nector


 何も言わせるひまを与えずに、ふたりはそっと配達夫の手を取りました。  なみほは、右の手を、ほなみは、左の手を。  皮の手袋を通して、ひんやりとして、微かにあたたかい、ふたりの体温。  ふぅ、と整えたふたりの、小さな白い息がひとつずつ。  そうして、海の女の子たちは、波の歌を歌ったのでした。  海辺はその一瞬、ふたりの女の子の、高く、どこまでも高く響く歌声に包まれました。    それは、優しくて、不思議な歌でした。  詞は何もなく、ただふたつの声のハーモニーがゆるやかに続くだけ。  代わりに、言葉にならないものが、繋いだ手を通して心の中に届いてくるのでした。  寄せては返す海の、無数の水滴、無数の泡のなかに息づく、生きるものたちの想いが。  ひとときを生きて、海に還っていった、一瞬の音楽達が。  (……ふたりの言うように、確かに、一緒かもしれない。)  蒼い海の底のように、ふたりの歌に包まれてぼんやりとした意識のなかで、配達夫は思いました。  これから、自分が届けるもののことを。  たくさんの、たくさんの変わり続ける想いを集めて。  なみほと、ほなみは、たったひとつの、ずっと変わらない波の調べを奏でていました。  それは、グラスに入れたての炭酸水のように、とうめいで、せつない調べ。  それとも、幼かった日のゆりかごのように、つつむような、なつかしい調べ。    急に、なぎが訪れたかのように、ふたりの歌はすうっと止まりました。  後にはただ、元通りの波の音だけを、くりかえして。  配達夫が我に帰ると、繋いだ両手の中に、何がちいさなものが握られていました。  「これは、お父さんに届ける分。」  右手を繋いだまま、なみほが言いました。  「これは、届けてくれる配達夫さんへのお礼。」  そして、にっこりと微笑んで、左手を繋いだほなみは言うのでした。

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danro