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エジプトの第1中間期


 エジプトの第1中間期は、第7王朝から第10王朝までで、BC2200年ころからBC2135年ころである。


 古王国時代最後の第6王朝のときから、ファラオの座はすでに不安定な状態にあった。初代のテティ王は、確証はないが、王のボディガードに殺害されたと伝えられている。次のペピ1世のときには、未然に発覚したが、ハレムに陰謀事件があった。第6王朝最後のペピ2世の治世の終わりには、中央政府の支配力は地に落ち、地方の豪族や知事が強力となり、エジプトは小国が群雄割拠する状態に逆転した。

 第7王朝から第10王朝までの第1中間期は、王朝はあっても名のみの状態で、中央を離反した諸侯が独自に軍隊をたくわえ、城砦化された町にこもって覇を競った。世相は混迷し、騒乱があとをたたなかった。混乱に乗じて、デルタ地帯への異種族の侵入もしきりにあったらしい。

 小国割拠の抗争の中から、上エジプトのテーベ侯と中エジプトのヘラクレオポリス侯が台頭し、互いに対立したが、テーベ侯が勝利をおさめ、下エジプトを征服して国家再統一に成功した。これが第11王朝である。これにより、エジプトは中王国時代へ入った。



【参考ページ】
エジプト文明(初期王朝時代)
エジプトの古王国時代
エジプトの第1中間期
エジプトの中王国時代
エジプトの第2中間期
エジプトの新王国時代
エジプトの末期王朝時代





参考文献
「世界の歴史2 古代オリエント」岸本通夫ほか著、河出文庫、1989年
「新訂版チャート式シリーズ 新世界史」堀米庸三・前川貞次郎共著、数研出版、1973年


更新 2002/7/20

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