「お願い?僕にかい?」
潮風にさらわれないよう、手で覆いながらマッチに灯を燈して、配達夫は聞き返しました。
橙色の小さな明かりが一瞬生まれて、すぐに夜の海岸に溶け込んでいきました。
「お父さんに歌を届けて欲しいの。」
「今夜はくもっちゃって会えないから、代わりに届けて欲しいの。」
なみほ、ほなみ、と名乗った二人の女の子は、左右にちょこんと首を傾げて続けます。
和音のように重なったタイミングで、夜風にさらりと短い髪をゆらして。
「くもったから会えないって……君らのお父さんは何処にいるんだい?」
配達夫の不思議そうな質問に、顔を見合わせて、いたずらっぽくくすりと笑って。
「今は、たぶんあの辺。ずっとずっと上。」
なみほが小さな指を、蒼い灰色に霞んだ空に向けました。
「え、違うよ。もうちょっと東よ。まだそんな昇ってないわ。」
ほなみは、なみほが指したよりもう少し海に近い、低い空のかなたを指しました。
「え……?」
あっけに取られた顔の配達夫に、二人ははぴたりと澄んだ声を重ねてこう言いました。
今度は、くすくすと楽しそうに笑って。
「私たちのお父さん、お月さまなの。」
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