コインの表と裏の真理
私はコインの表と裏の論理をなのです。それこそ人類に気が付かせたいのです。それは、あなたに運勢というものを気が付かせたいからなのです。それこそ運勢というものは、カルトや自己啓発セミナーの訴えるでたらめなものではなく、それこそ科学的に証明ができる、それこそあなたの人生を最も大きく左右する重要なものなのです。
しかし運勢というものはなのです。相当軽んじられている。それは人の人生を左右するものは、努力、才能、運と言われているが、それこそ確かに人には越えられない才能という壁がある。それこそ東大と甲子園にしても、それこそ本気で目指した人なら、それこそ才能は、それこそ人により大きすぎる差があると気が付くからです。
しかしやはり、才能というものは大きいが、それこそ努力というものがないと、それこそその才能を発揮させることはできない。それこそ勉強でも仕事でもスポーツでも、それこそ才能は非常にあった人がなのです。それこそ努力を怠ったためになのです。それこそその才能をほとんど発揮できない人がいる事実はあなたはいくらでも知っているはず。
しかし人は運と言い出すとなのです、それこそ人はその運という言葉を激しく拒絶する。それこそ運をカルトや霊能力、超能力のような非現実的なものと扱う。それは現実に、周りの人に、成功した人を見ると、あいつはただ運が良かっただけと、自分がその人より努力を怠ったことにより失敗したことを考慮しない人が多いからです。
しかしなのです。それこそ運、運勢というものはなのです。それこそ決してオカルトのようなものではない。それこそ才能、努力以上になのです。それこそ人の人生を大きく作用するものだということを気が付いてほしいからです。
それこそコインの表と裏の論理を知ってほしいのです。それはコインの重心が、正しく真ん中の時になのです。それこそコインを回してなのです。それこそ表や裏の出る確率は、それぞれ正しく2分の1なのです。
しかしコインの重心がなのです。それこそ表や裏のどちらかに傾いているときにはなのです。それこそ表が出る確率や裏が出る確率が、それぞれ3分の1や、4分の1に傾くのです。それが人が運がいいとか悪いとか感じる現象になるのです。
しかしなのです。私は運勢というものは、非常に人の人生に大きな作用を持っているということを知っていただくためになのです。コインの表と裏の論理を知ってほしいのです。それはある人がなのです。机の上でコインを回し、それこそ表がなのです。10回連続して出たとします。その確率は、コインを1回回してして表が出る確率は2分の1なので、10回回して連続して表が出る確率は、1048分の1なのです。
その場合になのです。それこそ10回表を出した人が、そのコインを机の上に置いたまま、その部屋を出ていき、その3時間後に、そのコインを回した人と全く関係ない人。それこそそのコインを回した事情、さらにそのコインがその部屋の、その机の上にあることも何も知らない人が、何気なく、その机の上のコインを回し始めてみました。
その場合に、そのコインの表が出る確率も、裏が出る確率もなのです。それこそ等しく2分の1でしょうか。それこそこのコインの重心は、正しく真ん中にあるのですから、理論的には表が出る確率も裏が出る確率も、等しく2分の1のはずなのです。
しかしなのです、それこそこのコインが表が出るということは、それこそこのコインからしてみると、前の人から続けて考えると、それこそ11回連続して表が出ていることになります。そして11回連続して表が出る確率は、それこそ2096分の1の非常に小さな確率なのです。しかしこの場合、10回連続して表が出た後に、そのコインを回して、次に、つまり11回目にまた、裏が出る確率は、2096分の2095ではないでしょうか。つまりこの場合、このコインは圧倒的に裏が出る確率が高いのではないでしょうか。
これが私の訴える運勢の不思議で激しい力なのです。それこそ運勢というものは、一人の人が、重心が真ん中のコインを1回だけ回すということはありえないのです。それこそ人生は長く続いていくものですから、運勢が1回コインを回した時のように、2分の1で終わるということはありえないのです。それは人は、いろいろな場所、いろいろな時に、無数のコインを、無数に回すものだからです。
また人は一人で生きているのではなく、多数の人が、絡み合って生きているのですから、人生をコインに例えた場合、表や裏の出る確率は、100分の1、1000分の1とかになることも結構多いのです。つまり運勢が、人の考えのよらない現象を起こすのです。それこそ科学で説明のつかないことを起こすのです。
それこそ織田信長と、今川義元が戦った桶狭間の戦いはなのです。それこそ織田信長に、2096分の1以上の強い幸運が舞い降りたのです。それに対して、今川義元には、2096分の1以下の、それこそ悪運に巡り合ってしまったのです。それが故に、桶狭間の戦いは、どんな歴史家が検証しても、全く不可解なのです。
それこそ確かになのです。織田信長のほうが、その後の歴史を見ても、今川義元よりも政治力、軍事力、経済力ともにはるかに優れていたことは確かなのです。しかし歴史家は、それこそ織田信長の運勢、武運というものはのです。それこそ戦国の武将の中で他の有力な武将、それこそ武田信玄や上杉謙信、毛利元就よりも、はるかに勝っていたと訴えます。
そしてその織田信長の強い運が最高に発揮されたのが、この桶狭間の戦いなのです。それは一見神が乗り移ったかのように、常識では説明のつかない勝利なのです。それこそ織田信長の武将としての優秀さだけでは説明がつかない勝利なのです。
それこそこの戦は、桶狭間というところで休憩していた今川義元の3万5千の大軍を、織田信長の2千の精鋭部隊がなのです。それこそ一気に襲い、今川義元の首を取りなのです。長居をせずに一気に清州城に引いたというのが通説です。
しかしなのです。それこそ今、桶狭間という場所が正確にはわかりません。それこそ名古屋市の東部とぐらいとみられていますが、そこで3万5千の今川軍が休憩していたが、そこに2千の織田の精鋭部隊が突っ込み今川義元の首を取ったというのが現在、わかっているこの戦のすべてです。
その場合、最初の疑問は、それこそどうしてなのです。それこそ桶狭間になのです。大将の今川義元がいると分かるのかなのです。それこそ今川は沓掛城を出て、京都に向けて西進中です。そして織田も、熱田神宮を出て、東進中です。そんな時に両軍ともに移動している中で、今川軍が、数時間後に桶狭間に入り休憩するということがなのです。それこそどうして分かったのかということなのです。
それこそ当時、それこそスマホはおろか、それこそ固定電話もない。それこそ。織田信長が、圧倒的に自軍が不利な時にとる、籠城策をとらず、それこそ城を出て野戦で勝機を見出そうと決心をしたのは、1560年の5月19日の午前3時になのです。それは鷲津城の佐久間盛重が、今川義元が沓掛城を出たと知らせてきたからです。
そして清州城を出たときは、信長と、17騎の軍勢だけが、織田勢の待ち合わせ場所の熱田神宮についたときは、それこそ2000騎に膨れ上がっていた。そして午前10時ごろ沓掛城方面に向かって出陣した。
しかしこれからは、小説でも、映画でも、ドラマでも、漫画でもなのです。それこそ描かれていないもの。というか描くことができない。それこそ今川の軍勢はなのです。それこそ桶狭間でなのです。それこそ勝利の前祝としてなのです。暑くて重い、鎧兜を脱ぎ、それこそ大酒宴を開き、大将の今川義元も、周りの部下も、みな酔いつぶれていた。それこそ桶狭間という、周りを丘陵地に囲まれた視界の利かない狭間で眠りこけていた。その時に、梅雨時でもあり、大雨が降ってきた。
それに乗じてなのです。織田の精鋭の2千の兵が、それこそ大雨で慌てふためいていて、敵も味方もわからない今川勢を攻め、それこそ大将の今川義元の首を取ったというのが大方のあらすじです。
しかしなのです。それこそスマホ、携帯のないときになのです。それこそ今川の軍勢がなのです。それこそどこを進んでいるのか織田勢にわかるはずがない。そしてあり得ないのが、今川が桶狭間にいると分かっても、織田の軍勢が、その桶狭間に進むまでに数時間がかかること。その間に当然、今川の軍勢は移動している。それこそ1日中桶狭間で酒宴をしているわけがない。
そこで歴史書は、13時ごろ、急に激しい雷雨が襲い、敵も味方もわからないうちに、今川義元は討ち死にしたと説明してある。しかし歴史家が推測するに、桶狭間は、長さが、1,5キロほどの小さなくぼ地。そして織田が熱田神宮を午前10時に出陣した時から、13時まで、今川が桶狭間にいて酒宴をしていることはありえない。
そして仮に、織田が、今川の移動しているルートを知りえたとしても、スマホも携帯もない時代に、今川が、そのルートのどこにいるかは、織田がいくら優秀でもわかりようがないのです。しかしそれこそは運勢というもののなのです。恐ろしさなのです。それこそ科学で説明のつかないことが起きたのです。
つまりこの桶狭間の戦いのときになのです。それこそ2096分の1の奇跡が起きたということ。つまり織田信長には、2096分の1の幸運が。そして今川義元には、2096分の1の不運が起きたのです。
ただオカルト的でもなのです。それこそ運勢を認めざるをえないことがあるんです。それこそ昭和30年の7月28日になのです。私の住んでいる津市でなのです。それこそ橋北中学生が水泳訓練中になのです。それこそ36人の女子生徒が、水難したという有名な事件があるのです。それがオカルト的なのは、水難の原因が全く分からないことです。
それこそ橋北中学の水泳訓練が行われた文化村海岸は、悲劇の海水浴場ですが、それこそ今も海水浴場として運営されています。それほど遠浅で波も穏やかな海水浴場なのです。そして事件当時起きたとされる水流も、それ以降は一度も起きたことはないのです。
それこそ津市の海岸は、伊勢湾に面していて、その伊勢湾は、奥の名古屋港に向かって細長い湾なのですから。それこそ波も海流も荒い太平洋の影響は全く受けずに、それこそ文化村海岸だけでなく、それこそ周りの鈴鹿市も、松阪市も、それこそ海岸線は、それこそ非常に穏やかなのです。
それはなのです。その水難のあった時も、それこそ風も穏やかで、それこそ目立つような波などなかった。もしあったとしたら、それこそあなたも知っている通り、それこそ名古屋港と、四日市港は、それこそ日本でも有数の貿易港なので、大型船がなのです。それこそ沖を通るときに若干大波が起きるものなのです。
それが故に、自然に波が起きないのなら、それこそそれらの大型船が沖合を通った時になのです。それこそ大きな波がなのです。それこそ起きたということが考えられます。しかしそれはありえないのです。それは今回、水泳訓練中に沖を通った大型船は皆無だったからです。ただ確実ではっきりした原因はあったのです。それが激しい水流です。
それが故になのです。それこそこんな時になのです。それこそ私は、2096分の1の奇跡を言いたいのです。それこそ奇跡というものは説明がつかない。それと同じく、それこそ恐ろしいほどの不運の水流も理論的には説明がつかない。
しかし激しい水流が、この橋北中学校の女子中学生になのです。襲った。この激しい水流が本当に襲ってきたかどうか。それはのちの裁判で、教師たちの監督責任を問うために、それこそこの水流の原因は、海洋学者が、懸命に調査した。そして現実に常識ではそんな局所的で激しい水流は起きない。ただそれしか説明がつかないのです。そして問題は、この36人の女子生徒の周りだけでどうして起きたのかなのです。
それこそは2096分の1の不運なのです。それこそその10回表が得たコインは、それこそ恐ろしい程なのです。女子生徒たちに、2096分の1の不運という裏を出す力として襲い掛かったのです。
それこそ日常の海の常識でも、海洋学の理論的にも、説明がつかないが、2096分の1の運勢の理論では、その場所で、その女子生徒の周りで激しい水流を起こす力があったのです。それこそ500人の、女子生徒も周りを囲んでいた生徒には、波も水流も何も異変はなかったが、その水難した36人の女子生徒には、それをコインで例えると、それこそ2096分の1ほどなのです。不運という裏を出す力があった。その裏を出す力が、この橋北中学水難事故の場合、それこそ激しい水流を、この女子生徒の周りで起こす力だったのです。
それこそ日本の警察をなのです。甘く見てもらっては困るのです。それこそ亡霊に、36人の少女がなのです。海に引きずり込まれたということはない。ただ海岸で必死に見守っていた教師たちが誰も気が付かなかった。さらに36人の女性生徒の周りにいた500人の生徒も全く何も感じなかった。
それこそ彼女たちのおぼれた地点の水深は普段は1メートル20センチ程だが、その時、その海底は激しく乱れ、えぐられていた。それが故に、女性生徒たちがいた、半径15メートルの範囲で、それこそ本当に水面は穏やかなのに、海底で激しい水流が起きたということは確かなのです。
しかしそれが何かということは分からないが、それこそ亡霊の仕業でだれも責任はないでは日本の司法は許してくれない。それこそ教師たちが必死に女子生徒を監視していれば、少女の異変に気が付くはずと司法は判断した。
それこそ原因が海洋学では説明のつかない、海底の激しい水流だとしても、水深は1メートル20センチほどなので、それこそ教師たちは異変が起きた女子生徒を助けることはできた。それを怠ったので、それこそ校長や、担任の教師は、刑罰を受けることになった。ただやはり。なぜその水流が半径15メートルの範囲で起きたのかはわからない。ただそれこそは2096分の1の不運なのです。
それこそ私は出会い運というものを訴えたいのです。それこそは、どうして徳川家康は天下をとれたのか。それこそ戦国武将の中で、優秀だったのはわかるが、それこそそれなら豊臣秀吉が天下をとれたのはなぜか。それも他の戦国武将より、格段にすべての面に優れたと言えるのかもしれないが、それこそなぜ、織田信長の部下がなのです。これだけ、最終的に天下をとれたのか。それこそ遠国には、毛利元就や、伊達政宗など、優秀な武将がたくさんいたのになのです。それこそ単に、京に近かっただけか。
それこそ政治力、経済力、軍事力はなのです。その人の才能だと言える。しかし最後の最後に徳川家康が天下をとれたのは、それこそ単に長生きできたから。それこそ大坂夏の陣で、大阪城を落として、それから豊臣の関係者で、少しでも豊臣の血が混じっていると疑われるものは、すべて惨殺にした。そして徳川の敵をすべて殺害しておいて、その1年後の1616年、75歳で死亡している。
しかし人の寿命は、それこそ医学がほとんど発達していなかった当時、長生きをする術はなかった。それこそ徳川家康の長生き。それこそ、豊臣一族をすべて抹殺して、1年後に死ねたのは、織田信長の桶狭間の戦いと同じくらいなのです。それこそ非常になのです。運がいいのです。それならどうして徳川家康は運がいいのか。それこそ徳川家康には、出会い運というものがあるからなのです。
それこそ私はコインの表と裏の論理でなのです。それこそコインの重心が、正確に真ん中ならばなのエス。それこそ表の出る確率と、裏の出る確率はなのです。それこそ等しくなのです。2分の1だと訴えてきたのです。
その時にある男が、机の前にあるその重心が正確なコインを、10回回してみるとします。その時になのです。それこそ連続10回、表を出してしまいました。それはもちろん不可能ではなく、その確率は、1048分の1なのです。
それならその次に、その10回コインの表を出してその部屋を出ていった男の後に、別の男が、3時間後になのです。その部屋に入ってきたとします。その別の男は、その部屋の机の上に、コインがあることを目にします。
ここで繰り返しますが、その別の男は、その前の事情を全く知らないのです。それこそその部屋に、最初にコインを回した男がいたこと。そしてその最初の男が、そのコインを回して、10回表が出たことなどなのです。それこそ何も知らないのです。
そしてその別の男が、そのコインを目にしてから、気まぐれでコインを手に取り、回してみました。その場合、その別の男が、表を出す確率はいくつでしょうか。それこそそのコインの重心は、正しく真ん中にあるのですから、それこそ2分の1なのでしょうか。
しかしなのです。それではコインから見てみると、それこそ11回なのです。それこそ表が出ることになるのです。それが故に、それこそこのコインの表が出る確率は、それこそ連続11回表が出る確率、それこそ2096分の1と。それに対して裏の出る確率は、2096分の2095と、圧倒的に裏が出る確率が多いのです。
しかしなのです。これを別の角度で見るとなのです。それこそこの別の男は、最初の男の運を引き継いだということになります。それこそ直接は出会っていませんが、確実に、コインを媒介として、この別の男は、最初の男の運を引き継いでいるのです。
これがなのです。出会い運です。それこそ織田信長の運を、豊臣秀吉が引き継ぎ、その運を徳川家康が引き継いでいるのです。それこそは好き、嫌いではないのです。それこそ豊臣と徳川は、激しく争っていますが、それこそ織田からの、絶好調の幸運を両者とも引き継いだが、最後はその出会い運を求めて、両者が争ったということなのです。そして徳川がその幸運を最終的に手に入れた。
それこそヒトラーは今でもなのです。それこそドイツでは、その名前を出すことも禁じられているそうです。それこそベルリンの街中で、ハイルヒトラーと叫び、右手を高々と上げれば、即警察に逮捕されるそうです。
しかしそれは意味がないことではなく、日本で言うと反社の、ネオナチの一員だとみられるからです。しかしもともとオーストリアで生まれ、育ったヒトラーが、第一次世界大戦のどさくさに紛れ、ドイツに入国し、そしてベルリンに居座り、権力を無限に大きくし、最後はドイツとドイツの国民を、不幸のどん底に落としたのですから、それこそもともとヒトラーはドイツ人ではないのに、というドイツ国民の怒りはまだ消えていなのでしょう。
ただ私は、ドイツは負けるべくして負けたと言えるが、それは日本と同じく、世界の経済の90%以上を占めるアメリカを敵に回したらなのです。それこそ負けは確定する。しかし日本はなのです。ハルノート提出したのはアメリカであり、それを否定して、インドネシアから石油を輸入するにしても、それこそ日本を経済封鎖しているのはアメリカであり、それこそどちらにしろ、アメリカと戦うしかなかった。そして戦っても、戦わなくても、当時のブロック経済では、滅亡は避けられなかった。
しかしナチスドイツは違う。それこそアメリカとは、なにも戦う必要はなかった。確かにイギリスは、アメリカの同盟国で、イギリスは、アメリカの軍事支援を大量に受けていた。しかし宣戦布告をしないなら、アメリカ軍はなのです。それこそ参加することはない。さらに、当時はナチスドイツは、ソ連という共産主義国家と激しい戦いをしており、そしてアメリカでは、共産主義は、国内の最大の敵だった。それゆえアメリカの世論も、ナチスドイツにそれほど厳しくなかった。それよりソ連との戦いを支持する国民が多かった。
その共産主義のソ連にとって、それこそアメリカがナチスドイツと戦うことは、アメリカはソ連を支援することになる。そんな時に、何をもって、アメリカ政府はナチスドイツと戦う理由を作ればいいのか。
そんな時に、日本がアメリカと宣戦布告をした。それなら余計、アメリカ政府は、黄色人種の国、日本と全力で戦う必要に迫られたのです。そしてアメリカ軍は、ナチスドイツに戦う理由はさらになくなったのです。しかしどうしたことか、ナチスドイツが三国同盟の日本との約束を守り、ナチスドイツが勝手にアメリカに宣戦布告してくれたのです。これは意味がない。それこそ同じナチスドイツの同盟国の日本は、それこそドイツ軍がモスクワの直前で、厳しすぎる冬将軍にやられていたが、日本はなにも、ソ連を攻撃していない。
しかしなのです。ナチスドイツには大きな闇があった。それこそ世界はまだ知らないのです。それこそホロコーストはなのです。ナチスドイツに必要でないものはすべて殺したのです。それが故に、ユダヤ人虐殺に隠れて考慮されないが、それこそ奇形児などの障碍児が生まれた場合、母親に見せる前にガス室に送られた。それこそ生きている障碍者も、それこそ自分のパンを自分で稼ぐくらい働ける障碍者も、健常者でないとガス室に送った。
それこそナチスドイツにとって、ユダヤ人が必要でないというのは、ヒトラーの個人の狂った感情だが、障碍者は違うのです。それは優生保護法を作ったからです。それこそナチスドイツに必要でないすべての障碍者は抹殺すると決めたのです。それこそドイツ国民が、健全なドイツは、健康なドイツ人によってのみ、構成されるべきだとしたからです。
それこそ確かにヒトラーは様々な残酷な行為をした、しかしスターリンはなのです。それこそなぜ勝利し、それこそ安らかに天寿を全うしたのか、それに対してしてヒトラーは、薄暗く湿っぽい地下室で自殺をしなければならなかったのか。
それこそルーズーベルトも、戦争4か月前とはいえ、天寿を全うした。それこそ原子爆弾を投下した、トルーマンも、それこそ戦後もアメリカのみならず、世界の政治で指揮を執り、それこそ天寿を全うした。
それこそみんな政治家というもの、それこそ当時は、悪いことをしているのになのです。しかしヒトラーとナチスのみが悲劇が起きている。それこそは、障碍者を国の政策として殺しているからです。
それこそ植松聖は、それこそ死刑で済む。それこそいかれた彼の心理は理解できない。それこそ知らなくてもいい。それこそ植松聖は、19人の重度障碍者が、この社会に必要がないと言っても次々と殺害したが、大量殺人者は相手にしないでいい。すぐに死刑にするべき。それこそ血まみれになりながら、コンビニに立ち寄り、エクレアを2個買い、ほおばるこの生活保護受給者の精神障碍者は。
しかしナチスドイツは違い、それこそ当時世界で最も優秀だった、ドイツの医師が、それこそ障碍者は劣った民族であり、それこそ抹殺するべきだと結論したのです。そして世界で真っ先に優生保護法を作り、障碍者は去勢手術をして、子供を産まさないようにしたのです。それは何を意味するか。
それは国として人類の進化に反するということ。それこそ凶悪殺人者と、ナチスドイツは違うのです。それこそ私は 人類は哀の感情があるがゆえに、人類は、社会で悲しんでいる人、苦しんでいる人を救おうと進化していると訴えてきました。
それこそ障碍者が生きるのは、それこそ障碍者がいないと、それこそ彼らを治す薬を開発している、医師、医学研究者、薬学研究者、製薬名―カーが必要でなくなるからと。ということはそういう愚かな決定を国がすることは、国が進化の意思を否定するからです。そうなると、2096分の1の不運が国を襲うのです。
それこそスターリンも毛沢東も、何千万人を殺すという大虐殺をした。しかしそれは犯罪者と同じく、人類の進化を否定しない。それこそ共産主義は役に立たない政治体制だったが、誤った政治体制だからと言って、それこそ人類の進化を否定しない。
しかしナチスドイツの、優生保護法はなのです。それこそ人類の進化の意思に反する。それが個人やカルト教団であるならいいが、国としてやるのは人類の進化に反する。それが故になのです。ナチスドイツは進化の意思に反することになり、それこそナチスドイツ自体が、天から大きく見放されるようになり、敗北への道を突き進んだのです。
それが故に、最もしてはいけない、アメリカと参戦することになり、そしてソ連とアメリカになのです。挟み撃ちになった。これはヒトラーの誤りではなく。それこそ天に見放され、2096分の1の不運の連続になったのです。
それこそアメリカとの参戦は、まったく理由がわからない。なぜ日本がアメリカと参戦したからと言ってナチスドイツも参戦しないといけないのか。それは理由が全く分からない失踪者と同じなのです。3分間娘から目を離したら、永遠にいなくなるのと同じです。それこそ2096分の1の不幸がヒトラーを、ナチスドイツを襲ったのです。
それが故に、人類は進化の方向に進んでいると気が付いてほしいのです。それは運勢というコインの重心は、進化の方向に大きく傾いているからです。それが故に、ヒトラーが政権を取るまで、あるいは開戦しても、フランスを征服するまでは、ヒトラーの運は絶好調だったのですが、イギリスとの航空戦に敗れ、そして独ソ戦が始まってからはなのです。ヒトラーの運勢は、大きく不幸の方向に傾きだしたのです。それこそ冬将軍が、予定より1か月以上も早く訪れたり、劣等民族のユダヤ人に対して、ヒトラーが世界で最も優れていると叫ぶアーリア民族のアメリカと戦争をする羽目になったのです。
ただこう言うと、それこそ今、ヒトラーは史上最悪の犯罪者と言えるが、それこそヒトラーより、10倍以上の人を殺したスターリンはなのです。それこそ戦争に勝ち、アメリカと並ぶ世界大国のソ連国家を作り、そして天寿を全うしたのはなぜかということ。
しかしそのソ連はその40年後に、ペレストロイカ、ロシア8月革命によりなのです。連邦制は崩壊し、それこそソ連は、ロシアというソ連邦の15分の1の国になりました。もちろん東欧のソ連の支配はとっくに崩壊し、それは仕方がないにしてもなのです。それこそウクライナは、それこそなぜ連邦制から脱退したのか。しかしそれは謎で済まされず、それこそ今、ロシアは、ウクライナは元ロシア領と叫び、領土復活の戦争を仕掛け、それを認めないNATO諸国と泥沼の戦争をしています。
それであなたに気が付いてほしいことはなのです。それこそは残酷なヒトラーは負けたが、残酷なスターリンも負けたということなのです。それは人類は、人類の運勢のコインはなのです。それこそ優しく進化する方向に向いているからです。
それこそ社会は優しく理性的に進んでいます。それこそ哀の感情の存在故になのです。それこそ社会の悲しんでいる人、苦しんでいる人をなのです。それこそ救おうとなのです。進化しているのです。それが故に、一時的に暴力や恐怖の支配体制ができても、長続きはしないのです。それは進化の運勢が許さないのです。
それこそは人類の運勢のコインは、進化の方向に大きく傾いているのです。それこそいいこともあれば悪いこともあると、それこそ運勢のコインは2分の1にはならないのです。それこそコインの重心が、5分の1や10分の1のように、進化の方向に進んでいます。それこそコインは暴力や恐怖を許さないように進化しているんです。
それが故に、スターリンの悪事はなのです。それこそ40年後になのです。それこそ東欧のソ連支配からの解放、ソ連邦の崩壊が起き、共産主義は、それこそ崩壊しました。それは人類は進化の方向に、コインが傾いているからです。
それはヒトラーだけでなく、それこそ日本でも残酷性で有名な織田信長。それこそ長島の一向一揆の虐殺。それこそ周りを柵で囲み、日干しにして、渇きから水を求めて柵によったものを皆殺しにした。その数は男女、子供を問わず、2万人を軽く超えている。そのほかに、越前の一向一揆のせん滅、伊賀攻めなども、それこそ同じく2万人以上の民間人、それこそ直接信長に反乱していなくても、その仲間と近いところに住んでいるという理由で、それこそ皆殺しにした、そしてそれこそみんなも知っている、比叡山の焼き討ち。
しかしその後、桶狭間の戦いから続く、幸運を引き継いだ、豊臣秀吉、徳川家康。それこそ江戸幕府260年間は、それこそ正しいものが勝つのではなく、強いものが勝つということで、それこそ進化の運勢などに反しているように見える。
しかしその260年後、幕府軍は鳥羽伏見の戦いで、それこそ一回敗れただけになのです。それこそ撤退し、大阪城に籠城したら、それこそ薩長は何もできなかったのに、徳川慶喜は江戸に逃げ帰った。
それこそ全国266藩のうち、薩長の2藩だけが反乱したのみ。他の藩が、仮に傍観し、幕府のいうことを聞かなくても、幕府、680万石、それに対して薩長合わせて60万石に満たない。それこそ兵力も10分の1以下では、これ以上薩長では何もできなかったのです。何しろ鳥羽伏見の戦いでは、幕府側の損失は軽微だったからです。
しかし徳川慶喜は、江戸に逃げ帰り、それこそ自分は朝敵にされたと、一ツ橋にこもり、謹慎の生活をしだした。それはそれこそ日本史における大きな謎です。それから戊辰戦争などで新政府軍と戦う会津藩などもあったのですが、何しろ幕府はもう消えてなくなったので、それこそ戦う大義名分もなにもなくなったのです。
ただこれも、スターリンにおける旧ソ連の崩壊と同じく、暴力による、戦国の世の天下統一、それから江戸幕府による支配が、人類の進化の意思には確実に反していたことは確かなのです。それこそ江戸幕府が、暴力と恐怖により生まれたことは確かなのです。それ故、人類の進化の運勢が、その存続を、一時は許しても、長くは許さないようになっている。
それこそ人類は、運勢というコインは、それこそ進化の方向に重心が傾いているのです。それこそ勝ったものが正しいのではなく、正しものが勝つように、進化の意思はできているのです。それ故、自己中心的な欲から生まれた社会体制は、一時的に成り立っても、いつか、進化の運勢により、崩壊してしまうのです。
それこそあなたに人類は、社会の悲しんでいる人、苦しんでいる人を救おうと進化していることを歴史で知ってほしいのです。決して、暴力や恐怖で人を虐げる人を許しません。そして人類は優しく進化していることを、人類のみんなに伝えてほしいのです。飢えや不治の病で苦しんでいる人を救おうと進化していることを、みんなに知ってほしいのです。
そして人間は欲のみに従って生き、人類は弱肉強食の世界だと思い込んでいる、人間に対する絶望から人類を救ってほしいのです。そして人類の進化の意思は、嵐の夜に、恐怖と孤独で泣いているあなたを決して見捨てはしないのです。もう孤独な少女が、この乾いた大地に、涙をこぼさなくていいように、人類は進化しているのです。