ボリショイ劇場 バランチンのバレエの夕べ

1999年12月10日(金)


モーツァルティアーナ

出演者
ニーナ・アナニアシヴィリ、ユーリー・クレフツォーフ、セルゲイ・フィリン
M.A.ジャルコヴァ、イリーナ・ズィブロヴァ、A.Iu.レベツカヤ、A.I.ツィガンコーヴァ

指揮:アレクサンドル・ソートニコフ

振り付け:ゲオルギー・バランチン

再現:S.ファレル

作曲:ピョートル・チャイコフスキー

舞台:テル・アルチューニヤン


アゴン

出演者
トリオT:ニーナ・カプツォーヴァ、アナスタシーア・ヤツェンコ、ドミトリー・グダーノフ
トリオU:エレーナ・アンドリエンコ、ヴィクトル・アレヒン、アルテム・ヴァフティン
デュエット:インナ・ペトローヴァ、ドミトリー・ベロガロフツェフ
コールドバレエ:E.Iu.ブカノヴァ、E.G.ドルガェヴァ、L.V.エルマコーヴァ、T.A.ザヴィヤロヴァ

指揮:アレクサンドル・ソートニコフ

振り付け:ゲオルギー・バランチン

再現:シユゼン.ファレル

作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー


ハ長調交響曲

出演者
第一楽章:マリアンナ・ルイシュキナ、コンスタンティン・イヴァノフ、イリーナ・ズィブロヴァ、A.L.ボロティン、ナタリヤ・マランディナ、ヤン・ゴドフスキー
第二楽章:ニーナ・アナニアシヴィリ、アンドレイ・ウヴァーロフ、S.Iu.ウヴァーロヴァ、G.V.ゲラスキン、オクサーナ・ツヴェトニツカヤ、マクシム・ヴァルーキン
第三楽章:マリヤ・アレクサンドロヴァ、ニコライ・ツィスカリッゼ、ニーナ・スペランスカヤ、ヴィクトル・アレヒン、マリヤ・アラーシュ、アルテム・ヴァフティン
第四楽章:ガリーナ・ステパネンコ、ドミトリー・ベロガロフツェフ、アナスタシーア・ヤツェンコ、A.M.ヴォルチュコフ、アンナ・レベツカヤ、B.G.アンナドゥルドゥイエフ

指揮:アレクサンドル・ソートニコフ

振り付け:ゲオルギー・バランチン

作曲:ジョルジュ・ビゼー


久しぶりにアナニアシヴィリのモーツァルティアーナと対面。去年見た時と少しばかり印象が違う。
彼女に気負いがあったのか(前日、フランスのプリンセス・マリーナから「金の女神賞」を受けた。そのマリーナさんが貴賓席で彼女を見ていたのだった。)、どうもあのゆったりとした柔らかな手の動きに却って無駄があり、力が入っているのを見出してしまう。
彼女がこの役に入りきっていないようなのである。表情も堅く、彼女特有の初々しさが出ていないで、その代わり年齢がくっきりと浮き彫りにされてしまっていた。
おだやかさ、柔らかな振りが、年齢を感じさせるようでは、ちょっと悲しい気がした。
しかし、その踊りは流石である。綺麗な流れるような足の運びはちっとも衰えていない。
黒のコスチュームが彼女に影を感じさせてしまったのかもしれない。

2つ目のゲオルギー・バランチン振り付けのアゴン。
最初の踊りはカプツォーヴァ、ヤツェンコ、グダーノフのトリオ。3人のバランスが取れてなかなか見ごたえがある。身体のしなり具合、舞台における配置。どれをとっても満点。しかし、個性のある振り付けの割には攻撃的なほどの印象は与えられない。
トリオU、アンドリエンコが上手い!しかし彼女はクラシックを踊ろうが、バランシンを踊ろうがそんなに大差がないように感じられてしまう。これはどうしてだろう。手の動き、身体の動き、足の運びなどはとても斬新なのだが、どうしてもその舞台に入りきれない自分を感じる。だが、流石にうまい。
さて、ペトローヴァとベロガロフツェフ演じるデュエット。これはもう絶品と言える。
彼ら二人がさまざまに舞っている様子は、まるでダリの壮年時代の絵を見ているようにも思える。独特の空間がそこには出来上がり、空間のデポジットみたいなものが現われるのだ。隠されている何か、その鉱石を求めてひたすら期待へと胸が高鳴ってくる。
そしてペトローヴァがベロガロフツェフと絡み合う部分ではピカソの青の時代の色とも言えぬ色が醸し出される。衣装は黒いレオタードに白いタイツ、男性は白いティーシャツに黒いタイツなのにも関わらず・・・。これぞ現代バレエの粋とも言うべき空間とバレエの表出ではないだろうか。
思わず引き付けられ、その出来上がりつつある空間にはまり込んで、自分自身がその空間と一体になり、形どられていくような錯覚にさえ陥る。
ペトローヴァの顔もまた、能面のように何の表情もないが、それ故にこそ、至高の表現になってきているのを感じる。ベロゴロフツェフの生気溢れた力強さと相俟って、そこには独特の世界が醸し出されていた。
モダン・バレエの豊穣の時を味わわせてもらえた。

ハ長調交響曲、これはもう一口に言って豪華絢爛。
4人のプリマが競ってバレエを次々に舞うのである。
ルィシキナ、踊りはとても上手いが、悲しいかな、そこには香ってくる何物かがない。 彼女の持つ雰囲気の中に華やかさがないのだろうか。でも足の動き手のもっていきよう、それにはかくあるべしみたいなバレエの見本を感じる。
アナニアシヴィリ、ゆったりと振り下ろされ柔らかにたわむ彼女の上腕部。そしてしなる指。彼女の踊りには詩がある。
その朗々と読み上げられる詩に思わずウットリと聞き惚れてしまう。
美しく品のある優雅な身のこなし。それでいて傲慢さは全く感じられない。
祈るような美しさが透徹した詩となって現われて出て来ているのかもしれないと思わせるような舞台である。
アレクサンドロヴァ、彼女の若さが怖い。それほど大胆に大きく舞ってくれる。
自信とも言えるその大きな振りの中で細心の金彩にされた細やかさが彼女の回りを覆う。
ホーっとため息が出るほど、その金粉のかぐわしさを一粒一粒嗅ごうとしてしまうほどに引き付けてくれる。
彼女の大物ぶりがここで全面的に発揮される。個性がないようで、とっても個性的な爛熟したニーナの踊りのあとでもちっとも遜色がない。却ってアレクサンドロヴァ独自のバレエを新たに見せ付けられるほどである。
相手役ツィスカリッゼの華に普段惹きつけられてしまうのだが、この日、アレクサンドロヴァはそれ以上の大きな華を見せてくれた。
ステパネンコ、全く違った花が大きく一輪咲いているようだ。美しさが透明なのである。どんな色も着いていないが輝くだけ輝いているような踊りだ。
前の3人がそれぞれの色を醸し出しているとすれば、彼女の踊りは実に透明なのだが、それが新鮮である。えも言えないしっとりとした踊りだ。
うーん。さすがステパネンコ。
あぁ、この4人が最後に舞台でそれぞれの舞を同時に舞うのである。少しずつ違った衣装だが、白が基調のチュチュを着けて!
なんとも言えない至福の時である。
舞台がはねてからもしばらくは動けないでいた。




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