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関西フィルハーモニー管弦楽団
オーケストラへの招待シリーズ「世紀を越えた第4交響曲」

日時
2001年5月29日(火)午後7:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
関西フィルハーモニー管弦楽団
指揮
藤岡幸夫
曲目
1.吉松隆…交響曲第4番(世界初演)
2.チャイコフスキー…交響曲第4番  ヘ短調 作品36
座席
1階O列27番(S席)

プレトーク

 演奏前恒例のプレトークですが、今回はなんといっても今日公開初演される交響曲第4番を書いた作曲家吉松隆さん本人の登場が目玉です。
 この曲は3月に藤岡さんとBBCフィルによって録音(冬頃発売予定)がされていますが、公開の場では世界初演となっていました。
 藤岡さんと一緒に登場した吉松さんは写真に比べて幾分でっぷりとしていて(笑)、50近くになったら誰でもそうなるよな、と思わずにはいられませんでした。また吉松さんはこういうのは好きらしく、最初は緊張で少しだけ硬かったですが、しゃべるにつれて舌の回りが良くなっていったようです。
 ここでは新曲についての話題が中心でしたが、その内容は、書いたのは自分だけど今日初めてちゃんとした音で聞けるから楽しみだ(吉松さんはMIDIを使って作曲します)、第2楽章では「笑いを取れ」と関西フィルの人に言った、第3楽章のアダージェットは最近のアダージョブームにあやかれるように(笑)マーラーのに負けないように書いた、BBCフィルの時は弦の編成を非常に小さくしたけど今日はアダージェットのためだけに大きい編成を組んだ、というものでした。
 そのなかでも藤岡氏の「(他にも賭けてるものがあるので)私の人生全部とは行かないけど、半分は確実に賭けている吉松さんの曲を演奏できることがとても嬉しい。特に関西フィルと吉松さんの交響曲を演奏することは正指揮者に就任してからの念願でした」が印象的でした。(ちょっとリップサービスくさかったけど)
 それにしても吉松さんが「(家に)帰ったら5番を書きます」と発言したことに私なんか「おおっ」と思ったのですが、藤岡さんも司会もこの件についてはノーリアクションでした。なんで?

 ちなみにこのコンサートにはシャープの協賛がついていましたが、これは藤岡さんが呼んだみたいでした。マンチェスターに住む藤岡さんが同じくマンチェスターのサッカーチーム「マンチェスター・ユナイテット」のメインスポンサーだったシャープにお願いしたようです。
 きっと今日の第4交響曲の公開初演権を獲得するのにかなりの費用がかかったのでしょう。関フィルのようなオケは大変です。
 そんなためでしょうかロビーにシャープがブースを作り、それでシャープ自慢のSACDプレイヤーとデジタルアンプを展示していました。ちょっと線が細いもの非常に透明な音を聞かせていました。(ソースは藤岡&BBCフィルによる吉松の3番でしたのでSACDの実力は味わえず)
 スピーカーはB&Wのブックシェルで、スピーカーケーブルに気合の入ったぶっといの(キンバーケーブル)を使ってましたが目に止まりました。どうせB&Wを使うならノーチラス803ぐらいのを置けば良かったのに。

 さて、プレトークが終わると藤岡さんはいったん舞台袖へ、吉松さんはマイクを司会の人に預けて客席(1階J列14番)へと向かいました。

吉松隆…交響曲第4番

 この曲の印象を手短に述べますと、この前聞いた「鳥たちの祝祭への前奏曲」に続く幸福感溢れた曲で、穏やかで暖かい感じを受けます。(良い気分に浸れるのは前奏曲の方が上でしたけど)
 もしニックネームを付けるのなら「はる(春)」もしくは童心にこだわるのなら「はるやすみ」といったものを付けたいと思います。(作者自身は「パストラル(田園)・トイ(おもちゃ)・シンフォニー」と言ってますが、ややインナーな性格で自然賛歌的な雰囲気は薄いです)
 吉松さんはプログラムノートでこの曲を「小交響曲」と語っていましたが、聞いた感じではやり方次第で3番以上に大きな広がりを表現できる交響曲とのイメージを受けました。

 それで各楽章ごとにみていくと、まず第1楽章は穏やかな曲想が続きますがやや散文的な印象で、中間部ではショスタコービッチの5番のように突然戦闘的な曲想が挿入されます(この曲ではコミカルですが)。
 第2楽章は色々と引用しまくりのワルツだそうですが、一聴した限りでは充分に咀嚼して統一感がありました。ただ聞く前はベリオのシンフォニアのように見事なコラージュやマーラーの7番にある「影のワルツ」のようなものを期待していただけにちょっと肩透かしでした。突然飛び出す馬のいななきのようなトランペットには驚きましたけど。
 第3楽章は弦楽器主体のアダージェットでした。静かな美しさが漂うように流れていきました。最後にオルゴールを真似たピアノがポロンポロンと奏でられるところなどは吉松さんでしか書けない世界でした。ただ、個人的に藤岡さんにはもっとテンポを落としてじっくりとやって欲しかったです。
 最後の第4楽章は第2番「地球より」のフィナーレでもやった、ひとつの短い音形を徹底して繰り返す手法が取られていました。しかしそのやり方も2番に比べてずいぶん手馴れた感じで安定感がありました。曲は一度盛り上がるとすうっと波が引くように穏やかになって終わります。

 交響曲としての構成は4曲目ということもあってしっかりしたもので、とっ散らかった外見に反して見事なものでした。
 ただ個人的には3番同様この曲も“毒”が感じられませんでした。「鳥と虹によせる雅曲」までには確実にあった切迫した哀しみが大きく後退しているためだと思います。しかしこの前聞いた「鳥たちの祝祭への前奏曲」のように幸福感溢れた曲が現れたことを鑑みると、いま吉松さんは過渡期に入っているのかもしれません。

 曲が終わると歓声が飛び交い、盛んな拍手が起こりました。初演は大成功です。
 関フィルも頑張った演奏だったと思います。
 舞台から藤岡さんが吉松さんを捜すジェスチャーをすると、吉松さんもステージに登り、全身に喝采を浴びました。
 やがて指揮者と作曲者が仲良く肩を組んでステージを後にすると、20分の休憩に入りました。

チャイコフスキー…交響曲第4番

 先に言っておきますが、私チャイコフスキーの交響曲嫌いなんです。「どうして?」と聞かれても困るんですが、彼の傑作である6番「悲愴」でさえダメなんです。
 当然、今日のメインディッシュである4番もなんら興味がなく、休憩時間中帰ろうかと思ったくらいでした。
 ですから演奏が始まるとアラばっかりが耳につき、少し後悔しました。
 具体的には、第1楽章冒頭の運命のトランペットがわざとラッパ口を観客席に向け、耳障りだったこと(今にして思えば圧倒的な威圧感があってなかなか良かった)。第2主題で下降音形を木管がリレーしていく時の手際の悪さ。そしてなんとなくアンサンブルが硬く感じたことです。
 しかし楽章が進むにつれて次第に演奏が熱くなっていって、終楽章に至ると全員が必死の形相で演奏していました。コンマスの川島さんが真っ赤な顔で汗を流しながら弾きまくっていましたし、藤岡さんも髪を振り乱しての指揮ぶりでした。
 コーダに突入するとぐんぐんテンポが速くなり、燃えたぎるような熱狂が会場を包んで、斜に構えて聞いていた私も思わず身を乗り出して演奏に引き込まれてしまいました。このときの迫力はコバケンさんのマーラーよりも凄まじいものでした。

 演奏が終わると同時に爆発するような拍手と歓声が沸き起こったのは当然のことでした。

アンコール

 鳴り止まない拍手に応え、藤岡さんがタクトを持って登場しますと会場の拍手を制してスピーチを行いました。
 内容は、関フィルがますます好きになったこと、いっそうの暖かい声援をお願いする、というものでした。
 そしてアンコールとして、吉松さんの4番から「あまりにも美しい」第3楽章のアダージョ後半をもう一度演奏してコンサートの幕が降ろされました。

おわりに

 正直言って今回は吉松さんの新作だけを目当てに行ったのですが、まさかチャイコフスキーでこんな熱演が聞けるとは夢にも思いませんでした。
 プロフェッショナルが全精力を搾り出すと、ものすごいものになることを実感しました。いや〜、素晴らしい演奏会でした。

 総じて、快く予想を裏切ってくれた演奏会でした。

 さて次回は奈良交響楽団によるシューマンの2番です。4番と双璧をなすこの傑作をどう料理してくれるのか、大変楽しみにしています。


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