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☆☆が水準作


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99.10.3(日)
・昨日、来札中の宮澤さん@宮澤の探偵小説頁とお会いし、ジンギスカンなぞつつきながら色々ミステリ四方山話ができて、楽しゅうございました。長時間どうもでした、宮澤さん。また、よろしくお願いします。
・黒白さんから「名探偵・神津恭介」送っていただく。「神津恭介ファンクラブ創立10周年記念」ということだが、発行が、あの「名探偵帆村荘六読本」の浅草紅堂本舗だけに、全250頁、商業出版として十分成立するクオリティの高さに、驚かされること請け合い。山田・高木合作「悪霊の群」などについても、新情報多数なのですが、これはおいおい。
・本日は、これにて。


99.9.30(木) エルノシア城の佯狂探偵
・横溝正史の「双生児は囁く」(角川エンターテインメント)、日下三蔵編「乱歩の幻影」買う。なぜか両巨頭揃いました。後者は、乱歩自身に関する小説集という珍しいアンソロジー。高木の珍しい短編(小説江戸川乱歩」、風太郎の「伊賀の散歩者」など収録。
・古本屋で、ナボコフとエラリー・クイーンとそのライヴァルたち(西武タイム版」を見つけて、うしうし。
「ハムレット」 W・シェイクスピア(白水Uブックス)
 デンマークはエルノシア城に亡霊が出る。亡霊は、王子ハムレットに、父であると言い張り、自分は実の弟クローディアスに毒殺された、「復讐せよ」と告げる。クローディアスは、今は王位に収まり、ハムレットの母ガートルードを妻としている。一計を案じたハムレットは、発狂したふりをして、現国王クローディアスの罪を暴くべく策略を練る。旅の一座に国王殺害の一幕を再演させる「ネズミ取り」という芝居を上演させようというのだ。ハムレットの目論見は成功し、国王クローディアスは、観劇の途中で退席する。母ガートルードに真相を告げるハムレットは、あやまって壁掛けの後ろに隠れていた内大臣ポローニアスを刺殺してしまう。ポローニアスは、ハムレットの愛するオフィーリアの父であったことから、悲劇の糸車は回り始め、海賊に襲われるは、死をかけた立ち回りを演ずるは、大盛り上がりを見せて、終幕へなだれ込む。とにかく、佯狂探偵というアイデアが新鮮。境界人であるがゆえに、ハムレットのセリフは、ときに深淵、ときに滑稽の響きを帯びるポップな言葉の乱数表になっている。劇中劇で、犯人を指摘するというメタ的仕掛けも秀逸。ただ、耳から注いで毒殺するとい う突飛な殺害トリックに、未知の毒物を使用している点は、減点対象。また、エディプス・コンプレックスを安易に使うなど、フロイト理論によりかかった作劇術は、安直な感じは否めず、この点については作者の猛省を促したい。もっとも大きな傷は、後半、ハムレットが大立ち回りに忙しく、亡霊という詩美性を伴う謎の解明がないがしろにされている点だが、実は、ハムレットと母親の会話のシーンに作者は合理的解決の鍵を隠しているようにみえる。この部分をどう考えるかで、本書の評価は大きく分かれてこよう。
 って、これでやっと「ハムレット、復讐せよ」が読めるぞ。


99.9.28(火) 『錆色の女神』
・先日、自宅から歩いて10分ほどの中古ソフト屋に古本が置いてあるのを発見。角川文庫定吉七番シリーズ2、3があった。ほっほっほ。でも、このシリーズ面白いのか?
・HMM11月号のオットー・ペンズラーのコラムでクイーンデビュー70周年記念のEQMMのことが書いてある。ホックとジョン・L・ブリーンがクイーンの贋作を寄せているとか。また、短編ミステリ専門出版社のクリッペン&ランドルー社では、The Tragedy of Errorsを出版したばかりだとある。内容は、表題作の長編のシナリオ、未収録短編6編に友人等たちによる賛辞、エピソード、評論の由。もう出てるのかな、ということで関つぁん向け情報でした。
・エドワード・グリアソン「夜明けの舗道」(角川文庫・昭和45)を読了。活字が小さくて目が疲れたけど、いかにも英国らしい重厚さを堪能。裁判シーンは、圧巻でした。20年以上のツン読なので、長年義理を欠いていた親戚のとむらいをすましたような清々しい気持ちになる。頭の中で、なんとなく対になっている「さよならジェミニ」(角川文庫・昭和46)も片付けるぞ。
『錆色の女神(ヴィーナス』 リンゼイ・デイヴィス(’99.9('91)、光文社文庫)
 翻訳ミステリ不毛地帯、光文社文庫の新たなる刺客、密偵ファルコシリーズの第3弾。せっかく、順番に出てるのに、3作目から読むという邪道な読み方ではあるが、1、2作目は、関のレビューもあるということで。紀元71年ローマ。過去に3度も夫が不審な死を遂げている赤毛の女セヴェリナは、富豪ホルテンシウスと婚約。ホルテンシウス家を牛耳る2人の美女は、もめごと引き受け屋のファルコ
に調査を依頼するが・・。語り口は、軽ハードボイルド。高度に経済が発達しているローマの風俗は、意外なまでに現代のあれやこれに置き換え可能で、すんなり小説の世界に入っていける。シリーズの常連キャラクターの活躍も楽しい。(ことに、ヒラメ料理のシーンは、すこぶるつき)なるほど、本国でベストセラーになるのも、うなづける。本編に限っていえば、本格テイストが濃いということだが、毒殺トリックはなかなか面白いものの、本格としての輪郭があまりはっきりしていないのが少々物足りない。よくも悪くも、主人公と女主人公の恋のやりとりや気安い常連たちの活躍で興味を持続させていくという80年代のライフスタイル型ミステリ(造語)の影響は濃厚で、その辺に乗れるかどうかがシリーズを読み続けるかどうかの鍵だろう。(私的には半ノリ)☆☆☆



99.9.23(木・祝) 盤上のセンス・オブ・ワンダー
・「パラサイト・関」に新着2件。本物のEQMMレヴューがっ。
・先日、「走れ!」というミステリ暗黒面の司祭の声が耳元でしたので、古本屋の100円均一棚で、友成純一「ホラー映画殺人事件」('89.4 扶桑社)を回収。中島河太郎編の航空ミステリー傑作選3冊のうち最後の一冊「凶悪の空路」(KKワールドフォトプレス)も入手できて、うしうし。同書には、山田風太郎の「30人の3時間」が載っていた。いわれてみれば、なるほど航空ミステリだ。中島編「恐怖の大空」のイラスト書いているのが、後に軍事評論家として名を売る江畑謙介なのが、なぜか可笑しい。
・ポケミス新刊、モーティマー「告発者」買う。法廷弁護士ランポールシリーズの作家の長編初紹介で、これは期待できそう。若島正訳。
・かなり前から、いつ出るのかと話題になっていた竹本健治「入神」('99.9南雲堂)読む。マンガを買うのは、久しぶり。しかも、非ミステリで、こちらが皆目ルールを知らない囲碁の世界を舞台にしたマンガ。どうも、話題に踊らされているような気がするのだが、これは、面白かった。歴代の棋士にまつわるエピソードが、脳しょうを振り絞るような凄まじい頭脳戦の世界に読者を誘い、サスペンスを高めつつ宿命の対決、牧場・桃井戦に突入していく。このドラマづくりま確かさは、やはり小説家のもの。ラストで出てくる「プロでもつくれない」という妙手順の凄さを味わえないのは、残念なところ。でも、絵の方は、・・。
・囲碁の方はさっぱりだが、将棋は多少わかる。将棋の妙手というのは、幾何でいえば、美しい補助線を見つけ出すにも似て、それ自体、センス・オブ・ワンダーが味わえるものだ。特に、妙手順を詰め込んだ詰将棋には、優れた本格ミステリを読んだような後味がある。
 で、詰将棋といえば、さきの「告発者」の翻訳者で、稀代の小説読みとして知られる若島正(京大助教授)は、「チェス・プロブレム」(チェスの詰将棋)の名手であり、また、ツメキスト(詰将棋作家)として、「華麗な詰将棋−盤上のラビリンス−」('93.6光文社文庫)という詰将棋集を出している。(強引な展開)
 この本、全体の趣向を味わうほどの棋力が自分にないのは、実に残念だが、冒頭の詰将棋には、度肝を抜かれた。この問題、実に一手詰!初心者が詰め筋を勉強するのにつくられたようなものを除けば、詰め方の駒の動ける範囲がごく限られてしまう一手詰問題というのは普通成立しない。だが、この問題は、解けない。どうあがいても、解けない。そして、解答編を読んで、ブラウン神父の名推理を聞いたような感銘を受ける。将棋のルールを知っている人は、(古)本屋で見かけたら、試しにやってみることをお薦めする。


99.9.20(月) 「イヌの記録」
・「パラサイト・関」に新着。待望の米書店レポートだっ。
・ちょっと古い本を。
「イヌの記録」 日影丈吉(1964.2 光風社
 東京の探偵事務所「安助秘密探偵社」の安助所長と野呂弘を主人公とする連作短編集。「破産旅行」「超過料金」等四文字タイトルの短編12編を収録。ファイトはあるものの推理の方はからきしの野呂助手と名探偵安助所長のかけ合いが、市井の情景と相まってどこか懐かしいのどやかな気分を醸し出す。独自の美学をもつ作者が肩の力を抜いて書いた作品。1編1編は、短いコント風の物が多く、謎解きとしては物足りないものが、割合長めの、工夫を凝らしたアリバイ物「屍体時間」、結婚式場の犯人消失を描いた「本日大安」はなかなか。☆☆
●国内編リスト追加
 島田一男『黒い花束』、「十三度目の女」、「ガラスの矢」、「無邪気な妖婦」  


99.9.19(日)  
・ミステリ系HP等で話題騒然の「MYSCON」のHPができた。(トップページからリンクしてます)。第1回企画は、10月23日大宴会とか。北の大地からは、残念ながら行けそうもありませんが、いずれ開催されるであろう、本体「MYSCON」には、是非参加してみたい。フクさんはじめ、スタッフの方の御健闘をお祈りしています。
・講談社文庫『野ざらし忍法帖』出る。「忍者鶉留五郎』が単行本初収録!(作品自体は、雑誌の企画物の一編ということで、ちょっとテンション低いですが)講談社文庫では、忍法帖短編を全部出すかどうかは、売行き次第といっているようなので(kashiba掲示板の日下三蔵氏情報)、ここは、なんとか一つ読者も頑張る必要ありか。
 角川文庫版でしか読めなかった3編も、収録されているので、合わせて、カウントダウンをしておきました。
・デイヴィス『錆色の女神』等読む。
●国内編リスト追加
 記念すべき900編目は、山田風太郎「からゆき草紙」(『明治波濤歌』所収。(またか)

99.9.16(木) 人面疽
・ヒラリー・ウォー『この町の誰かが』(創原推理文庫)が出ていた。90年の作品というから、随分と最近の作だ。 
・中公文庫の谷崎コレクション『潤一郎ラビリンス』。いつか読もうと思ってポツポツと買っている。挟み込みのしおりによると、好評のため、当初の予定より4巻増えて、全16巻になったらしい。しおりによると古典主義的作品に回帰する前の谷崎は「ウルトラ・モダニスト」だったとのこと。乱歩にも多大なる影響を与えたという初期短編が文庫で読めるのは、うれしいことである。コレクションの中の一巻を読んでみた。
『潤一郎ラビリンスXI 銀幕の彼方に』 (中公文庫)
 映画にまつわる、小説とエッセイ。千葉伸夫『映画と谷崎』(青蛙書房)によれば、日本で最初に映画(自動写真)が公開された1897(明治30)年に、既に谷崎は映画を観ていたらしい。そして、筋金入りの映画マニアとして、1920年、日本映画草創期に映画製作に関わり、「アマチュア倶楽部」「葛飾砂子」「雛祭りの夜」「蛇性の淫」を完成させている。それだけに谷崎の映画に寄せる思いと洞察の深さは、圧倒的なものがある。
 冒頭の「人面疽」にまず驚く。「人面疽」というと、昔の怪奇漫画の定番アイテムだったような気がするが、この作品は、実にクールなモダン・ホラーになっている。こんな話。
 アメリカで女優として数多くの出演経験をもつ歌川百合絵は、自分が主演の映画が東京の場末を回っているという、奇妙な噂を耳にする。彼女が演ずるヒロインに恋い焦がれながら死んだ醜い青年が、彼女の膝に腫れ物となって現れ、様々に復讐する。結末で彼女は発狂し、人面疸は狂笑する。ストーリーだという。百合絵は、そんな映画に出た記憶はない。映画技師の話によれば、様々な映画のシーンをつなぎ合わせて、つくることも技術的に不可能な部分があるという。さらに、この映画を一人で観た者は、皆、気が変になったり、訳のわからない病気になったりするというのだが・・・。近年、似たようなホラー評判作があったような気もするが、唐突に訪れる結末に、なんともいえないモダニティを感じる人も多いはず。
 「青塚氏の話」に、また驚かされる。女優の由良子を妻にしている映画監督が老年の酔漢に絡まれる。男は、由良子の体については、自分が誰よりもよく知っているという。男は、由良子の主演映画を何十回となく観て由良子の体の地図を暗記しているといい、彼女の足の裏から、振り向いたときの背中のくぼみに至るまで、絵を描いて再現してみせる。監督は、男の話に引き込まれ、男が自宅に由良子に瓜二つの妻がいると言い出すに、男の家に向かうのだが、・・。ジョン・コリア風の異色短編を突き抜けて、芸術複製時代最初期のグロテスクな神話になっているところが凄い。この恐るべき映画愛の前では、「ニューシネマ・パラダイス」も立ちすくむしかない。
 ミステリ・ファンにとっては、「人は総ての表面が鏡で張られた室内へ閉じ込められると、遂には発狂するものだそうだが」というところが重要かも。(発表は、「鏡地獄」とほぼ同時期)
 「過酸化マンガンの夢」は、晩年の作。身辺雑記が「悪魔のような女」の映画の感想などを交えながら、境界を超えていく。日常と幻想、現在と記憶とあわいを自在に描いた名編だ。
 並行して読んだ谷崎が映画に進出したのも、愛人の葉山三千子(当時の妻の妹:「痴人の愛」のモデル)を映画出演させたかったという一面も強かった
とか。そうしたことを考え合わせると、ますます興味深い映画作品集ではある。(「カリガリ博士」関係
のエッセイも興味深いが、またいずれ。)



99.9.15(水・祝) 幽霊が多すぎる
・メールをくれた岩井大兄のために書いておくと、南郷次郎物の短編全14編のうち、10編は、「十三度目の女」所収。残りの「喪服の花嫁」「灰色の花束」「気の長い死神」の3編は、「刑事弁護士」(天山出版平元.6)、「東京無法街」は「野獣の夜」(春陽堂 昭和31.2)所収とのこと(「刑事弁護士」(青樹社 山前氏の解説による)。これだけ集めれば、南郷短編コンプリートだっ。まあ、小学生時代に加下千里物を漁っていた大兄にいわせれば、なにを今さら、なのだろうけど。
「幽霊が多すぎる」 ポール・ギャリコ(創元推理文庫 '99.8('59))
 心優しき作家ギャリコの数少ない本格ミステリ。重すぎる相続税に対処するためやむなく、片翼をカントリークラブとして開放しているパラダイン男爵家で怪現象が次々と発生。歩ルターガイスト現象、、うろつく尼僧の亡霊、無人の部屋で曲を奏でるハーブ・・。超常現象専門の私立探偵アレグザンダー・ヒーローの出馬が要請される・・。もう、この設定だけで、二重マル。ほんとに合理的解決が可能なのかと思わせる怪事の続発がまず胸ときめき、怪事に翻弄され主要登場人物20数人を描きわけて、なんの渋滞も引き起こさないギャリコの手練の技に感嘆。ヒーローは、あくまで名探偵らしく、謎を腑分けし、合理的な解明をもたらす。この手の設定にありがちな謎解きのガッカリ感がないのも、事件の謎が、登場人物たちの愛憎と深く関わっているからにほかならない。謎−解決という物語が登場人物たちそれぞれの人生の転機となる点も、物語作家としてのギャリコの面目躍如である。もう、一編あるというヒーロー物の完訳を熱望。☆☆☆★
「不思議の国の悪意」 ルーファス・キング(創元推理文庫 '99.8('58)
 「クイーンの定員」にも選ばれた定評ある短編集。原題は、「Malice in Wonderland」。ニコラス・プレの考案にかかる題名をクイーンが気に入ってチョイスしたものだとか。マイアミの架空の町「ハルシオン」を舞台にした連作。表題作「不思議の国の悪意」は、タイトルはこれしかないというぐらい、うってつけ。幼年期の幻想、時のうつろい、生に伏在する悪意を絶妙な具合に溶け合わせ、不思議な余韻を残す名編。「マイアミプレスの特ダネ」は、はじけるシャンペンの泡のような華麗なダイアローグが楽しめるお楽しみ編。「淵の死体」「承認せよ−さもなくば死ね」は、物語を反転させ、悪意を際だたせる演出が巧妙。最も長い「死にたいやつは死なせろ」は、事件の発端から犯人の逮捕までを描いた、普通に書けば変哲のない中編だが、皮肉を効かせた語り口とキャラクター設定が、どの場面も鑑賞に耐える絵にさせている。やはりスピリッツは辛口でなければという方にお薦め。☆☆☆
 

99.9.13(月) 島田ジャングルで水遊び
・パラサイト・関から久しぶりのメール。アメリカの書店で「ポジオリ教授の事件簿」を入手したとか。くまかかか。
・ミステリ系サイト中最も静かなる人気サイトの運営者、宮澤さん@宮澤の探偵小説頁が月末札幌に出張で来られる由。お会いできそうで、嬉しいなっと。
・最近、小林文庫ゲストブックで話題になったりして、ちょっと気になっているのが、島田一男。ブックオフ系にいけば、腐るほど売ってるけど、タイトルやパッケージングを福田和子のごとく変え、色んな版元から出ているので、容易にその全貌をつかませない作家である。山前氏の解説によれば、シリーズキャラクターは、30を超えるというから、日本のE.D.ホックといっても過言ともいえなくもない、この作家を少し読んでみた。
 『恋文泥棒』 1976.9(桃源社) 
 珍しいのかと思ったら、春陽文庫にも入っていて、がっくり。最初に出たのは、昭和30年代らしい。天城山中で事故死を遂げた青年が、ホテルのフロントに預けた5通の手紙に端を発し、次々と起こる怪事件。追うのは、新京都日報東京支社の面々。事件は、青年が恋文をもって、女たちをゆすつていたという背景があるから、美人の登場人物には事欠かない。この記者連中、部長以下揃いも揃って女好き。凄いのは、キャラ立てのための女好きではなくて、新聞記者である→当然ながら女好きという、設定がなされているところである。女性を物にするためなら、ゆすりまがいも厭わない、結構なワル連中なのである。しまいには、万年窓際族の次長まで「よし俺も」と張り切り出す始末。巻末まであと少しなのに、記者連中は、さかさくらげ(温泉マーク)や一泊旅行に余念がない。事件は本当に解決できるのか・・。(一発ネタで解決)☆★
 ブン屋物は、社会の木鐸たる正義漢集団という思いこみがなんとなくあったのだが、イメージが粉砕され、多少頭がおかしくなる。別な新京都日報東京支社物を求めて、古本屋に走ったことであった(徳間文庫「銀座特信局」を見つけ。もうないのかな)
 続けて密室系探求も兼ねて、南郷次郎物の短編へ。島田一男で最もポビュラーなキャラクターは、刑事弁護士南郷次郎だと思うが、「刑事弁護士」(青樹社)の解説によると、長編が8本、中短編が14本とのこと。『上を見るな』『その灯を消すな』は、読んでいるはずなのだが、全然記憶なし。うち短編10編は『南郷次郎の逆襲』(昭和34光風社)に収められており、それはそのまま『十三度目の女』(光文社文庫)になっているようである。
『十三度目の女』(光文社文庫)
 小粋な工夫もある本格風味の短編が収められており、これはこれで。しかし、現代となっては、見所は、南郷次郎のセクハラ。秘書の金丸京子があくまで、けなげで泣けてくる。☆☆
 びっくりしたのが、中の一編「無邪気な妖婦」。闇の堕胎手術を行っていた産婦人科医の密室での死。なんか同じ様な話を最近読んだような気がすると思ったら、冒頭を除き、庄司部長刑事物の短編「自殺の部屋」(廣済堂文庫)と同じ設定なのである。比べてみたら、主人公以外の事件関係者まで同じ名前。主人公のベッドインまで同じ展開。
 「無邪気な妖婦」ではそれまで三人称だったのが、突然、地の文で南郷次郎の一人称になるところが一カ所だけある。
 「さくらは、カウンターの陰でしばらく話していたが、話しながら、ニヤリッと私に笑いかけた」(無邪気な妖婦)
 該当部分を「自殺の部屋」から引く。
 「桜は、カウンターの陰でしばらく話していたが、話しながら、時々わたしのほうを見てにやりと笑う」(自殺の部屋)
 多分、それまで「わたし」を「南郷次郎」に置き換えてきた作者の筆が一か所だけすべったのであろう。〆切に追われる流行作家の生活ぶりを彷彿とさせる話ではある。しかし、真に恐るべきは、この同じ話がオルフェウスの如く形を変え、現代まで生き延びてきたことである。
 島田ジャングルの奥は深い。木漏れ日の中で水遊びをする男は呟く。


99.9.12(日)
・北村薫「盤上の敵」、11人の作家による長編連作「堕天使殺人事件」、デイヴィス「銀色の女神」購入。
・「幽霊が多すぎる」と島田一男を数冊読了。
・先週に引き続き、またも虫が騒ぎ出したので、昨日、琴似、円山方面を徘徊してみる。
東郷隆「定吉七は丁稚の番号」(講談社文庫)220、戸板康二「黒い鳥」(集英社文庫)140、権田萬治「日本探偵作家論」(講談社文庫)500、多岐川恭「紅い蜃気楼」(徳間文庫)100、マスル「突然に死が」(ポケミス)300、トンプソン「ゲッタウェイ」(角川文庫)250、といったところが多少嬉しいか。
・「ゲッタウェイ」は、キム・ベイシンガー主演版が公開されたときの改装版。出ていたことすら知らなんだ。訳(高見浩)にも手を入れてるらしく、こっちで読みたかった。
・リンクコーナーに「猟奇の鉄人」を追加。他の紹介とトーンが違いすぎるかも。
●国内編リスト追加
 大谷羊太郎『恋愛迷宮殺人事件』、『スタジオの怪事件』、「モーテルの怪事件」、石川喬司「パリの密室」、日下圭介「旅の密室」、楠田匡介「拳銃の謎」、「影なき射手」追加。これで899編。


99.9.7(水) 山風横取り  
・昨日の駄文につき、浅暮三文氏からメールをいただく。んー、このような辺境のHPがお目に触れていたとは。穴があったら、キャシー・コージャというか、なんというか。とにかく恐悦しております。
・インターネット古書店で買った古本が届いている。昭和38〜39に刊行された「山田風太郎忍法全集」全15巻。読めればいい派なので、刊本のこだわりはないのだけど、全揃い3000円は安いよね。(安いといって)。札幌の古書店で1万2000円をつけているところもあるし・・。
・おなじみ杉浦さんからメールをいただく。
 全文無断転載したいところだけど、ちょっと引用部分が長すぎるかもしれないので。
 集英社のPR誌「青春と読書」99.9月号に「異形たちが躍る歴史の闇」北方謙三vs.宮本昌孝対談が載っていて、その中には、山風者に聞き捨てならない発言が。
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「(前略) 北方 南北朝・室町時代というと、誰かほかの作家で書いている人がいましたっけ?
 宮本 山田風太郎さんが佐々木道誉を書いてますよね。聞いたところによると、あれは、北方さんが佐々木道誉を書くと山田さんに話したら、北方さんが書く前に山田さんが先に書いちゃったという。北方 山田さんてのは、ほんとに食えない爺さんですよ(笑)。お会いしたときに、佐々木道誉というこれこれおもしろい人物がいて、いずれ書くつもりだと話したんですよ。で、しばらくしたら電話がかかってきて、「ごめん。書いてしまった」(笑)」(山風関係の引用が続くが、以下略)
(以下杉浦さんのメール引用)
  僕にとっては初めて知ることで驚きました(それともまた読んで忘れてるのか?)。しかし山風自身の文章(またはインタビュー)で「長谷川平蔵について書こうと思ってたら池波さんに書かれてしまった云々」というのを読んだ記憶があります。もしかしたらその苦い経験から「早く書いた者の勝」という教訓を得たのか・・・?ではまた。バカな感想で恐縮でした。
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 杉浦さん、毎度情報ありがとうこざいました。先月に続き、「青春と読書」もらいにいこっと。
 山風横取り。ほんとかなあ。ほんとなんだろうな。本人からの電話の内容まで喋っているのだから。
 山風と北方謙三の対談は、「風来酔夢譚」(富士見書房)に収録されているが、話の内容から、この時点(1988年2月号「小説現代」)が初対面らしい。(佐々木道誉の話は、対談には出てこない。)風太郎が室町物の第1作「室町少年倶楽部」(オール読物)を書いたのが、1989年1月号。道誉を主人公にした「婆沙羅」は、翌1990年の小説現代1〜2月号に連載されている。ということは、時間的にも符合する。確かに、単行本で「婆沙羅」を読んだときは、少し人物によりかかりすぎているような気もしたが・・。北方の作品は、ずばり「道誉なり」だと思う(未読)。読み比べも一興か。ただ、山風は対談の時点で既に室町物の構想は、もっていただろうから、佐々木道誉を知らないってことはなかったと思うのだが。


99.9.6(火) 「カニスの血を嗣ぐ」
「カニスの血を嗣ぐ」 浅暮三文 講談社ノベルス(99.8)
 「ヘミングウェイの小説を全部漁ってもただの一つも匂いが出てこない、とかつてノーマン・メイラーがいったことがある。」というのは、イギリスの評論家サザーランドからの孫引きだが、彼によれば、匂いというのはアングロサクソン民族の小説に特に欠けていて、日ごろから不得意な分野なのだという。「イギリス人は、これまで、香水産業とかワイン産業において鼻の芸術を錬磨することは、大陸側の「不潔」な隣人とくにフランス人に任せきってきた」。だから、香りの力をテーマにした二つの偉大な作品、ユイスマンスの「さかしま」とジュスキントの「香水」は、大陸で生まれた、とも。(「ヒースクリフは殺人犯?より」)
 と、知ったか、はここまで。
 翻って、世紀末の日本で、「匂い」をテーマにしたエンターテイメント、牧野修「偏執の芳香」、「カニス〜」が相次いだのは、日本の「成熟」を示しているのかどうか。
 もっとも、二つの作品のアプローチは、その資質を反映してか、相当に隔たっている。前者は、「新しい嗅覚は新しい脳を生む」という思考実験を核に据えたSF(ホラーの外装をまとってはいるが)であるのに対し、「カニス〜」は、ひたすら匂いのもたらす世界に沈潜し、世界を異化し続ける。
 カニス。ラテン語で犬。嗅覚が異常に発達した男、阿川。バーで「マイコ」を名乗る美女と出逢って一夜をともにするが、女は翌日急死する。女の死に不審を感じた阿川は、自らの特殊能力を生かして、女の過去を探って行く。
 読者は冒頭から、匂いの充満する世界に連れ去られる。そのリアリティある濃密な匂いの世界こそが本書を特徴づけている。
 特に、バーで出逢ったマイコの欲情を主人公が「匂い」で感得していくシーンは、圧巻。舞台を東京に移してそのダイナミズムと澱のような淀みが、圧倒的密度で描かかれるのも、鮮やかである。匂いという我々にも覚知できる感覚の外延を少し広げるだけで、極めてリアリティある異世界を現出させるこの離れ業。
 この異世界の物語を駆動させるために、作者はハードボイルドの形式を採用していると思われるのだが、その部分では、いささか計算違いもあるようにも見える。死んだはずの女が生きているという魅力的な冒頭がよくあるネタてでなしくずしに解消されてしまう不満は、ミステリファンの繰り言に過ぎないが、副主人公であるはぐれ刑事がかなり魅力的である(事件の間中まともな食事にありつけないという脇ネタあり)にもかかわらず主人公との絡みが不十分な点がやや不満だし、ロベリアソウのようなミステリ的フックも、最後の活劇も、この世界観の前で必須だったかどうか。
  なにより、阿川も女も「叫びながら落ちる人」であるという象徴シーンをもちながら、正常な生の軌跡から逸脱していった女の悲劇と主人公のウェットな心情が十分響き合っていないようにも感じられた。
 とまれ、空疎なファンタジーが氾濫する中、現実と地続きのまったく異なる世界を構築した作者の力量は貴重。次回には、どんな世界が飛び出すのか。☆☆☆

・えー、いろいろやるべきこともあるような気もするが本日はここまで。(仕事遅くてすんません)。

99.9.4(土) 血風を真似てみる
・相変わらず、残業や酒飲みやらで、読書も本屋もままならず。夏の日もいつか過ぎ。
・某「猟奇の鉄人」の「古書血風録」に多大な影響を受け、まったく及ばずながら、本日は、小生も、「血風」及び「密室狩り」の旅に出てみた。
・その前に昨日、飲み会の途中寄った成美堂で買ったのが下記。
 島田一男「恋文泥棒」(桃源社)200
 藤村正太「大三元殺人事件」(広済堂ブルーバックス)200
 秋永芳郎「阿波三国志 忍法小説全集13」(東都書房)200
この店、一階が新刊書店で、二階が古書店だったのに、いつのまにか一階が古書店で二階が閉鎖されている。二階には、植草甚一関係の展示があったのだが、どうなったのだろうか。
・本日は、札幌にいつのまにか増殖していた(現在8軒)ブックオフに行ってみるかということで、小手調べに幌北店から。
阿井渉介「終列車連殺行」(講談社文庫)300
R・バーナード「拷問」100
 阿井は、長編リストがついていた。ブックオフの店員の対応は、ファーストフード店症候群というか、完璧にマニュアル化されている感じ。「つけあわせに、赤川次郎50円でいかがですか」とかいわれそうで、ちょっと怖い。
 18条の北天堂書店で
 多岐川恭「姉小路卿暗殺」(講談社)500
 香山滋「ソロモンの桃」(教養文庫)400
 香山滋「オラン・ペンデグの復讐」(教養文庫)
 地下鉄を乗り継いで東区の「ひばりケ丘」店へ。密室系と思われる
 本岡類「斜め「首つりの木」殺人事件」100
 本岡類「白い森の幽霊殺人」100
のみ購入。血風どころか、そよ風も吹かない。ブックオフを諦めて、同じ東区白石の1/2ブックスへ。札幌では、こちらの方がずっと古い。ここで、ビンゴ。
 江戸川乱歩文庫「海外探偵小説作家と作品1、2」各240
 同         「探偵小説の謎」240
 同         「奇譚/獏の言葉」240
 この文庫、出たのはつい10年ほど前なのに、あっという間に市場からなくなって、評論編の方は古本屋でもあんまり見ない。「あんな活字がでかくて人を馬鹿にしたような本が買えますか」という関の口車に乗ったのが、間違いのもとだった。「海外」の3がないのが、残念。
 これで、鼻血くらいは出たか。調子に乗って
 多岐川恭「虹が消える」(徳間文庫)160
 多岐川恭「仙台で消えた女」(講談社文庫)240
 日下圭介「女怪盗が盗まれた」(光文社文庫)300
 山前譲編「12星宮殺人事件」(飛天文庫)350
 大通りに出て旭屋書店(新刊)へ。新刊が結構出てるが、とりあえず買ったのは、ジョン・サザーランド「現代小説38の謎」(みすず書房)3400円。これまでの購入額とほぼ同じ。新刊は高い。
 石川書店の100円均一本で
青柳友子「消えた家」(角川文庫)
J.D.マクドナルド「オレンジ色の屍衣」(ポケミス)
 すすきの北海堂。
別冊宝石113「E.S.ガートナー&R.キング」1500
 今年ブレイク中のキングの長編が載ってるので買ってみました。九鬼紫郎の時代長編が消えていて、ちょっとショック。
 映画関係古書「志鳳堂」での買い物は、なし。

 疲れた。鉄人、偉大なり。                      



99.8.29(日) 「猟奇の鉄人」
・読書ままならず。「カニス〜」は、一応読了。
・8/23の記述について。高橋徹氏から「ラセラス」について教えてもらう。文豪サミュエル・ジョンソン博士でしたか。リリアン・デ・ラ・トーレに博士を探偵役にしたシリーズがあるということくらいしかしらないが。
 kashibaさんから「第三の皮膚」について、賛同のメールをいただいたのだが、実は(以下略)
・小林文庫の古本交換コーナーで彩古さんからヅーゼ「スペードのキング」、エイミス「二十歳への時間割」送っていただく。ディキンスン「エヴァが目覚めるとき」、ナボコフははずれ。ディキンスンはともかく、ナボコフも競争率が高かったみたいで、生誕100年でちょっとしたブームなのかしらんと思ったり。
・HMMで笠井エッセイで、「大密室」の作家エッセイにつっこみ。この程度のことつっこむのに、東浩紀に全面的に依拠するのもなんだかなあ、と俺もつっこみ。
・気まぐれで一部読んだ「SFバカ本(ペンギン編)」。牧野修「演歌の黙示録(エンカ・アポカリシス)」は、最高。演歌史と神秘思想史を強引に結びつけた爆笑プラス恐怖の一編。一連のあとだま騒動に興味のある人には安達瑶「老年期の終わり」も推薦。
・かねてから噂されていた(本人が噂していた?)kashibaさんのHP「猟奇の鉄人」がついにオープン。和洋とりまぜ、ミステリ系最強・最濃のHPでしょう。ミステリ系web徘徊の楽しみが何割もアップした感じ。とにかく「鉄人」へ急げ。


99.8.24(火)
:・パラサイト・関更新。

99.8.23(月) 文学者のゲーム 
・帰りにR・キング「不思議の国の悪意」、ギャリコ「幽霊が多すぎる」、加納朋子「ななつのこ」、G・イーガン「宇宙消失」(以上創元推理文庫)、ビアズ・アンソニイ「マーフィの呪い」(ハヤカワ文庫)買う。
創元から感謝状をもらってもいいなというよりも、今月もよくぞ揃えたりと版元を称えるべきなんだろうな。
・無駄話。
 大昔に読んだクリスピンの「消えた玩具店」の中に、フェン教授と相棒が、張り込みの退屈しのぎに「読めない本」のゲームをやろうというシーンがあって、何故か印象に残っている。その一節をちょっと引用してみる。
 「よし。「ユリシーズ」」
 「ラブレエ」
 「「トリストラム・シャンデイ」」
 「「黄金の大杯」」
 「「ラセラス」」
 「いや、あれは僕の愛読書だ」
 てな、調子で続くのだが、かの著名作を英文学部の教師が「読めない」というのだから、なかなか痛快である。(「ラセラス」って何だろう)
 ちょっと、この例とは違うけど、ミステリ・ファンを自認する何人かで、読んでないミステリを競い合うと、なかなか盛り上がる。
 「アクロイド」「おおっ」、「Yの悲劇」「うおお−っ」、「ホームズ物」「くまかかか」、「第三の皮膚」「誰も読んどらん」てな調子。ファンの自意識と告白衝動をスクランブルするむずがゆいゲームである。
 後年、巽孝之の本で、自分の読んでない本を競い合うゲームを「文学者のゲーム」ということを知った。(この辺うろ覚え)中で、イギリスの小説が引用されている。登場人物たちが、自分の読んでない名作を競いあって、パーティのボルテージは高まりっばなし。そこで、英文学部の教授が言ってはいけない一言を叫ぶ。
 「ハムレット!」
 
 「密室系」などとHPをやっている小生も読んでない名作というのは、いっぱいあって例えば「こく・・」やめた。今年中に読むぞ。
 


99.8.22(日) 最近読んだ本から(2)
・小説家の浅暮三文さんから残暑見舞いの葉書をいただく。以前、小林文庫の古本交換コーナーでウエストレイクの本を2冊提供しただけなのに。律儀の方である。というわけで、『カニスの血を嗣ぐ』(講談社ノベルス/980円+税)を読み始める。帯には、山田正紀の「真に奇蹟的」という推薦文。興味のある方は、手に取ってみて下さい、と勝手に宣伝。
最近読んだ本から(2)
『ペンギンは知っていた』 スチュワート・パーマー(新樹社/'99.6('31))
 期待のエラリー・クイーンのライヴァルたち第1弾。著名なハイミス探偵ヒルデガード・ウイザース物の長編の初邦訳でもある。水族館見学に生徒を連れてきていたウィーザスが殺人に巻き込まれて・・。どこか、のどやかな雰囲気が心地よい。クイーンばりの論理の構築はないけど、スクリューボールコメディ風の展開、後半で登場する不可能犯罪、クライマックスの裁判シーンと見所多し。バイパー警部の男っぽさも気に入った。本筋ではないけど、ラストは驚き。☆☆☆
『マッターホルンの殺人』 グリン・カー(新樹社/'99.6('51))
 タイトル通り、世界の高峰での殺人を扱ったアリバイくずしに、俳優探偵リューカーが挑む。堅牢な本格には、欠かせないディスカッションあり、華麗なアリバイ・トリック(見破れるかも)ありなのだが、リューカーを含め登場人物に魅力が乏しく、物語のふくらみに欠けるのが難。S・晴子必読。☆☆★
『ディー判事 四季屏風殺人事件』 R・フォン・フーリック(中公文庫/''99.5('60))
 中国唐代の実在の人物ディー判事を主人公にした探偵譚。欧米では著名なシリーズで何作か邦訳もある。異国情緒と当時の風俗がメインかと思っていたら、3つの事件が並行して進む、いわゆるモジュラー型警察小説のスタイルになっていて、まずびっくり。ディー判事と山賊あがり副官が事件に巻き込まれていく過程、それぞれの事件の微妙な絡まり具合、最後の名裁き・謎解きとプロットが丹念につくられているし、一件落着の後の真相もすこぶるユニーク。ディー判事と副官の捜査行も型破りで(ディー判事が捜査のため娼婦と待合いに行く場面もあり)、登場人物たちもくっきりと印象深い。幾重にも楽しめる掘り出し物だった。著者自身による古拙な挿し絵も、よいアクセントになっている。
☆☆☆ 
●国内編リスト追加
 島田荘司「Pの密室」、綾辻行人「伊園家の崩壊」、森博嗣「どちらかが魔女」(以上「メフィスト」9月号より)、宮原龍雄「雪のなかの標的」


99.8.21(土) パラサイト・関の帰還
・昨日まで島の出張。イカ刺しばかり食べてたような気が。うに丼2,500円也を食べておくべきだったか。帰ってくるなり深夜まで残業になってしまって。帰省されてたCさま、参加できず、すみませんでした。
・意外に早かったような気もするが、あの男が帰ってきた。サンノゼ到着第一報。パラサイト・関の翻訳ミステリ・アワーにて。これまで以上の精励が期待できそう。
・トンプスン「グリフターズ」(扶桑社ミステリー読了。これで邦訳は「内なる殺人者」を残すのみ。いつか、まとめて触れてみたい。
『おしゃべり雀の殺人』 ダーウィン.L.ティーレット(国書刊行会/'34/'99.8) ☆☆☆
 ヒトラーが政権を掌握。ナチスのユダヤ人狩りが頻発するドイツのハイデルベルグ。次々と起こる連続殺人に巻き込まれた米人技術者は、無事アメリカ行きの船に乗ることができるのか。黄金時代屈指の異色本格。
 「雀が喋った」という謎の言葉を残して息絶えた老人という幻想的な冒頭、樹木にいつも礼をする男という強力な謎を推進力に、物語は進む。ただ、秘密めいた美女とのロマンスと冒険、次々と殺されていく関係者という展開は、全体として初期クリスティ風巻き込まれ型のスパイスリラーを思わせなくもない。随所に織り込まれるナチの恐怖は迫真力十分だが、このナチス勃興期という未曾有の社会的混乱の背景も、どちらかといえば、主人公のおかれた困難・ロマンスを強化するためという色合いが強い。ナチスの根元的悪と切り結ぶような本格を勝手に期待しすぎていたか。最後に、意外な犯人を用意しているが、話を広げすぎたため、説明不足の感は否めない。ラストは「カサブランカ」を思わせるような幕切れ(こっちの小説の方が先だが)で、なかなか。
●国内編リスト追加
 島田一男「自殺の部屋」「十三号氏の死」

99.8.17(火) オルタナティブ・ミステリ
・あぢあぢ。立秋過ぎて、暑さも落ち着くはずだったのに、全然変わらんぞ。パンツ一丁でキーボードを叩く男。
『ポジオリ教授の事件簿』 T.S.ストリブリング (翔泳社/99.8('75))☆☆☆☆
 発表媒体の違いのせいか各編が短く、「カリブ諸島の手がかり」収載の「カバイシアンの長官」のようなような異様な興奮をもたらす作品に出会えなかったのは残念だが、それでも、十分里標程的な意味をもつ短編集。
○警察署長の秘密 犯罪検挙率が異様に低い警察の秘密。ポジオリ教授の推理がとんでもない世界を現出。 
○靴下と時計の謎 意想外の展開。道化としてのポジオリ。
○ジャラッキ伯爵、釣りに行く
○ジャラッキ伯爵への手紙
 二部構成には意味がある。悪意の交錯する世界での名探偵の演ずる役割とは。
○八十一番目の標石
 見事な導入から底深き結末。西欧社会とは異質な原理が支配する社会の謎にポジオリが臨むが。得体の知れない読後感。「ベナレスへの道」と並ぶ名編。
○七人の自殺者
 自殺にしか見えない他殺の謎。二重底に、シニカルなオチつき。
○真昼の冒険
 南部の街で、州刑務所に移送される直前の女性の無実をはらせるか。ポジオリに神としての役割を期待する民衆のエスカレーションが面白い。ブラックコメディとでもいうべき一編。  
○個人広告の謎
 犯人解明の手がかりに鋭い皮肉が効く。
○塗りかけの家
 なぜ、ペンキ塗りかけで家が放置されているのか。これもまた風刺色が強い一編。
○ポジオリと逃亡者
 ポジオリ船に乗る。表面上の謎と水面下の別の構図という特色が良く出た一編。
○電話漁師
 ポジオリ、州の代理人として訴追側に立つ。トリッキーな謎解きが、弁護側の奇手にも結びつく。奇妙な進行が、ユーモア、社会的洞察と分かちがたく結びついた好編。
 というところで、好みを3つ挙げれば、「警察署長の秘密」「八十一番目の標石」「電話漁師」か。
・ストリブリングの短編は、逆説という面でいえば、チェスタートンとほど強烈ではないし、謎解きという面でも、それほど切れ味が鋭いというわけではない。表面上の謎のほかに、深層には別の大きな図柄が潜んでいるというのが特色といえるが、多くの場合、政治的・社会的な風刺がらみで、このことは、必ずしも、長所とばかりはいえないのではないか。
・ストリブリングのユニークさは、なによりも、ポジオリ教授という名探偵の造型にある。「靴下と時計の秘密」「ジャラッキ伯爵」「七人の自殺者」では、ポジオリの存在自体が犯人の計略の一部として利用されるし(この意味でいわゆる「後期クイーン問題」にも接近する)、「真昼の冒険」では救世主のパロディを演じさせられる。「八十一番目の標石」では、探偵役を放棄し「電話漁師」では、謎解きを期待されない検事を演じる。この苛烈なまでの名探偵いじり!ポジオリは、謎解きよりも、事件の深層の別の図柄を浮かび上がらせる触媒・道化の神としてとして機能している。ストリブリングの短編の魅力の一端でもある展開の読めなさ、融通無げな進行も、この流動し、変化する役割を演じさせられるポジオリ教授という存在に負うところが多い。
・「異文化の世界観と探偵小説の原理との衝突による特異な反響が隠されたテーマ」というのは、「カリブ〜」に対する野崎六助の卓見だが、西欧vs非西欧という異文化の相克は、「八十一番目の標石」等で引継つつも、むしろ本書では、合衆国に内在する「北部」「南部」の原理の衝突に重点を移しているように思われる。(「警察署長の秘密」「真昼の冒険」「電話漁師」等)その分、衝突のダイナミズムは、「カリブ〜」に比べ、より微妙なものに変化しており、異邦人には細かいニュアンスまで、十全に味わえないといううらみがあるのだが。
・「ここ」ではなく未知の領域へ、西欧合理主義でなく何か別の原理へ、無謬の神ではなく道化の神へ。「ミステリが辿ったかもしれない、もう一つの歴史を示唆している」という山口雅也の評言をいただいて、ポジオリ教授物を元祖「オルタナティブ・ミステリ」と呼んでみたい誘惑に駆られているのだが。
・金曜日まで島へ出張です。
●国内編リスト追加
 生田直親『鬼女伝説殺人事件』

99.8.15(日) ハサミ男
・13日にカウンターが20000を突破。読んでいただいてる方に深甚なる感謝。
・高坂美夜さんにお願いして、小林文庫ゲストブックで話題になっていた「探偵小説の名探偵1999年版 レトロ編」を送っていただきました。法水・藤枝・加賀美・帆村・巨勢博士等実に渋いセレクション。レトロな探偵たちにも、キャラ読み的楽しみ方が新鮮でした。特に、甲賀三郎の獅子内俊次物は、非常にそそられました。kashibaさんが、ここでも八面六臂の活躍で(特に漫画が読めるのが嬉しい)、kashibaウォッチャーも必携。
『ハサミ男』 殊能将之 講談社ノベルス(99.8) ☆☆☆★
 音楽に例えると、まさにXTCの英国流ひねくれポップ(笑)。シリアル・キラー物という陳腐な素材をアレンジして、新たな驚きを生み出すミステリ的仕掛けは、鮮やかだが、本書の魅力はそれにとどまらない。リズム感ある文章、現代社会に対するクールな視線、叙述のセンス(「医師」やTVのザッピングのシーンを見よ)、ユーモアのスパイス、エンターテイメントを書く上での基礎的「教養」の豊かさ。これらが渾然一体となって、近年では稀な、作品と適度な距離を保った大人の作品をつくりあげている。早くも次作が待望される俊英の登場を言祝ぎたい。
・「おしゃべり雀」読了。ポジオリは、次回に延期ということで。

99.8.12(木) 
・なかなか休めぬ。東京は、古本夏の陣らしいけど、札幌は、ただ暑いだけ。ちょっとしたガス抜きに丸井今井の本の大バーゲンというのに行って来た。
・買ったのは、ロビンス「アガサ・クリスチィの秘密」、野崎六助「これがミステリガイドだ!」、筒井嘉隆「町人学者の博物誌」、出口保夫「ロンドンの夏目漱石」、アトウッド「青ひげの卵」、春陽文庫の左右謙「一本の万年筆」と耽綺社同人本の2冊。石川喬司の競馬小説集全3巻(1,500円)も気になったが、重そうなのでやめる。
・旭屋で講談社ノベルス、浅暮三文「カニスの血を嗣ぐ」、殊能将之「ハサミ男」、講談社文庫、山田風太郎「かげろう忍法帖」、倉知淳「星降り山荘の殺人」購入。
・既に各所で評判の「ハサミ男」だが、うおお、冒頭のエピグラムが「Sissor Man」、英国ひねくれポップの雄XTCの曲ではないですか。(ということはタイトルも)。「Conplicated Game」の引用もあるようで(いずれも「Drums and Wire」収録)、XTCファンとしては、これだけで、泣きが入ってしまったよ(誤用)。早く読も。
・「かげろう忍法帖」の解説は、法月綸太郎。風太郎の本来的資質は短編にあるとし、長編構成のテクニックは、中国(「金瓶梅」「水滸伝」)から輸入したものではないかという魅力的な仮説を説得力十分に提示し、これまでの他の解説者とは一線を画す面白さ。でも、「夜明けの睡魔」の解説をしている人が「生きざま」という言葉を使うのは、ちょっとなあ、というのは余談ですが。
・山風リスト、カウントダウン更新。今後、「野ざらし」「忍法関ヶ原」と短編集が続くようです。
・「ポジオリ教授」については、明日にでも。

99.8.7(土)
・『ポジオリ教授』読み進む。
・ティーレット『おしゃべり雀の殺人』(国書刊行会/2,400円)購入。世界探偵小説全集第二期も、後は次回配本デレック・スミス『悪魔を呼び起こせ』を残すのみ。月報に、第3期のラインナップが少し載っている。ディクスン『九人と死人で十人だ』、バークリー『ジャンピング・ジェニイ』、ケネディ『救いの死』など10冊。そのほかに、全集の別働隊として「ミステリーの本棚」全6巻が予定されていて、こちらの方はチェスタトン『完全無欠な四悪人』、ベントリー『トレント乗り出す』等がラインナップとのこと。最近のクラシック・ミステリをめぐる出版状況は素晴らしい、の一言。
・「メフィスト」最新号は、密室系もの多いみたいで、楽しみ。


99.8.4(水) 
・旭屋書店にて待望の翔泳社ミステリー第3弾『ポジオリ教授の事件簿』(倉阪鬼一郎訳/2,000円)購入。『グラン・ギニョール』『サヴェッジ・ナイト』と、また趣の異なるカバーも、サウス・エスニック(造語)で要注目。
・『おしゃべり雀』は、まだでした。
●国内編リスト追加
 二階堂黎人「ルパンの慈善」
 

99.8.3(火) パラサイト・関氏の短いお別れ
・もう、暑うて、暑うて。サッポロ生ビール1000円飲み放題モード。うい。
・「ミステリ系更新されてますリンク」で、最下位のP・関氏より久々のメール(翻訳ミステリアワーにて)。これで、関氏とも短いお別れ。再開を刮目して待たれよ。
・クロフツ「ヴォスパー号の遭難」に続けて「シグニット号の死」を読んでます。夏だ、海だ、クロフツだ!

99.8.1(日) 最近読んだ本から(1) 
・やっぱり8月は来たじゃないか。でも、恐怖の大王は、7月に銀座に降臨してたってのは、駄目?
・首を患って以来、久しぶりに映画。蠍座で「オルランド」。ヴァージニア・ウルフ原作で女性監督というだけで、つらそうなのだが、やっばりちょっと、つらかった。不死の良性具有者の話なのだが、美声年でもあるはずの主演のティルダ・スゥィントンがどうみても、おばさんにしか見えないのが難。
・最近読んだ本から
 「不変の神の事件」 ルーファス・キング('36) 99.7 創元推理文庫
 憎むべき恐喝者をふとしたはずみから死に追いやってしまった家族。一同は、死体を運び。法の手を逃れようと画策するが、通りすがりの人物に気づかれてしまい・・最初は、サスペンスと思わせ、結末で、犯人の船からの消失も絡めて、アッといわせる手際が鮮やか。相当のすれつからしでも、ひっかかるのではないか。文章は、やや通俗気味で、富豪家族は浮き世離れしているが、書かれた年代を思えば、それもまたゆかし。水上飛行機による派手な追跡が出てくるのも、この時代の米本格ならではか。☆☆☆
 「自殺の殺人」 E・フェラーズ('41) 98.12
 植物園長の死は自殺か他殺か。この謎一本で、豊かに、軽快に、カラフルに織りなす謎解きのタペストリー。「猿来たりなば」のはなれ技こそないが、あえてきつめの設定で勝負する作者の本格魂に感服。前作と共通するキャラクター造型の巧みさ、植物園のある岬という舞台設定も素敵だ。☆☆☆★
 「サムシング・ブルー」 C・アームストロング ('62) 98.3
 昨年度SR2位という隠れた名作。帰省したジョニーは、隣家の娘ナンの婚約者が彼女の母親殺しの真犯人と聞かされ、事件の真相を探ろうとする。凡庸な作家なら大甘なサスペンスになるところを、作者は、急所にハリを打ち込むような、抜群の布石を打ち、主人公の陥った苦境に読者を巻き込んでいく。読者は、作者の手中で翻弄されるうちに、結末近くで、一度大きく息を飲むことになるだろう。(これが真相だった方がより効果的だったような気もするが)。☆☆☆★
●国内編リスト追加
恩田陸「ある映画の記憶」、北森鴻「不帰屋」、倉知淳「揃いすぎ」、貫井徳郎「ミハスの落日」(以上『大密室』より)、奥田哲也『霧枯れの街殺人事件』