過去の雑記 98年12月上

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12月 1日
小林泰三『密室・殺人』(角川書店)を読了。なんか評価の難しい作品だなあ。
ヒロインのキャラは気に入ったし、ユーモアミステリとして楽しく読んだんで全体としては好印象。文庫で読んだのなら無条件で誉めているかも。わかりやすい仕掛けの方も「出るぞ、出るぞ、出るぞ、出たぁぁ」って感じで楽しめたしね。
ただ、クトゥルーネタがどの程度作品と関わっているのかが今一つ見えないのが引っかかっている。ハードカバーなら、あれが作品の根幹とちゃんとリンクしていて、注意深い読者にはそれがはっきりと分かる構造になっていて欲しいのだよ。ただの香りづけというのなら、そういう遊びはもっと安いメディアでやってくれ。

細木さん(8)が「星雲賞決定」とまで激賞しているのを見て、野尻抱介「沈黙のフライバイ」のダウンロードを決意する。ついでに、恩田陸「イサオ・オサリヴァンを探して」も落としてみたり。しかし、オンライン小説ってのは入手がめんどくさいですね。あの手間をかけて1本300円ってんだから、よっぽど面白くないと認められんな。


12月 2日
野尻抱介「沈黙のフライバイ」(SF-online)を読了。冒頭があまりに駄目だったんで、まったく期待せずに読み進んだのだが意外に良かった。さすがに手放しで誉める気にはなれないが。

美点はアイデアのリアリティとラストのヴィジョン、それにオプティミスティックな思想か。最後のは最近のSFではなかなか見られないものだけに、不意に出会うと嬉しくなってしまう。そうだよなあ、知性同士は必ずわかりあえるんだよ、うんうん。

欠点は中途半端なヤングアダルトらしさ。ヒロインの半端なキャラ立てをやめるか、もっと徹底的なキャラ立てをしてあれば、違和感無く読めたと思うんだけど、そのあたりが中途半端なため実に気持ち悪かった。だいたいあの程度にワトスン役のキャラを立てるなら、スペック標記だけの説明マシンに堕している探偵役を何とかして欲しいぞ。
また、変に現実を追いすぎる描写も興を削ぐところ。冒頭のGUIツールを使用する描写を読んでるときには今すぐプリントアウトをシュレッダーにかけようかと思いましたね。
もう一点、「メインのアイデアが作者のものではない」ってのも評価を下げてるかな。もちろん、これは作品の責任ではなくて読み手である僕の責任なんだけど、事前に野田氏のページ野尻掲示板で読んでいた元ネタの魅力を小説が上回っているかという点で些か疑問が残る。ラストは確かにすばらしいけど、中盤までが完全に元ネタに負けているんだよね。

それでも、美点が欠点をしのいでいるとは思うので評価はプラス。ただ、星雲賞短篇ってのはどうかなあ。> 細木さん
小林泰三「海を見る人」と争える作品かってのは難しいところのような。単に僕が新しい文体についていけてないだけなのか?

あの文体も、「石原藤夫のハチャハチャ・ハードSFに続くYAハードSFが誕生したのだ」といわれれば理解はするんだけどね。

小林泰三『肉食屋敷』と笠原弘子のCDを購入。笠原は惰性かも。


12月 3日
久しぶりに見に行った野尻掲示板は完全に常態復帰。キャラ萌えに関する議論など得るところの大きな議論が交わされている。喜ばしいことである。
しかし、数直線が理解できるのに虚数が直感できない人がいるというのはわからんなあ。ガウス平面を考えれば一発じゃん。
(こういったいいかげんな理解をしてるから複素関数の正則性などをアナロジーで理解しようとして泥沼にはまるのだ。 > おれ)

恩田陸「イサオ・オサリヴァンを探して」(SF-online)を読了。SFとしての(あくまでSFとしてのね)純粋性は「沈黙のフライバイ」に遥かに劣るのだが、こっちの方が読んでいて楽しかった。やっぱり「SF的感動」と「読書の楽しさ」ってのは独立の概念ですね。
「沈黙のフライバイ」の方は、面白さを感じるために文章を読み取ってから頭の中でイメージに変換しそのイメージに感心するという過程が必要なのだが、「イサオ…」は文章のリズムそのものが既に楽しい。逆に、頭の中で成立するイメージは「沈黙…」の方が大きいんだけど……。二者択一なら「イサオ…」を推してしまうな。

久々に寄った古書ワタナベで、グラック『アルゴールの城にて』とヴィンジ『マイクロチップの魔術師』を購入。前者は牧眞司によるSFマガジンの傑作連載「SFファンのための世界文学百科」で紹介されていた1冊。これで紹介された本の全冊読破を志してからかれこれ6年くらいになるけど、これがなかなか進まない。ああ毎日好きな本を読んで何のアウトプットもしないでいい仕事は何かないものか。 < あるかい!


12月 4日
金子隆一『ファースト・コンタクト』読了。「コミュニケートできない知性なんてものは無い」という楽天的な視座に賛成するかどうかは別として、大筋は納得が行くものでそれなりには楽しめたのだが、論を進めるために強引に進んでいくところが時々あって気になった。
特に、自分でプラズマ生物だの原子力生物だのだってあるかもしれないよ、とぶち上げておきながら、「「絶対に」彼らの自然認識はわれわれと同じ方法に則ったものでなければならない(60p)」とか書いちゃうあたりは何だかなあ。後段にあるように、知性を「電波で地球人とコミュニケートしようとするもの」と定義するのならまだしも、知性一般の話なら分子という概念を持たないものとか、わけのわかんない知性は十分存在しうると思うんだけど。
他にも極些細なところ(水が液体として存在しうると書きゃいいのに、「0度から100度までのあいだで存在できる(104p)」って書くとか。なんで1気圧を想定する必要があるんだ?)で気になる点もあって評価は低め。何より文章が読みづらいよ、これ。

明日は、京フェスなので午後8時すぎに早々と就寝。朝10時の開演に間に合うためには、6時半の新幹線に乗る必要があって、となると西葛西出発は6時だから5時には起きるとすると十分な睡眠を確保するためにはこれくらいには寝なきゃいけないのだな。普段の就寝時刻と5時間以上違うわりには、結構とっとと寝付くことが出来た。生体時計が壊れているのも悪いことばかりじゃない。


12月 5日
京フェスの日である。

ほぼ予定通りに下宿を出て、京都駅についたのが9時をかなり回った頃。開演の時間からすると結構タイトなタイミングとなった。でもまあ、普通に行けば大丈夫などと油断していると、ここで大きなアクシデント。会場案内を忘れてきたことに気づいた。タイムロス覚悟で地下鉄に乗るか、ギャンブルだと知りつつバスに乗るかで迷ったが、結局賭けに出ることにする。路線の中で、唯一聞き覚えのある行き先のバスに乗ってみた。

バスが動きはじめてもしばらくは不安が募るばかりだったのだが、バスが東向きから北向きに方向を変えるあたりで目的地の方角には向かっていることが確信できたので一安心。とりあえずは順調である。
もちろん、次なる課題としてどこで降りるかという判断が必要になってくる。これをどうしようかと悩みつつ、ふと横の方を見ると見覚えのある人が座っていた。しかも、彼は京フェスの案内を手に路線図の確認などをしている。これでもう大丈夫。あとは気づかれないように跡をつけるだけとなった。
目的のバス停で降りると、恩人ともいえる人物は迷ったのか書店に入って地図を探しはじめてしまった。目の前に案内の看板があったので、一声かけようかとも思ったが、きっと何か個人的な用事があるに違いないと思い直し、ほっといて会場に向かうことにする。
結局、会場には10時ちょっとすぎに到着。開演が多少遅れたこともあり、無事1コマ目に間に合った。それもこれもみな僕の日ごろの行いと、観察眼の賜物であろう。

さて、会場で合流した名大SF研のメンバーと、武蔵野が大名古屋に比べていかに田舎であるかということについて語っているうちに本会が始まった。中身と感想はこっちにまとめておいて、ここでは個人的な行動や極私的な感想のみを記しておく。この切り分け、基準が曖昧なんで意味があるのかどうか良く分からないんだが。
今回は例年に無くすっきりとした頭で本会を迎えることができた。従って、充実してパネルを聞き消化することができた…はずなのだが、隣に山田(博)さん(8)が座っていたのが運の尽き。例年に無いエネルギーはすべて無駄話をすることに費やされてしまったのであった。一応、周囲への配慮は行ったつもりではあるが、うるさく思われた方も多かっただろう。大変申し訳なく思ってはいる(反省は得意なのである)。

そんなこんなで無駄話をしたり、眠っている人の人数を数えたり、心の中で突っ込みを入れたりしているうちに本会は終了した。準備がちゃんとなされていた前半のパネルに比べ、ぶっつけ本番に近い後半のパネルがつらかったのはまあ仕方が無いところか。後半2パネルとも、話芸はなかなか卓越しているし、話題も僕の嗜好により近いところにあったにもかかわらず、前半のパネルよりも退屈した時間が多かった。準備はちゃんとしようというのは自分の戒めにしたいところであるなあ。

本会で出た話題で一番驚いたのは、小林泰三の「『密室・殺人』のオチは5つ(二重人格、幻、幽霊、クトゥルフ、スタンド)の読み方が可能」発言だ。三つまでは分かっていたし、もう一つもそれを数えるかという程度なので、衝撃はなかったが、最後の一つには愕然。確かに、伏線がはってあるといやぁはってあるけどさ。
本会会場で出た話題で一番驚いたのは山岸真さんから伺った、SFマガジン読者賞の結果。一応、2月号の発売日にあたる25日に再検証しようと思うが、まさかそれが取るとはという作品が受賞してびっくり。確かに、今年のトップ10クラスの作品ではあったけど、一般受けはしないと思ったんだがなあ。ああ、もうマスの考えることはよくわからん。

まさか京大の学食が開いているとは気づかず、はるか南方で食事を取った跡、さわやに向った。オープニングクイズでアナグラムが始まってしまったので、往年の3年連続予選敗退の実力を見せ付ける意味でも参加したいところではあったのだが、満員の大広間と、ついに襲ってきた睡魔に負けてしまい呆然と聞くだけに終わってしまう。いや、新刊SFのタイトルを知らないだけとか、脳の老化が始まっているだけという説もありますが。

しかも、クイズを解けなかったことがショックだったのか、以降もかなりやる気無し。大広間に呆然と座って、人の話を盗み聞きしたり、京フェスクイズをやったり、現役生の武勇談を聞いたり、垂れ流されるビデオを呆然と見たりしているうちに合宿は終わってしまった。反省がまったく活かされてないことであるなあ。
もう、どれくらい無気力だったかって、ナチュラルハイの皆様が繰り広げた○○風××(京「風」世界とか、山田「風」太郎とか、あるいはSF「風」On-lineとか、そんなの)にもまったく参加しなかったくらいである。
結論。来年は本会寝倒してでも合宿に力を入れよう、ってそんなことだから先輩にSFゴロへの道を転がり落ちているって言われるのか。

合宿中でもこれだから、翌朝の帰りはほとんど眠りながら歩いている状態。京都駅までの道中、山田さんのボケにもほとんど対応できずに終わってしまったような気がしてならない。とりあえず、やってきたひかりに転がり込み、寝る。


12月 6日
13時頃、なんとか帰宅。NHKが集金に来たり、新聞の勧誘が来りしていたようにも思うがよくおぼえていない。2時ごろから午後10時まで寝て、飯を食ってから翌朝までまた寝る。ただひたすら全力で寝た一日であったことよ。


12月 7日
レム『天の声』(サンリオ)を読了。コミュニケーションの不可能性にまつわるいつものレムだ。ファーストコンタクトを扱った小説としては実によく出来ていると思うのだが、どうも2割くらいは理解できなかった気がする。こけおどしの記述は読み流したので問題はないのだが、ところどころ主語すらわからない文章がちらほらあった。今まで、深見弾訳でひどいと思ったことは無かったんだがなあ。
1500円までで見つかれば、買ってもまあ良いかも。できれば訳し直して再刊されたものを読みたいところではある。


12月 8日
炊飯器を買い損ねているので、このところずっとコンビニ弁当を食べて暮らしている。夜遅く帰ってきてコンビニののり弁を一人で食べていると一人暮らしということを心の底から実感する。ちょっと大人になったようでいい気分だ。 < 26にもなって何を言うか。


12月 9日
小林泰三『肉食屋敷』読了。なんだか、どの作品もどんでん返しのあるオチ話になっていたので驚き。これじゃ草上仁じゃん。オチのある話は、どんなに斬新なアイデアでも「ああオチのある話ね」と「理解」できてしまうので結構危険だと思うのだがどうかなあ。
それなりに面白くはあったけど、雑誌掲載の数ヶ月後にハードカバーで読むほどとは思えない。文庫に落ちるのを待つのが吉。

ブリル『葬儀よ、永久につづけ』(創元)をいまさらながら読了。最近の<海外文学セレクション>の中ではとびぬけて書評などの評価が高かった作品だ。
葬儀版のスポーツ小説というアイデアは斬新だし、冒頭、主人公がサーカスの巡業で町にやってきたかっての英雄と出会うシーン辺りは非常に軽快で、渋滞することなく読み進むことが出来たのだが、主人公の成長小説になってくるあたりで乗り損なってしまい、読了するのにとんでもない時間がかかってしまった。
悪くはないけど大絶賛するほどとも思えない。値段相応という程度か?
なんでこう<海外文学セレクション>は及第点程度の作品が多いんだろう。


12月10日
ベースボールマガジン「1998年プロ野球総決算号」を購入。横浜を貶す言葉が一言たりとも出てこないので読んでいて気持ちが悪い。どうも、決定力があるとか、守備が安定しているとか、高いところでバランスが取れているとか書いてあると、別のチームのこととしか思えないぞ。
やっぱり、反省が無いとか、春先だけとか、淡白な攻撃とか、ぞんざいな守備とか、左対策が出来てないとか、先発が打たれ弱いとか書いてないと、横浜とは思えないよな。


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