介護日誌
2004. 4. 12
介護(04春・在宅介護はじまる)


整理中?
このページもパターン化してきた。
半年前、昨年秋の
(03秋・在宅介護はじまる)を参照しながら記述している。

4月5日、2ヶ月半の避寒生活(施設介護)が終わり、在宅介護が始まった。
2ヶ月半の間に母の状態がだいぶ変化している。
施設から家族宛の連絡書には「問題行動」の項目には「あり」に○がついていて、「痴呆が進行してXXの収集癖がある」記されている。
面会時に洗濯すべきものを持ち帰って洗ってみると人さまの物が混じっていることが多々あった。自分のものと他人のものと区別がつかないのだろうと思った。
写真は帰宅後、自分の衣類を整理(?)しているつもりだろう。毎日ゴソゴソと整理をしている。
後で尋ねると「こちらはいらないから捨てるもの」、「こちらは病院に持って行くもの」という答えが返ってきた。
そのまま信じて廃棄でもしたら大変なことになる。 捨てる方の袋には捨てなくても良いものがあるので。代わりを買ってこなければならなくなる。
病院に行くことなどないのにそう思っているのは妄想なのだろうか。

4月10日、北九州に住む次妹のKさんから電話がかかってきた。
母は耳が遠いので、電話機を渡すのをためらった、しかも眠っていた。 せっかくの電話だったので電話機をスピーカに切り替えて渡してみた。

「もしもし、K(姓)ですが・・・」聞こえているようだった。
「もしもし、CHI(名前)ヨ。CHI。」
「わからない」

突然だったからかもしれないが、自分の妹のことが理解できないまま電話を終わった。
母の頭の中のデータが消えてしまったのか。データを探しきれなかったのか。


冬期の 入所中 、週に1〜2回、面会したが、以前と生活が異なったようだ。
部屋にいて、ベッドに座っていることが多くなった。
前回まではナースステーションのところにみんなとたむろしていたり、ロビーのいすに座っていることが多かった。
体力が衰えてきたのであろうか。
退所日、荷物をまとめているとき、下履きにする靴が見当たらない。
ベッドの周り、下を探しても見つからず上履きのまま帰宅した。どこに置いたか記憶がないという。
思い出せないのは当然としても、日頃使わないものだから、しまっておいたが、持ち出して置きっぱなしする。 ベッドの下には、スチール製の魔法瓶が転がっていた。落として、失くしても気がつかない。
痴呆の進化だろうか。

4月11日、そのような毎日の繰り返しの中、92歳の誕生日を迎えた。
4月上旬、次女のショッピングに付き合ったとき、母の誕生日プレゼントを選んで貰い、少し早いと思ったが渡した。
後日、尋ねると「孫が持ってきてくれた」と言って喜んでいた。
次女が一人で面会に来たように思っている。
私の存在は記憶の中から消えてしまっている。また誕生日のプレゼントであることも分かっていないようだった。



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