鴨川の堰について雑感1


ふとした事から、鴨川の堰の姿が気になってしょうがなかったのです。
堰は川の所々に作ってある、滝のような水のダンダンのことですが、
さらさらとした絹のような、幾本もの筋の、透明感のある鴨川の水が
流れ落ちて、白い階段のような姿を見せています。川岸を歩きますと、
どこからでも見ることが出来ますし、流れが水を打つ音も聞こえます。

京都の市街地は、北から南へと勾配が下っていて、街が全体として、
北高南低のなだらかな坂になっているために、市内を北から南に
(京都の大きな川は殆ど北から南に流れているので、私が小さいとき
には、
きづ川などの南から北の反対方向に流れる川をみたときに、
どうしても信じられなかった。京都人の常識には川というものには
水が流れていて、その流れる方向は北から南の方向であるというのが
備わっているのです、はい。)
流れる川には、所々に堰というものを
造ってあるのです。おそらく堰という構造を作ることで、川の流れを
適度に落ち着かせて、川全体の環境を保存をしているのではないで
しょうか。いや、もしかしたら昔の人は、堰の見せる美しい姿も、
考慮に入れて造っていたのかもしれません。下の写真は、北大路大橋
から北に向かって撮ったものです。いくつもの堰が見えます。

京都市内を北から南へと流れる川の中で、代表的なものが鴨川です。
鴨川は、京都市内の東よりのところを、北から南へ流れていますが、
北部では、京都市内の北部の出町柳というところで、北東の方から
流れて来る高野川と、北西の方から流れて来る賀茂川が、合流して、
一文字の鴨川になるのです。そして、京都市街地の東部を流れていき、
やや西方へと進路を変えながら、京都南部の伏見に至ります。ここでは
酒所伏見の酒蔵と、見事な調和を見せた光景が、随所に見られます。
そして鴨川は、京都市南部の下鳥羽で、京都市西部を流れてきた桂川
合流して桂川になって、その後宇治川木津川とも合流して淀川となり
大阪へと流れて行くのです。

  鴨川の治水は、昔から困難を極めたようで、豊臣秀吉のサイコロ発言
当時の状況から、自然にあのような言葉になってしまったのでしょう。
高い堤防があり、広い川幅と普段は浅い水の流れが特徴です。最近は、
京都市内の鴨川の全流域に、護岸工事がなされていまして、極単調な
鴨川の姿になっている中で、この堰が鴨川の見せ場になっているとも
言えるわけなのです。単調な川の情景の中で、堰では、絹のレースの
カーテンのような水の模様が、本当に綺麗に目に映ります。ゆらゆら
揺れてみたり、下の水面に落ちて、白いしぶきになってみたり、もう
なんとも綺麗です。最近、鴨川の岸辺にはアメニティを狙った、人工的な
造作物が目立ちます。しかし、そんなものより、自然水の流れの方が
数段美しい情景を見せてくれるていることでしょうに。


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