『スパイ査問問題意見書』第1部(2)

 

第1の誤り 事実問題

 

2、第2の事実問題=暴行行為の存在・程度・性質の真相

 

(連続・7分割ファイル) 第1部(1)  1部(2)  2部  3部  4部  5部  6部

 

 『スパイ査問問題意見書第1部(2)』           健一MENUに戻る

   2、第2の事実問題=暴行行為の項目・程度・性質の真相

   分析(1)  袴田陳述

   分析(2)  関係者6人の陳述

   分析(3)  宮本陳述

   分析(4)  暴行行為の項目、程度、性質の真相

 

目次〕

 『スパイ査問問題意見書第1部(1)』

  はじめに 『意見書』の立場

  第一章 袴田・宮本陳述相違点の解決内容、方法

  第二章 相違点の解決内容、方法の4つの誤り

   第1の誤り   事実問題

    1、第1の事実問題=器物の用意・搬入・存在の真相

    分析(1)  袴田陳述

    分析(2)  宮本陳述

    分析(3)  木島到着時刻と「小林論文」のウソ

    分析(4)  器物の用意・搬入・存在の真相

 

 『スパイ査問問題意見書第2部』

    3、デッチ上げ部分と事実部分との区別

    区別(1)  デッチ上げ部分「解剖検査記録」「古畑鑑定書」の見方考え方

    区別(2)  事実部分

 

 『スパイ査問問題意見書第3部』

   第2の誤り   詭弁的論理使用

    詭弁(1)  袴田陳述の虚偽規定と、「すりかえ三段論法」の虚偽

    詭弁(2)  架空の“新事実”挿入による虚偽

    詭弁(3)  証拠能力の恣意的評価で、暴行『無』にする虚偽

    詭弁(4)  虚偽規定の袴田陳述発生の原因分析の虚偽

 

 『スパイ査問問題意見書第4部』

   第3の誤り   宮本個人崇拝

    現象(1)  宮本陳述内容の事実性の唯一絶対化

    現象(2)  宮本闘争方法の正当性の唯一絶対化

    現象(3)  闘争での役割・成果の不公平な過大評価

    現象(4)  闘争記録の不公平・一方的な出版・宣伝

 

 『スパイ査問問題意見書第5部』

   第4の誤り  対応政策・方法

    1、有権者反応への政治判断

    2、対応政策

    3、反撃・論争方法

    4、総選挙統括(13中総)

 

 『スパイ査問問題意見書第6部』

  第三章 4つの誤りの性質

  第四章 私の意見・提案

  〔資料〕 2つの事実問題関連抜粋資料

    資料(1)  第1の事実問題 袴田陳述 宮本陳述 3論文

    資料(2)  第2の事実問題 袴田陳述 宮本陳述 3論文

 

〔関連ファイル〕

  (1)、『スパイ査問事件と袴田除名事件  袴田政治的殺人事件の推理劇的考察』

  (2)、『スパイ査問事件の個人的体験』(宮地個人通信第十号)

  (3)、『作家森村誠一氏と「スパイ査問事件」』(添付)森村氏手紙、下里正樹氏手紙

  (4)、袴田自己批判・批判の共産党側資料、「3論文」と「党史」

  (5)、立花隆『日本共産党の研究』関係  「『年表』一部」、「加藤哲郎『書評』他」

  (6)、れんだいこ 宮本顕治論スパイ査問事件

――――――――――――――――――――――――――――――――

『スパイ査問問題意見書』第1部(2)

第1の誤り 事実問題

2、第2の事実問題=暴行行為の存在・程度・性質の真相

〔目次〕

   分析(1)  袴田陳述

   分析(2)  関係者6人の陳述

   分析(3)  宮本陳述

   分析(4)  暴行行為の項目、程度、性質の真相

分析(1)  袴田陳述

1)、陳述場所別の暴行行為是認袴田陳述内容

  警察、予審、第1審の3つの場所がある。

 警察 「この間における査問の手段・方法の詳細はのべられません」(第8回聴取書)。

 予審 23日小畑到着時「最初、小畑ヲ査問ノアヂトヘ連レテ来タ際同人ヲ縛ル時ニ確カ私カ片手ニピストルヲ持ツテ小畑ヲ脅シ」(第13回.P.266)。23日「木島カ時偶此ノ野郎ト云ツテ大泉ヲ殴ツタリ」(第11回.P.231)。「木島モ時々ゴツンゴツン大泉、小畑ヲ殴ツタリ」(第14回.P.248)。「査問第一日目ハ余リ非道イ事ハセス脅シタリ、頭、顔、腹等ヲ査問委員ノ者カ平手或ハ拳ヲ以テ殴ツタリ又ハ足テ蹴ツタリシマシタ」(第14回.P.248)(第18回.P.267)。24日「秋笹、斧ノ背中テ大泉ノ頭ヲゴツント殴ルト」(同上)。「秋笹、小畑ノ足ノ甲アタリニ火鉢ノタドンノ火ヲクツツケマシタ。」(同上)。「袴田、薬鑵ノ水ヲ之ハ硫酸タト云ツテ脅シ乍ラ小畑ノ腹ノ上ニ振リカケマスト」(同上)。「木島、夫レニ暗示ヲ得テ…真物ノ硫酸ヲ…小畑ノ腹ノ上ニカケマシタ」(同上)。「誰カ、錐ノ尖テ大泉ノ臍ノ上ノ方ヲコズキマシタラ」(同上)。

 第1審 23日小畑到着時「コラ今日ハオ前ヲ査問スルノタト云ツテ左手ノ拳銃ヲ振ツテ見セタ事ハ間違ヒアリマセンカ拳銃ヲ小畑ニ突キツケタリハシマセヌ」(第2回.P.311)。23日「此ノ間、一同カ平手或ハ拳固テ数回両人ヲ殴リ付ケタ事ハ事実テスカ、器物テ殴ツタ様ナコトハ一回モアリマセヌ」(第2回.P.310)。24日開始前「袴田、部屋ニ入ルナリ同人ニ近ヨリ拳固テ同人ノ頭部ヲ殴リツケテヤリマシタ」(第2回.P.315)。「逸見、其ノ前、逸見カ大泉ヲ拳固テ殴リツケテ居ツタノヲ見マシタ」(第2回.P.316)。24日午前中「手テ殴ルトカ足テ蹴ルトカ等ノテロヲ加ヘタ事ハ事実テスカ」(同上)。「出刃包丁ナトハ誰モ使ハス器物ヲ使ツタノハ秋笹カ斧ノ峰テ大泉ノ頭ヲ小突イタコトカアルダケ」(同上)。「私カ同人(大泉)ヲ殴ツタトハ云ヘ其ノ為メ同人ノ奥歯カ折レタト云フ様ナ事ハアリ得ヘカラサル事」(同上)。「小畑ヲ査問中私カ薬鑵ヲ取リソラ硫酸ヲツケルゾト云ツテ中ノ水ヲ二・三滴垂シマスト」(同上)。「其ノ中木島カ真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ小畑ノ脚ヘツケタノテス」(同上)。

2)、行為者別の暴行行為是認の袴田陳述内容

 袴田自己行為自認の陳述(脅迫2回、殴る2回) 23日小畑到着時「片手ニピストルヲ持ツテ小畑ヲ脅シ」1回(脅迫)。24日開始前「拳固テ同人(小畑)ノ頭部ヲ殴リツケ」1回(暴行)。24日午前「薬鑵ノ水ヲ硫酸ヲツケルゾト云ツテ小畑ノ腹部ヘ垂シタ」1回(脅迫)。24日午前「私カ同人(大泉)ヲ殴ツタトハ云ヘ」1回(暴行)

 特定他人行為目撃の陳述(木島時偶殴る・硫酸1回、逸見1回、秋笹2回) 23日「木島、時々大泉・小畑ヲゴツンゴツント殴リツケタリ」時々(暴行)。24日開始前「逸見、大泉ヲ拳固テ殴リツケテ居リマシタ」1回(暴行)。24日午前中「秋笹、斧ノ背中テ大泉ノ頭ヲゴツント殴ルト」1回(暴行)。24日午前中「秋笹、小畑ノ足ノ甲ニタトンノ火ヲツケタ」1回(暴行)。24日午前中「木島、真物ノ硫酸ヲ小畑ノ腹部ヘツケタノテス」1回(暴行)。24日午前中「誰カ、錐ノ尖テ大泉ノ臍ノ上ヲコヅキマシタラ」1回(暴行)。

 不特定者行為の陳述 23日(予審)「余リ非道イコトハセス、脅シタリ、頭、顔、胸等ヲ査問委員ノ者カ平手或ハ手拳ヲ以テ殴ツタリ又ハ足テ殴ツタリシマシタ」。(第1審)「此ノ間一同平手或ハ拳固テ数回両人ヲ殴リツケタ事ハ事実テスカ」数回(暴行)。24日午前中「手テ殴ルトカ足テ蹴ル等ノテロヲ加ヘタコトハ事実テスカ」数回(暴行)。

〔表9〕 23日、24日時刻別の暴行・脅迫行為是認袴田陳述内容

袴田自己行為自認

特定他人行為目撃

不特定者行為

1)23日開始前

・斧・包丁ヲ並ベ直シタ

2)小畑到着時

・片手ニピストルヲ持ツテ脅シタ

3)午前10時頃

夕方



・木島−時偶大泉ヲ殴ツタリ

・木島−時々大泉、小畑ヲゴツンゴツント殴リツケ

・脅シタリ、頭、顔、胸等ヲ査問委員ノ者カ平手、拳固テ殴ツタリ、足テ蹴ツタリ

・此ノ間一同カ平手、拳固テ数回両人ヲ殴リツケタコトハ事実テス。

4)23日夜

5)24日開始前

・拳固テ小畑ノ頭部ヲ殴リツケ

・逸見−大泉ヲ拳固テ殴リツケ

6)午前中

・薬鑵ノ水ヲ之ハ硫酸タト脅シ乍ラ小畑ノ腹ノ上ヘ振リカケ

・大泉ヲ殴ツタトハ云ヘ

・逸見−大泉ヲ拳固テ殴リツケ

・秋笹−斧ノ背中テ大泉ノ頭ヲ殴ル

・秋笹−小畑ノ足ノ甲ニタドンヲツケル

・木島−真物ノ硫酸ヲ小畑ノ腹部ヘツケル

・誰カ−錐ノ尖テ大泉ノ臍ノ上ヲコヅク

・手テ殴ルトカ足テ蹴ル等ノテロヲ加ヘタコトハ事実テスカ

7)小畑死亡時

  

〔表10〕 行為項目別の暴行行為是認袴田陳述内容

性質

行為者

回数

程度=(暴行・脅迫の程度)

対象者

1)ピストル

脅迫

袴田

1回

脅シタ、拳銃ヲ突キツケタリハシナイ。

小畑

2)斧

暴行

秋笹

1回

斧ノ背中(峰)テ頭ヲコヅク。血カ二、三滴流レタ

大泉

3)薬鑵の水

脅迫

袴田

1回

之ハ硫酸タト云ツテ脅シ乍ラ腹ノ上ヘ振リカケ

小畑

4)真物硫酸

暴行

木島

1回

真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ腹部ヘツケタ

5)錐

誰か

1回

錐ノ尖テ臍ノ上ヲコズク。

大泉

6)タドン

秋笹

1回

足ノ甲アタリニタドンノ火ヲツケルト、小畑ハ足ヲ撥上ケタ。

小畑

7)殴る

袴田

2

拳固テ小畑ノ頭部ヲ殴リツケ大泉ヲ殴ツタトハ云ヘ

小畑,大泉

木島

時偶

大泉、小畑ヲゴツンゴツント殴リツケ

〃、〃

逸見

1

大泉ヲ拳固テ殴リツケ

大泉

8)殴る蹴る

査問委員一同

数回

平手、拳固テ殴ツタリ、足テ蹴ツタリ

小畑、大泉

  

3)、暴行行為にかんする否認・反論の袴田陳述内容

 23日小畑、大泉到着時 「左手ノ拳銃ヲ振ツテ見セタ事ハ間違アリマセヌカ拳銃ヲ小畑ニ突キツケタリハシマセヌ」(第1審第2回.P.311)。「其ノ時ドスヲ突キツケタモノハアリマセン」(予審第18回.P.266)。「私ハ騒クトドウナルカ判ラナイゾト脅カシタ様ニ思ヒマスカ殺ス等ト云フ言葉ヲ使ツタコトハアリマセン」(同上)。

 23日午前10時頃〜夕方 「其ノ日ハ口ノ辺ヲ殴ツタコトハナク従ツテ歯カ折レタナンカト云フ事ハアリマセン」(予審第18回.P.267)。「二十三日ハ手テ殴ツタコトハアリマスカ斧ヲ使ツテ殴ツタコトハアリマセン」(同上)。「又其ノ日殴ラレタリ蹴ラレタリ手荒イ事ヲサレタ為メニ意識ヲ失ツタトカ包丁テ腹ヲ切ラレタトカ申シテ居リマスカソレナンカハ全クノ出鱈目テアリマス」(同上)。「此ノ間、一同カ平手或ハ拳固テ数回両人ヲ殴リ付ケタ事ハ事実テスカ、器物テ殴ツタ様ナコトハ一回モアリマセヌ」(第1審第2回.P.310)。

 24日午前中 「手テ殴ルトカ足テ蹴ル等ノテロヲ加ヘタ事ハ事実テスカ、出刃包丁ナトハ誰モ使ハス、器物ヲ使ツタノハ秋笹カ斧ノ峰テコラ本当ノ事ヲ云ハヌカト云ツテ大泉ノ頭ヲ小突イタコトカアルタケテス」(第1審第2回.P.317)。「問 被告人ハ小畑ノ頭モ斧テ殴ツタ事モアルノテハナイカ。答 アリマセヌ。夫レハ大泉ノ間違ヒト思ヒマス。」(同上)。「問 他ニ誰カ器物テ殴ツタ者ハナイカ。答 ハツキリ記憶シテ居リマセヌ」(同上)。「問 大泉ノ腹部ヲ錐テ突イタ者ハナカツタカ。答 私ハ左様ナコトハ知リマセヌ」(同上)。

 24日小畑死亡時 「尚小畑カ死ンタ後テ大泉ヲ引出シ其ノ目ノ前テ宮本カ小畑ノ死体ヲ足テ蹴ツタラ、ウウト微カナ声ヲ立テタトカ云ツテ居リマスカ之モ言語同断ノ出鱈目テアリマス」(予審第18回.P.267)。

4)、袴田是認暴行行為”の性質

 査問手段・方法における性質

 査問の基本的な手段・方法は静粛、円満に訊問形式で行なわれた。これは予審、第1審公判でも訊問内容と答内容の陳述全体をよく読めばわかる(予審第9回.第11回.第12回訊問調書の全体)。同時に、査問の付随的手段・方法として暴行行為が存在した。袴田陳述では、『付随的手段・方法』という表現、用語はつかっていない。これは、袴田陳述全体への私の評価である。

 「系統性」是認の有無(23日、24日午後2時頃までの2日間)

 殴る蹴る回数是認は、数回(袴田2回、木島時々、逸見1回。23日査問委員、または一同)である。24日は、袴田2回、逸見1回のみ。器具使用では、斧の秋笹使用(こづく程度)1回のみ。他に系統的な器具の使用を一切のべていず、否認している。硫酸、タドン、錐の使用は、それぞれ1回づつで、その使用内容は思いつき的なものである。これらの斧、硫酸、タドン、錐の使用内容、使用頻度には系統性はなくバラバラの断続的なものである。それらは「系統的」な暴行を是認しているのではなく、静粛な訊問過程の中で、断続的・非系統的に各自が思い思いに脅迫や暴行を加えたという性質の暴行行為を是認しているだけである。

 「計画性」是認の有無

 暴行行為行使協議があったとは一切のべていない。器物用意についての協議があったとものべていない(予審)。第1審では否認している。使用目的での器物用意有無について、警察、予審、第1審とも威嚇目的のみ是認した。使用目的の存在を一切認めず、否認している。暴行行為の存在事実をのべているだけで、そのための計画の存在、計画性については一切是認ししていない。各人または誰かが計画的に暴行をしたという陳述も一切ない。むしろ、袴田陳述での各個人の行為、暴行行為の項目は上記5つの資料でのべたように「計画的」ではなく、“思いつき的、衝動的行為”としてのきわめて「非計画的」な行為を是認しているだけである。したがって、袴田陳述全体としても、袴田予審陳述のみをとって見ても、それはなんら「系統的」「計画的」な暴行行為を是認しているものではなく、あくまで、その存在実態・存在事実をしての「非系統的」暴行行為、“断続して、バラバラの”行為、「非計画的」暴行行為、“衝動的、思いつきの”行為を是認しているにすぎない。「査問委員」「一同」が殴る蹴るという表現を予審、第1審とも23日の行為として各1回ずつ陳述で使用しているが、これ自体、不特定表現として1つの問題点であるが、しかしこれも「系統性」「計画性」を示すものではない。

5)、〔第2の事実問題〕袴田陳述の証拠能力

 袴田陳述の任意性とその根拠

 〈根拠(1)〉 拷問を受けなかった。拷問された上での強制された陳述ではない(袴田著書「党とともに歩んで」P.255)。〈根拠(2)〉 むしろ自己の主張をのべるために警察の取調べや予審に応じた。「こうした状況だったので、私は自己の主張をのべるべく取調べに応じた。」「特高警察が作り上げた「指導権争い」「殺人」といった主張に反論する意図から、警察の取調べや予審に応じたのだったが」(「スパイ挑発との闘争と私の態度」1976.6.11赤旗)。〈根拠(3)〉 実際に警察聴取書・予審調書の中の警察・予審判事の「問」にたいする「答」は自主的に明確な反論意図をもって詳細にのべている(警察での聴取書第8〜第10回(公表分)。予審訊問調書第1〜第19)。〈根拠(4)〉 陳述において、警察でも公判でもいえないことは「いえない」と陳述することを拒否している。警察第8回聴取書(24日午前中の査問の手段・方法について)「この問における査問の手段・方法の詳細については述べられません」(朝日ジャーナル.2.20日号.P.35)。第1審第2回公判調書「問 経歴書ハ何通位集ツタカ。答 夫レハ答ヘル事ハ出来マセン」(P.330)。〈根拠(5)〉 警察・予審・第1審公判とも反論・否認すべきところは、明確に断固として反論している。警察第8回で、査問第一日夜の行動の否認(朝日ジャーナル.2.20日号.P.34)。第9回で、殺意目的による器具準備否認(〃.P.37)。予審第10回で、殺意共有への否認(四問)(P.227228)。指導権争いの「問」への否認(五問)(P.228)。予審第13回で、硫酸瓶用意命令の否認(九問)(P.243)。スパイ射殺意図その他の否認(十一・十三・十四問)(P.243244)。予審第18回で、大泉の「暴行」陳述への基本的反論(四問)(P.266267)。殺意の否認(五・六問)(P.267)。予審第19回で、秋笹陳述への反論(二問)(P.269276)。第1審第2回で、23日査問での器物使用の全面否認(P.310)。24日午前中での斧1回以外の器具使用否認(P.317)。袴田の小畑への斧使用行為否認をした(P.317)。これらの根拠によって、警察・予審の「密室審理」における袴田陳述は特高のデマにたいする反論をするという明白な意図のもとに、自主的に任意性をもってなされたことは明らかである。

 袴田陳述内容において“「暴行」への反論は不充分”であったか(?)

 暴行行為にかんする否認・反論部分に次がある。警察第8回で、査問の手段・方法(24日午前中)についての陳述することを拒否した。予審第18回で、大泉の「暴行」陳述への基本的反論(四問)(P.266267)がある。第1審第2回で、器物使用問題でのいくつかの否認(P.310P.317)をした。査問時刻別の否認・反論部分に次がある。1)23日、小畑・大泉到着時で、3項目、3回の否認・反論。2)23日午前10時頃〜夕方で、4項目、4回の否認・反論。3)24日午前中で、4項目、4回の否認・反論。4)24日小畑死亡時で、1項目、1回の否認・反論をした。これらの否認・反論内容に部分的な不正確、問題点は当然あるとしても、大泉や特高のデッチ上げとしての「リンチ」への反論は、全体評価として“基本的に”行なわれている。

 袴田陳述(予審・公判)暴行行為是認・否認部分とその性質

 〔第2の事実問題〕についての袴田陳述内容の分類=是認・否認方法の分類として4つがある。事実としての是認部分は、上記にのべた。事実程度誇張歪曲デッチ上げとして、事実部分・側面のみ是認して誇張歪曲部分・側面を否認している部分に以下例がある。大泉陳述で斧で殴られ、前歯一本、奥歯一本折れた―→秋笹が大泉を斧の峰で小突いただけ(P.266P317)。袴田が大泉を殴ったとはいえ、そのため大泉の奥歯が折れたというようなことはありえない(P.266P317)。大泉陳述で袴田が大泉に声を出すと殺すと脅した―→袴田は騒ぐとどうなるか判らないぞと脅しただけ。殺す等という言葉を使ったことはない(P.266)。事実無根のデッチ上げとして全面否認している部分に以下例がある。出刃包丁使用→出刃包丁「存在」は認めるが、その「使用」は全面否認(P.266P267)。23日の器具使用→24日の斧(秋笹→大泉)1回使用は認めるが、23日の器具使用は全面否認した(P.310)。記憶ちがい・事実誤認として否認している部分に以下例がある。コロロホルムの存在→12月中旬の査問失敗時の行動隊の持参は認めるが、23日、24日の査問会場での存在の否認(P.243)。木島陳述で、あじられたからやった―→木島等を刺激して、極端な行動に駆り立てる様な言動をとったことはない(P.244)。スパイ査問問題のその他の事実問題(上記17項目)についても、上記4つの分類の内容をそれぞれの部分で陳述している。宮本陳述と袴田陳述との相違は、上記分類の方法から見れば、宮本陳述は〔第2の事実問題〕すべてについて全面否認しているのにたいして、袴田陳述は、それぞれの項目に応じて、上記の是認・否認方法をとっていることである。

〔表11〕 〔第2の事実問題〕についての袴田是認・否認内容の性質

性質

否認内容

是認内容

1)査問手段、方法での暴行位置づけ

基本的手段、方法としての否認

付随的な手段、方法としての発生事実のみ是認

2)暴行行為そのものの性質

イ.系統的行為の否認

ロ.計画的行為の否認

イ.断続的・バラバラの行為の是認

ロ.衝動的・思いつき的行為の是認

3)その行為の「リンチ」性の有無

暴力行使目的の「リンチ」否認

上記目的にもとづく私的な制裁・私的に刑を科する行為としての「リンチ」否認

査問進行のための脅迫目的のみ是認

その上で上記1)、2)の性質の行為の発生事実の是認

 上記否認・是認内容は袴田陳述で用語・言葉としてそのまま使用されている訳ではない。それは、警察・予審・第1審公判での袴田陳述全体への全体的評価としていえる。特高デッチ上げ「リンチ」行為宣伝への反論において、予審第1回訊問調書の「第二ノ点ハ…」という個所が「リンチ」の是認のような記述になっているが、この1個所でもって「リンチ」を是認、または暴行行為の「リンチ」性の是認とすることは正しくない。これは上記の全体的評価を変更するものではない(袴田予審第1回.P.188)。

 〔第2の事実問題〕での袴田陳述内容の基本的事実性

 これらの是認・否認方法で事実をのべ、事実を自主的・意図的に主張し、一方で事実に反する事実の「程度」の誇張歪曲部分・側面、事実無根、記憶ちがい・事実誤認にたいしていちいち明確に反論しており、それらを是認していない。これは〔第2の事実問題〕についても、他の事実問題についても警察・予審・第1審公判と一貫している。したがって、〔第2の事実問題〕について袴田陳述が事実として是認している部分・側面については、次にのべるように、誇張歪曲部分、表現の不正確部分、事実誤認・記憶ちがい部分などの一定の「部分的」問題点を当然ふくむとしても、基本的にそれは事実性をもっている。それは“事実無根のデッチ上げ”にたいして袴田中央委員が〔第2の事実問題〕で迎合し、袴田中央委員自身も“事実無根のデッチ上げ陳述”を自ら進んで、“意図的”に行ったものでない。〔第2の事実問題〕の真実・真相としては、袴田陳述は次にのべる問題点を当然ふくみつつも、基本的に真実・真相の陳述である。

 

 袴田陳述内容の「問題点」なるものはなにか(?)

 現在の党の説明…「3論文」(「袴田論文」「小林論文」「解説論文」)における説明

 陳述内容上の問題点では、「系統的な「暴行」を自認するかのような陳述になった」(「袴田論文」四)。「一定の系統的・意図的「暴行」なるものを自認しているかのような袴田調書の記述、(中略)その査問状況についての袴田調書の記述こそ袴田陳述の最大の問題なのである」。「袴田同志の査問状況にかんする陳述は、結局、計画的な「暴行」なるものを自認するかのような陳述になったのである」「小林論文」「文化評論」9月.P.52P.54)。そして、この陳述内容は誤っており、事実に合致しない内容であるとして、一切の暴行行為の発生・存在を否定し、それを通じて〔第2の事実問題〕で袴田陳述が事実として是認している部分を全面否定している。闘争方法上の問題点では、「3論文」とも、警察・予審での「密室審理」に応じたのは誤りであるとしている。

 『2つの問題点、誤り』にたいする私の評価

 「陳述内容上の問題点、誤り」への私の評価は以下である。袴田陳述は、警察・予審・第1審公判全体を見ても、予審陳述だけを見ても「系統的な暴行」「計画的な暴行」を自認・是認していない。むしろ、特高警察とスパイ大泉とのデッチ上げ内容にたいして(1)「指導権争い」、(2)「殺意・殺害を共謀」への反論とともに、それだけでなく、(3)私的制裁「リンチ」にたいして、部分的問題点をふくみつつも基本的に反論し、否認している。自認・是認しているのは事実として発生・存在したバラバラで、なんの順序だった統一性・系統性もない思いつき的な暴行・脅迫行為のみである。したがって、袴田陳述内容は次にのべる問題点をのぞけば、「3論文」がいうような「問題点」なるものは存在しない。それならば、なぜ現在の党が「3論文」でありもしない“袴田陳述の問題点”なるものをつくり上げる必要があるのか(?) これについては〔第2の誤り〕でのべる。

 『闘争方法の問題点・誤り』への私の評価は、以下である。この警察・予審での「密室審理」に応じたことが誤りであったという「問題点」は、宮本中央委員が「密室審理」を一切拒否してたたかったことと比較すれば、それを「問題点」とすることは一定正しい。しかし査問関係者が約1年も前に全員検挙されており、特高によるデッチ上げ、デマ宣伝やスパイ・転向者による迎合的陳述が進行している中で、それにたいして、警察・予審段階から、上記(1)、(2)、(3)のデッチ上げの柱にたいして積極的に反論する意図で応じたことは、宮本中央委員の検挙時(スパイ査問事件直後の1226日)条件との相違を考慮して入れる必要がある。くわしくは、後の〔第2の誤り〕および〔第3の誤り〕でのべる。

 袴田陳述内容の『問題点』と『問題点でないもの』との区別

 〈問題点(1)〉事実程度の誇張歪曲陳述がある。「大泉、小畑ハ相当ナ恐慌ヲ成シ生命ノ危険ヲ感シタカモ知レマセン」(予審第14回.P.248)。「真物ノ硫酸ヲ持ツテ来テ小畑ノ腹ノ上ニカケマシタ」(〃P.248)―→第1審公判では「真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ小畑ノ腹部ヘツケタノデス」(P.317)。〈問題点(2)〉不特定行為者表現の陳述がある。1223日の暴行行為について、「脅シタリ頭・顔・胸等ヲ査問委員ノ者カ平手或ハ平拳テ以テ殴ツタリ又ハ足テ蹴ツタリ」(P.248)。「此ノ間一同カ平手或ハ拳固テ数回両人ヲ殴リ付ケタ事ハ事実テスカ」(第1審第2回.P.310)。(予審)査問委員と木島(P.232248)、(第1審)一同という表現で、23日の行為には、5人全員が参加したという表現を、予審、第1審とも各1回ずつ使用している。不特定1人称の使用として、錐の使用について、「誰カカ錐ノ尖テ大泉ノ臍ノ上ノ方ヲコズキマスト」(予審第14回.P.248)。「宮本テアツタカ誰テアツタカ大泉ヲ錐テツイタ」(控訴審陳述−宮本第9回公判.P.226)。以上の2つ以外はすべて特定1人称しか使用していない。〈問題点(3)〉記憶ちがい・事実誤認の陳述がある。錐「存在」「使用」について記憶あいまいで、予審―→第1審―→控訴審と変化が著しい(予審第14回.P.248。第1審第2回.P.305317。控訴審(宮本第9回.P.226))。小畑死亡時の状況「宮本カ小畑ヲ背負投ケシタ」(控訴審陳述−宮本第9回公判.P.226)。硫酸第3段階行為としての小畑への真物の硫酸をつける行為(予審第14回.P.248.第1審第2回.P.317)、などの『問題点』陳述はある。

 私が判断する袴田陳述内容の『問題点でないもの』=真実・真相であるものは2つある。5品目器物用意・搬入・存在確認・並べ直しについての自己行為自認陳述と警備隊責任者木島の行動・存在目撃陳述は、真実・真相である。4項目・3つの性質の暴行行為是認の自己行為自認陳述および、他人(秋笹、逸見、木島)行為目撃の陳述は、真実・真相である。 上記のように袴田陳述内容において『問題点』は当然存在する。しかし、「3論文」が指摘する『問題点』は部分的性質の問題点である。「3論文」は“基本的問題点ではないものを基本的問題点とする”という“問題点の性質すりかえ”を行っており、このようなやり方は党として誤りである。

 袴田陳述の『問題点』評価検討

 『問題点』について下記の3つの評価がある。

 〈評価(1)〉 『査問状況に関して不正確な陳述』(宮本陳述、P.225)→(事実に合致しない陳述)

 宮本陳述(P.225)では、『不正確さ』の内容は直接的には、硫酸第3段階行為における木島行為目撃陳述(P.226)、控訴審での錐の使用行為(P.226)、という2項目のみである。これ自体、私の判断でも〈問題点(3)〉であり、これを『不正確』というのは正しい。但し、硫酸第3段階の存在は不明である。しかし、宮本陳述全体では、この2項目のみでなく、袴田陳述が是認している4項目・3つの性質の暴行行為についてもその存在を全面否認しており、したがって『不正確』という言葉の意味するものは、袴田是認部分内容の事実性を全面否認する『基本的不正確』あるいは『基本部分不正確』である。宮本陳述(P.243)でも「而モ控訴審ノ最後テハ彼自身トシテハ小突ク位ノ事カ四、五回程度アツタカモ知レナイ位ノモノト述ヘテ居ル処カ予審ノ陳述テハトウシテソンナ騒キカ近所ヘ知レナカツタラウカト思ヘル様ナ陳述ヲシテ居ル」として、袴田予審陳述での〔第2の事実問題〕是認部分の事実性を宮本陳述全体とあわせて、全面否認している。

 これへの私の結論は以下である。〔第2の事実問題〕での袴田陳述は、〈問題点(1)(2)(3)〉の『部分的不正確さ』を当然もちつつも、それは『基本的不正確』な内容ではなく、全体として『基本的に正確』な内容、あるいは『基本部分正確』な真実・真相である。4項目・3つの性質の暴行・脅迫行為存在についての陳述内容は上記〈問題点〉をのぞけば、基本的に正確な陳述である。宮本陳述(P.225)のように2項目の限定的な意味で『部分的不正確さ』として使用するのならよい。『基本的に不正確』=“事実に合致しない陳述内容”という全面否定の意味で『査問状況に関して不正確』として現在も「袴田論文」二、四、「小林論文」「解説論文」で使用するのは誤りである。

 〈評価(2)〉 『系統的な「暴行」なるものを自認するかのような陳述』(「袴田論文」「小林論文」「解説論文」とも同一表現)。『計画的な「暴行」なるものを自認するかのような陳述』(「文化評論」9月、「小林論文」P.54)→(事実に合致しない陳述)(同上.P.53

  その是認内容の性質は『系統的な「暴行」』か、それとも、断続的・バラバラで順序だった統一性もない非系統的な暴行・脅迫行為か(?) 行為の時間的連続性、行為項目の同一性・回数などの点について、上記内容は『行為の系統性』を示しているのか(?) また、『計画的な「暴行」』か、それとも衝動的・思いつき的な非計画的な暴行・脅迫行為か(?) 暴力行使目的存在の有無、暴力行使協議存在の有無、行為における計画性などの点について、上記内容、あるいは袴田予審陳述全体の内容は『行為の計画性』を示しているのか(?)

 これへの私の結論は以下である。その是認内容は『系統的な「暴行」』『計画的な「暴行」』あるいは「行為の系統性」「行為の計画性」などは示していない。この判断の証拠は〔第2の誤り〕でのべる。袴田陳述は、事実をのべることを通じて、かつ、大泉陳述の出鱈目さに反論することを通じて、系統的・計画的な暴行行為の否認、私的な制裁・私的に刑を科する行為としての「リンチ」や「行為のリンチ性」を否認している。それにたいして、「3論文」は『系統的な「暴行」なるものを自認するかのような陳述』をしたという捏造評価をした。その上で“そもそも系統的な暴行、計画的な暴行などは一切存在しない以上、それを自認した袴田陳述内容は事実に合致しないとした。そして袴田調書のいう「暴行脅迫」など一切ない”として袴田陳述内容の事実性を全面否認した。このような論法、説明方法は詭弁であり、党はこのような詭弁的論法を使用すべきではない。

 

 〈評価(3)〉 特高のデッチ上げに乗せられ、事実無根の暴行行為を是認―→(事実無根の迎合的陳述)

 (HP注)、『日本共産党の六十五年、七十年』では、『特高のでっちあげに乗ぜられるような不正確な供述』と評価を定式化した。

 暴行行為全面否認の宮本陳述、「小林論文」の論理をそのままおしすすめていけば、袴田予審陳述は2つの事実問題について、たんに『不正確』とか『系統的・計画的「暴行」なるものを自認するかのような陳述』という性格規定にとどまらず「袴田中央委員は密室審理の中で特高の事実無根のデッチ上げに迎合し、(1)指導権争い、(2)殺害を共謀とはたたかったが、(3)リンチ問題については迎合的な事実無根の暴行行為の是認陳述をした」という論理的結論にいきつかざるをえない。

〔表12

宮本陳述

「小林論文」

袴田予審

袴田第1審公判

1)なぐるける

×(ない)

×(ない)

2)斧使用

×(〃)

×(〃)

3)硫酸使用

×(〃)

×(〃)

○(第1・第3段階)

○(第1・第3段階)

4)タドン使用

×(〃)

×(〃)

5)錐使用

×(〃)

×(〃)

×

 なぜならこの〔表〕になり、宮本陳述、「小林論文」の通りであれば、予審・第1審公判で〔表〕1)から4)を一貫してのべている袴田同志はまさに『(3)リンチ問題については事実無根の迎合的陳述を行った』ということに論理的にならざるをえない。

 これへの私の結論は以下である。袴田警察聴取書(8〜10回公表分)全体、予審調書(1〜18回)全体、第1審公判調書(1〜3回)全体を見ても、特高にたいして事実無根の迎合的陳述を行っておらず、是認・否認方法で真実を陳述している。

 

分析(2)  関係者6人の陳述

 6人の査問関係者〔第2の事実問題〕陳述の一致点・相違点、その性質からその証拠能力を検討する。

〔表13〕 6人の陳述場所とその陳述の思想的立場

宮本

大泉

木島

逸見

秋笹

袴田

検挙年

1933

1934

1935

検挙月日

12.26

1.15

2.17

2.27

4.2

3.4

警察(聴取書)

×(黙秘)

(スパイ)

(転向)

(転向(?))

×(黙秘)

○(非転向)

検察庁

×(〃)

(〃)

(〃)

予審(予審調書)

×(〃)

(〃)

(〃)

(〃)

○(非転向)

○(非転向)

第1審公判(公判調書)

○(再開公判)

(〃)

(〃)

(〃)

(途中から転向)

○(〃)

控訴審公判(〃)

(〃)

(〃)

(〃)

○(〃)

大陪審

−棄却(判決確定)−

〇=非転向陳述、=スパイまたは転向時陳述、×=黙秘。秋笹予審陳述は非転向時陳述

秋笹は、第1審公判併合審理時点でも非転向(宮本公判速記録、第1回、第2回、P.23P.76)

  

〔表14〕 〔第2の事実問題〕と5人の自己行為自認陳述

木島

逸見

秋笹

袴田

宮本

1)なぐるける

○「アヂラレタカラヤッタ」

○「小畑ヲ二三回蹴飛バス」

○小畑、大泉各1回

×

2)斧使用

○「有リ合ワセタル物ニテ小突ク」

×(小畑への斧使用)

×

3)硫酸第1段階

○「薬鑵ノ水ヲ之ハ硫酸タト云ツテ振リカケ」

第2段階

×

第3段階

×(自己行為を否定)

×

4)タドン使用

○「タドンヲ小畑ニ押シツケ」

×

5)錐使用

×

6)ピストル使用

○小畑到着時

1回

1回

2回

4回

   

〔表15〕 〔第2の事実問題〕と6人の他人行為目撃陳述

大泉

木島

逸見

秋笹

袴田

宮本

1)なぐるける

×(23日夜)

(?)

×(宮本)

×

2)斧使用

(自己行為自認)

×

3)硫酸第1段階

(自己行為自認)

第2段階

○(公判でとりけし)

×

第3段階

○(控訴審で木島をとりけし)

×

4)タドン使用

=火傷)

(自己行為自認)

×

5)錐使用

×

6)出刃包丁使用

×

×

イ.是認

5項目

4項目

5項目

1項目

5項目

ロ.否認

1項目

1項目

1項目

7項目

 〔第2の事実問題〕での関係者6人陳述一致点とその性質

 自己行為自認陳述の事実性をどう評価するか。上記表のように自認行為がある。事実無根でまったく存在もしていない行為を自認することはこの査問関係者でありうるか(?) 木島、逸見、秋笹は特高の拷問をうけている。とくに、予審非転向の秋笹、袴田が、その非転向時点で、事実無根の行為を自己行為として自認することがありうるか(?) 袴田は一貫して非転向で、拷問はうけていない。袴田、秋笹とも検事の聴取書もなく(宮本第13回公判.P.270)、したがって非転向予審陳述における自己行為の自認内容は事実である。

 他人行為目撃陳述での「なんらかの行為」での一致点をどう評価するか。上記項目の個々の行為において、その行為者、行為程度、対象者、回数の相違は別として、その行為の「なんらかの存在」で、6人中多くの関係者が一致している場合、しかも、その一致に予審非転向時点の秋笹、袴田予審陳述がある場合には、その行為はその相違は別として「なんらかの形」で存在していた可能性が高い。しかも、自己行為自認陳述と他人行為目撃陳述とが一致している場合には、この行為の「なんらかの形」での存在の可能性はさらに高い。それは、2)斧使用行為、3)硫酸「なんらかの行為」、4)タドン使用行為の3項目行為である。

 〔第2の事実問題〕での関係者6人陳述相違点とその性質

 自己行為否認陳述とその事実性をどう評価するか。袴田の小畑への斧使用否認(第1審第2回.P.317)、大泉への出刃包丁使用否認(予審第18回.P.266267)内容は事実である。木島の硫酸第3段階自己行為否認(「文化評論」9月「小林論文」.P.50)については木島第2、第3段階行為について袴田、逸見の他人行為目撃陳述があること、木島の否認陳述内容が不明なことから、この否認内容の事実性について不明である。宮本は、下記の点で自己行為の否認をしている。1)なぐるける行為について、逸見陳述は「宮本、袴田、秋笹ノ三名ハ小畑ヲ打ツタリ撲ツタリ蹴ツタリシ」、その他にも、宮本行為をのべている(逸見予審第18回.P.302303)。大泉陳述は「主トシテ宮本、袴田、及木島ニ殴ラレ或ハ蹴ラレタトシテ」(大泉予審第14回.P.307)。2)斧使用について、木島陳述は「宮本カ薪割テ小畑ノ顔ヲツツイタ」(宮本第8回公判.P.214)。3)硫酸使用について、秋笹陳述は「宮本カ誰カカ硫酸ノ瓶ヲ栓ヲシタル儘振廻シ「付ケルゾ付ケルゾ」ト脅カシタルハ可成リ効果アリタリ」(秋笹予審第14回.P.306、宮本第10回公判.P.244)。4)錐使用について、袴田陳述「(第二審公判)宮本テアツタカ誰テアツタカ大泉ヲ錐テツイタ」(宮本第9回公判.P.226)。これらの否認内容は事実であり、宮本中央委員はやっていない。

 他人行為目撃陳述の相違点をどう評価するか。出刃包丁使用陳述は大泉のみである。使用全面否認は袴田、宮本で完全一致した。他3人はのべていない。したがって、この出刃包丁使用行為は一切存在しなかった。錐使用陳述は、大泉、袴田のみである。宮本はその使用行為を全面否認した。他3人はのべていない。袴田陳述も予審、第1審、控訴審と変化が著しい。したがって、この錐使用行為は不明、または基本的に存在しなかったと考えるべきである。〔表〕1)、2)、3)、4)の行為・使用陳述は、基本的に宮本中央委員と他の5人とが大きく相違している。スパイ1人、転向者2人、予審非転向者2人の5人一致ということと、その5人と宮本陳述との基本的相違ということとをどう説明するか(?) これについては、「宮本陳述の証拠能力の検討」のところでのべる。

 陳述者5人の思想的立場と予審陳述内容証拠能力

 個別評価については「宮本陳述の証拠能力検討」のところでのべる。スパイ大泉陳述は、出鱈目な内容をふくむ。誇張歪曲、事実無根、記憶ちがい・不正確が多い。但し、一定の事実部分をふくんでいる。転向者木島・逸見陳述は、「指導権争い」「殺意」「リンチ」について迎合的内容をいずれもふくむ。〔第2の事実問題〕についても行為者、対象者、行為程度について誇張歪曲、迎合的内容がある。但し、一定の事実部分を当然ふくんでいる。その誇張歪曲・迎合・記憶ちがい部分・側面を批判的に検討すれば、その予審陳述は一定の証拠能力をもつ。とりわけ、「解剖検査記録」の外傷・出血部分がデッチ上げであることを論証する上では重要な証拠能力をもっている。後でのべる。秋笹は予審陳述時非転向という思想的立場から検討する。その経過は、1.警察での非転向・黙秘(宮本第5回公判.P.187)。2.検察庁での非転向・黙秘(宮本第13回公判.P.270)。3.予審での非転向。4.第1審公判冒頭の宮本、袴田、秋笹併合審理時点での非転向(宮本第1回〜第2回公判.P.23P.76)。5.宮本腸結核による分離公判途中からの転向(但し、途中の転向時点は不明)(「文化評論」4月臨時号.P.77)。6.1943年7月獄死(1944年6月宮本第1審公判再開時以前に獄死)であった。秋笹の陳述内容(予審、公判)の正しい妥当部分には、次がある。スパイ挑発への党の方針、殺害の共謀などない。スパイ査問の原因として、大泉・小畑がスパイであったから査問を行った。危害を加える論議のなかった。器具の準備協議のなかった。宮本はやり過ぎた様なことはなかった。小畑死亡時の状況として、死体の処分の協議のなかった。赤旗号外発行の意義を主張した(宮本第9回公判.P.223P.225)。〔第2の事実問題〕での是認部分(予審陳述)では、2)斧使用の自己行為自認(秋笹予審陳述.P.306)。3)硫酸瓶第2段階の他人行為目撃(〃)(宮本第10回公判.P.244)。4)タドン使用の自己行為自認(〃)。細引、針金使用の是認(〃)がある。否認部分は“現在公表資料”ではなく、不明である。陳述での問題点として、木島、袴田もスパイである様に思っていた(宮本第9回公判.P.223.袴田予審第19回.P.270)がある。宮本陳述は、査問関係者について、警察聴取書、予審調書、公判調書、確定判決引証予審調書のすべてにわたって検討しており、秋笹にたいしても同様である。第9回公判で、秋笹陳述の妥当な部分をのべるとともに、〔第2の事実問題〕については、3)硫酸第2段階陳述にたいしてのみ批判している。秋笹は、分離公判途中から転向したとしても、“その転向を契機として”〔第2の事実問題〕について迎合的陳述をしていない。妥当部分を見た場合、秋笹予審陳述是認部分の証拠能力は高い。 非転向袴田陳述の証拠能力は、上記にのべた。秋笹・袴田の予審陳述証拠能力評価において、「密室審理」問題をどう見るかについては〔第2の誤り〕でのべる。

 

分析(3) 宮本陳述

〔小目次〕

   1)、宮本中央委員の4項目行為目撃有無

   2)、非事実性部分

   3)、当時否認の正当性と現在否認の誤り

1)、宮本中央委員の4項目行為目撃有無

 宮本陳述では4項目行為目撃を全面否認している。4項目とは、5)錐使用行為をのぞく、他の1)〜4)の項目である。「査問状況ニ付イテノ認定ノ基礎トシテアル各人ノ供述ハ以上ノ如クタカ私ハ之等記載ノ如キ行為ハ他人ニ就イテモ何レモ目撃シテ居ナイカ(後略)」(宮本第10回公判.P.245)。(後略)部分は「意見書」最後の〔資料(2)〕に記載してある。「私ハ査問ノ行ハレテ居タ間ニ其ノ現場ニ居タ訳テハナイカ少クトモ私カ居タ間ニハ予審終結決定書記載ノ様ナ状況ハ全然ナカツタコトヲ明確ニシタ」(宮本第14回公判.P.280)。宮本中央委員は陳述で、自己行為自認を一切せず、自己行為としての暴行行為を全面否認するとともに、他人暴行行為への自己の目撃についても、全面否認している。

〔表16〕 4項目の暴行・脅迫行為時刻と宮本中央委員同席状況

時刻

暴行行為の存在

宮本中央委員同席状況

第1段階

23日、午前10時頃〜夕方

(○)第1項目木島自認(?)

第2段階

夕方〜夜

×宮本、逸見は連絡に出た

第3段階

夜〜(徹夜に近い)

○袴田、逸見は帰宅して不在

第4段階

24日、開始前(袴田到着時)

○第1項目袴田自認

第5段階

午前中

○第1、2、3、4項目袴田、逸見、秋笹自認

第6段階

昼食後〜小畑逃亡時

×宮本、木島はコタツで仮眠、秋笹は階下

第7段階

小畑取り押え

 第1段階第1項目は木島の「アヂラレタカラヤツタ」ことの時刻不明のため確定できない。第5段階第1項目は袴田、逸見の自己行為自認。第2、4項目は秋笹の自己行為自認。第3項目第1段階は袴田自己行為自認がある。

 第1段階目撃で、第1項目について、他人行為の目撃陳述や袴田陳述の「査問委員が殴る蹴る」(予審)「一同が殴る蹴る」(第1審)という陳述はあるが、自己行為自認ではない以上確定できない。木島の「アヂラレタカラヤッタ」という陳述は、袴田陳述の木島第1項目行為目撃についての第1段階(23日)の2回にわたる予審陳述(P.232P.248)と合わせて考えると第1段階での行為の自認とも思われるが、“現在公表資料”では不明である。宮本中央委員の目撃も不明である。

 第4段階目撃として、24日査問開始前での袴田「拳固テ頭部ヲ殴リツケテヤリマシタ」(小畑のこと)の第1項目自己行為自認行為時点では、その直後、宮本、秋笹が前夜の状況の報告を「要領ヲ書キ留メタ紙片ヲミセラレマシタ」(上記ともに、第1審第2回.P.315)と受けていることから、宮本中央委員は明白に、袴田第1項目自認行為を目撃している。

 第5段階・24日午前中査問目撃有無では、誰かが席をぬけたとは誰も陳述していない。宮本中央委員も午前査問中は当然同席していた。そこでは、第1項目の袴田、逸見自己行為自認(なぐる、ける)、第2、4項目の秋笹自己行為自認(斧使用、タドン使用)、第3項目の袴田第1段階自己行為自認(硫酸第1段階)が存在した。その行為内容と程度は上記にのべた。各自の自認行為について宮本中央委員は同席していて、明白に目撃した。

 第2段階、第6段階目撃について、連絡のため外出、または仮眠中であり、上記第14回公判(P.280)のように「其ノ現場ニ居タ訳テハナイ」が、その両段階とも暴行行為は存在していなかった。“現在公表資料”では、誰もその両段階に暴行行為が存在したとのべていない。逸見陳述は、第5段階上記行為が、第6段階発生として宮本も同席のようにのべているが、これは明白な記憶ちがい、または、なんらかの迎合性をもった時刻変更の陳述である。これは上記、斧使用の項目でものべた(逸見予審第18回.P.302303.宮本第10回公判.P.244)。

 したがって、第4、第5段階とも、宮本中央委員は現場に同席しており、査問中において、付随的手段、方法として存在した非系統的・非計画的な暴行・脅迫行為としての第1、第2、第3、第4項目を明白に目撃している。

2)、非事実性部分

 第5・第9項目をのぞく宮本陳述部分の内容は、事実性・正当性をもつ。2つの事実問題2項目をのぞく、スパイ査問問題15項目では袴田陳述と宮本陳述は完全、または基本的に一致している。それは「密室審理(警察・予審)」陳述と「公判」陳述とでも完全または基本的に一致していることを示している。15項目について袴田陳述と宮本陳述とを個々に比較検討して見ればわかる。15項目での袴田陳述・宮本陳述の一致部分内容は事実であり、闘争として正当である。

 2つの事実問題での宮本陳述内容と分類

 第1の事実問題では、細引の用意・搬入・存在、宮本ピストル1挺の存在のみ是認した。斧、出刃包丁、硫酸瓶、針金の存在を否認した。

 第2の事実問題で、1)なぐるける、2)斧使用、3)硫酸瓶・硫酸使用、4)タドン使用、5)錐使用を否認した。「暴行脅迫ヲシタコトモナイカラ…」として、上記5項目の暴行行為のみでなく、脅迫行為も全面否認(宮本第5回公判.P.193)した。「私ハ之等記載ノ如キ行為ハ他人ニ就イテモ何レモ目撃シテ居ナイカ…」として、暴行・脅迫行為の目撃も全面否認(宮本第10回.P.245)した。

 全面否認部分として、自分が同席していた間の暴行・脅迫行為目撃を全面否認した。「存在」が完全に確認されていないものとして、細引、宮本ピストル以外の「存在」を一切否認した。硫酸痕跡、火傷など法医学的痕跡のないとして3)、4)を否認した。他の関係者目撃陳述があっても本人の自己行為自認がないとして、木島硫酸第3段階行為否定により3)を否認した。異常な物音を聞かなかったという隣家証言を根拠として暴行・脅迫行為を全面否認した。

 各行為者の自認行為を“一定”是認している部分が2ヶ所ある。文末〔資料(1)(2)〕のように、是認目的で陳述しているのではない。「強イテ自ラ其ノ者ノ行為トシテ述ヘル者カアルナラ判決モ少クトモ其ノ当人ノ行為ノ範囲内ニ限定シテ認定スルニ止ムヘキテ」(宮本第10回.P.245)。「各被告人カ自分ノ行動トシテ述ヘテ居ル部分ハ極些少ノモノ故特ニ之ヲ取立ツヘモテナイコトモ述ヘタ通リテアル」(宮本第14回.P.280)。自己行為自認陳述には、1)なぐるける行為での、袴田、逸見、木島3人自認。2)斧使用での、秋笹自認。3)硫酸第1段階での、袴田自認。4)タドン使用での秋笹自認がある。

 事実として是認している部分は、〔第1の事実問題〕紐、宮本ピストルの存在、〔第2の事実問題〕紐で制縛・目隠し、自分の同席していない場での他人自認行為(P.245280)である。

 

 2つの事実問題での宮本陳述内容の非事実性部分

 2つの事実問題での宮本陳述内容がすべて非事実というのでは当然ない。デッチ上げへの反論部分は正しい。しかし下記にのべる項目についての宮本陳述部分は非事実性であり、それは真実・真相ではない。〔第1の事実問題〕での宮本陳述内容の非事実性部分は、上記でのべた。斧、出刃包丁、硫酸瓶、針金の「存在」は事実であり、その「存在」を全面否認する宮本陳述内容は事実ではない。「器物使用」事実問題とも関連するので、下記でものべる。〔第2の事実問題〕での宮本陳述内容の非事実性部分として、5項目の「行為・使用行為」は事実であり、その「行為・器物のなんらかの使用行為」も全面否認する宮本陳述内容部分は事実をのべていない。その目撃も全面否認する宮本陳述内容部分は事実をのべていない。1)なぐる・ける行為、2)斧使用行為(存在を前提)、3)硫酸瓶・硫酸使用行為(硫酸瓶存在を前提)、4)タドン使用行為、5)針金使用行為(存在を前提)について、行為者、対象者、使用程度、使用回数での相違は別として、それらの器物「なんらかの使用」行為も一切なかったかどうかを以下検討する。

(1)、なぐる・ける行為

 袴田自己行為自認「(24日査問開始前小畑に)部屋二入ルナリ同人ニ近ヨリ拳固テ同人ノ頭部ヲ殴リツケ」(第1審.P.315)。「(24日午前中)私カ同人ヲ殴ツタトハ云ヘ大泉カ云フ如ク」(第1審第2回.P.317)。「(23日)脅シタリ、頭・顔・胸等ヲ査問委員ノ者カ平手或ハ手拳ヲ以テ殴ツタリ、足テ蹴ツタリ」(予審第14回.P.248)。「(23日)此ノ間一同カ平手或ハ拳固テ数回両人ヲ殴リツケタ事ハ事実テスカ」(第1審第2回.P.310))。予審・第1審の23日行為陳述は直接的な自己行為自認ではないが、間接的に自己をふくむ行為としてのべている。

 逸見自己行為自認「(24日午前中)自分モ小畑ヲ二、三回蹴飛ハシタリ」(逸見予審第18回.P.302)。

 木島自己行為自認「査問ノ準備中上部カラアヂラレタ。アヂラレタカラヤツタ」(宮本第8回.P.213)。木島の「アヂラレタカラヤツタ」という行為の内容を、1)なぐるけるの行為とする判断の根拠をのべる。袴田陳述での5項目行為のうち錐は不明である。斧、タドンは秋笹の自己行為自認であり、残るは、4)、3)のみであるが、木島自身、3)硫酸第3段階の自己行為を否定している。したがって、「ヤツタ」という内容は1)なぐるけるの行為である。木島のなぐる行為については、袴田、逸見、大泉3人が他人行為目撃陳述をしている。但し、「アヂラレタ」という点では、袴田陳述、宮本陳述ともいずれも明確に否定しており、責任転化の迎合的陳述である。

 袴田・逸見自己行為自認陳述の時刻としての24日査問開始前、24日午前中とも宮本中央委員は同席しており、その行為をいずれも目撃している。なぐるけるの他人行為目撃陳述については、3名の陳述がある。袴田陳述では、逸見1回、木島時々(時偶)、査問委員(予審)または一同(第1審)。逸見陳述では、宮本、袴田、秋笹(逸見予審第18回.P.302)。大泉陳述では、宮本、袴田、木島(大泉予審第16回.P.307)がある。しかし、“現在公表資料”では、他人行為目撃陳述の事実性について判断不能である。したがって、少くとも袴田、逸見、木島の自己行為自認陳述は事実であり、宮本中央委員は袴田、逸見行為を目撃しており(木島の行為時刻は不明)、なぐるける行為の全面否認とその目撃否認の宮本陳述内容は事実をのべていない。

(2)、斧使用行為(その「存在」を前提)

 秋笹自己行為自認は、非転向時予審陳述(警察・検察庁とも黙秘で、はじめての陳述)である。「自分ハ時々ハ出掛ケテ行ツテ有リ合ワセタル物ニテ大泉ヲ小突イタ様ナ記憶アリ」(秋笹予審第14回.P.306−確定判決引証部分)。

 袴田の他人(秋笹)行為目撃陳述「査問中秋笹カ用意シテアツタ斧ノ背中テ大泉ノ頭ヲゴツント殴ルト同人ノ頭カラ血カ出タ事ヲ見受ケマシタ」(袴田予審第14回.P.248)。「器物ヲ使ツタノハ秋笹カ斧ノ峰テコラ本当ノコトヲ云ハヌカト云ツテ大泉ノ頭ヲ小突イタコトカアルタケテス。問 其ノ為メ大泉ノ頭カラ血カ出タト云フテハナイカ。答 顔ヘ二、三滴血カ流レマシタ。」(袴田第1審第2回.P.317)。斧の用意・存在については予審・第1審公判ともに明確に是認している。

 逸見の他人(秋笹)行為目撃陳述「秋笹ハ何故嘘ヲ云フノカト云ヒテ薪割用ノ小サキ斧ニテ頭ヲコツント叩キタルコトアリ。小畑ノ訊問ヲ一応終リ」(逸見予審第18回.P.302−確定判決引証部分)。

 木島の他人(宮本)行為目撃陳述「宮本カ薪割テ小畑ノ頭ヲツツイタトカ」(宮本第8回公判.P.214)。

 大泉の他人行為目撃陳述「斧ノ峰テ頭ヲ殴ラレタ為カ血カ私ノ顔ヲ伝ツテ落チルノヲ覚エマシタ」(大泉第16回予審.P.97)。「誰テアツタカ其ノ口ノ辺リヲ斧ノ峰テ打ツタ為メニ前歯一本奥歯一本折レタ云々」(袴田予審第18回.P.266)。「誰カニ斧テ頭ヲ殴ラレテ気絶シタトカ。宮本カ斧テコツコツ殴リ乍ラ訊問シタトカ歯カ抜ケタトカ実ニ出鱈目ノ事ハカリ述ヘテ居ル」(宮本第8回.P.209)。「大泉ハ公判テ彼ハ一々器具テ殴ラレタノテ手拳ナンカテ殴ラレタコトハナイト云フ捏造的誇張ヲヤツテ居ルカ事実誰一人彼ヲ一々器具テ殴ツタ者ハナク」(宮本第10回.P.245

 宮本の「斧使用行為」全面否認陳述「私等ハ器具ヲ手ニシタ事ハナイ」(宮本第9回.P.235)、および、上記第8回、209、第10回でも否認した。

 秋笹自認「有リ合ワセタル物ニテ小突イタ」を“斧で小突く”行為とする判断根拠をのべる。

〔表17〕 秋笹「小突イタ」器物の品目

秋笹の「使用」是認

「小突ク」様な「有リ合ワセタル物」の可能性

袴田陳述

斧二挺

(?)かどうか。

(1)

出刃包丁二挺

(2)

硫酸瓶一瓶

○(第2段階)

×…「小突ク」とは云わない。

針金

×…〃

細引

×…〃

秋笹の用意

タドン

○(自己行為自認)

×…〃

鉄筆

(3)

各個人

ピストル二挺

(4)

 (2)出刃包丁では、「小突イタ」と云はない。また袴田陳述がその「使用」を完全否認している。大泉以外他にだれも出刃包丁の「使用」をのべていない。これは大泉の出鱈目な事実無根の陳述である。「小突イタ」物としては(1)(3)(4)があるが、(4)ピストル使用陳述は小畑到着時の袴田陳述しかなく、大泉以外は他にだれも陳述していない。したがって、(1)(3)のうちのいずれかになるが、下記の〔表1819〕と合わせて総合的に見た場合、「有リ合ワセタル物」は(1)斧であると判断できる。(3)の錐使用も、袴田、大泉以外はだれものべていない。

〔表18〕 斧「なんらかの使用」是認5人陳述内容の一致点と相違点

「存在」

「使用」の是認

「使用」の否認

行為者 対象者

使用程度

回数

秋笹

予審(非転向)

(?)

秋笹→大泉

小突イタ(有リ合ワセタル物ニテ)

1回

袴田

警察(非転向)

予審(非転向)

○二挺

秋笹→大泉

斧ノ背中テ頭ヲゴツント殴ルト

1回

23日使用否認

第1審(〃)

秋笹→大泉

コラ本当ノコトヲ云ハヌカト大泉ノ頭ヲ小突イタ

1回

小畑への使用否認。袴田使用否認

逸見

予審(転向)

秋笹→小畑

何故嘘ヲ云フノカト云ヒテ斧ニテ頭ヲコツント叩キ

1回

木島

予審(転向)

(?)

宮本→小畑

薪割テ頭ヲツツイタ

1回

大泉

(スパイ)

(?)→大泉

斧ノ峰テ頭ヲ殴ラレタ為カ

斧テ殴ラレ気絶、歯カ折レタ

一々器具テ殴ラレタ

1回

2回

数回

 逸見が対象者を大泉でなく小畑にしたのは、小畑の死因との関係での対象者すりかえの迎合的陳述である。木島陳述も、逸見と同じ迎合的陳述であるとともに、宮本黙秘による闘争、スパイ挑発への特高の報復的意図にたいする迎合的陳述である。この推定はいずれも後でのべる。大泉陳述はスパイとしての出鱈目な陳述ではあるが、「斧のなんらかの使用」という点で他の4人と一致しているとともに、「斧ノ峰テ頭ヲ殴ラレタ為カ血カ私ノ顔ヲ伝ツテ落チルノヲ覚エマシタ」という陳述内容は袴田陳述内容と完全一致している。

 逸見、木島、大泉の迎合的または出鱈目な部分・側面を批判的に検討した場合、秋笹自己行為自認としての「有リ合ワセタル物テ小突イタ記憶」という内容は斧の「なんらかの使用」行為を示しており、大泉をのぞく、他の4人の使用程度(小突く、またはこつんと叩く程度)と使用回数(1回)は事実である。

〔表19〕 秋笹・袴田・逸見3人の2)、3)、4)行為陳述内容の一致点と相違点

2)斧使用

3)硫酸使用

4)タドン使用

秋笹予審(非転向)

秋笹→大泉(自認)

小突イタ

宮本か誰か→(?)

「付ケルゾ付ケルゾ」ト

硫酸瓶振廻シ脅カシ

秋笹→小畑(自認)

足ノ脛ノ辺ニ押シツケルト

慌テテ足ヲ引込メ

袴田予審(非転向)

秋笹→大泉

頭ヲゴツント殴ルト

コラ本当ノコトヲ云ワヌカト

袴田→小畑(第1段階自認)

木島→小畑(第2段階)

之ハ硫酸タト云ツテ脅シ乍ラ

秋笹→小畑

足ノ甲アタリニクツツケタ

熱イ熱イト云ツテ足ヲ跳上ゲ

逸見予審(転向)

秋笹→小畑

頭ヲコツント叩キ

何故嘘ヲ云フノカト

木島→小畑(第1、第3段階)

ソラ硫酸ヲツケタゾ流レルゾト云ヒテ

秋笹→小畑

両足ノ甲ニ載セタルトコロ

熱イト叫ンテ足ヲ跳ネルト

 4)タドン使用については、秋笹の明白な自己行為自認があるというだけでなく、3人の陳述が行為者・対象者・使用程度・小畑の反応・使用回数などの細部にいたるまで完全一致している。3)硫酸瓶・硫酸使用については、3人に相違があるが、行為者発言のような脅迫行為の存在、「付ケルゾ、付ケルゾ」「之ハ硫酸タ」「ソラ硫酸ヲ付ケタゾ流レルゾ」という脅迫的言辞の存在は完全一致している。硫酸瓶・硫酸による「なんらかの脅迫」行為の存在で完全に一致している。2)斧使用についても、上記の相違はあるが、使用程度「小突ク」「ゴツント殴ル」「小突イタ」「コツント叩キ」と一致しており、行為者は秋笹とする点でも3人は一致している。袴田・逸見2人の陳述は袴田予審・第1審公判とも見ると、行為者の「コラ本当ノコトヲ云ハヌカト」「何故嘘ヲ云フノカト」という発言も合わせ、その使用程度、回数も一致しており、対象者のみ相違している。秋笹陳述は非転向時陳述である。

 これらを総合的に見た場合、2)、3)、4)での3人の陳述の一致点・相違点から見て、秋笹自己行為自認としての「有リ合ワセタル物ニテ小突イタ」というのは「斧で大泉を小突いた」ことを意味している。秋笹が2)斧使用行為を非転向時において自認しており、袴田予審・第1審陳述とも一致し、他の逸見、木島、大泉3人の「なんらかの斧の使用」陳述とも一致している以上、そこには、斧「なんらかの使用」行為は明白に存在した。斧の「使用」行為が存在する以上、斧の会場「存在」は袴田陳述のいうように事実であった。

 宮本陳述の斧の「存在」「なんらかの使用」全面否認内容は事実ではない。「私等ハ器具ヲ手ニシタコトハナイ」(P.235)という陳述内容は非事実性のものである。斧の「なんらかの使用」は24日午前中のことであり、秋笹の23日夜説は記憶ちがい、逸見の24日午後説は迎合的陳述である。袴田陳述では24日午前中「使用」として予審・第1審とも一貫しており、その24日午前中の査問には宮本中央委員は同席しており、秋笹の大泉にたいする斧の「なんらかの使用」行為を目撃している。したがって「何レモ目撃シテ居ナイカ」(P.245)という陳述内容はこの斧使用について事実ではない。斧「存在」そのものの否定としての「オ示シノ斧、出刃包丁等ハ存シマセヌ其様ナ物カ査問アヂトニアツタカ否判然シマセヌ」(P.260)という陳述内容も事実をのべていない。

 尚、特高のデマ、予審終結決定での薪割の使用という事実認定が、確定判決ではのべられていないがその理由への推理は後でのべる。

(3)、硫酸瓶・硫酸使用行為(硫酸瓶の「存在」を前提)

 袴田 硫酸瓶存在確認自認「其ノ部屋ニハ木島ノ用意シタ斧二挺、出刃包丁二挺、硫酸一瓶、細引、針金等査問用ノ器具カ…置カレテアリ。二問 其ノ部屋ノ模様及ヒ前述ノ器物ノ配置ノ模様等ハ此ノ通リカ。此時予審判事ハ事件記録第一三四丁表ノ図面ヲ示シタリ。答 其ノ通リテアツタト記憶シテオリマス」(袴田予審第10回.P.225)。「九問 硫酸瓶ヲ用意シタノハ何ウ云フ訳カ答 硫酸ノ壜カ一壜アヂトノ現地ニ用意シテアツタノハ事実テアリマスカ之ハ私カ命シテ備付ケタモノテハアリマセン。十問 コロロホルムモ用意シテアツタノテハナイカ。答 昭和八年十二月半頃最初ノ査問計画ノ時ニハ行動隊ノ誰カ…持参シタコトハ事実テスカ同月二十三日カラノ査問場ニハ持ツテ来テ居リマセン」(袴田予審第13回.P.243)。「問 此ノ木島トノ連絡ノ際査問ニ使用スヘキ兇器類ノ取扱方ヲ命シタノカ。答 私ハ包丁、斧ノ様ナモノカアレハ良イタラウト云ツタノテアリマス。錐、硫酸等モ実際査問ノ現場等ニアツタノテアリマスカ夫レハ私カ木島ニ命シテ取揃ヘタノテハアリマセヌ」(袴田第1審第2回.P.305)。「問 其ノ時部屋ノ模様ニ付被告人ハ警察官ノ取調ノ際其ノ様ナ略図ヲ書イテ示シテ居ルカ此ノ通リノ状況テアツタカ。此時被告人ニ対スル司法警察官ノ第七回聴取書中本件記録第一冊第一三四丁表ノ図面テ示シタリ。答 私カ部屋ヘ入ツタ時ハ此ノ通リテアリマシタカ、大泉、小畑両人カ来ル前、査問ノ場所ヲ広クスル為メ火鉢ハ床ノ間ノ方ヘ片付ケ、又部屋ニ入ルト斧ヤ包丁カスグ彼等ノ目ニツキテロ目的ヲ達シ得ル様ニ並ヘ直シタノテス」(袴田予審第2回.P.311)。

 袴田 硫酸第1段階脅迫行為自認がある。硫酸第3段階の他人(木島)行為目撃の陳述として、「其ノ時私カ薬鑵ノ水ヲ之ハ硫酸タト云ツテ脅シ乍ラ、小畑ノ腹ノ上ニ振リカケマスト同人ハ本当ノ硫酸ヲカケラレタト感シテ手テ水ヲ除ケ様トシマシタ。其ノ動作カ余リ滑稽テアツタノテ夫レニ暗示ヲ得テ多分木島テアツタト思ヒマスカ真物ノ硫酸ヲ持ツテ来テ小畑ノ腹ノ上ニカケマシタ。スルト段々硫酸カ滲ミ込ンテ来ルト見ヘテ痛カツテ居リマシタ」(袴田予審第14回.P.248)。「問 小畑ノ腹ニ誰カ硫酸ヲカケタ者カアツタノテハナイカ。答 小畑ヲ査問中私カ側ニアツタ薬鑵ヲ取リソラ硫酸ヲツケルゾト云ツテ中ノ水ヲ二、三滴垂シマスト小畑ハ大変狼狽シテ居リマシタ。其ノ中木島カ真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ小畑ノ腹部ニツケタノテス」(袴田第1審第2回.P.317)。「査問ノ状況ニ関シ木島カ硫酸ヲツケタト述ヘタカ後ニ取消シテ居ル」(宮本第9回.P.226−袴田控訴審公判陳述)。

 秋笹 硫酸第2段階他人(宮本カ誰カ)行為目撃陳述「宮本カ誰カカ硫酸ノ壜ヲ栓ヲシタル儘振廻シ、「付ケルゾ付ケルゾ」ト脅シタルハ可成リ効果アリタリ」(秋笹予審第14回.P.306)。

 逸見 硫酸第2段階・第3段階他人(木島)行為目撃陳述「又其ノ時小畑ヲ長ク寝カセテ押へ付ケ木島カ小畑ノ胸腹ノ処ヲ掻キ分ケテ腹部ヲ露出シ硫酸ノ瓶ヲ押シツケソラ硫酸ヲ付ケタゾ流レルゾト云ヒテ嚇シタリ、袴田ハ小畑ノ洋服ノスボンヲ外シテ其ノ腹脾ヲ露出シ…(中略)又此ノ間木島ハ硫酸ノ瓶ノ栓ヲ外シ小畑ノ下腹部ニ硫酸ヲタラタラトタラシ硫酸ノ付着シタル部分ハ直ク一寸巾位ニ赤クナリ少シスルト熱クナツタト見エ小畑ハ悶エ始メタリ」(逸見予審第18回.P.303)。

 木島 硫酸第3段階自己行為否認、第3段階他人行為目撃陳述「「硫酸」うんぬんは、袴田同志にたいする判決などによると、木島隆明(査問会場の警備員)の行為ということにされているようだが、当の木島は警察ではそれについて訊問さえされず、予審・公判で各一回だけきかれるが、いずれも否定している」(「文化評論」9月「小林論文」.P.50.新書)。宮本陳述内容を見ると、木島は硫酸第3段階自己行為は否認しているが、第3段階の他人行為目撃については是認の陳述をしていると考えられる。但しその内容は不明である。

 大泉 硫酸第3段階他人行為目撃陳述では、“硫酸をあびせられた”と警察で陳述した。

 宮本 「硫酸瓶・硫酸使用行為」「硫酸瓶の存在」全面否認陳述は以下である。逸見、木島陳述にたいして「逸見、木島ノ陳述ハ迎合的テアル。硫酸ヲカケタリ、炭団ヲ押シツケテリシタ事ハナイ」(宮本第4回.P.179)。「小畑ノ陳述モ其意ニ満タサル為、頭部ヲ殴打シ、腹部ニ炭団ヲ打当テ、硫酸ヲ注イタト云フ記載ニ付イテハ従来述ヘタ通リテ全然事実ニ反スル総テ木島、逸見ノ歪曲誇張シタ陳述ニ依リ左様認定ニナツタノテアル」(宮本第9回.P.235)。逸見陳述にたいして「木島カ硫酸ヲツケタト云フ事モ絶対ナイ」(宮本第8回.P.219)(宮本第10回.P.244)。袴田陳述にたいして「査問ノ状況ニ関シ木島カ硫酸ヲツケタト述ヘタカ後ニ取消シテ居ル」(宮本第9回.P.226)。秋笹陳述にたいして「宮本カ誰カカ硫酸ノ壜ヲ振廻シテツケルゾト嚇シタト述ヘテ居ル点ハ不実ノ事テアリ彼モ流石ニ公判テ取消シテ居ル。大体目隠シサレテ居ル者ニ見エテ居ルコトヲ前提トスル様ナ発言ハアリ得ス又ソモソモ硫酸瓶ノ存在ナルモノカ陳述ノ如ク根拠ノナイモノテアル」(宮本第10回.P.244)。硫酸云々の陳述記載にたいして「大体硫酸カアツタトノ推定カ根拠ノナイ事テ謄写版用ノ薬瓶カ一ツアツタ様タカ誰モ確実ニ硫酸トシテ断定シ得ル根拠モナク又誰一人硫酸ハツケタト自認シテモ居ラス法医学的ニモ証明サレテ居ナイノニ既定事実ノ如ク頭カラ硫酸云々ノ陳述記載トナツテ居ルハ誠ニ失当テアル」(宮本第10回.P.245)。

 査問関係者の陳述内容には、4つの点でかなり相違がある。イ.硫酸瓶が会場に存在したかどうか。「使用」陳述は「存在」を前提としている。ロ.硫酸第1段階脅迫行為で、薬鑵の水を「之は硫酸だ」といって小畑の腹にたらす行為。ハ.硫酸第2段階脅迫行為で、硫酸瓶を「硫酸をつけるぞ」といって腹にくっつける行為である。ニ.硫酸第3段階暴行行為で、真物の硫酸を小畑の腹につける行為である。

〔表20〕 硫酸の4つの問題

袴田

秋笹

逸見

木島

大泉

宮本

自己行為自認・否認

イ.硫酸瓶「存在」

×

袴田存在確認・並べ直し行為自認

ロ.第1段階脅迫

○自認

袴田−自己行為自認

ハ.第2段階脅迫

×

ニ.第3段階暴行

×

×木島否認

(○印−是認陳述、×印−否認陳述、印−実質的な是認)

 硫酸第1段階(脅迫行為)について、小畑は宮本陳述(P.244)のいうように目隠しのまま、査問されているので、その腹部へ「之ハ硫酸タ」といって薬鑵の水をたらす行為は脅迫効果がある。これは袴田中央委員が予審・第1審とも明白に自己行為自認として陳述しているので、事実である。袴田中央委員が自己行為として事実無根のことを陳述したとは考えられない。

 硫酸第2段階(脅迫行為)を陳述したのは秋笹・逸見2人であるが、その陳述内容を見ると、行為者が2人で相違している。第2段階自認者もいない。使用程度は、硫酸瓶をもった脅迫行為としては一致している。行為者の発言「付ケルゾ付ケルゾ」(秋笹)「付ケタゾ流レルゾ」という内容も一致している。行為そのものは、秋笹が振り廻したとしており、宮本陳述が批判しているが(P.244)、当然、これは瓶を腹に直接おしつける行為をともなっていると考える。一致点もあるが、2人の相違もあり、自認がないので、第2段階の存在有無については判断できない。

 硫酸第3段階(暴行行為)について、大泉陳述は自分が硫酸をつけられた訳でなく、第1段階の袴田の声、第2段階の秋笹・逸見陳述の声を目隠しのままで聞いた陳述である。直接目で見えていた訳ではない。袴田、逸見、木島3人であるが、その陳述内容を見ると、行為者として、袴田・逸見陳述は木島とした。当の木島は自己行為を否認し、他人行為目撃(但し、誰か不明)を陳述した。使用程度、付着量については、逸見は迎合的な誇張歪曲がある。瓶の蓋につけてつけたという袴田陳述であれば、硫酸痕跡はのこらないほどの識別不可能の場合もありうる。段階の連続性として、袴田第1→第3段階(それに暗示を得て)、逸見第2→第3段階(此ノ間)とのべており、袴田陳述は予審・第1審とも、第1と第3段階を連続的なもの、あるいは自己の第1段階行為を第3段階の誘発行為(=それに暗示を得て)としてのべている。硫酸痕跡問題をどう見るかは上記にのべた。一致点もあるが、相違の存在、自己行為自認者がないこと、硫酸痕跡がないことから、第3段階の存在有無についても判断できない。

 硫酸第2・第3段階行為のいずれかの存在可能性とその根拠を検討する。袴田陳述、秋笹陳述いずれも、2つの段階の連続的行為としてのべている。しかも袴田陳述の第1段階は予審・第1審とも自己行為自認であり、その自認内容は第3段階誘発行為(=それに暗示を得て)としてのべている。第1・第2段階は脅迫行為であるが、袴田・秋笹・逸見3人が行為者の発言をのべ、その内容でも完全に一致している。袴田「之ハ硫酸タト云ツテ脅シ乍ラ」(予審)、「ソラ硫酸ヲツケルゾト云ツテ」(第1審)。秋笹「「付ケルゾ付ケルゾ」ト脅シタルハ」。逸見「ソラ硫酸ヲ付ケタゾ流レルゾト云ヒテ嚇シタリ」と一致している。この行為者の脅迫的発言は目隠しされていた大泉の耳にも入って、1月15日〜18日の「硫酸をあびせ錐でつきさす」のデマ宣伝の根拠となった。袴田、秋笹、逸見とも、硫酸瓶の「蓋」「栓」についてのべている。これは硫酸であるため、その蓋・栓がしてあるかどうかは重要なこととして記憶にあったからである。袴田「真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ」(第1審)。秋笹「硫酸ノ瓶ヲ栓ヲシタル儘振廻し」。逸見「硫酸ノ瓶ノ栓ヲ外シ」。したがって、第2、第3段階のいずれかの存在可能性は高いが、どちらの段階かは判断できない。

 硫酸瓶の会場「存在」については袴田陳述が予審2回、第1審1回是認をした。その存在を前提とした使用陳述を入れれば、予審3回、第1審公判2回と計5回も是認している。秋笹、逸見、木島の「なんらかの使用」是認陳述は、その硫酸瓶の「存在」を当然の前提としている。大泉陳述は、23日午前10時頃の到着時以後ずっと目隠しされていたので、「硫酸をあびせられた」という陳述は上記の行為者の発言を耳できいただけで、目で硫酸瓶の「存在」を確認していない可能性は当然ある。これについては、大泉が予審第13回〜19回調書ではのべていないので、判断できない

 硫酸問題について、硫酸瓶の会場「存在」、硫酸第1段階袴田自認脅迫行為までは事実である。第2、第3段階の存在は、そのいずれかが存在したと推定はされるが、不明である。この点で硫酸瓶の会場「存在」を全面否認する宮本陳述は事実をのべていない。第1段階硫酸脅迫行為(=第3段階誘発行為としての陳述)は袴田自己行為自認であり、「なんらかの硫酸脅迫行為」は事実として存在した。そしてその「なんらかの硫酸脅迫行為」存在も全面否認している点では宮本陳述は事実をのべていない。そしてこの行為存在は、袴田陳述にある24日午前中であり、逸見陳述の24日午後説は迎合的陳述または記憶ちがいである。そこに宮本中央委員は同席しており、それを目撃している。

(4)、タドン使用行為

 秋笹 タドン使用自己行為自認陳述「自分ハタドンヲ火箸ニテ鋏ミ小畑ノ踵ノ辺ニ一回押シツケルト小畑ハ慌テテ足ヲ引込メタルコトアリ」(秋笹予審第13回.P.306)。

 袴田 他人(秋笹)行為目撃陳述「又秋笹ハ小畑ノ足ノ甲アタリニ火鉢ノタトンノ火ヲ持ツテ来テクツツケマシタ。スルト小畑ハ熱イ熱イト云ツテ足ヲ跳上ケマシタ。夫レカ為メタドンカ畳ノ上ニ散ツテ処々ニ焼跡ヲ拵ヘマシタ」(袴田予審第14回.P.248)。

 逸見 他人(秋笹)行為目撃陳述「秋笹カ火鉢ノ火ヲ鋏ミ来タル故(中略)秋笹ハ火ヲ小畑ノ両足ノ甲ニ載セタルトコロ小畑ハ熱イト叫ンテ足ヲハネルト火ハ付近ニ散乱シテ畳ヲ焦シタリ」(逸見予審第18回.P.303)。

 木島 他人(逸見)行為目撃陳述「其ノ他逸見カタドンヲツケタトカ全部相違シテ居ル」(宮本第8回での木島陳述批判個所、P.214)。

 宮本 「タドン使用行為」全面否認陳述「逸見・木島ノ陳述ハ迎合的テアル。硫酸ヲカケタリ、炭火ヲ押シツケタリシタ事ハナイ」(宮本第4回.P.179)。「腹部ニ炭火ヲ打当テト云フ記載ニツイテハ全部事実ニ反スル。総テ木島・逸見ノ歪曲誇張シタ陳述ニ依リ左様認定ニナッタ」(宮本第9回.P.235)。

 タドン使用については、秋笹が非転向時・予審で明白に自己行為自認をしている。袴田陳述も予審で秋笹と同一内容で陳述し、第1審では聞かれていないのでのべていない。

〔表21〕 秋笹・袴田・逸見3人のタドン使用行為細部までの完全一致

秋笹(非転向時)

袴田(非転向)

逸見(転向)

イ.行為者

秋笹(自認)

秋笹

秋笹

ロ.対象者

小畑

小畑

小畑

ハ.個所

踵ノ辺

足ノ甲アタリニ

両足ノ甲ニ

ニ.行為

押シツケルト

クツツケマシタ

載セタルトコロ

ホ.小畑の反応

慌テテ足ヲ引込メ

足ヲ跳上ケマシタ

足ヲハネルト

ヘ.小畑の声

熱イ熱イト云ツテ

熱イト叫ンテ

ト.畳の焼跡

タドンカ畳ノ上ニ散ツテ処々ニ焼跡ヲ拵ヘマシタ

火ハ付近ニ散乱シテ畳ヲ焦シタリ

チ.日時

23日午後2時頃

24日午前中

24日午後1時頃より

 日時のみ相違しているが、これは秋笹の記憶ちがい、逸見の迎合的あるいは記憶ちがいの陳述である。袴田陳述の24日午前中が事実である。確定判決も24日午前中の事実認定をしている。木島は宮本陳述によれば、逸見行為として陳述しているが、3人の細部にいたるまでの一致、秋笹自身の自己行為自認からいって、秋笹行為である。足の甲に火傷がないという法医学的痕跡有無への判断は上記にのべた。

 宮本陳述は、「タドン使用」を木島、逸見の転向による迎合的陳述のせいにして全面否認した。しかし、上記(1)〜(4)から見て、宮本中央委員をのぞく査問者4人全員(但し、木島は査問委員でないが、査問参加)が上記内容で是認しており、「タドン使用」は事実であり、それを全面否認する宮本陳述は真実・真相をのべていない。24日午前中査問に宮本中央委員は参加し、その行為を目撃している。「何レモ目撃シテ居ナイカ」(P.245)という陳述内容はこの「タドン使用行為」目撃についても事実をのべていない。

(5)、針金使用行為(その「存在」を前提)

 袴田陳述「この時も小畑は座敷の中央寄りに手足を細引と針金でしばり、頭からオーバーをかぶせてその上をしばったまま座らせてあったのです。大泉は足首と両手を後で同様に細引と針金でしばり」(袴田、警察第8回聴取書、朝日ジャーナル2.20号.P.36)。「ソシテ大泉・小畑両名ヲ更ニ細引、針金等テ縛リ直シ猿轡目隠シヲ施シ」(袴田予審第11回.P232)。「此ノ時モ小畑ハ手足ヲ細引ト針金テ縛ラレ頭カラオーバーヲ着セ其上ヲ何カテ縛ツタ儘座ラセテアリマシタ。大泉ハ足首ト両手トヲ後テ前回同様細引ト針金テ縛ハリ」(袴田予審第12回.P238)。

 秋笹陳述「昭和八年十二月二十三日自分達カ小畑・大泉ヲ自分方「アヂト」ニ誘致シテ同人等ヲ針金、細引ヲ以テ其ノ手足ヲ縛リ査問シタル際」(秋笹予審第13回.P306)。

 逸見陳述「此ノ小畑ノ査問中ハ同人ノ両手ヲ後ニ廻シ針金ト縄テ縛リ、足モ同様針金ト縄テグルグル廻シニ縛リタル儘ニテ訊問シタルモノナリ。ソレヨリ大泉ヲ同人モ同様針金縄等ヲ以テ手足ヲ縛リタル儘訊問シタリ」(逸見予審第18回.P302)。

 木島陳述「其ノ時二階ニハ大泉カ手足ヲ針金・細引ニテ縛ラレ、顔ニハオーバーヲ被セラレ、其ノ上ヲ風呂敷ヤ手拭ニテ縛ラレテ座敷ニ座ラサレ居リ、小畑ハ同様縛ラレテ押入ノ中ニ」(木島予審第1518回.P304)。

 大泉陳述「右両名及秋笹・袴田等ハ之ヨリ自分ヲ査問スルト申向ケ直ニ針金ニテ手足ヲ縛ラレテ押入ニ入レラレタリ」(大泉予審第1618回.P307)。

 宮本「針金使用行為」全面否認陳述「又些少ノ縛創性痕カアリ針金テ出来ルモノテアルト推定シテ居ルカ査問打切後モ大泉ハソンナ傷ナンカヲ訴ヘタ事モナク我々ニモ認メテ居ナイ。其ノ原因ニ付イテノ推定モ前述ノ如ク根拠薄弱テアリ」(宮本第8回.P211)。「両名ヲ制縛シ目隠シヲシタ事ハ誤リナイカ麻縄ヤ針金ヲ使ツタカ否カハ私ハヨク分ラナイ。唯暴レナイ様ニ制縛シタノテアル」(宮本第9回.P233)。

 針金の用意・存在については袴田陳述が予審・第1審公判で一貫して是認している。2人の制縛において、細引の使用のみでなく、針金も使用していたことについては査問関係者6人中宮本中央委員をのぞく他5人全員が上記のように完全に一致している。袴田中央委員は非転向陳述、秋笹中央委員も非転向時陳述であり、この2人が転向者2人、スパイ大泉と完全一致している。これは針金使用行為が事実であり、したがって針金「存在」も事実であつたことを示している。

 5人完全一致の針金使用是認陳述(その「存在」も当然の前提)にたいして、宮本陳述は上記のように「ヨク分ラナイ」として基本的に否認し、針金「存在」・「使用」について一切認めていない。現在の党説明でも針金「存在」・「使用」について一切是認していない。「針金ヲ使ツタカ否カハ私ハヨク分ラナイ」という基本的否認は上記全体にてらして真実・真相をのべていない。宮本中央委員は針金使用は“よくわかっていた”し、針金使用を目撃していた。したがって、針金使用否認の宮本陳述内容も事実をのべていない。

〔表22〕 2つの事実問題での宮本陳述の非事実性部分

「存在」全面否認の事実性

行為・「使用」全面否認の事実性

行為目撃全面否認の事実性

1)なぐるける

×(非事実)

×(非事実)

2)斧

×(非事実)

×(非事実)

×(非事実)

3)硫酸瓶・硫酸

×(非事実)

×(第1段階非事実)

(第2・3段階不明)

×(第1段階非事実)

(第2・3段階不明)

4)タドン

×(非事実)

×(非事実)

5)針金

×(非事実)

×(非事実)

×(非事実)

 

 5項目での「存在」、「使用」行為、行為目撃についての宮本全面否認部分については3)硫酸瓶・硫酸使用第2・3段階不明をのぞけば、それは事実をのべていず、その陳述部分は真実・真相ではない。

3)、当時否認の正当性と現在否定の誤り

(1)、当時否認の正当性

 宮本再開第1審公判時の条件(1944年6月13日)

 特高はこのスパイ査問問題の大泉による報告当初(1934年1月15日逃亡)から、その真相究明などは基本的に眼中になく、これを『共産党をデマる為に絶好の材料』(山縣警部−宮本第1回公判.P.28)、チャンスとして最大限に利用するという立場をとり続けた。そこから、1月15日〜18日の第1波デマ宣伝、5月21日〈本日記事解禁〉以後の第2波デマ宣伝を通じて、下記の4つのデッチ上げを準備し、綿密に行った。

 〈第1のデッチ上げ〉 治安維持法による共産党・共産主義思想=悪、犯罪者・犯罪という事実無根のデッチ上げ。これは従来から行なわれていた。〈第2のデッチ上げ〉 スパイ査問事件での事実無根のデッチ上げ。とくに、査問原因、小畑死因・死亡の性質、および暴行行為について「指導権争い」、「殺害を共謀、殺意の存在」「リンチ、リンチ殺人」というデッチ上げ。〈第3のデッチ上げ〉 スパイ査問事件での事実の程度の誇張歪曲のデッチ上げ。とくに、暴行・脅迫行為事実誇張歪曲。〈第4のデッチ上げ〉 スパイ査問事件での事実の性質のすりかえのデッチ上げ。これらの、第2〜第4のデッチ上げの内容・項目は後でのべる。

 予審・第1審公判とも基本的に特高筋書き通りの予審終結決定、判決を行った。大泉・木島・逸見の陳述をもとにその筋書きを作り、(1)指導権争い(2)殺害を共謀(3)リンチという構成でデマ宣伝を行なった。袴田中央委員は、検挙後(1935年3月4日)、それらに反撥し、スパイ査問事件について事実でもって3つの構成の1つ1つに反論し、取調べにもその意図でもって応じたにも拘らず、被告側に有利なことは一切認めない予審終結決定となった。確定判決の事実認定も古畑鑑定による小畑死因をはじめ、若干変更はあっても基本的に同一のものとなった。警察・予審で完全黙秘の宮本中央委員にたいしても全く同じ趣旨・内容の予審終結決定を行うというデッチ上げを行い、暴行行為についても一切行為者の特定をせず、一同の行為とした。宮本中央委員の腸結核中断後による宮本第1審再開公判時(1944年)においては、他の査問関係被告の公判は終了し、判決確定していた。裁判所側は、宮本公判当初は併合希望者について宮本、袴田、秋笹3人の併合審理を行なった。しかし、宮本中央委員の病気回復後は形式的に公判を行い、他関係被告確定判決と同一内容の判決を出すために再開したのであって、宮本再開公判によってスパイ査問事件の新しい真相究明をしようとする意図は裁判所側にも検察側にもまったくなかった。

 その根拠として、以下がある。宮本陳述にたいして、裁判長も検事も人定尋問などをのぞいてほとんど質問・反論をしなかった。判決を同一内容文で出すために宮本被告に“云わせるだけ云わせる”目的であった。宮本被告の要求した4人の証人尋問を全部拒否した。袴田確定判決(1942年)内容と宮本確定判決(1945年)内容とを比較して見ればそこには字句上の若干の変更以外はなんの変更もない。宮本確定判決文は宮本再開第1審公判の開始以前に同一内容文が書き上げられていた。さらに、この裁判が、スパイ査問事件での刑事裁判というより、転向・非転向を量刑基準とした明白な治安維持法による思想裁判であることは、すでに確定判決の出ている5人の量刑差で明らかであった。

 その条件下での宮本中央委員の全面否認陳述という闘争方針、態度の正当性

 「リンチ」(私的に刑を科した制裁行為)という予断の下に、査問の付随的手段・方法としての非系統的・非計画的な暴行・脅迫行為にたいして、その事実程度誇張歪曲のデッチ上げ(とくに大泉陳述)、事実無根のデッチ上げ(村上・宮永鑑定書−後にのべる)をし、外傷即暴行という確定判決が同一事件被告らにたいして出ている中で、宮本被告の再開第1審公判闘争としては、イ.器物存在が“完全に”確認、証明されていないものの全面否認=「存在」の全面否認。ロ.法医学的痕跡・証拠のないものの全面否認=行為・「使用」行為の全面否認。ハ.自己行為の否認があるものの全面否認=硫酸問題の全面否認。ニ.「異常な物音をきかなかった」という隣家証言をもとにした行為・「使用」行為の全面否認などをするのは当然であり、当時の上記条件下の公判闘争方針として完全に正しい。

 裁判所・検察側とも、2つの事実問題について新しい真相究明の意図はなく、4種類のデッチ上げを基本とした事実認定にもとづいて、1人だけ腸結核で遅れていた宮本被告公判を同一内容文で終結させることのみを目的とした。そこで、宮本被告は、上記4つの種類のデッチ上げ(内容は後でのべる)を他5人全員の判決が確定している中で、くつがえすための英雄的な真相究明の闘争を行った。デッチ上げの最大根拠となっている2つの事実問題については全面否認した。それについて袴田被告のようにデッチ上げ部分を否認・反論し、事実部分のみを是認するという真相究明の是認・否認方法をとって事実を主張しても、それをとり入れず4つのデッチ上げにもとづいた確定判決を出してくる以上、次の段階での闘争は、その2つの事実問題の全面否認しかなかった。これにたいして、宮本中央委員が“2つの事実問題でウソをついていた”と宮本中央委員のおかれていた条件を切り離して、その闘争方針、態度を非難できる者は1人もいない。また3人併合審理でなく、宮本被告1人の公判であり、自分が4項目の暴行行為に直接参加していないのに予審終結決定および他被告確定判決で「一同が」というデッチ上げの事実認定をしている以上、「一同」として宮本中央委員の行為参加をもふくめる誤った事実認定を全面否認することも完全に正しかった。

(2)、“当時条件下での正当性”とその内容の非事実性との区別

 1944年当時条件下での2つの事実問題にたいする全面否認方針は治安維持法裁判公判闘争として正当であり、完全に正しい。その意味で、第5・第9項目をのぞく他の部分の宮本陳述全体の事実性・真相究明性と合わせて「宮本顕治公判記録」はまさに英雄的闘争の歴史的文書である。現時点において、この文書を大いに普及することも正しい。

 しかし、それをスパイ査問事件43年後の1976年度に、宮本再開公判32年後の今日において、2つの事実問題について“それはすべて事実無根のデッチ上げである”というのにとどめるのならよい。しかし、現在の党はそれだけでなく、さらに踏みこんだ見解を発表した。『2つの事実問題での袴田陳述(是認部分)内容は事実に合致しない。その是認する「暴行脅迫」など到底ありえない。袴田同志が警察・予審の「密室審理」に応じたのは誤りであった』として袴田陳述内容の2つの事実問題の是認部分の事実性を全面否認・批判し、袴田同志の闘争方法について43年後において自己批判論文を発表させ、他の2論文でも批判した。一方で、宮本陳述については、その闘争の正当性とともに、“その陳述内容は2つの事実問題もふくめてすべて事実であり、事実・真相である”と言い張った。事実問題でいえば、袴田陳述も「部分的不正確」「誇張歪曲部分」などの部分的問題点を当然もっていても、2つの事実問題では上記全体で検討したように袴田陳述内容は基本的には事実をのべている。特高のデマ・デッチ上げにたいして真実・真相を主張しており、宮本陳述こそ2つの事実問題では当時の条件下での正当性をもっていても事実をのべていず、上記にのべた否認部分は真実・真相ではない。

 反共謀略側によってしかけられた攻撃への対応としてであっても、現在の条件・情勢においては袴田陳述の事実性を認めるべきである。この意見の政治判断の根拠は〔第4の誤り〕でのべる。党は宮本陳述全体の闘争としての正当性と2つの事実問題での上記否認部分の非事実性とを区別して歴史的事実の解明を行うべきである。

(3)、現在否定の誤り

 反共謀略の立場は、リンチ「有」で、かつ、「解剖検査記録」「確定判決」内容の事実性の完全肯定をしている。それにたいして、現在の党の説明は、暴行行為「無」という全面否認の宮本陳述が唯一正しいとする。私の立場は、暴行行為「有」のうちで、4項目の事実とその「程度」についての是認、かつ「解剖検査記録」「確定判決」内容の事実性の基本的否定である。「解剖検査記録」「確定判決」の基本的否定内容は後にのべる。当時、宮本中央委員は下記3証拠で、全面否認したが、これはその条件下での公判闘争としては正当化される。但し、4項目否認は事実ではなく、4項目行為は存在した。現情勢で、下記3証拠に基づく暴行『無』主張は誤りである。現在否定の論理と証拠を検討する。

 法医学的証拠による現在否定は、誤りである。当時は、「解剖検査記録」批判、「宮永村上鑑定書」批判、「古畑鑑定書」の全面批判をしている。硫酸の痕跡なし事実により、「法医学的ニモ証明サレテ居ナイノニ…」(宮本第10回.P.245)として、硫酸瓶の存在、使用を全面否認している。現在も、硫酸の痕跡なし―→したがって硫酸をつける行為は一切なかった。タドンの火の痕跡なし―→したがって、タドンをつける行為は一切なかったと説明している

 “硫酸痕跡のないこと”は硫酸問題「無」の決定的根拠となりうるかどうか(?)

〔表23〕 関係者陳述証拠と法医学的証拠

性質

自己行為自認

他人行為目撃陳述

硫酸痕跡

硫酸第1段階

脅迫

○(袴田)

/(発生せず)

第2段階

脅迫

/なし

○(逸見、秋笹2人)

/(〃)

第3段階

暴行

/なし

○(袴田、逸見、木島3人)

×(痕跡なし)

×(木島否認)

(大泉も入れれば4人)

 “硫酸痕跡のないこと”の硫酸問題「無」の証拠能力

 第1・第2段階の脅迫行為それ自体はなんの痕跡も発生させないものであるため、“硫酸痕跡のないこと”は第1・第2段階の「有・無」問題にはなんの証拠能力をもたない。“硫酸痕跡のないこと”でもってその段階の関係者陳述内容の事実性を否定することは論理的に出来ない。

 第3段階「有・無」問題にたいしては、硫酸使用の程度問題に応じて、その証拠能力は異る。硫酸使用の程度問題として下記の4つの程度がある。1)「硫酸をあびせる」特高・大泉の宣伝(1月15日〜18日)。2)「硫酸ヲ注グ」確定判決、予審終結決定。3)「硫酸ヲタラタラトタラシ硫酸ノ付着シタル部分ハ直グ一寸巾位ニ赤クナリ少シスルト熱クナツタト見エ小畑ハ悶エ始メタリ」逸見予審第18回.(P.303)。4)「真物ノ硫酸ヲ持ツテ来テ小畑ノ腹ノ上ヘカケマシタ。スルト段々硫酸カ滲ミコンテ来ルト見エテ痛カツテ居リマシタ」袴田予審第14回(P.248)。「其ノ中木島カ真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ小畑ノ腹部ヘツケタノテス」袴田第1審第2回.(P.317)。第3段階の4つの程度と“硫酸痕跡のないこと”との関係には、次の3つのケースがありうる。

 〈硫酸痕跡発生かつ識別可能ケース〉 一般的に硫酸が皮膚へ付着した場合、その部分は褐色または黒褐色に変色する。あるいは「先づ白色の痂皮をつくり、ついで黒変する」(上野正吉著「新法医学」.P.270)。上記1)、2)、3)の程度の場合には、そのような硫酸痕跡は必ず発生し、死後土中24日経過時点でも識別可能である。したがって、“硫酸痕跡のないこと”は上記1)、2)、3)の程度の第3段階行為「無」の決定的証拠となっている。〈硫酸痕跡、発生可能性不明ケース〉 上記4)「硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ腹部ヘツケル」(袴田第1審陳述)程度のようなごく微量の硫酸付着の場合、法医学的に見て、必ず硫酸痕跡が発生し、残るかどうか。そのようなごく微量の場合でも、無条件的に上記変色が発生し、残るのであれば、第3段階「無」の決定的証拠となる。しかし、そういう可能性不明の場合には、微量の硫酸付着行為「無」の決定的証拠にはなりえない。〈硫酸痕跡識別可能性不明ケース〉 上記4)程度のごく微量の硫酸付着の場合で、かつ、硫酸痕跡が発生している場合、死後土中24日間(1224日〜1月17日)経過時点での下記腹部状態で、その識別可能かどうか。「(外表検査の腹部部分全文)六.腹部著シク陥没シ弛緩ス左側腹部(腸骨前上棘部より後方)ハ殆ント全般ニ亘リ淡褐色ヲ呈シ被壁ニ富ミ白色ノ黴ヲ発生シ之ヲ水洗スルニ其際絨毛状ヲ呈ス。(5)右側腹部(腸骨前上棘ノ前方約四指横経、臍窩ノ右方約四指横経)ノ処ニ於テ約大豆大ノ部ハ淡赤色ニ透見セラレテ剖ヲ加フルニ皮膚組織ハ蒼白、皮下組織間ニ同大ノ出血ヲ認ム。右腸窩部約手掌面大ノ部ハ淡藍色調ヲ帯フ臍骨周囲及其下方ニ約三・五仙迷長ノ黒毛数条ヲ有ス。其他ニ損傷異常ナシ」(前衛9月.P.151.「解剖検査記録」)。この腹部状況で、識別可能かどうか不明である。

 したがって、“硫酸痕跡のないこと”は第3段階の1)、2)、3)使用程度にたいしては、その「無」の決定的証拠となるが、第3段階の4)使用程度(袴田第1審陳述)にたいしては、その行為「無」の決定的証拠になりうるかどうかは不明である。

 “タドン使用痕跡(=火傷)のないこと”は使用行為「無」の決定的根拠となるかどうか(?)

 タドン使用程度問題に応じて、その証拠能力は異る。タドン使用程度問題として2つの種類がある。1)「炭火ヲ押当テ」予審終結決定。「炭団火ヲ押シ付ケ」確定判決。2)「自分ハタドンヲ踵ノ辺ニ一回押シツケルト小畑ハ慌テテ足ヲ引込メタルコトアリ」(秋笹予審第13回.P.306)。「足ノ甲アタリニタドンノ火ヲクツツケマシタ。スルト小畑ハ熱イ熱イト云ツテ足ヲ蹴上ケマシタ。」(袴田予審第14回.P.148)。「火針ノ火ヲ…両足ノ甲ニ載セタルトコロ、小畑ハ熱イト叫ンテ足ヲ跳ネルト」(逸見予審第18回.P.303)。この2つの程度と“タドン使用痕跡(=火傷)のないこと”との関係には、次の3つのケースがありうる。

 〈タドン使用痕跡(=火傷)発生ケース〉 一般的にタドンを足の甲または踵の辺に「数秒間」押しつければ、あるいは「2〜3秒間持続的に」押しつければ、火傷はほぼ100%の確率で発生する。上記1)の程度は、その時間などはふれていないが、押しつけ持続を意味している。したがって“火傷がないこと”は上記程度の持続または1)程度の強い「押当テ」「押シ付ケ」行為「無」の決定的証拠となっている。〈タドン使用痕跡(=火傷)不発生ケース〉 3人陳述の2)程度は、その行為がごく「瞬間的」なものであることを示している。3人陳述に共通しているのは、イ.タドンの火をくっつけ、またはのせた。ロ.小畑は即座に、「瞬間的」に、足を引込めまたは足を跳上げた。ハ.したがって小畑の足は誰からも押えられていなかった、である。このような「瞬間的」な場合には、その時点でも火傷は発生しない場合が多い。“タドン使用痕跡がないこと”は、3人の2)程度行為「無」の決定的証拠にはならない。〈タドン使用痕跡(=火傷)の識別不能ケース〉 上記2)程度の行為で、かつ、火傷が発生している場合、死後土中24日間経過の時点の下記、足背状態でその識別可能かどうか。「(外表検査一、表皮剥奪部記載)左側踵部、左上膝外側、右上膝外側及同前膊内側臀部左側及足背等ニ於テ約手拳面大及至二倍手拳面大ノ表皮剥奪部ヲ存シ帯紅蒼白ノ真皮面ヲ露出シ孰レモ土砂ヲ以テ汚染セラル」(前衛9月.P.150.「解剖検査記録」)。この足背の表皮剥奪状態では、たとえ、上記2)程度の行為による火傷が発生していた場合でも、そのタドン使用痕跡(=火傷)は識別不能である。

 したがって“タドン使用痕跡(=火傷)のないこと”は、上記1)程度使用行為にたいしては、その「無」の決定的証拠となるが、3人陳述の2)程度使用行為にたいしては、その行為「無」の決定的証拠にならない。

 査問関係者陳述証拠による現在否定は、誤りである。当時、宮本中央委員は各関係者陳述への批判を、大泉、木島、逸見、秋笹、袴田全員にたいして行っている。「誰一人硫酸ハツケタト自認シテモ居ラス」(宮本第10回.P.245)。但し、上記にのべた第1〜第4項目の自己行為自認部分については“直接的”には批判していない。その自認陳述部分への批判を行なわずに、行為そのものの存在を全面否認している。自認部分については、それを取り上げるべきでないことを主張している。「又、各被告人カ自己ノ行動トシテ述ヘテ居ル部分ハ極些少ノモノ故特ニ之ヲ取立ツヘキテナイコトモ屡々述ヘタ通リテアル」(宮本第14回公判.P.280)。

 現在も、党説明や「小林論文」(P.50515455)などは次を主張している。(1)誰1人硫酸はつけたと自認していない。木島も自己行為について否定している―→したがって硫酸をつける行為は一切ない。(2)宮本同志は全訴訟関係記録を検討し、“証拠”とされているもののすべてに具体的に反論した―→したがって宮本同志の陳述こそ真相究明の基礎である。袴田予審調書の書くごとき「暴行脅迫」などは一切存在しない。この現在否定が非事実性であることは上記全体でのべたし、後でものべる。

 隣家証言証拠による現在否定は、誤りである。当時は、堀川、橋爪、黒石三名の隣家証言にもとづき、暴行行為の存在を全面否認した(宮本第4回公判.P.179.第10回公判.P.243)。現在も、次を主張している。堀川、橋爪、石黒の隣家主婦は3人とも異常な物音をきいていない。堀川証言「別に悲鳴をあげる声や人を殴打するような声は聞えませんでした」(「小林論文」P.50)―→したがって暴行などは一切存在しなかった。“3人とも異常な物音をきいていないこと”は上記4項目の暴行・脅迫行為「無」の決定的証拠になりうるかどうか。

〔表24〕 物音発生行為とその物音程度

性質

回数

イ.行為自体の物音

ロ.行為者の声

ハ.対象者の声

1)なぐるける

暴行

数回

○(多少)

○「云いながら」(逸見、袴田)

×(だれも陳述していない−袴田、逸見、木島)

2)斧使用

暴行

1回

×

○「コラ本当ノコトヲ云ワヌカ」(袴田)「何故嘘ヲ云フノカト」(逸見)

×(〃−袴田、秋笹、逸見、木島)

3)硫酸使用

第1段階

脅迫

1回

×

○「之ハ硫酸タト云ツテ」(袴田)「ソラ硫酸ヲツケルゾト云ツテ」(袴田)

×(〃−袴田)

第2段階

1回

×

○「ソラ硫酸ヲツケタゾ流レルゾ」(逸見)「付ケルゾ付ケルゾト」(秋笹)

×(〃−逸見、秋笹)

第3段階

暴行

1回

×

×

×(〃−袴田、逸見、木島)

4)タドン使用

1回

×

×

○「熱イ熱イト云ツテ」(袴田)「熱イト叫ンテ」(逸見)

5)錐使用

1回

×

×

○「痛イト悲鳴ヲ上ケテ」(袴田)

物音、声計

物音程度印…通常の査問の問答以上の音  ○印…通常の査問の

問答程度またはそれ以下の音  ×印…物音はなんら発生していない

 ×印について、イ、ロ、ハそれぞれ物音は発生していない。◎印の物音があったとの陳述はない。したがって、物音発生行為は上記イ−1、ロ−4、ハ−2の計7つである。

 物音発生行為の7つの物音程度とも、◎印(通常の査問問答以上の音)ではなく、○印(通常の査問の問答程度またはそれ以下の音)であるという判断根拠

 〈根拠(1)〉 この4項目暴行・脅迫行為の性質からいって、イ、ロ、ハとも通常の問答以上の音は発生しない。錐は不明でのぞく。第一、これは査問の基本的な手段・方法ではなく、あくまで、査問は訊問予定表にもとづくスパイ容疑追求問答が基本であり、静粛に行なわれた。査問途中で、付随的な手段・方法として暴行・脅迫行為が発生した。それは査問をすすめるという意図であるため査問問答以上の大きな物音は発生しない。第二、これは系統的・計画的な暴行行為ではなく、査問中で、断続的・バラバラの(=非系統的)かつ衝動的・思いつき的の(=非計画的)なものであった。2)、3)、4)項目の行為陳述内容を見ればまったくの思いつきによる衝動的な行為である。そのような非系統的・非計画的な暴行・脅迫行為であるので、査問問答以上の大きな物音は発生しない。第三、暴力行使それ自体を目的とする「リンチ」とは本質的にことなっている。昔、アメリカで、黒人などを“私的”にしばり首にしたりして制裁したり、“私的”に刑を科する行為を「リンチ」という言葉は意味しているが、そもそもこの査問行為はスパイ容疑者にたいする最初からの制裁とか、スパイへの刑を科する行為を目的としたものではまったくない。容疑内容を訊問予定表にもとづいて2人に問いただすことが本来の目的であって、それ以外の暴行行使の目的などなんら存在していない。これを“私的制裁” “私的に刑を科する行為”としての「リンチ」行為としたのは特高とスパイ大泉のデッチ上げのさいたるものであった。厳密な意味での「リンチ」目的・「リンチ」行為などは方針上でも、事実上でもまったく存在しておらず、存在したのは、4項目暴行・脅迫行為のみであったため、その行為には通常の査問問答以上の物音はイ、ロ、ハとも発生しない。

 〈根拠(2)〉 上記イ、ロ、ハの7つの物音発生の個々を検討しても、それらは◎印の程度を意味しない。イ.行為1)なぐるけるの物音について、数回の行為、あるいは、袴田・逸見自認行為を見ても、多少物音は出て、二階にいる者には聞えるにしても、その物音が上記第一、二、三として行なわれているとき、隣家に聞える程の物音になるとは常識的にいってありえない。ロ.行為者声2)、3)の第1段階、第2段階の物音では、2)の物音は、袴田第1審第2回(P.317)、逸見予審第18回(P.302)にある。いずれも通常の問答程度のものであり、それ以上の声ではない。3)第1段階は、袴田予審第14回(P.248)、袴田第1審第2回(P.317)だが、これも、上記と同じである。3)第2段階は、逸見予審第18回(P.303)、秋笹予審第14回(P.306)だが、これも、上記と同じである。この3つとも、2)の行為も合わせて、脅迫行為であり、その脅迫の声としては通常の査問問答以上の声ではない。ハ.対象者声4)、5)の物音について、4)の物音は、袴田予審第14回(P.248)、逸見予審第18回(P.303)にある。。5)の物音は、袴田予審第14回(P.248)にある。この4)、5)の声とも、会場外へ助けを求めるような性質、目的の声、大声、叫びではなく、その暴行行為で思わず出した声である。通常の査問問答程度であるという判断根拠は次の通りである。但し、5)の行為存在は不明である。袴田陳述でのべているので、検討する。斧二挺、出刃包丁二挺、ピストル二挺が威嚇用目的で存在し、並べられていた。本人査問時でも、他1人への査問時でも目隠しされ、細引・針金で制縛されており、行動の自由はなかった。査問通告時からすでに、2人とも哀願的態度をとり、くりかえし謝罪、哀訴、嘆願をしていた(宮本第4回公判.P.176、宮本「スパイ挑発との闘争」P.13)。それらの状況で、上記4)、5)の暴行をうけた瞬間の声は、その暴行にたいして思わず出した声であって、それは外部ヘ助命を求める目的の叫び・悲鳴とは声の程度が異なる。小畑1224日逃亡企て、大泉1月15日逃亡のように、逃亡意志は発生しても、逃亡瞬間ならともかく、査問中での上記性質の暴行瞬間には外部に助命を求める目的での大声は出ない、出さないのが常識的見方である。また、その4)、5)時点の袴田、逸見陳述を見ても、小畑逃亡時の大声以外は叫び、悲鳴発生をのべていない。そして、小畑逃亡企て瞬間の声は、宮本、袴田、逸見、木島、秋笹5人の関係者全員一致で、声程度について「大声」としてのべている。

 ○印7つの物音程度と隣家での物音内容識別可能性有無

 7つともが、査問問答程度またはそれ以下の物音である場合、たとえ、それが隣家にきこえたにしても、通常会話、話し声程度の査問問答と上記イ、ロ、ハとを内容的に識別することは可能かどうか。1)の物音は、通常の査問の問答程度またはそれ以下であり、普通では隣家へ聞える筈がない。2)、3)の声は、通常の査問問答程度のものである。4)、5)は、外部に助けを求める声でない以上、通常の査問問答程度のものである。それらが、たとえ隣家へ聞こえても、通常会話、話し声と7つの物音とは識別不可能である。これらの物音が聞こえても、それが通常会話、話し声と識別不可能であるなら、前者は“異常な物音”としては聞こえない。“隣家主婦3人が異常な物音を聞かなかったこと”は4項目暴行・脅迫行為「無」の決定的証拠にならないだけでなく、その証拠能力を基本的にもちえない。“隣家が異常な物音をきかなかったこと”と4項目暴行行為とその程度「有」とはなんら矛盾せず、両立する。但し、錐使用もふくめ5項目暴行行為程度が「リンチ」「斧で乱打」「硫酸をあびせる、注ぐ」「錐で突きさし」等の特高警察や大泉のデッチ上げ内容や予審終結認定、確定判決事実認定などの程度であるというのであれば、“隣家が異常な物音をきかなかったこと”とは完全に矛盾し両立しない。その程度であればイ、ロ、ハとも隣家にきこえ、異常な物音として識別可能な物音が発生する。したがって“隣家が異常な物音をきかなかったこと”は、このような特高や大泉のデッチ上げた程度の暴行行為「無」の決定的証拠となる。

 

分析(4) 暴行行為の項目・程度・性質の真相

 5項目の暴行・脅迫行為とその程度、性質の真相は以下である。

(1)、なぐるける行為とその程度

 行為者・回数・対象者  袴田は、2回(自己行為自認)、大泉を1回、小畑を1回なぐった(第1審.P.315P.317)。逸見は、1回(自己行為自認)小畑をけとばした(逸見予審第18回.亀山著書P.302)。木島は、(自己行為自認)「アヂラレタカラヤツタ」(宮本第8回公判.P.213)がある。自己行為自認としてのなぐるけるは3人であり、これは自認である以上事実である。他人行為目撃としてのなぐるける行為は、袴田、逸見、大泉にいろいろあるが、その事実性については不明である。

 程度  (1)痕跡発生程度 大泉には、査問22日後(1月15日逃亡)で、縛創(1月15日まで縛られていた)以外はなんの外傷・内出血もない。小畑「解剖検査記録」の外傷・皮下出血については後で検討する。(2)物音発生程度では、イ.なぐるける行為自体の音。ロ.行為者声、ハ.対象者声とも査問の通常の問答の声以上の物音は発生していない。袴田陳述全体にもなぐるける行為による“それ以上”の物音発生はない。

(2)、斧使用行為とその程度

 行為者、回数、対象者  行為者は、秋笹(自己行為自認、袴田陳述、逸見陳述と一致)で、他に使用者なし。「有リ合ワセタル物ニテ大泉ヲ小突イタ様ナ記憶アリ」(秋笹予審第14回.亀山著書.P.306)。回数は、1回のみである。23日はなく、24日1回のみ。対象者は、小畑にではなく、大泉にたいしてのみ1回小突いた。小畑には1回も斧を使用していない。

 程度  (1)程度として、斧の背中(峰)でこら本当のことを云わぬかと大泉の頭を小突いた。血が二、三滴流れた。(2)痕跡発生程度では、大泉の査問後22日経過時点の「中村検診書」にも痕跡なかった。(3)物音発生程度(=査問の通常問答以上の物音発生有無)では、斧で頭を小突く物音、対象者声のいずれも発生していない。秋笹、袴田、逸見とも大泉が斧使用時に悲鳴をあげたとのべていない。

 

(3)、硫酸瓶・硫酸使用行為とその段階・程度

 硫酸瓶の会場存在  存在確認自認では、袴田は並べ直しの自己行為自認もした。硫酸瓶・硫酸の「なんらかの使用」陳述者=その「存在」を前提では、大泉、木島、逸見、秋笹、袴田5人が一致している。「存在」否認者は、関係者6人中、宮本中央委員1人のみである。スパイ1人、転向者2人、予審非転向の非転向時陳述者2人の計5人の上記一致から見て、硫酸1瓶は会場に存在した。

 使用段階と程度

第1段階について、袴田自己行為自認陳述は、薬鑵の水を硫酸とする脅迫行為、かつ第3段階の前段階行為として、「薬鑵ノ水ヲ硫酸タト云ツテ脅シ乍ラ小畑ノ腹ノ上ヘ振リカケマスト、夫レニ暗示ヲ得テ多分木島テアツタト思ヒマスカ真物ノ硫酸ヲ」(P.248)。第2段階について、逸見、秋笹の他人行為目撃陳述は、硫酸瓶使用の脅迫行為である。「木島カ小畑ノ…腹部ヲ露出シ硫酸ノ瓶ヲ押シツケソラ硫酸ヲツケタソ流レルゾト云ヒテ嚇シタリ」(逸見第18回予審.P.303)。「尚宮本カ誰カカ硫酸ノ瓶ヲ栓ヲシタル儘振回シ「付ケルゾ付ケルゾ」ト脅カシタル可成リ効果アリタリ」(秋笹第14回予審.P.306第3段階について、袴田、逸見、木島の他人行為目撃陳述は、硫酸使用の暴行行為である。「夫レニ暗示ヲ得テ木島カ真物ノ硫酸ヲ小畑ノ腹ノ上ニカケマシタ」(袴田予審第14回.P.248)。「其ノ中木島カ真物ノ硫酸ヲ瓶ノ蓋ニツケテ小畑ノ腹部ヘツケタノテス」(袴田第1審.P.317)。「木島ハ硫酸ノ瓶ノ栓ヲ外シ小畑ノ下腹部ニ硫酸ヲタラタラトタラシ、硫酸ノ付着シタル部分ハ直ク一寸巾位ニ赤クナリ」(逸見第18回予審.P.306)。木島の硫酸否認陳述内容の詳細は不明である。

 行為者

第1段階は、薬鑵の水を硫酸とする脅迫行為で、かつ、第3段階の前段階行為または第3段階の誘発行為である。袴田自己行為自認を予審、第1審とも同一内容で陳述した。第1段階の袴田脅迫行為は事実である。第2段階は、硫酸瓶使用による「なんらかの脅迫行為」だが、自己行為自認者はいない。他人行為目撃陳述として、逸見陳述―→木島行為。秋笹予審陳述―→宮本か誰かの行為、但し、秋笹は公判で取消した。第3段階は、本物の硫酸を小畑腹部につける暴行行為だが、自己行為自認者はいない。他人行為目撃陳述として、袴田陳述―→木島行為(予審、第1審とも。但し、控訴審で木島行為を取消し)。逸見陳述―→木島行為(予審)。木島陳述―→(?)。自己行為否認者として、木島が予審・公判で否認した(「文化評論」9月「小林論文」P.50、「新日本新書」P.63)。したがって第2、第3段階行為者は不明である。

 使用段階と程度についての真実

第1段階は、自己行為自認陳述であり、予審、第1審ともその内容は同一であるので事実である。査問中でも目隠しをされている以上、この脅迫行為は小畑に通用する。目隠をされている者の腹部に「硫酸をつけるぞ」といって水を垂らす行為は脅迫効果をもつ。査問中の目隠し事実は宮本被告が、第10回公判(P.244)で是認している。第2・第3段階について、上記、袴田、秋笹、逸見、木島陳述存在から、どちらかが存在したと考えられる。しかし、そのどちらが存在したかは不明で、その両方ともが存在したかどうかも不明である。ただ、「硫酸をふりかけた」とか「硫酸をあびせた」というのは程度問題での誇張歪曲のデッチ上げである。「不明」の根拠として、3つがある。〈第1の根拠〉 誰も、第2、第3段階を自認していない。木島も第3段階自己行為を否認している。〈第2の根拠〉 「解剖検査記録」、および小畑腹部部分の記述(外表検査、六)(「前衛」9月号.P.151)に、法医学的痕跡がない。但し、微量硫酸腹部付着ケースとして、生前でも外表痕跡が残らない可能性が法医学的にありうるかどうか。また、死後土中24日間(1224日死亡〜1月17日解剖)経過の中で、表皮痕跡が判別不能となる可能性が法医学的にあるかどうか。〈第3の根拠〉 6人の関係者中、宮本完全否認以外は、5人が「なんらかの形での硫酸瓶使用・硫酸使用の是認」陳述をしているが、第2、第3段階はバラバラである。

〔表25

大泉

木島

逸見

秋笹

袴田

宮本

第1段階

1人(自認)

第2段階

×

2人

第3段階

×

4人

「存在」

(○)

(○)

(○)

(○)

×

5人

(4)、タドン使用行為とその程度

 行為者、回数、対象者  行為者について、秋笹自己行為自認、袴田陳述、逸見陳述とが一致している。秋笹のタドン使用自己行為自認内容「自分ハタドンヲ火箸ニテ鋏ミ小畑ノ踵ノ辺ニ一回押シツケルト小畑ハ慌テテ足ヲ引込メタルコトアリ」(秋笹予審第13回.P.306)。回数は、1回のみである。行為時刻は、24日午前の査問中である。袴田陳述は24日午前中で、確定判決も24日午前中と認定した。秋笹陳述は23日だが、これは記憶ちがいである。逸見陳述は24日午後だが、これは記憶ちがいである(宮本陳述も批判、第10回公判.P.244)。対象者は、小畑で、秋笹自認し、袴田、逸見3人は完全一致している。大泉の火傷痕跡陳述は出鱈目である。

 程度

(1)使用程度には次の陳述がある。袴田陳述「秋笹ハ小畑ノ足ノ甲アタリニ火鉢ノタドンノ火ヲ持ツテ来テクツツケマシタ。スルト小畑ハ熱イ熱イト云ツテ足ヲ蹴上ケマシタ。夫レカ為メタドンカ畳ノ上ニ散ツテ処々ニ焼跡ヲ拵ヘマシタ」(袴田予審第14回.P.248)。秋笹陳述は、上記の通り(秋笹予審第13回.P.306)。逸見陳述「秋笹カ火鉢ノ火ヲ鋏ミ来リタル故秋笹ハ火ヲ小畑ノ両足ノ甲ニ載セタルトコロ小畑ハ熱イト叫ンテ足ヲハネルト火ハ付近ニ散乱シテ畳ヲ焦シタリ」(逸見予審第18回.P.303)。秋笹が小畑の足の甲または踵の辺にタドンの火をのせた(袴田、秋笹、逸見陳述)。小畑は熱い熱いといって足を跳上げまたは引っ込めた(袴田、秋笹、逸見陳述)。タドンが畳の上にちって畳に処々に焼跡をつくった(袴田、逸見陳述)、が「その程度」として事実である。

(2)外表痕跡発生程度(=火傷)として、ここには2つの可能性がある。〈第1の可能性〉火傷の発生について、小畑の足を誰かがあらかじめ押えつけておいて、タドンを押しつけたのであれば発生する。タドンの押しつけが「数秒間」つづいたのであれば火傷は発生する。しかし、そういう状況であったとは3人中誰もいっていない。〈第2の可能性〉火傷の未形成、未発生について、所謂“特高式のタバコの火を「数秒間」おしつける拷問”ではなく、スパイの自供をせまる脅迫的意図で、足もおさえていず、火をのせて小畑が足を跳上げまたは引っ込める間の「瞬間的」なものであれば、その時点でも、その行為によって火傷が形成・発生しないケースは充分ありうる。これは日常的にもよく経験することである。3人陳述使用程度から見れば、〈第1の可能性〉はなく、〈第2の可能性〉の方がはるかに高い。タドン火使用行為は事実として存在したが、その行為によってその時点で火傷は形成・発生していない。したがって、「解剖検査記録」にも火傷の痕跡がないのは当然である。

(3)物音発生程度(=査問の通常問答以上の物音)には3つある。タドンを小畑の足にのせる物音は、なんら発生していない。行為者の声について、3人の陳述ではなにもいっていない。この点で、大泉が目隠しされているにも拘らず、なぜ硫酸問題は陳述し、タドン問題を陳述していないかの疑問を解く根拠が存在する。硫酸については、第1段階(袴田)、第2段階(逸見、秋笹)の3人とも「硫酸タゾ」とか「硫酸ヲツケタゾ、流レルゾ」「付ケルゾ付ケルゾ」という行為者の声を陳述しており、大泉は目隠し中であっても、24日午前中は押入れでなく、小畑査問中も座敷に出されていたので、その小畑への脅迫の声は聞こえた。自分への硫酸瓶・硫酸使用行為はなんらなかったにも拘らず、自分と小畑に硫酸がふりかけられたと「その声」を根拠にしてデッチ上げ陳述を1月15日の逃亡時からおこなったのである。しかし、タドンの小畑への使用については、行為者声は3人陳述ともなく、小畑の「熱イ熱イ」「熱イ」(袴田、逸見陳述)という瞬間的声のみで、目隠しをされているため、大泉は判断できなかった。したがって1月15日の逃亡時以降もタドンの使用はなにものべていない。但し、木島、逸見の警察での陳述があって以後は「火傷」としてのべた可能性はある。“現在公表の資料”の中では大泉がタドン使用をのべているという資料はない。対象者の声について、袴田陳述「スルト小畑ハ熱イ熱イト云ツテ」、逸見陳述「小畑ハ熱イト叫ンデ」がある。ここには2つの問題がある。小畑の声の性質が、会場外へ助けを求めるような〈第1の性質〉の大声、叫びなのか、それとも、その目的・意図はなく、タドンの熱さに思わず出した〈第2の性質〉の声なのかである。23日、24日の査問会場内の状況、小畑の身柄拘束のままでの査問という状況から見て、〈第1の性質〉の声ではなく、〈第2の性質〉の声である。隣家への小畑の声(「熱イ熱イ」または「熱イ」)が聞える可能性について、通常の査問問答程度のものであれば、内容は識別できない。ましてや小畑逃亡時の大声、とりおさえる物音も隣家へは聞えていないことから見ても、この「熱イ熱イト云ツテ」という声は聞えない。

(5)、錐使用行為とその程度

〔表26〕 錐の会場存在と「なんらかの使用」

存在

「なんらかの使用」

陳述内容

袴田予審

「誰カカ錐ノ尖テ大泉ノ臍ノ上ヲコツキマシタラ」(P.248

第1審

○(P.305

×

「私ハ左様ナ事ハ知リマセヌ」(P.317

控訴審

(?)

「宮本テアツタカ誰テアツタカ大泉ヲ錐テツイタ」(宮本公判.P.266

大泉陳述

 木島、逸見、秋笹は“現在公表資料”では錐についてその「存在」「なんらかの使用」とものべていない。袴田陳述もその「存在」について予審では1度ものべていない。「なんらかの使用」についても、予審、第1審、控訴審と変化が著しい。「行為者」についても不特定個人の表現である。ここから見て、錐の会場での「存在」および「なんらかの使用」は不明である。むしろ、「存在」も「使用」もなかった。但し、ガリ切り用鉄筆は秋笹が会場で「赤旗」のガリを切っている以上、当然存在し、その鉄筆を使った可能性はある。

程度  (1)使用程度では、錐の「存在」「なんらかの使用」とも不明である。したがって使用程度も不明である。(2)痕跡発生程度(=錐傷)について、1月15日〜18日の「硫酸あびせ錐で突く」という特高の第一波デマ宣伝は大泉の陳述をもとにしているが、大泉の「中村検診書」でも、公判でも錐傷を認めていない。袴田予審陳述、控訴審陳述がたとえ事実であるとした場合でも、その陳述内容の程度からは大泉に錐傷は発生しない。(3)物音発生程度(=査問の通常の問答以上の物音)としては、袴田予審陳述がたとえ事実であるとした場合でも、錐(鉄筆)で大泉の臍の上をこずく物音は、発生しない。行為者声を袴田陳述はのべていない。対象者声「大泉ハ痛イト云ツテ悲鳴ヲ挙ケテ居リマシタ」(予審第14回.P.248)があるが、大泉声の性質、隣家への『痛イ』が聞える可能性については、いずれもタドンでの小畑声の問題と同じである。

第1部(2)以上  健一MENUに戻る

(連続・7分割ファイル) 第1部(1)  1部(2)  2部  3部  4部  5部  6部

 

〔関連ファイル〕

  (1)、『スパイ査問事件と袴田除名事件  袴田政治的殺人事件の推理劇的考察』

  (2)、『スパイ査問事件の個人的体験』(宮地個人通信第十号)

  (3)、『作家森村誠一氏と「スパイ査問事件」』(添付)森村氏手紙、下里正樹氏手紙

  (4)、袴田自己批判・批判の共産党側資料、「3論文」と「党史」

  (5)、立花隆『日本共産党の研究』関係  「『年表』一部」、「加藤哲郎『書評』他」

  (6)、れんだいこ 宮本顕治論スパイ査問事件