更 新 メ モ 過 去 ロ グ
(2003/7/7 - 2004/1/1)

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7月7日。うたかたの日々。バブル世代だけに。

咳の話。ずいぶんよくなった。1ヶ月ほどで快方に向かうとは思っていなかったのでこれはもうけものである。今回は医者にも行かず特に薬とか飲まなかったので、やはり『風邪の効用』という本を読んだのがよかったのかもしれない。医者に行くといつも激烈な咳止め薬を出してくれるのに咳が止まらないので医者ともども首をひねるばかりで、写真を写してみたり血を抜いてみたりしながら二た月三月過ぎていくというのに、このたびは優秀優秀、これからは医者に行くのをやめて本を読むことにしよう。余は年来の空咳をなおすためにできうる限りの方法を講じてみたがすべてだめである、ただ先日読んだ本はたしかにききめがある、これからは毎晩二、三冊ずつ読むことにしよう、云々。

通勤のMDは、先日なぜか思い出したように買った少し前のともさかりえで、アルバム『むらさき』とシングル『少女ロボット』を編集して、ちょっと古いアイドル風の曲をちょっとはずして、曲順も少しいじって、繰り返し聴いている。
ともさか、顔がいがんでるからといってばかにしてはいかんのである。
椎名林檎作詞作曲とクレジットされた曲ではほとんど椎名林檎になっている(声の調子やフレージングが完全にコピーされている)し、また、驚くべきことに、その同じ声が、古内東子の曲では完全に古内になっている(あの独特のぬめりが・・・)。その適応能力が、やはり悪くなくて、というか、過剰適応なんじゃないの? 自分はあるの?ともさか!とか問い詰めたくなるわけで、当時、『婦人公論』で拒食症の告白インタビューなんか出していた事なども思い出されるし、当時の音楽番組の録画ビデオを見直してみたらやはり、インタビュアーと微妙に目をあわさないで眩しそうに瞬きばかりしているのもあらためて腑に落ちてくる。
まあ、それも今は昔のおはなしで、先日めでたくともさかも結婚してしまい、新ドラマも始まるようで、まずは一件落着のようだ。
さしあたりは、よい歌手なので一聴をおすすめしましょう。「カプチーノ」がベストトラックで、ともさかのともさからしい声がちゃんと生きていてこれは椎名ではできない歌い方をしていて魅力的。次の「恋してる」というのが古内で、これはまあ、アレンジの具合もあるか知らないけれど半分くらいまで古内に呑み込まれている感じだけれど、歌詞の主人公の女の子がたぶんはたちくらいでともさかの年齢にあわせてあるので、これを古内が20台後半OL的なぬめりをきかせて歌っていたら耐え難かっただろうと思わせるくらいには、ともさかの声が生きている。そのあとの2曲はまあどうでもよくて、「木蓮のクリーム」「いけない子」「日本に生まれて」が椎名、これはもう椎名が歌っているのとほとんど変わりない。椎名のアルバムに入っていても気がつかないと思う。次の「はじめてのサヨナラ」は今度はまるきり古内で、かなりぬめり度アップである。それでいけないかというと、まあそういうのも嫌いじゃないから繰り返し聴いているのですけど。

1)カプチーノ
2)恋してる
3)たそがれ
4)ふたりのせいじゃない
5)木蓮のクリーム
6)いけない子
7)日本に生まれて
8)はじめてのサヨナラ
9)パールグレイ・スノーダンス
10)少女ロボット
11)シャンプー


印刷が上がるまで、もう少しだけ論文の宣伝を。「「生徒コード」を語ること − 「いじめ」のリアリティの反映的達成」『教育・社会・文化』no.9(印刷中)。校正で、結局、タイプミスを一箇所だけ訂正(「4:おわりに」のところで、「拡大さしていくだろう」→「拡大していくだろう」)。ここにも訂正したものをアップし直してます。で、いま手元に再校のゲラがあって、もうそのまま送り返そうというところ。

先日来、目の端に、岡崎京子『うたかたの日々』(宝島社)がちらちらしている。ボリス・ヴィアンの岡崎版ということで、出たなりすぐ買ったのだけれど、なかなか読む気がしない。
でもたぶん今晩読むかもしれない。


 


7月9日。いまを生きる。

きのうのきょうみたいなことで、こういうことを書くのもナンだが、やはりこういうところにあれこれ書いていると自分で気づくということもあるもので、いったい自分のいま聴いている音楽がおよそ21世紀じゃない、ということに気づいてハタと膝を打った。
それで反省してみると、自分の聴いているのがオールディーズとか、70年代ディスコヒットとか80年代ニューウエイヴとか、その辺で、また、下宿にある音源でいちばん多いのはたぶんジャズで、ということは50年代から60年代が一番多い(とくに60年代フリージャズとか)わけで、こうなると、ともさかだの椎名林檎だのは新しいほう(さすがに古内はともかくとしてなわけですが)ってことになって、そうなれば21世紀のでるまくなんかない状態ではある。
ようするに、自分の中で時間が止まってしまったんで、こうして中年化がげんに進行しているというわけである。「歴史の終焉」など本当にあるのか、などと暢気なことを言っていたら、自ら実行していたわけである。ヘーゲルもびっくり、堂々たるものだと言ってよろしい。
しかし、それってぜんぜん「いまを生き」てないかんじじゃないだろうか? 社会学者としてそれはどうなん? とか。

しかし、じゃあ、何を聴いたらいいのか? 先日TVに出ていたクレイジーケンバンドとか、ここに何度か名前を挙げた小島麻由美とか、好きだけれど、そうすっと同じことな訳ですよね、「昭和歌謡テイスト」の人たちな訳ですもんね。

とか言いつつ、昨日も夕方、Bookoffに立ち寄って中古CDの棚から、サンジェルマンがどうしたこうしたとかいう編集盤(ボリス・ヴィアンとかイヴ・モンタンとか)なんか買ってきた。悪くない。困ったものだ。


 


7月13日。この夏は『すいか』というドラマを楽しみに過ごせそうだ。

このところひょんなことからともさかりえづいてきたので、新ドラマ『すいか』を見てみたらよかった。十六茶のCMで小林聡美の後輩をやっている女の子がいい感じだなあと思っていたら、このドラマでも小林聡美と共演、やはりいい感じなのである。市川実日子という人だそうで、ていうか、市川実和子の妹だというので、ほうそれはきがつかなかった、という感じ。

それで、ともさかは「歴史が終わったあとに生き残ってしまった」女の子の役。牽強付会で言っているのではなくて、ほんとうにそういう設定なので、これはその設定だけでも、ひと夏たのしみに見るしかない。

脚本が、『やっぱり猫が好き』に参加していた人らしく、なるほど、という感じ。画調がときどき、フランスあたりの若い女性監督のミニマルっぽい映画、みたいになって、そういうのは嫌いではないです。視聴率にはあんまし結びつかなそうだけれど、残る作品になるのでは、と思うので、ちょうど予感がして1話目はビデオに録画したけれど、これからも録画しておこうと思う。

それで、これはこのドラマに直接もとめるのは荷が重いので別のお話なのだけれど、金井美恵子の『小春日和』を、(じつは昔、一度、二時間ドラマ化されたのだが)こういう感じでドラマにすることはできるのではないかしら、と、無謀にも、思った。


 


7月24日。スキーのジャンプ競技の採点のように上と下を切って

ふつうのことを書く、というぐらいが、こういう場所に書くにはちょうどいいだろう。

春学期の授業が終わって、今は試験期間、それが終われば夏休みである。今年はあれやこれやで学会発表をパスすることにしたので、かなりフリーハンドで自分の読みたい本とか読めると期待しよう。とはいえ、実は自分のまわりで一緒に仕事をしている先生方がみなさんものすごい勢いで(ほとんどが研究以外で)忙殺されてはるのを見ると、自分だけそんな暢気な顔をすることに罪悪感を覚える。顔は生まれつきなんで直らないにせよ。まあ自分もじぶんきじゅんの中で言えば十分、いっぱいいっぱいではあるのだが。
まあ、実際の忙しさ以上に無駄に私などが追い詰められた顔をしていたって、まあ、純粋に無駄なことなので、いつの日にか自分におはちが回ってくる順番に備えて今はできるだけ暢気な顔をしておきましょう。

授業期間が終わってよかったことのひとつは、咳がおさまってきたことだ。ていうか、この前もここで、咳がおさまってきた、と書いたような覚えがあるが、実はその後、教室の大型旧型クーラーの冷風を直撃で吸引しながら90分間大声で喋ったらてきめんにぶりかえして、結局、よけいひどくなりつつ授業期間が終わるまで続いた。
やはり、喋るとよくないらしい。ていうか、90分間ぜんりょくで声を出し続ける(大教室でもマイクを使わないことが多い)ような職種というと、あんまりないのかもしれない。

上を切って、というと、上があったようでなんだか聞こえがいい。しかしまあ見栄をはることもないし、まあそんなええこともないのでえんりょなく書こうかしら。
さいきん、不精に勢いがついてきて、CDをHMVのサイトからインターネット通販で買うクセがついてきた。そうすると、検索をかけるといろいろ品揃えがあることがわかるわけで、そうすると、昔、貧乏時代に欲しかったものをあれこれ買えるということに気づいた。で、たとえばチャーリー・パーカーのサヴォイ録音やダイアル録音なんかも、本テイク集は持っていたけれど、コンプリート・セットは持ってなかった(LPで6枚組と10枚組だっけ?)のを、買えるということに気づいた。で、ダイアル盤のセット(ほんとはこっちのがいちばん欲しかった)は品切れのようだが、サヴォイ盤は簡単に買えた。CDだと4枚組で4800円。15年越しの宿願の達成にしてはやけにあっさりしすぎの感はあるけれど、それはきっとそういうもんなんであって、まあ、うれしい。で、まだ聴いてない。まあ、聴けばほとんど知っている(というより暗記するほど聴いた)演奏の別テイク(や失敗テイク)のくりかえしがほとんどなのはわかっているので、気持ちに余裕のできたときに聴こうと思っている。
その他に買ったのが:
『真夏の夜のジャズ』(DVD)←これも、昔TVで見たきりなので。
PiL『メタル・ボックス』←カセットテープでしかもってなかったので。
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN『MUSICAL FROM CHAOS』
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN『DCPRG3/GRPCD1』

この二つは、去年の夏に買ったアルバムからのライブ盤とリミックス盤らしい。
ので、ようするにこの辺はぜんぶ、「いっぺん聴いた(見た)もの」なんで、買ったままになっている。
つくづく後ろ向きだなぁ。

もう一枚。
meg『room girl』
これはよかった。去年、岡村靖幸の曲・プロデュースでデビューしたのだが、どうもオリジナルの曲のほうがいいなぁ、と思いながらそればかり愛聴していた。そうしたら、最近、1stアルバムが出たらしいので購入。パソコンに入れて繰り返し聴いている。
ベストトラックは、「GROOVE TUBE」で、おまけのビデオクリップ(パソコンで見れる)で見る本人も可愛いのである。写真ではたいしたことないので、動くと可愛いタイプだとご理解いただきたい。
ただ、この曲は、フリッパーズギターの曲のカバーなんで、やっぱし後ろ向きなのにはかわりないかもしれない。


 


7月30日。薔薇の木に薔薇の花咲く

ひょんなことから学生さんたちから籐編みの籠に入ったミニバラの鉢を貰ったのが5月くらいのことで、ちゃんと面倒みなきゃだめですよお、枯らさないでくださいよお、と口々にプレッシャーをかけられていたのだが、そのときぽっぽっぽっと3つ4つ咲いていた黄色い小さいバラの花を、学生さんは、摘んでしまえと言ったものだ。なにしろ、そうすると花が次々と咲く、のだかなんだかという理屈らしかったのだけれど、しかし咲いた端から摘んでしまうというのがどうにも理解できなかったので言うことをきかないでそのままにしておいたら、なるほど、やがて花がなくなってしまった。それで、自分の研究室の机の上に置いて霧吹きで水などやって自分としては可愛がっていたのだが、なにせ週末と週明けの非常勤の日に学校に顔を出さないので、見る見る元気がなくなってきた。それで、毎週のゼミの時間のたび、学生さんにチェックを入れられて、そのたびうわーとか言われていたのだが、やがて夏休みが来て、これはもう下宿に持って帰るしかないと決意して、そして、いざ決意してみれば小さな籐籠のミニバラは手提げの紙袋にすっぽり入ってしまってそのまま電車で無事、下宿まで辿りついた。
で、今は下宿のベランダで、これまた何年も前に学生さんから貰った「幸福の木」の鉢の隣りで、けっこう青々となってきている。なにしろ葉っぱばかりなので何の鉢だかよくわからないにせよ、生きてくれてさえいれば、それを見るのがなによりの心のなぐさめである。

授業がなく学校に顔を出さないでいると、次第に気持ちに生気が戻ってくる。学校のあったときは、帰るのが遅くなってスーパーが閉まってしまってコンビニ弁当が続いていたりしたのが、ちょっとふつうのものを食べてみようかな、というふうになる。
かぼちゃを買ってきて煮付けて食べる。冷蔵庫にあった卵を全部使って、厚くてふわふわのだしまきを作って新生姜のおろしたのを載せて食べる。うなぎとみょうがと大葉を刻んでまぜごはんにして食べる。作ってみればなんのこともないのだけれど、いっぱいいっぱいの気持ちの時にはそれができないんで、だからそのへんからちょっとずつリハビリである。
後期が始まると前期よりさらにタフな時間割になっちゃうのだが。


 


8月10日。そこに山が

大学は夏休み、ということになっている。しかし、働かざるもの食うべからず、である。

それで、生産性が高いかというと、よくわからない。自由な時間が与えられたら読みたい本、見たいビデオ、聴きたいCD、というのは下宿にどんどん積み上がっている。それを少しでもかたしていくのがいいだろう。

それで、本を読もうと思い、ぽつぽつと読みはするのだが、なかなか勢いがつかない。そういう時は、本屋に行って新しい本を何冊か買ってくると、勢いがついて「積んどく」の本のほうも少し消化できるのだが、それだとどうも計算が合わない気がしなくもない。

10年以上、もっと前から読もう読もうとして読んでいない某本を引っ張り出してページを開くと、昔からそうであるように、麻酔銃で撃たれたようにいきなり眠くなってきて、しばしの格闘の後、やはり断念する。それで、もっと軽い、まあ仕事上読んでいるはずでまだ読んでいなかった本を引っ張り出してきて、それはそれなりにおもしろく読み上げて、それは収穫といえば収穫なのだが、なにせその本を今まで読んでなかったのがばれるとかっこ悪いし、著者が知り合いの人なのでよけいに悪い気がするので、ここに感想は書けないというわけだ。

などと書くと、また、実際のその本の著者の方以外のたくさんの知り合いの方々までみなさん「自分の本のことだ」と思われてよけいに格好がつかなくなるのではないか、と気づいたが、まあ不勉強なんで読んでいる本より読んでいない本のほうが数十数百倍するであろうからどうせ文句もいえない。どうせとうの昔から不勉強だし非礼ばかり重ねてきたのだしそれでひきこもっているのも昔からのことだ。

というか、さらに頭脳を働かせれば、不勉強な私が読んでいないたくさんの本について、「いままでは読んでいなかったがようやく読んだ」と思ってもらえるわけなので、やはりお徳と思われなくもない。海老で鯛、というか、肉を切らせて骨を切る、というか、まあなんかどうでもよくなってきましたね。

録画して見ていないビデオが山になっている。150タイトル以上の映画が未見のまま眠っていて、それを見るだけでひと夏じゅうかかるだろう。毎日、それぞれ三本立てぐらいずつの「エイゼンシュタイン特集」だの「ルノワール特集」だの「森一生特集」だの「日活アクション映画特集」だの、番組を組んでいって一ヶ月過ごすというのは、(うまく組み合わせればできそうなのだが、)楽しそうではあるが、まあ許されないだろう。
さしあたりは、ビデオテープ用の棚を増設して、未整理のまま山になっていたテープにラベルをきちんと貼り付けて一覧できるように棚に並べるところまでをやった。一覧できるということは重要で、なすべきことを視覚的に把握できる。

ただし、そういうふうに消化していくことは、望んでいたことなのかというと、よくわからないんで、映画くらい、追われるようにでなくゆっくり見ることができればなあ。

『教育・社会・文化』第9号が、手元に届いた。何度かここで宣伝していた論文「「生徒コード」を語ること − 「いじめ」のリアリティの反映的達成」が、ようやく正式に世に出たわけで、めでたいとおもう。こういうのを素直に喜ぼう。


 


8月18日。一年前の今ごろ、思い立って、

このサイトのデザインを変えたので、今日でちょうど一年たったことになる。
デザインを変えたというのは、変な顔写真を載せるのをやめたということであり、それから、変な作文をときどき書くような欄 − ここの欄ですね − を表紙に設けたということで、まあいろいろ思うところあったのだが、さしあたりは、まあなんとなくとぎれずにときどき更新ができて一年間もったというのは、よかったことである。

それで、せっかくなので一年前の今日、どんなふうであったか、と見てみると、散歩をして腰が痛くなっていたようだ。それからクーラー病。で、HMVのサイトでCDを注文したりして、コーネリアスとかDCPRGとか聴いていたようだ。
なんだかほとんど全く変化がなくてまるで今日の日記を読んでいるようだ。

先週はなにをやっていたかというと月曜の朝から四国に出張に出掛けた。実習のご挨拶なのだが、ちょうど日程のかさなる愛媛県内の2箇所(でもびみょうに離れている)を回るというので、2泊か、状況によっては3泊かしら、などと思いつつ出掛けた。結局、移動はとてもうまくいき、また、学生さんもちゃんと実習がんばってたんで、とても気持ちよく巡回できて水曜の夕方に帰宅できた。
出張に持っていった本は、村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』(文春新書)、P.K.ディック『あなたをつくります』、吉田健一『金沢/酒宴』、『メルロ=ポンティ・コレクション』(ちくま学芸文庫)あたりで、そのうち2冊、村上・柴田とディックを読んだ(ディック、いつもながらというのかもしれないがやはり奇妙な、バランスを欠いた、プロットや伏線を途中で完全に放棄してしまった、それでいてラストがなぜか瞬間的に泣かせる、要するに奇妙な小説だった)。一泊目の宇和島ではうまく古本屋がみつかったが特に買わず、二泊目の松山ではBookoffに飛び込んで、中古CDでチェット・ベイカーの持っていなかったのを一枚買えた。

それから週の後半にかけては、お盆休みだというのにもうすっかり涼しくなったり雨が降ったりでぐずぐずと引きこもって過ごし − そこで体調を崩して夏風邪だかクーラー病だかになり − ぐしぐしいいながら、山田宏一の映画本の厚いのを読了したり、東海林さだおの『丸かじり』シリーズをまたぞろ読み返したりしながら − まぁ、現在に至るわけで・・・

まぁしかしこんなことをタラタラと書きとめてみたところで、それを来年、あるいは何年後かに読み返したとして、なにがどうということもなく、あるいはむしろ、去年の今日の記述を見て今年とちがわないことに驚いてしまうように、何年後かの自分も、あっけにとられているかもしれない。


 


8月28日。あなたの眼がこわいの There's Danger In Your Eyes, Cherie

某日。少し前に見かけたパーカーのライヴ4枚シリーズのCDが欲しくなって、中古CD店まで自転車を走らせる。4枚かぁ、出費だなぁ、とか思いつつ、寄り道がてら別の中古CD店に立ち寄ると、持っていないチェット・ベイカーと、LPで持っているセシル・テイラーのソロピアノのCDが安くてあったので、やはり買ってしまう。それで、うーん、まぁ、毒を食らわば皿、ということもあるからねぇ、などと思いつつ、目的の店に行って懸案の4枚を購入。それで、そこですぐくるりと帰宅、というのも味気ないものですよ、とか思いつつ、もう少し自転車を走らせて、まぁ念のために、ともう一件はしごしてみたら、中古の棚に、モンクの『コンプリート・リヴァーサイド・レコーディングス』という、15枚組ボックスセットがですねえ、ありまして、これはしかし、結論から言うと、買って帰りました。
15枚組、といっても、結構すでにCDやLPやカセットテープで持ってる音源が多かったのだけれど、しかし、コンプリートってくらいなので、これはやはり持っておかないといかんのでは、と思って、何しろ中古というのは一期一会なので、出会ったときに買っておかないといけないわけで、なに、たぶん半額ぐらいにはなっているはずなので、悪い買い物ではないはずなのだ、とか長々と言い訳をあれこれ考えつつ、よろよろと自転車をころがし、さすがにその後は、レコ屋さんに立ち寄る気力が消えてしまって、古本屋に立ち寄ってみたけれどさーっとひとわたり棚を眺めるだけで、早々に帰宅した。
それで、帰宅して15枚聴いたか、というと、もちろん聴けるわけはないし、その前に買ったパーカーのライブ4枚は封も切っていない。
とりあえず、モンクの15枚のうちの、いちばん聴きたかった(とはいっても、実はLPで持っているのですでに愛聴していた音源ではあるのだが)、「あなたの眼がこわいの」という曲の入っているディスク(アルバム『アローン・イン・サンフランシスコ』になったセッションだと思う)を取り出して、聴いた。やっぱしよかった。

某日。そうそう引きこもってもいられず大学へ。で、通勤のMDで、10年以上前にラジオでエアチェックしたジャズ番組を編集した、スイングからビバップへの移行期の曲集を聴いているうち、結局、B.グッドマンがチャーリー・クリスチャンのギターをフィーチュアした「エアメイル・スペシャル」と、チャーリー・クリスチャン「スイング・トゥ・バップ」とがかっこよくて繰り返しそればかり何度も聴きながらの通勤ということになる。
なにせずっと前から何度も取り出しては聴いている演奏なので、いまさら、という感じではあるのだが、しかし、やはり発見というのはあるもので、聴くたびにどんどんチャーリー・クリスチャンがかっこよくなってくる。
加藤総夫『ジャズ最後の日』(洋泉社、1993)のネタだけれど、三日間ずっと一日中スイングジャズを聴き、そのあとすぐビバップを聴くと、当時の響きが実感されて「おーっ!!」となる、という。ちょうどそんなかんじで、スイングっぽさの残る演奏の中にいきなりチャーリー・クリスチャンのビバップのコンセプトがくっきり立ち上がるのを聴くと、すごくかっこいい。以前は、「1941年の演奏かぁ、なんかふるくさいなぁ、別に歴史的資料ってだけじゃん」と思っていたのが、「おーっ!!」である。

加藤のその文章は面白くて、上と同様の「実験」で:

三日間、一日中ずっとモーツァルトを聴いて、そのあとすぐベートーヴェンを聴く。・・・同時に『ファウスト』や『純粋理性批判』を読んだり、ニュートンの万有引力の法則を勉強したりする(和声法や対位法の発展は自然科学の興隆と無縁ではなかった)。あるいは、アメリカ合衆国が独立したとか、フランス絶対主義王朝や神聖ローマ帝国が崩壊したとか言う噂を小耳にはさんでみたりする。ついでに、モーツァルトからベートーヴェンにかけての時代はちょうど産業革命の時代だから(あれは市民革命と産業革命の同時代音楽なんだっ!)、蒸気機関車に乗ってみたりもする(これはやりすぎか)。

てなことをやっていると、「何か新しいサウンドが生まれる、ということの本当の意味がかなり具体的に理解できるような気がします。いつも自分の時代から、自分の時代の音楽のようなつもりで過去の音楽を聴いていた耳には、大変新鮮」だと。

そしてしかし、そういう風にして音楽を聴いていくと、下宿にある音源を聴いていくだけでも、気が遠くなるほどだ。
それで、この夏ずっと思っていたことなのだけれど、そういう音楽の聴き方、ていうか、音楽には(あるいは、映画には、でも社会学には、でもええですが)「歴史」がある、というような聴き方、というのは、リアルタイムの音楽を聴く聴き方、というのと、まったく別のものなんやなぁ、と、つくづく思ってしまっている。それで、『ディスタンクシオン』をちゃんと読もうと思って目の前に積んでいるのだけれどこれまた厚いからねえ。


 


9月2日。気がつくと9月になっている。

久しぶりにスーツなど着込んで早朝の電車に乗っている。例によって実習のご挨拶に行くらしい。それで、どういう脈絡なのか思い出せないのだけれど、ゴミの分別のことをしきりに考えているようなのだ。
ある地域のゴミ分別は、大略、以下の通りになっているらしい。

a)燃えるごみ
b)燃えないごみ
c)資源ごみ
d)有害ごみ
e)粗大ごみ
f)この分類自体に含まれているもの
g)その他
h)いましがた壷をこわしたもの

後ろのほうはなんか違う話が混ざってきている。しかしともかく、この分類法に驚嘆しながら、ただちに思い起こされるのは、つまり、この寓話により、まったく異なった思考のエクゾチックな魅力としてわれわれに指し示されるのは、われわれの思考の限界、〈こうしたこと〉を思考するにあたっての、まぎれもない不可能性にほかならない − だがいったい何を思考することが不可能だというのか?


 


9月7日。土に水がしみわたっていくように / 夏の終わり。

「エスノメソドロジーとコミュニケーション研究会」も10回を数え、今回は、ガーフィンケル他『エスノメソドロジー』(せりか書房)をテキストに、読書会の形をためしてみた。エスノメソドロジーを専門とする人とそのほかの専門でやっている人とが集まっている研究会ではあるのだけれど、せっかく名前に「エスノメソドロジー」とついているわけだし、このへんでひとつ落ち着いて、基本文献を読んで共有しておくというのもいいでしょう、という趣向。
朝の10時から始めて、昼食休憩をはさんで夕方の6時までみっちりやり、前半の1章から4章までの諸論文を、関連論文とあわせて読んで、まずは満足。
「土の中にしゅーっと水がしみわたっていくみたいに、テキストのすみずみまでわからないところがなくなるまでしっかり読めるといいですねえ、なるべくそういうかんじでいきましょう」と言いながら、まあそこまではなかなかいけないものにせよ、かなりいけたと思う。自分も基本文献をあらためて読み返して発見もあったし、初めて読むという人たちとも、エスノメソドロジーの基本的な肝のところについて議論しながら確認できたし、かなり共有することができたと思う。研究会の後の感想で、自分もそうだったのだけれど、参加した人が、疲れたけど勉強になったし楽しかった、と言っていて、それがなによりよかった。

同じことをもう一度やろうとすると、ものたりなくなったりやりすぎになったりするもので、だから、同じ企画で今回のようにうまくいくことはもうないかもしれない。それでも、こういう機会を一度もつことができたということは、心の支えになるし、これからにつながると思う。
それで、読書会に限らず、この研究会をやっている一年間の間に、あれこれ試してみて、いろいろとそういう機会を持つことができて、よかった。いい「場」になってきてるんじゃないかなあ、と思えて、それはとてもうれしいことだ。

それにしても、暑い。夏が終わらない、というと、なんだかTUBEかオメガトライブ(ほらほら若いやつは誰も知らないよ)のようだ。例年なら今頃、窓をあけてバート・バカラックとかカーペンターズを聴きながらしんみりと、「空が高くなったなぁ・・・」とかいってトンボを目で追ったりしているはずなのだが、いまだにクーラーをガンガンきかせてイラついているのだ。
でも、やはり9月。遅い朝食で、みょうがとかお茄子とか浮かばせた薄いにゅうめんなんか作って熱いのをずるずるっとすすっていると、夏の疲れ、ごくろうさま、という気分になってきて、青春も終わった、朱夏も終わった、これから秋を迎えるのだ、という枯れた心積もりができあがってくるようだ。


 


9月21日。学会に行ってきた。

今年の会場は明治学院大学。東京は遠いなぁ、東京へいきたしと思えども、うんぬん、とかなんとかいいつつさぼろうかなぁ(今年は自分が発表しないし、大地震の予言があったし)、とか思っていたけれど、週末占いカウントダウンで、さそり座は3位で、「直感に従ってラッキー! 気ままな小旅行がオススメ。」と言っていたので、そうだなぁ、プチ旅行気分で行くかなぁ、発表ないし、というかんじで、新しくもない背広を着込んで朝早くの新幹線に乗って東京へ。うろうろしつつ、午前中のセッションの途中から参加できた。そうしたら、昼の休憩のときにいきなり地震が来て魂の8割がたを抜き取られてしまったんで、二日間、ちょっとさえなかったかもしれない。
収穫は、「教師」のセッションかなあ。自分の専門と直接関係するというよりは、「教師論」の授業のネタ探しというぐらいのつもりで行ったのだけれど、大部の調査データもゲットできたし、お話も面白かった。
あとは、このところずっと考えている、「体質」みたいなものについて、あれこれ思っていた。たとえばエスノメソドロジーを(あるいは、インタビューを、とか、計量を、とか、歴史を、とか、理論を、とか、その他その他)やるのには、やはりそっちに惹かれていく自分の体質みたいなものがあって、体質に合わないことをやるとしんどくなってくるし体質にうまく合ったことをやると、好感の持てる研究にはなるのでは、とか。

懇親会で、久々に会った後輩が言っていた事。自分の発表、けっこう自分では気に入っているのだけれど、指導教官からは「細い」と言われた、という。ていうか、研究というのは太いとか細いとかいうものだろうか? で、「ふうん」と言いながら、懇親会が終わってさっさとホテルに戻って要旨集でその発表要旨を読んでみたら、なるほど細かった。で、二日目の昼休みにもいちど後輩をつかまえて、そのことを喋っていた。どう細いのか、みたいな?
しかしそれにしても、研究というのは太いとか細いとかいうものだろうか? でも、それでわかっちゃうところがあるわけで、ていうか、「体質」でも同じことだけれど、そういう感覚的な次元で話が通じるようになると、すごくやりやすいし、通じないとやりにくい。

台風も来るというので、二日目のお昼で切り上げてぱーっと新幹線に乗ってぱーっと京都に帰った。
明日から後期の授業が始まる。
やれやれ。

そうそう、『すいか』の最終回はそういうわけで、明治学院大学の正門から徒歩1分のビジネスホテル(大学の正門の守衛さんに教えてもらった)の部屋で見た。ずっと一貫して「終わること」をめぐるお話だったので、最終回の着地のしかたはむずかしいだろうなあ(結局ありきたりのエンディングに落とし込んでしまうのなら、今までの「終わること」をめぐる探究は何だったのか、と言いたくなる)、と思っていたのだが、なんだかとりとめのない感じのままエンディングテーマが流れてさっさと終わってしまったので、結構わるくない感じだった。今年の夏は、いいドラマを毎週見れてよかった。


 


9月28日。自分がいなくなったあとでふと誰かの口の端にのぼること。

9月にはいってからはなんだかんだと学校で会議がありずっと出勤してはいたのだが、秋学期が始まり、授業が始まるとやはりぜんぜん違う。天理で7.5コマ、非常勤先で2コマ、というのはけっこうタフかなあ。でも、多くが演習授業なので、うまくいけば講義よりおもしろい。そうそう、卒論指導が佳境に入るのが後期だ。これもうまくいくとおもしろいのだが。

秋学期さいしょの卒論ゼミをやっていて、どうでもいい話の流れでふと、「モラトリアム人間」という言葉を使って、あ、そう、小此木さんなくなったんだ、と思い、「そうそう、このあいだなくなったんや、「モラトリアム人間」、小此木、流行っとったんや、あぁ、なくなりはったんやけどな、小此木さんなぁ、」とかなんとか口走ってしまい、学生さんがなんとなくぽかんとしてるので、「あぁ、小此木小此木いうてなんか10ぺんくらい言うてもうたな、あー、なくなりはったんや、まぁこれでなんか供養になったやろう、あぁ、流行っとったんや、」と言ったら、あはは、と笑って、供養にはならないでしょう、と口々に言われた。


 


10月6日。季節の変わるのは早いものだ。

例によって、一年前のこの欄を見直してみると、なんだかクリス・コナーなんかを聴いていたらしい。女性ジャズヴォーカルなんかを聴こうというのは、よほどしっとりと秋が深まった気分になっていたということで、そのへん、今年は夏から秋にかけてがドタバタしていたのでどうも急にその気になれといわれてもなりにくい気はしなくはない。しなくはないけれど、たしかにグッと涼しくなってきた。新聞の集金のおばさんも「すずしなったなあー」とゆってはったので、まずまちがいない。先月きはったときには、「暑いなあー」という会話をしたおぼえがあるので、一ヶ月でえらい変化である。まぁ、季節が変わるというのはこういう具合だったかもしれない。「もうじきコートが欲しなったりしよるわあ、はやいなあ、はいそしたらお釣り」「あ、どうも、あ、ほんまですねぇ」というわけで、来月きはるときには「さむなったなあー」「ほんまですねぇ」ということになっているんじゃないかと思う。

それで、今、ちょっとフランク・シナトラを引っ張り出してきてかけながら書いているのだが、今日はもうすっかり秋の雨で、ひんやりしているし、なかなか雰囲気出ている。もう秋なのだ。当たり前の話だけれど。それで、発見としては、春から夏にかけてパソコンに落として繰り返し聴いていたダイアナ・ロス&シュープリームスで聴いて悪くないと思っていた「Without A Song」という曲を、シナトラが歌っていて(というかたぶん順序は逆なのだが)、同じ歌を違うアレンジ、違うアーティストで聴くというのは、新鮮だし、曲の別の面が発見されて楽しい。いままで何回も聴いていたはずのディスクなのだが、「コートにすみれを」ばかり聴いていてその前のこの曲は聞き流したりスキップしたりしていたに違いなくて、ダイアナ・ロスのほうだって、パソコンに入れてながら聞きを繰り返すまでは、どっちかというと聞き流したりスキップしたりしていた(バラードの曲はタルい、といって、「恋はあせらず」とか「You Keep Me Hangin' On」なんかのほうをよく聴いていた)のだけれど。さいしょに気づいたのはダイアナ・ロスのほうを聴いたときで、理屈はよくわからないけれどたぶんひねった曲想になってて、そのひねったところをドラマチックに誇張したストリングスのアレンジでダイアナ・ロスが歌っていて、おおー、スケール大きく聴かせようとしてるなあー、というのが印象で、それいらいけっこう愛聴していたのだが、いま、シナトラのヴァージョンで聴くと、バックのジャズ・オーケストラのアレンジも含め、かなりあっさりやっていて、そういうのもいいなあといいながら、シナトラの軽くスムーズな唄を繰り返し聴いている。

もう一段階、秋が深まってくると、いよいよデューク・エリントンを聴く雰囲気が高まってくるし、そのいっぽうで、以前から欲しがっていてようやくインターネットで予約注文をしたパーカーの『コンプリート・レコーディングス・オン・ダイアル』のセットも来月早々には届く。すっかり40年代満喫である。たのしみにしよう。


 


10月13日。連休。

秋学期はあれやこれやタフなので、この三連休はとてもありがたかった。

土曜は、朝起きて、ご飯を食べて、洗濯機を回して、それから自転車に乗って散歩に出掛けた。非常勤先の近所にある「古本市場」で、ピチカートファイヴのCDをまとめ買いした。なぜいまさらピチカートファイヴなのか? この店には、時間つぶしにときどき行っていたんで、先日ふらっと入ったときに、中古CDの棚にまとめて並んでいたのを見て、そのときはまぁ仕事の合間だったこともあってスルーしたけれど、やはりちょっと聴いておくべえ、ということで、散歩がてら買いに行ったという次第。
都合、7枚ほどまとめ買いしたのだが、下宿に帰ってからディスコグラフィーと照らし合わせてみたら、だいたい同じ時期のアルバムがまとまって並んでいた、また、レアトラック集とか、「限定盤」となっているものも含まれていた、というところから、たぶんこれらのディスクは一人の人がまとめて売りに来たものだろう、その人はたぶん一時期(「東京は夜の七時」が流行って、小西&野宮のオサレ二人ユニットになってしばらく?)はそれなりに熱心なファンで、それから離れてしまい、このたびまとめて売却のはこびとなった、というプロファイリングができそうだ。

・「オーヴァードーズ」
・「ロマンティーク96」
・「宇宙組曲」
・「フリーダムのピチカート・ファイヴ」
・「グレイト・ホワイト・ワンダー」
・「ハッピー・エンド・オブ・ザ・ワールド」
・「PIZZICATO FIVE JPN Big Hits and Jet Lags 1994-1997」


日曜は、朝起きて、ご飯を食べて、洗濯機を回して、それからビールを飲みながらTVで囲碁(林海峰が若いのと対局、解説が大竹。いいねえ)を見て、それから自転車に乗って散歩に出掛けた。散髪屋の前を通り過ぎようと思ったら中でおじさんたちが退屈そうにしているのが見えたので、引き返して、散髪して貰う。それで、こんどは反対方向に自転車をはしらせたのだが、結局、入るところは古本屋なわけで、このところひょんなことからぱらぱらと読むようになった川上弘美の文庫を2冊ばかり購入する。川上、そんなにいいと思わない、というか、どっちかというとうんざりさせられることも多いのではないかと思いながら、しかし、そのうんざりというのは、自分と同じくらいとか年上とか年下とかの女性(の書く文章)になぜだかしらないが濃度の多寡はあれ共通して感じられることの少なくないようなうんざりであって(ちなみに川上は私より8こも上で家族も子どももあるというのだが)、それは要するに自己愛だとか甘えだとか自堕落だとかということ、ひとことでいうと、カマトト、ということなんだろうけれど、そのうんざりを拒絶してしまったら自分はきっと生きて行く世界がないのだろうからさしあたり受け入れるよりないのだろう、という類のうんざりであって、つまり要するに現実が超えられることなくそっくり反映されているんだからそれを読んでうんざりもしてみよう、という気になる、というわけである。

『蛇を踏む』
『溺レる』


今日は、朝起きて、ご飯を食べて、天気が悪くなるという様子だったので、「オーヴァードーズ」を聴きながら『溺レる』を読みかけていた。それで、他のCDのケースも開けてみたりしていて、凝った造りの紙箱のケースを開けたときに、香水の匂いがして、中古で買ったCDなのでこれは前の持ち主のものかしらん、と一瞬、思った。それで、香水の種類などとんとわからないのだけれど、ピチカートファイヴを揃えていたというのならそれなりにオサレだったりするのかしらん、と一瞬、思ったけれど、よく考えるまでもなく、オサレなおねえさんは「古本市場」なんかに出入りしないのでは? CDを処分するのに、中古レコ屋に行かずに「古本市場」に持ち込んでしまうあたり、安い感じがするではないですか。
それでやはりうんざりしながら、雨も降り出さないようなので、こんどは歩いて散歩に出掛け、ギターの弦の替えを買って帰ってきた。どうせまたすぐ切れちゃうのだが。


 


10月21日。授業の中で面白そうなテーマをみつけた。

今年の研究室紀要はこのネタで書こう。うまく行けば面白くて役に立つものになると思う。今年はあれやこれやでばたばたするので、論文に集中できる期間は限られると思うので、細かい分析は後回しにして、とりあえずアウトラインだけを提起することにしよう。

某日。天気がいいので、電車に乗って、以前住んでいた界隈まで出掛けて散歩。古本屋に入ると、欲しかった本がちゃんとある。やはり、ちゃんとした、Bookoffとかじゃない古本屋がならんでいるというのは、いい環境である。中古レコード店でも、面白そうなものがならんでいたし(買わなかったけれど)。難を言えば、近年なぜかしらオサレになり有名になってきた某書店にふらふらと立ち寄ったらオサレ客が充満していて、ヤン・シュワンクマイエル(だかなんだか)の最新作DVD(だかなんだかかんだか)とかをたのしげに選んでいて、あっけなくそそくさと退散するはめになったということ。いやはや。私の学生時代には、夜遅くまであいている普通の学生町の小さな本屋で、銭湯帰りの学生なんかがマンガとか立ち読みしていて、壁には漫画家(吾妻ひでお、とかなんとかそういうかんじの)の書いた「けいぶん社さん江」とかいう色紙が飾ってある、という、ただそれだけの普通の本屋だったんだが。なんか何度かの改装を経て急激にオサレ化したので、今はもう、休日なんかは近づけなくなってしまった。やれやれ。

それはそれとして、ご近所の古本屋のことも褒めておこう。じっさい、Bookoffだとか古本市場だとか、もっとマンガ寄りのところだとか、そんなのしかないのだが、それはそれで悪くないこともあるのだ。なにしろ、物の値打ちというのがわかってない?というかまあもう少し穏当な言い方をすると、価値観の相違?でもって、要するに、たまーに掘り出し物が唖然とする値段で売られているということだ。先日も、みすずからでているデリダを95円で買った(あんまりだ)。
そういうわけで何ヶ月かまえ、ちょうど、テマティック批評みたいなのを読みたいなあと心に思っていたときにちょうど入った古マンガ店(コミックショック、だったかな)で、スタロバンスキー『モンテーニュは動く』(みすず書房)が6000円→1500円になっていて、即購入した。それでパラパラと見ていたら、同じ著者のルソー論の姉妹編である、というので、当然、欲しくなった。それがもう品切れかなんかだったのかな?で、どうしようか、と思っていたのが、要するに、先日、上記古本屋で見つかったというわけである。なにせちゃんとした古本屋の並ぶ界隈なのでこんどは適正価格で、『ルソー 透明と障害』(みすず書房)が4600円→3200円だが、まあいいやと購入したという次第である。
まあ、両方の本とも、それなりに厚いし、このところいっぱいいっぱいだし、いつ読むかはわからない。また、以前思っていたテマティック批評をよみたいという欲は、それから程なく、みすずの名著復刊企画でよみがえったバルトの2冊、『ミシュレ』『サド、フーリエ、ロヨラ』を読んでひとまず満足(特に前者がテマティズムですね)したので、いまはおさまっているのだ。


 


11月1日。『Charlie Parker On Dial』が届いた。

とてもうれしい。すぐ聴くかというと、もうすこし余裕ができてからゆっくり聴きたいのだけれど、手に入れられたことだけでうれしい。以前ここにLP10枚組みと書いたけれどそれは間違いで6枚組み、『オン・サヴォイ』を6枚組みと書いたのも間違いでこっちは7枚組み、だったのだが、いずれもCD4枚組みずつで、以前と比べればびっくりなほど安く入手できた。時代というのは変わる。どんどんよくなっているのだろう。

5月から始まった某役員の任期がちょうど半分終わった。あと半分である。ただし後半のほうが例年大変であるらしい。まあしかしこの半年なんとか過ぎたのであと半年も過ぎていくにちがいない。
秋学期の授業が始まってから数えてもちょうどだいたい折り返し地点(年末年始のお休みをはさんで1月に少しある授業は、まあなんとかなるだろうと思っている)で、これまた後半のほうがタフになってくる(授業のコマ数もさらに増えるし、卒論も追い込みに入る)はずだが、しかし、半分過ぎたのだと考えれば少し心強い。なにしろあと半分なのだ。がんばっていれば過ぎていくだろう。
とくに秋学期の授業が始まってからは、なんかよくわからない状態になっていて、たぶんあとから振り返ってもなにも覚えてないかもしれない。しかしまわりの先生方はもっと忙殺されつつがんばってこなしてはるということを常に忘れないようにすること。

某日。出勤しようと思ったら公園のシーソーのところで地べたにおっちゃんが倒れている。「大丈夫ですかー」と声をかけたら動いたので、「風邪ひきますよー」と言って一度は通り過ぎようとして、でもそれはやはり気になってもう一度引き返すと、やはり通りすがりの若いお兄ちゃんが話しかけていて、おっちゃんは起き上がっている。風邪をひいているらしい。朦朧としているようである。酔っているのかは微妙で、本人はどうやら「昨日」飲んだ、と言っているけれどよくわからない。ふらふらしていてとても家?まで辿りつけなさそうだ。結局、救急車を呼んで引き受けてもらう。それで結局、授業に間に合わなくなって、電話をかけて休講にしてもらって、いきなりポカンと時間が空いて下宿に帰ってなんだかかたづかない気持ちでもやもやと過ごす。「おれはあんたたちより長く生きてるのになあ」とぼそぼそ言うおっちゃんの声が耳について離れなくなる。


 


11月14日。「P.S. 上松san(?) leader(?) 主事(?) に、よろしく」

某日。通勤途中で書店に立ち寄って『新潮』という雑誌を購入。新聞の広告で、蓮實重彦という名前と、丹生谷貴志という名前を見たからだが、結果から言えばほんの数頁の阿部和重評のために最大のポイントで広告を打った『新潮』編集部の策略は、まぁ、販売戦略上は、当たっていたということなのかしらん。
ともあれ、帰りの電車の中でようやく、丹生谷貴志のリレー連載コラムの最終回を読んで、まずはそれだけでも満足した。ようするに、ファンなのだから、短いとかつまらないとかなんとかいうことはいっさい問題にはならないわけで、蓮實、丹生谷、とくれば、選択の余地なく買うし、読んで、選択の余地なく満足するので、つまり、私の場合の、幸せはそこにある、という、定義のようなものだと考えてよろしい。
それで、「スラプスティック」と題されたコラムは、いつもながらに、いつもながらのことしか書いてない丹生谷節で、しかしもともと倦怠を求めて読むわけなので、幸せ。ニヒリズムをめぐるニーチェの議論がいつもながらに参照され、またかと思うのが幸せ。定義、というのはそういうことである。で、ただ、「スラプスティック」というのは、ヴォネガット(のガンで亡くなった姉)(を口実にした、いつもながらニーチェとかニヒリズムとか)をめぐる小文で、論旨の運びそのものは、いつもながらだなあという以上のものはなく、ただ、ヴォネガットという、院生の頃に読んだ作家のことをひさびさに思い浮かべなおしたのが、まぁ、実際的な収穫だった。
それで、ヴォネガットの『スラップスティック』の文庫本を引っ張り出して、まあ読み直す時間はいまないけれど、ぱらぱらとめくったら、二つ折りにした茶色い紙片が栞のように挟まれていて、どうやら茶色い便箋?かなにかを細く切ったものに、一行、「P.S. 上松san(?) leader(?) 主事(?) に、よろしく」、と、書いてあった。
上松sanなる人が誰だか、知らないのは、表紙の後ろに鉛筆で170と書いてあるこの文庫本を昔、古本屋で買ったからなんで、この栞?は、前の持ち主がはさんでいたままのものだということなわけだ。でも、十数年前に読んだときはこの栞について何か思ったのか、なんとも思わなかったのか、それも覚えがない。第一、他人から見てあまり面白みのない文句ではある − 面白いといえば、これも院生の(貧乏きわまっていた)時、古道具屋で買った留守番電話のテープに、若い女の声で、たぶん仕事上の取引先営業とかそういう、ちょっとした知り合い、という感じの相手(電話の前の持ち主)に、「お風邪の具合はいかがですかぁ?」とかなんとか、下心まんまんの声を残してあったのが、面白みがあった。これはまぁ、当時誰に聞かせても受けたわけだがそれはさておき − 強いていうならばこの便箋?の下端のロゴ?が「Message House 2001」となっていることにはちょっとハッと胸を突かれた。ざっと15年ほどは前に古本屋で買った本から出てきた紙片なので、この「2001」という数字は実際の2001年よりずっと前に、「未来」の意味で印刷されたものだということで、しかし、なんか今、ふたたび紙片が空気に触れたときには、その「未来」を通り過ぎてしまってた、というのは、ちょっと、ハッとしなくはない。

ところで、さらにどうでもいい話だが、そうしてヴォネガットを、自分なりにそれなりに懐かしく思い出してあれこれ思っていたわけだが、ひょんなことから、その『新潮』を買って丹生谷のエッセイを読んだその日がヴォネガットの誕生日だった、と知る。メロドラマってやつね! スラプスティックってもんよ! ハイホー。

ついでにいうとその翌日は、さらにどうでもいい話になるのを覚悟で言うと、ロラン・バルトの誕生日で、ミヒャエル・エンデが同じ日だというと「それはステキですね!」ということになるだろうけれど、まぁ残念ながらうんざりするしかないのだが、私、もその日に生まれたことになっている。ハイホー。

くだらない話題はやめて、面白かった本のこと。大塚英志『キャラクター小説の作り方』〈講談社現代新書、2003)を通勤電車で読んで、案外よかった。今年前半のベストセラーではあるわけで今更、なのだが、まぁ、物語論なんかになじんでいる読者からすれば、ものすごく目新しい感じはしないのだが、うまく書いてあるので学生さんに薦めたくなるし、小説ではないけれど論文、の書き方として読むというのもできそうだ。そして、参照例としてあげてある中にTVドラマの『木更津キャッツアイ』が大きくとりあげられていること、そして、最後にとりあげられているのが現実のアメリカの9・11以降の「戦争」であること − あれはハリウッド映画的な物語の文法に従っている、という、まあ目新しくはないが今まさに共感したくなるような内容がきちんと書いてあること − このへんが、読んで面白かった。

某日。電話で、『〈子ども問題〉からみた学校世界』(教育出版、1999)に再度重版がかかった、と連絡が来る。まぁ、むしろゆっくりなペースで、忘れた頃なわけで、それについては共著者のひとりとしては力不足をお詫びするよりないわけだけれど、しかしまぁともかく少しでも多くの人に読んでもらえるというのはうれしいことだ。学校の先生とか向けの5冊シリーズのうちの一冊で、5冊のうちでは、聞くところでは、教育社会学同業者の間で受けがよかった、というものである。そのへん、一般ウケに徹し切れなかったところが弱さだけれど愛着もあるわけで、共著者の多くが、この本に書いた論文をあちこちで主要業績にあげているのは、この本がある面でとても幸福な本だ、ということの証拠になると思う。

で、そのこともあって、最近また少し見直しているのが、イーエスブックスであって、ここはオンライン書店のサイトでありながら、その中に「みんなの書店」なるコーナーがあって、誰でも「書店」というのを自由に無料で開設できるしかけになっている。うまくすると、自分の執筆参加した本をweb上で「手売り」できるわけだ。これは魅力である。
どうせやるとすれば、ある程度てまをかけて、ある程度成功させたい。なので、今ははじめるだけの気力がない。しかし、要チェックという感じで考えていこうかしらん、とは思っている。

某日。帰宅が遅くなり、夜道を駅に向かって歩いていると、「キャンユースピークイングリッシュ?」と声をかけてくる人がいた。アジア系の若い男で、自分はなにせ英会話とか毛虫のように嫌いなので出来ないので、「あーごめんなさいわかんないですぅ」と言って通り過ぎようとすると、後からついてくる。で、少し先の赤いちょうちんの店を指して、「ラーメンショップ?」と訊いてくる。ラーメンショップではないと思う。焼き鳥、と大書してある。しかし、焼き鳥って英語で何ていうのか、少し考え始めてから、いやになって、「違うと思いますよー、ノウです、ノウ」と言い手をひらひらと振る。それで、しかし、ふと思いついて、「Sラーメン?」と訊いてみると、「Sラーメン!」と答える。Sは近くの有名店である。「Sラーメンは、こっち!こういって・・・こう!」と、身振り手振り指差しで伝え、交差点までいっしょに歩いて、「こっち!」と指差したら、「アリガトウ」と言い、「Sラーメン・・・」と言いながら颯爽と歩いていった。
人助けになったのやら。

道で困った人に声をかけられる、というのは、そういうオーラをこちらが出しているからだと思っている。
むかし、人の相談をうんうんわかるわかる、と言って聞いていたら、よく聴いて受け入れてくれる、器が大きい、と言われた。それに答えて、自分は、器が大きいというのではなくて、器が壊れてひびが入っているので、受け入れているように見えても漏れているし、蓋をしようとしても閉ざすことが出来ないので入り込まれてしまう、だから、どんどん受け入れているように見えるのだ、と言ったら、なるほどと納得された。
壊れた器、というのは、必ずしも納得されてうれしいイメージではない。しかし、今でも、道で困った人に声をかけられたりするたびに、壊れた器のイメージが浮かぶ。
メロドラマってやつね! スラプスティックってもんよ! ハイホー。


 


11月21日。思い出したように修士論文をアップしてみた。

今やっている研究会のMLの中で、先日、話の流れで、「院生時代に、「研究」的な視点でものを考え始めるときに、どんな時代?の何にめぐり合わせたか、というのはやはり大きいのか、とか思ってました」と書いたら、それはどういうことでしょう、もう少し詳しく、と言われて、手が止まった。自分としてはさほど深い意味を考えずに、素直にそう書いたのだけれど、改めて聞きなおされると、自分でもどういう意味で言ったのだろう、と、改めて考え始めて、それで、あれこれ思い出したりしていた。

それで、重い腰を上げて、修士論文をHPにアップすることにした。なにせ大昔のものだから、われながらちょっと、という気がする。だからずっと公開してなかったんだけれど、しかし、逆に、いっそ大昔になってしまったんで、もう時効かしら、というふうにも感じ始めたのだ。


 社会学者が社会学をする、とはどういうことか。本論文は、いわばこの問題の周辺をめぐる議論に終始することになるだろう。少なくとも筆者自身にとって重大な意味をもっているこの問題を、<社会学>の問題系の一角を占める一般的なレヴェルの<問題>へと転化するために、本論文では、H.ガーフィンケルの提起したエスノメソドロジーをとりあげることになる。ガーフィンケルは、社会学者が社会学をするということについて、もっとも徹底した反省を行ない、しかもその反省から導きだされたものを実践しつつある社会学者だと思われる。そしていまやガーフィンケルの名には、<社会学>の諸理論を概観するうえで無視しがたい重要性が認められている。しかしながら、彼の徹底した反省・あるいは彼の行なってきた実践そのものは、いまもなお理解されてはいないのではないだろうか。すなわち、<社会学>は、自らの従来の問題系の中に当て嵌まる範囲内でガーフィンケルの活動のうちの<理論的>な部分を受容したに過ぎないのではないだろうか。
 以上のような問題意識に従って、本論文は・・・

てな具合な出だしで始まる。
当時の私の在籍した大学院は、修士論文をかなり好き勝手に書かせてくれる雰囲気があって、この論文を私は、まったく「自分自身のために」書いていた。自分自身、逃げ場がなくなって煮詰まってしまうよりないような問いを立てて、それに答を出さないまま原稿用紙100枚分、自分の「煮詰まり」をそのまま具現化するような文章を書こう、というのが、当時の自分の「思い」で、もしそれによって少しでも読者に「煮詰まり」を伝染させることができれば、つまり、「問い」に対する「答」によってではなく、「問い」そのものを、たんなる理屈ではなく、「重苦しさ」の感覚、「問い」の切迫そのものとして、相手に伝染させることができれば、という目論見が − まぁ、それが成功した、とは言いがたいわけですが − あったわけだ。たぶん、そういう感覚は、この修論の日付、1990年から1991年のはじめに書いた、というタイミングとも関係ある気がする。「院生時代に、「研究」的な視点でものを考え始めるときに、どんな時代?の何にめぐり合わせたか」ということを考えるときに、自分の場合、この修論のこの煮詰まり感が、まず、思い浮かぶことになる。
ともあれ、修士論文のガーフィンケル論は、かろうじて私を博士後期課程に進学させてはくれたものの、しばらくはお蔵入りになり、秋の学会では、指導教官のアドバイスもあって、修論より前にまとめていた帰国子女論で発表を行い、その後、学歴社会論とか校則論とかしつけ論とか、ほとんど「小ネタ」の連発で大学院生時代とオーバードクター時代を過ごし、ようやく就職が決まってから、2本のガーフィンケル論を(つまりほとんど道楽として)書いた。そのときは既に、修論の時よりまぁ少しはエスノメソドロジーの理解をヴァージョンアップしていたので、結局修論ネタは直接は今に至るまで日の目を見てない。
しかし、あれやこれやの小ネタに手を出しながら自分の中ではあんがい一貫してやっていけている(気分でいる)のは、修論のときに、「自分のために」おもいきり「煮詰まった」ものを書かせてもらったからだと思っている。結局、当時から今に至るまで、この「煮詰まり」はずっと、自分の中にあるのだ。

なわけで、修士論文。
「Harold Garfinkelの社会学的営為」京都大学大学院教育学研究科 修士論文(1991/1/13)

↑ただし、へたくそな文章で長くてうんざりするので、修論ネタで唯一、人前で発表したレジュメを付録にします。どうせならこっちのほうを先に見てもらうと助かります。
・「第13回 教育社会学・若手の会」発表レジュメ「H.Garfinkelの社会学的営為 − あるいは、社会学は実践である、ということ」(1991/7/24/14:00〜 於・関西大学)

これは、いまはなくなってしまった「教育社会学・若手の会」という研究会の、最後から2番目か、最終回になってしまったか、の回の発表レジュメ。ちなみにこのとき、事前のアナウンスメントで指定した参照文献が、蓮實重彦『小説から遠く離れて』と金井美恵子『文章教室』だったわけで、まぁ、なにしろそういう気分だったということなのだ。やれやれ。

あ。違った。

上の文章をアップしてから、ひさびさに教育社会学会のHPを見てみたら、東海教育社会学研究会30周年記念シンポジウム「メソドロジーの現在と将来−教育社会学をめぐって−」というののアナウンスメントがあった。

今日の教育社会学では多様なメソドロジーが百花繚乱の観を呈しています。しかし、それらがかつてなく多様化・専門化し、その全体を俯瞰することが困難となり、しかも各メソドロジーが「蛸壺化」し、さらには本来「手段」であったはずのメソドロジーが「目的」と化すという倒立状態すらみられないではありません。教育社会学の強みの一端が、教育=社会問題へのアクチュアルかつ鋭い嗅覚と、そこにアプローチするための多様なメソドロジーを縦横に駆使する包容性とバイタリティにあったとすれば、今日のメソドロジーをめぐる現状は、そこからいささか離れつつあるといえるのかもしれません。
・・・

という「趣旨」の文章を読んで、自分が以前やった学会発表を思い出した(それで、ちょうどのタイミングなのだが、そういえば、その発表なんか、けっこう修論のネタがちょっと出てきていたりしてなくはなかった)。こんな感じ。

恐らくはいわゆる「パラダイム論争」以降、教育社会学的研究における方法論的反省が試みられる度に、誰がいつ発話したとも同定できないほど繰り返し気軽に口にされている「批判」がある − 曰く、「ナイフの切れ味を競い合うあまり、刃の研ぎ過ぎで使いものにならなくなってしまう」。この奇妙に執拗な比喩が、本発表の出発点である。この比喩の奇妙な点は、あたかも反省さえしなければ方法論を自由に活用しうるかのごとき口振りにある。言う迄もなく、「パラダイム論争」の一つの中心であるはずのエスノメソドロジーが提起し続けてきた問題は「方法」と「反省」をめぐるそうした比喩それ自体をめぐるものであった。すなわち、ガーフィンケルにおいては、・・・
「方法と反省」

みたいな。
なんだか東海のシンポ、行きたくなってこなくもないけれど、11月29日土曜日、には、某役員がらみの「学習会」かなにかがあって、「動員」されているのでそっちにいかねばならないのである。

ふたたび、やれやれ。


 


12月1日。金井美恵子の新しいエッセイ集を買った。

土曜日は某「学習会」で学習。講師でいらした先生とは、ひそかに、一ヶ月のあいだに土曜日だけ3回くらいごいっしょしていることになる。「動員」がかかるたびのこのこと出席するこちらもこちらだが、主催とかしはる方もそれだけ、ていうかもっと大変なご苦労なのだと、肝に銘じること。

日曜は研究会。体調不良で懇親会を失礼して帰る。

月曜の非常勤の授業が、今期はいまのところなんとかうまくいっているようで、有難い。夕方、帰宅途中で本屋さんに寄って、新聞広告で見た金井美恵子の新しいエッセイ集を買った。まだ読んでない。少しずつ読もう。そういうのを楽しみにしよう。


 


12月15日。「ぼくの好きな先生」

というRCサクセションの歌があって、中学高校生ぐらいの頃にはよくFMラジオでかかっていたので耳にして、いいなぁ、と思っていた記憶がある。「トランジスタ・ラジオ」という歌もそうだけれど、そのへんのRCサクセションの歌は、地方の公立の進学校で勉強クンをしていた自分にとっては、あんがいグッときていて、結局、そのまま学校という場所に残って、今に至っている。それをこのところずっと、思い出して口ずさみながら日々を送っている。自分が先生というものになるとは、当時は思っていなかったし、また、実際になってみたら、「ぼくの好きな先生」みたいな先生にはなれなかったわけなのだが。ていうか当時から「トランジスタ・ラジオ」みたいな高校生ではなかったのだからまあそうなのだが。

某日。担任学年である3回生の見学実習で、専攻の教員全員とクラス全員で、マイクロバスに乗って博物館に出掛ける。新しい博物館で、工夫もされていて、楽しかった。学生もけっこう喜んでくれて、よかった。みんなで集合写真を撮った。「ほらほらもっと真ん中に寄って寄ってー」とか言っていたら「先生、なにはしゃいでんの?」と笑われたが、しかし、ついこのあいだ入学したと思っていたらもう3回生も終わろうとしていて、気がつけばそれぞれみんな3年前よりやはり大人っぽくなっているのだから、月日のたつのは早いものだ、と思い、この次みんなで集合写真を撮るのは、と考えると、なんだか目が回ってしまうのだ。
博物館から出ると、きれいな虹が出ている。帰路のマイクロバスの中で、いよいよくっきり虹が見えたんで、歓声が起こる。月並みな感想ではありますが、よい学生さんたちに会うことができてよかったと思う。

例によって例のごとく、インターネット注文でCDをまとめ買いしたのが届いた。気持ちがささくれ立っているのかしらないけれど、枚数が多い。おまけに気持ちが後ろ向きなのかしらないけれど昔に聴いたことのあるものの買いなおしがほとんどである。ていうか、YMO関連のディスクを一揃い、大人買いした、というのが実情である。

YMO「Yellow Magic Orchestra」「Solid State Survivor」「Multiplies」「Public Pressure」「BGM」「Technodelic」「Naughty&Instrumental」「Service」「After Service」
スネークマンショー「スネークマンショー」「死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対」「スネークマンショー海賊盤」「ピテカントロプスの逆襲」
坂本龍一「CM/TV」
オーネット・コールマン「Dancing In Your Head」
DCPRG「Structure et Pouvoir」


 


12月23日。ようやく秋学期の授業が終わった。

まだまだ学校に行く用事はあって、学生のレポートの整理が結構たいへんなのはわかっているのだが、しかし、授業期間が終わったというのがなによりである。しかし、たいへんだった。それでも自分なりにがんばってやっていれば自分なり程度にはできるのであるらしくて、こうしてひとまずゴールにまでたどりつくことができた。そういうことをすなおに喜んでおこう。

年内授業最終日は非常勤まわりの日で、これは年明けに授業がなかったり試験だったりするので、最終授業になる。で、お話のおわりにはこのネタを、という意味で結構きにいっている『フランス教育思想史』の紹介をして、それじゃおつかれごくろうさま!と言って帰ってきた。
帰り道に、欲しかった本とCDを駅ビルで買う。
駅には毎年、大きなクリスマスツリーが飾られてそれはたいへんに美しいのであるらしい。せっかく駅ビルをうろうろするのであればそれを見てみようかと思い、しかし、構内を歩いているうちに、地階に書店があるという表示をみて、あら、こんなところに書店があったのを見逃していたとはね、とエスカレーターで降りると確かにそれなりの書店があり、望んでいた本のうち一冊をぶじ手に入れることができた。ナボコフの『青白い炎』は、以前大学の図書館で借り出してコピーしたものを持っていて、少し読んでうわーこれは、と思ってそのままになっている本なのだが、ちくま文庫から改訳版が出たとなれば、やはり、欲しくなるわけである。読むだけの時間と気持ちの余裕がいつできるのか、というと、もうそんな余裕なんてできないのだと最近はすっかり観念してしまっているのだが、しかし、本を手に入れることくらいは自由だと思う。
それで、そのまま駅ビルの地下をうろうろと移動してCD店に入り、岡村と卓球『The Album』を購入。岡村靖幸が石野卓球と組んで「岡村と卓球」名義で出した新アルバムだが、去年やはり共同名義で出した「Come Baby」の雰囲気からして、いわゆる岡村靖幸の音楽とはずいぶん違うジャンルだとはわかっているわけで、それでも買うのはファンだからそうするのがうれしいのである(そうやって買ってさえいれば、本編から締め出されてボーナストラック扱いにされてしまっている曲で岡村の岡村らしい最新曲の歌声を聴くこともできるのだがそれは帰宅して一夜明けてCDを実際に聴きながらこの文章を書くときに気づくことになるはずの、まだまだ先のお話)。
そこからさらに地下の別の書店に入り、蓮實重彦『監督小津安二郎』の増補版を、加筆されたという三章分のために買い直し、そこから駅の裏側の地上に上がって乗り換え口にはいり、そのまま電車に乗って帰宅、今年もどうやらクリスマスツリーは見そびれたらしいのだ。


 


12月28日。未来は長く続く/時間

冬休みになった。アルチュセールの自伝『未来は長く続く』を本棚から引っ張り出して読んでいる。ちょうど一年前にまとめて買い求めたもので、去年の今頃から今年の初めにかけては手に入れたばかりのヤン・ムーリエ・ブータン『アルチュセール伝』をずっと読んでいたのだから、今年はアルチュセールで始まりアルチュセールで暮れる、というかんじだ。ていうか、アルチュセールの伝記や自伝は、やはり、通勤電車の中でそそくさと読む気にもならないし、夏休みに冷やし麦茶をがぶがぶ飲みながら読む気にもならないわけで、やはり、寒い冬、というシチュエーションを待って読むわけだ。ちょうど去年のクリスマス前に、ここに書いた文章で、『未来は長く続く』を、「『瘋癲老人日記』と『人間失格』と『共産党宣言』を足して割りきれなくやりきれなくしたようなテキストではないか、と期待している」と書いたが、実際読んだら実際そうだった。エリック・マルティ『訴訟なき主体』や『アルチュセール伝』を先に読んでいることもあり、いよいよ『自伝』の虚言的な側面が印象に残るし、それはアルチュセール自身が『自伝』の中で述べていることでもある − 「あるがままの姿とはつまり、私自身の強い欲望から生まれた、一種の幻覚である。確かに私は、思い出が生む観念の連合をたどるにあたって、ひたすら事実のみを伝えるという原則を厳守したいと思っている。だが幻覚もまた一種の事実にはちがいないのだ」。このへんで、マルティなんかはことさらに難癖をつけるのだけれど、むしろこれは、アルチュセールがこの『自伝』をなぜ「書き始めて」しまったのか、というふうに言い換えれば、先日読んだ金井美恵子のエッセイ集のいくつかの箇所 − たとえば、「記憶と言葉」という、石井桃子の「お話」に寄せて書かれた文章 − を思い起こさせなくもない。そのようなものとしてアルチュセールを読むことはむちゃだろうかしら。

アルチュセールで始まりアルチュセールで終わる一年、というのは、しかし、どういう寓意なのか、よくわからない。しかし、自分でいちばんよい読書だったと思ったのは、春に読んだ鷲田清一『メルロ=ポンティ』で、それでうっとりしながらそのまま「「生徒コード」を語ること」(『教育・社会・文化』no.9)を書けたことが、今年の自分のベストなできごとだっただろう。

一年前と同じアルチュセールを読んでいたりすると、強力に、「この一年は・・・」などと感じてしまう。一年、一年、というサイクルが強く意識されて、一年を総括してみたくなるようになってきて気ぜわしくて仕方ない。
せっかくの休みなのだからもっとぼんやりと昼も夜も朝もなく過ごしてみたいものであるしそういう生活になってこそそれならば本でも読もうかという気になって読む本というものが確かにあるのであってそういう本を例えば通勤電車の中で揺れながら細切れにそそくさと読み進めるなどということをしても意味がない。そういう本の一冊としてアルチュセールの『自伝』を読み始めているとすればそれはまたその本を律儀に読み進めなければならないという義務もないということになる。アルチュセールの自伝からふと吉田健一の『時間』というやはり積読の本を連想してそちらを開いて読み始めてみると次のような書き出しで読点のない文章が始まる:

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冬の朝が晴れていれば起きて木の枝の枯葉が朝日という水のように流れるものに洗われているのを見ているうちに時間がたって行く。どの位の時間がたつかというのでなくてただ確実にたっていくので長いのでも短いのでもなくてそれが時間というものなのである。それをのどかと見るならばのどかなのは春に限らなくて春は寧ろ樹液の匂いのように騒々しい。そして騒々しいというのはその印象があるうちは時間がたつのに気付かずにいることで逆に時間の観念が失われているから騒々しい感じがするのだとも考えられる。例えば何か音がしていれば時計の音が聞こえなくてその理由が解っていても聞こえる音の為よりも時計の音が聞こえないので落ち着かないということもあり得る。併し時計の音を挙げるのも必ずしも的確ではなくて時間がたって行くのを刻々に感じる状態にあるから、或は刻々の観念も既になくて時間とともにあるから時計の音も聞こえて来る。或はその音が聞いている方に調子を合わせる。
まだ時計のようなものがなかった頃の方が時間の観念は正確だったかも知れない。その秒針が動くのを見ていて今と思った瞬間に既にそれが過去という風な慌しい考え、もっと厳密には妄想も生じるので何が動いているのでもその動きも時間のうちにある。それが時計の秒針でなくて水車小屋の水車ならばそのことを理解するのに困難はない筈で一秒、二秒と数えるから今がもう今でない感じにもなる。併し一秒前の針の位置が三秒前、四秒前のことになってその四秒前が過去であると考えるのは物理的な所謂、時間が頭にあってのことでそれならば過去、現在の区別も全く物理的なものになり、その拘束を離れるならば水車はいつまでも、或は今が今である意識が続いている限り同じ眺めの中で廻っている。その上の空では鳥が舞っているかも知れなくてその鳥は空の或る位置にいたのが次の瞬間には別な所に移っているのでなくて空に舞っているのである。それは水が流れているのと変ることはない。
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なんとなく気分上の連関は感じつつもこれはしかし、吉田健一、かなりの難物、冬休み程度の余裕ではとうてい片付く本ではないなあといったん見切りをつけ、アルチュセールに戻るわけである。


 


1月1日。賀正。

あけましておめでとうございます。

ことしもまたよい一年になりますように。