組織医療過誤訴訟の誤り
それこそ患者に余命を宣告する医師は、なぜ人は、苦しい抗がん剤の治療をしてまでもなのです。それこそ生きないといけないのかということを、ぜひ患者に伝えてほしいのです。それこそ、患者がどんなに苦しくても、1日でも長く生き延びることはなのです。その間に画期的な薬ができることが可能だということ。そのことをなのです。患者に伝えてほしいのです。それで患者は、死の恐怖から逃れることは無理でも、死というものの恐怖に耐える価値や意義がなのです。気が付く。それでこそ苦しい抗がん剤治療に耐えられる。
ただ抗がん剤の苦しさだけは、それこそ永遠に変わらないし、それこそ妄想ではない。それこそ心身ともに、極限にまで鍛えた、競泳の池江選手でも、それこそSNSで、自分は抗がん剤の苦しさは十分に覚悟はしてきたが、それよりはるかに抗がん剤の治療は苦しい。それこそ後3クールあるが、治療を断らざるを得ないかもしれないと訴えたのです。
それこそ今、ネットでなのです。いろんな人の市井の声、それこそ医師や、看護師の声ではなく、現実に抗がん剤の治療を受けている人の声がネットで出てきた。その場合、その患者は、抗がん剤の苦しさに耐えているが、それこそ同室のまだ若い患者が、それこそ医師にもう抗がん剤の治療は耐えられないと泣きついたという声も聞く。
さらに有名人でも、ミュージシャンの桑名氏も、抗がん剤の治療は苦しすぎ、もう60歳を過ぎているのだから、命は惜しくないと。それこそもういずれ死ぬのに抗がん剤の苦しさははこりこりだと、緩和治療に移ったと話した。それこそマスコミの患者の取材だけではなく、それこそ抗がん剤の治療を受けている人の生の声がネットで出だしたのです。そしてマスコミの報道は過剰ではない。本当に抗がん剤の苦しさは、耐えられないと。
それは今の私には恐怖でした。それこそネットのポータルサイトでも、それこそ有名人の、それこそがん闘病記。それこそどんな治療でも苦しいのだが、それこそ抗がん剤の苦しさは、それこそ群を抜いていると。それゆえ、どんな病気でも苦しいのだが、がんの場合は、抗がん剤の恐ろしい苦しさゆえに、がんは極端に恐れられているのです。そして人を傷つけて、欲を満たして生きた人が、それこそ最後はまともな死にな他をしないという例に、それこそあの人は栄耀栄華を極めたが、最後はがんで、半年は苦しみぬいて死んだと、それこそがんで死ぬ人は、それ以前の人生も否定されるのです。
しかし今、医師は患者に抗がん剤を投与しない選択も必ず伝える。その時確実に言われることは、例えば、そのままの緩和治療だと、命は3か月しか持たないが、苦しい抗がん剤治療を行えば、それこそ1年は持つということ。その時私は知っているのだが、それこそ誰もが抗がん剤治療の苦しさを知っており、それでも生き延びれないことは知っていても、抗がん剤治療を行い、それこそどんなに短くても、長く生きたいということです。
それこそ私は、私の病気を治すために、この国の研究者に、進化の意思を与えたいのです。それには、精神科医に、新進党に入ってほしいのです。それには、精神科医に、それこそ私とともになのです。反精神医学と戦ってほしいのです。それこそ確実に脳の病気として存在する精神病を、精神病は存在しないと訴え続ける反精神医学と戦うためになのです。それこそこの世界の精神病を救いたいと思っている精神科医は、反精神医学と新進党に入って戦てほしいのです。
しかし反精神医学と戦うには、それこそ私のような普通の当事者とだけなのです。それこそ精神医学の力では無理なのです。それこそあなたのような精神科医、それこそ元精神科医が、それこそ専門的な知識でなのです。精神病の存在を訴え。そして精神病の薬がなのです。特に抗うつ剤が、それこそ患者を犯罪に走らせないとこを世界に知らせてほしいのです。それこそ犯罪者は、抗うつ剤を使わなくても犯罪を犯すのです。しかしそれは精神科医の知識だけでは無理です。それこそ抗うつ剤を使用している当事者の声がなのです。それこそどうしても必要なのです。
それこそ私は最後の1日を人類に知らせるためにもなのです。それこそ反精神医学と戦うことの意義を、それこそ精神科医に、それこそ世界に知らせたいのです。それこそ精神科医、薬学者、製薬メーカーが、精神病の新薬の開発に、資金を投入しなきうなるとなのです。それこそ私が生きている意味がなくなるということを、世界に知らせたい。
それこそ時代は進化していき、それこそ昔の精神病院で悪いとことはあっても、それこそそれは直せばいいのであり、それこそ精神病は存在しない。それが故に、精神科医、精神病、精神医学の研究は必要ないということとなのです。それこそ反精神医学に怒りを覚える当事者はなのです。それこそ私とともに、それこそ新進党で戦ってほしいのです。
それこそ私は、精神病院での患者の扱いの酷さ、精神障碍者であることのなのです。それこそ世間の差別を訴える当事者は、それこそ明治時代からありましたが、それこそそんなに気にならなかったのです。そして現実に、そんな強制入院をさせられる患者は、それこそ犯罪を犯した人だということは、それこそ世間では常識でしたから。さらに人は自由でいい、それこそどんな特殊な個性を持っていても、それは許されると言ったなのです。それこそ半精神医学もなのです。それこそそんな考えもあるという具合で、それこそ普通の精神障碍者をなのです。それこそ否定するものではなかったのです。
しかしなのです。それこそ日本である精神科医が、抗うつ剤は、覚せい剤だということを言い台、その医師の書いた本が、60万部の大ベストセラーになった時から、それこそは、反精神医学は、それこそ一般の精神障碍者に牙をむきだしたのです。
それは精神障碍者の凶悪犯罪は、抗うつ剤という覚せい剤により薬物中毒になった患者の、禁断症状による発作だということ。それこそ精神病というものはないのに、それこそ精神科医が、無理やり精神病患者を仕立て、それこそ抗うつ剤を飲ませ、その抗うつ剤は覚せい剤なのですから、それこそ覚せい剤患者の凶悪犯罪と同じように、それこそ抗うつ剤、更に抗精神病薬による禁断症状による発作が起きると。
とにかく反精神医学は、そもそも、病識がない、精神障碍者が、その中心なので、それこそ昔からあったし、それこそ相手にしなくてもよかった。しかし今回、内海聡という現役の精神科医がなのです。それこそ抗うつ剤は覚せい剤だと主張しだしたことで、それこそ現役の精神科医がそこまで言い、それこそその主張した本が、60万部も売れたことによりなのです。それこそマスコミも動き出したのです。
それはマスコミは、一般大衆がその力の源です。それこそマスコミが悪いということはないのです。それこそマスコミが報道して、一般市民が動いてこそ、それこそマスコミの力が発揮されたことになるのです。それは、今回の反省し額の問題も同じなのです。
それこそそもそも、精神病に限らず、それこそ人の容姿や性格を非難する人は多いもの。そんな時にこの国の穏健派は、それこそ人をくるっているとなのです。それこそそう簡単に言っていいものかということは考えていたはずなのです。それこそ原発反対派と維持は、日本の平和維持派と、中国韓国とは国交を廃止すべきと主張する人。それこそこの国にはいろいろな意見があるが、それはそれでいいと、それこそ人の性格も、それこそ個性は許されるものであり、それこそ精神病ではないと。
そんな時、抗うつ剤というと、それこそうつ病患者の、沈んだ気分を向上させることから、それこそ覚せい剤も、人の精神に快楽を与えるので、それこそ同じような性質を持っていると、それこそこの国の穏健派は思います。それが故に、内海医師のいう、この世に精神病は存在しない。それこそうつ病は誰でもなるもので、それこそ普通3か月以内で治る。それがいつまでたっても治らないのは、それこそ抗うつ剤という覚せい剤をなのです。それこそ精神科医が服用させるからだと。それが故、精神障碍者が時々起こす凶悪犯罪も、それこそ抗うつ剤という覚せい剤を長年大量に服用することによる。麻薬中毒だと。それによる禁断症状でこの凶悪犯罪は起きると。
このような理論は、それこそ内海医師だけでなく。それこそアメリカで、それこそ世界でなのです。それこそ起きだしたのです。ただ、精神病とその患者は現実におり、それこそ抗うつ剤、抗精神病薬がなのです。それこそ製造、販売、禁止になることは、それこそ抗精神病薬がなくなると、普通の患者は、生きていけなくなるので、それこそなくなることはないのです。ただなのです。それはこの反省しに学論は、困ったことを起こしたのです。
それはなのです。抗うつ剤は、覚せい剤という理論がなのです。一般市民だけでなく、司法の場でもなのです。それこそ通用することになったのです。それが故に、アメリカでは、現実に精神障碍者が、家族を銃で乱射して殺害した事件や、少女をさらい強姦して殺害した事件になのです。それこそ抗うつ剤による、禁断症状だということで、それこそ心神喪失が適用され、無罪になったのです。そしてさらに需要なことは、それこそ銃で殺された家族も、それこそ殺害された少女の遺族もなのです。それこそ製薬メーカを訴え、それこそなんと勝訴してしまったのです。
しかしそれで何が困ったのかというと、それこそそれ以降、製薬メーカは、今まで通り、抗うつ剤などの抗精神病薬は死江増する。しかし何も好き好んでまでなのです。それこそ覚せい剤と呼ばれ、国民から憎まれる抗うつ剤の研究、開発をなのです。それこそ行わなくなったのです。その開発に資金を投入しなくなったのです。
それならば私が今まで言ってきた、それこそ最後の1日までなのです。それこそ精神障碍者が生きる意味がなくなったのです。それこそ末期がんでもALSでもなのです。それこそ抗がん剤の治療が苦しくても生きるのはなのです。それこそ生き延びた最後の1日になのです。それこそ画期的な治療薬ができることを信じてなのです。しかしなのです。それこそ精神病の場合、それこそ製薬メーカーが、それこそ抗精神病薬の開発、研究をやめることは、それこそ精神科医、薬学者が、その治療薬の開発をやめることは、それこそ精神病患者が、それこそ生き延びる理由がなくなったのです。それこそ精神障碍者が、その治療薬の開発のため、進化のために生きる理由がなくなったのです。それでは精神障碍者が、それこそこの国に、生きるための給付金を得る理由がなくなったのです。
ただなのです。それこそは、反精神医学は両国とも抱えており、それこそは、その愚かさに気が付かせることにより、それこそ最後の1日の重要さに気が付かせ、それこそ人類の進化に気がつかせ、彼らから戦争を奪えるのです。
それこそ私は、人は優しく進化をしていることを訴えてきました。しかしそれはそれを否定する、人間に対する絶望となのです。それこそ戦わないといけない。それこそは、宗教、魂や霊魂の存在と戦うのもいのですが、それこそ宗教は、それこそ人類の救えられない圧倒的な不幸を救うもので、それが人類の進化を否定しているとは思えない。それよりも、人間の進化を憎む、反精神医学と、精神科医は戦ってほしいのです。
それこそ確かになのです。人の心は自由。しかしそれを言うなら、人の肉体も自由。それこそその人の体形を、人は侮辱をしてはならない。それなら、人の精神が、それこそ脳という肉体からできるがためになのです。それこそ病気になることは当たり前なのです。特に最初は、それこそ睡眠障害という形でなのです。それこそ現れる。それこそ寝れないなら、寝ないでいい、それこそいつか眠たくなったら、いつか寝るではなのです。睡眠障害は、理解されない。それこそ夜、1時間も寝れないなら、それこそ昼間、まともに働けることはない。それを催眠薬で治療するのは当たり前なのです。
それなら反精神医学はどうして起きるのかといえば、それこそ精神病には病識がないという決定的な不便さがあるのです。それが故に、犯罪で、精神病院に措置入院させられ、そして抗精神病薬を、患者を鎮めるために飲ませると、それこそその薬は一時的に患者を鎮めますが、残念なことに、それこそ私も同じですが、精神病は根治が出来ない。それが故に、その患者があとになって体の不調を訴える場合、それこそその不調は、精神病院で無理やり薬を飲まされた抗精神病薬という言いがかりもできるのです。
ただ私が言いたいのは、それこそ最後の1日の理論です。それこそその国の、反精神医学とその理論なら戦える。それでこそ、世界中の人間に対する絶望と戦える。それこそ人類は生物学的に進化を否定するなら、人は末期がんやALSと他戦えないです。それが故に、世界中の精神科医と団結をし、それこそ反精神医学と戦うことで、それこそロシアの精神科医もウクライナの精神科医も、それこそ国境や争いを超えて。反精神医学と戦えるのです。その可能性にぜひとも気が付いてほしいのです。
それは精神科医となのです。それこそ相当少ない割合ですが、医師ならば、それこそウクライナの医師も、ロシアの医師も変わりはない。それこそほとんどの国には、製薬メーカーがあり、それと戦いを共にする、医師、薬剤師はなのです。すべての国にいます。その場合、それこそすべての国の医師、薬剤師、製薬メーカーは、医療過誤訴訟や、薬害訴訟になのです。それこそ悩ませられる。
それは確かになのです。それこそ医師や、製薬メーカーのミスもある。しかし医師や、製薬メーカーの場合、それこそ脱税や、貧困ビジネスといった、金もうけだけを目的とした犯罪行為は、それこそ医療過誤や薬害とは関係ない。それは治療ではないからです。
そうではなく、それこそ治療にしても、それこそ最近の若い医師は、「最適な治療より、無難な治療」をすると言われている。それこそ医学、薬学は常に進歩しており、それこそ最新の、最適な治療は、それこそ失敗か、それを匂わせるような結果に終われば、それこそすぐに医療過誤訴訟、薬学訴訟に訴えられる危険があるからです。
それこそ医療過誤訴訟になる病気は、それこそ風邪や、かすり傷のようなものではないことが多い、それこそ私の末期がんの場合、無難な治療では、100%死ぬ。それこそ最適の、最新の治療をしないと、それこそ生きる可能性を見出すことはできない場合が多い。それでも圧倒的に死ぬ場合が多いが、その場合、その最適、最新の治療が、それこそ医療過誤と言われた場合、それこそ反論が難しいことが多いのです。
例えば、それこそ重度の肝臓や腎臓の疾患、それこそ小児がんの場合、それこそ最新の治療法、それこそ最適な治療は、それこそもともと結果が名のです。それこそほとんど絶望的だったのに、その最適な治療、最新の治療が、それこそ死期を早めたという場合、それこそ反論、その証明をすることが非常に困難です。
それが故に、遺族は訴訟をほとんどの確率で起こすことが可能。そしてたいていの場合、勝訴するのだが、それに要した時間、それ以上、最適、最新の治療を行い、それこそその小児がんの子供を救おうとした治療が、遺族の怒り、恨みを買うこと、それこそ法廷で人殺し罵倒される場合、それこそもう、その医師は患者を命がけで救おうという意思を失い。その結果、一般の国民は、それこそ最適で最新の治療を受けられないという、それこそ非常な損失を被るのです。
それこそ私は医学の進化がないと、私は、それこそたとえミスはあってもなのです。それこそ医学、薬学の進化がないと、それこそ私は苦しい抗がん剤の治療になのです。それこそ耐えられないし、それこそ耐える意味もない。それこそ製薬メーカーが、画期的な薬を開発しても、それを利用する医師がいないと、それこそ現代医学が見捨てた私の末期がんを最後の1日まで耐える目的も、意思も生まれないのです。
それをなのです。それこそ私は、世界中の意思、研究者に、反精神医学、医療過誤訴訟、薬害訴訟と戦うことでなのです。それこそ自然に、患者も最後の1日に希望を抱くためになのっです。それこそその医療過誤訴訟と戦える。そして人類に進化の意思というもの、それこそ人類は優しくなのです。それこそ進化していることを、世界に気が付かせ、人類を人間に対する絶望から解放させ世界から戦争やテロをなくしたいのです。
それこそ今、ロシアとウクライナが激しく戦争をしています。それこそなぜか、日本も、この戦争に非常に興味があり、それこそ日本は、ウクライナに多額の支援金を送っていますが、それこそ日本国民は不満が出ません。
しかし唯一不満があるとしたらなのです。それこそアメリカも同じなのですが、それこそは、日本やアメリカの最大の敵は、国力の低下が激しいロシアではなく、それこそ爆発的に経済、軍事共に発展を続ける中国だろうと。それこそ中国は市場経済の国ですが、中国共産党は世界各国にあり、それこそ共産主義国家の国民は、自分の力で政治家を決められない。そして中国共産党の目的は、創始者の毛沢東の思想の通り、それこそ暴力革命でのみ世界は変えられることが可能で、それこそ外交や文化で革命は成し遂げられないことをはっきりと党員に訴えている。
それこそ革命は、一つの階級が、他の階級を完全に滅ぼす銃によってのみ成し遂げられる、激しい戦いだと毛沢東ははっきりと唯銃主義を訴えているからです。それは今の中国共産党も同じです。それが故に、それこそ日本が少しでも隙を見せると、それこそ台湾、沖縄になのです、中国軍が侵略してくるのは当然なのです。
しかしこれをどう防ぐのかというと、それこそ世界中のすべての国に、医師はいます。それこそアフリカの奥地の国も、それこそ民間療法や、霊能力療法があると言いますが、その教祖や霊能力者も、自分が病気になると、それこそ迷いもなく、西洋医学の医師の元に診察を受けに来ます。それこそ世界中の国に、医師、薬剤師、製薬メーカ、医学、薬学研究者がいない国はないのです。それはロシアも中国も、北朝鮮も同じです。
そして法治国家であり、司法制度がしっかりしている国は、それこそどこの国でも医師、製薬メーカーを訴える、医療過誤、薬害訴訟も存在します。そしてその二つの訴訟により、それこそ大変悩まされている医師、製薬メーカーがいることも確かなのです。
それならば、世界中でなのです。それこそ医療過誤訴訟や、薬害訴訟になのです。戦うために立ち上がる、医師、製薬メーカーがいないでしょうか。それこそ、医師が、「最適な治療より、無難な治療」といって一番困るのは、それこそ進行性の病気で、それこそ私のような末期がんや、ALSのように、筋肉が徐々に衰え、最後は呼吸困難になり、死亡する病の患者です。そんな我々が、苦しい抗がん剤の治療で1日でも長く生き延びるためには、医師が、少しの危険を冒しても、無難な治療より、最適な治療を行って飲みなのです。それでのみ、医学、薬学が進化し、我々がその医学、薬学の進化に期待できるからです。それが故に、我々は、どんなに苦しい治療でも、最後の1日まで生きる希望を抱けるからです。
それが故に、世界中の医師、製薬メーカーが、医療過誤、薬害訴訟に戦うことが可能になればなのです。そして世界中の医師が団結ができたらなのです。それこそ世界が、人間の進化を否定する、絶望と戦うことが可能です。
それでこそ、人類に最後の1日まで生きる意味を知らせること。そして人類に、人類は、自分の悲しみや苦しみを救おうと進化しているという進化の意思を感じさせることが可能になるのです。そして人類は優しく進化して、世界から戦争やテロをなくすことが可能になるのです。
それこそ人類に進化の意思を感じさせること。それこそ医療過誤訴訟も、薬害訴訟もなのです。それこそなくすには、それこそ人類が進化の意思を抱くことのみなのです。それで重度の障碍児もなのです。それこそ存在をなのです。それこそその価値を世間に知ってもらえるのです。それこそ曽野綾子さんの、考えを改めさせれるのです。
それこそ国会議員の、野田聖子さんの子供は、重度の障碍児で、人工呼吸をつけ、自分で口から食事をとることができずに、それこそ胃ろうで、直接胃に、栄養を取り込んでいます。そして丹野久允のために、24時間介護が必要です。
その時に曽野綾子さんは、日本国憲法では、生存権が定められていて、それこそどんな人でも快適に生きる権利がある。しかし野田聖子議員は、国民に生存権を充実させるために働く国会議員なので、それゆえに自分の子供が重度の障碍児で、24時間の介護が必要であり、それこそ多大な費用が掛かり、それを税金で補うという場合、その税金を納める国民に対し、感謝の気持ちがないと、激しく野田議員を責めたのです。
ただ、人類がやさしく進化しているという、進化の意思を気が付かないのはなのです。それこそ野田議員も同じ。それこそ野田議員はなのです。相模原市のやまゆり園事件、それこそ植松智死刑囚がなのです。それこそその重度障碍者施設でなのです。19人の患者を、それこそゆっくりというか、一人一人、自分の声に反応するかということで、患者の重症度を調べ、それこそ会話に反応できない、最重の患者を、それこそナイフで確実に頸動脈を切り殺害し、それを全患者に行い、19人の患者を殺害したのです。それには3時間半の時間がかかり、それを終えると、植松は、血まみれのまま、近くのコンビニに行き、エクレアを2個買い、その血まみれになった手で、むしゃむしゃ食べたのです。
これこそは、超重症の精神異常者の犯行であり、それこそ理屈も何にもない。それこそこの事件を批判するなら、それこそ夜の防犯を徹底するとか、それこそこれは意見もあると思うが、彼は、何度も精神病院を抜け出した触法精神障碍者です。それが故になのです。それこそ地域の警察は、それこそ彼の行動を、それこそ制限を設けておくべきということではないか。それこそは人権との兼ね合いで難しいところです。特に反精神医学の、精神病院は、ナチスの強制収容所と同じだと叫ぶ人たちに対抗できるのか難しいのです。
しかしなのです。それこそは、野田聖子議員は、彼は、狂気ではなかった、それこそ正常だったと述べたのです。それは多数の、やまゆり園の19人の遺族もなのです。同じことを言いただいたのです。それこそ植松智は狂気ではない、それこそ正常だったと。
それこそ野田議員もなのです。それこそここでは、曽野綾子さんの言葉を伏せてましたが、それこそ自分たちは、常に、この日本という社会から殺されていたと。それこそ今回は、植松智がたまたま国民の代表として、やまゆり園の重度障碍者を殺したのだと。それこそこの国の人は、みんな我々重度の障碍児の存在を、否定していると。それこそ国民はみんな、法律がなければ、自分たちがこの国のお荷物の重度の障碍者を、それこそ殺したいと思っていると。それこそ税金ばかり使う我々重度の障碍者を。それが故に、19人を殺害したのは、この日本という国だと、この国の我々に対する悪意だと。それこそこの国の我々に対する悪意が、植松智に変わりにやらせただけだと。それを他の遺族も言っていたのです。
それこそ彼女は、遺族は人間に絶望している。それこそこの国の人は、人類は優しく進化していることを彼女たちは知らないのです。ただそれを言葉でなのです。言っても無理。それこそほとんど人は無関心でしょうから。
だからこそなのです。それこそ無関心も含め、人類の絶望と戦うには、最後の1日を社会に知ってもらう必要があるのです。それこそは全国の医師に、医療過誤訴訟に、薬害訴訟に立ち向かってほしいのです。それこそは、「最適の治療より、無難な治療」というものがなのです。それこそどんなになのです。それこそ最後の1日を引き延ばそうと思っている患者をなのです。それこそ絶望に追い込むのかということ。それこそ医学、薬学の、最高の進化を求めるには、それこそ医療過誤、薬害訴訟により、それこそ医師を委縮診療に追い込んではいけないのです。
それこそはその悲劇の遺族と戦うのではなく、それこそ人類に進化の意思を感じさせることなのです。それこそ人類に、人類は自分の悲しみや苦しみを救おうと進化しているという進化の意思を感じさせることが可能にするのです。その進化の意思を感じてこそ、ロシアとウクライナだけでなく、人類からあらゆる戦争やテロをなくせるのです。
それこそ前に述べた、野田議員や、19人の被害者の遺族にしてもなのです。それこそ最後の1日の真実を知ることで、それこそ人類に進化の意思を感じさせることが可能になります。それこそ曽野綾子のような人はいる。しかし9割以上の日本国民は、それこそ社会の弱者を、それこそ飢えや貧困で苦しんでいる人を救おうとしている。その真理に気が付き、彼らは、医療過誤、薬害訴訟と戦う意思を産むのです。
それは世界でなのです。医療過誤訴訟と戦えばこそ、それこそ人類に、人類は、自分の悲しみや苦しみを救おうと進化しているという進化の意思を感じさせることが可能になるのです。それでこそ世界から戦争やテロがなくせるのです。
それこそは人類を進化させること。それこそ人類の進化の意思を感じさせること。それこそは、国家と国家の戦争だけでなく、それこそ自分の主義や主張のために民間人や子供を殺してもいいというテロからなのです。それこそ世界を救えるのです。そのために医師は医療過誤訴訟、薬害訴訟と戦ってほしいのです。
それこそ私は、正しいものが勝つのではなく、勝ったものが正しいという考えが、それこそその戦前からありましたが、それこそ第二次世界大戦から特に堅調になりました。そんな中で、人権や、生存権が守られるわけがないのです。それこそ日本はこんなに豊かな国なのに、それこそいまだに年間数件、国内で飢え死に者がでます。それこそ生活保護の申請は意外と厳しく、身も心も弱った人には、それこそ「途中でもういい、それこそ世間で、こんなに嫌われるのなら、それこそ生きていても仕方がない」と思うようになります。その時に、それこそ行政の側にも問題がありますが、それこそ飢え時にする人も、最後の1日までなのです。生きる価値と意味をなのです。それこそ知ってほしいのです。それが医療過誤訴訟と戦う価値を産むのです。その戦いでのみ人類に進化の意思を感じさせることが可能になるのです。それこそが無難な治療ではなく、最適な治療を行う価値を産むのです。
それこそ第二次世界大戦ではなのです。それこそ日本が、A級戦犯、戦争犯罪者が裁かれ、それこそ連合国のエゴで、日本が負けたから日本のA級戦犯は絞首刑になった。しかし建前としては、世界は戦争を否定しているということはないのです。
それこそドイツの戦争犯罪は、ニュルンベルグで行われたが、そこでは堂々となのです。それこそナチスドイツの戦争責任は問われないとした。そしてみんなも知っている通り、それこそSS親衛隊が行った、ユダヤ人虐殺が裁かれた。
瑠真理ユダヤ人の虐殺は、戦争で行われたのではない。それこそ戦争で人を殺すのは、なにも犯罪でない。それは広島、長崎も同じだ。そうではなく、戦争でもないのに、意味もなく、ユダヤ人を400万人も虐殺したから裁かれ、それこそSS親衛隊の上級将校は、すべて絞首刑になった。ただ数百万人の虐殺は、それで終わったのではなく、それこそカンボジアのポルポト派や、ルワンダのツチ族のフチ族に対する虐殺など止むことはなく、その虐殺は誰も裁く人がいないのは、当たり前なのです。それこそ戦争も虐殺も、勝者が敗者を裁くことに変わりがないからです。
それなら日本のA級戦犯はどうして絞首刑になったのかというと、それこそ当時、唯一の戦争を裁く国際法のハーグ陸戦条約で、それこそ捕虜は、拷問したり虐殺したらいけないと決められている。その場合戦争初期に、日本軍は、破竹の勢いでフィリピンを攻略したが、その時に出た米軍捕虜鵜を適正に扱わなかったため、それこそ数人の死者が出たら。それをこのハーグ陸戦条約に反しているとそれこそ裁かれたのです。
それこそハーグ陸戦条約は、戦争中で守るべき条約であり、それこそ戦争を何も否定していない。それこそ交通の取り締まりの法律はあるが、それこそ車で運転することは、免許のある人なら許されるのと同じです。
それが故に、広島、長崎の原子爆弾の投下は、何も裁かれるものではない。それと同じく、民間の住宅地に、空爆を行うのは、何も裁くものはない。それを裁くには、それこそ戦争そのものを禁止し罰しないといけないが、それこそ世界最強の国であるアメリカが、常に世界のどこかで戦争を行っている以上戦争を罰せれないのです。
それこそ戦争が罪というのは、それは戦争に負けるから罰せられ、絞首刑になるのです。それは虐殺も同じです。それが故に戦争も虐殺も、正しいものが勝つのではなく、勝ったものが正しく相手国の指導者も、絞首刑にできるのです。
それこそいくら金を使おうとなのです。それこそもう死ぬと分かれば、それこそ意味がない。それこそ最後の1日を生き延びるのは、それこそ人類の進化意思のみ。それこそ神や仏で救われるのではなく、それこそ人類は進化でのみ救われる。それを知ればなのです。それこそ人類は、自分の悲しみや苦しみを救おうと進化しているという進化の意思を感じさせることが可能になるのです。それでこそ人類は優しくできる。
それこそは医師や製薬メーカーにも言いたいのですが、それこそ医療過誤訴訟も、薬害訴訟もなのです。それこそ法律学の進歩のみでは全くなくなることはない。それこそ医療過誤訴訟も、薬害訴訟も、人類は進化でのみ救われるということをなのです。それこそ知ってほしいのです。そのために医師は、私とともに、それこそ医療過誤訴訟と戦うために立ち上がってほしいのです。そして人類をやさしくしてほしいのです。