しみや悲しみ。そして社会の弱者を救う能力というものがあることに気が付くからです。それが故に、「この星の、社会の弱者を救う能力を無限に高めていけば」、それこそあなたのどんな苦しみでも救えることに気が付いてほしいのです。
それならばどうやって、あなたの苦しみを救うために、この星の、社会の弱者を救う能力を無限に高めていくことが可能になるか。それこそ世界の人に、人類には自分の欲を満たす能力以外に、社会の弱者を救う能力があること。そしてあなたの苦しみは、「この星の社会の弱者を救う能力を無限に高めていけば、必ずあなたの苦しみがどんなに激しくても救える」ことを訴えていくのです。
それは百年後か、千年後かわからない。しかし「この星の弱者を救う能力」を無限に向上させていけば、つまりこの星の能力を無限に向上させていけば、あなたの苦しみを救うことは、千年かかっても、万年かかってもいつか可能なのです。
それこそあなたがすべての事業に失敗し、家族も失い、それこそ生きる目的を失い、自殺をしようと、東尋坊の崖に向かっているとします。その時にあなたは道端に心臓発作を起こし、助けを求めている人に出会ったらどうするでしょうか。その時あなたは、自分はもう自殺する身だから関係ないと、その人を無視するでしょうか。それともその人を病院に送り、そのあとにまた、自殺を行うために東尋坊の崖に向かえるでしょうか。
その時あなたは、どんなに生きる目的を失っても、生きることが苦しくても、あなたには人間だけが持つ哀の感情があり、それゆえ社会の弱者を救う意思と才能は残っており、あなたのその社会の弱者を救う意思と才能の存在ゆえに、その心臓発作の人を救えないでしょうか。つまり自分の欲を満たす目的はすべて失敗し失っても、「社会の弱者を救う意思と才能」は失われていないことに気が付かないでしょうか。
そして「人類の社会の弱者を救う能力が無限に向上」してこそ、あなたも社会の弱者なのですから、その向上した人類の弱者を救う能力で、あなたの生きる苦しみから救われる可能性があるということにどうしても気が付いてほしいのです。
それこそ生きる苦しみだけでなく、釈迦の唱えた四苦、それこそ病気の苦しみも、老いる苦しみも、死の苦しみも、それこそ人は逃れることができない。それが故に、それこそ人は現世での苦しみから逃れることをあきらめ、それこそ現世の苦しみが大きければ大きいほど、来世、天国、極楽での報い、幸せは大きいと宗教家が唱えることにすがる。
それこそキリストは来世での報いを唱え、それこそ親鸞は、寺などに行かなくても、それこそ毎日、南無阿弥陀仏と唱えるだけで、それこそ極楽に行けると布教した。しかし仏教の開祖、釈迦本人は来世に頼ることはなく、激しい修行で、それこそ諸行無常の知恵を知り、涅槃寂静の境地に達すれば、それこそ生きる苦しみから逃れられると唱えた。
しかし僧侶が苦行で涅槃寂静の境地に至たっても、大衆は、あらゆる生きる苦しみから救われない。それは釈迦が菩提樹の下で悟りを開いてからもう2000年もたつのに、それこそ苦しい滝行をする人も、菩提樹の下で瞑想する人は一人もいない。それは人は常識で、涅槃寂静というわけのわからない難関な境地に達しても、それこそ生きる苦しみから救われないことはわかるからなのでです。
 しかしなのです。それこそあなたが、人類に哀の感情の存在と性質を気が付かせる戦いで、「人類のあなたの生きる苦しみを救う能力」は画期的に向上し、「必ず人類はあなたのどんな生きる苦しみを救うことも可能になる」のです。それが、あなたが、人間が生きる苦しみから解放される、唯一の手段なのです。
それこそ私は日本は世界で最も生物学的に進化した国だと訴えてきました。それは日本は哀の感情が世界で最も進化して、それゆえ豊かであり、それが故に、戦後、78年間、外国に1発の銃弾を撃ち込まずに、隣国からの嫌がらせに耐えてきました。
そして東日本大震災でも、首都圏は、停電で、3日間暗闇に覆われましたが、それこそ日本以外のすべての国で、停電になると、大なり小なり起きる暴動が、一軒も起きないことで、世界中が日本人すべての優しさと理性と秩序に驚きました。
 しかしここでなのです。それこそ日本に原子爆弾を落としなのです。今も世界に武力行使を行っている、アメリカも世界で最も生物学的に進化した国だと気が付いてほしいのです。そして日本は、過去の広島、長崎の体験はどうであれ、日本とアメリカは、世界のどの国より親密な関係を続けてほしいのです。そして軍事同盟を強化してほしいのです。そして中国や韓国の反日と戦ってほしいのです。中国の台湾進攻と戦ってほしいのです。
その時にです。なぜ日本はアメリカとさらに親密になるべきか。それはアメリカは、生命力が、進化の意思がなのです。世界で最も進化した国だからです。だから哀の感情が最も進化した日本と、進化の意思が最も進化したアメリカが、共に協力して、世界を、人類を進化させることが、生物学的に進化した日本とアメリカの義務なのです。
それこそ今、アメリカと中国が世界の覇権を狙って争っている。その場合、どちらと友好関係を築けばいいかという場合、それこそ中国は、生物学的に、進化が劣っている国だということ。それが故に、中国は日本や世界を進化させる力がないということを知ってほしいのです。それが故に、中国とは経済の利益だけを求める関係にしとくべきなのです。
それならどうして中国が進化の意思がなく、アメリカは世界を進化させる力があるということはなのです。それこそどうして判断できるのか。それは中国は民主主義を完全に否定しているからなのです。それこそ中国共産党の一党独裁主義だからなのです。
それこそ私はアメリカが進化しているといいましたが、それこそその証拠は、それこそアメリカだけでない。それこそ人類に、法律、人権を産み、その結果、民主主義というものをなのです。それこそ生み出したのは、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスです。そして明治維新に、これらの国から民主主義を学び、それこそ途中、軍国主義の闇はありましたが、今一番、民主主義を実現しているのは、前に挙げた4国と日本だけなのです。それが故に、それこそこの5国は、世界で最も進化した国なのです。
それこそ民主主義は、それこそ人間の哀の感情と進化の意思が進化してこそ、それこそゆっくりと人類が進化するにつれ、できたものです。それこそ自分たちの指導者は、自分たち有権者が決めるということは、それこそ急に生まれたものではない。それこそ法律や人権とともに、それこそ人類が生物学的に進化したからこそ生まれたもの。それが故に、民主主義が発展しないではなく、故意に民主主義を否定している国は、それこそ生物学的に進化していないのです。そのもっとも典型的な国は、民主主義を否定した中国なのです。
それこそ今、私が最も言いたいことは、日本とアメリカと中国の関係です。それこそ日本は、アメリカと中国とどちらを親密な関係にしたらいいのかなのです。それこそ中国は、14億5千万の膨大な人口の力で、それこそ経済力を爆発的に強くしています。しかしそれが故に、中国共産党の、世界暴力共産革命主義により、今中国の軍事力はなのです。それこそ爆発的に大きくなっています。それが故に、今、中国軍が、台湾の対岸に結集していることは、それこそ偶然ではない。
 そんな時になのです。それこそ日本はなのです。それこそどこまでなのです。中国と対抗したらいいのか。その時に、アメリカとの同盟をどこまでも強くしないといけないのかということ。しかし中国にはなのです。絶対に妥協をしてはいけないのです。
 それこそ今、中国は台湾に沖縄に軍事侵攻をしようとしてます。その時になのです。それこそアメリカにも知らせてほしい。それこそ世界で最も生物学的に進化した日本が、共産国家に支配され、世界を進化させる能力を失うと、世界が滅びると。それは中国が、民主主義を完全に否定しているからです。それゆえ進化の意思が全くないからです。
それは哀の感情が最も進化した日本と、進化の意思が最も進化したアメリカがあるからこそ、人類はここまで進化できたからです。それゆえ日本が共産化されると、アメリカの世界を進化させる能力も失われ、世界の進化は止まり、世界は滅びるのです。
それが故に、台湾は、何とかしてアメリカと連携を組み、それこそ中国と中国共産党と戦ってほしいのです。それは中国は、日本の能力を発揮させる能力も、意思も何もないからです。それは中国が民主主義を完全に否定していることからもわかります。
私は、1リットルの涙の木藤彩さんの夢が何だったのか知らない。しかし同じような例で、渡辺淳一氏のエッセイの公園通りの午後に出でてくる16歳の脊髄腫瘍の少女の夢なら、人に夢を与える夢ならば、その夢は絶対に死なないことを知ってもらえると思うのです。
それこそその16歳の少女は、脊髄腫瘍の最末期だった。しかし医学の常識では無理だと分かっていたけど、それでも神の手と呼ばれた教授の腕に賭けて、手術を試みたが、脊髄を開いた途端に、それは神の手でも無理だと分かった。
それこそ脊髄の中で、大きく膨張した血管が、蛇行していて、しかもその血管は、脊髄と癒着しているというより、脊髄の腫瘍に深々と埋もれていて、もう一体化していると言って良いほどで、少しでも、腫瘍を取り除こうとしたら、血管は切れて、血の海となり、血を取り除くのに精いっぱいで、とても腫瘍を取り除く手術にならなかった。
結局、早々に手術の継続は不可能と判断し、傷口を閉じて、何もできずに手術は終わった。しかし手術の失敗は脊髄腫瘍で弱り切っていた少女に与えるダメージは大きく、その直後から、43度の熱が出て、それこそどんなに熱さましを投入しても効果はなかった。そして教授は、1日持つか持たないかだろうと、親族に連絡するように、渡辺医師に言った。
しかし少女の両親は、事情は分からないが、居ないようだった、それこそ少女の面倒を見ていたのは、少女の親族だった。そしてすぐに、こちらに向かってくるということだった。そしてその間、危篤状態の少女を看病しているのは渡辺医師ということになった。
しかしその日の深夜になると、少女の意識は、奇跡的に戻った。そして口から水分をとることができ、渡辺医師と話をするところまで回復をした。そして少女は、最後の叫びを、それこそ渡辺医師に話した。
それは自分は将来医師になりたいということだった。それこそ自分はいろんな医療関係者に助けてもらった。それが故に、今度は自分が医師になり、自分と同じように病気で苦しんでいる人を助けたいと。
そのために自分は勉強はそれほど得意ではないが、それこそ死ぬ気で勉強してみせる。それこそ医師になれるのなら何でもする。自分は医師になりたいのではない。それこそ医師に絶対ならねばならないのだということ。
だから自分が今、死ぬことは絶対にない。それこそ神様は、自分に生きて医師になれと命じたからだと。そして多くの病気で苦しんでいる人を救えと命じられたからだと。だから私はどんな困難に突き当たっても死なずに頑張る。それこそ死んでいる暇はないと。私は生き伸びて使命を果たさなければならないのだと。
渡辺医師は、興奮している彼女に、少し休むように言った、そして少女は従い、少し眠りについた。しかしその眠りは永遠の眠りだった。二度と目を覚ますことはなかった。それこそ少女は決死の夢を語った。そして3時間後の夜明け前に、少女は死んだ。ほとんど苦しむことはなかった。そして少しずつ少女の体は冷たくなっていった。
そして午前中に少女の遺体は、親族に引き取られ、少女の寝ていたベッドには、少女がそこにいたという証拠を示すように、そのベッドの少女が寝ていた場所に、少しくぼみが出ていた。そしてそのくぼみに日光が差してきた。
そのくぼみ以外、少女が生きてそこにいたという証拠は全くなくなってしまった。それこそ家族にも恵まれず、病気で苦しむだけだった少女は、もう永遠に、悲しまなくていい世界、苦しまなくていい世界に旅立った。なぜなら少女の旅だった場所には、脊髄腫瘍はないからだ。しかしなのです。渡辺医師には、少女を簡単に葬ることはできなかった。
それこそ少女は、激しい夢を語っていった、それこそ医師になり、自分も、周りの病者も救うという葬ることはできない夢を語った。その夢は、決して妄想ではない。数時間前は、確実に生きていた。その命がけの医師になるという夢は、それこそ医学を進化させて自分の病気を治してやるという、その血を吐くような夢はどこに葬ればいいのかと。
しかし私は訴えたいのです。それは彼女の夢、医師になり、病者を救うという夢は、人に夢を与える夢だということ。それこそその人に夢を与える夢は、絶対に死なないということ。それは人類は常に社会の弱者を救おうと進化している。それこそ人類は常に社会の弱者を救う夢を抱いている。
それなら少女の医師になるという夢は、それこそ人類の社会の弱者を救うという夢の中で、さらに病者を救うという夢の中で永遠に生き続けるのだということ。それは少女の肉体は滅んでも、少女の夢は、その人類の進化の意思、進化の夢の中で永遠に生き続けるからなのです。だから少女の夢は死なないのです。
それこそ人類は永遠に進化の戦いを続ける。それこそいつか人類は、脊髄腫瘍の病を完治させる技術を身に着ける。それが故に、少女の夢は、絶対にかなうのです。それこそ人に夢を与える夢は、絶対にかなうのです。だから少女の夢は死なないのです。それゆえ、少女の肉体は、きれいな墓で手厚く葬っても、少女の夢は葬らなくてもいいのです。それは人類の進化の夢の中で永遠に生き続けるからです。
それは木藤彩さんのリハビリも同じなのです。それこそ文さんは、15歳に進行性の不治の病、脊髄小脳変性症を発病しなのです。そして病気はどんどん進行してなのです。そして20歳の時には、彩さんは、自分で食べることも、しゃべることも、歩くことも、排せつすることも何もできなくなりました。そして主治医は、彩さんに、病気は進行することがあっても、治ることはない。そして数年後には彩さんは死ぬと死亡宣告をしたんです。しかし主治医は彩さんに、それこそ不思議なことを言ったのっです。それこそはさらにリハビリを頑張るようにということです。それこそリハビリをしても、彩さんの病気は治せないことを言っておきながら、
しかし主治医は、リハビリを頑張ることで、それこそ死ぬ日を1日でも伸ばすことが可能だと言ったのです。そしてその伸びた最後の1日で、彩さんの病気を治す画期的な薬が開発されるかもしれないと言ったのです。
しかしあれから30年、彩さんは23歳で死に、そして薬はというと、それこそ開発には程遠く、開発のきっかけというものもないという状態。しかし彩さんの、最後の1日に向けてのリハビリの夢はなのです。それこそ死ぬことはない。それは彩さんの主治医や他の医学研究者、製薬メーカー、薬学者の日々の寝食を忘れた研究は続いているからです。それこそ彩さんの病気を治そうという進化の意思、夢は永遠に生き続いているのです。
それなら彩さんの最後の1日に向けてのリハビリの夢、そのリハビリで1日でも長く生き延び、その間に画期的な治療薬ができるという夢は、人類の進化の意思、夢の中で永遠に生き続けるのです。それこそ彩さんの肉体は滅んだが、人類はいつの日か、彩さんの病気を治すことは可能。それなら彩さんの夢は絶対にかなうのです。
それこそ彩さんの生きている間に画期的な治療薬ができるという夢は、人類の医学、薬学の進化の中で永遠に生き続ける。それ故、文さんのリハビリにより、1日でも長く生き延びる夢。その間に自分の病気を治す画期的な薬が開発されるという夢は、絶対にかなうのです。それこそ絶対にこの夢は死ぬことがないのです。
それこそ小児がん患者、それこそまだ、6歳か7歳なのに、もう10回以上も手術をしている。そして最終的に死んでしまうことは誰でもわかっている。そんな時に、そんなに何回も手術をして、治る可能性はほとんどないのに少し生き延びて苦しむことに意味があるのか。そんな苦しむのなら、早く死んで楽になるほうが、賢いのでは。
しかしその子の、1日でも長く生き延びる戦いは。その伸びた1日の間に、画期的な薬が開発される夢は絶対にかなうのです。それこそ死なないのです。なぜなら人類は今日もその夢の実現に向けて必死に戦っているからです。