■本の評価は、☆☆☆☆☆満点
☆☆が水準作
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メールコーナー
6月28日(水) 貸本屋小説第三夜
・「彷書月刊7月号」購入。特集は、「探偵小説の迷宮〜この作家知ってますか」。古書専門誌らしい日本ミステリのディープな特集である。山前譲氏の総説に始まり、戦前、戦後のマイナー作家や入手困難作の名が飛び交う文章群は、なかなかの壮観。特に、末永昭二氏の「貸本ミステリの世界」は、
ほとんど未開拓の分野を扱っており、ここ数週間の関心ともシンクロして、興味津々。「どれが「当たり」で、どれが「外れ」なのか、ガイドは全くない。読者は当たって砕けるしかないのである。」という辺り挑戦意欲を誘うではないか。また、栗田信の「カッポウ先生行状記」ほかの紹介が実に面白そうで、ひどく罪な原稿です。若狭邦男氏の「探偵小説・ミステリ作家〔略年表〕は、独自の研究を混じえて、作家の誕生年ほかを並べて掲載したものだが、色々発見があって面白い。大阪圭吉より日影丈吉の方が4つも年上なんだとか、蒼井雄と松本清張は同い年、山風と狩久は同い年とか。
・ワセミス機関誌「フェニックス128」届く。ページ数320超、重さ680グラム。この号は、「フェニックス」の集大成として、一般への販売も意図されたもの。カバーの美麗さにも驚くが、すらりと並んだインタヴューイ、当代人気作家12人(乱歩のご令息を含む)の顔ぶれとレイアウトにまず驚く。価格は、2500円とちょっとお高めだが、これが同人誌なら、史上最強の同人誌かもしれません。まだ、鮎哲インタヴューしか読んでないのだが、インタヴュア−山前譲氏の話の中に当方が出てきて、吃驚、赤面。注までつけて下さった方に感謝いたします。
・貸本屋小説に、興味が湧いてきたけれど、貸本話は、今回にて、ひとまず打ち止め。くだんの貸本屋は、日曜休みで午後6時までしか営業していないので、サラリーマン稼業が借りて返却するのは至難の業なのです。借りたい本もまだ結構あったので、次にうまい機会があれば、また借りてみます。小林文庫ゲストブックで拙頁に触れていただいた、桜様、末永様、ありがとうございました。
・で、貸本屋小説第三夜ということなのだが、これは看板に偽りありで、多岐川恭は、いわゆる貸本屋小説の範疇には入らないでしょう。前二回とは役者が違う。
・『処刑』 多岐川恭(昭和42日本文華社)
おそらくは、長編第17作目。宝石社版(昭和37.6)の再刊らしい。前年の昭和36年に、8作の長編を送り出しているにもかかわらず、相変わらずの作品レベルの高さは、多岐川恭に外れなし、を実証する。10月13日の金曜日、政界は急変した。与党は、箱根に隠遁していた老政客、吾妻猪介に首相就任を要請。与野党の要人、学生運動や女性運動リーダーがそれぞれの思惑をもって、吾妻邸に駆けつけるが、吾妻は、突然行方をくらませる。警察も繰り出す大捜索の翌朝、ロープウェイにつり下げられている吾妻の死体が発見される・・。マスコミ等に取り囲まれたれた衆人監視の下、いかにして犯人は、老政客を連れ出したのかという謎を軸に、邸内にいた6人に容疑者を絞り込まれるが、ふとしたきっかけから、全体の構図が反転する構成がうまい。それ以上に、時代遅れの政客吾妻や、元老である新関泉太郎の肖像は、「政治家」から想像されるステロタイプを遥かに脱していて、魅力に富んでいる。冒頭、6人の容疑者と吾妻の会話を並べて、吾妻出馬に到る事情と各人の性格を浮き彫りにする手並みも鮮やか。探偵役は、吾妻の秘書。後半、恋人と新間の美人秘書とのささやかな三角関
係に気をとられ、話の焦点がややボケ気味になった点、解決部分がやや荒っぽい点は惜しまれるが、全体としては、リーズナブルで美味しいリストランテの料理を味わった気分。
6月27日(火) 貸本屋小説その2
・上司の歌につきあって、朝更新。「ああ上野駅」が出たのは、共時性というやつか。
・小林文庫ゲストブックの桜さんの書き込みで、調子に乗って、第2弾。記憶誤りがあれば、すみません。
・城戸禮『十字火射ちの男』(昭和36東京文芸社)
青島駅に降り立った一人の男、伴大六。いきなり町の荒くれ者に囲まれ、大立ち回り、一夜留置所へ勾留。男の喧嘩の強さに惹かれて子分格となった靴磨き、稲妻の新吉の案内で、伴大六は、青島地獄街へと踏み込んでいく。青島地獄街−。広さは青島市の5分の1。やくざ愚連隊が4、500人もトグロを巻く悪の巣窟。掘割りと河に囲まれたその地区には、入口と出口の二つの橋があるばかりの悪の迷宮、地元警察も手をつけられない無法地帯である。いきなり愚連隊に囲まれるた伴大六、連中を鉄拳制裁。飲み屋で出逢った美貌の娼婦ハルミねえさんが伴大六にまとわりつく。大六は、暴力の渦をかいくぐり、めざす一人の男に行き着く。そこで、大六の拳銃が炸裂。決して相手を殺さない「十字火撃ち」だ。
実は、伴大六を名乗るこの男、逃走した凶悪犯を追う警視庁部長刑事、竜崎三四郎だったのだ! おお、これは、スーパーヒーロー、三四郎ものでありましたか。「日本ミステリー事典」によれば、『十字火射ちの男』は61年の作品。のちに改題されて『十字火撃ち三四郎』となったらしい。このタイトルじゃ、ばればれですけど。
つつがなく任務を遂行した三四郎が帰りの列車の予約席に乗り込むと、どこかで、見かけたような清楚な美女が。「き、君は」。そう、この女、ハルミねえさん。実は「週刊トピック」の記者、浅見ルリ子と名乗る。「地獄街」の取材のため、ホステスに化け潜入していたのだ。そんな危ない取材しますか、普通。
ここまでで、全体の四分の一。四話で一本になっている。二話、三話は誘拐事件に三四郎が挑む。第四話では、荒くれ者の吹き溜まり、中部地方のシカゴの異名をとる八虎市に、三四郎は乗り込んでいく。もう騙されないぞ。
浅見ルリ子が悪人の罠に落ちてしまい、危機一髪で三四郎が「十字火射ち」で救い出すというのがお決まりのパターン。「十字火射ち」といっても、相手の手首を撃ち抜くだけなんですけどね。三四郎が相手をやっつけるときに出す「たっ、たはっ」という掛け声がなんだか、おかしい。 この三四郎、アクションもののヒーローにしては、酒が飲めない。女は大嫌いと豪語するわりに、最後に浅見ルリ子と「結婚してしまえ」といわれ、パーッと顔が赤くなってしまう辺りには、私も「たっ、たはっ」。
この竜崎三四郎シリーズ、日本版「gun in cheeks」をつくるとしたら、はずせないシリーズかも。
6月26日(月) 貸本屋小説
・もう忘却の彼方のような気もするが、一応書いておこう。
・『無敵ガンさん』宮下幻一郎
戦後推理小説総目録によれば、何編かのミステリの著作もある作者の二編の中編を収める。タイトルの上には、「明朗活劇」の文字。いわゆる明朗小説というジャンルになるのだろうか。
表紙絵には、鳥打ち帽、縦縞の着物を尻端折りの下にカーキ色のズボン、風呂敷つづみをもった無骨そうな男。その脇には、都会風のファッションに身を包んだお嬢さん風の女性。「スミス都へ行く」というか「いなかっぺ大将」というかそういう話である。
冒頭、上野駅についた珍妙な格好のガンさんに、都会のお嬢さん風の女性が近づいてくる。この女、通称「お嬢の時さん」(笑)。家出してきた田舎娘に甘い言葉をかけて、特飲街に売り飛ばすという、ぽんびき稼業。農村の田植え時期で、家出娘日照りの姐さん、たまには男に声をかけてみるかと、ガンさんに声をかける。ガンさんは、故郷新潟の街頭テレビでプロレスなるものを観て、東京でレスラーとして一旗あげようと出てきた元漁師。無一文のガンさんは、お嬢の時に飯をごちそうになり、あろうことか、しもた屋の二階で風呂にまで入ってしまう。そこに、妲さんの男が登場。いわゆる美人局というやつなのであるが、ガンさん、無類の強さで、男をノックアウト。が、結局、池袋の暴力カフェ−に3万円で売り飛ばされてしまう。
カフェーの屋根裏で籠の鳥状態だったガンさんは、対抗するヤクザ物相手に戦果を納め、同郷のホステス嬢に思いを寄せられるなど、男をあげていく。ふとしたことから、資産家の娘に見初められ、彼女の父の経営する銀座の大キャバレーの副支配人に就任。キャバレー乗っ取りをたくらむ支配人一味の陰謀を機転と大立ち回りで叩きつぶすのである・・。この支配人一味、横浜港で麻薬密輸に手を染めたりしているのだが、なぜかガンさん、密輸相手との英語がペラペラだったりする。ところで、ガンさんの恋の行方は、というと、同郷の女性と二人になったところで、赤くなる。
(矢っ張り二人は愛し合っていたのネ!)
というナレーションが最後に入る辺りがなんとも親切なことである。
それにしても、当時の最先端の風俗をまとっているとはいえ、上野駅で田舎者を吸い上げ、人間を売り買いする世界は、明らかに当時の推理小説の描く世界とは異質。明治や大正の世界が連綿と続いているようでもある。
もう、一編は、「町内安全」。麻布十番の江戸っ子床屋の金さん、おきゃんな下町娘マリ子、金さんの幼なじみの未亡人などが織りなす下町風俗人情談。まんまん「でんすけ劇場」という感じ。愛染川を挟んだ山の手街のボスとの対抗が一つの軸になっているのだが、なぜかこの界隈の小山で出たウラン鉱をめぐるコンゲーム風の展開もあり(ほんとか)、楽しめる。 しつこく、もう一回続く。
2000.6.25(日)
・パラサイト・関更新。
・マーヴ湊さんからのメールをご紹介。
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少々御無沙汰しておりました。このところ成田さんに書き送りたくなるようなネタに事欠いていまして、やや不調気味です。
『ポップ1280』問題はあの後、これ以上は版元に訊ねるしかあるまいとガリマール社にmailしてみたのですが、残念ながら返事は貰えませんでした。
最近読んだ本で気に入ったのはドイツ作家による競作集『ベルリン・ノワール』、クックの『夜の記憶』、それにクリスピンの『白鳥の歌』といったところ。『ベルリン・ノワール』は推理小説どころかクライム・ストーリーでもない、限りなく普通小説に近い作品も入っていますが気分は確かにノワール。クックは書評が芳しくないと聞いて怪訝に思っていましたが、関さんはやはり絶賛でしたね。主人公が読者の先手を打つかのように、事件の真相を次から次へと夢想するあたり極めてスリリングです。邦題を記憶で統一したクックの四作品を私が評価する順に並べると、死、夜、夏草、緋色となります。
『白鳥の歌』もその豪快さが楽しめましたが、カーの名作を踏まえているという成田さんの指摘が情けなくもまるで見当つかず。今度こっそり教えて下さい。では又。
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・くまかかか。「ポップ1275問題」フランスへ渡る。どうも、セリ・ノワール版にも、改題の理由が書いていないようなので、一瞬、問い合わせということが、自分の頭をかすめないでもなかったけど、1秒で断念しました。(仏語をまったく解しないので)。湊さん、凄い。行動の人。ガリマール社の社員が、集まって首を捻っている図を想像すると愉快です。返事が欲しいですね。「ベルリン・ノワール」は、気にはなったのですが、ドイツというところで今一つ食指が動かず。クックは、読まなあきませんね。『白鳥の歌』とカーの某作については、後日メールいたします。
・選挙速報でTVの前に長居。リンク更新等の予定延期ということで、乞御容赦。
●リスト追加
・クリスピン『白鳥の歌』
・横溝正史『迷路荘の惨劇』「七つの仮面」「薔薇の別荘」、柴田錬三郎「消えた兇器」、辻真先『宇宙戦艦富嶽殺人事件』(広沢さんから)、加納一朗『ホック氏紫禁城の対決』追加。
2000.6.20(火) ワセミスOBサイト・リニュアル!
・パラサイト・関更新。
・あのワセミス、ワセダミステリクラブ(OB会)のサイト( Welcome
to WMC)が、本日リニューアル・オープン。クラブの機関誌である『フェニックス』の傑作選や、レビュー掲載。カーを全作とりあげようという企画も進行中。掲示板も、雑談と本(新刊・古本)のための二つを配備しています。本の出版予定インサイダー情報の早さも、ミステリの梁山泊ならでは。しかも、管理人は、森英俊さん。(お知らせ及び当サイトへのリンクありがとうこざいました)ミステリ系個人商店の谷間に、どかんと高級ファッションデパートが進出したような感じです。つくづく、今後が展開が楽しみ。でも、ただでさえ御多忙なのに、森さんが心配だ。(笑)リンク集掲載は、不義理を重ねているサイトともども、週末対応ということで、よろしくお願いします。
・貸本屋へ貸本返却に行った帰り古本屋で古本の貸本の本をみかけたので購入。清水一嘉『イギリスの貸本屋』(図書出版社/平成6.3)
ぱらぱらと拾い読みすると、なかなか面白い。イギリスで記録上確かな最初の貸本屋は、1725年に誕生。読者の増大に応えるような形で、店舗が増え、1800年には、イギリス中で1000店を超える貸本屋が営業をしていたという。当然好まれたのは、小説で、シェリー(夫)のような著名人も、貸本屋に入り浸って、安手のゴシック・ロマンスをむさぼるように読んでいた。一方、貸本屋の誕生とほぼ同時に貸本屋批判の声もあがり出し、18世紀末には、しきりに攻撃されるようになる。悪徳と猥褻、社会に害毒をまき散らすというのだ。「貸本屋小説」といえば、粗悪な小説を意味し、ある演劇では、「町の貸本屋は悪魔の知識の常緑樹である。一年中花を咲かせている!」というセリフまで登場する。3巻本の登場で、19世紀にも貸本屋の隆盛が続くが、貸本屋を終焉に追い込んだのは、公共図書館の充実だったという。
さすが、イギリス、と思うのは早い。後書きによれば、日本で貸本屋が現れたのは、寛永年間(1624-43)と推測され、イギリスより2〜30年も早いことになるという。貸本文化も奥の深いことよ。
・密室情報御礼コーナー。メール引用ご容赦。
・まずは、メールをはじめていただいた、上野さんから。
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さて、私も昔の記憶を振り絞って思い出しました。
で、思い出したのが広瀬正「T型フォード殺人事件」密閉された車内にどうやって死体を運んだのかという謎です。
さらに、横田順弥「銀河パトロール報告」中「まだらのひもの」「Yの悲劇」
「奇想天外殺人事件」中「高利貸し殺人事件」「ホモセクシュアル殺人事件」
明治研究家ヨコジュンが正々堂々ハチャハチャをやっていたころのものです。内容は・・謎解きではないことは確かです。こういうものをいれると品位が落ちると言われれば、一言もないおふざけSFです。カミの「エッフェル塔の潜水夫」が不可能犯罪なら、これもそうじゃないかと・・と言うわけですが、まだまだSF作家の書いたものやジュニア向けのミステリには不可能犯罪は多いんじゃないでしょうか。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
おお、「T型フォード」に不可能犯罪が出てきましたか!これは、好きな小説です。『銀河パトロール報告』も読んでるのに・・。(こればっかり)『奇想天外殺人事件』は、探さなくては。ところで、「エッフェル塔の潜水夫」も不可能犯罪なのでしょうか。これは、実家に転がっているかもしれない。ジュニア向けの密室物は、まだまだありますよね。この取扱いは、悩むところです。またよろしくお願いします。
次に控えしは、密室調査員003号中村さん@血風街道驀進中
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新刊の密室報告です。有栖川有栖『幽霊刑事』に密室状況がでてきます。帯にも「密室状況で」という記述があります。と言っても,密室がメインの作品ではないのですけど。
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これは、先越された。帯は見てたが、まだ買っておりません。
最後に控えしは、ハイスクール密室系広沢さんの濃い二発。
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その1
横溝正史の『迷路荘の惨劇』(角川文庫)で密室殺人が発生します。
それから、これは捕物帖の分野にはいるのですが、柴田錬三郎の『眠狂四郎京洛勝負帖』(新潮文庫)(笑)収録の「消えた兇器」という短篇に密室状態の風呂場からの凶器消失という謎が出てきます。ちなみにトリックは推理小説を読んだことのある人ならすぐ解けるようなものです。(というより実行不可能な気が……)
その2
昨日から『「シュピオ」傑作選』を読んでいます。蘭郁ニ郎の長篇『白日鬼』から読み始めて、今それ読み終わったところですが、この長篇も不可能犯罪を取り扱った作品だったので、報告致します。とはいっても本格物ではなく通俗物です。まったく僕はロクな密室を見つけませんね(^^;)『眠狂死郎』なんかミステリじゃないし……ところである推理サイトで見たのですが、「血風」とはどういう意味でしょうか?司馬遼太郎?新選組??それとも血田風太郎なる人物の略称???
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はたはっは!血田風太郎って、お友達にはなりたくない名前ですね。しかし、山風の類推からいくと、そうなりますか。ニューカマーには、「血風」の解説が必要かも、kashibaさん。「古本屋で大当たり」って、とこでしょうか。司馬遼太郎ではなく、「本の雑誌血風録」からきていたと思ったけど。10年後には、広辞苑に載っている言葉かもしれません。
毎度、渋いところを感謝。しかし、広沢さんは、ほんと幅広いですね。大坪砂男が小説を書かなくなってから、柴田錬三郎にトリック提供していたというから、眠狂四郎は、大坪提供なのかもしれません。(いいかげんな推測)「白日鬼」は、血風掲示板で、森英俊さんも、密室物と書かれてました。これは、読まなくては。
2000.6.19(月) 「白鳥の歌」
・国書刊行会から「ミステリーの本棚」全6巻の第1回配本E.C.ベントリー『トレント乗り出す』出る。全12編中、初訳は4編ということだが、まとめて読めるのは嬉しい。この短編シリーズの登場で、毎月の愉しみがまた一つ増えた。
・同書に山尾悠子作品集成全一巻の美麗しおり。8800円、今月発刊みたい。ボーナス対応か。
・貸本3冊読了。コメントは、次回にでも。
・密室情報いただいておりますが、これも次回更新時ということで、お許しを。
・『白鳥の歌』 E・クリスピン(00.5('47))☆☆☆★
スワン・ソング。と、いっても、庄司薫でも、レッド・ゼッペリンでも、ロバート・マキャモンでもない、『消えた玩具店』に続くクリスピンの長編第4作。ワグナー歌劇の稽古中、トラブル・メーカーだったバス歌手が密室状況の楽屋で首吊り死体となって発見。フェン教授が捜査に乗り出すが・・。英国ミステリお家芸の、特殊な小集団に起こる最大級のトラブル(殺人)を扱って秀逸な一編。紹介作の中では『お楽しみの埋葬』の出来に匹敵するのではないか。オペラの知識が皆無なので、十全に味わえないのが多少残念だが、クリスピンのキャラクターづくりのセンスは冴え、謎解き興味も満足の行く出来映え。クリスピンの筆は軽やかにはねまわるだけでなく、「大戦後ミステリ」としての鋭い風刺も、裾の下に覗かせる。タイトルの「白鳥の歌」は、カーのある名作を踏まえた本作のプロット上の趣向を暗示するものではないかと思うがどうか。
2000.6.17(金) ガルヴァーニ湖畔の洗濯女
・タイトルは意味なし。
・天気は上々。二日酔いで目覚めも早い。こういう日は古本だ、とばかり、円山、琴似方面攻略。
・最初に行ったのは、5月5日の日記で触れた「貸本屋」。小林文庫ゲストブックで貸本屋が話題になっており、当該「沖本貸本店」についても、貸出しシステムを含め大塚さんがフォローされている。再訪しない手はない。
・近所でないと駄目かと思ったが、特に住所も問わないようなので、話のタネに、宮下幻一郎『無敵ガンさん』(昭和32豊書房)、城戸禮『十字火射ちの男』(昭和36東京文芸社)、多岐川恭『処刑』(昭和42日本文華社)の3冊を借りてみる。
・次に、1/2系を覗くが欲しいものはなし。続けて、地下鉄円山駅近くの店。(店名失念)来た来た。カー『囁く影』(早川ミステリ文庫)、ミシェル・ジュリ『不安定な時間』(サンリオSF文庫)、ロバート・マラスコ『家』(早川モダンホラーセレクション)、いずれも100円。葛山二郎『股から覗く』(国書刊行会)1,150他に数冊。いい店だ。
・地下鉄で琴似。ここは、徒歩10分くらいの間に、半額系3軒、古書店2軒がある。南側すぐのブックランド。サド『恋のかけひき』(角川文庫)ほか。 さらに、南のブックセンター1/2で、マッギヴァーン『殺人のためのバッジ』ほか。
・地下鉄駅の北、共立書院。買い物なし。ケルン書房。ここは、レア物も多いのだが、いかんせん値段が高い。先日の『メモリアルブック』に続き、海野十三生誕百年記念出版『JU通信・復刻版』(平成10年)1600を見たのも奇縁と買い込む。
・JR南側ブックセンター1/2。岡崎弘明『英雄ラファシ伝』(新潮社)100
にて締めくくり。割合収穫だったかな。・『無敵ガンさん』読了。『処刑』を少し。
・『白鳥〜』感想は、順延です。
2000.6.14(水)
・『本の雑誌 7月号』の巻頭エッセイにkashiba氏@猟奇の鉄人登場。常連ライターも、蒼ざめる面白さ。これは、毎月読みたいぞ。
・角川ホラー文庫からアンソロジー『幻影城 【探偵小説誌】不朽の名作』。買って帰ってから、一昨年、カドカワ・エンタテインメントとして出た『甦る幻影城V』の文庫化と気づいたのが、なんともうかつ。こんなものまで、ホラーにいれてしまうのか。
・『ユリイカ 6月臨時増刊』は、総特集「田中小実昌の世界」巻頭アルバムの中の、色川武大、殿山泰司と酒飲んでオダをあげている写真がなんともいい。追悼エッセイプラス実作。著作目録、詳細な年譜つき。翻訳関係では、杉江松恋氏の「翻訳家コミさんのこと」という論考あり。『幻の女』は、73年刊行で79年再刊だったんですね。先の2作の初出は、やっぱり不明。
・広沢さんから、怒濤の密室報告第3弾。次の4つを教えてもらいました。
海野十三「俘囚」(創元推理文庫『日本探偵小説全集第11巻』)
辻真先『ガラスの仮面殺人事件』(白泉社)
辻真先『宇宙戦艦富嶽殺人事件』(徳間文庫)
横溝正史「三本の毛髪」(角川文庫『芙蓉屋敷の秘密』、春陽文庫『殺人暦』収録)
ありがとうごさいまする。「俘囚」と「宇宙戦艦〜」は、読んでいるのに、すっかり忘れてしまっております。海野は、そのうち(いつだ)、まとめて入れたいと思ってはいるのですが。広沢さんは、山風では、「妖異金瓶梅」と「柳生忍法帖」がお気に入りみたいで、なんとも頼もしいことです。
・クリスピン『白鳥の歌』読了。感想は、明日のココロだ?
2000.6.11(日) 『死んだふり』
・昨夜は、猫美女の長期研修壮行会で街へ。あちこちで、YOSAKOIソーランの格好の人たちを見かける。山猫シスターズとは、久しぶり。猫美女は、東京でダイエットを、山美女は、女ポール・セローとしてHP作成を決意した模様。
・小林文庫掲示板の桜さんの眼を剥くような血風に刺激されて、金曜の夜含め、6軒続けて古本屋回るも、何も買うものなし。最後に、レイ・ラッセル「インキュバス」を掴むが、ダブり。欲しい人はいますか。
・密室報告が一挙3件。毎度ご支援、感謝いたします。メール引用ご容赦。
まずは、ともさん@みすべすから。
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今日は密室ものの報告です。
もうすでに連絡があったかもしれませんが、氷川透『密室は眠れないパズル』(原書房)です。
タイトルからして密室もの。エレベーターと社屋の各階という複合的な密室と、ビル全体が閉鎖空間になるという多重構造で登場人物すべてが密室内にいながら、犯人を探すというおもしろい趣向でした。
読みながらいろいろ考えたのですが、謎解きまでは無理でした。
リストに載せられる作品と思いますので、よろしくおねがいします。
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これは、面白そう。レヴューでも4.0をつけておられますね。ともさんの採点は、いつも非常に納得がいっているので、これは期待大です。
続きまして、最近、地元にミステリ古書店開店で、ビッグウェイヴに乗っている中村忠司さんから。
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お約束の新刊の密室報告です。くろけんさんの『ウェディング・ドレス』に密室が出てきます。おまけ的ですが,凄いです。大森さんの推薦文に「爆笑のハウダニット」とある通り,ホントに大爆笑もののバカトリックでした(誉め言葉)。
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中村さんのレヴューを読んでも、これも期待できそう。
で、大型新人、まだ高校一年生、広沢さんから早くも、2回目の報告が。
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ところで、横溝正史の短篇集『七つの仮面』(角川文庫)収録の「七つの仮面」と「薔薇の別荘」という2短篇に密室状況が出てきます。トリックは全然ダメなものですがまだリストに載っていないので報告しようと思います。
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おお、横溝が。横溝は、10本くらいしか読んでない読者なんで、漏れているのがボロボロありそうです。ありがとうこざいます。今の高校生も、横溝読んでるんですね。
いずれも、密室調査員コーナーに掲載させていただきます。
・松本真人さんに譲って貰った『幻の女』から、密室系の2作品を読んでみる。
「えーおかえりはどちら」
語り手は、飲み屋にホステスを斡旋するのを生業とする男(「玉ころがし」というらしい。)。バーの客がトイレから消失。天井に近い窓の金網が破られていたことが発見され、謎は解明されたかに見えるが、男の連れらしき人物の轢死体発見、バーのママの失踪…と不可思議な事件が続く。結末で、男は、窓からの脱出は不可能であることを知る。夜の街版「塀についたドア」(H.G.ウェルズ)のような奇妙な味の短編。
「ベッドランプ殺人事件」
隣のアパートの一室に連日灯るピンクのベッドランプに悩まされているK大経済学部の女子大生が一見密室殺人に巻き込まれて・・。密室殺人を捨て石にした軽妙な風俗小説というところか。「”密室殺人初歩”なんて本の、こんなバカな例外もあるかもしれないというところにでも書いてありそうな話」と作者自身いうが、一応、ネタはあり。
・すっかり、a locked room castaway(密室難破者)のHPらしくなってまいりましたが、たまには、新しい作家をと、評判の文庫を手にとってみる。
『死んだふり』 ダン・ゴードン(00.5('98)) 新潮文庫 ☆☆☆★
舞台はハワイ。妖婦ノーラは、若い愛人チャドと組んで、資産家で年の離れた夫ジャックの殺害を計画。老獪な悪党ジャックは、ノーラの計画を逆手に、保険金詐取を企み、ノーラとチャド双方に、コナをかける。三つ巴の化かし合いで最後に笑うのは誰か。よくありそうな話なのだが、本書の特徴は、主筋の方が脇筋であるかとのように、語り手(マウイ群刑事局のユダヤ人刑事)を含めた登場人物の饒舌ぶりにある。登場人物たちの回想の、なんとも猥雑で、たくましく、コスモポリタンであることよ。人間の感情を10度引き上げるような熱帯を背景に描かれる、発情ぶり、悪党ぶりの桁が外れているから、自らの命を賭金にした殺人ゲームは、ブラックで、コミカルで、説得力十分。殺人ゲームの行く末を島の住人皆が息を潜めて見守っているというオフビート、意表をつく二重オチもぬけぬけとして、作者が相当のくせ者であることを窺わせる。わずか260頁の小説なのに、極めてこってりした、満腹の一冊。
解説では触れていないけど、「容疑者」というノヴェライぜーションが二見文庫から95年に出ております。
●リスト追加
田中小実昌「えーおかえりはどちら」「ベッドランプ殺人事件」(松本真人さんより)、若桜木虔『殺意の三鎖環』
2000.6.9(金)
・パラサイト・関更新。
・本日も、飲み。帰ったら、多岐川恭『殺意を砥ぐ』(光風出版社)、『血の色の喜劇』(桃園文庫)が探偵倶楽部から届いていた。前者は、多岐川恭ミステリーランドU。やっとこ、これで全四冊揃った。後者も、なんだか縁のなかった本なのだが、冬木夫妻というシリーズキャラクターを主人公にした連作短編集だった。
・ごま書房から出ている「ホームページガイド」で拙HPが紹介されいます。立ち読みですましてしまったけど。
・角田喜久雄『底無沼』(出版芸術社)購入。帯の推薦文は、なんと、山風。口述筆記なのだろうか。山風アディクトも見逃すな。
・高校生の広沢さんという方から、密室報告を戴く。高校生からのメールとは、このHP始まって以来のことではあるまいか。「いつもこのページを楽しく拝見させて頂いている・・」などとあると、キーボードのタッチも軽くなろうというもの。ありがとうこざいまする。
で、その本とは。岩崎正吾の十年ぶりの新刊『探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望』。第四章「まだらのひもの……」において、密室状況が出てくるとのこと。そうでしたか。御教示感謝。密室調査員コーナーに掲載させていただきます。今後ともよろしくお願いしますね。
2000.6.7(水) 死刑台へどうぞ
・昨夜の飲み会は、3次会が洋楽縛り。ゾンビーズ、ドアーズ、バッド・カンパニー、ニルヴァーナってところが出るのは嬉しい。(ニルヴァーナを歌ったのは、私です。この若づくり野郎!)カラオケで疎まれる洋楽好きが3人集まった係というのは、なかなか濃い。イエスの「シベリアン・カートゥール」やクリムゾンの「スターレス」がカラオケで歌えるところはないものか。
・『死刑台へどうぞ』 飛鳥高('63/ポケット文春) ☆☆
二段組200頁の薄い長編。飛鳥高といえば『細い赤い糸』というところが定番なのだろうが、この小説どんな話だったのか全然思い出せない。むしろ、近年いくつか読んだ、戦後の本格短編に登場する虚無的な犯人像のほうが印象深い。本編も、アプレの末裔とでもいうべき、虚無的な若者が登場する。政界のスキャンダルに取材した小説を構想していた作家志望の女性が殺された。不明だった彼女の身元を徐々に洗い出す捜査本部。一方、殺された女の構想に基づいた小説を編集者に持ち込んでいた青年・久保は、その編集長が轢き逃げにあったことから、事件への介入を余儀なくされる。事件の背後に、スキャンダルもみ消しに動く暴力組織の存在が浮かび上がってくる・・。一本道の展開と思わせて、最後にアリバイトリックを用意し、小味ながらツイストの効いた本格に仕立てあげているところには、作者のこだわりを感じさせる。ただ、この作品も、印象深いのは、死んだ恋人との会話を録音テープに残して、聞き続け、そこにしか真実はないという、ニヒリスト久保の肖像である。文体はハードボイルドだが、達者とは言い難い。プロットもどこかぎこちなく、もっとうまい書き方があるのでは
ないかと思わせる。しかし、全体に漂う冷え冷えとした触感が、どこか捨てがたいものを感じさせる作家である。
2000.6.5(月) 自殺じゃない!
・4万アクセスに触れるのを忘れておりました。御愛顧に感謝。
・松本真人さんから、交換本の田中小実昌『幻の女』(昭54.桃源社)が届く。ありがとうこざいます。
・昨日の一文は、書いているうちに、朦朧としてどうにも収拾がつかなくなってしまったのだが、要するに、日本のSFは、福島構想により、促成栽培されすぎてしまったのではないか、という仮説。その構想は、アマチュアとの関係の切断により、職業作家の自立を促し、「新しい文学」を謳うことで、ジャーナリズムが飛びつく環境をもたらし、短期間で、SFは、時代の寵児とするのには成功した。しかし、外国文化の移植に時間がかかるのは当たり前の話で、必要な揺籃期を経ないうちに、各作家が新種の娯楽小説の書き手として中間雑誌等でもてはやされたため、英米の50年代SFを生み出したようなプロ・アマ渾然となった一定の濃度をもつプロパーな空間が十分に形成できなかった。各作家は、一作家一ジャンルで自立し、中核となるはずだった50年代SFの部分は、空洞に近い状況になってしまった・・。
あまりに乱暴な比較だが、となりのジャンルのミステリでは、乱歩が「二銭銅貨」でデビューし、横溝が20〜30年代英米風本格長編を書くのに、戦争を挟んでいたとはいえ、20年の歳月がかかっている。SFの方は、第1回SFコンテストが61年で、5年後には、マンネリズムが指摘されるほどのブームとなった。日本SFには門外漢であり、穴がいくらでもある単なる思いつきにすぎないが、最近の「幻の探偵小説雑誌」復刊で、戦前探偵小説界のプロアマ渾然となった熱気を伺い知るにつけ、ジャンルの生成と消長ということに思いを巡らしてみたくなったのである。
・『自殺じゃない!』 シリル・ヘアー('00.3(39)/国書刊行会) ☆☆☆★
『英国風の殺人』は、今ひとつピンと来なかったヘアーだが、これはいい。旅先の老人が睡眠薬の飲み過ぎで死亡していた。検死尋問では、自殺の評決がくだるのだが、自殺では財産を相続できない老人の家族らは、独自に事件の調査に乗り出す・・。老人の息子、娘、娘の婚約者がアマチュア探偵団を結成してからの展開は、実に楽しく、名編『風が吹く時』ほ彷彿させる。妹の結婚に反対する兄、勝ち気な妹、どこか茫洋とした妹の婚約者の配合の妙。登場人物のさりげない描写はウィットに富み、人間観察が行き届いている。特に私立探偵エルダスンと弁護士デッドマンのキャラクターは、これ一編ではもったいないほど。捜査は、すべての道は犯人に通ずとでもいうべき、意外な展開をみせていくが、そこで作者が用意したイロニーに満ちた結末もまた鮮やかである。英国ヴィンテージの魅力をみせつける好編。
2000.6.4(日) 未踏の時代(承前)
・先週飲み続けてしまい、自戒中。
・ネット古書店より多岐川恭『兵隊・青春・女』(昭和37・七曜社)が届く。唯一のエッセイ集だと思っていたら、スリラー・コント6編のおまけつき。軍隊生活、女達を回想して、感傷に流れない。多岐川ハードボイルドの原点か。「小平事件」「大津カービン銃事件」を扱ったノンフィクションも読み応えあり。・・K書房は、全ハズレだったらしく、荷物なし。葉書を出したのが、ぎりぎりで抽選に間に合わなかったのか。宮田昇のエッセイだけは、大丈夫と踏んでいたのだが、小林文庫オーナーが落掌したみたいです。
・本日、本棚が届く。一日中、本の整理をしていたが、まだ終わらず。足腰も疲れたが、入ると思っていた分量が入らず、精神的ダメージもかなり。うぬぬ、どうしてくれよう。学生時代から、HMMやEQもいつか処分することになるんだろうと思いつつ、ここまで来た。当分、手放すことはないとは、思うのものの、物理的限界を超えたときに、どうするか。
・『未踏の時代』 福島正実(承前)
「未踏の時代」は、「SF草分け時代の回顧は、もうそろそろやめなければならない」の一文で始まる。SFM創刊以来、15年、編集長を辞して6年が経ったにもかかわらず、「SF草分け時代の思い出はぼくにとって、決して甘い過去の時代とはなっていない」とも述懐される。SFMの編集長を辞する3、4か月前、無理に休暇をとって過ごしたバンコクのホテルで感じた「疲労と、空しさと白々しさ」に向けて、福島の筆は、時に、足取り重く、進められていく。
ハヤカワファンタジイシリーズ、SFMの創刊、小松、光瀬、豊田、眉村、半村など有力作家の台頭、SF作家クラブの設立、未来論などと連動したSFブーム、日本SFシリーズの刊行、筒井康隆の飛翔・・。幻に終わった1967年国際SF作家会議の回を最後に、福島の死をもって「未踏の時代」は、未完に終わる。「覆面座談会」を端緒とするSF作家クラブのメンバーとの不幸な対立について、筆が及ぶことは、ついになかった。
本文中に引用されるように、石川喬司が「福島さんがいなかったら、日本の読書界はSFという”夢の文学"の楽しさを知らないままに過ごしたかもしれない。少なくとも、3年くらいはその開花が遅れたかもしれない」と書いているとおり、この時期、本業のSFマガジンの編集はもとより、出版企画(他社を含む)、ジュヴナイルを含む創作、ジュヴナイルの会設立、翻訳、イベント企画、ラジオドラマなどなど、凄まじいばかりの仕事をこなしている。その間、SFに対する無理解な発言にはもことごとく反駁し、「売られた喧嘩は全部買った」。SFに対しては理解を示していた文芸評論家の荒正人に対しても、正面から論陣を張っている。モーレツ(死語)とも、パラノ(これも死語か)とも、いってもいいSFに賭ける情熱は、現代からみると、やはり神話時代の英雄のようでもある。
海外の文芸ジャンルの定着という観点から観ると、福島のSF普及に関するスタンスに関しては、二つの点に興味を惹かれる。一つは、アマチュアとの関係をあえて切断したこと。日本SF作家クラブが愛好家団体「宇宙塵」と縁を切った団体として設立された点に端的にそのことが窺われる。「ぼくの目的は、SFのために人生と生活を賭けているプロと、そうではないアマチュアとを截然と区別することであった。」もう一点は、SFが新しい文学であると主張しつづけた点だ。福島は、安部公房「第四間氷期」を日本SFの祖とし、これまでの文学で扱える領域を扱える新文学であることを唱え続けた。この辺は、元文学青年の文学コンプレックスの現れと、とれなくもない。
面白いのは、石川喬司の「SF界1966」で、次のように書いていることだ。
「しかし、昨年版の本欄でも指摘したように、SF界にも早くも需給のアンバランスの現象が現れ、量産によるマンネリズム化の兆しが見えはじめている。わが世の春を覆ってはいても、作家陣の層の薄さは蔽いがたい」
1970年代になってSFの「浸透と拡散」がいわれる遥か以前、SF作家クラブが発足して、わずか3年後には、ジャーナリズムが飛びついてSFはブームになり、その一方で当事者にマンネリズムの兆しが指摘されていたのである。
現在の日本SFシーンを福島が見たらなんというだろう。少なくとも、福島が構想したものとは、大きくずれたものとして受け止めるだろう。自分が関わった以上のビックネームの作家が登場しなかったことにも驚くかもしれない。しかし、その原因の一端は、SF創世記における構想自体の「失敗」にあるようにも思えるのである。