渋谷区の税理士 中川尚税理士事務所

 

中川尚の飛耳長目(税理士読書日記)TEL 東京・渋谷 03-3462-6595

 

  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
2021128日(水)

 

 

<その17>
◆人類はウイルスと共生していく以外に道はないのです。もちろん高齢者にとってはリスクがある感染症であり、有効な感染対策をすべきです。それが「手洗い、うがい、鼻洗浄、口腔ケア、トイレの消毒清掃」ということです。特にトイレには内側にアルコール消毒剤を置き、使用前後に便座やドアノブなどを消毒して手洗いをしっかりする。この基本的な感染予防を行なえば、後はコロナのことなど気にしなくてよいのです。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
2021127日(火)

 

 

<その16>
◆コロナも放置しておけば、そのうちに弱毒化して、人類も免疫を鍛えられだんだん死ななくなるということですね。ただ、遺伝子ワクチン接種を進めたことによって、逆転写したDNAがゲノムに入り込み、遠い将来、妙な人間が産まれてくるかもしれないし、わたしは自然感染して、免疫との動的平衡をとりながら生きる人間の方が多数になることを願いますね。
神の摂理には逆らいたくない。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
2021126日(月)

 

 

<その15>
◆毎年138万人死ぬのが、日本の日常の死であると。それを健康保険や介護保険という国民皆保険の非常に素晴らしい制度があるがゆえに、じいちゃん、ばあちゃんみんな、老健施設や病院に預けて死を自分の家庭の中から除外して日常から隠してしまっている。

◆ロックダウンしても、外出規制しても飲食店を営業禁止しても全く減らなかった。おそらくワクチンも変異株が出て来て、全く効かなくなるでしょう。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
2021123日(金)

 

 

<その14>
◆あの人たちは本来、黒子として楽屋裏でサポートする立場なんです。それがしゃしゃり出て来て、政府批判をしているわけで、学者がいったい何をやっているのかと。

◆尾身会長は感染者が増えてくると「人流を減らせ」 「会食するな」と自粛しろというだけですからね。経済が崩壊しようが、自殺者が増えようが一切おかまいなし。コロナさえ減らせばいいと思っている。

◆ワクチンが効かないと判明したときに、どこに出口を見い出すのか。あの人の場合、ただただ「人流を減らせ」 「会食するな」 「酒を出すな」と自粛を求めるだけじゃないかと思うんですよね。このままだと日本国民は全員、息の根を止められてしまいますよ。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
2021122日(木)

 

 

<その13>
◆それは、恐怖を煽ってくれるからでしょうね。煽って視聴率を稼いでくれるなら何でもいい。メディアというものがいかに恐ろしいか。戦争の引き金を引くのはいつもメディアなんですよね。

◆日本にとっての本当のアキレス腱はポピュリズムで、火中の栗を拾うというマインドを持たない政治家を我々が選んでいるということなんですね。全国民が被害者ですが、実は加害者でもあるという視点を持つことが非常に大事だと思います。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
2021121日(水)

 

 

<その12>
◆今行われている移動の自由や営業の自由の制限は憲法違反であると。それは憲法で保障された基本的人権であり、時短営業の要請に従わなかったら、過料を科すなどというのは許されないんです。だから、みんな「休業補償を出せ」と言っているが、「補償」じゃない憲法違反なんだから「賠償」しろと言わなきゃいけないと言っていた。

◆それがね、指定感染症からはずすことに抵抗しているのは、実は厚労省の医系技官のようなんですね。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211130日(火)

 

 

<その11>
◆自称専門家が大手メディアに出て来て、パンデミックになった海外の情報を持ち出して恐怖感を煽りまくって、リスクの少ない日本が過剰反応している。これがやっぱり日本の一番大きな問題ですね。

◆小池都知事は毎日、毎日記者会見して「今日の感染者は何人」とわざわざ発表して煽りまくって全部飲食店が悪いとスケープゴートにして、悪の存在である飲食店を叩けば叩くほど、自分の人気が上がるという寸法。独裁者の手法ですよ。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211129日(月)

 

 

<その10>
◆日本人は失敗しないことを目標にする人生なんです。成功を目指さない。だから人目を気にして右へならえをする。

◆昔は「熱ごときで休むとは何事だ」と言われて、それが僕らの時代だったんです。今は「熱があるのに来るとは何事か」と。むしろ非常に働きやすくなった。それでいいんですよ。

◆日本でも緊急事態宣言に関係なく、増えるときは増えるし、減るときは減ったんです。なぜかといったら、もう人の中に「トロイの木馬」が潜んでいるからです。だから世界中の国が全部失敗しているんですね。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211126日(金)

 

 

<その9>
◆世界中の専門家が飛沫感染、空気感染がメインだと考えているから、世界中で失敗している。「三密」なんて関係ないんです。空気感染という幻想を広げたのがやはり、あの「富岳」のシミュレーションで、、、、。

◆専門家の皆さんはインフルエンザが流行っていた頃は、「マスクは効果がないというエビデンスがある」と言っていたのに、コロナが流行してインフルエンザが激減したら、「マスクや手洗いがインフルエンザの予防にも効いたんだ」と言い出している。おかしな話ですね。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211125日(木)

 

 

<その8>
◆わしはね、日本人の平均寿命を超えて80歳過ぎたような高齢者がコロナに感染して持病を悪化させて亡くなっているのは、コロナがお迎えに来ただけで自然なことなんだと言って、めちゃくちゃ叩かれたわけですが、要するに、高齢者を守ると称して国民に自粛を強要して、子供や若い女性の自殺が急増し、飲食業界や旅行業界が大打撃を被って現役世代が人生を狂わせているのはおかしいと言っているんですよ。

◆本当はPCR検査というのは非常に大事で、大学の研究室でやっている限りは安定的に使えるんですね。しかし、一般の野戦病院のようなところへ持っていくと、何を拾うかわからない。厳密性を失ったところで運用されていますからね。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211124日(水)

 

 

<その7>
◆日本でも野党はコロナ対策のことで、与党を攻撃していますね。ただ、スウェーデンと違うのは日本の野党は圧倒的に勉強していないこと。いまだに「ゼロコロナ」なんて言っていますからね。バカじゃないの(笑)。

◆あの国があったから、テグネルがいたから、わしも主張に自信が持てた。日本なんてスウェーデンよりはるかに感染者数も死者数も少ないんだから、本当ならできたはずなんですよ。憲法を盾に取って「移動や学業の自由を制限するなんてできません」 「仕方がないんです」って言えば良かったんだよ。それなのに逆に憲法違反の法律を作って制限しているんですから馬鹿げていますよ。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211122日(月)

 

 

<その6>
◆100年間、ノーベル委員会を牛耳ってきた国ですからね。ノーベル賞受賞者を選定するのは大変な作業なんです。科学全体を俯瞰して見なければ、さまざまなジャンルの科学的な業績を比較するのは本当に難しい。この人にあげるか、あの人にあげるかというのは、ほんのちょっとの差なんですよ。そういう選定を100年間やってきたスウェーデンの学問的な選別能力は他を圧倒しています。
そのトップの1人がスウェーデンのコロナ対策を考えたテグネルさんなんです。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211119日(金)

 

 

<その5>
◆だから、「コロナは危険だ」 「自粛しろ」って煽るほうがはるかに楽なんですよ。被害が大したことなかったら「みんな頑張って自粛したおかげです」って言っておけばいいんだから。その陰で飲食店のオーナーが首を吊っていようが女性や子供の自殺が激増していようが知らん顔しておけばいい。

◆本当の専門家というのは自分の専門分野に立脚しながら、ジャンルを超えて広く俯瞰できる人で、そういう人が政治を指導すべきなんです。分科会の会長とか医師会の会長とかいった人は、テクノクラート(高度の専門知識を持った行政官、高級官僚)であって、本当の専門家ではない。
だから本物の専門家がきちんと政治を指導すれば今の日本のような状況にはならなかった。本物の専門家がコロナ対策を策定したのがスウェーデンなんです。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211118日(木)

 

 

<その4>
◆しかし、日本人は権威に弱いですからね。科学というのは本来権威とは無縁なんです。ノーベル賞を取ろうが取るまいが科学的に正しいかどうか、緻密にロジックを貫徹しているかどうかで判断すべきなんですが「ノーベル賞学者がこう言った」と祭り上げてしまう。

◆その背景にあるのは、やはり欧米に対するコンプレックスです。欧米を見習え、欧米に追いつけ追い越せと、明治維新から頑張って「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるところまで登り詰めて来た。その過去の成功体験に囚われているがために、こういうパンデミックが起きたときに自分の首を絞めることになっている。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211117日(水)

 

 

<その3>
◆国民の大半は直感的にやっぱり何かおかしいと気づいている。しかし、社会的な同調圧力があるから、とりあえずマスクだけしておくと。マスクが外出するための防護服になっている。それもコロナウイルスから守るのではなくて、世間の目から守るための防護服になっている。

◆誰もが御存じの通り、専門の分野ではすばらしい研究者なんです。だけど、そうなるためにはたくさんある木の枝葉をほとんど切り落として、1つの分野にだけ集中する必要がある。
だからそのタコつぼから一歩外へ出ると、研究医並みの知識しか持っていなくて、とんでもなく的外れな主張をしてしまうということもありうるわけです。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211116日(火)

 

 

<その2>
◆マスクは自分が同調圧力に負けさえしなければ、拒否することも可能だがワクチンになるとそうはいかない。ワクチンを打つリスクとメリットはあくまでも個人の判断によるべきなのに、「ワクチンで集団免疫を目指す」となると、他人のため社会防衛のため、全体のためとなってしまい、簡単に全体主義が完成するのだ。
全体主義下ではワクチンを打たないことが利己主義と見られるので、もはや戦時中に子供を出兵させて喜ばないのは利己主義という価値観と同じになってしまう。

◆ところがユーチューブのコメントを見ますと、「漫画家風情」とか「医師でもないのに」とかと叩かれまくっているわけで(笑)。まあこれが日本人の民度なんですね。権威にとらわれず職業や専門性に関係なく、論理的、科学的に正しいことを言っているかどうかが一番大事なんですが、それができない人が多い。


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  小林よしのり、井上正康「コロナとワクチンの全貌」(小学館)
20211115日(月)

 

 

本の帯には日本人への緊急メッセージと書かれている。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆かつて薬害エイズ運動に熱中した時は、エイズ入りの血液製剤を使用した子供がバタバタと死んでいくのを目の当たりにして、焦燥感を募らせたがコロナは老人からお迎えが来るだけで、そこはインフルエンザと同じである。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211029日(金)

 

 

<その8>
◆(工藤)ほんとうの学びって教えてもらうことじゃないですよね。学びとは、自ら学ぶことです。その姿勢です。だから「わかる授業」を実現しようと言ってることじたい、日本の教育の最大の問題点なのだと思います。

◆(鴻上)僕が育った愛媛県はやっぱり日教組の組織率が100%に近かったんですけど、勤評闘争や学テ反対闘争の結果、昭和33(1958年)年から10年ほどで一桁の組織率に落ちたんですよ。

◆(鴻上)東大の入学者で公立中学校出身が10%切ったということがニュースになっていました。つまり、ほとんどの人は私立の中学校に行っておかないと東大に入れない。それはつまり経済格差ということですよね。ただ、東大に入ったことが親からすると勝利者と思っているかもしれないけど、社会で闘える人材になったわけではないですよね。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211028日(木)

 

 

<その7>
◆(工藤)私は麹町中に赴任したときから「学校をかえる」と言ってきましたが最初のころは子どもたちから「何を変えてくれるんですか?」と質問を受けていました。そのたびに「学校を変えるのは君たちだよ」と。

◆(工藤)私と一緒に本を書いた木村泰子さん(小学校の校長)は「やり直し」という言葉を用いるんですね。教育とは「やり直しができる子を育てることだ」と。

◆(工藤)偏差値って日本人が考えたんです。だから偏差値が何であるか、世界的にはほとんど理解されていないと思います。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211027日(水)

 

 

<その6>
◆(鴻上)「私なんて」という言葉が口癖になっている若者は多いですよね。あと、「私バカだから」 「俺、あんまり頭よくないんだけど」と枕詞のようにいう若者もけっこういます。そう言わないと発言してはいけないと思いこまされているのかと心配になります。
若い俳優やスタッフと話すと「そんなことしていいんですか?」とよく口にします。小さい頃からとにかく「人に迷惑をかけてはいけないこと」を呪文のように刷り込まれているんじゃないかと思います。
何かしようとするとすぐに「人の迷惑になるかどうか」を心配するというのは、つまりは「自分の気持ちより周囲の反応の方が大切」という考え方です。
それは「自分なんてどうでもいい」という考え方に簡単につながるように感じます。つまりは「同調圧力」の強さが自己肯定感の低さを生んでいるんじゃないかと思うのです。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211026日(火)

 

 

<その5>
◆(工藤)なぜ私が学校改革ができたかというと、職員に「自律できる子どもを育てるんだよね。だからまず私たちが自律できないとだめだよね。」と言い続けたからなんです。

◆先日OECDの局長が来日した際、対話させてもらう機会がありました。そのとき「麹町中の取り組みは当事者意識を育てることだ。」と話したら、それは 「エージェンシーですね」と返ってきたんです。つまりエージェンシーは当事者意識を指すような言葉なんですね。なんでも他人事にしてはいけない、自分自身もまた社会を構成しているひとりなのだという考え方を育てるべきだという考え方です。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211025日(月)

 

 

<その4>
◆(工藤)勤務時間の問題よりも精神的ストレスのほうが深刻なんじゃないですかね。もともと人相手の仕事ですし、公立の学校なんて、年から年じゅうクレームだらけですよ。子どもたちはいまは自分で解決する能力を失っているので、子ども同士で何かトラブルがあれば、なんで先生が解決してくれないんだよといった非難が起きる。

◆(鴻上)今は日教組は政治スローガンなしで教師の労働条件のみに特化して闘うべき時期なんじゃないかなと思うんです。

◆(工藤)部活の話でいえばね、教員の部活指導は勤務時間に含まれていないんですよ。文科省は教員の自主的、自発的な教育活動という位置付けをして勤務時間外ということになるんです。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211022日(金)

 

 

<その3>
◆(工藤)例えば、オランダでは公立であろうが私立であろうが親の負担は同じだそうです。そういう支援を国がしているんですね。北欧は大学まで学費はタダです。日本は教育ではなく極端な言い方をすれば教科書が無償化されているだけです。

◆(工藤)海外では教科書は学校で購入して子どもに貸し出すパターンです。あるいは教科書を使わない学校も少なくない。日本の場合は歴史教育など政治的な問題も絡んでくるので、そうはいかないようですが。

◆(工藤)学習指導要領がなかった時代、教員は子どもたちに何を教えるべきか、どう教えるべきか自分で考えていたものです。いまはみんな楽なほうに流されていきますね。実際、教科書通りに進めていけば、楽であることは確かです。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211021日(木)

 

 

<その2>
◆(工藤)ある意味学校が教育委員会に縛られているのは事実ですね。一番は人事を握られているから。

◆(工藤)僕は教員として教壇に立ったときから教育は民主主義を広め、平和な社会をつくるためにあるのだと思ってきました。でも現場ではあえて民主主義という言葉を使わずに、日本中にこの民主主義を理解させる方法を考えてきたつもりです。残念なことに「民主主義」という言葉を使う人間に対して、必要以上に偏見や先入観をもっている人がいると感じてきたからです。


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  工藤勇一、鴻上尚史「学校ってなんだ!」(講談社)
20211020日(水)

 

 

「日本の教育はなぜ息苦しいのか」というのがこの本のサブタイトルである。
以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆(工藤)学園ドラマのような構図なんて、実際にはありませんよ。例えば金八先生。冷静に見れば先生としてあるまじき言動をたくさんしているのに、彼こそ子ども思いの正義の味方みたいな感じ。一方、ほとんどの先生たちや管理職や教育委員会の人たちは、体裁ばかり気にしている打算的な大人として描かれている。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021820日(金)

 

 

<その16>
◆新型インフルエンザワクチン接種後の死亡報告数、カッコの数字は致死率(厚労省)
60才〜69才 → 15人(11.5%)
70才〜79才 → 38人(29.0%)
80才以上 → 66人(50.4%)

◆「世界は闇の力が支配しました」 ―こういうと笑う人がいる。陰謀論と耳をふさぐ人がいる。しかし、この本を読まれた方は笑う気にはなれないだろう。
さあ、今度はあなたが語りかけるときだ。「知ろうとする」ことは戦いであり、「知る」ことは勝利なのである。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021819日(木)

 

 

<その15>
◆フェイスブックは「予防接種を推奨しない広告の投稿を禁止」した。高橋博士はコロナ・ワクチン啓蒙の動画をユーチューブにアップしたら「三日で削除された!」。いまや自由なメディアであったはずのネットにも削除の嵐が荒れ狂っている。
つまりはソーシャル・メディアのトップ連中やディープ・ステート側の人間であったのだ。

◆ワクチンを受ける人は、まず「予防接種」という四文字に「洗脳」されている。頭の中にあるのは、「ワクチン幻想だ」。「病気を予防してくれる」と信じきっている。
くり返しのマインド・コントロールは恐ろしい。そして、正直なひと、真面目なひと、高学歴なひとほど、コントロールされやすい。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021818日(水)

 

 

<その14>
◆彼女は遺伝子ワクチンで使われるのは悪名高いモンサント社の種(タネ)の遺伝子組み替えに使われている技術と同じという。遺伝子組み替え食品の恐ろしいのは未知の有毒物が生成されることだ。

◆・・・問題はウイルス遺伝子を打つわけです。われわれの体が持っている遺伝子じゃない、まったく異質の生物の遺伝子を打つわけ。それは遺伝子治療ですわな、遺伝子操作。今まで難病にやろうとしたけど成功した試しはない。人類全員モルモットです。これは、じつは大変なことなんです。だけどマスコミは報道しない。

◆連中は「無症状者が誰かを病気にする」ことを証明できない。一つの研究があります。「感染者」1人を400人に接触させた。ところが誰一人「陽性」にならなかった。多くの経験的事実があります。感染症が何であれ、病気でないひとからは伝播しないんです。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021817日(火)

 

 

<その13>
◆「私はこの大群衆にナチズムとは正反対を見ます。民主主義を愛する人たちです。開かれた政府を欲する人々です。ウソをつかないリーダーを望む人々です。気ままなルールや規制を作らないリーダーを望む人々です。
それらは大衆を服従させるためなのです。健康当局者に望むのは製薬産業と金銭的つながりのないことです。製薬企業ではなくわれわれのために働く者です。

◆反ナチスの幹部は人を奴隷にするために、政府に必要な唯一のものは恐怖だと証言した。
何かしら怖れさせるものを見つければ、(支配者は)欲するすべてをさせることができる。それはナチズムとはまったく無関係です。人間の本能に関係する。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021816日(月)

 

 

<その12>
◆ロシアでは国民の四人に一人は新型コロナ流行をまったく信じていない。国民はいたって大人で冷静なのだ。
その上をいくのがスウェーデンだ。すでにコロナに勝利して平静をとりもどしている。「集団免疫」を獲得した全国民にとって世界のワクチン待望など気がふれた妄想にしかみえないのだろう。

◆同時期にドイツ・ベルリンでは100万人を超える大群衆が反コロナで集った。熱狂的な拍手と歓声に迎えられて登壇した一人のアメリカ人男性。ロバート・F・ケネディ・ジュニア。凶弾に倒れた大統領ジョン・F・ケネディの甥。そして父親も公の場で暗殺されている。彼自身は環境活動を手がける弁護士だ。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021811日(水)

 

 

<その11>
◆使用者にとってもあなたがクスリを服用しようとしたら、必ず「医薬品添付文書」を読まなければならない。市販薬なら紙で添付されている。しかし、病院で処方される薬はそうはいかない。このばあい使用者は処方、投与する医師となる。だから医師向けに「医薬品添付文書」は交付されている。これは今はネット上で公開されるようになっている。

◆「・・・これはワクチンではない。遺伝子治療である。」
「・・・なにが起こるか、まったくわからない。動物実験すらなされていない。それを人間の体内に注射する。まさに人類全員がモルモットです」。

◆すでに19世紀英国の医師コンプトン・バーネットは「天然痘ワクチンは天然痘の死亡率を高める」と警告している。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021810日(火)

 

 

<その10>
◆日本のある国立大学付属病院で死亡したガン患者。カルテを精査したらその80%は死因はガンではなかった。猛毒の抗がん剤、有害な放射線、危険な手術・・・の三大療法で殺されたのだ。これほど明快な事実がありながら、それでもひとびとは病院にすがる。そして、今日また殺されている、、、。

◆ロバート・メンデルソン医師はこう断言している。
「・・・現状医療で評価できるのは、一割の緊急救命医療のみ。残り9割は慢性病には無力。治せず、悪化させ、死なせている。現代医療の9割が地上から消えれば、人類はまちがいなく健康になれる。そして今日もまた殺されている、、、。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
202186日(金)

 

 

<その9>
◆スペイン風邪にかかった200人を治療した米国医師は「死亡した患者はいなかった」と述べています。彼の診療のスタイルの特色は、近代科学がもたらした解熱剤アスピリンなどのクスリをつかわず、ホメオパシーという伝統的医療をおこなっていたことです。

◆ホメオパシーとは自然療法の一種。患者の「免疫力を高める」ことで治療する。

◆1972年ジャーナリストのパトリック・ジョーダンはWHOの極秘内部文書を暴いた。そこには「ワクチンを偽装した生物兵器を開発する」と明記されていた。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
202185日(木)

 

 

<その8>
◆わたしはコロナパンデミックをイルミナティが仕掛けた最終戦争=ハルマゲドンととらえている。

◆わたしは、この新型コロナ陰謀に七段階の「目標」を見る。
(1)中国経済への攻撃による弱体化
(2)イルミナティの新政権への威嚇
(3)コロナ恐慌による世界金融破壊
(4)米国による巨額対外債務踏倒し
(5)医療ワクチン強制による収奪
(6)第三次大戦勃発で人口大幅削減
(7)超監視でNWO人類家畜社会


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
202184日(水)

 

 

<その7>
◆世界史を数千年の長きにわたって連綿と支配してきた勢力が存在する。それがフリーメイソンの血脈である。そしてさらにその国際秘密結社の系譜を乗っ取ったのがイルミナティである。
イルミナティは1996年ロスチャイルド財閥の始祖マイヤー・マムシェル・ロスチャイルドによって密かに設立された。

◆イルミナティは建て前上は哲学団体でその創始者に任じられたのはイエズス会の若き神学者であった。世界の闇支配勢力はこうしてイルミナティ+フリーメイソンの二重構造をなしている。しかし、その実権はイルミナティが握り、最上層を支配するのはロスチャイルド財閥とロックフェラー財閥となっている。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
202183日(火)

 

 

<その6>
◆大橋教授は中国論文の不確実さ、PCRでは他ウイルス断片で「陽性」と出る現実、さらにパンデミックが利権勢力によるねつ造である可能性にまで言及している。

◆@第一次大戦  Aワクチン接種  Bスペイン風邪  C世界恐慌  D大量失業  E軍隊雇用  F軍国主義  G世界ブロック化  H資源・食糧争奪  I第二次大戦勃発

◆わたしは、前著「コロナと5G」で「新型コロナウイルスは生物兵器である」と断じた。そして、それを製造し、ばらまいたのはイルミナティ勢力と断定した。イルミナティとは世界を闇から支配してきた国際的な秘密勢力だ。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
202182日(月)

 

 

<その5>
◆玉川氏は熱い正義感が伝わってくる好漢だ。しかし、PCR真理教とヤユされても仕方のない側面もある。つまり、思い込みが強く不勉強なのだ。

◆マリス博士はPCR自体の発明者。現行PCR検査術はドイツのドロステン教授が考案した。
しかし、「重大な欠陥で無効」と世界22名の科学者が撤回要求を突き付けている。そこには徳島大名誉教授・大橋眞博士も連名している。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021730日(金)

 

 

<その4>
◆マスコミのあおり報道も息切れしてきた。もはや・・・バテバテである。すると内部からも「コロナはおかしいぞ」という声が上がり始めた。
日本人に恐怖を伝染させた。そのマスコミが名指しでマスコミ批判を始めたのだ。

◆つまり、たかが「風邪」に世界は情報操作でパニックにおちいっている。人類とはかくも「洗脳」されやすい「動物」なのである。

◆岡田さんも玉川さんも「海外でこうしているから日本もこうすべき」という「海外出羽守」の典型ですね。日本では死者が極端に少ないというデータをなぜ無視するのか。グローバリズムに毒されているんだ。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021729日(木)

 

 

<その3>
◆新型コロナウイルス致死率は0.1%以下・・・。ふつうのインフルエンザよりも弱いくらいだ。インフルエンザは毎年流行する。そのたび国境封鎖していたらバカである。

◆つまり全世界の人類が完全に気が狂ってしまった。
唯一正気だったのは、スウェーデンとその他カンボジア、ベラルーシの三国のみ。

◆コロナを克服したスウェーデンには平穏な日々が訪れている。むろん、コロナの第二波の兆しすらない・・・。
「歴史上、感染症に第二波や第三波など存在しない。」 ファイザー社で副社長まで務めたM.イーダン医師ですら断言。真実を述べる研究者が増えている。


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021728日(水)

 

 

<その2>
◆たとえば、・・・PCR詐欺。発明者キャリー・マリス博士自身がPCR検査について「感染症の診断にぜったい用いてはいけない」とくりかえし断言しているのだ。
理由は、「誤診率が高すぎる」。

◆PCR検査キット「取扱い説明書」に注目。
「インフルエンザA型、B型など7つのウイルスにも陽性反応する」に絶句・・・。

◆最新データでは一日あたりの感染者数が急激に減少しています。死者数も急減しています。これは「集団免疫」戦略が機能し、コロナウイルスの免疫がすでに国民に比較的に獲得されていることの証しです。(スウェーデン)


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  船瀬俊介「コロナとワクチン」(共栄書房)
2021727日(火)

 

 

サブタイトルが新型ウイルス騒動の真相とワクチンの本当の狙いとなっている船瀬の警鐘本である。
以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して、御紹介していきたい。

<その1>
◆「マスクをはずせ!」 「コロナは詐欺だ!」 怒りの声が通りを、市街を、公園を埋め尽くした。
ベルリンで、ロンドンで、世界中で、何百万ものめざめたひとびとが立ち上がった。・・・あなたはこのベルリン、ロンドンでのデモの写真を見て、あぜんとするはずだ。世界の主要メディアはこれを黙殺している。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
202168日(火)

 

 

<その17>
◆結局、公立病院と一部の民間病院だけがコロナ対応に当たっていて、全病床の3%ほどしかコロナ用として稼働していないといわれています。

◆国民の98%にとっては風邪だけれども要介護で寝たきりの人だとか、透析を受けているような人には非常に怖いウイルスであって、そういう人たちをいかに守るのかを考えるべきだと話していました。

◆専門家が「効果が高い」 「副作用が少ない」などと言っていた医薬品が後になって「薬害」を引き起こした事例は過去にいくつもある。新しい医薬品の真の安全性や有効性は実際にたくさんの人に使われ、長期的調査しなければわからない。
これが薬害の教訓である。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
202167日(月)

 

 

<その16>
◆BMIが30を超える肥満度の高い人は日本だと3%くらいですがアメリカは30%くらいだそうです。必然的にアメリカでは動脈硬化が進んでいる人も多いことになる。実際、肥満もコロナ重症化の大きなリスク要因の一つです。

◆このままでは医療崩壊だけでなく、居酒屋崩壊だ。世界一の病床数があるにもかかわらず医療崩壊したのは厚労省と医師会の無為無策にある。

◆日本には160万も病床があります。一般病床をコロナ用のICUに転換することは海外では普通に行われています。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
202164日(金)

 

 

<その15>
◆後遺症とされているものが本当にコロナウイルスによるものなのかはっきりしていません。たとえば、集中治療に使った装置や薬剤によるものなのかはっきりしません。

◆実は私のところにもテレビ出演の話がいくつか来たんです。事前の取材の時には私の話に納得してくれるのですが「社の方針」というのがあって、いくつかボツになりました。やはり、コロナが蔓延した場合に発生する事態を必要以上に甚大な被害と予測しており、私の当時の予測とあまりにもかけ離れていたからです。それにハイリスクの話とローリスクの話をごっちゃにしていることが多いです。

◆アジアは風邪コロナで訓練されていたんだろうというご意見でした。米国に留学していた時の印象で「向こうの人はあまり風邪をひかない」と話していました。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
202163日(木)

 

 

<その14>
◆2008年から19年の間に生まれた米国の子どもでワクチンを一つも接種していない561人と一つでも接種した2763人を対象に、ワクチン接種回数と病院の受診率を解析した研究です。その結果ワクチンの接種回数が多い人ほど様々な病気で病院で受診する回数が増えるという結果がはっきり出たのです。

◆しかもこの論文を発表した医師の1人は医師免許を取り消されています。理由ははっきりしませんが、はっきり言って科学的にはほぼ文句のつけようのない論文です。

◆ウイルスを毒性がないように処理したり、遺伝子組み換えでウイルスたんぱくの一部をつくったのがワクチンです。そのような不自然なものを不自然なルートで強制的に接種するわけですから、不自然なことが起こっても不思議ではありません。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
202162日(水)

 

 

<その13>
◆そもそも通常、ワクチンは開発に5年〜10年かかります。
それを1年足らずの間に実用化したわけですから長期的な安全性はまったくわかりません。本間先生が今おっしゃったような影響は10年どころか20年、30年経たないとわからないでしょう。

◆2月13日にはアメリカでワクチン接種後に死亡した事例が1170あったと報道されました。報道はあったと言っても限られたメディアだけで世間にはほとんど伝わっていません。

◆小児科は最も大変な仕事であるわりに収入が最も少ない科の一つです。ワクチンが収入面の一部を支えていることは事実として間違いないでしょう。たくさんの予防接種をすることにより、長期的には様々な病気が増える可能性があることについては、ほとんどの医師が知らないのが現状です。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
202161日(火)

 

 

<その12>
◆医者の使命は1%でもその病気を防ぐことです。でもそこばかりにフォーカスしたら、他のものには目がいかなくなります。科学は大局というか全体がまったく見れないのです。だから大きく間違ってしまうことがあるんです。

◆PCR検査で「陽性」だった人は全員コロナ死カウントされており、これはインフルエンザでは関連死に相当しますので純粋にコロナで亡くなった人はもっと少ないことになります。

◆ウイルスの遺伝子の一部を送り込んで、ヒトの細胞に取り込ませるわけですから、長期的にどんな影響があるかわかりません。今回のワクチンの大きな問題点の1つがそこにあります。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021531日(月)

 

 

<その11>
◆この国はやたらにテレビメディアが強くて、テレビと主戦場が違うはずのIT企業でさえ、テレビで宣伝しないと売れない変な国でしょ。民主主義国家ではインターネットはさまざまな意見を見たり、統計数字を確かめたりするのに使われるんだけど、日本はネットでさえ意見の斉一化が求められる。違う意見を言ったらコテンパンに叩かれる。この状況は国の発展のためにもとてもまずいですよ。

◆たとえばマスクだって感染拡大を防ぐ効果はゼロではないと思います。しかしマスクを着け続けると酸素の取り込みが減り、二酸化炭素濃度が高くなるから、明らかに健康によくありません。手の消毒にしたって皮膚を守っている皮脂や常在菌まで排除しているわけだし、手荒れの原因にもなる。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021528日(金)

 

 

<その10>
◆血を流して自由と民主主義を勝ち取った国々は、「命よりも大切なものがある」という考え方をするわけです。フランスやアメリカには、何を言われてもマスクをしない連中がいますが、マスクを着けろと言われても「命より俺たちの自由のほうが大事」と反発するわけです。日本は自分で自由や民主主義を勝ち取った国ではない。だからお上の言うことにおとなしく従ってしまう。その国民性が出ていますよね。

◆メディアの言うことを疑わない。とくにテレビです。今回すごく恐ろしいと思っているのは、いわゆるテレビに出ている医者のほうが学問業績がある医者や臨床実績のある医者より偉いかのような錯覚を持っている人たちがたくさんいることです。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021527日(木)

 

 

<その9>
◆今年2月に新型コロナに関する特措法と感染症法の改正が成立して、営業時間を守らない店舗や入院を拒んだコロナ患者に過料を科すことになりました。これって国家権力が営業の自由や移動の自由という私権に介入する大問題だと思うのに、野党もメディアもろくに反対しませんでした。

◆本当は私権の制限にかかわる大問題をリベラル勢力は声を枯らして大反対すべきだと僕は思うんです。
だってリベラルというのは国家権力の介入を一番嫌う思想ではないんですか?
にもかかわらず、世の中が命を守れとか、感染したらダメだという空気になってそれに抗う勇気がないんでしょう。まるで大政翼賛会です。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021526日(水)

 

 

<その8>
◆コロナで亡くなるような人たちの多くは、コロナでなくてもインフルエンザや普通の肺炎で亡くなるだろうと話していました。

◆1年に3000人〜4000人しか死ななかった感染症で、有事法制みたいなものを押し付けられるなら、もう国家はなんでもできるじゃんと思ってしまう。

◆コロナの後遺症がどうのこうの言う人がいるんですが、それはインフルエンザの後遺症がどんなものか知らないから言ってるんです。脳症が起こる確率はコロナの比じゃないよ。だからインフルのほうが怖いとも言えるわけ。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021525日(火)

 

 

<その7>
◆1つはデータよりも偉い人の言っていることのほうが正しいと思い込んでいること。日本の医学教育の特色と言ってもいいと思うんですが、たとえば、疫学調査ではコレステロール値の高い人のほうが長生きしているデータがいっぱい出ているのに、偉い人が「コレステロールが高いと動脈硬化を起こすからダメ」と言ったら。みんなそれに従うんです。

◆動物実験ばっかりして教授になった医者が多いからなのかもしれないけど、人間には心があるというモデルが提示されていないんです。今回のコロナ禍で心の対策がないがしろにされているのも。過度な専門分化のために心の問題を含めて、総合的に人間を見ないという日本の医学教育の根本的な問題があるんです。

◆アジアって風邪が多いんですよ。だから日本人も新型コロナウイルスに対するなんらかの免疫を持っているんじゃないかと思って。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021524日(月)

 

 

<その6>
◆ワクチンを打ちたい人と、打ちたくない人との「分断」が起こるかもしれません。とくに国民全員が打つべきだと思っているようなワクチン推進の人たちは、打たない人を差別する可能性もあります。それが怖いです。今でさえ、「打つか打たないかは個人の自由」と言いながら、ワクチンに疑問を呈しただけで「反ワクチン」と叩いてきますからね。

◆コロナは陽性と判明した人だけをベースにしても致死率は1.6%で、その多くが高齢者や基礎疾患のある人です。PCR検査を受けてない人を含めたら、1%にもならないでしょう。もういい加減、市中感染であることを認めるべきなんです。そうすれば民間病院や開業医も頑張れるので、感染症病棟に行く患者を減らせる。そういう戦略を取らないと、医療の総力戦に持ち込めないです。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021521日(金)

 

 

<その5>
◆洗脳というか、僕は「集団ヒステリー」と呼んでいますがこれは一番怖いことで、そういう危険な状態であることを少なくとも有識者は自覚すべきです。でも玉川さんなんかに言ってもわからないよね。ああ、頭が硬直している人はこういうふうに考えるんだなと思って逆にすごく参考になります。「Go Toのせいだ」 「自粛すべきだ」って何の疑問も持たず、堂々と言いますよね。

◆コロナのリスク評価を見誤っていたということを専門家たちは認められないのではないでしょうか。その間違いを糊塗するために、「コロナはインフルとは違う」とか「コロナの後遺症が怖い」と言い募っているように感じます。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021520日(木)

 

 

<その4>
◆コロナを怖がらないためには不安な人はとにかくワイドショーを見るなって。多くの医師が言っています。

◆「コロナの死亡リスクは全体のなかでは365分の1くらいしかない。だから恐怖を煽るべきではない」と言ったら「コロナを甘く見るな」と叩かれる。こういう空気が医療界を支配しているのだとしたら「日本がアメリカと戦争したら負ける」と言っただけで「お前は非国民だ」と吊るし上げられた、そんな戦前のような社会に近づいてきている感じがしますね。

◆コロナ対策は高齢者を中心に集中的にすべきであって、レストランを閉めるとか、リモート授業にするとか、スポーツを中止にするとか、そういうことはやめるべきだってアメリカでさえ言っている専門家がいるんです。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021519日(水)

 

 

<その3>
◆2類相当から5類に落とせば、民間病院や開業医でもコロナを診療できるという話は、医師のコミュニティーの中で、コンセンサスが取れていません。
だから僕らみたいなコロナを診ている開業医はほとんど特攻隊員みたいなもんです。自分が死ぬかもしれない。開業医として死んでもいいと志願しているわけです。そんな状態にしているのはなぜか。2類相当だからです。

◆僕が定期訪問に行くと、「家に入ってくるな」とか「玄関の敷居をまたぐな」と言われます。もうバイキンマン扱いです。
この間もね、マスクをして入ったんですけど、ちょっとずれて鼻が出たんです。そうしたら「うわ 医者のくせに鼻を出して菌をばらまいた」って言って、ものすごく怒るんですよ、家族が。


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  鳥集徹「コロナ自粛の大罪」(宝島社)
2021518日(火)

 

 

<その2>
◆感染予防のために消毒やマスクを徹底し続けることを、何の疑問もなく正しいと思い込むのはあまりに短絡的だと僕も思います。

◆僕はただの風邪なんだから、どんどん感染したほうがいいと思う。コロナでなくても近いうちに亡くなる人たちの延命のために、全世代の命を削るのはおかしいです。みんなが感染して、集団免疫をつけて将来に備えましょうと、政治家は勇気をもって言うべきです。

◆医者になって保健所ってどんなところかわかりますか。警察なんですよ。クラスターが発生したら警察が踏み込んでくる。「フリーズ(動くな)!」って言われたら僕らは終わり。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021514日(金)

 

 

<その9>
◆もう一つは「株主総会での闘い」だったという。
「特に去年の株主総会がなければ、やはり今日の勝利はなかったと思います。」スルガ銀行弁護団は「これは個別事件の業種だ。一人ずつ丹念に事実認定して妥当な解決も一件ずつだ。」という立場でした。それではわたしたちは勝てませんし、何年かかるかもわからない。その1年半も続いたガードが去年の7月に突如崩れた。スルガ銀行のほうから「まとめて解決します。その代わりあのデモだけはやめてくれ。デモが続く限りスルガ銀行の再建は不可能なんだ」と申し入れがあった。その時期は、あの最も激しい2時間半におよぶ株主総会の直後だった。ついに落城したわけです。

◆今回は銀行自体が詐欺を働いていたので正直に言って他の事件に比べて闘いやすかったと思います。わたしもこれまで山一抵当証券問題で2年、統一教会の霊感商法は30年間続けていまも未解決。MRI投資詐欺もずっとやっていますが、どうにもなりません。「もう一人の共同弁護代表である山口広の弁」


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021513日(木)

 

 

<その8>
◆続いて河合弘之がマイクを握った。
わたしの信条は「依頼者とともに闘う」。これがいままで大きな闘いで勝ち続けてきた秘訣です。わたしは依頼者に「おれに任せろ。おまえは黙っていろ」と絶対に言わないんです。「弁護士に頼んだからと思って、安心しちゃダメだよ。手を抜いちゃダメだよ。一緒に闘わないと勝てないんだからね」といつも言っています。最大の勝利の決め手について語った。

◆東京支店の店頭の58回におよぶデモ。あれが本当に効いたんです。わたしははじめの数回行って手本を示しましたがあとはみんながやったことです。デモがなければ今日の勝利はなかっただろうと思います。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021512日(水)

 

 

<その7>
◆シェアハウス事件だけではなく一般の中古の一棟売り、中古マンションの一棟売りでも偽造が発覚しています。その金額は8000億円といわれています。シェアハウスが2000億円、そして中古マンションの一棟売りが8000億円、合計1兆円ですよ。この銀行の貸出残高は3兆円です。そのうちの1兆円が不良債権、そんなことをしたのは岡野さんだ。あなたが陣頭指揮をとったのです。

◆7月17日、金融庁長官の森信親が退任に追い込まれた。森は前年の平成29年5月に講演会でスルガ銀行を絶賛していた。「地銀は収益力もなく、本当にダメになった。しかしスルガ銀行は違う。カードローンや住宅ローンなど個人向け商品に特化し、地銀の新しいビジネスモデルをつくり上げた。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021511日(火)

 

 

<その6>
◆元利支払いまず止めて下さい。後でかならず和解できるがローン返済した分まで返してもらうのは無理だ。払った分だけ損をする。

◆行列をつくって街を練り歩く、デモは危険である。届出なしでやると公安条例違反で逮捕される恐れがある。行進しないスタンディングのデモなら安全だ。事前に警察に断っておくだけで足りる。

◆闘いというのは敵の最も弱いところを突かなければ勝てないのだ。スルガ銀行が最も恐れているのは世間や顧客層から見放されて預金が流出し、借入をしてくれる客が減ること、そして行員がやる気をなくすことだ。そこを突くには東京支店の前でデモ、街頭宣伝をやることが一番だ。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021510日(月)

 

 

<その5>
◆河合弘之が弁護士としてあらためて考えたのは、闘い方であった。(訴訟をするか、白兵戦で行くか、白兵戦だ) 白兵戦とは刀などの近接戦闘用の武器を用いた戦闘をいう。関係各所から不正融資にかかわる有力情報を集めた上で、スルガ銀行と直接交渉しメディア・政治への訴求、株主総会で意見をぶつけるなど被害者たちと力を合わせて体当たりする。

◆スマートデイズなど不動産業者らを訴えるという加藤弁護士の考えに対し、河合は意見を述べた。「ぼくはスルガ銀行と闘って、借金ゼロにしなきゃダメだと思っている。不動産会社をいくら攻撃しても、被害者の救済にならない。たとえ勝訴して、たとえば1人当たり1000万円を取り返しても、1億円以上の借金が残る限り、被害者は救われない。不動産会社は追いかけるだけ無駄だ。むしろ、そいつらを脅かしたりなだめすかしながら情報を取ったほうがいい。」


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
202157日(金)

 

 

<その4>
◆大川弁護士は何かというとすぐに「訴訟だ、訴訟だ」と言う弁護士だった。「訴訟」は凡百の弁護士が使う言葉であり、河合弁護士はこの弁護士の能力をそこで見切った。

◆河合弁護士は「金利交渉」ではなく「代物弁済」という話になった。熊井はそんなすごい解決方法があるとは考えたこともなかった。

◆この選択は正しかった。そもそも4,500万円程度の物件を1億3000万円から1億5000万円もの高値で売りつけられているのである。だからどんなにうまくシェアハウスを運用したとしても、金利を望みどおり下げてもらっても元利を払い切ることなど絶対にできない。最初から「借金ゼロしかない」と河合弁護士は判断したのである。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
202156日(木)

 

 

<その3>
◆尾山は谷崎の社会的信用が落ちることを心配していた。ただし、医師免許だけは自己破産しても資格を剥奪されない。一方弁護士や司法書士、公認会計士のような国家資格は、自己破産すると一定期間資格制限を受ける。

◆シェアハウスと言えば聞こえは良いが実際の建物は狭い廊下を隔てた左右に二畳ほどの部屋を並べたまるで刑務所のような造りである。鍵はかかるが壁は薄い。

◆不動産業者の狙いは、きちんとした会社に勤めるサラリーマンたちにこの物件を購入させ、オーナーに仕立て上げることだった。が不動産投資にそうそううまい話はない。かれらはシェアハウスを購入したことで多額の借金を背負い、経済的に殺されたのだ。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021430日(金)

 

 

<その2>
◆確かに銀行も悪いと思います。しかし、銀行相手に闘っても絶対に勝てませんよ。特にスルガ銀行は訴訟慣れしていますし、無理だと思います。冨谷さんがすべきことはあくまでも金利交渉です。

◆尾山は試合の前日は緊張して眠れなかった。ボクシングと喧嘩して人を殴ることがまったく違うことをつくづく実感していたからだ。カッとなって殴り合うことに恐怖感はなく、喧嘩を始めるのも簡単である。がボクサーは試合の日時を指定し、「試合中に何が起きてもわたしが全責任を負います」との念書にサインしたうえでリングに上がる。殺される可能性があり、殺されても文句も言えないのである。


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  大下英治「スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件」(さくら舎)
2021428日(水)

 

 

何故こんな簡単にだまされてしまうのかと思いながら読んだが、同時に河合弁護士の裁判以外での戦い方にも興味を持った。
以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して、御紹介していきたい。

<その1>
◆シェアハウスとは、入居者一人ひとりにプライベートな空間を与えられ、リビング、キッチン、トイレ、バスルーム、洗面場などの空間や設備をシェア(共有)する住まいのことである。昔でいう寄宿舎のようなものである。

◆「データを分析して他行が貸さないところに貸し、継続して高い収益率を上げている。この特異なビジネスモデルを生み出した銀行を高く評価したい」
森長官のお墨付きでスルガ銀行は地銀の衰退に警鐘を鳴らす金融庁の推奨金融機関となった。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
202114日(月)

 

 

<その15>
◆どの法案も改正か規制をする科学的・合理的な理由があるわけではない。しかし、その合理的ではないことに従わせるのが権力である。内田樹は「権力とは無意味なことを強制する装置である」と言っていたけれど、これは名言だと思う。

◆麻生太郎は政府の言うことを聞かないやつばかりの国は民度が低い、お前らの国は国民がちっとも言うことを聞かないじゃないか、だから感染が拡大するんだと言いたいわけだ。しかし、政府の言うことを聞かないというのは、自分の頭で判断して行動しているわけだから、それは自立性が高いということで、むしろ民度が高いのだ。

◆こういうことを続けていると日本の農業がどんどん衰退していき、食べ物の供給は輸入に頼るしか方法がなくなる。戦争や食糧危機が起きれば、多くの国民は飢えに直面することになる。だから巨大農業資本に頼るより効率が悪くても食料自給率を上げるシステムをつくらないといけない。経済成長よりも食料自給率やエネルギー自給率を上げるほうが国にとっては重要事項だ。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201229日(火)

 

 

<その14>
◆東京オリンピックだって昔の施設でも、十分に開催可能だった。わざわざ新しくスタジアムを建てようというのは巨額の金が動く五輪利権だからであり、もしコロナの影響で2021年に開催しないと言ってしまえば建設工事もすべて中止になる。だから組織委員会は「やるやる」と言い続けている。
そうすれば最終的に中止になっても工事した分の金がゼネコンに流れていく。

◆同じことをやっても起訴される人と不起訴になる人がいて、その線引きは検察が決める。本来なら線引きを設けておけばよいのだがそんなことをしたら公訴権(裁判を求める検察官の権能)という検察庁の権力がなくなってしまうから曖昧な部分をわざわざつくっておくわけだ。最初から法律で白か黒かはっきりしていたら官僚の出る幕がなくなってしまうからだ。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201228日(月)

 

 

<その13>
◆養老孟司が言っていたけれど、東大で健康診断の受診率がダントツに低いのは医学部だという。医者は健康診断に意味がないのを知っているから行かないそうだ。

◆なぜ意味のないものが義務づけられているのかというと健康診断によって金儲けをしている連中がいるからだ。健康診断は完全に医療利権なんだ。海外での大規模な調査の結果、検診を受けても受けなくても寿命に差がないことがわかっている。
そういうわけで企業に健康診断を義務づけている先進国は日本だけである。欧米諸外国にはそんな制度はない。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201225日(金)

 

 

<その12>
◆人為的地球温暖化がウソだということは、はっきりしている。温暖化の決定的証拠とされたのは20世紀後半になってから気温が急上昇していることを示す「ホッケー・スティック」というグラフなのだけれど、これは捏造されたものだったことが明らかになっている。

◆日本ではあまり知られていないけれど、ホッケー・スティックのグラフの捏造は海外で「クライメート(気候)ゲーム事件」として大スキャンダルになったのだ。

◆イギリスの気象庁とイースト・アングリア大学CRU「気候研究ユニット」は、地球温暖化は1997年にストップし、そして21世紀に入ってからは地球の温度が平均で0.07度ほど下がっているというデータを2012年に発表しているし、温暖化のせいで北極の氷がなくなるという話もインチキ。北極海の夏の海氷面積はここ10年間増減を繰り返し、消滅する気配はない。
もちろんツバルの海水準はここ20年以上横ばいだし、シロクマは絶滅するどころかここ10年で頭数が30%ほど増えているし、ウソが明らかな言説を指摘していったらきりがない。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201224日(木)

 

 

<その11>
◆同じ環境問題でも地球温暖化とは異なり、「生物多様性を守ろう」と言われても、多くの人はあまり反応しない。種の多様さは人間の暮らしに恵みをもたらしてくれるけれど、それを守ることが自分たちの健康や安全にどう関係してくるのかがピンとこないのだ。それに対してCO2排出量の削減のための政策は受け入れやすい。しかしそのバックにはCO2利権で巨額の利益を得ている大企業がある。身近のところでもがん検診や健康診断は実は全部「健康」を口実にした利権でしかない。

◆いくらエビデンスを挙げて「人為的地球温暖化は疑ったほうがいいよ」と言ってもツイッターで罵詈雑言を浴びせてくる人がいて、朝日新聞やNHKなんかのマスコミも地球温暖化という新興宗教の信者のようだ。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201223日(水)

 

 

<その10>
◆岩田健太郎によれば、いじめられないためには空気を読まないのが一番で、それが無理ならあえて、空気を読めないふりをするのがいいそうだ。

◆ただ不思議なもので、それは「俺はみんなと同じことをやりたくない」という子が集団に残りたいと思っているからいじめが起きるのであって、「別に仲間なんかいいや」と集団から出ていき、好き勝手にする子は意外にいじめられないんだよ。

◆しかし、自分の好きなように生きていくのはなかなか難しい。やっぱりそれなりの能力や度胸がないと、うまくいかない。自信がないとどうしてもマジョリティにつきたくなる。私の印象では、自分に自信のある日本人は全体の1割もいない。まあ、それは能力だから仕方がないことで、だから多くの日本人マジョリティに加担する。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201222日(火)

 

 

<その9>
◆EUはコロナ前から域内の経済格差がかなりあったし、各国の通貨金融政策なんかもEUに牛耳られているからメンバー間ですごく不満が高まっている。そこでドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、さらにスペインなんかでも右翼政党がどんどん支持を伸ばしていて、シリアからの移民をバッシングしている。このままでは移民に仕事も国も奪われてしまうぞって生活に不満をもつ人たちに訴えているわけだ。

◆ネトウヨはこのプアホワイトとちょっと似ているね。ネトウヨは自分自身にすごく劣等感がある。
劣等感があるからこそ、自分をバカにするやつを攻撃してやっつけることに快感を覚える。
ネトウヨたちがいちばん嫌っているのは、やっぱり知識人なんだね。トランプ自身もその支持者層も同じだけれど、彼らは反知性主義というか知性のあるやつが嫌いなんだ。
この劣等感の塊であるネトウヨを代弁してくれる存在こそ、安倍晋三だったんじゃないかと思う。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201221日(月)

 

 

<その8>
◆今は雑誌自体が斜陽化しているので、オピニオン誌はほとんど潰れてしまっている。1980年代初めに、ニューアカブームを生んだ「現代思想」がなんとか続いているけれど、もうああいう雑誌を読む人間はほとんどいない。SNSに全部吸収されてしまった。論壇がものすごく省化し、大衆化したものがSNSなんだと思う。

◆ひとつはっきりしているのは、この現象についてはすでに分析している人がいると思うけれど、5年くらい前に比べて中国バッシングが本当に減ってきているということだよね。中国はアメリカに次ぐ大国で、経済的にも軍事的にも外交的にもアメリカと対等にやり合っている。明らかに日本より強そうな国になったので、ヘイトするのが怖くなってきたんだろうね。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201218日(金)

 

 

<その7>
◆日本人は政治体制が大きく変わってもびっくりしなければ、反抗もしない。極端なことを言えば仮に中国が侵略してきて属国にされても、ご主人さまがアメリカから中国になっただけの話なので日本人は「はい、そうですか」って受け入れるんじゃないかと思う。おそらくレジスタンスなんか起きないし、日本を取り返そうと死に物狂いで頑張るやつもほとんどいないと思う。

◆ただ、いくら日本人が不思議な感性をしていると言っても、あきらめてばかりいたらフラストレーションがたまる。そこでいじめてもいい相手を見つけ出して攻撃し、うさ晴らしをしようとなるわけだ。それが自粛期間中のパチンコ叩きであり、自粛警察であり、コロナ患者や医療従事者への嫌がらせであり、亡くなった女子プロレスラー木村花さんへの誹謗中傷であったわけだ。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201217日(木)

 

 

<その6>
◆すべては八百万の神による自然現象でどんなことでも受け入れてしまうかもしれない。明治維新が起きたら「はい、そうですか」、戦争に負けたら「はし、そうですか」、アメリカに占領されても「はい、そうですか」。
もし憲法が改定されて緊急事態条項が追加され何かの間違いで日本に反米独裁政権がつくられたとしても、多くの日本人は「はい、そうですか」ってそのまま受け入れるんじゃないかしら。
多くの日本人はそういった感性をもつので日本では上に立つ人間が責任を取ることは滅多にない。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201216日(水)

 

 

<その5>
◆自分たちの力で世の中を変えたという成功体験がないので、あまりにひどい出来事が起こると日本人は「自然現象だから仕方がない」とあきらめてしまう。
鬼畜米英と叫んでいたけれど、攘夷は民衆の心に深く根ざすものではなかった。敗戦は地震や台風と同じ自然現象にすぎないわけだ。

◆自分たちが仕組みを変えることで生活をよりよくしていくというパトスがないから、システムが一度決まると、そのなかでどう立ち回るのが得がということしか頭が働かない。日本人は権力に管理されたがる人が多いのは、おそらくそういう理由だろうかと思う。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201215日(火)

 

 

<その4>
◆ゼロリスクという安心のために、多くの人が権力の言いなりになっている。こっちのほうがはるかにリスクだと思うけどね。
それにしても、国民のおおよそ9割が政府の統制に従うというのはそれだけ日本には管理されたがっている人が多いということである。

◆そうやって日本国憲法だけが残った。けれども天皇を戦犯にしようがしまいが憲法を変えようが変えまいが結局のところ日本は反米にはならなかったと思う。なぜかというと、多くの日本人にとっては戦争に負けたのは自然現象にすぎないからだ。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201214日(月)

 

 

<その3>
◆日本人は物事を一回決めるとなんの役に立たないことであっても、全員に守らせようとするんだよね。
そこにはゼロリスクへの「信仰」のようなのがあると思う。教育によるものなのか別の理由なのかよくわからないけれど、日本人には「リスクをゼロにしたい」 「すべての危険性を排除したい」と主張する人たちを抑えられないおかしな感性がある。

◆リスクはなるべく減らしたほうがいいし、最悪の事態を想定するには必要かもしれないけれど、リスクというのは、絶対にゼロにはならない。ゼロリスクを求めると無限大の努力を強いられることになり、国民生活も経済も疲弊し、何もできなくなってしまう可能性が高い。適当なところで折り合いをつけて、リスクと共有する必要がある。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201211日(金)

 

 

<その2>
◆台湾や韓国は独裁政権を国民の力で倒して民主化を勝ち取った歴史があり、これがこの二国の国力の基底で支えている。だから、この二国では政権の支持率は激しく上下して国民に見放されたら、政権はすぐにひっくり返るのである。

◆安全というのは科学的な話で、安心というのは心理的な話である。安心と思っていたことが安全とは限らない。けれども日本人というのは「リスクはこの程度しかありませんよ」と科学的に言われても、それだけでは動かない。エビデンスを示してどれだけ丁寧に説明しても結局は安全ではなく安心で動く。


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  池田晴彦「自粛バカ」(宝島社)
20201210日(木)

 

 

本の帯にはこの国を支配する「空気」の正体、批判を恐れ「思考停止」する日本人と書かれている。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していく。
<その1>
◆内田樹が「サル化する世界」でいみじくも喝破した「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」という多くの日本人に通底する本心の裏返しとしての「正義」の仮面をかぶった攻撃性が面白いほど露わになったのである。

◆「子どもが感染して死んだらお前は責任をとれるのか」とようなリプライがかなりあってうんざりした。
子どもが死ななくても、同居している老人が感染したら死ぬだろうとの屁理屈が返ってくる。リスクが少しでもあるとダメだと言っているわけだ。


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  副島隆彦「日本は戦争に連れてゆかれる 狂人日記2020」(祥伝社新書)
2020129日(水)

 

 

<その6>
◆「人間の命は無限に?尊い」という洗脳思想を何とかしなければいけない。動物(牛、豚、トリ)を年間600億頭も殺して食べているのに。
どうして人間の命だけがそんなに尊いのだ。
リベラル派を気取っている連中以外でも、人間の値段(価格)のことになると、途端におじけづいて皆口ごもる。人命軽視主義者と周りから思われるのがイヤなのだ。
リベラル派は何が何でも弱者の味方で人命尊重だ。私は大嫌いだ。貧しい者の味方なんか、口で言うばかりで何がそんなに正義なのか。人は皆どうせ死ぬ。高齢者が先にどんどん死なせなければいけない。こう書くと私はまた狂人扱いされる。


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  副島隆彦「日本は戦争に連れてゆかれる 狂人日記2020」(祥伝社新書)
2020128日(火)

 

 

<その5>
◆どうせ歴史は、歴史は繰り返す。@好景気が来る(大戦景気とバブル経済)、Aそのバブル景気が崩壊する(金融恐慌とバブル崩壊)、B大災害に見舞われる(関東大震災と東日本大震災)、C大恐慌が襲う(NY発世界恐慌と2024年恐慌)。
そして、D戦争が来る(第2次世界大戦と第3次世界大戦)。この歴史のパターンを私はしっかりと握りしめて今を生きている。他の人たちが何をやっていようが鼻でわらっている。


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  副島隆彦「日本は戦争に連れてゆかれる 狂人日記2020」(祥伝社新書)
2020127日(月)

 

 

<その4>
◆日本は第一次世界大戦中のヨーロッパ向けの戦争特需で大儲けして、対外債権国(輸出超過)になっていた。スエズ運河には、鈴木商店のマークを付けた大型輸送船が数珠つなぎで並んでいた。戦争景気で潤った日本は大繁栄して船成金が隆盛した。
日本列島は形からして、グルリと海に囲まれた海運業と造船業の国なのである。

◆総合商社の走りだった鈴木商店は関係が深かった台湾銀行から5億円(今なら500億円)の貸付けを受けていた。鈴木商店はこの融資金を返済できずに1927年4月5日に倒産した。それで、台湾銀行も倒産した。


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  副島隆彦「日本は戦争に連れてゆかれる 狂人日記2020」(祥伝社新書)
2020124日(金)

 

 

<その3>
◆戦時中の「欲しがりません、勝つまでは」と今の「ステイホーム」はよく似ている。自分たちの脳で考えない、上から命令されて何も考えなしでそれに従う態度だ。こういうコトバに疑問を持たず何かいいことだと思い込んでいる。ちょっと待てよ、おかしくないと疑うことをしない。だから、今はあの真珠湾攻撃の直後とそっくりだ。「緊急事態ですから」は「こういう時世ですから」と同じだ。自分がコロナウイルスに感染したらどうしよう。それを人様(他の人)にうつすことまで考える。そうやって自主規制(自粛)の思考が大手を振って歩き出した。


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  副島隆彦「日本は戦争に連れてゆかれる 狂人日記2020」(祥伝社新書)
2020123日(木)

 

 

<その2>
◆私は「セミナーは予定どおり開催します。何があっても何が起きようが実施します。」と答えた。
「催し物を中止せよという政府命令はありません。騒ぎは日本国内では治まってきている。各県に感染者が出ているという報道が続いているだけです。不必要でかつ過剰な心配に対して、それを疑うという生き方こそ、優れた人間のすることです。こういう思考力のある人が私、副島隆彦の真の読者です。こういうときにこそ、人間は集まらなくてはいけない。そして真剣に意見一致しなければいけない。そこに時代の最先端があります。」とお答えした。


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  副島隆彦「日本は戦争に連れてゆかれる 狂人日記2020」(祥伝社新書)
2020122日(水)

 

 

サブタイトルはコロナ後は2024世界恐慌 2030第3次世界大戦が私たちを襲うとなっている。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。
<その1>
◆私は本気で書く。今の日本人(の多く)は、新型コロナウイルスのせいで、すでに集団発狂状態に入っている。逆に、私は彼らから狂人扱いされている。
私はコロナウイルスと騒いでいる人たちが大嫌いだ。2020年3月から私は「コロナ馬鹿騒ぎ」と書いた。「こんなただのインフルエンザで誰が死ぬのか。死ぬのは老人どもと病気持ちだけだ」と書いた。これを書いたとたんに嫌われて、相手にされなくなった。私はそれでも構わないと思った。


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  青木理「時代の抵抗者たち」(河出書房新社)
202087日(金)

 

 

<その3>
◆(安田好弘)彼を死刑にして抹殺することで果たしてわれわれは彼の罪を非難できるのでしょうか。結果としては同じことをやってしまっているわけですから。人殺しを非難するあなたたちも人殺しになってしまう。

◆(中村文則)ジャンク文化というのは、やはり人を刺激するんですね。自分たちは素晴らしいとか、日本人であるだけで立派だとか、韓国や中国はダメだとか、そういったものは人の動物的本能を刺激する。それに反対することを書くと、今度は説教くさくなってしまう。説教くさいものは売れないです。売るには誰かを感情的に攻撃するということになりがちです。リベラル側はそれだけで不利ですよね。真っ当なことを書いても面白くない。この点における出版の危機というのは、まさにおっしゃる通りだと思います。


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  青木理「時代の抵抗者たち」(河出書房新社)
202086日(木)

 

 

<その2>
◆(青木理)それははっきり言えば、そこそこのレベルにいれば、舞台に出すか出さないかは事務所が決める。事務所が出せば、そこそこ売れる。そんなものは本当の芸能じゃないでしょう。

◆(なかにし礼)青島幸男さんは、天皇制批判者なんです。
フジテレビで僕は天皇制から自由になりたいと言った。それで、一発でフジテレビには出入りできなくなった。戦争責任をめぐる天皇陛下の無責任というものを逆転させて、「無責任一代男」を彼は作ったわけ。

◆(前川喜平)官僚のコントロールを担っているのは、菅官房長官です。各省の幹部は安倍さんではなく菅さんを見ながら仕事をしているというべきでしょう。安倍さんは乗っかっているだけという印象です。


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  青木理「時代の抵抗者たち」(河出書房新社)
202085日(水)

 

 

著者はフリーのジャーナリストであるが、スタンスは調査報道よりもアクセス報道の人である。
それ由か本多勝一よりも岡留安則との関係が深くなってしまったようである。
以下、本書の対談よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆(なかにし礼)芸能って常に客を集めて、ワーワー騒がれ、時代の寵児というのかな、人気者もたくさんいますよね。だけど、綿々と歴史が繋がっている歌舞伎とか人形浄瑠璃のような世界もある。僕はどちらかというとむしろ後者に関心がありました。人気を呼んでいる人びとにはさほど関心がなくてね。

◆(なかにし礼)芸能界って、昔は、非常に低く見られてきたわけです。代理店なんていうのは、さらにその下に位置づけられていた。
ところが、それが逆転して代理店が上に行ってしまった。芸能界だって、ジャニーズ事務所のグループ総売上は1,000億円なんて言われている。もう大事業ですよ。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
202065日(金)

 

 

<その9>
◆ヨーロッパの街でびっくりさせられたのは、夏の終わりの少し肌寒い日に「もう」毛皮のコートを着ている人と「まだ」半袖・半ズボンの人が並んで歩いている風景を見ることです。彼らは自分の身体感覚に従って何を着るかを決めている。他人が何を着ようと気にしない。その周りを気にしない様子を見ると「ああこれが自由というものなんだな。日本人にはないなあ。」と思います。

◆「型にはまりたくない」と言う少年少女たちが定型的な服装をして定型的な言葉遣いをして「定型に反抗する」。それのどこに「自由」があるんだろうと思います。

◆クラス会というのは悪友が顔を合わせて同じ昔話を繰り返すだけのものですけれども、それでも異業種の人から思いがけない「生々しい話」を聞くことが僕はけっこう楽しみでした。第一線で働いている人からはメディアも報じないような「鮮度の高い話」が聴ける。ところが、退職すると、それがぱたりとなくなってしまうのです。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
202064日(木)

 

 

<その8>
◆日本の左翼は天皇制をどう「よきもの」として活用するかということについては、かつて一度も真剣に考えたことがない。旧弊的な因習は廃止すればいいというような原則的なことを言うだけです。天皇制を功利的に活用する手立てについては経験知を積んでいるのは政権サイドの方です。

◆人は誰も平等であるべきですけれど、その理想を実現するためには、「自分には他の人よりも多くの責務がある」という自覚を持つ人間が要る。

◆人間が「落ち目」になるのは、単に金がないとか、健康状態が悪いというような理由からではない。これからどう生きればよいかわからなくなったときに、人間は毒性の強い脱力感に囚われる。
日本人はバブル崩壊時点で、戦後60年奉じて来た国家目標である「対米自立」のための手立てを見失った。またもとの卑屈で展望の見えない対米従属路線に戻るが何の手持ちのカードもないまま対米自立路線を突っ走るか。選択肢はそれしかなかった。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
202063日(水)

 

 

<その7>
◆アトランティックシティではカジノの衰退に先んじて、街そのものがさびれたことである。カジノ客を当て込んだが街は早々と「シャッター商店街化」した。それも当然で「博打を打ちに来る客をいかにしてカジノホテルの外に出さないか」こそがカジノ商法の骨法だからである。

◆シンガポールはご存じの通り、国是が「経済成長」であり、すべての社会制度は経済成長に資するか否かを基準に適否が決定される。だから、建国以来事実上の一党独裁であり、治安維持法によって令状なしで逮捕拘禁ができ、反政府的メディアも反政府的な労働運動も市民運動も学生運動も存在しない「世界で一番ビジネスがしやすい国」である。

◆人口当たりの修士・博士号取得者が主要国で日本だけ減っていることが文科省の調査で判明した。これまでも海外メディアから日本の大学の学術的生産力の低下が指摘されてきたが、大学院進学数でも、先進国の中でただ1国の「独り負け」で、日本の知的劣化に歯止めがかからなくなってきている。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
202062日(火)

 

 

<その6>
◆「最悪な事態が到来するまで何もしない」というのは、日本人の宿痾である。
組織的危機の到来を警告する人間は日本社会では嫌われるからである。

◆都市住民の地方移住は3・11以来途絶えることなく続いているが、メディアはこれを特に重要なことと考えていないらしく、ほとんど報道されることもない。
総務省も国交省も農水省もこの動きには格段関心を示していない。

◆カジノはすでに世界的に競争が激化しており、なんとか帳尻が合っているのはラスベガスとシンガポールぐらいである。

◆アトランティックシティは東海岸最大の賭博都市であるがカジノの収益はここ10年減少し続け、2014年には2006年当時の5分の1にまで減益し、4つのホテルが閉鎖。12あったカジノのうち5つが閉鎖という。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
202061日(月)

 

 

<その5>
◆立法府は「法律の制定者」であり、行政府は「法律の執行者」である。この2つが別の機関であるような政体のことを「共和制」と呼び、法律の制定者と執行者が同一である政体のことを「独裁制」と呼ぶ。安倍首相は「私は立法府の長である」と口走ったとき、「日本は独裁制である」と言い間違えたのである。

◆若い人たちは「株式会社のような制度」しか経験したことがない。トップが方針を決めて、下はそれに従う。構成員が民主的な討議と対話を通じて合意形成し、リーダーは仲間の中から互選され、その言動について、つねにきびしい批判にさらされている「民主的組織」などというものを今時の若い人は生れてから一度も見たことがない。

◆日本の極右は「外国軍軍隊が半永久的に国内に駐留していることに一切・異議を唱えない」世界でも例外的な「ナショナリズム」ですが、そんな奇妙なことが可能なのは日本の極右は天皇のさらに上位にアメリカがいることを知っており、このアメリカという「日本の真の支配者」に忠誠を誓っているからです。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
2020529日(金)

 

 

<その4>
◆大手新聞も政権に対して、ひどく腰が引けている。顕著なのは、異論を「両論・併記」として取り上げる傾向です。ふつうなら全国紙で発言する機会のなさそうなイデオローグが「両論」の一方に紹介されて自説をまくしたてている。新聞は両論併記することで、中立的にふるまっていると、言いつくろうつもりでしょうけれど、実際には暴論の拡散に加担している。

◆なぜ若い世代は現状を変革しようという意欲を失ってしまったのでしょうか。
それだけ、社会が分断化されて個人が孤立しているからだと思います。親族や地縁共同体やあるいは終身雇用の企業や組合は個人の発意を社会システムに連接する回路としても機能していたわけですけれど、そういう媒介的な機能を担うものがなくなってしまった。その結果、個人とシステムがいきなり向き合うことになる。システムが相手じゃ個人には手も足も出ません。システムを変えようとなんか思いもよらない。だから、そういう人が増えているんだと思います。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
2020528日(木)

 

 

<その3>
◆韓国人の人たちの隣国から学ぶ姿勢の激しさに私は驚かされる。「それは韓国が知的後進国だからだ」と言う人が日本では多いかもしれない。だが、現代日本社会で「隣国から学ぶ」ことの大切さを忘れているという事実そのものが「日本が知的後進国に転落した」ことの証なのだ。
そのことに日本人はいつ気付くのだろう。

◆新聞取材で「どうして今の若い人たちはこんな政治の現状に抵抗しようとしないのでしょう?」と質問されて「空虚感を抱えたイエスマンだから」と答えた。

◆社会のシステムは劣化し続けているが、このシステムの中以外に生きる場がない以上、その「劣化したシステムに最適化してみせる」というのがクールでスマートな生き方となっている。

◆「新潮45」の場合、書き手や編集者がこのような「異論」を世に問うことが必要だと考え、それに使命感を覚えついたのであれば、「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現を見受けられました」と社長表明の時点で、辞表を懐にして、社長と対決してよかったはずです。
それが、できないのは、それだけの覚悟がなかったということです。この「平常時の感覚」で「異常なこと」をしている気の抜け方に驚かされました。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
2020527日(水)

 

 

<その2>
◆ホーフスタッターは反知性主義を単純な「知識人と愚者の戦い」に矮小化してはならないということについて強く警告を発した。
反知性主義者は「既に無学でもなければ、無教養でもない。むしろ知識人のはしくれ、自称知識人、仲間から除名された知識人、認められない知識人などである」

◆私の著作は過去10年足らずのうちに十数冊韓国語訳された。それがもし韓国人であれ、台湾人であれ、隣国の思想家の書物が10年足らずのうちに十数冊日本語訳されていたら、私たちは「何か変なことが起きている」と思うだろう。宗教的な組織活動かイデオロギー的なプロパガンダ以外にそんなことは日本では起こり得ないからである。
しかし、韓国では起きている。私は別に例外ではなく、多くの日本人学者や思想家が次々と韓国語訳されている。


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  内田樹「生きづらさについて考える」(朝日新聞出版)
2020526日(火)

 

 

本書は昨年出版されたエッセイの集大成本である。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介することとしたい。
<その1>
◆私たちは歴史からほとんど学ばない。同じ愚行をそのつど「新しいこと」をしているつもりで際限もなく繰り返す。それが私が歴史から学んだ最も貴重な教訓の一つである。冷笑的すぎるだろうか。
だがマルクスも実は書いていたのである。

◆日本では全共闘運動が全国の大学に広がり、若者たちのベトナム反戦と反帝国主義の闘いに戦中派の一部が共感を示していた。世界中が明日はどうなるかわからない状況だった。そして核戦争前夜と同じように、明日はどうなるかわからない時には、「失うべきもの」をもたない若者たちがやたらに元気がいいのも世界共通だった。そして社会が秩序を回復し、いくばくかの「失うべきもの」を手に入れると若者たちがいきなり現状維持に転向してしまったのも、これも世界共通だった。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
202058日(金)

 

 

<その8>
◆つまり、2015年までに自民党はあらゆる年齢層と階層から格差を容認する人々の支持を集める政党になってしまったらしいのである。
格差縮小と貧困の解消が支持政党を超えた共通の要求であるならば、与野党間の交渉を経て、そのための政策を実現することもできるだろう。ところが、このように自民党支持層が格差容認で固まっていては、それも難しい。
そうするうちに、フリーター第一世代は高齢期を迎え、氷河期世代がこれに続いていく。こうして2030年代には日本のアンダークラスが全貌を現すことになるのである。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
202057日(木)

 

 

<その7>
◆このように経済戦略会議は、根拠も示さずに日本の社会を「過度に平等」だと決めつけ、さらに格差を拡大する方向に政府を誘導していった。
つまり政府が格差拡大の事実を直視することはなくなり、また格差拡大を食い止めるような政策が実行される可能性もなくなってしまったのである。で、その効果は、90年代の終りからはっきり現れ始めた。

◆格差と貧困の問題について、民主党政権はいくつかの功績を残した。2006年時点での貧困率が15.7%であると公表し、記者会見で貧困率の改善に取り組むと宣言した。
また、最低賃金を1,000円まで引き上げることを目標にするという方針を定めたこと。児童手当の大幅増税を実現したこと。高等教育の無償化を実現したこと、有期雇用労働者の無期転換に道を開いたこと。
「日雇い派遣」を原則廃止したこと。非正規労働者への雇用保険の適用を拡大したことなどでも民主党政権の功績であり、これらは基本的に自公政権にも受け継がれている。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
202051日(金)

 

 

<その6>
◆このような格差拡大は自然の成り行きによってもたらされたのではない。1980年代後半から90年代にかけては、後の格差拡大へのレールを敷くいくつもの動きがあった。
主なものをあげていくと、
まずは派遣問題。
1986年・労働者派遣法の施行(専門性の高い業務のみ)
99年・派遣の範囲が自由化
2003年・製造業への派遣も解禁されて、一気に賃金が低下していく
次は消費税。
1989年には消費税が導入され、同時に富裕層の所得税減税が行われた。これにより全体として、可処分所得の格差は拡大することになった。
さらに大規模小売店舗法。
1992年以降、出店規制が緩和されていく。最終的には廃止されてしまった。これにより郊外に大型店舗が続々と建設され、市街地の商店街は経営難に陥り、膨大な数の個人商店が姿を消した。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
2020430日(木)

 

 

<その5>
◆今日では「格差拡大は見せかけ」という主張は公的な場ではほぼ見かけなくなった。「格差は見せかけ」論の代表的人物と目されることの多かった大竹文雄ものち著書で自分を格差拡大否定論者だとするのは誤解だとし「1990年代までの所得格差の拡大は高齢化によるところが大きい」が「生涯所得の格差の拡大は観察されている」として、事実上、過去の自分の主張を撤回している。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
2020428日(火)

 

 

<その4>
◆東大闘争の活動家たちに対する聞き取り調査から、彼ら彼女らが闘争に参加した背景には、幼いころから身近に接してきた貧しい人々、貧しい子どもたちとの対比から「自分より貧しい人びとがいる」という悲憤を感じていたことがあったと指摘している。しかしほとんどの場合、学生活動家たちは現実に貧しい若者たちとの連帯を勝ち得たわけではない。

◆1980年前後から始まる格差拡大は2度にわたるオイルショックと高度経済成長の終焉、1985年のプラザ合意以降の円高の下で始まった企業経営の変化、そして、バブル景気とその崩壊という一連のできごとと密接な関係がある。

◆1979年2月1日ダグラス・グラマン疑惑の捜査のカギを握っているとみられていた日商岩井の島田三敬常務が本社ビルから飛び降りて自殺した。遺書には、「会社の生命は永遠です。その永遠のために私たちは奉仕すべきです。」と書き残されていた。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
2020427日(月)

 

 

<その3>
◆経済成長と並んで1960年代のイメージを明るいものにしている、もう一つの原因は若者たちの存在感が大きかっただろう。とくに団塊の世代は若年層の厚みをふくれあがらせた。そして60年代後半には彼ら・彼女らの間に独自の若者文化が形成されるようになった。

◆こうした格差をにらんで若者群像を考えるとき、60年代前半については映画のなかの吉永小百合を、60年代後半については全共闘の活動家たち。そして連続射殺事件の犯人で、後に獄中から多数の著作を出版した永山則夫を思い浮かべる人は少なくないだろう。

◆これに対して、全共闘と永山則夫の間には絶望的なまでに深い溝がある。
大学進学率(4年制のみ)は60年が8.2%、65年が12.8%、70年が17.1%だった。上昇を続けてはいたが今に比べれば格段に低い。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
2020424日(金)

 

 

<その2>
◆農地改革と同様に政策的かつ強権的に格差の縮小をもたらしたのは華族制度の廃止で財産税の導入だった。

◆経済白書が1955年を「戦後」の終わりと判断したのは、この年の日本経済がさまざまな指標において、戦前の水準を上回ったからである。

◆1960年代のイメージはなぜか明るい。60年安保闘争で始まり全共闘運動で終わった動乱の時代でもあるのだが不思議に人をひきつける魅力がある。そのイメージの明るさの源泉はなんといっても高度経済成長である。60年代の経済成長率は年平均で10.9%にも達し、最高は60年の13.1%で大型倒産が相次いで高度成長の折り返し点となった65年を除けば(それでも5.7%だが)すべて8%を超えている。バブル経済最盛期の88年でも6.8%にすぎないのだから桁外れといっていい。1959年に63兆円だった実質GDPは68年には171兆円。
わずか10年で2.7倍になった。


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  橋本健二「格差と階級の戦後史」(河出新書)
2020423日(木)

 

 

10年前に「根拠のない格差論議に終止符を打った」と評された本の増補改訂版である。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。
<その1>
◆たしかにどんな時代のどの社会にも格差はあった。そしてどんな時代のどの社会でも格差はさまざまな問題を生み出し人々を苦しめてきたのである。

◆戦争は多くの人命を奪うとともに莫大な富の破壊をもたらした。しかしこうした損害の大きさそのものと並んで重要な問題がある。それは戦争がすべての人々に同じように損害を与えたわけではないということである。この戦争被害にみられる格差や戦後日本の格差構造の出発点だった。

◆これに対して被害が少なかったのは、目黒区、杉並区、世田谷区など東京の西部の山の手とよばれる住宅地域である。東京夫大空襲は戦前期からあった下町と山の手の格差をさらに決定的なものとしたといっていい。


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  雨宮処凛編著「ロスジェネのすべて」(あけび書房)
2020422日(水)

 

 

<その6>
◆2017年にも22人が餓死しています。そのうち18人の亡くなった場所は「家」です。

◆何かのアンケートでホームレスがいたとして、その人はなぜホームレスなのか。社会が悪いのか個人が悪いのかってドイツの人に聞くと、ほとんどのドイツ人が社会が悪いと回答するけれど、日本ではほとんどの人がその人が悪いと回答する。というのを読んだことがあります。

◆警察がなんと言おうがデモは開催する72時間前までに所轄の警察署に届け出れば誰でもできる。もちろん無料。デモの権利は憲法で保障されている。


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  雨宮処凛編著「ロスジェネのすべて」(あけび書房)
2020421日(火)

 

 

<その5>
◆日本の場合だと、社会福祉的なものが国家レベルで揃ってくるのは1938年です。1938年4月国家総動員法が出されるのと前後して厚生省が設立され国営の職業紹介所もできた。つまり国家には国民の生活の面倒を見る責任があるという考え方の根っこには「戦争に勝つため」というものがあったのです。また国民健康保険法もその年に制定されたのです。

◆たとえば1966年には生活保護世帯が電気冷蔵庫を持つことは許されない。だから早く売れと言われた人が、それを機に親子心中していますし、1994年にはクーラーはぜいたく品だから取り外さなければ生活保護を打ち切ると言われた高齢者がクーラーを取り外して、結果、熱中症であやうく死にかけるという事件も起きました。


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  雨宮処凛編著「ロスジェネのすべて」(あけび書房)
2020420日(月)

 

 

<その4>
◆1990年代に入ると「不登校でも社会に出て行けるから大丈夫」という当事者でフリースクール関係者の語りが出版されるようになります。文部省も90年代後半には「不登校はどの子にも起こりうる問題」と認識転換して「登校強制」から「見守る」へと対応を変えます。

◆都市部では子ども2人を大学に行かせると年収600万円でも税金・保険料・教育費を差し引いた生活費が生活保護水準を下回るそうです。

◆10年前、フリーター系のデモをしていると沿道から「働け」とかってすごい怒鳴られたんですけど、今、「お前ら日本人じゃないだろ」って怒鳴られるんですよ。

◆国際調査を見ると、そもそも貧しい人に対する日本の冷たさって際立っているんですね。「自力で生きていけないようなとても貧しい人たちの面倒をみるのは国や政府の責任である。この考えについてどう思うか。」という質問に対して、「そうは思わない」と答えた人が突出して多いのが日本人です。実に38%の人が「助けるべきとは思わない」と回答している。


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  雨宮処凛編著「ロスジェネのすべて」(あけび書房)
2020417日(金)

 

 

<その3>
◆私が中学の頃はまだ「不登校」という言葉はなく「登校拒否」と言われていましたが、20代になるとひきこもりやニートが問題となり、そこと一緒くたに「働く気のない若者」という文派で雑にフリーター問題が語られて。若者バッシングに結びつき、今、中年フリーター、中高年ひきこもり、問題になっています。ロスジェネが年を重ねるごとに問題視される部分が変わった名前や捉えられ方が変わっていって、だけど、それをひと繋がりのものとして見る視点があまりない。

◆当時は1980年代で、不登校数3〜4万人の時代でしたし。定義が変わったし、少子化しているので、一概には比較はできませんが、2018年は16万人くらい。当時の文部省は公式見解で「不登校は養育者の態度や子どもの性格が不登校を引き起こす」と言っていた。対応も「登校強制」が主流でした。


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  雨宮処凛編著「ロスジェネのすべて」(あけび書房)
2020416日(木)

 

 

<その2>
◆ある意味で小林よしのりの「戦争論」は面白いじゃないですか。漫画で。でも反論本は圧倒的につまんないわけですよ。説教して正しい歴史はこうですよって。そんなもん面白いわけないので、読みかけても読めないみたいな。「戦争論」は90万部とかですよね。反論系の本っておそらく数千部ですよ。

◆しかも、全部アメリカと戦後民主主義が悪いというかなり雑な歴史観と自己肯定を植え付けてくれたので。私はその頃憲法なんて読んだことないけど、その右翼団体は日本国憲法が全部悪いというような主張でした。当時の右翼と今のネトウヨは大きな違いがあって私がいたのは反米右翼だったんですよ。だからアジアっていうのは、ある意味、眼中になかったんですよ。

◆インターネットが登場したから「見たいものしか見ない、信じたいものしか信じない」ようになったかというと、実はそうでなくて、人々の側にその欲望があったからネットという技術が普及したと思うんですね。


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  雨宮処凛編著「ロスジェネのすべて」(あけび書房)
2020415日(水)

 

 

本書のまえがきには、次の様に書かれている。
「今から10年以上前、私たちは「ロスジェネ」と名付けらた。現代の30代なかばから40代なかばを指す。失われた世代。就職永河期の影響をもろに食らった世代。貧乏くじ世代。非正規第一世代、呼び方はいろいろあるが、どれも嬉しくないものばかりだ。」
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆この20年、出版不況の中、物書きとして生きてきて、私にはほっと一息ついた経験が45歳の今に至るまで一瞬たりともない。親元を離れた18歳から現在まで、ずーっとお金と仕事の心配ばかりしている。そして、そんな強迫観念じみた感覚は、ロスジェネ共通で特有のものだと思うのだ。常に走り続けていないとリアルに死ぬと思っている。


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  前川喜平・谷口真由美 「ハッキリ言わせていただきます!」(集英社)
2019129日(月)

 

 

<その5>
◆(谷口)実際、日教組の集まりで憲法の話をしたとき、99条の憲法尊重擁護義務は国民が負うものだと思っている先生がいっぱいいたんです。デモで「憲法を守ろう」と言うプラカードを見ると主語は誰?誰が守るの?私たちちゃうで、とイラッとします。

◆(谷口)ジェラールはそもそも特権階級じゃないですか。特権階級とか公権力に対してあらがうのが人権だから。何を言っているのか。

◆(前川)そうそう、自由は国家権力に対する概念だという、そこが完全に抜けているんですよ。

◆(前川)メディアと教育が支配されたら、国民は全部洗脳されて全体主義に行っちゃいますよ。それが心配です。その取っ掛かりが道徳教育だから。道徳教育のところで何とか全体主義の蔓延を防がなきゃいけないと思っているんですけどね。


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  前川喜平・谷口真由美 「ハッキリ言わせていただきます!」(集英社)
2019126日(金)

 

 

<その4>
◆(前川)だってもともとスクールの語源になったラテン語のスコラという言葉も「暇」という意味から来ているわけですから暇つぶしみたいなところから学校は始まっているわけです。

◆(前川)そうやって上からの権力で締め付けていく。本当に教科書を読むとわがままを言うな、決まりを守れ、全体のために犠牲になれ、社会に貢献しろ、国を愛せ、そんなのばっかり。

◆(谷口)学校教育は大学に入ると裁量権があるので、それこそ日本国憲法を教えていようが国際人権法を教えていようが、その中に組み込んでいくことは教員の裁量だと思います。ただ、小中高ではいくら気骨のある先生方でも自分なりに考えてそうした内容を教えていけるかと言えば、なかなかそれも難しくなってきている気はしますよね。


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  前川喜平・谷口真由美 「ハッキリ言わせていただきます!」(集英社)
2019125日(木)

 

 

<その3>
◆(谷口)イタリアはムッソリーニが第2次世界大戦のときに国威発揚のためにラグビーを使おうとしたんです。ところがラグビーは自分で考えるスポーツなので国威発揚に向かない。そこで何を使ったかというと、みんなで同じ方向を向いて指示に従ってフォーメーションで動くサッカーでした。

◆(前川)免許更新制の発想は政治家から出てきたものです。10年に1遍教育をふるいにかけて問題教員を排除するとか言ってね。問題教員って、どんな教員ですかって聞いたら、組合活動をやっている人だっていうわけ。

◆(前川)16世紀17世紀の英語では、スポーツは楽しい遊びなんですよ。しかし日本のスポーツはすべて軍隊と学校からは派生しているから教練や教育のためにできている。そこがまったく違うんです。


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  前川喜平・谷口真由美 「ハッキリ言わせていただきます!」(集英社)
2019124日(水)

 

 

<その2>
◆(前川)私もずっと文部省と文部科学省の中にいましたが憲法を教えるとか人権教育とか平和教育とか、ほとんど忌み言葉だったんです。

◆(前川)人権教育はむしろ同和教育の観点が強かった。同和教育は絶対にやらなきゃいけないということだったんですけど、人権とか特に平和教育という言葉はその言葉を言ったとたんにおまえは左翼かって言われるような、そういう雰囲気はもともとありました。

◆(前川)教師は自分の意見で生徒を差別してはいけないが、自分の意見を言ってもいい。自分の意見と対立する意見も公平にプレゼンテーションして生徒たちが自分で考えていく。
これがドイツの政治教育であるのに対して、日本では教師が自分の意見を言うと子供たちが影響を受けてしまうから言ってはいけない。となっている。


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  前川喜平・谷口真由美 「ハッキリ言わせていただきます!」(集英社)
2019123日(火)

 

 

なかなか面白い対話本である。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆(前川) 1947年(昭和22年)に制定された教育基本法には憲法の理想の実現は教育の力によるべきものだと書いてあった。新しい憲法に基づく社会をつくっていくためには教育を変えていかなきゃいけない、と。そういう考え方が非常に強くあったわけで、当時の文部省はそのための努力もしていました。
その当時は日教組と文部省なんて密な時代ですから一緒に手を取り合ってやっていたんです。ところが1955年前後以降、いわゆる逆コースと言われるような戦前回帰の動きが出てきてついには岸内閣ができると、ぐっとまた右に寄るという昔に戻る傾向が強くなって、日教組と文部省は対決する関係になっちゃった。


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  神原元 「ヘイト・スピーチに抗する人々」 (新日本出版社)
2019101日(火)

 

 

<その6>
◆エリートは「取引」を持ちかけると、計算し、相手の譲歩を引き出そうとして自ら譲歩し最後には自分の出発点が分からなくなってしまう。マンデラの強さはその心がエリート層ではなく、常に民衆とともにあったことに由来するだろう。

◆マンデラは自律の中でこうも述べている。「肌の色や信仰や育ちの違う他人を憎むように生まれついた人間などいない。人は憎むことを学べるのであれば、愛することだって学べるだろう。」

◆だから私たちは決して「被害者である在日コリアンの人びとを守るため」だけに立ち上がるのではない。「人種差別」だけとたたかうのでもない。私たちは私たちの社会の民主主義そのものを守るために、これを掘り崩そうとすべてのものとたたかうのだ。


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  神原元 「ヘイト・スピーチに抗する人々」 (新日本出版社)
2019930日(月)

 

 

<その5>
◆歴史修正主義の主張は旧来のアカデミックなメディアや公的な媒体ではなくサブカル的ステージにおいて広まっていました。コミックやネットという存在が政治や思想の場として成立したのです。そのインターネットは日本では1995年から本格的にはじまっている。歴史や政治や思想の議論の集積はずっと蓄積され、それは膨大な情報量です。ところが、インターネットは一般ユーザーが簡易にアクセスできるようになった1995年あたりをゼロ地点に情報集積が始まりました。図書館に行けば南京虐殺に関する沢山の証言はあります。関東大震災のが虐殺の悲劇について、いくらでも調べることはできます。ところがネットは違う。すべてスタート地点は95年前後です。

◆20世紀における人種差別撤廃運動の偉大なリーダーといえば、マーティン・ルーサー・キングとともに南アフリカでアパルトヘイトとたたかったネルソン・マンデラがいる。


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  神原元 「ヘイト・スピーチに抗する人々」 (新日本出版社)
2019927日(金)

 

 

<その4>
◆野間さんは「しばき隊」というのは在日コリアンの人を「守る」ためにやっているのではないと言ってきましたね。在日の方を被害者とせず俺たちが勝手にやっているんだろうというコンセプトが非常にうまくいったのではないかと思います。

◆僕の基本的なスタンスは「穏健中道左派」であり、自分がいまやっていることは保守的な活動だとも思っています。在特会にしろ安倍政権にしろ、それらに反対するリベラル側は結局のところ「9条を守れ」「人権を守れ」と「守れ」ばかり言っているわけですから、これは戦後民主主義とリベラリズムを保守する運動なわけです。自らを「行動する保守」などと言っている側こそが実は戦後レジームを根本から変革したい革命勢力で我々は反革命なんですよ。

◆浦和レッズはスポンサーが軍需産業でもある三菱グループということもあるのか、先代の社長が「うちには韓国人選手は入れない」と公言していたこともあります。
実際、在日の人も含めて1990年代から韓国人選手がいません。


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  神原元 「ヘイト・スピーチに抗する人々」 (新日本出版社)
2019926日(木)

 

 

<その3>
◆憲法で言う表現の自由は、他者の人権と矛盾衝突する場合のみ制約できる。という「リベラル原則」を定立した。この原則によってもマイノリティを社会から排除し「自己の民族的アイデンティティーを保持する権利」を侵害するような重大なヘイト・スピーチについては法律で規制しても憲法に違反しないとの結論を得た。

◆私はヘイト・スピーチ規制については、さしあたり、次の点を「原則」と考えることを提案したい。
A. マイノリティ保護の趣旨が明らかで、そのためい要件が絞られていること。
B. 他の運動(原発運動、平和運動、その他)への悪影響がないこと。

◆そうした本が書店に並びベストセラーになることで、ヘイト表現は市民権を得たとみなされ、人々の意識下にある差別や排外主義への欲求をさらに誘発していくでしょう。こうした循環の先に待ち受けているものは何でしょうか?


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  神原元 「ヘイト・スピーチに抗する人々」 (新日本出版社)
2019925日(水)

 

 

<その2>
◆「マンガ嫌韓流」の基調トーンは「日本の朝鮮支配は正しく、朝鮮人のためにもなった」「日韓基本条約」で戦後補償は解決済みであり、慰安婦問題等を持ち出されるのはゆすりたかりの世界に過ぎない」という「歴史修正主義」である。

◆法律家の一部にはヘイト・スピーチは現行法で規制できるから法規制は必要ないという人がいるようだ。これは誤解である。そもそも、ここでいうヘイト・スピーチは不特定多数の人に対する差別表現であるところ、不特定人に対する差別的表現は刑法の名誉棄損罪では処罰できないし、民法の不法行為としても提訴することができない。理論上、脅迫罪では規制可能のようにみえるが、私の体験では被害者が特定されない脅迫行為についての被害届を警察が脅迫罪として受理することはない。だから「ヘイト・スピーチには現行法で対処すべし」という説は単純な間違いである。


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  神原元 「ヘイト・スピーチに抗する人々」 (新日本出版社)
2019924日(火)

 

 

5年ほど前の本であるが、現状は変わってきているのだろうか。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して紹介していきたい。

<その1>
◆ヘイト・スピーチからジェノサイドに至るという事象について、日本人は人ごととして放置することは許されない。私たち日本人は、関東大震災(1923年)に際し、数千人規模の朝鮮人を虐殺した歴史を持つ。
このときも、朝鮮人が混乱に乗じて暴動を起こしたという、メディアの誤報あるいはデマがきっかけであった。このように「理不尽」であり「弱い者いじめ」であり、「言葉による暴力」「社会からの排除」である。「ヘイト・スピーチ」はマイノリティの人権を否定するだけでなく公正な社会そのものを否定し、最後にはジェノサイドに至る危険すら内包しているのである。ヘイト・スピーチは「言論」でも「表現」でもない。私たちはこれを断じて許してはならない。


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
201964日(火)

 

 

<その9>
◆(猿田)
日米関係というのは、基本的にはごく限られた一部の人たちの考えにより進んでいく。例えば、米議員は上下両院あわせて535人いますが、その95%ぐらいは日米関係についてほとんど関心はないと言っていいでしょう。

◆(猿田)
今やらなければ、いけないということ、そして、そのコミュニティを越えて、新しい人たちと関係を構築していくということです。マティス国防長官とかサンダース議員とか本当に影響力のある人に少しずつ情報を入れておけば、何か変わっていくかもしれない。


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
201963日(月)

 

 

<その8> 
(猿田佐世)
当時、民主党政権が予定していた閣議決定は「使用済み核と燃料の再処理は続けながら、原発はゼロにする」というもの。アメリカで「原発をやめるのに再処理を続けるってどういうこと?」という声も強かった。つまり「再処理ノー」という声も多かったのです。

◆(猿田)
日本に発信されている「アメリカの声」は、日米の合作です。日本の政府や日本の一部のメディアと米国政府や米専門家は、多くの場合、持ちつ持たれつの関係にあるという認識をしておくべきです。

◆(猿田)
そう、いまモリカケ問題にしても全部敵失じゃないですか。それはそれで相手も酷すぎるし、いいんですけれど、本来重要なのは、こっちはこういう政策を取るぞ、と提案し、次の選挙で支持を広げていくということですね。
それができていない。だからこそ、こんなにひどい与党なのに選挙で勝っていく。自民党以外に政権担当能力を備えた魅力ある政党がない、と国民が思ってしまっているのではないかと思います。                


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019531日(金)

 

 

<その7> 
◆(平井美津子)
その後、学校では、らちがあかないということで、在特会は教育委員会に行くわけです。こういう授業は偏向している。学習指導要領に基づいていない授業をさせていいのかと。けれど、教育課程の編成権は学校にあります。教育委員会としては、そこで間違っているとか、是正するなどということはいえません。

◆(平井)
1997年の教科書には、すべての教科書に「慰安婦」の記述がありました。しかし、さまざまな圧力のもとで教科書会社が委縮する形で記述がなくなりました。
真実を教えることが攻撃されるということは、ほかの先生方のどこの教科についても、攻撃される可能性があるということです。わたしだけの攻撃だと思わずにこの問題を考えてもらいたい。そのために私はこうやって話しています。

◆(平井)
2006年の教育基本法の影響により、石原都知事の時代には、職員会議は、校長からの伝達事項のみ、議論をする場ではないというようになっていきました。それが今は、全国的に広がっているような気がしますね。
若い先生たちの中には、校長や教育委員会のいうことに従うのが当たり前と思っている人が多いです。                


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019530日(木)

 

 

<その6> 
◆(望月)
多分、安倍政権が健在な限り私は常に叩かれ続けるでしょう。何か意図的に、組織的に行われているような気さえします。

◆(三浦)
ネットでの誹謗中傷は本人がみる必要性はないですから、秘書などが削除すべきですが問題は次世代の女性も目にしてしまうことです。 議員になったり公に発言したりすると、叩かれると思ってしまうかもしれません。                                                                                                               

◆(三浦)
世界の中ではボリビアだけが、唯一、ネット上の女性に対する暴力への法的な取締があるようですが、今後 どのような法的措置を含む対処をすべきか、国連などでも取り上げられ、国際社会の大きな関心事になっています。                 


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019529日(水)

 

 

<その5> 
◆(三浦)
30年たって6%から9%になっただけですよ。本当に数%の女性しか恩恵はなく、この人たちも大変な思いをしているわけです。一方、格差は拡大し働く女性の半分以上が非正規雇用で賃金格差、待遇格差がほぼ是正されず、場合によっては悪化さえしています。

◆(三浦)
土井さんはやっぱり憲法の人でした。憲法問題ほどジェンダー平等には踏み込めなかったのだと思います。ただ、それ以上に、社会党や労働組合が男性支配の構造だったことは大きいです。

◆(三浦)
国会議員も大事ですが地方議員を増やす手立てが必要ですね。なり手不足が深刻ですから、ここに女性が入ることによって、議会も活性化し女性議員のロールモデルも増えます。
◆ (三浦)
政治家というと演説で自分の意見を一方的に言うイメージが強いですが、それよりも大勢の特に弱い立場にある人たちの意見を聞く方が大事と皆がいっているのです。


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019528日(火)

 

 

<その4> 
◆ (三浦)
中学の教科書から「慰安婦」問題の記述が消えたことが大きいと思います。さらに学生が新聞や本をあまり読まず、ネットから情報を得ることが増えて、 歴史修正主義の言説を目にする機会が多い一方で、 きちんとした歴史検証を聞く機会がないことも今の事態に拍車をかけています。

◆(三浦)
民主党政権は野田政権になると社民的色彩が消え、 立ち位置を見失います。今回「立憲民主党」ができ、再び対抗軸がスッキリするのではないかと期待しています。
要するに日本に新自由主義の野党は必要なしということです。新自由主義を支持する人は自民党に入ればいいわけです。

◆(三浦)
90年代のフェミニズムは新自由主義をある意味歓迎したところがありました。新自由主義は性に対してニュートラルだから、男も女もどんどん活躍してもらおうという政策なので、従来型の自民党のおじさんだけの世界と比べれば、女性の活躍する余地は広がります。
だから新自由主義と歩調を合わせてしまった側面があります。ここで格差拡大を容認してしまったことは、フェミニズムの反省点です。一部のエリート女性は均等法で前より活躍できたとはいえ、いまだに女性の総合職は9%です。


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019527日(月)

 

 

<その3> 
◆(望月)
私はこの件については、メディアの問題を考えてしまいます。詩織さんの問題は記者クラブを通じて大手メディアには、ほとんど出なくてどちらかというとネットか海外のジャーナリズムにはどんどん取り上げられていますね。おかしいものをおかしいといえなくなっている私たちマスメディア、特に記者クラブに属しているメディアの責任を非常に考えさせられました。
結局、これは性犯罪被害の問題に加えてメディアと権力が一体化してしまっている日本というのを、象徴しているなと思います。

◆(三浦まり)
93年に自民党の長期政権時代だった55年体制が崩壊し、新しい時代が来ると思っていたら、一度は政権交代がありましたが、自民党に替わる野党が育たなかった。どうしてこうなったかを考えてみると理由はいろいろありますが、ほかの国がやって来たのに日本がやって来なかった最たるものは、ジェンダー平等に手をつけなかったことです。世界的に1990年代ぐらいから女性議員が増えてきました。意識的に増やそうとして増えたんです。日本は90年代にはそういう発想はまだなかったんですね。


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019524日(金)

 

 

<その2> 
◆(詩織)
性暴力に対する交付金は、これまで日本では一切なかったのですが、2018年度からやっと1億6300万円計上されたということです。日本の人口の約半分のイギリスは、この20億近くの交付金を出しています。

◆(詩織)
2015年のデータでは、レイプ被害者のたった4パーセント強しか警察に被害を届け出していません。報告されていない案件が多く、日本では、このようなことは起きていないと思われているのです。でも、起きていないのではなくて、声をあげられない。声が聞こえない為、他国と比べ支援が足りていない現状です。
スウェーデンはレイプ大国といわれていますが、それは声を挙げやすいから、数がカウントできるからなのですね。

◆(詩織)
すごく残念なのは、山口氏の逮捕が見送られた理由について、警視庁にも警察庁にも質問したんですけど、「おこたえできない」といわれたことですね。


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  「しゃべり尽くそう!私たちの新フェミニズム」 望月衣塑子(梨の木舎)
2019523日(木)

 

 

望月さんと様々な分野の女性との白熱トークである。以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1> 
◆(伊藤詩織)
このような誹謗中傷や脅迫よりも私が気になったのは。女性からのもので「同じ女性として恥ずかしい。女性としてのたしなみが足りない」とか。事実であっても男性がかわいそうという意見でした。それについては、もう少し深く意見を聞かせてほしいと思い、連絡してみたのです。返答は帰ってきません。

◆(詩織)
「普通だったらこの傷は長い時間をかけてかけて乗り越えるもの」などとよく言われたりしますが、私はこの経験は「乗り越える」ものではなく、何年経っても忘れることができないもの。一緒にいきていかなければいけないものだと思っています。

◆(詩織)
彼女がすごく傷ついた1つのことは、周りで見ていた人、知っていた人がいるのに助けてくれなかったことだといっていました。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
20181113日(火)

 

 

<その11>
◆一筋縄ではいかない革新知事・蜷川の打倒は、70年代自民党の最優先課題の1つになった。蜷川が多選を重ねる中、67年には東京で美濃部亮吉(1984年没、享年80)が都知事に当選、71年には大阪で黒田了一(2002年没、享年91)が現職知事に競り勝った。東西の三都府の社会・共産両党と総評などの推す革新知事が誕生し、新幹線でつながったのである。

◆70年代、全国で革新知事が誕生した背景には、高度経済成長下で深刻化した公害、保育所不足など、都市問題の改善を求める住民要求があった。運動の中心には60年安保闘争や70年前後の学生運動を経験した世代がいた。彼らは選挙で底力を発揮し、革新首長の先駆的な施策を引き出した。

◆地方自治体はいま、無党派が大勝させるタレント知事と、全国の6割以上を占める官僚出身知事の時代である。自治体行政の評価は、政治能力ではなく「経営」手腕で語られるようになった。だが、彼らが甘い見通しで計画した臨海開発や空港などの巨大プロジェクトは、大半が破綻の縁にある。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
20181112日(月)

 

 

<その10>
◆東アジア反日武装戦線は、日本帝国主義本国人としての特権を否定した上で、責任のとり方として、日本帝国主義によって、侵略され、抑圧されてきた人々とともに、闘おうと考えていた。闘いの手段において、私たちに過ちがあったが自分たちのためだけとか、高みに立ってではなく、同じ位置に立っての闘いをこころするという考え方は、いまなお、そしていつまでも闘ううえで、なくてはならないものだと思う。

◆1975年4月30日、北ベトナム軍と解放勢力がさしたる戦闘を交えることなくサイゴン(現在のホーチミン市)に入城し、南ベトナム政府が崩壊した。米国が本格的に軍事介入した65年から10年、フランス植民地主義との抗戦から数えれば、30年におよんだベトナム戦争がこの日終わった。

◆1950年から7期の28年間、京都府知事を務め、「革新の灯台」と呼ばれた蜷川虎三(1981年没、享年84)は逸話の多い「行政職人」であった。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018119日(金)

 

 

<その9>
◆その愛着には、最初から終焉を運命付けられていたとはいえ、戦後の若者たちが最も輝いていた最良の日々への郷愁がどこか秘められている気がする。それゆえ「神田川」とは「あの世代」に生き、そして生きられなかった者たちの挽歌であり、あるいは賛歌でもあるのかもしれない。

◆原発問題も本質はイデオロギー対立ではない。原発による豊かさは皆が享受しているわけで、それはチッソが生み出したプラスチックや液晶の恩恵を皆が受けていることと似ている。
チッソや東電を外側に見ているだけでは駄目だと思う。その罪は私たちの内側にもある。一つの価値構造に組み込まれた時、そこから抜けだすことのできない人間の危うさ。それは皆が抱えている。そう考えないとチッソや東電、原発メーカーだけが特殊な悪人集団に見えてしまう。

◆私の父親は、私が6歳の時に水俣病で「狂い死に」した。死ぬ間際の父親は「水俣病患者として認めてくれ」とはひとことも言わなかった。あったのは「おれは人間ぞ」という叫び、メッセージだったと思う。「狂い死に」していった人たちは皆そうだった。人間という存在の認定。それが愛だと思う。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018118日(木)

 

 

<その8>
◆高校生時代に反戦運動に参加し、地方の大学で目撃したバリケードと林立する立て看板、密集したヘルメット部隊とたなびく無数の赤旗――という光景は、入学してみたらほぼ消え去っていた。その再現を求めながらも、いつしか学生の群れの中に埋没していった者として、60年代後半を彩る戦後最大の激動期とそれを実現した世代は抜きがたい憧憬がある。

◆そのためか、この曲の作詞家が「全共闘世代」として学生運動の経験があると、後に知り、ある種の親近感が加わっていく。「神田川」から伝わってくるのは、大学入学前にかろうじて知りえたものの、学生となって、ついに巡り合うことはなかったあの時代のキャンパスのカオスに満ちた思想のかすかな名残りかもしれない。

◆そこで考えたのは、自分が本当に恐いのは、機動隊でもないし、内ゲバでもない。「プチブル的」であっても「もらい子」である自分にいちばんかけている家庭みたいなものに傾斜し、埋没していくことが恐いんだと、後になってそう総括したんです。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018117日(水)

 

 

<その7>
◆何が羨ましかったか。それはおそらく、「若者たちが世界を変えられると一瞬でも、たといえ錯覚だとしても思えた」時代に見えたからだ。
10代後半の私の周りにあったのは、バブル全盛期の日本だった。一見「自由」で「豊か」なこの国で、しかし、私に許されているのは、恋愛と消費と競争くらいしかなかった。「世界」や「社会」は遥か遠く、自分が何をどう思うとも何をどうしようとも、「絶対に1ミリたりとも動かないもの」として、のっぺりと存在していた。

◆私はリアルタイムで連合赤軍事件を知らない。しかし、同志殺しという陰惨な事件がどれほどの衝撃をこの国に与えたかは想像できる。運動は壊滅的な打撃を受けただろうし、事件によって広まった運動へのアレルギーは、私はずっと感じてきた。「若者に政治を禁止する」ような空気と深い関係があるだろう。そうして世の中が消費一色に染まっていく時代に生まれた「連合赤軍後」の世代は、自覚する以前に、あらかじめ社会への回路を切断されていた。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018116日(火)

 

 

<その6>
◆そこでベストセラーになった「二十歳の原点」は、「70年安保も敗北し、一時の大学闘争の連帯感も喪失し、生きてはいるが、かといって確たる展望も持ち合わせていない、現代の若い世代の心的状況にぴったり相応していたのかもしれず、結局それは、読む者にとって手記を媒介にして・・・自己憐憫、自己慰安に過ぎなかった」という指摘がある。
では「大学闘争」がはるか遠くに消え去った後、今日の51刷(新潮文庫版)までになっている「二十歳の原点」という存在は何なのだろう。それは彼女を彼女たらしめるかけがえのない「系譜」と、どこまで関連性をもちえているのだろうか。もし持ちえないのなら、「二十歳の原点」の40年とは、痛苦にも彼女の生と死がますます風化し、色褪せていく40年であったかもしれない。

◆この時期、正面から象徴天皇制と裕仁の戦争責任を問う気運が生まれたのは、裕仁の訪欧がもたらした要因が極めて大きい。そこで主体となったのは、主に60年代後半に形成された全共闘やベ平連などに象徴される、従来の左翼文化や「護憲派」とは一線を画して、「戦争の加害責任」を問うた若い世代であった。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018115日(月)

 

 

<その5>
◆70年11月、三島由紀夫自決。翌71年5月、高橋和巳病死。三島は45歳。高橋は何と39歳だった。2人とも余りに若い死だ。学ぶべきものは、すべてこの2人に学んだ。この2人がいた日本は若者が輝いていた。日本も輝いていた。2人が死んだ後の日本は何もない。「余生」だ。

◆おそらく戦後の学生運動にも同じ「志向」を抱き、ベトナム戦争に象徴される日本の「共犯性」を問うた無数の「高野悦子」がいたのではないか。それゆえに彼女は単に一時代に留まらない戦後を貫く「最良」の精神の系譜に位置していたように思える。むろん、70年以降「葬列」に加わる若者たちがほぼ絶えていったのは、不幸なことではなかったかもしれない。だが、この「系譜」は受け継がれたであろうか。

◆71年と72年が過ぎ、筆者のように73年に大学に入学した世代から、キャンパスがほとんど、かつての原形を留めぬまでに加速度的に変質していく過程を経験する。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018112日(金)

 

 

<その4> ◆約6,400万人の人びとが万博会場に押し寄せた。いかに大衆批判をしようと、それが民意だ。大阪万博とは、つまり自民党政権にとって高笑いするほどの決定的な勝利だったのだ。実際、その後、学生デモもキャンパスの立て看板も、風船がしぼむように消え去っていった。

◆有名な「右手にジャーナル、左手にマガジン」というキャッチフレーズ(初出は69年、早稲田大学新聞)にもあるように「マガジン」は、学生運動の時代に併走する青年誌の域に達していたのである。

◆本当のことを言うと、高橋和巳の方が好きだった。いまでも好きだ。信者と言ってもいい。生活の中に生きている。「苦悩教」の教祖と言われた。悩み、苦しみ、考え続けた人だ。安易に答えを出さない。迷ったらいい。悩んだらいい。そう言う。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
2018111日(木)

 

 

<その3>
◆「教科書裁判」と「家永三郎」は、「全学連」などとともに、海外の百科事典にそのまま載るほど、国内外に知られた存在だった。第1次の提訴から第3次の勝訴判決までの32年間、原告は1人で国家権力と対決し続けた。その信念の行動に多くの文化人や一般市民が共鳴し、支援組織を全国で結成。約3万人の会員が支援を続けたのは、国側にとって多大な脅威だった。

◆60年代までの大衆運動は、労働組合が中心だった。日米安保改定、ベトナム反戦、沖縄返還などの諸問題が一段落した70年代にかけて、全国の大衆運動のテーマは、公害反対に移った。企業公害が大半だった当時、多くの労働組合は企業防衛の意識から立ち上がりが遅れた。

◆美濃部亮吉革新都政で特筆されるべきは、大衆運動への公費支援の実施だった。そうした支出が法的に許容されると全国にも知られた。以後、全国各地で戦中体験の聞き取りの体験集の出版が公費で次々と実行される。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
20181031日(水)

 

 

<その2>
◆いま、みんなノンポリになっちゃったから。ノンポリが普通だもんね。

◆高校の修学旅行で、万博に連れて行かれる。そこで「反万博」のデモをやっちゃう。僕らは、京都のディープなロック喫茶に行ってたけれど、捕まった奴も出て(笑)。

◆「とめてくれよな、おっかさん。背中のいちょうが泣いている。男東大どこへ行く」(東大全共闘)

◆そのスーツを着るのが、なぜか格好よくなっちゃったんです。ビシッと決めて「切れる」サラリーマンになる。70年代後半のある時期からね。

◆「政治」の結論が連合赤軍と内ゲバだったら、これは俺にはとても無理だなというのは、感じたことはありますね。

◆どちらかと言えば、私は被害者性について男に抗議したかったのではなく、女の奴隷根性を嫌悪していたのだと思う。むろんその理由は、構造的差別にあったわけだが、私にとっての先決問題は、まず自分自身がそういう生き方をしないでいられる方向を探ることだった。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
20181031日(水)

 

 

<その2>
◆いま、みんなノンポリになっちゃったから。ノンポリが普通だもんね。

◆高校の修学旅行で、万博に連れて行かれる。そこで「反万博」のデモをやっちゃう。僕らは、京都のディープなロック喫茶に行ってたけれど、捕まった奴も出て(笑)。

◆「とめてくれよな、おっかさん。背中のいちょうが泣いている。男東大どこへ行く」(東大全共闘)

◆そのスーツを着るのが、なぜか格好よくなっちゃったんです。ビシッと決めて「切れる」サラリーマンになる。70年代後半のある時期からね。

◆「政治」の結論が連合赤軍と内ゲバだったら、これは俺にはとても無理だなというのは、感じたことはありますね。

◆どちらかと言えば、私は被害者性について男に抗議したかったのではなく、女の奴隷根性を嫌悪していたのだと思う。むろんその理由は、構造的差別にあったわけだが、私にとっての先決問題は、まず自分自身がそういう生き方をしないでいられる方向を探ることだった。


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  週刊金曜日編「70年代若者が「若者」だった時代」(金曜日)
20181030日(火)

 

 

すこぶる面白い本である。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介したいと思う。

<その1>
◆60年代後半から70年代初めにかけ、キャンパスを中心にわき起こり、列島を覆った変革のエネルギーはどこに行ったのか?どうして失われたのか?70年代とは何だったのか?なぜか、こうした疑問を正面からとらえた書籍を目にしたことがない。

◆70年代初頭は60年代後半の「闘争の時代」に含まれる。デモも、集会も、立て看板も日常の風景だった。だが連合赤軍事件以降、キャンパスは焼け野原となる。一方で、経済発展というモルヒネが社会をマヒさせていく。「革命」に取って代わったのは「カネ」だった。

◆自分が生まれた時代(1975年生れ)ですがざっくり振り返ると、政治的なものから、消費的なものへの移行する期間だったのかなと思うんです。


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  井手英策「富山は日本のスウェーデン」(集英社新書)
20181010日(水)

 

 

<その6>
◆水力をおもなエネルギー源とする電力業が発展できた最大の理由は、富山県が中部山岳地帯に隣接する一方、平野に恵まれ、多くの河川によって豊富な水量が確保できたからだった。その結果、東日本の主要都市とくらべて、富山市の電気料金は、最低レベルの価格水準だった。

◆電力業の発展は、産業構造の高度化の土台となった。実際、大正期をつうじて、電力と関連する工業が急激に増大し、1921年には工業生産額がはじめて農業生産を上回ることになった。「米と売薬の富山」に「電力の富山」が加わり、経済的な様相が一変したのである。

◆スウェーデン、日本、そして富山に共通する大きなポイントがある。それは、いずれの国も「働くこと」を軸に社会をつくりあげてきたことだ。


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  井手英策「富山は日本のスウェーデン」(集英社新書)
2018109日(火)

 

 

<その5>
◆県外に移動した人のうちUターンで出生都道府県に戻る人の割合は、沖縄に次いで富山は高い。こうした傾向は、経済の頑健さ、雇用の強さに加え、子育てのしやすさや地域のつながりなどが交わりあって生みだされているかもしれない。

◆以上で観察された事実を、もし直感で表現することが許されるならば、富山の人びとは「働く人の為の社会」をつくったということではないだろうか。

◆地域の安全性、火災や犯罪が起こりにくいという現実も同じだ。これらは相互監視、つまりよそ者への警戒心に裏付けられた共同体的秩序と表裏一体である。
富山では、都市部を一歩離れると、いまだに家に鍵をしない人たちが見受けられるが、それはよそ者が近所をうろつけば、すぐにその異常に人々が気付くことが背景にあるからにほかならない。


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  井手英策「富山は日本のスウェーデン」(集英社新書)
2018105日(金)

 

 

<その4>
◆このなかでとくに強調しておきたいのは、第2次産業、すなわち製造業、建設業で働く人たちの比率が全国で一番高いという事実である。統計的に見ると、サービス業などの第三次産業比率が高い地域では、離職率が大きく、完全失業率も高くなる傾向がある。

◆富山は製薬産業が盛んな地域だ。2015年には、医薬品の生産金額が過去最高かつ全国1位の1,325億円に達することになった。これに金属機械、電子部品などが加わる。じつは富山は日本海側屈指の工業集積を誇る地域なのである。

◆祖父母が孫の暮らしや学びをおぎない、世帯あたり所得水準も高い富山では、当然のことながら、大都市部のような極端な学習機会格差、もっとはっきりいえば「落ちこぼれ」は生まれにくい。

◆子どもの教育コストが低く抑えられる点も、北欧諸国を思いださせる。ちなみに、経済センサスをもとに、小中高の生徒数1人あたりの塾の事業所数を見てみると、富山は全国で常に塾の少ない地域であることがわかる。


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  井手英策「富山は日本のスウェーデン」(集英社新書)
2018104日(木)

 

 

<その3>
◆持ち家比率は全国でトップである。ちなみに、持ち家比率だけではなく、専用住宅延べ面積も全国トップであり、これにともなって、一住宅あたりの部屋数や部屋の畳数も全国で一位となっている。

◆地方での暮らしといえば、自動車はどうしても欠かせない。富山の自家用車保有台数は全国二位、セカンドカー普及率は三位で、ここでもまた所得の高さを予想させる結果となっている。

◆富山では、なぜ女性の就労が可能なのだろうか。その理由としてひとつは、三世代同居率と保育所等入所率の高さである。もうひとつの特徴は経済の強さである。

◆ここで企業の売上高を県民人口がほぼ同じである宮崎県、秋田県と比較してみよう。
宮崎県は約1兆円、秋田県は9,800億円であるのに対して、富山は実に3.6兆円という規模である。段ちがいの経済力といっても過言ではないだろう。


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  井手英策「富山は日本のスウェーデン」(集英社新書)
2018103日(水)

 

 

<その2>
◆スウェーデンは高福祉・高負担、それ自身をめざしてきたわけではない。自由、公正、連帯という社会民主主義的なイデオロギーを実現するために政策を積み重ねてきた結果として、豊かな生活保障、高い経済成長率が実現されたのである。

◆アリストテレスは「政治学」のなかで、家族のことを毎日の必要のために自然にできた共同体であると位置づけた。そして、家族がふたつ以上集まって村落が生まれ、村落がふたつ以上集まってできる共同体の最終形態を国家と呼んだ。

◆社会民主主義と保守主義のちがいは、家族の持つ原理を家のなかで完結させるのか、それとも、国家のあり方にまで敷衍していくのかという「射程のちがい」を見ることも可能となる。

◆客観的な指標による幸福度がその県に住む人の幸福と一致する保証はない。それどころか、ある研究によれば、北陸三県の住民は主観的な幸福度は低いことが明らかになっている。


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  井手英策「富山は日本のスウェーデン」(集英社新書)
2018102日(火)

 

 

なかなかの力作である。
以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介することとしたい。

<その1>
◆北欧では、充実した社会保障や教育サービスがまずしい人たちだけではなく、大勢の人たちに提供される。そして、そのための費用をとても高い税金でまかなっている。高福祉・高負担で知られる北欧型福祉国家の代表格、それがスウェーデンだ。

◆この本のコンセプトは、「保守が生んだ日本型北欧社会」として富山を捉えるという、ちょっぴりトリッキーなものだ。

◆まず北欧社会は、リベラルな思想や社会民主主義を重んじる国の代表格であり、保守とは正反対の理念と大事にしてきた。だから、保守から北欧のような社会が生まれるというのは「その丸は四角い」といった形容矛盾に限りなく近い感じがする。


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  内田樹編「人口減少社会の未来学」(文芸春秋)
2018629日(金)

 

 

<その5>
◆(隈研吾)日本の建築業界も商業を低く見降してきた。商業建築に手を染めた建築家は低く見られ、高額な税金を投入して建設された公共の美術館、文化施設を設計しないと、一流の建築家とは見なされなかった。政治と業界との結託システムにしっかりのらないと、建築界では一流の人、一流の武士と認められなかった。

◆(隈)クライアントのいいなりになることも建築業界では、程度の低い人の振る舞いとみなされてきた。気高い芸術家であるべき建築設計者はひたすら自分のアートを追求しなければならないという空気があった。クライアントのいうことを聞かず、その建築が商業的にうまくいかないことが、何やら倫理的に正しいという不思議な風潮があった。

◆(平田オリザ)都市部においては、たしかに待機児童の解消などが喫緊の課題となる。しかし数にすれば、待機児童問題を抱える自治体は全体の4分の1にも満たない。本当に深刻な自治体は百前後だ。

◆(平田)しかも日本には、最期のセーフティネットである宗教もない。ヨーロッパのホームレスは、本当に困ったら教会に駆け込めるのだが、日本にはそれさえもない。要するに日本は、世界の先進国のなかで、最も人間が孤立しやすい社会になっているのだ。

◆(平田)現在の日本の社会では「2つの不幸が」重なると、あっけなく貧困へと転落する。たとえば「倒産とリストラ」と「家族の病気」あるいは「不合理な転勤命令」と「親の介護」などである。これらはいずれも、利益共同体と地縁血縁型共同体の双方から遊離したときに起こっている。


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  内田樹編「人口減少社会の未来学」(文芸春秋)
2018628日(木)

 

 

<その4>
◆(平川)少子化の直接の原因は単純である。それは、結婚年齢が上がったということに尽きる。しかしなぜ、晩婚化しているかの原因については、簡単な理由を見つけ出すのは難しい。

◆(平川)お金さえあれば、家族に頼らずとも、自由に生きていける時代になったということである。家族はひとが生きていくうえでの、安全保障だったが、市場化の進展によってお金こそが安全保障であると多くの人が考えるようになったのである。

◆(ブレイディみかこ)おそろしいことに、英国では平均寿命の伸びが保守党が緊縮財政政策を始めた2010年から横ばいになっている。戦争が人を殺すように、経済政策もまた人を殺す。

◆(ブレイディ)この3人に共通しているのは、もう経済成長は終わったのだから、とりあえず借金だけは返しておきましょう。という縮小志向の緊縮スピリットに反対し、「成長と分配」の両論を併せ持つ経済政策で、未来のために積極的に投資して行こうというプログレッシブな姿勢を貫いている点だ。彼らが若年層に熱狂的に支持されているのも無理はない。


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  内田樹編「人口減少社会の未来学」(文芸春秋)
2018627日(水)

 

 

<その3>
◆(井上)これからそのような生産性の低迷は、一層深刻になっていくだろう。未来において、一国のGDPを決定づけるのは、労働人口や労働時間よりも、科学技術力を初めとする人々の知力でなるからであり、日本の知力が今まさに危ぶまれているからである。

◆(平川克美)人口問題と経済問題では、問題が抱えている「時間の幅」が全く異なっているということである。経済は短期的な損得勘定の問題だが、人口減少は長期的な文明の発展段階に起きる社会構造変化の結果なのだ。

◆(平川)当時の政治家のスローガンは、右から左まで一様に経済成長戦略であり、「人口減少に歯止めをかける」だった。私はこれらの考え方が、本末転倒したものであり、何故、人口減少に合わせて、経済成長しなくともやっていける戦略をつくらないのかと批判した。

◆(平川)人口減少は問題ではなく、経済発展と近代化の帰結であると考えるべきなのである。

◆(平川)有配偶者に限れば、出生率は下がっておらず、むしろ上昇しているのである。


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  内田樹編「人口減少社会の未来学」(文芸春秋)
2018626日(火)

 

 

<その2>
◆(井上智洋)経済が成熟するにしたがって成長率が低下することは理論的にも実証的にも確認できるが、成長率がゼロになることは一般にはありえない。多くの先進国が2%程の成長率を保っている。アメリカがその典型であり、この20年間の平均成長率は約2%である。

◆(井上)人々が工夫や発明・発見を続ける限り、技術進歩もそれによる経済成長も止まることがない。したがって、2%の率の成長は自然なことなのだが、日本経済は不自然なことに、失われた20年の期間には0.9%の成長率しか得られなかった。それは主に需要サイドの要因によってもたらせたものであり、財政・金融政策によって自然な成長取り戻す必要があった。

◆(井上)少子化の進展により日本は2030年代に持続的なゼロ成長に陥るという予測もある。だが個人の生活の豊かさを表しているのは、一国のGDPではなく、一人当たりGDPであり後者がゼロ成長に陥るわけではない。


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  内田樹編「人口減少社会の未来学」(文芸春秋)
2018625日(月)

 

 

人口減少これが本当に日本社会にとって問題なのだろうかと思いながら、手に取ってみた本である。以下本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介することとしたい。

<その1>
◆(内田)東京裁判の被告たちは戦争指導の要路にありながら、自分たちが戦争という現実を作り出したということをかたくなに拒みました。戦争は人間の能力を超えた天変地異のように「どこかから起こったもの」として、彼らには受け止められていたのです。それゆえ、その圧倒的な現実に適応する以外に「択ぶべき途は拓かれていなかった」と彼らは弁疏したのです。

◆(内田)雇用消失リスクが高いのは銀行だと言われています。地方銀行や信用金庫の場合はもう、「する仕事そのものがない」という現実があって若い人はどんどん逃げ出しているのだそうです。新聞とテレビも雇用喪失もリスクは高い業界です。それはこれらのメディアが「労働需要がどう変化し、どの業界の雇用が消失するのか」という喫緊のテーマについてほとんど何も報道しないという事実から推察されます。


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  新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社)
201866日(水)

 

 

<その4>
◆日本の中高生の読解力は、危機的と言ってよい状況にあります。その多くは中学校の教科書の記述を正確に読み取ることができていません。読解力というような素養はほとんど高校卒業までに獲得されます。日本の教育体系は、大枠では変わっていません。つまり、中高校生の読解力が危機的な状況にあるということは、多くの日本人の読解力もまた危機的な状況にあるということだと思います。

◆AIに代替されない人材とは、どのような能力を持った人なのでしょう。それは意味を理解する能力です。

◆中高校生の読解力については、現場の教員のみなさんが最も敏感にそれを察し、危機感を抱いておられます。高校の先生からは「板書ができない」という悩みを打ち明けられました。板書をしても、書き写せない生徒が増えているからだそうです。

◆一方で採用したい人が採れないという悩みを、しばしば耳にします。クリエイティブで交渉能力が高く、直感力に優れている「トップガン」な人材が不足しているという意味ではありません。そうではなくて、仕様書を正しく理解して、手順書通りに作業し、いわゆる「ほうれんそう」がきちんとできるあたり前の人材がいくら人事にコストをかけても採れないというのです。


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  新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社)
201865日(火)

 

 

<その3>
◆17世紀の後半にニュートンが万有引力の法則を発見したころ、数学は著しく発展します。それに貢献したのがニュートンと同じ時期に微積分を発見したライプニッツでした。彼は、それまで複雑で難解に書かれた数学を、y=f(x)というような、記号の列で表現する抜群のセンスがありました。ライプニッツの登場により、それまでごく1部、人口の0.1%未満の人にしか理解できなかった数学は大衆化されました。

◆数学は、4000年の時間をかけて、論理、確率、統計という、表現手段を獲得しました。けれども反対の言い方をすると、数学が説明できるのは、論理的に言えること、確率、統計で表現できることだけだということです。つまり数学で表現できることは、非常に限られているということです。

◆労働市場へのAIの参入によって仕事が楽になり、私たちがバラ色の未来を謳歌できるためには、AIには手に負えない仕事を、大多数の人間が引き受けられることが大前提です。AIにできない仕事が人間にはできるのか?それが問題です。

◆常識や無意識の人間らしい合理的判断を、大半の人が持ちあわせていることを前提にした場合、問題となるのは、読解力を基盤とする、コミュニケーション能力や理解力です。


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  新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社)
201864日(月)

 

 

<その2>
◆現代の労働力の質がAIのそれと似ているということは、AIでは対処できない新しい仕事は多くの人間にとっても苦手な仕事である可能性が非常に高いということを意味するからです。

◆その時代、ホワイトカラーという新しい労働需要があったのに、なぜ失業者があふれたのか。答えは簡単です。工場労働者はホワイトカラーとして働く教育を受けておらず、新たな労働市場に吸収されなかったからです。

◆みずほFGの従業員は、現在約6万人で、例年2000人規模で採用しています。証券系を除き、転職率は極めて低い。その中、10年間で約2万人分の業務が減る。2011年に私が予想したとおりのことがまさに起ころうとしています。

◆50%のホワイトカラーが20年、いやもっと短い期間で減るというのは、途轍もないことです。

◆17世紀イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイは「宇宙は数学の言葉で書かれている」と言いました。ガリレイが登場する前の中世の数学はどちらかというと、神学や占いのような存在でした。


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  新井紀子「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社)
201861日(金)

 

 

人工知能よりもむしろ日本人の学力の低下の方がより大きな問題なのだろう。昔、昭和30年生まれの人達から学力が低下しているという話を聞いて、妙に納得したことを思い出した。以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して、御紹介してみたい。

<その1>
◆AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その能力が人知を超えて人類を滅ぼしたりすることもありません、当面。AIはコンピュータであり、コンピュータは計算機であり、計算しかできないからです。

◆AIが人間の仕事をすべて奪ってしまうような未来は来ませんが、人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っています。

◆日本の中高校生の多くは歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できないということがわかったのです。これはとてもとても深刻な事態です。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
2018315日(木)

 

 

<その13>
◆差別はいけないことなのか?
もちろん、いけないことに決まっています。とはいえ、なぜ、いけないことなのかを子どもたちが議論し、答えを模索したうえで「差別はいけない」という結論にたどりつくことにこそ、大きな意味があると思います。そうやって得た考え方は、教師が単純に「差別はいけない」と教えるよりも、深く子どもたちの心に焼きつくことでしょう。

◆私たちは、どのようなまなざしで差別や排除を見つめたらよいのでしょうか。つねに、自分が「差別される側だったら・・・」とか、「排除される側だったら・・・」と考えるくせをつけることが大切です。・・・・差別されている人がいる。それを見て、かわいそうだと思う。だから「差別はダメ」なのではありません。「かわいそう」では、しょせん「他人ごと」になってしまいますから・・・。

◆いま日本の学校教育でなにが足りないのかといえば、他人に対する想像力を子どもたちが持てるような授業や啓発なのではありませんか。他人の「痛み」を想像できるような授業や啓発がまったく足りていません。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
2018314日(水)

 

 

<その12>
◆単純に「差別はいけない」とか「排除はいけない」と上から押しつける。これが僕の言う「道徳的な教育」です。その意味を認めつつも、そんなかたちで教えても効果は、それほど期待できません。差別される側や排除される側の痛みや苦しみが、子どもたちへ具体的に伝わらないからです。

◆ネトウヨの人たちは、「日教組の教育によって日本がゆがんだ」というようなことを言っています。でも、ほんとうに日教組教育なるものがおこなわれていたら、社会主義や共産主義を主張する政党の支持者ばかりになっているでしょう。自民党の力が強く、それがずっと維持されているということは、日教組が教育に力がおよぼすことができていない証拠でしょう。つまり日教組ではなく、政府と文部省が教育を仕切ってきたわきです。そして、文部省教育でおこなわれてきたのは、生徒が活発に議論するような教育ではなく、教師が上から教えこんだり指導するような教育でした。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
2018313日(火)

 

 

<その11>
◆忍野村も各務原も、その基地は沖縄に移設されました。当時、沖縄はアメリカの占領下にありましたから、引き受けざるをえなかったのです。

◆僕は「沖縄タイムズ」と「琉球新報」の記者にこう問いました。「なぜ、米軍基地のことばかり書くのか?」と。「なにを取材しても、最後は米軍基地に行きついてしまうからです。」

◆もっとも問題にすべきなのは、デマを語っていたことです。高江で抗議行動をしている「ヘリパッド建設反対派を主導しているのは、在日などの外国人で、外国の資金から「日当が払われている」というデマ。あたかも外国の工作員が日当を払って、住民に抗議行動をやらせているという構図を作りだしていました。ようは、在特会やネトウヨの主張やデマをテレビがそのまま垂れながしていたわけです。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
2018312日(月)

 

 

<その10>
◆ここで確認しておくべきなのは、沖縄が本土から米軍基地を押しつけられてきた歴史です。沖縄の基地の多くは、米軍の海兵隊が運営しています。では、沖縄におかれる前に、海兵隊の基地はどこにあったのか?本土にありました。ひとつは岐阜県で、もうひとつは山梨県です。

◆まず山梨県の話をしましょう。富士山麓の忍野村には、1955年まで海兵隊の基地がありました。いまは自衛隊の演習場になっています。
基地があった時期の忍野村では、米兵による発砲や強姦などの事件が多発しました。すると、地元で反対運動が始まります。追い出しの際に、活躍した人は社共両党などの野党議員と自治労などの労働組合だったようです。米軍は忍野村からいなくなった。図書館には、その勝利を伝える記録が山ほどあるが、その基地がどこに移設されたということはどこにも書かれていません。

◆岐阜県の各務原市にも、米軍基地がありました。いまは、航空自衛隊の岐阜基地となっています。そして忍野村と同じように組織と住民の反対運動により、57年から58年にかけて米軍は基地の敷地を国に返還することになります。ここも地元の図書館にある書籍や資料には反対運動の勝利について記されていますが、返還された米軍基地がどこに移設されたのかという点には触れていません。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201839日(金)

 

 

<その9>
◆もう一点、ウヨクやサヨクなど、これまでの政治的な組織や団体と彼らが違うのはオルグをするかしないかという問題です。たとえば、労組や政党といった組織や団体の人たちは、メンバーを集めるために人を呼び、そこで組織や団体の主張を直接説明します。それがオルグというものです。ところが在特会には、オルグがほとんどおこなわれていません。

◆この本では、繰りかえし述べていますが、目の前で差別されている人がいるのに、それに無関心であるということは、その差別を容認していることと同じだと僕は思います。

◆私たちはフェンスの中には勝手に入れない。けれども、米兵はフェンスなど関係なく、基地内と日本国内を自由に出入りしている。安田さん、このことをよく考えてみてください。フェンスに囲まれているのは、じつは米軍ではなくて、沖縄なのでありませんか・・・・


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201838日(木)

 

 

<その8>
◆昔のネトウヨと言えば、見かけからして、「しようもない人」が多かった。でも、最近は違います。大学で講演をやると、一見、頭のよさそうな学生ほど、露骨な差別感情をむき出しにして、僕の発言に対して反論してきます。反論の内容は懸命にネットで検索したマニアックな情報であり、その情報を楯にした、僕の発言の揚げ足とりです。

◆では、このようなかたちで差別する人たちは、どんな思いを持っているのでしょうか。彼らのなかには男も入れば女もいる。教育レベルの高い人も低い人もいる。貧しい人もいれば、金持ちもいる。いろいろな人がいるけれど、もしひとつだけ共通点をあげるとすれば、「奪われた感」と表現できるような感情を強く持っていることです。「奪われた感」を別の言葉で言いかえると、被害者意識となります。

◆国民年金制度ができたのは1959年ですが、この時点では、国籍要件(年金の加入資格を日本国籍者に限定すること)が存在し、在日外国人は制度からはずされていました。この国籍要件がなくなったのは1982年になってからです。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201837日(水)

 

 

<その7>
◆同じように、人を差別してはいけないという感覚は、人が理性を持って生きていくときの常識だといえましょう。その常識をぶちこわし、理性の感覚をくるわせ、「人を差別してもいいんだよ」とささやいたのが、いまの時代であればネットなのである。そして、そのささやきを信じて行動しているのが在特会をはじめとするネトウヨの人たちです。

◆ネットの言葉によれば、その「弱い人たち」は特別な権利を持ち、自分らよりも優遇されている。彼らの特別な権利は、自分らから奪った税金が使われている。だから、彼らをたたくことによって権利を奪いかえすのは、当然のことだ。ネットには、彼らの特別な権利を問題視する言葉がたくさんある。ならば、信じてよいのかもしれない・・・。

◆僕は、ネトウヨの出現が意味するものは、戦後民主主義へのバックラッシュ(ゆりもどし)だと思っています。バックラッシュとは、一定のあいだ、主流だと思われていたもの(考え方やシステムなど)に対して、反発したり、反対することを言います。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201836日(火)

 

 

<その6>
◆自分はなにかを奪われている。その奪われたもので、誰かが得をしている。その誰かを根拠もなく、「在日」だと位置づけたのが在特会です。

◆僕は、1990年代から労働問題の取材をしていました。労組で運動する人だけではなく、運動をしない人の話も聞いてまわりました。なぜ労組に参加しないのかとたずねると「労組ってお金をとるじゃないですか。会社はお金をくれるのに」と答える人がいました。日本の労組の多くは、なかでも、大企業の労組は、経営者となかよくなってしまい、働く人たちをまもるわけでもありません。給料から天引きで組合費をとっておきながらお金は労組で働く人たちの給料や労組主催のレクリエーションなどに消費されていきます。

◆一方、在特会はお金をとったりしません。カンパとして支援金を募集することはあっても、個人から会費のようなものはとりません。

◆ネットが人々の暴力のスイッチを「入れやすく」するような環境を整えてしまった、ということですね。もちろん、そのときどきの時代背景や経済事情などが、噴き上がりのスイッチを入れる原因になっているとは思います。しかし暴力のスイッチを「入れやすく」したのは、確実にネットだと言えます。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201835日(月)

 

 

<その5>
◆これに対し、ほんとうの謝罪など、されていないという日系人もいますがそれでも、いまだ戦時中に「徴用」された朝鮮半島出身者や中国人に対し、国家賠償さえ実行していない日本に比べれば、ましだと思います。

◆日本人は他国で差別されてきた歴史をかかえている。低賃金で働かされ、奴隷のようにあつかわれてきた。そんな記憶をどこかに持っているはずなのです。にもかかわらず、その日本人が、日本以外のアジアの人々に対して、「日本から出ていけ」と言い、低賃金で働く彼らを見下し、「ガイジン」だからといいように利用しています。つまり、自分たちが外国人にやられたことを今度は、自分たちが外国人にやっている。

◆在特会を取材しはじめたころ、僕は彼らにまったく共感しませんでした。もちろん、取材を重ねたいまでも同じ思いです。でも、誰かを憎んだり攻撃したくなるような人々は、なにかしらの悲しさやむなしさ、やりきれなさ、怒りをかかえているということに気づきました。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201832日(金)

 

 

<その4>
◆韓国では研修制度が廃止され、外国人労働者を正式に受け入れる雇用許可制度という仕組みを作ることになりました。働けるのは最長3年となっていますが、転職と退職が自由なのです。これは、日本で働く外国人よりもすこしばかり恵まれている制度だと言えましょう。

◆日本との戦争がはじまったとき、アメリカは敵の国の人々として日系人をそこに収容しました。不思議なのは、アメリカは日本だけでなく、イタリアやドイツも戦いましたがそれらの国の人々を収容する場所はありませんでした。
なぜ日系人は収容され、イタリアやドイツの人々は、収容されなかったのか。簡単な話です。日系人が「アジア人」だからです。収容所には、白人も収容されたという記録があります。しかし、すぐ釈放されている。

◆これだけ差別してきた日系人に対し、アメリカ政府は戦争中の振る舞いに対する謝罪を込めて、レーガン政権のときに補償金を支払っています。僕は、アメリカはどうしようもない部分を持ちあわせた国だと思っていますが、このように建前であれ、負の歴史を直視し、民主主義を保っているのは評価すべきことかもしれません。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
201831日(木)

 

 

<その3>
◆愛媛県の今治と言えば、タオルの生産で有名ですね。世界からも注目されています。そんな今治と言う地域は実習生の「特区」に指定されています。「特区」の何が特別なのか。他の地域よりもゆるい基準で、外国人の実習生が働くことができるという意味で特別なのです。世界に誇る今治のタオルも、末端で作っているのは外国人なのでした。

◆外国人の労働者を日本の生産現場で働かせないのは、政府の方針が元になっています。日本人の雇用に脅威を与えるようなものは認めない、と政府は公式に述べています。そして、政府は移住労働者とか移民と言うものを認めたことがありません。

◆経営者が外国人を優先的に雇っているわけではありません。求人しても日本人の働き手が集まらないから、外国人を雇っているのです。そういうところで働いているのは外国人留学生ですが、留学生は1週間に28時間を限度にして、アルバイトをすることが認められています。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
2018228日(水)

 

 

<その2>
◆差別主義者として生まれてくる人などいません。だからごく普通に学び、働き、遊んできた人がほとんどなわけです。しかし、差別することによる優越感や満足感、差別する者同士の連帯感などを味わってしまうと、そこから抜けだせなくなったりします。

◆日本と言うのは不思議な国で「外国人労働者」という言葉はあっても、制度では彼らが国内にいないことになっています。外国人が日本の工場や農場など、生産現場で働くことを法律で禁じているのです。
働いてはいけないのに、なぜ外国人が働いているのだろう?そんな疑問から、外国人労働者への取材をはじめました。そしてまっさきに見えてきたのが、法律の抜け穴を使った「実習生」の存在と、ただただ日本人の血をひいてるからという理由で、日本の労働が可能になった日系南米人の存在でした。

◆このように、地方で地場産業とか伝統産業と言われているものは、皮肉なことに、外国人労働者の存在によって、維持されている部分があります。・・・・外国人労働者が関わって作られた野菜やくだものを僕らは「国産」だといってありがたがっているんですね。


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 安田浩一「学校では教えてくれない差別と排除の話」(皓星社)
2018227日(火)

 

 

自分がされてイヤなことは、他人にしない。こんな簡単なことが、なぜ、できないのでしょうか?これがサブタイトルの本である。以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1>
◆そんな彼女の手紙には冒頭に「安田くん、ありがとう」と書いてありました。「いじめる側にいた僕になぜ、「ありがとう」なんだろう?」と僕は思いました。読みすすめていきます。すると、「安田くんだけは、私をいじめるときに手加減してくれた」から「感謝している」と書かれていて…。
・・・・とことんいじめ抜かれた人からすると、いじめを手加減してくれただけでも、「感謝」にあたいするほど、うれしいことなのです。でもこれっておかしなことですね。そもそも、彼女がいじめられているということが問題であり、いじめをなくすように努力するのが筋というものです。

◆僕が社長とはなしたときの印象はいなかの町で工場を経営する、ごく普通の人のよいおじさんでした。しかし、人のよいおじさんが実習生を時給300円で働かせる。彼らを冷暖房のない部屋で生活させる。いわば、実習生を奴隷のようにあつかうことによって経営難を乗り越えようとしている・・・・。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017105日(木)

 

 

<その14>
◆アメリカはそうやってアメリカ政府の政策には反対だけれど、アメリカのカウンターカルチャーには共感するという数億人規模の「アメリカ支持者」を世界中に作り出した。それが結果的には、「あれほど反権力的な文化が許容されているっていうことは、アメリカってけっこういい国じゃないか」というアメリカ評価につながってしまった。ソ連にカウンターカルチャーはないけれど、アメリカにはある。最終的には、東西冷戦でアメリカが勝った理由は、そこにあるんじゃないかと僕は思っています。

◆僕も学生時代に全国学園紛争を経験しました。その政治闘争の経験から学んだ一つは、政治闘争は「持続」しなければならないということでした。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017104日(水)

 

 

<その13>
◆今新聞を読んでいる、テレビを見ているというのは、60代以上です。高年齢層に依存しているビジネスモデルが消えるのは、時間の問題です。

◆君たちが大学を選ぶ時の最優先の基準は「卒業した後もその大学が残っているかどうか」だ。(定員割れの学科を抱えている大学は、すでに全体の50%に達している)

◆僕がいつも感心するのは、ハリウッド映画なんです。ベトナム戦争から戻ってきた帰ってきた帰還兵が頭がいかれて人を殺しまくるというパターンの映画があります(ランボーなど)。そういう国民的なトラウマを経験をアメリカ人は娯楽作品として消費することができる。そういうタフさって、他の国にはちょっと例がない。今、もし日本でイラク戦争に行った自衛隊員が戻ってきて、頭のネジが外れて人を殺しまくるなんて映画を作ったら、すさまじいスキャンダルになるでしょう。たちまち上映禁止になる。アメリカでは、それができる。そこに僕はアメリカの強さを見るんです。ハリウッド映画には大統領や殺人犯だとか、CIA長官やFBI長官が陰謀の張本人だったとか、そんな話がいくらでもあります。自分たちの国の統治機構のトップが「ワルモノ」であり、そのせいでシステムが狂うのだが、一匹狼のヒーローが登場してきて、それを食い止めて正義が回復するという話をアメリカ人は毎年何十本と作って娯楽作として享受している。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017103日(火)

 

 

<その12>
◆日本はイスラームの専門家を国策的に育ててもいませんし、イスラームの世界に「知日派」のネットワークを構築するための努力もしていない。

◆安倍首相の脳内には政治的妄想としての「あるべき国家像」があると思います。それは「戦争ができる国」です。いつでも、誰とでも戦争ができる国になりたいって、そう考えている。彼の場合は「国家主権の回復」というのは「戦争ができる国になる」ということと同義なんです。

◆今の日本がアメリカの従属国で、主権国家ではないということは、安倍首相にもわかっているはずです。でも主権がない理由は「戦争できない」からだと考えている。それは違います。主権国家じゃないのは、アメリカの属国だからです。

◆世界のクオリティペーパーというのは、どこも少部数です。「ル・モンド」が30万部、「ザ・ガーディアン」が25万部、「ニューヨークタイムズ」がかろうじて100万部です。でも朝日や読売の部数が落ちたからといって、クオリティペーパーに転身するというのは不可能です。そんなレベルの高い記事をかける記者を育てて来なかったんですから、無理です。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017102日(月)

 

 

<その11>
◆思えば、人文系の学科の中で真っ先に衰微したのが独文科でした。80年代から独文科の進学者が急減した。今ではもう日本の大学でドイツの専門家を育成しているところはほとんどありません。

◆アメリカはこの後間違いなく縮んで行きます。モンロー主義という伝統的国是があるという理由もありますけれど、もう一つはイギリスの例があるからです。大英帝国は1900年代まで七つの海を支配する日の没することのない世界帝国でした。それが戦後、短期間に世界中の植民地や委任統治領を手放し、大西洋に浮かぶ小島にまで縮みました。これほど一気に帝国の版図を自力で縮めて見せた国は世界史上にないと思います。

◆そうやって拡げすぎた領土を整理して、自分たちの国力相応の規模に収まることで、イギリスは生き残ることができた。イギリスは今も安保理の常任理事国だし、核保有国だし、国際社会の重要なプレーヤーでもあり続けている。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017929日(金)

 

 

<その10>
◆対米従属に安住しているうちに、日本人は自力で「日本の国益を最大化するためには、どういう政策が望ましいのかという問いを発する習慣そのものを失ってしまった。アメリカが必ず望むはずの選択だけを選択的に吟味するという習慣が日本のエスタブリッシュメントに定着してしまった。

◆アメリカに留学して、アメリカで学位を取り、アメリカの要路に友人知人がおり、アメリカの移行が知れる人間、そういう人間でないと、政治の世界でも、経済の世界でも、学術の世界でさえ、もう上層にはたどりつけない。そういう仕組みになってしまった。

◆「アメリカが退いたあとに、どこが出てくるだろうね。」という話になって僕が「やはり中国かロシアかな」といったら、平川君が「違う」というんです。「どこが出てくるの?」と訊いたら、彼は「ドイツだ」と言う。アメリカの「撤収」の後、その空隙を埋めるのはヨーロッパであり、ヨーロッパを仕切るのはドイツだ、と。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017928日(木)

 

 

<その9>
◆世界中の多くの国がその不当性をなじったベトナム戦争に関して、日本は単に支持するのみならず、後方支援基地として全面的にサポートしました。アメリカの意図はどうあれ、日本人の多くは沖縄の施政権返還を「大義なきベトナム戦争を支持したことへの報奨」として受け止めたはずです。

◆横田基地の横を先日通りましたけれど、ほとんど使っていないです。離着陸する飛行機もないし、人影もない。でも「じゃあ横田基地を返して下さい」という話にはならない。そんな交渉を始める気が日本政府にはない。

◆日本がアメリカの許諾抜きに重要な外交政策を決定したのは1972年の日中共同声明が最後だったと思います。それを実行した田中角栄に対して、当時のキッシンジャー国務長官は、「絶対に許さない」と公言しました。その後田中角栄にどのようなペナルティが課されたかはご存知の通りです。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017927日(水)

 

 

<その8>
◆「どうしていいかわからないときに、どうしていいかわかる能力」がないと生き延びられない。でも、そんな能力の開発のために、いまの学校教育は何のプログラムも用意していません。

◆英語が世界の共通語になったのは、英米という二つの英語国が200年にわたって世界の超覇権国家だったからです。それだけの理由です。

◆英語の国際共通語化というのは複雑な政治過程の帰結です。英語圏の国の国益が最大化するように設計された高度に政治的な制度なんです。

◆「英語が使える日本人」になるということは、「政治でも、経済でも、学術でも、文化的生産でも、英語を母国語とする人間には、絶対に勝てない日本人」になるということです。

◆安倍内閣の閣議の平均時間は13分だそうです。発言したい閣議は事前に質問書面を出すことを義務づけられている。だから、その場で思いついたことを発言できない。今や閣議というのは、政府案を詰めて議論する場ではなく、ただ官邸が持ってきた法案を黙って承認するだけの儀礼的な場になってしまっている。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017926日(火)

 

 

<その7>
◆「言え」と命令されたことは言う。それはきちんと、定型的な発声法で言う。でもそれが相手に通じるか通じないかには副次的な関心しかない。自分は言うべきことを言っている。だから理解したかどうかは聞き手の責任である。コミュニケーションが成立しなかったとしても、それは私の責任ではなく、お前の責任だ。そういう他責的な発想が広く定着している。

◆コミュニケーション不調を他責的に説明するという習慣が定着する中で「セクハラ」とか「アカハラ」と言われる不祥事が頻発するようになりました。やはり、トラブルが起きるのは、コミュニケーション能力の低い人たち「同士」の間でした。

◆でも同時にハラスメント「被害者」もしばしばコミュニケーション能力に問題を抱えている人がいます。自分に向けられた言葉に複数の解釈可能性があるときに、「自分にとって一番不愉快な解釈可能性」をなぜか自動的に選択する。どうしてわざわざそういうことをするのか。僕にはよくわかりませんけれど、「侮辱に対する感受性が高い」ということを社会的な意識の高さであり、一種の能力だと思っているのかもしれません。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017925日(月)

 

 

<その6>
◆占領期にGHQによる言論統制が行われているという当の事実までが言論統制されていた。だから、占領期の日本人は行き交う言論が「検閲済み」のものだということさえ知らされなかった。戦時中でも、人々はメディアの言葉が「検閲済み」であり、戦争指導部にとって不都合な情報は開示されないということは知っていました。

◆日本人は、8月15日以前は軍部によって言論統制され、それ以後はGHQによって言論統制されている。民主と自由を謳歌しているつもりで、「アメリカによって検閲済みの言論」だけを選択的に語ることを強いられている。

◆コミュニケーション能力というのは、コミュニケーションが成立しなくなった局面を打開する力ではないかと思うのです。

◆接客サービスをする以上、手立てを尽して質問の意図を理解させるべきだけれど、「できない店員」は定型句を繰り返すだけで、それ以上の言い換えをしない。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017922日(金)

 

 

<その5>
◆日本政府が日本の国益を損なうような法律を「アメリカのために」整備した。だとすれば、その「見返り」は何なのか。それが国益でないとすれば、政権の延命とか、政治家や官僚個人の自己利益の増大といったもの以外にありえない。

◆集団的自衛権というのは、平たく言えば「他人の喧嘩を買う権利」のことです。ハンガリー動乱、チェコスロバキア動乱、ベトナム戦争、アフガニスタン侵攻など、ソ連とアメリカという二大超大国が自分の「シマうち」にある傀儡政権が反対勢力によって倒されそうになったときに、「テコ入れ」するために自軍を投入する時の法的根拠として使う。そういう事例しか過去にありません。

◆結局、集団的自衛権の行使というのは、現実的にはアメリカが自分の「シマうち」を締めるときにその海外派兵に日本もついて行って、アメリカの下請けで軍事行動をとるというかたちしかありえない。

◆東京の飲料水は利根川と多摩川から取水しているわけですけど、停電したらモーターが止まるから、都内はいきなり水不足になる。数週間くらいで病人や高齢者から倒れてゆくだろう、ということでした。東京で災害が起きたときに、どうやって避難するのか、衣料品や飲料水や食料をどう確保するのか、そういうことについての手だてに現政権は何の関心も示さない。国土の保全と国民健康より経済効率を優先している。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017921日(木)

 

 

<その4>
◆世界広しといえども、「右翼」を自称している政治勢力が自国領土内に外国の軍隊が駐留していることに対して、「国土を返せ」という反基地運動を展開していないのは日本だけです。誰もそれが「異常だ」と思わないという点が「異常」なのです。

◆1972年の沖縄返還から後は、もう42年が経っている。そのあいだ、アメリカから日本が奪還したものは何一つないのです。何一つないんです。ゼロです。

◆特定秘密保護法というものは、要するに、基本的人権の一つである言論の自由を制約する法律です。国民にとって何の利もない。なぜ、そのような反民主的な法律の制定を強行採決してまで急ぐのか。その理由は「このような法律がなければアメリカの軍機が漏れて、日米の共同的な軍事作戦の支障になる」ということでした。

◆現に国家権力中枢からの国家機密漏洩は日本政府部内では、すでに日常的に行われていると僕は思っています。どこに流れているのか。もちろんアメリカに流れている。政治家でも官僚でもジャーナリストでも知る限りの機密をアメリカとの間に取り結んだそれぞれの「パイプ」に必死になって流し込んでいる。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017920日(水)

 

 

<その3>
◆この事件によって、「アメリカの国益を最大化することが、そのまま日本の国益を最大化することなのである」という信憑を深く内面化してしまった人たちが日本社会を実質的に支配しているのだということを僕は知りました。

◆映画監督のオリバー・ストーンが日本での講演で言ったのはこういうことです。日本にはすばらしい文化がある。日本の映画もすばらしい。音楽も美術もすばらしいし、食文化もすばらしい。けれど、日本の政治には見るべきものが何もない。あなた方日本人は実に多くのものを世界にもたらしたけれども、政治的にはいかなる責任も果たしたことがない。日本のこれまでの総理大臣の中で、世界がどうあるべきかについて語った人はいない。一人もいない。日本は政治的には単なるアメリカの属国であり、衛星国であると。

◆「アプローチは拙劣だったかも知れないが、鳩山首相の主張は正しい」という擁護の論陣を張ったメディアは、僕の知る限りありませんでした。アメリカの信頼を裏切るような政治家に国政は託せないというのがほとんどすべてのメディアの共通する論調でした。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017919日(火)

 

 

<その2>
◆フィリピンも、一度は米軍基地を邪魔だから出て行けと追い出しておきながら、南シナ海で中国との領土問題が起きてくると、やはり戻ってこいと言い出した。アメリカの国益よりもフィリピンの国益を優先するという原理があるからです。

◆アジア諸国がアメリカと5分でシビアな折衝をしている中で、日本だけがアメリカに何度も要求しないでただ唯々諾々とその指示に従っている。そして、その異常さが際立たないようにするために、近隣の国がアメリカ相手に堂々とパワーゲームを展開しているという事実そのものを日本国内に伝えないようにしている。

◆基地を縮小して欲しい。できたら国外に撤去して頂きたいということを要求することは主権国家としては、当たり前の要求です。けれどもこの発言に対して、集中的なバッシングがありました。特に外務省と防衛省は首相の足を引っ張り、結果的に退陣の流れをつくった。

◆鳩山が日本の国益を主張すると、アメリカの国益が損なわれるリスクがあるというふうに「忖度」して、引きずり出そうとする政治家や官僚がいくらでもいるからです。


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 内田樹「日本の覚醒のために―内田樹講演集」(晶文社)
2017915日(金)

 

 

本書は内田樹氏の講演をまとめたものであるがインパクトのあるくだりを要約してご紹介してみたい。

<その1>
◆日本のメディアは、韓国における反基地運動の「成功」についてほとんど何も報道しなかった。なぜか。それは韓国での成功が報じられたら、当然日本国民は「わが国でもできないはずはない。韓国ではどういう理論武装によって、どういうかたちの運動が展開されたのか?」と問うはずだからです。おそらく、メディアは日本政府に配慮して、そのような問いかけが湧き起こることを忌避したのだと思います。

◆北との戦争のリスクが高まった。だから朝鮮半島にある米軍基地を縮小するということは、アメリカの国益を最優先に配慮した場合には、合理的な戦術的な判断なのです。

◆韓国は米軍基地は邪魔だから出て行けと言っておきながら、北朝鮮と一戦を構えるときには、米軍に出動して欲しいから、戦時作戦統制権は持っていてくれと。そういう「虫のいいこと」を要求している。


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 川村二郎「学はあってもバカはバカ」(かまくら春秋社)
2017817日(木)

 

 

<その2>
◆もっとも政治部の記者たちの実態を見聞きするうち、彼らの多くは、この国のため、だれがどんな政策を考え実行しようとしているかより、だれがどのポストにつくか。そこに主たる関心を持っていることがわかってきた。
要は人事が好きなのである。「政局」という単語は日本の政界独特のもので、英語などにはそれにあたる単語がないそうだが、政局とはつまり人事だろう。

◆本にまとまったものを繰り返し読んで、ひとつわかったことがある。名文の命は、ネタであるということである。
それ以来文章はまずいい材料があること。包丁さばきはその次という点で料理に通じ、うまいかまずいか、おもしろいかおもしろくないか、決めるのは作り手ではなく、受け手であるところも、文章と料理は似ていると考えるようになった。

◆そんな学生の1人に、「新聞を読まない大学生に読ませようとしても、ムダです。それよりいま読んでいる学生が読んでタメになる記事を書いて下さい。」といわれたことがあった。


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 川村二郎「学はあってもバカはバカ」(かまくら春秋社)
2017816日(水)

 

 

朝日新聞社会部の記者だった人の著書であるが最初はこの本のタイトルはまさにご自身のことを言っているのかと思った。しかしながら読み進めていくと、実は、その学すらないことがわかってきた。
以下、本書より比較的まともな部分を、要約してご紹介していく。

<その1>
◆よきレディとはどういう女性か。自分が使うトイレは、いつも自分できれいにしておく。これが、よきレディへの第一歩です、というのが雙葉の伝統なのである。

◆はじめに僕は、「学のあるバカ」を当事者なのに評論家然としている人と定義したが別の言い方をすれば、「学のあるバカとは、実践に向かない人・修羅場を避ける人」ということになる。うんと俗に言い方をすれば、「ケンカの仕方を知らない人」ということができる。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017524日(水)

 

 

<その12>
◆私はスノーデンの近況に話題を移した。日本ではこれまで、彼の政治亡命後の生活はまったくと言っていいほど報道されてこなかったからだ。彼が世界各地で旺盛な講演活動をし、特にたくさんの若い世代に直接語りかけていることを私も一年前まで知らなかった。スノーデンの告発は進化していたのだ。

◆政府は、よく監視について「隠すことがないなら恐れることはないだろう」と人々に向かって言います。このフレーズは実は、ナチスのプロパガンダから出ています。けれどプライバシーはなにかを隠すためにあるのではありません。プライバシーはなにかを守るためにある。それは個です。プライバシーは個人が自分の考えをつくり出すために必要なのです。人は自分の信じるところを決定して表現するまでに、他人の偏見や決めつけを逃れて、自分自身のために考える自由が必要です。・・・・・プライバシーがなくても構わないと主張する人は、表現の自由なんかなくても構わないと主張しているのと同じです。自分には言えることがなにもないから、と。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017523日(火)

 

 

<その11>
◆隣組や町内会を通じて密告が奨励された。戦時中はスパイ防止活動にとどまらず、国家への批判を連想させるどんな考えや行動も「非国民」と非難され、社会的にも肉体的にもそれは死に直結した。ネットも携帯もなくても戦時総動員体制下の日本は人々の目と出版物や郵便物への検閲、そして何よりも天皇への忠誠心によって自己の内面にまでおよぶ総監視社会を実現したのだ。

◆スノーデンが大量監視システムの実態を暴いたように、監視研究はこのすべてのプロセスを目に見えるものにしていかなくてはならないと私は思う。それくらい真実は、力ある者にとって都合のいい後づけの宣伝と世論操作によって覆い隠されている。私たちはあふれる情報のなかで、価値観がますます倒錯する時代に迷い込んでいるのだ。

◆インターネットの強い信奉者であるスノーデンは、だが同時に、真実の力を信じる人でもある。その専門知識をばねに、だれよりも創造的に現代の監視の全体像を私たちに提出した。彼の言葉にもう一度、耳を傾けよう。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017522日(月)

 

 

<その10>
◆日本でいえば、アムネスティのような人権団体や原子力発電に反対するネットワーク、平和運動、労働組合、天皇制反対、死刑反対、反貧困、海外援助、歴史認識・教科書問題、性差別反対、障害者差別反対、民族差別反対などに携わるグループ、政府の対応を求めるあらゆる動きや人間の集まりが対象になる。いや、すでになっているだろう。

◆これは犯罪捜査やテロ対策とはなんの関係もない。権力の濫用です。濫用がルーティン化している。しかし濫用は秘密に守られ、けっして表には出ない・・・。

◆膨大な予算と人材と手にするNSAは企業と連携してネット上の「盲点」をなくすべく、監視技術を開発する。スノーデンがコンピュータ会社デルの社員として来日し、米空軍横田基地(東京都)で働いていたように、軍と一見なんの問題もなさそうな会社がMSAの別動隊を務める。NSAはまた、米国で最大の数学者の雇用先といわれ、大学や大学院を卒業したばかりの大勢の数学者たちを毎年、アルゴリズム設計のために多数採用する。米国の軍産複合体は今、軍―監視―情報産業複合体へと成長を遂げている。衛星通信やインターネットのように、軍事分野で開発された技術はのちに、次々と商用に転用されていく。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017519日(金)

 

 

<その9>
◆2015年には、辺野古移設反対運動のなかで、沖縄平和運動センターの山城博治議長らが米軍に拘束され、名護署に引き渡される事件があり、山城議長が米軍キャンプシュワブ敷地内に入ったとして、日本人警備員に拘束された際の映像がネットに流出した。この映像は同年2月22日に基地内監視カメラから撮影されたものとみられ、在沖縄米海兵隊のロバート・エルドリッジ政務外交部次長が流出に関与したとして、懲戒処分されたことを、琉球新報が伝えている。

◆こうした反対運動の動きも、米政府によってスパイされてきたのだろうか?スノーデンの答えは単刀直入だった。
「間違いありません。まさに政府にとって最優先項目でしょうね。米諜報機関は日本に複数の施設を構えている。でなければ、沖縄にあれだけある米軍基地はなにをしていると思いますか?これらはお飾りじゃない。巨大な監視能力を備えています。」

◆大量監視は市民の社会活動もターゲットにしている。英国のGCHQが世界的な人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルを違法にスパイしていたことも、スノーデンの告発をきっかけに発覚し、英裁判所がこれを2015年7月に認定した。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017518日(木)

 

 

<その8>
◆日本人の従順さはときに西欧人の個人主義的な理解の範疇を超え、転じて「自らそう望んでいる」としか 理解されないことがある。だから抗議しない日本人は盗聴しても構わないし、むしろ、穏便に盗聴されたがっている。NSAは本気で考えているのかもしれない。

◆ブッシュ政権時の司法省幹部を含む諜報や技術の現場に携わってきた専門家たち。その人たちの目にすら、NSAの大量監視が人々のいのちを具体的に守ったケースは1件も見当たらなかったのである。

◆実際にはテロ以外のことに手を伸ばし、サクランボの貿易に関わる日本の公務員とか三菱の社員を監視している。それなのに監視強化の法律を通すときには、徹頭徹尾、テロ、テロ、テロと言いつのる。実際にはテロ対策は、情報収集のなかで大した割合を占めない。いや実は最小部分でしかないのに。

◆民主主義を標榜する新聞やテレビが一様に沖縄に基地を押し付けようと、鳩山政権を包囲していく様は、私には不可解極まりなかった。こうしたメディアの動きも、米国の監視と対策の下にあったのだろうか?


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017517日(水)

 

 

<その7>
◆そして、ここで驚くべき発言をした。「それと同じ目的で、日本で近年成立した(特定)秘密保護法は実はアメリカがデザインしたものです。」

◆特定秘密保護法の成立によって国が「秘密」と指定した文書の内容について他人に漏らせば、最高懲役10年の罪に罰せられる。他人に漏らすのを助けた人も罰せられる。つまり国にとっては、都合の悪い文書を秘密にすれば、事実を合法的に闇のなかに隠しておくことができる。

◆したがって現在、日本人を含む非米市民は、米市民以上に電話やネットの情報を米政府に収集されやすく、日本の私たちの情報は令状なしで収集されているのだ。この点は米メディアではほとんど問題にされない。国際報道の多くは、米国経由で入ってくる日本でも指摘されてこなかったので、強調しておきたい。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017516日(火)

 

 

<その6>
◆私の先生のデイヴィッド・ライアンは電子情報通信網の発達によって大量の個人情報の取得、保存、利用が可能になり、以前とは異なる「監視社会」が到来したことを指摘して、世界的に知られる監視研究の先駆者になった。

◆ここにきて本当に良かったと思った。自分のやろうとしていることを個々人が理解してくれ、「気をつけろ」と言うのではなく、「どんどん行け」と応援してくれる。この人たちには恐れがない。そういう仲間に支えられて、私はインタビュー当日を迎えた。

◆一見、軍と何の関係もなくみえる情報通信会社がNSA職員の偽装に手を貸している。クリーンなイメージのシリコンバレーは軍の情報化によって、アイゼンハワー大統領が1961年の退任時に指摘した「軍産複合体」のすでに中心部に位置していると言っていい。

◆実は米国は、日本で防諜にあまり力を入れていません。というのも日本が米国をスパイする可能性はまずないからです。少なくとも米国側の考えによれば、日米は非常に不平等な関係にある。米国の立法関係者は日本にするべきこと、するべきでないことを指導する立場にあり、日本ではだいたいその通りにすると。日本人は米国をスパイすることは恐ろしくてできない。なぜなら、もしスパイしてバレれば、我々から罰せられるから。逆に我々が日本をスパイして気づかれたとしても、日本人はどうすることもできない、と考えているのです。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017515日(月)

 

 

<その5>
◆スノーデンの告発以前にも、NSAの大量の違法な監視の手法は、断片的に報じられていた。それが真実であるということは、一定の人々には行き渡っていた。しかし、ブッシュ政権及びオバマ政権はこうした事実が広まることをメディアに対しても、法廷でも、全力を挙げて阻止しようとし、NSAの実態をけっして明らかにはしなかった。ニューヨークタイムズをはじめとするメディアもまた、政権と妥協し、あるいは「テロリストを手助けするのか」という脅しに屈し、徹底的に追及することはなかった。

◆オバマ政権は香港を飛び立ったスノーデンのパスポートを無効にした。これは米国市民としての市民権を剥奪するに等しい。常軌を逸した措置だった。その瞬間、スノーデンが、アメリカ国家の敵とされたことが明白になった。いったいいまの時代、「米国の敵」と名指しされることより恐ろしいことがあるだろうか?それはアフガニスタンやイラクから「テロリスト」として連行され、容疑も不確定なまま無期限で米軍グアンタナモ収容所に収容される「敵性戦闘員」に等しい。米国の法規はもちろん、ジュネーブ条約で保障されているはずの「捕虜」として、人権すら奪われる。自分を人として守るすべはすべて奪われる。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017512日(金)

 

 

<その4>
◆インターネットがアメリカ由来の技術であることを幸いに、米政府がケーブル回線などあらゆる地点から世界中の個人情報を抜き出し、一方、民間企業が表面上は「プライバシー保護」を約束しながら、裏では政府に個人情報を全面的に提供していたことが白日の下にさらされ、世界中に衝撃を広げた。

◆現代の権力はメディアを通じて、情報を操作し、人々の同意をとりつけようとする。だから都合の悪い情報を流したメディアを罰しようとする。真実でない報道をしたからではない。まさに都合の悪い真実に触れたからである。朝日新聞はこうした権力に罰せられた。

◆優れた理論は現実をより明確に見えるようにしてくれる。その出会いとの嬉しさといったらない。私の心の底からシビれた。現場を渡り歩くだけでは見えてこないものが、ついに見える。理論によって獲得された視点が現場で起きていることの本当の意味を見えるようにしてくれる。記事の指針を与えてくれる。勉強することと、現場にあたることは、お互いを発見しながら、問題の本質へ近づいていく。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017511日(木)

 

 

<その3>
◆IDカード実証実験が40年間失敗し続けたように、住基ネットもまた「行政の効率化」にも「国民の利便性の向上」にならなかった。いつまでたっても成功しない実験で答えはとっくに出ていたためだ。するとこれは、科学的にテストして結果を知るための実験ではなく、人々を背番号とカードに慣れさせるための政治的演習だったのかと思えてくる。それほど、全国民を一元的に検索できる仕組みをつくることは、為政者の理想らしい。

◆暴露されたのはアメリカ国家安全保障局(NSA)の極秘監視システム。NSAが米大手通信会社ベライゾンの社内システムから加入者数千万人の国内外通話履歴を無差別かつ大量に入手していたことを、NSAの機密文書によって暴露した。

◆さらに「プリズム」というプログラムを使って、マイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、スカイプ、アップル、ユーチューブなどの米インターネット九社のサーバーから、一日数百万件にのぼる利用者の通信記録を手に入れていたという前代未聞のニュースが後を追った。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
2017510日(水)

 

 

<その2>
◆韓国では銀行口座を開くのも、ビデオをレンタルするのも、インターネットを使うのも、住民登録番号が必要だった。それとともに、個人情報の流出がすでに社会問題化していた。番号制度や指紋押捺を拒否した人が、選挙で投票できない。パスポートが取れないといった権利侵害も発生していた。そして住民登録制度はパクチョンヒの軍事政権下の1962年に始まり、国内の「容共分子」(共産主義思想を受け入れていると思われる人々)を洗い出すため、つまり思想弾圧のためにつくられたことを知った。

◆住基ネットは無理やり立法化され、初期構築に400億円、年間維持費に毎年180億円といわれる巨費を投じ、国の295の事務に利用するはずが、10年後にはほぼ年金支給事務にしか使われなくなっていた。つまり、さまざまな個人情報を一元的な番号でつなげ、さまざまな事務に国が利用するという「総背番号の夢」ははっきりと挫折したのだった。


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 小笠原みどり「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版)
201759日(火)

 

 

米国の世界同時監視システムの真実を告発して世界を震撼させたスノーデンに、日本人ジャーナリストが初の長時間インタビューを敢行と本の帯に書かれている。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して、ご紹介していきたい。

<その1>
◆住基ネットについて書くのもしばらくお預けとなって私はそれまでの間、日本軍「慰安婦」問題と沖縄の米軍基地問題の取材に没頭した。このふたつの問題は、記者としてのテーマというより、私の人生そのものに深く突き刺さった。

◆監視社会問題について書くようになってからも、慰安婦問題と基地問題は、私の頭から離れたことはないし、そこから学んだことと矛盾するような監視への理解も私にはできない。それくらい「慰安婦」とされたおばあさんたちや彼女たちを支えてきた日本の人々、「軍隊は住民を守らない」と教えてくれた沖縄の女性たちとの出会いは衝撃的で私の世界観をつくりかえた。


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 熊野以素「九州大学生体解剖事件 ―70年目の真実」(岩波書店) 
20161111日(金)

 

 

<その2>
また、妻蕗子の戦いの方が興味深い。
蕗子は、除名や減刑ではなく、はっきりと判決の見直しを求める嘆願書を作っている。その嘆願書の束を受け取ったGHQの係官は、次のように述べている。

「この人はまじめで悪いことをしたことがない。そんな悪いことをするはずがない。命ばかりはお助け下さい。そんなことを言っても無意味だ。・・・・あなたの嘆願書には判決は間違っていると冒頭から書いている。・・・・他の人の嘆願書には初めに『公平な裁判をしていただいてありがとうございます』と書いてある。公正な裁判をしてもらってありがたがっているなら、再審査する必要はないわけだ。・・・・遠慮なく、反証を出しなさい。

最後に鳥巣太郎本人のインタビューを紹介しておく。

「どんなことでも自分さえしっかりしとれば、阻止できるものです。言い訳は許されんとです。当時反戦の言動を理由に警察に引っぱられた人たちがおりました。あの時代に反戦を叫ぶことに比べれば、私らが解剖を拒否することの方がたやすかったかもしれません。ともかくどんな事情があろうと、仕方がなかったなどというのではいかんのです。


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 熊野以素「九州大学生体解剖事件 ―70年目の真実」(岩波書店) 
20161110日(木)

 

 

<その1>
死刑判決を受けた九大助教授の姪による渾身のノンフィクションと帯には書かれている。
医師たちの戦争犯罪をテーマにしているだけに内容は、かなりインパクトがある。

軍部の命令なのか、医の倫理の逸脱なのか――。敗戦直前の1945年春、九州大学医学部で行われたおぞましい「実験手術」により米軍捕虜8人が殺された。

当時、医学部第一外科の助教授であった島巣太郎は、この生体実験に抵抗した。しかし、戦後に行われた裁判で首謀者の1人として死刑判決を受けた。 島巣は苦悩の末、死を受容する心境に達したが、島巣の妻、蕗子は様々な妨害をはねのけ、審査を請求し、減刑を勝ち取ったのである。

「九大生体解剖事件」は軍と九大医学部の共同行為であるというのが著者の結論である。つまり医学の進歩のためならば、なにをしても許されるという意識が医学界にあったということである。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
2016525日(水)

 

 

<その12> 
◆いまからちょうど20年前に上梓した拙著「個人尊重の組織論」では、日本の企業が社員を自立した個人として尊重していないこと、それが社員の心理的な離反をもらしていることを指摘した。

◆よく知られているように、戦前・戦中の時代に政権や軍部のいちばん嫌ったのが個人主義者である。左翼を右翼や保守主義者に転向することはたやすいが、煮ても焼いても食えないのは個人主義者だと嫌悪された。右翼も左翼も全体主義という点では似た者同士だが、個人主義と全体主義は水と油のようなものだからである。

◆わが国に健全な個人主義が浸透していたら、先の戦争のような悲劇もおそらく防げたであろう。戦後、曲がりなりにも平和な社会が維持されてきたのも、不完全ながら健闘した個人主義の功績が大きい。だから私は個人主義のレッテルを貼られることを誇りに思う。そして、本当の個人主義を理解し賛同する人が増えることを願う。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
2016524日(火)

 

 

<その11> 
◆本当に規制緩和が必要なのは、政府による規制よりも、むしろ組織の中での規制である。言い換えるなら、「小さな組織」こそが求められているのである。

◆私は研究者になるとき決意した。「個人の尊重」、すなわち、個人を大切にし、個人を生かす組織や社会を追求することに研究人生を捧げようと。そして、常にそれを念頭に置きながら組織や社会を研究してきた。

◆そこでずっと感じてきたのが、日本の組織に通底するある種の全体主義的な体質である。それが知らず知らずのうちに、私たちの自由を奪い、可能性の芽を摘んでしまっている。また組織の内部者と外部者との間に無意味な厚い壁をつくっている。要するに、「組織の論理」が強すぎることを痛感したのである。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
2016523日(月)

 

 

<その10> 
◆本書で私が一貫して批判してきたのは、組織の肥大化である。もちろん、肥大化したというのは、組織の規模ではなく、組織の役割であり、組織の成員に対するかかわり方が強すぎることを意味する。俗っぽい表現をすると、組織がでしゃばりすぎ、お節介を焼きすぎるのである。

◆規制緩和の恩恵を受け、自由を謳歌するようになったのは企業だけであり、個々の社員にとっては、恩恵が少ないばかりか、逆に不利益をこうむることが多くなっている。

◆トップから事業部長や支店長などへの権限移譲が進む一方で、一般社員への権限移譲は進まず、彼らに与えられた裁量権や影響力は、海外の企業に比べて明らかに小さい。顧客や市場と接する担当者レベルでは何も決められないのである。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
2016520日(金)

 

 

<その9> 
◆組織がこのように厚い壁で内と外を隔て「全」と「無」かの二者択一を迫ってきたのは、日本人に「公」の概念が乏しく、内輪の対人関係しか築けないためだろう。しかし、このような「全」か「無」かの両極端化は、これからの時代には通用しない。

◆PTAのPはペアレンツ(親)、Tはティーチャー(教師)、そしてAはアソシエーションの頭文字をとったものである。「アソシエーション」はもともとコミュニティと対比される概念であり、目的を達成するため、自発的に組成された団体を意味する。したがって、参加するかどうかは、本来、自由なはずであり、強制的な加入や全員加入というやり方はなじまない。

◆「自由参加の原則」の趣旨は、単に加入を強制しないという消極的な意味だけではない。できるだけ、外部に開かれた会にするという積極的な意味を併せもつ。アメリカのPTAは参加が強制されない一方、親以外の地域の人々も参加している。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
2016519日(木)

 

 

<その8> 
◆諸外国の地方自治体に比べても権限の大きい日本の首長は、地域の大統領とも言える存在である。

◆地方自治、地方分権はよいことだという前提で政治や行政の改革が進められているが、個人の視点からみるとそこには「影」の部分がある。地方自治、地方分権によって後退した国の役割をもう一度評価しなければならない。

◆組織や集団の規模が小さくなるほど、人々にとって身近になる反面、「組織の病」が極端な形であらわれやすい。その象徴が学校のPTAであり、地域の町内会、自治会である。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
2016511日(水)

 

 

<その2>  
◆海外では、顧客満足(CS)を高めるには、商品やサービスを提供する従業員満足(ES)を高めることが不可欠であるという考え方が定着しつつあり、社員の職場環境や勤務時間からキャリア支援にいたるまで力を入れて取り組んでいる企業が増えている。

◆IT化やグローバル化によって、チームに求められるものが激変している。同じ作業をみんなでいっせいにこなすような仕事は、機械やコンピュータにさせればよい。極論すれば、同じ能力や知識をもった人はいらなくなる。

◆モノづくり中心の時代と違って、一糸乱れぬ統制が必ずしもいらなくなっている。また、細かい調整はコンピュータにさせればよいし、インターネットなどの情報通信技術の発達によって、物理的にも一緒に顔を会せて仕事をしなくてもすむようになった。これまでのような意味での強固な団結、統合は不要になったわけである。


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 太田肇「個人を幸福にしない日本の組織」(新潮新書) 
201656日(金)

 

 

私は組織論のはなしには、あまり興味はないのだが、この著者の主張には納得できるところが多かった。以下、本書より、インパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1> 
◆私は組織学者だが、普通の学者とは、反対に、組織を個人の視点から研究してきた(方法論的個人主義)。
人間はさまざまな欲求や動機をもち、複雑な立場や利害関係・社会的背景の中で生きている。それを抜きに組織との関わり方を語れない。そもそも組織は個人が達成できないことを成し遂げるためにつくられるものであり、最終的に個人の利益につながらないような組織は無意味だ、そう考えているからである。

◆主要な欧米企業は、たいてい、顧客や社会への貢献とならんで、自社の従業員を大切にすること、それも抽象的な社員ではなく、「個人」として尊重することを経営理念として大きく掲げている。


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 溝口敦 「ヤクザ崩壊、半グレ勃興」(講談社) 
20151215日(火)

 

 

<その5> 
◆今、四課に求められているのが何かと言えば、数字が読める、カネの流れを追える、金銭的追跡ができる捜査員ってことです。これなしでは暴力団は潰せません。

◆こうして暴力団組員は、公共住宅からはもちろん、民間の不動産からも締め出される。銀行口座もつくれないし、証券取引口座もつくれない。貸金庫も借りられない。公共工事や民間工事の下請け、孫請けにも入れない。そのため子供の学校の授業料を銀行口座から自動引落しすることもできない。


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 溝口敦 「ヤクザ崩壊、半グレ勃興」(講談社) 
20151214日(月)

 

 

<その4>  
◆振り込め詐欺の主宰者が「ヤミ金は客にカネを貸しても返さない時代になった。そういうことなら貸してもいないカネを請求して取ってやろうとなったわけ」とうそぶくのは、こうしたヤミ金を取り巻く環境の厳格化を背景としている。

◆振り込む人間がバカなんじゃない。我々のやり方がうまいんだから、どうしようもない。架空請求の手口は1月ごとに進化しているんです。

◆この男の詐欺グループは5人で、月商2億円を上げている。月経費は100万円程度、売上の9割方は利益になるという。 仲間というか社員にはその者がその月カモにしたターゲットに振込ませた額の10%、平均月200万円ほどを支払っているが、主宰するこの男自身は、ここ2年弱で10億円は稼いだという。

 


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 溝口敦 「ヤクザ崩壊、半グレ勃興」(講談社) 
20151211日(金)

 

 

<その3> 
◆半グレで居続けるかぎり、法令上の扱いは、一般人、堅気であり、それなりに人権を擁護される。同じ犯罪の判決でも暴力団と半グレとの間には、量刑に差がある。つまり、暴力団は割に会わない稼業になりつつあり、半グレは割にあう。

◆暴力団の中でガリバー型の大勢力が山口組で、その構成員数は全国組員数の46%を占める。つまり、ヤクザのうちおよそ2人に1人は山口組なのだ。

◆最高裁は、2008年6月、ヤミ金は反倫理的不法行為の加害者であり、彼らが犯罪の手段として顧客に渡した元金は、不法原因給付に当たるから、顧客に返送するよう請求できないと判決した。総じてヤミ金による超高利の貸し付けは公序良俗に反して、無効であり、ヤミ金融は貸金として、利息はもとより、元金も返還請求できないとなった。


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 溝口敦 「ヤクザ崩壊、半グレ勃興」(講談社) 
20151210日(木)

 

 

<その2> 
◆早晩、暴力団という日本に特異な組織犯罪集団は息の根を止められ、諸外国と同様、半グレという単なる組織犯罪グループが犯罪のメインストリームになるにちがいない。もはや反社会的勢力に暴力団のような盟主は必要ないわけだろう。

◆あえて、相撲取りとはいわないが、広く堅気、つまり一般の不良化や、半グレ集団化が進んでいる。たとえば、振り込め詐欺の主宰者、電話で演技して年寄りを騙し、カネを引き出している若者たちの大半は組員ではなく堅気である。暴力団が振り込め詐欺に関係したとしても、せいぜいケツ持ち(後見人、用心棒)か道案内程度に過ぎない。


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 溝口敦 「ヤクザ崩壊、半グレ勃興」(講談社) 
2015129日(水)

 

 

いまや私たちの生活を地獄に陥れるあらゆるかたちの「暴力」の主役はヤクザから「半グレ」集団にとってかわられた。ヤクザと違い、看板を掲げるでもなくバッジをつけるわけでもなく、隣にいても気づかないほどに社会に深く潜行している。
以下、本書よりインパクトのあるくだりを要約して御紹介していこう。

<その1> 
◆警察の考えでは、暴力団にはヤクザ型とマフィア型の2種類がある。ヤクザ型は住吉会や稲川会であり、これらは警察と話し合うことも、折れ合うことも知っている大人の団体である。
対して、山口組、とりわけ弘道会はマフィア型団体であり、警察の権威を認めず、何かと楯突いて憎たらしい。

◆「関東連合」は半グレ集団の代表と目されてきた。実は半グレ集団を恐れなければならないのは、彼らが行う殺し合いではなく、経済犯罪にある。彼らは暴走族の出身でさえなく、たまたま半グレ稼業に紛れ込んだ一般人から成る集団である。半グレの怖さは、粗暴さにあるのではなく、経済犯罪を敢行する悪知恵にある。


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 熊谷 徹「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」(青春出版社) 
20151120日(金)

 

 

<その4> 
◆ドイツでもかつては、借金に依存する財政運営が恒常化していた。しかし、この国では、2009年からの5年間で、財政赤字を96%も減らすことに成功した。

◆2015年1月にドイツ連邦政府は「2014年度に歳入がわずかに歳出を上回って財政が均衡し、新規の国債発行は不要だった」と発表した。このニュースは多くの日本人を驚かせた。


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 熊谷 徹「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」(青春出版社) 
20151119日(木)

 

 

<その3> 
◆ドイツでは、「1日の労働時間が10時間を超えると、仕事の効率が目に見えて落ちるし、ミスをする危険が高まるので、長時間労働をしない」と考える人が多い。

◆親が子供の勉強を見なくてはならないというのも、ドイツ人が会社で長時間働かない理由の一つである。子どもの教育とは、きわめて重要なものであり、学校だけに任せることは間違いだと考えている。

◆2009年のドイツの相対的貧困率は9.5%。それに対し、日本は16.0%、米国では16.5%とはるかに高い。日本の相対的貧困率がドイツより米国に近いというのは、私にとってはショックである。


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 熊谷 徹「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」(青春出版社) 
20151118日(水)

 

 

<その2> 
◆メルケルは、自分で改革を断行したわけでなく、シュレーダーが導入した改革路線を継承しただけである。彼女は、シュレーダーが蒔いた種から育った果実を収穫するという幸運な立場にめぐり合わせたのだ。

◆ドイツ企業では、日本の企業よりもチーム精神が希薄なので、同僚が残業していても、自分の仕事が終わったら、さっさと帰るのは常識だ。この背景には、ドイツの企業では、自分の仕事や責任の範囲が明確に決まっているという事情もある。

◆ドイツでは、多くの法律や規則があるだけではなく、政府が厳しく法律違反があるかどうかをチェックし、市民や企業も法律に違反しないように細心の注意を払う。
ドイツ人は人間の感情よりも、法律や規則を重視するのである。


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 熊谷 徹「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」(青春出版社) 
20151117日(火)

 

 

有休消化率100%、夏休みは2週間以上なのに、仕事の成果は日本の1.5倍!
ドイツ流「効率のいい」働き方の秘密について書かれているのが本書の内容である。以下、本書より、インパクトのあるくだりを要約して御紹介していきたい。

<その1> 
◆ドイツでは、仕事が人につくのではなく、企業についているのだ。つまり、担当者が2週間会社に来なくても、他の社員がお客さんの問い合わせにすぐ対応できるようにして、書類や電子ファイルをわかりやすく整理しておくことが徹底されている。

◆ドイツの国民性の1つに、整理整頓と分類が好きなことが挙げられる。企業のオフィスにコンピュータのなかった1970〜80年代にも、厳密に規格化されたライツ社製のバインダーなどによって、書類が整然と分類されて、誰にでも、見つけられるシステムがとられていた。


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 阿藤芳明 「相続財産は『切り離し』で残しなさい」 (実業の日本社) 
20141211日(木)

 

 

<その2> 
◆建物の固定資産税評価において、システムキッチンのような建物設備はどう考えるのでしょうか。システムキッチンが1000万円かかろうと2000万円支出しようと、それは従来からある設備を換えて、グレードアップしただけと考えて、建物の評価額は上がることはありません。

◆名義預金を使わず、なおかつ、子や孫に知られずに贈与をする方法を考えてみましょう。実は信託を使えば、子や孫への秘密の贈与はできるのです。信託には「自己信託」といって「親が親自身に対して預金を信託する」ということができます。つまり、委託者が親で受託者も親という図式です。そして、その信託から得られる利益を享受する受益者は「子」か「孫」にします。原則として、信託契約では、受益者にその旨を通知しなければならないのですが、特約で別段の定めをすれば、知らせないことも可能です。


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 阿藤芳明 「相続財産は『切り離し』で残しなさい」 (実業の日本社) 
20141210日(水)

 

 

タイトルにある財産の切り離しとは、「贈与」と「信託」のことを意味している。以下、本書より参考となるくだりを要約して御紹介することとしたい。

<その1> 
◆超高層マンションは必ず低層階より高層階のほうが値段が高くなっています。同じ面積でも2階は5,000万円、40階は2億円という開きのあるマンションも珍しくありません。眺望がよく社会的なステータスも高い高層階のほうが人気があるからです。しかし、財産評価額として見た場合には、低層階も高層階も評価額は同じになります。 

◆固定資産税の評価額は、実際の建築価格を上回ることはあり得ません。非常に大雑把な言い方になりますが、鉄骨・鉄筋系で建築価格の70〜80%程度、木造系で40〜50%程度ではないでしょうか。


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 龍前 篤司×山崎 隆 「やってはいけない相続税対策と遺産分割」(ファーストプレス) 
2014129日(火)

 

 

<その2> 
◆最近注目されているのが、平成18年に改正された「信託法」を利用して、高齢者の資産を管理・運用しようとする方法です。この信託のことを本書では単に「民事信託」と表記します。これは信託銀行などが業として行う商事信託と分けるためです。

◆つまり、実質的には、一般的な不動産の取引マーケットですぐ売却できる換金性の高い不動産しか物納ができない条件になっているということです。

◆相続が起きれば、遺言書の有無にかかわらず、その債務は原則として相続人全員で共同相続するものです。つまり、債務者の承諾がなければ、遺言書など何の役に立たないのです。


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 龍前 篤司×山崎 隆 「やってはいけない相続税対策と遺産分割」(ファーストプレス) 
2014128日(月)

 

 

「銀行主導の相続対策は間違いだらけだった?!」と本の帯に書かれている。確かに、相談料をもらわない人達のコンサルティングというものはいい加減なものである。以下、本書より参考となるくだりを要約して御紹介することとしたい。

<その1> 
◆遺産分割をめぐる争いを「争族」といいますが、この争族を防ぐには親が遺言書を残しておくことが最も有効だと言う助言をよく耳にします。しかし、ほとんどの遺言書は、財産の全体像を把握してきちんと財産を振り分けるのではなく、親の思い入れだけが、先行して中途半端なものが多いのです。

◆原則として、裁判所が認める「頼れる人」とは、実は弁護士のことです。それ以外は、後見人や監督人として認めません。そうなると、財産の管理や運用についてプロとは言い難い弁護士に財産が任されることになります。そもそもトラブルを未然に防ぐために創られた後見人制度でしたが、逆に問題ばかりで使いにくい制度になってしまったように感じる今日この頃なのです。


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 佐藤 優×石川 知裕 「逆境を乗り越える技術」 (ワニブックス) 
20141125日(火)

 

 

<その6> 
◆(佐藤)小沢一郎氏や鈴木宗男氏は、強面の政治家だ。たしかに、ふたりは自らが正しいと信じる政治を実現しようとするときに、その障害となる人々に対しては、激しい戦いを展開する。しかし、それに意外と私利私欲はない。それだから小沢氏、鈴木氏のカリスマ性に惹きつけられる人が少なからず出てくるのだ。

◆(佐藤)「受けるよりも与えるほうが幸いである」という生き方をするほうが、人間としての正しい道なのである。


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 佐藤 優×石川 知裕 「逆境を乗り越える技術」 (ワニブックス) 
20141121日(金)

 

 

<その5> 
◆(佐藤)英語は必要です。しかし、必要な人は限られています。英語が必要な人だけきちんと勉強する。あとは生活に必要な範囲で使えればいいのです。日本は大国です。外国の先端技術を得るために、外国語たる英語を進んで使って、知識を請う必要などありません。 

◆(佐藤)人間と言うのは、贈与されていると返したくなる。それで返すことができないと力関係になる。(マルセル・モースの贈与論)  

◆(佐藤)そう、危機的な状況を抜け出すのは結局、何人友達を持っているかということにかかっています。こちらから心を開いて真剣に接していると、必ず友達はできます。 


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 佐藤 優×石川 知裕 「逆境を乗り越える技術」 (ワニブックス) 
20141119日(水)

 

 

<その3> 
◆(佐藤)マル経や哲学が、いま、なぜ求められてきているかというと、多くの人たちが厳しい環境下で、ものすごく消耗していて、どうしてこういう目に遭うのか、そのからくりを知りたいからなんだと思います。

◆(佐藤)弱い者は強くなることをあると考えません。そうすると、上昇志向がなくなってきます。いまのままだと日本は危ない。日本が危ないと思うのは、われわれの子供の世代のことを思ってのことです。このまま二極化が続くと、われわれよりも平均的な教育の水準が明らかに低くなります。経済的な要因で。

◆(佐藤)株の話でいえば、兵器と結びついた製造業のかっちりしたところ―例えば、三菱重工や川崎重工の株を買っていれば、そこが潰れることは、まずないわけですよ。


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 佐藤 優×石川 知裕 「逆境を乗り越える技術」 (ワニブックス) 
20141118日(火)

 

 

<その2> 
◆(佐藤)いま起きたことはどうしようもない。これはむしろ仏教的な話ですが、過去の因果の話です。ところが、将来のことは現在の組み立てで、変えることができる。 

◆(佐藤)逆境に追い込まれたら、絶対に環境を変える必要があります。それまでの流れ、とくに人脈にはあまりよくない部分がくっついてきま