[i] 住民一〇〇人当たりの飼育家畜数は、一八六〇年に比べて一九一四年に一八から一三頭（当時アメリカで六五頭）と唯一豚のみが減少し、二二年の調査ではモスクワ県ヴォロコラムスク郡の一経営当たりの豚数は一七年の〇・二五から二二年の〇・三五頭に微増し、経営数が増えたため豚の絶対数は増加した。農民は次のようにいっている。「われわれは今、貧農にとって豚はすぐれた税の守り神であるから豚を飼育している。税支払いの時期になってもしばしば払うものがなく、余所での賃労働もない。そこで何が残されているか。豚を飼育するなら、一つの救いがある。それを飼えば、特に嫌な思いもせずに食糧税を遂行するだけの利益を生み出す。実際、われわれはハムを滅多に食べないが、豚のような有利な畜産なしにわれわれは零落から自分の経営を守ることはできないと、率直にいおう。新聞にも、豚は農民の貯金箱と真実が書かれていた」。低い農産物価格の下で農業税を納付する手段として養豚が、おもに都市近郊で普及しはじめた（Гордеев Г.С. Сельское хозяйство в войне и революции.М.;Л.,1925.С.48; Крестьянское хозяйство за время революции.М.,1923.С.36-37.）。また、飢饉の中で最大の減少が豚頭数であり、ヴォロネジ県で二一年に豚は六万九一七三頭から一万八九七五頭に激減したが、牛は肥育に三、四年を必要とするのに対し、豚は一年以内でよく、その回復は畜産の中でもっとも早かった（РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.579,Л.87; Оп.1,Д.30,Л.60об.）

[ii] 分散耕地は、「森林の大きな区画を一気に伐採し焼き払うのは無理だったので、小さな区画が地条に分けられ、翌年に新しい区画を焼き払い、新しい地条が誕生し」、それぞれの区画に耕地が分散したため生じた。ノヴゴロド県では、土地整理までに経営の八％が一〇〇以上、四五％が四〇から一〇〇まで、三三％が二〇から四〇、わずか一四％が二〇以下の地条を持ち、「地条が多すぎるために、それ全部を覚えるのは難しく、他人の地条を刈り取るのはいつもの現象であった」といわれた（Феноменов М.А. Современная деревня.Ч.II.М.;Л.,1925.C.61-63.）

[iii] だがこの時期の村ソヴェトの成立過程を過大評価してはならず、スターリン時代の内戦期研究者も、これらの「成り行き任せの」ボリシェヴィキの活動を理想化するのは誤りであると指摘する（Шестаков А.В. Классовая борьба в деревне ЦЧО в эпоху военного коммунизма. М.,1930.С.62.）

[iv] ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.487.Л.34; Еферина Т.В.,Еферин Ю.Г. История села Старое Синдрово//Крестяновение Теория,История,Современность: Ежегодник.М.,1996.С.160-184; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.141,Л.37об.,89об.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.664,Л.8,10; Оп.6,Д.493,Л.12,2-2об.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.195; ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.405.Л.567,569.

[v] Кадзикава С. Почему был введён нэп ? // Государсвенная власть и крестьянство в XX-начале XXI века.Коломна,2007.С.104; Кондрашин В.В. Голод 1932-1933 годов: Трагедия российской деревнии.М.,2008.С.50-51.

[vi] 例えば、Поляков Ю.А. 1921-й: Победа над голодом.М.,1975.を見よ。

[vii] Жатва смерти: Голод в Челябинской губернии в 1921-1922 гг.Челябинск,1994.С.3; Генкина Э.Б. Государственная деятельность В.И.Ленина 1921-1923 гг.М.,1969.С.296; 梶川伸一『幻想の革命』京都大学学術出版会、二〇〇四年; Есиков С.А. Российская деревня в годы нэпа: К вопросу об альтернативах сталинской коллективизации ( по материалам Центрального Черноземья).М.,2010.С.23-36; Метельский Н.Н. Деревня Урала в условиях военного коммунизма (1919-1921 гг.). Свердловск,1991.С.8; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.55,Л.4; Д.70,Л.1-5; Д.71,Л.1; Девятый Всероссийский съезд советов:стеногр.отчет.М.,1922.C.49.カーメネフはこの報告で、ネップと一八年春の政策との継承性に触れたが、これもネップ神話の一つとなった（там же.С.50.）

[viii] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.610,Л.17; Д.453,Л.86; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.586a,Л.199; Д.604,Л.54; Оп.5,Д.779,Л.20-22; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.815,Л.35; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.126,Л.65; ГАРФ.Ф.130,Оп.28,Д.75,Л.179.ブグリマ郡の実例のように、二一年末から飢饉に関連して自殺の件数が急増した（Сорокин П. Голод как фактор : Влияние голода на поведение людей, социальную организацию и общественную жизнь. Пг.,1922.С.146.）

[ix] Изв. Петроградского совета.1918.4 июня; Беднота.1918.25 апр.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.162,Л.28-29; Письма во власть.1917-1927: Заявления,жалобы,доносы,письма в государственные структуры и большевистским вождям.М.,1998.С.173; Гурьев Н.В. Чапанная война.Сызрань,1924.С.16.

[x] Брук Б.Л. Крестьянское хозяйство в 1920-21 г.Воронеж,1923.С.10.「赤色テロル」の代表的見解については、Литвин А.Л. Красный и белый террор в России 1918-1922 гг. М.,2004; Figes O. A People's Tragedy, N.Y.,1996,p.641.などを参照。

[xi] РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.904,Л.61-69; Большевистское руководство.Переписка.1912 -1927.М.,1996.С.188.

[xii] ソヴェト=ロシアはエリートが優遇される格差社会であった。賃金について見れば、モスクワ市近郊で一九年二月以後最低月額賃金は六〇〇ルーブリに定められたが、上級職員、行政職は三〇〇〇ルーブリを受け取った（Собрание Узаконений и распряжений рабочего и крестьянского правительства РСФСР.1919.№5.ст.52［以下СУ РСФСР.］）

[xiii] За советы без коммунистов: Крестьянское восстание в Тюменской губ. 1921: Сб. документов. Сост.Шишкин В.И.Новосибирск,2000.С.5; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.483,Л.151.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.150,Л.70об.,89об.; Беднота.1919.26 окт.; Тверьская правда.1921.16 марта.ウラル四県六二〇万の人口のうち、読み書きができたのは三〇％に満たなかったといわれている

　第一章　穀物戦争はじまる

　一　飢餓の革命

　一九一七年は厳しい飢えと寒さではじまった。

年が明けると燃料と食糧を求める民衆の長蛇の列が各都市で次第に目立ちはじめ、モスクワでも母親と小さな子供が凍てつく早朝から、「パンはなし」と貼り出されたパン屋の行列に辛抱強く並んでいた。カルーガでは最後のライ麦パンもすでに食べ尽くされ、タムボフでは小麦パンの消費は一日半フントに制限され、カザンには住民に配給する一フントのパンもなかった。「住民は苛立っている」と多くの都市から報告された。

二月半ばでペトログラードには六六万四〇〇〇プードのライ麦粉と五万プードの小麦粉しかなく、市参事会によれば、これは通常のパン消費量一人一フント［四〇九グラム］で二〇日分に相当した。二月革命時にこの貯蔵はさらに三分の一減少した。[xiv]

戦時統制経済と食糧不足の中で、すでに多くの県で大戦中に食糧配給が実施され、一六年夏までにロシア五三県のうち三四県で、砂糖、麦粉、パン、碾割り、肉の配給制が導入された。「パンを！」のスローガンで二月革命が勃発したペトログラードで一般市民に一人当たりパン一・二五フントではじまったパン配給も、四月にはその量は四分の三フントに縮小され、その後も受給者の拡大と配給量の縮小が続いた。八月半ばに開かれた国家会議で商工業相プロコポーヴィッチは当時の食糧事情について、「ペトログラードとモスクワの貯蔵は最低限に縮小し、住民をパンなしにしないために非常措置に訴えなければならない。多くの諸県がきわめて穀物に困窮し［･･･････］一連の過激行為が起こった」と、食糧危機による政情不安を表明した。この不安は二年連続の凶作となって的中し、一七年収穫は一四年の七二％しかなく、これ以後危機的状況はさらに強まった。キエフ食糧参事会は八月一日以後市内から食糧は完全に消えたとして、公式に飢餓状態を宣告した。収穫が悪かったコストロマ県に穀物の搬入はなく、県外からの自由搬入を求めて民衆は暴動に訴えた。スモレンスク県のいくつかの郷でライ麦がなくなり、住民は麦粉に馬鈴薯と油粕を混ぜた代用食を摂り、飢餓のために騒乱状態が発生した。カルーガ県の飢餓は拡大し、「子供が大量に餓死し、成人も餓死している」。リャザニ県でも「穀物に替わり住人一人当たり一日一フントのヒマワリ油粕が配給され」、餓死も報告された。[xiv]

このような飢餓をボリシェヴィキによる十月政変は解決できなかっただけでなく、いっそう深刻にした。食糧崩壊を前にして、ソヴェト臨時政府の食糧政策は旧食糧機関をソヴェト権力に従属させることからはじまった。一〇月二六日に政変の報せを受け取った食糧省幹部は、ペトログラードでの権力の簒奪は民主的でなく、それに対して責任を負わないが、食糧供給の活動は継続すると宣言した。翌二七日にカデット［立憲民主党］によって起案された決議で、「われわれ食糧省職員は、ボリシェヴィキの走狗への不信を表明し、臨時政府と共和国ソヴェトだけを最高権力の合法的機関と認め」、食糧省の活動を停止する必要はないとして、十月政変に反対する食糧省職員一三〇〇人のストがはじまった。ペトログラード軍事革命委員会は一一月一日づけで、この日から職務に就かないあらゆる公務員の給与停止を決議し、これに対抗した。

ソヴェト臨時政府は一〇月二六日づけ布告により旧食糧省に替わる食糧人民委員部を設置し、食糧人民委員にペトログラード市ドゥーマ［市議会］議長代理テオドローヴィッチを任命し、一一月に最初の参与会が開かれた。だが、彼は間もなく穀物調達の指導のためシベリアに赴き、その後任にモスクワ軍事革命委食糧コミッサールであったシリーフチェルが臨時代理に就き、テオドローヴィッチの帰還後に正式に任命された。事実上の彼の解任は、旧モスクワ食糧機関への彼の宥和的態度が人民委員会議［レーニンを首班とする閣僚会議］の方針と相容れなかったのが理由とされる。こうした混乱の中で、食糧業務は完全に停滞した。シリーフチェルの職務遂行とスト免責の訴えにもかかわらずストは継続され、一一月二五日に開かれた職員集会で、旧食糧省と合同で「中立的」食糧ソヴェトを設置すること、二七日に業務を再開することが決議された。二七日に省職員は仕事を再開したが、午後二時にフォンタンカ運河とネフスキー大通りが交わるアニチコフ宮殿に置かれていた食糧省に赤衛軍兵士が乱入し、元食糧省次官ら幹部を逮捕し、ボリシェヴィキの本部スモーリヌィ女学院に連行した。このように武力で旧食糧省の影響力は排除されたが、食糧人民委員部による食糧活動の一元的支配には至らなかった。[xiv]

中央機関の混乱は地方での食糧事情を極限にまで悪化させた。一二月にリャザニ県コロムナで飢えたおもに女性と子供からなる三〇〇人の群衆が食糧参事会に押し入り、議長を殺害した後、協同組合小売店を掠奪した。翌日に民衆は徒党を組んで労兵ソヴェトと軍事革命委を包囲し、ソヴェト幹部会はコロムナに戒厳令を布告した。一八年一月にスモレンスク県スィチョフカ郡から「郡と市は正真正銘飢えている。餓死の風聞もある」と伝えられ、プスコフでは「農民はすでに以前は不可侵であった備荒用の春蒔き用種子に手をつけた」と、ヤロスラヴリ県から四月に「パニックに襲われた農民は自分と家族がどうやって餓死から逃れるかしか考えていない」と同様な厳しい実状が伝えられた。いくつかの地方ではすでに代用食が常食となっていた。スモレンスク県ベルィ郡で「ひどく飢え、以前は家畜に与え、それでしばしば羊が斃死したものしか食べていない。様々な屑と一緒に亜麻実を食べている。これを食べて豚が斃死し、人間が中毒にかかった。播種用のオート麦全部を食べて播種用の種子はなくなった」。食糧人民委員部によって穀物郡と認定されたカルーガ県ペレムィシリ郡でもひどい飢饉に襲われ、ほとんど穀物がなくなったために、代用食として油粕、籾殻などを食べ、そのため郡全体に病気が蔓延していた。ノヴゴロド県ではマッチ、石油などの日用品の欠乏も厳しく、投機価格ですら手に入れることができず、「大勢が飢えに耐えかね、シベリアに逃げ出し」、郷には人気(ひとけ)がなく、生活は死に絶え、畑は播種なしのままに残された。スタラヤ=ルッサ郡の農民は、裸足で裸同然なまでに衣服に不足し、塩がないため野菜は腐って食事も摂れず、石油がないため夜は暗闇での生活を余儀なくされていると、一九年一一月に中央執行委に訴えた。[xiv]

これは民衆が生存のために余儀なくされた最初の闘争となった。闇市が横行し、穀物固定価格はつり上げられ、そのため国家調達は滞った。より正確には、組織的国家調達制度はまだ構築されていなかったというべきである。ペトログラードやモスクワのような大都市の労働者は工場ごとに武装され、穀物地帯に送り出され、農民は穀物を奪われまいとライフル銃や機関銃で武装し、これら労働者=担ぎ屋と死活をかけた戦闘を繰り返し、ニジェゴロドから一八年六月に報じられたように、労働者集団の「担ぎ屋行為との闘争は不可能」といわれた。七月にはブリャンスク工場からライフル銃と機関銃で武装して勝手に編成された労働者集団一二〇〇人が穀物を買い付け、食糧部隊を殲滅するためにクルスク県に向かったように、多くが中央の裁可なしに編成された。七月にヴォロネジ県から伝えられるように、大勢の担ぎ屋によって鉄道が塞がれ、各地で穀物貨物の滞貨が起こった。タムボフとの県境近くにあるグラフスカヤ=アンナ鉄道は夏まで数ヶ月間担ぎ屋によって占拠され、穀物が豊かな郷ではソヴェトの黙認の下に大量の穀物が担ぎ屋に販売され、この鉄道を通る列車は荷物を積み込みすぎてしばしば線路で立ち往生した。このような現象が全国で頻出したため三月一八日から四月一九日まで、穀物搬送を促すためロシア全土で客車と穀物輸送以外の貨車の運行を停止したが、効果はなかった。このような担ぎ屋行為は民衆が穀物を獲得するほとんど唯一の手段となり、トゥーラ県ボゴロディツク郡食糧委は困窮者に穀物の買付証明書を発行し、担ぎ屋との闘争を拒否する声明を出した。[xiv]

配給制度が機能しない以上、担ぎ屋行為を禁止することはできず、八月五日づけで食糧人民委員部は、列車乗客一人当たり麦粉と穀物を除く食糧荷物二〇フント以内の携行を認め、手荷物検査のために列車を一時間まで停車させることができるとの指示を与えた。だが、担ぎ屋を取り締まるはずの闇食糧取締部隊による不法行為が頻出し、一二月に食糧人民委員代理ブリュハーノフ名で、「闇食糧取締部隊は再三の中央権力の指示とソヴェト政府の布告を無視し、しばしば明らかな不法行為を行っている」として、これらの行為を厳禁する指示を出したが、それでも違法行為は後を絶たなかった。ヴラヂーミル県スーズダリ郡では没収した穀物に受領書が交付されなかった。北部鉄道では資格証明書の提示なしにオート麦が没収された。イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県キネシマ郡の村住民は一九年一月に、「われわれは穀物に困窮しているとの公文書も見ずに二二プードのライ麦が没収され」、その返却を要請した。そのため二〇年九月にトムスク県ノヴォニコラエフスクからチェカーが、「最後のわずかな食糧まで没収する闇食糧取締部隊に労働者の中で大きな不満がある」と報告したように、自由商業の要求とともに闇食糧取締部隊の廃止が反ボリシェヴィキ闘争のスローガンの一つとなった。[xiv]　

こうして穀物をめぐる闘争にあらゆる組織が参加し、闇食糧取締部隊も襲撃された。タムボフ県コズロフ郡で「大部分が元担ぎ屋から編成された」部隊は闇食糧取締部隊長の殺害を企てた。だが、もっとも頻繁に闇食糧取締部隊を襲撃したのは赤軍兵士であった。「カルーガからモスクワに派遣される赤軍兵士の乗った軍用列車が［一八年］八月一八日夜一〇時にチホノヴァ=プストゥイニ駅に到着し、闇食糧取締部隊を武装解除し、そのとき部隊指揮官二人が殺された。闇食糧取締部隊は軍用列車によって掠奪された」と、カルーガ県食糧委は食糧人民委員部に報告した。タムボフでもペンザでも同様な衝突が発生した。そのため食糧人民委員部はトロツキーに、「カルーガからモスクワに派遣された赤軍兵士軍用列車が、布告に基づき活動している闇食糧取締部隊を武装解除し追い払った。［･･･････］このような現象はソヴェト権力の威信と権威にとって深刻な害を与えずにはおかない」と訴えたが、食糧活動への赤軍兵士の狼藉はその後も続いた。一九年二月にサマラ県食糧委は、駅プラットフォームに積み上げられていた穀物貨物が、通過する軍用列車によって掠奪されたと報告した。八月の中央執行委布告により、赤軍への食糧供給は食糧人民委員部に一元化されたが、赤軍の食糧事情も急速に悪化する中でのこれらの行為であった。

以下で描かれるのは、ソ連時代の文献で「共産党が戦闘的党に転換し、全勢力を労農国家の防衛に注ぎ、その隊列を臨戦態勢に改造したことに特徴づけられる」とされるこの時期にはじまる、もう一つの戦争である。[xiv]

　　　二　食糧独裁への道

食糧危機の深まり

食糧業務で市自治体に「独自の判断で」あらゆる私的倉庫の徴発、差し押さえなどの広汎な権限を付与した一七年一〇月二七日づけ政令『食糧業務における市自治体の権限の拡大について』は、実質的には両首都［モスクワとペトログラード］のソヴェトに食糧業務の独裁的権限を与え、武装した労働者＝赤衛軍兵士が司法当局の認可なしに食糧の捜索を行うことを合法化した。それに続き、一一月一〇日にレーニンの提案によりペトログラード軍事革命委で採択され、翌日の『イズヴェスチャ』で公表されたアピール『すべての誠実な市民へ』は、食糧供給の混乱を収拾する目的で、軍事革命委に投機、サボタージュ、食糧の隠匿を根絶するため、犯人を即刻逮捕し、軍事革命裁判所に引き渡すと定めた。一八年に入るとペトログラードの食糧は、特に鉄道の雪溜まりに関連して急激に悪化し、当時ペトログラードの食糧を管轄していたペトログラード中央食糧参事会の倉庫には、一人四分の一フントの飢餓基準でかろうじて五日分の穀物貯蔵が残されていただけで、馬鈴薯、肉、砂糖はまったくなかった。一月一四日のペトログラード・ソヴェト幹部会会議でレーニンは、ペトログラードの労働者と兵士からなる食糧部隊を編成するよう提案し、駅や鉄道、倉庫、商店、民家での食糧の捜索と没収から革命政権の食糧調達がはじまった。だがこのような措置は、二月に北部州の一市民が人民委員会議に書面で訴えたように、「徴発の際の強奪や職権濫用によって食糧業務での行き詰まりが創りだされた」だけであった。[xiv]

もちろん、飢餓に襲われたのは両首都だけではなかった。一八年春のペトログラード県南端のルガ郡（人口一六万人）でも食糧事情は深刻化し、一人当たり四分の一フントの穀物配給も尽きたため、クラークから余剰を徴収することが決定された。だが、彼らの頑強な抵抗のため、ほとんど成果がなかった。特に鉄道駅近くで投機が蔓延して市場価格が高騰し穀物の入手が困難になったため、いくつかの郷は投機人に厳しい制裁を求めた。ペトログラード近くのプスコフ市場でさえ穀物や馬鈴薯はほとんど出回らず、時折ごくわずかのバターや生魚などがバザールに出されたが、値段はペトログラード並みに高騰した。ヴェリキエ=ルーキでは一ヶ月一人当たり一二フントの穀類または麦粉しか交付されず、金持ちは投機価格を払って担ぎ屋や地元農民から食糧を補っていたが、貧しい住民、特に勤労能力のない者や避難民は「言葉の文字通りの意味で飢えている」。収穫が乏しく飢餓寸前のヴォログダ県にも隣接する諸県から大勢の担ぎ屋が到来し、あらゆる投機人によって穀物が搬出されたため、飢えた農民は穀物などの食糧が余所に販売され搬出されないよう、厳しい監視の措置が執られた。この時期の新聞紙上に穀物をめぐる「闘争」、「農村の内戦」、「村同士の争い」などの記事が多数掲載された。

こうして、買付のため穀物地方に飢餓地方のソヴェトから代表団が送り込まれ、トヴェリ県オスタシコフ郡ソヴェト、ノヴゴロド県ヴァルダイ郡の郷ソヴェト、ヤロスラヴリ県ムィシキン郡ソヴェトなど多くの地方ソヴェトがこのような穀物の獲得を試みた。このような食糧確保が、当時設置されたばかりの地方ソヴェトの最初の任務となった。[xiv]

だが、中央諸県一〇七七の郷ソヴェトのアンケート調査によれば、それらのうち一八年春までにボリシェヴィキ党組織が支配するのは九・七％にすぎず（左翼エスエルは二・二％）、中央政府にとって、地方ソヴェトによる独自の調達活動は中央の国家計画を揺るがすとして決して容認できなかった。三月一九日づけ電報により、地方食糧組織によって地区、郡、郷、村落代表に交付された穀物買付の認可を直ちに破棄し、このことを住民に周知させるよう指示されたが、この傾向はむしろ郷から県へと上級ソヴェトに広がりつつあった。食糧人民委員代理ブリュハーノフは五月二日づけで改めてすべての消費諸県の県食糧委とソヴェトに対し、農民代理人への認可証の交付を停止し、すでに交付された認可証を回収するよう命じ、この違反は反革命的行為と見なし、責任者を革命裁判所に引き渡すと警告した。それでも、地方権力はあらゆる方法によって独自に飢餓からの回避を試みた。

サラトフ県で五月半ばに、穀物の国家調達に適用される安すぎる固定価格に替わり、市場価格に準じた地方調達価格が定められ、事実上専売制は破棄された。六月にスターリンはレーニンに、「ソヴェトによってツァーリツィン、アストラハン、サラトフで穀物専売と固定価格が破棄された」と打電したが、多くの生産県で同様なことが起こっていた。中央権力にとって重要な調達地区となっていたペンザ県ニジニィロモフとチェムバル郡のソヴェトは一八年春に穀物専売を破棄し自由商業を宣告した。それに続き、ほかの郡、郷ソヴェトも穀物の独立買付と自由搬送を認可し、県食糧参与会は一時的措置として、ペンザ市で穀物自由商業を認可するとともに中央への穀物搬出を禁止した。トゥーラ県エフレモフ郡の村ソヴェトは到来者への穀物の販売を禁止し、シムビリスク、ヴォロネジ、カザン、タムボフ県でソヴェトは県外への搬出禁止令を出した。[xiv]

地方権力のこれらの措置により中央ロシア向けの穀物調達は滞り、搬出禁止令のため、ペンザ県には調達された穀物貨物二〇〇ヴァゴン［二〇万プード］が駅に滞貨したままであった。食糧人民委員部参与スヴィジェールスキィは五月のモスクワ州ソヴェト大会で、国家より地方的利益を優先するこれら地方権力の対応を労働者革命の敵＝「食糧分離主義」として激しく弾劾したが、問題はより深刻であった。食糧問題は次第に政治問題化した。農民は現在の飢えの原因を自由な穀物搬送を認可しない中央権力の政策に求め、それへの不満を強めた。この不満は四月から八月にかけて実施された郡ソヴェトの改選に示され、サンプル調査によれば、三月の選挙と比べてボリシェヴィキ代議員数は六六・〇％から四四・八％に大きく減退し、左翼エスエルは一八・九％から二三・一％に増えただけで、ボリシェヴィキの激減は左翼エスエルの激増をもたらさなかった。すなわち、ボリシェヴィキの穴を埋めたのは左翼エスエルではなく、無党派層の増大であり、それは農民大衆の中央政府への素朴な、特に食糧政策に対する不満の現れであった。これは、当時多数発生した農民蜂起が左翼エスエルの煽動ではなく、農民による自然発生的運動であることも意味した（三月から五月までに消費諸県で一二〇件以上の飢餓一揆が発生した）。第五回全ロシア・ソヴェト大会でツュルーパは次のように発言した。「多くの地方で「すべての権力をソヴェトへ」のスローガンが、あらゆる権力が地方のソヴェトに従属するという意味に理解されている。それぞれのソヴェトは中央からの布告に関わりなく活動する権利があると考え、地方で独自に政策を実行している」、このため地方から穀物が発送されていない。

国家権力による穀物の収用を当然視する根拠は、十月政変時に発布された布告『土地について』と一八年二月の『土地の社会化基本法』では土地の全人民所有が標榜されたが（収用された土地は、布告では憲法会議による最終的解決までそれを宣言した農民要望書に準拠し、基本法では地方ソヴェトの管轄に）、一年後にボリシェヴィキ権力はナロードニキ的綱領を破棄し事実上の土地政策の変更を行い、一九年二月一四日に出された『社会主義的土地整理令』第一条で土地の国有化を宣言したことにあった。すなわち、土地からの生産物である農産物の最終的所有権は国家にあるとの論拠である。こうして農民革命の時代は終わりを告げ、「国家独裁に農民を強制的に従属させる」体制が胎動する。この方針を断行するには、地方ソヴェト自治の剥奪と農民支持政党である左翼エスエルの清算が不可欠に思えた。[xiv]

一八年春に漲っていたある種の楽観的気分は急速に危機感に変わった。三月一二日に開かれたモスクワ・ソヴェト幹部会会議で、一七年一二月に三〇万プードまで落ち込んだ食糧貨物は現在倍増したと、モスクワ食糧委代表は誇らしげに報告したが、四月になると厳しい食糧危機が再燃した。同月の穀物搬送の遂行率は四％以下であったことが判明し、同様に三月末にはペトログラードにあった二〇日分の食糧貯蔵も徐々に減少しはじめ、四月までにロシア全土ではじまる春の泥濘期は道路輸送を途絶させた。

そもそも当時のロシアの道路のうち舗装部分はわずか四・七％しかなく、それも大都市のあるペトログラード、モスクワ県などに集中され（それでも前者の一七七四に対し後者は五〇七ヴェルスタしかなかった）、一部の軍用道路には丸石が敷かれていても、シベリアとステップ地方に舗道はまったくなかった。そのため、道路沿いに深い雨溝が掘られていても、雪解けと長雨で泥濘となった道路は鉄道駅までの荷馬車輸送を一ヶ月以上も完全に寸断した。こうして、四月二九日からパン配給は一日八分の一フントに縮小し、五月になると革命の都ペトログラードは崩落寸前であった。当時県内で月間一四万五一六五プードが消費されていたが、五月一八日で県食糧委の管轄に小麦粉二四〇プード、大麦粉一二プード、オート麦粉一八プード、黍六〇プード、脱穀黍八五プードが残されていただけであった。

パン配給の不足は住民の不満を引き起こし、それはパニックとなって狼藉や暴動となって現れ、市内のあちこちで街頭集会が開かれた。パン配給を八分の一フントにまで引き下げるとの食糧中央参事会の決定にもかかわらず、敵意ある群衆の圧力によって倉庫から追加分を引き出し、元の配給に戻すのを余儀なくされた地区もあった。民衆の中でパンがないために国を資本主義に戻す必要があると囁かれ、ソヴェト権力への非難が渦巻いた。ペトログラードからドイツに穀物が搬送されているといったデマや、パン不足はユダヤ人に多くの麦粉を引き渡したために起こったともいわれた。そのため、ペトログラード・ソヴェト議長ジノーヴィエフはパンフレットを出して、「われわれがあたかもドイツなどの諸国に穀物を輸出していると囁かれている嘘」を打ち消さねばならなかった。食糧価格の高騰により、モスクワ独身労働者の総支出の七六％を食費が占めた（戦前は三七％）。食糧パニックに陥った民衆を前に五月九日に開かれたペトログラード・ソヴェト大会で、ソヴェト政策を完全に否定するメンシェヴィキ・フラクを除き、ボリシェヴィキも左翼エスエルも食糧業務を組織的に強化する点で完全な合意に達した。[xiv]

穀物戦争の宣告

それでも、両首都はまだましであった。五月になってもリャザニ県カシモフ郡の工場でパンも代用食もまったく受け取らない状態が数ヶ月も続き、操業は停止し、栄養失調のためにチフスが蔓延した。コストロマ県キネシマ工業地区で四月中にパン二フントしか交付されず、穀物貨物列車の配送を求めたが、地方への救荒措置が講じられることなく、中央政府は両首都の救済を地方に命じ続けた。五月一一日にレーニンとツュルーパの連名で、すべての県ソヴェトと食糧委に「ペトログラードは異常な破滅的状態にある」と訴え、このような両首都の食糧危機を背景に食糧独裁令が布告された。食糧独裁令は基本的には両首都の労働者への食糧確保を目的にし、これ以後両首都の救済が中央政府の食糧政策の基本的任務となった。ペトログラード県でさえ郡部の農民は犠牲を強いられた。グドフ郡で六月に一ヶ月の穀物消費基準が三〇フント［年間に換算し九プード］に確定されたとき、食糧人民委員ツュルーパは「そのような高い基準は認めがたい」との指示を与えた。救荒を訴えるサラトフ県食糧委には、独立買付を請願する農民代理人への認可証の破棄と、馬鈴薯のペトログラードへの発送を命じた。

布告『食糧人民委員部の非常大権について』、いわゆる食糧独裁令は五月八日の人民委員会議にツュルーパの報告により提出され、翌九日の審議で基本的に承認され、その日に全ロシア・ソヴェト中央執行委で検討され一三日に採択された。この布告は、播種と個人消費を超える量を余剰と規定し、その申告を義務づけ、従来の農民からの無原則的穀物徴発に余剰の徴収という形で法的根拠を与えたが、五月三〇日づけで官報に公表されたそれに関する細目規程のどこにも余剰の具体的規定はなかった。この「食糧独裁」体制に基づき暴力による食糧調達のシステムだけでなく、非常大権を付与された労働者部隊を動員して軍事力と強制によって農村を支配するという、民衆支配の構造が確定された。モスクワ市食糧参事会議長で食糧人民委員部参与でもあったシェーフレルはいち早く、この措置は社会主義的原則の観点から背信的である、との非難の声を挙げた。[xiv]

五月九日に中央執行委会議で審議されたとき、この法案に多くの反対意見が浴びせられた。ボリシェヴィキの主張にもかかわらず、ほかの社会主義政党も穀物専売と固定価格の堅持は基本的な了解事項であり、問題はその適用の仕方にあった。メンシェヴィクのダーンは調達の中央集権化を認めつつも、「本質的に農民への紛れもない宣戦布告である」食糧独裁は内戦を深め、農民から播種への刺戟を奪うと反対した。左翼エスエルのカレーリンは、農村ブルジョワジー、クラーク、穀物持ち農民の用語は曖昧な規定であり、非常措置の適用が勤労農民に及ぶおそれがあり、食糧業務は勤労農民の組織である村ソヴェトに委ねるべきであるとの理由で、流血を招くような「食糧独裁」に断固反対を表明した。それでもボリシェヴィキは農民との戦争をいとわなかった。ツュルーパは、「即座に武器を手にするしか穀物を受け取ることはできない。［･･･････］われわれは農村ブルジョワジーとの戦争を想定している」と公言した。彼はここで農村ブルジョワジーとは何者かについては触れなかったが、シベリア遠征の体験からシリーフチェルは巨大な穀物余剰を持つシベリア農民を念頭に置き、彼らを農村ブルジョワジーと規定し、それに「わたしはおそらく全農民の九〇％が該当するといわせてもらおう。これがまさに階級闘争の原則を適用すれば穀物を取り上げることができる層である」と明言した。[xiv]

これは農民大衆への宣戦布告であったが、この戦争は農村における階級闘争との理由づけで正当化された。だが、ジノーヴィエフが「都市で起こったのと同様な解体が農村ではじまらなければ、どんな本格的革命もありえない」と断言したように、それは農村固有の実情を無視した、幻の「プロレタリア」革命の導入であった。こうして、ボリシェヴィキにとって余剰持ち農民、すなわち、クラークは農村革命の階級敵として容易に弾圧の対象となったが、クラークとは何者であるかの明確な説明がないまま「農村の十月」がはじまった。このことについて、一九年二月に新聞紙上で掲載された論文でレーニン自身が、クラーク、中農、貧農の間に「線引きするようなソヴェト権力の法令はない」と漏らしている。一八年五月二九日のペトログラード・ソヴェト大会で採択された決議でレーニンとツュルーパは、「労働者諸君、もし農村ブルジョワジーから通常の手段で穀物を獲得できないなら、力ずくでそれを手に入れなければならない。穀物を求めて闘わなければならない」と、農村での階級闘争を高らかに宣言した。翌日にレーニン、トロツキー、ツュルーパの連署で、全国の勤労者に「クラークとの容赦のない戦争を」呼びかけた。これは飢餓を背景に、従前からの基本的原則である「労農同盟」を覆し、農民を収奪の対象とした宣言の嚆矢となった。対農民戦争の始まりである。

七月四日にモスクワのボリショイ劇場で開かれた第五回全ロシア・ソヴェト大会は、二〇年末までボリシェヴィキ以外の社会主義党派の出席が禁じられたため、この種の議論が展開されたこの時期で最後の公開の場となった。議場は食糧独裁を巡り騒然とした雰囲気が支配し、議長スヴェルドローフは再三議事の進行と謹聴を訴えた。五日の会議で反革命との闘争の徹底化を呼びかけた彼に続き、左翼エスエル女性活動家スピリドーノヴァが登壇し、食糧独裁は農村に差し迫った脅威であり、村に到着した赤軍部隊はパニックを引き起こし、クラーク以外からも穀物を取り上げていると、ボリシェヴィキが農民を裏切った事実を次々と告発した。彼女によれば、農村の九〇％を占める勤労農民が食糧独裁の犠牲者であった。左翼エスエルのカムコーフは次のように表現した。貧農と勤労農民とのこの分裂は人為的であり、われわれは中央からの部隊に農村を掠奪しようと思う人々が入っていると確信している、「都市によって布告された農村への戦争が行われている」。だが宣戦は農民大衆に布告されただけではなかった。翌日に彼ら全員がその場で逮捕され、ボリシェヴィキの一党独裁がはじまることを、これら告発者はまだ知らない。

こうして地方ソヴェトが本来持つ一定の自立的権利は中央（両首都）の利益の前に葬り去られ、地方の実情は顧みられなくなった。一九年三月にプスコフ県執行委はレーニン、中央執行委幹部会、内務人民委員部に、「これまでの活動は、中央官庁である人民委員部がまったく新しい任務をソヴェト権力のわが細胞に課すだけで、地方への援助の労をまったく執らなかった。口先だけの一般的指示のほか、地方権力組織は何も受け取らなかった」として、「中央権力はもっと真剣な関心を郷・村ソヴェトに払うよう」訴えた。[xiv]

　続いて食糧独裁の問題は農村の権力基盤のそれへと発展し、両者の対立は修復不可能になった。ボリシェヴィキにとって、各地で中央の食糧政策を覆し、自立的行動を執る地方ソヴェト権力は否定すべき対象となった。五月九日の中央執行委会議でツュルーパは、地方ソヴェトに依拠する必要を認めながらも、「これらソヴェトが穀物専売と穀物固定価格を破棄する大会を招集するなら［･･･････］そのようなソヴェトとわれわれは闘う」と、地方ソヴェトに基づく食糧政策の限界を指摘した。二〇日の同会議でスヴェルドローフは、「郷ソヴェトの指導的役割をクラーク＝ブルジョワ分子が占め、彼らはあれこれの党派の、もっぱら左翼エスエルを隠れ蓑にしてソヴェト施設に潜り込み、それを通して自分たちのクラーク的利益を実現しようとしている」との由々しき実状を指摘し、農村で革命的貧農を統合する必要があると、ソヴェトに対抗する貧農委員会の設置を提案した。ボリシェヴィキの眼から、地方ソヴェトと左翼エスエルは同義であった。

六月一日にペトログラード・ソヴェト機関紙は『勤労者への人民委員会議アピール』の中で食糧独裁の本質を次のように表現した。「穀物専売の実施を最大の成功に導くのは次の条件でのみ可能である。第一に、供給業務全体の理性的中央集権化の下で中央から発せられる指示が唯々諾々と地方で執行されて、はじめて穀物専売は肯定的成果を挙げる。そのとき地方組織が個別に食糧政策を遂行するのではなく、すべての飢えた住民の利益を中央権力が遂行する。第二に、もっとも飢えた労働者と農民のもっとも意識の高い部分が国家的穀物調達を直接支援する。［･･･････］第三に、現在穀物余剰を自分の手に保持している農村ブルジョワジーに対抗して貧農を統合する」[xiv]

この問題はソヴェト大会の議論とはまったく異なる形で最終決着がついた。六月二四日づけ左翼エスエル党中央委の決定に従い、七月六日朝にチェキスト［チェカー・エージェント］にして二人の左翼エスエル党員が、在モスクワ・ドイツ大使ミルバッハ伯と緊急の話し合いがあるとの口実でドイツ大使館を訪れ、銃撃と爆弾で彼を殺害した。この殺害によって左翼エスエルは、ドイツがブレスト講和を破棄し、これを引き金に世界革命戦争が勃発することを期待したといわれている。殺害犯は左翼エスエルのポポーフ麾下の部隊が配置されていたチェカー軍参謀部の建物に潜伏し、彼らを説得しようとヂェルジーンスキィらが送り出されたが、彼はモスクワ・ソヴェト幹部会員スミドーヴィッチらとともにそこで「捕虜になった」。このほか左翼エスエルができたのは、中央電信局の占拠とブレスト講和の破棄と対独戦争を再燃させよと訴える電報を全土に発信しただけであった。大使暗殺の報告を受けて動顛したレーニンとスヴェルドローフは、この凶行に対する哀悼と遺憾の意を表明するため直ちにドイツ大使館に向かった。即座にラトヴィア人師団と信頼できる赤軍部隊がポポーフ部隊攻撃に送り出され、反乱は当日昼一二時三〇分に鎮圧された。解放されたヂェルジーンスキィは開催中のソヴェト大会の舞台に戻り、午後六時に大会議場にいた左翼エスエルの代議員全員を人質として捕らえた。ヂェルジーンスキィが「武装部隊をともなわずに三人の同志とともに」ポポーフ部隊に乗り込んで捕らえられた顛末は、彼自身の筆になる『左翼エスエル反乱に関する人民委員会議への報告』として早くも党中央委機関紙『プラヴダ』七月八日号に掲載された。

しかし、大会議場から代議員は立ち去らず、攻撃作戦も立案せず、戦闘員もほとんど闘うことなく逃亡して幕を閉じたこの事件には不可解な点が多い。ソ連時代にも様々な見解が披瀝され、その代表格が「反乱はおそらくチェカーの挑発であり、その結果、弾圧という公式の口実の下に、ミルバッハの殺害とポポーフの軽率な行為を利用して左翼エスエル党を粉砕した」と主張するフェリシチーンスキィである。彼はおもにこれに関するもっとも包括的資料集である『ヴェチェカーの赤本』（初版、一九二〇年発行）を精査し、一、左翼エスエル党中央委議事録にミルバッハ殺害に関する具体的記述がなく、この議事録では暗殺実行の時期を次回の中央委会議で定めるとされているが、次回は七月六日まで開かれなかった、二、実行犯の一人（ブリュームキン）の、「中央委員の一人に七月四日の晩に呼び出だされ」、殺害が必要であると言い渡されたとの陳述から、党中央委ではなく、中央委員の一人が実行を指示した（この人物に関してはスピリドーノヴァなどが挙げられる）、三、状況証拠からヂェルジーンスキィとレーニンはこの殺害計画を事前に知っていた可能性があり、すでに六月後半から左翼エスエル党壊滅計画は準備され（この蜂起鎮圧に投入されたラトヴィア歩兵師団司令官の証言）、左翼エスエルを逮捕するため、中央執行委議長スヴェルドローフの「命令により、劇場内のもっとも重要な詰め所にクレムリン警護隊からラトヴィア人狙撃兵が配置されていた」（クレムリン警備司令官の回想）との理由を挙げ、この事件は左翼エスエルを壊滅させるためのボリシェヴィキの奸計であると推断する。だが、この主張も残念ながら決定的証拠に欠け、彼自身の言葉を借りれば、「七月六日にすべてが合流した。ミルバッハの殺害と左翼エスエル党の崩壊が。これは偶然であったのか、第一幕が挑発とドイツ大使の殺害で、第二幕が左翼エスエル党の崩壊とする二幕の芝居であったのか。この質問におそらくはっきりと回答できないであろう」[xiv]

それをはっきりさせることはすでに不可能かもしれない。ちょうど左翼エスエルが蜂起した日にモスクワ市民が雨中に響く轟音が、雷鳴だったのか砲声だったか区別できなかったように。だが、これにより左翼反対勢力が壊滅した事実は残る。議場に戻ったスピリドーノヴァを含め、左翼エスエル・フラクの三五三人全員がその場で逮捕され、ボリシェヴィキの名実ともに一党独裁がはじまった。ヴェチェカー議長代理アレクサーンドロヴィッチ（殺害犯を幇助したとして）とポポーフ部隊の一二人の戦闘員は、七月八日夜に裁判なしに銃殺された。ヂェルジーンスキィの証言によれば、「信任厚かった」アレクサーンドロヴィッチには彼自らが銃弾を撃ち込んだ。間もなく、県チェカーに議長ヂェルジーンスキィの署名をつけて反対党壊滅の指示が送られた。「メンシェヴィキと左翼エスエルの情宣に誘発される蜂起の新たな波を考慮し、これらの党へのもっとも厳重な監視を設定し、その仲間から人質を取り、彼らに首をかけて責任を取らせると口頭で述べる」。大勢がこれに連座して逮捕されたが、正確な数は永遠に分からないであろう。一一月二七日づけで中央執行委付置ロシア共和国革命裁判所は、「左翼エスエル党中央委の反革命的陰謀の罪状に対し」、ポポーフ、カレーリンら一一人に強制労働つき禁固三年、スピリドーノヴァら二人に禁固一年の判決を下した。一一月一五日づけヴェチェカー幹部会会議決定により反革命活動家は恩赦の適用外とされた当時の雰囲気の中で、これは異常に寛大な判決であった。[xiv]

この事件を全体的状況の中で捉えるには、これと同時に発生したもう一つの蜂起にも触れなければならない。これは、現地ボリシェヴィキ当局による機関紙『新しい道』の閉鎖、活動家の逮捕といった弾圧に抗して、左翼エスエルは七月二日に独自の県ソヴェト大会を開き、左翼エスエル県執行委を設置したヤロスラヴリで勃発した軍事蜂起である。直接の軍事行動は、エスエルの指導者で、臨時政府時代に陸軍次官を勤めたサーヴィンコフが組織した『祖国と自由の防衛同盟』の地方支部によって行われ、ルィビンスク、ムーロム［ヴラヂーミル県］、ロストフ、イヴァノヴォ=ヴォズネセンスクの地下組織がそれに続き一斉に蜂起するという、反ボリシェヴィキ統一戦線を形成するための最初の試みであった。さらに、東からモスクワに進撃するチェコ軍団とコムーチ［憲法制定会議を要望する反革命グループ］義勇兵が、アルハンゲリスクに上陸しヴャトカへの進撃を七月初めに構想していたフランス陸戦隊と合流する地として、ヤロスラヴリは戦略的な要衝となっていた。

左翼エスエル反乱が起こったその日の七月六日深夜二時頃、「北部義勇軍ヤロスラヴリ部隊」が集結し、市内に進撃し、重要な建物を占拠した。「夜に一〇六人の一致団結した白軍団が攻撃し武器を奪い、ソヴェト施設を武装解除し占拠した。翌朝、暗号電報により赤軍部隊を誘い出し、彼らの不意を襲って武装解除した」と、現地チェカーからの第一報は報じた。わずか一〇〇人余りの反ソヴェト勢力が市内を占拠したのであった（二〇年のセンサスによれば市の人口は七万六二八三人）。その後の展開でも反乱側の兵力は二〇〇〇人を超えず、武器庫を押さえることができなかったために、三インチ野砲二門、装甲車二輌（うち一輌は間もなく使用不能になる）、重機関銃五丁、残りはベルダン銃や三条ライフル[xiv]などの圧倒的な軍事的劣勢の中で、彼らは二週間以上持ちこたえた。その政治綱領は七月一三日づけ『ヤロスラヴリ市民へのアピール』が「全人民的で合法的に選出される憲法会議万歳」と締めくくられたように復古反革命的な色彩を帯びたが、カデットからメンシェヴィキまで幅広い反ボリシェヴィキ勢力を糾合し、飢えも考慮せずに暴力で穀物を奪い取るコムニスト権力に反感を持つ農民も義勇兵として参加した。

蜂起勃発時は完全に守勢に回った赤軍兵力も次第に増強され、ルィビンスクで七月八日に、ムーロムで翌九日に蜂起の試みが鎮定されると、鎮圧軍は攻勢を強めた。夜を除きほとんど間断なく市内は航空機による爆撃に晒され、市街地は完全に破壊され廃墟となった。サマラのコムーチ情報は、「市内の至る所に死体が転がっている。モスクワから二本の装甲列車と一二インチ重砲が送られた。市は猛爆撃を被っている。多くが瓦礫の山と化している」と、その惨状を報じた。蜂起軍は二一日づけで「軍事作戦は望ましい成果をもたらさず、市内はこれ以上の破壊を免れず、住人を無数の災厄から救えない」と降伏を申し入れた。それでもボリシェヴィキは二〇日づけ『プラヴダ』で「ヤロスラヴリでの蜂起はいかなる破壊と犠牲を払っても、鎮圧しなければならない」と確言したように、歴史的建造物を含めて市内の徹底的破壊と多数の無辜の市民の犠牲をともない、この蜂起は二一日に幕を閉じた。食糧人民委員部は一五日に現地軍から、「県の食糧状態は危機的である。市内はほとんどすべて焼失した。県食糧部は破壊された。被災した市の住民は餓死するだろう」との穀物の緊急援助要請を受け取った。これを受け、スヴィジェールスキィが起案した一九日づけ人民委員会議決議には、「白衛軍の反革命的攻撃で罹災した市民への援助」［強調は梶川］と記され、都市の破壊に対するボリシェヴィキの責任は転嫁された。[xiv]

ここでも犠牲者は膨大になった。チェカー資料によれば、調査特別委の決定により三五〇人が、現場でおもに元将校からなる指揮官五七人が銃殺された（メリグーノフは、裁判なしに四二八人が銃殺されたとする）。包囲を突破した者（約一〇〇人）と戦死者（約六〇〇人）を除き、ほとんどすべての蜂起参加者が殺された。このほか、容赦のないリンチで多数が殺害されたがその正確な人数は不明であり、爆撃で落命した平和的市民は計算されない。蜂起への懲罰は直接ソヴェト権力の命令で行われた。これを裏づけるように、現地アーカイヴにはあらゆる懲罰的措置を指示した一連の政府の電報などが保管され、それらの電報には次のように述べられているという。「ヤロスラヴリでの白衛軍的蜂起は容赦のない措置で鎮圧されなければならない。捕虜を銃殺する。厳しい懲罰を止めたり遅らせたりしてはならない。････現地ブルジョワジーとその腰巾着に適用されるテロルは、鉄のごとく容赦しない」。さらに続けて、「道路を塞ぐことになるので、捕虜をモスクワに送るな。誰彼かまわず全員を現地で銃殺せよ」。そしてこれは実行された。警備司令官の備忘録によれば、ヤロスラヴリ県で三月から一一月までに五万二四七人が銃殺され、彼らは密かに埋葬された。

左翼エスエル蜂起とヤロスラヴリ蜂起は時機が符合するだけで、連携なしに勃発したことに疑いはない。だが、『祖国と自由の防衛同盟』も、穀物地帯のウクライナを割譲し、侵略し続けるドイツを養う結果を招いたブレスト講和によって「人民委員会議はロシアを破滅させている」と主張し、「人民委員会議はドイツ大使ミルバッハ伯の手にある傀儡である」と、レーニンを厳しく批判していたのは左翼エスエルと同様であった。一八年七月に彼にとっての頭痛の種、左翼エスエル、白軍運動の拠点、ドイツとのスキャンダル、これらを一挙に葬ることができたのは僥倖であった。[xiv]

　三　食糧部隊が動き出す

労働者部隊の編成

二月革命の混乱によって多くの工場が操業停止になり、配給を求める長蛇の列は都会での日常的な光景となり、凍てつく早朝から行列に並んでも受け取れないことがしばしばあった。そのため、労働者とその家族は食料品店の破壊や掠奪とならんで、工場から原料や完成品を盗んで農村に赴き、それらを穀物と交換し、何とか糊口をしのいでいた。このような「個人的商品交換」と呼ばれた労働者の担ぎ屋行為によって国有資産である工場在庫が消尽するおそれが生じ、それを防止するため工場労働者を組織して編成されたのが、おもに両首都の工場労働者からなる食糧部隊であった。五月の食糧独裁令により、徴収に抵抗すればこれら労働者部隊に武力を行使する権限が与えられ、その活動が法的に保証された。八月一三日づけツュルーパの県食糧委への指令で、消費諸県にある食糧資源が消尽されるまでそこへの供給を行わず、「食糧活動に工業地区の組織された労働者部隊を引き入れ」、それらを穀物の豊かな地方に送り出し、穀物の徴収を行うよう指示された。

一八年春以後労働者からなる多数の部隊が穀物調達のために派遣されたが、それらは常に軍事力が求められた。一九年の食糧人民委員部の報告書で、「リャザニ、シムビリスク、コストロマ、カルーガ、そのほか多くの県執行委は、銃剣の支援なしに一フントの穀物も農村から搬出することはできないと見ている」と言及され、ボリシェヴィキ権力は武装した労働者を合法化することにより穀物戦争での圧倒的軍事力を手に入れた。

この方法がはじめて全国的規模で展開されたのが、一八年八月布告に基づく労働者刈取り部隊の派遣であった。端境期に当たる七、八月のペトログラードの食糧状態は破滅的になり、穀物貯蔵は消尽されたとの七月末の危機的情勢は八月に入るとさらに悪化し、八月六、七日にパンはまったく交付されなかった。モスクワも厳しい状態にあり、七月末のモスクワ・ソヴェト執行委で、パンは八分の一フントの配給基準で一週間分が残されているだけであると報告された。八月二三日づけでモスクワ・ソヴェトは次の電報をウファー、ヴォロネジ、スタヴロポリ、ヴャトカ、クルスク、タムボフ、オリョールの県食糧委に発信した。「穀物を送付せよとのわれわれの電報にもかかわらず、まったく入荷していない。半フントの配給さえ毎日は交付できない。パンに替わり、油粕を交付している。住民は文字通り飢えている。新収穫を貯蔵するのは犯罪的で、革命の都モスクワを餓死させることになり、世界革命の破滅になる。モスクワに穀物を送れ」

その後、労働者組織への独立調達権は拡大して適用されたが、部隊員の物質的条件は次第に悪化した。チェレポヴェツから派遣された部隊は履物と防寒服がないため大勢が伝染病に感染していた。計画によれば労働者は一ヶ月一プードの食糧小包を家族に送り、活動期間中は日当一〇〇ルーブリ、赤軍兵士後方配給と労働組合の賃金表による給与、活動終了後には一〇プードを受け取る権利を得ていた。それでも、トムスク県ミヌシンスク地区食糧委は、「飢えた家族への小包の発送が拒絶され、日当は指令で規定されている一〇〇ルーブリでなく三五ルーブリしか渡さず、一〇プードのプレミアの交付も三プードの交付しか約束せず、労働者の間に望ましからぬ動揺が起こっている」と、労働者刈取り脱穀部隊の窮状を二〇年一〇月に県執行委幹部会に訴えた。[xiv]

刈取り部隊の編成を促した別の事情に、当時両首都だけでなく地方都市にも存在した膨大な数の失業者の存在があった。一八年二月から二ヶ月でモスクワでは男女併せて三万五〇〇〇人以上がそれに登録され、ペトログラードでは七月までに一八万六七一八人の失業者を数えた。ニジェゴロドでは失業率は九〇％に達し、地方都市にも大量の失業者が溢れた。彼らの食糧事情はひどく、油粕を食べ、パンを受け取る希望もなく、人間の身体が蝕まれていると報道された。多くの場合に食糧配給券の受給資格を奪われた彼らは食糧危機の影響をもっとも蒙りやすく、ペトログラードのある病院で一八年前半に一五六人が餓死したが、そのほとんどが日雇い労働者、失業者、商人であった。

失業者対策としてモスクワで四月に失業者と復員兵用に一九ヶ所の共同食堂と二〇ヶ所の屋外給食所が設けられ、ペトログラードでも同様な措置が執られた。モスクワで最初の給食所はタガンカの職安近くに作られ、失業者にパン八分の一フント、料理一皿、碾割り、スープが一ルーブリ一〇コペイカで提供され、この価格は当時の馬鈴薯一フントの価格よりも安かった。だが、食堂も厨房も汚く、食器は汚水で洗われ、食糧貯蔵室も不潔で食品に蠅がぎっしりとたかり、伝染病蔓延の元凶であるといわれた。

また、一九年にセヴァストポリからチェカーが報告したように、失業は食糧を得るため大勢の担ぎ屋を生み出す原因となった（そしてそれを生業にするのを余儀なくされた）。失業は農村にも及び、ニジェゴロド県ヴォスクレセンスコエ郡の様子は次のように描かれた。「失業のためわが村には人気がなくなった。どこにも仕事はなく、ガラス工場もすべての失業者を雇えない。失業者は飢え、馬鈴薯だけで生きている」。失業者は農村の工場だけでなく、農民経営にも潜在的失業者が多数いたことを、モスクワ県ヴォロコラムスク郡の次のような調査結果で窺うことができる。「赤軍の動員解除と都市労働者の流入により、労働力は増えた。［･･･････］労働力の流入は農民経営を向上させる機会を増やさなかっただけでなく、逆に、経営に余分な食い手を負担させ、農村での失業者を創りだした」。飢饉の深まりとともにその数は増え、全土をさまよった。二〇年末にニジェゴロド県セルガチ郡で最近急激に乞食の数が増え、それと同じ程度に売春も認められるようになり、彼らを拘留し仕事に送り出し、失業売春婦をラーゲリに送り込むことが決定された。

これら失業者の部隊への加入は彼ら自身にとっても利益になった。一八年六月四日づけ食糧部隊に関する党モスクワ委の規程によれば失業者部隊員に月額三〇〇ルーブリ（この額はライ麦一プードの当時の自由市場価格にほぼ相当）、食糧軍規程によれば志願者に月額一五〇ルーブリが支払われた。ペトログラードで六月に出された条例で、ペトログラードとその近郊にとって日雇い労働者に対する最低賃金を日給一四ルーブリ四〇コペイカ、常勤職員に月額三六〇ルーブリと定めた規程から見ても、それは遜色のない賃金であった。また、四月になると多くの都市で配給の停止や縮小に不満を持つ失業者と非熟練労働者がストなどの紛争を頻発させ、ソヴェト権力にとっても部隊加入は治安上からも格好の失対事業と思われ、八月のペトログラード・ソヴェト機関紙に、食糧部隊に失業者を積極的に加入させ、刈取り部隊などに利用しなければならないとの論説が掲載された。次いで、労働人民委員代理ノギーンの名で出された九月三日づけ布告により、全失業者にとって穀物の刈入れと食糧配送に関わる労働は義務とされた。食糧部隊で失業者の比率が高まり、モラルの低下は避けられなくなった。[xiv]　

食糧人民委員部は両首都の飢えた住民の声に即座に答えた。八月二日づけ『イズヴェスチャ』に掲載されたアピール『新穀物を求めて』で、穀物ができるだけ速やかに飢餓民の手に入るよう、「労働者と貧農を最寄りの穀物地方で収穫の刈取りに組織する必要がある」と、刈取り部隊の編成を訴えた。続いてツュルーパはすべての県食糧委に宛てた八月一三日づけ電報で、「もっとも穀物が豊かな郡に優れた食糧部隊を集中し、穀物の徴収に取りかかる」よう指示した。八月三日づけ布告によれば、大規模な労組連合、工場委員会連合、市・郡ソヴェトに食糧部隊を編成する権限が与えられ、登録された調達予定地区の食糧委の指示と統制の下に調達を行い、調達した半分を派遣した組織に、残り半分を調達現地の食糧委に引き渡すと定められた。こうして担ぎ屋的労働者を国家統制下に組織することで、労働者による自給と国家調達を両立させたのである。八月一五日のペトログラード・ソヴェト会議で、穀物の自由商業を求める労働者を非難したモーロトフに対し、工場労働者代表は、「工場生産性の低下の原因として、飢餓と労働者の全体的消耗」を挙げ、「労働者はパン八分の一フントで働くことはできない。貴殿がプチロフ工場の操業を望むなら、それに食糧を提供しなければならない」と、彼に真っ向から反論を加えた。七月二二日づけ投機に関する人民委員会議布告によって、投機人は一〇年以下の自由剥奪、牽引家畜と全財産の没収などが科せられ、担ぎ屋=投機人へ厳罰化が進む中で、工場労働者による食糧部隊の編成はボリシェヴィキにとって唯一有効な労働者の飢餓対策に思われた。

彼らによって熱狂的に迎えられた食糧部隊編成に関する布告について、八月一一日のペトログラード・ソヴェト会議でジノーヴィエフは、この布告は刈り取った穀物の半分を労働者が獲得することを保証し、それは「労働者組織に一定の制限と統制の下で独立買付権を与えることである」と演説し、『プラヴダ』の論説も、これを「労働者組織に買付権を与えた新しい布告」と位置づけた。だが、レーニンの判断は異なっていた。交通人民委員ネーフスキィの、「布告により、それぞれの駅、作業場、区域、地区、職工労働者と職員により組織される部隊に［･･･････］穀物調達に赴く権利が与えられる」との指示を「軽率な電報」として、「これは担ぎ屋行為の紛れもない組織化である」、「これら部隊に規律、高い意識、援助の多くを期待することはできない」と厳しく論難した。レーニンにとって火急の労働者への飢餓救済以上に、革命的秩序の維持が優先的課題であった。[xiv]

とはいえ、レーニンの非難は確かにその実状を反映していた。地方では統制なしに食糧部隊が編成され、担ぎ屋集団として活動に専念し、それらの不法行為についての訴えが多数中央機関に寄せられた。七月にブリャンスクで編成された一二〇〇人の担ぎ屋からなる武装部隊を現地の食糧人民委員部情報官は「モラルが腐敗している」と見た。このような部隊は数多く見られ、摘発されたパンなどの食糧が列車の外に積み上げられ、食糧部隊員が荷馬車でそれらを持ち去ったとのコムニストの目撃談が『貧農』紙に掲載（絵入りで）されるまでになり、交通人民委員部は食糧人民委員部に対し、そのような違法行為の停止を命ずるよう求めた。一八年末に軍事食糧局議長コステローフスカヤは『イズヴェスチャ』紙の論文で、ペトログラード部隊を念頭に置き、部隊に独立買付を可能にする金銭を持たせてはならない、なぜなら、これは担ぎ屋部隊そのものであるのでと、結論づけた。

このような労働者部隊を統制する組織が、モスクワの労働組合会館（旧貴族会館）に置かれた労働組合全ロシア評議会下の軍事食糧局であった。八月三日布告の細則規程が食糧人民委員部との合意で同評議会によって作成され、ツュルーパの署名をつけた臨時指令は、部隊の編成と派遣は軍事食糧局が実施し、現地での活動は食糧人民委員部の統制下に置くことを定め、この指令は一九年二月一日づけ労働者食糧部隊に関する人民委員会議政令によって確定された。これが軍事食糧局を経由して派遣される労働者食糧部隊である。こうして、労働者部隊に法的権限が与えられたが、それらの活動は、割当徴発の遂行という国家的大儀と食糧獲得という個人的欲求との性格を併せ備え、その危うい均衡の上で成り立っていた。一八年末にタムボフ県における労働者部隊の活動を総括して、ペトログラード代表は『イズヴェスチャ』紙上で、『労働者食糧部隊は必要か』との衝撃的見出しの下に、わずかな穀物を配送するのに多くのエネルギーと人命を犠牲にし、「余剰までも着服している」部隊の派遣に疑問を投じ、食糧戦線でのパルチザン戦争から正規軍による戦争を訴えた。実際にこれら労働者部隊はほとんど統制されず、コステローフスカヤによれば、八月からの「四ヶ月間で飢餓諸県から生産諸県に約三〇万人の労働者が出向いたが、軍事食糧局を通したのは約八〇〇〇人余にすぎなかった」[xiv]

食糧軍の編成

穀物戦争の正規軍として完全に食糧人民委員部の管轄に置かれ、「武力によって食糧プロレタリア独裁」を実現し、「食糧人民委員部の下に強制的機関を創り出す」ために編成された軍事力が食糧軍であった。これら部隊は、モラルの弛緩した分子から編成される労働者軍とは異なり、赤軍に倣って編成される意識の高い組織的統一軍となるはずであった。

だが、この構想は最初から躓いた。ペトログラード労働者からなる武装食糧部隊を率いていた指揮官クディーンスキィに、食糧人民委員部の指示に準拠し調達活動を実施せよとの五月一六日づけ命令が出された。これは、「この瞬間から食糧軍の創出がはじまる」と後に評価される出来事であったが、間もなく一二〇〇人の部隊員のうち七〇〇人は服務規程が公表されるや解任され、残りはいずこともなく四散し、二三人だけが任務に就くことに合意した。だが、食糧人民委員部の一九日づけ電報により指揮官自身が解任され、彼に替わり二九日づけ同命令によりズスマノーヴィッチにその編成が委ねられ、すべての公務員と食糧部隊員に彼への完全服従が改めて下達された。食糧軍の統括機関として五月二〇日に食糧人民委員部内に食糧軍管理局が設置されたが、ズスマノーヴィッチの報告書によれば、同管理局は「まったく機能せず」、「無秩序で混沌とした状態にあった」。今度は管理局の再編がはじまり、一〇月一二日づけ共和国革命軍事評議会命令により、食糧軍の装備、軍事訓練、武装などに関しては軍事人民委員部の所管となり、その活動に関しては食糧人民委員部の管轄に置かれるとされ、ようやく食糧軍の基盤が整えられた。

六月六日に食糧徴収軍最高司令官ズスマノーヴィッチの名により、ソヴェトにより保証される一八から四〇歳までの志願者を徴募するようすべてのソヴェトに指示された。それを補完して、シリーフチェルの名で部隊編成に関する指令が出され、各地で食糧軍の編成がはじまった。これら指令には指揮系統などの規程が欠けていたため、八月二〇日に食糧人民委員部は改めて部隊規程を作成し、それによれば、各部隊は二、三丁の機関銃を持つ七五人以上で編成され、部隊長は部隊編成に関する主任コミッサールによって任命され、食糧人民委員部により承認される政治コミッサールが帯同し、後者の任務に部隊内での革命的規律の監視が含まれた。このように部隊に関する指令では、再三にわたって部隊のモラルと規律の遵守が求められた。シリーフチェル指令で、入隊希望者は「個人的自発性と革命的規律に関する、工場委、労組組織、ソヴェト組織・施設の責任者による保証を要する。食糧軍隊員の選別は一点の染みもないよう行うべきである」と特記された。[xiv]

食糧独裁によっても危機は緩和されず、それはいっそう深刻になった。ノヴゴロド県クレストツィ郡で恐ろしい飢餓によって無秩序状態が勃発したと、内務人民委員部は食糧人民委員部宛てに六月末に打電した。ヴァルダイ郡では穀物が一週間入荷しないため飢餓一揆が起こり、郡執行委員が殺害された。工場労働者の食糧事情も悪化し続け、ニジェゴロド県ソルモヴォ機械製造工場から、「わが工場の恐るべき食糧事情を勘案し、わが工場への食糧の供給に向けての措置を懇願する。いかなる遅延も［･･･････］工場を完全に操業停止にさせる。食糧の交付はすでに一ヶ月間行われず、工場労働者は言葉の完全な意味で飢え、労働できる状態にない」と食糧人民委員部に報告された。そこでの欠勤率は六八％に達し、日に日に高まっていた。県食糧委が持つわずかな麦粉は残らず軍事コミッサールに持ち去られ、その結果がそこでの飢えであった。

六月二八日にズスマノーヴィッチの名で、「直ちに制服、武器、食糧購入資金を支給するので、部隊が編成されたところからモスクワに派遣せよ。同志諸君、一刻も遅れるな。穀物を汲み出すためにクラークとの闘争に武力が必要である。食糧部隊の派遣は早いほどよい。急げ！」とのアピールが出され、七月にレーニンはペンザ県ソヴェト大会宛てに、「パン配給券を増やす唯一確実な手段は、力ずくでクラークから穀物を徴収し、それを都市と農村の貧民に引き渡すとの人民委員会議決定である。このため貧農が速やかに決然と食糧人民委員部によって創設された食糧軍に加入することが必要である」と訴えた。食糧軍兵士家族には月額二〇〇ルーブリが支払われ、農村を含めて多くの貧農や失業者がこれに応えた。六月一五日まで二八六三人であった食糧軍の総勢は、同年一一月一日までに二万八九〇五人に大幅に増員された。[xiv]

そもそも食糧軍構想はきわめて漠然としたものであり、その所轄官庁に関しても不明瞭で、赤軍と食糧人民委員部との「どっちつかずの異常事態」と評され、食糧軍管理局には軍事人民委員部と食糧人民委員部の代表が座り、「それらの指導と活動は非常に錯綜し、しばしば指令はまったく矛盾していた」。スヴィジェールスキィが七月のモスクワ・ソヴェトで、「クラークとの闘争のために赤軍と同じ原理で食糧人民委員部は」食糧軍を組織していると発言したように、「農村の十月」が進展せず、食糧軍と赤軍との境界がますます曖昧になった。七月二三日づけで党中央委はヴォログダ県キリロフ郡の党委に、穀物没収のための部隊を赤軍から編成せよと命じたように、赤軍部隊も食糧徴発に加わった。ズスマノーヴィッチが「［食糧］軍は食糧調達の活動分野だけでなく、チェコスロヴァキア軍（エカチェリンブルグ近郊とヴャトカ県で）、白衛軍、コサックとの戦闘でも本領を発揮した」と触れたように、今度は食糧軍から頻繁に赤軍に補充され、七月の左翼エスエル蜂起鎮圧には、食糧軍予備役が投入された。一〇月に共和国革命軍事評議会は食糧軍から歩兵一万人を現役赤軍に選抜しヴォロネジ地区に集結させるよう命じ、これは執行された。さらに、同議長トロツキーと赤軍総司令官の命令により一一月と一二月に食糧軍二万人を赤軍に編入することが決定され、兵役年齢男性はすでに赤軍に徴募されていたので食糧軍の補充ができず、この時三万人近くあった食糧軍兵員は一九年一月になると一万人にまで激減した。こうして調達現場で食糧軍の不足が顕著になり、一一月にサラトフ県食糧委は一二〇〇人の食糧軍兵士を求めたが、実際には四四〇人しか送り込むことができなかった。[xiv]

食糧軍の弱体化は調達活動の衰退を招き、革命軍事評議会参謀長の一二月一四日づけ電報によって、戦傷からの回復者と戦闘能力不適格者から食糧軍兵士を補充し、一万二〇〇〇人までの増員が命じられた。食糧軍は穀物徴発への不満と敵意の中で活動しなければならなかったが、兵士は充分な訓練を受けることなく、武装も装備もなしに活動し、しばしば「道徳的に見て不適格な」分子が多数紛れ込んだ。以後、赤軍と同様に食糧部隊は、労働者部隊であれ食糧軍であれ、兵員の補充、装備と武装の不足に悩まされ続けた。一九年にすでに赤軍への動員は完全な行き詰まりを見せ、五月一七日の党中央委組織局会議で、五月に行われたモスクワ県の動員期間中に自発的に出頭したのはわずか八二人で、「動員は大きな困難に遭遇している」と報告され、一九日の同会議では、動員の対象を農民に移したが、「同じく取るに足らない志願者しかなかった」との厳しい現実が指摘された。あらゆる軍事力が量的にも質的にも限界に近づいていた。　

二〇年春にサマラ県ブグリマ地区で蜂起が発生した際に、「橇に括りつけられ、雪の中を数ヴェルスタ引きずられ、その後で氷の穴に放り込まれた。別の兵士は三叉で目玉を抉られ、発疹チフスに感染しひどい熱で意識朦朧となって病院で寝ていた現地の軍曹は通りに引きずり出され、冷水を浴びせられた」ように、食糧軍兵士は農民の憎悪の的となり、武器の携行は絶対に不可欠であった。だが、食糧部隊は常に不完全な武装と装備で地方に送り込まれ、中央にそれらの補充を求めた。一〇月に軍事食糧局にサマラ県労働者局［軍事食糧局の地方組織］は、「武器なしで活動は不可能であるため、少なくとも部隊員の三分の一への武器の供給」を要請した。ヴャトカ県サラプル郡から、部隊の武装は悪く、県に武器がない、トヴェリ県から一二月に「火器に大いに困窮している」と訴えたような多数の文書が残され、それらは一様に武器の補充を求めたが、その慢性的不足は続いた。

このように現地農民から怨嗟の的になっていた食糧軍兵士の多くも農民出身で、彼らは「好ましくない政治思想を疑われて即座に銃殺される恐怖心のほかに、いかなる規律に縛られたくなく」、都市の居住にも慣れず、「兵舎や宿舎を壊せば家に送り返されるであろうとの理屈で」宿舎になった建物の至る所が破壊されたと、サマラに駐屯した部隊について語られた。食糧戦線で一八年一一月までに七三〇九人の食糧軍兵士が落命し、残された遺族に三ヶ月分の扶養費が支払われた。[xiv]

一九年一月に開かれた全ロシア食糧会議でも地方代表は、異口同音に食糧部隊の活動への非難を繰り返した。カザン県代表は次のように指摘する。食糧部隊に関する布告に準じて活動した部隊はない、まったく訓練なしに労働者を投入したため、地方で紛糾が起こった。「彼らは利己主義的分子、担ぎ屋分子であり、調達自体が勝手な方法で行われている。［･･･････］これは穀物の搬送の低下をもたらすだけではなく、搬送を停止させ、農民の間で予期せぬ暴動を引き起こすかもしれない」。イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県代表は次のように発言した。非常措置を執らなければならない事態なのに、これら部隊に非難が浴びせられ、その任務が達成されないなら、その責任は中央にある、飢餓県と生産県との調整なしに飢餓県にこれら部隊を派遣する権利を与えたので、部隊は現地に到着しても地元に受け入れられず、エネルギーと経費が浪費されるだけである。　

それでも、農民への抑圧なしに割当徴発が遂行できない以上、食糧部隊なしの調達活動は不可能であった。当初は一時的措置と見なされていた労働者部隊は一九年二月二七日づけ人民委員会議政令により、地方食糧組織を補完する意義を与えられ、その役割は不動となった。二〇年三月で軍事食糧局の管轄だけで総員二万二七〇九人の七九八部隊があり、派遣先はシムビルスク県の五一五〇人を筆頭に、ヴャトカ県の三三三四人、カザン県の二一九五人、サマラ県の二一九一人などが続いた。彼らのうち五四・五％が熟練労働者、二四・一％が肉体労働者などから構成され、労働者を軍事食糧局に登録させるだけで、穀物戦争を遂行する巨大な軍事部隊がこうして編成された。[xiv]

　　　四　両首都への穀物確保

非農業住民への穀物生産物の消費基準が一八年一〇月一九日の食糧人民委員部命令で示され、それによれば、重労働者に一ヶ月三六フント、工場労働者、運輸労働者、ソヴェト職員などに二五フント、それ以外の職員、労働者家族に一八フントを確保するとされ、重労働者でさえ年間基準は一〇プードをわずかに超える量でしかなかった。だが、この基準は上限であり、「この食糧を消費者に充たす義務を食糧組織は負わない」と明記された。地方でもこの基準で配給が行われ、一八年のトヴェリ県の年間成人の消費基準は通常の消費量のほぼ半分の九プードしかなく、子供はその半分と決められた。一九年一月にノヴゴロド県オクロフカから、「労働者と家族は飢えで憔悴し、仕事を投げ出している。状況は危機的」と報告されたが、この製紙工場への食糧供給は食糧人民委員部によって拒否された。

農民に残される消費基準も農民経営の実情とかけ離れていた。一八年八月一〇日づけのツュルーパ署名の指令によれば、年間消費基準として住民一人当たり一二プード、役馬にオート麦一八プード以下など播種面積に応じて頭数は制限されたとしても、家畜に一定量の基準は認められたが、播種用種子については言及されなかった。この指令で「県食糧委はこれら基準を縮小する権限を持つ」と特記されように、カルーガ県では七・五プードの消費基準が適用された。一九年収穫の登録に関する七月二九日づけ食糧人民委員部命令では、農民経営に残される穀物量は、一、地方ごとに算出される播種面積に対する種子、二、年間一人当たり穀物一二プードと碾割り一プードと規定され、ここでは家畜用飼料はまったく認められなかった。コストロマ県の基準によれば、役馬と役牛にのみ穀物が残され、仔馬、仔家畜、豚、仔豚には何も残されなかった。[xiv]

こうして民衆は国家制度（配給制であれ消費基準であれ）による食糧確保の権利を奪われたため、担ぎ屋や地方からの食糧配送は、商業禁止の原則にもかかわらず、一定程度容認されていた。特にモスクワとペトログラード、すなわち両首都の労働者組織にはいくつかの優遇措置が与えられ、実質的に国家的利益と両首都の利益は同じ意味を持った。

すでに述べたように、法的には一人当たり二〇フント以下の食糧の搬送が認可され、一定の範囲で担ぎ屋を容認して食糧危機の打開が図られた。しかしながら、この枠を超え、すでに五月以後ペトログラードで馬鈴薯の自由搬送と併せて一プード半までの食糧の自由搬送が実施されていた。この特恵措置は拡大され、八月二四日づけモスクワ・ソヴェト幹部会条例により、もっぱら個人消費用として一プード半までの食糧をモスクワに搬送することが労働者に認められ、さらに二八日づけで鉄道駅のすべての闇食糧取締部隊が解除された。後に、同幹部会条例を補足して各家族一人につき一プード半の自由搬送であると説明され、こうして両首都では事実上食糧の自由搬送が認可された。

だがこの措置は自由商業の禁止に抵触するおそれがあり、ある研究者の表現を借りれば、「一〇日間で何度も一プード半搬送の問題が人民委員会議で討議され、振り子はあちらからこちらへと揺れ動いた」。まず、この問題は交通人民委員ネーフスキィにより八月二三日の人民委員会議に提起され、その審議は二六日まで留保され、カーメネフ、ツュルーパなどから構成される特別委にその布告草案の策定を委ねるとともに、モスクワ・ソヴェト幹部会に一時的自由搬送の認可を通達し、その結果が二四日づけ同幹部会条例であった。しかし、二六日の人民委員会議で特恵搬送に関するモスクワ・ソヴェト議長カーメネフの草案は棄却され、この問題は党中央委の検討に回され、ツュルーパが提案した闇食糧取締部隊の解除は「聞き置く」とされた。原則的には自由搬送に否定的であったツュルーパもモスクワの危機的食糧事情に配慮し、八月三〇日にすべての県食糧委と食糧人民委員部代表に、これを利用した投機と断固と闘うことを条件にモスクワ・ソヴェト幹部会条例に基づき搬送される食糧を没収してはならないことを命じた。[xiv]

九月四日の人民委員会議でツュルーパは同幹部会条例について報告したが、結論は労働者代表を招聘する翌日の会議に持ち越された。五日の会議でツュルーパは、理由も根拠も明らかにせぬまま、これまでの方針を転換して自由搬送に関する同幹部会条例の破棄について報告し、同会議もこの報告を原則的に適正と認め、その草案作成をツュルーパ、トムースキィらからなる特別委に委ねたが、そこでは最終的な破棄に至らなかった。

人民委員会議で自由搬送に原則的反対が決議されたその日に、北部州［ペトログラードを含む北部六県］人民委員会議議長ジノーヴィエフの名で、ペトログラードに到来するすべての乗客に穀物を含めて一プード半以下のあらゆる食糧を自由に搬送する権利を与え、いかなる地方当局や闇食糧取締部隊からの没収だけでなく臨検も不要とし、非合法な没収は厳罰を科すとの条例が出された。このように、人民委員会議の反対にもかかわらず、両首都は特恵的自由搬送を獲得した（八月三〇日の暗殺未遂事件で負傷したレーニンはこの時期人民委員会議を欠席していた）。後の第一回全ロシア食糧会議で、食糧人民委員部に強固な基盤が欠けていたので、両首都の圧力の下に一プード半自由搬送を認めざるをえなかったと、この事情が説明された。両首都と食糧人民委員部の間で妥協点が模索され、六日づけ人民委員会議政令によって一八年一〇月一日までの期限をつけて、モスクワとペトログラードの労働者に家族一人当たり食糧一プード半の自由搬送が認められた。これに関連し、交通人民委員の名で鉄道での闇食糧取締部隊の解除と手荷物検査の禁止が命じられた。[xiv]

この措置で市場は完全に混乱した。九月六日づけ政令は両首都以外のソヴェト組織による独立調達と自由搬送の禁止を明記し、九日づけでツュルーパは、「両首都の労働者と勤労者に暫定的に与えられた一プード半の搬送権を利用しようとする投機人と担ぎ屋の試みを阻止しなければならない」との訓令を出したが、調達現場でこれらを区別するのは不可能であり、担ぎ屋が一気に溢れ出た。一一日づけでジノーヴィエフは、「九月七日日曜にイリノフカ鉄道［ペトログラード北東の郊外］だけで二万五〇〇〇人の担ぎ屋が乗車した。担ぎ屋は蝗のように馬鈴薯畑に来襲し、収穫を台無しにしている」事実を考慮し、「投機を目的とした一プード半搬送を厳罰に処す」と警告したが、効果はなかった。

早くも九月五日づけでトゥーラ県食糧委参与は、「モスクワ・ソヴェト幹部会の一プード半搬送条例と闇食糧取締部隊解除のために担ぎ屋が猛烈に殺到し、構築された食糧業務は根底から解体され、担ぎ屋行為との闘争は不可能となり、穀物専売自体が根本から破壊されている。［･･･････］堕落させるような条例は食糧機関、闇食糧取締部隊、貧農委自体にも影響を及ぼしている」として、この特恵措置を破棄するか、トゥーラ県にも拡大するよう求めた。カルーガ県食糧委は、「従来の食糧政策のすべての進展を根底で覆すこの訓令に驚き」、モスクワに劣らず飢えている県の労働者に同様な特恵を与えるよう要望するとともに、県外に一フントの穀物も搬出させないと宣言した。

実際一五〇万の人口を擁するカルーガ県は戦前には年間二〇〇〇万プードの穀物を消費し、そのうち約半分を県外からの搬入に頼っていた。一七年の収穫はすでに一八年六月までに底を突き、そのため担ぎ屋による県内への搬入と地方食糧委の黙認の下に旧地主領から穀物を奪い取って、何とか糊口をしのいでいた。一八年収穫は一人当たり年間一七フントしかなく、ボロヴスク郡では極度の栄養状態のためにスペイン風邪が蔓延していた。県内の数少ない生産郡の一つ、コゼリスク郡から一〇月に、穀物はない、状況は破滅的、飢餓のために暴動が起こるかも知れないと報告された。多くの消費県も同様な食糧事情に置かれ、それらは両首都からの担ぎ屋の到来によって穀物が県外に搬出されることに大きな危機感を抱いていた。党中央委機関紙さえもこの措置に批判的で、一プード半自由搬送のうねりがトゥーラ、ヴォロネジ、ペンザ、サラトフ県にも広がり、ヴォロネジ、トゥーラ、ペンザの県食糧コミッサールはモスクワ・ソヴェト幹部会条例の廃止を求めていると、地方の混乱を伝えた。サラトフ県食糧委は、大量に県に押し寄せた担ぎ屋は穀物だけでなく大量の肉を搬出し、この時はじまった大規模な屠畜は県の畜産に大打撃を与えたと報告した。この特恵搬送を享受できたのは、両首都の労働者だけであった。[xiv]

モスクワから送り出された一プード半買付部隊の活動は次のように総括された。派遣された二八九部隊のうち、サラトフ県に一一七部隊、ヴォロネジ県に七二部隊、タムボフ県に六六部隊、クルスク県に二〇部隊が送り出され、圧倒的に中央黒土諸県に集中した。そのため部隊間に競合が起こり、部隊を派遣した二八四組織のうち、二二五組織が穀物を買い付けることができ、一プード半の基準で完全に買付に成功したのは一七二組織にすぎなかった。また、九月末に食糧人民委員部によって行われた調査は一プード半搬送の別の側面も明らかにしている。それによれば、一六県から部隊は一八九万八五八プードを搬出したのに対し、担ぎ屋によって二五六万一三〇二プードが搬送された。

特恵搬送の認可証の交付は九月二五日以降停止され、すでに交付された認可証による搬送を考慮して、特恵搬送期間は最終的に一〇月一〇日まで延長された。この期間中にこの措置によって両首都に四五〇万プード以上の穀物が搬入されたが、これは食糧人民委員部の供給計画の二倍以上に相当した。その後一九年五月の食糧人民委員部指令により、一プード半自由搬送は休暇で故郷に戻る赤軍前線兵士にのみ適用された。[xiv]

五　ヴャトカ県での調達活動

ヴャトカ県の戦略的意味

シベリアと中央ロシアの結び目にあるヴャトカ県は食糧調達だけでなく軍事=政治的側面からもこの時期もっとも重要視され、一八年はこの地に穀物調達が集中された。この県には赤ん坊が生まれたときに積み上げ、成人するまで保存する「聖なる」藁塚の習慣があっただけでなく、旧い籾を蒔けば実りがいいとの言い伝えがあり、一〇年以上も経つ藁塚が方々に見られた。『貧農』（六月二六日号）紙はサラプル郡について、「ここに穀物は食いすぎるほどある」と報じた。夏にエラブガ郡を訪れた食糧人民委員部指導官は、村に巨大な未脱穀の藁塚があり、黒ずんだ藁の色から判断してそれらは五、六年以上も放置されているようだと報告した。[xiv]

六月九日に現地に到着した八八五人の第一モスクワ食糧連隊に続き、両首都から次々と食糧部隊が到来し、県内の緊張が高まった。「ある意味でロシアにおける内戦は飢餓地区（「プロレタリア」中央）と飽食地域との、換言すれば、穀物保有者とその強奪者との衝突の形をした戦争として出現した」と、ある研究者は指摘するが、これは正しくない。なぜなら、当時のロシアで飽食地域などほとんど存在しなかったからである。正確には、これは飢えた者同士が食糧を奪い合う戦争であった。一九日にヤランスク郡食糧委から穀物の脱穀に派遣された民兵は二〇日早朝に農民によって粉砕され、さらに赤軍兵士一〇〇人が送り込まれた。その戦闘にこの郷の住民だけでなく、ウルジューム郡の住民も参加した。ひどい激戦であった。部隊長は殺されたが、反乱側が兵士の屍体を土に埋めてしまったので多くの戦死は記録されなかった。赤軍に五七人の重軽傷者を出し、六人の屍体だけが見つかった。このような戦闘が頻出し、ヤランスク市と郡に戒厳令が布告された。[xiv]

サラプル郡にあった四万五〇〇〇人余の人口を有する県内最大の工業都市イジェフスクで、六月のソヴェト改選によって無党派が多数を占めたため、カザンからの赤軍特殊部隊によりこのソヴェトは解散させられ、旧執行委が復権した。二月革命の成果を取り戻そうと、失業した復員兵を中心に「前線兵士同盟」が組織され、八月七日に三四〇ヴェルスタ離れたカザンが占領されたとの知らせが届き、復員兵にそこへの動員が命じられた。強制動員を拒否した「同盟」代表団は逮捕され、翌日の大衆集会は逮捕者の釈放を要求し、反乱がはじまった。ここは兵器・鋳鋼工場[xiv]の労働者が圧倒的で、彼らは郡食糧委からほとんど配給を受け取らず、もっぱらバザールで食糧を得ていたが、市場価格は急騰し、労働者の間で反ボリシェヴィキ的気分が高まった。そのような群衆が多数彼らに加わり、ボリシェヴィキはイジェフスクからの潰走を余儀なくされた。反乱三日目で市の全権は右翼エスエルに握られ、当時サマラにあった憲法制定会議委員会(コムーチ)の支持が宣言され、イジェフスク人民軍が編成された。ウルジューム郡で「掠奪的食糧活動」を展開していた第一モスクワ食糧連隊の一部はコムーチの支持を掲げてウルジュームを占領し、八月一一日から翌日にかけてヤランスクが反乱軍の手に落ち、ノリンスク郡では次々と食糧部隊が撃破され、一四日に反乱軍はノリンスクを占領した。カザンから派遣された赤軍部隊は反乱を収拾できず、一七日に県内第二の工業都市ヴォトキンスクが、三一日にはサラプルが反乱軍に占領された。これは、ペルミ県オサからカマ河に沿って東西に二五〇、南北に一五〇ヴェルスタ以上の地域を覆った、その時ボリシェヴィキが直面した最大の反乱であった。

イジェフスク市でソヴェト権力の空白時代に商店と市場は活気づいた。市場にパン、肉、野菜が現れ、農民はバザールに農産物を運びはじめた。小売店は開けられ、履物、織物、食器などの日用品が店先に並べられ、兵器工場で銃は増産された。各地で穀物専売制が破棄され、自由商業が認可された。この事情について、ヴャトカにあった指導官が食糧人民委員部に次のように報告したのは、正鵠を射ている。「しかるべき機関を構築せず、穀物の自由販売を直ちに停止すれば、それにともなって穀物は密かに非常に高い値段で販売され、貧しい都市住民は穀物を得る機会を完全に奪われる。このような理由で穀物の自由販売がこのとき認可されて、民衆は潤った」[xiv]

この事件によって県内の食糧活動は中断され、「早晩回復する見込みはなく」、駐屯中のシリーフチェルは失意のうちに八月一二日にペルミに向かった。一三日の県食糧会議で「県南部は運命に身を任せた」と表現された反革命の嵐に抗し、県執行委議長ポポーフの指揮するヴャトカ連隊第二大隊がヴャトカ方面から、第二軍から派遣されたポルタヴァ連隊がカザン方面から反攻に転じた。反乱の鎮定にズスマノーヴィッチ麾下の食糧軍も投入され、調達活動はほとんど停止した。これらの反乱が本格的に鎮圧されるのは、トロツキー麾下の赤軍部隊によってカザンが陥落した九月一〇日以降であった。第二軍が強化され、カザン=エカチェリンブルグ鉄道とヴャトカ、カマ河の二方面からの攻勢がはじまった。一〇月五日にサラプルが、一一月七日にイジェフスクが、それに続いてヴォトキンスクが一四日に赤軍によって占領された。しかしながら、党機関紙によれば、「秩序は回復されつつあるが、イジェフスクの食糧事情は危機的である。白衛軍=コムーチ派は食糧機関をすっかり破壊した。革命的ソヴェトはすべてを再建しなければならなかった」。このような厳しい県内情勢で最初の割当徴発の実施を余儀なくされた。[xiv]

食糧独裁体制が布かれたものの、調達命令の遂行率は低減し続け、五月に出された穀物貨物一九四三万プードの命令は五％以下しか遂行されず、両首都の飢餓は深刻さを増していた。このような穀物調達活動の行き詰まりの中で六月半ばにレーニンはオムスクから帰還したシリーフチェルと、模範的穀物調達を組織する必要について討議し、六月下旬にツュルーパ宛てに「シリーフチェルにとって重大な食糧業務を見つける必要がある。例えば、某郡で割当徴発を一〇〇％徴収する。［･･･････］三、四県にとっての鞭となり模範となるように。見つけてもらえるだろうか」との覚書を送った。二六日にレーニンは再度シリーフチェルと会談し、トゥーラへの派遣を予定したが、この問題が食糧人民委員部参与会で審議された際に予定は変更され、彼はヴャトカ県に特別全権として七月二〇日に派遣された（彼の活動範囲はヴャトカ、ペルミ、ヴォログダ県を含んだ）。ヴャトカがそれに選ばれたのは、まず当時の軍事＝政治危機と深く関わっていた。

五月二六日にチェリャビンスクではじまったチェコ軍団の反乱[xiv]はオムスクにシベリア臨時政府を設立させ、西シベリアをボリシェヴィキ権力から分断させた（シベリア臨時政府はシベリアの自立(オートノミー)を表明したが、コムーチの成立後は全権をそれに移譲した）。その勢力は五月末にペンザに飛び火し、西方への攻勢の堡塁を確保した。彼らの主張によれば、レーニンとトロツキーは、カイザーの「スラヴ人［チェコ人捕虜］を問答無用の銃殺が待ち受けるドイツに引き渡すようとの要求」に呼応したことに抗議し、彼らは決起した。シベリア政府は穀物商業の国家規制を打ち出し、七月六日の命令により、穀物、麦粉、バターのシベリアからの搬出は禁じられ、シベリアの食糧源は断たれてしまった（その後一一月一八日にオムスクでコルチャーク提督はシベリア政府を逮捕し、最高統治者を名乗った）

この反乱への全面的指揮を委ねられた前軍事人民委員、軍事総監部議長ポドヴォーイスキィは五月三〇日にウファー県ズラトウストで、武器を引き渡し兵舎に戻るようチェコ軍団司令部に求め、三一日午後九時の回答期限直後に軍団への攻撃がはじまった。五月二九日づけで勤労者の赤軍への強制召集に向けて中央執行委布告が出され、六月一二日に中央執行委は戦闘地域近辺の五一郡に動員を宣言した。だが、厭戦気分と畑作業が重なり、もっとも高いペルミ県エカチェリンブルグ郡でさえ応召率は三六・四％しかなく、ヴォルガ、ウラル、シベリア軍管区内では想定された赤軍兵士の一九・六％しか徴募できず、それはむしろ農民の不満を増長させる結果に終わった。赤軍は数的にも練度においても圧倒的な軍団を前にサマラを持ち堪えることができず、六月八日にチェコ軍団はサマラへの砲撃を開始し、同日早朝に市内の占領に成功した。直ちにコムーチが設置され、その日のうちに市ドゥーマとゼムストヴォ参事会の復活が宣言された。元憲法会議議員が続々と集まりはじめ、コムーチ議長ヴォーリスキィはサマラで開かれたゼムストヴォ・都市代表者大会で、社会主義体制への反対と資本主義の復活を宣言した。一二日に銀行の国有化は解除され、一八日づけで専売制の廃止のアピールを出した。だが、この政府も軍事弾圧体制であるのは断るまでもなく、二〇日づけで戒厳令下での蜂起、襲撃などは軍事法廷によって厳しく処罰されることを宣言し、パニックを引き起こすような流言蜚語を流すことなどは禁止され、滞在者全員が登録され、事前の許可なしの集会は禁止された。反乱は各地に広まり、シムビルスク県執行委は県防衛のための軍事革命参謀本部を設置し（シムビルスクで七月二二日にコムーチが権力を掌握）、カザン県執行委はカザン市と県に戒厳令を布告した（八月七日にカザンが陥落）

前線付近の白軍であれ、赤軍であれ、軍事部隊によって占領された都市での健全な市民生活は完全に失われた。一九年六月にオレンブルグからの避難民はそこでの生活について、次のように語った。「ボリシェヴィキは最後の最後まで市を引き渡さないと決めた。赤軍が北部戦線で敗れた三月前半から、テロルは特に大規模になっている。夜に何十人が銃殺されている。恐ろしいスパイ網が広がり、ごくわずかな嫌疑でも逮捕され、現場で銃殺されている。監獄は人で溢れている。［･･･････］ごくわずかな恐怖を煽る風聞でさえもパニックを引き起こしている。受難週［復活祭前日までの一週間］に大きな暴動が起こり、全員が逃げ出し駅に殺到した。ボリシェヴィキは近々蜂起があると想定し、予防措置が執られ、市内の様々な箇所に機関銃が据えられた。毎日街路で惨殺された赤軍兵士が見つかっている。避難民の家屋は解体され、資産は没収され、大きな音は禁止されている。夜六時以後に外出できない。商店は全部が閉ざされている。商品は徴発された。工場は疎開し、原料は持ち出された。織物、砂糖はなく、薪もない」

コムーチによる「人民軍」への自発的動員は失敗に終わったが、八月の『プラヴダ』が、「ひどい扱いのため」赤軍を恨んでいると報じたように、赤軍も同様である。九月初めにエスエルが行ったアンケートによれば、ドイツと闘うかとの質問に、「ドイツとの戦争も、どの戦争も望まない」、「ドイツ軍兵士がわれわれの領土を奪わないなら、闘わない」と回答したように、民衆は厭戦気分が濃厚であった。強制動員に対し、サマラ農民は大量の脱走や、動員反対の蜂起で抵抗した。軍事的には六月二三日づけで第一軍司令官にトゥハチェーフスキィを任命し、東部戦線総司令官に左翼エスエルのムラーロフに替わり、七月一二日づけ人民委員会議は、左翼エスエル蜂起の鎮圧に軍功のあったヴァツェーチス（元ラトヴィア歩兵師団司令官）を任命して強化が図られた。それでも、訓練不足の赤軍部隊は数的に優位になったにもかかわらず、ウファーで敗れ、潰走した。反攻勢力をカザンに集中させるため新たに第五軍が編成され、航空機爆撃を含む総攻撃により九月一〇日にカザンは解放され、トゥハチェーフスキィ麾下の第一軍によって九月一二日にシムビルスクが奪還され、チェカー支部が占領後のあらゆる重要拠点に組織された。[xiv]

こうして、チェコ軍団とコムーチ軍との戦況が好転するまでの八月中は、サラトフ県フヴァルィンスク郡からシムビルスク県までの中域ヴォルガ、中部ウラルのほとんどが反革命勢力下にあり、一、ボリシェヴィキ権力が調達可能と思われたのは、カマ河流域と中央黒土地帯の一部（ヴャトカ、ウファー、ヴォロネジ、クルスク、タムボフ県）しかなく、二、一八年収穫に関する食糧人民委員部の情報によれば、シムビルスク、カザン、サラトフ、ヴャトカ県が豊作県とされ、三、その中でもヴャトカ県は一七年収穫とこれまでの未脱穀穀物を併せて一六〇〇万プードの大量の穀物貯蔵を持つと考えられていたのが、この県で最初の割当徴発が試みられた理由であった。だが実際には、六月末に現地情報官が南部郡に膨大な穀物貯蔵の存在を確認しつつも、北部の工場で飢えが原因の自殺についての風聞が流れ、ヴャトカ郡で二件の餓死も記録されたと報告したように、県全体の穀物バランスから判断すれば、搬出可能な穀物量は限られた量しかなかった。[xiv]

県内の軍事情勢が落ち着きはじめた九月一九日にシリーフチェルを議長として開催された県食糧会議で、ヴャトカ、スロボドスコイ、オルロフの北部郡を除く八郡にライ麦五四〇万プードとオート麦三一五万プードの合計八五五万プードの郡別割当量が承認され、この総量のうち七〇〇万プードが県外への搬出分、一五五万プードが県内需要に残されるとされた。中央によって与えられた割当徴発のこの数字と、それ以前の県内調達の数字を比較すると次のようになる。一八年一月末に開かれた県食糧大会で、南部生産六郡で新収穫までに五五〇万プードを調達し、県内の不足量と算定された三八五万プードを県内消費郡に配分し、県内需要を充たした後に残る一六五万プードが県外に搬出されると計画された。もちろんこの数字は予定量であり、実際に八月まで県内需要に二七万六八七二プードの穀物を確保したのに対し、中央は六万一一七四プードの任務命令に対し八三八二プードを確保しただけであった。膨大な穀物量に比べてこの数字はあまりにも少ないと思われ、シリーフチェルの到着後に搬出量は二〇万プードに飛躍的に増量した。

県食糧会議で決定されたこの割当量が年間総量ならば「一〇〇％徴収」は可能であった。一八年収穫について県国民経済会議統計部は次のように算出した。情報によれば、八月一五日現在で穀物収穫見込みは一億五七〇八万三〇〇〇プード、純収穫は四〇三五万八〇〇〇プードに達し、それはこの六年間になかったほど輝かしいものと思われた。だが、七月の天候が不順で収穫が悪化したため八月下旬に特別調査が行われ、県全体で収穫見込みに対し二五％の減少が明らかになった。こうして、月一人当たり一プードの消費基準を算出根拠に同統計部は一八年収穫の県内余剰を一五七八万プードと算出した。一方、食糧人民委員部が定めた割当徴発は四期に分けて実施され、県食糧会議ですでに定められた量八五五万プードは九月一九日までの第一期の納付量にすぎず、一二月二四日までの第二期で一七六二万三〇〇〇プード、一九年一月末の第三期に三〇五〇万プード、最終第四期の五月末までに二三〇万プードの合計五八九七万三〇〇〇プードが県に対する割当総量となった。算出された余剰量に対し中央からの割当量はあまりにも過大であった。[xiv]

県に派遣された食糧部隊指導官グローバは七月二日づけで食糧人民委員部に、ウルジューム、マルムィジ、エラブガ、サラプル郡でのみ穀物の受取りが可能であると報告したが、割当徴発量は消費郡にも及んだ。九月に一五〇万プードの穀物が割り当てられたヤランスク郡は一八年初めですでに穀物に困窮し、一月に開かれた郡労兵農ソヴェト大会で、郡と郷に差し迫っている飢餓と起こりうる飢餓一揆からの救済を訴える決議が出されていた。それでも、郷から村へ、次いで個々の市民への穀物割当は大きな混乱なしに何とか遂行された。だが、脱穀は困難に遭遇した。脱穀期間の九月一二日から二四日まで、晴天はたった四日しかなく、県内の遂行率は急落し一一月は二、三％までに落ち込んだ。

一八／一九年の冬は猛吹雪が荒れ狂い、各地で列車は立ち往生し、一〇月一〇日づけ人民委員会議布告により、鉄道の除雪のため労働力が不足する場合に、現地ソヴェトを通して一八歳から四五歳までの男子住民を必要な橇とシャベルを含めて動員する権利が現地執行委と革命委に与えられた。これがその後、農民の大きな不満の一つとなる勤労賦課の始まりである。モスクワ、ペルミ県などと並んでヴャトカ県にもこの勤労賦課が適用され、線路と駅構内の雪溜まりを除雪するため当該年齢の全男性住民が動員され、さらに穀物搬送を滞らせた。一二月になると穀物買付の資金も底を突き、停滞がいっそう深まった。

現地の執行委会議で一人の執行委員は、「もし住民が食糧なしになるなら、住民は絶望のあまり、何らかの反革命的行動を起こし、それによって後方の平穏が破られるであろう」との懸念を表明し、「一〇〇％徴収」を実現するには軍事力に依拠するしかなかった。このため、六月政令によって編成された食糧軍兵士のうち多数がヴャトカ県に派遣された。一八年一一月にその数は四一七八人に達し、それはタムボフ県に派遣された四八一六人に次ぐ人数であった。食糧人民委員部全権としてヴャトカに派遣されたモナストゥーイルスキィは一九年一月の第一回全ロシア食糧会議で、臨時政府時代に食糧相リーチッフによってヴャトカ県に九〇〇万プードの割当徴発が行われ三四万四〇〇〇プードが供出されたが、われわれによって設定された八五〇万［ママ］プードの割当徴発は四〇〇万プードが調達されたと、誇らしげに報告した。[xiv]

最初の割当徴発の実状

一九年一月布告により全国的規模での最初の割当徴発が一二生産県で実施されたとき、ヴャトカ県には三〇五〇万プードが課せられた。この量は一八年収穫の第三期分をそのまま適用した数字にすぎず、サマラ（六〇〇〇万プード）、タムボフ（三六〇〇万）、サラトフ県（三一一〇万）に次いで多く、黒土地帯に位置するヴォロネジ県の二倍に相当した。

現地で行われた穀物登録は当てにならないため、一九年二月に登録と徴発を実施するため六〇人のコムニスト部隊が追加して県に派兵された。グループに分けられた部隊は村落を占領しながら、部隊指導官は割当徴発の意義と必要性を説明して、余剰が集荷所に搬送されるのを監視した。しかしながら、地方では投機が蔓延し、穀物が荷馬車で自由に県境を越えるのを阻止できなかった。闇食糧取締部隊兵士は越境する荷馬車を黙過し、また食糧軍兵士による屍体からの掠奪や荷馬車からの勝手な没収などの実例が多数報告された。割当徴発に不満を持つ村落では、説得をあきらめ、武力を適用して徴収した。だが、現地ソヴェトが部隊に必要な支援を行うのは稀で、巨大な時間とエネルギーを費やしても、部隊が徴収できたのはわずかな穀物と痩せた馬だけで、誰から徴収したかの領収書も渡されず、食糧部隊兵士は無産者を自称して徴収した穀物を勝手に自分たちで山分けし、彼らに何も期待できないと、ヤランスク郡食糧コミッサールは結論づけた。

そして、三月一日までに穀物を納付しない者から無償で没収するとの中央からの訓令を受け取ると、穀物の集荷は完全に停止した。ヴャトカのような辺境地では、穀物の搬送作業は大きな障碍となった。例えば、ヤランスクの集荷場から最寄りのコテリニチ鉄道駅は一二七ヴェルスタの距離にあり、春の畑作業がはじまり、もっとも多忙な時期の荷馬車輸送は農民にとって大きな負担となった。県食糧委は中央から派遣された活動家五人を含む九人からなる参与会を指導部とし、職員三九七人から構成されたが、郡以下の地方機関には専従の活動家はいなかった。この時に実施された割当徴発に対してヴャトカ県の遂行率はもっとも低く、二四・七％しかなかった。[xiv]

ヴャトカ県での最初の割当徴発の試みは、遂行率については「一〇〇％徴収」の模範とはほど遠いものではあったが、そこで展開された暴力的穀物収奪の「鞭となる」模範は多数報告された。穀物収穫率（五等級評価）は郡食糧委によってライ麦は三から三・五、オート麦は一・五から二に引き上げられ、さらに食糧部隊長は収穫台帳の収穫率をライ麦四・五、オート麦三・五と勝手に書き換え、これに基づき穀物を取り上げ、指定された量を供出できない住民は逮捕され暴力的制裁が行われ、畑は播種なしになり、騒擾が起こるかもしれないと、三月に報告された。六月にある郷で行われた監査で次のことが露見した。村で穀物を徴収した際に、食糧部隊長は元商人の家から石油、麦粉、馬具、バターを徴収し、最後の馬を没収したときに抵抗した彼の弟と妹を逮捕した。長女は郷執行委に出向いて、捜索の際に彼ら全員が鞭打ちされたと訴え、その後の調査で元商人から没収した品々すべてが食糧部隊長の所で見つかった。このような無法行為が頻出した。

この時、県の実情を視察に訪れた全ロシア中央執行委全権ステクローフは次のように報告する。「コムニストは国家権力の代表であるかのように振る舞っている。共産党とソヴェト権力との差異は失われ、すべてが共産党のためになされている。ヴャトカ農民は完全に零落した。一七世帯に馬一頭だけが残され、四輪荷馬車はほとんどない。軍隊が全部を取り上げ、勝手に供給している。個々の師団や連隊が兵士に公文書を与え、彼らは村々を訪れ、革命委も軍事委も頓着せず、種子に至るまで全部を取り上げている。赤軍が種子を没収したため多くの地方で畑は播種されていない。ツァーリ体制の最悪の時でさえ、共産主義ソヴェト=ロシアで行われているような狼藉はなかった。［･･･････］われわれはテロルによってのみ維持されている。［･･･････］テロルが支配し、食糧遠征隊は農民を銃殺し、農民は現在までこれを忘れなかった」

さらに、彼はノリンスクに派遣された指導官から次のような報告を六月に受け取った。ノリンスク郡の一八年収穫は郡を賄うには一四万プード不足したが、軍事部隊によって穀物三五万プードの搬出命令が出された。そのため、「多くの村で穀物専売を実施することに反対して騒擾が勃発した。ズイコフスカヤ郷で郡食糧委主任が住民により捕らえられ殺害された。これら騒擾を［チェキストの］ジリャーリスが鎮圧し、彼は個人的に鞭打ちの刑罰を加え、誰彼かまわず四七万二〇〇〇ルーブリのコントリビューツィア［懲罰的意味を持つ勝手な課税］を徴収し、その際に一人が銃殺され、多くが負傷し、四〇人が逮捕された。一九年までにチェカーによって四二人が銃殺され、一月から今までに一二人が銃殺された。現在は勝手な捜索、徴発、没収は止んでいる。人質は二六人、監獄に七一人がいる」[xiv]

これらの報告に共通するのは、一八年に最初の割当徴発が実施されると同時に「赤色テロル」による農村支配が確立したことである。ここで挙げられたフランス革命に起源を持つコントリビューツィアは通常その支払いまで人質が取られるので、この課税自体がすでに「赤色テロル」である。コントリビューツィアは農民蜂起の鎮圧時だけでなく、平時においても様々な形で適用された。以下は、一八年一〇月のコントリビューツィア課税と人質に関するチェカー報告からの抜粋である。「コズロフ［タムボフ県］。コントリビューツィアは市で一九万九七二九ルーブリ、郡で一万七八七三ルーブリを徴収。人質は一八人。キルサノフ［タムボフ県］。コントリビューツィアは市で六四万八六七三ルーブリ七六コペイカ、郡で一三万五八一四ルーブリを徴収。人質なし。トヴェリ。市執行委によって九月二八日までコントリビューツィア課税はなかった。九月二八日に二五万ルーブリのコントリビューツィアを徴収し、徴税は続いている。人質六〇人」。このようなコントリビューツィアは「単なる身代金でしかない」と、トゥーラ県で囁かれている。[xiv]

スモレンスク県ベルィ郡の郷で二〇〇ルーブリのコントリビューツィアを課せられた貧農は家族と相談し、監獄に行きたくないので牛を売ることにした。隣人に八〇〇ルーブリで牛を売り払い、現金を持ってソヴェトに行くと、おまえは文無しだったのにどこで金を手に入れたかと詰問された。誰が許可したのだ、ソヴェトに持ってこいと命じられ、牛をソヴェトに運んだ。量りに載せて一二プードの重さになった。肉の固定価格として一プード当たり二九ルーブリ、全部で三四八ルーブリが支払われ、そこからコントリビューツィアの二〇〇ルーブリが差し引かれ、悲しみに暮れる貧農の手元には一四八ルーブリだけが残された。サマラ県プガチョフ郡からも特派員は、「貧農は税を支払うため、最後の羊を売らなければならない」と伝えた。ヴィテブスク県ゴロドクで穀物登録の際の暴行に対し、クラークに五万ルーブリのコントリビューツィアが課せられ、ノヴゴロド県では党の資金を捻出するために村のクラーク全員にコントリビューツィアが課せられた。

この課税は現地の活動家によってほとんど恣意的に行われたが、一八年八月二三日づけでレーニン自身がヴャトカ県で調達を行っていたシリーフチェル宛てに、「クラーク撲滅の目的で彼らが持つすべての穀物にコントリビューツィアを課すよう」命じている。その後は特に兵役忌避との闘争で、懲罰的措置としてこのやり方が多用された。一九年七月にタムボフ県キルサノフ郡革命委は兵役忌避者に対するこれまでの罰則を強化し、彼らを隠匿する家族から資産を没収するほか、自発的出頭期間後は家族を人質にし、隠匿する村や郷に五〇〇〇から五〇万ルーブリのコントリビューツィアを課すよう郷執行委に命じた。このような事例は多数アーカイヴ資料に残されている。ドイツ人コミューンでの様子は次のように描かれた。郡ソヴェトは現金が必要になるといつでも特別委が軍事部隊を随伴し、その徴収のため村から村へと転進した。軍事部隊は村を訪れ、機関銃を据えつけ、住民に恐怖を抱かせるためにしばらく空に向けて激しい銃撃を続ける。予め作成されたリストにしたがって、富裕な入植者は武装した赤軍兵士によって司令部に犯罪者のように連行され、そこで告げられる金額をその場で支払わなければならない。それができなければ、逮捕、没収、さらには死刑によって処罰される。資金難に陥ったソヴェトがコントリビューツィアを利用するのは常套手段であった。公式には、一七年一一月から一年間でそれにより一七九四万七三七九ルーブリが二九県の農村から徴収された。[xiv]

こうして至る所で厳しい肉体的懲罰が課税の不払いを待ち受ける。ヴャトカ県オルロフ郡で多くの中農と赤軍兵士家族は、重い税負担（五〇〇〇から五万ルーブリの）を支払うことができず、彼らは逮捕され、一日わずかなパンを除き、何も与えられなかった。スロボドスコイ郡の村執行委議長は郷課税委員とともに農民を税不払いの廉で殴打し、銃殺で威嚇した。このような例はほかの郷でも見られ、一八年のヴャトカ県は課税に不満を募らせる農民の情報に満ち溢れ、そのために多くの郷で農民蜂起の試みがあり、グラゾフ郡でそれは夏季だけで八〇件を数えた。

こうしてロシア全土が権力の恣意的横暴による完全な無法地帯と化していた。一二月に内務人民委員ペトローフスキィは、コントリビューツィアなどが原因で「最近多数の県で反乱が猖獗を極めた」事実を確認し、中農への適用を慎重にするよう促したが、無駄であった。そして、コントリビューツィアの適用は、農業経営に直ちに反映された。一九年春の肉調達キャンペーンで個々の郷に課せられたコントリビューツィアは、家畜が豊かな郡を壊滅に追いやったとサラトフ県食糧委は報告した。トヴェリ県ルジェフで農民はどうせコントリビューツィアに取り上げられるからといって、亜麻の栽培を止めた。二一年一月のシムビルスク県食糧委の割当徴発の実施に関する指令では、「クラーク、投機人、サモゴン［密造酒］醸造人、悪質な兵役忌避者の家族、反革命的密告屋」への厳しい割当が命じられた。ここでは、割当徴発の負担そのものが一種の懲罰措置と見なされた。二〇年一〇月二八日づけ命令によりチュメニ県で、羊毛割当徴発の遂行までフェルト靴製造業者に赤軍への供給のため民間用防寒靴の製造を禁止した。[xiv]

コルチャーク政府参謀本部情報部発行の新聞は一九年に、『人民委員会議は人民権力か』の見出しで次のように論じた。「ロシアで疫病死した馬や犬を食べるとは前代未聞のことだ。人民委員よ、なぜこのようになっているのか答えてくれ。［･･･････］なぜなら、鉄道が動かず、「人民委員」はその政策によって鉄道を根本から解体したから。なぜなら、「人民委員」はその強請のために農民に穀物を隠匿させ、土に埋めるのを余儀なくさせているから。鉄道には貨車も、機関車も、燃料もない。モスクワ=カザン鉄道で一日わずか二八輌しか動いていない（シベリア鉄道で一日二〇本の列車が走っているのに）。［･･･････］飢えて、消耗し、耐えきれなくなった人々は、パンと平穏を求めて、踏みつけられた自分の権利を守るために立ち上がっている。その報いとして流血の懲罰を受けている。ペンザ、ヴャトカ、サマラ、カザン、ニジェゴロドなどロシアのほとんどすべての諸県で、農民の蜂起があった。農民だけでなく、労働者も蜂起した」

農村への暴力的支配と物質的困窮の下にヴャトカ県内の農業事情は悪化し続けた。一九年三月に開かれたマルムィジ郡ソヴェト大会で、郷代表は口をそろえて食糧事情の悪化、織物、農具、鉄、石油などの窮乏、穀物不足にもかかわらず降りかかる大きな穀物賦課［割当徴発］、住民に大きな不満と怒りを招いた臨時軍事税の過重な負担を訴えた。農民は完全に疲弊し、播種面積は不断に縮小し、縮小率は戦前比で一九年には二四％、二〇年には三〇％以上に達した。二〇年の県の労働人口は一二七万二一七二人で、それは一二年の八〇％しかなかった。普通は馬一頭当たりの春蒔きの耕作面積は二デシャチーナ程度であったが、サラプル郡では約四デシャチーナに相当した。

それでも権力者の特権は守られた。一九年一一月に県食糧委参与としてヴャトカ県に派遣された活動家は、県［ソヴェト］生産部は住民にほとんど交付しないが、県軍事委、社会保健部、チェカー、民警に在庫商品を無制限に注ぎ込み、県執行委議長などの個々人に配給していると、その醜悪な食糧業務を党中央委に報告した。[xiv]

が、文盲率は当てにならない（Метельский Н.Н. Указ. соч.С.22.）

[xiv] Фиделли А. Очерк истории карточной системы // Продовольствие и революция. 1923.№5/6.С.192-193.当時の労働者は軽労働で一日二五〇〇から三〇〇〇カロリー、重労働で四〇〇〇、サマラ県の農民は三七五〇カロリーが必要とされ、このうち六五％をパンが占め、その摂取量は重要な意味を持った。一七年一一月の一日パン半フント、碾割り一フントなどの配給基準が完全に充たされるとして、一日一九七〇カロリーが保証されたが、その充足率は急減した。ライ麦パン一フントで約九四〇カロリーが摂取できた（Состояние питания сельского населения С.С.С.Р. 1920-1924 гг. М.,1928.С.49-50; Сборник статистических сведений по союзу С.С.Р. 1918-1923.М.,1924.С.377-379; О голоде: Сборник статей.Харьков,1922.С.7; Изв. ВЦИК.1918.3 июня; Большаков А.М. Деревня 1917-1927.М.,1927.С.450.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.442,Л.41; Продовольственное дело.1917.№17.С.5; Гордеев Г.С.Указ.соч.С.91; Продовольствие и снабжение.1917.№4.С.22; №7.С.17; №4.С.19; №6.С.17; №8.С.19.これらの事情の詳細は、梶川伸一『飢餓の革命:ロシア十月革命と農民』、名古屋大学出版会、一九九七年、第一、二章を参照。

[xiv] Шлихтер А. На баррикадах пролетарской революции.Харьков,1927.С.5,109-111, 88-93; Орлов Н. Продовольственная работа Советской власти: К годовщине Октябрьской революции.М.,1918.С.18; Петроградский военно- рев. комитет: Документы и материалы.Т.1.М.,1966.С.486; СУ РСФСР.1917.№1.ст.1; Продовольственное дело.1917.№31/33.С.8; Шлихтер А. Воспоминания о хлебе// Хлеб и революция: проводольственная политика коммунистической партии и советского правительства в 1917-1922 годах.М.,1972.С.23; СУ РСФСР.1917.№5.ст.88.ロシア人研究者ダヴィードフは、一一月二〇日にシリーフチェルを長とする武装部隊がアニチコフ宮殿を占拠したとするが、この日付は誤っている（Давыдов А.Ю. Нелегальное снабжение Российского населения и власть 1917-1921 гг.СПБ.,2002.С.68.）。食糧人民委員部発足時の混乱に関する詳細は、梶川伸一『飢餓の革命』第三章を参照のこと。

[xiv] Голос трудвого крестьянства.1918.23,27 янв.; 6 апр.; Правда.1918.7 марта; Изв. ВЦИК.1918.24 мая; Голос трудвого крестьянства.1918.16 мая; 12 июля; Беднота. 1918.29,30,5 мая; ГАРФ.Ф.1235,Оп.55,Д.4,Л.210.

[xiv] Там же.Ф.130,Оп.2,Д.443,Л.36,78,93; Ф.393,Оп.4,Д.31,Л.38; Белое движение : Каталог коллекции листовок ( 1917-1920 гг. ).СПБ.,2000.Л.854; Изв. Наркомпрода.1918.№20/21.C.58.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.315,Л.78; Изв. Наркомпрода.1918.№24/25.C.32; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.507,Л.14,18,27,37; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.162,Л.41.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.443,Л.36,75,191,193,194,197,198; Ф.393,Оп.4,Д.31,Л.38; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.197,Л.22; Оп.1,Д.609,Л.11; Партия в период иностранной военной интервенции и гражданской войны/1918-1920 годы/.М.,1962.С.6.

[xiv] Декреты Советской Власти.Т.1.С.26-29,311; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.35.С.89; Беркевич А. Петроградские рабочие в борьбе за хдеб.Л.,1941.С.13; Письма во власть1917-1927.С.48.

[xiv] Изв. Петроградского совета.1918.15 июня; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.216,Л.26; Д.232,Л.99; Беднота.1918.25 апр.; Советы в Октябре: Сборник документов.М.,1928.С.212,228,235.

[xiv] Осипова Т.А. Российское крестьянство в революции и гражданской войне.М.,2001.С.69; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.343,Л.1; Северная коммуна.1918.6 июня; Изв. Наркомпрода.1918.№16/17.С.4; Сталин И.В.Сочнения.Т.4.С.116; Сумерин П. Комбеды в Пензенской губ.Пенза,1960.С.11; Изв. Ефремовкого совета.1918.4 авг.; Изв. Наркомпрода.1918.№9.С.30; №12/13.С.37.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.246,Л.75; Изв. Наркомпрода.1918.№4/5.С.11; Спирин Л.М. Классы и партии в гражданской войне в России.М.,1967.С.173-175; Осипова Т.А. Указ. соч.С.95; Пятый Всероссий съезд Советов рабочих, крестьянских,солдатских и казачьих депутатов. стеногр. осчет.М.,1918.С.141; Телицин В.Л. Сквозь тернии « Военного комунизма» : Крестьянское хозяйство Урала в 1917-1921 гг.М.,1998.С.77.フレンキンの五、六月の農民運動の高揚は貧農委による穀物の没収に起因するとの主張は疑問（Френкин М. Трагедия крестьянских восстаний в России.Иерусалим, 1987.С.78.）。オーシポヴァは、はじめて農民蜂起を独立した問題として取り上げたとフレンキンの同書を高く評価するが（Осипова Т.А. Указ. соч.С.295.）、フレンキンは反ソヴェト運動の観点からしか農民運動を捉えず、オーシポヴァの分析は旧ソ連史学の痕跡がまだ色濃く残されている。

[xiv] Изв. Петроградского совета.1918.19,27 марта; 12 мая; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.246,Л.32,50-50об.,105; Петроградская Правда.1918.30 апр.; Лященко П.И.Хлебная торговля на внутрнних рынках Европейкой России.СПЬ., 1912.С.217; Изв. Петроградского совета.1918.11,28 апр.; 22,14,15,31 мая; Зиновьев Г. Письмо к крестьянам.Пг.,1918.C.9; Сорокин П. Указ. соч.С.134; Изв. Петроградского совета.1918.10,11 мая.

[xiv] Петроградская Правда.1918.12 мая; Изв. Петроградского совета.1918.22,26 мая; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.246,Л.32,105; Декреты Советской власти.Т.2.С.260-266; Изв. ВЦИК.1918.1 июня. Продовольственное дело.1918.№15.С.2.

[xiv] Протоколы заседаний ВЦИК 4-го возыва. стеногр. отчет.М.,1920.С.244,253,258-259.

[xiv] Зиновьев Г. Что делать в деревне.Пг.,1919.С.4; Северная коммуна.1919.18 фев.; Изв. Петроградского совета.1918.31 мая; 1 июня; Пятый Всероссийский съезд Советов.С.58,74-75; ГАРФ.Ф.393,Оп.10,Д.80,Л.5.

[xiv] Протоколы заседаний ВЦИК.С.260,58,74,295-297; Изв. Петроградского совета. 1918.1 июня.貧農委については、梶川伸一『飢餓の革命』、第八章を参照。

[xiv] Партия левых социалистов-революционеров: Документы и материалы.Т.1. М.,2000.С.28-29; Драма Российской истории : большевики и революция. М.,2002.C.260-261; Правда.1918. 8 июля; Партия левых социалистов - революционеров.Т.1.C.27-29; Изв. ВЦИК.1918. 25 июля; Фельштинский Ю.Г. Большевики и левые эсеры :октябрь 1917 - июль 1918.Париж,1985.C.170-195; Красная книга ВЧК.Т.1.2-ое изд.М.,1989.C.185,305-308,261.

[xiv] Фельштинский Ю.Г. Указ. соч.C.213,219,239,277-278; Ф.Э. Дзержинский председатель ВЧК-ОГПУ 1917-1926.М.,2007.C.93; Красная книга ВЧК.Т.1.C.260; Партия левых социалистов - революционеров.C.30; Архив ВЧК: Сборник документов.М.,2007.С.295.革命裁判所は共和国にとってもっとも危険な事案を審理するため、一七年一一月二四日づけ布告によって設置され、以後一年間で三二の革命裁判所で一万二二二三件の銃殺判決があった。ネップ期に司法改革の一つとして、二二年一一月一一日づけ裁判制度に関する中央執行委決議により人民法廷（郡、市）、県裁判所、最高裁の三審制が導入されるまで（赤軍の軍事法廷などを除き）存続した（СУ РСФСР. 1917.№4.ст.50; 1922.№69.ст.902; Литвин А.Л. Указ. соч.C.57.）

[xiv] 二〇年夏にシベリアに配置されていたカザーク連隊は、槍、ベルダン銃、三条ライフル（実弾五〇発）で武装されていたように、当時の赤軍はこの一八九一年制式採用三条ライフルがもっぱらで、それに替わる新型ライフル銃を製造するのが八月に決起するヴャトカ県のイジェフスク武器工場であった（Шишкин В.И. Сибирская вандея: Вооруженное сопротивление коммунистическому режиму в 1920 году.Новосибирск,1997.С.205; Ижевско-воткинское восстание. 1918 г. М.,2000.С.65.）

[xiv] Партия левых социалистов - революционеров.Т.1.C.27; Осипова Т.А. Указ. соч.С.140; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.160,Л.8а; Ярославское восстание. Июль 1918. М.,1998.C.5-13; Красная книга ВЧК.Т.1.C.160-161; Белое движение.Л.110; Правда.1918.20 июля; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.246,Л.182; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.2,Л.134.

[xiv] Красная книга ВЧК.Т.1.C.170; Мельгунов С.П. Красный террор в России.М.,2006. С.87 (邦訳、梶川伸一訳『ソヴェト=ロシアにおける赤色テロル』、社会評論社、二〇一〇年、六九ページ); Ярославское восстание. C.13,21; Красный архив.1922. №1.С.126-127.このスキャンダルとは、この時期民衆の間で囁かされていた、穀物がドイツに渡っているとの風聞だけでなく、ドイツ政府との関係を探るため「臨時政府の調査機関は、数個のキャビネットを占める詳細な文書資料を根拠に、国家的背信の廉でレーニン、ジノーヴィエフらの告発の審理を準備した」が、「一七年夏にレーニンと彼の側近はドイツ当局との犯罪的癒着との告発による司直の手をかろうじて逃れた」（Ярославское восстание. C.23-24.）という蜂起以前のドイツとの不明瞭な関係も含めて。

[xiv] Беркевич А. Указ. соч.С.9-14; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.343,Л.44; Оп.11,Д.204,Л.108; Оп.3,Д.531,Л.697; Изв. Наркомпрода.1918.№16/17.С.42; Изв. Петроградского совета.1918.26 июня; Изв. ВЦИК.1918.23 авг.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.403,Л.660.

[xiv] Беднота.1918.5 апр.; Голос трудвого крестьянства.1918.19 июля; Беднота.1918. 28 апр.; 30 июля; Изв. Петроградского совета.1918.6 авг.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.66,Д.63,Л.109об.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.160,Л.5; Изв. ВЦИК.1918.10 июля; Крестьянское хозяйство за время революции.С.31; Нижегородская коммуна.1921.21 янв.; Давыдов М.И. Борьба за хлеб. М.,1971.С.93; Стрижков Ю.К. Продовольственные отряды в годы гражданской войны и иностранной интервенции.М.,1973.С.73; Петроградская Правда.1918.28 июня: Изв. Наркомпрода.1918.№24/25.C.53; №8.C.30; Северная коммуна.1918.18 авг.; Изв. ВЦИК.1918. 7 сент.過去の飢饉の際にも売春が多数発生したように、「二一／二二年に売春と女性売買が増加した事実は疑いない。例えば、［ウファー県］ベレベイ郡チュカドゥイタヤ郷で実業家は三度娘と女性を買い付け、特別貨物列車で彼女らをタシケントに送り込んだ。ほかにも同様な情報が多数ある」といわれた。彼女らは懲役五年以下の第一カテゴリーとして麻薬中毒者らとともにラーゲリに収容され、二二年六月にペトログラードを浄化することが決定された際（第四章で後述）、その多くがクロンシタット関係者であったが、彼らとともに収容されていた売春婦もそこから追放された（Сорокин П. Указ. соч.С.177; Черкасов А.А. Заложничество как средство ваздействия на бело-зеленую оппозицию на Кубани и черноморье.Краснодар,2004.C.69.）

[xiv] Изв. ВЦИК.1918.2 авг.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.343,Л.44; Декреты Советской власти.Т.3.С.142-143; Изв. Петроградского совета.1918.16 авг. ; Декреты Советской власти.Т.3.С.78; Зиновьев Г. О. О хлебе нащном.Пг.,1918.С.3-7; Правда.1918.14 авг.; Ленинский сборник. Т. xviii.С.172.ヴォログダではチェカー参与ケードロフによって食糧部隊が編成された（Изв.Петроградского совета.1918.31 авг.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.246,Л.166; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.443,Л.75; Д.270,Л.28,35; Д.443,Л.37; Изв. ВЦИК.1918.15 дек.; Стрижков Ю.К. Указ. соч.С.113; Правда.1918.14 авг.; 15 дек.; Изв. Наркомпрода.1918.№18/19.С.37; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.204,Л.21; Изв. ВЦИК.1918.3 дек.

[xiv] Гурвич Е.Правда.1918.31 дек.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.204,Л.76-78; Оп.1,Д.126,Л.55-56,177; Изв. ВЦИК.1918.23 июня; Изв. Наркомпрода.1918.№18/19.С.35-36.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.205,Л.120,164,203; Д.246,Л.170,180; Д.34,Л.248; Изв. Наркомпрода.1918.№10/11.C.18; Изв. ВЦИК.1918.2 июля; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.204,Л.67об,62об.

[xiv] Там же.Л.108-109; Изв. ВЦИК.1918.25 июля; Переписка секретариата ЦК РКП ( б ) с метсным партийными организациями.Т.3.С.117-118; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.126,Л.62,63об.; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.444,Л.39; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.235,Л.69,70.

[xiv] Там же.Оп.3,Д.691,Л.21; Оп.11,Д.204,Л.62- 63об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.4,Л.47,55; ГАРФ.Ф.5556,Оп.1,Д.37,Л.5,33,39; HIA.RU.106-1; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.284,Л.8-9.

[xiv] Там же.Оп.1,Д.24,Л.61,70-73; СУ РСФСР.1919.№1.ст.13; №10-11.ст.106; Бюл. Наркомпрода.1920.3 апр.С.3.一九年七月一日以後、軍事食糧局の維持費、それが派遣する労働者部隊の編成費、維持費は食糧人民委員部予算で賄われ、名実ともに労働者部隊は国家的軍事力の一翼を担うことになった（СУ РСФСР.1919.№51.ст.502.）

[xiv] ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.33,Л.66; Оп.93,Д.314,Л.46; Оп.55,Д.3,Л.228; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.343,Л.38; Д.15,Л.72; Оп.4,Д.350,Л.87.

[xiv] Декреты Советской власти.Т.3.C.171-172,179; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.315,Л.78; Петроградская Правда.1918.19 мая; Изв. ВЦИК.1918.25,28 авг.; Давыдов А.Ю. Указ. соч.С.241; Изв. Наркомпрода.1918.№18/19.С.27; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.2,Л.223,227; Изв. ВЦИК.1918.3 сент.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.2,Л.239об.,242; Давыдов А.Ю. Указ. соч.С.242; Петроградская Правда.1918.7 сент.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.26,Л.49; СУ РСФСР.1918.№64.ст.707; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.34,Л.277.

[xiv] Изв. Наркомпрода.1919.№1/2.С.7; 1918.№20/21.С.15,55-56; №24/25.С.53; Изв. Петроградского совета.1918.12 сент.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.315,Л.87; Д.275,Л.176; ГАРФ.Ф.1235,Оп.93,Д.170,Л.100; Правда.1918.17 сент.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.531, Л.303об.

[xiv] Изв. Наркомпрода.1918.№24/25.С.20-26; Беднота.1918.19 сент.; Изв. ВЦИК.1918. 8 окт.; Дмитренко В.П. Советская экономическая политика в первые годы пролетарской диктатура.М.,1986.С.110; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.204,Л.129.

[xiv] Беркевич А. Указ. соч.С.85; Беднота.1918.26 июня; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.325,Л.412.

[xiv] Давыдов А.Ю. Указ. соч.С.61; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.17,Л.126-126об.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.205,Л.122.

[xiv] これらの工場は一八世紀半ばに創業され、一八〇九年以後兵器工場は軍事官庁御用達となり大戦前夜には年間一五万丁のライフル銃を生産し、鋳鋼工場は銃器部品用の最高品質の鋼鉄を製造し、またカザンには多数の武器、軍装備、硝化綿、その他の爆発物が大量に貯蔵され、カマ河と鉄道で結ばれるカザンとイジェフスク一帯は軍需工業の中枢をなした（Ижевско-воткинское восстание.С.66,87.）

[xiv] Урал и Прикамье,ноябрь 1917 - январь 1919: Документы и материалы. Париж,1982.С.335-395,448; Ижевско-воткинское восстание.С.25; Вятское нар. хоз-во.1918.№6/7.C.40; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.160,Л.536-536об.

[xiv] Вятское нар. хоз-во.1918.№4/5.C.19; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.160,Л.435,442,435об.,439,535; Оп.1,Д.246,Л.134; Оп.1,Д.205,Л.239; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.897,Л.76; Изв. Уржумского исполокома.1918.1 окт.; Зубарева Л.А. Хлеб Прикамья.Ижевск,1967.С.29; Правда.1918.30 нояб.

[xiv] 一七年秋に編成され配備された、二個師団と予備役旅団からなるチェコ軍団の多数が東部戦線で戦争捕虜となり、協商国列強との合意で一八年一月にこの軍団はフランス軍の一部と宣告された。航路による後送のためウクライナからヴラヂヴォストークへの軍団の移送が三月後半にはじまり、四万五〇〇〇人を載せた直通列車で反乱が勃発した。五月に軍団はチェリャビンスク、ペンザ、スィズラニ、トムスクを、六月にオムスク、サマラ、ズラトウスト、クラスノヤルスク、ヴラヂヴォストークを、七月にシムビルスク、エカチェリンブルグ、八月にカザンを占領した。ソヴェト政府は九月初めに反攻を開始し、占領都市を次々と奪回した。シベリアでのコルチャーク政府の形成後、一九年一月に軍団は前線から後方に移され、その撤収がはじまり、二〇年九月二日にヴラヂヴォストークから最後の撤収船が出港した（Письма во власть.1917-1927.С.81.）

[xiv] Изв. Наркомпрода.1918.№6/7.C.21; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.160,Л.306; Декреты Советской Власти.Т.2.С.334,428-429; Гражданская война в Поволжье 1918-1920.Казань,1974.C.37-87,91,98-101; Осипова Т.А. Указ. соч.С.114-115,117,124; Белое движение.Л.23,47,82,187,193,197,257,343,463,2019; Правда.1918.22 авг.; ВЧК уполномочена сообещить..... 1918 г. М.,2004.С.291-293.

[xiv] Ленинский сборник.Т.xviii.С.115-117; Беднота.1918.2 июля; Изв. Наркомпрода. 1918.№24/25.С.9; 1919.№1/2.С.18; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.126,Л.65.

[xiv] Там же.Оп.3,Д.160,Л.99,640; Вятское нар. хоз-во.1918.№6/7.C.42,43,44; Изв. Наркомпрода.1919.№17/20.С.27.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.160,Л.108,632; ГАРФ.Ф.393,Оп.3,Д.141,Л.762; РГАЭ.1943,Оп.1,Д.24,Л.55; Оп.3,Д.640,Л.360-360об.; Оп.1,Д.446,Л.45; СУ РСФСР.1918.№78.ст.820; ГАРФ.Ф.1235,Оп.94,Д.15,Л.171; Ф.1943,Оп.1,Д.24,Л.25; Оп.1,Д.272,Л.9; Оп.11,Д.204,Л.5,62об.; Оп.1,Д.24,Л.25.臨時政府の割当徴発について、梶川伸一『ボリシェヴィキ権力とロシア農民:戦時共産主義下の農村』、ミネルヴァ書房、一九九八年、第一章を参照。

[xiv] Второй год борьбы с голодом: Краткий отчет о деятельности Народного Комиссариата по Продовольствию за 1918-1919 года.М.,1919.С.22,ⅺ; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.276,Л.360-360об.; Оп.11,Д.204,Л.109.全体とすれば、一八年収穫に対する割当徴発量は二億六〇一〇万プードで、そのうち一億七一五万弱が調達され、遂行率は四一・六％であった（Бюл. Наркомпрода.1919.16 окт.С.3.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.634,Л.38; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.19,Л.67; Оп.65,Д.7,Л.142; Оп.5,Д.22,Л.33.このほかブルジョワジーへの課税として県ごとに割り当てた臨時非常革命税があるが、これについては、梶川伸一『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』、第二章を参照。

[xiv] ГАРФ.Ф.393,Оп.4,Д.31,Л.119,121; Изв. Наркомпрода.1918.№14/15.C.42.コントリビューツィアについてのトゥーラ県の言説は、Орлов Н. Система продовольственных заготовок.Тамбов,1920.С.31.にも引用された。

[xiv] Изв. Петроградского совета.1918.25 окт.; Гражданская война в Поволжье.C.169; Беднота.1918.5 окт.; 5 дек.; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.708,Л.66; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.224,Л.37; HIA.RU.109-5; Власть Советов.1919.№2.С.6.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.531,Л.303об.; Быстрова А.С. Комитеты бедноты Вятской губ. Киров,1956.С.68-70,27; Власть советов.1918.№28.С.3; РГАЭ.Ф.3429,Оп.1,Д.234,Л.371; Ф.1943,Оп.6,Д.402,Л.6; Д.1740,Л.108.何度も繰り返して出されるサモゴン醸造禁止令にもかかわらず、サマラ郡から「村全体から煙が上がっていた。煙は文字通り方々立ち上り、村は煤煙が立ちこめていた。サモゴン醸造器は蛇のようにしゅうしゅうと音を立てていた」と報じられたように、サモゴンは広く展開されていた。禁令の動機は様々である。職員の飲酒は日常的で、その害悪については多数新聞に掲載された。約一二リットルのサモゴンの醸造に、馬鈴薯約三プード、麦芽一五、酵母一、麦粉二〇フントが必要とされ、それに大量の穀物が費やされ、ヴォロネジ県から、人里離れた村ではサモゴン醸造が盛んで、毎日四〇〇プードが消費されていると報じられたように、それによる大量の穀物消費は穀物調達の大きな障碍であり、サモゴン醸造は何百人を餓死させるのと同じだとして、何度も反サモゴン・キャンペーンが実施されたが、ほとんど効果はなかった（Голос трудвого крестьянства.1919.26 фев; 1918.16 мая.Большаков А.М. Указ. соч.С.388; Изв. Петроградского совета.1918.21 нояб.）

[xiv] Белое движение.Л.854; Изв. Малмыжского уисполкома.1919.27 марта; РГАЭ.Ф.478,Оп.3,Д.1108,Л.50; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.319,Л.54.

　第二章　民衆支配の現実

　　一　「赤色テロル」による農村支配

革命的秩序にチェカーを

モスクワの中心地、クズネツキー・モストから緩やかな坂を登り切る手前にクレムリンを見下ろす大きな広場があり、そこはルビャンカと呼ばれている。

一九一七年一〇月二五日にペトログラードではじまった十月政変により宣告され、当初はボリシェヴィキと左翼エスエルの連立ではじまったソヴェト臨時政府がまず直面したのは、飢えたペトログラード住民による食料品店などの掠奪とボリシェヴィキ権力に反対する労働者による工場の操業停止であった。旧政府の官僚や役人も官庁内での業務を引き渡さず、新政府は完全な機能不全に陥った。[xiv]

そのため「労農政府を拒否する国立銀行職員」の逮捕、財産の没収、罷業する企業家とブルジョワ的反革命との闘争などに関わる人民委員会議の命令が一一月下旬から一二月にかけて次々と出された状況下で、一二月六日の人民委員会議はヂェルジーンスキィに政府内の悪質なサボタージュを鎮圧するための非常特別委(チェカー)の設置を委ねた。翌日の同会議で「人民委員会議付置反革命とサボタージュとの闘争に関する全ロシア非常特別委員会」の設置が決定され、ペトログラードの中心、海軍本部の向かいに位置するゴロホヴァヤ通り二番地にその最初の本部が置かれた。一八年三月のペトログラードからモスクワへの遷都にともない、ヴェチェカー［全ロシア・チェカー］は内務人民委員部とともにルビャンカに移され、ルビャンカはチェカーの異名となった。こうして、チェカーは人民委員会議の直轄機関として設置され、一〇月二八日づけ中央執行委幹部会政令によれば、「チェカーは人民委員会議の組織であり、内務、司法人民委員部と密接に活動する」と規定された。

この組織は、二二年初頭にチェカーが内務人民委員部に移管され、ゲペウーと改称されるまで人民委員会議の直轄にあり、後者がレーニンの意志が強く反映された機関であった以上、チェカー議長と内務人民委員を兼務したヂェルジーンスキィの役割が大きいとはいえ、その活動を直接に統制できたのはレーニン個人と党中央委であった。モスクワにヴェチェカーが移ったとき、ルビャンカにあるホテル「セレクト」に続いて、隣接の保険会社「ロシア」を接収して、大きな広場をほぼ囲むような威容な建物にヴェチェカーの一二部局が置かれ、食糧独裁開始時には三五個大隊、四万の兵力を保有し、一八年末までに四〇県、三六五郡に支部を持つ一大機関となっていた。二一年に飢饉調査のためにロシアに派遣された一人のアメリカ人が諸外国で類を見ないチェカーの存在をロシア最大の異常事態と見たように、この機関抜きにソヴェト=ロシア史を描くことはできない。[xiv]

「赤色テロル」を検討する際に、一七年一〇月二六日の第二回全ロシア・ソヴェト大会でカーメネフの提案によって厳かに廃止すると宣言された死刑が、チェコ戦線の脅威とともに簡単に復活したことを指摘する必要がある。一八年七月にペトログラード・ソヴェト機関紙はこのことについて次のように書いた。「われわれの敵は、われわれが約束を違えて死刑を導入していると叫んでいる。違う、われわれは死刑に反対したし現在もそうである。だが、戦争が行われ、ブルジョワジーが仕掛けた戦争は容赦のないものであり、われわれは断固として防衛する！［･･･････］そこで当座は人質を取るであろう」。この場合、人質は死刑とほとんど同義であった。そのことを示すのが、二一年三月九日づけ第九クバニ軍革命軍事評議会とクバニ=チェルノモリエ州執行委の命令書であり、そこには、「一、本命令書の受け取り後、以下の市とコサック村でクラーク分子及び一般にソヴェト権力に敵意を持つ人物五人から一〇人を人質として現地で直ちに捕らえる。［･･･････］二、人質を現地の軍特別部、この部局がない所では現地チェカーの部局に拘留する。三、それぞれの死刑判決を、その理由とともに革命軍事評議会とクバニ=チェルノモリエ執行委に即座に電報で通知する。四、判決はそれが下された後四八時間以内に執行されなければならない」と記された。このような命令があらゆる所で公布され、実行された。

死刑廃止のカーメネフの提案を「ナンセンス」と一喝したように、レーニンは厳格な弾圧体制の推進者であり続けた。内戦が終了して、いわゆるネップ体制に移行しようという二一年五月初めに、一五年の党歴を持ち、「労働者反対派」の一人であったミャスニコーフは、「われわれは搾取者の抵抗を鎮定し、国内の唯一の権力として認定されたので、コルチャークの鎮定後に死刑を廃止したように、メンシェヴィキからアナキストに至るまでの言論の自由を標榜しなければならない」と、民主的変革を要望する報告覚書を党中央委に送った。だが、この提案は「ブルジョワジーは（全世界で）われわれよりもまだ何倍も強力である。政治組織の自由のような武器を彼らに与えることは、敵に塩を与え、階級敵を幇助することを意味する。われわれは自死を望まず、従ってこれを行わない」というレーニンの激しい非難に遭遇した。そして、レーニンは民衆蜂起を弾圧する際に人質の適用を指示するのが常であった。二〇年夏にサラトフ県で第二トルケスタン師団師団長サポジコーフが起こした蜂起に対し、「サポジコーフへの現地住人の共感、ましてや共闘が現れるのを根本から断ち切る。共闘が見られる場合には、犯罪的首領の引渡しを求める。サポジコーフ部隊を追跡する途上にある村落から、共闘の可能性を防止するため人質を取る」よう八月二日づけで彼が指示したのは、ほんの一例でしかない。

こうして一八年夏以後あらゆる反ソヴェト行動に現場での銃殺が頻出し、それらの事実が機関紙などに多数掲載された。ニジェゴロド県スロボドスコエ村でソヴェトに替わり旧ゼムストヴォ参事会が復活したため一一人の赤軍兵士が送られ、スホードで反ソヴェト的発言をした郷参事を逮捕し、埠頭に向かった。逮捕者を解放しようと急を聞いて駆けつけた群衆は赤軍兵士に銃撃を加え、彼らを武装解除し村に連行した。増援部隊が派遣され、双方で銃撃戦がはじまり、蜂起は数人の犠牲者を出して鎮圧され、蜂起参加者七人が逮捕され、部隊長の命令でそのうち二人がその場で銃殺された。また、八月にサラトフ県ペトロフスク郡で、貧農委の組織化に反対してはじまった農民蜂起は次のように報道された。蜂起が一旦鎮定された後も、「白衛軍兵士は鎮まることなく、その病原菌をペトロフスクに投げつけた」。一〇日に動員令と戒厳令が布告された。「一六日にソヴェトを破壊する目的で準備された白衛軍的陰謀が発覚した。［･･･････］首謀者八人が死刑の判決を受け、八月一七日夜に銃殺された」。前者は中央執行委機関紙『イズヴェスチャ』に、後者は党中央委機関紙『貧農』に掲載された事件であり、こうして公平な審理もなく現場で民衆が銃殺された事実は臆面もなく、または警告を与える意図を持って頻繁に公表された。

一一月にトゥーラ、リャザニ県の一連の郷で発生した大規模な農民反乱を調査するため派遣された中央執行委幹部会員スミドーヴィッチは、このような農民の直接行動の一因に農村での党権力の肥大化を指摘し、次のように分析する。「党委員会は自らを権力者と見なし、執行委の構成員を決定し、ソヴェトの要職に自分たちの活動家を任命し、さらに死刑判決に至る命令を出し、このような命令はたとえ中央権力の命令に背馳していようとも、地方ソヴェトにとって義務的と見なされ、このような場合に党を統制するのはまったく不可能である」。このような状況について、ペトログラードの労働者は次のように訴えた。「密告者であり、密偵であり、挑発者であり、予審判事であり、検事であり、裁判官であり、同時に死刑執行人でもある人たちにより行われている無分別な銃殺という汚辱に、死刑の血が滴る恐怖に達している。［･･･････］通りでも屋内でも昼も夜も毎日殺害が行われている。強盗だけでなく、ソヴェト権力の責任あるエージェントが殺人を犯している。反革命との闘争の名目で殺害され、人民の敵ではなく、無垢な人民、労働者、農民、学生、兵士が殺害され、裁判と捜査なしに冷酷に殺害され、革命的プロレタリアの名の下にわれわれは殺害されている」[xiv]

革命的秩序を維持するとの口実でチェカーが各地で動員され、大勢の無辜の民が逮捕された。一九年四月にベジタリアン協会員が正当な理由なしに逮捕され、六月にモスクワ・チェカーに逮捕された五三歳の病人は罪状も明らかにされぬまま、裁判なしに数ヶ月間も拘留されたたままであった。このようなチェカーによる逮捕と銃殺は、特に農村地方から多数報告された。一八年八月にトゥーラ県ヴェニョフ郡の村で食糧部隊の襲撃に参加した三人が現地チェカーの判決により銃殺され、ほかのクラークに罰金五万ルーブリが課せられ、同じ頃、サラトフ県バラショフ郡でチェカーによる反革命勢力の摘発が精力的に行われた。パドフスカヤ郷執行委員全員が反ソヴェト活動の廉で逮捕された。ペルミ県ウソリエ郡で九月末に勃発した蜂起は県チェカー部隊によって鎮圧され、捕らえられた一〇人の首魁は、住民の眼前で銃殺された。一二月に農民の直接行動が吹き荒れるタムボフ郡で、郡食糧委によってチェカーの常設が要請された。調達のため二〇年春にチェリャビンスク県レビャジエ地区に派遣された軍事食糧局の活動家は次のように報告した。一九年の刈入れ期は白軍の後退と重なり、三分の一だけが収穫され、残りは畑にそのまま残された。この地区にそれでも通常の割当徴発が課せられたが、三月まで徴発活動は停止していた。その後に部隊をともなった食糧活動家を投入し、「断固とした措置」が適用され、割当徴発は著しく進捗した。だが、最近「地区の若干の郷で意識の低い農民大衆、煽られたクラーク層、無条件に余剰の搬出を拒否する白衛匪賊の走狗たちと衝突しなければならなかった」ので、チェカーを召致し、逮捕と捜索によって割当徴発は継続された。

割当徴発の遂行が次第に暴力的になる二〇年になると、突発的衝突や抵抗がなくとも食糧部隊はチェカーを随伴するのが常態化された。一〇月にプスコフ県食糧委は、穀物、馬鈴薯、野菜割当徴発の執行を強化するため、もっぱら第七軍特別騎兵隊が県チェカーを帯同してすべての郡に派遣されたと、食糧人民委員部に通知した。割当徴発に関するノヴゴロド県執行委命令二六号は、割当徴発の遅延と意識的怠慢の廉で郷執行委と村ソヴェト議長をチェカーに引き渡すと定めた。

一九年一月にレーニンはヴラヂーミル県スーズダリ郡執行委に、穀物調達が適正に実施されているかをチェカーが厳格に点検するよう命じたが、チェカー自身による不法行為についての訴えも多数中央官庁に届けられた。二月にソヴェト職員は一年半分の稼ぎで手に入れた食糧がチェカーによって不法に取り上げられたため、その返却をヤロスラヴリ県執行委に訴えた。リャザニ県ミハイロフ郡のチェカーによる「市民からの穀物の抑圧的徴収に関する公文書を同封し」、二〇年四月に中央執行委議長は県チェカーに「これら市民の請願の調査を直ちに行い、越権行為の責任者を法的責任に問うよう」命じた。[xiv]

だが、このような「赤色テロル」の発動は偶発的ではなく、システムとして機能していたことを指摘する必要がある。様々な機関紙／誌に地方での飢餓の実情が公然と掲載されただけでなく、一八年四月にも「完全な飢饉のため多くの地方で住民は半月で二フントの穀物しか受け取らず、農民は絶望に陥っている」などの請願を持った大勢の農民代理人がレーニンや食糧人民委員部に窮状を訴え、地方の危機的事情を完全に知りながらも、「農村における階級闘争」の名の下に様々な軍事部隊による暴力的食糧徴発のシステムが動き出す。飢えた共同体農民は一丸となって武力による強制的穀物調達に反対し、各地で農民蜂起が勃発した。こうして一八年夏に特に穀物生産地帯を中心にして農民蜂起が吹き荒れ、それらはことごとく「赤色テロル」による血の弾圧で終わった。この時までに三八の県チェカー、七五の郡チェカーが機能していた。[xiv]

一党独裁と「赤色テロル」による支配が展開されるにつれ、チェカーへの批判を封じ一九年二月八日づけで党中央委はすべてのコムニストに、「中央委は、チェカーを批判する同志がしばしば実務的党議を逸脱するだけでなく、チェカーが党の指令と統制の下に党の直轄組織として設置され存在し活動していることを失念し、しばしばまったく聴くに堪えない言動に至ることを遺憾ながら確認せざるをえない。かような批判は現状を改善するのに役立たず、党の意志の弱体化を招くだけである」との指示を与えた。四月四日づけペトログラード機関紙の一面トップで、『なぜ、穀物がないのか』との見出しをつけ、「チェカーは、反革命的陰謀に従事する者、鉄道の運行を停止させる者、これら全員にもっとも厳しい責任を問い、あらゆる試みを容赦なく粉砕する」と宣言し、チェカーは強大な権限を持つに至った。二〇年九月二八日づけヴェチェカー参与会会議で、チェカー特別部に国内保安軍の情報を集中し監視を強化するよう委ね、すべての民警署長をチェキストが占めると決議された。二一年五月七日の同参与会会議で配られたヴェチェカーとその地方組織に関する条令によれば、「一、ヴェチェカーはあらゆる反革命と闘い」、「一〇、ヴェチェカーとその地方組織は予審、尋問、捜索、押収、第一項で言及された犯罪の容疑者または現行犯逮捕された人物の勾留、逮捕を行う権限を持つ。一一、ヴェチェカーは五年以内の勾留期限つきで行政処分（監獄、ラーゲリ送りなど）の権限を持つ。一二、戒厳令が布告された地域で、ヴェチェカー組織は、スパイ、反革命、匪賊運動、公然とした武力行動と人民資産の窃盗への告発に関連する事案で、極刑を定め、それを執行する権限を持つ」とされた。[xiv]

ネップへの移行にともない（これは農民への宥和政策といわれているが）、チェカーは様々なキャンペーンの実施といっそう深く関わるようになった。ネップが公式に宣言された一二月の第九回ソヴェト大会で、レーニンはヴェチェカーを高く評価するとともに、それを改造する必要があることを公言し、それに彼は積極的に関わった。党中央委政治局案とヴェチェカー参与会案とは「雲泥の」隔たりがあったが、彼は後者の改造案を支持し、人民委員会議組織として懲罰機能を残すことを主張した。チェカー議長代理ウーンシリフトは彼とこの問題に関する書簡を交わし、この問題が審議される二二年二月二日の政治局会議への出席を彼に求めたが、病状の悪化のためにレーニンはこの会議に出席できなかった。同会議はヴェチェカー改造案を審議し、ウーンシリフトに改造条令案の作成を委ねた。中央委決議に基づくヴェチェカー改造草案は二月六日の中央執行委幹部会会議に持ち込まれ、布告として採択された。それにより、これまで人民委員会議組織であったヴェチェカーは解散され、新たに内務人民委員部の下に国家政治保安部(ゲペウー)が設置され、それは旧組織の指導部と軍事力を受け継いだ。[xiv]

「赤色テロル」とは何か

通常は、一八年八月三〇日に同時に発生したペトログラード・チェカー議長ウリーツキィの暗殺とレーニンの暗殺未遂に応えて公式に「赤色テロル」が宣告されたと理解され、一九年の第七回ソヴェト大会でレーニンは反革命勢力による戦闘行為を「白色テロル」と断罪し、それに対抗する「赤色テロル」を正当化した。事件から間もなく、司法人民委員クールスキィと内務人民委員ペトローフスキィの連署になる九月五日づけ人民委員会議決議で、「階級敵をラーゲリに隔離することで、彼らからソヴェト共和国を安全にする必要があり、白衛軍組織と陰謀に関わる全員を銃殺する必要があり、銃殺された全員の名前、この措置が彼らに適用された根拠を公表する必要がある」と述べられ、この布告により「赤色テロル」が公式化されたと一般に解釈されている。これを受け、一九年四月一一日づけ中央執行委布告により、県執行委の下にラーゲリを設置することが定められた。

「赤色テロル」の特徴について、機関誌『ヴェチェカー週報』[xiv]創刊号（一八年九月二二日）は次のように言及する。「『イズヴェスチャ』に著名なソヴェト活動家の論文が掲載され、その中で彼は、個人的テロルは目的を達成しない、階級としてブルジョワジーを撲滅する必要があると指摘する。このテーゼに誰も反論できないであろう」。このような論拠で、ボリシェヴィキ要人の暗殺と暗殺未遂に対して、大勢の「ブルジョワジー」が銃殺された。同六号（一〇月二七日）で『赤色テロル』の見出の下に、「［ハリコフ県］スムィ郡チェカーの決議により反革命的行動の廉で銃殺の判決が下った」として、三人の名前が挙げられた。プスコフ県ノヴォルジェフ郡チェカーは同じ理由で六人、ブリャンスク郡チェカーは一〇人、スモレンスク州チェカーは三九人の地主を銃殺した。それに続き、『言葉はいらない』の見出しで次の記事が掲載された。「ブルジョワジーの資金で組織され、彼らが直接に関与した、わが理想的領袖同志レーニンの犯罪的暗殺未遂、同志ウリーツキィの殺害、さらにその前の同志ヴォロダールスキィの殺害は、革命的プロレタリアートの忍耐のコップを溢れさせた。労働者と貧農は、革命の領袖の暗殺に向けた彼らの野望を粉砕するため、ブルジョワジーにもっとも厳しい措置を求めている。命を賭けてはじまった闘争のあらゆる状況が、感傷から決別し鉄槌によってプロレタリア独裁を実施するよう促している」として、そこにニジェゴロド県チェカーが銃殺した四一人の名簿が公表された。さらに、ヴェチェカーによって銃殺された九〇人の、多くが父称と名字なしに名前だけの長いリストが続いた。九月五日づけ人民委員会議決議に反して、連座して銃殺された全員の具体的罪状はどこにも示されなかった。また『週報』一一月一日号によれば、ヴャトカ県で水兵がチェコ戦争反対を兵士に扇動した罪で、クラークが貧農委議長を侮辱し武器で脅したという微罪で銃殺された。もちろん、銃殺された全員が公表されたのではなかった。九月八日づけで在ロシア・アメリカ赤十字主席は外務人民委員チチェーリンに、「ペトログラードでウリーツキィの死後五〇〇人以上が銃殺されたとの公式情報」に基づき、ロシアで実施されている階級的テロルとしての大量処刑に対し正式に抗議の意を表明した。

このような大量処刑の事実を語るには、ヴォロダールスキィの暗殺にまで遡らなければならない。ペトログラードの出版と情宣の責任者であった彼は六月一〇日に暗殺されたが、エスエルの犯行との見込みにもかかわらず、犯人は検挙されなかった。レーニンはジノーヴィエフ宛ての六月二六日づけ電報で、「大量テロル」でこれに応えるのを妨碍しているとして、次のようにペトログラード指導部を非難した。「今日われわれは中央委で、ピーテル［ペトログラード］で労働者がヴォロダールスキィの殺害に対して大量テロルで応えたいと思っている気持ちを、貴殿たち（貴殿個人ではなく、ピーテルまたはそのほかのチェキスト）が封じ込んだと聴いた。断固抗議する。［･･･････］テロリストはわれわれを腰抜けと見なすであろう。戦時の絶頂期である。反革命家に対するテロルのエネルギーと大衆化を奨励する必要がある、特にピーテルで」［強調は原文］。ペトログラードを含む北部州ソヴェトはこのレーニンの要請に八月一八日布告で応えた。この布告により、反革命的情宣、赤軍兵士によるソヴェト権力への不服従、スパイ行為、贈収賄、サボタージュなどの犯罪に銃殺刑が適用されることになった。[xiv]

一八年夏に中央ロシアの特に穀物地帯で多数の農民運動が勃発し、地方ソヴェトに対する直接行動一三〇件、食糧部隊からの防衛一五四件、農民蜂起七三件を数え、コムニスト権力がきわめて脆弱な地方で圧倒的人数と、時には様々な火器を持つ農民蜂起を鎮圧するのは難しく、その効果的な手段が「赤色テロル」であり、その徹底的行使はその公式の宣言以前に、早々とレーニンによって指示された。

八月にペンザ県ペンザ郡クチキ村で発生した農民蜂起は、スターリン時代の文献では次のように描かれた。八月五日にペトログラード食糧部隊が到着し、交渉のため村でスホードが召集され、そこにもっぱらクラークが参集し、部隊員の発言に悪罵が、次いで自身に殴打が浴びせられた。彼はやっとの思いでその場を逃れた。クラークは部隊が少数なのを見て、彼らの粉砕を決意した。クラークに捕らえられた七人の食糧部隊員は惨殺され、活動的な現地の貧農代表四人は銃殺された。クチキに反乱軍参謀部が設置され、反乱は五郷に広まった。クラーク反乱鎮圧のためにペンザから八日に増援部隊が到着し、これらすべての郷に戒厳令が布告され、県ソヴェトは、「貧農よ、富農に対する闘争のために団結せよ、すべてのクラークは地上から消えなければならない」との檄を出し、八月一三日に部隊長はペンザ県のクラーク反乱を鎮圧したと打電した。こうして、この事件はクラークの暴挙に対する階級闘争の勝利で幕を閉じた。[xiv]

だが実際には事件の顛末は以下であった。県チェカー（六月三日に設置された）の情報によれば、八月五日朝早くにクチキ郷の市民全体集会で食糧問題の審議が予定されていたが、開始前から農民が騒ぎ出し、駐屯していた部隊指揮官はそれが蜂起になることを恐れ、参集者を武力で追い払い、戒厳令を宣告して退却しはじめた。この部隊は休憩中に急襲され、死者を遺棄して潰走し、その晩から蜂起が広まり郷に隣接する村々が占拠された。九日に女性コムニストの県執行委書記ボーシからクチキ村の事件を電報で知らされたレーニンはその日に県執行委宛てに、「クラーク、僧侶、白軍兵士に容赦のない大量テロルを適用し、疑わしい者をラーゲリに収監する」よう命じた。これに続き、「穀物豊かな五郷」に蜂起が拡大したとの県執行委からの電報に対する翌一〇日の返電で彼は、「最大限のエネルギー、迅速さ、無慈悲によってクラーク反乱を鎮圧し、［･･･････］決起したクラークのすべての財産とすべての穀物を没収する」よう指示を与えた。これはすでに同日「いくつかの郷でクラーク暴動は鎮圧された。暴動の首謀者は銃殺された」後の指示であった。

続いて、ツュルーパが起案し、人民委員会議議長、食糧人民委員、革命軍事評議会議長代理スクリャーンスキィの連署になる一一日づけ覚書の中で、蜂起の鎮圧の際に穀物余剰を収用するため全力を尽くし、余剰の徴収と集荷場への搬送に責任を負う人質をクラークと富農から取るよう指示された。「人質は課せられたコントリビューツィアが正確に最短期間で執行されることに命を賭けて責任を負う」という彼らの役割がそこで明記され、これ以後蜂起を鎮圧する際に人質を取るのは常套手段となった。レーニンは蜂起鎮圧が進捗しないことに苛立ちを隠さず、ボーシの、ペンザ指導部はクラークとの闘争に強行措置を執らず、中央からの指示に従おうとしないとの報告に、怒りを込めて次のように回答した。蜂起を「鎮圧し、すべての資産、特に決起したクラークから穀物を見せしめとして没収するのに、貴殿が優柔不断になってはならない」。そして、一二日に県執行委議長から鎮圧の報告を受け取ったレーニンは好機を逃さないよう、即日彼に次のような指示を与えた。「クラーク一揆の鎮圧に関する貴殿の電報を受け取った。鉄は熱いうちに鍛えねばならず、このため穀物投機人を一人残らず容赦なく弾圧し、大富農から穀物を没収するため、貧農の大衆動員をクラークの鎮圧に利用する必要がある」

基本的文献である『レーニン全集（第五版）』と『レーニン文書集』に収録されているこれら文書からだけでも、農民蜂起に対する彼の基本姿勢は明白ではあるが、ソ連時代の文献はこれら文書がすでに公表されているにもかかわらず、それらに一切触れなかった。蜂起鎮圧の方法を具体的に示した、八月一一日づけ現地ソヴェト執行委議長宛てのレーニンの書簡がようやく公刊され、そこでは、次のように言及された。「同志諸君！クラークの五郷の蜂起を容赦なく鎮圧しなければならない。革命全体の利害がこれを求めている。というのは、今や至る所でクラークとの「最終決戦」が行われているので、手本を示さなければならない。一、一〇〇人以上の名うてのクラーク、富農、吸血鬼を縛り首にせよ（必ず民衆が見えるように縛り首にせよ）、二、彼らの名前を公表せよ、三、彼らからすべての穀物を没収せよ、四、昨日の電報にしたがって人質を指名せよ。周囲数百ヴェルスタの民衆がそれを見て、身震いし、悟り、悲鳴を挙げるようにせよ」。恐怖によって民衆を支配するため、「赤色テロル」の行使が命じられたのである。われわれが敵を殺すのは、「彼が悪人だからではまったくなく、ほかの人々に恐怖を与えるため、われわれはテロルという武器を行使する」と、チェカー議長ヂェルジーンスキィが「赤色テロル」について解説するのと同じ言質をそこに見いだすのは容易である。

だが幸いなことに、ここでの「赤色テロル」は徹底されず、貧農委員七人と赤軍兵士五人の殺害に対し、チェカーは蜂起の積極的参加者一三人を銃殺しただけで終わった。当時の県執行委議長の回想によれば、県内で同時に発生したいくつかの蜂起を弾圧するための兵力に不足したのがその理由であった。ボーシは著しく情緒不安定で、過度な抑圧を好む傾向があったため、レーニンは判断を誤ったとする主張も、彼を免責するものではない。すでにその悪名が中央にも轟いていた彼女を党組織強化のために派遣したのは彼自身の要請によるものであり、何より、これ以後このような鎮圧方法が常態化されたのだから。これに続く別の郡で発生した蜂起にも、レーニンは県執行委の緩慢な対応を訴えるボーシの八月一八日づけ電報への翌日の返電で、県執行委を激しく譴責し、「すべての執行委員とコムニストに、彼らの責務は容赦なくクラークを鎮圧し、蜂起した者すべての穀物を没収することであると伝えよ」と、徹底的弾圧によって穀物を徴収するよう執拗に訓令し、農民に暴力を行使して穀物を徴収するやり方が、このようにして制式になった。

レーニンの同様な指示は執拗に続く。サラトフ県に、徴収に対して命を賭して責任を取る「二五、三〇人の人質を」富農から取るよう命じ、反乱を鎮圧したオリョール県リヴヌィ郡執行委に二〇日づけの電報で、「決起したクラークからすべての穀物と財産を没収し、クラークの中から首謀者を絞首刑にし、［･･･････］富農から人質を取り、郷ですべての穀物余剰が集荷されるまで彼らを勾留する必要がある」と、この方針が繰り返された。もちろん、クラークとは暴力的穀物徴発に抵抗する農民の呼称であることは改めていうまでもない。飢えた農民を斟酌することなく、これらの電報によってすでに「赤色テロル」が胎動し、権力が出す命令書には人質や処刑の文字が溢れ出す。国家統制人民委員部は一八年末に実施された特別監査に基づき、食糧組織の様々な欠陥を列挙し、「調達の首尾は食糧政策全体がどれだけ経済状況に応えているかにかかっており」、食糧委は「クラーク」を敵視し、「適用する必要がない所で、適用すれば有害な所でも粗暴な抑圧措置を適用した」と結論づけた。もちろん、特別監査がレーニンの指示に触れることはなかった。こうして余りにも多数の収監者が生まれたため、第六回臨時ソヴェト大会決議に従い、一九年四月二五日の人民委員会議は、チェカーと革命裁判所にソヴェト権力との衝突の際に意識が低いために参加した労働者と農民の即座の釈放を命じる決議を出した。これに続き、五月四日公表の中央執行委指令により、非組織的直接行動、地元住民に同調しての参加者には恩赦が与えられた。これは不必要な犠牲者があまりにも多すぎたことを物語っている。[xiv]

それは、蜂起の鎮圧時だけでなく割当徴発の徴収の際にも「赤色テロル」が適用された結果であった。二〇年五月にヴャトカ県マルムィジ郡の村人は、次のような恐ろしい出来事を県食糧委に訴えた。現在われわれの郷でショーロホフの遠征隊が穀物を徴収している。彼は郷集会を招集し、この割当徴発の八〇％を汲み出す必要があると宣告した。郷でまったく播種されていない穀物にも割当徴発が課せられた。彼は部隊兵士のライフル銃を指し、力ずくでこれを実行すると豪語した。集会の扉に兵士がいて、誰も通させず、このような威嚇の下に割当徴発への署名を強要された。村ソヴェト代表の半数はそれでも、遂行しようにも穀物がないとの理由で署名しなかったが、彼らは直ちに逮捕されどことも知れず護送された。いくつかの村で隠匿穀物が摘発され、馬を含めて一切合切が取り上げられた。「もし、算定された割当量が遂行されるなら、多くの農民に一粒の穀物もなくなり、餓死で破滅するにちがいない。農民たちは餓死しないよう、なけなしのプードを隠している。まさに人生は生存のための闘いであり、それでもわれわれは破壊工作員と非難されている。最後のフントまで取り上げるなら、本当に農民は餓死で破滅するにちがいない。まさに農民はもっとも主要な有機体、生きた力、生きた労働であり、今ある生命が生きることのできるロシアの血液である。もし、農民がいなければ、血液がなければ、生命は停止するにちがいない」。虐げられ、怯えた民衆は何も反対することはできない、それには銃殺の脅しがかけられるので。「彼らは労農ソヴェトの権力を掘り崩し、われわれの間にパニックを創り出し、飢えさせ、黙々と破滅を運命づけている」。一八年八月末にコストロマ県ヴァルナヴィノ郡で発生した大規模な農民蜂起について一九年四月の書面で農民代表は、郡食糧委議長が行使したテロルを列挙し、「これは権力に対する蜂起ではなく、多数の民衆への個人的暴力に対する稚拙な大衆的抗議であった」と訴えた。

このような「赤色テロル」による穀物徴発は、一部の指導的コムニストにとっても驚愕する事実であった。中央執行委議長代理でもあったネーフスキィは二〇年二月の書簡で、食糧部隊コミッサール長は地元地主の息子であり、彼は「不当に農民を逮捕し、暴力を加え」、郷に残された穀物全部が徴発されたため、多くの農民が飢えているとのヴォログダ県カドニコフ郡の農民の声を聴き、「もし、彼らが訴えていることの一〇分の一でも本当ならば、恐ろしいことだ」と同志に呼びかけた。[xiv]

「赤色テロル」による農村支配は、農村におけるボリシェヴィキ権力が政治的にも軍事的にも脆弱であった中で常に農民との厳しい緊張関係を強いられたことの反映であった。一九年前半のカザン県ライシェヴォ郡には党員八人とシンパ一三人の一細胞があるだけで、「郡に脱走兵が溢れ、彼らは堕落した住民に悪影響を及ぼし、常にクラーク蜂起が発生している」。二一年一月にタムボフ県モルシャンスク郡にいた四六二人の党員のうち一三一人だけが二九の党細胞に配属されたが、匪賊運動のために多くが活動を停止した。中央執行委全権ステクローフが「われわれはテロルによってのみ維持されている」と報告した事実は、それ以後さらに悪化した。一一月のヴォロネジ県食糧会議で、「住民にテロを加え、住民は食糧活動家の名前に怯え、武装部隊が到着すると恐怖に駆られたのが、昨年の割当徴発のやり方であった」と語られた。食糧部隊の無法行為の統制が中央で俎上に載せられたのは、二一年二月一〇日の中央執行委幹部会会議であり、そこで司法人民委員部、チェカー、食糧人民委員部にそれらの処罰強化案の策定が委ねられた。[xiv]

　二　生存権を奪う割当徴発

　不断に縮小する消費基準

割当徴発の徴収が公平に行われたなら、担税農民はそれに耐えることができたかもしれない。だが、実際には穀物の徴収はまったく権力者の恣意に任された。ヴャトカ県スロボドスコイ郡で一八年八月末に食糧部隊によって一八年収穫の登録作業がはじまった。部隊は立会人なしにライ麦の藁塚[xiv]を見まわり、五穀物束と登録する。だが、村人は三束であるという。この穀物束を試験脱穀し、一束当たりライ麦八プード、オート麦一四プード、大麦一二プードとなった。だが、部隊員によってそれはそれぞれ、一〇、二〇、一六プードに改竄されて徴収され、そのため家畜と播種に何も残されず穀物が搬出された。これは収穫直前に雹害を蒙った畑のことであった。このため農民は部隊による登録を恐れ、それはしばしば農民蜂起の原因となった。六月にペルミ県オハンスク郡で赤軍兵士が穀物登録に訪れたとき、教会の鐘を合図に集まった七〇〇人の群衆は赤軍兵士数人とソヴェト活動家八人を殺害した。オハンスクから懲罰部隊が送り出され、それに対する農民の残虐行為は現地チェカーから次のように報告された。「クラーク匪賊はペルミ管区執行委議長を殺害した。彼は郷ソヴェトで眠っており、近づく群衆の物音で目が覚めた。彼は通りを逃げ回っているときに銃撃され、死体は切り刻まれて墓地に運ばれた。群衆は彼のほかに、オハンスク供給部指導官、彼の兄弟、赤軍兵士三人らを殺害した。［･･･････］死体は下着だけの裸の状態で埋められ、斧とシャベルで無惨にも切り刻まれ、頭は割られ、指は切断されていた。このほか逮捕者の証言によれば、赤軍兵士の一人は生き埋めにされた」

割当徴発の徴収は余剰の収用を原則としたが、食糧人民委員部は地方によって算出された農産物余剰量の数字に懐疑的であった。一八年一〇月に出された食糧人民委員部穀物飼料部部長セーニンによる県食糧委への指令で、「いくつかの郷食糧委は登録の際に、定められた量を著しく超えて穀物消費基準を残している」ので、余剰量を増やすため圧力をかけるよう郡食糧委に命じた。割当徴発をおもな議題とした第一回全ロシア食糧会議で、「もしわれわれがこの割当を地方組織に任せるなら、適正な割当量を得られないだけでなく、それは完全に崩壊してしまう」との発言が聴かれ、郡食糧委と郷ソヴェトに収穫に関する統計資料は少なく、信憑性に欠けるため、県食糧委による割当が主張された。多くの参加者から、「われわれにある統計資料はまったく役に立たない」とか「統計資料は乏しく、それらには多くの誤りがある」との声も聴かれた。

それでも、一九年一月の割当徴発布告を補足する食糧人民委員部指令は次のように厳格な穀物貯蔵の登録を求めた。県食糧委に穀物の登録と脱穀を実施させるため、登録・統計員部隊が派遣され、未脱穀を含むすべての穀物貯蔵量が秤で重量計算される（なければ升で）。農産物登録に関する世帯別調査リストが作成され、その際に家畜や農具の調査が同時に行われ、これらすべての項目がリストに記載される。割当徴発は余剰の収用の原則に基づくため、ここでは一人当たり一ヶ月穀物一プードの食糧基準、家畜の飼育基準、播種面積に応じての飼養家畜の頭数制限、控除される播種分などが詳細に規定された。このように割当徴発が最初に全国的規模で実施された際に詳細で厳格な登録が想定されていたが、能力のある登録員に欠け、秤の数も絶対的に不足し、それはまったく遵守されなかった。

この技術的不備が恣意的徴収の一因となった。県食糧委への九月一七日づけ食糧人民委員部指令は、「いくつかの県食糧委に実際の収穫と合致しない試験脱穀の結果の情報が持ち込まれているが、これらの過小評価された資料にうろたえることなく、直ちに毅然と行動し」、断固として割当徴発を遂行するよう指示を与えた。これに続く一〇月一六日づけ電報は、中央から指示された割当量からの逸脱を一切認めず、逸脱には懲罰的追徴を行うと警告した。そこでは登録に基づく「余剰」の概念はすでに失われ、一〇月一一日づけヴャトカ県食糧委命令四二号は、「少なめに事実を歪曲しようとするクラークによって、農産物の登録が成果をもたらしていない」との論拠で、試験脱穀の資料を実務的でないとして今後世帯別調査を実施しないよう指示した。[xiv]

ヴラヂーミル県アレクサンドロフ郡の四五世帯からなる村団の馬鈴薯割当徴発は次のように実施された。二〇年六月五日にアレクサンドロフ市から部隊を随伴して全権が再度到着した。彼は村落全体集会で馬鈴薯三五〇プードを完納しなければ全員を逮捕すると脅したが、すでにモスクワ県からの部隊によってすべての余剰が汲み出され、そのことを通告した。だが、全権は割当を行う委員会の選出を命じ、割当量を指定し、七日までに引き渡さなければ郷執行委まで納付に行かなければならないと迫った。すでに農繁期が訪れ、それぞれの農民にとって遠くの郷執行委までの搬送に時間を割くことはできなかったので、一〇〇プードの馬鈴薯の引渡しに合意し、それらは引き渡された。

労働者食糧部隊は飢えた都市住民を救うため、できるだけ多くを調達しようとする使命感がこのような多くの逸脱行為を招いた一因であると考えられなくはないが、それだけではない。第一に、部隊員には旅費と出張手当が支給され、これで現地の食費などを賄うことになっていた。だが、多くの場合これらの手当は不充分で、部隊員は現地で飢えるか農民から無償で取り上げるしかなかった。第二に、食糧部隊員には調達の成功報酬としてプレミアが与えられ、これは命を賭けて部隊に加入する大きな動機となった。一九年九月二日づけ人民委員会議布告により、労働者調達部隊を派遣した組織と個々の労働者に穀物プレミアが適用された。五期に分けられた割当徴発の納付期限内に指定量が完納されたなら、その納付期限ごとに派遣した工場に各労働者当たり穀物二〇フント（子供を二人以上持つ労働者は三〇フントの計算で）、部隊員に一〇〇フント（二プード半）が交付された。もちろん、割当徴発を完遂しなかった部隊にプレミアはなかった。ゴメリ県で活動していた一二部隊のうち五部隊だけがそれぞれ二〇プードのプレミアを受け取った。二〇年四月に軍事食糧局からヴォロネジ県に派遣された部隊は成果を挙げなかったので、これら部隊はプレミアを受け取る権利がないと、県食糧コミッサールは通告した。これらの事情が、有無をいわせず農民から穀物を取り上げる食糧部隊への誘因となった。

このように規定された穀物プレミアは膨大な量になり、二〇年の割当徴発の遂行に対するプレミアだけでも穀物五三七万三三九〇プードと試算されたが、二一年一〇月に食糧人民委員部は「共和国の食糧事情のために、一九年と二〇年の収穫の実現に対する食糧部隊員への借りを即座に完済できない。食糧部隊員に算定された食糧人民委員部による穀物プレミアの上記の量のうち、今年度は五五万プード以内で引き渡すことができる。［･･･････］食糧部隊員への残りの穀物負債に関して、その原資が限られているため、それを放出するのは不可能」と通達した。こうして命を賭け、狼藉を働いてまで割当徴発を遂行した労働者の多くは、穀物プレミアをほとんど受け取ることができなかった。[xiv]

また、正確な登録を実施するには、法令で定められた割当量の算定期間はあまりにも短かった。二〇年八月に出されたペンザ県食糧コミッサール代理の指令では、郡食糧委は割当量に関する電報の受取りから三日以内に郷への割当を行い、その割当量を急使によってそれぞれの郷執行委に通知し、郷執行委は村落ごとの割当を三日以内で終了し、割当徴発遂行の全権を指名し郷執行委と村ソヴェトに農産物を即座に納付させることが義務づけられた。ノヴゴロド県執行委は、四八時間以内で郡食糧委に郷への割当、郷執行委に村落間の割当、村ソヴェトには二四時間以内に個々の経営への割当を義務づけた。当時の交通通信手段などの技術的水準と広大な領域を考えれば、このような短期間での正確な穀物登録は不可能であった。穀物量の登録は秤による重量計測が原則とされていたが、あらゆる箇所で秤が不足し、二〇年三月にペルミ県食糧委は、調達がはじまったが、開始時には秤はまったくなく、計量作業は難渋していると食糧人民委員部に訴えた。[xiv]

そこで案出された方法が再登録であった。サラトフ県の割当徴発に関する指令によれば、登録の結果、指定された割当量が郷にないことが判明した場合に全住民が村会に召集され、食糧部隊は指定された割当量を登録し直すことを予告した。このように、最初の登録で算定された穀物が割当量に満たない場合に実施されるのが再登録であった。これに関する指令によれば、再登録では登録された脱穀量を絶対に下回ってならないことが明記されたため、収量や脱穀量が登録員によって水増しされた。食糧人民委員部穀物飼料部セーニン名で出された命令書は、登録の際の試験脱穀は必ずしも正確でなく、予め統計的方法により割当量を定め、時を失うことなく消尽され隠匿されないうちに穀物を取り上げる目的で、党、食糧軍、食糧部隊の全勢力を動員し、再登録を実施するよう求めた。このように実施される再登録とは、農民にとって追加徴収にほかならず、その実施を非常に恐れた。一九年三月にコストロマ県キネシマ郡食糧参事会［ママ］は郡で再登録を行うことを決定し、そのため工場労働者を武装部隊として村に派遣した。これを阻止しようと各地で貧農を先頭にして騒乱状態が発生し、郷代表はレーニンに再登録の中止を訴えた。[xiv]

逆に、割当徴発の過重負担の根拠として農民の側からも再登録の要請が多数出され、これは一九年春に割当徴発の遂行を遅滞させる一因となった。四月にヴャトカ県食糧委は、住民は実際の穀物貯蔵と大きな隔たりがあるため郷割当量に大きな不満を抱き、一致して再登録を要求し、それは割当徴発の実施を中断する口実を与えたと、食糧人民委員部穀物飼料部に報告した。このような事態が頻出したため、一二月二九日にツュルーパは世帯別登録を無条件に禁止し、住民が割当徴発の六〇％を遂行した地方でのみ登録量の疑義に関する請願を審議するよう命じた。二〇年二月一七日づけ電報はこれを繰り返すとともに、郷への割当量はその播種面積、住民と飼育家畜数を根拠に算定され、「貴殿への割当量自体が同時に郷の余剰の規定である」と県食糧コミッサール、県執行委議長、党県委に通達した。リャザニ県スコピンの市民は、食糧政策の基本である正確な穀物登録の欠如が様々な不法行為を生み出し、四〇プードの試験脱穀は機械的に八〇プードまで引き上げられているその不当性を三月に訴えたが、すでに穀物登録は無意味となっていた。[xiv]

世帯別登録の禁止は割当徴発を徴収する際の連帯保証制の導入と連動し、穀物割当徴発量が郷全体で算定されることは、三月四日づけ食糧人民委員部通達でも繰り返された。だが、この方針はここで食糧人民委員部が通達する以前に、一九年一一月にヴャトカ県食糧委命令四三号で先決され、そこでは「割当徴発を完遂した後で村落に残される穀物を、全農村住民への村内供給ファンドのための原資と見なし」、「この原資の大きさにより村内すべての住民への穀物供給基準が規定される」と表現された。二〇年九月初めの党中央委機関誌は、「郷に与えられる割当量が、それ自身で余剰の規定である」と端的に表現し、この方針を最終的に確認し、一九年一月一五日づけ食糧人民委員部政令『割当徴発手続き』にある「割当徴発は余剰のない経営には決して及ばない」との規程はこのように適用された。

食糧人民委員部は一九年七月二九日づけ命令八八号で、一九年収穫の登録の際に経営に残すべき播種分と食糧基準を指示した。それによれば、播種基準は現地食糧委により地域ごとに確定され、食糧基準については年間穀物一二プードと碾割り一プードが残されると決められたが、家畜用飼料については何も言及されなかった。このような基準の確定は地方で困惑を招いたが、ツュルーパは九月一六日づけ電報で命令八八号を補足して、地方権力にこの消費基準の遵守を命じ、「しかしながら、きわめて必要な場合に地方住民の利益のために人民委員会議布告に準じて地方権力に上述の基準の縮小を食糧人民委員部に請願することが認められる」との但し書きをつけた。この但し書きは、間もなく消費基準と関わりなく割当徴発が徴収されると宣告されるのだから、それ自体がまったく不要であった。

穀物登録が有名無実になると、二〇／二一年度割当徴発を算定する際に根拠となる家族数、飼養家畜、播種面積の登録の実施は四月一五日の人民委員会議で破棄され、この二年間の統計資料の収穫率から推算される総収穫に基づき、割当徴発量が導き出された。こうして最終的に、割当量は恣意的に算出されることになった。さらに食糧人民委員部は九月一〇日の穀物消費基準に関する電報で、穀物と飼料の消費基準は県食糧委により確定されるが、これは公表されない、一九年の命令八八号で指示された基準は郡と郷の割当の際の指針となるが、この量を残すことは食糧組織の義務ではないと県食糧委に通達した。割当徴発の合理的根拠とともに農民の「生存ミニマム」への配慮も最終的に失われた。[xiv]

貧者も許さぬ製粉税

製粉税が割当徴発に組み込まれたことも、民衆には重い負担となった。担ぎ屋は製粉された麦粉を求めたため、投機人と製粉業者は同義となり、穀物専売を徹底するために製粉所の統制は不可欠であった。一八年五月一一日づけで食糧人民委員部穀物飼料部は、すべての県食糧委に製粉所の月例活動報告の提出を命じ、製粉所の登録と統制がはじまった。[xiv]この時期はおもに貧農委を通して統制が実施され、ヴォロネジ県食糧委条例［一八年の日付なし］によれば、次のように製粉所の統制が行われた。郡食糧委は郷貧農委を通して製粉所の登録を行い、自家消費用の穀物加工にどれだけの製粉所が操業すべきかを確定する。燃料不足に配慮し、まず水力、風力製粉所を稼働させ、それが住民の需要に不足する場合に現地調達の燃料で蒸気製粉所を稼働させ、最後に石油製粉所を稼働させるが、それらの完全な生産性の下で住民の需要を充たす数だけを動かす。それらは貧農委から許可書を受け取り、許可書のない製粉所は閉鎖される。操業するすべての製粉所に穀物の加工を記帳し、これらの製粉所の統制を村貧農委に課す。

極限にまで低められた消費基準の下で、パンの剥奪を意味する製粉統制に民衆は抵抗した。カザン県では一〇月四日づけ県食糧コミッサール命令は、製粉所での脱穀ごとに貧農委から製粉券を入手し、脱穀量をそれに記入することを農民に義務づけ、この監視のために統制官を製粉所に配置した。さらに、県食糧委は村貧農委を通して住民に、穀物貯蔵を登録する際に記入した量に比べて明らかに穀物が不足する場合、密かな製粉を行ったとして軍事法令の厳格な責任を問うと宣告し、穀物投機の防止策を講じた。その後、一九年八月に県食糧コミッサールの提案により、製粉所での製粉に対し穀物一プード当たり麦粉四フントの徴収が決定され、製粉券が各農民に配布され、製粉券なしで製粉した製粉所の没収が宣言された。この措置は農民の大きな不満を招き、いくつかの郡で農民反乱が勃発し、農民の大量逮捕と武装食糧部隊の支援の下でようやく新たな製粉券制度が導入された。このため、ママドィシ、エラブガ郡などで戒厳令が布告され、党エラブガ郡委の報告によれば、住民の大部分が製粉券を拒否し、反乱鎮圧のために厳しい措置が執られた。チストポリ郡執行委は党郡委の支持を得て製粉税実施に反対の態度を採り、そこに派遣された指導者は郡活動家の行動を「反革命的」と断罪し、郡執行委を解散し革命委を設置して、ようやく九月三日から製粉税が郡に導入された。

だが、全国的規模での統制は遅れ、サラトフ県では一九年一月に五二五カ所の製粉所のうち九七カ所だけが国家統制の下に稼働し、その生産量は戦前の一ヶ月四三七万プードに対し九〇万プードしかなかった。製粉料も地方によって異なり、チェレポヴェツ県で穀物一プード当たり脱穀に四〇コペイカ、粉挽きに七〇コペイカが支払われたが、このような貨幣払いは例外的で、多くは慣例に従い現物払いであった。ヴラヂーミル県では脱穀一プード当たり麦粉一フント、シムビルスク県では脱穀量の三％が徴収されるなど様々で、そのため水力製粉所でプード当たり五フントに定められたクルスク県から、富農から三フント、貧農から二フントに定めたオリョール県の製粉所に農民が出向いたように、製粉所の厳格な統制と製粉料の統一が急がれた。

これに関してペンザ県は先行し、一九年七月に製粉税に関する詳細な指令が出された。これによれば、個人的需要のために一日の脱穀量一五〇〇プード以下の地方的製粉所だけが郡食糧委の認可と統制で操業し、郡の需要を超える製粉所は閉鎖され、郡食糧委は各製粉所が担当する地区を定め、登録された村落にだけ製粉され、ほかの地区からの持込みは認められなかった。製粉所に穀物を持ち込んだ市民が適正であるかを確認し、加工にどれだけ受け取ったかなどを正確に記帳し、製粉に対し穀物一プードにつき四フント（一〇％に相当）の現物を徴収した。八月に食糧人民委員部により公布された製粉加工の規制に関する政令はほぼこの方針に沿っていた。すべての製粉所は県食糧委によって登録され、地方住民の消費用に加工する製粉所は郡食糧委または地区食糧委により選定され、そのリストは公表され、それ以外の製粉所は閉鎖された。そこで脱穀される穀物一プード当たり四フントで徴収される製粉料が製粉税であった。これは割当徴発と並んで食糧人民委員部により徴収され、特に消費諸県での穀物調達に大きな役割をはたした。[xiv]

一九年秋の割当徴発キャンペーンで初めて導入された製粉税は追加の割当徴発と誤解されるおそれがあり、レーニンとツュルーパは一一月一日づけで、割当指定量を完納した村には追加割当と四フント製粉税を徴収しないよう指示した。いくつかの地方でこれが適用され、二〇年一月初めのコストロマ県食糧委参与会は、穀物割当徴発を完遂したコストロマ郡を模範的郡として公表するとともに、同郡の市民に四フント税の免除を決議した。割当徴発を完遂した郷から出された製粉税免除の請願を、ゴメリ県モギリョフ郡食糧委は郡の郷全部が完納していないことを理由に拒否したので、郷はこの決定の不服を中央に申し立て、食糧人民委員部参与は郡食糧委の決定を不当と認めた。だが、地方によって製粉税が困窮者救済の食糧源などの地方需要に回されるケースが認められ、二〇年一月九日づけでツュルーパは国税としての製粉税の厳格な徴収を改めて命じた。[xiv]

しかし、製粉税徴収の基本的矛盾は、ペルミ県オハンスク郡ソヴェトで指摘されたように、製粉税は消費基準量から差し引かれ、パンを食べるなら余剰の有無に関わりなくこの負担を余儀なくされたことにあった。ニジェゴロド県アルザマス郡の人口一四六八人の村は、一九／二〇年度の割当徴発の負担を次のように訴えた。ライ麦の総収穫は一万二六九〇プードで、播種分四一六〇プードを控除して八五三〇プードが残る。しかし、郡食糧委により一人当たり二〇フントの割当徴発の徴収が命じられ、それは七三四プードになり、さらに総量八五三プードの製粉税が追加された結果、住民の食糧用に六九四三プード（一人当たり年間四・七プード）しか残されなかった。こうしてロシア全体で一九／二〇年度の割当徴発で一億六五八二万五〇〇〇プード弱（遂行率五四・一％）の穀物が調達され、このうち一三二八万五〇〇〇プードを製粉税が占めた。

割当徴発の遂行率が低減する中で製粉税を確実に徴収する必要に迫られた食糧人民委員部は二〇年七月二六日づけ電報で、生産諸県の不作により製粉税はいっそう重要な意義を持つとして、地区ごとに製粉税の数字を割り当て、この達成を指示すると同時に、地方的需要のための製粉税の利用は厳禁され、これは事実上の追加割当徴発となった。モスクワ県ズヴェニゴロド郡の村からの、不作のため割当徴発を遂行できないとの請願に対して、製粉税は免除されないと通達された。人民委員会議決議によって設置されたブリュハーノフを議長とする割当徴発再検討特別委は一一月一五日づけ会議で、現状で製粉税を割当徴発に含めることは唯一適正な方法であると答申した。

粉挽きのたびに徴収される製粉税は、貧農を含めたあらゆる農民に重くのしかかった。飢餓が続くヴォログダ県カルゴポリ郡で三月に開かれた郷ソヴェト大会は、重すぎる割当量負担を確認するとともに、「ロシア共和国の法令の公平さを信じ、貧農から製粉税の徴収を免除し」、大衆を餓死から救うよう決議した。八月のトゥーラ県の市民全体集会は、「穀物を製粉するたびに製粉税は取られ、それは市民にとってまったく力が及ばない。市民は一プードから三六フントしか受け取れない。避けられない餓死を防ぐため」、中央執行委に割当徴発の免除と製粉税の即座の廃止を請願した。九月にヴラヂーミル県の村で、集められた製粉税が搬送されることに抗議して三〇〇人が参加する騒擾が起こった。ペンザ県で製粉税の徴収のために軍事力が適用され、二一年二月に県食糧委は県労組との合意で、製粉所の統制と製粉税の適正な納付を目的に一六〇人の五部隊を編成した。[xiv]

製粉税の重要性は高まり、スモレンスク県は平年作でも県住民一人当たり穀物五・五プード以下の収穫であり完全に消費県であったが、二〇／二一年度割当徴発は二二〇万プードが課せられ、そのうち一二〇万プードが製粉税であった。そこで二〇年九月一日にはじまった割当徴発キャンペーンは一〇月一日に終了し、製粉税は完納され、遂行率八四％を達成した。ゴメリ県に穀物割当徴発七八万プードと製粉税一二〇万プードが課せられ、一一月一五日までのキャンペーン一ヶ月半の間に製粉税は一〇六％が納付された。一二月一日までに割当徴発は一億四三〇〇万プードが達成され、遂行率は三三％であった。そこで生産諸県の遂行率は四一・五％と低調であったのに対し、消費諸県は八四・七％と高水準であったのは（それでも全体として低いのはシベリアと北カフカースの遂行率が二四・二％と二二・四％しかなかったため）、食糧人民委員部の評価によれば、「消費地区で製粉税による調達は著しい役割をはたし、いくつかの地区で一〇〇％に達した。調達総量のうち生産諸県では製粉税は六％しかないが、消費諸県で二七・六％に達している」ためであった。[xiv]

　一二月一日のサマラ県経済会議で、県食糧コミッサールは県に忍び寄る飢饉の対策として、中央が割当量を縮小するとは考えられず、そのために生ずる飢餓農民の食糧源に現行の製粉税四フントに二フントを上乗せし、救荒食糧と播種用種子のファンドを形成することを提案した。この構想は、二一年三月二九日づけ県執行委議長、農民援助特別委議長、県食糧コミッサールの電報により飢餓住民への製粉税の利用として実現された。タムボフ県で三月に開かれた県無党派農民協議会でも、地方の貧困住民への製粉税の利用が決議された。このように、飢餓に喘ぐ地方当局にとって製粉税は困窮農民への数少ない食糧源の一つとなっていたが、ネップの導入とともに、国税としての製粉税徴収は強化されるようになった。供給制度の停止のため自由市場での購入や農村からの穀物の受取りを余儀なくされた工場労働者にも製粉税は免除されないことを、四月に食糧人民委員部は通達した。ヴォロネジ県で製粉税の一部は現地の窮民対策の原資に利用されていたが、七月一一日づけ県委・県食糧委合同会議で、「製粉税は現在県にある国家的食糧資源を補填する唯一の源泉である」と指摘され、赤軍兵士家族に製粉税の五〇％を交付する県執行委条例を八月一日以後廃止し、全製粉税を国税として拠出すると決議された。

九月一二日の食糧人民委員部参与会決議により、ロシア共和国の馬鈴薯を除く穀物と搾油用種子の納付予定量を一億七八〇〇万プードに定め、そのうち二二〇〇万プードを製粉税が占めた。ウクライナでは一億一二〇〇万プードの納付予定量のうち製粉税は一二〇〇万プードを占めた。非国営クスターリ搾油工業の認可とともに搾油用種子一プード当たり一〇フントの加工税が定められ、飢饉に覆われたバシキリア共和国からも裁判所送りの脅しの下に製粉税に加えてその徴収は徹底された。だが、製粉税徴収の最大の障碍は、現物税と同様に飢饉であった。シベリアでは前年度は製粉税に四五七万五〇〇〇プードが納付されたが、二二年二月一五日現在で六二万六〇八プードの納付しかなく、遂行率は二七％を超えず、シベリア食糧委はその原因として、住民に穀物がないことを挙げた。

こうして製粉税への不満も高まり、チェカーは二一年八月の報告書の中で、ノヴゴロド、トゥーラ県などで農民の間に製粉税の徴収への不満が見られると伝えた。アントーノフ匪賊が広まるペンザ県チェムバル郡で、匪賊の襲撃は製粉所の操業への重大な障碍となり、匪賊は多数の製粉所を襲い、所長を殺害し、大量の穀物と現金を奪い取った。[xiv]

　三　飢餓の下での割当徴発

割当徴発が不調であった背景に、ロシア全土に広がる飢餓がある。最初の割当徴発が全国的に実施された一九年前半の地方の実情に関する党中央委への報告は、すでにこのことをはっきりと物語っているが、党中央委員全員が餓死者も出ているこの現実を充分知悉しながらも、これらの事実はいかなる会議の俎上にも載せられなかった。以下は百数十ページに及ぶ報告書からのごく一部の抜粋である。ノヴゴロド県「ベロゼルスク。五月二三日、苔と白樺からパンが焼かれている」。トヴェリ県「ラメシキ。五月五日、ここではすべての穀物が取り上げられ、二月から食い手当たり二フントしか残されず、そのように生活すれば餓死しなければならない」。「トヴェリ県。六月一三日、次第にひどい生活になり、民衆の非常に多くが栄養失調のため死んでいる」。「リャザニ。六月二三日、われわれの所にひどい飢えがあり、一日に一〇人が死んでいる」。イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県「ロヂャンキ。六月二二日、今では家畜のようにあらゆる雑草を食べている。われわれ民衆は飢えで大勢が死んでいる」。「カルーガ。六月二六日、穀物はなく、餓死している」

未来に待ち受ける恐ろしい飢饉の予兆も聴かれた。ニジェゴロド県「トロイツカヤ。五月九日、すべてが萎れ、ライ麦は非常に悪い発芽で、オート麦は芽が出ていない」。「イゾフカ。われわれは小麦も全部食べ、畑に播種しなかった」。オリョール県「ドゥブロフカ。六月八日、どこにも種子はなく、土地は播種しないまま残され、馬鈴薯は植えられなかった」。サラトフ県「バラショフ。六月二日、播種したいが、取り上げられるなら同じだといわれている。そのようにして播種面積は何十分の一に縮小した」。トゥーラ県「カシラ。現在は旱魃でオート麦は発芽せず、発育していない」。それは権力への密かな不満を醸し出す。サラトフ県「ヴォリスク。われわれは天からの解放者としてコルチャークを待ち望んでいる」。「バザリ。五月一八日、農民は嬉々としてコルチャークを待望し、コムニストに憤慨している」。「オリョール。八月一二日、農民たちはヂェニーキンを待ち望んでいる」[xiv]

八月一日にはじまる農業年度から割当徴発が実施されたのは、一九／二〇年度が最初であった。一九年八月一五日の食糧人民委員部会議で、ヨーロッパ=ロシア一五生産諸県とドイツ人コミューンへの総量二億九六四五万プードの予備的穀物割当量が承認され、その後も一連の修正と追加が行われ、その量は三億六九九万六〇〇〇プードに増量されたが、最終確定量も分からないままに各地で予備的割当徴発が開始された。リャザニ県の生産七郡で二七万プード、ペルミ県で一九年収穫余剰の三〇％の規模で予備的割当徴発がはじまったと、九月初めに食糧人民委員部に通知された。この割当量は、一月に公示され、最終的に二億六〇一〇万プードと確定された一二生産諸県への最初の割当徴発を大きく超えただけではなかった。一月布告によれば県別の割当量は中央からの割当に県内需要が加算され郡別に割り当てられたが、一九／二〇年度の政令によれば、都市と工場住民への供給は割当量に含まれるが、農村住民の不足量は県内再配分で賄われ、割当量全部が中央への搬出命令とされ、県食糧委は中央から与えられた数字を増減できないことが特に強調された。サラトフ県労働者局は、生産七郡で主要穀物の余剰を二八三〇万九五七七プードと算出したが、最近の濃霧による被害のため余剰量は最大限二五〇〇万プードしかないことを九月六日づけで食糧人民委員部に通告し、県食糧委資料に基づくこの量で割当徴発を実施することが可能かを照会した。一週間後の食糧人民委員部からの返電は、生産七郡への以前の割当量をいくらか修正した上で、根拠を示すことなく新たに二郡への割当量を追加して合計三八二〇万プードの実施を命じた。この徴発のため一〇月に兵員三四七一人の一五食糧部隊が県内で活動し、このうちペトログラード部隊（兵員二一五〇人）とクロンシタット部隊（同三九一人）は調達活動とともに白軍との戦闘で輝かしい成果を挙げた。このように現地の統計数字は無視され、予備的割当量に比べて調達県を拡大し、個々の県への割当を増量したため、最終的割当量は三億二一六七万三〇〇〇プードにまで膨れあがった。[xiv]

一九年のほとんどの月で二〇〇〇万プードを超えていた穀物調達量は、特に生産県で深刻な収穫不足のため、二〇年四月に一〇四〇万、五月に六八〇万プードと著しく減退した。それにともない都市での配給は急激に悪化し、モスクワでは麦粉の搬入が減少したため、六月にパンは配給基準の五七％、七月に三八％、八月に三六％だけが交付され、七月を除き魚はまったく交付されない状態が続いた。一九年秋のモスクワの様子を一人の聖職者は次のように伝えた。「商店は閉鎖され、看板は外され、窓ガラスは至る所で割られ、公園、庭園、その他の植え込みはまったく手入れされず、街路と広場は汚れて、生活は完全に死に絶えた。市電は幹線道路だけで、きわめて不定期に運行されている。夜の訪れとともに人々は石油も、蝋燭も、マッチもない暗闇に佇んでいる。［･･･････］パンも砂糖もなく、茶については誰も話題にもせず、住人は昔ながらの様々な植物から煎じた煮汁を飲み、肉も、バターも、碾割りも、馬鈴薯もない。［･･･････］商業は闇でのみ。燃料がないため木造家屋は石造家屋の暖房のために壊されている」。彼によれば、モスクワの街全体が兵舎のような饐えた臭いを発しているという。

それでも、都市労働者はまだ恵まれていたというべきであろう。農業生産諸県では割当徴発の実施によって、そこでの消費基準は不断に縮小された。

この方針は最初の割当徴発キャンペーンに適用され、一九年七月一五日づけ人民委員会議布告はすべての生産諸県の県食糧委と県執行委に、現地での配給を最小限にし、穀物貯蔵の節約に努めるよう命じた。これを受け、各地で消費基準が引き下げられて調達が強化された模様を、モスクワ・ソヴェト機関誌が伝えている。「現地の消費縮小に向けてサラトフ県食糧委によってもっとも断固とした措置が執られた。住民へのパン配給券は極限にまで縮小された。パンは第一カテゴリーにだけ半フントの量で交付されている。［･･･････］タムボフから現地での穀物消費を縮小するため緊急措置が執られたことを伝えている。住民への配給券の第一カテゴリーは半フントに、第二カテゴリーは四分の一フントに縮小され、第三カテゴリーからパンは完全に剥奪された。パン配給の不正受給全員を逮捕する条例が出された」。クルスク県食糧コミッサールが、「県食糧委はロシア北部のもっとも苦しい食糧事情を考え、すでに長い間現地住民へのパン配給券の交付を停止している」と打電したように、同県では第一カテゴリーを除き、すべてのパン配給が停止された。リャザニ県では第一、二カテゴリーの配給は半減され、第三カテゴリーへの交付は停止され、農民は一ヶ月一五フント（年間四・五プード）に縮小された。シムビルスクで市民への配給は四分の一フント、労働者への配給は半フントになった。同様な措置が各地で執られた。さらに、二〇年七月三一日公表のレーニンとブリュハーノフの連署になる県執行委議長と県食糧コミッサールへの電報は、赤軍、鉄道従業員、最重要企業労働者、子供給食[xiv]以外の消費者グループへの供給を割当徴発の完遂まで停止するよう命じた。一九／二〇年度の割当徴発を完遂したのはロシア全土でヴャトカ県（遂行率一一〇・九％）だけで、それに続くのは八九・九％を達成したシムビルスク県であったことから判断すれば、共和国のほとんど全部の地方が国家供給から排除されたことになる。さらに、一〇月三〇日づけ人民委員会議政令は、四月三〇日づけ同布告で定めた、ソヴェト勤務労働者、ソヴェト勤務職員、私企業勤務者のカテゴリー別配給制を破棄し、一般勤労者に単一配給（ただし、肉体労働者には増量）を実施するとともに、突撃グループには特恵的優先配給を導入したが、農村住民への供給にはまったく言及しなかった。続く一一月六日の人民委員会議会は、食糧人民委員部に一般勤労者へのパン配給の減量と突撃グループの特権的配給の完全確保を目指すよう指示を与え、これ以後一般労働者への配給も急速に悪化した。[xiv]

だが、このとき両首都を中心に語られる都市の劣化する食糧事情の背後に、労働者部隊による農村の荒廃が隠されている。この事実も多数党中央委に報告され、以下は二〇年春の農村からの報告のごくわずかの抜粋でしかない［日付略］。ヴャトカ県「ロジュキ。ここでは決して生きてゆけない。すべての穀物が取り上げられ、部隊は長持までくまなく捜索している」。ゴメリ県「オボリツィ。住民はソヴェト権力に反対している。大規模に実施されている穀物、飼料、家畜の力の及ばぬ徴発に農民は苦しんでいる」。カルーガ県「リュブニ。すべてが屠畜のために没収されている。すべての経営が清算されている。富農も貧農も考慮されていない。全員から穀物、飼料、獣脂、バター、卵を全部取り上げ、われわれに決して何も与えない」。ノヴゴロド県「ヴィソチノ。ここで農民が生き延びるのは非常に難しい。赤軍兵士家族に配慮せず勤労賦課に駆り出している。干草と穀物を全部取り上げている。すべてが共和国に必要なのだろうが、われわれは餓死するであろう」

食糧部隊の狼藉行為も目に余るようになる。農民から奪い取らなければ、彼ら自身が餓死するおそれがあるので。ヴォログダ県「ヴェリクス。四月二二日、われわれのところで一七日から二二日にかけて赤軍兵士による恐ろしい掠奪が行われた。すべての農民から根こそぎ強奪した。食糧と播種の穀物さえ残さなかった。要するにすっかり奪い取った。穀物があるかを尋ねることもなく、登録された穀物がなければ、馬や牛、それに農民自身を監獄に連れ去った」。ヴャトカ県「ヤランスク。四月七日、すべての農民の気分は反革命的。なぜなら、［食糧部隊は］非合法に振る舞ったので。まず、武器で脅して穀物を奪い取り、基準も種子も考慮せず、農民にほとんど何も残さなかった」。民衆の不満は次第に顕在化するが、それらはことごとく「赤色テロル」のやり方で鎮圧された。「トゥーラ。三月二三日、われわれの郡で大きな暴動があり、そのときにツァレフスカヤ郷で謀反人によってコムニスト一二人が殺害された。現在はこれらの農民全員が毎日何千人もが［強制］労働に駆り出され、彼らの財産は没収され、子供はコミューンに引き渡された」。これらすべてが党中央委への報告からの引用であることを、繰り返す必要があるだろうか。一八年八月末から一年間で、五九六部隊、食糧部隊兵士二万一七三三人が編成され、両首都とイヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県は部隊数の六三・八％、兵士の六二・三％を占め、これら軍事食糧局に登録するだけで錦の御旗を得た工業労働者によって農村は完全に蹂躙された。[xiv]

一九／二〇年度の最終納付期限までの割当徴発遂行率は、ヴォルガ流域一〇県でドイツ人コミューンが六一％ともっとも高く、そこでの高い遂行率は苛酷な調達の結果であった。一九年一月に発布された割当徴発の布告にドイツ人コミューンは含まれなかったが、六月にマルクスシタット、ロヴノエ郡で穀物は完全になくなった。一九年収穫の状況について、八月に次のような電報がレーニンとツュルーパに送られた。「マルクスシタット地区での収穫は平年並み、その際に雹と突風によって二万デシャチーナの穀物が全滅した。ロヴノエ郡では収穫は平年以上だが、ここでのすべての調達はわが地域で作戦行動をしている軍隊のために行われ、郡で前線からの脱走兵が住民から強奪している。ゴロカラムィシ郡では収穫は良好であったにもかかわらず、それを全滅と見なさなければならない。［･･･････］全滅の理由は、わが地域で作戦行動をしている第一〇軍旅団の兵士による農民からの完全な掠奪であり、第三七旅団によって郡の四地区で一万頭の馬や家畜、農民と地区食糧委にあるすべての穀物貯蔵、土鍋、家庭用品、農民荷車、わが騎兵部隊にあるすべての武器が一切合切没収され、女性たちは強姦されている。これらすべての兵士の掠奪、狼藉、強奪がもっとも穀物の豊かな郡を絶滅にまで至らしめた」。現地党委によって確認されたこれらの徹底的な掠奪後に、一九／二〇年度の割当徴発量八五〇万プードがそこに課せられ、集中的に軍隊が投入された。二〇年六月初めに一八〇〇人からなるドイツ人西部連隊が派遣され、七月一五日までに四地区で三四二万プードが集荷されたと報告され、この集中的軍事キャンペーンで割当量の四〇％が調達された。ここでの例外的に高い割当徴発の遂行率はこのようにして達成された。

食糧人民委員部報告書によれば、シベリアを除くロシア生産諸県全体で同年度の調達総量は約一億六五八二万プードを超える程度で、遂行率は五四・一％しかなかった。この時、唯一任務命令を達成し、割当徴発量七七〇万に対して八六〇万プードを搬出したヴャトカ県は翌春の播種キャンペーンで播種用穀物の不足とそれに続く飢饉の代償を支払うことになる。サマラ県は当初の四六六五万から二八〇〇万プードに割当量は減量されたとしても、凶作による予想を下回る収穫のためその三六％しか遂行できず、この供出量はすでに限界を超え、その結果が翌年の大飢饉であった。[xiv]

割当徴発の実施は食糧人民委員部機関誌で次のように想定された。経営ごとに割当量を宣告した後に、それらの縮小または完全な免除の請願がはじまるのが通例である。郡食糧コミッサールはそのような場合に、まず割当量の七五％を遂行し、それから縮小について話し合うことができるとの公式回答を行う。農産物の入荷で特徴的なことは、はじめに住民のもっとも貧しい農民が割当徴発を遂行し、富裕農はまったく引き渡さないか、最小限しか搬出せず、圧力を加えなければならない。まず説得、会合、大衆集会の形を取り、それにすべての農民を参加させる。郷全権はソヴェトを通して圧力をかけ、食糧部隊が足場を固め、民警と国内保安軍部隊が補強する。一連のソヴェトが、それらに課せられた任務をまったく理解していないか食糧活動を妨碍工作していることが判明すれば、村・郷ソヴェト員を逮捕し、一定の期限で割当徴発を遂行する旨の念書を取る。最後に、もっとも悪質な村に信頼できる農民から食糧革命委を設置し、強情な農民を逮捕する。この措置が役に立たなければ、武力を集中し、農具、家畜の一部とその他の財産を没収しなければならない。それが割当徴発遂行のための強制措置の一揃えである。些かの手心なしに抑圧を行使する必要があり、あらゆる優柔不断や猶予は大きな害悪をもたらす。食糧人民委員部が想定した割当徴発のモデルケースはこのようであった。シベリア食糧活動家には、「労農国家の体面を保つよう」自制ある逮捕の指示が加えられ、ペンザ県マイス=スルスク地区で、割当徴発の未納者の逮捕と念書が適用され、この想定は実現された。[xiv]

この時から割当徴発遂行の指示はほとんどが軍事命令となり、この違反への処罰の対象は民衆だけでなく地方権力組織にも及んだ。二〇年八月二二日にペンザ県で出された地区食糧委と郡食糧会議への指令で、郷執行委、村ソヴェト、全権、食糧部隊に割当徴発遂行の軍事命令が与えられ、この実施にそれぞれの個人的責任が課せられ、「期限の延引と不履行は行政手続きによる司法的責任で厳しく処罰され」、執行へのあらゆる怠慢と遅延に対する責任者は即座に逮捕されると定められた。当然にもこのような強圧的徴収は軍事部隊の動員をともなった。「われわれは食糧戦線にいる」との文言ではじまる八月三一日づけ地区食糧コミッサール、郡食糧会議、食糧部隊長へのペンザ県食糧コミッサールの命令により、穀物が豊かな四郡に兵力が集中され、サランスク郡に第九〇大隊、チェムバル郡に第九一大隊、モクシャン郡に第一三八三、一四七三、一三八四、一二二九労働者部隊、ペンザ郡に県軍事委と国内保安軍旅団から選抜された軍事部隊が配備された。

前年のキャンペーンでは「穀物余剰を引き渡す農民には商品の二倍の基準を保証する」と、少なくとも規定上は物質的刺戟を謳っていたが、二〇年の割当徴発は弾圧一色で遂行された。このような措置を適用し、ペンザ郡は飼料を除き割当徴発を一〇〇％遂行し、職務怠慢と命令不履行の廉で食糧活動家が逮捕されたと、九月に県食糧コミッサールは報告した。ペンザ近くのベスソノフカ地区での割当徴発の不履行に対し一〇月三一日に県食糧会議は次のように決定した。「［･･･････二、］レーニンとツュルーパの電報に従い、割当徴発を執行しなかった郷執行委、村ソヴェト、コムニスト細胞全員を逮捕し、ペンザに護送する。三、割当徴発の完遂まで人質として、すべての地区でクラーク分子から最低二五人を捕らえペンザに護送する。四、割当徴発を遂行しないクラークから家畜の一部を押収し、荷馬車賦課に利用するためしかるべき数の橇と馬具をつけてそれらをペンザに送る。五、これらの措置の後に割当徴発の遂行に抵抗する者を逮捕し、ペンザに護送する。六、割当徴発を完遂しないすべてのベスソノフカ郷の住人に穀物の交付を即座に停止する。七、割当徴発の完遂までベスソノフカ地区で製粉所を閉鎖する」。ペンザ近郊にあるこの地区はおもにタマネギを生産するため慢性的に穀物が不足していたが、それは考慮されなかった。このような弾圧体制により県内で二〇年末までに穀物割当徴発の九六％が遂行された。

割当徴発の遂行には大量の動員が不可欠であり、同県で一五六人の労働者に動員が命じられたが、そのうち一二一人だけが県食糧委に出頭し、六人は勝手に職場に戻り、二九人は出頭しなかった。これに対し一〇月の県食糧会議決定により県チェカーによる強制動員の措置が執られ、一二月一八日づけ郡食糧会議への電報で県食糧コミッサールは、多くの郡食糧会議は同志を動員せず、穀物を一〇〇％供出しなかったとして、「全員を食糧活動破壊工作の廉で即決裁判のため革命裁判所に引き渡す」と通達した。穀物倉庫の防衛のために県食糧委の管轄下にある国内保安軍二個大隊を投入するはずであったが、一部はアントーノフ匪賊の鎮圧に転属させられ、残りは装備と履物がないため活動不能であった。動員力の陰りは割当徴発の遂行に影響を及ぼしはじめた。[xiv]

　四　割当徴発による農業の荒廃

苛酷な割当徴発の実施によってロシアの農業はほとんど完全に崩壊し、主要穀物の播種面積は自家消費用を除いて激減した。飼養家畜頭数の減少はいっそう深刻な状況にあり、同時期で牡牛は二九、馬二四、仔牛は四〇、羊と緬羊は四四、豚は二七％の減少であった。頭数の激減だけでなく、飼料不足などのために大戦開始から家畜の重量は大きく減退し、サラトフ県の資料によれば、一六年に平均して二〇プード近くあった雌牛の重量は一八年には一一プードに、豚は同じく一八プードから四プード以下に急減した。

　一八年にすでに認められた播種面積の縮小は、この時は大戦による労働力不足や種子不足などの客観的条件により余儀なくされたと説明された。リャザニ県での秋蒔き播種面積の減退は、種子不足とならんで、配分された旧地主地を到来者がうまく耕作できなかったこと、村団の間で土地の帰属をめぐる諍いが続いたことが原因とされ、無播種地は旧分与地にあった分散耕地や遠隔耕地に集中された。土地革命の多くが土地整理と無関係に実施されたため、共同体地を分与する際に遠隔耕地、分散耕地、狭い地条がこれまで以上に増え、それは「農民経営の三大敵」と呼ばれた。サラトフ県の大きな村では分与地は七〇ヴェルスタの範囲に広がっていた。耕地が遠くなるにつれ、分散耕地が増え、地条は細分化された。耕地が一ヴェルスタ離れると収入は二五％減り、四、五ヴェルスタ離れると収入はなくなるといわれ、そのため農民は五ヴェルスタ以上離れた耕地には施肥しなくなり、長年の間荒れるに任せ、たまさか収入をもたらす亜麻やオート麦が播種された。ヴォロネジ郡の調査によれば、農家から二ヴェルスタ以内にある地条は全耕地のわずか二七・四％しかなく、五七・三％が二から一〇ヴェルスタの距離にあった。作物も距離に応じて変化し、二ヴェルスタまでのもっとも近い耕地では馬鈴薯が主流で（四五％）、遠くなるにつれライ麦と黍が増え、一〇ヴェルスタを超えるとこれらの作物にオート麦が加わり（一一・四％）、馬鈴薯は完全になくなる。収穫率も同様に変化し、ライ麦は五ヴェルスタ以内で二〇・六プード、超えれば一一・五プードに下がった。また、頻繁な割替によってしばしば生じた幅約一サージェン［約二・一メートル］の狭い地条では犂を斜めにして耕起するため、真ん中が高く両縁は窪み、良質の土は真ん中に盛られ、縁に播種してもほとんど発芽しなかった。穀物が実っても、真ん中の穀物は藁が太く高いが、縁に向かうほどそれは徐々に貧弱になる。狭い地条の収穫は平年作でもきわめて乏しかった。アフリカ並みといわれた農業の生産性[xiv]はこの間にますます後退した。

後に飢饉県に認定されるウファー県の二一年までの農民経営の凋落は次のように描かれた。「農民経営の状態は戦争と革命の時期に低落の極みに達した。その際、一般的原因のほかに、二年に及ぶ軍事戦線の存在（一八と一九年）と二〇年の大凶作により崩壊が引き起こされた。その結果、農民経営の水準は戦前に比べて以下の範囲で低下した。播種材は四三％、畜産は五〇％、同じ時期に経営数と成人人口は一九％と七％」。経営当たりの播種面積は「五・九から二・八デシャチーナに、すなわち、半分以下に縮小した。個々の作物のうち、相対的に価値の低い作物、オート麦と黍が増え、小麦と蕎麦の生産が最大の縮小を蒙った。畜産の分野で羊が最大に低落し、一一年に比べて縮小は六三％に達している」。二一年には旱魃のためライ麦播種の六六％、大麦の三三％が全滅した。[xiv]

一九年一月末に開かれたペンザ県ケレンスク郡農業部大会は、ロシアの農業は戦前も「西欧農業諸国にはるかに後れを取っていたが、四年の大戦中に何百万もの働き手と多くの家畜を失い、自分の農具も補充されずにますます劣化し、そのため農耕農民の土地に対する大きな期待にもかかわらず、現在良好な土地の大きな面積が播種されない現状」への危機感に溢れていた。だが、実際にはこの後も様々な不利な条件が加わり状況はさらに悪化した。一九年の不作の原因にサマラ県食糧コミッサールは、一、遅い土地の割替のため春蒔きの耕起と秋蒔き播種が大幅に遅れてはじまり、二、間断ない荷馬車賦課のため馬が不足し充分に耕作することができず、三、農具が不足し摩耗し、四、旧い農法は改善されず、五、穀物の開花期の雨と成熟期の異常な暑さと乾燥霞のような天候不順に襲われたことを挙げた。ヴャトカ県ノリンスク郡では、種子材の不足、軍事部隊による荷馬車の動員命令によってもたらされた働き手と馬匹の不足が挙げられた。特に前線付近では直接の軍事行動による被害だけでなく、二月のサラトフ県カムィシン郡農業部から報告されたように、馬を持つ農民が大勢駆り出され、大量の飼料を軍隊が取り上げ、牽引力不足に陥ったことが播種面積縮小の要因となり、ヴャトカ県農業部代表者大会は、役畜の「これ以上の軍馬用の徴発と質的劣化は、大きな穀物の播種不足を招く」と訴えた。リャザニ県では馬一頭が耕地一〇デシャチーナ以上に相当し、村には衰弱し病んだ馬しか残されず、県内の馬匹一四万三二七四頭のうち、軍馬に適したのは七七八五頭しかなかった。[xiv]

　飢餓による播種不足はすでに一八年四月に商工業全ロシア同盟によって農業人民委員部に指摘され、その報道も新聞に掲載された。一月にスモレンスク県スィチョフカ郡で「種子は春までに完全に食べ尽くされ、播種なしになるだろう」、三月にプスコフで穀物不足のため伝統的に不可侵の春蒔き用種子に手をつけ、スモレンスクでは「先の食糧も考えず、農民たちは最後のオート麦と亜麻種子を食べ尽くしている」。将来の飢饉を予期しながらも、権力に蹂躙された農民は今を生き抜くには種子を食す以外に術はなかった。

この傾向は飢餓が強まるにつれ深刻になった。一九年二月に北部チェレポヴェツ県農業部は、「食糧事情は日に日に悪化し、もし食糧や種子を住民に充足する措置が執られなければ、翌年にわれわれは裸の畑にいることになる」と警告した。同じ頃に開かれたトヴェリ県農業部大会でコルチェヴァ郡代表は、「すでに馬のために残したオート麦を食用のために脱穀し直し、畑の播種用に残してあったオート麦を馬の飼料にしている」と報告した。ヴィシニヴォロチョク郡代表が報告した、「郡で異常な現象が起こっている。収穫の人為的減少が起こっている。農民は経営を現物経営的にしている。彼らは余剰を播種せずに、自分の扶養に足るだけを播種している」といった状況は、あらゆる地方に認められた。[xiv]

余剰を超えた割当徴発が実施されると、これに起因する播種不足が各地から多数報じられた。三月にヴャトカから、食糧部隊長は一八年の収穫率を勝手に引き上げ、穀物を全部取り上げ、住民は逮捕され暴力的制裁を受け、「畑は播種なしになった」と、トヴェリ県ヴェシエゴンスク郡から、郡食糧委は実際とそぐわない収穫率を根拠に穀物を取り上げたため種子がなくなったと報告された。あらゆる状況が種子不足を誘発した。二〇年八月にタムボフ県ウスマニ郡は凶作のため種子不足に陥り、九月にリペツク郡の郷は凶作、雹害、旱魃のためにライ麦割当徴発を遂行できず、種子材の困窮を訴えた。

二〇年の春蒔きを目前に、播種用種子までも取り上げられたとのロシア全土からの怒りと絶望の申請が急増する。ヴャトカ県サラプル郡から、割当徴発を遂行するなら播種分が残されないだけでなく、不足分を買い足さなければならないと、チェレポヴェツ県キリロフ郡の住民は、県食糧委全権によって春蒔き用の種子までも取り上げられたと訴えた。この郷では穀物の割当は銃剣の脅しで行われ、根拠なしに大きな割当量を課せられた農民からすべての穀物が没収され、その際に多くの人質が取られ、郷全体がパニックに陥った。

このように過重な割当徴発への不満や減量の訴えが村団や現地執行委などから多数中央機関に送られたが、これらの訴えはことごとく却下された。一九年一〇月にリャザニ県ミハイロフ郡から、わが村団の農民はライ麦の播種にさえ不足し、全員がオート麦を食し、ライ麦種子が交付されないならオート麦を食べ尽くし、畑にそれも播種できなくなるとして、オート麦の割当徴発を破棄するよう要請が届けられた。それに対し、郡食糧委による余剰の算出は適正と郡食糧コミッサールは食糧人民委員部に具申して決着がついた。このように村団から出された申請も、根拠なしを理由に受理されなかった。凶作地方があったとしても、その不足分をほかの地方で補填して県全体で割当総量の完遂を命じられた地方食糧組織にとって、いかなる理由によっても割当徴発の縮小は考えられなかった。[xiv]

穀物専売によって基本的に穀物取引は禁じられ、それが食糧事情を悪化させた原因の一つであることは、播種不足の場合にも当てはまった。食糧と同様に同じ県内でも郡内でも種子の過不足は発生したが、たとえそれが隣接村で起こったとしてもそれらの間での種子の遣り取りは禁止され、中央からの命令に従って種子は一括して徴収、配分された。一九年二月のペンザ県農業部大会で次のような報告があった。一八年に県内の種子需要はオート麦六〇万プードと黍二〇万プードであった。当初は県食糧委によってすでに調達されたオート麦一〇万プードと黍一万二〇〇〇プードを種子材として受け取ることを予定し、県食糧委はその認可を中央に求めたが認可されず、それらはアストラハンとニジェゴロド県に発送された。県農業部からの電報に中央は回答しないまま八月が過ぎ、播種の機会が失われた。一二月に種子用オート麦一〇万プードを調達するようにとの指示が県農業部に与えられ、同時に種子の県内需要が照会された。オート麦一〇万プードが必要とされ、県食糧委はこの量の調達に取りかかったが、この調達分は県外への搬出用であった。県食糧委は県内に種子材を残すよう要請したが、それら種子全部が県外に発送された。こうして、ペンザ県は種子不足でありながら、県内需要に追加してオート麦と黍を調達しなければならなくなった。一九年三月に開かれたモギリョフ県オルシャ郡農業部・食糧委・協同組合連合大会は、郡内で種子馬鈴薯が不足し、郡の市民が飢餓寸前であることを考慮し、郡から種子馬鈴薯を搬出することに抗議の声を挙げた。[xiv]

しかし、二〇年に認められる播種不足は、割当徴発による種子不足や旱魃のような客観的条件のほかに、農民の心性が様々に反映された結果であった。農民の心性と権力との遊離は、二一年七月に党中央委への報告書の中でアントーノフ=オフセーエンコにより、タムボフ県農民協議会の代議員の発言を引いて次のように言及された。「われわれには労農権力があるが、実際には農民に対する労働者の権力である」、そのようなものが多くの代議員の共通認識であった。「権力は国家の主要な力である農民に属さなければならない」。労働者の独裁への不満は、「まず食糧政策（食糧エージェントと食糧部隊の活動）と農村への不経済な対応（「穀物を腐らせている」、「家畜を絶滅している」、「土地を保持しているが、利用することを知らない」、「荷馬車賦課は馬を駄目にしている」など）」に現れた。彼がこの報告書の中で挙げた次のような農民運動の総括は、無条件に正しいように思われる。「農民の経済的特殊性をほとんど考慮せず、経済的、啓蒙的側面からも農村に無用な厳しい強制の矛先を彼らに向け、プロレタリア独裁に対する農村のプチブルに広く浸透している不満のために農民反乱が広まっている」。公表不要とされたシムビルスク県に関する報告書で、畑に行く途中で麻を引き抜き根から土を払って、今年の馬鈴薯は不作であると自説を開陳したある食糧エージェントの農業についての無知が象徴するように、この乖離は埋めようもなかった。

以下はタムボフ郡の農民の気分についての報告である。中農は荷馬車賦課から逃れるために馬を売り払った。「家畜は徴発されるのだから、余分に家畜を増やさず、自分の分だけしか持たない。中農は収穫を増やすための土地の耕作や除草のような作業を必要と見ていない。「余分な穀物は取り上げられるが、雑草は飼料に役立つ」［･･･････］中農は自分のためだけでなく、プロレタリアを自称する怠け者のために、すべての荷馬車賦課と穀物割当徴発を遂行している。そのため余分の土地を耕作し、家畜を増やし、人々のために働こうとする意欲が失せ、そうして播種面積の半分以上が播種されず、家畜をわずかしか繁殖させない」。トヴェリ県の農民はより直截に、「割当徴発は農民から経営を復興しようとするあらゆる期待を奪い取った」と述べている。農民経営の縮小は、農民の消極的なボリシェヴィキ権力への抵抗であると同時に、暴力的収奪により勤労経営が崩壊する兆しであり、それはこのときまでにソヴェト=ロシアが直面した最大の危機であった。一九年一二月の第七回党大会でヴャトカ県代表は、割当徴発のために県内に著しい播種不足が起こったことを指摘し、「割当徴発は不適切に実施され、それはあまりにも重い。これは未来にとっての損失でしかない」と、迫り来る危機を正確に予言した。

この現実について、リャザニ郡の農民は二〇年一月に次のように訴えた。「家畜の納付の任務命令はそれ自体負担の重いというだけでなく、遂行できないとわれわれは見ている。県当局は明らかに農業の経営について何も知らない。なぜなら、最後の家畜を取り上げられればわれわれは完全に崩壊し、それと同時にわが子の死滅を運命づけるからだ。干草の納付は牧草地に放牧するまで家畜を飼う機会をわれわれから奪い、春の訪れとともに土地は播種なしに残される」

こうして、ロシア農村は完全に荒廃した。コストロマ県コログリフ郡の農民はしばしば履物なしで森林伐採の強制労働に駆り出されていると、二一年一月に党中央委に訴えがあった。二月にチェレポヴェツ県キリロフ郡を訪れその光景に驚愕したコムニストはカリーニンに次の事実を報告した。「経済的に農村は信じ難いほどの崩落を見せ、農村ではほとんどまったく工業製品を受け取らず、森林伐採に対して約束された石油と塩さえ引き渡されていない。［･･･････］農民たちの経営は惨めで、現在すでに牛を二頭持つ農民は稀で、以前ならこれは極貧農といわれた。この原因は疑いもなく農民への不適切な対応である。農民の資産から割当徴発を徴収しはじめたとき、農民固有のプチブル的利己心から、三頭の牛の替わりに一頭しか持たなければ何も取り上げられないので［･･･････］家畜を清算して経営を放置しはじめた。飢えながら働いても、一定の割合が徴収されなければならなくなったとき、自らの過ちを悟り生産物の徴収に対する権力への憎悪が現れはじめた」。一二月の第九回ソヴェト大会でカーメネフは割当徴発について次のように総括した。「われわれの過去の農村政策を歴史的に概観するなら、農民が食糧割当徴発の形で軍隊、鉄道、労働者、都市に提供したものは、ブルジョワジーから土地を取り上げるのに労働者と都市が農民を援助した報いに対する返礼であったと、いわなければならない。犠牲と返礼は大切である」。これが窮乏化する農民に対するソヴェト政府の公式回答であった。[xiv]

　五　戦時共産主義体制の危機

二〇年夏にいくつかの地方で凶作が認められる中での強圧措置は、次々と農民を破滅の淵に追いやった。旱魃の被害を受けたリャザニ県カシモフ郡で二〇年収穫は一人当たり三プードしかなく、農民は穀物を食べずに何とか播種用に残していたが、食糧部隊はこれを持ち去った。いくつかの地方で種子用穀物が食用に転用されないよう完全播種まで製粉所が閉鎖され、そのため多くの市民はパンなしになり餓死のおそれが強まったと、トゥーラ県チェルニ郡やヴォロネジ県ザドンスク郡から伝えられた。トゥーラ県オドエフ郡で「すでに久しく一片のパンもなくひどく飢え、雑草を食べ、油粕、イラクサ、オート麦、スイバ、大鋸屑からパンを焼いている。秋蒔き播種の期待はほとんどまったくない」。それでも、割当徴発は容赦なく課せられ、モスクワ県ポドリスク郡、オリョール県ムツェンスク郡などから、旱魃と凶作のために割当徴発の遂行は不可能であると全ロシア中央執行委に訴えたような、多数の愁訴が残されている。[xiv]

だが民衆を死に追いやったのは飢餓だけではなかった。飢饉はつねに伝染病をともない、膨大な犠牲者を残した。一八年一月にシムビリスク県スィチョフカ郡から、「郡と市に本物の飢餓がある。餓死の風聞もある。チフスが現れている」と報じられたような現象が、すでにロシア全土に広まっていた。夏にコレラが大流行したヴォロネジでの死亡率は六五％に達し、一八年には世界中がそうであったように、スペイン風邪も大流行した。栄養失調もその一因であったが、当時は失業者、避難民、飢餓民、戦争捕虜、復員兵など大勢が群れをなして方々の地方をさまよい、伝染病を拡大させ、第九回ソヴェト大会での保健人民委員セマーシコの表現によれば、「伝染病を持つ飢餓民が雪崩を打って病原菌をばらまいている」。一般的に伝染病は夏季が流行期であるが、ロシアでは不衛生な狭い家屋に家族全員が暖を求めて集い、縫製などの家内手工業に従事する冬季に特に流行した。クルスク県チム郡では死者のための棺桶を作る木材にも不足し、ヴャトカ県ヤランスク郡でスペイン風邪の流行のため一〇月中は穀物の刈入れができなかった。一九年三月に中央執行委議長スヴェルドローフの命を奪ったのはこれが原因であった。一月一八日人民委員会議布告によりこれら伝染病との闘争のためにすべての獣医と獣医助手が動員された。[xiv]

飢えと衰弱が強まるとともに、さまざまな伝染病が猛威をふるったが、この時期にもっとも多くが罹患したのはチフスであった。劣悪な衛生状態に飢餓が加わり、十月政変直後からその流行は各地で認められた。リャザニ県カシモフ郡で一八年五月に、多くの家族は息詰まるような暗く狭い家屋に居住し、何ヶ月間もパンだけでなくあらゆる食糧をまったく受け取らず、工場労働者の間で「栄養失調によるチフスの流行がはじまった」。戦争が多数の難民に移動を余儀なくさせただけでなく、飢饉地方では農民は故郷を捨て避難民となって食糧を求めて各地をさまよい、サマラ県ポクロフスク市で流入する避難民のために人口は三倍に増えた。そのため、八月にオリョール県執行委が、担ぎ屋とコレラとの闘争の目的でソヴェト権力の認可なしに県内に入ることを禁止したように、この時期多くの地方当局は県や市への立ち入りを禁止した。こうして、彼らの多くは鉄道駅や埠頭で足止めをくらい、そこには自然発生的に難民キャンプが発生し、収容された避難所などで余儀なくされる集団生活が伝染病の拡大をいっそう強めた。

一九年春以降に状況はさらに悪化する。四月にオロネツ県ヴィテグラから、「飢餓のために大量の逐電があり、農民は資産を放置して何百人もが村落ごとに郡から逃げ出している。移住の途上でチフスのような伝染病のために絶滅している」と報じられた状況が多数認められた。リャザニ県エゴリエフスク郡で「受け取ったわずか数フントのオート麦で数カ月を生きている。チフスが徐々に広まり、チフス患者のいない家はない」。サマラ県ブグリマの街路には信じられないほどの数のチフス患者が横たわり、そのような患者は病院に運ばれても二時間以内に死亡した。「発疹チフスがサマラだけでなく郡部でも猖獗を極めている。薬はなく、栄養は悪く、病院は満杯で、患者は看護もなく床に寝かされている」というのは、二一年大飢饉の風景ではなく、すでに一九年一〇月の報告である。[xiv]

　二〇年になるともう絶望的状況である。このような報告は至る所から寄せられた。ヴャトカ県「グラゾフ。三月一日、われわれのところで再びチフスが猛威をふるいはじめた」。コストロマ県「ブーイ。二月二八日、チフスが猖獗を極めている」。家族が伝染病で全滅したため封印された家屋があちこちに見られるようになった。「ニジェゴロド。二月二〇日、信じられないことが起こっている。大量のチフス患者が病院で寝床や長椅子に寝かされていないだけでなく、外套を纏ったままで床に転がされ、埋葬する暇もない。死者の多くは共同墓穴に投げ込まれるだけである。［･･･････］薬はない。アスピリンはどこにもない。薬局は空で、チフスは徐々に広がり、至る所が汚物と病原菌に溢れている」。「オムスク。三月二九日、オムスクで伝染病が大流行している。オムスクだけでもチフスで一万五〇〇〇人以上が死亡した。屍体は墓地で棺桶なしに放置されている」。これらも党中央委に宛てられた公式報告の断章である。キエフには数万のチフス患者がいて、何百と死体が山積みにされ埋葬できないと、一月に南西戦線革命軍事評議会は共和国革命軍事委議長トロツキーに打電した。

赤軍兵士も飢えと病から逃れることができなかった。ヤロスラヴリ第三中隊から二月に、二日間でパン一フント、スープ一杯、ピロシキ三個しか受け取らず、「非常に飢えている」と報告されたような赤軍兵士の乏しい食糧事情、兵舎での集団生活も伝染病の拡大を促した。スモレンスク県の兵士は、われわれのほとんどがチフスに感染していると訴えた。二〇年初頭にシベリアで活動していた部隊はチフスに感染して、毎月三〇％が減員していると報告された。シベリアでは一般に衛生環境が悪いため、シベリア政府時代から特に伝染病患者が多く発生し、同政府通達はこれに関する情報に溢れていた。一八年八月にコレラ感染の予防として、「住居から汚物、汚水、糞など不潔な物を除去し、以後それらを清潔に保ち、便所用に隔離された建物を確保し、生石灰溶液を排泄物に注ぐ。井戸の周りの土壌を汚染しないようにし、河畔、湖岸、堤防にゴミを投棄せず、住民が飲料水を汲み上げる場所で下着を洗濯しない」などの措置が告示されたが効果なく、二〇年一月中にオムスク市だけで三五七六人が発疹チフスに感染し、ペトロパヴロフスクで一万一〇〇〇人の患者が病院に登録された。人口六万七五〇〇人弱のノヴォニコラエフスクはシベリアでもっともチフスが流行しているといわれ、二月初めで入院患者は三万五〇〇〇人を数え、感染予防のため対チフス特別委により市に戒厳状態が布告され、出入りが禁止され、大きな家屋は患者を収容するために接収された。その後もこの脅威は凶作の下でさらに強まった。九月二四日にシベリア革命委議長スミルノーフは、シベリアでチフスの感染が広まっていると、公式に中央委に打電した。「チェリャビンスク。四月八日、チフスに替わりコレラとペストが現れた」。ウクライナ、シベリア、トルケスタンを含まず、公式に登録された伝染病患者数は一八年の二二四万二二五から二〇年に二六七万七五〇〇人に急増した。[xiv]

この脅威は次第に首都にも迫りつつあったが、伝染病への感染に加えて、匪賊による殺害、強盗などの数々の危険を顧みず、穀物を求めて大勢が村を離れなければならなかった。モスクワ県セルプホフ郡のある医者は二〇年春に次のような書簡を党に送りつけた。「発疹チフスが流行している。隣接する地区の病院は人々で溢れている。死亡率は異常である。農民は飢えている。彼らは南の隣接諸県から馬に乗って穀物を運び込もうと試みているが、彼らは途中で現金も穀物も馬の飼料さえも奪われてしまう。馬で搬送するために闇食糧取締部隊を解除して欲しいとの、農民の涙の訴えを提出する。穀物のことを、現在は何よりも種子のことを考える必要があり、そうでなければモスクワ県で畑は播種されないままになり、このためにあらゆる点で首都へのあらゆる脅威（一揆、発疹チフスなど）が生ずるであろう」

この予言は二〇年夏に現実となった。党中央委への報告書は両首都の事情について次のように描いている。「七月七日、食糧貯蔵は完全に底を突いた。七月一〇日、モスクワでは配給券でパンが交付されなかった。八日にソヴェトに女と子供が集まり、わたしたちはひどく飢えている、パンをくださいと叫んだ。ソコリニキで労働者は憲法制定会議を求めてデモを挙行した。事態は切迫している。モスクワで暴動が現れはじめ、工場はすべて停止し、民衆はパンを求めている。七月一三日、権力打倒を叫んでいる。いくつかの工場でストがあった」

ペトログラードも同様である。「六月二八日、工場でわれわれ全員が飢えで絶滅するであろうとの風聞が流れ出した。ペトログラードはひどく飢え、食堂では一皿しか出されず、パンは減量された。市の売店は完全に閉鎖され、何も手に入れることができない。七月八、九日にオブホフ工場の労働者がストを行い、もっと多くのパンと食糧を与えるよう要求しはじめた。「働かないなら銃撃する」との脅しがかけられた。集会で労働者は、「ソヴェト権力打倒、戦争反対、パンをよこせ」と叫んでいる。プチロフ工場も不穏である。多くの工場は操業を停止し、飢えのために民衆の間で暴動がはじまっている。七月一七日、工場でストがはじまり、食堂では水一杯、パンは八分の一フントしか受け取れない」。同工場ではすでに二月五日にも食糧配給を要求するストがあった。「集会が催され、集会の後に若年労働者は「仕事を放棄しろ」の掛け声とともに作業を止め、鋳型、砲架工廠と鉄道で職員は喚声を上げた。工場委の命令により、門衛は入場者から入構証を取り上げたが、二人の門衛が殺され、残った門衛は押し寄せる群衆を抑えることができなかった」

そこから疎開した人物は、「ペトログラードの飢えは信じがたい規模に達した。衰弱して倒れた動物の死骸の周りに飢えて凶暴になった群衆が集まり、屍肉を切り刻み、しばしばその場で貪るように食いあさっている。一切れの屍肉を巡り、時には喧嘩が起こり、殺人に至る。通りで頻繁に餓死した死骸に出会うが、それらは長い間放置されたままである。商店は閉鎖され、家は死に絶えた。［･･･････］生き残っている住民は死からの救済としてペトログラードの占領を期待している」と語っている。銃殺の宣告にもかかわらず、菜園からの窃盗が頻出した。四月にアルハンゲリスクで、「モスクワで蜂起が起こった、ピーテルで蜂起があった、ヴォログダではコムニストは至る所で惨殺され、縛り首にされているといった、ばかばかしい噂」が密かに民衆の間で流布していた。[xiv]

　まさに農村が死につつあり、それに連動して都市の食糧危機も拡大し、飢餓の問題が政治問題になろうとした時期にようやく農村の荒廃に関心が向けられるようになった。その焦点は拡大する播種不足であり、その最大の原因は割当徴発であった。二〇年春にヴャトカ県ウルジューム郡から、割当徴発を一二〇％遂行したために穀物がなくなり、何も播種できないと、マルムィジ郡から、食糧全権はいかなる基準を残すこともなく住民から最後の穀物を奪い、住民と家畜に飢餓が迫っていると、ノリンスク郡から、力の及ばない割当徴発のため播種用の穀物が残されないと訴えた。播種面積の縮小にもかかわらず、県の割当量は二〇／二一年度は前年度の八八五万から一〇七五万プードに大きく増量された。八月にタムボフ県ウスマニ郡から、課せられた割当徴発を遂行するのは不可能で、畑には何も残されず、農民は餓死を運命づけられていると、ウファー県ビルスク郡から、割当徴発のために種子と飼料が残されていないと、レーニンに救済を訴えた。それでも、この時期に起こった一連の農業論争で割当徴発の廃止は議論の対象にならなかった。[xiv]

むしろ、内戦の終了とともに高まる「共産主義幻想」によって割当徴発に未来への過渡的性格が付与された分だけ、二〇／二一年度の割当徴発はいっそう厳格に実施されるようになり、それに連動して自由商業、特に担ぎ屋との闘争が強調された。

八月一三日づけのスミルノーフとセーニンが連署する食糧人民委員部回状電報は、担ぎ屋行為との闘争を厳格に実施し、担ぎ屋に販売しないよう隣人の監視を訴えた。だがこれは以前に人民委員会議で確認された、「食糧人民委員部の計画的供給が決して完全に実施されたことがないのは何人にも秘密でなく、このため、住民グループが様々なまったく非組織的な自給手段に頼るのを黙認せざるをえない」との方針からの転換であった。一九年四月三〇日づけモスクワ・ソヴェト幹部会条例により、パン商業などが半ば合法化されたとき、三月に三六ルーブリだったライ麦パン一フントが四月には最大一五ルーブリにまで値を下げたが、自由商業への禁圧措置は食糧価格の激しい高騰を招き、食糧の獲得をいっそう困難にした。このため、二〇年初めにキエフがボリシェヴィキによって占領された際に、食糧事情が尖鋭化することを危惧して自由商業の禁止命令はまだ公示できないと、現地革命軍事評議会から報告された。

当時は都市住民にとって食糧の郵送は重要な意味を持ち、食糧危機によってペトログラード情勢が不穏になった一九年三月に食糧人民委員部と逓信人民委員部により、麦粉、穀類、碾割り、砂糖、動植物油、肉を除き、パン、ハムなどの食品は総量二〇フント以下の条件をつけ、自由に郵送することが認められた。この方法は広く普及し、三、四月にモスクワ郵便局に届けられた二二万個の郵便小包のうち九八％が食品であった。しかし、二〇／二一年度の割当徴発規程により国家割当徴発の完遂まであらゆる食品の郵送は禁止され、こうして生存手段がまた一つ奪われた。この時発生した民衆蜂起の多くに掲げられた自由商業の要求は、生存権の回復を求める声でしかなかった。[xiv]

二〇／二一年度の割当徴発キャンペーンは、すでに中央農業諸県を中心に凶作が認められるからこそ、いっそう厳しい抑圧措置が要請された。「平年より低い収穫率の多くの諸県で穀物が隠匿によって失われないように断固とした措置を執り、郷執行委と村ソヴェトの責任で担ぎ屋を阻止し、農産物を販売した戸主に担ぎ屋に販売したのと同量の農産物を割当量に加算して課するよう命ずる。出没する担ぎ屋を武力により拘留し、革命裁判所に引き渡す。［･･･････］この目的で個々の戸主に至るまで、早めに指定された期限の八月二五日までに割当量を引き渡すよう義務づける。穀物の確保、馬鈴薯、家畜、干草［割当徴発］の実施のために広汎な軍事キャンペーンを組織し、地区・郷全権、郷執行委、村ソヴェトにこの執行のための軍事命令を与え、必要な地区に直ちに食糧軍を集中せよ」との、レーニンとブリュハーノフが連名する訓電九〇三号からキャンペーンがはじまった。

この訓電に基づき、九月二日のオリョール県食糧委によって、「第一に、特別指令によって収用を要するあらゆる食糧生産物の市場への搬出は割当徴発の完遂まで禁止される。第二に、農村から搬出されるすべての生産物の統制が村ソヴェトにより確立される。第三に、担ぎ屋への穀物と馬鈴薯の密かな販売を告発することが住民に義務づけられ、販売人から二倍の量の生産物が没収され、担ぎ屋は逮捕され、革命裁判所に引き渡される。第四に、食糧の隠匿とサモゴン［密造酒］に対して、家畜を例外とせずすべてが没収される。第五に、村ソヴェトと郷執行委に、すべての割当徴発の完遂まで経営にある食糧生産物を保全する義務を課す」措置が早々と執られた。この訓電により、あらゆる地方で割当徴発の遂行は軍事任務として設定され、シムビリスク県で割当徴発の実施のため、軍事非常態勢で全勢力が動員された。九月四日づけチェリャビンスク県食糧委条例で、許可なく農村を訪れる全員が担ぎ屋として勾留され、農産物を販売した農民にその量が割当徴発に上乗せされ、それでも販売を続ける者を逮捕し革命裁判所に送ると定められた。ウファー県で、県軍事委との合意ですべての郷食糧委と特殊任務部隊に食糧活動家を全面的に支援するよう命令が出された。プスコフ県で担ぎ屋との断固とした闘争のための軍事命令が出され、郡に特別トロイカ（三人委員会）が設置された。コストロマ県で、県執行委議長、県軍事委、県食糧委の署名する期限内での割当徴発の引渡しに向けての軍事命令が出された。[xiv]

六月に開かれた第二回全ロシア食糧会議の決議で、「割当徴発を遂行しない者への強制的措置の一つとして革命裁判所特別食糧巡回法廷が適用され、それらは割当徴発の遂行を回避し、穀物を隠匿し、それをサモゴンに醸造する者などの事案を審理する」と謳われたように、司法弾圧組織がこれ以後大々的に活動しはじめる。九月にブリュハーノフ名で送られた郵便電報で、「引渡しの遅延や意図的怠慢に対し郷執行委、村ソヴェト議長が逮捕され、コムニストは党法廷に、無党派はチェカーに引き渡される」と指示され、トゥーラ県で二〇年収穫の徴収に関する事案を審理するための食糧法廷が全県に最低三ヶ所、巡回法廷または裁判所支部をすべての郡に配置することが決議された。ペンザ県で割当徴発を完遂するため「食糧犯罪の現場に革命裁判所巡回法廷が設置され」、九月二七日から『軍事食糧月間』が宣告され、その間に割当徴発はほとんど完遂されなければならないとされた。ニジニィロモフ郡で巡回法廷は割当徴発の拒否と穀物の悪意ある隠匿を審理し、銃殺の判決を下したが、被告人の意識の低さに配慮し、銃殺を五年の自由剥奪と強制労働に替えた。このような事例は多数アーカイヴに残されている。

この方針は司法人民委員部でも確定され、一〇月一九日づけ県執行委への回状は、食糧犯罪が大衆的性格を帯び、それらの可及的速やかな根絶が緊急に求められるとして、これらの審理のため革命裁判所の構成に県食糧委代表、巡回法廷の構成に郡食糧委代表を含めるよう指示を与えた。一二月に出された食糧戦線への軍事命令で、割当徴発の完遂に向けて臨戦態勢の適用と並んで、「革命裁判所巡回法廷を間断なく機能させること」がレーニンとブリュハーノフによって命じられた。一七年一一月二二日づけ人民委員会議布告により設置され、一二月一九日づけ指令により、その行動規範は法律ではなく、「革命的良心の指示」に準拠するよう規定された革命裁判所が、この時から本格的に「赤色テロル」の機能

[xiv] この詳細については、梶川伸一『飢餓の革命』第一章を参照。ソヴェト政府、人民委員会議は憲法制定会議までの暫定政権と自らを称し、同選挙は一一月に選挙人の六〇％をやや超える投票率の下で行われ、その結果、七一五人の代議員のうち、エスエルが三七〇人、ボリシェヴィキが一七五人、民族グループ代表八六人、左翼エスエル四〇人、カデット一七人、メンシェヴィキ一五人などが占めた。リトヴィーンは、ロシアの圧倒的市民はボリシェヴィキの呼びかけに共鳴せず、民主勢力は分裂状態にあったと、この結果を評価する（Литвин А.Л. Указ. соч.C.21,41.）。一八年一月六日に同会議がボリシェヴィキ兵士によって暴力的に解散させられた顛末についてはДрама Российской истории.C.232-238.を参照。

[xiv] В.И.Ленин и ВЧК: Сборник документов (1917-1922 гг.).М.,1975.С.13-14,24,26-28, 33-38,112-113; Декреты Советской Власти.Т.3.С.458; Litvin A.L., “The Cheka,” in Critical companion to the Russian Revolution,Arnordo,1997,p.315; Cockfield.H.J.ed.,Black Lebeda: The Russian Famine Diary of ARA Kazan District Supervisor J.Rives Childs,1921-1923.2006.Mercer UP.p.50-51.白色、赤色を問わず、テロルの犠牲者数を算出するのは不可能である。メリグーノフはヂェニーキン特別委の資料を引用し、一八、一九年の「赤色テロル」の犠牲者数を一七〇万とし、ラーチスは一八年から一九年七月までの数として八三八九人を挙げる。別の資料は一八～二二年のテロル、農民蜂起などの犠牲者数を一三〇万とする。いずれにせよ、この間の赤軍の犠牲者九三万九七五五人を大きく超えている（Мельгунов С.П. Указ. соч. С.139 （邦訳、一二一ページ）; Лацис М.Я. Два года борьбы на внутреннем фронте.М.,1920.C.75; Тарабрина О.А. Роль женского фактора в деятельности ВЧК в годы гражданской войны // Гражданская война в России.Самара,2009.С.242,250.）

[xiv] Черкасов А.А. Указ. соч.C.65; Гимпельсон Е.Г. Нэп и Советская политическая система 20-е годы.М.,2000.С.42; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.44.С.79; Т.51.С.348; Изв. ВЦИК.1918.9 авг.; Беднота.1918.5 нояб.; ГАРФ.Ф.1235,Оп.94,Д.63,Л.331-348; Белое движение.Л.854.ギムペリソーンは、「新経済政策への移行は政治的「後退」のいかなる実例も示さず、同様に新経済政策は民衆の政治的、法的状態を変更しなかった」とするシーシキンの主張を批判するが、彼自身がミャスニコーフの民主化の提言が党中央で拒否された事実に触れている以上説得力はないだろう（Шишкин В.А. Власть,политика,экономика. Послереволюционная Россия.СПЬ.,1997.С.49; Гимпельсон Е.Г. Указ. соч.C.53.）

[xiv] Письма во власть.1917-1927.С.112,120; ГАРФ.Ф.393,Оп.4,Д.31,Л.36,86; ВЧК уполномочена сообещить..... 1918 г.С.297; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.229,Л.7; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.762,Л.138; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.745,Л.103,119; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.507,Л.14,37; Ф.1235,Оп.55,Д.10,Л.466.民衆の不当逮捕が続く中で、二〇年五月にモスクワ・ソヴェト燃料部の何人かが逮捕されたことに関連し、五月一八日の政治局会議は、特別な場合と事前通告なしに施設の上級活動家の逮捕を禁ずるよう、ヴェチェカー幹部会に指示し、エリートの特権は守られた（В.И.Ленин и ВЧК.С.380; РГАСПИ.Ф.17,　Оп.3,Д.79,Л.2.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.265,Л.8; Изв. ВЦИК.1918.28 авг.一九年三月七から一三日にかけてシムビルスク県スィズラニ郡一帯を覆った農民蜂起は彼らの農民的服装から「チャパン戦争」と呼ばれ、その拠点となった二五箇所の村落調査によれば、その原因は以下であった。一、穀物専売と家畜の徴発。イコンの撤去。戦争への不満。必需品の欠如。二、コムニストが資産を没収するとの隣接郷からの煽動。三、不明。四、郷執行委からのイコンの撤去。穀物、家畜、貨幣税の徴収。五、到着した武装匪賊による圧力。徴発への不満。六、コムニストの行動への不満。郷執行委からのイコンの撤去。到来者の徴発に反対するアジ演説。七、不明。八、コムニストの暴力。非常税と家畜の徴収。九、家畜と穀物の徴発。コミューンへの強制移住の風聞。一〇、穀物、家畜、非常税の徴収。一一、一二、不明、一三、到来した叛徒のアジ。一四、一五、不明。一六、穀物専売。家畜と非常税の徴収。一七、コムニストによる勝手な物品の強奪への不満。コミューンによる土地の没収。一八、不明。一九、到来した叛徒の反コムニストのポグロム的アジ。二〇、不明。二一、コムニストに関する誤解。住民の無知。二二、到来した匪賊の反コムニストのアジ。二三、穀物と家畜の没収。二四、到来者のアジと懲罰の脅し。徴発。二五、不明（Гурьев Н.В. Указ. соч.С.20-31.）

[xiv] ヂェルジーンスキィは二一年一月の党中央委への秘密書簡で、「極刑の適用について、ヴェチェカーは今年［二〇年］一二月二四日に、公然とした武装直接行動の事案に関する判決を除き、ヴェチェカーの裁可なしの極刑判決の執行を停止する旨を県チェカーに打電した。極刑廃止の問題に関して、ヴェチェカーは、テロ行為と公然の蜂起を除きすべての政治的犯罪に対してそれを廃止することが可能であると思量する。刑事犯罪の分野でヴェチェカーは、匪賊運動とスパイ行為に対して極刑を適用するのを必要と見なし、とりわけロシア共和国の生産力を復興するのに著しくソヴェト権力を妨碍する公務員の犯罪に対し極刑を保持するよう要求する」と、内戦終了後の弾圧の一定の緩和を想定していた（В.И.Ленин и ВЧК.С.424-425.）

[xiv] Переписка Секретариата ЦК РКП(б).Т.6.С.61-62; Северная коммуна.1919.4 апр.; Архив ВЧК.C.400,446; В.И.Ленин и ВЧК.С.543-553.ウーンシリフトは二一年四月一二日の人民委員会議で代理に指名された（РГАСПИ.Ф.19,Оп.1,Д.418,Л.5.）

[xiv] 同誌は一一月一日号から『赤色テロル』にタイトルが変更された。

[xiv] Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.39.С.404-405; Декреты Советской Власти.Т.3.С.291-292; Т.5.С.69-70; ВЧК уполномочена сообещить..... 1918 г.С.58,264-266,295; Bakhmeteff Archive ( Columbia univ. ); Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.50.С.106; Яров С.В. Горожанин как политик: Революция, военный коммунизм и нэп глазами петрогрдцев.СПГ.,1999.С.29.ペトログラード情勢を研究するヤーロフは、『赤色新聞』の「ポグロム的」情宣、左翼エスエルとヤロスラヴリ蜂起に関連しての将校の逮捕、最終的に同布告により「赤色テロル」は一八年夏の間に徐々に形成されたと見る（там же.С.29.）。このほか、ツァーリ家族の殺害、ブルジョワジーに対する大衆テロルの導入に関する七月二九日づけ中央執行委決議を「赤色テロル」の嚆矢と見る見解、ソヴェト体制の本質で夏までに実質的に導入されたとする立場などがある。因みに、一九年で革命裁判所の有罪判決の一七％を銃殺が占めた（Литвин А.Л. Указ. соч.C.31,58.）

[xiv] Осипова Т.А. Крестьянский фронт в гражданской войне// Судьбы Российского крестьянства.М.,1996.С.104; Беркевич А. Указ. соч.С.98-102.

[xiv] Советская деревня глазами ВЧК-ОГПУ-НКВД 1918-1939.Т.1.М.,1998.С.306-307; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.50.С.442,143-145,156,160; Ленинский сборник.Т.viii.С.202-205; Изв. Петроградского совета.1918.12 авг.; В.И.Ленин Неизвестные документы:1891-1922.М.,1999.С.246; Кондрашин В.В. Крестьянское движение в Поволжье в 1918-1922 гг.М.,2001.С.279; Архив ВЧК.C.145; Алешкин П.Ф. ,Васильев Ю.А. Крестьянская война в России в условиях политики военного коммунизма и ее последствий.М.,2010.С.176; Деятельность продовольственной организации.М.,1919.С.34; СУ РСФСР.1919.№14.ст.138,139.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.150,Л.146-146об.; Письма во власть.1917-1927.С.109; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.32,Л.591.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.7,Л.14,141-142; Оп.13,Д.1030,Л.7,23об.,54; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.578,Л.86; Д.58,Л.43.

[xiv] ヴォロネジ県の例では、通常一デシャチーナ当たり平均一五藁塚をなし、一藁塚は七升、すなわち、約九プードに相当とされた（Изв. ВЦИК.1918.6 июня.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.18,Л.128; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.160,Л.10-11; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.24,Л.6,10,12; ГАРФ.Ф.1235,Оп.95,Д.76б,Л.162-167; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.343,Л.79,112; Оп.4,Д.15,Л.55,77; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.18,Л.266.オハンスク郡の事件は典型的クラーク反乱の実例としてラーチスによって取り上げられ、「犯人は容赦なく処罰され、三〇人が殺人と反革命的直接行動の廉で銃殺された」（Лацис М.Я. Указ. соч.C.71.）

[xiv] ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.508,Л.98; Ф.130,Оп.3,Д.291,Л.10,14-15; Изв. Петроградского совета.1918.4 окт.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.93,Л.16; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.862,Л.10,12.

[xiv] Там же.Оп.95,Д.76,Л.98; Оп.1,Д.745,Л.74; Оп.7,Д.138,Л.30.二〇世紀までは升（二プードの木升が一般的）で穀物を量るのが普通で、それ以後は市場での計量に天秤秤が普及した。それでも、農民は升での計量はこぼれた分のごまかしがあると感じていたが、秤による重量も不正確であると見て、信用していなかった。馬鈴薯、野菜などはこの時期にも升による計量が普通で、メーラの単位が用いられた（Лященко П.И.Указ. соч.С.234,283; Изв. Петроградского совета. 1918.11 сент.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.350,Л.125; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.18,Л.128; Систематический сборник декретов и распоряжений правительства по продовольственному делу.Кн.3.М.,1920.С.128-129; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.634,Л.51.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.541,Л.35; Систематический сборник.Кн.3.С.237,241; Письма во власть.1917-1927.С.160,162.

[xiv] ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.18,Л.266; Изв. ЦК КПСС.1920.№21.С.3; СУ РСФСР.1919.№1.ст.11; Систематический сборник. Кн.4.С.251; Кн.5.С.534.

[xiv] 製粉所は規模が小さいため、ほとんどが大工業国有化に関する一八年六月二八日づけ布告の適用外で、そのためこのような統制が必要とされたが、チェルニゴフ県ムグリンで地元ソヴェトによって製粉所が国有化されたため、その返還を住民は最高国民経済会議に訴えた（Письма во власть.1917-1927.С.82.）

[xiv] Комбеды РСФСР: Сборник декретов и документов о комитетах бедноты.М.,1933.С.179-180; Кибардин М.А.,Лебедева А.И.,Шишкин А.А. Октябрь в деревне.Казань,1967.С.78; Литвин А.Л.Крестьянство Среднего Поволжья в годы гражданской войны.Казань,1972.С.111,209; Беднота.1919. 22 марта; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.458а,Л.75об.; Беднота.1919. 7 авг.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.288,Л.406-407; Бюл. Наркомпрода.1919.16 авг.С.2; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.446,Л.50,45.製粉税についての詳細は、梶川伸一『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』第七章を参照。

[xiv] ГАРФ.Ф.1235,Оп.55,Д.10,Л.317; Ф.130,Оп.4,Д.546,Л.8; Ленинский сборник. Т.xxxvii.С.177-178; Беднота.1919.26 сент.; 15 окт.; Статистический сборник.Кн.4.С.232.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.325,Л.411а; Оп.3,Д.648,Л.91; Бюл. Наркомпрода.1920. 8 сент.С.1; Статистический сборник.Кн.5.С.531; Бюл. Наркомпрода.1920.20 нояб.С.2; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.9,Л.16; РГАСПИ.Ф.19,Оп.1,Д.389,Л.64; ГАРФ.Ф.5556,Оп.1,Д.39,Л.20; Ф.1235,Оп.56,Д.33,Л.176; Д.25,Л.732; ЦК ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.162,Л.44.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.682,Л.68; Бюл. Наркомпрода.1920.21 дек.С.1; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.664,Л.8об.; Бюл. Наркомпрода.1920.7 дек.С.1; 18 дек.С.1.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.535,Л.6об.; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.227,Л.37; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2322,Л.38; Оп.11,Д.286,Л.422; Оп.6,Д.578,Л.16; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.644,Л.70; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.637,Л.84; ЦК ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.134,145; ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.4,Л.310.サマラでは搾油所の統制は製粉所より困難といわれ、二〇年に当面の措置としてクスターリ搾油所での加工が禁止され、種子の引渡し一プードに対し年間基準油一五フントを上限に油二フントと麩五フントが徴収された（РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.694,Л.70.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.141,Л.36-167.

[xiv] Бюл. Наркомпрода.1920.9 июня.С.1; Изв. Наркомпрода.1919.№17/20.С.5-7; РГАЭ.Ф.1943,Оп.4,Д.538,Л.23,25,29,18,8; Оп.3,Д.531,Л.309-309об.; Оп.4,Д.299,Л.4.

[xiv] 一九年五月一七日の人民委員会議政令により、北西、中央諸県の大工場中枢地区で子供給食（一四歳以下）は無償とされ、間もなく六月一二日同決定により子供年齢は一六歳未満に引き上げられた（СУ РСФСР.1919.№20.ст.238; №26.ст.295.）

[xiv] Три года борьбы с голодом.М.,1920.С.29,108; Беднота.1920.3 окт.; Белое движение.Л.1611; Декреты Советской власти.Т.5.C.388-389; Бюл. продовольственного отдела Мос. совета.1919.2 авг.; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.634,Л.138,140,146; Бюл. Наркомпрода.1920.31 июля.С.4; 8 сент.С.1; Декреты Советской власти.Т.8.C.135; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.208,Л.5,101.配給券制度は幾度も変更され、ペトログラードを中心に取り上げるとほぼ次のようになる。原則はカテゴリー別の階級的配給制である。一八年七月に四カテゴリーが導入され（第一カテゴリーは重肉体労働者、第二カテゴリーは肉体労働者、第三カテゴリーは職員、第四カテゴリーは利子、地代生活者）、例えば、七月一日の配給は、第一カテゴリーにパン四分の一フント、乾燥野菜四分の一フント、魚一フント、鰊五匹、第二カテゴリーにパン四分の一フント、魚一フント、鰊五匹、第三カテゴリーにパン四分の一フント、鰊五匹、第四カテゴリーにパン八分の一フント、鰊五匹が支給された。九月の食糧人民委員部統計部の資料によれば、ペトログラード人口の一二二万余のうち、第一カテゴリーは六四万五四八人、第二カテゴリーは四七万五〇四三人、第三カテゴリーは九万八六三八人、第四カテゴリーは九五七四人を数えた［数字はママ］。一九年一月から三カテゴリー制が実施され、第一カテゴリーは肉体労働者、授乳婦、五ヶ月以上の妊婦、一二歳以下の子供、防衛施設の公務員、身障者、傷痍軍人、伝染病院の勤務医、ソヴェトの上級職員など、第二カテゴリーは全被雇用者、生徒、一二歳以上の未成年など、第三カテゴリーは雇用者、自由業者、その他を含んだ。一九年一月一〇日以後パンの交付量は、それぞれのカテゴリーで、二分の一フント、四分の一フント、八分の一フントに縮小された。ペトログラードに隣接するプスコフ県ポルホフ郡で一八年秋に軍事革命委によって実施された制度で月間第一カテゴリー（ソヴェト施設職員、労働者、教師と生徒）にパン一五フント、第二カテゴリー（商人、その他の賃金生活者）に一〇フントが支給され、第三カテゴリー（寄生分子）には支給なし。一八年一〇月一九日づけ食糧人民委員部命令により、パン確保基準量一ヶ月分は次のように定められた。一、特に重労働または健康にきわめて有害な生産（泥炭採掘、化学工場などの企業）に従事する労働者に三六フント、二、工場労働者、郵便・電報、鉄道、水運の職員と労働者、ソヴェト職員、三から一四歳までの子供、五カ月以上の妊婦、授乳婦、職人または家内経営のような肉体労働に従事する都市住民に二五フント、三、それ以外の施設職員、労働者の家族、一四歳以上の生徒、五五歳以上の老人、自分の貯蔵を持たない農村農業住民、職人のような肉体労働に従事する農村住民に一八フントと定めた。配給制度における農村住民への不公平は否めず、実際、ヴラヂーミル県ムロム郡で一九年五月に実施された調査によれば、三月の農村住民への交付量ライ麦半フントとオート麦四分の一フントに対し、都市住民の第一カテゴリーに麦粉九フントとオート麦四分の一、第二カテゴリーに六フントであった（Петроградская правда.1918.1,29,30 июня; Изв. Петроградского совета.1918.21 сент.; 20 дек.; Петроградская правда.1919.10 янв.; Изв. Петроградского совета.1918.12 нояб.; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.33,Л.66; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.531,Л.57.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.453,Л.69-135; РГАЭ.Ф.5556,Оп.1,Д.39,Л.103.

[xiv] Беднота.1920.14 сент.; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.634,Л.185-186; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.531,Л.174; Оп.4,Д.299,Л.3; Оп.3,Д.694,Л.32,35; Три года борьбы с голодом.С.30-31; ГАРФ.Ф.1235,Оп.95,Д.76б,Л.105об.-106об.

[xiv] Бюл. Наркомпрода.1919.21 дек.С.2; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.745,Л.22; Оп.2,Д.521в,Л.94об.; Бюл. Пенз. губ. продкомитета.1919.14 нояб.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.745,Л.72,82,123-125,103; Бюл. Пенз. губ. продкомитета.1919.5 окт.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.664,Л.19,28,17oб.; Д.667,Л.85; Оп.11,Д.614,Л.28; ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.534,Л.46.

[xiv] 主要穀物のデシャチーナ当たりの収穫は一八六三年に比べて一八・七％しか増加せず、一二年の小麦のそれはデンマークの一九五に対し五〇プードしかなかった（Народное хоязйство С.С.С.Р. за 1922-1923 год: Статистико-Экономический Ежегодник. М.;Л.,1924.С.2; Егорушкин Д.Т. Кооперация в крестьятском хозяйстве. М.,1926.С.16.）

[xiv] Сборник статистических сведений по СССР.С.136-138; РГАЭ.1943,Оп.3,Д.531,Л.305; Ф.478,Оп.1,Д.330,Л.200; Вятское нар. хоз-во. 1918.№6/7.C.22-24; Брук Б.Л. Указ. соч.C.21-22; Продовольственно-семенной и фуражный бюжет Уфимской губернии на 1921-22 год.Уфа,1921.С.3-5.

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.6,Д.1015,Л.52; Ф.1943,Оп.4,Д.197,Л.122 oб.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.22,Л.30об.; РГАЭ.Ф.478,Оп.6,Д.1015,Л.97,232; Ф.1943,Оп.3,Д.531,Л.174; Осипова Т.А. Указ. соч.С.300.一八年七月二六日に軍馬賦課が導入されて、二頭以上の馬を持つ農民から三頭目以上が徴発され、このためヴャトカ、タムボフ県などで多くの屠畜が行われた（там же.С.299.）

[xiv] Письма во власть.1917-1927.С.58; Голос трудвого крестьянства.1918.27 янв.; 17,26 марта; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.216,Л.26oб.; Ф.478,Оп.6,Д.1015,Л.153,158,178oб.,180-180oб.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.634,Л.38,41; Ф.1235,Оп.56,Д.9,Л.3,100-103; Бюл. Наркомпрода.1920.30 окт.С.3; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56, Д.35,Л.77,100-101.

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.6,Д.1015,Л.199-200,311.

[xiv] The Trotsky Papers:1920-1922.vol.ii.edited and annotated by J.M.Meijer.Mouton,1971.p.518-22,552; HIA.RU.118-4; Крестьянское восстание в Тамбовской губернии в 1919-1921 гг.« Антоновщина »: Документы и материалы.Тамбов, 1994.C.68; Правда.1921.3 апр.; 7-й Всероссийский съезд советов : стеногр. отчет.М.,1920.С.159; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.18,Л.195; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.582,Л.10; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.13; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.52.同ソヴェト大会に寄せて農業人民委員部から出版された文献では、割当徴発による農業の荒廃が延々と綴られたがこれは党指導部の認識とはならなかった（Гуров П.Я. Девятый Всероссийский съезд советов и крестьянство. М.,1922.）

[xiv] Беднота.1920.17 фев.; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.608,Л.49; Письма во власть.1917-1927.С.189; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.9,Л.220,229.

[xiv] Голос трудвого крестьянства.1918.27 янв.; Беднота.1918.6 авг.; Девятый Всероссийский съезд советов.C.43; Изв. Наркомпрода.1918.№24/25.С.52; Голос трудвого крестьянства.1918.22 дек.; Service R., “The Soviet State,” in Critical companion to the Russian Revolution,p.307; СУ РСФСР.1919.№1.ст.12.例えば、二一年にロシアの飢饉地区で発疹チフスの患者数は二月の二万七七五五人に対し八月は二六三三人であった（HIA.RU.10-5.）

[xiv] Петроградская Правда.1918.12 мая; Голос трудвого крестьянства.1919.23 мая; Изв. Петроградского совета.1918.1 июня; 6 авг.; ГАРФ.Ф.393,Оп.10,Д.78,Л.11; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.141,Л.211об. 公式の数字によれば、一八年に伝染病（回帰熱、チフス、天然痘、赤痢など）で一一万五八〇〇人が、一九年には九一万二〇〇人、二〇年には一〇九万九〇〇人が死亡し、その中でも発疹チフスがもっとも大きく、それにより一九年に七六万四〇〇〇人、二〇年に八三万四〇〇〇人が死亡した（Население России в XX веке: исторические очерки.Т.1.М.,2000.С.101-102.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.453,Л.106-132,17,53,141об.,123об.-125об.; Оп.84,Д.93,Л.7об.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.789,Л.90об.; Белое движение.Л.118; Советская Сибирь.1920.11,13,15 фев.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.77,Л.29; Report on Economic Conditions in Russia with special reference to the famine of 1921-1922 and the state of agriculture. League of Nations,1922.p.47.

[xiv] РГАСПИ.Оп.65,Д.489,Л.54-54об.; ЦК ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.123,Л.26,33; Белое движение.Л.2028; Сорокин П. Указ. соч.С.145; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.61,Л.13.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.604,Л.42,54; Д.586а,Л.17; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.764,Л.4,20.

[xiv] Систематический сборник.Кн.5.С.532-533; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.321,Л.291; Павлюченков С.А. Военный коммунизм в России: Власть и массы.М.,1997.С.234; Первушин С.А. Вольные цены и покупательная сила русского рубля 1917-1921 гг. Пг.;М.,1922.С.35; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.93,Л.8; Экон. жизнь.1919.18 марта; Изв. Северная коммуна.1919.6 июня; Изв. ВЦИК.1920.23 сент.モスクワではあらゆる市場と商店が完全に清算されたため、二〇年一月を一〇〇とする食糧物価指数は一一月の四一二が一二月に六八〇、二一年一月に八三九になった（Первушин С.А. Указ. соч.С.38.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.745,Л.72,6,7,9,19,28,31; Оп.3,Д.745,Л.22- 23oб.

[xiv] Бюл. Наркомпрода.1920.31 июля.С.3; 16 сент.С.1,2; 18 нояб.С.1; 25 дек. С.1; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.375,Л.2; Письма во власть.1917-1927.С.68-69.巡回法廷の適用は一九年秋にもオシーンスキィによって提唱されたが（Бюл. Пенз. губ. продкомитета.1919.5 окт.）、一般的に機能したのは二〇年秋以後である。

　第三章　　アントーノフ蜂起

　一　農村弾圧体制の常態化

　十月政変後の農民運動の原動力を、奥田央は「農民のぎりぎりの生存」、または「「生存ミニマム」（« промежточный минимаму»）の恒常的保障」の要求であると、ロシア農民史の代表的研究者コンドラーシンは内戦にともなう権力の厳しい経済的破壊政策に対する「自己防衛的性格」であると指摘する。ほとんど慢性的な飢えにさらされ、それでも革命権力、反革命勢力を問わず農民に降りかかる穀物や飼養家畜の徴発、労働力や家畜、荷馬車の動員などが日常的に農民の生存権を脅かし、彼らは必死に身を守ろうとしても将来の生存権が失われたと感じたとき、自己防衛の最後の手段が農民蜂起であった。

特に食糧独裁令以後、ロシア全土で飢餓が深まるにつれ、都市労働者から編成される食糧部隊と農民との間で穀物をめぐる激しい戦闘が繰り広げられた。これらの事例が一八年夏に多数機関紙に掲載された。六月に『プラヴダ』で、ペンザ県での次のような事件が取り上げられた。カムィシロフ郡の多くは帝政時代を懐かしむ富裕農であり、ペトログラード食糧部隊はほぼ三週間で一万プードの穀物を徴収し、活動は順調に進んだ。しかし別の村に到着した部隊は教会の執事の所に一六年来の小麦三〇〇〇プードが隠匿されているのを知り、クラークに圧力をかけこれを供出させ、部隊は最寄りの駅に向かった。だが部隊が村から離れると、元の穀物所有者を先頭に二〇〇人が追撃するのが見えた。クラークの頭目が教会の鐘を鳴らして村会を招集し、教会長老が群衆を扇動し、部隊を追跡したのであった。部隊は農民と話し合いを持つため代表を送ろうとしたが、近づく間もなく威嚇射撃が行われ、食糧活動家に重傷を負わせた。援軍が到着し、群衆の一部を敗走させ、一部を降伏させた。この報道のようにボリシェヴィキ権力によって「クラーク反乱」と呼ばれた農民の抵抗も、村会での共同体農民の総意に基づく運動であり、戦闘で捕らえられた部隊兵士や食糧コミッサールは通常村会の満場一致の決議によって処罰された。

次の事例は『イズヴェスチャ』に掲載されたスモレンスク県ベルィ郡での事件である。郡執行委の訓令により家畜卸商から家畜を徴発するため、ホルムとポクロフ郷に赤軍部隊兵士が到着した。最初は順調な活動であったが、七月七日日曜のバザールで赤軍兵士が、共同納屋に余剰穀物を引き渡す必要があると農民に説いた。郷一帯に、もし農民が穀物を納付しないと赤軍兵士が熟していないライ麦を刈り取り、家畜を没収するとの挑発的風聞が広まった。憤った農民は徴発部隊とともに到着した執行委の活動家とホルム郷ソヴェト議長を人質として捕らえ、九人の赤軍兵士を制裁した。その後、隣接の郷に郡ソヴェトを清算するよう訴えるアジテーターが送られ、モスクワから左翼エスエルの蜂起に関する知らせを受け取るや（ホルムとポクロフに電信があった）、蜂起は急速に勢力を増した。七月九日に第五回ソヴェト大会から戻った左翼エスエルが指揮する一一郷の叛徒の「軍事革命参謀部」が設置され、一一日に叛徒参謀部は一六から六〇歳までの住民の動員を宣言し、八〇〇〇人の農民がこれに応じた。右翼エスエル的スローガン（「ソヴェト権力打倒」、「憲法議会万歳」）が採用された。鎮圧に派遣された郡執行委とチェカーの部隊は粉砕され、捕虜になったコムニスト、ソヴェト活動家、赤軍兵士は農民によって厳しく処罰され、負傷者は土に埋められ、池に沈められた。叛徒との闘争のためにスモレンスク、ルジェフ［トヴェリ県］、ヴィヤジマ［スモレンスク県］などから増援部隊が送り出され、一九日に蜂起は根絶された。決起した郷にコントリビューツィア［勝手な課税］が課せられ、穀物は没収され、ソヴェトは改選され、西部州チェカーは一〇人に銃殺の判決を下した。[xiv]

司法人民委員代理クラーシコフの言葉によれば、「教会と修道院は反ソヴェト運動の強固な拠点であり、鐘楼からの教会の鐘(ナバート)は常に勤労者の権力に対する蜂起の合図であった」。そのため、食糧人民委員部機関誌では、「クラークに教会の鐘を鳴らさせぬよう、徴発部隊はまず教会と鐘楼を占拠するという戦略」が指示され、ヴォロネジ県クリコヴォ村など多くの地方でこの戦略が適用された。

また、教会の鐘は隣接の村々に決起を促すためにも鳴らされた。スミドーヴィッチは一一月にリャザニ県で発生した大規模な農民蜂起の目撃者となった。「スパッスク郡の方々で同時に教会の鐘が鳴り響いた。カシモフの方からも、トゥーラの方からも。翌日運動は［西方の］スパッスク、プロンスク、ミハイロフ郡を席巻し、［リャザニ県に隣接する］トゥーラ県カシラ、ヴェニョフ、エピファニ郡に広がった。次いで運動はエゴリエフスク郡を除くリャザニ県の残りの郡に移り、そしてトゥーラ県の一連の郡にも及んだ。［･･････反革命の］郷参謀本部はナバートにより村住民を決起させ、武器を渡し、郡都への直接行動を起こし、クラーク分子は兵役忌避者の力を借りて多少なりとも強圧的に住民を郷ソヴェトに駆り立て、そこで全ソヴェト職員を捕らえて、郷にあるすべての武器を奪い、時にはもっとも憎悪の的になっていたボリシェヴィキ・コミッサールを殺害した」[xiv]

ナバートによって蜂起運動が拡大するこのような一連の事実から、七月三〇日づけ人民委員会議布告『ナバートについて』は、教会の鐘などを使って反革命的目的を持って住民を招集する犯罪者は、革命裁判所に引き渡されると定めた。タムボフ県モルシャンスク郡の郷貧農委は、密造酒や森林盗伐の禁止とならんで、「三、貧農委の許可なしに集会と会合を催してはならない。教会の鐘を鳴らしてならない（災害時を除き）」と九月に決議した。それでも、各地でナバートが沈黙することはなかった。二〇年三月にレベヂャニ郡で発生した農民蜂起について、秘密報告は次のように伝えている。穀物徴発のために食糧部隊をともない郡食糧委エージェントが到着し、彼は村会を召集し、そこで穀物徴発の遂行に関する郡食糧委の命令を読み上げた。村は穀物の搬出を拒否し人質が捕らえられた。逮捕者を連れ出そうとしたとき、「農民の一部は教会を占拠し、ナバートを鳴らしはじめ」、それに近隣村が応え、間もなく棍棒、三叉、何丁かのライフルで武装した巨大な群衆が村に集まった。群衆が解散しないのを見て、威嚇の後で部隊は群衆に銃撃を行い、「農民を殺害した。この後に群衆は部隊に襲いかかり、一五人の赤軍兵士を武装解除した。部隊は村の背後に集結した。夜が訪れ、部隊が村に入ろうとすると、農民はナバートを鳴らしはじめ、教会に明かりが灯され、そのような明かりが近隣の村々にも見られた」。郡軍事委から送り込まれた増援部隊によってこの蜂起は鎮定され、首謀者三〇人が逮捕された。こうして禁圧にもかかわらず、教会の鐘は農民蜂起の合図として鳴り止むことはなかった。[xiv]

共産党独裁後の農村支配にとっての拠点はコムニスト細胞と想定され、一八年末までに共和国内四四〇郡のうち三五〇に党郡委員会が存在し、それらの設置にともない郷と村の党細胞は単一の党システムに組み込まれたと一般に説明されている。だが、個々の実情を見るなら、農村でのコムニストの影響力はきわめて希薄であった。一九年五月にヴャトカで開かれた会議で、ヴャトカ郡に党組織はまったくなく、ある郷には党細胞が存在するが、それらは住民からまったく遊離している、スロボドスコイ郡で郡ソヴェトと党細胞との日常的関係も指導もないと指摘された。二〇年初頭にチェリャビンスク県食糧委に派遣された全権はモスクワに次のように報告した。「いくつかの郷には共産党細胞がなく、ぞんざいに活動しているので情宣大衆集会はまったくわずかしか行われなかった。わたしの滞在中に革命的精神を持つ農民に多くの無知を吹き込む人材を認めなければならず、もし郡組織がこれらの無知な人材を送り込むなら、彼らは大衆に益より害をもたらし、やむなく逮捕し護送しなければならない」

このような党細胞の多くは農民蜂起を目の当たりにすると、たちまち雲散霧消した。タムボフ県モルシャンスク郡にはアントーノフ蜂起がはじまる前に、一三一人の党員を持つ二九細胞があったが、「匪賊運動の開始とともにその三分の一は地下に潜った、より正確には、活動の停止を余儀なくされた」と中央委に報告された。二〇年末にヴォロネジ県食糧会議議長ミリューチンは、県の食糧活動を絶望的にしたそこでの農民蜂起に、現地の党細胞や執行委が参加していると伝えた。全体で十月政変時に三五万人がいた党員数も二一年春には七三万人に膨れあがったが、それは党勢力の安定を意味しなかった。[xiv]

トロツキーによって赤軍の輝かしい建設が喧伝されたとしても、食糧軍、闇食糧取締部隊を含めてソヴェト武装勢力は慢性的に食糧、武器、装備の不足に悩まされ続けた。そもそも、内戦のきっかけとなった一八年五月に西シベリアで発生したチェコ軍団の反乱は、彼らが携行していた装備と武器を赤軍兵士に転用する目的でトロツキーが出したチェコ軍捕虜の武装解除命令が、彼らの怒りをかき立てたのが発端であった。それ以後も、一九年の徴収キャンペーンの中でサラトフ県食糧委は、食糧部隊は武器が不足するために家畜調達が進まず、武器と装備の送付を求めたように、暴力による農民支配を常態化するソヴェト権力は慢性的武器不足に悩まされ続けた。

一九年春にクルスクに派遣された食糧部隊は装備も武器も持たずに到着し、県食糧委は県軍事委にそれらの支給を要請したが現地になく、食糧人民委員部に緊急の放出を要請した。このような部隊がほとんどであった。二〇年にシベリアで割当徴発を実施するための部隊を各県食糧委に要請する際にシベリア革命委が作成した規程によれば、部隊員の半数は武装され、冬装備と着替えの下着を持つことが条件とされ、八月三〇日づけで共和国革命軍事評議会議長トロツキーは、下着の完全な欠如が軍事部隊に破滅的影響を及ぼしている実情を国防会議に訴えた。それでも、多くの部隊は装備と武器が不充分なまま送られ、軍事食糧局宛てにそれらの補充の要望が引きも切らずに入電していた。特に武器の不足は深刻で、一九年一〇月にサマラ県から、「武器がきわめて必要であり、それなしに活動は不可能であることに配慮し、少なくとも部隊員の三分の一に武器を充足させるため、外国仕様のライフル銃四〇〇丁、実弾二万発、コミッサール用の短銃五〇丁」の緊急引渡しが要請された。ヴラーンゲリ軍の出没とともに匪賊運動も活発化した北カフカースから、二〇年八月三日づけで現地チェカーは党中央委に「わが軍は無力であるが、敵方にはわれわれから奪った武器も機関銃もある」と訴えた。[xiv]

その一方で、地方食糧コミッサールが「農民住民は多くの郷で大量の武器を持っている。いくつかの村には機関銃があることが確認されている」と報告したように、当時の農村には復員兵や脱走兵が持ち帰った多くの武器があり、蜂起を武装化するのに大いに役立った。一八年春にリャザニ県から、「農村には現在犂や馬鍬以上に多数の機関銃や鉄砲などの、前線からの復員兵が持ち帰った武器が蓄積されている」と報じられた。トゥーラ県チェルニ郡で七月に発生した「クラーク反乱」について、「決起したクラークは充分に武装されている。機関銃、爆弾、自動車、航空機、大量の武器と弾薬がある」とまで報道され、彼らは塹壕を掘り、食糧部隊を包囲し、陣地戦を展開した。そのため、ヴェチェカーは六月二五日づけで「火器、猟銃、爆発物、爆弾発射機、短剣、機関銃、機関銃や銃器の部品、実弾、機関銃弾帯、双眼鏡、爆弾、その他の携行と保管の権限と認可をソヴェト権力から受け取っていない市と村のすべての市民は、本命令の公表時から二週間以内に上記のすべてをチェカーに提出するよう命じられる。本状の違反者は厳罰を受ける」との指示を与えた。それでも農村には多くの武器が残され、同様な指示は再三出され、一二月一〇日づけ人民委員会議布告とその執行に関する一九年五月一〇日づけ内務人民委員部回状により、各地で隠匿武器の捜索と摘発が行われ、様々な武器が多数押収された。例えば、プスコフ県オポチュカ郡での武器捜索の際に、シメニコリスカヤ郷執行委により布告の公布から八月までに、住民からライフル銃約六五〇丁と実弾五万七〇〇〇発が押収された。だが、ほかの郷では自発的に引き渡された武器だけが押収され、隠匿武器は発見されなかったり、まったく武器が引き渡されない郷もあったりで、地方にはまだ大量の武器が残された。二〇年二月にイルクーツク市での捜索で、さまざまな場所から多数の武器、爆弾、機関銃が摘発された。四月にアルタイ県革命委議長はシベリア革命委に、スラヴゴロド郡の村近くに機関銃を持った数百人の脱走兵が集まり、匪賊が編成され、コムニストへの襲撃を行っていると報告したように、武器を持つ脱走兵は匪賊運動の中核となった。幾度も厳罰をともなう農民の非武装化が試みられたが、その成果は乏しかった。赤軍への襲撃は武器を獲得する格好の機会を与え、蜂起は武器補給の好機でもあった。[xiv]

だがもちろん、民衆蜂起の鎮圧は武器の優劣が決定的要因ではない。サマラ県ブズルク地区で二〇年七月一三日に勃発したサポジコーフ麾下の第二トルケスタン騎兵師団の反乱は、赤軍正規軍の反乱として中央権力を震撼させ、革命軍事評議会議長トロツキーはこの断固とした鎮圧を命じた。レーニンはウラリスク州革命委とサラトフ県執行委宛ての八月二日づけ電報で、サポジコーフ部隊を追跡する際に「村落から共闘の可能性を予防するため、人質を取る」よう指示し、そこでは反乱軍を人員で五倍以上、武器でも圧倒的に有利な鎮圧部隊が投入されたが、その制圧に二ヶ月を要した。「食糧部隊員打倒、商業の自由、コムニストなきソヴェト権力万歳、労農権力、第三コミンテルン万歳、われわれはコムニストとコミッサールに反対し、割当徴発に反対し、われわれはレーニンと第三コミンテルンを支持し、われわれはコムニストなきソヴェトを支持する」のスローガンの下に、この運動は九月初めにはウラリスク市にまで拡大した。チェカー情報によれば、九月六日にアストラハン県「ノヴォコヴァンスカヤ付近で、サポジコーフ匪賊の部隊が粉砕され、その結果サポジコーフは殺害され、残りは四散した。これに関連し七九人が逮捕され」、この反乱は幕を閉じた。武装力で劣勢にあった反乱軍の鎮圧に時間がかかったおもな理由は、サポジコーフ軍のスローガンに共鳴した多数の農民が義勇兵として参加したことである。サポジコーフ反乱軍が掲げたスローガンに、ソヴェト=ロシアで「すでに久しく勤労農民の権力は存在せず」、「地区食糧委は勤労農民を搾取する施設以外の何物でもない」と述べられたように、まさにその本質は農民蜂起であった。[xiv]

内戦期農民史の代表的研究者オーシポヴァは一八年の大衆的性格を帯びた農民戦線について次のように概括する。「リャザニ県サポジョク郡だけで一一月六日までに四〇人のコムニスト、ソヴェト員、貧農委員が殺害された。叛徒は郡チェカーやソヴェトによって派遣された少人数の部隊を激しく迎撃した。将校はコムーチに倣った「人民軍」を農民から編成しようとしたが、農民は村を燃やすなどの脅しで強制された場合にのみ軍隊に加入した。地元コムニストに懲罰を加えた農民は伝統的共同体的な権力組織を作るか、エスエルの影響の下に全身分的ゼムストヴォを再興した」。「蜂起の鎮圧の際に直接行動の指導者や人質が現地で銃殺された。リャザニ県プロンスク、ラネンブルグ、カシモフ郡で七五〇人が、スモレンスク県ヴェリジ郡で六〇〇人が、トゥーラ、ヴォロネジ、オリョール、コストロマ県で一二〇〇人の農民が銃殺された。トヴェリ県の一三郷で七日間に二〇〇人の農民が銃殺された。懲罰組織は首領と指導者の捜索で元将校、教師、官吏の大量逮捕を行った」。後段で彼女が指摘するように、農民蜂起のもっとも有効な手段は「赤色テロル」であり、その際に無垢の人質を捕るのは常套手段であった。

だが、二〇年になると割当徴発の際にも人質を取るのが通例となった。ヴォログダ県コルゴポリ郡の郷から三月に、「一、［･･･････村団間の］割当は銃剣の威嚇でなされ、根拠なしに全権タラカーノフによって多くの余剰を持つと見なされた者はすべての穀物が取り上げられたため、彼らは餓死を運命づけられた。二、全権タラカーノフによる市民からの穀物徴収の際に多くの市民が逮捕され、モイセエフスコエ村団は穀物を引き渡すための人質とされ、それにより郷の全住民がパニックに陥り」、これまで搬入穀物で生活してきた「郷の全住民に春蒔き種子がなくなり、多くの住民は食糧なしになった」と、郷執行委議長は食糧支援を求めた。行政区画変更により、この郷は消費郡と認定されたチェレポヴェツ県キリロフ郡から生産県であるヴォログダ県の郡に編入されたことは、ここではまったく考慮されなかった。一〇月三一日のペンザ県食糧会議は、割当徴発の遂行率を高めるため、「割当徴発の完遂まで、人質としてすべての地区でクラーク分子から最低二五人を捕らえペンザに護送する」ことなどを定め、このような「県食糧委の突撃的方法は、県食糧参与会、郡食糧会議、地区食糧委によっていっそう強化された」。これら弾圧措置は権力の末端部にも及び、九月にノヴォニコラエフスク県チェカーは、「カメニ郡で多くの郷執行委は「赤色テロル」を恐れて活動を投げ出している」と報告した。[xiv]

三月にリャザニ県スコピン郡の市民は、「われわれは、農村でのあらゆる不満や抵抗のうちもっとも顕著なものを「クラーク的」と見るのに慣れてきた。だが、しばしばクラークだけでなく貧農も抵抗する理由を持っている。わが食糧政策は敵対国への政策に等しい」と、反農民的食糧政策の変更を訴えたが、飢餓が深まるにつれ、割当徴発が強化され、農民の抵抗は激しさを増し、どこまでが通常の調達活動か、抵抗運動の弾圧か、境界が不明瞭になる。民衆にとってソヴェト権力は厄介な存在になっていた。ゴメリ県の農村では次のように囁かれている。「ソヴェト権力とはわれわれから穀物を要求する以外の何物でもない。昔の権力はわれわれに何も求めなかったが、今では穀物を出せ、干草を出せ、牛を引き渡せといい、おまけに納屋や穀物小屋を巡回して、もし馬でもいれば毎週輸送に引き出せ、とよ。塩はまったくないのに、運んで来ると兵士が取り上げ、おまえは投機人だという」。一九年七月にタムボフ県執行委議長チチュカーノフは、「ソヴェト権力は穀物保有者にもっとも厳しい措置を執るよう強いている。［･･･････］徴発業務を妨げる怠慢なすべての公務員はソヴェト権力の敵と見なされ、革命裁判所に引き渡される」との指示を与えた。あらゆる行為が権力の敵と見なされるようになり、レベヂャニ郡の農民は二〇年六月にカリーニン宛ての書簡で、征服地の勝利者のごとく振る舞っている食糧部隊の蛮行を訴えた。

こうして、軍事力を背景に暴力的調達活動が常態化された。二〇年八月にペンザ県で主要四郡に県軍事委と国内保安軍旅団から選抜された軍事部隊が配置され、もっとも穀物が豊かでクラーク的な郷を選定し、「もし抵抗があるなら、武力で抵抗する者から一〇〇％の徴発を適用し戸主を逮捕しなければならない」。このように「国家割当徴発に抵抗する者がどのように処罰されるかを誇示して」、次の郷に移る。プスコフでは「おもに第七軍特別部騎兵隊と県チェカーが派遣された」。一九年末に法的根拠なしにタムボフ県で馬鈴薯調達を行い、食糧人民委員部から譴責を受けていたのが、この第七軍であった。[xiv]

サマラ県では県軍事作戦参謀本部が設置され、割当徴発の遂行、兵役忌避、匪賊運動、投機との闘争のための全武装部隊（軍管区参謀本部に直接従属する赤軍部隊を除き）がその支配下に置かれた。割当徴発の遂行に郡軍事委は郡食糧委と共同で作戦行動を行うことが決定され、徴収の際に、「［･･･････］一一、それぞれの占領した郷や村で早急に富裕=クラーク分子の選別が行われ、彼らに生産物の引渡しに関する絶対的請求が提示され、不履行の場合にこれらの人物は人質として逮捕され、資産は没収される。

　一二、隠匿穀物、密造酒の醸造、投機、その他の犯罪が摘発された場合、混成部隊の調査隊が逮捕に向けての措置を執り、審理が革命裁判所巡回法廷に移され、それは速やかに事件を審理し被告に懲罰措置を実行する。

一三、武装力の活動は、軍事的威嚇行動によりすべての周辺の郷と村に心理的影響を及ぼすよう、臨戦態勢で実行しなければならない」と、九月二〇日づけ県軍事作戦参謀本部命令として下達された。

一九年末以後タムボフ県では穀物が郡から移動されないように、あらゆる道路に歩哨が立てられ、「割当徴発の不履行は犯罪と見なされ、当該村からすべての穀物、すべての家畜が取り上げられ、逮捕が行われている」と県食糧委組織部部長は報告した。暴力的収奪が制度化され、農民の深刻な犠牲なしに、割当徴発の遂行は不可能になっていた。[xiv]

　二　困窮の深まり

最優先で供給を受けるはずの赤軍部隊さえもあらゆるものが欠乏していた。二〇年厳冬期の実態は、トヴェリ第三中隊では食糧と装備の悪さのために「大勢が家に逃げ帰り」、ニジェゴロド第八中隊では「装備が支給されず、非常にひどい生活をしている。ほとんど裸足で行軍し、サンダルさえない」、キネシマ第九中隊では「中隊での生活は苦しい。［一日の食事に］パン一フントと非常にまずい煮物と水一杯。衣服はまったく支給されていない」と報告されたようにきわめて悲惨であった。いうまでもなく、民衆の生活条件はさらに劣悪で、権力への憎悪は熾火のようにあらゆる地方にくすぶっていた。

一九年九月二七日づけ中央執行委布告によって、県食糧コミッサールの個人的責任で夏季の苦しい時期に供給を円滑に行うための予備ファンドを二〇年二月までに形成するよう命じられたが、それが不調であったためにその期限は三月一日まで延長された。だが、このような予備ファンドを創り出すような余裕はどこにもなく、最終的にこの構想は幻に終わり、収穫期を前に危機的状況は強まった。イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県の党組織は六月に食糧問題を審議して、第一に、収穫目前のもっとも苦しい夏を迎え、食糧がまったくないために県内市場でそれを手に入れることができず、第二に、このため「明日をも知れぬ状況の中で、労働者には大きな狼狽が生み出され」、第三に、食糧備蓄はわずかで、労働者と彼らの家族に定期的に供給することができないため、「至る所で、スト、暴動、街頭に出向いての職場放棄の気運が強まり、それらは当面組織的性格を帯びていないが、大衆的自然発生的抗議行動になるおそれがある」と、不穏な情勢を党中央委に打電した。カザンでは西部戦線への動員が宣告され、これへの反対は強制労働で処罰するとの脅しをかけても事態は改善されず、工場でのストは続き、六月二〇日に県委はストライキ委員会と労働者の大量逮捕、逮捕者の強制労働送りを決議した。[xiv]

配給の停止は食糧探しのための広汎な欠勤を招き、特に乗車券を入手しやすい鉄道従業員の欠勤率は高く、二〇年四月の党中央委は、赤軍のコムニスト比一〇％に対しそれは二％以下であるため[xiv]、医者から診断書を取って仮病を使い、いくつかの鉄道で無断欠勤は八〇％に達したことを指摘し、勤労忌避との闘争を訴えたが、それを余儀なくさせている食糧危機への対策には何も触れなかった。内戦の終了とともに国内経済の復興が掲げられるようになると、それは兵役忌避[xiv]と並んで厳罰の対象となり、九月二二日づけ労働国防会議[xiv]は彼らの出頭週間を宣言した。タムボフ県の工業地区であるラスカゾヴォで八月から「労働者への供給は現地食糧組織によって大々的に支障を来すようになり、パンは一ヶ月以上も遅れて届けられ」、一一月になるとパンの交付は完全に停止されたため、「この間われわれの工場で無断欠勤が大幅に増え、労働者は担ぎ屋行為に専念し」、配給で受け取った履物、織物などを穀物と交換していた。だが、商業への禁圧が強まり、「通行証なしでラスカゾヴォから出るのは禁止され、周辺村との交通は断たれ、この最後の自給手段も不可能になり、労働者は完全にパンを奪われた」。だが、タムボフ市ではすでにパンは贅沢品となっていた。四月一四日から全市民に対してパン配給は停止され、それに替わり脱穀黍が第一カテゴリーと子供に一フント、第二カテゴリーに半フントが交付されていた。

それでも無断欠勤に厳しい措置が執られ、二一年三月にヴャトカ県ウルジューム郡で勤労忌避の廉で一二四人が逮捕され、九一人の忌避者が自発的に出頭したが、それでもこの闘争は不充分と総括された。ヴォロネジ県では五日以上の無断欠勤は失業手当なしで即刻解雇され、法廷に送致されるとされた。ザドンスク郡勤労忌避対策委員会は、九月からの二ヶ月半で七九件の勤労忌避事案を審理し、四人は釈放されたが、残りは強制労働などの処罰を受けた。これら増加する忌避を補うかのように勤労賦課は拡大され、中央執行委政令に基づく二〇年一二月二二日づけシベリア革命委命令によれば、二一年六月三〇日までに専門技能のある一八から五〇歳までの男性は造船、大工などの肉体的専門職、一八から五五歳の男性と四〇歳までの女性は事務職への勤労動員が義務づけられ、これからの回避は兵役忌避と同等な扱いを受けた。ウファー県では二〇／二一年度に勤労賦課による動員日数は延べ一五三・七日に及び、トロツキーによって創設された勤労軍の成果が喧伝されてきたとしても、民衆にとってそれはきわめて過酷な負担であった。[xiv]

二〇年にヴャトカ県から木材調達勤労賦課に農民は強い不満を抱いていると、ヴラヂーミル県管理部部長から荷馬車賦課と勤労賦課は農民の抵抗を招いていると報告されたが、牽引家畜、飼料、食糧、荷車を自弁し、農民荷馬車の三〇％まで動員することができる荷馬車賦課は、疲弊する農村にとって特に厳しい負担となった。ペルミ県の農民はそれらの動員の際に、食糧の一五・五、干草の三・一、オート麦の一一・三％しか自足できなかった。六月にカルーガ県コゼリスク郡執行委全権は郡の状況について、鉄道用の薪調達が行われているが、飼料と食糧がないためにまともな搬送ができず、飼料不足のために憔悴した馬匹は疥癬に罹り、飢えのために大勢の人々が病に倒れ、彼らの多くが餓死に至り、配給券が交付されていないソヴェト職員は職場を放棄していなくなり、組織は解体したと報告した。「郡のすべての市民は現在、雑草、団栗などのあらゆる代用食を食べ、ひどい飢えのために多数の農民住民が自分の畑を捨て、他県に逃げ出し、穀物県への通行証を求めて郡執行委を取り囲んでいる」状況でこの動員が実施された。それでも二一年二月二三日づけヴェチェカーから県チェカーへの電報は、荷馬車賦課による薪搬送を最優先に実施するよう命じ、タムボフ県スパッスク郡執行委会議の決議では、大飢饉の下でもこれからの免除は一切認められなかった。三月三一日づけ人民委員会議決議によれば、畑作業時に農民を荷馬車賦課に動員するのも適法とされ、一一月二二日づけ人民委員会議布告により、一八歳から五〇歳までの男性と四〇歳までの女性にとって荷馬車輸送に必要な用具と牽引家畜をともなう六勤労日は無償の義務であることが再確認された。[xiv]

この間、飼養家畜は飼料不足のために消耗し、様々な勤労賦課による家畜の動員はそれに拍車をかけ、これは家畜の大量罹患となって表出した。ニジェゴロド県から炭疽病сибирская язва[xiv]の流行について、「一二年にロシア全土で一万四九三五件の炭疽病が発生した。ニジェゴロド県でも炭疽病は風土病として毎年いくつかの郡で発症した。一八年に二九八頭、一九年に八九六頭の感染があったが、二〇年には三一八八頭に急増し、二一年になってもその勢いは衰えを見せていない」と伝えられたように、農村の疲弊とともに家畜の斃死は強まり、それは当然にも飢餓諸県で顕著であった。この事情についてサマラ県の機関紙は次のように伝えた。「サマラ郡の畜産は伝染病が拡大した二〇年前半から衰退した。発疹で二六〇頭、炭疽病で四八〇頭が倒れた。大きく伝染しているのは、羊の天然痘оспа、豚の丹毒рожа、家畜ペストчума、疥癬である。これらの感染と斃死の登録は困難で、これら伝染病の正確な資料はない。天然痘に感染した羊一九〇〇頭、チフスの豚四七〇頭、疥癬の家畜五八六頭だけが登録された。疥癬は現在馬の間で大流行し、飼料不足のためそれは馬の健康と労働能力を破滅させている。薬品不足のために充分な治療ができず、多くの村で馬の六〇％が疥癬に感染している」。あらゆる所から飼料不足による家畜の斃死が伝えられ、一二月に同県食糧委は、「春から秋までずっと続く旱魃のため［･･･････］家畜には口蹄疫、天然痘、豚には丹毒とペストが猖獗を極め、そのためのあらゆる措置が執られたにもかかわらず、家畜の減退が起こった」と、食糧人民委員部に報告した。そこでは栄養失調で衰弱した家畜を割当徴発として納めるため、猛吹雪の中をサマラまで追い立て、多くが途上で倒れた。家畜伝染病は二一年に飢饉が深まるにつれ、さらに悪化した。一月にゴメリ食糧委は、この一ヶ月間で屠畜された家畜が一六頭であったのに対し、一〇〇〇頭以上が家畜ペストで倒れたと報告した。

タムボフ県でも家畜ペストは一九年末から特に牛の間で流行しはじめ、ボリソグレブスク郡で一九年一二月に七六九頭が感染し六七三頭が斃死し、二〇年一月にはさらに八六頭が感染し八一頭が斃死した。ペストはキルサノフ、タムボフ郡へと広がりを見せ、そのため一月一五日づけで家畜伝染病の感染を予防するため汚染地区から干草の搬出を禁止する県執行委条例が出された。このように少なくなった家畜に対しコズロフ郡執行委は、市民が所有するすべての馬を馬具と荷車を含めて荷馬車賦課に動員するため、ソヴェト・コミューン部の管轄とする訓令を出し、家畜の消耗をいっそう深めた。その一方で、春までにほとんど手元に飼料が残されなかった「農民は、飢えから家畜を救うため」多くを屠畜し、こうして二一年の大飢饉を待たずして家畜頭数は激減した。二一年春以後スパッスク郡で大量の家畜が炭疽病に感染したとき、穀物がなくなった住民はこれらの家畜を屠畜し食用にしたと、六月の郡執行委幹部会会議で言及された。二二年二月にオデッサ県チェカーは、飢饉地区で飼養家畜は七〇％が失われたため、荷馬車賦課は実施できないと報告したが、同様な報告は各地から寄せられた。[xiv]　

生活条件の悪化が権力への不満に転化するのは容易で、二〇年春のヴャトカ県から内務人民委員部宛ての情報のいくつかを拾うだけで、それは充分明らかとなる。ヴャトカ郡で「春蒔き用の種子不足と低い食糧基準のために、不満が見られる。農民住民は非常に敵意を抱いている」。スロボドスコイ郡で「飢餓、勤労賦課として実施されている木材調達、伝染病のため不満が生じている」。ウルジューム郡で「権力に対する大衆の気分は、大部分がひどい敵意を持ち、さまざまな国家的任務、勤労賦課、工業製品と農具を受け取っていないのがその理由である」。二月のヤランスク郡執行委議長の電報によれば、「種子と食糧が不足するため組織的一揆が起こり、郷には目立った直接行動があり、それらは過激な行動に終始した。多くの郷で赤軍兵士が殺害され、状況は深刻である」。四月の電報によれば、「郷で群衆により食糧軍兵士が惨殺された。あらゆる郷で、住民は怒り、脅し、穀物倉庫を破壊している」。別の「郷で四月二九日に直接行動が発生した。郷執行委員が群衆に加わった。直接行動のときに国内保安軍のコミッサールが殺害された。［･･･････］武装した匪賊によって、タバコ四プード、砂糖一〇プードなどの貨物が掠奪され」、三日後この郷に戒厳令が布告された。五月の電報では、「シャラシヴォフスカヤ郷で郷執行委員が殺害された。カリヤコフスカヤ郷では食糧部隊員が殺害された。食糧が原因で無秩序状態が起こった。郷全権が殺害された」。事態はさらに進行し、県チェカー管理部は六月の一般情勢について次のように報告した。「県の雰囲気はきわめて物騒である。農民住民は権力に敵対し、生活の改善を要求し、現在の秩序に満足せず、それを自分たちの生存にとって耐え難いと見なしている。地方からの情報によれば、この状態は多くの市民にとって不適切で力の及ばない負担となっている穀物命令［割当徴発］による食糧政策によって引き起こされた。そのため、まず種子材に不足し、次いで、食糧用穀物に不足し、その結果何千デシャチーナの土地が播種なしに残された。［･･･････］郡ソヴェト活動家は最近地方で活動するのが難しくなり、生命の危険に晒されるようになった」

ソ連時代の研究者が共和国革命軍事評議会の設置を定めた一八年九月二日づけ中央執行委決議により、ソヴェト=ロシアは軍事野営地に変わったと指摘するように、この時あらゆる地方で様々な理由により戒厳令が布告され、騒然とした国内情勢であった。八月半ばにチェリャビンスク県ヴェルフネ=ウラリスク郡で兵役忌避者の武装襲撃があり、県執行委・県委・県軍事委・県チェカーの合同会議で戒厳令が布告された。サマラではパン配給の縮小と反ソヴェト情宣活動を理由に市と県に戒厳令が宣告され、そこからの疎開者はその光景を次のように描いている。「サマラでの生活は死に絶えた。市内に軍隊が溢れ、すべてのまともな建造物は兵舎として接収された。協同組合は国有化された、すなわち、在庫は新しい「協同組合活動家」の間で配分され、「配分する」ものがなくなったとき商店と小売店は閉鎖された。食糧事情はひどい。市内に肉はまったくない。［･･･････］牛乳、卵、キャベツ、魚などパン以外の食糧はほとんど完全に市場から消えたが、それを地下から手に入れることができるとしても、それは法外な値段で危険がともなう。［･･･････］市から逃亡した人々の資産はテーブルや食器に至るまで没収された。監獄は「ブルジョワジー」とインテリの代表で溢れている」。二一年一月にモスクワの監獄を訪れたヴェチェカー幹部は、「監房では汚泥、湿気、悪臭、湯気、まったく息のできない煤煙に充ちている。･････今後生きた人間をそのように扱い、そのような状態で彼らを収監するのは不可能。これは犯罪である」とヂェルジーンスキィに報告した。それでも収監者は増え続け、二一年九月一日づけヴェチェカー幹部会会議で、刑事犯の収監者削減が議論された。[xiv]

二〇年夏にはロシア全土が民衆の飢餓と不満に覆われた。二一年一月の党タムボフ県委の報告書は、アントーノフ蜂起の最大の要因に、農民経営の「完全な崩壊をものともせず、最後のフントに至るまで食糧生産物を汲み出したために発生した飢え」を挙げた。[xiv]

　三　幻の農民革命

　タムボフ農民の直接行動は、土地問題とともに二月革命以来すでに飢餓と密接に結びついていた。一七年三月二九日づけで県労兵ソヴェトは次のように農民に訴えた。「人民は自由を手に入れた。祖国の運命は人民自身の手にある。だが、人民と軍隊に穀物貯蔵がなければ、迫り来る飢えを排除できなければ、自由ロシアは危険に晒される。［･･･････］農民諸君！わずかな土地から祖国の恵みになるものを手に入れなければならないことを分かってくれ、穀物と野菜の発芽への諸君の期待は、自由で幸福なロシアの未来の恵みへの期待であることを分かってくれ」。畑の発芽に農民は未来への希望を託した。

だが、臨時政府は土地問題についてまったく動かなかった。八月に「共同体農民と自営農民との衝突が至る所で見られる。土地を増やす問題はスパッスク郡で常にきわめて切実であった」と、タムボフ県土地委会議で報告された。九月に入るとポグロムの波がコズロフ郡からはじまり、キルサノフ、リペツク、ウスマニ、シャツク郡へと広がった。九月一二日にタムボフ守備隊が抗命し、タムボフ市と郡、コズロフ市と郡に戒厳令が布告された。十月政変を待たず、タムボフ県はすでに臨時政府の統制外にあった。穀物調達価格は引き上げられたが、九月になると農民は穀物を引き渡さず、固定価格よりはるかに高い価格で飢えた人々に販売するようになった。土地を巡る闘争は次第に過激になり、コズロフ郡ヤロスラフカ郷の村で地主領の自警団と農民との衝突事件があり、農民の負傷への報復として、館が放火され、地主は殺害された。九、一〇月間に県内で一九三件の農民直接行動が発生し、そのうち一三六件は暴力的掠奪の性格を帯びた。農民運動は昂揚し、九月一三日づけ県ソヴェト執行委命令三号は、「憲法制定会議は一一月二九日に召集される。それは疑いもなく、勤労人民にすべての土地を引き渡し、土地の私的所有権を廃止する」と、近づく未来社会を予告し、一〇月八日には大規模な労働者デモがタムボフで挙行された。このような状況は土地問題が深刻な農業県の各地で発生し、九月にヨーロッパ=ロシア四七県で勃発した農民直接行動一四三〇件のうち、中央黒土四県（ヴォロネジ、クルスク、タムボフ、オリョール）が三一七件を占めた。[xiv]

　ボリシェヴィキによる布告『土地について』の公示までに、県内で地主領は基本的にエスエル的土地委員会の実質的支配下にあったが、それはもちろんこれら組織が十月政変を支持したことを意味しなかった。一一月九日に県土地参事会は、中央での政権交代は土地改革事業を解体し、「ボリシェヴィキ政変はおそらくこの活動にとどめを刺す」と蜂起に反対を宣言したが、一八年二月二一日にソヴェトによって解体された。農村に革命的秩序を構築する作業は、ソヴェト権力に抵抗する「クラーク」住民を鎮定し、そこから穀物を供出させることと同義であったが、地方でソヴェト権力が樹立するのを待たず多くの農村に担ぎ屋が押し寄せ、大量の穀物を汲み出していた。それに続き、一八年夏に両首都で労働者による穀物遠征の組織化がはじまると、タムボフ県はボリシェヴィキ支配下にある数少ない穀倉県として両首都に穀物を確保するための厳しい収奪の対象になった。

　だが、「常に穀物が豊かな」と評されるタムボフ県は政変後も、依然として土地不足と低い生産性に悩まされ続けた。ボリソグレブスク郡パヴロダル郷の調査によれば（県統計局によりここはタムボフ県の典型とされ、調査対象になった）、一七年に経営八五六戸のうち、一、まったく農具なしが二〇四［二三・八％］、二、犂とソハーなしが三〇［〇・三五％］、三、ソハーを持つが犂なしは二五六［二九・九］、犂とソハーを持つのは三〇七［三五・九％］しかなかった（数字はママ）。農具を含む地主資産を分配した際に貧農はほとんどそれに与らず、もっぱら富裕農が恩恵を受けた。したがって、土地の割増の際に貧農が受け取った土地は、播種なしに残されるか、事実上富裕経営の手に渡り、土地革命が起こっても実際には経営的均等化はなく、家畜、資産、食糧の再分配によって貧農の経済力は向上しなかった。貧農は革命の初期に自分の有利な状況を利用せず、貧農は完全に破産するか、いっそう破滅的になった。これが二二年に実施された県農村調査の公式結論であった。

一八年六月二日の食糧人民委員部参与会会議で、中央諸県（ヴォロネジ、オリョール、トゥーラ、クルスク、タムボフ）から穀物を汲み出すため、ゴーリマンを長とする遠征隊を北部州、モスクワ州、両首都の優れた食糧活動家から編成すると決議された。そこに派遣されたゴーリマンは、農民は反革命的であるよりむしろ、必要に迫られ乏しい貯蔵を売らざるをえない厳しい経済的事情が農民運動の原因であると認めたものの、共和国のため経営にある全貯蔵の汲み出しに容赦はなかった。県内で一〇月までに両首都などから総員五〇〇〇人の五〇食糧部隊が活動し、一八年秋には食糧部隊と貧農委による苛斂誅求に対する農民蜂起が頻発し、全県で四万の農民がそれに参加した。一二月に県執行委は、「県内の至る所に農民運動がある」、「状況は非常に深刻」とモスクワに報告した。

穀物調達の拡大とともに食糧軍は次第に増強され、一八年六月にあった食糧軍兵士二八六三人は一一月には総勢二万八九〇五人に膨れあがり、そのうち、タムボフ県は四八一六人と最大の兵士が配備され（残りはヴャトカ県に四一七八、クルスク県に四〇六九、ヴォロネジ県に二三九九人と続く）、その数は圧倒的であった。[xiv]

　このように大量の軍事力を動員しても、それは穀物調達の増加を意味しなかった。その理由の第一は、組織的混乱にあった。タムボフ県でも食糧全権は中央の指令と相反する行動を取り、県食糧委の認可なしに北部州へ発送予定の食糧貨物を押収し、県内の調達活動は大混乱に陥り、県食糧参与会の要請によりこの全権が食糧部隊参謀本部の命令によって更迭されるまで紛糾が続いた。問題はこれだけにとどまらず、県内の半分の郡には食糧指導官が配置されず、配置されたとしても相互の連絡がなく、食糧部隊の活動は一八年の収穫が終えるまで実質的に停滞していた。七月に開かれたタムボフ県食糧会議で食糧調達に関する地方からの報告は「一様に悲惨な様相を帯びていた」

第二に、農民のみならず現地権力が穀物の搬出に抵抗した。七月に全権ゴーリマンは、総員二五〇人の食糧部隊によって七日間で徴発された二一ヴァゴンのうち、すでに一五ヴァゴンはモスクワに発送されたが、タムボフ近くのホボトヴォ駅にある残りの発送をタムボフ当局は禁止した事実を報告した。レベヂャニ郡に派遣された食糧全権は、「現地ソヴェトの悪意のある対応のために信じられないほど困難な条件で活動しなければならなかった」と訴えた。食糧独裁体制の導入後も地方分離主義的傾向は続いた。

第三に、飢えた民衆は担ぎ屋となって大量にこの県に押し寄せ、調達活動を大きく妨げた。一八年の収穫期を過ぎて県内はさらに担ぎ屋で溢れた。食糧人民委員部指導官は、リペツク郡センツォヴォ駅で担ぎ屋による穀物の販売が行われているが、現地組織は当てにならず、武装力が必要なため部隊の派遣を要請したように、担ぎ屋との闘争にも多くの部隊が投入された。だが、担ぎ屋も武装兵士などをともない、彼らと食糧部隊との交戦が頻出した。一二月に食糧人民委員部全権が報告したように、県外に食糧軍が撤収するや穀物の集荷は最小限にまで低落し、家畜の徴収は停止し、一面担ぎ屋の波に埋め尽くされた。軍事力に依拠しなければ穀物調達は不可能であったが、現地組織は政治的にきわめて不安定で、党に入り込んだ「汚らわしい多くの分子が」ソヴェト活動を妨碍していると報告された。このようにして、地方の統治にとってチェカーは不可欠な組織となった。タムボフ郡ソヴェト議長は一二月に、「現在まだクラークは強力で、貧農は弱い」ため郡へのチェカーの派遣をレーニンに要請した。一九年四月にはタムボフ県の党活動者会議で、「食糧部隊の質的構成を改善するのは不可能と見て、部隊の再編まで街道からそれらを一時的に解除し、投機人の追求にチェキストを置く」と決議された。[xiv]

　だが、調達の最大の障碍は次第に強くなる農業の衰退と食糧危機の昂進であった。一八年は県全体が凶作で、リペツク郡の秋蒔き収穫はひどい状態であると、食糧人民委員部全権は報告した。農業人民委員部の算出によれば、郡内の一八年収穫はライ麦三七万一八一七プード、オート麦一九万九一三二プード、馬鈴薯一九万一〇三一プードの不足が認められ、黍だけが四四万八九五二プードの余剰があった。それでも馬鈴薯の収穫に対して五％が割当徴発としてすべての郡に課せられた。郡の不足を斟酌せず、一八万六七五六プードの馬鈴薯を三週間以内に国家固定価格で引き渡すよう命じられ、「その不履行に対し、遅延と怠慢の廉で郡食糧委の責任者を裁判にかける」と、その命令に付言された。[xiv]

一九年一月一一日に人民委員会議で採択された最初の割当徴発はタムボフ県に集中され、二六〇五万プードが課せられた（中央諸県のほかのヴォロネジ、クルスク、オリョール県を併せて二八〇九万六〇〇〇プード）。春の調達キャンペーンは惨めな結果であった。抑圧的措置が執られた後に辛うじて二週間で一〇万プードが集荷される程度であると、県食糧コミッサールは伝えた。六月になると穀物の自発的引渡しは見られなくなり、六月二〇日に県執行委は、農民による穀物の引渡しが完全に停止したことを確認した。割当徴発実施への農民の抵抗を粉砕するため、七月三日以後県内八郡に戒厳令が布かれた。

割当徴発が農民の担税能力を超えていることは、すでに一九年一月に開かれた第一回全ロシア食糧会議でタムボフ県代表によって、「スパッスク郡は一定量の穀物を引き渡さなければならないが、それはこの飢えた郡から穀物を供出すること」を意味すると指摘されていた。だがそれに加えて、恣意的に課せられる臨時非常革命税も農民には重い負担であった。二月にキルサノフ郡の貧農と中農の二八世帯からなる村団に六万四〇〇〇ルーブリのこの税が理由なしに課せられ、貨幣収入源がないために家財道具を売り払っても工面できず、その免除を訴えた。クルスク県から伝えられるように、赤軍兵士家族も容赦せずに徴収する税への不満は強く、ヴャトカ県グラゾフ郡のコムニストは、職権濫用が甚だしく不公平で家財道具を没収するようなこの税は中農の強い不満を生み出していると、党中央委に訴えた。タムボフ郡の郷ソヴェトは大衆にある特に革命税への強い不満を報告した。

これら無分別な徴収による農村の荒廃はすでに県内随所で認められ、その実情は次のように党中央委に報告された。「タムボフ県キルサノフ。三月一八日、生きて行くことはできない。穀物は取り上げられ、家畜は奪われ、われわれには飢えだけが残されている。リペツク。四月六日、農民からすっかり、穀物も一粒残らず家畜まで全部を奪っている。何も与えず、衣服も何も与えてくれない。そのようなことがタムボフ全県で起こっている。このために暴動が勃発するだろう」。ボリソグレブスク郡では一九年の秋蒔きは赤軍騎兵隊に踏み荒らされ、第二一師団を先頭にあらゆる軍隊が郡から資産を奪い取った。その結果、もっとも農業の豊かな郡でもっとも大きな播種面積の縮小が認められ、「特に割当徴発の遂行に深く関わった強固な経営が崩壊した」[xiv]

すでに食糧資源が失われたことを知悉しながらも、一九年八月に食糧人民委員部によって策定された一九／二〇年度の割当徴発は過酷であった。県食糧委は八郡に二六〇〇万プードの穀物を割り当てたが、食糧人民委員部は「われわれの収穫統計資料に基づき指示された三一一〇万プードにまで割当を増やすことが充分可能」として、根拠不明のこの数字の遂行を無条件に要求した。二〇年二月にタムボフ郡の郷執行委議長は、人民委員会議布告に反してまったく力の及ばぬ割当徴発を強いられ、あらゆる穀物や家畜が基準を超えて奪われていると保護を訴えたが、食糧エージェントは郡の割当量全部を取り上げなければならない以上、「基準と種子を考慮する義務はない」と通達した。

実際の余剰量と割当量との乖離は農民の不満の大きな原因となり、多くの地方でこのために割当徴発の遂行が滞った。七月はじめの第二回全ロシア食糧会議で、ある消費県の代表は次のように発言した。「われわれは、割当徴発はまず余剰の存在が根拠になければならないと宣言した。農民は余剰について、国家組織は農民から取り上げる量を示すだけでなく、どれだけの量を消費に残すべきか、どれだけの量を播種に残すべきかを示さなければならないと理解している。だが食糧組織にとってそれを証明することは非常に困難であった。こうして［割当徴発徴収後に］農民に残される量が、もちろん自由販売も含めて、播種、消費などの基準となった」。割当徴発の「余剰」はこのように確定された。[xiv]

一九年一二月二九日づけ電報は、割当徴発を六〇％遂行した後にその免除や減免に関する申請を検討するとの内容であったが、現地食糧組織は申請の受理や割当量の減免には否定的であった。二〇年一月に中央執行委幹部会員ネーフスキィの訓令により、ニジェゴロド県クニャギニノ郡の郷に対する割当量が半減されとき、県食糧コミッサールは、「県食糧会議や県食糧委以外のかような変更は、穀物余剰の汲み出しという食糧組織の活動を不可能にする。ネーフスキィに、県食糧会議や県食糧委の認可なしのこのような変更の不当性を指摘し、この訓令を廃止するよう要請する」と食糧人民委員部に訴えた。彼はその理由を次のように説明する。割当量縮小の「訓令は、県食糧委の権威を揺るがせ、稲妻のような早さで全県に広まり、農民代理人の流入をもたらし、春まで自力で持ちこたえよとの命令を受け取った県食糧委にとって活動不能な状態を創り出す」、「もしネーフスキィが任務命令の縮小を必要と認めるなら、食糧人民委員部を通して行い、それに替わる命令をほかの県に出させるべきである」と。県の割当総量が変更されない限り、県食糧コミッサールの主張は当然であった。

食糧人民委員部全権マルゴーリンは、サマラ県ブグルスラン郡の郷から出された「割当徴発の力の及ばぬ負担」に関する申請を一〇月に検討し、割当量を縮小することも再検討することもできないとの結論を出した。「なぜなら、これによって県内のほかの多くの郷からも同様な申請を呼び起こし、ブグルスラン地区ではじまったばかりの穀物の集荷を停止させるので」。食糧人民委員部参与オシーンスキィに宛てた彼の元補佐官のこの書簡は、「非常にわずかな変更さえも、穀物受取りにとって致命的打撃を与える。なぜなら、中央で行われるあらゆる緩和は、免除と縮小の申請のための出張という伝染病を生み出す。出張に出向き、回答を持つ間、地方で割当徴発が再検討される間、執行は停止され、武力行動による業務さえ停滞してしまう」との文言が書き加えられ、オシーンスキィからレーニンに伝えられた。いかなる理由があっても指定された割当量の完遂が絶対化された。[xiv]

要するに、穀物の恣意的で暴力的な農民からの掠奪が制度化されたのである。三月にタムボフ県ボリソグレブスク郡執行委は、「郷に一九万七〇〇〇プードが課せられ、それは一九年収穫の実状とまったく合致していない。通過する軍事部隊は師団ごとに勝手に穀物を徴収し、穀物をことごとく濫費し、そのため割当徴発を遂行する可能性はなく、食糧部隊や組織は有無をいわさず財産、家畜、なけなしの穀物を没収し、市民を逮捕している」と訴えた。実際、この時の農村はさまざまな権力組織によりほとんど根拠のない不法な掠奪を蒙っていた。二月にトヴェリ県の農民は、以前衛生兵として病院に勤めていたにもかかわらず、兵役忌避との闘争非常委員会によって兵役忌避を理由に馬具のついた馬、サモワール、羊一〇頭、ズボンが没収された。困窮する家族のために運んだ麦粉七プードと脱穀黍二プードもモスクワ県の駅で民警によって有無をいわせず没収された。[xiv]

こうして二〇年夏以降、ロシア全土で状況はきわめて劣化した。九月半ばにサラトフに着任した県食糧会議議長は現地の食糧事情について、「ヴォルガの西方に位置しているにもかかわらず、非常に窮迫している。ヴォルガ河岸地区は凶作で、ヴォリスクやカムィシンのような都市は搬入穀物にきわめて難儀している」と指摘した。サラトフ市には一三日分の食糧備蓄しかなく、シムビリスク近くにある弾薬工場でコムニストも参加するストが準備され、党組織は完全に崩壊した。チェレポヴェツでは栄養失調に加えて冬が近づいても靴も衣服もないために、労働者の間で伝染病が大流行していた。[xiv]

対匪賊全権として二一年二月にタムボフ県に派遣された元県執行委議長アントーノフ=オフセーエンコは、アントーノフ蜂起までの「もっとも農民的な」県の惨状を次のようにレーニンに警告した。「農民経営の需要を考えずに寄食する何十もの赤軍兵士部隊に南部郡は耐えてきた。［･･･････］特に食糧割当徴発は重く県にのしかかった。前線付近の軍事部隊が集結したため畑作経営が崩壊して家畜と農具に大損害を蒙っても、県は食糧人民委員部によって生産県の一つに認定され続けてきた。莫大な努力を払った末に、力の及ばぬ負担であった一九／二〇年度の割当徴発は半分が遂行された。［･･･････］二〇／二一年度の割当徴発は、前年度比で半分に縮小されたものの、完全に力が及ばぬものであった。大きな播種不足と異常な凶作の下に県の大部分で自分の穀物にも足りなかった」。「割当徴発が一〇〇％遂行されたなら、農民一人当たり穀物一プードと馬鈴薯一・六プードしか残らない。そこで割当徴発はほぼ五〇％が遂行され、すでに［二一年］一月までに農民の半分が飢えていた。ウスマニ郡、リペツク郡の一部、コズロフ郡で飢餓は極限に達している（樹皮を囓って、餓死者も出た）」

アントーノフ=オフセーエンコは、割当徴発の過重負担によってそこの農業生産が崩壊したように描いているがそれは正しくない。すでに、一八年夏に県食糧コミッサール大会は食糧人民委員部に、県の食糧事情は恐ろしいテンポで悪化し、供給県から消費県に移ったと通知し、このことは『イズヴェスチャ』紙にも掲載された。モスクワは、タムボフ県が飢えている事実を知りながらも、膨大な量の食糧を中央に搬出させ続けた。

余剰を超えた割当徴発の徴収は、県食糧委穀物監督局の報告によれば、「年々種子材の質が悪化し、上質の種子は消えてしまった」ために、播種面積の著しい縮小を招いた。二〇年九月に開かれた県官庁間会議は、それは「統計資料によれば、一七年の六三万二二四六が［･･･････］二〇年に一九万九九四デシャチーナ［一七年比で三〇・二％］になった。オート麦の総面積は二〇年に一七年の三〇％に縮小した」ことを確認した。[xiv]

ボリシェヴィキ権力によってすべてを奪われ疲弊し絶望した大勢の農民がアントーノフ蜂起の背後に存在する。このような徴収の過酷さは、単に余剰を超えた徴発という以上に、人間の尊厳を蹂躙するそのやり方にあった。この蜂起の鎮圧に徹頭徹尾「赤色テロル」が駆使されたが、それは割当徴発の際に実行された措置の延長でしかなかった。

二一年二月に出されたタムボフ県革命軍事裁判所の反乱運動に関する報告書は、一九／二〇年度の割当徴発キャンペーンにおける農民蜂起の一因に、「地元活動家とチェキストが「死刑執行人」と呼んでいるタムボフ県食糧コミッサール・ゴーリディン」が「食糧部隊と食糧活動家を通して行使した脅しと暴力」を挙げた。食糧部隊員に彼は、最後の穀物を引き渡すのを頑強に拒否する場合に人質を捕らえ、併せて郷執行委と村執行委の全議長の大量逮捕を命じた。「郷が穀物を納付するまで市内のどこかの寒い部屋に彼らを閉じこめる。釈放されるには、農民はしばしば「余剰」を引き渡すために穀物を余所で買い求めなければならない。だが県内に穀物は少ないので、いくつかの郷で購入しても農民は自分たちの「ノルマ」を達成できず、種子を引き渡すか、なけなしの自家用分を「ノルマ」として引き渡し、これでも不足するなら、黙って処罰を待ち受ける。「さあ殺せ、銃殺しろ」。農民の大量銃殺のケースが県内の三、四ヶ所であった（二年間にタムボフ郡ドゥホフカ村で二人が殺害され、一人が負傷し、一人は「見せしめに」銃殺された）。農民の自殺のいくつかのケースも記録されている」と県エスエル組織は伝えている。

ボリソグレブスク郡には食糧部隊長マルゴーリンの名前が轟き渡る。彼は過度の鞭打ちのため革命裁判所によって逮捕されたが、タムボフ当局は彼の釈放を命ずる。鞭打ちで満足することなく、彼の命令により某郷で偽の銃殺が挙行される。逮捕され壁の前に立たされた村ソヴェト員が恐怖のあまり失神して倒れた。次に、彼らの衣服を剥ぎ取り、寒い納屋に閉じ込め氷点下二六度の中に放置した。殴打によって大勢の人々が死んだ。至る所で同様なやり方が認められた。二〇年四月にウスマニ郡で、「農民を鞭打ち、寒い納屋に閉じ込めた部隊長は、農民から奪った穀物で農民に密造酒を造るよう強いた」。郡執行委議長が「あんたは鞭打ちの権利を持っているのか」と詰問すると、部隊長は大勢を前に「鞭打ちを禁ずる法律はない」とうそぶいた。[xiv]

だが、このような農民への「赤色テロル」は個々の活動家の行き過ぎではなく、権力による組織的犯罪であった。党中央委はマルゴーリン自身と彼の部隊による狼藉についての郡執行委の報告を受け取り、四月二四日づけ党県委への書簡で、「郡への食糧割当徴発が不適正に行われたことが指摘されている。もっとも豊かな郷に豊かでない郷よりわずかしか課せられていない。それにこの不適正に行われた割当量は暴力により集められ、それは憤激を招いている」事実を確認し、その是正を求めた。だが、彼らは特に処罰されることもなくほかの地方に転任し、このような蛮行は繰り返された。ゴーリディンは第八回ソヴェト大会の県代表に選出された後、アルタイ県の指導的食糧活動家に転出し、シベリアでの食糧税の徴収に関わり、そこで農民に殺害された。二七年に出されたタムボフ県の農民運動に関する文献で、「県チェカーはしかるべきように強化されず、････党組織も相次ぐ動員によって非常に弱体であった」と言及されたような農村での脆弱な権力基盤のため、「赤色テロル」は唯一効果的な支配の手法であった。

二一年二月一六日づけ県食糧委への回状で食糧人民委員代理ブリュハーノフは、「個々の食糧エージェントまたは部隊指揮官によって行われる暴力を強く訴える請願書を点検し」、いくつかを妥当としたが、「住民をソヴェト権力に煽るため残虐で粗暴な振る舞いを最大限に発揮する目的でエスエルが部隊に浸透するケースが認められる」と、狼藉へのコムニストの責任を回避した。それに対し、五月にヴェチェカーは農村における食糧人民委員部の調達活動を検討し、「食糧エージェントにより日常的現象となった農民への無法行為と非合法的侮辱行為についての資料を一般化すれば、調達機関は無条件に腐敗している」と断罪し、機関とスタッフの刷新が必要であると結論づけた。それでも、ノヴォニコラエフスク県チェカーから「食糧部隊は税を遂行しない農民を凍てつく納屋に拘留し、被拘留者を痛めつけ、鞭打ちによって県食糧委全権は農民から税完納の念書を書かせている」と一二月に通知され、二二年三月にオデッサ県から、鞭打ちと見せかけの銃殺による徴税活動が報告され、このような蛮行はネップへの移行後も続けられた。[xiv]

　二〇年六月に「アストラハン市では根も葉もない根拠で不法な逮捕が行われ、権力にある人物からの詐欺や強請」によって人民資産は勝手に浪費されているが、法廷でも彼らが裁かれないような権力による無法状態を、一市民はカリーニンに訴えた。独裁体制により民衆と共産党との遊離は徐々に拡大したが、それと同時にコムニストの特権を目的にする党員も急増した。タムボフ県で二〇年初めに一万一一三三人の党員を数えたが、そのうち七二九八人は一九年末の『党週間』に推薦書なしで志願し全員が党員として登録された「労働者と農民」であり、二〇年夏に新加入者の半数が除名され、無権利住民の「初期状態」に戻った。このような党の現状を憂慮して二一年三月の第一〇回党大会で党の「浄化」に関する決議が出されたのである。この決議を受け六月二五日の政治局会議で党の点検と浄化に関する問題が審議され、八月一日から一〇月一日まで党の人的構成の点検が行われることが決定され、一七年一〇月以降の加入者、元政府職員の前歴者、ソヴェト職員は特に入念に必要とされた。ここで職権濫用などによって党の威信を損なう党員は除名されると指示されたように、党=ソヴェト活動家の職権濫用は日常茶飯事であった。二一年三月にタムボフ県委は党中央委に、あくどい食糧組織の活動のために農民はソヴェト権力に大きく失望し、コムニストの言動に猜疑心を強くしていると報告した。

割当徴発を遂行する際の違法行為は顕著となり、二〇年一〇月一九日づけ司法人民委員部回状は、「違反と侵犯が大量に見られる」として、割当徴発の回避などとならんで、「職務の執行の際の食糧組織代表による職権濫用と越権行為」との断固とした闘争を指示した。ここで指摘されたような、さまざまな特権を享受した事実は多数報告された。一九年にヴャトカ県オルロフ郡から「郷執行委食糧部ではあらゆる不正が行われ、執行委員や職員は［配給用の］商品を真っ先に受け取っている」と、一九年末にツァーリツィン県から、必需品が不足するソヴェト下級職員の間で特に食糧委に入りたがる傾向が強いと報告された。二〇年五月にプスコフ県執行委から食糧人民委員部に、「プスコフにラトヴィア共産党外国局があり、食糧人民委員部により徴収されたあらゆる在庫がそこに流れた。約四、五〇〇人のプスコフに移り住んだすべてのこの担当者は、これら在庫から特別な基準で供給を受けている」と伝え、「食糧人民委員部はヴェリキエ=ルーキとプスコフ市に、様々な織物、小間物、食糧、その他の大衆消費財を貯蔵する倉庫を持っている。すべてこれらの支給品は、住民に配分されるのではなく、もっぱら食糧人民委員部職員に供給されている。［･･･････］この状況は、住民大衆の敵意をもたらしている」と県食糧委は訴えた。四月にゴメリ県で燃料事情の視察と称して酒と女とカード賭博三昧に耽ったのが発覚し、県燃料委議長と委員に一年間の党からの除名、残りの委員二人に候補への降格処分が下された。民衆の困窮と支配者の特権との乖離は埋めがたいものがあった。[xiv]

　四　アントーノフ蜂起はじまる

　タムボフ農民の絶望と憎悪

　二〇年春はロシア全土で総じて秋蒔き穀物の発芽状態は良好に思えた。昨秋は耕起にとって順調な天候が続き、冬の大雪の後は穏やかな春の天候であった。天候が幸いするかに思えたが、春蒔き状態は種子不足やいくつかの地方で晩春から続く旱天によって、収穫を懸念する声も聞かれた。旱魃の影響が少ない北部、北西部で平年並み、ウラル西、ヴォルガ流域などで平年以下、中央農業地区で凶作の作況予想が六月に出された。多くの地方で初夏に降った慈雨が穀物を回復させたといわれたが、中央統計管理局は中央黒土諸県で悪い播種状態が認められると指摘した。

タムボフ県の春蒔き播種は壊滅的で、そのため収穫は完全な凶作であった。ボリソグレブスク郡では播種分の収穫さえなかった。このような地方の実情について、キルサノフ郡の郷執行委議長は二月にレーニンに次のように訴えた。「現在郷にいる食糧部隊は割当徴発により穀物を全部汲み出している。貧農の大部分は凶作のためそれを遂行することができない。［･･･････］そのような穀物の汲み出しは住民に［消費］基準と種子を残していない。割当徴発を履行できない者から、繁殖を考えずにすべての家畜が徴発されている」。そこでの農村の荒廃は著しく、二二年一月一五日づけの県執行委と県委の国防会議宛ての食糧資源に関する報告書では九ページにわたってその惨状が縷々綴られた。二〇年は県一帯が凶作であるにもかかわらず割当徴発が強行され、農民経営には何も残されなかった。ボリソグレブスクとウスマニ郡では割当徴発の開始までに、「一人当たり穀物四・二から三・〇プードしかなく、住民は至る所で様々な代用食を摂り、種子材の著しい部分は食用に利用された」。このため播種面積が激減し、「デシャチーナ当たりライ麦は六、五プードしか播種されず、四プードの播種さえあった」。これはまさに翌年の大飢饉の予兆である。

それでも中央権力により二〇年の凶作の事実は無視され、割当徴発の廃止は問題にもならなかった。二一年の大飢饉を考えるときも、二〇年の凶作は重要なテーマである。「普通二〇年は飢饉でなかったと考えられているが、これは誤った考えである。二〇年はサマラ県にとって明白な飢饉年と見なさなければならない」とアメリカ赤十字ロシア協会の論集は指摘するが、これに該当するのはサマラ県だけではない。[xiv]

ロシア全土で二〇年の収穫以前に凶作は至る所で確認された。ヴォルガ流域地方の収穫は非常に悪く、サマラやサラトフの多くの地方で熱波のために穀物は全滅したことはすでに七月に判明していた。六月の第二回全ロシア食糧会議で、ヴャトカ県で播種の七五％までが絶滅したと報告され、このほかタムボフ、ヴラジーミル、モスクワ、オリョール、スモレンスク県など各地から、旱魃による凶作のために食糧割当徴発の遂行が不可能であるとの嘆願が届けられた。このような状況に対し、割当徴発が進捗しない問題についてブリュハーノフが報告した九月一四日の人民委員会議で、食糧人民委員部、中央統計管理局、内務人民委員部に穀物割当徴発と凶作との関係を検討することが委ねられ、調査結果の報告は二週間後に指定された。続く二一日づけ人民委員会議決議により、最大の凶作罹災地、リャザニ、カルーガ、トゥーラ、ブリャンスク、オリョール県の調査が食糧人民委員部に指示された。指定された二八日の人民委員会議での報告は一〇月五日に延期され、そこで調査特別委は、「現行の食糧人民委員部の穀物割当に根本的修正は不要」と勧告し、この決議は公表せずとされた。この問題の検討は引き続き食糧人民委員部に委ねられ、一ヶ月後に人民委員会議への報告が義務づけられた。一一月二日の人民委員会議は九月二一日づけ同決議に追加し、ツァーリツィン県を新たに凶作県と認定し、これら六県での飢餓民援助の組織化を食糧人民委員部に指示した。だが、食糧援助に関する九月二九日づけ食糧人民委員部特別指令によれば、カルーガ、リャザニ、ツァーリツィン、トゥーラ、ブリャンスク県と寒冷被害を受けたヴャトカ県が援助対象とされ、オリョール県は省かれた。さらに、二一年二月一七日づけ中央執行委幹部会決議に基づきカリーニンを議長として設置された凶作罹災農民の支援に関する特別委は二月二〇日の会議でこれまでの援助活動を総括し、一一月二日づけ人民委員会議決議に準じて罹災県への食糧支援を割り当てたが、ブリャンスク県を援助対象県から除外し、その理由として、同県での農村調査により馬鈴薯の収穫で自県を賄うのが可能と判断したことを挙げた。公表された同決議でブリャンスク県は凶作県に認定されながらも、実際にはこの県は飢餓救済の措置をまったく受けず、二一年二月一〇日の食糧人民委員部参与会会議で最終的確定された凶作県は、リャザニ、トゥーラ、カルーガ、オリョール、ツァーリツィンの五県に留まった。[xiv]

人民委員会議への報告のため現地の実情を視察したスヴィジェールスキィは、一〇月一一日の食糧人民委員部参与会会議で次のように報告した。「今年はひどい飢饉であろうとの印象を持ってそこに到着し、その印象で仕事に取りかかったが、わたしは実際にはそこに凶作はないことを知った。わたしがそこ［タムボフ県］に行ったとき、混沌としていたが、シリーフチェル［県執行委議長］も県コミッサールも飢饉の災害について何も触れなかった。［･･･････］それぞれの県食糧委に[割当徴発を]縮小しようとする傾向がはっきりと見られるのは疑いもない。例えば、タムボフ県食糧コミッサールは、食糧人民委員部が出した一一〇〇万プードの割当徴発の全部はできないが、六〇〇万プードを調達することはできると発言した。［･･･････］凶作といいながら、タムボフ県食糧委は割当徴発の半分を、サラトフ県食糧委は四分の一を、ドイツ人[州]とアストラハンは三分の一を遂行できるという事情をどう説明するのか。これは住民が自分の手元にまだ昨年の穀物を持っていることで説明される。［･･･････］穀物の徴収という意味で、われわれはいかなる英雄的措置も執っていないと結論づけよう」。凶作に喘ぐ現地の調査を行った食糧人民委員部参与のこの言葉に驚かされるだけではない。彼は九月二八日にサラトフ県食糧参与から、指定された割当徴発を遂行するため、「必要ならば消費基準を犠牲にしても実施する」という「英雄的措置」がすでに執られたとの電報を読んでいたはずであり、それでも困窮農民にさらに苛酷な犠牲を求めたのがこの報告である。タムボフ県チェカー特別部は二一年四月に出した報告書で、「二〇年の部分的凶作に関連し、暴力による割当徴発の徴収がはじまり、それは県内のいくつかで極限に達し、そのやり方は異端審問の形を採った」と指摘するように、凶作によって穀物の供出が困難になるにつれ権力による抑圧はむしろ強まった。

一一月一五日の人民委員会議でブリュハーノフ特別委の最終報告が行われ、そこでは現行の割当徴発を基本的に「目的に適い現在の条件では唯一適正と認め」、モスクワ、チェレポヴェツ、ポクロフスク県とドイツ人コミューンでのみ縮小する必要を認め、「北カフカースとシベリアに関して割当量の変更は無用と認め、その際に特別委の見解では、北カフカースの食糧資源の状態は割当量の引上げが可能に思え、シベリアで生産者からより強力に穀物を汲み出すためにしかるべき抑圧を行使する必要がある」と勧告した。凶作県と認定されても割当徴発の縮小対象にならず、「もっとも旱魃の被害を受けた」とブリュハーノフも認めるトゥーラ県で、割当徴発を完遂するため『食糧三週間』が九月五日に宣言され、食糧部隊が投入され、ソヴェトと党組織から多数が動員された。一〇月一五日に開かれた郡・郷・村執行委モスクワ県大会でレーニンが、二、三週間前の人民委員会議で割当徴発が法外に重いということが検討され、割当徴発の緩和が決定されたと報告したのは、真っ赤な嘘であった。[xiv]

農民経営は崩壊し、未来に生きる望みも絶たれ、革命によって実現されたと思われた彼らの長年の夢は儚くも破れ、ボリシェヴィキへの憎悪が高まり、収穫期がきても膝丈もないライ麦の生育を見て絶望に陥った彼らは命を賭して立ち上がった。

すでにアントーノフ蜂起以前に、県内の荒廃した農村は騒然とした状況にあった。二〇年のチェカー情報によれば、「一月三一日、ウスマニから穀物割当徴発を原因とする騒擾が認められるとの電報を受け取った。直接行動はなかった。しばしば、雹害、旱魃、全般的な凶作が考慮されずに農民は最小限の基準さえ搬送できないため、農民の食糧政策への対応で穀物割当徴発に否定的」、「七月一五日、農村での非常に苦しい食糧危機のため、クラークと聖職者によって反ソヴェトの情宣が行われている」

これら直接行動の誘因は様々で、キルサノフ郡からチェカー報告では、「ラムザイ郷でロシア共産党とソヴェト権力への憎悪を剥き出しにした蜂起を匪賊が起こした。蜂起者により何十人ものコムニストが家族ともども殺害された。カルギノ郷で飢餓のために蜂起が勃発した。六月一日に馬鈴薯割当徴発の遂行と家畜の強奪のために、いくつかの郷で蜂起が生じているとの情報を受け取った。四月二二日にコズロフで食糧不足のために蜂起があった。テムニコフで修道院を閉鎖したために都市住民と周辺農民による蜂起が起こった」。ボリシェヴィキ権力のあらゆる措置が農民の憎悪の的となり、アントーノフはこれら無数の農民の絶望と憎悪を糾合したにすぎない。

また、キルサノフ郡チェカーと郡軍事評議会が、「郡南部地域はその自然条件によって匪賊が居住するに絶好の場所である。［･･･････そこにある湖の島や森は］すでに久しく匪賊の避難所と拠点となり」、この郡だけでも二万といわれた脱走兵がそこに潜み、「全員が赤軍の軍務でなく、喜んで匪賊の側に就いている」と評したような彼らがアントーノフ軍の中核を形成した。また、「十月革命後から民警署長を勤めた彼［アントーノフ］は［･･･････そこに］ライフル、剣、拳銃などのあらゆる武器を密かに運んだ。以前シベリアに向かうチェコ部隊がキルサノフ駅を通過した際に、民警署長であるアントーノフに多くの武器が自発的に引き渡され、それらの多くが没収された」と郡チェカーが報告するように、大量の武器がアントーノフ軍の手にあった。

運動への直接的参加者はその支配領域の人口の一割程度であり、多くの農民は程度の差こそあれ蜂起の目的に共鳴しても平穏な農耕を捨てきれず、運動への直接参加を回避したといわれる。しかしながら、アントーノフ蜂起軍は地勢を熟知していただけでなく、農民一般大衆によって鎮圧軍接近などの情報を得て、食糧などを受け取り、匿ってもらうなどの様々な「後方支援」を獲得することで、長期にわたって戦局を有利に展開することができた。多くの農民反乱がそうであるように、それが必然的に持つローカルな特性はその強さでもあり、弱さでもあった。[xiv]

ボリシェヴィキ権力にとってこのような大規模な民衆蜂起が自然発生的に勃発することは想定外であり、二一年一〇月五日の県執行委会議で、「参謀本部からの資料によれば、匪賊は充分うまく組織され、アントーノフは理想的指導者であったこと［･･･････］が確認できる」としながらも、「それはタムボフ・エスエルに、公式には勤労農民組合タムボフ県支部により唆された。社会主義者=革命家党［エスエル］中央委はソヴェト政策と食糧活動への一般的不満から地方で生じた個々の爆発が成功を収めなかったのを見て［･･･････］大規模な大衆的反乱を準備しようと決意した」と、エスエルと勤労農民組合の役割が強調された。その後のソヴェト文献でも同様な主張が繰り返されが、現在ではエスエルは中央でも地方でもそれに直接関わりを持たなかったと、多くの研究者は異口同音に結論づける。エスエル指導部は、蜂起は流血の弾圧を招くだけであるとして農民蜂起を望まず、同県委はアントーノフに党への従属と分派闘争の中止を求めた。二月二五日づけ同中央委の『農民運動に関する党の戦術』で、共産党独裁が必然的に崩壊する客観的情勢に言及されたが、この運動と党との具体的関わりについては触れなかった。五月に開かれた第一〇回ロシア共産党協議会でラデックは、「アントーノフは［エスエル］党規律に従うのを拒否し、それとの関係はほとんどない」と正確に言い当てていた。二一年初めにタムボフの著名なエスエル党員ポドベーリスキィはこの農民蜂起を「スローガンのない、理念のない、綱領のない剥き出しのパルチザン運動」と非難した。[xiv]

自然発生的蜂起に糾合する農民の心性は、革命によって獲得したはずの農民の権利がコムニスト権力によって踏みにじられているという意識に集約され、コムニストへの憎悪がその伏流にある。「匪賊は「ソヴェト打倒、コムニストを殺せ、勤労農民とヴラーンゲリ万歳」のスローガンを記した赤旗を先頭に掲げていた」と現地党機関紙は報じた。このような事実は、二〇年一〇月二九日づけのキルサノフ郡チェカー政治局の報告で次のように語られた。「匪賊への共鳴は、彼らが常に農民の擁護者のように振る舞ったことで説明される。もし例えば、割当徴発の実施のために、あるいは、何か別の理由で権力の代表が到来すると、彼が匪賊の手にかかって殺されるのは避けられない。そのようにして、この間に南部地区で約二〇〇人のコムニストが殺害された。アントーノフが直接行動を開始したとき、彼らがアントーノフに加わった理由はそこにある」

一〇月にいくつかの村で匪賊によって数人のコムニストが殺害され、「北部地区の郷・村ソヴェトはコムニストへの野蛮な制裁に怯えている。昼はまだ何とか活動しているが、夜には全員がどこかに隠れている。南部地区に二〇もなかった郷ソヴェトは最初の襲撃で逐電した。そこにソヴェトを組織するのは当面不可能で、この地区からあらゆる匪賊グループが最終的に一掃されたときにようやく可能になり、そうでなければ活動は不安で、余計な犠牲者を出すだけである。総じて農村の［党］活動は死に絶えた」とキルサノフ郡から報告されたように、コムニストの四散とともにそこでの党活動は崩壊した。アントーノフ運動の一〇ヶ月間を総括した報告書によれば、「約一五〇〇人のソヴェト活動家とコムニストが殺害され、五〇ヶ所以上のソフホーズが掠奪され、約二三〇ヶ所のコルホーズが掠奪され破壊され、ソフホーズから匪賊によって一二〇〇頭以上の馬が持ち去られ、七〇〇頭以上の雌牛、八〇〇頭の豚、約二六〇〇頭の羊、多数の家禽が盗まれた」。農民匪賊が憎悪する対象は明らかである。コズロフ郡のコムニストは家族ともどもアントーノフ軍の徹底的な掠奪に再三遭い、下着一枚も残されず、県委も県農業部も救済を拒否し、「そのため家族は飢えと寒さで死ぬしかない」と中央委政治局総務部に助けを求めた。[xiv]

軍事的鎮圧の限界

二〇年夏になると至る所で不満は頂点に達した。ボリソグレブスク郡チェカー政治局は郡の七月情勢について、「住民、労働者、農民、職員の気分は苦しい時期に耐え、崩壊、長引く戦争とさし迫った穀物の不作のため不満に充ちている。収穫は実際見るからに悪い。いくつかの地方では播種用の種子さえ収穫できない。生きるにも不足する安い給与のために労働者と職員の間で不満が募っている。別の不満の原因は、配給券と食糧が少ないことである」と報告した。モルシャンスク郡政治局からはより直接的である。「穀物割当徴発への郡食糧委の過剰な抑圧的措置のために、農民の気分は打ちひしがれ、近い将来に深刻な紛糾が予期される。なぜなら、貧農の食糧事情は非常に惨めになり、それが彼らをクラークと徒党を組むのを促している」

アントーノフ蜂起の発端は、この時期に無数に発生していたごく通常の衝突の一つにすぎなかった。八月一九日に五、六〇人の武装した脱走兵がタムボフ郡カメンカ村付近で食糧部隊を襲撃し、翌日に別の脱走兵グループがソフホーズを襲い、労働者を殺害し、馬を盗んで逃げた。二一日に追撃する食糧部隊は援軍ともども騎馬蜂起兵の奇襲によって粉砕された。戦闘に参加した脱走兵と一五〇人の村人は赤旗を掲げてカメンカ村に凱旋し、その後に開かれた村会でコムニストと割当徴発に反対する蜂起がはじまったと宣言された。

この知らせはその日のうちにタムボフ市に届けられ、深夜に県執行委幹部会の緊急会議が開かれ、県チェカーに蜂起鎮圧の作戦参謀部を設置することが決定された。中央から全権代表が派遣されるまで県チェカーが反乱鎮圧の指揮を執った。だが、当時の県チェカーは、現地エスエル党員が六月に同中央委に提出した報告書によれば、その「構成員は刑事犯である。チェカーの最初の構成員は一年半前に全員が監獄に送られた。交替した次のメンバーも同じ運命を辿った［･･･････］。県チェカーの指導者全員が逮捕され、有罪判決を受けた」有様であった。増援部隊が派遣され、蜂起は沈静したように思われたが、三〇日早朝にカメンカ地区全域で大規模な蜂起が新たに発生し、狼狽した作戦参謀部は翌三一日午前五時二〇分に以下を軍事部隊長に下令した。

「匪賊的直接行動や匪賊の隠匿への関与が認められる村落に対して、容赦なく赤色テロルを行使するよう命ずる。

そのような村落で［･･･････］一八歳以上の市民を人質として取るよう命ずる。もし匪賊的直接行動が続く場合に、人質は銃殺されることを住民に宣告する。

　そのような市民の財産を完全に没収する。

　彼らが寝泊まりする建物を取り壊し、それができない場合には火を放つ。

　犯罪現場で捕獲した匪賊を銃殺する。

　同様に、県執行委幹部会決定にしたがい、匪賊運動への関与が認められる村落は非常食糧コントリビューツィアが課せられ、その不履行に対してすべての市民のすべての土地とすべての資産が没収されることを宣告する。

　彼らは強制的に追放され、成人はラーゲリに、子供は孤児院に内戦終了まで収容される。

　本命令書は村会で読み上げられすべての村落に掲示される」

アントーノフ蜂起に対し「赤色テロル」が公式に宣告されたものの、現地当局はこの蜂起を前にほとんど茫然自失の体であった。このことについて、タムボフ繊維工労組からの以下の生々しい報告書が物語っている。「農民ならびに労働者は完全に反革命的気分にあることを強調する必要がある。［･･･････］村ソヴェトはいかなる策を弄することなく、逆にパニックを起こしてラスカゾヴォに逃げ出した。当時ラスカゾヴォにいた二五〇人のコムニストは、匪賊がラスカゾヴォを攻撃しはじめると雲散霧消し、一〇〇人か八〇人の同志が何とか踏みとどまり、彼らはラスカゾヴォ付近でもっとも奮戦し、完敗した。［･･･････］八月三一日に党ラスカゾヴォ地区委から、三〇分以内にあらゆる武器を持って集合するようにとの命令が全コムニストに出され、［･･･････］そこでわたしが出遭ったのは羊の群でしかなかった。組織性はなく、誰も命令を与えることができず、自称参謀長の党地区委議長同志ウコーロフは自分を勇敢と思っていたが、残りの参謀全員が退却用に立派な馬を整え、残りのコムニストは全員非武装で、まとまりがなかった」。すでに八月二一日の県執行委会議でコムニスト部隊に武器がないことが確認され、現地の武力で蜂起を鎮圧することができず、地元権力は蜂起の拡大に手をこまねくしかなかった。

アントーノフ蜂起がたちまち大規模な農民運動へと拡大した理由の一つに、地元勤労農民組合がそこでイデオロギー的にも組織的にも大きな役割をはたしたことが挙げられる。県チェカーの報告によれば、県内に三〇〇ヶ所以上の勤労農民組合地方委員会があり、その多くが四月以降の蜂起運動の過程で生まれた。九月に開かれたエスエル全ロシア協議会に出席したタムボフ代表は、現地での活動について以下のように報告した。「一九年にわれわれは合法的活動の可能性に期待をかけ、当時協同組合はまだ活発で、どれだけかの自由度が労働組合に与えられていた。だが間もなくこれへの期待は幻想であることが明らかになった。権力の農民への対応を見れば、権力が農民の利益を擁護するというのは画餅であることが分かった。銃剣と床尾だけが跋扈し、それに反対するに言葉は無力であり、協同組合は乱暴に圧殺され、労働組合は強圧的に共産党支部に改変させられた。労働組合理事会がそれらの強圧的「共産主義化」に反対したとき、権力は彼らの逮捕に躊躇しなかった。合法的活動への幻想が失われた結果、タムボフ組織は二〇年二、三月から党の相貌を隠すことなく断固として非合法的立場を採った。［･･･････］農民は、無党派だが構成は厳格な階級的「勤労農民組合」に結集した。この活動でエスエルは左翼エスエルと合意に達し、その際に組合は「右翼」と「左翼」エスエルが合意した二つの主要な任務を設定した。［第一は］農民組合、労働者組織、社会主義政党の代表からなる新しい臨時政府がコムニスト党から権力を奪取する［･･･････］。第二の任務は、土地の社会化法令の遵守であり、この種の任務を持つ農民組合はタムボフ農民の支持を受け、組合は村ごとに非常に順調に成長するようになった」。まさにタムボフ勤労農民組合は一七年革命で獲得したはずの農民の権利を回復しようとする農民組織であり、プロレタリア独裁との武装闘争を否定して、ボリシェヴィキからの権力奪取を明言しない典型的なエスエル的綱領よりも、虐げられた多くの農民の共感を得たのである。[xiv]

エスエルによって創設された勤労農民組合はいくつかの郷で地方当局により解体され、それに替わる独自のアントーノフ「勤労農民組合」が生まれ、この「勤労農民組合」県委員会は発足当時タムボフ郡カメンカ村に置かれた。一二月までに「勤労農民組合」の綱領と規約が作成され、その内容はエスエル色を残しながらも、ボリシェヴィキ抑圧者との断固とした闘争を掲げ、テロルを絶対化し、スローガン「コムニストなきソヴェト！」の実現を目指した。同委員会はボリソグレブスク、キルサノフ、タムボフ郡を中心に設置され、農民はこれら組織に好意的であったという。

同じくエスエル党協議会でタムボフ代表はそこでの戦闘行為について次のように報告した。「タムボフ郡で「独立エスエル」を自称するアントーノフの指導の下に農民の大蜂起が勃発した。彼の指揮下に約三〇〇〇人の武装農民がおり、彼らのうち三分の一は騎兵である。「アントーノフ軍」はソヴェト部隊とパルチザン闘争を行い、彼らとの全面衝突を避け、その全勢力をコムニスト、食糧活動家、彼らを防衛する者の撲滅とソフホーズの掠奪に向けている。「アントーノフ軍」は「勤労農民万歳」のスローガンを書いた赤旗を掲げている。［･･･････］ボリシェヴィキ権力は農民蜂起を圧殺するもっとも厳しい手段に躊躇しない。「合法的」と「非合法的」銃殺、大量逮捕、村全体の殲滅、これらすべてが稼働している。総勢約一五〇人の銃殺される農民のリストはすでに執行された。大砲が運び込まれ、タムボフ郡の三つの村、コプテヴォ、ヒトロヴォ、ヴェルフネ=スパッスコエが焼き討ちされた。これら村の住民の一部は虐殺され、一部は逮捕され、成人はラーゲリに収監され、子供は孤児院に収容されている」。ここで言及された「合法的」銃殺とは、オリョール軍管区革命軍事裁判所巡回法廷（タムボフ県はオリョール軍管区に含まれる）の訓令によれば、もっとも簡潔な審理を行い、四八時間以内に執行する銃殺を指すが、二一年以後は現場での裁判なしの銃殺も「合法的」になる。[xiv]ヒトロヴォとヴェルフネ=スパッスコエはアントーノフ軍に合流した村であり、これらの村の焼き討ちはその報復であろう。このような焼き討ちも「合法的」である。カメンカ村と同時に決起したゾロトエ村で赤軍兵士が二人殺害されたとき、この村はすっかり掠奪された後に火を放たれた。[xiv]

九月九日づけで匪賊討伐軍司令官にオリョール軍管区国内保安軍隊長で二九歳のアプロークが任命され、翌一〇日に着任した。「彼の判断によれば、［･･･････］軍事的観点からは反乱は鎮圧された」と、九月末の県チェカー幹部会で報告されたように、当初は楽観的であった。状況視察に訪れた国内保安軍参謀長も共和国革命軍事評議会議長代理スクリャーンスキィへの報告書の中で、「県内の全武装勢力の指揮がオリョール国内保安軍地区長アプロークの手に統合され、彼に指揮権が移譲された九月一〇、一一日までに蜂起者は一万五〇〇〇人から二万人を数えた」が、九月末までに「アントーノフの主力匪賊を除き、反乱運動の一部は粉砕され、一部は捕虜になり、一部は四散し、残った蜂起者の群れは落ち着きを取り戻し、いつもの仕事に戻った」と軍事行動の成功を伝えた。このような初期の楽観的報告について、後に県チェカーは「中央はより強力な国外戦線［対ポーランド戦争］の敵との戦闘に夢中で、地方権力は［･･･････］すべてが平穏と考えた。この平和ぼけのためにアントーノフとの闘争はきわめて優柔不断であった」と批判した。

もちろん、現実は決して楽観的ではなかった。中央委から派遣されて県執行委議長代理となったメシチェリャコーフは以下のように現地の不備を九月二四日づけでレーニンに訴えた。「事態は悪化している（わが二個中隊が武装解除されライフル四〇〇丁と機関銃四丁が奪われ、そのように敵は強くなっている）。わたしは総司令官からタムボフに大隊一個とライフル三〇〇丁を送るとの約束を受け取った。だが、食糧部隊の問題に関して今日まで何もなされなかった。われわれに何も提供されなかった。［穀物の］集荷は一日に必要とされる二〇万から二二万でなく二万、二万二〇〇〇、二万五〇〇〇プードとなっている」。この文書にレーニンは、「同志スクリャーンスキィとヂェルジーンスキィへ、超精力的措置だ！大至急！」［両者とも匪賊運動との闘争特別委員］との指示を与えた。[xiv]

当時すでに最高決定機関となっていた党中央委政治局会議で、不可解なことに二〇年中にこの問題はまったく取り上げられなかった。この事情を合理的に説明するのは難しい。一二月末に出された「タムボフ県における反乱運動が長引く理由に関する」報告書で国内軍参謀部特別委はその理由として、「国内軍参謀部である中央司令部は現地司令部の要請に必ずしも熱心に耳を傾けず、実質的に援軍の派遣を遅らせた」中央司令部の怠慢と、「一二月一日までタムボフ司令部と［革命］軍事評議会から共和国国内軍司令官に軍事状況と運動に関する一遍の状況報告も提出されなかった。受け取ったあらゆる報告は非常に曖昧で、むしろ、楽勝気分であった」とする現地司令部の状況判断の甘さを指摘する。一二月一八日のキルサノフ郡の作戦行動会議では、管区軍事委は匪賊の根絶について虚偽の情報を流していたことが明らかにされた。二一年二月に出された革命軍事裁判所の報告書でも、司令官アプロークは蜂起の順調な鎮圧についてモスクワを安心させるような電報を送り続け、中央ではまったく誤ったイメージが創られたとされる。

「赤色テロル」を宣告しても現地軍では蜂起を鎮圧できず、県執行委は中央に割当徴発を遂行するには増援部隊が必要であることを再三要請したが、中央からの本格的介入の見込みはまったくなかった。国内保安軍司令官コールネフは赤軍総司令官カーメネフとヂェルジーンスキィに九月二七日づけで県内の状況を打電し、反乱鎮圧まで穀物の汲み出しを猶予できず穀物徴発に国内軍の軍事力が必要なため、そこから反乱鎮圧軍を割けないと伝えた。皮肉なことに、二一年二月にロシア共和国一一管区で五万一九六八人の食糧部隊が活動していたように割当徴発の徴収に多大な軍事力が要求されたため、鎮圧軍を編成する余力はもう残されていなかった。

また、この時レーニンが憂慮すべき県内情勢の情報を充分に掌握していたかは、疑問である。ヴェチェカーは県支部を通して充分な情報を持っていたはずだが、『レーニン全集』によれば、これら機関からレーニン宛ての公文書はほとんどなく、彼が受け取るのは、メシチェリャコーフからの覚書のような個人的な入手経路がほとんどであった。現地から中央への報告はヂェルジーンスキィ、コールネフ、赤軍総司令官カーメネフ宛てがもっぱらで、二〇年一〇月一九日づけでレーニンはコールネフとヂェルジーンスキィに、「同志シリーフチェルはわたしに、タムボフ県での蜂起の強大化と、わが兵力、特に騎兵の弱体化を伝えている。もっとも速やかで（模範的）撲滅が絶対に必要である。いかなる措置が執られているのかをわたしに通知するようお願いする」と、速やかな情報提供を促した。同じ頃、アントーノフ軍によって地元の工場地区が占領された際にヂェルジーンスキィに、これに責任あるチェキストとコールネフを軍事裁判で厳罰に処せと、レーニンは苛立ちを隠さずに命じたのは、このような事態は彼にとって寝耳に水であったためと推測される。この事情も含めて、アントーノフ蜂起に関する情報は中央や党の機関でも共有されていなかった、または秘匿されていた可能性がある。二一年二月二二日づけで党ウラリスク県委は党中央委に対し、サラトフ県に隣接する郡で展開している匪賊運動に対抗する情宣キャンペーンを実施するため、「アントーノフ運動について、匪賊運動全般についての隠された真実を」開示するよう求めた。[xiv]

　マフノー運動の拠点、エカチェリノスラフ県グリャイ=ポーレ村で一九年四月に開かれた代表者地区大会決議で、「あらゆる口実の下に労働者、農民、蜂起者を銃殺したチェカーによって実行されている、ボリシェヴィキ権力の反動的やり方に抗議する」と述べられたように、すでに至る所でボリシェヴィキへの憎悪が燃え上がっていた。

チェカー報告書の二〇年八月分から抜粋しただけでも、「ヴラヂーミル。八月二一日にヴィヤジマ郡の村で穀物の搬出が原因で蜂起が起こった。蜂起の参加者は八〇〇人。［･･･････］ヴォロネジ。ザドンスク、ノヴォホピョルスク、ゼムリャンスク、パヴロフスク、ニジニィウディンスク郡で蜂起が起こった。パヴロフスク郡で兵役忌避者によりプゼヴォ村ソヴェト議長が殺害され、それに蜂起が続いた。ニジニィウディンスク郡で聖職者の逮捕をきっかけに蜂起が起こった。［･･･････］ヴラヂーミル。メテラ村で騒擾があり、それに三〇〇人が参加した。四フント製粉税によって集められた穀物の搬出が原因である」など、様々な原因が農民蜂起を誘発していた。またこのときからチェカー定例報告書に新たに「軍事状況」と「匪賊運動」の項目が設けられ、そこにも、「ハリコフ。ヴェリカヤ=カムシェヴァハは約二〇〇〇人の歩兵、七門の大砲を持つ騎兵七〇〇人によって占領された（八月二四から三一日）。マフノー匪賊はスヴァトヴォ、カバニエ駅の地区に集結している（九月六日）［･･･････］ウファー。メンゼリンスク郡の森林に兵役忌避者の匪賊が潜んでいる。郡での匪賊運動は強まっている（八月一五日から九月一日）サラトフ。県の軍事部隊から赤軍兵士三七六二人が脱走した。三五一一人が自発的に出頭し、三三六八人が捕獲された。全部で七八二七人の脱走兵が記録され、そのうち悪質なのが二三〇一人（九月一から一五日）」と、枚挙に遑がないほど多数の農民蜂起、匪賊運動、騒擾にロシア全土が覆われていた。

こうして各地から叛徒に対抗する兵力増強が要請されても、タムボフ県を管轄するオリョール軍管区司令官の秘密報告が、同軍管区から戦闘能力のある全部隊はすでに対ヴラーンゲリとポーランド戦線に送られており、ソヴェト軍の兵力を農民戦線に展開するのは不可能と認めていたように、軍事力の動員は限界であった。これを補完するために民警[xiv]の動員がはじまった。だが、ヴラーンゲリ戦線に彼らが動員されたため犯罪と兵役忌避を取り締まることができず、ヴィテブスク県の民警署長は動員の停止を訴えた。

内戦の終了にともなう動員解除はこの状況をさらに悪化させ、二一年二月にケードロフ、ヤーゴダらチェカー幹部を含む党員有志は、「最近の動員解除は軍の極端な弱体化を招き、その戦闘能力を徐々に減退させ、ゼロになっている場合もある。そのような状態で赤軍はソヴェト権力の当てになる保塁となりえない」と中央委に書簡で訴えた。[xiv]

このため、二月一四日づけ組織局会議は、コムニストの動員解除を停止し、彼らの休暇を禁止した。だが、動員解除の遅延は兵士と民衆の不満をかき立て、強制動員された兵士は脱走兵となってアントーノフ軍に合流し、反乱軍を補強させる結果に終わった。鎮圧軍の状態は最悪で、二一年六月の革命軍事評議会の報告書は、食糧と装備がないため戦闘能力は低い、「数日にわたって配給を受け取らず、そのため農民（匪賊の家族と彼らのシンパ）から最後の食糧を取り上げるのを余儀なくされている。実働部隊の装備はひどい。休むことなく匪賊を追撃している部隊の衣服は完全に襤褸になり、大部分は裸同然である。［･･･････］赤軍兵士は数週間、数ヶ月も風呂に入らず、汚い川や沼地で身体を洗い、再び汚れた襤褸の下着を身につけていた」

二〇年一〇月に党県委は「タムボフ、ボリソグレブスク、キルサノフ郡で匪賊運動のために農村における活動は死に絶え、コズロフ郡でその状態に近づき、最後に、モルシャンスク郡でも匪賊運動の最初の兆候がすでに認められる。上記の最初の三郡にしかるべきソヴェト権力はわずかな例外を除き存在しない」と報告した。モルシャンスク、キルサノフ郡で蜂起の開始とともにコムニスト細胞は活動を停止した。それだけでなく、シャツク郡で二一年一月に郡食糧委の命令によって郷執行委議長と上級活動家全員が逮捕され、郡食糧コミッサールは郡執行委の釈放命令にも出頭命令にも応じることなく、食糧問題への郡執行委の介入を許さず、郡執行委の命令に従う義務はないと言い放った。郡執行委会議で彼は「共和国内に共和国を創り出し」、「アントーノフと彼の匪賊の利益になるだけである」と非難されたように、現地の権力機関は混乱の極みにあった。軍隊の士気と戦闘能力は著しく阻喪し、蜂起鎮圧のために組織された軍事評議会（議長シリーフチェル）メンバーは軍事経験がなく、そのため「ソヴェト権力に反旗を翻す村を容赦なく撲滅せよ」との命令を処理できず、赤軍がコプテヴォなどの村を無意味に焼き討ちし、いたずらに農民を激怒させただけであった。蜂起軍の指導者を赤軍は捕獲することができず、農民は次第に「アントーノフ軍の不敗神話」を信じて反乱を支持するようになった。[xiv]

　二〇年末までに政府軍は歩兵九〇〇〇人と騎兵一七〇〇騎を投入しても軍事的成果を挙げることができず、二一年一月一日の党中央委組織局は、第二軍から再編される三〇〇人の部隊の増派を決定した。この間の事情を県チェカー議長が、「ライフル銃はなく、脱走兵部隊だけがあり、屑が送られた」と語るように、政府軍はあらゆる点でアントーノフ軍より劣勢であった。二〇年八月に総勢六〇人にも満たずに決起したアントーノフ蜂起は、すでに南部のタムボフ、キルサノフ、ボリソグレブスク、モルシャンスク、コズロフの五郡をくまなく覆う巨大な燎原の火のように広がり、これら郡では赤軍に防備された行政的中心部にだけソヴェト権力は存在していた。叛徒は二一年二月までに五万に膨れ上がり、彼らは赤軍に倣った軍隊組織（コミッサール、政治部、裁判所を含めて）を持っていた。地区と郷ごとに配置された二一個の連隊と旅団から構成される正規軍のほかに、「内部保安部隊」と称する民警部隊があった。蜂起軍の構成は、作戦上はアントーノフを長とする作戦参謀本部に、政治的には左翼エスエルのトクマコーフ（軍司令官）を長とする「勤労農民組合」県委に従属した。蜂起軍は全ソヴェト組織と県チェカーを含め、党郡委、鉄道、軍隊、経済機関の指導部にいたるまで広汎なスパイ情報網を持っていた。

二〇年一二月一八日に開かれたキルサノフ郡軍事評議会・党郡委・郡執行委幹部会拡大会議は完全に絶望的雰囲気に支配された。郡軍事評議会は、「現地軍事評議会と司令部は無力であると指摘する。県司令部が匪賊運動との闘争で実施した作戦行動は、すでに五ヶ月間も成果をもたらさず、逆に、最新の情報から判断できるように、匪賊は次第に数的に増加している」と、党郡委は、「現在いかなる活動を考えることも不可能で、県も無力であると認める必要がある」と、軍司令官は、「われわれは確実に防衛することすらできない。これについてほとんど毎日県軍司令部と県軍事評議会に援軍派遣の要望を送っているが、今日まで何の成果もない」と、異口同音に蜂起鎮圧への無力感を表明した。現地コムニスト部隊のまだ半分が非武装であった。

二一年二月までは少数編成の赤軍部隊をパルチザン戦術で個別に撃破し、そこで武器、弾薬を補充し、明らかにアントーノフ軍が有利のうちに戦局は推移していた。次の県チェカー報告書からの抜粋はこの様子を雄弁に伝えている。「一月二〇日、ジェルデフカ駅からの赤軍の攻撃の際にアントーノフ連隊により（赤軍）特別連隊が撃破され、そこで六五〇人のタタール兵が殺害され、三丁の機関銃、大量の実弾と銃が奪われた。二月一一日、カラヴァイニャ村を襲撃した敵との衝突が起こった。赤軍はパニック状態で潰走した。捕虜が捕まった。二月一二日、パルチザンの偵察隊によりクリュヂュキ村で九人の赤軍兵士が捕らわれた。二月一七日、オチヤッスイ村付近で一五〇人の赤軍兵士部隊との衝突。部隊は武装解除され、一一八人が捕虜になり、ライフル銃と実弾が奪われた。二月二二日、ドヴォイニ村付近で赤軍部隊と衝突。パルチザン部隊の退却。二月二五日、コブィリンカ村付近で赤軍部隊と衝突した末、機関銃、ライフル銃、実弾が奪われた」。トロツキーは三月の極秘電報で、この二ヶ月半の赤軍の活動は匪賊を武装化させただけであったと、作戦行動の再検討を求めた。三月の第一〇回党キルサノフ郡協議会で軍司令官はこの困難な局面を、「アントーノフの徒党は地域を熟知し、戦闘後は直ちに消え去り、総じてアントーノフ軍はパルチザン戦術を駆使して、それが［赤］軍を消耗させている」と説明した。

軍事的にほとんど無力なボリシェヴィキ権力に残された唯一の効果的な闘争手段が「赤色テロル」であった。「赤色テロル」とは何かを、ヂェルジーンスキィの言葉でもう一度繰り返そう。われわれが敵を殺すときは、「ほかの人々に恐怖を与えるため、われわれはテロルという武器を行使する」。そこで付言する。「理想的な効果が可能なら、それを必ず適用する」。この原則はその後忠実に実行された。[xiv]

　五　中央の介入とタムボフの苦境

割当徴発廃止後の危機の深化

二一年に入るとこの問題はようやく地方から中央に移され、反乱鎮圧の新しい段階に入った。一月一日の党中央委組織局会議で、タムボフ県の軍事状況に関するヂェルジーンスキィの報告が行われ、一二日の中央委総会で農民の気分に関する問題が審議され、凶作罹災農民の緩和に関する特別委（カリーニン、プレオブラジェーンスキィ、アルチョーム）と、匪賊運動を速やかに根絶する任務を持つ特別委（ヂェルジーンスキィ、カーメネフ［赤軍総司令官］、ダニーロフ、アルチョーム[xiv]）の設置が決定された。一月末にタムボフで開催された県党協議会にブハーリンらの指導的コムニストが派遣され、二月二日の中央委政治局会議で帰還したばかりのブハーリンの報告があり、彼の現地視察に基づき、そこで二つの重大決定がなされた。第一は、困窮する農民の食糧状態を緩和するための措置を執ることが食糧人民委員ツュルーパに指示され、これは一週間後に凶作諸県での割当徴発の停止として実行された。第二は、タムボフ反乱の鎮圧を指導するためアントーノフ=オフセーエンコを招致し、必要な活動家を派遣することを組織局に委ね、これはアントーノフ蜂起の鎮圧に中央が直接介入する第一歩となった。彼は一月一一日の中央委組織局会議でペルミ県播種委議長に選出され、三一日の同会議で彼を含む二七人の幹部コムニストを播種キャンペーンの指導に派遣することを決めたばかりの登用であった。二月三日の組織局会議で、彼の交替人事が行われ、中央執行委幹部会にアントーノフ=オフセーエンコを長とする特別委を組織するよう委ね、タムボフに優れた活動家二〇〇人の緊急派遣が決議された。八日の政治局会議で匪賊運動の問題が取り上げられ、赤軍総司令官に速やかな蜂起の鎮圧が督励された。このように中央の動きは急に慌ただしくなった。[xiv]

　この時のタムボフ情勢は崩落寸前であった。県内の重要な工業地区であるラスカゾヴォからの一月一四日づけ電報は、昨年一二月から食糧配給を受け取らず、匪賊運動のために労働者は自給する可能性を奪われ、動揺が起こっているので緊急措置を執ってほしいとモスクワ繊維総管理局(グラフク)に訴えた。同総管理局からの要請を受け、食糧人民委員部は二六日づけで県食糧委にそこへの即座の食糧配給を命じた。だが県食糧委は食糧人民委員部に、「真っ先に供給しているが、匪賊活動のために食糧は切実に不足し、他県から二〇〇ヴァゴン［二〇万プード］の穀物の搬入が必要である」と一月三〇日づけで配給不能を回答しただけであった。県内各地から食糧配給を受け取っていない旨の同様の訴えが多数食糧人民委員部に寄せられたが、中央はこれに応えることがまったくできなかった。

二月八日の党県委幹部会会議でタムボフ軍司令官パーヴロフの次のような報告があった。アントーノフ蜂起とは「農民が何かに不満を抱き、何事にも決して同意することができないとの表明である。軍司令部は、状況は改善されているのではなく、悪化していると確信している。赤軍部隊さえ農民が決して同意できないものを感じている。問題はアントーノフにあるのではなく、蜂起の先導者は彼ではなく、現状への農民の不満であるとわたしは深く確信する」。このため、「県で実施されている食糧割当徴発の問題を中央に提起しなければならず」、「これはタムボフの地方的でなく、国家的問題」なので、レーニンにこの状況について個人的書簡を出すよう彼は提案した。その後の討論で、メシチェリャコーフは割当徴発の解除に賛成意見を述べたが、党県委議長ヴァシーリエフは、「問題はわが工業が共和国の農民のあらゆる欲求をまだ充たすことができないことにある。われわれは、労働者の間で観測されるような物質的状態の悪化を知っており、これは非常に深刻な政治的要素である」との厳しい県の実情を認めたものの、食糧割当徴発からの解除は「本質的に姑息な手段でしかなく」、それに懐疑的見解を述べた。中央が介入するまで、地方権力には農民の不満へのこのような一定の理解が認められた。[xiv]

そしてこの日、タムボフ県食糧会議議長と食糧コミッサール宛てに、「穀物食糧割当徴発遂行の活動を停止」し、種子材の確保に全機関の活動を集中せよ、とのツュルーパからの命令が入電した。二月の活動に関する県委の報告書が「穀物割当徴発の解除はタムボフ県に不意打ちをくらわせた」と表現したように、それはまったく唐突な下達であった。農民蜂起が吹き荒れる県にとって割当徴発の停止は政治的に有利としても、それは食糧調達手段が奪われることを意味した。そのため県食糧コミッサールはツュルーパ宛ての機密至急電報で、県住民を扶養するための備蓄は一週間分もなく、「割当徴発の今後の遂行は必要ないと考えるのか」、「もし今、割当徴発を停止するなら、扶養のための穀物はどこから得るのか」を折り返し照会した。この回答を得ぬまま九日づけで県委、県執行委、県食糧コミッサールは、穀物割当徴発のこれ以上の遂行を停止し、播種キャンペーンに全力を投入し、すべての食糧部隊を解除することを命ずる電報を郡執行委、党郡委、郡食糧委宛てに打電するとともに、県執行委と県委は、次のような農民へのアピールを送達した。「南部とシベリアからわずかずつでも穀物を受け取る可能性が生まれたため、コムニスト県委の報告に基づく現在タムボフ農民が置かれているあらゆる苦しい事情に配慮し、割当徴発の大部分は遂行され、［･･･････］直ちに穀物割当徴発の徴収を停止し、すべての食糧部隊を解除するとの命令が郡食糧コミッサールに出された」。このアピールにある割当徴発停止の論拠が虚偽であるように、このアピールの内容も欺瞞であった。この欺瞞的アピールの背後には、党中央の指示があった。二月二日づけ政治局会議は、ブハーリン、プレオブラジェーンスキィ、カーメネフに「カリーニンの署名をつけソヴェト中央執行委幹部会名でタムボフ農民へのアピールの原案を作成し、それはこの県だけに配布し、新聞で公表しない」ことを命じ、これに準じて送達されたのがこのアピールであった。

だが実際には、調達手段を失った分だけ食糧危機は深まった。二月一一日づけの電報で県労働者供給部は「県内の労働者の供給事情は危機的、所によって気分は悪化している、割当徴発は解除されて穀物の納付はなく、しかるべき措置を要請する」と、レーニンに打電した。タムボフの農民史研究者エシコーフは、「食糧割当徴発徴収の停止にともない、住民への食糧確保の問題に現地組織は完全に意欲を削がれた」と断言する。[xiv]

二月までに県内の食糧資源は枯渇し、「割当徴発の徴収だけでなく、［種子の］県内再分配も停止した」。県軍事食糧局全権は二月二二日づけで、「緊急命令により県全土にあるすべての部隊は解除され、モスクワに送られる」旨を通告し、食糧部隊は徐々に帰還しはじめた。だが、その一方で、中央の介入後に鎮圧軍は次々と増派され、食糧獲得のあらゆる手段を失った同県に、駐屯する多数の鎮圧軍への糧秣の負担が重くのしかかってきた。司令官パーヴロフの情報によれば、このとき県内に兵員一〇万八〇〇〇人と馬匹一万五〇〇〇頭を持つ軍隊が駐屯し、それらに飼料を除き食糧だけでも月に一一万プードを要し、さらに労働者と都市住民に三五万プードが必要であった。二月一四日の県執行委会議は、割当徴発の停止に関する二月八日づけ県執行委幹部会決議を承認するとともに、県食糧委にある貯蔵で実働部隊への供給がまったくできないため、食糧人民委員部から食糧を受け取るまでの暫定措置として、地元住民を犠牲にして軍隊への供給を受諾すると決議した。

この事情について県執行委と党県委は二二年一月づけ国防会議への文書で、「二〇年秋から二一年秋まで、県の全耕地のほぼ五二％を占める県の南部四郡、ボリソグレブスク、キルサノフ、タムボフ郡とウスマニ郡の一部はもっとも猛烈な匪賊運動の舞台であった。至る所に出没した匪賊は農民から食糧と種子の残りを奪い、役畜を持ち去り、軍事活動は適正な畑の耕作と適時な播種を妨げ、最終的に二一年春に赤軍部隊へ供給するため郡に純然たる軍事食糧機関が設置され、それらは臨戦態勢で活動し、当然にも農民の食糧事情を考慮することはなかった。このすべてが農民のわずかな種子貯蔵をさらに縮小させた」と総括した。その夏に県を襲った大飢饉の要因は自然災害だけではなかった。七月二一日づけ党中央委への書簡で県委書記は、「最後の食糧を食い尽くした軍隊」が撤収した後で県が陥った「きわめて錯綜とした状況」からの救済を訴えたが、それは叶えられなかった。飢饉に喘ぐウクライナのニコラエフ県などでも執拗に税支払いを拒否する村落に駐屯する軍事部隊に対し同様な措置が執られ、赤軍の駐屯は農民の憎悪の的になった。[xiv]

運動の高揚と危機の深化

こうして糧秣に不足し、乏しい物資しか供給されない赤軍兵士による掠奪行為は頻出する現象となり、彼らの狼藉はほとんど日常的現象であった。これについて三月の県チェカー報告は、「多くの場合に赤軍部隊は敵を攻撃する替わりに、農民の長持や屋根裏などを襲い、そこから農民の最後の布切れを奪っている。これを避けるために農民は自分が持つ様々な履物や衣服などを二、三ヶ月間雪に埋め、そこからもうぼろぼろになった物を掘り出す。このほか、赤軍兵士部隊はあれこれの村に立ち寄り、農民が切実に困窮しているときに、卵、鶏、バターなどの食い物を農民に求める」これら兵士が、農民の気分を悪化させたと指摘する。そのため、一月二二日づけ共和国革命軍事裁判所郵便電報一三八四号を補足してタムボフ県革命軍事裁判所長に、「軍事作戦行動中に戦場泥棒や狼藉行為で摘発されたすべての現役軍人は、自らの犯罪行為によってまじめな住民を怒らせ、そのようにしてアントーノフ匪賊を強化させたソヴェト権力の悪質な敵として、銃殺に至る厳しい責任を問う」よう指示が与えられた。それでもこの事象は止むことなく、それが住民の怒りを招いたと何度も報告された。六月一三日づけ共和国革命軍事評議会政治管理局特別委の報告によれば、「供給問題はタムボフ軍全体にとって最大の難問である。［･･･････］食糧事情は非常に悪く、軍事部隊はほとんどレンズ豆だけを食べ、身体組織に必要な肉と獣脂はない。砂糖とタバコは遅れて配給されるかまったくない。劣悪な食事のため赤軍兵士は自給や副次的飼料の探索を強いられ、農民への物乞いや戦場泥棒の形になって現れている」

このような狼藉は赤軍が駐屯する方々で認められた。チュメニ県イシム郡から一一月に、「匪賊運動の根絶のために行動している第九六旅団の軍事部隊によって自給のために演じられている戦場泥棒は、住民に悲惨な結果をもたらした。この部隊はそれぞれの村落で住民から家畜、干草、飼料、さらには家族のために用意したわずかな最後のパンまでも奪い取っている。これは実際に［県チェカー］政治局にある資料によって証明されている」。バラビンスク郡食糧委は、食糧活動家に長持の捜索と家財道具の着服を禁じ、違反者は食糧革命裁判所に送致する措置を執ったが効果はなかった。県チェカーの一〇月報告はその実情を次のように伝えた。「匪賊が活動し掠奪を行った後に続いて、赤軍兵士が行軍し残りすべてを奪っている」、「二五六連隊は武器の探索と称して住民の家宅捜索を行い、あらゆる箱まで調べてなけなしの貴重品を取り上げている。［･･･････］郡で二五七、二五八連隊の赤軍兵士は住民からの財産の没収と徴発に専念し」、「赤軍兵士によって衣服、履物、下着が地方市場に投機され」、民警は取り締まるのに無力である、「匪賊運動が展開したヤルトロフスク郡のいくつかの郷で住民にとって耐え難いほど苦しい状況が生み出され、農夫とその家族は村から逃げ出した。軍事部隊の暴力と無法行為、匪賊部隊の狼藉、凶作、崩壊した経営、これらすべてが農民に重苦しい心情をもたらし」、「このような現象のために、いまだ匪賊運動が行われている地域の住民の多数は、匪賊に共感を抱いている」。クラスノヤルスク県チェカーの極秘報告によれば、村に駐屯する食糧部隊と赤軍兵士によって「荒稼ぎを目的に農民からの盗みや殺人が行われている」[xiv]

一月に赤軍食糧供給総管理局が、赤軍の現有定員の下で食糧支給を完全に充足するのは不可能であると結論づけたように、赤軍は常に食糧問題に悩まされ続けた。マフノー運動が展開するウクライナも厳しい現実に直面し、ウクライナ赤軍総司令官フルーンゼは二月のトロツキー宛ての極秘電報で、「至る所で装備と靴の欠如を訴え、チフスの伝染が指摘されている。［･･･････］徐々に部隊は弱体化し、飢えのためにもっとも優秀な連隊さえも士気は急速に衰え」、「ハリコフで守備隊は完全に飢え、パトロールを拒否している」旨を報告し、このおもな原因はウクライナでの輸送の「完全な麻痺状態」にあり、崩壊しつつある軍隊の危機的状況を緩和するため、軍事貨物の優先的運行と軍用食糧貯蔵の形成を求めた。この提案を受け二月一六日の党中央委はウクライナ食糧人民委員部に、マフノー鎮圧軍用の食糧備蓄二週間分を確保するよう命じた。だが、この命令に対しロシア共和国食糧人民委員代理ブリュハーノフは、この措置はロシア中央への穀物の搬出を減退させ、現地で穀物を消費しようとするウクライナ食糧人民委員部の傾向を増長させると反対を表明した。また、現地ウクライナ共和国の食糧人民委員ヴラヂーミロフは三月五日づけ電報で、ハリコフ労働者は自力で搬入する穀物で生きながらえる状況下で軍用食糧備蓄を形成するのは実質不可能であると回答し、いずれにせよこの命令は遂行できなかった。

ブリュハーノフを議長とし、革命軍事評議会議長代理、軍総司令部代表らからなる「軍隊の栄養改善の問題に関する特別委」が設置され、そこで赤軍の厳しい食糧問題が幾度となく取り上げられた。五月二三日の会議で、軍事施設での壊血病を予防するためクエン酸などの予防薬を食糧人民委員部に求め、七月二六日の会議で、肉に替わり魚を提供するが、軍隊の総需要五三万二〇〇〇プードに対し、確保された魚五〇万プードのうち軍隊には五〇％しか供給されないことが報告され、八月六日の会議では、モスクワ守備隊に現行の一日一・五フントのパン配給を継続するのが不可能となり、その基準の再考を求める食糧人民委員部からの提言があった。このように赤軍は慢性的食糧不足に悩まされ続けた。[xiv]

タムボフ県でも駐屯軍の食糧事情は二月以後急速に悪化した。二月一七日づけ軍参謀部からブリュハーノフ宛ての個人的秘密報告は、「軍隊への供給は二月までは我慢できるほどであったが、二月から急激な悪化がはじまり」、その原因として、第一に、北部郡の割当徴発がほとんど完全に終了したこと、第二に、対匪賊活動のために南部郡で調達を行うことが実質的に不可能なこと、第三に、食糧人民委員部の割当徴発停止命令によって調達が停止したこと、第四に、余分な播種貯蔵が県食糧委にないこと、第五に、軍事活動地区の集荷所に穀物貯蔵がまったくないこと、第六に、駐屯軍の増員により食糧受給者が大幅に増えたことが挙げられた。すでに県食糧コミッサールは二月九日づけ電報で、食糧人民委員部に一ヶ月四〇万プード以上の穀物の供給を求めたが、赤軍への供給も滞るような県の食糧事情を熟知しながらも、食糧人民委員部によって県への穀物供給は拒絶された。

続いて、ブリュハーノフは二月二二日づけで、タムボフ県で食糧部隊の動員解除にともない食糧活動が完全に停止したため、全国的規模で食糧危機がいっそう深まったことを指摘し、県への割当量「一一〇〇万プードのうち二月一日で五一〇万が遂行された。そのうち特に匪賊行為に汚染されている三郡、タムボフ、キルサノフ、ボリソグレブスクに五三〇万プードが割り当てられたが、それらは一四〇万プード（すなわち約二五％［正確には二六・四％］）しか遂行せず」、これら三郡には匪賊によっていくらか奪われたとしても、まだ著しい貯蔵が残されていることを根拠に、両首都と中央工業地区を犠牲にしてまで県に穀物を供給できないとの文書を党中央委に提出した。この方針に基づき、レーニンとツュルーパは連署で県執行委に、「共和国の異常に苦しい食糧事情のため」県への食糧援助は不可能なことを通知し、内部再分配を利用して需要の確保に当たるよう指示した。この指示は割当徴発の停止命令への補足説明とされ、割当徴発の停止（最終的に全県で穀物五三〇万五五二二プードが割当徴発により徴収された）によって、駐屯軍と現地労働者の食糧の確保、播種キャンペーンのための種子穀物の確保が地方当局に丸投げされた。[xiv]

食糧人民委員部からサラトフ県食糧委に出された、九〇万一〇〇〇プードを三月中にタムボフ県に出荷する任務命令に対し、食糧人民委員部は三月九日にサラトフ県食糧コミッサール代理から、「食糧用穀物の貯蔵はわれわれにない」と遂行不可能を伝える電報を受け取り、あらゆる支援を断たれた県食糧委には三日分の食糧貯蔵を残すだけになっていた。県農業部から県食糧委分配部への、種子材が食用に転用されないよう飢えたコルホーズへの食糧供給の要請は拒否され、すでに県内にある多くのコルホーズでアカザが唯一の食糧となっていた。労働者の食糧事情も日ごとに悪化し、突撃労働者さえ三月にパンを受け取ることができなかった。「肉、獣脂、砂糖は数ヶ月間交付されず、体力の急激な衰弱を引き起こしている。労働者の食堂は閉鎖寸前で、食糧がないために惨めな生活を送っている。肉は県内に一プードもなく、碾割りもまったくない」と、四月に食糧人民委員部に打電された。ボリソグレブスク郡執行委は、労働者の半分が飢えのために病に罹り、残り半分は労働能力を失ったと訴えた。スパッスク郡食糧委全権の管轄には腐った馬肉しかなく、その一部は塩漬けにされたが赤軍兵士はそれを食べるのを拒否した。[xiv]

二一年春以後、農民は割当徴発の後遺症として飢餓に追い込まれ、労働者は割当徴発の停止によって配給を奪われ、情勢は緊迫した。五月にウスマニ郡の郷は次のように餓死からの救済を訴えた。「二〇年のひどい不作から間もなく、郷の住民全員は何とか二一年の収穫まで命を繋ぐことを期待して代用食の摂取に移りました。しかし、その後の食糧割当徴発の徴収によってその期待も失せました。当時は籾殻さえも市民は［パンに］焼いていました。最近になって飢饉の脅威が現れ、餓死のケースもすでにあります。［･･･････］ヴラヂーミル・イリッチ［レーニン］、われわれは貴殿に懇願します。わが郷の勤労市民を助け、餓死からの救済に向けての措置を［執り］、貴殿だけが二〇〇〇プードの穀物をわれわれに提供することが、［つまり］直通列車から二ヴァゴンを切り離すよう郡食糧委に即座に命ずることができ、ウクライナで穀物を自由に買い付けるため四輌の空貨車を提供するよう命じてください。これら二つの措置の一つでもあれば、次の甜菜［の収穫］までの一ヶ月間を生き延びることができるかもしれません」

ペンザ県ゴロディシェ郡でも二〇年秋以後住民は代用食を摂り餓死者も出るほどで、工場労働者も三月になると食糧を受け取ることができなくなった。市内では縮小基準でも四月一五日まで食糧貯蔵は保たず、子供給食は中止された。郡執行委は、住民は動揺し、緊急食糧列車のみが彼らを餓死から救うと党中央委に訴えた。ヴォロネジ県の情勢は、二〇年末に県食糧会議議長ミリューチンからブリュハーノフに次のように伝えられた。「状況は嘆かわしいどころではなく、食糧活動は二郡を除き完全に停止した。県食糧委は絶望的状態で、［･･･････］軍事力はほとんど完全に解体され食糧活動の役に立たない。［･･･････］ノヴォホピョルスク郡ではアントーノフとの戦争、ボブロフ郡では大勢の徒党が工場に至るまですべてを掠奪し、オストロゴジスク、パヴロフスク、ボグチャル郡では非常に組織された農民蜂起が大きく展開し、ニジネェデヴィツク郡ではエスエル集団が不穏な動きをして五郷で蜂起の試みが認められた。［･･･････］現地からの報告によれば党細胞、村ソヴェトも蜂起に参加している。叛徒は赤旗、レーニンとトロツキーの肖像を掲げている」。それでも中央からの軍事援助はなく、二一年二月初めにミリューチンは、匪賊軍の強化と「唯一の軍事力である一〇〇〇人の特別歩兵連隊は、追撃の役には立たない」旨を訴え、「県の情勢にもっとも重大な関心を払うよう、執拗に要請する」とレーニンに打電した。[xiv]

二月一六日にタムボフに到着したアントーノフ=オフセーエンコが見たのは、地方権力組織の完全な崩壊であった。党の規律は弛緩し、退廃的気分が漲り、コムニストの半分以上が党を抜け、実質的に党組織は存在していなかった。ソヴェト軍事部隊も「驚くような屑の寄せ集め」で、それらのいくつかは明らかに匪賊と関係を持ち、タムボフ第四四連隊は抗命を準備したことが発覚し、それはロストフに移動させられた。

二月二六日にアントーノフ=オフセーエンコは中央委組織局宛ての電報で、「全権特別委」を承認するよう要請し、三月三日の同会議は、彼を議長とし、軍司令官パーヴロフ、軍政治部長ジャービン、県委書記ヴァシーリエフ、県執行委議長ラヴローフからなる匪賊運動との闘争に関する全権特別委と、アントーノフ=オフセーエンコ、パーヴロフ、ジャービンからなる革命軍事評議会を設置する旨のタムボフ県委・県執行委・軍司令部幹部会合同会議の提案を承認し、ヴェチェカーにタムボフ県に活動家を派遣するよう命じた。ここに来てようやくアントーノフ運動の鎮圧態勢が整えられた。[xiv]

このときまでの事情を県委は、農民騒擾の問題は「二月中旬まで非常に軽視されていた。実際、県に充分戦闘能力のある軍事部隊が多数配属され、県委は五〇〇人以上の党活動家を受け取ったとしても、技術機関だけでなく、政治的方面でも彼らは目覚ましい実績を何ら示さなかった」と報告した。党組織のあらゆる部門が二一年はじめから活動を停止し、大量の脱党とコムニストの殺害により、二〇年一〇月に一万一五二一人を数えていた党員と候補は二一年三月には六一五八人にほぼ半減した。党内ではもめ事が絶えず、泥酔は公然であった。ソヴェト組織も同様であった。住民への供給は滞りがちで、そのためあらゆる価格が高騰していた。

　県チェカーの報告によれば、三月初めもこのような状況が続いた。「住民の気分は総じて食糧、燃料危機のために非常に敵対的である。農民住民からの食糧割当徴発の廃止は望ましい結果をもたらさなかった。［･･･････］大部分の農民反乱の原因は［無党派農民］協議会の参加者の言によれば食糧部隊の責任にされている。彼らの行動は所によっては住民へのテロ行為、日常的に適用される非合法な没収、徴発などに至り、これら全部がある程度までソヴェト政府に対する農民の［見方を］悪化させた」。絶望と困窮によって膨れあがった農民蜂起であったため、「捕らえられた匪賊は襤褸をまとい、しばしば裸足で疲労困憊した」農民が大勢いたと、目撃談は伝えている。[xiv]

　生活条件の悪化により、二一年冬から春にかけ各地で民衆運動は高揚期を迎えた。

タムボフ県に隣接するサラトフ県も危機的状況にあり、アントーノフ匪賊の出現により、県食糧委の活動は完全に麻痺したと、二月に県食糧会議議長は党中央委に報告した。二月二日づけで県執行委議長代理は極秘電報でレーニンに、赤軍の騎兵が不足するため、「野戦部隊の強化［にもかかわらず］、タムボフ県でもサラトフ県でも匪賊との闘争は望ましい成果をもたらさず」、タムボフ県からの「匪賊の侵入によって最終的に播種キャンペーンは崩壊し、県内にあるすべての食糧と原料が奪われるおそれがある」として、匪賊運動にもっと重大な関心を払い、騎兵部隊をサラトフ県に投入するよう要請した。

二月一一日には同県食糧会議議長から党中央委に次のような事実が報告された。「カムィシン、バラショフ、セルドブスク郡で食糧活動は完全に停止した。［･･･････］住民は割当徴発と荷馬車賦課の遂行を止めた。集荷所と共同納屋［から］穀物が盗み出され、集荷所に穀物を搬送する可能性はない。匪賊は地区食糧委を襲撃し、彼らを燃えさかる建物に生きたまま放り込み、コムニスト、無党派を問わず食糧活動家とエージェントを惨殺し、彼らの惨殺はコムニストやソヴェト綱領を支持する職員の間にパニックを生み出し、村細胞丸ごとが脱党している。［･･･････］匪賊によりカムィシンが数日間占領され、派遣されたカムィシン地区食糧コミッサール・マリャコーフが殺害された。この常軌を逸した全県の状況のため、播種キャンペーンの実施は不可能になっている」。この状況は都市にも広がり、サラトフ市内で三月は配給券の縮小が引き金となり、様々な工場はストと大衆集会に明け暮れ、エスエルとメンシェヴィキがそれらの運動を煽動した。「匪賊的農民蜂起の巨大なうねりは例外なく県内すべての郡に次々と襲いかかり、現在に至るまで鎮静化していない。［･･･････］昨年の凶作と特にヴォルガ左岸と南部郡での飢饉のために、運動の新たなうねりが生まれるおそれがある。食糧の困窮と配給券の不断の縮小のため、都市労働者の気分は三月から急激に悪化した。［･･･････］赤軍の状況も同様に深刻である。規律のあるヴォリスク連隊さえも食糧への不満が募っている。第二七オムスク師団でパンを受け取った兵士は次のように公言した。「戦争と［パン］一フント半をよこせ」」[xiv]

第一〇回党大会のさなかにレーニンは、サラトフ情勢について以下の県チェカー議長からの秘密暗号電報を受け取った。「匪賊運動はこの二日間で県一帯を完全に覆いはじめている。セルドブスク、バラショフ、カムィシン、ヴォリスク、デルガチ、ノヴォウゼンスク、フヴァルィンスク郡で蜂起が起こっている。騎兵部隊だけでなく歩兵部隊にも充分な兵力がないために、匪賊に跳梁跋扈の機会を与えている。［･･････そのため］県の播種計画は頓挫し、七ヶ所の集荷所と共同納屋にある三〇〇万プードの穀物が匪賊や農民によって盗み出され、県のあらゆる活動が麻痺し、匪賊が活動する地方でソヴェト権力は認知されず、都市は匪賊による完全な破壊を蒙り、中央からの穀物搬出命令を遂行する可能性はない。県内の都市は飢餓一揆の脅威に晒され、そのような状況は労働者大衆の意気を挫いて堕落させ、彼らの間には動揺とストがはじまり、生産性は下落した」。驚愕したレーニンは、この電報に「サラトフに超緊急にモスクワからの支援を与えよ。共和国革命軍事評議会は全力でこれに当たるべし。そうでなければ大変なことになる」との書き込みをつけて、トロツキーに回した。トロツキーは匪賊との闘争特別委議長宛て三月一九日づけ極秘郵便電報でコムニストの増強によって現地の党・ソヴェト組織の強化を指示し、翌二〇日の同特別委会議でこの措置をヂェルジーンスキィに託すと決議された。これらの一連の措置により、ここでの運動は春以後下火になり、憲法制定会議の決議は県党委の力で阻止され、ソヴェト権力の転覆を掲げた直接行動を組織した被告一四五人の事件の審理は終了したと、六月四日づけ党中央委への党県委極秘報告は伝えた。

タムボフの周辺各地で農民は徒党を組んで集荷所や穀物倉庫を襲って穀物を奪い、「駅を占領し、いくつかの機関車を破壊し、駅に甚大な損害をもたらし」、県内の食糧事情をさらに悪化させる結果となったが、多くの地方で三月は民衆運動の最後の高揚期となった。四月のウスマニ郡執行委会議で、匪賊が占領していた地域で最近行われた調査によれば一郷だけが匪賊運動に積極的に参加し、残りの郷は消極的かまったく参加せず、ソヴェトに賛成の決議がなされたと報告され、生活条件は飢饉によって悪化したにもかかわらず、二一年春以後に民衆運動の急速な衰微がロシア全土で認められた。[xiv]

　六　「赤色テロル」による鎮圧

三月の第一〇回党大会で決定された食糧税の導入は大々的に宣伝され、党タムボフ県委書記が「新経済政策の知らせが村に届くと、アントーノフ軍の隊列で大きな解体がはじまった」と回顧したとしても、実際に多くの農民は「現物税は割当徴発と同じで、名前が違うだけだ」などと懐疑的対応を続けた。四月の党県委から中央委への報告で、新経済政策の宣伝のために動員された同志はこのような説得による活動はできないと悟り、県委の認可なしに任務を放棄して帰還したとあるように、この政策転換を農民に納得させるには暫くの時間を要した。そして、食糧税の宣伝キャンペーンと歩調を合わせるように、中央執行委全権特別委によって三月二一日から四月五日までを叛徒の自発的出頭期間と定め、この期間の出頭者は放免され、脱走兵は処罰なしに原隊に復帰させることを約束した。ボリソグレブスク郡ではこの終了が四月二〇日まで、残りの郡では四月一二日まで延長され、この期間中にほとんどが武器を持たない二五〇〇人近くの匪賊が出頭した。アントーノフ軍の兵員は二一年二月に四万に達したが、それ以後減少し続け五月までに二万一〇〇〇人、七月半ばには一二〇〇人にまで激減した。

ヂェルジーンスキィは匪賊運動の退潮に乗じて、三月三〇日づけ暗号電報で県チェカーに次のような檄を飛ばした。匪賊運動を敗北させるため、第一に、「意気消沈している匪賊を最後まで叩きのめす」、第二に、「県チェカーの全勢力を農村に投入する」、第三に、「匪賊の頭目が潜んでいる地域で、彼らの隠れ家を特定するために万全の措置を執り、その報償に金品を惜しんではならない」[xiv]

五月になると農民の気分の改善が報告されるようになり、その理由に食糧政策の変更が挙げられた。モルシャンスク郡から「政治情勢は改善され、小規模の匪賊が暴れ回っているが、農民の気分に食糧政策の変更に関連して、ソヴェト権力、特にコムニストに有利な大転換が認められる」、レベヂャニ郡から「農民の気分は、最近の食糧税、協同組合、自由交換の布告についての説明キャンペーンのおかげで、ソヴェト権力への共鳴が認められる」などと報告された。だが実際には、コズロフ郡で「新収穫の悪い見込みと厳しくなる食糧事情のために、食糧税への不信が認められる」と、またテムニコフ郡で飢饉のために郡一帯に非常に重苦しい気分が蔓延していると報告されるなど、むしろ食糧事情が農民の気分を左右したといえる。この時期のテムニコフ郡について「住民の大部分が半分以上に団栗を混ぜた代用食の摂取に移り、いくつかの村落ではそれらもすでになくなり、住民は食用のための馬の屠畜と澱粉工場などから出る屑の摂取に移った」と報告されたような食糧事情の悪化は、農民の気分に即座に反映された。三月のウスマニ郡について郡チェカーは、「郡でひどい飢えが感じられ、住民大衆は「パンをよこせ」と歩き回っているが、郡はもちろんそれを提供できず、そこで彼らはソヴェト権力を裏切り者と見ている」、言葉だけで実際には何もしないので、「いかなるプロパガンダにも彼らは満足しない」、こうして彼らは匪賊に感化され、「匪賊に加わる文書に署名している」と伝えた。

食糧政策の変更に加え、次々に増派される赤軍の攻勢や春の畑作業はアントーノフ運動が衰微した理由の一端であるとしても、もっとも大きな理由として、アントーノフ軍と地元住民との関係の変化と「赤色テロル」の強化を挙げなければならない。

まだアントーノフ軍が比較的小規模であった初期には、「食糧は住民自身によって自発的に提供され」（キルサノフ郡チェカーの報告）、ソフホーズや穀物倉庫の掠奪などで蜂起軍を維持することができたが、すでにそれらは掠奪し尽くされ、膨れあがった蜂起軍を賄うには必然的に強奪の対象を一般農民へと拡大しなければならなかった。それに加え、徐々に忍び寄る飢饉の脅威は、農民だけでなく匪賊にも深刻な影響を及ぼした。サマラ県での匪賊運動について、彼らは百姓屋で金品でなく食い物を奪い、ソフホーズから穀物を運び出し、家畜を森に追い立て、その一部を屠畜し食べているのは、彼らの食糧事情が非常に苦しいからであると、報告された。また、蜂起軍の活動区域が拡大するにつれ、機動力を発揮するためアントーノフ軍の主力は歩兵から騎兵に移り、そのため畑仕事に不可欠な馬匹を農民から徴発する機会が目立つようになり、農民の間にアントーノフ軍への不満が高まった。蜂起鎮圧後に残党が農民を決起させることができなかった大きな理由は、輜重のために掠奪する彼らへの農民の反感であった。もっとも、この事情は赤軍も同様で、党中央委が報告しているように、一日六五ヴェルスタを転進する鎮圧軍に補給は不可能で、馬の交替も必要であり、赤軍兵士が勝手に馬を徴用するのは通常の現象であった。

農民は匪賊の報復行為を恐れ、掠奪に耽る匪賊軍に耐えていたが、その関係も変わりはじめた。サラトフ県から三月末に「農民住民の中で、種子のない農民の穀物納屋を掠奪している匪賊にひどく憤慨している。ポクロフスク郡シュメイコフスカヤ、ゲネラリスカヤ郷の農民は、この地区に現れた徒党を包囲し、匪賊を縛り上げ、彼らを当局に引き渡さずリンチによって懲罰した」と伝えられた。四月にタムボフ県キルサノフ郡で農民は播種作業を妨げる匪賊に激怒していると、五月のモルシャンスク郡では「農民は彼らに幻滅しただけでなく、赤軍兵士を解放者として迎え、匪賊を狩り出すのを手助けしている」と報じられるようになった。明らかに匪賊への農民の対応に変化が生じ、パルチザン戦術でもっとも重要な要素である、現地住民からの支持を次第に失いはじめていた。[xiv]

この機を逃さず、党指導部は現地軍の強化に乗り出し、このため多くのコムニストが動員された。三月一七日の組織局会議は、現地コムニストの要請を受け入れ、必要とされる地区に派遣される全コムニストを武装するようタムボフ県委に命じ、四月一八日の同会議は、アントーノフ匪賊を速やかに撲滅するためコムニスト三〇〇人の臨時動員計画を作成するよう中央委書記に命じた。これを受け、二四日の党モスクワ中央委への至急電報でモーロトフは、「小ブル的反革命的闘争の試みとクロンシタットの教訓から、アントーノフとその他の匪賊の残党を速やかに完全に根絶しなければならない」として、三日以内に軍事経験のあるコムニスト三〇人を動員する命令を出した。現地では一〇〇人以上の動員が決まったが、それは様々な口実を使って引き延ばされ、少人数の守備隊兵力をボリソグレブスク、タムボフ、キルサノフ郡に集中し、「エスエルの影響がまったくなかった」ボリソグレブスク郡だけを占領することに成功した。しかし、それはソヴェト権力の復興を意味せず、「守備隊が立ち去ると、それまで潜んでいた匪賊が這い出し［･･･････］ソヴェト権力を支持して行動した農民への容赦のない懲罰が行われる」[xiv]

トゥハチェーフスキィの登用は、この現地の流れを決定的にした。四月二七日の党中央委政治局会議は、革命軍事評議会の推挙により彼をタムボフ管区軍司令官に任命し、ほかからの干渉を一切無用とする軍事的全権を付与し、一ヶ月以内で反乱の鎮圧を命じたが、このことは革命軍事評議会の議事録に記載不要とした。彼は五月一二日にタムボフに着任し、その日のうちに軍事部隊への機密文書『匪賊運動根絶に関する命令』、『命令一三〇号』、それを補足する全権特別委決議『匪賊の家族の人質と財産没収に関する命令』を矢継ぎ早に出した。『命令一三〇号』は、匪賊の家族を人質に取り、匪賊が二週間以内に出頭しないなら人質をシベリアのラーゲリに送り、財産を没収するなどの「赤色テロル」を宣言し、この文書は「悪名高い」ものとなった。だが、これらの文書は分量が多すぎて、普通の農民や叛徒には分かりづらいと思われ、より簡潔な『匪賊一味参加者への命令書』が五月一七日づけで出された。これと同時に特殊任務部隊ЧОН[xiv]への武器補充のため郡ごとにライフル一〇〇〇丁以上、機関銃三丁、自動装填銃六丁が引き渡された。

さらに、これまで軍事的指揮命令系統が一元化されていないという根本的欠陥を除去するため、トゥハチェーフスキィによる秘密指令で、占領地は五軍事区域（第一はキルサノフ郡、ペンザ県チェムバル郡、サラトフ県セルドブスク郡西部、第二は、タムボフ郡、第三は、タムボフ郡の一部、ボリソグレブスク、ウスマニ郡、第四は、コズロフ、リペツク郡、第五は、モルシャンスク郡）に分けられ、次の指示が与えられた。当該区域内で全権を持つ党郡委書記、郡執行委議長、郡チェカー政治部部長ら五人からなる区域（郡）全権特別委は直接中央執行委全権特別委に従属する。村に到着した赤軍部隊は男性住民全員を集め、村名簿により点検し、軍特別部によって作成されたブラックリストに記載された全員を逮捕し、しかるべき理由なしの欠席者を匪賊と見なす。その家族は人質としてラーゲリに二週間勾留され、この間に匪賊が自発的に出頭すれば人質は釈放され、出頭しなければ人質は下着と一ヶ月分の食糧だけの携行が許され、強制労働のため辺境地に送り出される。彼らの資産は没収され、「良心的農民家族」の間で配分される。[xiv]

五月中の活動について、モルシャンスク郡から「郡の全般的状況の改善が認められる」、コズロフ郡から「郡内で匪賊運動撲滅の真剣な活動が開始された」と郡委から報告されたのは、県全域が前線非常態勢に様変わりした結果であった。軍事部、政治部、執行委、党委代表からなる政治特別委が設置され、反匪賊の宣伝活動と匪賊弾圧の支援活動を担った。同特別委が解散されると、その役割を地区・郷革命委が引き継いだ。五、六月に九三ヶ所の革命委、五三ヶ所の党細胞、一一四ヶ所の郷・村ソヴェトが設置され、革命委は村にも及び、タムボフ郡ではほとんどの郷に郷革命委が、三二五村のうち二六一村に村革命委が置かれた。また人質は一般収容所で収容できないほどの人数に膨れあがったため、県内七ヶ所に合計一万三五〇〇人の収容能力のある兵士用テントが利用されたが、そのひどい衛生状態などに配慮し、六月末に子供をテントに収容することは禁止された。[xiv]

トゥハチェーフスキィにとってこのような人質制度を定めた『命令一三〇号』でさえ効果が薄いと思われた。六月九日の全権特別委会議で彼は、討伐軍の態勢が整ったことを認めながら、「命令一三〇号を実施する活動は困難である。［匪賊を］家族が通報するのを拒否し、財産を分散し、匪賊の家族はすでに逃げ出した所もあり」、ソヴェト権力に対する農民の態度は面従腹背であると、その限界を指摘した。いっそう厳しい「赤色テロル」が求められ、六月一一日づけ『全権特別委命令一七一号』でその頂点を極め、全権特別委議長アントーノフ=オフセーエンコと軍司令官トゥハチェーフスキィは次のように宣言する。「エスエル匪賊を根絶やしにするため、以前の個々の訓令を補足し、全権特別委は命ずる。

　一、自分の姓名を告げることを拒否する市民は、その場で裁判なしに銃殺される。

　二、武器が隠匿されている村落に［戦闘］区域政治特別委または地区政治特別委の権限で人質を取ると宣告し、武器を引き渡さない場合に彼らは銃殺される。

　三、隠匿武器が摘発される場合には、家族の最長老の働き手がその場で裁判なしに銃殺される。

　四、家に匪賊を匿った家族は逮捕され、県外に追放され、彼らの財産は没収され、この家族の最長老の働き手がその場で裁判なしに銃殺される。

　五、匪賊の家族または財産を隠匿する家族は匪賊と見なされ、この家族の最長老の働き手がその場で裁判なしに銃殺される。

　六、匪賊の家族が逃亡した場合に、彼らの財産はソヴェト権力を信頼する農民の間で分配され、残った家屋は焼かれるか解体される。

　七、本命令は厳格に容赦なく実施される」

　さらに、翌一二日に出された『軍司令部命令〇一一六号』は、「匪賊が潜む森林を窒素性ガスで燻蒸し、窒素性ガスの雲が森全体に完全に飛散し、そこに潜む全員を撲滅するよう」毒ガスの使用を命じた。この非人道的命令は長い間威嚇の文書でしかないと思われてきたが、「八月二日［キルサノフ郡］カライ=サルトゥイコフスカヤ郷キペツ村北西の砲撃で榴散弾六五発、榴弾四九発、化学弾五九発が発射された」などの証言がロシア国家軍事アーカイヴに残されているという。

　鎮圧軍の増強に加え、アントーノフ=オフセーエンコ自身が「もっとも恐ろしいテロル」と評した命令一七一号は、アントーノフ軍に決定的打撃を与えた。トゥハチェーフスキィは懲罰活動について次のようにいう。「もっとも悪質な匪賊村で気分を転換させ農民に匪賊を引き渡すようにさせるため、厳しい銃殺に頼らなければならなかった」。クロンシタット反乱鎮圧の際に二月二八日づけ極秘回状でヴェチェカーが、労働者の気分を転換させるための「チェカー的手法」は副次的と表明したのに比べて、大きな前進であった。[xiv]

これ以後様々な公式会議で「赤色テロル」の効果が臆面もなく次々と披瀝される。六月二二日の全権特別委会議では次のように報告された。「パレフカ［キルサノフ郡の郷村］で［銃殺の］判決がきわめて上首尾に適用された（カメンカ村でのように）。八〇人の最初の人質はいかなる情報も提供するのをきっぱりと拒絶した。彼らは全員銃殺され、人質の第二陣が取られた。このグループはまったく強制なしに匪賊、武器、匪賊の家族についての情報を提供し、何人かは命令一三〇号による作戦行動に直接参加することも申し出た。同様な作戦行動を実施するためパレフカから第二区域政治特別委が向かったイノコフカ［同郡郷村］ではパレフカでの作戦行動についての噂がすでに伝わり、人質を取る必要もなかった。住民は喜んで特別委を迎えた。一人の老人が息子を連れてこういった。「もう一人の匪賊をどうぞ」。至る所でもっとも強力な転換がある」

多数の村に火が放たれ、蛮行が繰り返される。それでも第二戦闘区域特別委は七月六日に謀反人幇助者への極刑の適用について、「ソヴェト権力は、市民が改心し、平和的勤労に戻り、匪賊に対抗することを期待して、今日まで彼らを寛大に扱ってきた。これらの期待は失せ、ソヴェト権力は彼らに今や厳格な措置を適用するのを余儀なくされている」という。これに応えて、銃殺の範囲がますます拡大する。農民蜂起は基本的にローカルな利益を擁護する性格を帯びていたので、中央権力の影響力を断つため、二〇年三月にサマラ県ブグリマ郡で発生した農民蜂起の報告書が「叛徒は最初の三日間は電信を切断することに思いもつかなかった」ことに驚きを隠さなかったように、電信施設や橋梁の破壊は通常の戦術であった。そのため、七月九日づけで全権特別委は、橋梁破壊について「重要な橋の最寄りにある村落住民から五人以上の人質を取り、橋が損傷を受けた場合に彼らを直ちに銃殺しなければならない」と命ずる。

駐屯軍に敵意を持つ村から「四〇人の人質が取られ、村落に戒厳令が布告され、赤軍兵士部隊が包囲し、強制的に匪賊と武器を引き渡すために二時間の猶予を定め、不履行の場合には人質を銃殺するとの命令が出された。全体集会で命令を宣告すると農民は激しく動揺したが、匪賊を捕獲する手助けに積極的に参加する決心がつかず、銃殺命令が執行されることに懐疑的であった。刻限が過ぎた後、村会に出席した農民の目の前で人質二一人が銃殺された。「五人委員会」、全権、軍事部隊幹部士官などが臨席して形式を整えた公開銃殺は、市民を震え上がらせた。銃殺の終了後、群衆はざわつき喚声が轟いた。「忌々しいやつらのためにひどい目に遭っている、引き渡せ、誰でもいい」、「もう黙ってはいられない」。群衆から名乗り出た代表が捜索と山狩りによって武器と匪賊の探索を行うのを村会全員に認めるよう要請した」のはオシノフカ村［タムボフ郡］であった。「五人委員会」は村を「根絶することを決定し、赤軍兵士家族を除き、住民を一人残らず退去させ、彼らの財産を没収し、彼らをほかの村に移動させ、匪賊家族から接収した納屋に閉じ込めた。高価な資材、窓枠、ガラス、フレームなどをきっちり取り外した後で、村に火を放った。［･･･････］このような措置は地区全体を大きな恐怖に包み込んだ。シャボロフカ、カシルカなどそれに隣接する残りの村落は移住の準備をはじめ、特赦の請願を持って訪れた代表に彼らを救うのは匪賊と最後の武器を引き渡すことであると言い渡した」のはキルサノフ郡からの報告である。このような実例が多数認められ、県全体がもう修羅場と化していた。

ヴェチェカーは六月八日づけ暗号電報でペンザ、サラトフなどの隣接諸県の県チェカーに、匪賊軍は崩壊し、多くの残党が隣接諸県に逃げ込むのを防ぐため万全の措置を執るよう命じ、その軍事的敗北は既成の事実となっていた。六月下旬になるとウスマニ郡では匪賊の襲撃がなくなったために郷革命委や村革命委は徐々に廃止された。[xiv]

　命令一三〇号の発令から七月五日までに、第二軍事区域で一二一一人の人質と九一七人の匪賊が捕らえられ、三七〇人が銃殺され、二九五件の財産没収、三五軒の家屋の破壊、一一軒の焼き討ちがあった。もっとも匪賊活動が展開されていたキルサノフとタムボフ郡では大量のテロルが行使された。タムボフ郡ベロメストナヤ=ドヴォイニャ郷で人質の二グループの銃殺の後に隠匿された武器が引き渡された。ここでは一五四人の人質と匪賊が銃殺され、二二七人の匪賊家族が人質にされ、一七軒の家屋が焼き討ちされ、二四軒が打ち壊され、二二軒が貧農に引き渡された。エスタリスカヤ郷で七五人の人質と家族が銃殺され、一二軒の家屋が焼かれ、二一軒が打ち壊された。

アントーノフ=オフセーエンコは七月の報告で、次の数字を六月一日から七月二日までの戦果として挙げた。一七四八人の匪賊と二四五二人の兵役忌避者が捕らえられ、一四四九人の匪賊（そのうち武器を持って四〇〇人）と六六七二人の兵役忌避者が自発的に出頭し、三四三〇人が人質に取られた。一五七経営が没収され、八五軒が焼き討ちされるか破壊された。最後の一週間で除去された匪賊=兵役忌避者の数は一万六〇〇〇人、没収された経営は五〇〇軒、焼き討ちされたか破壊された家屋は二五〇軒に達した。八月の官報はタムボフ県でのこの時の戦況について、「住民は最終的に匪賊と決別し、ソヴェト組織の再興を積極的に支援し、匪賊の捜索に参加し、彼らによって隠匿された武器と掠奪された財物を掘り出している。多くの郷で農民は義勇民兵を組織し、三又と鎌で武装し、村落の防衛に立ち上がり、森に潜む匪賊の捜索を援助している」と報じたが、それが「赤色テロル」の結果であることについては沈黙した。六月にこのような人質として逮捕され、モスクワ近くのコジュホヴォ強制収容所に送られた三〇〇人の農民は、罪状を明らかにされず病人も、老人も、妊婦も、乳呑児も厳しい寒気の中で衣服も履物も無しに長期間拘留され、大勢の死人が出ているそこからの帰還を一一月にヴェチェカー幹部会に嘆願した。[xiv]

タムボフと隣接諸県は実際に血の海となった。誇張なしに、左翼エスエルのガーンは革命裁判所法廷で次のように陳述することができた。「何百人もの農民が革命裁判所とチェカー巡回法廷によって銃殺された。丸腰の何千人もが軍学校生と赤軍兵士の機関銃に倒れ、何万もが家族とともに北部諸県に追放され、資産は焼かれ掠奪された。左翼エスエルにある資料によって同様な光景を多数の諸県で描くことができる。サマラ、カザン、サラトフ県で」。至る所にこれらの証言がある。二〇年にサマラ県ブズルクで反乱参加者四〇〇〇人が、カザン県チストポリで六〇〇人、タムボフ県エラチマで三〇〇人が銃殺され、この三〇〇人はあらかじめ自分の墓穴を掘らなければならなかった。

このような「赤色テロル」の行き過ぎは党指導部の不興を買い、そのため現地責任者が更迭されたと釈明されたが、実際の顛末は次のようであった。七月一六日の政治局会議でルィコーフは命令一七一号を掲載したタムボフの新聞（コズロフ郡機関紙『わがプラヴダ』）を送るようにとのメモをレーニンと交わし、両者の話し合いの末、この問題をトロツキーが臨席する特別委に移し、そこで最終的決定を下すよう委ねると決めた。ルィコーフはトロツキー宛ての一八日づけ覚書で、「一、命令［一七一号］を破棄する。二、アントーノフ=オフセーエンコとトゥハチェーフスキィを召還する」旨の党中央委政治局会議決定と、中央執行委幹部会の多数がこれを支持していることを伝えた。これを受け、共和国革命軍事評議会付置匪賊運動との闘争特別委は命令一七一号の破棄に関する会議を翌一九日に開き、匪賊を「容赦なく懲罰するとのソヴェト権力の決意を示す目的を持つ」命令一七一号は、「匪賊一味が民衆から隔絶され、粉砕され、実質的に根絶された現在」破棄することができると決議し、それを即日新聞に掲載するよう現地に直通電話で通告した。トゥハチェーフスキィは、ルィコーフの覚書を待たずして七月一七日づけで共和国革命軍事評議会政治管理局局長グーセフを議長とする上記の特別委で解任が決定され、間もなくアントーノフ=オフセーエンコも召還された。

この命令が出されて一ヶ月以上も経過してテロルによる抑圧効果が十全に発揮された後の命令破棄は、もちろんアントーノフ軍への一般的「赤色テロル」の破棄を意味しなかった。七月二〇日づけ中央執行委全権特別委から区域政治特別委への秘密回状はこの破棄命令二三四号を補足し、農民の気分に「転換がなく、区域政治特別委にある資料により、命令一七一号の実施の停止がソヴェト権力の弱さと優柔不断を表すものと匪賊分子に解釈される所では、命令一七一号は以前通り厳しく実施されなければならない。その一方で、命令二三四号による命令一七一号の例外的措置の適用停止が住民間に匪賊的気分の強化を招くあらゆる場合に、区域政治特別委はテロ的抑圧を直ちに強化する義務を負う」［強調は原文］と通達した。このような全権特別委の活動は九月一九日づけ中央委組織局会議が中央執行委に解散を勧告するまで続いた。[xiv]

このような農民運動の鎮圧方法は至る所で適用された。シベリアでの割当徴発キャンペーンはヨーロッパ=ロシアの穀物生産諸県の多くが凶作に直面する中で開始され、それを補填するため徹底した弾圧の下に実行され、チュメニ県を除き二〇年七月にシベリアに派遣された四二部隊は二一年一月には一八三部隊に増員された。七月にトムスク、アルタイ、セミパラチンスク県とオムスク県スラヴゴロド郡を占領した農民蜂起は、五〇〇〇人の部隊を投入し、戦死者一五〇〇人、捕虜一二〇〇人を出して鎮定され、このような厳しい状況で二〇／二一年度の割当徴発がはじまった。七月三一日づけレーニンとブリュハーノフ連名の電報は、八月末までに穀物貯蔵が摘発されれば、それは国事犯と見なされると警告し、割当徴発の完遂まで現地への穀物供給は停止された。続いて、ブリュハーノフはチュメニ県食糧委に、割当量は決して縮小されないことを住民に周知させ、クラーク的地域に部隊を集中し、穀物の納付の遅延に対し郷執行委と村ソヴェト議長を逮捕するよう指示を与え、割当徴発の遂行は軍事的任務とされた。これに基づき、九月二日づけで県委書記は「県内のあらゆる食糧組織を軍隊化する」よう命じ、九月三日の県執行委・食糧参与会会議は、七月三一日づけ電報を確認し、割当徴発の完遂まで住民への供給停止を決めた。すでに二月二八日づけレーニンとツュルーパ宛ての電報で、トロツキーが「イシム郡は飢餓郡となった」と指摘していた後での、これら一連の措置の適用であった。

シベリアではチュメニ県のみが二〇年中に割当徴発を完遂したが（遂行率一〇二％）、九月の割当徴発に関する県指令によれば、食糧基準に年間穀物一三プード半が適用され、県内ではイシムとヤルトロフスク郡が軍事的徴発の標的となった。県食糧コミッサール・インデーンバウムは九月一〇日づけ県食糧委命令四三号で、両郡にある二〇〇万プードと想定された全未脱穀穀物の搬送を命じ、一〇月に県に対して定められた食糧穀物三〇〇万、飼料穀物三五〇万、搾油用種子二〇万プードの割当徴発量は根拠なく八四七万六九一プードに増量され、両郡にその八八％以上が課せられた。このような割当徴発の実施は「赤色テロル」の行使なしには不可能で、インデーンバウムは一二月一〇日づけで、割当徴発の遂行を保証するため、それぞれの村落から一〇人ずつの人質を取り、彼らを辺境に送り込むよう指示を与えた。このような対応はコムニストへの徹底的憎悪を生み出し、「スローガン「コムニストなきソヴェト」は苛烈に実施された。蜂起者により占領された村では、彼らはしばしば残虐な処罰を受けた。逮捕者は凍死するまで何日も酷寒の中に放り出され、目を刳り出され、鼻や耳を削がれ、刺し殺され、穴で焼かれた。イシム郡で捕らえた食糧活動家を家畜が生きたまま引き裂き、彼らに「割当徴発は完遂された」との紙切れを貼りつけた。［･･･････］両郡でコムニストの五〇％、食糧活動家の七五％が殺害された」[xiv]

二一年四月九日づけでチュメニ県食糧コミッサール代理は「地方の食糧組織の機関は以下のように完全に崩壊した」ことを食糧人民委員部に報告した。「農民騒擾により二〇〇人の上級食糧活動家が殺害され、地方ならびに県で残された者は意気消沈した」。集荷所から「最小限で八〇万プードの穀物が掠奪され」、「このほか、県食糧委の認可なしに、郡執行委、部隊政治委員は残った分を農民住民に供給し、県食糧委の訓令を執行していない」。「県食糧委参与会は現地住民と闘うにはまったく無力である」。こうして強制的措置もまったく効果を挙げず、県内の調達活動は実質的に停止し、県党委はモーロトフに五月までに農民蜂起により県内のコムニストの半数を失ったことを伝えた。県全体が完全に荒廃し、食糧人民委員部への報告によれば、この過酷な割当徴発によって、「郷の半分は完全に穀物がなくなった。穀物が乏しい多くの郷で国家割当徴発は完全には遂行されず、［･･･････］種子さえ残されなかった」

一月三一日にチュメニ県イシム郡北部での農民と食糧部隊との衝突ではじまり、三日後にイシム郡北部全域とヤルトロフスク郡にまで拡大し[xiv]、最大一〇万人が参加した当時最大規模のこの農民蜂起も、初夏までに蜂起軍の主力はほぼ壊滅し、その鎮圧方法について現地の村から四月にレーニン宛てに次の書簡が届けられた。「匪賊が根絶されたときに降伏した者の人身保護が約束されたので、まずベロフスコエ郷が降伏した。だが間もなくゆっくりと逮捕がはじまり、銃殺が行われるようになった。住民は人身保護の約束が履行されていないことに再び怒りが湧き上がった」。七月の党イシム郡委会議での発言によれば、「これらの懲罰のために荷馬車を提供するのが拒否されている。匪賊の出頭は停止し、農民の不満が認められる」

春以後県内の状況は急速に悪化し、四月一日から配給券の交付は停止され、最後の播種用種子が食い尽くされ、五月になると「ソフホーズで家畜が大量に斃死し、［･･･････］労働者の気分は困窮のために不満に充ち、農民大衆の気分はきわめて厳しくなっている。イシム、ヤルトロフスク、チュメニ郡の農民は配給の交付が停止したため危機的状態にあり、内部割当徴発［再分配］は成果を挙げず飢餓一揆が予想され、新たな直接行動が公然と宣言されている。誠実に割当徴発を遂行した農民は穀物［と］種子なしに残され、畑は播種されていない」と、シベリア・チェカー議長は報告した。それでもシベリアからの厳しい徴発は続き、「土壌が貧しく乏しい収穫しかもたらさないイシム郡の住民は自然発生的に居住地を捨て、荷馬車でシベリアのさらに奥地に向かっている」と、八月に県執行委議長は報告した。チュメニ県では前年度の割当徴発により収穫の六〇・九％が徴収され、これが二一年の大飢饉の原因となったと現在の研究者は指摘する。[xiv]

「赤色テロル」の恐怖によって民衆を圧殺した詳細をこれ以上述べるのは不要であろう。航空機、装甲列車、装甲自動車、毒ガスなどの近代兵器が大量に投入されたが、アントーノフ蜂起の鎮圧に「赤色テロル」がもっとも有効に作用したのは疑いない。タムボフ県党協議会で披瀝された数字は五月以後のアントーノフ軍の崩壊を如実に物語っている。五月二八日から七月二六日までに、五五八五人の匪賊が自発的に出頭し、六二七〇人が捕獲され、四五一五人が戦死した。こうしてアントーノフ軍は一万六〇〇〇人以上の兵士を失った。さらに、二万五四九人の兵役忌避者が出頭するか捕獲された。同時に、機関銃三四丁、ライフル二二二一丁、拳銃二八五丁、軍刀四八八振りが押収された。トゥハチェーフスキィは七月二六日づけレーニンへの秘密報告で、二万一〇〇人いた匪賊のうち七月一一日までに歩兵一二〇〇人しか残らなかった、多数の首謀者が殺害されたと報告した。

その後、アントーノフの消息はチェカーの懸命の捜索にもかかわらず、杳として分からなかった。二二年五月末にボリソグレブスク郡ニジニ=シブリャイ村の女教師から、マラリヤを病んでいるアントーノフのキニーネが足りないので助けて欲しい、との要請を受け取った元エスエル党員はゲペウー県支部にこのことを通報し、彼の捕獲作戦が準備された。六月二四日に彼が弟とともに隠れ家から女教師の家に出向くとの情報を得て、元アントーノフ軍兵士を含めた九人がその晩八時に目的の家に到着した。扉に近づき、壁を叩く。その時アントーノフが現れ、グループの一人がブローニングを発射する。アントーノフは後ろに下がり、扉に鍵を掛けた。双方で銃撃がはじまった。窓に向け手榴弾が投げられたが、ランプに跳ね返され外で爆発した。もう手榴弾はない。家に火を放つよう命令が下った。藁屋根は勢いよく燃え上がった。アントーノフ兄弟は降伏することなく、モーゼル銃で反撃し、戦闘は一時間続いた。村人全員が集まりすさまじい光景を遠巻きに眺めていた。アントーノフ兄弟は森に逃げようとし、銃撃戦の末落命した。晩一〇時にすべては終わった。裸にされた兄弟の死体は村からゲペウー支部が置かれていたタムボフのカザン修道院に運ばれ、同支部は、アントーノフはまだ生きているとの風聞を打ち消すために二人の死体を裸のままで晒しものにし、ネズミが徹底的に死体を食いちぎるに任せた。[xiv]

アントーノフ蜂起によってタムボフ県は完全に荒廃した。「この被害を蒙らなかったソフホーズも村もなかった。一頭の馬もいなくなった。すべてが乗り潰された。羊も穀物もなくなった。すべてが食い尽くされた。財産もなくなった。すべてが掠奪された。大きな土地が播種なしのまま残された。そして、赤軍兵士が懲罰した村には主(あるじ)のいない家が残されるか、老いぼれ老人だけが残された」と、あるチェキストは回顧する。すでに二一年二月のタムボフ郡執行委会議で、ソフホーズは「家畜、農具、種子、建物の大部分が掠奪されてしまったので」、自力で復興させることはできないと報告された。六月のタムボフ郡執行委幹部会会議で、食糧援助を要請するモスクワへの再三の電報にもかかわらず、それについては梨のつぶてで、「子供は衰弱し、壊血病に罹っている。郡では食糧価格が高騰し、食糧の買付は考えられない。要するに食糧事情は絶望的である」と語られた。それでも飢饉との闘争が審議された八月九日づけ党中央委総会で、村に軍隊が導入される際に駐留期間内の「それらへの食糧供給は軍用配給券の完全な基準で村団に課せられる」ことが決議された。飢饉にあえぐ村にとって、この負担の持つ意味は明白である。

二二年に県の典型として匪賊の被害調査に選ばれたボリソグレブスク郡パヴロダル郷（調査対象一〇六四世帯）で次のことが確認された。「匪賊行為は二一年六月まで続いた。その結果、郷執行委と村ソヴェトは解体され、文書はすべて散逸した。郷全体でこの時期に三〇軒の乾燥小屋、八軒の百姓屋が焼かれ、赤軍家族が罹災したが、現在まで援助はない。二一年春の播種は二〇年に比べてほぼ二五％縮小した。郷全体で二〇年に役馬七九一頭と非役馬二三〇頭がいたが、二一年秋までに約四〇〇頭の仔馬だけが残った。郷村パヴロダルで役畜一〇〇頭、羊五〇〇頭、豚五〇頭が屠られた。二一年秋までに農民はひどい零落状態にあり、それは二一年の凶作期と重なり、窮迫は二二年に良作が実現されるまで続き、ドミトリ

[xiv] 奥田央編著『二〇世紀ロシア農民史』、社会評論社、二〇〇六年、二七ページ; Кондрашин В.В. Крестьянское движение в Поволжье.С.71; Правда.1918.14 июля; Изв. ВЦИК.1918.17 июля; Черкасов А.А. Указ. соч. C.56-57; Осипова Т.А. Указ. соч.C.162-163.

[xiv] Красиков П.К. Советская власть и церковь.М.,1920.С.4; Изв. Наркомпрода. 1918.№9.С.30,32; ГАРФ.Ф.1235,Оп.94,Д.63,Л.331.一九年三月に発生した「チャパン戦争」での蜂起の拡大は一様に次のような経緯を辿った。反乱軍部隊が村に到着するとナバートが鳴らされ、スホードが召集され、そこで反乱軍の決議が読み上げられ蜂起への参加が決定された。ほとんどの村がこの手続きで蜂起に合流した（Гурьев Н.В. Указ. соч.С.8.）

[xiv] СУ РСФСР.1918.№57.ст.628; Беднота.1918.14 сент.; « Антоновщина » : крестьянское восстание в Тамбовской губернии в 1920-1921 гг.Тамбов,2007.С.131-132.

[xiv] Молодцыгин М. Рабоче-крестьянский союз.М.,1987.С.31; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.17,Л.1,2,37об.; Д.229,Л.7; Оп.13,Д.1030,Л.23об.,54; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.58,Л.29; Шевяков С.П. Борьба коммунистической партии за единство своих рядов в первые годы НЭПа.Ярославль,1974.С.8-9.

[xiv] Драма Российской истории.C.257; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.709,Л.526; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.284,Л.128; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.321,Л.324; Реввоенсовет Республики протоколы 1920-1923: Сборник документов.М.,2000.С.126; РГАЭ.Ф.5556,Оп.1,Д.37,Л.5,11,39; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.76,Л.7.白軍も同様に武器の獲得に腐心し、コルチャーク軍参謀長は、敵兵からの武器の捕獲に、ライフル銃に一〇〇、大砲に一〇〇〇、飛行機に五万ルーブリの交付金を与えた。この時、容器込みのビール二〇本が一五〇ルーブリであった（Белое движение.Л.701,738.）

[xiv] Изв. Петроградского совета.1918.4 апр.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.160,Л.109; Изв. ВЦИК.1918.13 июля; Ф.Э. Дзержинский председатель ВЧК-ОГПУ.C.53; ГАРФ.Ф.393,Оп.10,Д.80,Л.15-16об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.77,Л.2; Шишкин В.И. Сибирская вандея.С.76-77.

[xiv] Ленин В.И.Полн. собр. соч.Т.51.C.347-348; Сафонов Д.А. Великая крестьянская война 1920-1921 гг. и южный Урал.Оренбург,1999.C.140-146; Кондрашин В.В. Крестьянское движение в Поволжье.С.313-319; он же. Крестьянство России в Гражданской войне к вопросу об истоках сталинизма.М.,2009.С.199-200; Советская деревня глазами.T.1.С.759.

[xiv] Осипова Т.А. Указ. статья.С.112-113; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.18,Л.505; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.664,Л.19; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.295.

[xiv] Письма во власть.1917-1927.С.160,173; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.453,Л.135; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.667,Л.30; « Антоновщина » (2007).C.100-101; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.745,Л.82,103; Оп.6,Д.1196,Л.282.チチュカーノフはこの三ヶ月後に狩猟に訪れたキルサノフ郡で仲間とともに「アントーノフ匪賊」によって殺害された(« Антоновщина » (2007).C.107)

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.303,Л.22-24; « Антоновщина » (2007).C.111.二一年四月一三日の県執行委幹部会会議は、播種期が訪れ労働力が必要なことに配慮し、割当徴発の不履行で懲罰を受けている農民を恩赦にしたが、そこで没収された農具はすでに貧農の間で配分されたとの理由により返却を不要とした（ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.276,Л.116.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.453,Л.19-24об.-130; Оп.84,Д.131,Л.2; Оп.65,Д.277,Л.73.

[xiv] この低いコムニスト比がその原因として指摘されたが、二〇年の最高国民経済会議組織の職員やペルミ県の食糧組織でもそれは二％程度であった（РГАЭ.Ф.3429,Оп.1,Д.232,Л.271; Метельский Н.Н. Указ. соч.С.42.）。また、村ソヴェト組織でのコムニスト比は非常に低く、二〇年の調査によれば、工業県といわれたイヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県八郷の村ソヴェトの党派構成は、無党派九九・一パーセント、コムニスト〇・九パーセント、典型的農業県であるタムボフ県八〇郷ではそれぞれ九九・三パーセントと〇・七パーセントであった（Власть советов.1921.№2.С.13.）

[xiv] 赤軍兵士の多くは農閑期の冬に召集され、夏の収穫期とともに脱走した。トゥーラ県一一郡では一九年五月の兵役志願者は七九八人であったが、八月には一九二人に激減した。こうして兵役忌避者は膨大な数に及び、二〇年一〇月前半に一七県で一〇万一四一六人が捕獲され、六九六人が銃殺の判決を受けた（Moлдцыгин.М.А. Указ. соч.С.59; ЦК ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.123, Л.50в,50г.）。兵役忌避については梶川伸一『幻想の革命』、三二～三五ページ参照。

[xiv] 労農国防会議は一八年一一月三〇日づけ全ロシア中央執行委政令により、ソヴェト共和国が軍事野営地と宣告されたことに関連し、国防のために国内の経済=軍事力を総動員する目的で設置された非常機関であったが、内戦の終了とともに二〇年四月に経済建設の指導機関として労働国防会議に改変された（Декреты Советской власти.T.4.С.92-94; T.12.С.106.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.327,Л.14; Д.285,Л.1; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.207,Л.128; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2334,Л.37; Изв.Тамбовского губ. исполкома и советов.1920.14 апр.; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.47об.; Наша газета.1921.10 дек.; Свободный пахарь.1921.4 дек.; Советская Сибирь.1921.14 янв.; Метельский Н.Н. Указ. соч.С.37.無断欠勤は特に二〇年以後工場で日常茶飯事となった。ペトログラードでは平均して年間の労働者一人当たりの不出勤日は二〇年で六五・四日、二一年で七七・二日に達した。これに対して厳格な措置が執られ、二一年一月に第四国営発電所で、「大量の無断欠勤（九〇％）が認められ」、女性労働者の多くが理由なしに、････丸一ヶ月も仕事に出ず、欠勤理由を報告していないので、多数の女性を逮捕する」決定が下された。だが、多くの企業管理者は飢餓と副収入の必要を考慮して無断欠勤に寛大に対処するのを余儀なくされた（Яров С.В. Указ. соч.С.284.）

[xiv] ГАРФ.Ф.393,Оп.22,Д.81,Л.187; Д.42,Л.35; Оп.10,Д.21,Л.63a,65; Оп.28,Д.265,Л.48; Метельский Н.Н. Указ. соч.С.37; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.190,Л.41; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.425,Л.2; Ф.478,Оп.1,Д.537,Л.32.

[xiv] この時期に炭疽病はそのロシア名の通りシベリアで特に流行し、二一年八月の状況をチュメニ県チェカーは、次のように報告した。「炭疽病は特にチュメニ郡で猛威をふるい、［･･･････］それとの闘争は、医薬品がないために乏しい」。こうして同県で二一年四月から一〇月までに様々な疫病で家畜の八三％が失われた（ЦК ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.444,Л.2; Отчет Тюменского губ. Экономического совещения.№1.Тюмень,1921.С.15.）

[xiv] Нижегородская коммуна.1921.22,26 июля; Коммуна ( Самара ).1921.27 марта; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.479,Л.90об.,126; Оп.6,Д.58,Л.28; Изв.Тамбовского губ. исполкома и советов.1920.2 марта; 17 янв.; 6 апр.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.578,Л.54об.; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.265,Л.116; Голод 1921-1923 років в Україні: Зб. документів і матеріалів.Киів,1993.С.93.家畜伝染病は内務人民委員部中央獣医部の所管で、一九年九月に家畜ペストの予防に関する人民委員会議政令が出されたが、そこには汚染された郡外への搬出禁止以外に具体的措置は皆無であった（СУ РСФСР.1919.№46.ст.450.）

[xiv] 飢饉年には監獄は人で溢れ、アルハンゲリスクでは「温かく腹が膨れる」監獄に収監されるよう秋には警察への出頭者が急増すると、革命以前にはいわれていたが、もちろんそのような理由はここでは該当しない（Бах А. Царь-голод.Пг.,1917.С.67.）

[xiv] ГАРФ.Ф.393,Оп.22,Д.81,Л.187,188,224-228,149; Moлдцыгин.М.А. Указ. соч.С.58; ГАРФ.Ф.393,Оп.10,Д.21,Л.159,160;Белое движение.Л.2233; Литвин А.Л. Указ. соч.C.99; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.7,Л.115; « Антоновщина »( 2007).C.261.二二年末までに三六県が戒厳令下に置かれた（Френкин М. Указ. соч.С.121.）

[xiv] Крестьянское движение в Тамбовской губернии 1917-1918: Документы и материалы.М.,2003.С.36,51,295,108,123,194,184,215,242; Есиков С.А. Крестьянское хозяйство Тамбовской губернии в начале XX века.Тамбов,1998.C.52-56; Осипова Т.А. Указ. соч.С.53; Андреев В.,Кулаев С. Октябрьская революция и гражданская война в Тамбовской губ.Тамбов,1927.С.27; Переверзев А.Я. Социалистическая революция в деревне Черноземного центра России.Воронеж,1976.С.9.

[xiv] « Антоновщина »(2007).C.280,326; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.34,Л.118об.; Крестьянское хозяйство за время революции.С.71; « РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.128,Л.9-10; Антоновщина ». (2007).C.7; ГАРФ. Ф.130,Оп.2,Д.443,Л.70,130; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.204,Л.62об.

[xiv] Там же,Оп.3,Д.246,Л.27-28об.; Оп.1,Д.246,Л.184; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.633,Л.78; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.246,Л.6; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.762,Л.130; Д.762,Л.138; Оп.3,Д.633,Л.175.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.246,Л.2,165; Ф.478,Оп.1,Д.330,Л.32.農業人民委員部の情報によれば、リペツク郡の穀物のバランスシートは以下。ライ麦は五万三九三デシャチーナに播種され、収穫は一八九万二七プード、食糧と種子への需要は二二六万一八四四プードで、ライ麦の不足は三七万一八一七プード。黍は二万九〇一四デシャチーナに播種され、収穫は八二万六四三四プード、黍の需要は三七万七四八四プードで、余剰は四四万八九五九プード。オート麦は二万二七二七デシャチーナ播種され、収穫は九三万七二九〇プード、需要は一一三万六四二二プード、不足は一九万九一三二プード（там же.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.292,Л.16; Есиков С.А. Крестьянское хозяйство Тамбовской губернии.С.77; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.24,Л.21; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.698,Л.13; Д.633,Л.12; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.17,Л.3об.; « Антоновщина »(2007).C.82; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.453,Л.86-97; Д.433,Л.5; РГАЭ.Ф.478,Оп.2,Д.237,Л.14об.

[xiv] Там же.Ф.1943,Оп.4,Д.201,Л.193; Оп.1,Д.608,Л.19об.; Д.611,Л.130.

[xiv] Там же.Оп.4,Д.209,Л.1; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.18,Л.407-408об.; РГАСПИ.Ф.4,Оп.1,Д.1256,Л.2-3.

[xiv] この措置は、宗教的理由による兵役忌避を避けるため、宗教的信念のため戦闘勤務に就けない者は、衛生兵として軍役を代行することを認めた、一九年一月四日づけ人民委員会議決定への違反である（СУ РСФСР.1919.№17.ст.192）

[xiv] « Антоновщина »( 2007).C.130; ГАРФ.Ф.1235,Оп.55,Д.10,Л.191об.,342; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.682,Л.66,88об.; Оп.6,Д.403,Л.660.シムビルスク弾薬工場での事件の解明と工場生産の向上のため、一一月六日の共和国革命軍事評議会会議は代表派遣を決定した（Реввоенсовет Республики протоколы.С.152.）

[xiv] The Trotsky Papers.vol.ii.p.492; Изв. ВЦИК.1918.21 июля; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.796,Л.11,15об.

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.277; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.176,Л.100; Оп.65,Д.370,Л.96; Самошкин В.В. Антоновское восстание.М.,2005.C.18-19.

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.133,135; Осипова Т.А. Указ. статья.С.146; Андреев В.,Кулаев С. Указ. соч.C.42; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.58,Л.14; Оп.7,Д.918,Л.187; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.172,Л.15; Советская деревня глазами.Т.1.С.554; Голод 1921-1923 років в Україні.С.100-101.

[xiv] Письма во власть.1917-1927.С.181-182; « Антоновщина » (2007).C.144; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.179,Л.6; Оп.13,Д.1007,Л22; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.375,Л.2; РГАСПИ.Ф.17,Оп.5,Д.17,Л.186об.; ЦК ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.123,Л.15об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.131,Л.10-11; Оп.112,Д.130,Л.94.因みに、食糧人民委員部職員の月給も大きな格差があり、二一年三月で管理部長補佐が約六五〇〇ルーブリ、伝書使が約二二〇〇ルーブリであった（РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.399,Л.182.）

[xiv] Беднота.1920.20 мая; 24,26 июня; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.608,Л.1; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.611,Л.128-129; Голод:1921-1922:Сб.Нью-Иорк,1922.С.39.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.321,Л.19; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.611,Л.128-129; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.207,Л.61,116; Декреты Советской власти.T.10.С.351-352; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.357,Л.189; РГАСПИ.Ф.19,Оп.1,Д.385,Л.4,64-65; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.590,Л.40; Декреты Советской власти.T.11.С.151-153; T.13.С.104; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.40,Л.1,11,13.凶作認定県の中でもトゥーラ県は二年連続の凶作で、ヴェニョフ、チェルニ郡でデシャチーナ当たりの一九年収穫は二五プードしかなかったが、そこでの割当徴発は精力的に実施され、一九年一二月までに平均遂行率三三％の生産諸県のうち唯一同県だけが割当徴発を完納した（Бюл.Наркомпрода.1919.10 сент.С.2; 21 дек.С.1.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.681,Л.101-102; Оп.1,Д.745,Л.48; « Антоновщина » (2007).C.340; Беднота.1920.15,24 сент.; РГАСПИ.Ф.19,Оп.1,Д.389,Л.64-65,4; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.41.С.363-364.

[xiv] ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.123,Л.33; Д.162,Л.3об.,14о ; Советская деревня глазами.Т.1.С.270; « Антоновщина »(2007).C.192,212,13.

[xiv] Советы в эпоху военного комунизма(1918-1921): Сборник документов.Ч.2.М.,1928.C.447-448; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.273,Л.3; Протоколы десятой Всероссийской конференции РКП ( б ).М.,1933.C.73; Есиков С.А., Канищев В.В. « Антоновский нэп» ( Организация и деятельность « Союза трудового крестьянства» Тамбовской губ.1920-1921 гг. //Отечественная история.1993.№4.С.60.

[xiv] Изв. Тамбов. губ. исполкома.1920.1 сент.; « Антоновщина » (2007).C.192,193-194,155,409; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.610,Л.260.

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.139,155,151,173,265; « Антоновщина » ( 1994).C.52; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.72,Л.37-38; Оп.84,Д.138,Л.16-18.典型的なエスエル的シベリア勤労農民組合綱領はтам же.Д.272,Л.32-34.

[xiv] 匪賊に対する裁判なしの現場での銃殺は、二二年四月二六日の中央委政治局会議で「ゲペウーに直接銃殺の権限を与える」とのウーンシリフトの提案によって制式となった（РГАСПИ.Ф.17, Оп.3,Д.290,Л.4.）

[xiv] Есиков С.А., Канищев В.В. Указ. статья.С.61-65; ГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.138,Л.170об.; Оп.112,Д.72,Л.37-37об.; « Антоновщина » (2007).C.173.親が逮捕され、孤児となった子供は孤児院に入れられるのはアントーノフ蜂起に固有の事象ではなく、農民に懲罰が下されるときの通例であった。チェリャビンスク郡で二〇年に割当徴発の徴収の際、穀物隠匿の廉である農民は財産没収をともなうラーゲリ一〇年の判決が下され、子供は孤児院に、親戚の老人は養老院送りが決定された（Сафонов Д.А. Указ. соч.C.222.）

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.163-164,341; В.И.Ленин и ВЧК.С.403-404.

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.219-220,212,182,277; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.717,Л.1; Ленин В.И. Полн.собр.соч.Т.51.C.310-311; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.230,Л.8.因みに、共和国革命軍事評議会会議は二〇年九月から二一年六月までに都合二四回開かれたが、一二月二八日会議で「ウクライナにおける匪賊運動との闘争問題」が検討されただけで、それ以外に匪賊運動はまったく取り上げられなかった（Реввоенсовет Республики протоколы.С.162.）

[xiv] 二一年四月現在、一万一一二五丁のライフル銃を持つ一万七五一六人の民警を数えた（ГАРФ.Ф.393,Оп.31,Д.5,Л.59.）。

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.66,Д.63,Л.59; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.162,Л.31об.-32об.,44-47об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.286,Л.215-216; Оп.4,Д.265,Л.4-5.軍隊定員削減の問題は二〇年一二月六日の共和国革命軍事評議会会議で取り上げられ、二〇〇万以上を解除し、三三〇万を残すとの案が示され、その後も同会議で頻繁に議論され、最終的に二二年五月一〇日づけ会議で国境警備隊を含めて九月一日までに兵員八九万四〇〇〇人にすると決定された（Реввоенсовет Республики протоколы.С.159,295.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.128,Л.53; « Антоновщина »( 1994).C.82,86; « Антоновщина » (2007).C.194,424,196; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.269,Л.3; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1030,Л.54; « Антоновщина » (2007).C.278.

[xiv] Там же.C.273; The Trotsky Papers,vol.ii,p.504-06; Васильев Б. Из истории антоновщины// Антоновщина: Стати, воспоминания и другие материалы к истории эсеро-бандитизма в Тамбовской губ.Тамбов,1923.C.13; Казаков А. Партия С.-Р. в Тамбовском восстании 1920-1921 г.г.Тамбов,1921.С.5; « Антоновщина » (2007).C.211-212; « Антоновщина »(1994).C.155; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.139,Л.20; Трифонов И.Я. Классы и классовая борьба в СССР в начале НЭПа (1921-1923 гг.).Ч.1.М.,1964.С.113; Архив ВЧК.C.14.

[xiv] アルチョームは同特別委の要請を受けた四月一八日組織局決定により、多忙を理由にミハーイロフ、ヤロスラーフスキィと交替した（РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.155,Л.29,2об.）

[xiv] Там же.Д.108,Л.2-3; Оп.2,Д.55,Л.4; Оп.3,Д.128, Л.1; Оп.112,Д.111,Л.8; Д.119,Л.2; Д.120,Л.6; Д.123,Л.3; Д.125,Л.6; Оп.3,Д.131,Л.2.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2334,Л.16-17,30,41-42; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.603,Л.260; Оп.112,Д.128,Л.103-111об.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.45,46,39; Оп.2,Д.1300,Л.22,25; Оп.7,Д.2334,Л.129; « Антоновщина »(1994).C.14-15; « Антоновщина » (2007).C.111; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2334,Л.129; Есиков С.А. Российская деревня в годы нэпа: К вопросу об альтернативах сталинской коллективизации ( по материалам Центрального Черноземья). М.,2010.C.34.

[xiv] РГАЭ.Ф.5556,Оп.1,Д.39,Л.140; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.8,15; Оп.65,Д.663,Л.35; РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.1300,Л.18,20; Оп.6,Д.643,Л.79; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.610,Л.275; Голод 1921-1923 років в Україні.С.52.約一六〇〇人の赤軍兵士が駐屯していたスパッスク郡は、一ヶ月分として麦粉八〇〇プード、鶏肉二二五プード、肉二七〇プード、獣脂二五プード、タバコ四〇プード、石鹸一〇プード、砂糖四〇プード、茶八プードを供給する必要があったが、郡は一日分の貯蔵を持つだけであった（ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.265,Л.111.）

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.299,266,293,309,409; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1186,Л.78; РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.521в,Л.94; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.444,Л.18,19,21-22; Оп.6,Д.625,Л.43.

[xiv] ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.8,Л.392; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.128,Л.44,46,48,50,52; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.3529,Л.1об.,10,13.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.15; Оп.65,Д.663,Л.35; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.39,48; Оп.6,Д.643,Л.83.

[xiv] Там же.Оп.7,Д.2334,Л.133,135-136,146,240,226; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.265,Л.84.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2331,Л.264; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Л.118; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.58,Л.29; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.712,Л.10.

[xiv] The Trotsky Papers 1917-1922,v.ii,p.506; « Антоновщина » (2007).C.309; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.132,Л.307,6.アントーノフ蜂起の鎮圧で重要な役割をはたしたチェカー組織であったが、ここでも活動家不足に悩まされ続けた。タムボフ・チェカーに三人の係官を送り出すようにとのヴェチェカーの五月の要請はウラリスク県チェカーにより拒否され、ゴメリ県チェカーからヴェチェカーに、「経験のある全権がいないため、県チェカーの活動は順調でない」と報告された（там же.Оп.66,Д.102,Л.160,160об.）

[xiv] « Антоновщина »(1994).C.125-126,308,120; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.23; « Антоновщина » (2007).C.317.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.58,Л.22; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.712,Л.7; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.58,Л.22; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.603,Л.260.

[xiv] Там же.Оп.112,Д.139,Л.17,20,23; The Trotsky Papers,v.ii,p.408; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.182,Л.27; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.712,Л.7; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.268,Л.72.

[xiv] Васильев Б. Указ. статья.C.16; The Trotsky Papers,v.ii,p.526,528; « Антоновщина »(1994).C.145; « Антоновщина » (2007).C.13; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.30; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.190,Л.79.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1030,Л.83; Верховых В. Пять лет борьбы, деревенская беднота и рабочие в борьбе с буржуазией.Борисоглебск,1922.С.31; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.84; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.112-113,119; Оп.84,Д.230,Л.24; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.268,Л.193; « Антоновщина » (2007).C.193; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.94-94об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.230,Л.24; « Антоновщина »(1994).C.128-129; Изв.Тамбовского губ. исполком и советов.1921.15 апр.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.115об.

[xiv] Там же.Оп.112,Д.137,Л.2; Д.155,Л.3; Оп.84,Д.176,Л.17; Оп.13,Д.1007,Л.30.

[xiv] この部隊は一九年四月一七日づけ党中央委決議によりおもにコムニストから編成された赤軍に含まれない軍事組織であるが、チェカー、国内保安軍と連携して行動し、二一年末までに三七万一〇〇人の兵員を数えた（Письма во власть.1917-1927.С.272.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.155,Л.2-3; Оп.13,Д.1007,Л.106; Самошкин В.В. Указ. соч.С.101; « Антоновщина » (2007).C.361-364; « Антоновщина »(1994).C.163,165.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.112,113; The Trotsky Papers ,v.ii,p.534,542; Бриммер К.В. Последний период борьбы// Антоновщина.С.55; « Антоновщина »(1994).C.191.

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.403,406,16; Осипова Т.А. Указ. статья.С.150; РГАСПИ.Ф.76,Оп.3,Д.167,Л.24.毒ガスの使用について、一九年にボリシェヴィキが再度キエフを占領した際に総司令官ムラヴィヨーフは「一月二八日に祖国防衛議会は休戦を請うた。回答としてわたしは化学窒素性ガスで殺すよう命じた。何百人、おそらくは何千人もの将軍を容赦なく殺した」と報告したと、メリグーノフは指摘する（Мельгунов С.П. Указ. соч. С.148（邦訳、一三〇ページ））

[xiv] « Антоновщина » (2007).C.419-420,447,471,474-475; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.69,Л.21; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.190,Л.77; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.268,Л.108об.

[xiv] Есиков С.А., Протасов Л.Г. Антоновщина: новые подходы// Вопросы истории. 1992.№6/7.C.53; The Trotsky Papers,v.ii,p.542-544; « Антоновщина » (2007).C.501; Изв.ВЦИК.1921.12 авг.; Письма во власть.1917-1927.С.294.同ラーゲリのこの事実は典拠なしでメリグーノフによっても指摘された（Мельгунов С.П. Указ. соч. С.68（邦訳、四八ページ）

[xiv] Там же.С.156-157（邦訳、一三九ページ）; Владимир Ильич Ленин. Биографическая хроника.Т.11.С.52; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.190,Л.2; « Антоновщина » (2007).C.16,488,486,490; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.213,Л.3.六月二〇日づけ組織局会議でアントーノフ=オフセーエンコに七月一〇日から一ヶ月間の休暇が認められていた最中の召喚であった（там же.Д.182,Л.2.）

[xiv] РГАЭ.Ф.5556,Оп.1,Д.59,Л.4-5; Ф.1943,Оп.6,Д.403,Л.112; Московкин В.В. Восстание крестьян в Западной Сибири в 1921 году// Вопрос истории.1998.№6.С.48-63; Советская Сибирь.1920.4 авг.; Изв. Тюменско-Тобольского губ. военно-ревкома и губ.кома РКП (б).17 сент. ; The Trotsky Papers ,v.ii,p.78; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.1740,Л.75,111; Д.403,Л.336; Д.411а,Л.14,6,22; Оп.4,Д.209,Л.26; За советы без коммунистов.С.56; Изв. Тюменско-Тобольского губ. военно-ревкома и губ.кома РКП (б).1921.17 фев.

[xiv] 通説ではこのようであるが、二一年三月のチュメニ県食糧委参与会の席上で、東方オムスク県チュカリンスク郡から最初の農民騒擾がはじまり、両郡に広まったと指摘された（РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.584,Л.8об.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.2842,Л.1-1об.; Оп.6,Д.403,Л.506; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.382,Л.130,39; Оп.13,Д.1185,Л.84; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.762,Л.57; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.1017,Л.113; Оп.6,Д.403,Л.711; Метельский Н.Н. Указ. Соч.С.7,47.

[xiv] « Антоновщина »(1994). C.222; Бриммер К.В. Указ. статья.С.55; Поколюхин М. По следам Антонова// Антоновщина.С.88-91.二〇〇二年に再建されたその小さな教会の前に、殺害された反乱犠牲者のごく控えめな記念碑が置かれている。

[xiv] Поколюхин М. Указ. статья.С.85; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.266,Л.36,88; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2334,Л.177,226; Оп.6,Д.643,Л.78об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.71,Л.8; Крестьянское хозяйство за время революции.С.72.

　第四章　割当徴発から現物税へ

　一　現物税構想について

レーニンの現物税構想について、二一年二月八日の党中央委政治局会議で彼により鉛筆書きされた『予備的草稿』に基づき、割当徴発から現物税への交替に関する第一〇回党大会決議が作成されたというのが通説となっている。この草稿は、一、割当徴発から現物税への交替という無党派農民の要求を充たす、二、割当徴発に比べて税の規模を縮小する、三、勤勉な農民は減税する、四、税を超えた余剰の自由な利用を認める、という簡単な内容であった。

一方、割当徴発の廃止については、オレンブルグ、シムビリスク、ウファー、サラトフ、サマラ、ポクロフスク六県とバシキリア共和国に食糧割当徴発の停止とそれに替わる種子割当徴発の実施に関する電報が食糧人民委員部から二月四／五日づけで発せられ、これが中央権力から出された最初の割当徴発停止命令であった。二月二日に開かれたモスクワ拡大金属工協議会で食糧問題が審議されたとき、モスクワでこの日から実施される配給券の縮小への労働者の不満を背景に、登壇者によって次々とボリシェヴィキの食糧政策への反対演説が行われ、割当徴発を一定の現物税に替えるとの決議が採択された。レーニンは代議員に請われて同協議会最終日に登壇したのがこの二月四日であった。この演説の論旨は整然とせず不明瞭であるが、播種キャンペーンの重要性を強調し、「現在われわれは一三県で割当徴発を完全に停止しようとしている」ことを表明し、ボリシェヴィキ指導者からの割当徴発停止に関する最初の公式発言として、これは歴史的演説となった。[xiv]

だが、このような周知の歴史的事実を振り返れば、以下のいくつかの疑問が生ずる。

第一に、時系列的に割当徴発の廃止がすでに公表された後で、それに替わる調達手段を模索することが、当時の厳しい食糧危機の中で現実的であったか。

第二に、これよりわずか一ヶ月余り前の二〇年一二月末に開かれた第八回ソヴェト大会で、メンシェヴィキとエスエルが割当徴発から現物税への交替を求め、それに対しボリシェヴィキ指導者が厳しく糾弾したことを想起するなら、レーニンがこれと同様な現物税構想を提起することはありえるのか。

第三に、例えば、スヴィジェールスキィが小冊子『食糧税はなぜ導入されたのか』で、現在「ソヴェト権力は農民との関係を再検討しなければならない」と、ミリューチンが第一〇回党大会で食糧税の導入は農民への譲歩であると指摘するような農民宥和的性格をこの政策が持っていたなら、なぜ、党大会以前に割当徴発廃止についての事前キャンペーンがなかったのかを説明するのは難しい。この時吹き荒れたほとんどすべての農民蜂起で一様に「割当徴発打倒」のスローガンが掲げられていたので、なおさらである。

第四に、通説のように、この政策こそがボリシェヴィキの本来的なものなら、なぜ、内戦終了直後に、すなわち、二〇年秋に速やかに現物税が実施されずに、むしろ割当徴発制度が強化されたのか。これについて、戦時共産主義の潮流という大きな「惰性」から速やかに解放されることはなかったとの従来からの説明は、説得力に乏しいであろう。[xiv]

これらの疑問を解くには、法制史的には割当徴発が現物税に交替したとされるが、割当徴発の停止と現物税の導入は別の論理の帰結であるとの解釈がより合理的に思える。

現物税構想の動機を探るには、『予備的草稿』が執筆された二月八日の政治局会議で播種キャンペーンが審議されていたことが糸口になろう。

当時のボリシェヴィキ指導者の最大の関心事は播種キャンペーンであり、この方針が確定されたのが二〇年末の第八回ソヴェト大会であった。当初は一二月二〇日に予定されていたこの大会は、全土で猛吹雪が吹き荒れたため二日遅れて酷寒のボリショイ劇場で開かれた。その開会日に行われた無党派農民との会合で、レーニンは積極的に地方の声を聴き、これら農民代表からの指摘は丹念にレーニンによりメモ書きされ、それは党中央委員と人民委員に回された。この会合について、翌二三日の大会報告で彼はこの会談から農村での焦眉の問題について得るところが非常に多かったとその意義を高く評価したが、農村における階級闘争との文脈でこれに言及したに留まり、これら聴取の際にもっとも頻出した農村の窮状や苛斂誅求への不満にはまったく触れなかった。このような農民代表からの意見聴取の結果が、一二月末に纏められた『経済建設の任務に関する覚書』である。この『覚書』では、このソヴェト大会の最大テーマであった播種キャンペーンを成功裡に実施する方策として、「農民への対応。税＋プレミア」と記された後に「税=割当徴発」と補筆された。つまり、税制度の下で播種面積の拡大に応じてプレミアを与えるという播種キャンペーンの方針を示しながら、ここで言及される税とはメンシェヴィキなどが主張する自由商業をともなうそれと一線を画し、基本的には割当徴発と同じ原理を持つことを確認したのがこの補筆である。これは何を意味するのか。

税の問題が議論されたのはこの時が最初ではなく、一八年一〇月三〇日づけ中央執行委布告で規定された現物税が、割当徴発の制度化（一九年一月）以前に存在していた。この現物税は、土地革命によって完全な土地の均等分配が達成されなかったことを前提に、農民の均等化を図る目的で導入される穀物課税である点、徴税は財務人民委員部によって実施される点で、割当徴発とも二一年に実施される現物税とも異なっていた。財務人民委員部参与会決議に基づくこの現物税草案は人民委員会議に提出するため、八月二八日に緊急代表者会議で審議され、九月四日の人民委員会議に財務人民委員から初めて提出された。この税を単なる穀物の収奪と区別するため、二一日の同会議で生産物余剰を持つ富農からおもに徴収するとの階級原理が布告草案の導入部に挿入され、間もなく財務人民委員部により官報で、現物税の基本構想が次のように示された。ソヴェト共和国は特に赤軍の需要で多くの歳出があり、ソヴェト権力から土地を受け取った農民は納税により国家を維持する義務があり、都市では貨幣所得税が実施されているが、小ブル経営が支配的な農村ではこのような課税ができないため現物税が採用される。この論拠に続き、土地の社会化が完全に実施されなかったために現在の農村には富農、中農、貧農の三グループが存在し、それらに対して階級的課税が適用されるので、それは勤労農民の利益に合致することが強調された。この現物税草案は一〇月二六日の人民委員会議で承認され、一二月一四日づけ『イズヴェスチャ』で公表された。レーニンは、ソヴェト=ロシア領内にある九四〇万農民経営のうち、三四〇万を免除し、残り六〇〇万に播種面積に応じて総量三億プードの穀物を課税すると想定したが、これはまったく荒唐無稽な数字であった。[xiv]

だがこのように設定された現物税布告は、逼迫した食糧事情のために実質的に機能しなかった。一八年夏からすでにヴャトカ、トゥーラ県などいくつかの地方で実施されていた割当徴発制度が穀物調達の現実路線として定着し、一九年一月一一日づけ人民委員会議で生産諸県に割当徴発制度を導入する布告が採択された。これは食糧人民委員部によって定められた国家に必要な穀物総量が生産諸県に割り当てられ、この割当量は郡、郷、村団へと割当配分され、納付された穀物には固定価格による支払いがなされる調達方法であった。これは、制度上は反対給付として固定価格の支払いや商品の交付がある点で、現物税とは異なる。一月に割当徴発の実施を徹底する目的で開かれた第一回食糧会議で、食糧人民委員代理ブリュハーノフは割当徴発の実施が遅れたとの地方からの批判に応えて、「割当徴発が穀物現物税布告と関連があることを諸君は知っている。穀物現物税と割当徴発を同時に実施することは絶対に考えられない」と発言し、レーニンは後の第一〇回党大会で、この時に採択された現物税布告は軍事的状況のために施行できなかったと述べた。こうして、この現物税構想は中断され、より有効な割当徴発制度による穀物調達が導入された（これを構想①とする）[xiv]

一八年五月の食糧独裁体制の導入後も調達量は増加せず、八月六日の人民委員会議で一八年収穫に対する穀物固定価格が承認され、調達価格はほぼ三倍増になった。それでも、十月政変直後で農村の実勢穀物価格はすでに当時の固定価格の一〇倍をはるかに超えていたので、このような価格引上げもまったく効果がなかった。たとえ貨幣で懐が潤ったとしても、工場製消費財はほとんど市場に出回らないため農民は穀物の販売を控えるようになった。そこで早くも四月二九日の人民委員会議で、「商品交換はすでに現在至る所で担ぎ屋行為として行われている。個々の工場の労働者は自分のために自分の生産物を食糧と交換している」として、現実に展開されている自然発生的商品交換（要するに物々交換）を国家的商品交換制度に組織し調達の促進を図ろうとする構想が表明され、実行された。だが、この時の商品交換は想定の六・七％しか達成できなかった。

それでも、この制度は戦時共産主義期末にボリシェヴィキ指導者によって提唱された無貨幣交換システム、すなわち社会主義への移行措置と位置づけられた。当時の経済的崩壊と経済の現物化もこれを促した。この「共産主義幻想」は二〇年一一月三、三〇日の人民委員会議で議論された貨幣税の廃止問題で具体化され、その実現のため財務人民委員代理チューツカエフを議長とする特別委が設置され、レーニンは彼に宛てて未来の交換形態について、「貨幣から貨幣なし生産物交換への移行は議論の余地はない。この移行をうまく完成するため、生産物交換（商品交換ではない）を実現しなければならない」［強調は原文］との基本的テーゼを書き送った。この貨幣なし交換への移行措置は割当徴発制度に組み込まれ、割当徴発による農産物の集団的供出（連帯保証制）への反対給付として村団への工業製品の集団的供給が一九／二〇年度割当徴発規程に盛り込まれ、商品交換制度を内包する割当徴発は単なる調達手段としてだけでなく、未来社会にとって特別な意義を持った。要するに、すでに固定価格は意味を失い、割当徴発は反対給付なしの現物賦課と商品交換による供給制度という二面性を併せ持ち、後者は貨幣を介在しない社会主義的交換形態への移行措置と位置づけられたのである（これを現物税構想②とする）[xiv]

この展望の下に割当徴発の強化とともに貨幣税の廃止が試みられ、一二月一八日づけ人民委員会議で、勤労者は「勤労賦課の実施によりソヴェト経済建設に自分の労働力の一部を提供し、農業から受け取った生産物の一部を国家割当徴発に引き渡している」との論拠で、無貨幣生産物交換を目指すため貨幣税の廃止が決議された。割当徴発から現物税への交替に関する法案の最終編纂が承認された第一〇回党大会の直前の二一年三月七日に開かれた中央委総会で、同時に貨幣税廃止の報告が行われたように、この時まで現物税の導入は、貨幣税廃止と表裏一体的に構想されていた社会主義への過渡的措置として位置づけられた。だが、実際には市場取引をともなう党大会の現物税決議はこの税構想②の実施を許さず、その翌一六日にレーニンは政治局会議で貨幣税廃止草案を撤回することを提言し、社会主義への直接的移行は中断された。[xiv]

　二　「共産主義幻想」の盛衰

　二〇年六月に共和国から二四七人の代表を集めて開かれた第二回全ロシア食糧会議は、割当徴発と税との関係が重要議題であった。一年半前の第一回会議で「割当徴発の問題はまだ多くの疑念を招いていた」が、本会議では割当徴発の役割は不動となり、病気で欠席したツュルーパに替わり議長を務めたブリュハーノフの割当徴発への礼賛に続き、同参与フルームキンの割当徴発についての報告で議論がはじまった。クバニ州代表は、割当徴発は税にほかならないとして、割当徴発を土地税に変更するよう求めた。それに対し、トゥーラ県代表オシーンスキィとサマラ県代表レーキフは真っ向から反対し、税制は農民に余剰が残されるので専売の否定であるとして、レーキフは「農民に残る穀物余剰は彼らによって販売され、国家に納める量を除きわれわれは穀物自由商業に移るであろう」と、半年後の第八回ソヴェト大会におけるオシーンスキィと同じ論拠で税に強く反対した。タムボフ県代表ゴーリディンは、「われわれが徴発、没収、逮捕を適用してようやく地下室が開けられた」タムボフ農村での経験に基づき、抑圧なしの徴税には反対であった。結語演説に立ったフルームキンは、専売制を排除する税制を否定し、次のように締めくくった。「税の問題点は、割当徴発の遂行後に残るすべてが農民の自由になることで、農民はそれら生産物の自由処分権を持つようになるので、これは原則的にも理論的にも受け入れ難い」

　そこでの議論は最終日の七月三日の総会会議で報告ごとの採決が行われ、割当徴発に残る自由販売を認めないとのフルームキンの決議は最終的に満場一致で採択された。その基本方針は、自由商業をともなう税には絶対反対であり、同時に革命裁判所特別食糧巡回法廷を適用しての強制力の行使が繰り返し強調された。[xiv]

この会議で決議されたように、二〇／二一年度割当徴発規程では弾圧体制の強化とともに、未来への移行措置としての意義が付与された。一一月一九日にレーニンとブリュハーノフの連署による軍事命令にそれは明白に表明された。この中で、県食糧組織に、割当徴発を遂行する際に軍事態勢を徹底させ、革命裁判所巡回法廷を不断に動員して司法懲罰機関を機能させることを命ずると同時に、「計画的に生産物交換を実施し、商品の引渡しを調達の進展と厳密に連動させること」を義務づけた。こうして内戦終結後に「共産主義幻想」が昂揚する中で、過渡的意義を体現すべき割当徴発が廃止されることはありえなかった。一〇月にレーニンが郡・郷・村執行委モスクワ県大会で内戦後の平和的建設について報告した際に、割当徴発が法外に重いとの出席者の非難の嵐に屈してその緩和を提言したものの、この制度を廃止する可能性を完全に否定したのは、彼が割当徴発を通して社会主義社会の実現を夢想していたからにほかならない。一一月の党モスクワ県協議会で彼は、「共産主義とはソヴェト権力プラス全国の電化である」とのユートピア的テーゼを出したように、この時は「共産主義幻想」に惑溺していた絶頂期であった。

このような文脈で、「一定の条件で食糧割当徴発は共産主義の直接の導入の手段になりえたが、これらの条件が欠けていたので、内戦の終了とともにそれは別の方策にその地位を譲らなければならなかった」という、スヴィジェールスキィの評価を理解することができる。この構想についてカーメネフは、「貨幣が終わりを告げ、間もなくわれわれは貨幣を必要としないであろうと思っていた」と一年後に回顧した。当時のボリシェヴィキ指導者にとって、現物税とはほかの社会主義政党が想定する資本主義的要素の復活ではなく、貨幣の廃止をともなう社会主義的交換形態という未来への移行措置を意味したのである。[xiv]

このように社会主義的交換形態への傾斜が強まると、第一に、商品交換の適用範囲が拡大され、全住民にそれが及ぶようになった。一〇月八日づけ電報で食糧人民委員部は「割当徴発の遂行に応じて工業製品を義務的生産物交換制度でのみ供給する」旨の九月二七日づけ中央執行委決議を執行するため、農耕民だけでなくクスターリ、漁師、猟師にもこの手続きが及ぶことを県食糧委に下達した。第二に、すでに触れたように、自由商業への禁圧措置、特に担ぎ屋との闘争が徹底、強化された。

一九年末にリャザニ、タムボフ、トゥーラ県で異常に発達していた担ぎ屋について、フルームキンは次のように言及する。「担ぎ屋には二種類がある。荷馬車で荷物を運ぶ者（彼らは途中で馬を乗り替えるための宿駅のようなものを持っている）、ならびに、鉄道で運ぶ者である。リャザニ、トゥーラ、カシラ［トゥーラ県］などの付近でモスクワ鉄道管区外にある［闇食糧取締］部隊は非常に粗悪で、多くの列車は必要な検査なしに通過し、臨検はわずかしか実施されていない。荷馬車による担ぎ屋行為との闘争はまったく行われていない。これらの理由で、それら諸県の穀物調達はきわめてわずかである」。この担ぎ屋行為を支えていたのが、「必要悪」としての自由商業の一定の容認であった。だが、二〇年当時サマラ県の労働者が摂取していた二七〇〇カロリーのうち配給制度は三〇％しか充足せず、残りは自由市場で獲得していた実状にありながら、担ぎ屋の厳禁を謳った八月一三日づけ食糧人民委員部回状電報は従来の方針を一転させ、八月末から九月初旬にかけて非常臨戦態勢の下に担ぎ屋との闘争の強化策が執られた。当時、担ぎ屋はあらゆる障壁を乗り越えてモスクワに到着し、そこで有産者の要求を充たし、今度はスーハレフカ広場で商品を見つけて「古物屋лоскутник」として村に戻っているといわれたように、彼らは紛れもなく都市と農村との交換の主要な担い手であり、彼らの需要はこうして賄われていた。[xiv]

このような担ぎ屋を取り締まったのが闇食糧取締部隊であり、一八年夏にカルーガ県で七六三人の食糧連隊が編成されたとき、五三一人の闇食糧取締部隊が九駅に配備されたように大勢がそれに従事し、彼らの不法行為は各地から多数寄せられた。モスクワ近郊のヴォロコラムスク駅に派遣された取締部隊は県食糧委条令を無視して、到着する市民から全部を没収し何も残さないような恐ろしい狼藉を働き、妻と子供のために運んだ塩六フントと子供靴三足が、涙ながらの訴えにもかかわらず没収された。近くの「村でも部隊は穀物の没収を行い、なけなしの肉、釘など、手に入るものなら何であろうと全部を巻き上げ、現地住民は恐ろしいパニックに陥った。かような行為によってソヴェト権力の根幹が損なわれている」と、赤軍兵士は一九年一二月に訴えた。「農民は飢えにより家畜を売るのを余儀なくされ、生きたままそれを郡食糧委に運び、そこにほとんどただ同然に引き渡し、それに替わり穀物を求めるが、穀物は渡されずに家畜は取り上げられ、帰宅した農民は飢え続ける。次いで、家財道具を売り払い、現金を集めて、それをもって穀物を買いに鉄道でウクライナに出発し、ハリコフ、エカチェリノスラフ、それより先に出向く。ウクライナで穀物を購入し、鉄道でそれを運んでも、様々な闇食糧取締部隊によって投機人として穀物を取り上げられ、彼らは穀物も塩も失い再び飢えている。ウクライナからの帰路でそれらを取り上げられた農民は、農民を餓死させる目的で中央権力の認可を得て鉄道であらゆる無法状態が生まれていると考えて、ソヴェト権力を呪詛し悪罵する」と、二〇年六月にトゥーラ県オドエフ郡の農民は党中央委に訴えた。食糧危機が深まるにつれ、闇食糧取締部隊への民衆の憎悪が高まった。

こうした自由商業への禁圧措置は、二〇年の旱魃による凶作が明らかになった後に適用され、やっとの思いで手に入れたなけなしの穀物を飢えた住民から奪うことを意味した。このため、秋以降急増した民衆の直接行動の多くのスローガンに、「コムニスト打倒」と並んで自由商業の要求が掲げられ、自由商業の禁止は民衆の怨嗟の的になった。チェカー情報によれば、サマラ県ブズルク郡の村で一〇月に家畜と穀物の自由商業を解消しようとしたとき、煉瓦や棒切れで武装した群衆によって無秩序状態が生まれた。同じ頃、ウファー県の村のバザールで、自由商業を禁止したために五〇〇人の群衆が決起し、食糧部隊を武装解除した。禁圧による地方市場の解体は、ヴォロネジでは次のように指摘された。「闇食糧取締部隊に都市は包囲された。牛乳と野菜だけが多少なりとも市場で自由に流通していた。このほか、農民は常に逮捕、バザールからの強制連行に怯え、これらが合わさって地方市場は麻痺状態になった」。そのため二一年三月七日のトヴェリ県執行委幹部会会議は、中央の決定を待たず闇食糧取締部隊の解除を決定した。[xiv]

このような状況を背景に、農民に自由交換を認めた二月八日の『予備的草稿』はいかなる意味を持つのかを考える必要がある。

この時期、「共産主義幻想」に酔い痴れるボリシェヴィキ指導者を悩ませていた最大の難局は、播種面積の大幅な縮小として表出していた農業危機であった。このような現象は早くから指摘され、例えば、サラトフ県カムィシン郡で一八年の秋蒔き播種面積は前年比で四〇から七五％しかなかった。チェレポヴェツ県ヴィシニヴォロチョク郡からは、「農民は現物経営化し、余分を播種せずに、自分の扶養に足るだけしか畑に播種していない」ことも指摘された。農民の消費を考慮せずに実施される割当徴発の導入はこの傾向に拍車をかけ、農業人民委員部の報告によれば、ヨーロッパ=ロシア全体で播種面積は一六年の四五九二万二九〇〇デシャチーナから二〇年には三〇五九万六八〇〇デシャチーナ、六六・六％に激減し、自家消費用の穀物が相対的に増加した。[xiv]

当時の最重要任務である播種キャンペーンはこのような厳しい環境ではじまった。播種面積の拡大を掲げたこのキャンペーンは強制播種とプレミアの原則で実施され、このプレミア制とは、播種計画と土地改良に優れた成果を挙げた村団と個々の経営世帯を督励する目的で、農具などの工業製品を優先的に供給することを意味した。この原則を確認したのが、二〇年一二月末に執筆されたレーニンの『覚書』にある、「農民への対応。税＋プレミア」である。付言するなら、「税＝割当徴発」の追記にある税は税構想②を意味するのだが、二一年初頭の厳しい経済状況はプレミアとして工業製品を農民に引き渡すのを完全に不可能にした。二月二二日のシベリア党協議会で報告に立ったシベリア食糧コミッサール・カガノーヴィッチは、強制的原理に立脚する播種キャンペーンを原則的に支持したが、商品貯蔵が不足するためプレミア制の実効性に疑問を呈すると同時に、ソヴェト大会で他党派が提起した一般的市場の容認には反対を表明した。この難問を解くために案出されたのが、二月八日づけ『予備的草稿』の中でレーニンが提案した農民へのプレミアとしての自由取引の認可である。すなわち、プレミアとして工業製品を国家が農民に直接供給するのではなく、税納付後に残る余剰を工業製品との交換財として市場に出荷する自由を認め、市場を通して農民自身がプレミアを獲得する機会を与えたのである（これを現物税構想③とする）。こうしてレーニンは厳しい経済危機の中で強制原理とプレミアの原則を変更することなく、播種キャンペーンの成功を目指したのであった。[xiv]

　三　農業危機と播種キャンペーン　

　割当徴発の強化とともに播種面積の縮小も強まり、二〇年になるとヴャトカ県ウルジューム郡の郷執行委は、割当徴発を一二〇％遂行したため、郷には何も播種するものがないと訴えた。ヴャトカ県全体で二〇年になると収穫は急速に悪化し、全県の五等級評価による収穫率等級によればライ麦が一九年の三・〇から一・九に、大麦は三・二から一・八に、牧草は三・五から一・八に軒並み大幅に下落した。[xiv]

　このような農業の荒廃とその帰結としての中央農業諸県で顕著な凶作を背景に、農業生産の向上をめぐる論戦が二〇年秋に繰り広げられ、ここで主役を演じたのは、地元で播種委員会を設置した経験を持つ元トゥーラ県執行委議長であり（その補佐役が元同県食糧コミッサール・マルゴーリン）、その実績を買われて八月五日に食糧人民委員部参与に抜擢されたオシーンスキィであった。彼は党中央委機関紙『プラヴダ』を中心に論陣を張り、その九月五日号の論文で、「ソフホーズの強化によってのみ農業の再建を期待するのは、ユートピアの道を歩むことを意味する」と、トゥーラ県において二〇年の春蒔き播種で実施された強制播種のような国家による農業生産への強制的介入の必要性を主張した。これに対し、経済学者ボグダーノフは中央経済関係機関紙『経済生活』紙上で彼に反論を加え、強制の観念を深めることはできず、それに替わる「経済的促進の原則」を推奨した。[xiv]

これまでの研究史では、この両者の対立は強制か経済的刺戟かの原則的対立として捉えられ、ボグダーノフの主張はネップの先取りと解釈されてきた。だが、彼の議論を仔細に検討するなら、その構想は集団経営を基盤に経済的促進による農業の向上を目指し、ソフホーズの組織化が社会主義的農業路線でもっとも合理的であるとの持説に立脚していた。しかし、さまざまな理由によって集団経営路線の破綻はすでに明白であり、オシーンスキィが地方での体験からソフホーズ路線を批判したとき、彼の主張は当時のロシア農業の実情を充分に反映し、それはサラトフ県農業部によっても支持された。依然として「幻想」にしがみつくボグダーノフは論拠を失い、こうしてオシーンスキィが来たる農業キャンペーンの主導権を手に入れた（彼はその後、食糧人民委員部参与から農業人民委員代理に登用される）

戦時共産主義期における農業の全般的衰退現象の中で、特に経営基盤が脆弱な集団経営は各地で崩壊していた。二〇年秋にリャザニ県には全部で一万八〇〇〇デシャチーナの土地を持つ九六ソフホーズがあったが、馬は二九デシャチーナに一頭しかなかった。旱魃に襲われた同県でソフホーズからの収穫はデシャチーナ当たり九プードしかなく、これは播種に要する量と同じであった。ロシア共和国で一九年に九五、二〇年に八五のコミューン［集団経営の最高形態］が崩壊し、集団経営のこのような危機的現実は、すでに一九年の第八回党大会でペンザ県代表によって、コミューンには中農もクラークもおらず、何の持ち合わせもない貧農だけが加入し、彼らは穀物も農具も馬もなく、餓死を運命づけられていると報告されていた。[xiv]

一九年の第二回労組評議会全ロシア大会のテーゼで、集団経営を発展させることで農民経営を「組織的工業プロレタリアートに」従属させると謳われたが、ほとんどが他所の非農民からなるソフホーズやコルホーズは、地元農民と匪賊の憎悪の的であった。二一年二月にツァーリツィン県農業部部長は県農業部参与会でニコラエフスク郡のソフホーズの状況について次のように報告した。匪賊の襲撃を受けて食糧と飼料の半分が奪い取られ、その防衛のために送られた部隊は武装解除され、部隊長は行方不明になり、そこの家畜は衰弱し、管理部は規律がなく、労働者は管理部に従おうとせず、匪賊の徹底的掠奪に労働者は恐れおののき仕事を完全に止め、あるソフホーズ管理部は匪賊の襲来とともに逃げ出し、二一ヶ所あったソフホーズのうち活動しているのは六ヶ所しかなく、「ソフホーズの労働能力は一〇〇％低下した」。それは、農業人民委員部への報告書では、「ニコラエフスク郡にある国営企業のモデルとしてのソフホーズも住民の眼には唾棄すべき巨体にしか映らず、権力の信頼を失墜させた」と描かれた。オムスク郡のソフホーズは二一年春に飼料がまったくなくなり、近隣農家から干草を盗んでいた。ほとんどの集団経営がこのような事情にあった。第八回ソヴェト大会のコムニスト・フラク会議で、レーニンは「コルホーズは当面の問題ではない。それらはまだ構築されず、養老院の名に値するような悲惨な状態にある。［･･･････］ソフホーズの状態は現在大部分で平均以下である。個人農民に頼ることが必要であり、それは近い将来も変わりようがなく、社会主義と集団化への移行を夢想してはならない」と述べ、集団経営「幻想」からの決別を宣告した。[xiv]

二〇年夏にいくつかの地方が旱魃に見舞われ、七月三〇日づけでレーニンとブリュハーノフの連署で、秋蒔きの完全播種は軍事任務であるとして、村団全体による播種と、完全播種のために種子を確保することを郷執行委と村ソヴェトに義務づける旨の軍事電報が送られ、この種子が確保されるまで食糧への利用は禁じられた。また、種子を持たない者は翌年に一二％の利子をつけて返済する条件で、国家種子貯蔵からの貸付が行われ、これら種子を受け取った者が食糧などに流用した場合に財産没収と強制労働で処罰された。ペンザ、ノヴゴロド、ヴャトカ、チェリャビンスク県など各地でこの命令に準じた条令が作成され、このことは繰り返し地方に通達された。旱魃による凶作を蒙ったトゥーラ県チェルニ郡で、種子用穀物が食用に流用されないように、播種が完了し種子命令［種子強制調達］が完遂されるまで製粉所が閉鎖された。すでに飢饉が忍び寄っていたバシキリア共和国でも二〇年秋蒔きの完全播種までライ麦を食用に用いることは厳禁された。[xiv]

これらの強行措置にもかかわらず、至る所で播種材の不足が発生した。七月の完全播種に関する軍事命令は、すべての畑に播種されたことを一〇月一五日までに通告するよう県食糧コミッサールに義務づけたが、播種に関する地方からの情報は惨憺たるものであった。これらの情報に基づき、今年の秋蒔き播種に関する報告が一一月一八日の食糧人民委員部参与会で行われ、生産地帯である南部、ウラル地方、ヴォルガ流域諸県で大規模な縮小があったことが確認された。例えば、サマラ県で一九年に比べて一九％、オレンブルグ県では七五％に達した。これは翌二一年の大飢饉の明確な警告であったが、それへの対策はまったくなかった。この報告の後、その原因についての意見交換が行われ、種子、農具、働き手の不足や凶作がその原因に挙げられが、割当徴発廃止への言及は皆無であった。農業人民委員部の資料によれば、二〇年の秋蒔き用種子は三八・三％だけが確保された。[xiv]

翌年の播種キャンペーンへの準備は早くも一〇月二八日の食糧人民委員部参与会会議で審議され、法案『農民農業経営の強化と発展について』の策定作業が急がれた。それは一二月一六日に中央執行委幹部会で承認され、これに関するテーゼが翌一七日の党中央委総会で審議され、ソヴェト大会での報告者に農業人民委員代理テオドローヴィッチが指名され、大会への準備が完了し、直ちに大々的な事前キャンペーンが開始された。[xiv]

第八回ソヴェト大会における同法案の実質審議は一二月二四日のコムニスト・フラク会議ではじまり、まずテオドローヴィッチが報告に立ち、「破滅的というべき」農業の厳しい実情に言及し、農業危機を克服するために地方での経験に基づき農業の国家規制＝強制播種の構想に至ったと法案の提案理由を説明した。

本ソヴェト大会は、共産党独裁下でそれ以外の社会主義政党が参加した最後の大会となった。[xiv]これら代議員は一様に農業生産の低下に危機感を抱き、従来の農業政策からの転換を求め、割当徴発や強制的国家規制に反対した。ロシア社会民主労働党［メンシェヴィキ］代表ダーンは暴力による食糧政策を批判し、「暴力に基づく食糧政策は破綻し」、農業は解体された、「暴力で農民に播種させることはできない。農民への抑圧をこれまで以上に深め強めるやり方は、都市と農村との間に手のつけられない亀裂を生じさせる」と、農民との関係の修復を迫った。二〇年六月の書簡でタムボフ県レベヂャニ郡の農民が、「都市プロレタリアートを農民から遊離させている亀裂が徐々に広がり、勤労者同士の憎悪が徐々に尖鋭化しているのを見るのは心が痛む。都市は農村の敵であり、農村は都市の敵になっている」と食糧政策の変更をカリーニンに訴えたように、これは農民大衆の声でもあった。エスエル党少数派代表ヴォーリスキィも同様に、生産への刺戟を農民に与えるよう主張し、強制に反対し、「一定の税の確立に移らなければならない」と主張した。[xiv]

二五日のコムニスト・フラク会議で、播種キャンペーンでの国家規制の方針は支持されたが、レーニンの強い要望で盛り込まれた、播種で成果を挙げた個々の経営へのプレミアに批判が集中し、個人農経営へのプレミア条項を削除する決定が下された。その決定に対し、二七日の党中央委総会はその削除を不適切と見なし、プレミアを厳格に適用するとの条件をつけて以前の文言を復活させるよう命じた。これを受け、同日の夜フラク会議はプレミア条項を承認し、付帯条件を註釈の形で取り入れた。

だが、他の社会主義政党はきわめて限定されたプレミアの効力に疑問を呈し、より大きな経済的刺戟を求めた。大会本会議で社会民主労働党のダーリンは、強制に反対し生産への刺戟を要求し、それは農民に自分の余剰を自由に処分させることであると主張した。その時議席から浴びせられた「商業の自由だ」との野次に対して、「広汎な大衆からだけでなく、ソヴェト食糧政策の名だたる活動家からも、とりわけ南部で聞かされることをいっているだけだ」と彼は反論し、さらに、個々の勤勉な農民にプレミアを与えることは、「あらゆる農民の均等化を諸君が否定することを意味する」と、痛烈な皮肉で応酬した。

国家規制の主導者オシーンスキィはこれらの反対意見に応えて、もし食糧税を実施するなら、税完納後の「自由な残余は生産者の判断に任される。すなわち、生産者によって自由に取り引きできる」ようになるが、「われわれには商品［交換］ファンドがないので」、余剰は商品交換ではなく私的商人に流れ、「いかなる国家調達も増えないであろう。［･･･････］自由商業の扉を開く者は、わが食糧政策を崩壊へ、わが国民経済を破滅へ導く。したがって、これらのあらゆる措置をもっとも断固として退ける必要がある」と、自由商業をともなう税に断固反対した。彼の演説はレーニンによって完全に支持された。

この直後に執筆した『覚書』で、レーニンが「税=割当徴発」と補筆した意図は明白であり、「レーニンが二〇年末に食糧政策の根本的変更が必要であるとの結論に至ったと考えるいかなる根拠もない」と、農民史研究者エシコーフは正当に評価する。

オシーンスキィはこの大会で割当徴発の断固継続を主張したが、一二月初旬に開かれた、彼が主宰する農業復興を審議した全ロシア農業部大会で、ある代議員は次のように報告した。食糧割当徴発が「ソヴェトの王冠からこの優れた至宝をすっかり駄目にし、ロシアの優れた農業地区を駄目にした。ヴォルガ流域を例に挙げよう。旱魃と一〇〇％の食糧割当徴発がそれを破滅させた。これは誰にとっても秘密ではない。そこでは収穫の時期しか農民は穀物を食べられないだけでなく、大斎期［二〇年の開始日は四月四日］から飢餓がはじまっている。全部を旱魃のせいにすることはできず、それと同等に食糧人民委員部に責任がある」。この非難の声を彼はどのように聴いたのだろうか。[xiv]

　四　播種キャンペーンと割当徴発の停止

二〇年末の第八回ソヴェト大会に漲っていた内戦の勝利による昂揚感に酔い痴れる経済復興への楽観的気分は、二一年になると一変した。正確には、二〇年になると徐々に顕著になりはじめたあらゆる危機が一気に噴出した。[xiv]すでに収穫期を過ぎて、繊維工業地区のイヴァノヴォ=ヴォズネセンスクで食糧がなくなり一八織物工場は操業不能に陥り、九月一日以後配給券は縮小され、食堂は閉鎖され、そこでの二〇年の繊維工業生産は戦前の三％に落ち込んだ。ヴラヂーミル、コストロマ、ヤロスラヴリなどの繊維工場も次々と閉鎖され、そのため、戦前に年間一人当たり七フントの綿布の消費量は半フント以下に激減した。また、燃料危機は十月政変から慢性的現象であり、すでに一八年冬のペトログラードで街路の木製煉瓦が燃料に利用されていた。二〇年一〇月半ばにカルーガ県から、燃料不足のため「工場は操業を停止し、勤労者の家屋と施設は凍りついた」と報じられた光景が、全土に広がりはじめていた。トヴェリ県で一一月に燃料不足のためにほとんどの学校が閉鎖された。

燃料危機は早くから現れ、一九年三月一日の最高国民経済会議燃料総管理局は、ドネツク炭鉱からの搬送量が激減した事実を人民委員会議に通告したが、有効な改善策が講じられることもなく、ここでの採炭量は一七年の一五億一〇〇〇万プードから、一九年に三億三八〇〇万、二〇年に二億七三〇〇万プードに激減した。鉱山労働者が一万七二〇七人から六四七八人に急減した「ポドモスコヴィエ［トゥーラ県北東部］炭鉱の活動の成否はすべて食糧が握っている」といわれたが、二〇年夏には「非常に質の悪い」ライ麦と黍が混ざった一日二フントのパンにも事欠く彼らの食糧事情はこの状況をいっそう深刻にした。ドンバス炭鉱の食糧事情も一二月半ばから急速に悪化しはじめ、それとともに採炭量は激減し、そこでの様子は、労働者の食糧と家畜の飼料はなく、敷設材がないため鉄道の復興作業は進まず、枕木が腐り鉄道の運行は停止したと、レーニンに伝えられた。全ロシア鉱山労組中央委は党中央委にこれら炭鉱の改善策を申し入れたが具体策は執られず、二一年二月のペトログラードへの石炭搬送計画は二五％が遂行できただけで、六日づけでペトログラードから、燃料貯蔵は尽きたと人民委員会議に報告された。暖房用燃料のほとんどを占めた薪もなくなり、凍てつく厳冬にペトログラード市民は木造家屋や柵などを燃やして暖を取っていた。[xiv]

戦前（一三年）に燃料消費量は薪に換算して三二〇〇万立方サージェンで、薪は五五万を占めていたが、二〇年冬には燃料消費量一五〇〇万立方サージェンのうち一四〇〇万を薪が占め、機関車罐の多くが薪仕様に改造された。二一年冬には荷馬車輸送の九〇％が薪搬送に動員されたが、各地で鉄道の運行は停止した。二月一日の党中央委組織局会議は、「鉄道への燃料の確保のみが、食糧事情の今後の悪化」を防ぐと、薪調達の強化を指示したが、効果はなかった。情宣列車『赤旗』号は燃料がないため九日づけ組織局決定により廃止された。二月にオデッサ地区では燃料不足のために四〇〇輌の貨車が立ち往生し、ロシア全土で四三〇〇ヴェルスタの鉄道が運行を停止し、約七〇〇輌の機関車が運行不能になった。さらに、飼料不足のために荷橇を引くはずの家畜は疲弊し、豪雪が駅までの食糧搬送を途絶させ、輸送危機は食糧危機をさらに拡大させた。タムボフ県スパッスク市の近郊住民は、勤労賦課免除証明書を偽造するなど様々なやり方で市への薪搬送を拒否し、市内には薪貯蔵がまったくなくなり、郡執行委は二月七日からはじまる『燃料週間』に薪搬送を拒否する農民から馬と履物を没収することを決めた。それでも薪の搬送は滞り、一四日の郡執行委会議でいっそう厳しい抑圧措置の行使が決議された。二三日づけでヴェチェカーは県チェカーに対し、現在の「燃料危機は共和国存亡の最大の脅威である」として、勤労荷馬車賦課の遂行を厳格に監視するよう電報で命じた。コストロマ県では厳冬の中、履物なしの農民が薪調達に駆り出された。中央で仕事をしていたある活動家は二月初めに休暇で訪れた故郷のチェレポヴェツ県キリロフ郡で農村の荒廃ぶりに衝撃を受け、カリーニンに「農村ではほとんどまったく工業製品を受け取らず、森林伐採に対して約束された石油と塩さえも引き渡されていない」と警告した。[xiv]

一月三一日の党中央委組織局会議での報告によれば、二〇年末までに国防会議の薪搬送計画は二〇％しか達成されず、「燃料飢餓は最近では恐ろしい規模になり、鉄道の燃料不足は食糧列車を遅延させ、配給の縮小を余儀なくさせた」。一月八日の党エニセイスク県委幹部会会議で、「農民の荷馬車輸送は崩壊した。われわれは県食糧委の食糧貯蔵が絶滅する危機に直面している。これは権力の地方組織からの信用を失墜させる原因となろう」と指摘された。危機はさらに昂進し、後に食糧人民委員部は、三月の輸送危機により国家供給はほとんど最終的に麻痺したと報告した。

こうしてロシア全土が危機的状況に騒然となった。ニジェゴロド県ボゴロドスクの繊維工場で労働者六五〇〇人のうち約一五〇〇人が参加する集会が三月七日夕刻に開かれ、同月からはじまる麦粉配給の引き下げに抗議して職場放棄を決議した。集会は粛々と進行し、月二一フント以外に何も受け取れない苦しい食糧事情を登壇者は次々と訴えた。モスクワでは穀物の到着は二〇年一一月の一二〇六ヴァゴンから、一二月に八七〇ヴァゴン、二一年一月に九三〇ヴァゴンに激減した。ペトログラード県委書記は二月一一日づけで共和国革命軍事評議会議長代理に、「守備隊の食糧事情は危機的で、非常に頻繁に赤軍兵士は家々を回って物乞いをし、最近は管区の部隊で衰弱による大量の失神が確認されている」と報告した。赤軍の食糧事情でさえ、このようであった。両首都の供給に関する特別委は「モスクワ、ペトログラード、イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク地区、クロンシタットで一時的に一月二二日から二月一日までの一〇日間は配給券による住民へのパンの交付を三分の一に縮小する、すなわち、これまで二日で一日分を交付していたが、三日で一日分を交付する」と決議した。だが、この期間終了後も以前のパン基準は回復されなかった。[xiv]

クジミーンの表現によれば、「内戦の終了とともにあらゆる困難がたちまち解消し、息継ぎができるであろうとの幻想が消え失せ」、第八回ソヴェト大会で採用された、模範的経営に現物プレミアを直接供給する望みは絶たれ、そのため未来のプレミアを保証したのが税完納後の市場取引を認可した『予備的草稿』（構想③）であったことはすでに述べた。

播種キャンペーンはこの厳しい環境で開始しなければならなかった。このため三七県で一万二五〇〇人が動員され、中央政府の大々的なテコ入れにもかかわらず、多くの農民はこのキャンペーンを冷ややかに迎えた。農業人民委員部の報告書で、「多くの地方でセリコム［キャンペーンを実施する末端の村組織］の選出は拒否された。このことは普通、農民がセリコムに貧農委の再来を見たことで説明される」と言及された。エカチェリンブルグ県の農民は「種子をよこせ、おれたちで播種するから」とのスローガンで、セリコムの選出を拒否し、ヴャトカ県ウルジューム郡から「住民の大部分はセリコムの組織化に敵対している」と報告された。このような農民の不信と不満は、しばしばそれらが匪賊の襲撃の対象になった事実にも現れた（そこに穀物が貯蔵されていたという理由は措くとしても）。サラトフ県で、播種キャンペーンの開始までに県内九〇％の郷でセリコムが設置されたが、それらは匪賊の襲撃を受け、多くが解体された。県執行委議長代理は、匪賊との闘争を強化しなければ播種キャンペーンは崩壊すると、極秘覚書でレーニンに訴えた。アントーノフ蜂起が吹き荒れるタムボフ県スパッスク郡執行委の二月一九日づけ会議で、郷播種委とセリコムはほとんど未組織であることが確認された。[xiv]

このような春蒔き播種キャンペーンについて農業人民委員部は次のように総括した。「二一年の春蒔き区画は二〇年に比べて、中央統計管理局資料によれば生産地区で一四・四％、県播種委の資料では九・四％縮小した。消費地区では逆に、中央統計局資料では一〇・三％、県播種委の資料では一六・〇％増加した。二〇年の旱魃罹災地区で播種面積は中央統計管理局資料によれば三二・九％、県播種委の資料では四六・一％の著しい減少があった」。このキャンペーンはさまざまな理由で充分な成果を挙げることができなかったが、多くの県播種委はそのおもな理由として、種子材確保の困難を挙げた。

二〇年一〇月二八日づけ食糧人民委員部参与会決議では、播種計画を実現するため種子が不足する農民に配分する国家種子貯蔵は、二一年一月に食糧割当徴発が終了した直後に実施される種子割当徴発から形成されると想定された。だが、食糧割当徴発自体の遂行率が半分程度で、種子材の確保はきわめて難渋した。全国的播種計画の遂行には二億二〇〇〇万プードの種子が必要とされたが、農業人民委員部の管轄にはパン配給の削減によって捻出された二二五〇万プードしかなく、それもすでにキャンペーンの開始までに凶作諸県に配分され、このキャンペーンは実質的に国家の種子貯蔵なしにはじまった。このため、地方食糧組織は「これ以上農民を怒らせないよう種子調達を拒否し」、生産諸県は「外からの種子の搬入を要求している」現状を打破し、県、郡内で実施される種子割当徴発と内部再分配がこのキャンペーンの成否を握ると、中央委は県委に指示を与えた。内部再分配とは一定地域に種子が不足する場合に、その地域内で行う需給調整を意味した（播種キャンペーンは農業人民委員部の所管であったが、それに必要な種子の調達は食糧人民委員部が担当した）[xiv]

サマラ県執行委一月会期は、これ以上の割当徴発の継続は不可能で、直ちに種子調達に着手する必要があると決議し、このことを中央に通知した。三月の県農民大会で、内部再分配は中央に搬送されず播種に向けられるので、割当徴発と同一視するのは反革命的中傷であると説明されたが、農民にとってこれは紛れもない追加割当徴発であった。オリョール県の村では、一つの割当徴発を取り上げて今や別の割当徴発が課せられるようになったとの農民の不満が聞かれ、この声は、『二つの割当徴発』の見出しをつけて県執行委機関紙に掲載された。このように調達されたなけなしの種子材をほかの村団に配分することへの農民の抵抗は強く、二月にエレツ郡の村で六〇〇人の女性が郷執行委に押しかけ、穀物保管庫をこじ開け、自分たちの種子材を奪い取った。翌日、食糧部隊と現地コムニスト部隊によって秩序が回復され、そこでの播種キャンペーンは再開された。

しかし、それ以上に農民の反発を招いたのは、割当徴発が完遂された地区でまず種子調達が開始されたことである。サマラ県で一月一五日から国家割当徴発を一〇〇％遂行した地区から種子調達キャンペーンが開始され、このため、国家的義務を誠実に遂行した勤労農民が、真っ先に負担を背負うという矛盾が生じた。中央から与えられた春蒔きの義務的播種任務を遂行するため、県播種委は「第一に、もっとも厳しい凶作を蒙った地区のために経済力のある地区で種子割当徴発を行い、第二に、農民が持つ種子を確保し、それを郷内や村落内で再分配する」計画を立てた。だが、二月一日まで延長された後も継続していた食糧割当徴発キャンペーンが、その大きな障碍となった。「食糧キャンペーンと種子キャンペーンがまったく相容れないことが判明した。二つのうち一つを、種子キャンペーンか食糧キャンペーンか、それを同時に実施することはできない」。サラトフ県では割当徴発が七五％遂行された後で種子割当徴発に移行した。このように食糧割当徴発の遂行と種子キャンペーンが両立しないことが確実になり、いくつかの県執行委は食糧割当徴発を完遂する見込みがなくなり、種子調達に全力を集中するためその停止を中央に求めた。また、二〇年収穫のほとんどが全滅したトムスク県ノヴォニコラエフスク郡の郷播種委は、「種子材全部が［割当徴発により］食糧組織に取り上げられ、郷に大きな種子不足が」あるとして、種子の供給を訴えた。割当徴発の継続が播種キャンペーンの障碍になりはじめた。エニセイスク県ミヌシンスク郡で、コムニスト細胞は割当徴発に反対する動きを見せ、「割当徴発に反対するため、隠匿した武器に訴える時ではなかろうか」と声明したように、コムニストからも割当徴発反対の声が挙がった。[xiv]

二〇年一一月二〇日づけ電報により、穀物割当徴発の終了期限が二一年一月一五日とされたことを根拠に、いくつかの地方はこれ以後の割当徴発の遂行を停止した。これに対しブリュハーノフは、割当徴発が完遂されない地区では調達を継続すべき旨を改めて打電した。さらに、種子キャンペーンがはじまり、食糧人民委員部は県食糧委に、県播種委の播種計画の遂行に必要な種子量を確保し、食糧割当徴発を遂行した後に住民に残るすべての種子は、播種計画を遂行するためのファンドであると打電した。この指令は、地方によっては直ちに割当徴発を停止し、種子ファンドの形成に取りかかると解釈された。

軍事力を駆使しても多くの地方で食糧割当徴発の遂行は行き詰まっていた。二月二〇日で穀物割当徴発の全体的遂行率は五九・七％で、消費諸県は一三〇％を超えていたが、穀物調達の主力とされたシベリアは四六・九％、北カフカースは三八・七％しかなかった。北カフカースの食糧コミッサールは、「誇張なしに、配送される穀物の一プードごとに食糧活動家の血が流されていると言明する」、「エージェントと食糧軍兵士は半裸で履物もなく、命の危険に晒されながら寸暇を惜しんで活動している」彼らの「ヒロイズム、自己犠牲が忘却されている」現状を慨嘆した。まさに彼らの犠牲も大きく、チュメニ県で二一年春までに、農民蜂起で食糧活動家の八〇％が落命し、残りの一部は割当徴発の不当な徴収の廉で投獄されていた。それはもう限界に達していた。

こうして食糧人民委員部は、先の六県の県食糧委とバシキリア食糧人民委員部に二月四／五日づけで穀物割当徴発を停止するよう打電したのである。例えば、オレンブルグ県食糧委宛ての電文は、「種子キャンペーンを至急開始するため、搾油用種子を除くすべての穀物割当徴発を［遂行率］五〇％で停止する。種子計画を近日中に受け取るように。食糧人民委員　ツュルーパ　二一年二月四日」と記され、地方ごとに割当徴発の遂行率は五〇から七五％と異なる以外はまったく同文であった。このようにして、食糧人民委員部によってキャンペーンの重心は、食糧割当徴発から播種キャンペーンに移された。それでも、種子調達の成果は挙がらず、三月九日づけでレーニンとツュルーパは怒りを込めて、「種子貨物の発送を急がせる中央からの再三の命令にもかかわらず、二月後半は取るに足らない成果しかもたらさず、無駄に過ぎたということができる。三月の先週も著しい改善は見られず、積載は依然わずかなままである。そのため、搬入される種子に大きく依存している消費諸県の播種計画の組織化は脅威に晒されている」と、種子発送を軍事任務に設定し、食糧コミッサールの個人的責任の下にその徹底的執行を厳命した。[xiv]

この割当徴発停止命令が地方からの要請に対する中央の反応と考えるなら、それは大きな誤りである。二月一日のサマラ県食糧参与会会議でモスクワの出張から戻ったばかりのベラコーフスカヤが、中央執行委は割当徴発の継続を決議し、縮小を求める県執行委案は破棄されたと報告した矢先に、サマラ県はこの命令を受け取った。党タムボフ県委は一月一五日の会議で、農民蜂起によって解体された農村で割当徴発を遂行する困難を中央に訴え、続いて、二月八日の同会議で、農民の不満の原因である割当徴発の問題を中央に提起する必要があるとの現地軍司令官パーヴロフの提案に基づき、レーニンに報告を持参するための代表団を派遣することが決定されたその当日に、穀物食糧割当徴発の停止と播種キャンペーンの準備に関する直通電報が入電したことはすでに触れた。このように、穀物割当徴発を停止しそれを種子割当徴発に転換するよう命じた食糧人民委員部電報は、党タムボフ県委の表現によれば、地方にとって完全な「不意打ち」であっただけでなく、党中央委にも播種キャンペーンの所管官庁である農業人民委員部に諮った形跡もない。なぜなら、二月三日づけ農業人民委員部参与会会議で、食糧割当徴発の存続を前提に種子調達の実施が決定されていたからである。要するに、この時の食糧割当徴発の停止は食糧人民委員部による完全な専断的決定であった（したがって、それは廃止ではなく停止命令である）

割当徴発存廃の問題は二〇年秋以後、人民委員会議でも再三議論され、同会議の委託を受けた特別委（議長ブリュハーノフ）でこの問題は九月一四、二八日に審議され、一一月一五日の同特別委会議は、食糧人民委員部による現行の割当徴発の方針を現在の条件では唯一目的に適うと見て、一部を除き、すでに実施されている割当徴発を縮小する必要はないと決議した（すでに九月二一日づけ人民委員会議で凶作と認定された五県さえも縮小されなかった）。この特別委は翌二一／二二年度の割当徴発の実施を再検討する目的で設置され、この時も、それ以後の会議でもこの廃止は議論の対象外であった。[xiv]

　二一年一月一二日の中央委総会は、農民の気分に関する問題に関連し凶作罹災農民の緩和に関する特別委を設置し、これについて二週間以内の報告を義務づけたが、それは大幅に遅れ、二月二日づけ党中央委政治局会議は、「農民がひどく凶作を蒙り、特にひどく食糧に困窮している地方で食糧徴収の減量の速やかな実施にもっとも重大な関心を払う」ようツュルーパに指示を与え、このために執られた措置に関する書面を中央委に提出するよう命じた。これを受け、二月八、一〇日の食糧人民委員部参与会会議は、凶作五県（リャザニ、トゥーラ、カルーガ、オリョール、ツァーリツィン）で食糧割当徴発の遂行を停止し、凶作の罹災農民に食糧を確保する目的で県内再分配を実施すると決議し、これは二月一三日づけ『食糧新聞』と三月一日づけ『貧農』紙上で公表された。ここでの県内再分配とは、凶作県内で比較的被害の少ない地域から大きく罹災した地域に食糧資源を移し替えることを意味し、県外からの食糧援助は想定されていなかった。この時の凶作五県の割当徴発の停止は、党中央委から食糧人民委員部への指示に基づいていた。だが、スヴィジェールスキィの言葉によれば、リャザニ県で三万人分の、トゥーラ県で三万五〇〇〇人分の、カルーガ県で一万四〇〇〇人分の食糧供給所（食堂）が開設され、飢餓農村への援助のために食糧人民委員部により馬鈴薯三〇〇万プード、穀物五万プード、米二万プードほどが放出されたが、割当徴発の停止以外に実質的援助はないに等しかった。予定された一日の給食基準はパンと馬鈴薯約一フント、残りは根菜とわずかな肉からなる七〇〇カロリー程度であったが、カルーガ県マロヤロスラヴェツ郡で食堂のスープに入っている四分の一フントの馬鈴薯のうち食べられるのはその半分しかなく、「呪詛の言葉なしにそのようなスープは飲めず」、共同給食所への期待はない、衰弱のため出向くことができない大勢の子供がいると、三月に県執行委は報告した。また、アストラハン市の共同食堂で出される食事は、腐った魚と汚水同然のスープしかなかった。

このように中央権力は二〇年収穫で穀物と牧草の凶作が存在することを認識しながらも、凶作諸県にその具体的対策を講じなかったことが後の飢饉の被害を大きくする一因となった。ツュルーパは二〇年九月一三日づけリャザニ県食糧委への指令の中で、凶作対策の一環として、県内にある食糧資源の内部再分配を指示したが、割当徴発の減量については言及しなかった。牧草が凶作であったにもかかわらず県外への搬出命令が出されたため、すでに飼料穀物がまったくない状況で播種キャンペーンが実施された。県執行委は種子調達の問題を検討し、割当徴発の徴収は事実上停止し、「種子材の調達がわずかでも遅れるなら播種キャンペーン全体が崩壊する」として二月一日に食糧割当徴発の即座の停止を要請したが、二月一〇日の割当徴発停止決定は余りにも遅すぎた措置であった。

これでレーニンが二月四日のモスクワ金属工協議会で公言したように一三県（正確には一二県と一共和国）で割当徴発が停止された。[xiv]正確にいえば、凶作五県を除き、食糧割当徴発から種子割当徴発への転換が行われた。この方針はさらに拡大して適用され、二月一四日づけでツュルーパは、凶作などの理由で遂行率の低いアルハンゲリスク、チュメニ、アストラハン、ウラリスク県などとカルムィク州、キルギス共和国を除くすべての県食糧委宛てに、「穀物割当徴発に関する活動を停止し、軍事的関心を種子貯蔵の形成に転換して」その形成に全力を注ぎ、播種計画の実現を目指すよう命ずる電報を出し、ほとんどの地方で二月半ばまでに食糧割当徴発から種子割当徴発への転換が行われた。すなわち、第一〇回党大会の決定を待たずしてほとんどの地方で食糧割当徴発は事実上停止された。[xiv]

　五　クロンシタット反乱はじまる

現物税決議が採択された第一〇回ロシア共産党大会の開催日は大幅に変更された。二〇年一月九日の党中央委総会で二一年二月六日に指定された党大会初日は、一二月二四日づけ中央委総会で「大会フラクにアンケート調査して」三月六日に一ヶ月延期された後、一月一二日の党中央委で中央委政治報告のレーニンを含む同大会での報告者が指名された。

この時期の国内は騒然とし、農民はコムニストの暴力に震え、コムニストは農民からの憎悪に怯えていた。一九年春のサマラ県の農民の気分を県執行委は、「［コムニスト］細胞という言葉自体が、農村の恐怖となった」と伝えた。このような恐怖と憎悪を背景に二〇年になると農民蜂起が各地で頻発し、多数のコムニストがその目標となり、大勢が落命した。アントーノフ蜂起以前にもタムボフ県で、共産党とソヴェト権力への憎悪のために多くの蜂起が起こり、蜂起者により何十人ものコムニストが家族とともに殺害された。ヴォロネジ県では「コムニストを殺せ！」、「穀物を搬出させるな！」のスローガンを掲げて農民は一連の直接行動を起こした。トムスク県から、この夏に「コムニストに対する関係は敵対的。農村での政治活動の欠如と農民の無知は、「コムニスト」という言葉が彼らに憎悪をかき立たせるまでになっている。クラークの直接行動の際にすべてのコムニストと彼らの家族が幼子も含めて皆殺しにされた。農村ごとにコムニストの撲滅が行われている」と報じられた。食糧部隊も同様に農民の攻撃対象となり、多大な犠牲者を残した。二一年四、五月にチュメニ県ペトロパヴロフスク郡とコクチェタフ郡で調達機関はメンバーの七五％を失った。同じ頃に蜂起したクルガン郡で五〇〇人のコムニストが殺害された。

コムニストの犠牲者は膨大になり、三月七日の党中央委総会でコムニストを緊急に武装するとの提案が原則的に承認された。武器なしに彼らは民衆から自らの生命を護ることもできなくなっていた。大会代議員たちは、農民蜂起によって占拠されている地区をライフル銃で武装しながら通過し、六日までに陸続と極寒のモスクワに到着したが、まだ大会は開かれなかった。開催予定日を過ぎた七日に党中央委総会会議が開かれ、「明日三月八日午前一二時に大会を開く」ことが決定された。開催を三月八日に延期したのは、深謀の結果であった。七日夜から八日にかけてクロンシタット攻撃が予定され、レーニンも鎮圧軍司令官トゥハチェーフスキィもこの日の一撃でクロンシタット攻撃は終了し、大会初日に要塞奪還を高らかに報告できると確信していた。[xiv]

二月末に発生したクロンシタット反乱は、二一年冬にロシア全土で、特に約三〇キロの距離を挟んで東方の対岸に位置するペトログラードで顕著となる危機的情勢と、ボリシェヴィキ権力によるそこでの労働者圧殺と密接に関わりながら展開された。この革命の都には食糧人民委員部ペトログラード配給基地が存在し、この三年間で大型農具はペトログラードに四六五二機、共和国のその他に三〇八〇機が割り当てられ、タバコの配給は共和国全体の三四％を占めたように、供給に関して最優先されていた。それでも、内戦期にこの都市は大きく変貌し、工場の閉鎖と食糧事情の悪化にともない、多くの労働者は縁故を頼って自分の村に戻り、一七年に二四二万人を数えた人口は二〇年末になると七二万余にまで激減した。[xiv]都市機能は失われ、そこでの食糧事情はいっそう厳しさを増し、二〇年の割当徴発キャンペーン期間中に県執行委と中央委によって大量のコムニストが郡に派遣されたが、一一月末までに県内の遂行率はわずか二二％しかなかった。さらに二一年冬に食糧事情に加えて燃料事情も急速に悪化し、一月一八日にペトログラード・ソヴェト執行委は「燃料節約の目的で」翌一九日から二三日まで全工場を閉鎖すると決議した。これに続き、二月一一日に燃料不足のため市内の九三企業を三月一日まで閉鎖することが決定され、この日から市内の発電所は操業を止め、電力供給は一日二時間に制限された。二月になるとパン配給の縮小による不満から多数の工場でストが発生し、大勢の失業者がこれに合流した。バルト造船所でパンの交付量が縮小されたため、三七〇〇人の労働者が二月九日から一一日にかけて仕事を止めた。ケーブル工場、国営製管工場、新・旧海軍工廠などでも同様なストがはじまり、そこには自由商業、配給の増量などの切実な生活改善の要求が掲げられた。二月半ばからペトログラードには一本の食糧列車も到着しなくなり、後にダーンは、「二月二〇日までに運動はゼネストの形を採った」と回顧した。

それでも、党大会を前に党指導者は民衆の困窮とは無縁の「労働組合論争」に明け暮れ、大衆との遊離は明らかであった。二月二一日に国営製管工場で開かれた集会は人民権力への移行を宣言し、この「反ソヴェト的」決議に対しペトログラード・ソヴェト執行委はこの工場の閉鎖と労働者の再登録を決定した。この時の模様は軍管区司令からトロツキーへの極秘電話電報で次のように語られた。「二四日に再登録のために製管工場を閉鎖してから労働者の間で運動がはじまった。工場［で」朝七時［から］軍学校生徒が歩哨に立ち、労働者を入構させなかった。製管工場の労働者は通りに出てラフェルム工場に行き、労働者を引きずり出して一緒にバルト工場に出向いた。バルト工場は彼らに合流した。一三時までにそこに軍学校生徒と第一一師団騎兵連隊が投入され、労働者は蹴散らされ、そのとき軍学校生徒は空に向けて一斉射撃を余儀なくされた。二五日にほかの地区［でも］直接行動があったが、至る所で軍学校生徒の［銃撃を受け］、それらの多くは何もできなかった。デモ隊は言論、出版、集会の自由、政治的に逮捕された労働者と赤軍兵士の釈放、秘密投票によるソヴェトの即座の改選を要求した」。風聞を信じるなとの新聞の警告にもかかわらず、ヴァシーリエフ島[労働者地区]での銃撃の風聞はたちまち市内全域に広まった。

ペトログラード工場・社会主義政党代表革命委員会の名で出されたビラは、「三年半の間、人民の権力を党の権力にすり替えたボリシェヴィキの首領たちは、抑圧と経済生活を構築する無能さで国を滅ぼしている。銃殺とチェカー体制に終止符を打つ時だ」［強調は原文］として、「ボリシェヴィキ独裁の転覆、ソヴェトの自由な改選、言論、出版、集会、結社の自由、政治犯の釈放」を求めるゼネストを訴えた。現在の歴史研究者はこれらの要求について、「本質的に、革命の進展で謳われた権利と自由を遵守せよとの呼びかけであった。その中には政府転覆の呼びかけはなく、それはボリシェヴィキの圧政に反対することだけであった。すべての項目は妥当であった」と評価する。[xiv]　　　　　　　

労働運動の弾圧を目的にジノーヴィエフを議長として設置されたペトログラード要塞地区軍事評議会（防衛委員会）は二四日づけで戒厳令を布告し、午後一一時以後の外出、許可なしの集会などを禁止し、それは翌日の『ペトログラード・プラヴダ』紙に公表された。労働者を弾圧しないと宣言したペトログラード守備隊の一部は武装解除され、軍事的圧殺がはじまった。チェカーはダーンらメンシェヴィキと右翼エスエルの指導者を一斉検挙し、活動的労働者とインテリなど三〇〇人を予防検束した。二七日には市内でほとんどが平静に推移し、一七年とは異なり、ここでの出来事はそれ以上に広がらなかった。クロンシタット反乱が勃発した際に、食糧と物資の労働者への緊急放出が行われたこともストの鎮静化に与った。だが、同時期にモスクワで労働者ストが勃発した時、狼狽したモスクワ委員会が肉や衣服を交付した宥和措置について、ポドヴォーイスキィはレーニン宛ての覚書で、「ストによって改善が達成できるとの観念を労働者に吹き込み、食糧はないとの公式発表に疑念を抱かせるという意味で、これは権力を失墜させる」との非難を表明した。それでも、労働者の表情には暗い疲労感が現れはじめ、この時の民衆運動には無力感が漂い、そのためクロンシタット反乱にも彼らは無関心であると当時の情報収集官は伝えている。[xiv]

中央権力は常に、このような民衆運動を右翼的反革命運動、すなわち「エスエル＝黒百人組的」と特徴づけてきた。だが、内戦が終了し国内の敵が一掃された以上、これら民衆の直接行動は国外の陰謀によって引き起こされなければならず、クロンシタット反乱は外国スパイの陰謀によって引き起こされた最初の重大事件となった。

三月一日に革命軍事評議会議長トロツキーはバルト艦隊政治管理部部長に次のような極秘電報を送った。「最近外国新聞はひっきりなしにクロンシタットとバルト艦隊での陰謀と蜂起の情報を繰り返している。過去の経験すべてが、そのような類の風聞は現実の事件に先駆けることを物語っている。なぜなら、陰謀のセンターは外国にある」。この基調が幾度ともなく繰り返された。二月二六日づけ『ペトログラード・プラヴダ』紙には「スパイに用心せよ！スパイに死を(スメルシ)！」の見出しで、「ペトログラードの住民を煽り、パニックを創りだし、大混乱を植つけ、次いでロシアの内政への新たな侵略（干渉）の目的でこれを利用する」スパイに警戒するよう、防衛委員会は市民に呼びかけた。同じ紙面に二月二五日に開かれた第二地区ソヴェト総会の決議、「プロレタリアートの背後から匕首(あいくち)を刺そうとしている、スパイと挑発的反動家は失せろ！」が掲載された。その後も続くこの国外勢力への警戒感は、大飢饉援助のためロシアで活動する外国機関の大きな障碍となった。

さらに、この事件を契機にソヴェト社会では民主主義は否定されるべき対象となった。三〇年代初めに出された論集で、クロンシタット反乱は「民主的反革命」と規定されたように、この時から民主主義は反革命と同義となった。レーニン自身、七月五日のコミンテルンでの報告で、クロンシタット蜂起は「純粋民主主義」を意味するとして断罪し、それに対して「張り詰めた臨戦態勢である」独裁体制を擁護したのは象徴的である。[xiv]

フィンランド湾に浮かぶコトリン島に置かれた要塞とそれを囲むように点在する海堡に二月半ばで二万六〇〇〇人の艦隊指揮官、水兵、補助部隊が配備され、当局は不満の波がクロンシタットを覆わないよう措置を執った。要塞に分隊情報班が設置され、二月末までに情報収集官は一七六人に達し、反革命の嫌疑で二五五四人が情報部に登録された。クロンシタット海軍基地には、都市労働者とは異なる特有の不満も渦巻いていた。赤軍兵士の間に、不充分な食糧供給や遅れている動員解除、認可されない休暇願への不満が募り、それに加えて故郷からの手紙などで、最後の馬を奪われた、年老いた父が困窮している、すべての播種材がすっかり奪われた、徴発部隊によって家財道具が取り上げられたなどの悲惨な農村家族の現実を知らされていた。クロンシタット党組織の六〇から八〇％が農民出身といわれているように、故郷の荒廃は彼らの心に暗い影を落としていた。地方での赤軍兵士家族の実情を、二〇年六月八日づけの兵役忌避との闘争中央委宛てに出されたオロネツ県ヴィテグラ郡執行委秘密報告は次のように指摘する。「赤軍兵士家族はあらゆる支払いと税から免除されていると人民委員会議布告で述べられている。だが、地方で上級党活動家はこれを失念し、まったく受け入れていないため、彼らの状況は非常に悲惨である」。「中央権力と割当徴発への憤怒と不満が聞かれる。［･･･････］これらのために、地方当局は農民大衆の間であらゆる信頼を失い」、「赤軍兵士大衆の中で、白軍を制裁した後に地方当局を制裁するのが彼らの役目であると語られている」

このような農村の実情がクロンシタットに伝わり、「水兵大衆の気分は非常に緊迫している」と九月に一人のコムニストは人民委員会議に伝えた。「これらすべての現象のために何か本質的変化が生じている。バルト艦隊組織のコムニストの四〇％以上が脱党した。ある者は脱党を自分の宗教的信念で理由づけし、別の者は疲れて「うんざりした」、また別の者はよりよい未来に失望し、またほかの者は単に党員証を破り捨てた」と、一二月にチェカー特別部は報告した。労働者と赤軍兵士大衆の気分について二一年五月に、「大部分は権力に憤りと危機的関係しかないのに、その代替を見ることができず、ツァーリズムの復活を恐れているのでソヴェト権力に賛成し」、コムニスト細胞には「完全な茫然自失と優柔不断」しかないと、党中央委にモスクワの労働者地区から報告された。[xiv]

一八年には一プード半自由搬送も両首都と並んで適用され、一九年には三九一人の食糧部隊もサラトフ県に派遣されたが、食糧事情は徐々に悪化し、反乱前夜には「合法的または非合法的な市場もまったくなくなり」、食糧は法外な闇価格でも購入することはできなくなり、南部（オラニエンバウム）海岸へ出かけても農民はソヴェト紙幣を受け取らず、菜園も少ないために、「大多数の住民を時には苦しい、時には危機的状態に追いやった」

この不穏な情勢に対処するため、二月二〇日づけで党中央委書記クレスチーンスキィは党モスクワ委に、「一五〇人の不屈で頑強で意識の高い平党員を動員する」よう極秘に通知した。二月一四日づけ党中央委政治局・組織局合同会議は、軍隊からのコムニストの動員解除を停止し、彼らのあらゆる休暇を厳禁し、不測の事態に備えたが、これは軍隊内の不満をますます膨らます要因となった。

この事件のおもな舞台は、一七年にもペトログラード労働者への共感を示した三〇五ミリ三連装一二基と一二〇ミリ砲単装一六基を装備する、二万三三〇〇トンの二隻の弩級戦艦『セヴァストポリ』と『ペトロパヴロフスク』である。これら戦艦の気分は、ペトログラードにおける労働運動の圧殺まで比較的平穏であった。だが、休暇から戻った軍人を介して「二月二四日の晩から二五日にかけてペトログラードの街頭で労働者が銃殺された」との話が広まり、事件の報告のための大衆集会が『セヴァストポリ』艦上で二五日深夜に当局の認可なしに開かれた。そこで事態の解明のために派遣する五人の代表団が選出され、彼らは共同行動を取るため戦艦『ペトロパヴロフスク』に出向き、そこでも同様な代表団が選出され、夜も明けきらぬうちに彼らはペトログラードに出発した。二六日も艦隊の動揺は止むことなく、開かれた集会で、ペトログラード労働者の要求を支持する声とコムニストへの激しい罵声が聞かれた。二八日の『ペトロパヴロフスク』での集会は大荒れであった。クロンシタット・ソヴェト執行委員は登壇するたびに乗員の野次と怒号で降壇を余儀なくされ、それは昼の一時から夕方五時まで続いた。[xiv]

事態の収拾を図ろうと、翌三月一日にカリーニンとバルト艦隊コミッサール・クジミーンが到着した。正午近くになると予定された海軍馬場に収容しきれないほどの群衆が集まりはじめたため、島のほぼ中央にあるヤーコリ広場に移して午後一時に全守備隊大衆集会が開かれた。集会はクロンシタット・ソヴェト執行委議長ヴァシーリエフが司ったが、クジミーンもカリーニンも激しい野次と罵声で満足に演説ができなかった。この後、労働者や水兵が次々に登壇し、農村の苦しい実情、チェカーによる弾圧などが語られ、ソヴェトの改選、言論、出版、集会の自由、社会主義政党の政治犯と農民運動に連座する全逮捕者の釈放、闇食糧取締部隊の即座の廃止、配給の平等などを要求する二月二八日づけ戦艦『ペトロパヴロフスク』決議が提出され、それは怒号の中で採択された。この時の対応は、四月一七日づけヂェルジーンスキィ宛ての秘密報告で、コミッサールが速やかに断固とした措置を執れば事態は初期段階で局地的に圧殺することができたが、現地で「党の弱体化が進み、憤った大衆によって押し切られた」と総括された。

こうして、クロンシタットで大衆運動がはじまった。そして、この集会で選出された代表団はこの決議を携えペトログラードに派遣されたが、彼らはそこで逮捕された。『ペトログラード・プラヴダ』紙（三月四日号）によれば、「オラニエンバウム経由で潜入した代表団は、その他の水兵、下士官ら反乱に参加した将校の家族とともにペトログラードでチェカーにより逮捕され、彼らはクロンシタットで拘束されているクジミーン、ヴァシーリエフ、その他のコムニストに対する人質と宣告」され、防衛委員会は「拘束されている同志の頭からたとえ髪の毛一本が落ちても、これに人質の頭で報復する」と警告した。この事件の収束後も、彼らは杳として行方知れずのままであり、この反乱の鎮圧でも「赤色テロル」が荒れ狂った。[xiv]

二日にクロンシタットの啓蒙会館で代議員集会が開かれ、きわめて騒然とした雰囲気の中で集会議長と幹部会から構成される臨時革命委（最初は五人、後に一〇人に増員）がその場で急遽結成され、それは戦艦『ペトロパヴロフスク』に置かれることが決定された。四日のペトログラード・ソヴェト総会で、「反乱は実質的に三月二日昼二時にはじまった」と表現された出来事がこれである。臨時革命委はその日に出した最初のアピールで、共産党はペトログラードとモスクワにおける最近の騒擾で「労働者が掲げた要求を考慮しなかった。それはこれらの騒擾を反革命の陰謀と見なすという深刻な過ちを犯している」と、コムニスト権力を非難し、「同志と市民諸君！一滴の血も流すことがないよう臨時委員会が設置された。市、要塞、海堡での革命的秩序の組織化に関する非常措置が執られた」と宣言した後、住民に秩序の維持を訴えた。

コムニストの逮捕が数日間続き、全部で五〇〇人が逮捕され、そのうち四八人は離党声明を出した。約二〇〇〇人のコムニストがいたクロンシタット党組織から四九七人が自発的に脱党した。ある女性教師は脱党の理由について次のように語った。「二〇年二月にわたしはロシア共産党員候補になったが、クロンシタットにいる平和的住民への、約六、七〇〇〇人の子供に向けられた「最初の襲撃」の際に、わたしは無辜の犠牲者から流される血に対する共犯になるかもしれないと思うと身の毛がよだち、蛮行によって自らを汚すことに耐えきれず、そのためこの銃撃以後は自から党員候補を止めた」。だが、この数字自体はさほど重要性を持たないかもしれない。なぜなら、ある臨時革命委員の言葉によれば、彼らの大部分は欲得のためだけで入党した「ペーパー・コムニスト」であったので。このようなコムニストが当時の党員の大勢を占めたため、第一〇回党大会決議による党員の浄化は大々的規模で行われ、クラスノヤルスク県で党員と候補の九二・七％が除名された。タムボフ県では二一年中に党員と候補七九一六人のうち二三四五人（二九・六％）が、その多くはアル中のために除名されたが、まだ「不必要な分子は浄化されていない」とされた。浄化が終了しても党の縮小はこれに留まらず、二二年冬にアクチュビンスク、セミパラチンスク県から細胞丸ごとの大量脱党が伝えられた。[xiv]

三月二日づけ国防会議通達によりペトログラード市と県に包囲状態が宣告され、全権は市防衛委員会に移された。防衛委は同日の命令書で、必要な防衛措置を執り、夜九時以降を外出禁止にし、この違反者を「抵抗の場合は現場で銃殺する」よう命じた。この措置はクロンシタット反乱に備える以上に、これを契機にペトログラードで新たな直接行動の発生を予防する目的があった。ペトログラード市内に二万二〇〇〇人の水兵が駐留し、「この不安定な大衆が不断に大きな脅威」となっていた。ボリシェヴィキ政府に対する民衆の不満はありえず、そのため、党指導部はこの事件が国外の、特にフランス諜報部の反革命的陰謀であるとの輿論形成に躍起になった。ジノーヴィエフはレーニンへの暗号電報の中で、二月二八日に『セヴァストポリ』と『ペトロパヴロフスク』で「エスエル的黒百人組的決議が採択された」と通知したが、三月二日づけ国防会議アピールによれば、クロンシタット事件はパリの新聞『マタン』で以前から予見されていた通り、その元凶は外国の陰謀であった。こうして、党機関紙に「スパイに死を」の見出しが躍ったのである。この時期、イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク、トヴェリ、ルィビンスク、その他の県に戒厳令が布告され、ロシア全土が騒然とした緊張に包まれた。[xiv]

　六　クロンシタット攻撃と陥落

　数日間は双方に表だった動きもなく平穏に過ぎたが、鎮圧の準備は着実に進んでいた。クロンシタットを支持する軍事部隊は要塞の決議を携えた代表団を隣接部隊に送り込もうとしたが、彼らの多くが逮捕されチェカーに護送された。オラニエンバウムにある海軍航空師団のコムニストは、兵士がチェカーの逮捕から逃れるなら、妻と肉親を逮捕し、関係者からパン配給券を剥奪すると警告した。鎮圧部隊が寝返るおそれがあり、鎮圧が急がれた。三月一日にトロツキーはジノーヴィエフから「クロンシタット蜂起にピーテル［ペトログラード］の水兵は当てにならない。われわれの確実な兵力は軍学校生徒三〇〇〇人とコムニスト二〇〇〇人」との極秘電報を受け取り、三日早朝にペトログラードから装甲列車と軍学校生徒を乗せた直通列車が到着した。

湾が解氷すれば外国軍艦が反乱の支援に訪れる可能性も生じ、六日づけでヘルシンキから特派員は次のように伝えた。「［フィンランド］外務省が受け取った情報によれば、反ボリシェヴィキ組織はすでに軍事物資と食糧に困窮している。明らかにこの勝敗は、反ボリシェヴィキにタイミングよく武器と穀物が配送されるかにかかっている。そこで二重の期待がある。反ボリシェヴィキがペトログラードにある武器庫と食糧倉庫を占領できるか、あるいは、周辺諸国政府が彼らを支援するか」。これらの支援態勢が整わないうちに鎮圧するよう軍備の強化が急がれ、トロツキーは五日づけで反乱鎮圧のために第七軍を復活し、西部戦線司令の軍務兼任でトゥハチェーフスキィにその統帥権を委ね、ペトログラード軍管区とバルト艦隊の全軍を彼の指揮下に置くとの軍管区命令を出した。同日一四時にトロツキーとトゥハチェーフスキィの連名で、「クロンシタットと反乱を起こした艦艇をソヴェト共和国の管轄に直ちに取り戻す」ため、武器を捨てて降伏し、逮捕したソヴェト権力の代表を即座に釈放するよう、クロンシタット守備隊と住民に最後通牒が出された。[xiv]

　クロンシタット鎮圧にも「赤色テロル」が適用される。三月二日の大衆集会で旧帝国陸軍少将の軍歴を持つ赤軍砲兵隊長コズローフスキィが反乱側に加わったことは、ボリシェヴィキ指導部にとって天佑といえた。このことが、クロンシタット運動は反革命的白衛軍的性格を持つとの口実となり、同日づけ国防会議通達は「元将軍コズローフスキィと彼の戦友に法の保護外」を宣告し、この反乱は公式に白衛軍的反革命運動と認定された。「エスエルとメンシェヴィキは白色将軍に反乱の道を開かせなければならなかった。［･･･････］今や新しい切り札である元将軍コズローフスキィが協商国の手に入った」と、三日づけ『ペトログラード・プラヴダ』紙は宣言する。モスクワのラジオ局も同様に、「コズローフスキィ元将軍と戦艦『ペトロパヴロフスク』の反乱が、かつての多くの白衛軍的蜂起のように協商国スパイによって準備されたのは［･･･････］ブルジョワ・フランス紙の報道から看取できる」とか、「フランス・エージェントと元ツァーリ将軍はクロンシタットに潜入し、金(かね)によって意識の低い分子を堕落させた」との放送を流し続けた。四日づけ政治報告書は、元白軍将軍が側近になったことが知れわたると、労働者の気分に転換が見られると指摘する。要塞陥落後に社会主義系特派員は臨時革命委員に元将軍がはたした役割を尋ねると、全員が回答以前に失笑したという。彼自身は次のように語っている。「コムニストはクロンシタット蜂起を白衛軍的陰謀と偽装するため、わたしが要塞にいた唯一の［元白衛軍の］「将軍」であったという理由だけで、わたしの名前を利用したのだ」

「赤色テロル」の常として、事件にまったく関与しない人々が人質として三月三日に逮捕され、その中にコズローフスキィの妻、一六歳にもならない少年を含め四人の息子がいた。彼らとともに親戚も逮捕され、全員が最北アルハンゲリスク県のラーゲリに送られた。ただ元白軍将軍の妻というだけでコズローフスカヤは禁固つき強制労働五年の判決を受けた。親戚の一人は次のように無辜の人質の釈放を一〇月にジノーヴィエフに訴えた。「娘とともにコズローフスカヤ、わたしの妹、弟、従姉妹は逮捕されました。彼ら全員が裁判の後に強制労働一年の判決を受け、クレストゥイに収監され、八月一六日に妹は弟と夫とともにホルモゴールィの強制労働ラーゲリに送られ、非常に厳しい状況に置かれ、その結果発疹チフスに罹りました。このラーゲリの実状はひどいものです。食事は最低で、下着、食糧、必需品は取り上げられ、もっとも苦しい肉体労働を命じられています」と、「ゆっくりと死に向かっている彼ら」の釈放を求めた。もちろん、「反革命的意図もまったくない」人質の「もっぱら憐憫の情からの」犯罪に対して権力が容赦することはなく、刑期が過ぎても彼らは釈放されないままであった。この時期に元将校という理由だけでラーゲリに拘留されている大勢の人々がいた。彼らの家族は健康状態と具体的罪状がないことを理由に何度も釈放を求めたが、無駄であった。一月にヂェルジーンスキィ自身が地方組織への命令書の中で、「クラーク、元将校、貴族などの階級的特性という乱暴な指標で敵味方を区分するのは、ソヴェト権力が弱体なときである」と述べたばかりであった。[xiv]

党大会初日に反乱鎮圧を高らかに宣告しようと、前日七日夕方六時三五分からクロンシタットへの砲撃がはじまった。砲撃の前に飛行機から降伏勧告のビラがまかれ、砲撃によって市内のいくつかで火災が発生した。クロンシタットは全面をコンクリートの砲台とそれを囲むような海堡からなり、難攻不落の要塞と思われたが、多くの砲台は外洋に向けられていたため、ロシア海岸への砲撃には充分に対応できない弱点を持っていた。双方の砲撃は間もなく猛吹雪と濃霧のために中断され、この間、飛行機から二〇〇キロ以上の爆弾が投下されいくつかの砲台が破壊された。

その後に続く赤軍部隊による攻撃は散々であった。元々第七軍兵士には動員解除の気分が漲り、戦闘意欲は低く、要塞攻撃は島の南北から凍結した湾を渡ってのみ可能であったが、この時の氷上は膝までの雪に覆われていた。今では道路によって小一時間でペテルブルグとクロンシタットを往来できるようになったフィンランド湾には、海堡がまるで雪に覆われた村のように点在するのを除けば、対岸から要塞まで真っ白な雪原に遮蔽物はなく、激しい砲撃に晒された兵士は足がすくみ出撃しようとさえしなかった。また、敵兵よりも徐々に融け出した氷を怖がる兵士もいた。すでに数十センチまで海水が浮いている氷原もあり、氷が割れるとか、地雷が敷設されているとの風聞もこれら兵士を怯えさせた。コムニスト部隊さえ出撃を拒否した。一五日づけヴェチェカー報告書は「氷の状態が戦闘員に優柔不断と恐怖を植えつけている」と指摘した。裁判所送りと銃殺の脅しの下に何とか彼らを出撃させても、下級士官はクロンシタットからの激しい砲撃と機関銃による銃撃に立ちすくみ、ほとんど戦闘することなく退却した。オラニエンバウムからの部隊のみが要塞に突入し、七番海堡を一時的に占領したもののクロンシタットからの「嵐のような砲火に戦意を喪失し」、赤軍部隊の一部は捕虜になり、残りは散り散りに逃げ帰った。こうして最初の攻撃は鎮圧軍の惨敗に終わった。

その後もクロンシタットからの砲撃は続き、赤軍兵士の士気は絶望的にまで阻喪していた。一四日づけでヴェチェカーは、「第三二旅団九六連隊の赤軍兵士全員が氷上で殺されることを恐れて、出撃を怖がっている。［･･･････］到着したすべての部隊は装備がなく、兵舎の非衛生状態と乾物の食糧しか受け取っていないという大きな不便に耐えている」、「到着した部隊の気分に注意が必要で、赤軍兵士は公然とクロンシタットと水兵の攻撃に出動しないと語っている。［･･･････］昨日クロンシタット連隊の歩兵偵察員、機関銃隊、第五、六中隊は出撃拒否の廉で武装解除されモスクワの兵舎に護送された」と報告したように、鎮圧軍は装備も士気も最悪であった。オラニエンバウムに設置された非常革命トロイカは、「ネーヴェリ［プスコフ県］連隊とミンスク連隊の部隊が武器を持って兵舎から脱走し、［･･･････］これら連隊の赤軍兵士大衆は、羊の群れのように利己主義者やお喋り屋、デマ飛ばし屋に盲従した」ため、彼らを捕らえて銃殺にすると決議した。[xiv]

こうして党大会が開かれても要塞奪取の知らせは届かなかった。各地から送り込まれる増援部隊も当てにできず、多数の代議員が反乱の鎮圧に駆り出された。その数は文献によって様々な数字が挙げられ、大会代議員約七〇〇人のうち三四〇人とも三二〇人とも三〇〇人ともいわれているが、党ペトログラード委から提出された大会代議員動員者リストによれば一八三人を数える（梶川の計算による）。いずれにせよ、登録なしにこの動員が行われたために正確な数は不明であるとしても、ジノーヴィエフやトロツキーのような大会報告者が欠けたため、大会の議事日程は大幅な変更を余儀なくされた。大会も終了した三月二〇日の中央委書記局会議でようやく鎮圧に赴いた大会代議員の帰還が認められ、四月二二日づけで内務人民委員部から共和国革命軍事評議会に提出されたリストによれば、鎮圧に動員された大会代議員のうち、死者六人、行方不明者七人、負傷者四人の犠牲者が出た。[xiv]

三月一一日に鎮圧軍総司令部から出された、早春の陽気を考慮し要塞強襲を早めるようにとの勧告を受け、一三日に第七軍に再度の攻撃命令が出された。しかし、出動の準備不足を理由にそれは一四日に延期され、その日も第七八旅団が出撃命令を拒否したためさらに延ばされ、抗命した旅団の部隊が粛正された。すなわち、これら「不穏分子」は辺境地に軍用列車で送られ、その首謀者と見なされた者は即決裁判で直ちに銃殺された。このように秩序を回復した後、一六日一四時から砲撃の準備を整え、一七日二時四五分に北部方面軍による要塞攻撃が再開された。「極秘」印が押された特別電報で「叛徒を厳しく懲罰し、情けをかけることなく、･････、捕虜を増やさない［すなわち、その場で射殺する］」よう命じられた。クロンシタットも戦艦の重砲を中心に猛烈な砲撃と機関銃の銃撃で応じた。予備役が投入され、要塞からのサーチライトの閃光の束をよけながら、闇を求めて白コートに身を包んだ兵士が静かに前進し続けた。南部方面軍は三時に攻撃を開始し、六時一〇分に部隊は市内に突入し、反乱軍によって大打撃を蒙りながらも同日一八時までにクロンシタットの東半分を占領することに成功した。

この攻撃過程で化学弾の使用が想定されていたことを、ここで特記すべきであろう。一七日の攻撃後にトゥハチェーフスキィによって、「明日を待たずして主力艦『ペトロパヴロフスク』と『セヴァストポリ』を有毒砲弾による窒息性ガスで攻撃する」命令が出された。だが幸いなことに、それを実行する前にクロンシタットは陥落していた。

　要塞防衛隊のこれ以上の抵抗は無益であり、犠牲者を増やすだけであるとの戦況が明らかとなった一七日の午後、要塞参謀部の提案により防衛隊は退却を決定した。彼らの受入れ可否をフィンランド政府に打診し、肯定の回答を受け取った後、フィンランド湾岸への退却がはじまった。ヂェルジーンスキィへの秘密報告によれば、「革命委の多くの部分、要塞参謀全員と蜂起の積極的参加者の大部分はフィンランドに逃亡した。運動の主要な活動家は、そのようにして司直の手から逃れた」

また北部方面軍も要塞に入り、一八日九時までに市内から反乱勢力が一掃され、鎮圧直後から叛徒の捕獲と逮捕がはじまった。この日要塞司令官ペトローフはクロンシタット市に戒厳令を布告し、全市民に二四時間以内にあらゆる火器を引き渡し、「すべての疑わしい人物と連合国のスパイ」を摘発するよう命じた。こうしてコムニスト権力は死者と行方不明者約七〇〇人、負傷者二五〇〇人を出してクロンシタットの奪還に成功した。[xiv]

クロンシタット攻撃に各地から大量動員が行われ、極秘資料によれば、第二次攻撃直前の一六日にペトログラード県で二三七人、モスクワ県で二五五人、ノヴゴロド県で六六人など合計九二八人のコムニストが動員された。播種キャンペーンが全国で展開されている状況でこの動員は地方にとって重い負担となった。チェレポヴェツ県委は三月二七日づけで、クロンシタットに一四人の同志を動員し、その中から死傷者を出したが、彼らが不在のためにキャンペーン活動は困難を極めていると、彼らの動員解除を至急行うよう党中央委に打電した。実際この時期は相次ぐ動員が必要とされたが、コムニストは落命するか、脱党するか、その他さまざまな理由によって完全に払底していた。一月一〇日づけ農業人民委員部参与会で播種キャンペーンに三万二〇〇〇人のコムニストの動員が必要と認められたように、当時は大量のコムニストの動員が求められたが、それはまったく遂行されなかった。ペトログラードで八〇〇人の動員が指示されたが、実際に二月二〇日までに動員できたのは四五一人にすぎず、このためペトログラード委は中央委に対し、工場のコムニストはわずかで、工場の生産を考慮すれば彼らを引き抜くことができず、この苦しい状況とこの一時的性格を考慮して女性と身障者のコムニストを派遣する認可を党中央委に求めた。これに対し、党中央委は動員数を八〇〇人から六三〇人に縮小すると回答した。

反乱鎮圧後も市内の緊張は続き、三月一九日づけでペトログラード委は市防衛のため党中央委に、動員されたコムニストの半分をペトログラード軍管区に残すよう要請したが、二四日の中央委組織局会議はこれを却下した。しかし、反乱の鎮圧に地方から動員されたコムニストの解除は著しく遅れ、党スモレンスク委は四月五日づけで、動員されたコムニストの「一部は到着したが、残りはまだ拘留されている」と、速やかな彼らの返還を要請した。この状況は特に地方での播種キャンペーンに反映され、そこでのコムニストの動員をさらに悪化させた。プスコフ県では二月半ばに一六八人の動員が必要とされ、そのうちペトログラードから四八人を受け取ったが、追加の五三人はそこから派遣されなかった。三月末になってもプスコフから動員されたコムニストはクロンシタットから帰還せず、キャンペーンへの動員力を奪われたが、ブリュハーノフによって「県の種子調達は滞った。その強化のための時が過ぎ去った」と県食糧委は叱責された。[xiv]

ボリシェヴィキ指導部は、大衆には新聞やラジオを通してペトログラードとクロンシタットで二月以後に発生した一連の事件を極右的陰謀と外国の策動として声高に非難していたが、内部調査ではそれが民衆の不満に起因することを正確に把握していた。四月五日づけチェカー幹部会で事件の調査報告は次のように言及する。「クロンシタットの守備隊と労働者の反革命的蜂起は（今年三月一日から一七日）、今年二月中旬に猖獗を極めたペトログラードの若干の工場での騒擾とストの直接的論理的発展であった」として、生活条件の不断の悪化と、故郷からの「農業の危機、地方権力の職権濫用、割当徴発の過重負担などの情報」が不満を増長させた。この調査によれば、反革命組織との「関係を確認することはできなかった。蜂起は自然発生的やり方で発生し、その渦中に要塞のほとんどすべての住民と守備隊を巻き込んだ」。だが、この正鵠を射た報告は歴史の闇に葬られ、党のプロパガンダが「歴史」となった。この事件は当局により完全な情報封鎖が行われたため、様々な風聞が飛び交い、党の情報操作によって偽りの歴史が形成され易い土壌があった。二二年一月にモスクワ・チェカー監獄から釈放されたダーンは獄中で一緒になった若いクロンシタット労働者の言葉を引き、「例外なしにほとんどのクロンシタット・コムニストが賛成した控えめな要求が乱暴に拒絶されただけでなく、クロンシタットへの容赦のない懲罰を命ずるトロツキーの猛々しい声を聴くとは、誰も予想しなかった」と、決起した民衆の気持ちを代弁した。早くもトロツキーは「裏切られた革命」に手を染めていた。

要塞が陥落した後も反乱者への迫害と弾圧は続いた。三月五日づけの警告で共和国革命軍事評議会が「無条件降伏した者だけがソヴェト共和国の慈悲を当てにできる」と宣言したのも虚しく、死者にも生存者にも慈悲は与えられなかった。当局は戦死、行方不明、負傷した赤軍兵士の数を秘匿した。フィンランド湾の氷上で倒れた屍体の多くは陸に引き上げることさえできなかった。氷が融けるとともにその水域が腐敗汚染される危険が生じたため、三月二九日のロシア・フィンランド合同委員会でフィンランド湾の氷原に放置された死体の除去についての問題が議論され、ロシア側はフィンランド湾の国境以東の死体の除去を三月三〇日から四月二日にかけて行い、双方の軍隊はその作業に妨碍を加えない、四月六日に作業を点検するなどが決められた。

　今度は、生き残ったクロンシタット守備隊への懲罰がはじまった。蜂起時に要塞にいたこと自体が犯罪と見なされ、即決裁判で有罪の判決を受けた者全員が現地で銃殺された。攻撃の後で氷上やクロンシタットの街頭に横たわる負傷した水兵を助けることは、厳罰の脅しの下に禁じられた。それとは対照的に、クロンシタット側は「われわれのところで一人のコムニストも銃殺されなかった」と言明した。何十もの公開裁判が行われ、『セヴァストポリ』と『ペトロパヴロフスク』の水兵は特に厳罰に処せられた。三月二〇日の非常トロイカ会議で戦艦『ペトロパヴロフスク』水兵一六七人の審理が行われ、全員に銃殺の判決が下った。二一年夏までにペトログラード県チェカー幹部会、共和国フィンランド国境防衛特別部参与会、同クロンシタット非常トロイカ、ペトログラード軍管区革命軍事裁判所だけで、書面または口頭の尋問調書に基づき、二一〇三人が極刑、六四五九人が様々な禁固刑の判決を受け、一四六四人は起訴猶予として釈放された。[xiv]

四月二七日づけ党中央委政治局会議で、アルハンゲリスク県の荒野、ウフタに「クロンシタット匪賊水兵」のために「懲罰入植地」を組織するようヂェルジーンスキィに委ねることが決議された。「そこに下獄した者は戻ることはない。というのは、圧倒的ケースで彼らは銃殺されるので。これはしばしば秘匿された死刑の一形態でしかない」と、「赤色テロル」を知り尽くしたメリグーノフは断言する。だが、チェカーにとってウフタ入植さえ、あまりにも軽い刑罰であった。

七月一六日づけ中央委政治局会議は、ラーゲリをウフタからホルモゴールィ修道院跡に移すとのヴェチェカー案を採択した。ホルモゴールィについて同じくメリグーノフは次のように描いている。「この収容所は二一年五月までまったく存在しなかった。［それ以前は］ホルモゴールィから約一〇ヴェルスタの場所で、運び込まれた何十何百人という集団が銃殺された。北部における囚人事情に関する非公式調査のために訪れたラーチス［有名なチェキスト、アルメニア中央委員］に、近隣の農村住民は死者の数八〇〇〇人というとてつもない数字を挙げた。おそらくこの残虐行為もこの場合は実際人道的であった。というのは、その後に開設され「死のラーゲリ」の異名を持つホルモゴールィ・ラーゲリは、囚人にとって完全な屈辱と抑圧という環境の中で緩慢な死を意味したので」

六月二五日づけ政治局会議は銃殺された者の家族の帰還を支援する決議を出したが、これは遵守されなかった。ペトログラード県委は一一月に、アルハンゲリスク県とムルマンスク県で強制労働に従事する元クロンシタット叛徒の恩赦の検討を党中央委に依頼したが、チェカーは中央委に対し、この問題はすでに何度も検討されたのでそれは不要とした。これらラーゲリに収監されたクロンシタット兵士五〇〇〇人のうち、二二年まで生き残ったのは一五〇〇人しかいなかったといわれている。クロンシタット陥落後も人質の捕獲は続き、クロンシタットからフィンランドに脱出した臨時革命委指導者や軍事専門家の親戚が人質として次々に逮捕され、その数は数千人に及んだ。それに大勢の避難民が発生した。要塞が陥落した翌日にはすでに多くの女性と子供を含む八〇〇〇人の避難民がフィンランドに到着し、アメリカ赤十字の食糧配給を受けた。

反乱の鎮圧直後も「赤色テロル」は荒れ狂ったが、無辜の人々への懲罰は遅れてやってくる。七月五日づけのトロツキーへの書簡で党中央委員ヤロスラーフスキィは、アナキストはこの反乱に反対しなかっただけでなく、そのスローガンを大々的に広め、「周知のように、モスクワのレオンチエフ小路で地下アナキスト・グループによって爆破が挙行され、その結果、党モスクワ委書記と数人の女性コムニストを含む前衛的コムニスト一三人が死亡した」ことから、アナキストは白衛軍組織と密接な関係があることは明白であるとして、彼らへの弾圧を求めた。この爆破事件は二年ちかく前の、一九年九月二五日の出来事であったが、こうして二一年夏にアナキストの大量逮捕が実施された。さらに一年が過ぎようとした二二年六月二八日に、党県委によって「ペトログラードは直接国境に接する港湾都市である」ことに配慮し、「ペトログラードとその周辺から、エスエルとメンシェヴィキを含めて積極的反革命分子を注意深く浄化しなければならない」と決定された。ここでの浄化とは、県の経済施設に勤務し、政治的に優れたエスエルとメンシェヴィキ、反革命活動のおそれのあるインテリ、反革命的学生たちの追放と移送、逮捕、隔離を意味した。これらの一連の措置の結果、二三年四月一日までに全部で二五一四人がペトログラードから追放され、そのうち一九六三人をクロンシタット反乱者とその家族が占めた。[xiv]

反乱鎮圧後のクロンシタット住民の食糧事情はますます悪化した。間もなくここの守備隊への食糧配給は水兵基準から一般兵士基準に減量され、七月末に市コミューン議長は食糧人民委員部に、七月の獣脂は住民に必要な八二五プードに対し二〇〇プードが放出され、そのうち獣脂とバターは五〇プードしかなく、残りは獣脂を含まないため、「獣脂の不足と欠乏による労働者の病人が増加した」と訴えた。このように弱体化した要塞を強化するため、一〇月五日の共和国革命軍事評議会はこの四ヶ月以内に少なくともその定員を五八〇〇人に増員する認可を政府に要請した。[xiv]

　七　第一〇回党大会と現物税決議

戦時共産主義からネップへの移行を論ずる際に、最大の疑問の一つは、もし、党大会で採択される割当徴発から現物税への交替決議が農民への宥和政策であるなら、なぜ大会以前にこれに関するキャンペーンが展開されなかったかという問題である。事前に大々的情宣が行われた播種キャンペーンとは対照的に、この事前キャンペーンは皆無であった。党大会第一日目（三月八日）の中央委報告でレーニンが、「農民に地方的取引である程度自由に振る舞う可能性を与え、割当徴発を現物税に替えなければならない」と言及したのが、これについての最初の公式表明であった。この報告に対して、ソスノーフスキィは農民への譲歩は遅すぎるし不充分であると反論し、リャザーノフは割当徴発から税への交替は唐突であると指摘したように、多くの大会代議員にとってこの提案は寝耳に水であった。ペトログラード・ソヴェト総会が二月二七日づけで「ソヴェト権力はすべてのロシア農民の状態を緩和するため、穀物割当徴発から現物穀物税への移行を考えている」と言及したのが、党大会以前のほとんど唯一のアピールであった。[xiv]

レーニンが『予備的草稿』を執筆した二月八日づけ党中央委で設置された特別委（ツュルーパ、オシーンスキィ、カーメネフ）にこの草稿に基づく法案作成が委ねられ、同特別委草案は一九日の党中央委政治局に提出されたが、そこでは資料が配られただけで、その検討は二四日の中央委総会に持ち越された。当日の同総会は草案を基本的に採択し、いくつかの修正をつけ草案の検討を、農業人民委員部参与ムラーロフ、ツュルーパ、中央統計管理局長ポポーフからなる新たな特別委に委ねた。三月三日までに同特別委草案が作成され、レーニンは送られた草案に注意書きを加えツュルーパに送り返した。この改訂案で割当徴発から税への交替の目的として、農民経営を強化し生産性を向上させることと明記されたように、この措置は明らかに播種キャンペーンの促進を念頭に置き、作成された第二改訂案は、村団ごとの税の算定方法、村団外の市場の禁止条項など戦時共産主義的要素を色濃く残していた。そして、春の畑作業以前に税を公示すると定めたこの草案はその速やかな公表を求めたが、レーニンはこれに反対し党大会直後の公示となった。この時期は社会主義社会への移行措置としての現物税構想②が支配的な中で、暫定的に市場を容認せざるをえない構想③を是非とも実施する必要があるとの彼の政治的判断がこの公示反対の動機にあったのだろうか。いずれにせよ、こうして、レーニンの反対によって、割当徴発から税への交替についての事前キャンペーンが行われることなく党大会を迎えた。

党大会開催前日、三月七日の党中央委総会で、貨幣税廃止に続いて割当徴発から穀物税への交替に関する報告がなされた後、第二改訂案は最終的編纂のためにレーニンを議長とする特別委に移され、ここでは貨幣税の廃止と現物税の導入は一体的と想定された。[xiv]

現物税の審議は政府指導部内でも共有されなかった節がある。党大会を二週間後に控えた二月二二日の第二回全ロシア農業コレクチーフ大会で国内情勢に関して報告したカリーニンは、戦争によって物質的に窮乏化したため割当徴発が必要であることを住民に納得させなければならない、これが今党大会の課題であると語った。翌二三日づけ『貧農』紙でも彼は、割当徴発の行き過ぎが播種キャンペーンに悪影響を及ぼしている事実に触れたが、その廃止については沈黙した。中央委員候補でしかない彼は、現物税実施に向けての党内上層部のこの動きを知らされていなかったか、秘匿を指示されていた可能性がある。いきなりの党大会での公表という印象はどうしても拭えないのである。

すでに述べたように、現物税が社会主義への過渡的措置として設定されたなら、その対概念である商品交換を同時に実施しなければならないというのが、当時の現物税に関する議論（構想②）に共通する認識であった。

経済学者ストゥルミーリンは農業生産への国家規制に反対し、二一年一月の新聞紙上で、「多くを播種するなら、それは諸君によい結果をもたらす。徴税後の余剰は諸君の絶対的プレミアになる」と、この農産物余剰をプレミアとして商品交換制度に利用し、生産を促すよう提言した。これはレーニンに二月八日づけ『予備的草稿』の着想を与えたとしても、構想③を実現するための彼にとっての一つの難問は、取引の自由の程度にあった。党大会直前に断片的思いつきを綴ったとしか思えない『割当徴発から税への交替についての演説プラン』の中で彼は、中農化された農民を自由取引によって満足させる必要性を再三繰り返し、現物税については「小生産者への刺戟。生産を推し進める。何よりも重要」と『予備的草稿』と同様な評価を与えた。レーニンにとって自由取引により農民に農業生産の向上、直接的には播種面積の増加への刺戟を与えることはきわめて緊要であり、党大会開会日に彼は依然として自由市場に否定的な食糧人民委員ツュルーパ宛てに、「問題の重点は「取引」、農民にとっての自由な経済にある。注意を促す。あなたはこのことについての考えが足りない」と書き送った。

その一方で、この時期に猖獗を極めた民衆蜂起のほとんどで自由商業の要求が掲げられる状況で開かれた党大会には、それへの拒絶反応が漲っていた。レーニンはクロンシタット反乱に「自由商業のスローガンを掲げ、いつもプロレタリアートの独裁に反対していた小ブル的アナキー的本能が現れている」のを見、ソスノーフスキィはそのような自由商業を求める「小ブル的本能はヂェニーキンとコルチャークが合わさったより大きな危険である」と表現した。したがって、レーニンは党大会報告で、資本主義一般とプレミアとして農民に与える自由取引とを慎重に区別しなければならなかった。「プロレタリアートの政治権力の基盤を損なわずに、商業の自由、資本主義の自由を小農民のためにある程度復活させることができるだろうか。［･･･････］できる。問題はその程度にある」、重要なことは「小農民が経営を拡大し、播種面積を増やすように、多くの刺戟を与える」ことである。社会主義体制の枠組みを崩すことなく、緊急措置として播種キャンペーンを成功させるために、農民への経済的刺戟として一定の範囲で農民に取引の自由を認める構想③を彼はここでも繰り返し主張したのである。

だが、同時に構想②を捨てきれない彼にとって、商品交換を実現するための交換財の獲得も大きな難問であった。『演説プラン』に、「どこで商品を手に入れるのか？（α）借款［･･･････］（β）イギリス・アメリカとの通商条約、（γ）利権」と書かれているように、国際情勢の改善が大きな希望であった。実際、二一年に入るとソヴェト=ロシアは国際的孤立から抜け出しつつあった。二月五日にイタリア政府はソヴェト貿易代表団を受け入れるのに合意したと宣言した。二六日にソヴェト・ペルシャ条約が締結され、二八日にソヴェト・アフガン条約が調印され、三月一六日にはソヴェト・トルコ条約がモスクワで、イギリスとの貿易協定がロンドンで調印された。最後に、長い交渉の末に三月一八日にリガでポーランドとの条約が締結された。これら一連の隣接諸国（エストニア、リトワニア、ラトヴィアを含めて）との講和の締結によって大戦前に比べて国土面積の四％近くが失われたとしても、封鎖経済からの解放は明るい兆しに思われ、この不確定要素が頼みの綱であった。

二月二八日の国防会議は、困窮している労働者に食糧と必需品を供給するため一〇〇〇万金ルーブリを割り当て、外国でそれらを買い付けるため代表団を直ちに派遣する緊急措置を決定した。このような実績を背景にレーニンは党大会で、「わが経済状態は国際的規模で著しく改善された」ので、商品を手に入れることが可能になったと述べた。三月二一日づけで現物税布告とともに公表された『農民へのアピール』の中ではより明確に、「資本家と地主によるソヴェト=ロシアへの最初の襲撃が挫かれ、［･･･････］列強イギリスがわれわれと貿易条約を調印し、［･･･････］外国との貿易によって農民のためにその経営の余剰の一部と交換で品物を受け取れるようになった現在、［･･･････］割当徴発が廃止され、それに替わり農産物への現物税が実施される。［･･･････］農民はそれら［税完納後に残る余剰］を外国と工場から国家が供出する生産物と農具と交換する権利を持つ」と、内外から獲得する商品との交換制度をともなう現物税に触れた。それでも、外国から大量の商品交換ファンドを国家が獲得するため、二月二四日の中央委総会でトロツキーによって提案された輸入計画の再検討案は否決され、具体的展望もないままに開始を余儀なくされた。[xiv]

党大会初日の中央委報告でレーニンは現物税の導入に簡単に触れたが、食糧税の実質審議が行われたのは大会終了前日の三月一五日朝会議（実質的審議の最終日）で、レーニンが主報告に立った。ロシアのような国で社会主義革命が最終的成功を収めるには、先進国の社会主義革命による支持があれば、国家権力を掌握するプロレタリアートと農村住民の大多数との協調によって可能であり、そのために以前よりずっと中農になった農民を満足させなければならない。中農を満足させるには、「第一に、取引の一定の自由、私的経営にとっての自由が必要であり、第二に、商品と生産物を供給しなければならない」と述べ、「われわれは商業と工業の国有化の道を、地方取引の禁止の道をあまりにも先に進みすぎた」、これは疑いもなく誤りであったと、レーニンは従来の路線からの転換を表明した。これはレーニンが戦時共産主義政策について否定的に論じた最初となった。

主報告に続き、基本的に主報告に同意するが、すでに一三県で割当徴発は停止されたとしてもロシア全土での停止はありえないことをツュルーパは副報告で強調し、討論がはじまった。最初の発言者は経済理論家プレオブラジェーンスキィであった。その後に登壇する発言者全員が食糧活動家であり、当然にも彼らの言及は食糧調達問題に終始したのに対し、彼だけが現物税導入における重要課題として紙幣制度に聴衆の関心を促した。従来の現物税の解釈では、彼がなぜ財政問題と現物税を結びつけたかを説明するのは難しく、ほとんどの研究書で彼の発言は無視された。しかしすでに述べたように、割当徴発から社会主義的交換への移行を展望する中で現物税構想が生まれ、この構想を共有する彼にとって、この議論を避けることはできなかった。中央委案に賛成して彼は次のようにいう。赤軍、工業、機関を維持するためのソヴェト国家の二大財源は、割当徴発と紙幣発行であった。前者は年々増加し、「食糧割当徴発が不動のままであり続けたなら、われわれは二二年に紙幣の印刷を停止することができ、われわれに必要な全部を割当徴発によって取り上げることができたであろう。だが、このようにはならなかった」。構想③に基づく現物税の導入により、当面構想②は見送られ、農産物余剰が市場での自由取引に出される限り、貨幣廃止は今日的課題ではなくなり、ルーブリ通貨を安定させる必要があると彼は主張した。[xiv]彼は後に五月臨時党協議会でも財源としての紙幣発行と通貨改革について同様な議論を展開した。こうして構想③の実現により、構想②にともなう貨幣税廃止の構想は当面見送られ、翌一六日の政治局会議でレーニンは貨幣税廃止草案を撤回した。

レーニンの主報告に対する食糧活動家の反応はさまざまであった。アルタイ県代表パホーモフは、税への移行は理にかなった措置であるとし賛成し、自由取引について、国家権力をプロレタリアートが握っている以上「下からの資本主義が生み出される危険はない」と楽観的見解を表明した。それとは逆に、北カフカース代表フルームキンは税の導入に否定的で、自由取引を認めず、商品交換だけが実施される独自の食糧税案を提出した。ミリューチンはフルームキンを批判し、政治的にも経済的にも農民に譲歩しなければならないと発言し、レーニン案を支持した。ここで討論は打ち切られ、レーニンの結語の後に中央委案とフルームキン案が採決にかけられ、中央委案が採択された。

この決議を受けスヴィヂェールスキィは即日ヂェルジーンスキィ宛てに食糧の防衛を要請し、三月一七日づけでヂェルジーンスキィは、党大会決議により「［割当徴発で］食糧組織に引き渡された農産物は返却されるべきと、村住民に誤って解釈されるかもしれない」として、窃盗から農産物を保全するようすべての県チェカーに命じた。地方ではこの暗号回状電報の写しは「極秘」印をつけて、すべての党組織に発送された。[xiv]

　八　ネップ関連法案の策定

三月一六日づけ『プラヴダ』は、三月一五日の共産党大会で食糧割当徴発から現物税への交替が議論され、党のこの決定は詳細な布告を作成するため近日中に中央執行委と人民委員会議に移されるであろうと予告し、翌一七日にあらゆる新聞で党大会決議は大々的に公表された。

党大会は立法権を持たず、「原則的方針を定め、スローガンを提起するだけ」であったため、この決議に基づき具体的規程を盛り込んだ法令を早急に作成する必要があった。この成立が急がれる理由は二つあり、第一に、現物税の導入が播種拡大への刺戟となるためには、間もなくはじまる春の畑作業に間に合わせる必要があり、第二に、そのためには三月二〇日に終了する中央執行委会期中にそこで法案を成立させなければならないからである。したがって、この法案は自由取引など、後に戦時共産主義からネップへの政策転換と評される重要な内容を含みながらも、原則的問題すら充分に議論されることなく、関連法案の作成と公表は異常な早さで行われた。

三月一五日に中央執行委幹部会は割当徴発から現物税への交替に関する決議を出し、農民に播種に取りかかるよう訴えるとともに（一七日に公表）、専門特別委員会に、中央執行委の会期中に承認するため二〇日までに現物税草案を策定するよう委ね、翌一六日の党中央委総会はその特別委（議長ミリューチン）を承認し、一八日昼一二時までに中央委政治局にその基本条項を提出するよう指示を与えた。これ以後、三月末までのほぼ二週間は、間近に迫った春蒔きの開始までに残され時間は少なく、党大会決議の関連法整備のためにきわめて慌ただしく過ぎ、その過程で同決議が本来持っていた性格を超えて、この暫定的税構想③が完全な変質を蒙るのを以下で見ることにする。

三月一八日の党中央委政治局会議はプレオブラジェーンスキィとカーメネフに、明日までに中央執行委名による現物税に関するマニフェストを作成し、その原文を全政治局員に送付するよう義務づけ、その文書への署名が必要な政治局員に緊急会議への出席のため禁足令を出した。それと同時に、現物税案の基本条項を提出したミリューチン特別委に、「党大会の決議に従って協同組合について」、徴税の「連帯責任でなく個人的責任について」、「地方的取引についての文言を大衆に分かりやすく説明し、バザール、市場などに言及する」などの詳細な指示が与えられた。これを受けて、ミリューチン特別委から新たに提出された政令草案は会期最終日の三月二〇日に中央執行委会議で基本的に採択され、編纂のために翌二一日の幹部会に回され、そこで最終的に承認され、それはラジオで発信され二三日づけの新聞で大々的に公表された。[xiv]

割当徴発から現物税への交替に関する中央執行委政令は、以下のような内容であった。

それは「農業の強化とその生産性の向上、総じて農夫にかかる国家的義務［ここでは現物税を指す］を正確に確定する」ことを目的とし、税規模は割当徴発より少ないとされた。個々の農産物の税規模はそこでは確定されず、逐次出される農産物ごとにそれらは定められ、累進税率により現物で徴税されるという政令の基本方針は大会決議と同じであるが、中央委政治局会議の指示に基づき、決議と政令ではいくつかの異同があった。徴収の際の連帯責任について、決議では、税規模は村団ごとに算定されると、割当徴発で制度化されていた連帯保証が踏襲されていたが、政令では個人的プレミア制の実施に関連しこの条項は撤廃された。次いで、税完納後に残る余剰について、決議では「交換は地方的経済取引の範囲内で認められる」とされていたが、政令では「交換は協同組合組織を通して、および市場とバザールで、地方的経済取引の範囲内で認められる」と「市場とバザール」の語句が挿入されたものの、「地方的経済取引」という曖昧な表現はそのまま残された。そして、極貧農には特別規程により国家供給を受けることが新たに追加されたが、後に発布される一連の現物税布告の中ではこの供給についての規定は一切省かれた。[xiv]

プレオブラジェーンスキィとカーメネフにより作成された農民へのマニフェストは翌一九日の政治局会議で急ぎ採択され、現物税について解説した『共和国農民へのアピール』として現物税政令と同時に三月二一日づけで公表され、次のような税の原則が述べられた。「税完納後に農民に残る余剰は彼らの自由に任される。彼らは外国と工場から国家が供出する生産物と農具と交換する権利を持ち、協同組合を通して、および地方的市場とバザールで、自分に必要な生産物との交換のためにそれを利用することができる」とされ、さらに、この税は「それぞれの農民が収穫のどれだけを国家に引き渡し、どれだけを完全な裁量権に置かれるかをあらかじめ計算できるように、春蒔きまでに指定されなければならない」と言及されたように、春蒔き面積の拡大、すなわち、播種キャンペーンを目的に現物税構想③が立法化されたのは明らかである。[xiv]

割当徴発量のほぼ半分の現物税が導入され、農民の負担は軽減されるとの主張が繰り返されたが、それは当初から完全な虚偽であった。三月二八日づけの現物税に関する人民委員会議布告は、ウクライナとトルケスタンを除く二〇／二一年度の穀物割当徴発予定量四億二三〇〇万プードに替わり、「二一／二二年度の食糧現物税の規模を平年作の下で二億四〇〇〇万プード以下」［強調は梶川］と定めた。ミリューチンによれば、農民の余剰を約五億プードとし、カーメネフ特別委は納税の可能な数字を三億から三億五〇〇〇万としたが、中央委の主張でこの数字が確定された。数字上は確かに半減されたとしても、現実はまったく異なっていた。あらゆる軍事力を駆使し、もっとも苛酷な割当徴発キャンペーンが事実上終了した二月二〇日で、その遂行量は全体で二億五二五七万プード余しかなく、「平年作の下で」想定された現物税総量は、実際に遂行されたこの徴発量にほぼ相当した。また、コンドラーチェフらからなる農業人民委員部付置特別委員会は三月三〇日に、「主要四大穀物の理論的に可能な余剰（商品）総量は二億プードである。［･･･････］これを勘案すれば、食糧税の課税負担は理論的に可能な四大穀物の余剰より二〇％多く徴収しなければならない」と結論づけた。平年作の想定ですでに余剰量を超えた税負担であり、戦前の直接税の三三九％になった。さらに、二〇年夏以後各地で認められる凶作とその直接の帰結としての春蒔き播種の縮小は、まだ二一年の大飢饉は予想外であるとしても、二一年収穫は平年を大きく下回るのは確実であった。それでも、現物税の導入により農民の負担は軽減されたとの偽りの主張は幾度となく繰り返された。[xiv]

その一方で、穀物徴収量の減少は配給の縮小を意味し、現物税の開始を待たずしてそれは直ちに実行された。三月二二日づけ人民委員会議は農民への供給の増量に関する検討特別委を解散することを決定し、続く四月五日の同会議は、重要部門で実施されている「赤い星配給券」[xiv]によるパン配給を五〇％削減し、今後国家供給受給者を拡大しないよう食糧人民委員部に指示を与えた。もっとも、二〇年夏以後に多くの地方で食糧資源が枯渇したため、配給券は実質的に機能していなかった。六月にカルーガ県コゼリスク郡から、配給券が交付されていないため工場はほとんど操業を停止したと報告され、八月にリャザニ県エゴリエフスク郡の赤軍兵士は赤い星配給券がまったく交付されていない窮状を中央執行委に訴えた。モスクワでは七月八日に、配給券でパンが交付されないため、おもに女性と子供からなる群衆がソヴェトに押しかける事件があった。オロネツ県ペトロザヴォドスクでは七月一〇日の晩に女性たちが群をなして市参与会に押し寄せ、すでに一週間も交付されていないパンを要求した。配給券によってサマラ県の労働者は二〇年一月にカロリー計算で生活最低基準の四一％を受け取っていたが、二一年一月には二八％に低落した。闇市で不足分を補おうにも、物価高騰により二〇年一月に一ルーブリで二二カロリーを獲得できたが、一年後には一カロリーしか手に入れることができなかった。

民衆の飢えに対する中央政府の方針は明確である。通常の配給を縮小する一方で、二〇年六月一四日づけ人民委員会議は、中央施設の特に重要な職員と労働者に特恵的配給券を確保する政令を採択した。このような中央の特別措置に対し、第三回コストロマ県党協議会で、「きわめて醜悪に中央のどこかで行われている、労働者のいくつかのカテゴリーへの非計画的な強化配給券のようなパン供給」の不公平に非難の声が挙がった。同県では二〇年九月一日以後、食糧配給券は縮小され食堂の営業は停止された。これら特恵的配給券は労働者に官僚制への憎悪を生み出させる一因となった。[xiv]

ネップの導入後、配給の縮小はさらに昂進した。二一年四月にアルハンゲリスク県執行委は消費基準を月一五フントに縮小して配給することを決定した。これが原因で、ピネガとオネガ郡で農民暴動が起き「食糧活動家は皆殺しにされている」。実際には都市住民は二ヶ月間で一五フントの配給券しか受け取らず、県の海岸部では子供は時たまオート麦を受け取るだけで、そのため苔や樹皮を食べ、餓死するケースもあった。「県は交換の認可もなされず、穀物も持たず、状況からの出口がない。南部郡に穀物貯蔵はなく」、非常に厳しい状態である。六月にペルミ県は、最重要工場の労働者と職員は配給が半減され、それ以外の労働者と職員は完全に配給を奪われ、わずかな地方取引では食糧源を見つけることができないとして、中央からの食糧援助を訴えた。だが、配給制度はますます厳格化され、八月九日の中央委総会は、操業している国営企業にのみ配給を認め、食糧人民委員部に「人民委員会議と労働国防会議からの特別な認可なしに非国営や操業していない施設と企業への食糧配給券の交付に食糧を浪費することを無条件に禁止する」よう命じた。この時、ネップ路線の一環として多くの工場が経済性向上の名目で、国有化解除された事実をここで想起しなければならない。二一年の飢饉が強まる中で、ネップへの移行は決して民衆の苦境を改善しなかった。[xiv]

現物税の実施に向けて性急さが必要とされるのは、当初の目的ならここまでである。なぜなら、播種面積の増加への刺戟を目的とした現物税（構想③）法令はすでに春蒔き作業までに農民に広く告知され、税完納後に残る農産物余剰の取引に関する問題は、徴税が開始される次年度のはじまり、すなわち、八月一日までに充分な時間をかけて検討する余裕があるからである。だが、実際にはそのように進まなかった。

通説ではこの後の経緯は次のようであった。三月二五日の中央委政治局会議でこれまでのミリューチン特別委に替わりカーメネフを議長とする現物税実施に関する新たな特別委が設置され、月曜［三月二八日］にカーメネフの報告が指定された。三月二七日に開かれたカーメネフ特別委会議で、「売買」の文言が追記された自由交換を容認する布告草案が決議され、翌二八日の政治局会議で、布告草案に関するカーメネフの報告を聴いた後、前文を加え、「あらゆる闇食糧取締部隊を解除する」との文言を挿入するなどいくつかの修正がなされ、カーメネフ特別委案は承認された。

割当徴発の一定の遂行後に自由取引を認めるこの法案は、二八日にレーニンによって直ちに署名され、同日づけ人民委員会議布告『ロシア共和国の一連の諸県における、穀物、穀物飼料、馬鈴薯、干草の自由交換、売買について』が即座に施行され、翌日に人民委員によって事後承認され、新聞で公表された。この決定はほとんどの地方でその日のうちに伝えられ、タムボフでは三月二九日に中央執行委全権特別委議長アントーノフ=オフセーエンコは、穀物、飼料、干草の自由販売を直ちに認めるよう県食糧委に命じた。タムボフ郡では四月八日に郡執行委で食糧税の実施に関する報告が行われる以前に、三月二九日づけ同幹部会会議で、「村ソヴェトの証明書なしに［食糧と飼料の］自由搬送と販売を認可する。闇食糧取締部隊を解除し、バザールでのあらゆる没収を停止する」決議が早々と出された。この布告は戦時共産主義からの転換を実現させたきわめて重要な文書でありながら、その施行への道筋はあまりにも性急で、そこには重大な欺瞞が隠されていた。[xiv]

この布告は、自由商業を認可し、ネップ路線を方向づけたと一般に評されている。同布告でこの方針が明示されているのは、カーメネフ特別委案になく三月二八日の中央委政治局会議で追記された、「全ロシア中央執行委は今年三月二三日づけ『イズヴェスチャ』で公表された［現物税に関する］政令に従って、国家的義務を遂行した農民住民に残される農産物余剰を売買する自由を与えた」［強調は梶川］との前文である。これに基づき割当徴発の一定の割合を遂行した農民に直ちに自由取引が認められた。

すでにここから巧妙なトリックがはじまっている。三月二三日公表の中央執行委政令で「国家的義務」の文言が用いられている箇所は、「農夫にかかる国家的義務を正確に確定する目的で」割当徴発を現物税に替えると述べた第一項にある。つまり、政令では国家的義務とは現物税を指し、二八日布告ではそれは割当徴発を意味したが、党大会決議から大きく逸脱した政策転換がなされたとの印象を避けるため、両義的意味を含む「国家的義務」との文言を用いて、あたかも三月二一日づけ政令の必然的帰着としての布告という体裁を採りつつ、納税後ではなく即座の自由取引を認可したのがこの布告である。さらに、この修正はカーメネフ特別委の二七日会議で行われたと、従来の文献では言及されているが、それは正しくない。同特別委の二七日づけ議事録には、「税の遂行後農民住民に残る農産物の自由交換、売買を認める」、自由商業の公布の手続きと時期は「一定期間内で特に住民による食糧税の正確な遂行という状況に応じて公表される」と従来通り、税完納後の自由取引の認可という方針が明記されたが、同布告ではこの方針が完全に覆されたのである。この方針転換は三月二八日づけ中央委政治局会議でなされたことになるが、その経緯について当該議事録は何も触れていない。だが、二七日または二八日にレーニンはカーメネフ特別委の議事録を知り「原案に編集上の修正を施す」との事実が『レーニン履歴総覧』に記載され、ここで彼が特別委案の内容を変更して（構想③の放棄）、それを政治局会議に提出したと考えるのが自然である。なぜなら、当該議事録によれば、同会議では前文を挿入し、売買を明文化し、闇食糧取締部隊を解除し、播種不足への罰則を定めること以外の「カーメネフ特別委案」への修正が加えられなかったからである。

播種キャンペーンへのプレミア的措置として、農民自らが必要な工業製品を獲得できるように一定の市場取引の自由を与えるというのが現物税構想③の目的であったことは、すでに述べた。できるだけ多く播種すれば、その分だけ税完納後に残る余剰が増えるため、現物税の導入は播種拡大への充分な刺戟になるはずであった。だが、播種作業以前に自由商業を認めれば、食糧危機の下では種子用穀物そのものが食糧として取引され、播種の縮小を招く懼れが多分にあった。この懸念は当然であり、三月末に党ペルミ県委議長と県執行委議長は、「県内での種子材の大きな不足にもかかわらず、自由販売、すなわち組織的担ぎ屋行為を認可した」中央のこの決定を非難した。[xiv]

播種キャンペーンを挫折させるリスクも顧みず、性急に自由取引を容認した理由とは何か。それは割当徴発の停止によって調達手段を失い、予想を超えて悪化する食糧事情であった。二月二二日にタムボフ県から中央委に、割当徴発停止命令と食糧部隊の解除により、県内に「悲惨な食糧状態が創り出された」とその窮状を訴えたような、食糧事情の急激な悪化は至る所で政治危機に結びつき、匪賊運動に揺れる地方ほどこの傾向が強かった。サラトフ市で食糧の困窮と配給券の不断の縮小のため、都市労働者の気分は三月から急速に悪化し、党サラトフ県委は党中央委宛ての極秘報告の中で、三月にサラトフ市で起こった労働者騒擾は配給券の縮小をきっかけに開かれた労働者大衆集会が発端となり、メンシェヴィキとエスエルの反革命勢力がそれを焚きつけ、たちまち政治的性格を帯びたと指摘した。タムボフ県テムニコフ郡から「郡の住民は大部分が団栗を半分以上混ぜた代用食の摂取に移り、いくつかの村落ではそれらもすでになくなった」と、ヴャトカ県から「県は文字通り飢餓の局面を迎え、そこには約一〇〇万プードの穀物が不足しているにもかかわらず」割当徴発を遂行し、「県の北部で食糧資源は最後に至るまで枯渇し」、多くの都市で三月初めから「全労働者のパンの交付を完全に停止しなければならなくなった」と報告された。ほとんどの地方で二一年春に食糧供給制度は完全に崩壊し、三月半ばに開かれたタムボフ県農民協議会は、「まとわりつく餓死の亡霊に怯えている飢餓農民を救済するため」穀物自由搬送の認可をソヴェト権力に要求すると決議した。[xiv]

だが、このような危機的状況に直面しても、中央政府には供給能力はなく、自由取引の認可という形で飢えた民衆に自力による食糧探しを強いる以外に解決策はなかった。クリーツマンが指摘するように、一九年初頭で県都でも配給券は必要量の二〇％しか充足できない状況で、担ぎ屋の合法化は民衆の唯一の生存手段であった。[xiv]こうして自由取引は本来持っていた播種キャンペーンの督励策としての意味を失い、緊急避難的に飢餓民による食糧自給策へと完全に変質した。三月一九日のサマラ県執行委幹部会会議は県内部の種子材の自由購入と搬送を認可し、二一日の同会議はバザールでの自由販売も認可した。そして、四月一三日づけ同会議は、現物税布告が出されたことに関連して、農民への供給の停止を決議した。これは党中央の方針の先取りであった。七月二二日づけ子供給食に関する人民委員会議政令の前文で、従来からの方針を転換し、「消費者による食糧自給の原則が食糧政策に導入された」と、その目的が偽りなく語られた。五月二四日づけ人民委員会議政令『交換について』では、農産物の自由交換と売買は従来の税構想③に基づく税遂行後が明文化されていたように、この布告の目的は緊急避難的要素の濃いものであった。[xiv]

問題は、いつどこで、この政策変更が行われたかの特定である。五月の第一〇回党臨時協議会でミリューチンは、カーメネフ特別委の中に自由商業を制限しようとする見解と完全な自由商業を主張する見解との対立があり、特別委の一部は前者を、特別委の一部と党中央委は後者を支持したと報告した。これは、即座に自由商業を認可させようとする党中央委（すなわちレーニン）の方針によってカーメネフ特別委の原案が覆されたことを暗示させる発言である。税完納を待たずに直ちに取引の自由を認めようとする動きは、ミリューチン特別委の現物税政令草案が審議された三月一八日づけ政治局会議に遡る。これまでの研究では無視されてきた、そこでの二件の諮問の意味を考える必要がある。第一に、割当徴発が完了した農産物の自由取引についての提案を一週間以内に人民委員会議に提出するよう食糧人民委員部に命じ、第二に、商品交換ファンドの審議に関する特別委（ツュルーパ、プレオブラジェーンスキィ、ミリューチン、レジャヴァー、オシーンスキィ）に「割当徴発が終了した諸県で自由な地方取引の実施を促す」問題の検討を委ね、一週間後に政治局に報告するよう義務づけた、これらの意味である（議事録で触れていないが、三月二一日政令に両義的意味を含む「国家的義務」という文言がミリューチン特別委にここで指示された可能性はある）

検討を委ねられた食糧人民委員部内にスヴィジェールスキィを議長に特別委が設置され、二四日の同会議で具体的な審議がなされ、そこで採択された『国家と住民の間での交換に関する法規』と『地方的経済取引内での交換に関する法規』は、両者とも交換をきわめて限定していた。前者によれば、個々の住民は食糧組織を通してのみ国家と交換することができ、後者では、商業は無条件に禁止され、税の完納後も農産物余剰の通常の自由取引は禁じられ、市場での現物交換と、国家（食糧人民委員部）と協同組合を介する商品交換のみが想定された。食糧人民委員部は、二一日づけ参与会会議で強制による現物税徴収を想定したように、現物税を戦時共産主義政策、すなわち構想②の枠内で捉え、貨幣による売買はこの構想から排除された（したがって、フルームキンは構想③に反対した）。だが、委託された食糧人民委員部案は、この布告草案の審議過程でまったく取り上げられなかった。

食糧割当徴発の廃止による食糧危機の昂進は予想以上に進行し、各地で食糧騒擾が発生し、そのため党中央委内にこの危機を回避するために自由な食糧の獲得を、すなわち、即座に自由取引を認めようとする動きが生まれ、三月一八日の政治局会議でその検討を食糧人民委員部と上記特別委に諮り、その答申を受け党中央委は自由取引の布告を発布する予定であった。だが、一週間後の二五日の政治局会議で予定された特別委からの報告は行われず（議事録に残されていない）、自由取引を改めて検討する目的でカーメネフ特別委が設置され（特別委交替の理由はここにある）、二八日にその報告が指定された。だが、カーメネフ特別委は政治局会議に税完納後の自由取引案を答申したため、レーニンはその特別委案に、納税後ではなく割当徴発遂行後に自由取引を認可するよう巧妙に改竄し、これを二八日政治局会議に特別委の答申案として提出し、前文を追加するなどいくつかの修正を加えて布告としてそれを採択したとの解釈が、もっとも合理的に思える。四月五日づけ人民委員会議布告により、割当徴発を終了していない地方にも自由取引は拡大された。[xiv]

同布告にはもう一つ重要な修正が加えられ、闇食糧取締部隊の廃止がそこで新たに挿入された。これを含む布告の全条項が政治局会議により承認された後、同布告は、現物税布告とともにその日のうちにレーニンによって署名された。その署名後、解除された部隊を食糧輸送の警備に転用する問題を審議するためヂェルジーンスキィ特別委が午後六時に召集され、当夜九時までにその採択がカーメネフ特別委に伝えられ、後者はこの案に合意し、闇食糧取締部隊廃止の条項は正式に布告に盛り込まれた。次いでカーメネフは党中央委の指示により、翌日「政治局名で承認されたこの決議」に必要な人民委員の署名を集め、それは人民委員会議布告として公表された。このようにして、現物税構想②、③とも異なる目的で自由取引が慌ただしく導入され、それは都市と農村を結合させたネップの基本的原理として、今日に至るあらゆるソヴェト文献で言及されるようになった。

配給の停止にともない食糧事情が悪化する中で、闇食糧取締部隊は民衆の怨嗟の的になっただけでなく、その解除の要求も出されるようになった。三月七日のトヴェリ県執行委幹部会は中央の裁可を待たず闇食糧取締部隊の解除を決定した。ペトログラード・チェカーが三月一日づけ報告書で「労働者は経済的条件の改善、特に闇食糧取締部隊の解除と自由商業の要求を出している」と指摘するように、これは特に労働者から頻出する要望であった。そのため、すでに三月七日の党中央委総会で、「労組全ロシア中央評議会フラク局から提起された、いくつかの地方での闇食糧取締部隊の廃止」の検討が、ツュルーパ特別委に委ねられていたが、この特別委の答申を待たずして、闇食糧取締部隊の廃止が二八日布告に盛り込まれた。労働者だけでなく、タムボフ県モルシャンスク郡の農民は、郡播種委から種子を受け取れず、他所から搬入すれば何とか播種が可能であるとして、闇食糧取締部隊の解除を要請していた。サマラ県食糧コミッサールは三月末の県ソヴェト拡大会議で、「国家貯蔵から貧農の播種への引渡しについての訓令が出された。闇食糧取締部隊は至る所で解除されている。現在は、共和国全土での闇食糧取締部隊の解除にともない、種子材の県から県への搬出が支障なくできるようになった」と報告した。だが、シベリアでは闇食糧取締部隊は廃止されず、依然として農民の憤怒の対象であった。オムスク県チュカリンスク郡で「住民は自分の家財道具を売り払い、馬と牛を交換に出して、穀物を手に入れるために時には数百ヴェルスタ離れたほかの郡に出発している。帰路には闇食糧取締部隊に出会い、穀物を取り上げられてしまう。いかがわしい奴が闇食糧取締部隊と名乗り、いかなる証明書を提示することなく穀物を押収し、もし市民が証明書の提示を求めたならば彼らを容赦なく打ちのめし、しばしば殺人に至る」と、一一月に県チェカーは報告した。

二一年の大飢饉を待たずに民衆の生活は絶望的になったが、ネップ導入後も国家はそれでも民衆から奪い取る以外何もすることがなかった。ヴャトカ県食糧委は四月の党中央委への書簡で、「県の食糧事情は恐ろしいことを強調する。農夫や無産住民はすでに久しく、されるままに翻弄されている。県内には農民に食べるものがまったくない多くの地区がある。今日まで苦心惨憺で［種子の］再分配が行われたが、現在は残った穀物を自由に処分することに関する新しい布告の公布にともない、割当徴発を遂行した経営は再分配をまったく期待できず、ましてや、食糧人民委員部の最近の訓令によって再分配が禁止されている。郡から何百もの経営の完全な崩壊、家畜の絶滅、農具や建物の投げ売り、よその土地への県からの脱出などについての情報が頻繁に入っている」と訴えた。ヤランスク郡からは次の窮状が通知された。二年間の割当徴発の遂行、春蒔き種子の五〇％の不足、秋蒔き区画の半分を全滅させた自然災害により、「郡は破滅的状態に陥った」。昨秋に郡ソヴェトは割当徴発の減量を請願したが、県執行委は八〇％の遂行後に検討されると回答し、二月一日までに八七％が遂行され、その後は穀物が完全になくなったため、それ以上の遂行は不可能となった。穀物と交換するため大量の家畜の屠畜と販売が行われ、農民の郡外への移住と代用食の摂取がはじまった。二月に郡執行委と郡党委は割当徴発の解除を請願したが拒否され、徹底的な追加徴発が実行された。このため播種キャンペーンは完全に頓挫し、八〇万プードが必要とされる種子材は六万プードだけが確保された。それでも、県執行委は割当徴発を完遂しなかった郷に自由取引の布告を適用するのを拒否した。だが、割当徴発を遂行しない郷はチェス盤のごとく分散されているので、そこに禁止措置を執ることは不可能で、「隣接郷で自由取引が認可されているのを知り、住民は今まで以上に頑なに穀物を隠匿している」。そのため、割当徴発を停止し自由交換を認可するよう、郡執う、郡執行委議長と党郡委は全ロシア中央執行委に訴えた。これは四月一〇日づけの電文である。[xiv]

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.131,Л.1; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.42.C.333; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.664,Л.261-269; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.42.С.308.

[xiv] Свидерский А. Почему вводится продналог.М.,1921.С.9; Десятый съезд РКП (б): стеногр. отчет.М.,1963.C.434; Слепков А. Кронштадтский мятеж.М.;Л.,1928.С.15.この問題の詳細は、梶川伸一『幻想の革命』二、三章、Есиков С.А. Российская деревня в годы нэпа.Переход к нэпу.С.23-36.を参照。

[xiv] Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.42.С.382-387; Изв. ВЦИК.1918.24 сент.;14 дек.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.205,Л.216; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.2,Л.239об.,255,280; Ленинский сборник.Т.xviii.С.147,150.農村住民への所得税については、一九年一月二一日づけ人民委員会議布告は、できるだけ納税者を増やす目的で農村住民の所得税納付者名簿の作成を村・郷執行委に指示したが、三月二七日づけ政令により、四等級に分けた都市、その近郊の住民への課税となった（СУ РСФСР.1919.№2.ст.17; №10-11.ст.118.）。農民への課税として一八年一〇月三〇日づけ中央執行委布告により、「富裕指数」に応じて課税される臨時非常革命税が導入された。一八年一一月にヴャトカ県課税特別委によって作成されたリストによれば、一〇六世帯からなる村には一万二〇〇〇、資本主義的経営者二六人に四八万二〇〇〇ルーブリが課せられたように、これは階級的性格が色濃いものであったとしても、農民への実質的所得税として機能した。一八年一一月にトゥーラ県ヴェニョフ郡で発生した農民蜂起の一因は非常税の導入であった。通常は貨幣を余り持たない農民からの反発は強く、そのため一九年四月一〇日公表の人民委員会議布告により、ヴォルガ、北部諸県の一〇〇〇からはじまりモスクワ県の三〇〇〇ルーブリまでの課税限度額が設定された（ГАРФ.Ф.393,Оп.3,Д.136,Л.138-140; Советская деревня глазами.Т.1.С.102; СУ РСФСР.1918.№80.ст.841; 1919.№12.ст.121.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.24,Л.41; Ленин В.И. Полн.собр. соч.Т.43.C.28,30.制度的に現物税構想は依然として存続し、中央執行委は一九年三月八日に「今年度の現物税徴収を四月一日まで猶予する」と決議し、中農の現物税免除が四月二六日公表の同布告により公示され、一〇月一五日づけ同布告は家畜現物税を免除し、穀物税を半減したように、財務人民委員部所管の現物税は制度的には残された（СУ РСФСР.1919.№14.ст.141,142; №51.ст.498.）

[xiv] Изв. ВЦИК.1918.8 авг.; Изв. Наркомпрода.1918.№16/17.С.28; ГАРФ.Ф.130,Оп.2,Д.263,Л.23; Оп.4,Д.546,Л.158; Осипова Т.А. Указ. соч.С.81; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.52.С.22-23; Бюл.Наркомпрода.1920.25 дек.С.2.工業商品と農産物との商品交換でこの時期農産物価値の一〇から三〇％の商品が引き渡された（Метельский Н.Н. Указ. соч.С.6.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.208,Л.506; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.61,Л.1; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.54.С.439.

[xiv] Бюл. Наркомпрода.1920.30 июня.С.2; 2 июля.С.2,3; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.609,Л.12об.-13,57об.-58.最終的にフルームキンが提出した食糧人民委員部案が採択されたが、彼はこの会議で、ウクライナ、シベリア、北カフカース、いくつかの消費諸県の食糧委で割当徴発への不信が認められると指摘した（там же.Л.12об.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.546,Л.158; Бюл. Наркомпрода.1920.25 дек.С.2; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.39.С.316; Т.41.С.363-364; Т.42.С.30; Правда.1920.27 нояб.; Свидерский А. Из истории продовольсетвенного дела// Четрые года продовольственной работы: Статьи и отчетные материалы.М.,1922.С.19; Девятый Всероссийский съезд советов.C.60.

[xiv] Систематический сборник.Кн.5.С.420-421,532-533; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.286,Л.3; Вестник Самар. губ. Стат. бюро.1921.№1.С.42; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.321,Л.291; Изв. Наркомпрода.1918.№8.С.24.不備な配給制の下での穀物専売の徹底は闇市場での異常な価格高騰を招き、一九年九月から二〇年一一月までにサマラ県で労働者の最低賃金は八四〇から七二〇ルーブリに下がったのに対し、「自由市場での必需品と消費財の価格は目もくらむ早さで上昇し」、穀物は二三倍以上、衣服は二九倍以上に高騰した（Вестник Самар. губ. Стат. бюро.1921.№1.С.39-40.）

[xiv] Изв. Наркомпрода.1918.№24/25.С.60; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.321,Л.319; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.745,Л.72; Письма во власть.1917-1927.С.189; Советская деревня глазами.Т.1.С.350,358; Брук Б.Л. Указ. соч.С.11.

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.6,Д.1015,Л.86 oб.,180; Отчет Народного Комиссариата Земледелия IX Всероссийскому съезду советов за 1921 год.М.,1922.С.9,16.作物別の数字は、梶川伸一『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』、六一四ページ参照。

[xiv] Восьмой Всероссийский съезд советов:стеногр. отчет.М.,1921.С.268-271; Советская Сибирь.1921.25 фев.現物税の実施に関連し、二一年四月一五日づけブリュハーノフとオシーンスキィ連名の電報命令により、多くの余剰が自由裁量に残されるとの理由でプレミアとしての食糧供給は停止され、その他のプレミアは一般の商品交換に還元され、実質的にプレミア制は廃止された（РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.537,Л.100.）

[xiv] Вятская правда.1920.10 июля.五等級評価によれば、〇・五から一・五は不作、一・六から二・五は平年以下、二・六から三・五は平年並み、三・六から四・五は平年以上、四・六から五は豊作を意味した。

[xiv] Изв. ЦК КПСС.1991.№2.С.121; Правда.1920.5 сент.; Экон. жизнь.1920.16 сент.

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.6,Д.2010,Л.63; Беднота.1920.14 окт.; Изв.Рязан. губ. совета.1920. 3 нояб.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.578,Л.112; ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.710,Л.522; Труды Центрального Статистического Управления.T.viii.Вып.2.М.,1921.С.113; Восьмой съезд РКП (б) :Протоколы.М.,1959.С.244.

[xiv] Изв. Наркомпрода.1920.№1/2.C.36-37; РГАЭ.Ф.478,Оп.3,Д.1297,Л.18-18об.,111об.; Ф.1943,Оп.6,Д.58,Л.15; Ленин В.И. Полн. сбор. соч.T.42.С.180-181.これら脆弱なコルホーズは二一年飢饉の中で残り少ない家畜を穀物と交換したため完全に崩壊したと、五月にサマラ県バラコヴォ郡から報告された（РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.3.）

[xiv] Систематический сборник.Кн.5.С.532; Деревенская беднота.1920.11 сент.; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.9,Л.218; Ф.130,Оп.4,Д.608,Л.49; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.746,Л.64.

[xiv] Там же.Д.25,Л.685; Д.602,Л.108; Бюл. Наркомпрода.1920.25 нояб.С.1; Беднота.1920.23 нояб.; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.851,Л.64.

[xiv] Там же.Ф.1943,Оп.1,Д.590,Л.37-38об.; Ф.478,Оп.35,Д.170,Л.1-43; Декреты Советской власти.T.12.С.86-87.この成立過程に関しては梶川伸一『幻想の革命』を参照。

[xiv] とはいえ、決議権、審議権を持つ大会代議員二四九八人のうち、メンシェヴィキは八人、左翼エスエルは二人、アナキスト二人が審議権を持つだけであった（Восьмой Всероссийский съезд советов.C.293.）

[xiv] Там же.C.123-127; Теодрович И. О Государсвенном регулировании крестьянского хозяйства.М.,1921.С.3-14; Восьмой Всероссийский съезд советов.С.41-42,47-49,50-51,60-61; ГАРФ.Ф.1235,Оп.56,Д.8,Л.171об.象徴的意味で都市と農村の対立であるが、地方都市の実情では、例えば、二〇年のエカチェリンブルグ県で都市住民の二七・九、農村住民の三二・七％を農業従事者が占め、ウラルの企業の九一・七％が農村地域にあったように、厳格な区別があるわけでもなく、それはむしろ中央と地方との対立の意味合いを持った（Метельский Н.Н. Указ. соч.С.21-22.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.49,Л.1,6; Ленин В.И. Полн. собр. соч.T.42.С.199; Восьмой Всероссийский съезд советов.С.198-199,137-139,146-147; Есиков С.А. Российская деревня в годы нэпа.C.24; РГАЭ.Ф.478,Оп.35,Д.170,Л.40-42.このキャンペーンに関する二一年一月一〇日づけ全ロシア中央執行委政令、一月二七日づけ義務的播種計画に関する指令、一月二五日づけ種子ファンドに関する指令は、Новый этап в земельной политике Советской власти.Вып.1.Посевная кампария.М.,1921.に収録されている。

[xiv] 政変後次第に深刻になる経済危機をどのように党指導部が認識していたかは難しい問題である。例えば、二〇年一月の第三回国民経済会議で、ルィコーフの報告に基づき、生産危機、運輸の崩壊、食糧危機、農業生産の低落が、そこでのテーゼ『ロシア共和国の経済状態』で指摘されたにもかかわらず、これへの具体的対策がないままに二一年初頭の危機に至ったのは、どのように説明されるのであろうか（РГАЭ.Ф.3429,Оп.1,Д.1295а,Л.35.）

[xiv] Беднота.1920.25 дек.; Шевяков С.П. Указ. соч.С.6,7; РГАСПИ.Ф.17,Оп.12,Д.263,Л.79; Изв. Петроградского исполкома.1920.9,7 авг.; Белое движение.Л.525; Коммуна ( Калуга ).1920.13 окт.; Тверьская правда.1921.28 янв.; РГАЭ.Ф.3429,Оп.1,Д.234,Л.104; Д.232,Л.137; Report on Economic Conditions in Russia.p.113; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.723,Л.272; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.110,Л.67,68; Кронштадтский мятеж; Сборник статей, воспоминаний и документов.Л.,1931.С.127.ようやく七月一九日の国防会議で、ドンバス炭鉱への食糧供給の集中が決議された（ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.140,Л.39-40.）

[xiv] РГАЭ.Ф.3429,Оп.2,Д.392,Л.43; Бюл. Наркомпрода.1920.22 нояб.С.1; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.119,Л.57; Д.123,Л3; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.964,Л.18; Коммуна(Самара).1921.17 фев.; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.265,Л.48,50; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.190,Л.41; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.13.燃料の四二％を鉄道が消費し、供給量が増加しなかったにもかかわらず走行距離と機関車数の増加が鉄道での燃料危機の一因といわれた（Советская Сибирь.1921.5 марта.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.119,Л.57-58; Оп.13,Д.337,Л.28; Год борьбы с голодом: Участие Народного Комиссариата по Продовольствию в деле помощи голодающим.М.,1922.С.5; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.2322,Л.7; Прод. газета.1921.4 фев.; Кронштадт 1921: Документы о событиях в Кронштадте весной 1921 г.М.,1997.С.7-8; Драма Российской истории.C.353.

[xiv] Кузьмин М. Кронштадский мятаж.Л.,1931.C.8; Девятый Всероссийский съезд советов.С.54; Отчет Народного Комиссариата Земледелия.C.32,34,63; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.483,Л.86,93; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.46; Ф.130,Оп.5,Д.712,Л.7-9; Ф.393,Оп.28,Д.265,Л.7об.

[xiv] Отчет Народного Комиссариата Земледелия.C.75,59; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.590,Л.37; Беднота.1921.24,22 фев.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.52.

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.18; Изв. Орлов. губ. и гор. исполкома.1921.4,16 марта;　Коммуна (Самара.).1921.27 фев.; 15 марта; РГАЭ.Ф.478,Оп.2,Д.473,Л.131-131oб.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.656,Л.60; Оп.13,Д.337,Л.28; Новый этап в земельной политике Советской власти.Вып.1.С.33.

[xiv] Беднота.1921.25,15 янв.; Советы в эпоху военного коммунизма.Ч.2.С.163; Прод. газета.1921.17 марта; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.640,Л.217; Д.664,Л.261-269; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.883,Л.4.

[xiv] Там же.Оп.2,Д.539,Л.5; « Антоновщина » (2007).С.104; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.128,Л.111-111об.; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.641,Л.16; РГАСПИ.Ф.19,Оп.1,Д.389,Л.64-65.

[xiv] レーニンがそこですでに一三県に言及している以上、二月四／五日の停止命令は食糧人民委員部の専断的決定とはいえ、彼の事前了解があったことを示している。ヘーンキンが典拠なしで、「［凶作のため］二一年一月に食糧人民委員部は党中央委政治局の決定により一三中央諸県で割当徴発の徴収を停止した」とするのは明らかな誤り（Хенкин Е.М. Очерки истории борьбы Советского государства с голодом ( 1921-1922 ).Красноярск,1988.С.20.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.55,Л.4; Оп.3,Д.128,Л.1; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.644,Л.1,4; Беднота.1921.1 марта; 24 фев.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.40,Л.7; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.663,Л.125; Письма во власть.1917-1927.С.182; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.508,Л.111-112,153-154; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.681,Л.15; Оп.6,Д.2039,Л.27; Оп.1,Д.745,Л.50.ただし、バターと卵はそれらの現物税の公示まで「割当徴発は効力を持つ」と、四月四日づけレーニンとブリュハーノフ署名の命令で指示された。一月にヴャトカ県から、穀物飼料不足のためバター割当徴発はマルムィジ郡の酪農を破滅させると、三月にウファー県から、飼料不足で家畜が激減しただけでなく、牝牛の搾乳量は少なく疲弊のため不妊が増え、養鶏も台風並みの伝染病の被害を受け、割当徴発の半分も遂行できないと報じられた状況下での継続であった（ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.777,Л.14; Д.779, Л.1; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.469,Л.15-16.）

[xiv] Кронштадт 1921.С.245; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.55,Л.4; Советы в эпоху военного коммунизма(1918-1921): Сборник документов.Ч.1.М.,1928.С.130; Советская деревня глазами.Т.1.C.270,296; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.61,Л.2,1; Драма российской истории.С.368,357.

[xiv] 一三年から二〇年までの人口減少率は、ペトログラードは七〇％であったが、モスクワは四三％に留まり、一七大都市のうちサマラのみが一四万四〇〇〇から一七万一〇〇〇人に増加した( Report on Economic Conditions in Russia.p.16.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.324,Л.23; Изв. Петроградского исполкома.1920.1 авг.; Яров С.В. Указ. соч.С.72; Кронштадт 1921.C.49,53,9 ; Драма Российской истории.C.364.この時のストとは職場に出かけるが働かない「サボりволынка」または「イタリア式ストитальянка」と呼ばれた形態が一般的で、当時の燃料危機の中で燃料が浪費されるとして労働組合はそれに反対したが、それでも周到な準備も決議もなしに多くの工場でストが決行された（РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.272,Л.100; Яров С.В. Указ. соч.С.72,104.）

[xiv] Кронштадтский мятеж.С.134-135; Яров С.В. Указ. соч.С.78,306; Большевистское руководство.С.188.

[xiv] Правда о Кроншкадте.Прага,1921.C.8; Кронштадтский мятеж.C.14; Кронштадт 1921.C.48; Петроградская Правда.1921.26 фев.; Кронштадтский мятеж.C.7; Ленин В.И. Полн. сбор. соч.T.44.С.52-53. ネップは「組織的にすでに構築されていた政治システムの民主化を想定していた」とするギムペリソーンの評価（Гимпельсон Е.Г. Политическая система и нэп// Отечественная история.№2.1993.С.29.）は首肯できない。

[xiv] Кронштадт 1921.C.8; Кронштадтская трагедия 1921: Документы.Кн.1.М.,1999.C.144-145,90,92; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.434,Л.37-37об.; Письма во власть.1917-1927.С.205; Кронштадт 1921.C.21,50-52; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.230,Л.37.

[xiv] Изв. Наркомпрода.1918.№24/25.С.22; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.745,Л.309; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.С.90; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.228,Л.8; Оп.112,Д.128,Л.53; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.С.145.

[xiv] Правда о Кроншкадте.C.9-10; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.229,Л.3; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.C.145; Петроградская Правда.1921.4 марта.

[xiv] Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.C.185,235; Правда о Кроншкадте.C.11,12,28; Кронштадт 1921.C.54; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.625,Л.1об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.244об.-245; Ф.5,Оп.1,Д.2629,Л.6.

[xiv] Декреты Советской власти.T.13.С.168-169; Кронштадт 1921.C.47,60,196; РГАСПИ.Ф.76,Оп.3,Д.167,Л.23; Петроградская Правда.1921.2,3 марта.

[xiv] Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.С.110,176-177; Кронштадтский мятеж.C.184-185; Кронштадт 1921.C.69-70; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.C.229.

[xiv] Петроградская Правда.1921.3 марта; Правда о Кроншкадте.C.14,52,70; Яров С.В. Указ. соч.С.141; Кронштадт 1921.C.11,111-112,115-116; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.2.C.100; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.125,Л.89,144; Гимпельсон Е.Г. Указ. статья. С.34.三月二日午後二時過ぎにはじまった大衆集会にコズローフスキィがはじめて登場し、その日のうちに彼の処分に関する国防会議通達がレーニンによって署名され、翌日の『ペトログラード・プラヴダ』に掲載されたのは、余りにも素早い動きであり、当局は彼に関する情報を早くから持っていたことを推測させる。この通達は三月四日の国防会議で事後承認された（Декреты Советской власти.T.13.С.169.）

[xiv] Кронштадт 1921.C.74-76,162187,188,192-193; Кронштадтский мятеж.C.93-96.

[xiv] Кронштадтский мятеж.C.47; Кузьмин М. Указ. соч.С.68; Генкина Э.Б. Указ. соч.С.100; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.555.Л.96; Оп.112,Д.138,Л.2; Оп.65,Д.555.Л.96,105-107,116-120.この数字にも同様な理由で異同があり、四月にペトログラード委が党中央委に提出した資料によれば、死者四人、行方不明者七人、負傷者（発疹チフスの患者を含め）一一人となっている。ヴォロシーロフの発言によれば、代議員の犠牲者は死者二人、負傷者二三人（РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.555,Л.91-93; Кронштадт 1921.C.256.）

[xiv] Там же.C.196-201,222-223,230,242; Драма российской истории.C.372; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.229,Л.1; Кронштадтский мятеж.C.107.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.141,Л.8,2,6; Оп.65,Д.627,Л.93; Д.598,Л.461,462,479,272,54; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.641,Л.4; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.555,Л.59; Д.663,Л.17.

[xiv] Кронштадт 1921.C.230,274,14; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.229,Л.1-18; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.2.C.229; Правда о Кроншкадте.C.17; Кронштадт 1921.С.14; Драма российской истории.C.375.

[xiv] Кронштадтская трагедия 1921.Кн.2.C.10,174-175; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.155,Л.3; Мельгунов С.П. Красный террор в России. С.106,107,229（邦訳、八四、八七-八八、二一〇ページ）; Кронштадт 1921.C.8-14,341; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.179,Л.4; Оп.84,Д.229,Л.27,28; Д.228,Л.43; Кронштадт 1921.C.365-367.レオンチエフ小路事件の詳細はКрасная книга ВЧК.Т.1.C.314-400.に詳しい。

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.198,Л.8; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1949,Л.9,24; Реввоенсовет Республики протоколы.С.239.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.55,Л.4; Десятый съезд РКП (б).C.36,37,79,89; Кронштадтский мятеж.C.148.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.131,Л.1; Оп.2,Д.58,Л.1; Д.61,Л.1; Ленинский сборник.Т.xx.С.57-62; Декреты Советской власти.T.13.С.204-205.法案作成過程は、荒田洋「食糧税への移行」（門脇彰・荒田洋編『過渡期経済の研究』、日本評論社、一九七五年所収）を参照。

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.5,Д.8,Л.170-170oб.; Беднота.1921.23 фев.; Экон. жизнь.1921.14 янв.; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.43.C.371-373; Т.52.C.91-92; Десятый съезд РКП (б).C.407,70; Кронштадтский мятеж.C.8; Население России в XX веке.Т.1.С.86; Декреты Советской власти.Т.13.C.164,250-251; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.58,Л.1.

[xiv] プレオブラジェーンスキィが価格高騰の原因に、異常な紙幣大量発行による減価を唯一の原因であると見るのに対し、ペルヴーシンはそれに加えて割当徴発制度の要因を挙げて、彼の見解を批判する（Первушин С.А. Указ. соч.С.54-55.）

[xiv] Десятый съезд РКП (б).С.89,113,404-409,421,425-427,431-436,445; Ф.Э. Дзержинский председатель ВЧК-ОГПУ.С.271; Поляков В.А. Драмы Советской истории//Вестник Челябинского государственного университета. №12.История.Вып.31.2009.С.70.厳罰にもかかわらず窃盗事件は頻発し、ヴャトカ県ウルジューム郡民警資料によれば、二一年三月中に殺人二件、公金横領四件、サボタージュ一四件などに対し、窃盗は二八件発生した。だがほかの重大犯はすべて検挙されたが、窃盗は九件の摘発に留まった（ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.46об.）

[xiv] Десятый съезд РКП (б).С.407; Четрые года продовольственной работы.С.31; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.138,Л.1; Д.139,Л.2-4; I-IV сессии ВЦИК VIII созыва. Стеногр. отчет.М.,1922.С.89-91; Декреты Советской власти.Т.13.C.204-205,245-247; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.1,Л.92,98-99.

[xiv] Десятый съезд РКП (б).С.608-609; Декреты Советской власти.T.13.С.245-247.免税については、四月二一日づけ人民委員会議布告（там же.Т.14.С.115.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.139,Л.2-4; Декреты Советской власти.T.13.С.250-253.

[xiv] Там же.С.285; Прод. газета.1921.17 марта; Протоколы десятой всероссийской конференции РКП (б).С.16; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.558,Л.5; Драма Российской истории.C.379.スヴィジェールスキィは、税は総収穫のほぼ一二％、純収穫の一五％であり、「割当徴発より軽いが、それでも軽い負担ではない」と想定し、ストゥルミーリンは純収穫の二〇％の負担と予想した。ツァーリ時代の税はヴァインシュチェイーンの算定によれば、一二年の農民への課税は純収入の一三・二％、総収入の一一・二％であった（Протоколы десятой Всероссийской конференции РКП ( б ).С.47; Экон. жизнь.1921.16 апр.; Вайнштейн А.Л. Обложение и платежи крестьянства в довоенное и революционное времия.М.,1924.С.45.）

[xiv] 「赤い星配給券」とは、実働および後方勤務の赤軍兵士家族への追加食糧配給のこと。一九年八月二〇日づけ国防会議政令によれば、これにより一ヶ月二回以内で一日麦粉四分の一フント、月塩と砂糖二分の一フントずつを受け取ることができたが、食糧人民委員部はペンザ県食糧委に、この配給券はペンザ県に及ばないことを通知しているように適用外の地域があった（СУ РСФСР.1919.№42.ст.403; Бюл. Пенз. губ. продкомитета.1919.16 дек.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.12,Л.25; Д.13,Л.9,10; Д.12,Л.25; Д.11,Л.32; Ф.393,Оп.10,Д.21,Л.63а; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.453,Л.123об-124об.; Вестник Самар. губ. Стат. бюро.1921.№2.С.26; ГАРФ.Ф.130,Оп.4,Д.207,Л.69; РГАСПИ.Ф.17,Оп.12,Д.263,Л.16об.,79; Яров С.В.Указ. соч.С.82.一九年四月に「旧い官僚主義」の撲滅が謳われたにもかかわらず、ソヴェト型官僚主義がそれに取って替わり、官吏の数は増加し続け二〇年までにモスクワ人口の二二・七％を占め、様々な特権を享受した。その中でも「特恵的」配給券は特に労働者の憤怒の対象となり、二一年一月一四日と二月八日づけ人民委員会議決議によって廃止されたが、この決定は一〇回党大会で指摘されたように周知されず、ポドヴォーイスキィは依然として是正されない大衆的配給券での不公平をレーニンへの覚書で指摘する（СУ РСФСР.1919.№12.ст.122; Френкин М. Указ. соч.С.2; Декреты Советской Власти.Т.12.С.328-329; Т.13.С.50-52; Большевистское руководство.С.188.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.61,Л.25; ГАРФ.Ф.1235,Оп.55,Д.10,Л.505; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.597,Л.160-162; Оп.2,Д.71,Л.8.また、国有化解除された中小企業はおもに商品交換による原料の独立調達を強いられた（РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.478,Л.348.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.141,Л.1; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.72,116,133; РГАСПИ.Ф.17,Оп.163,Д.125,Л.9; Декреты Советской власти.Т.13.C.282-283; «Антоновщина » (2007).C.325-326; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.266,Л.13,56.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.133; В.И.Ленин.Биографическая хроника.Т.10.С.251-252; РГАСПИ.Ф.17,Оп.163,Д.125,Л.9; Оп.65,Д.597,Л.172.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.39; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.603,Л.260; Оп.112,Д.179,Л.27; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.105,Л.9; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.267,Л.27; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.568,Л.207; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.286,Л.422oб.

[xiv] Крицман Л. Героический период великой руской революции.2-ое изд.М.;Л.,1926.С.132-133.食糧配給の達成率は都市ごとに大きな偏差があり中央統計管理局分配消費部の調査によれば、この時期はモスクワで三七・二％、モスクワ県の都市で二一・三％、ペトログラードで五四％、プスコフ県で三三・九％、スモレンスク県で一九・七％、ヤロスラヴリ県で四〇・七五％。だがこの数字は逓減し、二〇年五月にモスクワは一九・三％となった（Первушин С.А. Указ. соч.С.2,37.）

[xiv] ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.276,Л.92,94,116; Декреты Советской власти.Т.17.С.165; Т.15.С.70.『国民経済』誌では「自由取引の復活は食糧人民委員部に多くの消費者大衆を供給から除く機会を与えた」と言及された（Маркович. Нар. хоз-во.1922.№2.С.96.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.138,Л.3; Д.141,Л.1; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.644,Л.14-15,11; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.829,Л.133; РГАСПИ.Ф.17,Оп.163,Д.125,Л.9; Протоколы десятой Всероссийской конференции РКП ( б ).С.17 ;ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.13,Л.9.ゲーンキナの記述はカーメネフ特別委議事録ではなく党協議会でのミリューチンの発言に基づいているため、いくかの誤りがあり、彼女は典拠なしに、同特別委で「税遂行後に農民に残される農産物の自由交換（「売買」が追記され）を認可することについて合意に達した」［強調は梶川］と適切な結論を導きながら、政治局会議案との相違に言及しなかった（Генкина Э.Б. Указ. соч.С.111.）。梶川はカーメネフ特別委議事録資料（正確にはその食糧人民委員部への通達文書）を持っていたが、その内容は二八日づけ政治局会議の原案と余りにもかけ離れ、食糧人民委員部案に近いものであったため、この文書を同特別委の議事録と同定できず、同特別委を誤って評価した（梶川伸一『幻想の革命』、一五六ページ）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.163,Д.125,Л.9; Тверьская правда.1921.12 марта; Кронштадтская трагедия 1921.Кн.1.C.109; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.61,Л.1; Оп.84,Д.229,Л.18; Оп.13,Д.1030,Л.54; Коммуна(Самара).1921.30 марта; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.7; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.568,Л.207; Д.640,Л.48-1-48-3.

　第五章　ネップの開始

　一　ネップへの転換後の混乱

割当徴発廃止後の調達活動

後に戦時共産主義からネップへの転換として解釈される、現物税導入にともなう自由市場容認の決定（税構想③）は、税構想②に表れた社会主義的交換形態への移行という長期的構想が破綻し、播種キャンペーンに対処するための弥縫策として案出されたにすぎなかった。そのため第一〇回党大会でレーニンは、「われわれはこの問題を原則的に解決し、このことを農民に通知しなければならない、なぜなら、播種が目前なので。その先は、これをどのように実行するかを検討するため、わが機関全部、わが理論力全部、わが実践経験全部を動員する」と、その展望は先行き不透明であることを吐露したのである。

構想③は早くも即座の自由取引を容認した三月二八日づけ布告により破棄され、あらゆる地方から飢えた住民は担ぎ屋となって堰を切ったように溢れ出た。すでに三月三一日にブリャンスクから、「鉄道は危険な状態にある。何千もの担ぎ屋がすべての駅に溢れている。あらゆる列車が積載過剰になっている」、四月一三日づけでハリコフから「最近ウクライナに運輸を根本から解体し、まだ割当徴発を遂行していない諸県の調達を損なっている未曾有の大量の担ぎ屋が溢れ」、「供給を最終的に頓挫させる」と警告され、ザポロジエ県からは割当徴発と同量が担ぎ屋によって搬出された。四月一〇日にウラルにあるウファーから「鉄道で闇食糧取締部隊が解除され、担ぎ屋によって大量の農産物、特に馬鈴薯の買付と搬出が行われ、そのような条件で割当徴発による受取りを期待するのは困難」と打電された。同県で「財産没収、大量逮捕、苛烈な食糧独裁」によって割当徴発の七〇％以上を遂行した農民経営は崩壊し、「ウファー郡で全四七郷のうち一八郷が飢饉に覆われ」、「穀物と飼料がないために住民は家畜を屠り、穀物に替わり肉を食しているとの情報が束になって入っている」、毎日食糧援助を求める農民代理人が到来するが、飢饉を鎮静化するには無力であると、県食糧委は三月三一日づけで食糧人民委員部に通知した。多数の電報が指摘するように、これら担ぎ屋の多くのが地方執行委などの公的許可書を持ち、地方当局にとって担ぎ屋の容認が唯一の飢餓対策であった。五月にエカチェリンブルグから、自然発生的に展開している担ぎ屋は商品交換を組織する大きな障碍となっているが、「あらゆる諸県が彼らに鉄道通行証を与えている」のでそれを克服できないと、カフカースからクライ［地方］経済評議会は、隣接諸県の執行委やソヴェトの公文書を携行した担ぎ屋が輸送を解体したとして、レーニンに通行許可書の交付禁止を命ずるよう訴えた。こうして飢えた住民によって事実上、自由取引が無制限にロシア全土とその周辺部に拡大された。[xiv]

ロシア中央では割当徴発は停止されたが、第一〇回党大会でツュルーパが二月一日現在で月間一六五〇万プードの最低限消費計画の下で食糧備蓄は八三〇〇万しかないような状況では現物税の開始まで調達を継続する必要があり、割当徴発の全面的停止は不可能と指摘したように、シベリア、ウクライナ、北カフカースの周辺穀物地帯での割当徴発は継続されると想定された。三月二一日の食糧人民委員部参与会は、新たに四月一日以後北カフカースに割当徴発制度で一〇〇〇万プード、商品交換制度で五〇〇万プードの穀物の調達を義務づけたが、抑圧とプレミアを適用しても活動は困難と、食糧人民委員部全権フルームキンは五月に通告した。シベリアでは三月二〇日づけ食糧人民委員部電報により種子の自由買付が指示され、「自由買付は郷内で構築されている［種子の］再分配を損なう」、「種子買付と並行して食糧投機が蔓延し、播種の準備作業をしている農民はそれに唆され、割当徴発が滞り」、割当徴発の全面破棄が提案されていると、シベリア・ビューローから報告された後に、五月五日から穀物調達がはじまった。オレンブルグから、自由商業の認可にともない県に大量の担ぎ屋が到来し、「ツュルーパの訓令はわれわれを窮地に追いやっている」とキルギス人民委員会議議長は報告した。

中央による割当徴発継続の方針に地方は困惑した。三月二六日のラジオ放送は食糧人民委員部政令によってシベリアで割当徴発の遂行を停止し、商品交換による穀物調達が決定されたことを伝えた。だがしばらくしてこの情報は誤報であると通知され、二九日のシベリア・ビューロー会議でシベリア食糧コミッサール・カガノーヴィッチの提案に基づき、割当徴発の七五％以上を遂行した郡で自由交換を認め、三〇日のシベリア革命委は割当徴発の遂行に応じてほかの郡にも自由取引と売買を拡大すると決議した。[xiv]

しかし、この状況で部分的にも割当徴発を続けるのは不可能であり、自由交換が認められなかったチュメニから党県コミッサール代理は四月二日づけで、「自由商業の布告を受け取ったため、すべての村団はこれを理由に、それ以後すべての割当徴発の遂行を拒否している」と通知し、割当徴発を徴収し続けるか否か、担ぎ屋に対し食糧組織はどのように統制すべきかを照会した。四月一二日着信でカガノーヴィッチは、「ゴシック体で「割当徴発は廃止される」と書かれた中央執行委のアピールが出され、このテーマであらゆる論文、決議、説明がなされた後で割当徴発を継続するのは不可能である。三年に及ぶ信じがたいほどの不屈の活動によって創り出された、絶対に農産物を集荷するとの気分は崩れ、いかなる命令や方策も調達にとって有利な雰囲気を速やかに回復することはできない。中央からのあらゆる確固とした指示がないため、この状況はいっそう混迷している」と、怒りを込めてレーニンに打電した。スタヴロポリ県からも、モスクワからのラジオ放送により地方党活動家は北カフカースでの割当徴発を即座に停止すると解釈していると、中央の方針を問い質す三月二六日づけ電報が送られた。ここではバザールでの販売は認可されたが、肝心の穀物と飼料は除かれ、闇食糧取締部隊の厳しい監視下にある中で割当徴発は四三％だけが遂行されたと、四月にベロボロドーフはレーニンに報告した。中央の突然の方針転換と説明不足に地方はまったく対応できなかった。

リャザニ県サポジョク郡の郷執行委議長は、「［三月二八日づけ］布告にもかかわらず、現在、ライ麦、麦粉、脱穀黍の強圧的徴発が行われ、市民は逮捕され、住民は怯え、布告の信頼は上記の行動によって失われている。説明と徴発の停止に関する大至急の訓令を請う」と人民委員会議に至急電を出し、この電報は食糧人民委員部に回され、四月一五日づけ電報でツュルーパは県食糧コミッサールに不当な命令の破棄を命じ、この郷の割当徴発は停止され逮捕者は釈放された。タムボフ県ウスマニ郡の播種キャンペーンが捗らないのは、播種委全権が「相対的に平和的対応という新しい状況に慣れることができず、充分慣れ親しんだ独裁的やり方で」「農民にテロルを加え続けている」ためであると、四月の郡執行委会議で指摘された。地方は突然の政策転換に順応できなかった。六月八日に党サマラ県委書記は県党協議会で次のように告白した。「地方で新経済政策の路線がさまざまな風に捉えられていたのが分かった。これは冗談だ、そのように農民をペテンにかけて、農民が安心したときに再び割当徴発が行われると理解する者もいた」[xiv]

新収穫までの食糧源としてシベリアと北カフカースが重要視され、北カフカースからの電報は、抑圧を行使し現地の消費基準を引き下げ、五月五日から春季キャンペーンがはじまったと通知した。スタヴロポリ県では五月五日から六月二〇日までが穀物と肉割当徴発の突撃徴収期間に定められた。それでも、五月七日の政治局会議は、これら地方で食糧人民委員部により定められた内部消費基準を超えて穀物飼料を過剰に消費した廉で、シベリア・ビューローとシベリア革命委、カフカース・ビューローとクライ経済評議会を譴責処分にし、食糧人民委員部参与スミルノーフと内務人民委員代理ベロボロドーフの責任の下、五月中に北カフカースに一日穀物五〇ヴァゴン、シベリアに一〇〇ヴァゴン以上の中央への発送を義務づけ、「中央向けの任務命令の遂行後にようやく地方的需要を充足するのを必須条件とする」決定を下した。六月四日づけシベリア革命委会議は、シベリア領内で割当徴発がまだ解除されていないとの前提で、一人当たり二プード以上の搬出禁止を徹底化すると決議した。さらに、七月一日の食糧人民委員部参与会は、シベリアとキルギス共和国に穀物自由交換を停止させ、バザールを完全に閉鎖するよう命じ、ここでの穀物の自由取引は法的に禁じられた。これら辺境地への穀物調達命令は現地の実状とネップの原理を完全に無視して断行され、ツェントロ=ソユーズ［消費組合中央連合］理事は八月一六日づけで、市場の閉鎖は市場の混乱を招くだけであると、人民委員会議への報告で批判した。

「食糧委は文字通り住民拠点を掠奪し破壊し、そこでは穀物だけでなく種子も一掃された」、「蜂起なしに徴収できる量は徴収してしまった」と、ヴェチェカー議長書記が描くシベリアで種子不足は顕著であったが、そこでの播種キャンペーンでは「郷からの種子不足に関するいかなる請願も受理しない」と播種不足も懼れることなく、穀物の中央への徹底的発送が命じられた。シベリアは食糧人民委員部によって依然として割当徴発から解除されず、国家調達以外の搬出は禁止され、そのため闇食糧取締監視所が設置された。シベリア・ビューローは、「シベリアの畑に播種する予定の穀物を中央に搬送することに反対して、局地的紛争が発生した」と党中央委に報告した。七月にチェカーから、「強まる飢えのために、住民の気分は日ごとに悪化している。食糧供給はわずかな規模でしか行われていない。栄養失調のために住民の間で死亡率が高まっている」と報告されたタタール共和国にも食糧人民委員部は穀物搬出を命じ、七月二六日づけで党委書記は、「いかなる資料に基づくのか根拠不明の搬出任務命令」により「食糧人民委員部はタタール共和国を窮地に追いやっている」として、その破棄を党中央委に求めた。現地の窮状を無視したこれら一連の調達命令は、周辺民族地域で飢饉の被害を著しく加速させる大きな要因となった。[xiv]

播種の拡大を目的とする現物税構想が頓挫した以上、播種キャンペーンは散々な結果であった。西部スモレンスク県からの「キャンペーンの終了によって住民の気分は安定し、穏やかになっている。例えば、スィズラニ郡で以前見られた、革命の領袖の肖像の毀損、党同志への悪意のある対応といった現象は今日では目立たなくなっている」との報告は例外的で、イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク、モスクワ、トヴェリ、ヤロスラヴリ県などで、春に農民に播種を拡大させ、秋に収穫を刈り取る時期になって税は廃止され、割当徴発が再び導入されるなどの風聞が流れ、権力への不信感は払拭されないままであった。

ペルミ、リャザニ県など多くの地方から種子材の不足が伝えられたが、食糧人民委員代理ブリュハーノフと農業人民委員部代理オシーンスキィの連署になる四月一八日づけ電報は、現物税と自由取引の導入に関連し種子の登録と再分配を廃止すると、実質的に種子の確保を地方当局に委ねると県播種委と県食糧委に通達した。トゥーラ県では、発芽しないとの理由でバザールでの種子の購入は禁じられ、旱魃が予想される中で播種が急がれたが、五月になっても種子配分はなかった。ヴォロネジ県では国家ファンドから種子の二二％しか充足できなかった。割当徴発によって前年総収穫の六一％が徴収されたチェリャビンスク県の県執行委議長は人民委員会議に、「匪賊」のような「担ぎ屋の氾濫は必要量の四〇％の種子しかない現状では、文字通りキャンペーンを挫折させる」と警告した。キルギス人民委員会議議長は四月一九日づけ電報で、「穀物の困窮を目前にして、貧農はクラークに煽られて種子を手に入れるとの口実で嬉々として食糧用穀物を奪おうと集荷所を掠奪している」と伝えた。ロストフ=ナ=ドヌに到着した担ぎ屋の多くは地方播種委の証明書を持参し、このため、五月二三日のクライ会議は種子材の購入を名目に殺到する農民への断固とした措置を要請したが、この流れを押さえるのはすでに不可能であった。シベリア・ビューローは「クラークから種子を搾り取るのが難しくなっている」と報告した。[xiv]

この混乱ぶりについて五月のトムスク県郡管理部部長大会で、ノヴォニコラエフスク郡の状況が次のように語られた。郡の雰囲気とソヴェト権力との関係が最近急激に悪化し、騒擾として現れた。これは単に明白なクラーク分子だけでなく、中農と貧農からも見られる現象となった。種子材であろうとも穀物は取り上げられるとの割当徴発の際に住民から囁かれた誤った情報が、彼らの不満と怒りを強め、そのため、村にある共同納屋の周りに六、七〇〇人の女性と子供が群をなし、納屋から穀物を奪い取った。食糧部隊は女子供の群れに武力の適用を回避したため、郡全体で七〇万プードの播種材のうち、三二万八〇〇〇プードが盗まれた。種子を供給できないため、しばしば郷播種委は集荷所から種子を盗み出すのを幇助した。同郡は五月九日から七月一一日まで戒厳令下に置かれた。サラトフ県農業部は播種キャンペーン失敗の原因として、「役畜の不足、住民にある飼料の欠乏、苦しい食糧事情、匪賊行為が県内の乏しい種子資源を清算し、最終的に家畜を消耗させた。このほか、不順な気象条件が春蒔き播種を中断させた」ことを挙げた。同県で春蒔き播種面積は一三年に比べて二一年には四九・六％にまで縮小した。サマラのような飢饉県では「分別をなくした」農民は共同納屋から奪った種子で何とか播種しても、その後にいっそう強まる旱魃のため、大勢の農民が自分の播種地を捨てて村を離れた。[xiv]

重要な食糧源となっていた馬鈴薯にも播種キャンペーンが適用され、種子馬鈴薯の調達は継続して実施された。当初の計画では県外搬出に五九三万五〇〇〇プード、県内植付けに五五四万五〇〇〇プードが予定されたが、「食糧税の導入により追加調達ができなくなったため」、調達計画量は前者が二七九万九七〇〇プード、後者が三八三万四七〇〇万プードに縮小された。四月一二日づけレーニンとブリュハーノフ連名の県食糧コミッサール宛て電報は、「共和国の未来のすべての平穏な暮らしは馬鈴薯計画の遂行の上に築かれる。なぜなら、種子馬鈴薯はもっとも重要な両首都と工業地区に供給されるのだから」との理由で、「地方的利益を損なっても」まず県外搬出を優先するよう義務づけた。続く一六日づけ同連署の電報は、あらゆる措置が「不首尾の場合に犯罪者の即座の革命裁判所への送致を含めた抑圧的措置を執る」よう命じて一二日づけ電報を繰り返し、一六日づけ食糧人民委員部電報は、県外搬出計画に損害を及ぼす場合は県内植付け任務を放棄しても県外計画を遂行するよう執拗に命じた。四月二九日づけブリュハーノフの電報は、商品交換による調達に加えて、市場価格に準じて種子馬鈴薯の追加調達を命じると同時に、県食糧コミッサールへの圧力を強めたが、多くの地方でその搬出計画は半分も実現できなかった。後にヴィテブスク県食糧委は、抑圧的方法によって馬鈴薯を汲み出そうとする試みは、農民を怯えさせ、それを土に埋めるか投機人に横流しさせ、その調達を不可能にしたと批判した。

最大の任務命令が与えられたオリョール県で、当初の搬出計画七六万五三〇〇プードは六六万五三〇〇プードに縮小されたが、実際に積載されたのは二八万一九二二プードしかなかった。種子トロイカ［食糧人民委員部内の種子調達中央機関］は党中央委に四月中のリャザニ県内の以下の紛糾を伝えた。キャンペーンの開始までに一〇〇万プード以上の種子馬鈴薯があり、七六万五〇〇〇プードの搬出命令が出されたとき、その遂行に県執行委と県委は反対し、この混乱のために県食糧コミッサールは更迭された。だが、党中央委と食糧人民委員部により任命された県食糧コミッサールは県委により受け入れられず彼は帰還を余儀なくされ、一〇万プードの種子馬鈴薯搬出命令は未執行となった。四月三〇日づけで県執行委議長は、県内勢力の「あらゆる尽力と異常な緊張状態によって」割当徴発の一〇〇％、種子割当徴発の一〇〇％以上を遂行した県内の「苦しい実情」に理解を求め、県執行委と県食糧委により「県内供給を犠牲にして是非ともこの任務を遂行せよとの訓令を地方に出した」と釈明した。これに対し、種子トロイカは「一連の圧力にもかかわらず、リャザニ県は現在までに全部で一万三二九三プードしか発送しなかった。県食糧コミッサールは［･･･････］五月一〇日［から］積載は停止されると通知した」として、県執行委と県食糧コミッサールを職務怠慢の廉で刑事告発した。凶作県に指定されたこの県で馬鈴薯がおもな食糧源になっていたことを、ここで指摘する必要があるだろうか。[xiv]

このような種子馬鈴薯に、「異常な重要性と特別な緊急性を考慮し」、早くも四月二日づけ食糧人民委員部電報に基づき、ツェントロ=ソユーズを通して商品交換制度による五〇万プードの調達がタムボフ、トヴェリなど一一県で開始された。クルスク県に大きな期待がかけられたが、二〇年秋に三五〇万プードの馬鈴薯割当徴発を遂行した県内には食糧としてオート麦しか残されていなかった。五月初めに国防会議全権が派遣され、県内向けの馬鈴薯の引渡しを停止させ、すべてをモスクワに発送することが指示された。課せられた任務は県外への四二万九〇〇〇プードの搬出であった（県内需要に二〇万プード）。全権の到着までに、種子馬鈴薯約二〇万二七〇〇プードが県内需要に確保され、県外にはわずか約五万六〇〇〇プードしか搬出されていなかった。国家保管所に馬鈴薯はまったくない状況下で馬鈴薯との商品交換が実施され、まず、住民に新しい調達方法を周知させ、納付される馬鈴薯が割当徴発の未納分に算入されるとの農民の不安を払拭することから作業がはじまった。だが、種子馬鈴薯の調達活動は二週間以内で完了させなければならなかったので、この作業に軍事力が動員され、すべての郡に県執行委全権が派遣された。農民は商品が実際に交付されることを確信しはじめるとようやく馬鈴薯を搬送するようになり、五月一〇日から二五日までの調達期間に約二一万五八〇〇プードが調達された（同県での交換率は、種子馬鈴薯一プードに対して、塩四フント、更紗一アルシン、マッチ一箱）

ペンザ県では馬鈴薯割当徴発を一〇〇％遂行しなかったとの理由で、種子馬鈴薯の買付が禁止され、四月にモスクワ=カザン鉄道コヴルィキノ駅で買い付けられた馬鈴薯三ヴァゴンが摘発される事態も発生し、ようやく五月四日づけでブリュハーノフの馬鈴薯の自由取引を認可するとの電報が届けられた。食糧人民委員部全権が六月に、種子割当徴発の経験から農民は食糧委エージェントを信用せず、彼らは馬鈴薯をまったく供出しないと報告したように、そこでの商品交換による調達もほとんど停止した。だがレーニンはこの調達不調を見越し、厳罰の威嚇で種子馬鈴薯調達への圧力を強めると同時に、秘密裡に外国での買付の準備を整えていた。四月一六日づけ国防会議から食糧人民委員部参与ハラートフ宛ての秘密電報で、前日の同会議で種子馬鈴薯の調達に関する緊急措置が取り上げられたことを伝えるとともに、この国外発注について官庁内での機密の保全を彼に委ねた。六月一日までにヨーロッパ=ロシアで種子穀物の調達率は三六・二％であったのに対し、種子馬鈴薯は二四・二％しか達成できなかった。ヒンチュークはその一因に交換率の不備を挙げた。だが、食糧人民委員部がカフカース全権フルームキンに、スタヴロポリ県での馬鈴薯の植付けは気象条件により四月前半に終了しなければならず、そのためには三月までに地方から発送されなければならないと通知したことから判断して、多くの調達された種子馬鈴薯は植付けの時期を過ぎ、この成果は「破滅的」と総括された。

また、様々な手段で種子を確保しても、ヴェチェカーの報告によれば、「種子は完全に播種に投入されず、その著しい量が食糧に回された」。少なくとも、ヴィテブスク県では約一万プード、ペトログラード県では五万一〇〇〇プードのライ麦が種子から食糧に転用された。リャザニ、サマラ、カザンなどの飢餓県では、種子貸付を村団への食糧配給と誤解し、それらを数フントずつ世帯に配った。このため、秋の種子配給では「春キャンペーンで頻出した食い手当たり数フントずつの種子の配分を禁止するよう」地方に指示された。食糧危機の下で種子の確保はことさら困難であり、そのため二〇年秋に県農業部から種子材の貸付が行われたが、一〇月九日づけチュメニ県食糧委は、「それを受け取った経営から一二％の利子を付けて種子貸付の回収に向けて断固とした措置を直ちに執る」との指示を与えたように、それには翌年の新収穫後の厳格な返済が義務づけられた。[xiv]

露呈しはじめるネップの矛盾

二一年の収穫が近づくにつれ、すでにロシアのほぼ全土が飢饉に覆われている現実が明らかになり、秋蒔き播種に向けての種子材が緊要となった。二〇年秋蒔きへの四二万五〇〇〇プードと二一年春蒔きへの一四一〇万三〇〇〇プードの貸付返済は重要な種子の確保源であり、二〇年の凶作五県にも返済義務が課せられた。七月二日づけ国防会議布告『凶作を蒙った地域での二一年秋蒔き区画の播種について』は、食糧人民委員部と県食糧委に種子返済に向けての準備を指示するとともに、二一年収穫が凶作と認定されたサマラ県、タタール共和国、サラトフ県などに、すべての耕地に播種する目的で、収穫した秋蒔き穀物を播種以外に消費するのを禁じ、需要を超える種子を持つ経営から不足する経営に供給するため余剰分を収用するよう義務づけ、種子貸付の返済を二二年まで猶予すると定めた。それに続き、農業人民委員代理テオドローヴィッチは県農業部宛て七月一一日づけ電報で、貸し付けた穀物に一二％、馬鈴薯に二〇％の利子をつけて、返済の五〇％を八月一五日までに、残りを一〇月一日までに回収するよう指示を与えた。そこでは国家配給所からの種子だけでなく、内部再分配で放出された種子も貸付と見なされ、返済猶予は食糧税の免除に準ずるとされた。一三日の「順調な二五県」へのレーニンとブリュハーノフが署名する電報は、「税と並行して、納税期限に遅れることなく二〇年秋の種子貸付の貴県への完全な返済任務を解決し、八月一五日までに今春の貸付の五〇％を償還する」よう繰り返し命じ、七月二〇日づけ電報で、返済の進捗を食糧人民委員部に速やかに報告するよう義務づけた。大飢饉の中でも種子返済は徹底的に実施された。[xiv]

地方当局は直ちに反応した。五八万一七四五プードの最大量の返済を課せられたヴォロネジ県で七月に開かれた第三回県経済会議は、一連の諸県における二年続きの凶作による共和国の困難を考慮し、「二〇年秋蒔きと二一年春蒔きの国家種子貸付の住民からの汲み出しを八月一日から開始し」、納付に圧力をかけるため八月に全県で穀物の自由市場を閉鎖すると決議した。だが食糧人民委員部全権は、県農業部は貸付に関する資料を県食糧委に引き渡さず、この世帯名簿がある四〇％のみで返済が可能であろうとし、さらに、匪賊に襲われた村でソヴェト権力は解体され、この中でのキャンペーンの実施は困難であると訴えた。八月に食糧人民委員部から出された活動怠慢との批判に、まだ継続している匪賊活動、武装力と装備がないこと、収穫が乏しいことを理由に挙げて釈明した。一一月の食糧人民委員部調達部管理局会議で、「飢饉県に隣接する郡で収穫は乏しい」ことが確認されても、食糧人民委員部は返済の強化を再度県経済会議に促した。それでも一一月一八日で食糧税の納付率が四三％であったのに対し小麦貸付の返済は一五％しかなかった。ノヴゴロド県では馬鈴薯の貸付返済は一〇月一日までに終了すると想定されたが、馬鈴薯掘りの際に悪天候による著しい腐敗が見られ、収穫はごくわずかなうえ多くが担ぎ屋に引き渡されたため、返済を春に持ち越し、支払人の希望により穀物による代納が認められた。[xiv]

ペンザ県食糧参与会会議で、もっぱら貧農と赤軍兵士家族に交付されたため、ソフホーズとコルホーズからわずかに入る以外、住民からの納付はまったくないと報告されたように全面的飢饉の下での貸付返済は低調であった。そのため強制力が頻繁に適用され、クルスク県食糧委から「種子貸付返済はもっぱら臨戦態勢で実施されている」と報告された。九月一日にトムスク県マリインスク郡執行委議長は、種子返済が緩慢なため軍事命令により引渡しを強化するよう地区指導官に命じ、シベリアにおける食糧活動の包括報告書で、種子貸付返済は「もっぱら強制の下に遂行されている」と確認された。飢饉に襲われたタムボフ県でも返済は容赦なく徴収され、一〇月までに四五件の返済免除の申請が出され、そのうち七件は却下された。一八ヶ所で革命裁判所巡回法廷が開かれ、四三九人の活動家が動員され、一二月一五日から『食糧二週間』がはじまったが、「種子貸付が一〇〇％徴収されるまで食糧二週間は終了しない」と宣告された。セヴェロドヴィナ県ではその強化のために革命裁判所が組織され一〇五件が審理され、一二二人が逮捕された。[xiv]

割当徴発と同様な強制力による調達が継続されたが、そもそも、現物税の導入により新体制が開始されたとの認識はこの時共有されていなかった。五月三一日づけでブリュハーノフと参与スミルノーフの連名で今後の調達活動に関する包括的報告が党中央委に提出された。その中で、「割当徴発から食糧税への交替に関する布告によって、［二一年八月からはじまる］次回の食糧キャンペーンに対してのみ穀物調達の原則とシステムが変更される」と、現物税による徴収は次年度限りの一過性的性格を持つこと、唯一の食糧源である北カフカース、シベリア、ウクライナ、トルケスタンでの二〇／二一年度の割当徴発は継続されなければならず、「食糧税の宣告を「中央により適法とされた」措置と見なすことは絶対的にできない」ことが強調された。食糧政策を巡り、依然として過渡的措置としての現物税構想②にこだわり続ける食糧人民委員部と党中央委の齟齬が際立つようになり、七月九日づけ党中央委政治局会議で、今後は新食糧政策の実施に関する食糧人民委員部の決定と指令は現行の法令と整合性がなければ、「人民委員会議にも政治局にも提案し実施することはできない」と決議された。

二〇／二一年度のウクライナの割当徴発は一億六〇〇〇万プードと算定されたが、この量はウクライナ食糧人民委員ヴラヂーミロフの見解によれば、一億二〇〇〇万プードでも徴収できれば大成功であった。この判断には根拠があり、ウクライナ人民委員会議議長ラコーフスキィは、ウクライナ解放後の厳しい現実を描いた著書の中で、「わが食糧政策の失政」について次のように言及した。「もしわれわれが都市を扶養できないなら、それ以上に貧農を扶養できず、ウクライナの多くの都市は［･･･････］飢えていた。キエフ県の多くの地方で農民も同様に穀物はなく、ウクライナ全域で、特に貧農が大勢いる右岸ウクライナでは彼らへの穀物供給の問題は未解決のまま残された」

一八年で食糧活動に労働者部隊一万五七六人を動員しても進捗しないウクライナでの調達活動について、レーニンは二〇年一〇月の会議で次のように語った。「われわれはシベリアやクバニから穀物を手に入れているが、ウクライナからそれを手に入れることはできない。なぜなら、そこでは戦争が起こり、赤軍は匪賊と闘わなければならないからである」。二一年三月初めにヴラヂーミロフは、マフノーを先頭に巨大な農民反乱が全域に猖獗を極め、「活動の状況はすべての計画を解体するような性格を帯びている。食糧活動家の大量殺戮をともない、アレクサンドロフスク［エカチェリノスラフ県］、ベルジャンスク郡［タヴリーダ県］ですべての食糧機関を完全に破壊した後、マフノーはヘルソン郡の機関を破壊している。ドニエプロフスク郡で転進したマフノー軍により地区食糧コミッサールと四二人の食糧活動家が殺害された。鉄道駅での穀物の積載と発送は停止している」と打電した。カリーニンは二月の報告で、ウクライナで一七〇〇人の食糧活動家が落命したが、受け取ったのは割当徴発の二〇％でしかないと、そこでの困難な食糧活動に言及した。[xiv]

三月二日着信でヴラヂーミロフはツュルーパ宛てに、税の導入により「あらゆる上級食糧活動家はそのような条件の下で活動はできないと確信している。ウクライナ共産党中央委総会拡大集会の中間投票によっても、ウクライナに税はそぐわないことが明白となった」との秘密暗号電報を送り、税の導入に反対を表明した。それに続き彼は二二、二四日の電報で、割当徴発を二〇％縮小して継続し、税は次年度の収穫に対してのみ導入する旨のウクライナ共産党中央委の決議を通告した。三月二七日のカーメネフ特別委会議は、「ウクライナで割当徴発または税の形態を採るかは現地で確定すべきである」とし、最終的には三月二九日づけウクライナ共和国人民委員会議政令により食糧税の実施が決定され、二一／二二年度の穀物税を、前年度の一億六〇〇〇万プードに替わり一億一七〇〇万プードと定めた。平年作で九億八五六五万五七〇〇プードの収穫は二一年には二億九八四九万五一〇〇プードに激減し、それでも前年度の割当徴発からほとんど減量されなかったそこでの食糧税の集中的徴収は、後のウクライナ大飢饉の原因の一つとなった。五月七日の党中央委政治局会議はウクライナを北カフカース、シベリアと並んで穀物調達重要拠点と位置づけ、ラコーフスキィとヴラヂーミロフの個人的責任の下に五月中に四〇本の食糧貨物直通列車の発送を義務づけたが、五月半ばまで一本の列車も発送されなかった。三月三一日づけでレーニンにラコーフスキィが、「食糧税の宣告が割当徴発を停止させることを懸念している」と打電したように、ここでの割当徴発の遂行はすでに困難になっていた。このため、ウクライナでの調達に軍事力が大量に投入され、二一年九月でロシア共和国全土に二万六八三九人の食糧部隊が配置されていたが、そこの人員は七一八七人になった。[xiv]

六月一八日の第三回全ロシア食糧会議でスヴィヂェールスキィは、「現在われわれは割当徴発から食糧税に移行したが、これはシステムの変更ではなく、飢饉との闘争の手段の変更でしかない。それを共産主義原理の、ソヴェト建設の放棄と見ることはできない」ことを改めて強調した。この点でレーニンも例外ではなかった。二月にツュルーパへの書簡で彼は、「割当徴発を完全に破棄し、三月一五日か四月一日から九月一日または八月一五日まで新体制を試すことが充分に可能であろうか」と、二一年の播種から収穫期まで暫定的に自由取引をともなう現物税構想③の可能性を諮り、三月一日づけオシーンスキィへの書簡で、「農民はソヴェト権力への信頼を失った。お尋ねするが、税によって改善できるだろうか」と税の別の目的を探るように、税導入に関するレーニンの構想は揺れ続けていた。

即座の自由商業を認可する一方で、レーニンは構想②も捨てきれないでいた。四月の食糧税についての報告の中で彼は、「食糧税とは、われわれが過去からのあるものも、未来からのあるものも、そこに見るような措置である」と特徴づけた。ここで、「過去からのあるもの」とは賦課＝税であり、「未来からのあるもの」とは「大規模な社会主義的工業生産物と農民経営生産物との交換」、すなわち商品交換を意味した。三月二〇日の中央執行委会議でカリーニンが述べたような、税は社会主義経済が達成されるにつれ「社会的に必要な分の徴収は残るが、ほかの部分は徐々に縮小され、いつか廃止されるであろう」との税構想②はまだ生き続けていた。地方でもこの構想は共有され、例えば、タムボフ県播種委機関紙は五月末の論文『割当徴発から商品交換へ』で、「食糧税は七年間の戦争後に生じた経済の非組織性が引き起こした一時的措置である。ソヴェト権力は商品交換を目指している」［強調は原文］と簡潔に触れ、八月の第四回スモレンスク県食糧会議で県食糧コミッサールは、「工業の発展に応じて、したがって農業の向上に応じて、食糧税はそれに比例して縮小され、最後には社会主義的原則で打ち立てられる商品交換にその地位を譲るであろう」と同様な構想を繰り返した。同じ時期でも異なる税構想を念頭に置いて各議論が展開されたため、歴史家はその解釈でしばしば過ちを犯すことになった。[xiv]

スヴィヂェールスキィによれば、穀物の自由交換と販売権はヨーロッパ=ロシア諸県のみに適用され、シベリア、ドン州、北カフカースには及ばず、ウクライナでは割当徴発の継続が表明されたが、特にこれら周辺生産地方に大挙して担ぎ屋が押し寄せ、この制限も事実上解除された。モスクワ・ソヴェトはさらに前進した。三月三〇日に同議長カーメネフの署名で、モスクワ全県で闇食糧取締部隊の廃止に関する三月四日の同幹部会条例を厳格に執行し、すべての行政機関に県内での市場、バザール、建造物内での農産物の自由取引にいかなる妨碍を加えないなどを命ずる指令が公表された。ここでは仲介的商業活動が想定され、赤の広場、スーハレフカ広場など九ヶ所で例外的に商業が禁止されただけであった。さらに、四月四日づけ同幹部会条例により、農産物の自由売買が夕方六時まで行うことが許可され、こうして、モスクワでは実質的にあらゆる商業が解禁された。

このような自然発生的な目覚ましい商業の復活は、一部の経済理論家や党活動家にとってネップの脅威を感じさせた。オシーンスキィはその危険を、農民がプロレタリアートに対抗して新たな小ブル集団を形成することと、プロレタリア党が小ブル分子に解党する可能性に見て、五月一一日づけ党中央委への書簡で「小ブル的大衆の転向からプロレタリア的コムニスト的中核を最大限に確保する必要性」を進言した。ラーリンは一〇月二〇日に党モスクワ委のクラブで演説して、次のように述べた。「わたしは時を移さずどこかではじまっている「商業的進化」の氾濫に対して「共産主義的反攻」の堤防を設けたいと思っている。･･････新経済政策はわれわれにとって前進ではなく、避けられない悪である」。市場の自然発生性を計画性に置き換える必要があると訴えるクリーツマンと並んで、彼は国家原理に基づく経済発展を要求し続けた。このような声はゲペウーの中からも挙がった。二二年五月にゲペウー経済部部長代理はウーンシリフト宛ての報告書で、「新経済政策は、ネップを歪曲しそれを私的投機市場に都合よく解釈する個々人とグループを強力に惹きつけた。ソヴェト施設で非党員専門家(スペッツ)が広く登用され、自由商業、賃貸、利権が法制化されたため、それらのカテゴリー間に密接な結合が生まれ、その目的はわが経済力の毀損である」として、ネップによって生まれ国家組織を揺るがせる、これら経済犯を取り締まる法整備が必要であると勧告した。この報告書は「これを経済的反革命と見る」と結ばれた。[xiv]

農村ではより直截に語られた。九月にイシム党組織集会で責任書記は、新経済政策は「本質的にはもっとも貧しい農民には何も与えず、交換するものを持つ富裕な農民にのみ利益をもたらしている。経済政策が不充分に不正確に実施され、共産主義的でなく実施されているため全員に利益をもたらさないようになっている」その矛盾を指摘した。イルクーツク県では「新経済政策は右翼的偏向、権力の資本家への一時的移行と解釈され、それは労働者と農民の一定部分によって支持されている」といわれた。[xiv]

農村での悲惨な光景とは対照的に、二一年中に大都市の相貌は大きく変容していた。モスクワでは各広場で自然発生的に市場やバザールが生まれ、夏以後その数は急増し、商業施設が整備されるようになった。広場はアスファルトで舗装され、電気照明が整えられ、カフェ、電話機などが設置された。街路に着飾った人々が溢れ、商店に様々な品物が並ぶようになった。このような変貌に眼を瞠ったのは二二年一月にボリシェヴィキ監獄から釈放されたダーンだけではなかった。この光景にネップの矛盾が集約されていた。[xiv]

　二　大飢饉のはじまり

春蒔き穀物は旱天の被害をもっとも蒙りやすく、特に五月までの三ヶ月間の降水量が収穫に大きな影響を与え、このため二一年晩春からはじまる異常な旱魃は、もっぱら春蒔き穀物に依拠していたサマラ県に甚大な被害をもたらすことになった。[xiv]旱魃の兆候はすでに前年夏に認められ、県全体でこの時から一年間で降水量は平年の半分しかなかった。その秋の降水量は特に県北部で異常に少なく、スタヴロポリ郡では平年の一四％以下となった。こうして、北部郡（メレケス、スタヴロポリ、ブグリマ）で旱魃のために秋蒔き穀物の状態は不調で、まったく発芽しないか、わずかな発芽で、それは冬の到来とともにきわめて悪化したが、秋蒔き穀物は冬を越して持ち直すとの期待が残され、深刻視されなかった。だがそれは裏切られ、異常に早い二一年の春の訪れ（三月半ばから太陽が照り続け、四月までに雪は完全に消えた）とともに北部郡から、秋蒔き穀物がまず枯れているとの情報が入るようになった。この異常気象の中で同県は割当徴発によって八八八万四八八四プードの穀物が調達された（遂行率七一％）。すでに二〇年一二月一日の県経済会議でサマラ郡食糧会議議長は、栄養失調と代用食の摂取のため大量の病気が発生したと報告した。

　その異常気象は次のような公式の数字に現れた。過去二三年で四月からの三ヶ月間の平均降水量は約一〇六ミリであったが、二一年は七ミリしかなかった。この一七年平均（一九〇三～二〇年）で四月の平均気温は六・四度、五月は一六・三度、六月は二三・八度であったが、二一年はそれぞれ一一・五、二五・〇、三一・三度と一〇度近くも高く、六月二五日の午前中に気温三六度、湿度一一％を記録した。五月半ばにライ麦は通常の半分で生育が止まり、出穂しはじめ、いつもより二週間早く実をつけ、その結果収穫は平年作の六分の一以下となった。森林の多い郡では大規模な山火事が発生し、村も焼け落ちた。県当局の資料によれば平年並みとの収穫予想は五月以後急速に悪化した。[xiv]

サマラとプガチョフ郡の一部で六月二日の朝から断続的に温かい雨がわずかに降り、作物が好転する期待を抱かせ、バザールで穀物はたちまち値を下げた。プガチョフ郡では四、五月に一滴の雨も降らず、これが三ヶ月間に降った唯一の雨となった。だが通年は六月中に四八ミリの降水があったが、この時は一〇ミリしかなく、わずかな降水は灼熱の太陽により土壌を潤す前にたちまち蒸発した。スタヴロポリ郡では依然として猛暑と旱天が続き、すべての穀物は干上がり、七月半ばで同郡は秋蒔き穀物の九九％を失った。ステップの牧草は完全に全滅した。そのため、農民は大量に飼養家畜を清算し、また、飼料がないために大量の家畜が斃死し、郡の北西部でそれは五〇％に達した。プガチョフ郡で牧草は枯れて小枝のように硬くなり、飼料を奪われた家畜の衰弱は進み、一月に一〇万五六九一頭あった役畜は七月までに六万八七九八頭しか残されなかった。八月初めのスタヴロポリ郡執行委会議で、七月の雨は生育に影響を及ぼさず、デシャチーナ当たりライ麦は一〇から二〇フントしかなく、四郷で「穀物と藁は燃え尽きて何も収穫できなかった」、すでに家畜の八〇％が失われ、「家畜は牧草の根だけを食べ」、雪が降れば飼料なしになってしまうと、その惨状が報告された。通常は七五センチほどの丈がある小麦は半分にしか生長せず、穀粒の重量も平年の半分であった。蝗などの害虫が大量に発生し、わずかな収穫をすっかり奪い取った。元々サマラ県は蝗の生息地ではなかったが、一九年以後それらは大量に繁殖し、「恐怖の暗雲」と呼ばれた。六月後半に一晩で蝗は畑を荒地に変えた。[xiv]

一二月の第九回ソヴェト大会[xiv]でカリーニンが飢饉の基本的原因に、ロシア南東部での旱魃、北部地域での湿気枯れと並んで蝗の襲来を挙げたように、飢饉にともなう蝗の被害は各地から報じられ、八月にチュメニ県から、「ずっと続く旱魃、大量の蝗の出現のため、県には凶作でなく飢饉の恐れがある」と報告されたように、シベリアでその被害が顕著であった。七月末にはオムスク県一帯が蝗に襲われ、ノヴォニコラエフスク郡は二万一〇〇〇デシャチーナが蝗により全滅し一万デシャチーナが部分的に被害を受け、それは公文書でも確認されたが免税措置は適用されず、食糧税は収穫量の二倍が課せられる結果となったと、九月に農業人民委員部に報告された。割当徴発の徴収の際にも虫害は考慮されず、二〇年秋にチェルニゴフ県ムグリン郡から、害虫により全滅したキャベツに規定通り課せられた割当徴発への不満の声が寄せられた。害虫の問題は二一年六月二四日の国防会議で取り上げられ、四月と五月にカフカース宛てに窒素性ガスを積載した貨車が送られたが、到着が遅すぎたと報告された。だが、遅れて到着した殺虫剤も七〇回以上散布しなければ効果はなく、「蝗はまとまって襲来し、穀物を襲い、大群が畑から飛び出て穀物を食い尽くしている」と、六月にクバニ=チェルノモリエ県執行委は、さらなる特効薬（花緑青）の送付を農業人民委員部に要請し、旱魃と蝗からの救済を訴えた。[xiv]

　サマラ県執行委議長に転出し県コムポムゴル［飢餓民援助特別委］議長兼任となったアントーノフ=オフセーエンコは一二月の県ソヴェト大会で、県内の飢饉について次のように述べた。今年の飢饉は「これまでと同様に気象条件、定期的にほぼ四年に一度完全な凶作年を引き起こす旱魃と結びついている。平均的［穀物］収穫は七〇〇〇万プードであるが、［･･･････］今年の収穫は馬鈴薯を含めて六〇〇万プード以下で」、過去最悪といわれた一八九一年飢饉の半分しかない、「昨年も住民は代用食を摂りながら、以前の残りを食べるか飢えなければならなかった。二一年の収穫は平均してデシャチーナ当たり二プードしかなく、それは一、二ヶ月で食い尽くされた。統計部の資料によれば、八月ですでに飢餓民は六〇万人［県人口は約二八〇万］で、一二月にその数は一八〇万人に達し、彼らはすでにまったく何も食べることができず、代用食（水草）さえも食い尽くした」。これが二一年のヴォルガ流域地方の現状であった。それでも、国家的支援はなく、彼の報告の結語は悲痛な叫びである。「もしこの援助が近い将来に増えないなら、何万もの農民が死滅するであろう。今や彼らは何千となって死滅しつつある。人間の死体が掘り起こされて食べられ、飢えで正気を失って肉を食べるために血を分けたわが子に襲いかかるとの情報を、われわれは持っている」。しかし、このような県内の危機的状況は二一年春からすでにはじまっていた。七月初めに開かれた県食糧委・県委幹部会・飢饉調査特別委の合同会議で、「農村では現在、強力な解体が進行している。飢えた農民は自分の最後の家財道具を二束三文で売り払い、充分立派な家屋が麦粉七プードと交換されている」と描かれ、その原因に、搬入の必要がありながら「割当徴発を最大限に遂行せよとの中央の要求を満たしたため、そのような状況が起こった。共和国の利益の名の下に県の利益が犠牲になった」ことが挙げられた。

　往年のそこでの繁栄は次のように描かれた。「サマラはロシアでもっとも豊かな県の一つであった。最良の黒土の大きな広がりは多大な収穫をもたらした。〇九年の豊作年に当時約二〇〇万の人口を抱えた県は穀物、小麦とライ麦だけでも一億九〇〇万プードを搬出し、それはロシアのあらゆる地方とヨーロッパに搬送された。富は穀物商業によって形成され、サマラ市は急速に発展し、革命の少し前にロシアで三番目に大きな穀物倉庫が搬出用穀物を処理するためにサマラのヴォルガ河畔に屹立していた」

このような豊かな県を襲った災厄の原因は、異常気象だけではないことを、二〇年三月に出された県食糧コミッサールの四一ページの膨大なキャンペーン総括報告書と二一年五月の報告覚書が物語っている。「県にとって食糧の窮乏はすでに一七年にはじまった」。農業の「破滅は一八年に一定の広がりを見せていた。［･･･････］一八年の穀物総収穫は概数で一億六〇〇万プードであった。食糧人民委員部の基準で地方的需要に六八〇〇万プードが消費され、割当徴発により一五〇〇万プードの穀物が収用され、［･･･････］穀物二四〇〇万プードが残された」［数字はママ］。一九年の収穫は夏後半の天候不順により豊作の期待は外れ、平年以下であった。一九年に穀物の総収穫は七七〇〇万プードと算定された。前年度に残された二四〇〇万プードを加えて県食糧会議によって余剰は二八〇〇万と算出され、この量が限界であった。だが、食糧人民委員部は四六六〇万プードの割当量を指定し、四〇％が遂行された。だが現実に供出できる数字は一九四〇万プードしかなく、一〇〇〇万プードまでは紛糾なしに調達は進行し、その後「農民にとって次の収穫が明らかになるまで不可侵である備荒用からの徴発がはじまり、サマラ県での農民騒擾が一一〇〇万プード［の調達］にちょうど符合したのは決して偶然ではない」。この時期に村団や郷から請願を持った代表団が県食糧委を取り囲むようになり、多くの請願に収穫量が添付され、余剰だけでは割当量を充当できないことが明示されていた。「住民は昨年［二〇年］秋に穀物貯蔵を持っていなかったとはっきりと断言できる。その証拠にすでに代用食を住民が摂っていた事実を挙げることができる。［･･･････］二〇／二一農業年度は異常な苦境ではじまった。種子材はなく、国家からの受領では不足し、そのため播種面積はまったく当然にも最低限になった。さらに、穀物がないため農民は多くの飼養家畜や役畜さえ消費しはじめた。馬なし経営数は飛躍的に増え、種子材を持つ経営も自分の区画を完全に耕作できなかった。最後に、自分の経営を維持する基本的基盤である穀物を奪われた農民経営は農具の入手や修理ができず、それは播種面積の規模とその耕作の質に不利に反映された」。二〇年秋に旱魃に襲われたため秋蒔き播種は著しく遅れ、充分に発芽せず、県の農業は崩壊現象を示し、この時からすでに飢饉ははじまっていた。こうして播種面積は、一七年の二八七万八七二五デシャチーナから二一年には一六四万六一六八デシャチーナ（五七・二％）に激減し、収穫率はそれ以上に激減し、二一年の春蒔き区画の収穫率は九・二プードしかなかった。このように、「箒で一掃する」穀物徴発が農民経営を破滅させた。五月二〇日までに県には穀物八九万八八三三プードしか残されず、この量のうち半分だけが食糧用穀物（ライ麦と小麦）で残り全部はオート麦、大麦、様々な碾割り用穀物であった。

二〇年の凶作にもかかわらず割当徴発キャンペーンが強行され、それが翌年の大飢饉の素地となったことを隠蔽するため、「ヴォルガ流域を襲った飢饉はまったく予測不能であった」との主張が繰り返された。二一年の刈入れを待たずして七月初めに県執行委は中央執行委幹部会に次のような事実を訴えた。「おもにすでに備蓄を持たない小資力貧農が飢えている。これら貧農は食糧キャンペーン開始時の突撃的スローガン、「すべてを軍隊のために、穀物の最後のプードを前線へ」に意識的に応え、余剰の再分配によって新収穫まで生き延びることを期待して、実際に備蓄の最後の一粒まで供出した。現在は充分な穀物備蓄を持つ資力のある隣人を眺めるだけで、全力で支えてきた国家からは何の救済も受け取れないこれら貧農すべてが当然にも以下の状態に陥っている。クラークとソヴェト権力は彼らを見捨てたとの煽動に駆られて、一部は経営を断念して家族とともに「行く宛てもなく」移住し、一部はまだ搬出されずに県食糧委にある貯蔵の半分の三〇万プードが残っている共同納屋を期待の眼差しで眺め、その穀物援助を求めて、死に物狂いで郡執行委に押しかけている。余剰の再分配によって飢餓民は救済されるとの期待は、食糧割当徴発から税への交替に関する布告によって潰えた。日ごとに増え続ける飢餓農民はどこからも援助を受け取らず、二フント控除の製粉税貯蔵は底を突いた。飼料がないために家畜を縄で括りつけたために、どこか余所から荷物を運んで穀物を手に入れる可能性も奪われ、土や樹皮を混ぜた麦粉、麩、団栗、黍殻、籾殻、藁などまったく口にできない代用食を摂りはじめている。飢餓民の間に次の調理法が大きく広まっている。馬革を煮込んでスープとゼラチンを作り、肉料理の替わりにこれで栄養を摂っている。なぜなら、すべての余分な家畜はすでに冬が終わるまでに食い尽くし、残された家畜は屋根の藁で飼育され、仔馬だけが種馬として最後の役畜となったので。ハタリスが畑に現れると農民は嫌悪感を克服し、初めてそれを食用にした。これらの代用食を摂取したため壊血病と飢饉性チフスによる罹病は高い死亡率をともない、伝染病のように広まった」[xiv]

当時もそして現在の文献でも二一／二二年の大飢饉を語る際に、ことさらサマラ県を中心にヴォルガ中下流域の被害が強調されるが、多くの情報はロシア西部を除き、ほとんどあらゆる地方が旱魃による飢饉に襲われたことを示している。ヴャトカ県も以前は多数見られた、黒ずんだ旧い藁塚の面影はすでになく、二〇年の冬が訪れると食糧事情は、特に北部郡で危機に陥った。もっぱらシベリアからの穀物の搬入が命の綱であったが、そこからの搬入が途絶すると急激に悪化し、住民は新収穫に期待をかけた。だが四月の降水量は例年の一〇分の一しかなく、それ以後三ヶ月間はまったく雨が降らず、異常な旱魃、台風、降霜は住民が待望していた収穫を全滅させた。七月のわずかな慈雨も事態をほとんど改善せず、二、三〇センチの丈しかないライ麦はほとんど実をつけなかった。飢饉地方では春蒔き穀物は花をつけたまま急ぎ刈り取られた。タムボフ県では時折ほんのわずかな雨が降る以外は、五月から秋蒔き穀物の刈入れまで厳しい旱魃が続いた。キルサノフ郡で五月下旬にライ麦が出穂し開花しはじめ、いくつかの地方では秋蒔き穀物が燃え上がるほどであった。六月七日に一〇分ほど降った雨も収穫の好転には至らず、そこでの収穫率は五から一三プードしかなかった。ほかの郡も同様である。モルシャンスクとコズロフ郡で、旱魃のために秋蒔きは枯れ、春蒔きは生育しなかった。多くの地方がこのようであった。北カフカース食糧人民委員部全権フルームキンがそこでの晩春以後の降水情報を逐次農業人民委員代理オシーンスキィに電報で報告しているように、中央政府は旱魃による飢饉を予想させるのに充分な材料を早くから持っていた。測候所資料に基づく農業人民委員部の報告書は前線からの戦況報告より政府によって丹念に読まれた、なぜなら全員が忍び寄る脅威を理解していたのでと、カリーニンは第九回ソヴェト大会で釈明したが、実際には旱魃への早期の対策は皆無であった。[xiv]

このため、多くの地方で民衆の食糧危機は夏までに限界に達していた。北部ムルマンスク県執行委は、約束された穀物が供給されず、このままでは漁業が全滅すると訴えた。アルハンゲリスク県では「都市住民は二ヶ月間で一五フントの配給券を受け取り、県海岸部の郷で子供は不定期にオート麦一五フントしか受け取らず、餓死したり、苔や樹皮を食べたりしている」。ヴォロネジ県食糧委議長は六月三日づけ電報で、「現地のあらゆる穀物資源の消尽と旱魃のため、食糧貯蔵がない県内で収穫まで需要を賄う可能性がない」ことを理由に、独自に県内での穀物調達の認可を人民委員会議に要請した。ウラル諸県は二〇年の凶作下で収穫の四〇％が徴発され、二一年七月になるとエカチェリンブルグ県内に穀物はなくなり、「状況は破滅的」で、シベリアからの食糧列車の緊急発送が要請された。「革命的責務の必要性を理解し、共和国の苦しい食糧事情を考え、一瞬も躊躇することなくソヴェト権力のためにすべての割当徴発を誠実に遂行した」ヴャトカ県マルムィジ郡の状況は悲惨であった。「［前年に］飢饉が訪れ、秋蒔きは不作で、所によって春蒔きは全滅した。多くの村落で畑は絶滅し、農民たちは毎日郡執行委、播種委、郡食糧委に向かい、種子と食糧を執拗に希っている」。県南部は特に厳しく、夏までに穀物は食べ尽くされ、大量の屠畜が発生した。労働者と職員の突撃グループと子供だけがたまさかの配給を受けた。南部で価格は急騰し、住民は新しい収穫を期待して、「将来の飢饉がはっきりとしない間は穀物を売っていた」。だが、「ヴォルガとカマ流域を襲った異常な旱魃は、住民が待望していた収穫を全滅させた」。「全県でライ麦一五三四万九〇〇〇プード、春蒔き一二八七万七〇〇〇プード、馬鈴薯六八九万一七〇〇プードが不足する。もしそこに藁六一二〇万二〇〇〇プードと干草一億一〇一七万七〇〇〇プードの不足を加えるなら、その状況が最終的に明らかとなる」と、県食糧委議長は緊急の国家支援を求めた。ブリャンスク県では三月以後突撃企業の家族さえ配給を受けず、七月になると県食糧委の管轄に穀物はなくなり、孤児院、病院など社会施設の食糧供給も完全に停止した。それでもあらゆる地方は二一年冬まで国家からの食糧支援をほとんど受け取らなかった。

二二年九月七日の政治局会議で飢饉援助組織であるポムゴル中央特別委の清算が決定されるまでに、二三県の三一九二万二〇〇〇人（人口の二七・七％）が飢饉に罹災したと公式に報告されたが、この数字に飢饉地区に認定されない郡を加えれば、ウクライナとソヴェト=ロシアの罹災者の総数は三三五〇万をはるかに超える未曾有の大飢饉の中でネップ体制が生まれようとしていた。[xiv]

これはロシアが体験した最大の飢饉であった。二二年にベルリンで発行された文献は、飢餓民は一八九一年に凶作を蒙った諸県で一七〇〇万人、〇六年に二一〇〇万人、一一年に二七〇〇万人を数えたが、二一年は二七県で四三〇〇万人が罹災したとの数字を挙げた。飢饉罹災者数について、ネップ研究の第一人者であったポリャコーフは、文献により二二〇〇万から三七〇〇万人までこの数字が大きく異なるのは、一、罹災者数の特定に様々な基準が適用され、二、時期が異なる資料が用いられ、三、対象地域が異なるためと説明するだけで、自身はこの数字を特定しなかった。だが、元々この数字は飢饉認定地域の人口の総和であり、飢餓民の実数を反映せず、ヴォロネジ県のような飢饉に認定されなかった様々な地方からも、飢饉の究極的現象である人肉食が報じられたように、実際の飢饉は非認定地域にも及び、従来の研究で挙げられた数字は明らかに過小評価されている。[xiv]

さらに、飢饉地域の認定はきわめて作為的に行われたことを指摘する必要がある。二一年八月に飢餓民援助のためにロシア政府とアメリカ救援局American Relief Administration（以下ＡＲＡ）との間で行われた交渉で、相対的に豊作であるとの理由でウクライナは援助対象地域に含まれなかった。飢饉にあえぐキルギス共和国のうちアクモリンスクとセミパラチンスク県は、中央ロシア向けの調達対象県になったために認定されなかったように、ウクライナもそこがシベリアとならんで主要な穀物調達地域に設定されたため、そこでの飢饉は秘匿され、七月二七日づけ党中央委政治局会議で食糧税のウクライナからの「最小限一億二〇〇〇万プードの受取り」が承認された。すでに六月一八日のニコラエフ県最高食糧会議でドニエプロフスクとヘルソン郡の完全な凶作が確認され、二二日の県執行委会議で中央が要求する一五七万五〇〇〇プードを遂行すれば県の供給は危機的になるとして、任務の遂行は不可能であることが決議されたにもかかわらず、二八日づけ電報によりレーニンは、この県から毎日五〇〇〇プードの穀物の発送を命じた。このように飢えたウクライナは、支援の対象となることなく食糧税の徴収が集中された。[xiv]

歴史的大飢饉であったにもかかわらず、正確な飢饉罹災地域と罹災者数を特定できる資料をわれわれは持たないのが実情である。中央統計管理局の資料によれば、二一／二二年に五〇五万三〇〇〇人が餓死したとされるが、この数字も当てにできない。アメリカ赤十字ロシア支部の情報によれば、二一年ですでに餓死者は一八〇〇万人に達していた（一八九一年は六〇〇万人）。ＡＲＡの現地調査は一様に、交通が不便な奥地の統計資料はまったく信憑性がないと指摘する。調査官としてＡＲＡに帯同したカリフォルニア大学教授はウクライナ現地を視察して、「当局が提供する統計資料はほとんど完全に信頼できない」と報告した。ＡＲＡ資料によれば、二二年五月でロシア共和国の飢餓民は子供と成人を併せて三二六九万一〇〇〇人、それにウクライナの九六六万五〇〇〇人を加えて、飢餓民の合計は四二三五万六〇〇〇人に達し、その数は飢饉地方の人口の五六％を占めた。[xiv]

　三　現物税体制の構築

七月一六日の党中央委総会によって選出された特別委により作成された草案は、様々な経済関係機関、労組組織などによって広く審議され、二六日の人民委員会議で基本的に承認された後、最終編纂に回され、『新経済政策原理の実施に関するテーゼ』として八月九日づけ党中央委総会で採択された。それは同日に承認を受けるため人民委員会議の審議に回され、同会議で一五条からなる『新経済政策原理の実施に関する人民委員会議指示(ナカーズ)』として承認された。供給制度の充実、企業の独立採算制、商品交換と並んで通貨の安定などさまざまな要素がそこに盛り込まれ、第一条で第一〇回党大会と第一〇回臨時党協議会で「新経済政策の基本条項が確定された」と言及され、それは第一〇回党大会によってネップが導入されたとする「神話」のはじまりとなった。

新経済政策の原理としてここで列挙されたテーゼに、社会主義体制における生産性向上という新たな任務が盛り込まれ、そこに戦時共産主義政策の否定という枠組みがはじめて提示された。要するに、新経済政策の策定と実施過程は、一定の原理と構想から系統的に生み出されたのではなく、「共産主義幻想」が破綻した後に噴出した様々な現象への弥縫策の集合体であり、それを後知恵的に理論づけたのがこれである。だが、新経済政策の当該の布告の実施と習得は「あまりにもゆっくりと遂行され、わが経済の窮状が求めているテンポで進んでいない。この窮状は特に二〇年末から相対的に一連の経済部門で、現在急激に悪化している食糧危機に関連して、尖鋭化した」と、このテーゼで言及された。ソヴェト制度史研究者ギムペリソーンの表現によれば、「ネップの改革は自然発生的、経験則的性格を帯びた。それらは包括的、全体的（経済的、政治的、社会的、党内的）危機の克服を見越したある種の戦術であった」[xiv]

　現物税政令は、三月二七日に召集された党モスクワ組織情宣活動家集会でスヴィジェールスキィが公言したように、これに関する一連の課題が未解決なまま公布され、多くの地方当局は当惑した。そのため、翌二八日にカリーニンとツュルーパの連名で、「地方から入る情報によれば、いくつかの県食糧委は中央からの指令を待つことなく、現物税の部分的実施と機関の再編に自己判断で取り掛かっている。［･･･････］これは組織的混乱を創り出している」として、中央の指令に準拠すべきことを県食糧コミッサールに無電で命じた。全党的合意と準備なしのままに現物税体制の早急な構築が求められた。

カーメネフ特別委によって提出された穀物税の一般条項は三月二九日の政治局会議で基本的に了承され、穀物、馬鈴薯、搾油用種子の徴収手続きに関する人民委員会議布告は早くも四月二一日づけで公布された。これによれば、デシャチーナ当たり二五プード以下から七〇プード以上の一一等級に分けられた収穫率と、〇・五デシャチーナ以下から四・一デシャチーナ以上の七段階に分けられた経営の口数当たりの土地面積に応じて、これら農産物のライ麦または小麦に換算しての税規模が定められた。「住民の期待に反して播種地だけでなく休耕地と休閑地、空き地」を含む全耕地が課税対象となった。またライ麦一プードに対するほかの穀物作物の換算率も定められ、納税期限は二一年一二月一五日以内とされた。三月二六日の食糧人民委員部参与会議で検討され、四月六日の農業人民委員部特別会議で審議された乳産物税、卵税も同日づけで公布された。これら布告草案が農業人民委員部特別会議で審議された際に、それらは本質的に割当徴発を縮小しただけで、「それらに整合性はない。卵税は課税対象が面積で、バターと羊毛は家畜頭数で、課税の体系がない」と非難された。まったく場当たり的な税布告の策定であった。[xiv]

　これに続き、様々な農産物現物税が確定された。五月一〇日づけで亜麻作付面積と収穫等級に応じて亜麻現物税、翌一一日づけでタバコと羊毛現物税（前者はタバコ栽培面積、後者は経営にある羊とラクダの頭数による）、一七日づけで牧草地面積に応じて干草現物税、六月一四日づけで肉現物税が人民委員会議布告として出され、三日に養蜂生産物現物税が国防会議政令により定められ、現物税は一三種のほとんどあらゆる農産物に及んだ。六月一一日づけ食糧人民委員部電報によりこれから免れたのは、代用食として当時重要な意味を持った団栗、漿果、茸などにすぎなかった。第九回ソヴェト大会で報告に立ったトヴェリ県代表は、多数の課税対象農産物を列挙し、この多様性が事務の停滞を引き起こしていると指摘した。二〇年にこの郷では割当徴発は全世帯の五三％に課せられたが、現物税は八七％に及び、より多くの農民がこの負担に悩まされた。また前年度干草割当徴発が課せられていなかったルィビンスク県は二〇〇万八〇〇〇プードの干草税が新たに課税された。[xiv]

徴税キャンペーンは周到な準備に欠けていたのは明らかであり、トゥーラ、オリョール、クルスク、ヴォロネジ県を視察したオシーンスキィは、地方で新政策がまったく無理解であることに驚き、五月一一日づけ党中央委への報告で、「食糧割当徴発から現物税への交替と農村でのわが活動」を主要議題とする党協議会を緊急に召集するよう要請し、予定を早めて五月二六日に開かれたのが第一〇回全ロシア臨時党協議会であった。レーニンは開会冒頭の食糧税に関する報告で、この政策の過渡的性格を強調し、食糧税政策を根本的政策転換として解釈するエスエルやメンシェヴィキを批判した。ここでは税構想②に基づき議論が展開され、食糧人民委員部参与スヴィジェールスキィが税制に関する詳細な報告を行ったが、レーニンと共通するのは、食糧税の導入を根本的な政策転換と見なす見解を非難し、強制力を伴う食糧独裁がこれまで以上に必要であるとの認識であった。「税は支払人が負うべき賦課である以上、国家的強制なしの税の受領はナンセンスであろう。税制の実施は強制原理で行わなければならない」、「われわれは一定の強制なしでは、もっとも控えめな規模でさえ徴税できない」として、軍事的性格を持つ革命裁判所特別巡回法廷の役割が特に強調された。彼は次のような言葉で長い報告を終えた。「もしわれわれが些かでも食糧独裁を揺るがすなら、われわれは完全な徴税ができない。［･･･････］そのため、わたしの報告を締めくくるにあたって、破壊された機関とその中央集権化を復興し、割当徴発がそうであったように、税の実施時に食糧独裁を強化するような措置を支援するよう、同志諸君に訴える」。翌日の会議でレーニンは、両首都が飢えているのに「地方の飽食な県では想像されたより二倍多く食べ、われわれはそこから半分も提供されなかった。諸君はそのような状況で食糧独裁が必要と考えるだろうか。わたしは必要と思う、二倍にも三倍にも必要である」と述べ、彼の発言を支持した。六月の第三回全ロシア食糧会議でもスヴィヂェールスキィは、「最近ソヴェト陣営の間で、おもに強制によって実施された割当徴発とは逆に、税はもっぱら説得によって実施することができるとの考えが大きく広まっている。この考えは根本的に間違っている」と、強制力の適用を繰り返し強調した。六月二二日づけ人民委員会議は、軍事官庁に食糧人民委員部の武装化の要求を徹底させることを義務づける決議を採択したが、この決議は公表不要とされた。後に実施される現物税徴収はこれらの言質を決して裏切らなかった。[xiv]

この原則に基づき新たな徴税機関の再編がはじまった。県食糧委に従属し郡食糧委により統制される地区調達事務所が徴税の基底細胞であり、農民への税実施の強制は、県・郡食糧委の命令を実行する郷・村ソヴェトが行う旨の方針が、早くも三月二一日の食糧人民委員部参与会で承認された。これに基づき、徴税機関として食糧人民委員部の下に、県食糧委から郡食糧委、調達事務所、税監督官、郷執行委、村ソヴェトに至る徴税システムが設定された。税監督官は郷執行委、村ソヴェトの徴税活動の指導や課税の点検など多様な任務を帯びたが、これに適した活動家は少なく、シベリアに九月後半から監督官が中央から到来しはじめたが、派遣された一〇一九人のうち三分の一は完全な不適格者として送り返された。ノヴォニコラエフスク県で、食糧税を遂行しない農民は銃殺されると脅して村々を恐怖に陥れた税監督官は現地チェカーにより逮捕された。そのため「下級監督官はわずかな例外を除き、識字力がなく、教育程度が低く、活動の本質を理解していないため活動に適していない」と評された。広大なシベリアに巡回監督官はあまりにも少なく、劣悪な条件下で鉄道による過酷な移動を強いられ、大勢が病に倒れた。

徴税手続きは次のように定められた。まず、税規模の確定に必要な情報を集め、村ソヴェトは予備世帯名簿を作成する。この名簿に、戸主名、経営内の耕地面積、口数、税の種類、それらに対する課税基準が記入される。課税算定根拠となる収穫率等級は五等級評価による統計資料に基づき、郡には食糧人民委員部により、郷には県食糧委により一律に確定された。その際、郷等級は郡等級で算定される郡の税総量より少なくならないように、郷ごとの収穫率を定める。こうして確定された収穫率は郡平均より個々の郷の収穫率が高くなる場合があり、その上、郷内では一律の収穫率が適用されたため、土壌、気象などの生産条件が劣る村落は負担過重になった。ノヴゴロド県で七月二四日に中央から郡収穫率等級表を受け取り、県統計局と県食糧委が直ちに郷等級の作成に取りかかり、それは早くも二九日の県執行委により承認された。このような正確さもおぼつかない等級認定のため、それへの不満が多数寄せられたが、レーニンとブリュハーノフ連署の七月二二日づけ電報は、人民委員会議で確定された郡収穫率等級から「いかなる逸脱も認めない」よう指示を与え、食糧人民委員部は、収穫率の低減に関する訴えが出されても、徴税を停止しないよう県食糧委への指令の中で明記し、過大な収穫率等級を訴える申請はことごとく却下された。間もなく飢饉県に認定されるペンザ県で県の総税量を変えない条件で、ゴロディシェ、クラスノスロボドスク、サランスク、チェムバル郡の穀物等級は引き下げられたが、馬鈴薯税は五〇％増量された。一一月に等級の見直しが行われた際に、ロシア全体で三二郡の収穫率等級は引き下げられる一方で、四七郡で引き上げられ、この等級認定は飢饉県をも容赦しなかった。二二年二月八日づけ食糧人民委員部電報はシベリア食糧委に、「収穫が過大評価されていることについての貴殿の指摘はわれわれには周知のことであり、その正確さを認めるにしても」、等級の変更はできないことを改めて通達した。[xiv]

これら予備名簿に基づき税監督官により支払人ごとに算出された税量は、納税グループから選出される代表によって確認された後、彼らと村ソヴェト議長の署名が付され、二週間以内に税支払人村落名簿が作成される。次いで、村落名簿三部が郷執行委に送られ、それらに対し上級監督官と郷執行委によって、記載内容の正誤が点検される。資料と名簿の間に食い違いが判明したなら、村ソヴェト代表が即座に召喚され訂正が確認された。ここで点検された村落名簿に郷執行委議長と税監督官が署名し、三部の名簿のうち一部は村ソヴェトに、一部は調達事務所の上級監督官に送付され、もう一部は郷執行委に保管される。郷執行委から返送された承認済みの村落名簿を受け取った村ソヴェトは、各税支払人に署名させその納付量を通知した。また、これら村落名簿に基づき郷執行委により作成された郷報告書は郷執行委議長の署名をつけ、それを検認した上級監督官を通して郡食糧委に送られる。郡食糧委は受け取った郷報告書を点検し、誤りがなければそれを承認し、誤りがあればしかるべき修正を加え、県食糧委に発送する。県食糧委はその受取りと点検の後、郡報告書を作成し、食糧人民委員部調達管理部に発送する。このような名簿と報告書がすべての税種ごとに所定の様式で作成され、点検される、とされた。

原則として調達事務所で税は納付され、村がそこから遠距離にあり、消費組合が村にある場合にはそこへの納付が例外として認められた。シベリアでは平均して一調達事務所は八〇〇〇人、ときには一万五〇〇〇人以上の支払人を扱った。

納付される穀物の品質に割当徴発と同じく厳格な規格が定められ、穀物へのゴミ混入率は三％以下、水分は一五％を超えず、病気や虫の害がなく、腐敗臭がないとされた。馬鈴薯は充分に熟し、小さくないものとの規格がさらに加わった。この規格以下の穀物は納付量からしかるべき割合が差し引かれ、悪質な違反者は処罰された。箕や選別機がないアルタイやオムスク県では、雑草だけでなく、木片、豆殻なども混入し、ライ麦のゴミ混入率は四〇％、オート麦は三五％以上に達した。そもそも、異常気象の下で厳格な規格を適用するのは無理であった。タムボフ県で一九年の収穫は根腐病などの病気のため四〇％が駄目になったように馬鈴薯は傷みやすく、この年も旱魃のために成熟しないまま地中で腐り、大部分が規格外となった。ヴォロネジ県で収穫された馬鈴薯は一握りに二、三〇個が入るほど非常に小さいので受領不可とされた。イルクーツク郡の農民は、馬鈴薯税の引渡しの際に小さかったり途中で凍傷にかかったりしたのが不良品として受領されなかったことに不満を漏らした。もとより馬鈴薯は輸送途中にも傷みやすく品質保持が難しく、そのためコストロマ県ではその搬送は鉄道と埠頭の三〇ヴェルスタ以内に限定された。黍も予期せぬ寒波の襲来のため成熟せずに凍ってしまい、タムボフ県食糧コミッサールは一一月に、「規格に合致する黍だけでは税の遂行を達成できない」と食糧人民委員部に打電したが、規格外を受け取ることはできないとして、ほかの穀物による代納が命じられた。

調達事務所は税が納付されるごとに受領書を交付し、所定の現物税を完納するか、分割納付の場合にはその最終の支払いを終えたときに、支払人は村ソヴェトに調達事務所の受領書を提示し、村ソヴェト議長は受領書に「納税済み」と記し、この記入のある受領書が市場で穀物販売を認可する際の公文書となった（すでに市場が存在する中で形式的には税構想③にある税完納が自由取引の条件とされた）。納付期限の二週間前に調達事務所は不払人名簿を作成し、この名簿に基づき上級監督官は郷執行委と村ソヴェトを通して、定められた期限内で完納するよう圧力をかける。また、期限を超える未納者は司法=行政的懲罰が適用され、六月に二〇年三月一八日づけ革命裁判所政令を発展させ、現物税違反者の巡回革命裁判所に関する回状が出され、各県に革命裁判所の下にこの審理のため特別巡回法廷を設置することを定めた。ペンザ県で八月中に二ヶ所に巡回法廷が開かれ、その目的は示威行動であるといわれ、その議長に県革命裁判所により元地区食糧コミッサールが指名されたが、理由は不明であるが彼は着任以前にモスクワで逮捕された。[xiv]

このように、きわめて煩雑な徴税手続きのため、現地での準備は捗らなかった。ノヴゴロド県ではようやく六月一〇日に県食糧委は税に関する人民委員会議の詳細な指令と村落名簿作成の様式と手続きについての指示を受け取った。「受け取ったすべての布告と訓令の写しとともにそれを各郡食糧委に発送した。同時に、村落名簿の書式、受領命令書、税受領書、布告、指令の地方への発送のための印刷に着手した。この任務の遂行は特に困難であった。というのは、様々な用紙数百万部をごく短期間に印刷しなければならなかったので」。二七日づけ電報でレーニンは、新聞の印刷を中断してもこの名簿の印刷を急がせた。それでも、すべての税に関する村落名簿三五万部、税受領書一五〇万部、そのほかパンフレットや帳簿の作成に一〇〇〇プードの紙が必要とされたが、食糧人民委員部が用意したのは三〇〇プードしかなく、これらの印刷が終了したのはキャンペーン開始直前の七月二五日であった。肉、野菜、蜂蜜税は名簿書式に関する指示を受け取ることなく、それらの印刷は八月一〇日までかかった。全ロシア食糧会議で詳細な説明を受けた六月一五日以降、県内で現物税実施の準備が本格的にはじまった。徴税スタッフは極度に不足し、労組と党からの動員の強化に関する中央からの電報を受け取り、県食糧委は七月二一日に必要な動員数を郡ごとに割り当てた。「同時に七月二六日に現有の食糧機関に禁足令が出され、活動家のあらゆる休暇は停止され、郡食糧コミッサールに現地にある人材を慎重に点検し、食糧活動のために優れた人材を確保するための命令が出された」。こうして、同県では八月一日までに準備作業を何とか終えることができた。

当時のあらゆる物資が欠乏する中で、用紙不足によって活動が妨げられた事実はペンザ県からも報告され、七月の党タムボフ県委では、用紙の五〇％は確保されるが、残りは反古にされた文書の裏を利用すると決定された。ペンザ県モクシャン郡では八月二〇日の徴税の進捗を命ずる電報を受け取るまで郡報告書は作成されず、抑圧的措置も執られず、調達事務所長は業務を知らず、徴税活動はほとんど進んでいなかった。トヴェリ県での作業はさらに遅かった。七月二二日からはじまる名簿作成作業を終え、八月四日から徴税がはじまるとの想定は「机上の空論」にすぎなかった。税監督官の頭数がそろったのは八月初めで、講習会は一二日まで続いた。七日の食糧税会議で、「最終的に技術的機関の準備不足が確認された」。四日から郡の巡視がはじまったが、「われわれの火急の布告の大部分が、満足な連絡と交通の手段がなく、時には地方が地域的に隔絶しているため（例えば、オスタシコフやベジェツク郡）、机上に置かれたままになっている」。シベリアの多くでは名簿なしにキャンペーンがはじまった。トムスク県ノヴォニコラエフスク郡では九月半ばを過ぎても名簿は作成されず、「教師など村で読み書きできる人物の動員をためらわず、抑圧的措置を駆使して」作成を急ぐよう、ブリュハーノフはシベリア食糧委に指示を与えた。一一月二九日のエニセイスク県委会議で、県食糧委はまだすべての郡名簿作成を終了せず、村ソヴェトの署名のない名簿が多数あると報告された。[xiv]

現物税体制が未来への過渡的政策であるのは、商品交換制度と一体化された構想によって担保されていた。六月の第三回全ロシア食糧会議でブリュハーノフは、「税政策はそれ自体でわれわれが社会主義的生産物交換へと進む道でない以上、わが商品交換政策に、まさに社会主義的生産物交換に労農権力と前衛が直面する基本的任務を解決する一定の基盤がある」と、現物税構想②の実現に向けての意義を強調した。だがこの構想は夢想に過ぎず、割当徴発が破棄された現在、穀物調達の喫緊の手段として商品交換体制を即座に構築しなければならず、それはスヴィヂェールスキィが述べたように、「現在新収穫までに残されている農産物の調達を実施する措置」となった。

穀物辺境地での割当徴発の部分的停止に関連し、商品交換による穀物調達の実施のため、商品を序列外で至急発送するよう指示したブリュハーノフのツェントロ=ソユーズ宛ての三月二九日づけ電報で、自由取引と先を争うようにそれは直ちに開始された。

三月二一日の食糧人民委員部参与会で商品交換が検討されたとき、商品交換制度に協同組合を導入するとの基本方針が定められ、制度としての商品交換の組織化は協同組合の再編と絡み合いながら進行した。翌二二日にミリューチン特別委で協同組合の問題が審議されたとき、協同組合の国家への従属を定めた一九年三月二〇日づけ布告にある義務的組合員制を保持しつつ国家的経済組織の従属から協同組合を解放する方針と、協同組合を市民の自由な社団として二〇年の布告を廃止する方針とが提示された。特別委の多数は前者の立場を採り、すべての消費組合をツェントロ=ソユーズに統合し、市民を現地の消費組合の義務的組合員とし、食糧人民委員部を通して協同組合を監視する方針が決議された。次いで、これに基づく布告草案の作成がスヴィジェールスキィ特別委に付託され、二四日の食糧人民委員部参与会で交換に関する布告草案が検討された際に、消費組合は食糧機関との契約原理で国家と住民との交換に関与することが認められた。食糧の調達、商品交換の実施が義務づけられた単一消費組合ЕПОにすべての住民が統合され、食糧と大衆消費財はもっぱら消費組合により分配されると規定した協同組合に関する布告草案は、三月二七日のカーメネフ特別委での審議に回された後、四月七日の人民委員会議で承認され、直ちに公表された。だが、協同組合は制度的には国家への従属から解放されると同時に、それはチェカーの監視対象となった。五月六日づけでヴェチェカーは、一、協同組合再編の全体的進捗、二、理事会に反ソヴェト的分子が選出されていないか、三、倉庫からの窃盗がないかを監視するよう県チェカーに命じた。

それでも商品交換制度そのものの法制化は遅れ、五月二四日づけ交換に関する人民委員会議政令第四条でようやく、「商品交換ファンドは食糧人民委員部の管轄下に置かれ、それによりもっぱら協同組合組織を通して、同じく個々の場合に委託原理で活動し、そのたびごとに食糧人民委員部と締結される契約に準じて、ツェントロ=ソユーズに報告を行う私人を通して交換に出される」と規定された。[xiv]

　四　商品交換体制の組織化と崩壊

割当徴発の停止にともない、調達機能としての商品交換制度は第一〇回党大会以前に準備され、ツュルーパはすべての県食糧委に、「定められた基準で農村住民に指定された現有の商品ファンドのもっとも速やかな分配に取りかかる」よう三月四日に指示を与え、二二日の人民委員会議は、ミリューチンに食糧税の実施とともに、特に商品交換ファンドの形成に関わる法令を準備するための特別委の設置を命じた。また、商品交換体制を機能させるには食糧人民委員部の改組が必要であり、ブリュハーノフの四月二八日づけ電報は「食糧生産物の今後の調達は商品交換制度により食糧人民委員部によって実施される」として、すべての県食糧委に、見識と経験ある活動家を長とする商品交換課を編成し、その組織化の準備に取りかかるよう指示を与えた。次いで、五月一三日づけで参与スミルノーフは、県食糧委にその実施のため県ソユーズ［県消費組合連合］と交渉し、この制度に協同組合を引き入れ、その遂行を監督するよう命じた。地方では早々とこれに応え、四月中にスモレンスク、ペルミ、ヴィテブスク、ヴラヂーミル、エカチェリンブルグ県などで県ソユーズの下にそのための特別委が設置された。

ペンザでは県食糧委調達部の中に商品交換課が急遽組織され、戦前まで組織活動に携わり商業実務に精通している党員がその課長に任命され、一〇人の係官、専任職員、事務員が配属され、県ソユーズとの交渉に入った。六月の商品交換に関する会議で県食糧委参与はその過渡的性格に言及しながらも、「商品交換を構築するための経験も機関もない」厳しい現実に触れ、それに続く討論ではまさに議論百出であった。協同組合は柔軟性がなく、活動家がいないので元商人のような実業家を利用する必要があるなどの発言が続いた後、協同組合の再編と商品交換所の組織化に取りかかる旨の提案が採択された。[xiv]

食糧税による主要農産物の徴収量が前年度の割当徴発予定量のほぼ半分になった以上、共和国に必要な農産物の不足分は国家商品交換制度によって調達すると想定され、その調達予定量は二一／二二年度でウクライナとトルケスタンを除き、穀物一億五〇〇〇万プード、馬鈴薯三七五〇万プード、搾油用種子一〇〇〇万プードが最低限とされた。こうして自由取引を認可する一方で、農民が持つ余剰を商品交換に供出させることで、現物税実施の下でも社会主義的交換への移行、すなわち現物税構想②は生きていた。だが、食糧人民委員部の五月の供給計画によれば、軍隊、運輸労働者、両首都、食糧人民委員部企業供給管理局Продфазтоп[xiv]、給食所分などに一八〇七万九二〇〇万プードが必要とされ、逼迫する食糧危機は現物税と同時にそれを開始する猶予を与えなかった。割当徴発の停止にともない、食糧人民委員部は改めて、三月一日から七月一〇日までに二四八三万九〇〇〇プードの穀物飼料の追加調達をロシア諸県、シベリア、北カフカースの食糧委に通達した。四月にウファーから担ぎ屋が食糧を汲み出しているので、早急に商品交換の認可が要請されたように、速やかな商品交換の構築が求められたが、レーニンは五月党協議会で、「交換のための充分なファンドがないのは事実である」と、その懸念を率直に表明した。

四月二九日づけ国防会議で承認された政令により、九月一日までの商品交換による調達に穀物三〇〇〇万プードが追加され、それに対する織物、タールなどの交換財が指定された。五月一四日づけトルケスタン人民委員会議は、ロシア共和国の需要を充たすため割当徴発により穀物一五〇万プードと乾燥野菜、商品交換により穀物一一〇万プードと乾燥野菜を調達することを決定した。六月二八日のシベリア革命委会議で、シベリアに対して商品交換により「穀物九〇〇万プードを調達する軍事任務が決議された」。こうして慌ただしく商品交換による大々的調達が準備された。第三回食糧会議でフルームキンは、「われわれは食糧税、国家交換、協同組合商品交換制度で農産物調達という任務を解決しなければならない」と述べたが、実際に国家調達として機能したのは食糧税と国家商品交換であり、協同組合商品交換と労働者組織商品交換はそれと異なる機能を持った。[xiv]

国家商品交換

三月二一日づけ『共和国農民へのアピール』で宣言された未来構想の実現としてではなく、国家調達を補完する手段として国家商品交換は急遽組織された。

ツェントロ=ソユーズが五月の指令で、消費組合は都市と農村の唯一の仲介機関であると表明したように、実質的に消費協同組合がこの機能を担うと想定された。五月に開かれた第三回ツェントロ=ソユーズ評議会定例会議で同理事ブラーンデンブルグスキィは商品交換の実施におけるツェントロ=ソユーズの独占的管轄権を要求し、同会議はこの報告を決議として採択した。彼の表現によれば、「食糧人民委員部は税、ツェントロ=ソユーズは商品交換という峻別こそが、この新たな事業の成功を保証する」のであった。これは協同組合からだけの主張ではなく、ブリュハーノフは商品交換業務での国家機関の脆弱さを率直に認め、非国家機関、まず協同組合の導入が必要であると発言した。そのため、調達業務に協同組合が参入することによる「県食糧委の動揺を考慮し」、スミルノーフは五月四日づけ県食糧委への電報で、県ソユーズを通して商品交換を組織することが適切であることを強調し、続く一三日づけ電報で、一、自由交換を制限すべき地区の設定、二、交換率の調整、三、競合する可能性の排除、四、投機との闘争に関して県ソユーズと協議に入るよう県食糧委に指示を与え、地方での国家商品交換の組織化がはじまった。

次いで、五月一七日の人民委員会議で承認された、国家商品交換に関する二〇条からなる一般契約が、二六日に食糧人民委員部とツェントロ=ソユーズとの間で締結された。それによれば、食糧人民委員部の指導の下にツェントロ=ソユーズにより消費協同組合を通して契約に基づく調達が遂行され、この全般的指導と商品ファンドの確保が食糧人民委員部の管轄に残された。この契約締結当日の第一〇回党協議会でツェントロ=ソユーズ議長ヒンチュークは、すでに協同組合は商品交換の活動に着手し、それは食糧人民委員部とともに調達計画を作成し、その技術的機関は完全に独立し、食糧人民委員部にこの活動の指導と統制の権限が残されていると報告した。六月に開かれた第三回全ロシア食糧会議では商品交換の問題に多くの時間が割かれ、これらの原則が確認された。[xiv]

だが、同食糧会議で指摘されたように、割当徴発が突然に廃止されたため、「農民が畑仕事に従事し農産物貯蔵が非常に乏しい春季の、商品交換業務にとってもっともまずい時期にもっとも不利な条件の下にはじまり」、第一〇回党協議会でスヴィヂェールスキィが「大工業が復活せず、充分な商品ファンドの貯蔵がない近い将来に、商品交換に依存することは決してできない」と、その危惧を表明したように、その前途多難が予想された。

国家商品交換による調達量は食糧人民委員部調達管理局により三億八〇〇〇万金ルーブリ相当と算出されたが、「この目的で利用できる共和国の全製品は総額六、七〇〇〇万金ルーブリをほとんど超え」なかった。そこで、国家商品交換では一四年価格と比較して工業製品が農産物に比べて三倍以上高騰したとの理由づけで、交換比率は三対一に定められた。それでも交換財に一億三五〇〇万金ルーブリの商品が必要とされたが、五月に食糧人民委員部の管轄には一二〇〇万金ルーブリの商品しかなかった。第三回食糧会議で食糧人民委員部の商品交換業務責任者は、その「開始までにわれわれはどのような商品源も当てにしてはならない」と結論づけ、「農産物価格が日ごとに法外に高騰し、工場制工業製品の価格は上昇傾向を見せないだけでなく、逆に低落し」、市況が徐々に工業製品に不利に働く傾向を正確に予言した。[xiv]

国営大工業生産は激減し、例えば、銑鉄生産は一三年の二億五六八三万七〇〇〇プードから二一年に七〇二万五〇〇〇プード（二・七％）に落ち込んだ。そのような大工業生産に替わり、一九年一月のヴャトカ県経済会議で「農民的補助的クスターリ工業は市場に大量の商品を提供してきた」、「工場制工業が世界戦争のために大きな苦境にあるときに機動性と適応力のある小・クスターリ工業は国内の苦しい経済状態を緩和することができる」と、地方でのクスターリ工業製品の重要性が指摘されていた。二〇年にウラル地方で操業していた三万七六四六企業のうち七〇・四％がクスターリ業であった。こうして、二一年三月のコストロマ県党協議会で「わが国民経済の向上で充分大きな役割をはたすことができる」と評されたクスターリ工業に商品交換ファンド形成の大きな期待がかけられた。

商品交換制度による穀物調達が急がれ、三月二九日の食糧人民委員部電報は、「シベリアとカフカース、サマラ、ヴャトカ、エカチェリンブルグ、チェリャビンスク、チュメニ、ウファー県での商品交換のために」、臨戦態勢による地方工場とクスターリ製品の発送を「カフカースは今年四月五日、シベリアは四月二〇日、内部諸県は四月二五日までに終了する」ようツェントロ=ソユーズに命じ、ネップ原理も定まらないうちにクスターリ製品が当面の交換財として動員された。五月初めに交換ファンドを確定したリャザニ県では、県食糧委、県ソユーズ、県クスターリ工業部などの管轄にある商品が県ソユーズに引き渡され、ノヴォニコラエフスク郡でも郡クスターリ工業部によるクスターリ製品の汲み出しがはじまった。だがその一方で、ネップの実施にともない、五月一七日づけ人民委員会議政令は、クスターリ・小工業の発展に向けての措置として農民、クスターリ、小商品生産者に彼らの生産物への自由処分権を与え、五月二四日づけ交換に関する政令はクスターリ・小工業製品の自由売買を法的に確定し、このことは七月七日づけクスターリ・小工業に関する中央執行委・人民委員会議布告によっても再確認され、一九日づけ商業に関する人民委員会議指令がそれに続いた。[xiv]

サラトフやサマラ県のように飢饉によって打撃を受けた地方もあったが、クスターリ工業の回復は目覚ましかった。八月にタムボフ県食糧委は、ピッチとクスターリのタールが、織物と家内製亜麻や羅紗が交換財として競合していると指摘し、ウファー県食糧委が、市場はおもに担ぎ屋によって供給され、現地クスターリも木製品、鉄製品、金物の供給者として登場し、供給制度で受け取った品物も市場に流れ、全体として交換財のあらゆる品物が国家商品交換よりもはるかに安価で大量に市場で流通していると報告したように、その製品の流通は国家商品交換制度を解体する一因となった。そのため国家商品交換は進展せず、ネップ原理に反する行政措置が導入された。ペンザ県クスターリ工業部は七月九日づけで食糧人民委員部に、最近の凶作のため農耕ができない飢えたクスターリが穀物を手に入れるため労働時間を割いて長時間穀物諸県に出向くという生産にとって有害な現象を回避するため彼らへの穀物供給と、シベリア、ウクライナ、北カフカースで県組織によるクスターリ製品との商品交換の認可を要請した。この要請に対し、八月二一日づけで食糧人民委員部は、ペンザ県クスターリ工業部に認可の拒否を回答し、こうしてクスターリ製品は国家商品交換ファンドに確保された。タタール共和国では商品交換ファンドの獲得を増やす目的で、クスターリ製品に対して二五から五〇％の現物税が実施された。[xiv]

協同組合商品交換

協同組合商品交換とはツェントロ=ソユーズとそれら支部、またはそれ以外の協同組合間の商品交換を指し、この構想は四月後半にメシチェリャコーフにより、次のように公表された。協同組合は農産物余剰を二つの方法により受け取る。国家が供給する消費財と交換に協同組合が獲得するすべての農産物は国家に属するが、協同組合間では別様である。ある村で組合員が協同組合に穀物を引き渡し、穀物を必要としている別の協同組合からタールや木製シャベルを受け取りたい場合に、協同組合商品交換を組織することができる。

この構想は、地域的または職種別単位の市民連合は単一消費組合を通して商品交換による農産物調達を実施することができるとの指示が、四月一六日に食糧人民委員部から与えられ、実現された。五月の第三回ツェントロ=ソユーズ評議会定例会議では、国家商品交換の重要性とともに、「生産者が自由に処分できる農産物を、都市と農村の協同組合連合間の相互交換により消費者に供給する」協同組合商品交換制度が確認された。こうして、一定の地域に設けられた単一消費組合相互が生産物を交換し合い、食糧危機を乗り切ろうとする、過渡的構想とは無縁の集団的交換制度が作り上げられた。五月一三日づけスミルノーフ署名の電報は、担ぎ屋を防止するため住民を積極的に単一消費組合に引き入れるよう県食糧委に指示を与え、おもに農民を対象にそれは設定された。だが商品交換業務ではこの機関は充分な機能を発揮できなかった。サマラ県ブグルスラン郡単一組合は、九月一五日までに商品交換財の不足が原因で、バター約二二〇プード、卵四万個余り、蜂蜜約二二プード二八フントしか獲得できなかったが、それは秋以後大飢饉の中で安価な食堂とパン焼き場を開設し、飢餓民援助で一定の役割をはたした。[xiv]

　当然にも、協同組合商品交換は地方的条件により様々な形で実施された。例えば、エカチェリンブルグ県で作成された協同組合商品交換条例によれば、県ソユーズは農業、クスターリ営業協同組合と交換を行うほか、ほかの県ソユーズと直接に商品交換を実施した。ここでの交換ファンドは自由市場とバザールでの現金による買付や農業、クスターリ営業協同組合からの地方ファンドが利用され、同県では早くも四月に協同組合商品交換が開始された。工場は協同組合を通して農産物との交換に鉄を発送し、ヤテス工場では土曜労働で製造した斧、桶、シャベル、釜のような農民日用品が交換財に利用された。七月一日までに、塩、グリース、クスターリ木製品を交換し、交換率は現地で決定することを定めたツァーリツィン県とシムビルスク県との県ソユーズ、一四年価格で穀物と金属製品などと交換するヴャトカ県ソユーズ地区支部とノヴゴロド県ソユーズ、穀物とクスターリ・工場製品と交換するウファー県ソユーズ、ヴャトカ県ソユーズとヴラヂーミル県ソユーズなどによって協同組合商品交換が実現された。ツァーリツィン県執行委議長は七月二三日づけで、凶作のため県内の穀物が枯渇したため、ヴォルガ流域諸県との協同組合商品交換によって穀物を獲得できるよう食糧人民委員部に要請した。

厳しい食糧事情にありながら林業、漁業、狩猟などの営業がおもで、商品交換の有効な生産物を持たない極北のアルハンゲリスク県に対し、外国貿易によって穀物を獲得するとの県経済会議の要請に基づき、現物プレミア布告の範囲内で、獣脂、ピッチ、海獣毛皮、鉄屑、木材を交換財としてノルウェーに輸出する国外との協同組合商品交換が六月二四日づけ国防会議政令で認められた。だが、この方策も行き詰まり、七月一八日づけで食糧人民委員部は「アルハンゲリスクのためにライ麦二万五〇〇〇プードを至急購入する」よう外国貿易人民委員部に再度要請したが、八月二〇日づけで後者はロンドン支部に政令を通知したことを伝えただけで、ここの食糧事情はまったく改善されなかった。国家商品交換の行き詰まりとともに協同組合商品交換でも交換財の獲得が次第に困難となり、ペンザ県食糧コミッサールは七月二七日づけで食糧人民委員部に塩を交換財とする協同組合商品交換の認可を求めたが、食糧人民委員部は国家商品交換に塩を確保するため認可の拒否を八月三日づけで回答した。ここでも市場を介しての交換が導入されたが、いくつかの県では協同組合商品交換のための市場が閉鎖され、国家商品交換と同様、秋には協同組合商品交換も至る所で停止した。[xiv]

　労働者組織商品交換

両首都の労働者の食糧事情は日ごとに悪化し続け、三月二九日づけでペトログラード・ソヴェト幹部会は食糧人民委員部に、「新たな配給券の縮小が通知された。些かの縮小も現在はきわめて有害に反映される」とその回避を切望したが、その後も食糧配給は滞った。ジノーヴィエフは五月六日づけ暗号電報で、「五月一日までパンの交付がなかったため、多くの工場は再度息の根を止められた」と通知した。都市住民は五日か七日ごとのパンの配給に満足せず五月五日からいくつかの工場で八〇〇〇人以上が参加するストがはじまり、電車庫労働者がそれに加わり、翌日から市内全域で電車は止まった。アレクサンドル工場は九日まで閉鎖された。製管工場、新海軍工廠でもストがあったが、二、三月の社会主義者の一斉検挙により五月のストは一五日までにピークは過ぎ、以前ほどの規模に至らなかった。このような相次ぐストの防止に労働者の食糧事情の改善は不可欠に思われ、彼らの自給制度として労働者組織による商品交換の組織化と実施は急ピッチで行われた。

四月五日の人民委員会議に提出された現物プレミア案は、カーメネフ特別委で検討されている労働者報償制と整合させるため猶予された。翌六日の政治局会議でミリューチンの報告の後、食糧人民委員部、最高国民経済会議などに法案の策定が委ねられ、七日の人民委員会議で若干の修正をつけて採択され、即座に公表された。このように急ぎ採択された人民委員会議布告『労働者の現物プレミア制について』により、主要企業の労働者と職員は、工場製品の一部を現物プレミア・ファンドとして控除し、これを個人消費または協同組合を通して交換財に利用する権利が与えられた。続いて、一八日のツェントロ=ソユーズ理事会代表者集会と翌一九日の同理事会幹部会会議で、ツェントロ=ソユーズの下に組織される臨時労働者協同組合(ラブコープ)委員会が、食糧人民委員部とツェントロ=ソユーズから九対一の比率で放出される国家ファンドのほかに、現物プレミア・ファンドを管轄すると決議された。[xiv]

これを法的に確定したのが、五月一三日づけ国防会議特別委政令『労働者と職員の交換ファンドについて』とその手続き規程であり、それは労働者組織商品交換を次のように定めた。中央組織のツェントロ=ラブコープは、労組全ロシア中央評議会から三人の代表、食糧人民委員部とツェントロ=ソユーズからの代表一人ずつが加入する常任幹部会と、幹部会員のほかツェクトラン［鉄道・水運労働者連合労組中央委］、モスコミューン、ペトロコミューン[xiv]、県ソユーズの一人ずつの代表による総会から構成され、実施に関してツェントロ=ソユーズに、交換財の配分計画に関して労組全ロシア中央評議会に従属する。労働者、職員、彼らの家族のための食糧調達に四〇〇億ルーブリが前渡しファンドとしてラブコープに交付される。一八県と両首都の企業に割り当てられたこのファンドを実現するため、労働者組織は指定された生産県の県ソユーズと特別協定を結び、選抜された郡の協同組合にこれらファンドが放出される。現物プレミアは五月一三日から八月三〇日まで繊維、石油など一六部門の国営企業で実施され、それは生産プログラムの六〇％以上を遂行した企業で総生産量の〇・五％以内で認められ、プレミア用商品は個人の生産性に応じて配分され、プレミア・ファンドは当該ラブコープの管轄に置かれた。

六月二五日づけ政治局会議は、協同組合商品交換のために食糧人民委員部が調達したファンドのうち、二〇％は飢餓諸県とラブコープからの供給を受けない労働者グループの需要に充てるためツェントロ=ソユーズの管轄に引き渡し、残り八〇％をラブコープの管轄に移すと決定した。こうして、この制度は実質的に労働者への国家供給制度の代替物となった。現物プレミア制に対し、六月にカザンからルィコーフに、この部門に該当しない協同組合は脆弱で、その適用は不可能と通知され、このプレミア・ファンドの形成は農民の需要が大きいタバコ、履物工場などが有利に思われた。均等分配を求める労働者の声も挙がり、食糧危機の深化とともに労働者の間で厳しい生き残り競争がはじまり、現物プレミアは七月九日づけ国防会議特別委政令により工場製品からの定率控除となった。[xiv]

これらの法整備を待たずに、四月二三日以後ツェントロ=ソユーズ調達管理部からラブコープ組織に通行許可証が交付されはじめ、五月一八日までに交付された二〇九組織のうち、チェリャビンスク県に六五、オレンブルグ県に四七、チュメニ県に四一組織の代表団が送り出された。代表団には委任状が手交され、許可証と委任状に記載された地区で調達を行った。トゥーラ組織にはチュメニ県が指定されたが、割当徴発の遂行により県内の食糧資源は完全に失われ、ほかの組織が大量に入り込み、そこでの調達は不可能として、オムスク県で任務遂行が可能であるとの情報を得て、調達の交渉のためそこに向かった。

　このような自給制度の設定は、労働者への食糧配給を縮小するための免罪符となった。五月二四日の人民委員会議は「経済的合目的性の原則で」ソヴェト職員の組織的削減と不要な労働者から配給を解除することを検討するようブリュハーノフに委ね、七月一日の食糧人民委員部参与会決議に基づき、モスクワとペトログラードでパン交付基準を縮小するよう翌二日の中央委政治局会議に答申された。同会議はこの問題を猶予すると決定したが、一二日の人民委員会議は、「モスコミューンとペトロコミューンに、消費者の三〇％を今後解除する計画を立て、五日の期限でモスコミューンとペトロコミューン、労組県評議会、県執行委からなる特別委でそこから供給を受ける消費者グループを再検討し、三〇％以上を配給券から直ちに解除するよう命ずる」決議を出した。七月二〇日づけでフルームキンはスモレンスク全権に、製塩工業労働者は国家供給から解除されるので直ちに県ソユーズと商品交換に関する契約を結ぶよう促し、この削減案は地方にも及んだ。[xiv]

　こうして、次々と労働者が国家配給制度から排除されたため、飢えた労働者は一刻も早く食糧との交換を実現しようと自然発生的に企業内に小協同組合を設置し、それはラブコープや単一消費組合と競合するようになった。元々労働者の中には協同組合を官僚主義的な統制機関と見る傾向があり、協同組合への不信感も強く、自らの発意による小協同組合が各地で誕生した。モスクワ県のズナメンスコエ織物工場の労働者六三六人は県食糧委から五月中はライ麦三フント、オート麦二フント、六月中はそれぞれ五フントずつしか受け取らず、「この状況は労働者を憤慨させ」、「労働者によって組織された協同組合がウファーまで出向いたが、何ら好ましい成果を得なかった」と報告されたような規制外の独立調達が頻出した。五月の第四回労組全ロシア大会で、ペトログラードで個々の工場の協同組合に独自の商品交換を認可せざるをえなかったと報告された。

ヴォロネジ県執行委が六月に北カフカースとウクライナでの商品交換による調達の認可を要請したように、特に周辺穀物生産地方に調達は集中され、ラブコープはそこで労働者組織や担ぎ屋との激しい競合を強いられた。労組全ロシア中央評議会は六月の国防会議への電報で、最近ようやく辺境地が商品交換に開放されたため、個々の企業による商品交換は「不可避な競合と都市工業製品価格のいっそうの下落を招く」と警告した。これを受け、六月二二日の人民委員会議は、シベリア、ウクライナ、北カフカース、トルケスタンへの出張証明書の交付を禁止するよう地方執行委に命じた。これは伝染病の拡大防止が理由とされたが、同会議の議事内容から判断して担ぎ屋行為の防止策であったのは明白である。これに続いて、七月四日づけでヴェチェカーはそれら証明書の点検を命ずる電報を発し、この決定は立入禁止地域を明確にして七月二三日づけ国防会議決議で繰り返された。それでもチュメニ県から八月に、「中央ロシアの二〇以上の協同組合とこのほか多数の組織が商品交換業務を行い、あらゆる手段で定められた手続きを無視して闇雲に商品を交換し、それに加えて小規模な購入者の波が文字通り県内に溢れている。調達機関の異常な過密状態と、現地の協同組合とソヴェト組織のきわめて脆弱な状況は、猛烈な競合相手を作りだし、現地組織の労働者の不満を急速に高めている」と訴えた。[xiv]

　五月一日から六月三〇日までに、約一七五億ルーブリの紙幣と大量の商品を持つ九三二の労働者集団が商品交換のために様々な諸県に送られ、その主要な舞台の一つがゴメリ県であった。同県に四月二二日づけで自由交換が認められたが、隣接諸県より交換率が労働者に有利に設定されていたため様々な組織が殺到した。すでに六月一日に三億ルーブリ以上の資金と商品を持つ一一組織が到着し、さらにその後の一〇日間で一七組織が訪れた。穀物余剰の大部分がこれら組織によって汲み出されたため、六月中は商品交換が停止された。それでも到来する労働者組織は増え続け、七月半ばまでに交付された出張証明書三三七件のうち五〇件が同県に集中し、その結果、数少ない収穫良好な同県も八月には穀物余剰がないと認定された。同様に、ツェントロ=ソユーズや県ソユーズの認可なしに、ペルミ県に一六七、チェリャビンスク県に一五四、チュメニ県に一〇〇以上の組織が押し寄せた。このため地方執行委は買付禁止令を出して対抗し、ウファー県では播種キャンペーンの終了まで買付が禁止され、コストロマ県では国家調達を増やすため、協同組合商品交換さえ認可されなかった。モスクワ・ラブコープの九〇組織がそのため五月半ばまで食糧の搬送ができず、一〇組織は食糧を持たないまま帰還した。[xiv]

担ぎ屋の弊害について全ロシア食糧会議でブリュハーノフは、「担ぎ屋的商品交換はわれわれにとって非常に危険で、根絶するのがもっとも難しい現象であり、大量の商品貯蔵を所有し、しばしば協同組合を隠れ蓑にしている担ぎ屋組織は、商品交換の舞台に登場するもっとも危険で巧妙な担ぎ屋である」と指摘した。その中でもペトロコミューンのような大組織の横暴は、鉄製品、窓ガラスのような「商品交換にとって非常に貴重な品数を持って到来し」、勝手に交換率を定めて独占的に調達を行っていると、六月一日にシベリア革命委議長は報告した。もちろん、すべての工業労働者にこの恩典が与えられたのではなかった。重要部門の労働者と職員は配給が半減され、非重要部門からは完全に解除されたペルミ県の製材工業地区クシヴァで、縮小した地方市場では商品交換による食糧源を見いだすことができないとして、県労組議長は直接の食糧救済を求めた。

「独立調達の認可をツェントロ=ラブコープに請願する個々の組織と協同組合連合」による競合を避けるため、七月にツェントロ=ラブコープは以下を指示した。ソヴェト権力組織の決議により、シベリア、ウクライナ、トルケスタン、南東部（ドン、クバニ、カフカース）は自由交換には閉鎖され、これらの地区での独立調達を認可せず、南東部を除くこれら地区で県ソユーズを通して国家商品交換と同じ条件でラブコープの調達を認め、それ以外の諸県での調達は新収穫まで認可しない。「ロシア共和国の内部諸県に関して、ツェントロ=ラブコープ幹部会は、調達認可を受け取ることができたとしても、穀物の欠如、担ぎ屋の流入、凶作により、以前の生産諸県（ヴャトカ、ウファー、オレンブルグ、チェリャビンスクなど、大凶作を蒙っているサラトフやサマラ県などはいうまでもなく）で食糧生産物はモスクワ、ピーテル、イヴァノヴォ=ヴォズネセンスクやその他の消費諸県より高騰し、近い将来そこに出向くことは無駄であると指摘する。そこに向かった組織は、そのファンドを浪費し、全国に伝染病をまき散らしながら帰還している」と、ツェントロ=ラブコープは独立調達の停止を強く勧告した。「組織性にのみわれわれの救済がある」[xiv]

だが、この通達は無意味であった。六月一日づけで食糧人民委員部はペトログラードとイヴァノヴォ=ヴォズネセンスクに九万と四万、モスクワに一七万プードのウクライナでの調達権を当該労働者組織に与えたが、すでにウクライナは担ぎ屋に覆い尽くされ、そこから五月末にヂェルジーンスキィが「鉄道、その他の労働者組織の遠征隊がウクライナでの穀物調達を解体した」と報じた後では、ラブコープによる調達はほとんど不可能になっていた。ロストフ=ナ=ドヌでも担ぎ屋が溢れ商品交換制度による調達が行き詰まったため、ここでの買付権の交付は禁止された。それでも、サラトフ県のような飢饉県の労組は北カフカースでの食糧買付のために次々と代表団を送り込み、七月に「最近あらゆる労働者組織からの代表団が」クバニ地方を埋め尽くしたと、国防会議に打電された。クルスク県から食糧人民委員部に、「交換率を遵守しない私的組織とモスクワとペトログラードのような協同組合組織により」「商品交換の混沌状態が生じている」と報じられ、早くも五月一五日づけで県食糧コミッサールは、「県ソユーズは商品交換キャンペーンを損なっている様々な担ぎ屋と競合することはできない」と、そこでの商品交換の頓挫を伝えた。

七月九日づけ新運賃に関する人民委員会議布告は、ツェントロ=ソユーズ、ラブコープ、モスコミューンとペトロコミューンなどの大協同組合組織と両首都への特恵運賃を定め、それ以外には当時の経済学者ペルヴーシンの表現によれば「禁制的」高運賃を設定し、商品交換を損なう担ぎ屋に対抗しようとした。だがこの措置は、それ以後の食糧価格の高騰を招くだけの結果に終わった。

地方組織が行う独立調達による商品交換の弊害は中央では早くから指摘され、五月一三日の国防会議は交換財の利用についての命令が「地方によってまったく許し難く侵犯されている」として、食糧人民委員部を厳しく譴責した。国防会議議長、中央執行委議長、党中央委書記名の二七日づけすべての県執行委議長宛ての電報は、最近県執行委や党県委が中央の命令を根本から覆すような国家供給計画に反する決議を発布し、組織解体を招いていることを叱責し、このような命令違反は厳重に処罰されると警告した。七月二一日づけ人民委員会議政令でも、「ツェントロ=ソユーズから証明書を受け取った労働者組織代表団と並んで商品交換による食糧の受取りのため、ツェントロ=ソユーズに登録していない多数の代表団が闇雲に押し寄せた」結果、「労働者組織代表団は相互に激しく競合し、そのようにしてそれら商品市場価格の異常な低落と食糧価格の投機的高騰を引き起こしている」事実を再確認し、県ソユーズによる商品交換の統制を促した。

しかし、国家供給が機能しない中で担ぎ屋の流れを止めることはすでに不可能であり、七月二日づけ人民委員会議と食糧人民委員部の命令にある「商品交換は商品の不足のために当面は共和国の需要を充たすことはできず、そのため、食糧税の徴収を最大の軍事任務と認める必要があり、その遂行に共和国の経済発展の進展がかかっている」との指示は、商品交換の最初の公式敗北宣言であった。七月一五日の人民委員会議は、「一、食糧税、二、ツェントロ=ソユーズを通しての国家商品交換、三、無政府的商品交換（担ぎ屋）による」穀物の受取りの概要報告を中央統計管理局に委ねた。この直後のツェントロ=ソユーズ全権大会でヒンチュークは開会の辞で、雪崩のような無秩序な商品交換によって多くの県ソユーズで活動を停止した商品交換制度の行き詰まりを認め、レーニンは八月初めの覚書の中で、商品交換と並んで有利なところでは断固として貨幣交換に移らなければならないと記し、これは八月九日づけ『新経済政策原理の実施に関する指示』で繰り返された。すでに商品交換の失敗は明らかであり、こうして過渡的社会主義的交換（現物税構想②）の「幻想」が破綻する中で、「新経済政策原理」が公式化された。[xiv]

商品交換の崩壊と地方の危機

五月一九日づけクスターリ・小工業の復興に関する人民委員会議決議が採択され、企業の全面的国有化に関する二〇年一一月二九日づけ最高国民経済会議決議の施行は破棄された。以後、貨幣経済への移行に関する諸決定が次々と採択された。六月三〇日づけ人民委員会議決議は私人と組織が持つことができる貨幣総額の制限を廃止し、七月九日づけ人民委員会議布告により鉄道と水運の運賃払いが導入された。七月二六日づけ人民委員会議布告により貨幣税システムへの回帰である営業税が定められ、酒精販売に関する八月九日づけ人民委員会議布告は間接税導入のはじまりとなった。夏までに当初の現物税=商品交換体制の変容は明白になっていた。クリーツマンは、新経済政策が市場を生み出したのではなく、内戦期に地下に潜っていた市場が新経済政策を押し出したと説明したが、より正確には、ウファー県食糧委商品交換課が一二月に、担ぎ屋は「もっぱらなけなしの品物を販売する飢餓住民からなっている」と報告したように、飢えた民衆が担ぎ屋となって自由取引の制限を打ち破り、商品交換構想を破綻させたのである。そもそも自給を目的とした商品交換制度は交換財を持つ工場労働者を前提に策定されたのであり、飢えた農民は基本的にこの構想から排除されていた。飢饉に襲われたチュヴァシ州で、農民は交換財がないため貴重な最後の家畜を売るか自ら作ったクスターリ製品と交換するか、乏しいキャベツや蜂蜜を売ってわずかな穀物を獲得していたが、商品交換制度が実施される前にそれらの交換財は底を突いていた。またサマラ県飢餓農民援助特別委は、ソヴェト職員の基準を縮小して飢餓農民への食糧配給を県執行委に求めたが、職員の配給は乏しいとの理由で、この要請は完全に拒否された。飢えた農民はあらゆる救済措置から見放されていた。[xiv]

九月二四日の食糧人民委員部参与会会議で、ウクライナとシベリアで商品交換が予想した成功を収めなかったことが確認されたが、地方からの報告は早くからそれを裏づけていた。八月にニジェゴロド県食糧委は、「商品交換によってどんな農産物も調達されなかった。その理由は以下である。一、県ソユーズ機関が構築されなかった、二、住民に農産物がわずかしかない、三、交換率と自由市場価格に大きな開きがあった」と、その失敗を公言した。九月にペンザ県食糧コミッサールは商品交換が崩壊した原因を、「第一に、県ソユーズ機関の脆弱さ、第二に、それらの紙幣資金の完全な欠如、第三に、一八〇ヶ所の商品交換所に配分される国家商品交換ファンドの不足、第四に、様々な鉄製品、窓ガラス、良質の織物、履物のような基本的で売れ行きのよい商品が国家商品交換ファンドにない、第五に、商品交換の国家的利点がない」と同様に列挙した。これらの原因はほとんどの地方に該当した。シムビルスク県では穀物が県内で枯渇したため、住民の関心は穀物しかなかったことが、チュメニ県では匪賊運動による機関の解体がその原因に加わった。

基本的にそれは協同組合が農村に設けた商品交換所で貨幣なしの現物交換の形で行われ、公式には県ソユーズ九八、地区支部七〇四、多売店組合九九七七、商品交換所と調達事務所一五〇〇、全部で一万二〇〇〇ヶ所以上の協同組合機関に期待がかけられた。ペンザ県で七月までに一八〇ヶ所、タムボフ県で二八九ヶ所の商品交換所が開設された。サマラ県では県ソユーズの下に一二〇〇ヶ所の分配所を持つ三九の農村多売店組合があったが、それは住民六万二〇〇〇人に一軒の組合に相当し、二〇を超える郷を活動範囲とする組合もあり、農民の要望を充たすにはほど遠いものであると報じられた。そのほか、農村での協同組合の解体的現象やそれへの農民の不信感も多数伝えられた。[xiv]

実施機関として期待された協同組合は組織的にも脆弱であった。チェリャビンスク県の党委書記は七月に、「理事会にソヴェト権力と無縁の人物が居座り」、「県ソユーズはその脆弱さのため商品交換をほとんど実施していない」と、カルーガ県執行委幹部会は、県ソユーズに商品交換の調達価格もファンドの正確な量も一一月まで知らされず、輸送経費なども支払われず、「住民に借金をして」それを用立てた事実を報告した。六月初めに食糧人民委員部特別委で協同組合問題が検討された際に、国家はそれらの機関の維持費に膨大な支出を割くことはできないと言明され、多くの協同組合は常に資金不足に悩まされた。七月のツェントロ=ソユーズ全権大会で、紙幣不足が商品交換の不調の原因に挙げられた。協同組合は法制上国家から独立したため、七月二六日づけ協同組合資金に関する政令により、九月一日以後組織的補助金の支出が停止され、この傾向が加速された。「雪だるまのように加速する」紙幣の需要に協同組合はまったく対応できず、この時の協同組合活動家の評価によれば、その財政状態は十月政変時より悪く、破滅的であった。

このような経済的基盤の弱さのほかに、食糧人民委員部活動家は協同組合をブルジョワ的と見る一方で、協同組合活動家の国家機関への反目もあり、組織的にも様々な問題を抱えていた。協同組合指導者は商業に無知で、官僚主義的で「創意、才気煥発、機動性がなく」、そのお役所仕事も批判された。また、財政的困窮にもかかわらずその人員は増え続け、人件費は取引額の一三・五％を占め、協同組合価格高騰の一因となった。その一方で、専門職員の不足が目立つようになり、ツェントロ=ソユーズは五月に県ソユーズに、地方食糧委は協同組合活動家を動員し協同組合を解体しようとしていると警告し、執行委や県委に訴えても配置転換を拒否するよう指示を与えた。

西部諸県からツェントロ=ソユーズと県ソユーズとには「極端な反目がある」と報じられたように、協同組合内にも中央と地方との隔絶は各地で認められた。県ソユーズは商品交換の進捗についての報告を義務づけられたが、八七県ソユーズのうち一一県からしか報告はなかった。一一月の第四回ツェントロ=ソユーズ評議会定例会議で引用されたアンケート資料によれば、「決して全部の消費組合網が商品交換と調達に参加しているわけではない」、いくつかの県ソユーズは「農村消費組合の直接の参加なしで」商品交換と調達を実施し、「地方で協同組合機関は農民大衆から遊離し、ソヴェト当局からは不信を蒙っている」と評された、当時の協同組合は双方から継子扱いであった。労農監督人民委員部の調査報告は、県ソユーズの中央との関係は弱く、単一消費組合との関係はさらに弱く、後者は消費者と関わりを持たず、久しくお役所的機関に堕し、業務に耐えず、義務的組合員制は莫大な維持費を膨らませているとの実態をヒンチュークに通知した。

何より、商品交換とは農民にとって面倒な作業であった。オムスク県では、農民が一〇種類の農産物を持って交換所に行けば、まず一〇プードの馬鈴薯を納付するため収納係により街外れの倉庫に連れて行かれ、次いで計算のために上級事務所、伝票作成のために調達事務所を訪れ、分配課に出頭して必要書類をもらい、最後に小売店に行き商品を受け取るまでに丸一日が潰される。だが農民の手元にはまだ残りの農産物があり、これを交換するのにさらに三日が必要であったが、投機人との取引では直ちに現金か商品を手に入れることができた。こうして、チュメニ県から報告されたように、農民は割当徴発の経験から不信感を抱き、遠距離にある商品交換所に行こうとしなかった。したがって、そこでの業務に私的仲介人が入り込み、彼らに法外な「泥棒のような手数料」が支払われた。[xiv]

市場の閉鎖は、商品交換には及ばないとされたが、実際には「郡食糧コミッサールに村の市場を閉鎖する権限が与えられ」、「県食糧委は食糧税の徴収の際に［協同組合］商品交換を禁止した」ため私的商人だけが潤ったと、協同組合は食糧人民委員部に訴えた。

このほか、交換率の問題もあった。六月一四日づけ布告により、中央の交換率特別委が定めた県ごとの交換率の変更が不可とされたため、ヴャトカ県で「食糧自由価格の異常に早い高騰により」交換率が確定できないと六月の県食糧委参与会で決議されたように、それらは市況の変動に対応できなかった。コストロマ県ソユーズから織物の在庫がないため商品交換が実施できず至急配送せよとの六月の要請は、九月に六万九〇〇〇アルシンの織物が直通貨物列車で発送され実現された。だが、これで受け取った穀物量は三対一の交換率よりはるかに少なかった。さらに、ウクライナ食糧人民委員部は一対一の交換率で穀物を発送したため、予定を大きく下回る量しか受け取れなかった同県食糧委は食糧人民委員部に交換率厳守の措置を執るよう訴えた。このような商品交換率は「現在の経済的実情に対するもっとも許し難い錯誤」といわれ、八月にタムボフ県食糧委議長は農産物に不利な交換率は「農民経営を崩壊させるおそれがある」ので、市場を支配するために柔軟な措置を求めた。ヒンチュークが担ぎ屋によって地方協同組合が解体された事実を劈頭で述べた七月のツェントロ=ソユーズの会合で、ある協同組合活動家は柔軟性がない交換率がこれを損なっているとして「直接的商品交換から売買を介する間接的商品交換」を提案した。[xiv]

秋以後は商品交換の主力は馬鈴薯、野菜（おもにキャベツ）、果実に向けられた。穀物が凶作を蒙る中で馬鈴薯は唯一収穫が増量した作物であった（二〇年の七億九五三一から二一年は八億一二九七万プードに）。八月八日に食糧人民委員部は納税後に残される馬鈴薯を協同組合商品交換によって調達するのをツェントロ=ソユーズに認めると通知した。だが、九月に入り野菜の調達シーズンがすぎても、この活動の進展についての情報はまったく入電しなかった。八月二二日づけでブリュハーノフは、馬鈴薯がないため守備隊用の野菜確保はきわめて重要であり、その執行に個人的責任を課すと県食糧委に指示を与えたが、高い市場価格のため商品交換による野菜調達は不可能とゴメリ県食糧委は電話で伝えた。「馬鈴薯帝国」ともいわれたヤロスラヴリ県から九月初めに、県ソユーズは「封鎖」状態にあると伝えられ、交換率を変更しても進捗せず、県経済会議は県農工部を商品交換失敗の廉で革命裁判所に引き渡すと決定した。食糧人民委員部は気象台本部からの情報として、今年は大型寒波の早期到来を九月二二日に警告していたが、調達された馬鈴薯の一部は一〇月になっても野積みにされ凍って傷んでしまった。一〇月末までの馬鈴薯キャンペーンで、前年度とほぼ同量の約三八六七万プードが調達されたが、このうち九三・二％を現物税が占め、ここでも調達手段としての商品交換は無力であった。一〇月にコストロマ県食糧委からキャベツのシーズンは終了しつつあるが、交換財が不足するため商品交換が実施できないとの訴えに、食糧人民委員部は一ヶ月後の返電で、任務を放棄すると通達した。[xiv]

燃料も原料もなく工場は操業を停止し、食糧がないため労働者は食糧探しに工場を離れ、七月のサマラ県経済会議は欠勤率が四〇％にも達する工場生産性の劣悪な状態を報告し、オリョール兵器工場は食糧活動に徴用された四五〇人は工場に不可欠な熟練労働者であるため、早期帰還を軍事食糧局に要請した。このように、食糧危機は工場生産に深刻な影響を与え、国内の工業生産は絶望的にまで低落し、交換ファンドとしての工業製品を受け取る可能性は失われた。その絶対的不足について一二月の第一一回党協議会でヒンチュークは、アクチュビンスクから商品は取るに足らない量、アルハンゲリスクから商品はわずか、ブリャンスクから商品交換は商品がないため停止、ヴォログダから商品はごくわずかとの地方からの電報を読み上げた。彼の第九回ソヴェト大会での報告によれば、協同組合が受け取った交換ファンドは一三年に流通していた商品の〇・三％しかなかった。

レーニンは五月中に交換ファンドの発送を再三督励したにもかかわらず、もっとも早いプスコフ県で六月一五日にわずかな量の商品を県ソユーズが受け取り、収穫期を過ぎた八月末になっても三分の一の県はまだ交換財を受け取っていなかった。九月二〇日までにこれらの乏しい商品を受け取った県ソユーズのうち、アルハンゲリスク、ヴャトカなど一三県でそれらの利用率は二五％以下であった。その理由の一端は、オムスクから六月に、「鉄、皮革製品のような商品の品揃えに関心を払うなら、調達業務は何倍か増大する」と指摘されたように、農民の需要に合致していないそれらの品数であった。八月に開かれたペンザ県食糧委参与会会議で、堅実な商品が非常に少なく、需要に合致していないと調達部長は報告した。犂плугの替わりにボタンпуговицаが送られた。商品交換のためにマッチ六万八〇〇箱の発送が予定されたが、工場から出荷する荷馬車がないため四万五四二五箱は発送されなかった。チュメニ県では農作業後に農具を受け取り、タールや草鞋など交換に利用されない大量の商品が残された。このような事態にシベリア食糧コミッサールは九月に、「見せかけによってわれわれの商品交換ファンドを水増しし、ただでさえ乏しい倉庫の建物と輸送を塞いでいる」これら無駄な商品の発送を停止するよう要請した。[xiv]

チェカー情報によれば、シベリアに大量の担ぎ屋が押しかけたため商品交換はわずかしか実施されず、トムスク県で県ソユーズに売店が開設されたが、そこでは小間物などわずかな商品がバザールよりいくらか安価に交換される以外は、自由市場がおもな取引の場であった。サマラ県メレケス郡では自由市場にも食糧は出回らず、価格は上昇した。すでに多くの住民は団栗などの代用食を摂っていたが、配給はほとんど受け取れず、現金や交換財を持たない労働者は工場から大量に商品を盗んで自由市場で穀物と交換し、そこの織物工場では製品の四五％が盗まれた。六月になるとオムスクで食糧配給の縮小にともない、企業や工場からの半完成品や原料の窃盗が頻発し、生産性は半減した。市場には大量のクスターリ製品とともに盗品が出回り、このため、九月一日づけ布告により貨物の窃盗に極刑が適用され、夏の二ヶ月間で革命裁判所は二〇八件の窃盗事件を審理し、七〇九人を有罪とし、そのうち五六人を銃殺にした。[xiv]

飢饉に襲われたサマラ県は、穀物の獲得手段に協同組合商品交換だけが残された。六月一六日づけで食糧人民委員部は同県に、キルギス、バシキリア両共和国とチェリャビンスクなどの内部諸県で協同組合商品交換の許可を与え、七月二三日づけでトルケスタンが追加されが、国家商品交換用に確保されたシベリアでの調達は認可されなかった。認可されたキル共和国での商品交換のために交換財合計三七万三六三四金ルーブリがサマラ県食糧委からセミパラチンスクに発送された。だが、エカチェリンブルグ県食糧コミッサールからキル食糧人民委員代理に転出した国防会議全権ポノマレーンコは、シベリアで商品交換が禁止されていることを理由に挙げて、セミパラチンスクとアクモリンスク県での商品交換による調達を認可せず、サマラ県代表団は成果を挙げることなく帰還した。七月三一日づけで県執行委は、中央の決定に背馳し、飢饉県の権利を侵害する彼の越権行為を弾劾する電報を中央に送った。これを受け、食糧人民委員部参与フルームキンは、八月六日のポムゴル中央特別委会議でこの問題が検討された結果、ポノマレーンコの命令を破棄し飢饉県代表に九月一五日まで活動を継続する許可を与えると、九月五日づけ電報で通知した。モスクワ県オレホヴォ=ズエヴォ地区の労働者組織は「ポノマレーンコの裁可でアクモリンスク県ソユーズと契約を結び」、八月までに商品は引き渡されたが、活動期限を過ぎたとして「穀物は止め置かれ、疲れ果てた労働者は穀物なしで飢えた家族の下に去った」。両県から穀物が搬出されないこの事態に対処するため、一〇月二九日のポムゴル中央特別委幹部会会議で、セミパラチンスク県から商品交換の禁止までに調達された食糧を搬出する認可を与えるよう食糧人民委員部に要請する決議が出された。[xiv]

この錯綜とした出来事の背後には以下の事実があった。二〇年八月二六日づけ中央執行委・人民委員会議布告によりキルギス共和国が形成されたとき、セミパラチンスク、アクモリンスク州は同共和国に含まれたが、商品交換業務に関してオムスク管理部が設置されたため、キル食糧人民委員部機関が整えられるまで両県食糧委は一時的にシベリア食糧委に従属するとされた。[xiv]だが、二一年六月のブリュハーノフの電報により、両県はキル共和国食糧人民委員部に配属され、そこは商品交換に開放されたはずであった。だが、六月二一日づけ人民委員会議は、六月から八月まで商品交換による国家調達をシベリア革命委とキル人民委員会議に六五〇万プードと指定し（そのうちシベリアに三七〇万プード）、「アクモリンスクとセミパラチンスク州［ママ］で調達されたすべての穀物を中央に確保する」ことをポノマレーンコに課し、これを公表不要とした。この間にシベリア自動車遠征隊が組織され、両県から中央に向けての穀物の強力な汲み出しが行われ、彼の行為はこの指示の反映であった。七月一日の食糧人民委員部参与会はシベリア食糧委とキル食糧人民委員部に、「バザールなどの完全な閉鎖に躊躇せず、広汎に強制的交換を実施し、穀物生産物の自由交換の停止を」徹底し、「軍事力によりシベリア食糧機関を強化し」、「担ぎ屋がシベリアに入るのを阻止する」よう命じた。続いて、七月二六日づけ運輸チェカーへの電報は「シベリアは担ぎ屋的買付には閉じられ、同域内での商品交換の権利はツェントロ=ソユーズ［すなわち、国家商品交換］によって独占される」と、キル共和国を含めてここは担ぎ屋のほか、国家調達以外の商品交換をも排除することを確言した。こうして、八月六日づけ電報でレーニンとブリュハーノフは重ねてキル食糧人民委員部に、「人民委員会議により中央のために確保されている穀物に対し、中央の認可なしに［キル共和国］内消費のために独自にセミパラチンスクとアクモリンスク県に搬出命令を与え［･･･････］もっとも困難な政治的時機に中央の供給に予定された穀物をそのように利用することは許し難い」として、その搬出命令を破棄し、「キル食糧人民委員部に課せられた中央の任務の遂行に全力を注ぐ」よう命じた。要するに、キル共和国にある両県は中央ロシアのための独占的調達地域に指定され、飢えたキル共和国と労働者組織はそこから閉め出されることになった。

八月一二日の電報は、この通達を正確に遂行しなかったとしてキル食糧人民委員部と同人民委員会議を譴責し、モスクワ宛てに一日一二本以上の直通貨物列車の発送を命じた。二六日づけ電報でレーニンは、「アクモリンスクとセミパラチンスク［県にある］すべての穀物が中央への搬出に確保された。自己の判断でキルギス地方やその他の諸県の供給を充たすため上述の地方で資源を再分配する権限はキル共和国組織に与えられていない。ロシア共和国食糧人民委員部以外によって与えられたアクモリンスクとセミパラチンスクの穀物の利用に関するあらゆる訓令を破棄する。これら地方［から］の穀物の搬出は、もっぱら中央の命令により行われ、当該地方の県内消費を縮小して必要な食糧資源を搬出しなければならない」と繰り返し通達した。これを受け、九月七日づけ電報でポノマレーンコは、「冬を前にし、シベリア食糧委によってアクモリンスク県で穀物の登録が行われ、約一五〇万プードの穀物が国有と宣告された」とレーニンに通知した。中央に穀物を確保するため、このようにして飢饉地域の生存権が剥奪されたが、一連の上記のポムゴル中央特別委決議から判断して、このポノマレーンコへの指示は極秘に行われたに違いない。ニジェゴロド県に秋蒔き種子五万六〇〇〇プードの搬出が命じられたが、この命令は、種子の搬出を免除され、県内のすべてのソフホーズの収穫は飢えた労働者の食糧用に確保されるとの以前の県に対する指示に背馳すると、県委書記は怒りを込めて八月にレーニンとカリーニンに打電した。地元住民が飢饉に陥っても中央のために徹底的な収奪が行われた。

国家商品交換が進捗しない中でこの傾向が強まった。八月一七日づけで食糧人民委員部は党中央委に、商品交換より市場で取引する傾向が強いと認め、「ウクライナとシベリアをもっぱら国家調達の地域と宣言することが必要である」と進言した。[xiv]

これは次のような事実にも反映された。八月六日のポムゴル中央特別委幹部会会議は、飢饉県に認定されたシムビリスクとウファー県に秋蒔き種子を調達するためセミパラチンスクとアクモリンスク県を指定し、相互の県ソユーズとソフホーズとの間で秋蒔き用種子一五万プードの搬送契約が交わされた。だが、セミパラチンスク県はすでに二一年の春蒔き時に種子を求めて毎日農民が押し寄せ、種子貯蔵を勝手に奪い取ったため現地で種子材が不足し、春蒔きは予定の六五％しか播種できなかった。県食糧コミッサール代理の説明では、収穫された穀物はほとんど種子に不適とのことであった。九月にアクモリンスク県を訪れたツェントロ=ソユーズ全権は、ライ麦の播種はなく秋蒔き種子はまったくないと報告した。こうして指定された両県での種子調達の試みも失敗に終わった。

そもそも、キル共和国も厳しい食糧事情にあり、七月にオレンブルグから「労働者は二ヶ月間配給を受け取らず、市場には穀物がなく、収穫は見込みがなく、栄養失調のためにコレラの大規模な感染が広まり、匪賊運動が強まっている」と報じられ、アクモリンスク県から穀物支援が打電された。八月一日づけでキル人民委員会議議長はレーニンに、「畜産は破滅的に低落し、キルギス共和国が蒙った穀物の完全な凶作は、住民を窮地に陥れ、特にトゥルガイ、イルギズ、テミル、ヂャムベイト郡で住民はハタリス、クマネズミ、道端に倒れた動物の皮を食べている。多くの餓死のケースがある。飢饉のためにチフス、コレラの伝染病が広まっている。もっとも資力の乏しいキルギス住民がもっとも被害を受けている」窮状を伝え、「トルケスタン食糧人民委員部によってキル共和国への穀物の出荷が禁止され、危機的状況が生まれている。外からの援助がなければ、住民には飢饉、キルギス人の貧農と労働者には完全な滅亡という運命が待ち受けている」と訴えた。キル人民委員会議議長代理は重ねてレーニンに、「アクチュビンスク、ブケイ、クスタナイ、ウラリスク、オレンブルグ県は飢饉県に認定され、ソフホーズ、コミューン、アルチェリの状態は破滅的」であることを伝え、アクモリンスクとセミパラチンスク県の余剰穀物をキルギスのために確保するよう要請した。だが、一一月七日づけ電報でフルームキンは、セミパラチンスクとアクモリンスク県は国家商品交換のために確保され、キル食糧人民委員部はそれを利用できないことを重ねて通達した。一一月にセミパラチンスク県食糧委によりスラヴゴロド郡での穀物調達が行われたが、現地食糧委によって駅からの穀物の発送は禁じられ、そこでの調達は失敗に終わった。一二月に食糧人民委員部がキル共和国に通知した穀物バランスによれば、二一年の総収穫は二六二万一三三一プードしかなく、一人当たりの年間食糧基準を一六フントとして算出しても一四八九万四五〇九プードの不足が判明した。恐ろしい大飢饉でありながらも、飢餓輸出を強いられた結果は明らかである。

アクモリンスク県の一〇月の状況をチェカーは、湖の苔を粉末にして食べているが、そのため胃腸障碍から大勢が病に罹り、飢饉のため「農民とキルギス人はパニック状態にある。彼らのうち、キルギス人は死から逃れようとキャラバンでトルケスタンに向かい、別の一部（ロシア農民）は仕事とパンを求めてウクライナに向かっている」と伝えた。二〇八万の農村人口と二五万五七〇〇人の都市人口のうち、二二年一月までに公式資料によれば飢餓民の数は一六〇万人を超えた。これは国家的犯罪の結果ではないだろうか。[xiv]

農民は面倒で厄介な商品交換制度を避け、通常の売買に向かうのは当初から認められた現象であった。交換所としてヴォルガに艀小売店が開かれたが、トルケスタンで「小売店を農民の日常生活品で充たし」、「自由商業のいくつかの要素」を認めたために「大きな成功をもたらし」、ヴャトカ県では不適正な交換率のために「不首尾に終わった」。

早くもペンザ県から五月に、農民は「馬鈴薯を調達する際に紙幣を大変好んでいる」と報じられ、収穫期を過ぎこの傾向は強まった。カリーニンは九月一七日づけ新聞紙上で、住民にはっきりと共感を呼んでいる紙幣が市場に現れ、「現在紙幣復興が劇的に進行している」と述べたとしても、実際には各地で紙幣の欠乏が起こった。八月一七日づけで食糧人民委員部代理はモーロトフ宛てに、すべての県食糧委と県ソユーズからの情報によれば、「売れ行きの悪い商品よりも紙幣の方が著しく容易に」調達できることを伝え、九月中に紙幣の完全な規模での発行を要請したが、それは実現されなかった。ペンザ県執行委議長はツェントロ=ソユーズに、紙幣なしでは「協同組合は死に絶え、投機が栄える」としてその緊急搬送を再三求めたが、回答はなかった。サマラ県から八月末に「商品交換の事情は非常に悪い」、「飢饉地区では現金だけが比較的有利な価格で購入できる」として紙幣七七〇億ルーブリの送付を求めたが、五〇億ルーブリだけを受け取った。サラトフ県でも同様な現象が認められ、農民がもっとも必要とする「食糧以外に、石油、窓ガラス、石鹸、マッチ、農民用の履物、更紗、厚手木綿繊維、被り物（帽子、スカーフ）、釘、ガラス、陶器、金属食器」の品数がないため、飢餓住民は商品より貨幣を求めていると県食糧委商品交換部は一一月の活動について報告したが、ここにも紙幣はなかった。[xiv]

自由商業の推進者であったレジャヴァーが早くも七月に、生後三ヶ月が商品交換のすべてであったとその勝利を認めていた市場の復活は、オリョール県から次のように語られた。「秋の訪れとともに市場は著しく活気づいた。商人の数は増大し、新しい収穫の農産物、多くは馬鈴薯、甜菜、キャベツなどを持ってバザールにやって来る農民は非常に多くなった。まだ穀物は少なく、それらは農村で直接販売されており、そこでは現地協同組合や到来する組織と個々の担ぎ屋によって買い付けられている。市場で穀物を扱うのは農民よりも商人か担ぎ屋である。同時に市場では今まで見られなかった商品が現れるようになった。このことは、これまで商人は慎重に自分のすべての在庫を市場に運ばなかったこと、もう一つは、収穫期に県に文字通り群れをなして到来した組織と個々人を通して大量の商品が流れ込んだことで説明される」。エカチェリンブルグ県から、「私的交換ははるかに敏感で柔軟で、そのためうまく市場を満足させている」と報告された。ヤロスラヴリ県食糧委からの一〇月に関する次の状況報告はその事情を次のように的確に指摘する。「県ソユーズのほか、市場に商品を持ち込む担ぎ屋、いくつかの協同組合組織が登場している。彼らは自分の商品を持ち、それらを県ソユーズよりはるかに安価で交換し、これによって組織的商品交換は損なわれている。県ソユーズは非組織的供給と競合するのは難しい、というのは、後者の商品は著しく安価で商品の品数ははるかに多様なので」。第一一回党協議会で、ペルミ県経済会議指令を引用し、「農村住民のおもな需要はもっぱら私的市場により充たされ、県内商品取引の七五％をそれが占めている」と報告された。だが、市場経済への移行で問題は解決されなかった。今度は市場価格の高騰と紙幣不足に不満が集中した。二一年末の労働者の気分について、クラスノヤルスク県チェカーの極秘報告は、食糧事情は改善されず、「労働者の不満は市場価格の高騰によって強まっている。それと同時に、彼らはそれと闘おうとしないソヴェト権力を非難している」と伝えた。ここの市場では一二月二一日朝に一プード二五万ルーブリであった穀物価格は夜に四〇万に達した。

市場に対抗し、九月一日づけ人民委員会議政令により、ツェントロ=ソユーズに現物か貨幣交換か任意の形態による商品交換の実施が認められたが、それでも国家商品交換は一〇月一日で計画の八・四％しか調達できなかった。一〇月二九日の第七回モスクワ県党協議会でレーニンは、「商品交換は崩壊した。それが売買となって現れたという意味で崩壊した。［･･･････］売買と紙幣流通の国家規制に移行するという、さらなる後退が必要である」と、公式にその敗北を宣言した。[xiv]一〇月八日の中央委総会で協同組合と商品交換との関係が審議され、それに基づく一〇月二六日づけ食糧人民委員部条令が出された。これによれば、商品交換の実施に関し国家機関はまず協同組合と契約を結ぶが、この条件を後者が拒否した場合、別の請負機関と契約することができるようになった。すなわち、協同組合は商品交換での独占的優先権を失い、国家機関が有利と判断すれば市場への出荷が認められた。翌二七日づけ布告は、あらゆる企業に一定の基準で製品を市場に出荷する権限を与え、自由市場の勝利はこのように確定された。この規程を当時の経済専門家は、「国家・協同組合商品交換が完全に敗北したとの共通認識の産物」であると正しくも評価した。一一月二〇日までに国家商品交換により穀物飼料七〇〇万プード、協同組合商品交換によって九六万プード弱だけが調達された。[xiv]

「幻想」であったとしても現物税構想②は潰え、税は一時的措置であり、商品交換の展開とともにそれは縮小されるであろうとの儚い期待は失われ、現物税こそが唯一の調達手段となるとともに一〇月三日づけ指令により現物税法令違反への罰則が強化された。

そして、市場原理の復活とともに飢饉の状況下で力ずくの穀物の獲得競争がはじまった。革命以前はクスターリ市場の北部の中心といわれたセヴェロドヴィナ県では、工業製品もクスターリ製品もないために市場は存在しないと一一月に報告されたが、二二年三月以後ここにあるすべての工場で国家供給が解除された。二〇／二一年度に全国で三七〇〇万人以上を数えた国家供給の受給者は、一年後には七〇八万五〇〇〇人を残すだけになった。弱者は国家供給から排除され、競争にも敗れ、そこでの不満は二二年夏に食糧人民委員部に提出された筆者不明の報告書で次のように述べられた。「最近、私企業が最終的に清算しようとする恐ろしい危険に共同給食は脅かされている。ペトログラードとモスクワで次々と共同給食の食堂が閉鎖され、それらに替わり、見かけだけの豪華さと偽りの居心地によって以前の共同給食の消費者を引き入れようとする私的カフェと食堂が何十、何百と開店している。労働者と職員の貧しい大衆は私的食堂でまずい食事を摂るか、栄養の乏しい食事に高い金を支払うのを余儀なくされて民衆にとっての厳しいネップの現実であった。[xiv]

[xiv] Крестьянское хозяйство за время революции.С.6,7; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.644,Л.52.それでも、播種面積を見れば二〇年の七六四〇万、二一年の六六七五万から二二年はさらに六四一〇万デシャチーナにまで縮小した（Народное хоязйство С.С.С.Р.С.7.）

[xiv] Golder,Hutchinson, op.cit.p.228; HIA.RU.228-1; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.10; Cockfield.H.J.ed.,op.cit.p.106; Patenaude, op.cit.p.174; Свободный пахарь.1921.13 нояб.

[xiv] Жатва смерти.С.26; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.643,Л.35-36; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.56,Л.628; Большевистское руководство.С.188,190; HIA.RU.10-7; КПСС в резолютиях и решениях съездов, конференциях и пленусов ЦК. 8-ое изд.Т.2.М.,1970.С.597.また、メリグーノフによれば、「モスクワにあるヴェチェカーは一種の国家内国家である。それは接収した社屋の数十にもなる多くの部屋を持つ。自前の仕立屋、洗濯屋、食堂、床屋、長靴屋、鍛冶屋などがある。地下貯蔵庫と倉庫には食料品、ワイン、その他の没収品の膨大な蓄えがあり、それらは職員の消費に回され、しばしば記録にも残らない。･･･････････飢餓の時期にもそれぞれのチェキストは砂糖、バター、小麦粉などの特別配給を受けていた」（Мельгунов С.П. Указ. соч.С.250（邦訳二三一～三二ページ））

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.538,Л.453; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.60,Л.99; Яров С.В. Указ. соч.С.90.

[xiv] Четрые года продовольственной работы.С.4; ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.487,Л.47; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.221; Оп.6,Д.523,Л.135,124; РГАСПИ.Ф5,Оп.1,Д.2630,Л.17; Д.2628,Л.91,45; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.192; РГАСПИ.Ф5,Оп.1,Д.2628,Л.1.戦前の家族持ち労働者の支出のうち食費は四九％以上を占め、以下住居費三〇～二三、衣服費一三、衛生費三％が続き、生活維持費にほとんどが費やされた。物価については、一八年一月から二一年七月までにライ麦パン価格は二四六九倍に高騰し、それ以後更紗との交換率が戦前の二・六倍になった二二年五月まで農産物価格の工業価格に対する相対的上昇傾向は続いた（Вестник финансов.1922.№10.С.26; Первушин С.А.Указ. соч.С.27; Экономическое обозрение.1923.№12.С.33.）。これが二三年に現出する鋏状価格差のはじまりである。この問題についてはとりあえず、梶川伸一「ソヴェト「二三年危機」」、『史林』、一九八二年一号、同「二三年危機下の農村経済」（溪内謙・荒田洋編『ネップからスターリン時代へ』、木鐸社、一九八二年所収）を参照のこと。

[xiv] ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.51,349,374; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.127; « Совершенно секретно » . Т.1.Ч.1. С.89.

[xiv] РГАСПИ.Ф5,Оп.1,Д.2629,Л.3,5,49,58; и др.; Ф.17,Оп.3,Д.229,Л.1-2; Одинцов М.И. Указ. соч.С.24; Голанд Ю.М. Указ. соч.С.35,38; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.202,Л.2; Д.204,Л.2.別の資料によれば、一七年一〇月の金ファンドは一二億九二〇〇万ルーブリ（Вайсберг Р.Е. Деньги и цены.М.,1925.С.24.）

[xiv] Протоколы десятой Всероссийской конференции РКП ( б ).С.50-56; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.60,61; Report on Economic Conditions in Russia.p.127,129; СУ РСФСР.1922.№64.ст.827; Голанд Ю.М. Указ. соч.С.33,164.ソヴェト通貨に関して、木村雅則「｢貨幣｣の復興過程、（中山弘正編著『ネップ経済の研究』御茶の水書房、一九八〇年所収）を参照。

[xiv] Советская деревня глазами.Т.2.М.,2000.С.99,100,111,118,101; Есиков С.А. Российская деревня в годы нэпа.С.143; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.112,125.二八年出版の資料で、二二年一〇月以後平均摂取カロリーは戦前水準を超えたとする記述は疑問。当時の調査資料は一般にカロリー摂取量を過大に評価する傾向があり、二四年発行の中央統計管理局資料に基づけば、凶作を蒙った生産地帯の成人農村住民のカロリー摂取を二一年一〇月で三八〇六、二二年同月で三八四五カロリーとし、これはほぼ二〇年の水準であった。だが、もっとも給食活動を展開していたＡＲＡでさえ、住民の一部に一日七七八カロリーの基準で実施したこと、二一年一一月にチェリャビンスク県で消費量が一二〇〇、サマラ県で一一〇〇カロリーであったなどの断片的報告から判断しても、上記の数字は大きすぎる（Состояние питания сельского населения. С.53; Народное хоязйство С.С.С.Р.С.108; Ингулов С. М.Голод в цихрах.М.,1922.С.7; Народное хоязйство России за 1921 г.С.11.）

[xiv] Гимпельсон Е.Г. Указ. статья.С.29,32; Декреты Советской власти.T.13.С.41-42,38-40; СУ РСФСР.1922.№10.ст.93; Девятый Всероссийский съезд советов.С.298-300; РГАСПИ.Ф.5,Оп.2,Д.48,Л.3об.; Ф.17,Оп.3,Д.256,Л.2-3; В.И.Ленин и ВЧК.С.550-551; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.54.С.144; СУ РСФСР.1922.№16.ст.160.一九年二月一七日づけチェカーに関する中央執行委布告では、反革命武装直接行動でチェカーの懲罰権が保持されたが、革命裁判所にチェカー検証の権限が与えられ（Декреты Советской власти.T.4.С.400-401）、ほぼこの時期の状態に戻された。ギムペリソーンはこの一連のソヴェト改革を民主化過程の一環と捉えているが、むしろ内戦期に、特に農民蜂起によって壊滅状態となった下級ソヴェトの再建的性格を持ったと考えられる。

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.290,Л.4; СУ РСФСР.1922.№65.ст.844; Камалова Г.Т. Подразделения ВЧК-ГПУ-ОГПУ в системе органов государственной власти// Отечественная история.№2.2009.С.128; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.44.С.428.ギムペリソーンは、梶川と異なる観点からヴェチェカーの再編を検討ながらも、「ネップとヴェチェカー=ゲペウーは不可分となった」と結論づける（Гимпельсон Е.Г. Указ. соч.С.60.）

　第六章　大飢饉下の民衆

　一　大飢饉に直面して

旱魃は続く

二一年は晩春を過ぎても旱天が続き作況が悪化しつつあるのは、誰の目からも明らかであったが、中央権力はこの現実にきわめて疎く、その対応は著しく遅れた。トゥーラ、ヴォロネジ県などの播種状態を視察した播種キャンペーンの責任者オシーンスキィは五月七日の農業人民委員部参与会で、「秋蒔きは一面緑で良好な成長。春蒔きは発芽しはじめている。雨が降り出し、春蒔きも良好と見なすことができる」と報告した。だが、この光景は、トゥーラ県執行委機関紙が、旱魃が続き六月下旬の雨で多少は改善されたが、春蒔きの発芽はわずかで、旱天のほかに寒気と虫害によって播種は大損害を被ったと伝える実情や、ヴォロネジ県は絶対的に種子が不足し、播種キャンペーンは実施されなかったというチェカー情報などとあまりにもかけ離れている。「秋蒔きの緑の斑点を見ることは非常に稀で、自分の種子を播種できるのは例外的で、それは中央からの援助はなかったからである」という、ペルミ県を視察したノギーンの観測がほとんどの地方に共通する光景であった。

飢饉県にも認定されなかったペンザ県の農村住民の食糧事情は次のようであった。二一年の収穫は郡ごとに大きな開きがあるとしても、県平均で住民一人当たり穀物七・六、馬鈴薯一三・三プードの収穫があった。しかし、播種分、食糧分、飼料分と現物税を差し引けば穀物は一五・五プード不足し、それを一一プードの馬鈴薯が補った。この調査結果から、食糧税が国庫に納付されれば住民に栄養失調と代用食を強いることになると、二二年一月に提出されたこの報告書は締めくくられた。実際、ゴロディシェ郡で収穫期を過ぎて代用食を摂取する住民が目立ちはじめ、八月のチェカー情報は次のように伝えた。「ゴロディシェとクラスノスロボドスク郡で住民の気分は凶作に関連し苛ついている。秋蒔き区画を播種する期待はほとんどない。住民は麦粉への混ぜ物として粘土を大量に調理している。ゴロディシェ郡で村落丸ごとのシベリアへの移住が見られる」[xiv]

十月政変後に食糧事情が悪化するにつれ、早くから代用食が一定の地方で常食となり、最初は豆、蕎麦、オート麦、黍、トウモロコシ粉、麩、油粕、野菜がパンに混ぜられ、次に普段は食物に利用されない野草、苔、地衣がそれに加わり、最後にはそのような物だけが食用になり、大飢饉の中では代用食も食い尽くされた。一九年七月のプスコフ県で「一年半に及ぶ飢餓の最終段階にある。穀物はなく住民は雑草と代用食を食べ、伝染病が猖獗している」。八月にセヴェロドヴィナ県ウスチューグ郡はひどい飢餓のため、住民は代用食だけの食事になっていた。二〇年六月のカルーガ県コゼリスク郡執行委の報告によれば、「すべての市民は現在あらゆる代用食、雑草、団栗などを食べ」、餓死も記録された。すでに生産県にも代用食が登場し、タムボフ県ボリソグレブスクとウスマニ郡では割当徴発の開始までに一人当たり穀物三プードしか残されず、住民は様々な代用食を摂っていた。二一年夏までにそれを摂取する範囲は著しく拡大した。チェカー情報は、六月にマリ州で「住民は配給を受け取らず、完全に飢え、様々な代用食を摂っている」、八月にヴャトカ県で住民の一部は代用食を食し、チュヴァシ州では冬に備えて団栗やアカザを採取していると報じた。こうして冬が近づくにつれアカザから粘土に至るまで文字通り、口に入るあらゆる物が代用食に利用された。もっとも重要なアカザは一メートルほどの一年草で、「アカザが畑にあるときに災難はないが、パンもアカザもないときは災難を待ち受けなければならない」との言い伝えがあり、チュヴァシ州では救荒用に熟するまでアカザは摘み取られなかった。だが、ＡＲＡ医療団は、「アカザパンを食すると間もなく、疲労時に顔色が青くなり、胃に不快感を覚え、耳鳴りがして、目眩と知的、肉体的障碍を招く。老人と子供には特に有害で［･･･････］一般にいかように調理しても人が摂取するには適さない」と結論づけた。それでも代用食を持つ農民は幸運であり、タタール共和国では一一月にアカザ粉一プードが五万ルーブリで販売されていた（当時の穀物価格は三〇万ルーブリ程度）。二二年に代用食の調理に関するパンフレットも出版され、それによれば、「食用に堪えない物質として、粗く砕かれた樹皮、泥炭、あらゆる種類の粘土、粘板岩があり、それらは最近大量にパンに混ぜられている」と指摘され、牧草に紛れるヒヨス、ドクニンジン、ドクムギ、ムギセンノウ[xiv]、サンシキヒルガオなどの雑草は、痛みをともなう胃腸障碍を引き起こす望ましくない代用食とされた。チェリャビンスク県の飢餓民がこの時に利用した代用食のリストに、湖泥、製粉所の屑など六〇種類が挙げられた。サマラ農民はこのように語っている。「人類史上いかなる民族も、いかなる種族も、いかなる人種も、おそらくいかなる野獣も、現在飢えた農民が食用にしているものを食べたことがないだろう」[xiv]

一八年にトヴェリ県でオート麦だけが配給され、「オート麦粉にあらゆる代用食が混ぜられ、焼くと固まった糞に似たパンができあがる」といわれ、ＡＲＡも「彼らはわれわれに雑草と団栗からできた自家製のパンを見せてくれた。それは馬糞そっくりであった」と報告しているが、二一年には本当に馬糞も食事に利用された。大飢饉に見舞われた「ニコラエフ郡で飢えた者は馬糞を貪っている。市場で公然と犬肉が売られている。運輸業者の一五家族は二ヶ月以上屠畜場で手に入れた血で生きている」と、ウクライナから伝えられた。ツァーリツィン県では大鋸屑とトウモロコシ粉を馬糞に混ぜて焼いて食用にしていた。ちなみに、家畜の糞は肥料に利用されるが、最良の肥料は豚、牛、山羊の順で一年熟成させて用いたが、馬糞は「強烈」なため牛糞でできるだけ希釈して使った。また、二一年の燃料危機の際にドイツ人コミューンから報告されたように、ほかに燃料がないため春になり馬糞に藁を混ぜて塊にして、天日で乾燥させ、蒸気製粉所の燃料に利用された。バシキリアでは大飢饉の中で最後の馬も売り払われ、そのような馬糞燃料にも事欠いた。

シムビルスク県での代用食は、「白樺の木、花序、「アカザ」（雑草）、様々な種子、団栗粉、これが富裕な人々の食事であった。「中流」農民や貧農はそのような贅沢は許されず、ここでわれわれは別種の食事を見る。古い腐った藁が藁屋根から引き抜かれ、粉のように挽かれ、ケーキ状の何かが出来上がる。沼地の草と苔がスープに煮込まれる。力のある子供が若い小枝を伐るために河岸や森に遣られ、それは数日間煮込んでシチューになる。古い骨が、元は何であったかを誰も気にせず、集められ、蒸気で柔らかくされて砕かれ、そうして得られた粉からパンが焼かれる」。こうして二一年夏が近づくにつれ、破壊された藁屋根があちこちで見られるようになると、胃腸障碍が大量に発生した。[xiv]

「約九〇％が非常に文化水準の低いチュヴァシ人からなり」、原始的な農耕手段が支配的で、ヴォルガ中流域右岸にあるチュヴァシ州で被害が特に顕著に現れた。六月までに水腐り、凍傷、焼き枯れなどが原因で秋蒔き播種の三二％以上を失った。「飢餓住民の数は三二万五六七五人に達し、それは州の全農村人口の四三％になる。七月までにこの割合はすでに八〇％に達し、七月中も毎日増加して一〇〇％になるだろう。公式資料によれば、飢餓住民の状態はひどい。飢餓民のほぼ三三％は半分をオート麦、半分を砕いた菩提樹の葉からなるパンを代用食にしている。五五％は三分の二を砕いた樹皮や菩提樹の葉または様々な雑草を混ぜたオート麦からなるレピョーシカ［粉を円形に焼いた食べ物］を食べ、残り一二％はまったくパンもレピョーシカもなく雑草のスープを食している」と報告された。ここでは六月末まで一滴の雨もなかった。秋蒔きの七〇％はまったく発芽せず、発芽しても旱魃のため成長を止め、丈は三〇センチほどしかなく、穂が小さく、成熟を待たずに黄ばんで枯れた。収穫はデシャチーナ当たり一〇プード以下と見込まれた。七月に二センチほどのメイガлуговой мотылёкの飛翔が認められたが、悪いなりにも畑に穀物があるため駆除されぬまま、八月になると食用に取り置きしていたアカザに産みつけた卵から大量に幼虫が発生した。卵を産みつけられても、「樹皮よりまだましな」アカザを燻蒸するなどの措置を執ることができず、旱天に続くメイガの被害に住民はパニックに陥り、「これは神のお告げであるとして十字を切って」いた。この被害は大きく、州全体で合計三八万三〇〇〇デシャチーナの畑が虫害を蒙り、一四万六〇〇〇デシャチーナだけが免れた。八月三日づけ現物税免税に関する人民委員会議布告で、幼虫により全滅した菜園は免税とされた。[xiv]

暗緑色のこの幼虫は二〇年夏にブリャンスク県のいくつかの地方で大量に発生し、蕎麦のようなまだ収穫していない春蒔き播種に甚大な被害を与え、目撃談によれば、数時間で大きな菜園が食べ尽くされた。このような報告は、飢饉の深まりとともに中部、南部諸県の多くの地方からも寄せられ、ペンザ県サランスク郡執行委議長は、飢饉の最初の小さな兆しは幼虫がヴォルガ諸県に大量に発生した二一年七月にはじまったと報告した。「サランスク郡の畑に幼虫が現れた」との八月の現地チェカー情報で確認されるこの被害はルザ郡に広がり、発芽した秋蒔き穀物は幼虫に食い尽くされた。サマラ県で畑にわずかに残された穀物を最終的に全滅させたのは、「一晩で畑を荒地に変えた」蝗と幼虫であった。

今度は、アルタイ県バルナウル、ビイスク、ゴルノ=アルタイ、ズメイノゴルスク郡で七月初めに蝗とともに「穂の成熟期にそれから汁を吸い取る赤色の幼虫」が出現した。オムスク全県で蝗が発生し、チュカリンスクとスラヴゴロド郡に現れた幼虫によって、不完全な資料によれば穀物と菜園の六〇〇〇デシャチーナ以上が全滅した。シムビルスク県では旱魃に加え、小麦と黍の根が幼虫に食われ、最初の脱穀の結果、県平均で一デシャチーナ当たりのライ麦の収穫は三プードと算出された。ウクライナのステップ地区のほとんど至る所にメイガが出没し、おもに甜菜、キャベツ、瓜を食い尽くした。そこで久しく見なかったジンサンシバンムシхлебный жукやネキリムシが大量発生したのは、殺虫剤の払底と畑が耕作されずに雑草が繁茂したためといわれた。飢饉の拡大とともに虫害は深刻になり、その被災面積は二〇年に比べ、二一年は一・九倍、二二年は四・五倍になった。

このほかにハタリスも化学的に駆除できないため大きな被害をもたらし、ハリコフ県だけで播種の一〇％を絶滅させた。サラトフ県ポクロフスク郡で不完全な資料によれば、約一万三〇〇〇デシャチーナが蝗とハタリスにより全滅し、デルガチ郡で「旱魃、蝗、ハタリスが収穫への最後の期待をうち砕いた」[xiv]

飢餓民への乏しい国家支援

ようやく、六月一〇日の中央執行委幹部会はサマラ県の実情調査に特別委の派遣を決め、二五日の政治局会議でヴォルガ中下流域における凶作に関するテオドローヴィッチの報告に基づき、この地域の援助措置を執るための特別小委員会が設置され、準備作業がはじまった。二六日づけ『プラヴダ』の巻頭論文は、歴史的大飢饉の一八九一年を超える二五〇〇万人の飢餓民救援の組織化を訴え、三〇日づけ『経済生活』紙で農民が大量に離村する悲惨な実情が報道され、未曾有の飢饉の存在が中央権力により公表された。だが、すでに晩春から至る所に旱魃は広がっていた。シムビリスク県コルスン郡から四月に「秋蒔き穀物の発芽は郡全体で悪い」、タムボフ県テムニコフ郡から「秋蒔きライ麦、春蒔きオート麦、黍、馬鈴薯は六月一日現在で旱魃とひどい熱波のために凶作の見込み」と各地から報告されていた。五月中に農村住民二四万のうち飢餓民が一六万人を占め、飢えた群衆が村ごと郷執行委、集荷所、製粉所を取り囲んでいるが何も供給できないサマラ県メレケス郡執行委は、県食糧委に穀物四万プードの放出を求めたが、「管轄にある貯蔵からの援助は不可能」との回答を得ただけであった。同郡革命委は、「備蓄はまったくなく、七月から労働者と職員を例外とせず、孤児院、病院、赤軍兵士家族への供給は停止され、市と郡の住民、特に農民は完全に飢えている。飢えた市民は物乞いをして生活し、消耗し死に絶えている」と伝えた。バシキリア共和国では六月までに穀物は尽き、チェリャビンスク県から県内と市に飢えたバシキール人が殺到していると通知された。ステルリタマク市内で完全に飢えた者と乞食が群をなし、彼らは日ごとにその数を増していたが、地方資源は完全に枯渇し、企業と施設の職員、労働者は飢饉と流浪の群衆に怯えて四散し、そこでのあらゆる活動は停止した。これらの現実に対し、この対応はあまりにも遅すぎた。[xiv]

これ以後飢餓民の救援活動がはじまったとはいえ、サマラ県ブズルク郡からの支援要請に対し七月八日づけで、「国が蒙っている食糧危機のため、食糧人民委員部は飢饉に置かれているサマラ県に速やかな援助を与えることができない」と回答したように、国家は援助物資を完全に欠いていた。早期に飢饉と認定されたバラコヴォ郡の執行委議長は、中央執行委は何らかの対処をしてくれるだろうとの当初の期待は外れ、穀物を求めて郡執行委に農民が押しかけているが、われわれは「孤立無援のため住民に対する権威を失い」、県食糧委は革命裁判所巡回法廷を送り出すとの常套句を繰り返す以外何もしていないと訴えた。

七月一八日づけ中央執行委幹部会政令により「中央執行委付置飢餓民援助中央特別委（ポムゴル中央特別委、議長カリーニン、議長代理スミドーヴィッチ、ルィコーフ、カーメネフ）」が設置され、この政令では地方組織は規定されなかったが、ポムゴル中央特別委の発足直後に同幹部会はアストラハン、ツァーリツィン、サマラなどの飢饉地域で地方ポムゴル特別委（コムポムゴル）の設置を指示した。この指示は間もなく修正され、九月二二日づけ中央執行委決議はロシア全土に県・郡・郷コムポムゴルの設置を定めたが、それらの多くに「ヴォルガ地方飢餓民援助」の名称が冠せられ、あくまでもこの地方に飢饉を限定しようとする、中央権力の意図は明白であった。中央権力の飢餓民援助は地域が限定されていただけでなく、具体的援助は飢餓民への食糧支援より基本的に秋蒔き播種に集中された。七月二一日づけタムボフ郡党組織への回状で、「専門家の想定によればこの数年でもっとも厳しい旱魃をともなう厳しい夏季が想定され、それは間違いなく非常に破滅的である」と予想されたタムボフ県でも、ヴォルガ飢餓民救済のため県委と県執行委の電信訓令により、製粉税一プード当たり一フントの徴収、賃金からの控除などが実施された。

イルクーツク県の農民はそこでの飢饉を「権力崩壊の兆候」と見ていたように、ボリシェヴィキ政府にとってその克服は政治的課題となった。だが、八月二七日の最高国民経済会議の下に開かれた特別会議で、飢饉地区のすべての労働者に食糧援助は不可能であり、定率控除した現地の工場製品により穀物との商品交換を行うことが決定され、中央からの食糧支援は構想されなかった。そこで、援助物資が乏しい分だけ、情宣活動は党中央委アジプロ部部長代理ヤーコヴレフによる厳格な統制を受け、八月二六日の中央委組織局会議は中央と地方で「飢饉との闘争に関するアジ特別委」の設置を決めた。そこで案出された援助の原理が、九月二九日づけポムゴル中央特別委回状三号で指摘されたような、「飢餓民の一定数の保護を順調な市と村が引き受ける」「慈善保護попечительствоの原則」であった。ポムゴル中央特別委が設置されても、それは国家的救済を意味しなかった。[xiv]

七月二一日、八月四日づけ中央執行委政令は、一、アストラハン、二、ツァーリツィン、三、サラトフ、四、ドイツ人州勤労コミューン、五、サマラ、六、シムビリスク、七、タタール共和国、八、チュヴァシ州、九、ウファー県ベレベイ、ビルスク郡、一〇、マリ州セルヌル、クラスノコクシャイスク郡(カントン)、一一、ヴャトカ県ヤランスク、ウルジューム、ソヴェトスク、マルムィジ郡を凶作と認定し、その「秋蒔き区画から国家現物税を免除する」と決定したが、「所によっては充分な収穫がある」との前提で、県当局に地方現物税の徴収が指示され、後者の政令で、秋蒔き播種に投入するためと、その徴収目的が説明された。それに続いて出された、上記の凶作地区における『秋蒔き区画の播種に関する二一年秋蒔き穀物収穫の取扱い指令』は最大面積に播種する目的で、食用への転用、播種終了まで秋蒔き穀物の脱穀、市場取引を禁じ、内部再分配の措置を執り、違反者は革命裁判所で審理するよう県播種委に指示を与えた。サラトフ県で「貧農はいずれ種子を食ってしまう」ので、もっぱら富裕農民に種子の交付が向けられた状況で出されたこの指令は、貧しい住民にとってほとんど餓死を強いるものであった。また、この地区認定は実状を必ずしも反映していなかった。バシク共和国にあるウファー県で穀物の一人当たりの収量は、ビルスク郡は七・一プード、ベレベイ郡は三・九プードであり、ウファー郡は六・五、ズラトウスト郡は四・七プードと、ビルスク郡よりも穀物の困窮度は高かったが、認定を受けなかった。一九年一二月にウファー市で労働者と職員（家族を含め）の給食受給率二・二％が二一年九月に八・五％に微増しただけで、それは窮状を救うにはまったく不充分であった。そもそもソヴェト政府の収穫量の数値は疑わしく、中央統計管理局はサマラ県の二一年収穫を七〇三万二〇〇〇プードと、西側専門家は三一五万プードと算出したように、ナンセン代表団は政府により公表される穀物収量は実際よりもはるかに多いと断言する。[xiv]

飢饉に認定されたシムビルスク県で県コムポムゴルは八月二二日に活動に取りかかったが、しかるべき計画も指導指針も中央から現地に届かず、秋蒔き播種用の種子は入荷せず、資金は金庫に眠ったままで配分されなかった。県の播種需要に対し三七八万五〇〇〇プードの不足があり、生産諸県に種子材の配送を求めたがそれは拒絶され、県食糧コミッサールがモスクワに派遣され、中央との交渉で一二六万七〇五九プードの種子材がようやく入荷し一一三万五三七五プードが播種された。食用穀物は八月末に底を突き、県食糧委の資料によりオート麦三万プードと碾割り九〇〇〇プードの備蓄があると想定されたクルムィシ郡にすべての期待がかけられた。だが、その備蓄の引渡しは拒否され、そこで厳しい飢饉にある県内での徹底的徴税が指示された（これが内部再分配の措置、すなわち、地方食糧税である）。徴税キャンペーンの一〇月中に税不払い人七二人が逮捕され、そのうち五一人が裁判所に引き渡され、アラトゥイリ郡イヴァノフカ村で全種の農産物、アルダトフ郡で蜂蜜、バター、卵に対して市場の閉鎖が行われたが、一〇月末現在で県コルポムゴルの管轄に二万三〇〇〇プードの備蓄が形成されただけであった。

このように、国税が免除されたとしても飢饉地方での苛斂誅求が止むことはなく、むしろ、飢餓民救済の穀物を確保するとの大儀で、飢饉の昂進とともに徴税への圧力が強まった。飢饉問題が審議された八月九日の中央委総会で、一、県委に食糧税の速やかで完全な徴税を指示する、二、反対行動または納付遅延のわずかな兆しがあれば、強制的でもっとも断固とした措置を執り、郷と村に軍事部隊を導入し、直ちにそこに軍事裁判所巡回法廷を差し向けもっとも厳しく処罰する、三、革命裁判所と軍事部隊を即座に配備する、四、軍事部隊を導入する際にその負担は完全な基準で村団に課せられる旨の、食糧税徴収の基本方針が策定された。これを受け、八月一二日づけ国防会議政令は、食糧税の完納は凶作を受けた経営の復興に役立つとして、上記の決議を繰り返し、強制力を駆使しての完納を指示し、この方針は飢饉地方にも適用された。サマラ県責任書記は中央からの情報として一一月以前に支援は与えられないので、食糧税と製粉税の徴収を強化するよう命ずる電報を郡執行委議長に送った。だが、県内ではひどい飢饉のために郡別収穫率等級さえも定まらず、食糧税はまったく実施できないと県食糧コミッサールは九月二七日づけ電報で食糧人民委員部に打電した。ブグルスラン郡では徴税に圧力と強制措置が執られ、サマラ郡では住民が「荒れ狂っている」ために食糧部隊が派遣された。そこの農民は、布告では余剰は経営の改善に向けられると述べられているのに、昨年度の割当徴発より厳しい食糧税「すべてが欺瞞に基づいている」とカリーニンに訴えた。昨年度の割当徴発は同県に一六〇〇万プードが課せられ、二月四日づけ停止命令にもかかわらず、「臨戦態勢により穀物を発送せよとの要求をつけた食糧人民委員部分配管理局からの絶えることのない」、圧力の下に割当徴発は五月一五日まで継続され、全部で一〇〇一万八五七〇プードの穀物が調達された（遂行率六二・六％）事実をここで付言しなければならない。[xiv]

当然にもこれら認定地域以外はいっそう悲惨であった。一人当たりの穀物消費量が一三年の一五・二から二〇年には五・三プードに激減していたペルミ県で、二一年収穫は全播種面積の六二％で二〇プード以下、残りは一五プード以下と算出された。カマ流域地方はヴォルガ流域諸県と同様に支援が必要であるとの電報を受け、七月一一日づけ党中央委書記局決定に基づき、一八日の組織局会議はペルミ県の調査に中央執行委全権としてノギーンを指名した。県内すべての郡を視察した彼は八月二九日づけで現地から、「飢饉は想像以上に広い範囲で重苦しく広がり、いくつかの地方やここペルミでも現在までコムポムゴルのおもな関心はヴォルガ流域諸県への援助の組織化に払われていた。しかし、サラプル郡全部、オサ郡の一五郷、オハンスクの九郷、クングルの六郷はそこよりもひどい状況である。それは国家種子材からの援助が禁止され、種子の引渡しがあまりにも遅く開始されたことでさらに強まった。［･･･････］農民たちはすでに春から代用食を摂り、大多数がアカザ、［読解不能］、大根などからなるパンを食べている。オハンスク郡ソスノフスカヤ郷では多くが大鋸屑入りのパンを食べている。飢饉のもっとも過激な形として、オサ郡アリャガとゴンドシルスク地区でコレラが猛威をふるった」と報告したが、それでも同県は二一年一二月まで非認定であった。[xiv]

飢饉地域の厳しい認定

七、八月に中央執行委特別委によって現地調査に基づく飢饉地域の確認作業が行われた。七月一九日に同特別委は、シムビルスク県についてセンギレイ郡執行委幹部会から「収穫見込みは悲惨。秋蒔き区画で播種の一部は二〇年秋の旱魃により全滅し、春に雪の下から発芽しなかった。早生播種の主力の黍は全滅した（小麦とオート麦はわずかな量しか栽培されていない）」との報告を受けた。続く二二日の同特別委は、二〇年の不作と二一年の凶作のため県は自給不能で、農民の四〇％だけが収穫まで平均二・五プードの余剰を持ち、六〇％はずっと以前から代用食を摂り、都市住民の食糧備蓄は窮迫し「工業は死に絶えている」状況を認め、秋蒔きの平均収穫をデシャチーナ当たり四プード、春蒔きを一一・四プードの算出根拠により九一〇万プードの搬入を必要と認めた。だが二四日の会議は、穀物不足量を県執行委が算出した二四六三万九〇〇〇プードから大幅に下方修正し、七三六万六〇〇〇プードに定めた。この数字は七月末の最終会議で、食糧貯蔵の異常な逼迫と餓死者が出た食糧危機を考慮して七四一万一〇〇〇プードに微増された。サマラ県に関して七月三日に開かれた県執行委・県委幹部会との合同会議で、搬入が必要であったにもかかわらず食糧軍の圧力で割当徴発が七〇％［ママ］遂行されたため、旱魃による被害をさらに拡大したと指摘された。一七日に県内調査は終了し、最終会議で、「工場は停止し、ソヴェト施設は死滅しつつある」、今年度県は「他県から穀物を搬入して生存しなければならない」との現状が確認され、穀物九一〇万八八五〇プードの搬入が必要とされた。八月三日に開かれたチュヴァシ州執行委・州党委と同特別委との合同会議で、州内の平年収穫率は六〇プード以上だが二一年は一〇プード余しかなく、州全体で飢餓民は人口の九九％に達したとの州統計局の報告は、根拠がなく眉唾であると州食糧委により一蹴され、穀物貯蔵が可能とまで指摘された。もちろん、そこへの救援策は議論されなかった。タタール共和国については七、一二日の会議で検討され、春蒔きオート麦の収穫が五〇％縮小したのを根拠なし、馬鈴薯の収穫は過小評価されているとして、一人当たり年間基準六プードを根拠に穀物搬入量が確定された。農民の六〇％が代用食を摂っていると、この合同会議で公式に確認され、ようやく二二日に同特別委議長ベールキンは共和国人民委員会議議長と連名で食糧人民委員部にタタール共和国で原料を除く国家食糧税の免除が必要であると答申した。こうして七月下旬から八月半ばにかけて慌ただしく広域の飢饉地方を査定したベールキン特別委の、一見して被害が過小評価されているこれら資料が、飢饉地方救済の穀物バランスの根拠となり、このような彼がポムゴル情宣活動でヤーコヴレフの補佐役を努めた。

ベールキン特別委と現地からの資料に基づき、二一年秋蒔き播種に関する特別委は、三〇四万二〇〇〇デシャチーナの全滅した播種面積に応じて種子は配分されるが、「農業人民委員部が秋蒔きに五一二万八〇〇〇プードを受け取ると想定した種子貸付の原資は、たとえわずかな播種面積を充足するにもまったく不足し、ヴォルガ流域地方の状況も改善できないことは明らかである」と結論づけた。七月末に全国規模で種子貯蔵は完全に払底したことが明らかとなり、新収穫が唯一の食糧源となった飢饉地方での秋蒔き播種キャンペーンは惨憺たる結果であった。サマラ県では予定の五二％、タタール共和国では二〇年比で四二・三、バシク共和国では同じく三〇・六％だけが達成された。[xiv]

こうしてヴォルガ流域諸県の穀物支援にさえ国内原資が不足するため、飢饉地域の追加認定にはきわめて慎重であった。八月一八日の中央執行委幹部会会議で、ウファー県ウファー、ズラトウスト郡、キル共和国ウラリスク、オレンブルグ、アクチュビンスク、ブケイ県、クスタナイとアダエフカ特別郡を除くクスタナイ県、自治マリ州コジモデミャンスク郡、カルムィク州を飢饉県と認定したが、バシキリア共和国、スタヴロポリ県、ヴォチャーク州は、飢饉に認定するための調査が必要とされるに留まった。ヴォチャーク州食糧参与会は七月一一日に凶作の資料を整え、一部の郡で食糧税の免除と多くの郡で収穫等級の低減を決議したが、この免税の認定を受けたのは一〇月一〇日づけ中央執行委幹部会会議であった。だがここでも、地方税としての現物税は容赦なく徴収され、二一年末に飢饉に認定されるまでグラゾフ郡でその一九％、デベスィ郡で八六％が遂行され、一一月の調査報告は州内の課税は重い負担であったと結論づけた。食糧危機と匪賊運動による政情不安のため七月一三日まで全県に戒厳令が敷かれていたチェリャビンスク県は、一〇月一〇日づけ中央執行委幹部会決議に基づき、部分的飢饉県に認定された。そこでの飢饉対策は、食糧資源を強化するため県執行委に飢饉地区で国税免除と県内向け食糧税を宣告するのを認めることだけで、この県に課せられた食糧税一〇一万二〇〇〇プードの減量の審議は徴税キャンペーン終了間際の一二月八日の中央執行委幹部会でようやく行われた。キルギス自治共和国で遊牧民への乳産物税と皮革税はキル中央執行委幹部会で免税が決議されたが、九月一二日の全ロシア中央執行委はその決議を破棄した。また、六月一〇日の同幹部会会議は卵、バター徴税の一時中断を決議したが、二三日づけ同会議はその地方的需要を充たすため先の決議を翻し、その継続を決定した。[xiv]

飢饉諸県で遂行される地方食糧税が飢餓民救済に向けられたなら、まだ救われたかもしれない。サマラ県では七月末に県統計局、県農業管理局、県食糧委代表からなる特別委は食糧税をライ麦単位で五九五万九五〇〇プードに定めたが、凶作に配慮しそれは約二〇〇万プードに減量され、飢饉郡にもそれは配分された（例えば、プガチョフ郡にライ麦四万五五〇〇、小麦二万六〇〇〇、オート麦一万九五〇〇、黍一万六二五〇、搾油用種子一万四五〇〇、干草一〇万プード）。そこで、九月一七日づけ県執行委命令一六六号は「県内で食糧資源は完全に枯渇したが、中央はすべての関心をまず秋蒔き播種キャンペーンに向けているため」、中央からの食糧支援は期待できず、徴収された穀物は「郡で凶作の大きな被害を受けた農民への供給のため納付されると宣告し」、個人的責任の下に現物税の厳重な徴収を郡食糧コミッサールに命じた。だが、二一日づけ郡食糧コミッサール宛ての県食糧コミッサールの秘密回状は、「現物税、製粉税、その他の徴収された穀物は二一年九月一〇日づけで入電した食糧人民委員部訓令三〇七／七一号に準じて、［現物税の］完全な実現に至るまで農民住民の間で配分されない」ことを指導指針として通達した。飢饉県で税の完遂は考えられず、完納の条件を秘匿しながら命令一六六号が出され、この秘密回状は、そこで徴収された穀物は飢餓民救済に回されなかったことを物語っている。[xiv]

この時の飢饉は遅れた農法などの理由により周辺民族地域が特に大きく被災した。二二年五月現在、飢餓民の人口比が九〇％以上の地域は、カルムィク州（九〇）、サマラ県（九五）、タタール共和国（九六）、マリ州（九〇）（括弧内はその％）であり、サマラ県ではスタヴロポリからメレケス郡にかけて住民の多数を占めるタタール人の困窮と衰弱がロシア人以上に目立ったように、少数民族地域がことさら罹災の程度は大きかった。

最終的に二一年一二月にロシア共和国食糧人民委員部により、アストラハン県、バシキリア共和国、ヴォチャーク州（イジェフスク、モジガ郡）、ヴャトカ県、カルムィク州、キルギス共和国（オレンブルグ、ウラリスク県、クスタナイを除くクスタナイ県、アクチュビンスク、ブケイ県、アラパエフスク郡）、クリミア自治共和国、マリ州、ドイツ人コミューン、ペルミ県（オハンスク、オサ郡）、サマラ県、サラトフ県、シムビリスク県、タタール共和国、ウファー県、ツァーリツィン県、チェリャビンスク県（ヴェルフネ=ウラリスク、ミアス、トロイツク郡、クルタムィシ郡の一〇郷、チュカリンスク郡の五郷）、チュヴァシ州が飢饉と認定された。

また、これら飢饉地域は、二〇年一〇月二八日食糧人民委員部参与会決議により、二〇年秋の徴発キャンペーンで食糧活動家を集中して遂行率を引き上げるよう選抜された、ウファー（一六八〇万）、サラトフ（一四五〇万）、サマラ（一四〇一万六〇〇〇）、オレンブルグ（一一七七万六〇〇〇）、タムボフ（一一五〇万）、ヴャトカ（一〇七五万）、チェリャビンスク（一〇二二万三〇〇〇）、エカチェリンブルグ（一〇〇〇万）、タタール共和国（一〇〇〇万）の突撃県と多くが重なっている（括弧内は達成目標:プード）。期間終了の一一月五日までにこれらの突撃県で約四六七二万プードがこの強化期間に達成されたが、一二月一〇日でそれらの遂行率は五二・七％しかなく（消費一〇県の割当徴発遂行率は九一・二％）、そこでの過剰な割当徴発の徴収が飢饉の大きな要因となったのは明白である。突撃期間中に四五〇万プードを搬出し、最大の成果を挙げたタタール共和国を視察したベールキンは、二一年八月二二日づけで、同共和国の窮状から判断し「国家食糧税の徴収は不可能」と報告した。

すでに二一年春に一人のコムニストはバシキリアから次のように訴えた。バシキール人はもっぱら遊牧生活を営み、人口の三分の一はまったく農耕に従事せず、彼らは穀物を持たず、「二〇年の全体的凶作のために山岳バシキール人だけでなくバシキリア住民の全般的状態は破滅的で、山岳バシキール人は餓死の運命にあり、そのことは地方から入ってくる情報が証明している。穀物耕作の専従者さえも郡部で穀物がないために浮腫が出はじめ、命を繋ぐために穀物に替わる家畜を屠っている」。そして、この飢饉は不適切な割当徴発に起因するという。住民の食糧と播種に四二一万プード以上が不足するにもかかわらず、食糧人民委員部により二〇／二一年度割当徴発に三〇六万二〇〇〇プードが課せられ、そのうち六二％が遂行された。食糧人民委員部は収穫の評定の際に不正確な情報を用い、ロシア西部諸県と同じデシャチーナ当たり四〇プードの収穫率が適用されが、当地の平均収穫率は二〇プードを超えない。これ以上の遂行は住民の扶養と播種に何も残されなくなり、「大規模な播種不足が生じ、将来はバシキリア全土が飢饉を運命づけられる」として食糧政策の変更を求めた。これにバシク食糧人民委員は直ちに次のような回答で応じた。ロシア共和国の割当徴発を是が非でも充足する必要があり、そのため、穀物が不足するとしても、たとえわずかでもバシク共和国は供出する義務がある。その算出根拠として同食糧人民委員部は、前年度バシク共和国に課せられた七六〇万七二八七プードの割当徴発は一九％しか遂行されず、未徴収分六一五万三五八六プード［数字はママ］の穀物が残されていることを挙げた。また、バシキール人の農耕は原始的というが、これは「怠惰である」。さらに、彼らはロシア人農民に土地を販売するか賃貸するかして穀物なしになり、「彼らが割当徴発を履行しなかったおもな原因は土地の賃貸と投機である」との理由が加わった。ペルミ県を視察したノギーンは、「飢餓民への援助の時機はすでに逸してしまった」と一二月提出の報告書で指摘したが、ヴォルガ地方より大きく罹災したと視察で認めたサラプル、クングル郡は認定されなかった。二一年末まで飢饉と認定されなかったクリミアの代表は、第九回全ロシア・ソヴェト大会で次のような発言を求めた。そこでの内部需要は最低限でも九〇〇万プードで、平年収穫二〇〇〇万プードに対し今年は一五〇万プードしかなく、すでに全住民の約三分の一が飢えているので、未だ認定されていないクリミアを飢饉地域に追加して欲しい、と。カリーニンはこのような声に次のように応えた。「飢饉と認定されるためには、それは非常に長い道のりを辿らなければならない」[xiv]

生産性の向上を掲げた新経済政策も依然として機能不全であった。その原因に、一、労働者の食事がひどく、衣服と履物が粗末で、総じて余りにも苦しい生活条件にあり、二、戦争と革命の時期にプロレタリアートの隊列では勤労規律が大きく弛緩したことが、シベリアの機関紙で指摘された。秋に中央委書記モーロトフの署名で党州・県委に次のような公表不要の回状電報が送られた。「二〇年にはじまる運輸の復興は再び停止し、その状態は悪化し続け、この冬までにすべての食糧、生産計画の頓挫と一連の鉄道の停止のおそれがある」、七月の貨物輸送は前年比で半減し、「鉄道従業員への食糧、履物、衣服のきわめて乏しい供給は、生産性の急激な低落、しばしば六〇％に達する出勤拒否、修理工場での作業の低下、疾病の激増を引き起こしている。機関車と貨車の修理材は払底している」鉄道再建への支援を彼は訴えた。八月のチュメニ県の事情についてチェカーは、「苦しい食糧事情に関連し、工場と企業の生産性は低下した。労働生産性は総じて最低限に達した。労働者と職員は労働生産性の向上へのあらゆる関心を失っている」と報告した。これら飢饉に起因する国民経済復興計画の頓挫は、国内資源による飢饉救済活動を不可能にした。[xiv]

　二　救援活動がはじまる

　ＡＲＡとソヴェトの給食活動

ロシア政府にとって、外国からの支援は不可欠であった。七月八日に飢饉コミッサールのゴーリキ、食糧人民委員部からスヴィヂェールスキィ、農業人民委員部からテオドローヴィッチを含む飢饉との闘争に関する特別委でこの問題が討議された。その結果、一二日づけでゴーリキは、世界大戦で失われた人間性を回復する好機であるとして、未曾有の旱魃による飢饉への支援を「すべての善良な人々」に訴え、二三日の新聞に公表された。このアピールを受け、アメリカ合衆国商務長官フーヴァーは国務長官ヒューズに回答の許可を要請し、二三日の電報でアメリカ人捕虜の即時釈放を絶対的条件として、彼を議長とする「純粋に任意団体で完全な非公式組織」であるＡＲＡはロシアを援助する用意がある旨を表明し、同ヨーロッパ代表との間で援助をめぐる交渉がリガではじまった。

クロンシタット反乱を支持した外国新聞の影響もあり、ボリシェヴィキ指導部は外国の義捐にきわめて懐疑的で、内戦期に白衛軍への食糧援助を行ったＡＲＡへの不信感も根強く、アメリカ側も自らの特権的立場を強硬に主張し、八月一〇日からはじまったＡＲＡ代表（ヨーロッパ局長ブラウン）と、「武器としての食糧」への疑惑を公然と口にする外務人民委員代理リトヴィーノフとの交渉は難航した。ようやく一九日に合意に達し翌日に援助のためのリガ協定が調印された。この交渉に当たり、リガ貿易部主席代表ガネーツキィは外務人民委員チチェーリンに、ロシア代表を外国からの援助に関する委員会に参加させイニシアチヴを発揮することで、「われわれにそれほど敵意を持たない文化的ブルジョワ的外国陣営と近づきになる」との期待感を表明した。これと並行して、一五日に国際赤十字によってジュネーヴで開催されたロシア飢饉救済に関する国際会議でロシア救済国際委員会ICRRの首席全権に指名されたナンセンと、二五日の政治局会議で指名された外務人民委員チチェーリン、クラーシン、クレスチーンスキィからなる特別委との交渉が行われ、二七日にリガ協定に準じた協定書がモスクワで結ばれた。[xiv]

チチェーリンは八月二日づけ『ロシア共和国政府からすべての政府首脳への覚書』の中で、約一八〇〇万人が居住する一〇県は「異常事態」にあるとのソヴェト政府の公式声明を出し、ヨーロッパ諸国に支援を求めた。イギリスは八月に入るとロシアの飢饉問題に関心を持つようになり、ロイド・ジョージは近日中に援助のための特使をロシアに派遣し、フランス政府筋も援助問題を話し合う用意があるとの観測がチチェーリンに打電されたが、パリにある亡命者組織が政治的に利用される懸念も表明され、交渉の難航が予想された。九月にロンドンで飢餓民救済イギリス委員会とクラーシンとの話し合いが持たれたが、最終的にこれら政府はナンセンと合同で活動するとの決定を下したと彼は一〇月八日づけでチチェーリンに打電し、西ヨーロッパ大国による公的政府支援の期待は潰えた。[xiv]

すでにウクライナ南西部は大飢饉に覆われ、二〇年の初秋から二一年春まで旱天が続いた。五月までの降水量は一九・七ミリしかなく（通年は四七・一ミリ）、気温は二〇度に達し（通年は一五度以下）、乾いた南東の風が持ち込む旱暑と乾燥は次第に激しさを増し、播種は全滅し、茎さえも育たなかった。ザポロジエ県で二一年の収穫量は平年の五％しかなく、県コムポムゴルは一一月に、県内で大勢の農民が経営を捨て村から逃げ出し、餓死者も出ていることを確認し、この事実はロシア共和国食糧人民委員部に通知された。ウクライナ全体でも、二一年の収量は平年の三〇％しかなく、デシャチーナ当たりの収量は飢饉諸県平均で六プードであった。それでもロシア政府は動かなかった。一一月二三日づけのconfidentialと書き込まれたカーメネフ宛ての書簡でＡＲＡ責任者ハスケルは、ウクライナの飢饉を調査するための代表団派遣が「ウクライナにはいかなる飢饉も存在しない」との理由で拒否されたのはリガ協定違反であると非難し、独自調査のため送り出されたＡＲＡ代表団は二九日にハリコフに到着した。彼らがそこで見たのは、特に黒海沿岸の旱魃による凄惨な光景であったが、ウクライナ政府は、ロシアとは異なる独立国であり、リガ協定に関わりがないとして援助の受入れ拒否を表明した。救援活動に関するＡＲＡとの協議は、同政府の意向により第九回ソヴェト大会後に持ち越され、ようやく一二月三〇日にＡＲＡとウクライナ人民委員会議議長ラコーフスキィとの会談が行われたが、そこでも回答は留保された。このソヴェト大会でオシーンスキィは、ハリコフとキエフ県で通年より降水量が著しく少なく凶作のおそれがあると、ウクライナ代表ラコーフスキィは、旱魃のため南部五県が凶作にあることを指摘したが、これらは農業復興との関連で言及されたに留まり、同大会でウクライナへの飢饉援助の問題は取り上げられなかった。

この背後には次の事情があった。九月三日のウクライナ共産党中央委政治局会議で、一億二八〇〇万プードとされた食糧税の実現可能な徴収量は製粉税と商品交換を加えて高々一億プードと想定され、ウクライナとクリミアへの需要を控除すれば、ロシア共和国に八〇〇万プードしか残されず、これは少なすぎるとされ、ロシア食糧人民委員部参与フルームキンの提案により「ウクライナがロシアに供出義務のある穀物量を、自国への供給を犠牲にして最小限三〇〇〇万プードにする」と決議された。これが意味するのは、ウクライナの未だ認定されない飢饉罹災地域で行われた容赦のない徴税であった。罹災地域でも隠匿耕地との闘争は巡回法廷を稼働させ徹底され、銃殺判決も出された。八月七日づけ政令によりペトローフスキィを議長として設置されたウクライナ・ポムゴル中央特別委で、一二月のドネツク県マリウポリ郡の状況について、「飢饉が原因で筆舌に尽くしがたい現象が増えている。餓死（一〇八件）、重篤患者（飢饉による浮腫で横たわっている）、泥棒、強盗、掠奪、殺人、農具と役畜の販売が頻出し、住民はあらゆる摂食の手段を欠いているため屠畜した馬を食し、絶望に至り、住民は住み慣れた土地を捨て、「宛所もなく」立ち去っている」、大勢の餓死が記録され、食糧貨物到着の通知も空手形に終わり住民の絶望はいっそう深まり、現地で行いうる飢饉との闘争手段は尽き果てたとの、郡コムポムゴルからの報告が読み上げられた。それでも南部ステップ諸県のザポロジエ、ドネツク、ニコラエフ、オデッサ、エカチェリノスラフ県が飢饉地域に認定されたのは現物税徴収キャンペーンが基本的に終了した二二年一月一日であった。これを受け、一月一〇日にウクライナ政府とＡＲＡとの飢餓民援助協定がモスクワで調印された。

ウクライナ・ポムゴル中央特別委の報告書によれば、飢餓民救済のために商品交換業務からの徴収などによってこの時までに集められた穀物約四〇万プードのうち、ヴォルガ流域救済に対するウクライナの義務負担を果たすため、ウクライナ飢餓民にはたった三万プードしか利用できず、残りすべてがロシア向けに発送され、そのため同特別委はウクライナ領内で新たな徴収源探しを余儀なくされた。[xiv]

これら飢饉五県の人口九六九万九三〇〇人はウクライナ総人口（二六六〇万八九〇〇人）の三六％以上を占め、それらの二一年収穫は合計三八九六万四〇〇〇プード（一九一一～一五年平均は四億五四〇〇万プード、デシャチーナ当たり四八プード）で、それは播種量の七五％しかなかった。一二月までにエカチェリノスラフ県で住民の八五％が代用食を摂っているとチェカー極秘報告が伝えているように、救済にとっての犯罪的遅れとなった。二二年八月に出されたＡＲＡ報告書はニコラエフ県の飢饉の原因として、「二一年の凶作、前年までの収穫からの備蓄の払底、ニコラエフ地区自体が飢饉であると判明するまでヴォルガ地方に引き渡すため割当徴発が実施されたこと」を挙げ、遅れた飢饉の認定を非難した。

二二年一月にザポロジエ県グリャイ=ポーレ郡執行委から「住民は死滅しつつある。何百人が死に、何千人が病に罹っている。飢饉のために母親による子供の人肉食や捨て子が起こっている。猫、犬、屍肉さえ食用になっている。何処となく立ち去った戸主から大勢の家族が見捨てられている。住民はパニック状態にある。送られる乏しい支給品は餓死を救済するにはほど遠い」と報告された。このように、救援活動は進まず、それでも中央ロシアからの非難を含んだ穀物搬出の督促に、ラコーフスキィは一月二二日づけレーニンとロシア共産党中央委政治局への秘密覚書で怒りを込めて次のように書き綴った。ウクライナは一二〇〇万プードしか供出しないとされるが、われわれはロシアに一九六六万六〇〇〇プードを発送し、ロシア中央統計管理局の算定以上に現物税を徴収した、さらに同管理局の数字は実状に合致せず、ザポロジエ県では二一年「一一月末に三〇万の農民が油粕とアカザからなる代用食を摂り、飢饉性チフスによる死亡のケースを何百と数え」、一二月初めに同県で食糧税徴収を停止しなければならなかった、それでも一月一日までにロシア全土で九八二三万二〇〇〇プードが徴収されたときにウクライナで五九一一万プードが調達され（ザポロジエ県の二五万五〇〇〇、ドネツクの一一二万、ニコラエフの一〇四万、オデッサの三八九万、エカチェリノスラフの八四万二〇〇〇プードを含めて）、そのうち三分の一以上をロシアに搬出しても、ロシア政府はウクライナの飢饉諸県に「犯罪的な無関心で応じた」と。

一月にエカチェリノスラフ県で飢えた子供のための食糧は二〇〇〇プード以下しか残されず、七％だけがその供給を受け、その割合はさらに減少しつつあり、焦眉の問題として乏しい寄付金による油粕の購入が決定された。二月六日づけオデッサ県コムポムゴルの報告によれば、「オデッサ郡の収穫は高々［平年の］八・五％、郷の大部分で収穫率はゼロに等しい。以前は、ヴォルガ流域諸県向けの穀物をまだ提供できたペルヴォマイ、バルタ郡にすべての期待があった」、だが今ではこれらの郡への移住が増えたため飢餓民が出るようになり、食糧を供給できなくなった。五月一六日に全ウクライナ中央執行委議長ペトローフスキィは、ウクライナの飢餓民が国家組織を通して受け取った援助は七・五％しか充足できなかったと報告した。ウクライナ教育人民委員部によれば、「ウクライナには単なる飢饉県と飢饉県に宣告されない半飢饉県があり、一二県のうち実際にはチェルニゴフ、ヴォルィニ、ポドリスクの三県だけが収穫のある県」であった。一月に援助協定が調印されても、飢餓民の数は増え続け、飢饉認定五県で二一年一二月に一二・二％であった飢餓民の割合は二二年五月に四八・一％にまで達した。

ペトローフスキィによればウクライナで飢饉が認定されてから五月までにその規模は二倍になり、ニコラエフ県では県人口に対する飢餓民の割合は三〇から八〇％に急増した。ヴォルガ流域諸県ではその時、飢餓民の六〇から八〇％が扶養を受けていたが、ウクライナではその割合は九・七％しかなかった。六月にウクライナ政府がクレメンチューグ、ハリコフ県を新たに飢饉と認定した理由は明らかである。飢饉でありながらもそこからの穀物の供出は継続されたからである。オデッサ県はヴォルガ流域諸県に食糧を搬出し続け、五八ヴァゴンの発送に対し優良掲示板にも記載されたが、ウクライナ・ポムゴル中央特別委から一フントの穀物も受け取らなかった。飢饉の認定後もこの現実は変わらず、五月までに徴収された穀物のうちウクライナの飢餓諸県はその一七％を受け取り、八三％はヴォルガ流域諸県に発送された。これについて、ウクライナ・ポムゴル中央特別委は六月三〇日の会議で、飢饉についての電報が無数に届けられ、それが異常な早さで拡大した後でようやく五県が飢饉に認定されたが、三月まではそれでもヴォルガ諸県向けに穀物を搬出し続け、その認定は「連邦的な認定」を意味しなかったと指弾した。六月以後内部諸県への穀物の搬送はほとんど完全に停止し、ペトローフスキィは、ウクライナで飢饉援助のために集められたファンドを現地に残し、「ロシア共和国への穀物搬出という義務をウクライナから解除するよう」六月一日づけで全ロシア中央執行委に懇願した。それでもウクライナは六月中に九ヴァゴン、七月中に二四ヴァゴンの食糧貨物しか受け取れなかった。

オデッサ県コムポムゴルは県の状況を次のように報告する。旱魃により「多くの地区で播種は全滅し、種子さえも収穫できず、褐色になった土地は旱荒し、雑草が生い茂った。これらの郡で収穫はデシャチーナ当たり二、三プードしかなく、馬鈴薯はオデッサ郡で全滅し、ほかの郡で収穫は通年の半分であった」、年間九プードの基準で食糧に二五〇〇万プード、飼料と播種用に三〇〇〇万プードが必要で、食糧税に五〇〇万プード近くを納めなければならないが、収穫は一五〇〇万プードしかない。こうして二月に全県で二四万七〇〇〇人を数えた飢餓民は四月までに四〇万人に急増した。[xiv]

ロシア政府の飢餓民援助は、非ロシア民族地方からのこのような非情な穀物の徴収と、外国援助機関への厳しい対応に特徴づけられた。二一年八月八日に開かれた中央委総会で飢饉との闘争と税の問題が審議された際に、レーニン、ブリュハーノフ、ラコーフスキィによって起案され採択された次の決議は、その原則の確認であった。飢餓民の救済のためにできるだけ多くの穀物を徴収する必要があるため、徴税活動に強制措置を適用し、「飢饉県の農民に、国外反革命=帝国主義者たちによって約束された救援の一部はロシア農民の隷属化の条件と絡んでいることを周知させ」、そのためトロツキーらに宣伝ビラの作成を委ね、この会議資料は外部秘とされた。この基調は一〇月六日の飢饉援助に関する全ロシア中央執行委決議の中でも、協商国政府は「言葉では飢餓民援助を約束しているが、実際には現実的なあらゆる方策を引き延ばすだけでなく、さらには、ロシアへの反革命的干渉、ロシア人民の経済的隷属、ロシアへの新たな武力侵攻の準備を試みようと飢饉を利用している」と繰り返された。このような方針が、外国救援組織に対する基本姿勢であった。八月二五日の党中央委政治局会議は、リガ協定に基づき到来する外国人の監視措置を策定するため、モーロトフ、チェカー議長代理ウーンシリフト、チチェーリンからなる特別委を設置する旨のレーニンの提案を採択し、ナンセンの救援業務を監視する特別委の設置を決定した。第九回ソヴェト大会の底意地の悪い外国支援への非難の中で、唯一その高潔さを賞賛された彼の活動さえも例外とならなかった。[xiv]

当初の計画では農村部は自給できるとの前提で、ＡＲＡの給食活動は両首都が想定され、九月六日にソヴェト=ロシアで最初のＡＲＡ食堂がペトログラードのネフスキー大通り近く、モイカ河岸通りにある第二七学校に設置され、モスクワでは四日遅れで元エルミタージュ・レストランに最大の子供給食基地が設置された。間もなくモスクワから飢饉地区に調査団が送り込まれ、九月三日にタタール共和国の首都カザンに到着し、三日後にシムビルスクに出発し、そこでの数日間の調査を終えて、航路サマラに入った。彼らの調査報告書は一様に「絶望的」と「悲惨」の言葉で埋め尽くされた。一〇月二〇日づけでＡＲＡ代表ハスケルはフーヴァーへの最初の電報で、「飢饉は広がりつつあり、一六〇〇万人が罹災したと評価されている。［人口の］七五％に達するかもしれない」と書き送った。

同じ頃、ナンセンもヴォルガ流域のドイツ人コミューン、サラトフ、サマラ県を訪れた。サマラ県では四月になると飢えのため児童は「山になって倒れ」、子供給食の組織化が試みられたが、五月初めに県食糧委によってそこへの穀物供給は拒否された。彼の視察について第九回ソヴェト大会で県執行委議長アントーノフ=オフセーエンコは次のように語った。「サマラから遠くない郷の一つドゥボヴィ=オメットを彼は訪れた。そこで一五〇〇人以上が飢えで浮腫んでいた。コルィヴァニ村で四二三人が餓死した。ドゥボヴィ=オメットで一一月だけで一四五人が死んだ。四〇〇〇頭の馬のうち一二五頭だけが残った。ナンセンがそこを訪れ通訳を介して農民に語りかけたとき、農婦が彼の足許に身を投げ出し、自分の衰弱した子供を見せて助けを乞うた。死の危険に遭っても人前では泣かず、死を眼前で見るのに慣れ怯えることがなかったこの人物が、そこで号泣した。彼は戦慄し、そこから戻ってもう二度と出かけるのを止めた」[xiv]

ＡＲＡの穀物援助は合衆国側のそれなりの経済的思惑もあった。戦争景気の刺激は一九年を通して活発であったが、二〇年半ばを過ぎるとヨーロッパ市場が閉鎖され、デフレの激しい国内的痛みを感じるようになった。二一年九月までに失業者数は五〇〇万人に達し、農産物価格は下落し、農業生産の増加を奨励していた監督官庁のフーヴァーに責任が問われようとしていた。ハスケルは一〇月の報告書で、ロシアにとってもっとも望ましい穀物を順に、ライ麦粉、小麦粉、トウモロコシ、大麦、黍と列挙したが、フーヴァーはアメリカの国益を考慮し、ほぼ半値のトウモロコシを購入することを決定した。彼は議会で、「われわれがロシアに発送したいと思っている食糧は合衆国の余り物である。われわれは現在豚の餌に牛乳を与え、トウモロコシを焼却している。経済的観点からこの救援用食糧の発送はアメリカにとって損失でない」と演説した。二二年一月に買い付けられた穀物の七〇％が穀粒のトウモロコシであった。ロシア人はトウモロコシの調理をあまり知らず、その専用の製粉所もなかったため、ウファー管区のＡＲＡは、胃腸病を予防するためトウモロコシを生食させない、その調理法をポスターで知らせることを徹底させた。それでも、代用食として大鋸屑とトウモロコシの芯を粉にして焼きパンを食べていた事情を考えれば、彼らにはとってトウモロコシさえも贅沢であった。[xiv]

　飢餓援助地区は、カザン（タタール共和国、チュヴァシ州、マリ州を含む）、シムビルスク、サマラ、サラトフ（ドイツ人コミューン、キル共和国のウラリスク県を含む）、ツァーリツィン（カルムィク州、アストラハン県を含む）、ウファー（バシキリア共和国北部を含む）、オレンブルグ（ウラリスク県を除くキル共和国、バシク共和国南部を含む）、モスクワ、ペトログラードの九地区に分けられ、最初の七地区でヴォルガ流域とウラルの全域をカバーした。当初ＡＲＡの活動範囲にタタール共和国、サマラ、シムビリスク、ツァーリツィン、ウファー、オレンブルグ県とサラトフ県の一部が指定された。九月八日から一一月三日までに救援穀物六三九ヴァゴンが発送され（カザンに一七〇、サマラに一六〇、シムビルスクに一一六、サラトフに一〇八ヴァゴンなど）、サマラで九月二八日に最初のアメリカ食糧の荷下ろしがはじまった。サマラ市で最初の給食所が一〇月四日に開設され、同日サマラ市近郊のノヴォセメイキノで最初の村給食所が四〇〇人分の子供給食を開始した。一二月三日までにサラトフ県デルガチ、ノヴォウゼンスク、ポクロフスク郡で一四六ヶ所の食糧供給所（食堂、子供施設、病院など）が機能し、五万九七二人の子供を扶養した。その活動は拡大され、ドイツ人コミューンでＡＲＡは八六ヶ所の食糧供給所で合計三万一三四五人の子供を扶養した。[xiv]

ＡＲＡ給食所は厳格な規律と統制の下に運営され、一一月に出された指令で、「食堂は広く、清潔で、乾燥し、明るい建物に設営されなければならない」として、充分な数の什器、大釜の火口を持つペチカ、蒸気排出口、個々のタオルなどの設備や備品が必要とされた。子供の配膳時間はＡＲＡにより指定され、そこから日付の入った配給券を受け取り、そこで提供される食事は食べ残しでも外に持ち出すことができず、「すべての食事とパンは食堂で食べなければならない」とされた。これは本人以外の受給を防ぐ目的を持っていたが、ウラリスク管区を訪れたＡＲＡ監督官が「屋外給食所で扶養されている子供は、非常に多くが履物や衣服がないとの理由だけで、給食所を訪れることができない」と報告したように、病に罹り衰弱して給食所に行けない子供、特に厳冬期にこれは受給の大きな障碍になった。そのため、サラトフ県から「農民はもっぱら富裕者の子供を養育しているＡＲＡの活動に不満を持っている」と報告され、第九回ソヴェト大会でシムビルスク県代表が、履物も衣服もなく共同食堂に行けない七歳以下の大勢の子供を排除するこの条項を是正すべき欠陥と指摘したように、これはＡＲＡの悪評が立つ規程となった。食事の献立は、月曜と木曜がココアとパン、火曜と金曜がライス・プディングとパン、水曜と日曜が米入りラプシャー［一種の煮込みうどん］、土曜が大豆、パン、獣脂で、ライス・プディングは砂糖一六グラム、米七〇グラム、牛乳四〇グラム、パン九〇グラムから作られ、一日七七〇カロリーが摂取できた。その後に給食は成人にも拡大され、二二年夏にシムビルスク県で平均して二・五フントの食事で一五七〇カロリーが提供された。「みすぼらしく汚い人々。彼ら全員がボウルや壺、普通のブリキ缶、または食事を入れる何かを持ってやって来る。配給を受け取ると彼らの多くは食事を摂るため、すぐに門近くの中庭や雪の上に座り込む。自分の順番を待つ人々が長い行列となって給食所や通りにまで辛抱強く立っている」と、そこでの光景が描かれた。[xiv]

ソヴェト政府による食堂の組織化は、県コムポムゴルが食糧組織、協同組合、社会保障部、教育人民委員部などの機関を引き入れて設置する共同給食部門と、ツェントロ=ソユーズ共同給食部の事業として展開された。サマラ県ではブグルスラン、ブズルク、プガチョフ郡が政府担当、残りがＡＲＡ、赤十字など外国組織担当とされた。組織化がはじまった二一年秋には県ソユーズの管轄に物資も資金もなく、ほとんど休眠状態であった。アストラハン県では二二年一月に共同給食部門が設置され、三月半ばで六〇ヶ所の食堂で子供一万五〇一八人と成人八八五三人を扶養した。だが、ヴャトカ県ソユーズから報告されたように、食堂の設備費は地方財源から捻出する必要があったため、充分な給食活動ができなかった。ヴォチャーク州で州ソユーズは食糧を受け取らなかったため、共同給食は孤児院と養護施設以外では行われなかった。二二年六月にＡＲＡは飢饉地域全域で二九八万五四一七人の子供に給食援助を行っていたが、ツェントロ=ソユーズの子供受給者は七月現在で九一万五七九八人であった。[xiv]

二一年一〇月二〇日づけポムゴル中央特別委条令によれば、「飢饉との闘争資金は国家資源とロシア内外からの寄付からなる」とされたが、実際には地方での活動のほとんどが地元の原資と寄付に依存した。二二年春にペンザ県サランスク郡執行委議長は、「中央や県の組織を当てにせず、ソヴェト組織からの一定控除、見世物、講演会、バザール、個人的寄付、それにサランスク市場での条例違反に対する没収のような地方財源から援助を引き出し」、それ以外の援助はなかったと報告した。サマラ県の資金源は「税金、自発的寄付、宝くじであった。税は九月三日づけ県執行委の条例八七号で確定された。これによれば、非農業収入から所得を得ている農村住民がおもな負担者とされた。都市住民には、劇場、演劇、見世物の入場券への付加税が課せられた」。一〇の労組県評議会が一から一〇％までの賃金控除、一四の県評議会が一から五％までの現物支給控除を実施した。このようにして、ロシア共和国六七県、自治共和国、州の包括的資料によれば一年間に食糧七七〇万プード、ウクライナで三〇〇万プード以上、シベリアで七〇万プード以上が集められたが、罹災地が受け取ったのはこれら乏しい食糧物資のうち五〇・五％しかなかった。[xiv]

ソヴェト政府は飢饉救援物資の捻出に腐心した。八月一八日づけ中央執行委幹部会は、八月一五日に遡り飢餓民援助のため商品交換により調達された穀物一プード当たり一フントの控除を決定し、国税としてこの徹底的徴収が指示されたが、最終的にロシア共和国四六県から二五万七〇〇〇プードしか受け取れなかった。状況は次第に悪化し、九月二一日の党中央委は、ヴォルガ流域諸県で「ソヴェト権力に対する暴動が勃発し、暴動は徐々に新しい地区を占領し広まっている」こと、「シベリアに疎開するため襤褸をまとった子供四万八〇〇〇人がチェリャビンスクに到着し、ウファーで二〇万の子供が援助を求め、子供の死亡率は高く乳呑児の間では七五％に達している」ことを理由に、ロシアに穀物一〇万プードを発送させるため、「今年の凶作のため農民は暴動の構えをしている」グルジアに五〇〇億ルーブリのコントリビューツィア［専断的課税］を課すことを決定した。そこの主要穀物はトウモロコシであったが、二一年春には平年の三〇％しか植えられず、晩春の豪雨とそれに続く旱魃のため収穫率は八プードしかなかった。そこに根拠もなくロシア救済のためのコントリビューツィアが実施されたのである。

「生産地帯の大部分における収穫の全滅のために食糧税の規模は取るに足らず、需要を埋めるにはほど遠く、これによって飢餓民全員の最小限の食糧需要を充足することは困難であることを、以前に貴殿に指摘すべきであった。状況からの解決策として、まず地方的資源の最大限でもっとも合理的な利用と再分配が残され、それには貴殿による適宜で適切な地方税の実施が非常に重要で迅速な解決策であり、飢餓民援助の適正な組織化はそれにかかっている」との、九月一六日づけレーニンとブリュハーノフの県執行委への電文は、飢饉救援物資を獲得できなかった政府による国家支援の放棄宣言であった。[xiv]

ポムゴル中央特別委の最終総括によれば、二一年に二三県の三一九二万二〇〇〇人、共和国人口の二七・七％が飢饉に罹災し、全播種面積の四〇・五％に相当する一九八四万三一〇〇デシャチーナが旱魃の被害を受けた。食用馬鈴薯五二一万八四〇〇、穀物飼料一一二六万九九〇〇プードが国家供給に発送され、共同食堂に食糧穀物四九三万二二〇〇プードが提供された。それに対し、国外から輸入された救援物資は三三〇七万二五〇〇プードになった。ツェントロ=ソユーズによる共同給食の受給者は二二年六月に三三三万六〇三五人を数えたのに対し、同時期に外国組織は九四九万一三一九人を養っていた。[xiv]

救援活動の実態

ポムゴル中央特別委は県ソユーズを通して一日当たり成人に七〇六、子供に八七七カロリー（月間パン一五、碾割り六、馬鈴薯一〇フント、その他、肉、根菜類など）の、二〇年に凶作諸県で適用された基準で飢饉地域の共同給食活動を計画した。その実現のため、食糧人民委員部は二一年一〇月から二二年一月までに穀物と碾割り一九二万一五〇〇プードを発送する予定（最大はキル共和国、以下サラトフ、サマラ県、タタール共和国と続く）であったが、特に燃料危機による輸送障碍のため五四・六％しか遂行できなかった。

　飢饉は特に子供に大きな影響を及ぼすとの理由で、子供救済が優先して行われた。すでに二〇年秋に凶作認定県で孤児院が開かれていたが、国家支援はほとんどなく、そこでの食糧事情は二一年に入ると急速に悪化した。カルーガ県から四月に「孤児院、託児所、養老院、病院、身障者施設は栄養失調による重篤の病人で溢れている。死亡率が高まっている。共同食堂は食糧がないために、存続できない」と、六月にリャザニ県から県内の劣悪な食糧事情のために、「工業企業の半分以上が閉鎖され、労働者は解雇されている。まず病院が閉鎖され、孤児院から子供たちが個人の手に引き渡された」と報告された。ペンザ県で二月一五日以後孤児院の給食さえ停止された。[xiv]

このように飢饉が本格化するまでに膨大な子供が孤児院に収容されていた。[xiv]サマラ県で三月に一般市民一五万九六三四人に配給券を交付し、孤児院で一万七五〇〇人の子供に給食を行っていた。だが、その環境は劣悪で、四月のタムボフ県スパッスク郡執行委幹部会会議で、「いくつかの孤児院に適正な育児スタッフはなく、茶器や食器の什器に欠け、子供に充分な衣服や履物が供給されず、医療設備は劣悪で、医薬品がないため衛生状態を適切な水準に引き上げるのは困難である。食事を調理するための食糧は夜中に配布され、それらの窃盗が増えている」と報告されたが、そこでの事情はさらに悪化した。

アカザ入りのパンが出るのはましであった。多くの地方で夏までに食糧は払底し、孤児院や病院などで給食は停止された。エカチェリンブルグ県の孤児院で秋以後栄養不足のために壊血病が広まった。飢えた村人は都市のバザールや街路に子供を捨て、バザール日に浮浪児の収用は二、三倍に増えた。サマラ市で捨て子の数は一月の一〇人が八月には四五〇人となり、それ以後も増え続けた。ウラリスクから、移住する農民によって大量の子供が遺棄され、その数は多すぎて収容できないと伝えられた。これらの捨て子は道端で施しを乞うていたが、それができなければこのような孤児院に収容された。オムスク県で食糧がないため孤児院で食事を賄うことができず、孤児たちはそこを抜け出し、「乞食となって放浪し、一五〇〇人の子供が餓死を運命づけられている」といわれた。農村で捨てられた子供は都会に出て、サマラ県でその数は日に一二〇人を数えたが、孤児院は人員過剰で収容能力がなく、増設しようにも地方当局の資力はまったく不足していた。二二年二月に『捨て子との闘争二週間』が宣言されたが、宣言以外なす術はなかった。[xiv]

その様子は「孤児院は筆舌に尽くしがたい光景である。飢えた人々が疎開するにつれ、孤児院には急速に人が溢れるようになり定員過剰になった。都市や村の住民が遺棄した子供が収容された孤児院は悲惨で、五〇人しか収容できない孤児院に二〇〇から三〇〇人が溢れ、彼ら全員が醜悪に浮腫んでいるか、骸骨のように痩せ細り、全員が半裸で裸足である。息苦しいほどに空気はよどみ、病気に感染した子供の多くが隔離されていない」と、サマラ県について描かれた。ブグルスラン郡の孤児院を訪れたＡＲＡ調査官が描くのはさらに凄惨である。「約五〇〇人を世話する八ヶ所の孤児院（孤児監獄の名がふさわしいと思える）があり、それらはおぞましい家屋で、狭くて人が溢れ、換気が悪く、病気感染者の悪臭がこもっている。子供たちは隙間なく床、ベンチ、ベッド、その他あらゆる所に、昼間も汚い襤褸を纏って寝るのを余儀なくされている。彼らの半分以上は赤痢に感染し、彼らの滋養はもっぱらエンドウ豆と魚スープである。これら孤児院の隔離患者は狂った猿でしかなく、進行した梅毒などの病気の悪臭を放ち、非感染者と互いに密着して寝ている子供を見てきた」。こうして二一年末にプガチョフ郡の孤児院の死亡率は七五％になった。疎開した子供の運命も悲惨であり、当時のモスクワには大勢の路頭に迷う飢饉地方からの子供が見られたが、ブリャンスクで彼らを収容する孤児院の給食は資金難により停止した。[xiv]

七月一六日の政治局会議はレーニンの提案によりウクライナ食糧人民委員にトロツキーを指名したが、二八日にレーニンはその決定を破棄する文書を政治局員に手交し、その理由に彼は、国際情勢の緊張により軍隊の戦闘態勢を強化する必要があり、トロツキーをその任に就けることを挙げた。一二月の第九回ソヴェト大会で飢餓民援助について報告したヤロスラーフスキィは、「ソヴェト共和国は敵対的資本主義諸国に包囲され、外国からの支援に期待することはできない」と公言し、ソスノーフスキィは飢饉救済に対する「けちで高利貸し」のブルジョワ政府を罵倒し、会場の拍手を誘った。国際環境の改善に大きな期待を表明した春と、対外感情は大きく変化していた。「国際連盟が世界の隅々からスパイと戦士を徴募し、彼らをソヴェト=ロシアの内部に送り込み、そこで、もちろん、ロシアの白衛軍の基盤を持ち、纏まって完全なスパイ網と様々な陰謀を築き上げている」と、タムボフ県モルシャンスク郡の地区委から党中央委への報告の中で語られる雰囲気の中で、外国組織は救援活動を余儀なくされた。[xiv]

ＡＲＡの活動は、一〇月一日づけポムゴル中央特別委幹部会の推挙により、ヴェチェカーと内務人民委員部の参与を兼務する、外国組織の援助活動に関するロシア全権エイデュークの統制を受けた。彼はメリグーノフによれば、「叙情的感傷に流れやすい詩人であるが、「革命的事業」の名の下に手ずから人々を殺害することができる」と評された人物であった。ＡＲＡの活動の拡大とともに、それへの警戒も強まり、一二月三一日の中央委政治局会議は、ウーンシリフト、トロツキー、カーメネフにＡＲＡを監視するよう命じ、ウーンシリフト、エイデュークらに「ＡＲＡ機関の異常な肥大」への防止策を検討するよう委ねた。さらに、二二年三月九日の中央委政治局会議は、ゲペウー議長ヂェルジーンスキィにＡＲＡの特別監視を委ね、エイデュークに彼への報告を義務づけた。[xiv]

二一年一〇月一九日に食糧配送に関する協定が結ばれ、エイデュークが署名する命令一七号で、地方当局は彼の訓令を執行すること、職務に耐えない「醜悪な行為」が見受けられるロシア人ＡＲＡ職員はソヴェト機関への義務をはたすことが強調された。このロシア人職員への統制は、二二年四月一九日づけヂェルジーンスキィ署名の、「モスクワのゲペウー特別部の同意を得てロシア人ＡＲＡ職員を逮捕し、それぞれの人物に関する個人的資料を送付するよう命ずる。地方に代表同志エイデュークの認可により刑事犯罪の廉で逮捕する権利が与えられる」との電報により制式となった。だが、実際にはＡＲＡの活動直後から大勢のロシア人職員の逮捕が続いた。二一年一一月四日にサマラで組織責任者が逮捕され収監され、翌日女性監督官が同じように逮捕された。数日後にカザン全権、ＡＲＡ事務所ロシア人管理官、女性監督官が逮捕され収監された。サラトフ、シムビルスク、ツァーリツィンでも重責にあるロシア人職員が当局により収監された。モスクワでも女性通訳官がチェカーにより収監され、これら伝染病のような逮捕はＡＲＡ組織全体を揺るがせた。エイデュークはロシア人職員の免責特権を認めることを拒否したが、ＡＲＡは食糧配送を一時中断することで応え、ようやく逮捕者は釈放された。ウクライナで飢饉五県が認定された後でも、二二年二月一五日づけロシア共和国ポムゴル中央特別委総会で、ＡＲＡはロシア周辺で政治的拠点を構築しようとしているとのエイデュークの発言を根拠に、ＡＲＡの活動をヴォルガ流域以外に拡大しないことが決定された。[xiv]

それでも、外国援助組織の中でＡＲＡによる活動は突出し、二二年一〇月から一二月までに外国組織が搬送した貨物総量二二三万一〇一七プードのうちそのうちＡＲＡは一七六万六六三五プード（七九・二％）を占めた。国別の救援貨物量も総量二六三二万九〇〇〇プードのうちアメリカ合衆国が圧倒的で七二・九％を占めた（以下ドイツの一二・五、スエーデンの四・七、ラトヴィアの四・六％）。このような最大の援助国アメリカに対してロシアからの不信感と警戒感がもっとも強かったのは、罹災者にとってきわめて不幸であった。

外国からの救援物資のうち重量で九二％、価格で八一％を占める食糧の買付はソヴェト政府に重い負担となった。二一年八月一六日の買付に関する特別委で、外国で買い付けられたインゲン豆、米、エンドウ豆の半分はすでに配送され、鰊、砂糖、肉の配送は終了しつつあり、ベーコン二三万七〇〇〇プード、獣脂二〇万プード、麦粉三五〇万プード、小麦一五〇万プードが買い付けられたと報告された（輸送条件を考慮すればこの数量は過大評価されているとの懸念も表明されたが）。これら穀物三一九万七〇〇〇プードのうち九月末までに二四五万五〇〇〇プードがロシアに到着し、この時は種子援助が飢饉キャンペーンの主要な目的であったために、大部分（二八二万三〇〇〇プード）が種子材であった。

これら物資にソヴェト政府は乏しい外貨ファンドから大量の資金投入を余儀なくされた。二月から一〇月までに国防会議はこのため七七〇〇万ルーブリを割いたが、この金額は九月六日づけ政治局付置金ファンドに関する会議で国外での食糧買付のために食糧人民委員部に割り当てられた金額二〇〇〇万ルーブリをはるかに超えていた。穀物の買付量はその後急増し、一一月までに一〇七四万四〇〇〇プードが買い付けられたが、西ヨーロッパ市場は買付に不利と思われ、ロンドンの八一四万プードに次いで、満州で一三一万プードが調達された。一一月一一日の政治局会議で、食糧人民委員部に割り当てられた三〇〇〇万金ルーブリを三九〇万ルーブリに縮小し、菜園用種子の購入に充てる一方で、農業人民委員部に割り当てられたトラクター買付用の一一〇万ルーブリと種子用の二〇〇〇万ルーブリ、農業機械と石炭の購入のための八〇〇〇万ルーブリの支払いを破棄するなど、厳しい財政措置が執られた。それでも、飢饉の深まりとともにさらなる食糧輸入の増加を余儀なくされ、ロシア共和国予算案[xiv]が承認された一二月一四日づけ政治局会議で、ツュルーパの提案により外国での食糧買付に四〇〇〇万金ルーブリを準備することが認められた。二二年三月一三日の政治局会議は、五月前半までに配送できるよう外国での食糧買付に追加して一〇〇〇万金ルーブリを割いた。こうして、二一～二三年間で食糧買付に全部で一億二七六〇万金ルーブリが支出され、これは当時のソヴェト政府にとってきわめて重い負担となり、このための財源探しが喫緊の重要課題となるのは不可避であった。[xiv]

　三　現物税の実施

罹災者さえも容赦しない

凶作と認定されたヴャトカ県の二一年春からの食糧事情は次のように報告された。ウルジューム郡で「穀物割当徴発を完全に遂行して、食糧事情は春の訪れとともに一連の村落や郷で破滅的になり、春蒔きの播種にともない食糧用穀物はまったく残されず」、「郡の需要のため国家集荷所にある種子と食糧を残すようにとの郡食糧委の請願にもかかわらず、すべてが県外に搬出され」、郡の労働者と職員、その家族一万八〇〇〇人から配給が奪われた。五月から穀物がなくなった「ヤランスク郡の住民は多くの郷で油粕と樹皮からなるパンを食べ、子供を道連れにした自殺も認められた（ノリンスク郡）」。マルムィジ郡執行委議長の報告によれば、「多くの餓死と自殺が確認され」、住民は家畜、農具、衣服、調度品を二束三文で売り払っている、牝牛は穀物三プード、四輪荷馬車は一・五プードで。百姓家に釘を打ちつけ、農民は住み慣れた土地を捨て、県農業部に移住認可の請願が殺到し、飢えた四、五〇〇〇人が群れをなして徘徊している（ウルジューム）。飢えた農民は穀物貨物列車を掠奪し、七月になるとまだ熟していない秋蒔き穀物を刈り取り、収穫率をさらに引き下げた。飢饉は北部にも及び、オルロフ郡で飼料がないため飼養家畜が清算され、乏しい家畜の共同利用のために経営の統合が行われている。いくらか被害の少ないコテリニチ郡でさえ、製粉所からの窃盗、家畜、農具の投げ売りが大量に認められ、住民は群れをなし食糧を求めて移動している。南部で穀物はすでに食べ尽くされ、北部ではなくなりつつあるとして、県全域の飢饉県の認定、緊急援助、食糧税の軽減が要望された。

ヴャトカ県は通年の平均気温一・一度に対し二〇年と二一年は六・四と七・一度、降水量は同じく二二・八ミリに対し一三・九と一二・八ミリであったように、二年続きの旱魃に襲われても、二〇年春以後過剰な割当徴発によってあらゆる農産物が汲み出され、長期にわたって慢性的飢饉であった。そのため、ヴャトカ市を賄うため二一年四月にウルジューム郡に穀物九万プードの追加調達が決定されたが、郡執行委会議はそれが実施されれば郡は飢えなければならないと拒否を表明した。実際に八月九日づけ中央執行委電報により、ウルジューム郡は凶作地域に指定されたが、翌日の郡執行委会議で、郡内の比較的収穫のある郷からの調達により内部再分配を実施し、凶作郡自体で自給措置を執ることが決定され、そこは国家支援の対象にはならなかった。

県食糧委の計算では、県に馬鈴薯六八九万二〇〇〇プードが不足したが、八四万プードの馬鈴薯税が課せられ、九月一〇日以後馬鈴薯の掘出しが解禁され、一〇月一五日までに二七万八〇〇〇プードが徴収された。この徴税の遅れの原因として、「ライ麦の少ない収穫とオート麦の完全な未成熟が」反映されていると報告されたが、そもそもここでの課税は無理があった。六月早々に郡執行委議長は恐ろしい飢饉を警告したが、ノリンスク郡に一三五万二八五四プードの穀物税が県食糧委によって課せられた。そこの純収穫は一六〇万一一〇〇プードで課税分を含まず一人当たり一一・九プードが不足したため、一〇月末になっても二万八五〇五プードしか納税されなかった。食糧税の免除についてのあらゆる請願はすべて却下され、食糧税の支払いを回避する市民に対し郷執行委によって七日間以内の行政処分が課せられ、これらは執行された。これが飢饉県への対応であった。[xiv]

平年作でトルケスタンとウクライナを除き二億四〇〇〇万プードと定められた現物税は、二一年の凶作を考慮して八月末に再検討され、凶作諸県に二二八〇万、それ以外のロシア共和国に一億七九二〇万プード、ウクライナは一億四六〇〇万から一億六〇〇万プードに減量されたが、それにロシア共和国の製粉税二九四〇万とウクライナの製粉税一七五〇万、種子返済三〇〇〇万プードが加わり合計三億八四九〇万プードの徴収が想定され、ロシア共和国の課税負担は前年度の割当徴発遂行量二億五二五七万プードに匹敵した。

このため、党中央委は七月二日づけで、「生産諸県で強力な凶作が認められると同時に、中央非黒土地区と多くの消費諸県で平年並みか平年以上の収穫が認められる。これが中央諸県、北部、北西部、西部諸県が置かれている食糧事情である。それらのいくつかはもっぱら自分の資源で供給できることを期待し、凶作県以外は食糧の搬出は避けられない」と、これら諸県で責任者を厳罰にするとの威嚇の下に速やかな徴税の実施と中央への搬出を命じた。飢饉のために多くの困窮農民がシベリアを目指して離村し、目撃談によれば、大勢が無限に続く群れをなして袋を担いで黙々と歩く姿は、〇五年や一一年の飢饉年では見られなかった未曾有の風景であった。そのような彼らに対し、二二年一月二日づけで食糧人民委員部は、「シベリアへ出立した税支払人から新しい居住地で徴税を要する」と県食糧委に通達した。それは異常な過酷さであった。[xiv]

二一年収穫の七五％以上が罹災し完全に破産した経営のみが免税措置を受け、ノヴゴロド県食糧委は五〇％以下の「部分的罹災が大部分であるため、公平と緩和の観点から該当する収穫被災者に減税する必要を認め」、部分的被災者が減税措置を受けない理由を食糧人民委員部に照会した。それに対する回答として一〇月六日に食糧人民委員部は、「部分的減税もそれと同義である収穫率の低減も認められず、手元にある別の農産物による代納を広く周知させることが具体的解決策である」と、飢饉罹災者への減税不要を通告した。

八月三日づけ人民委員会議政令によれば、ある村落から免税の請願が入って七日以内に同村落の七五％以上の世帯から同様な請願を受け取ってそれらの検討がはじまるとされた。このような免税手続きはきわめて煩雑であるだけでなく、農民の眼からきわめて不公平であった。「農民は何よりもまず彼らの経済力とは無関係に個々の経営に偶然的に課せられる穀物税布告の不公平さに、彼らの表現によれば、衝撃を受けた」とアルハンゲリスク県から報告された。同県の詳細な調査は、「耕地規模に関して圧倒的多数の経営は非課税と課税経営を分ける境界にあり、課税か非課税かは最終的には経営内の人数次第である」と指摘する。それでも口数の規定は曖昧で、トゥーラ県のキャンペーンについて、口数全員か配給券受給者を除くかは不明瞭で、市内に所在地がある工場労働者は口数から除かれ、農村から通勤する労働者は口数に含まれたと報じられた。このような不公平担税を視野に入れ、チュメニ県チェカーは一〇月の報告書で、「食糧税の徴収は、熟慮された計画もなく、場当たり的に実施されている」と結論づけた。[xiv]

免税の請願に関する人民委員会議布告は八月三日づけ『イズヴェスチャ』で公表され、九月七日から一〇月二五日までに減税と免税を求める四一八件の請願が中央執行委に寄せられ（飢饉認定地域から三一件）、そのうち提出期限を過ぎたなどの理由で三四二件は食糧組織の予備審査で却下され、二一件のみを食糧組織の誤りと認め、農業部によって裏づけられた根拠を提出する条件でそれらの再検討が指示された。トムスク県で七〇九二件の請願が食糧組織に出されたが、公印なしや期限の遅れなどを理由に、受理されたのは七五件にすぎなかった。こうして九月二五日以後はいかなる請願も期限切れと見なされ、徴税の数字は不動となった。この措置に対し、オリョール県執行委議長代理は、最大限に徴税する目的で免税の適用が抑えられ、完全に支払い能力のない者だけしか申請することができず、申請の検討期間を延長するよう求めたが、それが叶えられることはなかった。同県で一二月一五日までに税不払いの廉で五六四一人が逮捕され、そのうち一〇一三人が裁判所に送られ、九一七人が有罪判決を受けた。[xiv]

八月にアストラハンから、ヴォルガの増水がないため収穫が全滅すると伝えられたように、河川敷にある牧草地が冠水しなかったため多くの地方で牧草の被害は深刻であった。サマラ県では穀物と牧草の凶作のため、数少なくなった家畜の四〇％しか飼育できなかった。トヴェリ県で「干草税免除の請願が殺到した」が、食糧人民委員部は同食糧委に「請願の受理を禁ずる」命令を再三送りつけた。オムスク郡で牧草はまったく育たず、大勢の農民が干草現物税の納付を拒否し、トゥーラ県で自由取引の禁止措置は干草のみに適用された。ニジェゴロド県は一郡を除く牧草の凶作にもかかわらず、割当徴発量の二倍が課せられた干草税の半減を求めた。コストロマ県執行委は、牧草の収穫が悪かったため冬に牛を吊り下げて飼育していた二〇年より今年の収穫が悪いため、県内需要にも不足する干草税の減量を訴えたが、食糧人民委員部は、税率は収穫量の一〇％を超えていないとして緩和措置の拒否を通達した。ヴャトカ県で干草税が重いため大量の家畜が清算され、馬の半分が売りに出された。タムボフ県食糧コミッサール代理は一二月に、ボリソグレブスク郡で匪賊を追撃する赤軍部隊によって郷の市民は「ライ麦五八一一、オート麦二〇一三、馬鈴薯五二五〇、干草一万二三三六、藁一万四八七六、肉二二〇二［プード］、卵二万二六〇八個、その他」が掠奪され、この事実は赤軍部隊と郡食糧委により確認されているとして、この量を食糧税に算入するよう求める電報を送った。しかし、食糧人民委員部は、この支払いは軍事部隊が行うべきで税への算入を認めない旨の回答を送付した。[xiv]

「赤色テロル」による徴税

このような徴税は弾圧体制なしには不可能であった。春から厳しい飢饉に晒されたヴャトカ県で、「農民の税支払いへの否定的対応が引き起こされ」、そのため県食糧コミッサールは弾圧措置を強化する目的で、食糧人民委員部に司法機関を機能させるための専門家の派遣を要請した。食糧人民委員部はこれに応えて、現物税と取引の規程違反に関する七月一五日づけ人民委員会議決議運用指令を送付し、厳格な徴税を徹底させ、県執行委から郡に活動家が派遣され、強力なキャンペーンが展開された。活動が出遅れたノヴゴロド県に調達の強化と不払い人への行政的措置を徹底するよう定期的に電報で圧力をかけ、八月に革命裁判所郡巡回法廷が送り出され、県内で課税対象農産物の自由販売が禁止され、悪質な不払い人の拘留、家畜と資産の没収などが革命裁判所によって執行された。ヴラヂーミル、リャザニ県では判決の根拠は薄弱で、経営の実情が考慮されることなく、ほとんどの事案で一律に没収と拘留という重い処罰が適用された。リャザニ県ミハイロフ郡の農民は、税のほとんどを期限内に納付したものの、巡回法廷によって飢饉県への追放と財産没収の判決を受け、家具などの資産全部が持ち去られ、牛は屠畜され、干草の一部は運び出され、一部は民警によってどさくさ紛れに着服された事実をレーニンに訴えた。

シベリアの税キャンペーンに関する報告書によれば、強制的措置のうち巡回法廷がもっとも効果を挙げ、トムスク県クズネツク郡で納付された穀物に多くの雑草が混じった事案にもそれが適用された。シベリアでの巡回法廷を総括し、執行猶予、自宅軟禁、短期間の自由剥奪の判決は効果がなく、審理の中断や大勢の無罪判決はその効果を削ぎ、財産没収は大きな成果を挙げ、その判決が広まっていると指摘された。シベリア食糧委によれば、一一月までにシベリア全土で「逮捕三一四一、科料六四二、革命裁判所の有罪判決九七、武力の行使一一、郡と地区の地方的取引市場の閉鎖五件」が適用された。二二年の情勢についてゲペウーは次のように党中央委に報告した。「懲罰措置の適用なしに農民から絞り出せるすべてを取り上げ、現在は彼らが出したくないか、または実際に出すことができないものを取り上げなければならない。［･･･････］このもっとも厳しい状況が、食糧税を一〇〇％遂行すれば農民を飢餓と完全な零落に陥らすおそれのあるシベリアで起こっている。二月後半のヴェチェカー［ママ］全国情報に、シベリア農民に一〇〇％引き渡すよう強いた結果に関するわがシベリア組織からの大量の報告が満載されている。かような現象は、例えば、アルタイ、ペルミ、アクチュビンスク、ムルマンスク、オリョール県のような共和国のほかの多数の県でも認められる。これら全部とこれ以外の多数の諸県で農民は播種用種子を含め手持ちの全穀物貯蔵を税に引き渡している。所によって農民は未納分を支払うために穀物の購入を余儀なくされている。これらすべての地区で農民によって大量の屠畜が行われている。農民の気分はほとんど至る所で打ちひしがれ、所によっては憤っている。これに食糧活動家の現地でのきわめて不適切で非戦術的行為が加わる。ここシベリアでそれは時にはまったく信じがたい規模にまで達する大量の狼藉となって現れている」[xiv]

一面飢饉に覆われたあらゆる地方で現物税の徴収に様々な強制力が行使された。二一年末のロシアとウクライナで一九年六月にロシアで食糧割当徴発の徴収のために配置されたのとほぼ同数の軍事部隊が活動し、例外なしに至る所で革命裁判所食糧巡回法廷が不断に稼働していた。レーニンは八月二六日づけでキルギス共和国食糧人民委員部代理宛てに、飢饉地域であっても「地方の県内消費を縮小して」中央への搬出を命じ、八月四日づけフルームキン宛ての書簡でレーニンは、「食糧税のたとえごくわずかの遅れや遅延的納付に対し、郷ごとに一〇人ずつの富農を見せしめにして超厳格に即座に懲らしめる」やり方を指示した。調達制度は割当徴発から現物税に変更されたとしても、その基本原理は従前通りの「赤色テロル」であることの表明である。飢餓民から最後の穀物を供出させるのは難しく、そのためこのような方法が頻出した。チェキストの活動は今や「国内戦線での軍事的任務」と設定され、チェカー中央機関の人員だけでも一月から九月までに一六四三人から二六四五人に、六〇％増加した。[xiv]

ウクライナでの調達は当初から軍事力の行使が想定された。七月一日の食糧人民委員部参与会会議で調達の強化に向けての一連の措置が検討された際に、「軍事力による食糧機関の強化をウクライナ共産党中央委員会に勧告する」と決定され、翌日の党中央委政治局会議はこの措置を原則的に承認した。ニコラエフ県で沿岸地帯は厳しい飢饉に覆われ、大勢の農民が北部に逃げ出し、放出された秋蒔き用種子が食糧に転用される状況下で、すべての郡で革命裁判所巡回法廷が稼働し、食糧税の完遂まですべての荷馬車道に闇食糧取締所が設営され、税を遂行しない農民から農産物が没収され、納税証明書なしの穀物の販売は禁止された。ヴォズネセンスク郡食糧委は一一月一五日づけで、「それぞれの郷でクラークと中農住民から一五から二五人の人質を取る。ある村が連帯責任についての署名を提出するのを拒否する、または四八時間以内に食糧税が遂行されない場合に、そのような村はソヴェト権力の敵と宣告される。人質の半分は裁判にかけられ、極刑、銃殺の適用に至る。その後、新たなグループが捕らえられる。すべての現有の穀物、穀物飼料は、連帯責任が課せられている経営に算定された食糧税の数字に囚われることなく、没収される」との命令を出した。戦前はこの郡から大量の農産物が輸出されていたが、飢饉によって貯蔵はすっかり失われた。ウクライナ食糧人民委員部の報告によれば、同県の食糧裁判所巡回法廷で六五三件が審理され、一・五から二倍の食糧税の支払い、農具と飼養家畜を含む資産の没収、分与地の剥奪、三ヶ月から五年の禁固と、銃殺判決一件が下された。[xiv]

あらゆる地方で徴税キャンペーンは厳しい飢饉の下に実施された。タタール共和国では二二年一月二〇日過ぎまで現物税の徴税が続いたが、すでに二一年春を待たずに絶望的状態であったのを、三月一六日づけ食糧人民委員部全権の次の報告が物語っている。いくつかの地方で「アカザや団栗を探し求めている（穀物についてはいうまでもない）。住民は菩提樹皮、菩提樹繊維、骨などを粉にしている。家畜は大量に死滅している。家屋丸ごとが麦粉三、四プードで売られ、残った身の回り品を持って所有者は当て処もなく離村している。春にはもちろん状況はさらに深刻になるが」、何の措置も執られなかった。同共和国は商品交換による種子調達にチュメニ県が指定されたが、後者の事情を県執行委議長は八月六日づけ電報で次のように指摘した。「県生産郡での秋蒔きと春蒔き穀物の作況は、旱魃と蝗の発生のために悪く、高々種子分しか収穫はなく、所によってさらに悪い。［･･･････］イシム郡の住民は勝手に居住地区を捨て、荷馬車でシベリアの奥深くに向かい、同時にウファーとサマラ県の飢饉地区から何万もの人々が闇雲に到来し、そうでなくとも無分別な割当徴発のために飢饉に陥った県の政治情勢と食糧事情を厳しいものにしている」。一一月に食糧税の追徴命令が県食糧委から出されたとき、「郡全体の農民から、これは労働者と農民の権力ではなく掠奪者の権力であると非難する、激しい不満の声が挙がった」。そこの住民はあらゆる税の納付を完全に拒否し、「コムニスト権力は間もなく崩壊する。すべてのコムニストが寝返っている。共産主義の統治は終わる。トロツキーとレーニン打倒」などの扇動的風聞が広まっていた。前年度に県全体の割当徴発の八八％を負担したヤルトロフスクとイシム郡の食糧税の遂行率は二二年一月でチュメニ県全体は四一・八％であったが、前者は三一・五％、後者は一九％しかなく、県全体で種子返済は六・四％しかなかった。三月のゲペウー情報は、イシム郡の人口五〇万のうち二六万五〇〇〇人が飢え、そのためアジア型コレラが猖獗を極めていると報じた。サマラ県機関紙が報ずるように、飢えた者同士が穀物の最後の一粒を必死で奪い合い、二一年一〇月末までにタタール共和国アルスク郡だけで二〇五件の餓死が記録された。[xiv]

二〇年の凶作と過剰な割当徴発によってドイツ人州にはすでに二一年初めから穀物はなくなり、七月一九日の同執行委幹部会会議で郡を巡察した特別委全権はその凄惨な光景を次のように報告した。「人々は死滅したように至る所が空であった。小綺麗な家屋は空で、人々がどこかにいなくなったようである」。さらに畑を見聞すると、秋蒔き穀物が脱穀されていたが、「穀物の藁塚はなく、畑に乏しい穀物の断片が残されているだけで、秋蒔き区画のデシャチーナ当たりの収穫は一、二プード。要するに、完全な凶作である」。「農民は完全に落胆していた。なぜなら、二二年に自分の畑に播種できる当てはなく、種子もなく、何も収穫せず、どこからも期待できないので。農民は現在耐えている実にひどい飢饉からこの地でこれ以後生きることはできないとの結論を出し、そのため農民の出奔が確認される。さらに、多くの貧しい小資力住民が罹っている栄養失調、飢えのために出生を四、五倍上回る毎日の死亡を確認しなければならない。至る所で同様な風景に出会う」。「人口四〇〇〇人の村に数年前は馬一五〇〇頭がいたが現在は二〇〇頭しか残されていない」。「住民の気分はきわめて無気力であり、どうすれば自らを救済し現状の災厄から抜け出すかを夢想することだけに耽っている」。飢饉に認定されながらも、中央からの救済はまったくなく、二一年末の第九回ソヴェト大会で農業専門家は次のようにそこでの現状を指摘した。「家畜頭数は年初から八月までに半減し、八月から一二月までに、サンプル調査によれば、残った家畜のさらに約六〇％が死滅した。一頭の馬もなく約一五〇〇人の住民に対しラクダ四頭だけが残された大きな村々がある」。それでも七月に開かれた第一回州食糧会議で、凶作と匪賊運動により州は大きな被害を受けたことを認めながらも、デシャチーナ当たり四プード以上の収穫のある経営は課税対象とされた。ここでの徴税はゴロカラムィシ郡で集中的に行われ、一二月までに九〇％が遂行され、未納分を徴収するため郡食糧コミッサールの要請により革命裁判所巡回法廷が送り出された。[xiv]

最大の罹災地、サマラ県も容赦されなかった。匪賊が駆け巡ったプガチョフ郡で戒厳令は四月五日に解除されたが、この時すでに大飢饉に覆われていた。五月二五日づけ郡執行委幹部会会議で、「完全に悲惨な状態で、多くの餓死のケースがあり、この状況で郡の貧農の生命が今後生き残る望みはない」と報告され、蜂起と集荷所からの掠奪の可能性が生じたため、革命裁判所巡回法廷の関心はもっぱら国有資産の窃盗に向けられた。八月四日のスタヴロポリ郡執行委会議で、最近の雨は発芽に効果がなく旱魃により収穫は全滅し、小麦はデシャチーナ当たり一から一二フントしかなかったと報告された。それでも、スタヴロポリとメレケスを除く五郡の穀物総収穫八九五万九六〇九プードに対し二二万八〇〇九プードが課税された。カリーニンが第九回ソヴェト大会で、「すべての飢饉県はあらゆる国家的穀物徴収から免除されている」と語ったのは、真っ赤な嘘であった。[xiv]

飢えた住民による食糧の窃盗は増加したが、それには六月一日づけ布告により厳罰が適用され、罰則は三年以下とされたが、累犯性、大量の窃盗、公務の重大性を加味して極刑も定められ、九月三日づけヴェチェカー命令により、最近「大衆的性格を帯びるようになった」食糧貨物の窃盗との闘争がいっそう強化された。二二年一月にヴォストーク州革命裁判所は倉庫から小麦八四プードを盗んだ市民に銃殺判決を下し、最高裁長官クルィレーンコはこの判決を支持した。ライ麦一〇四プードの窃盗犯も銃殺の判決を受けた。リャザニ=ウラリスク鉄道裁判所が集団的に繰り返された貨物列車からの窃盗に出した死刑判決、公文書を偽造した窃盗に対する銃殺判決も支持され、最高裁参与会は控訴されたほとんどすべての銃殺判決を妥当とする結論を中央執行委に送りつけた。さらに、二月二二日づけ暗号電報で南東ビューローは、鉄道の窃盗が大量に広まっているので、審理の迅速化のため鉄道裁判所巡回法廷にこれまで以上の非常大権を求めた。[xiv]

　ペンザ県クラスノスロボドスク郡で二一年一〇月に『食糧強化二週間』が実行され、食糧コミッサールが「住民はこの時すでに代用食を摂り、栄養失調が原因で多くの様々な胃腸障碍が認められる。このほか、活動家の大部分が文盲で任務に適合していないために活動は実質的成果を挙げていない」と報告した厳しいこの時期に、郷執行委員一〇人、村ソヴェト員二〇人、食糧活動家一〇人を含む一六〇人が税不払いの廉で逮捕され、一四人が革命裁判所に引き渡され、一三人が強制労働一年などの有罪判決を受けた。県全体で食糧キャンペーン期間に全部で四七六二人が逮捕され、二九九人が裁判にかけられ、二二四人が有罪判決を受けた。クルスク県で「行政的司法的措置は広汎に適用され」、一万三一八七人が逮捕され、ほとんどすべての郡で軍事駐屯が行われ、商業は制限され、革命裁判所巡回法廷で一〇月に五二三件の審理が行われた。それでも食糧人民委員部は二二年一月に「貴殿の食糧独裁は空言にすぎない」と県食糧委を譴責した。

飢饉が深刻になるにつれ、徴税への圧力はいっそう強まった。二一年一二月一五日からはじまる『食糧二週間』を前に「税キャンペーンは長引いている。ほとんど至る所でバターと卵税の不履行が明らかになり、多くの地区で羊毛税はわずかで、何よりも悪いことに穀物の調達はしぶとく低下している」と、レーニンと食糧人民委員代理ブリュハーノフ連署の電報は、革命裁判所を駆使して課税対象の隠匿摘発を強化し、穀物と干草税を除く現物税の一二月中の完納を促した。そもそも、ここで触れられている羊毛税はトルケスタン食糧人民委員部が報告したように、戦前に比べて牧羊業が大幅に縮小し、羊一頭から年間羊毛一フントの税率は年間平均毛刈り量の三分の一を占め、非常に負担の重い税であった。バター税は大量の屠畜のほかに、ウファー県から報じられたように、「住民の大多数に穀物がなく、自分の滋養に牛乳と卵を消費しているため」、多くの地方からその徴税の困難が指摘された。ヴォロネジ県食糧委には、県資料に仔家畜が含まれず、豚頭数が過小評価されていると叱責し、繁殖を考慮せず被課税家畜に仔家畜を含めた広汎な隠匿家畜摘発のキャンペーンが指示された。これら飢饉地方で広がっていた屠畜に対して九月六日づけ食糧人民委員部決議により、その家畜重量の五％が現物徴収されたが、一〇月のサマラ県食糧参与会会議は生存のために余儀なくされた屠畜への課税に怒りの声を挙げた。[xiv]

徴税の徹底化

もっとも激しい反発を招いたのは、隠匿耕地との闘争であった。この措置は一〇月一九日づけ国防会議政令により指示され、個々人及び村団によって隠匿された耕地だけでなく、税を「村団が忌避する目的で耕作されず分配されないまま残された耕地」もその対象となった。耕地隠匿者は三年間の耕作権が奪われ、第三回食糧会議でトゥーラ県代表が、「経営の負担軽減という税の主要な目的に反するので、追徴税を導入してはならない」と発言したのも虚しく、実質的に追徴税が課せられたのである。この実施に関する二九日づけの食糧人民委員部指令で、県と郡に隠匿耕地摘発特別委が設置され、革命裁判所により追徴税量が決定されるなどの詳細な手続きが示された。

実際に隠匿耕地は膨大な規模になった。エニセイスク県アチンスク郡で一一月末に課税耕地五万七〇〇〇デシャチーナに対し四万デシャチーナの隠匿耕地が摘発されと報告され、一ヶ月後にこの数字は九万二七八八デシャチーナに達した。ヴォロネジ県では特別委は臨戦態勢で活動し、『食糧二週間』に特別委と食糧革命裁判所により隠匿耕地三〇万一七四五デシャチーナが摘発され、それに対し追徴税が課税された。同県では国防会議によって定められた課税耕地数値目標を一万六六七〇デシャチーナ上回る結果となった。オリョール県で耕地総面積一七八万七五一八デシャチーナのうち一三万八八〇デシャチーナの隠匿耕地が摘発され、それに通常の二倍の税率が課せられた。

農民史研究者エシコーフはこのような隠匿耕地について次のように説明する。「当局と農民はこのような耕地隠匿を異なって解釈した。税算定の際に当局はすべての耕作可能な土地を算入した。春蒔き、秋蒔き区画、休耕地、菜園地、牧草地、草刈り地。実際にはそれぞれの経営に税支払人村落名簿の作成の際に申告しなかった耕作可能地があった。耕地の無播種部分、灌木が生い茂る区画、藪の区画である。当局はこれらを耕地登録から隠匿したとして、それに追徴税を課した。［･･･････］タムボフ県で耕地三八七万五〇〇〇デシャチーナを数えたが、この時村落名簿の情報に基づいて二九三万デシャチーナが課税された。この差九四万五〇〇〇デシャチーナが国防会議決定により村落に対して割り当てられ課税された。このようにして穀物税はタムボフ農民にとって三分の一が増量された」。コズロフ郡で「隠匿耕地の摘発のために農民の気分の悪化が見られる」ように、農民のこれへの不満がすべての郡で認められると県委は中央委に報告した。イルクーツク県の農民はこの追徴税を第二の税と理解し、「布告は一つの税にしか触れていないが実際に第二の税が現れ、そこでおそらく第三も出されるだろうと、うだうだいっている」[xiv]

追徴税は飢饉地方も容赦せず、二一年一〇月から二二年四月までにウクライナ飢饉県のザポロジエとドネツク県で併せて五二万二〇三〇デシャチーナの隠匿耕地が摘発され、これは他県に比べ圧倒的数字であった。ペンザ県に四五八万五〇〇〇プード、エニセイスク郡とトムスク県マリインスク郡に八万四〇〇〇プードが追徴された。タムボフ県スパッスク郡で、凶作のため代用食を摂っていた農民は、課せられた追徴現物税に絶望的気分に陥った。根拠もなく隠匿耕地への追徴税が課せられたヴォチャーク州食糧委は「州の現物税は過大に評価されているので、隠匿耕地を摘発する必要はない」と食糧人民委員部に訴えた。オリョール県で隠匿耕地摘発特別委が設置されたが、県統計部は郷ごとの播種面積に関する資料を持たず、八月に開かれた官庁間会議で統計の不備が指摘され、新たな調査の結果、課税面積一七八万三八二〇デシャチーナに対し隠匿耕地一二万七一九三デシャチーナが摘発され、食糧税はライ麦六九五万四五九九プードとなった。だが、最終的に税は七二〇万八〇〇〇プードに増量され、一二月二〇日に『食糧徴税二週間』がはじまった。このキャンペーンで税の大量忌避はなかったにもかかわらず、マロアルハンゲリスク郡で農産物市場が閉鎖された。準備作業が遅れたカルーガ県で『徴税二週間』は一二月二五日にはじまり、武装大隊一二八人を含めた五七五人が動員されたが、活動が不活発なため期間は一月二〇日まで延長された。コストロマ県で『食糧二週間』に一五五一人が逮捕され、三九二人が裁判で有罪判決を受けた。だが、あらゆる抑圧措置を行使しても成果は乏しく、参与スミルノーフは二二年一月一三日づけ電報で、「貴殿の食糧独裁の言葉は虚しく、徴収は一ヶ月も長引き、二月には徴収は困難になり、三月になると不可能になることが考慮されていない」と県食糧委を叱咤した。[xiv]

割当徴発と同様に課税根拠が乏しい追徴税への不満は地方当局からも挙がった。シベリア食糧委議長カリマノーヴィッチは一月の食糧人民委員（二一年一二月に代理から人民委員に）ブリュハーノフ宛ての電報で、中央から与えられた現物税算出根拠の不当性を食糧人民委員部と党中央委に次のように縷々訴えた。トムスク県ノヴォニコラエフスク郡について、播種面積は二〇年の三三万六一一四デシャチーナでなく、県統計局と県食糧委の資料によれば二一年は一四万八五九八デシャチーナであることはサンプル調査でも確認され、「それらのうち蝗によって二万一〇〇〇デシャチーナが全滅し、一万デシャチーナが部分的に損害を受け、［これを確認する］公文書があるが、この計算は採用されず、したがって、この量は追徴税である。収穫率等級は七月の資料によって七等級と確定されたが、シベリア統計管理局によれば実際には八月一五日で四等級であった」と、シベリアの至る所で散見される課税面積と収穫率等級の誤りを指摘した。しかし、このような誤りは不正確な情報を提供した村ソヴェトと個々の市民に責任があるとして、食糧人民委員部はチュメニ県食糧委に「特別委を設置し、耕地、食い手数の［不適正な］情報の地区にそれらを送り、力ずくで税の残りを徴収する」と、以前の数字による徴税を命じた。二月八日づけブリュハーノフ署名のシベリア食糧委宛ての電報はより明快である。収穫が過大評価されているという指摘の正しさを認めるとしても、不当な圧力が適用されているとしても、徴税の未納分を追徴税によって「遅きに失したとしてもまだ取り戻すことができる」[xiv]

二一年一一月末に開かれたヴォロネジ県郡食糧トロイカ・県委合同会議で徴税キャンペーンの苦しい状況がそれぞれの郡から次のように報告された（県への課税量六〇三万六四〇六万プード、一二月までの遂行率は五一・三％）。アレクセエフカ郡で過大な収穫率等級が設定され、税の不払い人は無産者（その九五％が赤軍兵士家族）なのでこれ以上の実施は不可能。ヴァルイキ郡の住民の多くがクスターリなので、彼らから現物税の徴収は難しい。苛酷な割当徴発のため住民の一部は家畜とともに他県に逐電し、ようやく五、六月に戻ってきたが、彼らの畑は耕作されないままである。パヴロフスク郡の活動は、匪賊運動のために北部ではようやく九月一日からはじまったが、動員された全員がほとんど文盲でそれは成果を挙げず、「郡執行委さえも匪賊運動のために士気が阻喪していた」。一〇月二〇日までに住民の六〇％は強制なしで税を支払い、この時から残り四〇％に対して革命裁判所が駆使され、ヴォロンツォフカ郷だけで一五〇〇件が審理されたが、最高六ヶ月の強制労働という微罪のためにこの措置は効果がなかった。ザドンスク郡では最初から地区全権に行政的懲罰の権限が付与され、郡に二〇〇人以上が動員されたが、彼らはまったく役に立たず間もなく送り帰された。八月二五日からおもに心理的抑圧措置として革命裁判所が適用され、九月一日から行政的徴収が広く適用されるようになり、五週間後の結果として三二％の納付が達成された。それ以後、食糧三週間が宣告されたが、県委の決定によりそれは月間に変更された。担税力のある農民は一〇月一日までに完納した。それでも、革命裁判所によって徴税強化へのあらゆる措置が執られ、多数の革命裁判所が郡全土を巡回した結果、一〇月食糧月間の成果は五五％の遂行である。ノヴォホピョルスク郡で馬鈴薯は五七・五％が徴収されたが、残りの食糧税はごくわずかしか納付されなかった。そのおもな理由は匪賊運動であるが、ほかにも原因がある。課税地に関する資料は郡農業部にも統計局にもまったくなく、「現地に恒常的権力はない」。革命裁判所は存在するが、あまり影響力はない。種子返済キャンペーンが挫折した理由の一つは、昨年貸付に引き渡された種子を貧農が食い尽くし播種しなかったこと、もう一つは、貸付名簿がないことである。オストロゴジスク郡で八月四日に食糧会議が終了し、名簿の作成に取りかかったが、「それらは何度も書き直され、至る所で執行委への襲撃の際に匪賊により燃やされ」、九月二〇日まで活動は停止した。コロトヤク郡で郷執行委はあまりにも脆弱なので、多数の活動家が動員され、八月末以後革命裁判所による行政的逮捕が広く実行された。住民の三二％が収穫のある県に移住したため、食糧税は四五％、種子返済は四三％だけが遂行された。ボブロフ郡でソヴェト・党機関が崩壊したため、九月二五日までに徴収は四％しかなかった。動員された七三人のうち今では八人しか残っていない。一〇月一五日から革命裁判所が実質的に活動しはじめ、食糧部隊を投入し、住民を怯えさせて税の五七％が遂行された。今後は貧農に対応しなければならないが、彼らに抑圧は効果がない。家畜を持たないのでそれを没収することもできず、わずかな分与地の没収も大規模な移住を引き起こすので。ニジニィウディンスク郡で予定どおりはじまった活動も、間もなく調達は破滅的に低落し、突撃的方法に移った。革命裁判所での審理を厳格にして以後、農民の眼にその権威は高まった。凶作のため昨年に穀物貯蔵が底を突いたボグチャル郡で、郡全土を覆った蜂起によって一九〇人の党員とすべての統計資料が失われた。「名簿は市民の申し立てにより作成されたので、郡報告書を作成する際に膨大な耕地の不足が認められ、名簿は五回、六回と訂正され、ようやく九月末に整った」。食糧月間に追加動員が実施されたが、調達事務所は準備不足で穀物を持って到着した農民は三、四日も待たされた。現在、種子返済の四五％と税の三二％が遂行された。ヴォロネジ郡で九月二二日までに五％しか徴収されなかったが、「九月二五日に組織された革命裁判所巡回法廷の住民への影響力は絶大であった。革命裁判所の出現は郷で不断に調達を向上させ」遂行率は三四％に達した。

この厳しい県内事情にもかかわらず、党中央委は食糧税徴収活動の強化を再三促す命令電報を送りつけ、コロトヤク、ゼムリャンスク郡では穀物を購入して現物税が支払われた。そのため、二二年一月の県食糧コミッサールの報告によれば、オストロゴジスク郡で財産没収三件、家畜没収一三件、強制労働七件、過料一六三件の抑圧措置が適用されても、その成果はわずかであった。早くも二一年六月三日づけで県執行委が、「あらゆる穀物資源の枯渇とそれに続く旱魃により穀物貯蔵がなくなり、収穫の実現まで県内でわが需要を調達できる可能性はない」と通知した後の、県内での徴税活動はこのようであった。悪質な不払い人として逮捕されたヴァルイキ郡の農民は、五デシャチーナしか播種しないのに、二二デシャチーナの税を要求されたその不当性を一一月に最高裁に訴えた。割当徴発ですべての種子は徴収され、すべての畑に播種することができなかったので、と。[xiv]

二二年一月一五日づけでタムボフ県執行委議長と県委書記は、県の食糧資源に関する次のような長文の報告を国防会議に送付した。

二〇、二一年と続く凶作のため至る所で代用食が摂られ、春蒔き種子の大部分が食用に利用され、畑に基準以下の種子が蒔かれた。県南部四郡は猛烈な匪賊運動の舞台となり、匪賊は農民から最後の食糧と種子を奪い、役畜を掠奪した。駐屯する赤軍部隊への供給は農民の種子貯蔵を払底させ、播種作業を妨げた。五月から県内では厳しい旱魃が続き、秋蒔きの収穫期にそれは激しさを増した。そのため実際の収穫は予想を大きく下回り、税の遂行までに一人当たり穀物四・七プードしか残されなかった。県にとって高すぎる収穫率等級の変更を県食糧委は中央に請願したが、変更されなかった。八月以後公文書による収穫率等級引下げの請願が六〇〇件以上入り、それだけでなく、県の飢饉に関する多数の証拠がある。「ウスマニとスパッスク郡でシベリアなど穀物が豊かな地方への住民の離村が記録された（監督官の情報によれば、ウスマニ郡プリゴロドナヤ郷だけで三〇〇家族が村を離れた）。キルサノフ郡の南半分、タムボフ、ボリソグレブスク、ウスマニ、スパッスク郡の多くの地方でも、住民はすでに一〇月から馬鈴薯の皮、団栗など様々な代用食の摂取に移った。タムボフ郡パホトノ=ウグロフカ地区に不払い人の裁判のために到着した革命裁判所巡回法廷は、住民は雑草を食べ、そのために死に至る胃腸障碍の病が広がっていることを確認した」。二二年一月までに食糧税、種子返済、製粉税として四〇三万六一八四プードが徴収され、タムボフ県統計部の計算によれば一人当たり三・五プードが残された。もしこの量から追徴税を差し引けば、収穫までの七ヶ月間に一人当たり月八フントしか残されない。「猛烈な激しさで割当徴発を実施し（郷・村ソヴェトのほとんど全員の逮捕、いくつかの村落で住民一人残らずの逮捕、家畜と資産の大量の没収）、穀物の捜索と没収を広く適用して昨年一月一日までに徴収された量を［飢饉年の］本食糧年度はわずかに超えている」。今年度の税キャンペーンでも臨戦態勢が適用され、税不履行の廉で多くの郡食糧コミッサールを更迭し逮捕し、革命裁判所を機能させ徴税への抑圧を強めても、県の担税力は限界であると、この報告書は結ばれた。県委は党中央委にキルサノフ郡について、九月の報告書で「一八郷で完全な飢饉が確認されている」と、一二月に「郡南部の飢饉は強まり続けペロフスカヤ郷で六件の餓死があった」と書き送った。それでも、二二年一月二八日づけ食糧人民委員部調達管理部から県執行委、党県委、県食糧委への極秘電報は、県執行委議長、党県委責任書記、県食糧コミッサールの個人的責任で「一〇〇％の規模で無条件の遂行を要するこの五五〇万プードは製粉税と種子返済を含まず、もっぱら税により徴収されなければならない」と通達し、餓死さえ考慮されなかった。そこでは「五五〇万プードの数字を決して公表せず、キャンペーン実施の際の指針に貴殿にのみ通知する」ことが強調された。[xiv]　

シベリア各地から飢饉の情報が寄せられ、またそうであるからこそ、「赤色テロ」による徴税がここでは特に顕著であった。九月一日までにシベリア食糧委によりオムスク県の一一五〇人を筆頭に全部で二一六八人が行政処罰により拘留され、資料のないイルクーツクとオムスクを除き四六件が裁判で審理され、ノヴォニコラエフスク県カメニ郡全域とそのほか四郷で市場が閉鎖され、担ぎ屋の流入を防止するため闇食糧取締監視所が設けられた。ウクライナと並んでシベリアは全面的に閉鎖されることが『イズヴェスチャ』一〇月二五日号に掲載され、一〇月一九日づけで食糧人民委員部は三プードを超えるあらゆる食糧荷物の携行の禁止を指示した。税キャンペーンの開始から一一月までにシベリア食糧委の資料によれば、逮捕三一四一件を数えたが、この数字は少なすぎる。チュメニ県イシム郡で不払い人五三八一人、トムスク郡で二〇四一人が逮捕された記録が残され、シベリア全土でシベリア食糧委の数字をはるかに超える「赤色テロル」の適用があった。トムスク県シェグロフスク郡で「われわれは威嚇、逮捕、銃殺の脅ししか聞かなかった」。アルタイ県チェカーの一二月の極秘報告によれば、ルブツォフスク郡「トポリノエ村で食糧部隊員によって三人の農民がナガン銃で殴られ、アクテフスカヤ郷で食糧活動家によって数人の農民が殴打され、食糧コミッサール代理と食糧活動家によって何人かの農民が鞭打たれ、ギレフスカヤ郷で食糧活動家によって何人かの農民が下着だけで寒い納屋に閉じこめられ、ロクテフスカヤ郷で食糧活動家により逮捕された不払い農民が酷寒の部屋に閉じこめられ、何人かは意識不明のままそこから担ぎ出された」。二二年一月の県チェカーの極秘報告は、農民のソヴェト権力への敵意の理由として、「不払い人を寒い納屋に閉じこめたり、彼らを鞭や床尾で殴りつけたりする食糧部隊員と食糧活動家の蛮行」を挙げた。調達にオムスク郡を訪れたウクライナ食糧委全権は「強まりつつある飢饉を斟酌せず、毎日数十人、数百人ずつの農民を逮捕し、すでに五〇〇人以上が寒い納屋に拘禁されている」。逮捕者は飢えと寒さのために大勢がチフスに感染し、彼らは絶望的状態にあると、オムスク県ゲペウーは三月報告で伝えた。「食糧事情は特に悪化し、至る所から飢餓民の割合は徐々に増えつつあるとの通報が入っている。農民は自分の土地や家を捨て、自分の農具を投げ売りして、もっと穀物のある地区に出向いている。なぜなら、食用の穀物はもうはるか以前からなくなり、エノコログサや糠などすべての代用食も食べ尽くしてしまったので。飢饉に続いてチフスが村ごとに猛威をふるっている。農村には医療関係者がいないため、いかなる医療援助も受けられずに人々は家族丸ごと死に絶えている」。この県内事情で三月二〇日までに穀物税の九二％が遂行された。

飢饉地区にも認定されず、ポムゴル中央特別委などの援助機関の対象にもならず、それでも現物税の遂行は厳しく遂行されたここシベリアは特に悲惨であった。「穀物はなく、それを手に入れるのは難しい。貧農は自分が持っているすべての家財道具や家畜をそれと交換した。住民の二五％はすでにこの二ヶ月間まったく穀物を持たず、もっぱら青物、野菜、代用食を摂っている。だが、これも払底した」という、オムスク県チュカリンスク郡の二一年一一月の状況はシベリア全土の光景であった。大勢の農民が村を捨てて逃げ出した。「農民は自分たちが持っている穀物よりもはるかに多くの量が課せられた、力の及ばない食糧税に不満を抱き激怒している。そのような事実に至る所で出会い、農民は食糧税に対して敵意を抱いている。割当徴発よりもはるかに容易に食糧税を遂行できるであろうと確信していたが、今やまったく逆の現象に遭遇している。彼らは税を遂行するために自分の穀物全部を引き渡さなければならないだけでなく、さらに買い足さなければならない。なぜなら、県を襲った凶作が食糧組織に考慮されていないために」と、県チェカーの秘密報告は指摘する。イルクーツク県キレンスク郡の農民は、自分の日用品を収穫のある地区で穀物に替え、それで現物税を納付していた。バラガンスク郡でソヴェト権力よりツァーリ時代の方がまともで楽に暮らすことができたとの不満が聞かれた。「今では土地は農民に、穀物はソヴェト権力に」といったことが行われていると囁かれ、彼らによって食糧税反対の呼びかけが行われたため、税監督官は「食糧税を遂行しない農民は村から連れ出し銃殺する」と脅していると、ノヴォニコラエフスク県からの極秘報告は伝える。[xiv]

こうして、食糧活動家の不法行為は頻出する現象となり、そのためこの時期行われた党員の浄化は食糧活動家にも及び、それは各地で食糧活動の衰微となって現れた。九月に中央執行委全権は党中央委書記、食糧人民委員部宛ての極秘電報で、ヴォロネジ県で浄化が徐々に強まり、「おもに食糧活動家から上級活動家の大量の除名がはじまっている」、「ノヴォホピョルスクで郡執行委全権ら一二人の上級活動家を含めて二〇人、郡食糧委参与会全員と活動家のほとんど全員が除名され」、「税キャンペーンは完全な挫折を蒙るかもしれない」と通知した。弱体化した食糧機関を補うため、「赤色テロル」はいっそう要請された。

こうして現物税の徴収は割当徴発と同様に軍事力なしには不可能であった。二一年一月に割当徴発の徴収にロシア共和国で四万八三二一人の共和国軍軍事部隊が展開していたが、一二月にウクライナ共和国を含めて四万四四九三人の軍隊、民警、労働者部隊が徴税活動に従事していた。二二年一月に食糧人民委員部から赤軍参謀本部宛てに、ゴメリ県食糧委の食糧倉庫から軍事防備が解除されたので、それに替わる軍隊の駐屯が、ヤロスラヴリ県食糧委の管轄に必要な武器がないために税の納付がほとんど停止したとして歩兵一五〇人の急派が、二月にクルスク県執行委議長から「軍事力がないために巡回法廷を設置する可能性がない」と、各地から軍事部隊の派遣が要請された。[xiv]

　ネップにより自由取引が認可されたといわれるが、現物税徴収のために地方市場が閉鎖されただけでなく、自由取引も大きく制限された。一〇月一一日づけ食糧人民委員部命令により、以下で県外への搬出が禁止された。「チェリャビンスク全県から、小麦、ライ麦、麦粉、大麦、脱穀黍、ニジェゴロド県ヴァシリスルスク郡からすべての生産物、ヴォロネジとザドンスク郡を除くヴォロネジ県から、穀物、飼料、バター、卵、ノヴゴロド全県からすべての生産物、ルィビンスク全県からすべての生産物、チュメニ全県から、乳産物、原料、羊毛、塩、ヴャトカ県アムチンスク郡［ママ］から、穀物、バター、卵、ヤロスラヴリ県ロストフ郡から卵、ヴラヂーミル県アレクサンドロフとコヴロフ郡からすべての生産物、ペルミ全県から、穀物、牛乳、卵、バター、ウクライナ、シベリア、クルスク、ゴメリ、ミンスク県から国家商品交換のために確保された農産物」

　七月一八日の中央委組織局会議で税実施の視察に派遣する中央執行委全権二五人が選出され、その一人ノギーンが訪れたペルミ県に関する一二月に提出された一二ページに及ぶ報告書で税キャンペーンの実態が次のように纏められた。生産郡であるサラプル、オサ、オハンスク郡が凶作に見舞われ、県に食糧源は確保されていない。八月に徴税機関が胎動したが、畑仕事の時期に活動するのは不可能で、「地方活動家の大部分が新経済政策も税法も知らず」、食糧人民委員部と県食糧委の統計資料は「通常一致せず」、県統計部が持つ資料はあまりにも古すぎた。そのため不公平を訴える請願が、特に休耕地に関して多数提出された。北部郡では割当徴発より税の負担が増え、いくつかの郷で税は割当徴発の一一倍以上になった。ウソリエ郡で八月に郡からの搬出禁止条令が郡執行委から出されたため、穀物自由商業はまったくなかった。この条令が破棄されたとき、直ちに商業が出現した。郡食糧委命令を根拠に多くの農民が郡刑務所に拘留されたが、多くの冤罪が確認され二〇〇人のうち一〇八人を釈放しなければならなかった。オサ郡で郡執行委全権は大量逮捕のほかにサモワールまでも没収し、革命裁判所巡回法廷は時には法令を遵守せずに活動している。「郷税監督官はごく稀な例外を除き地方活動家と農民に関係法令を説明することができず、非常にしばしば農民は監督官よりも布告をはるかに熟知していた」。村の情宣所には「パンフレット以外何もなく、農民にとっての旅籠にすぎない」。派遣された活動家は「現地の住民から遊離し、彼らはまったくの余所者である」。そのため、「自分の利益を労働者の利益と対置させようとする志向が感じられた」。この地を襲った飢饉について次のように触れた。「これらの郷を訪れるとき開けてくる光景は暗澹としている。一面が灰色で、疎らに乏しい発芽が見られ、灰色の基調に黒い点だけが浮き上がっている。最初はこれが何かを思いもつかず、後でアカザの束であることが分かる」。「農民はすでに夏から代用食を摂っていた。現在はアカザだけを食べている。だがアカザの備蓄もわずかである。［･･･････］施設の部長が家々を回り子供のために施しを乞うていた。郡のいくつかの施設はさらに劣悪で、子供の餓死がはじまった。この地区は口蹄疫が蔓延して大量の家畜が絶滅したため、五、六歳の子供の状況は苦しい。なぜなら、牛乳がなく、牛乳なしで彼らはアカザを呑み込むことができないので」。オサ郡はさらに厳しく、飢餓のため住民の一〇％が重篤の胃腸障碍に罹った。「釘を打ちつけられた百姓屋の数はサラプルよりもまだ多い。あちこちで住民は無気力に生きている」。この報告書は一読に値する。[xiv]

徴税キャンペーンで農民の怨嗟の声は各地から挙がった。特に高い税率についての不満は早くもその開始以前に各地から届けられた。現物税の導入当初はコサックと農民はそれを好意的に迎えたが、重い課税のために、「食糧税への思わしくない対応がはじまり、それへの疑惑と不信が徐々に広がっている」とドン州から七月に中央委に報告された。八月末にヴォロネジ県チェカーは、高い税率のために食糧税への農民の対応は急激に悪化したと、九月にタムボフ県チェカーは、モルシャンスクとエラチマ郡の農民は凶作と高い税率を理由に食糧税を拒否していると伝えた。「農民と労働者はソヴェト権力への敵意に満ちていた。これらの敵意は二つの契機、いまだ荒れ狂っている匪賊運動と特に食糧税によって引き起こされている」とチュメニ県チェカーは極秘に報告する。[xiv]

一二月一五日の納付期限を過ぎても徴税量はロシア共和国で八〇〇〇万プードをわずかに超えるほどしかなく、一七日づけ未納者に関する食糧人民委員部電報により、自然災害によって代納が不可能なほどに経営が破壊された場合にのみ一年以内の納付猶予が認められたが、月ごとに税総量の二％が延滞料として未納者に、すなわち、飢饉罹災者に加算された。農民に供出すべき農産物は何も残されず、二二年一月四日づけヴャトカ県食糧委は、「食糧キャンペーンは終わりに近づいている。税が一〇〇％遂行されたからではなく、農民が遂行できないからである」と食糧人民委員部に訴えた。一四五八人の活動家が動員され、全県でキャンペーン中に一万五七八一人が行政的拘留を受け、財産没収、強制労働などの強力な抑圧措置を適用してもこの飢饉県では六二％の納税が限界であった。

当初はロシア共和国で搾油用種子、馬鈴薯を含めライ麦単位に換算して二億七〇〇〇万プードの規模と定められた現物税は八月三日づけ布告により減量され、最終的に一億三七九九万四〇〇〇プードになり、一二月一五日と定められた納付期限は延滞料をつけて二二年三月一五日まで延長され、ようやく初年度に一億二八八五万六〇〇〇プードの穀物現物税を徴収することができた（遂行率九三・三％）。飢饉のもっとも深刻な時期に徴税が集中的に行われた結果がこの数字であった。アルタイ、モスクワ、オリョール、セヴェロドヴィナ、チェレポヴェツ、ゴメリ、クルスク県が一〇〇％以上の任務を遂行し、「飢饉が強まり、食用に人間の屍体が利用されている」キル共和国のウラリスク県で干草税を除き食糧税がほぼ一〇〇％徴収され、それは大飢饉の中では異常な遂行率であった。[xiv]

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.641,Л.55об.; Коммунар.2,5 июля; 26 июня; ; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.95; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.449,Л.92; Д.493,Л.12-14; Д.622,Л.26; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.195.

[xiv] ムギセンノウは畑にしばしば蔓延る雑草で、六月二八日づけ税規定で、穀物のゴミ混入率は三％を超えず、そのうちムギセンノウとニワヤナギの混入は一六分の一以下とされた（РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.486,Л.123об.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.3,Д.709,Л.378; Советская деревня глазами.Т.1.С.165; ГАРФ.Ф.393,Оп.10,Д.21,Л.65; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.643,Л.78; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.7,190,232; Книга о голоде: Эконимический,бытовой,литературно- художественный сборник.Самара,1922.С.41-42; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.36; HIA.RU.160-1; Как изготовить суррогатный хлеб.Симбирск,1922.С.14-15; Жатва смерти.С.10; Коммуна (Самара.).1922.21 янв.

[xiv] Продовольственное дело.1918.№2.С.19; Patenaude B.M., The Big Show in Bololand: The American Relief Expedition to Soviet Russia in the Famine of 1921.Stanford U.P.,2002,p.57; Голод и Дети на Украине. Харьков,1922.С.31; Горев Мих.Голод.М.,1922.С.14; Громыко М.М. Мир Русской деревнии.М.1991.С.17; HIA.RU.109-5; 132-2; 118-4; 121-3.ヴォロネジ県では畜舎から出る肥料の二〇％は冬季の燃料に利用された（Брук Б.Л. Указ. соч.C.30.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.1164,Л.112; Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.1,1об.,36-36об.; Систематический сборник.Кн.7.С.132.

[xiv] Беднота.1920.14 сент.; HIA.RU.122-1; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.220; Советская деревня глазами.Т.1. С.488; Стрельцов И.Т. Указ. соч.С.17; Советская Сибирь.1921.16 июля; 16 сент.; 1 сент.; HIA.RU.122-5; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.815,Л.72; Год борьбы с голодом 1921-1922.Харьков,1923.С.76; Гордеев Г.С. Указ. соч.С.151; Итоги борьбы с голодом.С.254; Отчет Народного Комиссариата Земледелия.C.241.サマラ県から五月に、「広くハタリスは食用にされ、それを駆除しない村はどこにもなく、通常ハタリスは畑に数百万いて農業を脅かすが、今ではそれらは食い尽くされ、これは滋養に富むが、少なくなった」と報告され、それは害獣と同時に貴重な栄養源でもあった（РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.93.）

[xiv] ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.195,Л.21; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.179,Л.1; РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.784,Л.11,6; Оп.7,Д.1110,Л.89об.; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.195,Л.216; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.560,Л.91,92.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1114,Л.249; Д.1110,Л.4; Бюллетень ЦК помгол.1921.№1.С.4; Декреты Советской власти.Т.17.С.115-117; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.828,Л.1; Бюллетень ЦК помгол.1921.№1.С.11,18-19,21; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1039,Л.36; Д.1040,Л.29об.; Оп.60,Д.41,Л.7,36; РГАЭ.Ф.1943,Оп.10,Д.5,Л.8; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.202,Л.53; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.24; Бюллетень ЦК помгол.1921.№1.С.21.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.3277,Л.2; Систематический сборник. Кн.7.C.131,134-135; Декреты Советской власти.Т.17.С.148-149; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.477,Л.98; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.869,Л.34; Продовольственно-семенной и фуражный бюжет Уфимской губернии на 1921-22 год.С.12; Корнилов Г.Е.Питание горожан Урала в годы проводоственного кризиса//Новейшие исследования отчественных и зарубежных историков.Пенза-Саранск,2012.С.134; Report on Economic Conditions in Russia.p.21.

[xiv] Бюллетень ЦК помгол.1921.№34.С.72-76; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.914,Л.16; Оп.6,Д.1054,Л.14; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.71,Л.8; Ф.19,Оп.3,Д.242,Л.76; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.3024,Л.14; Оп.6,Д.2246,Л.14; Оп.2,Д.539,Л.9; Письма во власть.1917-1927.С.278; Бюл. Наркомпрода.1920.3 дек.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.664,Л.268; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.96.

[xiv] Там же.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.159,164; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.643,Л.118,117; Оп.112,Д.190,Л.7; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.3749,Л.10.

[xiv] Там же.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.8,10,6,18-20,29; Ф.1943,Оп.1,Д.815,Л.4,9,14,15,78,27-27об.,35-36об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.60,Д.41,Л.36; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.125; Оп.1,Д.983,Л.30; Оп.7,Д.914,Л.16об.,31об.,30; Год борьбы с голодом.С.13.

[xiv] Итоги борьбы с голодом.С.411; РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.393,Л.3; Оп.6,Д.40,Л.215; Д.449,Л.61,59; Бюллетень ЦК помгол.1921.№2.С.12-13; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.199,Л.33,16,22; Д.56,Л.340; Д.195,Л.21,22.

[xiv] Неурожай и Государственная помощь.Вып.1.С.14; На фронте голода.С.305; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.3024,Л.18,17.

[xiv] HIA.RU.77-3; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.95об.; Оп.10,Д.4,Л.2; Оп.1,Д.590,Л.37; Бюл. Наркомпрода.1920.7 дек.С.1; Осинский Н. Правда.1920.26 дек.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.983,Л.31; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.560,Л.83-87; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.449,Л.94; Девятый Всероссийский съезд советов.С.137,25.

[xiv] Советская Сибирь.1921.20 июля; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.538,Л.612; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.444,Л.6.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.224,Л.1; Fisher H.H.,op.cit.p.52; Patenaude B.M.,op.cit.pp.38-9; HIA.RU.19-6; Бюллетень ЦК помгол.1921.№1.C.34-36,39-40; Report on Economic Conditions in Russia.p.103.チチェーリンは八月一一日づけモーロトフへの書面で、飢餓民援助問題での国際関係の重要性を説き、翌一二日の政治局会議は、トロツキー、カーメネフ、モーロトフ、彼からなる飢饉援助監視特別委を設置し、二五日の同会議はトロツキーの出張に関連し彼をスターリンに交替させた（Большевистское руководство.С.209-210; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.192,Л.9; Д.194,Л.4.）

[xiv] Weissman B. M.,The American Relief Administration in Russia,1921-1923:A Case Study in Interaction between Opposing Political systems.Columbia University,1968,pp.67-8; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.250,Л.1; Д.235,Л.59; HIA.RU.133-6; 18-6;19-1.チチェーリンは七月三〇日づけカーメネフへの書面で、飢饉についての公式報道が悲観的から楽観的まで両極端に揺れ動き、そのためロイド・ジョージの判断を狂わせているとして、それら報道の統制を求めた（Большевистское руководство.С.208.）

[xiv] Report on Economic Conditions in Russia.p.108,109; Голод 1921-1923 років в Україні.С.57-58; Fisher H.H.,op.cit.p.247-48; HIA.RU.18-6; 146-8; 133-6; Девятый Всероссийский съезд советов.C.99,133; Голод 1921-1923 років в Україні.С.34,39-41,63,172-173,60-62,63; Год борьбы с голодом 1921-1922.С.101; Отчет о работе Центральной комиссии помощи голодающим при Всеукраинском Центральном Исполнительном Комитете ( за время с 1 янв. по 1 сент. 1922 г.). Киев,1923.С.4.現物徴税のほか、穀物と家畜の買付用に特別枠で毎月五〇〇億ルーブリが発送され、レーニンは九月一九日にウクライナでのこれらの調達の強化を命じた（РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.883,Л.56.）

[xiv] Голод 1921-1923 років в Україні.С.173; Report on Economic Conditions in Russia.p.109; Год борьбы с голодом 1921-1922.С.68; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.52; HIA.RU.146-8; Голод 1921-1923 років в Україні.С.75-79,86-87,89,116; Голод и Дети на Украине.С.24; Голод и помощь в У.С.С.Р: Цифровые данные по материалам Центральной комиссии помощи голодающим при ВУЦИКе на 1ое мая 1922 года.Харьков,1922.С.3; Голод 1921-1923 років в Україні.С.102-103,117,135,138,220,137,128-129,156-157; Отчет о работе.С.4.ウクライナ飢饉五県の最大の人口（三三一万七六〇〇人）を持つドネツク県で飢餓民の数は、一二年一二月の二〇万四〇〇〇人が、二二年二月に四九万三〇〇〇、五月に八〇万三九二五人に急増した（Голод и помощь в У.С.С.Р.С.3.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.68,Л.4; Итоги борьбы с голодом.С.416; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.194,Л.1,4; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.35-36.カリーニンはこの会議の結語で、ナンセンを「抜きんでた一人の戦士」として讃え、この評価はスターリン時代にも踏襲され、「二枚舌のブルジョワ世界の中でまったく特異な位置を占めたのが、高名な学者であり探検家のナンセンであった」と評された（там же.С.48; Кандидов Б. Голод 1921 года и церковь.М.;Л.,1932.С.9.）

[xiv] Patenaude B.M., op.cit.p.53; Weissman B.M., op.cit.p.85; HIA.RU.95-4; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.86; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.38.サマラ県でのこのエピソードは当時五万部発行された飢饉キャンペーンの小冊子、Горев Мих.Голод.С.11.にも引用された。

[xiv] Fisher H.H., op.cit.p.140; Patenaude B.M., op.cit.p.145; Усманов Н.В. Деятельность Американской администрации в Башкирии во время голода 1921-1923 гг. Бирск,2004. С.44; HIA.RU.132-2; РГАЭ.Ф.1943,Оп.10,Д.14,Л.5; Горев Мих. Указ. соч.С.14.当時はロシアで普及しかなったトウモロコシであるが、ラコーフスキィは第九回ソヴェト大会の討論の中で飢饉の教訓として、耐旱性があり、単位当たりの播種量が少ないことを理由に挙げてこの作物の普及をいち早く提唱した（Девятый Всероссийский съезд советов.С.134.）

[xiv] Выховдцев С. Указ. соч.С.3-4; Неурожай и Государственная помощь.Вып.1.С.52; HIA.RU.106-4; 106-6; Бюллетень ЦК помгол.1921.№3/4.С.52-53.ＡＲＡ調査官は厳冬期に文字通り不眠不休の活動を行い、例えば、一二月末から一四日間で橇により七一一ヴェルスタ、列車により二七〇ヴェルスタの旅程で、タタール共和国一三郡のうち一二郡を調査した（Cockfield.ed.,op cit.p.101.）

[xiv] HIA.RU.129-5; 14-1; 131-3; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.72; Девятый Всероссийский съезд советов.С.44; HIA.RU.110-4; Выховдцев С.Указ. соч.С.5; HIA.RU.12-1; 118-4.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.862,Л.55-59,62,67; РГАСПИ.Ф.76,Оп.3,Д.204,Л.59,61.

[xiv] Итоги борьбы с голодом.С.415; HIA.RU.122-1; На фронте голода.С.217; Профсоюзы в борьбе с голодом.М.,1922.С.45; Хенкин Е.М. Указ. соч.С.51; Report on Economic Conditions in Russia.p.47.

[xiv] Бюллетень ЦК помгол.1921.№2.C.28; HIA.RU.64-7;　РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.224,Л.37; Д.250,Л.1,2,5,61; Д.235,Л.59,51; Бюллетень ЦК помгол.1921.№1.C.14-15,39-40; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.277,Л.2; Оп.1,Д.883,Л.55; Fisher H.H.,op.cit.p.264.二二年二月九日づけ全ロシア中央執行委布告により、飢餓民援助と伝染病との闘争を目的に、一七歳から女性五五歳、男性六〇歳までの全市民に五〇コペイカから一ルーブリの一般市民税が全共和国に導入され、タムボフ県ではすでに二一年夏にそれが実施されていたが、飢饉に喘ぐ農民は不満の声を挙げた（Итоги борьбы с голодом.С.416-419; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.266,Л.173; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.179.）

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.381,Л.105; Год борьбы с голодом.С.98,101.

[xiv] Там же.С.20,23; Известия ВЦИК.1922.15 марта; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.663,Л.123; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.508,Л.159; ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.405,Л.145об.

[xiv]　その理由は、飢餓児童のほかに、アントーノフ蜂起の際に蜂起参加者は「強制的に追放され、成人男女はラーゲリに、子供は内戦終了まで孤児院に収容される」と命じたように、そのような子供は孤児院に入れられるのは通例であった（« Антоновщина »(2007). С.155.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1114,Л.96; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.265,Л.84; Советская Сибирь.1921.5 окт.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.663,Л.191; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.12; Сорокин П. указ. соч.С.158; Советская Сибирь.1921.23 сент.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.137; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.225; Оп.6,Д.523,Л.467об.; Оп.6,Д.616,Л.28.

[xiv] Известия Губсоюза.1921.№20.С.23,26; Книга о голоде.С.120; HIA.RU.107-1; Советская Сибирь.1921.8 дек.; РГАСПИ.Ф.5,Оп.1,Д.2629,Л.2.

[xiv] Там же.Ф.17,Оп.3,Д.190,Л.4; Оп.2,Д.71,Л.24; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.41,35-36; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.246,Л.15.飢饉との闘争の最前線にいたアントーノフ=オフセーエンコは、六万部が発行された小冊子で「何より慈善的なのはアメリカ政府である」と触れているが、同ソヴェト大会ではその援助は「取るに足らない一滴でしかない」と批判的に言及した（Антонов-Овсеенко.Спешите на помощь умирающим от голода!.М.,1922.С.7; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.37.）。

[xiv] Бюллетень ЦК помгол.1921.№2.С.20; Мельгунов С.П. Указ. соч. С.249（邦訳、二三〇ページ）; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.71,Л.24; Оп.84,Д.227,Л.16; Д.224,Л.70; Д.279,Л.3.二一年冬にカザンに派遣されたＡＲＡ調査官は、彼らのバザールでの購入品目と価格から個人的性癖まであらゆる情報を詳細に掌握している現地チェカーの活動への驚きを日記に綴っている（Cockfield.H.J.ed.Op.cit.p.81.）

[xiv] Бюллетень ЦК помгол.1921.№2.C.75-76; Ф.Э. Дзержинский председатель ВЧК-ОГПУ.C.382-383; Fisher H.H.,op.cit.p.124; Голод 1921-1923 років в Україні.С.103.

[xiv] この年度の予算案は次年度を一〇月一日からはじまる新予算年度に合わせるため、一から九月間で作成された。

[xiv] ГАРФ.Ф.1065,Оп.3,Д.23,Л.4; HIA.RU.10-7; Год борьбы с голодом.С.43; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.822,Л.40,70,75; Хенкин Е.М. Указ. соч.С.34; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.229,Л.1; Д.244,Л.2; Д.280,Л.2.

[xiv] ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.48; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.449,Л.61; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.18,26; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.764,Л.1,20; Оп.6,Д.584,Л.21; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.22,28; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.449,Л.63об.,62; Оп.5,Д.99,Л.6,7; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.163об.-164,187-187об.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.132,Л.13; Прод. газета.1921.17 матра; РГАЭ.Ф.1943,Оп.1,Д.883,Л.50; Оп.7,Д.1110,Л.94; Оп.6,Д.604,Л.462.

[xiv] Там же. Д.530,Л.131; Д.451,Л.20-21; Д.449,Л.8; Систематический сборник.Кн.7.С.132-138; ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.779,Л.75,78; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.444,Л.16.トゥーラでは軍需工場を中心に労働者の七〇％が周辺郡からの農民出身で、彼らは都市での居住を拒否し通勤列車で通っていた（Коммунар.1921.14 апр.）

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.449,Л.57-58,58об.; Д.637,Л.14; Д.604,Л.217; Д.1042,Л.36.

[xiv] Там же.Оп.1,Д.497,Л.175; РГАСПИ.Ф.19,Оп.3,Д.242,Л.57; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.604,Л.307,308,310; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.3; РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.361,Л.3; Оп.6,Д.662,Л.44,66,64; Д.584,Л.40; Д.604,Л.440,443.

[xiv] Там же.Д.957,Л.1,9-9об.; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.75,Л.164; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.451,Л.7-8; Д.449,Л.59об.; Письма во власть.1917-1927.С.305; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.637,Л.15; Д.1057,Л.60; « Совершенно секретно ». Т.1.Ч.1.С.90.

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.5,Д.779,Л.75; Ленин В.И. Полн. собр. соч. Т.53.С.93; Драма Российской истории.C.383.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.183,Л.5,1; Голод 1921-1923 років в Україні.С.44,45,51,86.

[xiv] ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.106; РГАЭ.Ф.1943,Оп.2,Д.572,Л.7; Ф.2012,Оп.1,Д.1701,Л.24; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.444,Л.18; Д.523,Л.159; РГАСПИ.Ф.5,Оп.1,Д.2630,Л.8; Коммуна (Самара.).1922.21 янв.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.17.

[xiv] РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.127; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.346,Л.114-114об.; Девятый Всероссийский съезд советов.С.112; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.346,Л.125; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.482,Л.1.

[xiv] Там же.Д.229,Л.323,263,338,3; Оп.21,Д.2,Л.5; Девятый Всероссийский съезд советов.С.27

[xiv] Декреты Советской власти.T.16.С.7-9; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.5; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.55,Л.99,100,117,357,359,443; Д.60,Л.82.

[xiv] ГАПО.Ф.Р9,Оп.1,Д.405,Л.567; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.42,Л.3-11; Д.319,Л.62; Д.530,Л.99; Систематический сборник.Кн.7.C.147-148; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.449,Л.68об.; Д.469,Л.48-49,137,145,165; Д.477,Л.98; Д.579,Л.78; Оп.2,Д.539,Л.10об.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.3,Д.380,Л.256об.; Систематический сборник.Кн.7.C.151-154; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.337,Л.174; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.491,Л.24; Д.579,Л.3,74; Д.615,Л.56; Есиков С.А. Российская деревня в годы нэпа.C.89; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.139,179; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.168.

[xiv] Report on Economic Conditions in Russia.p.46; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.493,Л.20; Д.491,Л.39об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.143; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.580,Л.33; Д.615,Л.61,73; Д.530,Л.67-68,73,82,99.

[xiv] Там же.Д.1746,Л.217-220об.,91,197.

[xiv] Наша газета.1921.10 дек.; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.578,Л.85-90; Д.530,Л.34,36; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.215,Л.21; ГАРФ.Ф.339,Оп.5,Д.796,Л.59; Письма во власть.1917-1927.С.295.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.478,Л.364; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.138,179; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.643,Л.78-84,48.

[xiv] Там же.Д.637,Л.15; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.913,Л.14; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.1810,Л.22; Д.1057,Л.22,60; HIA.RU.146-8; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.958,Л.4-5; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.121,131,168,220,463,464,2,16,46.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.211,Л.108-112; РГАЭ.Ф.1943,Оп.11,Д.716,Л.3об.; Д.611,Л.19об.; Оп.6,Д.2364,Л.8,12,47.

[xiv] Там же.Д.478,Л.364; Оп.11,Д.611,Л.19об.; Оп.1,Д.331,Л.32; Оп.6,Д.2245,Л.4; Д.449,Л.84-93.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.904,Л.15; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.248,320; Оп.5,Д.444,Л.9.

[xiv] Беднота.1922.6 янв.; Систематический сборник.Кн.7.С.150-151; РГАЭ.Ф.1943,Оп.6,Д.584,Л.21,23; Д.637,Л.102-103; Д.578,Л.90об.; Д.2511,Л.9; Прод. газета.1922.14 июня; РГАСПИ.Ф.5,Оп.1,Д.2696,Л.5,51.最終的遂行量について、引用したアーカイヴ資料のほかに、一億七九〇七万四〇〇〇プード（Нар. хоз-во.1922. №3.С.90-91）や一億四一三三万プード（Экон. жизнь.1921.30 июня.）など、いくつかの異同がある。

　第七章　権力と教会

　一　十月政変後の教会政策

十月政変後の教会政策について、第二回ソヴェト大会で発布された一七年一〇月二六日づけ土地についての布告に続き、一八年一月二七日づけ『土地の社会化基本法』により、帝室領などと並んで教会・修道院領は無償で接収されたが、革命政権のその原則がはじめて表明されたのは、一月二〇日づけ政教分離に関する人民委員会議布告であった。同布告により「一、教会は国家から分離される」と謳われ、一三条からなる同布告の前半部分で、「五、宗教儀式の自由な執行は、それらが社会的秩序を損なわず、ソヴェト共和国の市民権への侵犯をともなわない限り保証される」と、政教分離の原則の下に公的以外で信仰の自由が保証された。これは、近代市民社会の原則の確認にとどまり、教会弾圧の要素は見られないとしても、教会組織に関わる後半部分では教会は法人格を奪われ、「一二、いかなる教会、宗教団体も財産を所有する権利を持たず」、「一三、教会、宗教団体のロシアにある財産は人民資産」とされ、教会の物質的基盤を剥奪することが明記された。[xiv]

同布告で宗教政策の原則を表明したのに続き、長文の八月二四日づけ『政教分離布告の実施手続きに関する司法人民委員部決議（指令）』[xiv]は、宗教団体が持つ宗教儀礼に関する資産リストを作成し、その資産を地元住民が無償で利用するために地方ソヴェトの直接の管轄に引き渡す詳細な手続きを定め、さらに菜園、工場、現金などの宗教儀礼以外の資産も同様に地方ソヴェトによって接収されることになった。さらに、従来教会は出生、結婚、葬儀などを通して民衆の全人生と深く関わっていたが、出生証明は、県（州）戸籍簿登録部に直ちに移管されると定められ、民衆にとって必要な日々の営みは徐々に教会から引き離され、一七年一二月二〇日以後結ばれた宗教婚は無効であると司法人民委員部により宣告された。また、一八年七月に採択された共和国憲法で勤労者に信仰の自由が認められたにしても、ある工場の労働者は大祭日に労働を強いられ、教会に出向くと食糧が剥奪された事実を二〇年一二月にレーニンに訴えたように、また聖職者は非勤労者として選挙権、被選挙権が奪われたように、ボリシェヴィキ権力の反宗教政策は明白であった。

このような規程は、教会弾圧が行われた際に、「僧侶が戸籍を受理する、離婚を行う、神の教えを子供に説くことは布告で禁じられているにもかかわらず、彼は密かにこれら全部を行った」廉で二二年にトムスクで主教が逮捕されたように、厳格に実行された。この宗教政策はロシア正教会だけでなく、カトリック、プロテスタントを含むキリスト教からユダヤ教、仏教などあらゆる宗教がその対象となり、救世軍さえも二二年三月初旬に建物の捜索と活動家の逮捕が行われ、彼らは政治活動に関与せず、共和国憲法で保証されている宗教宣伝を行っているだけであると逮捕者の釈放が人民委員会議に願い出された。このような事例が多々あったとしても、実際には国内の影響力から、また際だった富を有していたことからも反宗教政策は正教会に照準を絞っていたのは明らかである。[xiv]

しかし実質的には、一七年のモスクワ蜂起の際に寺院が建ち並ぶクレムリンへの軍事的観点からはまったく無意味な砲撃が徹底的に行われ、赤衛軍兵士と労働者部隊はニコラ門からひどく破壊されたクレムリンに無血入城した事実に現れているように、革命権力の反教会的やり方はすでにこれらの法整備以前に認められていた。一八年に次々と教会施設が閉鎖され、四〇〇万デシャチーナといわれる土地、資産、建物が没収される中で軍事部隊と信徒大衆との衝突が頻出した。一八年一月一三日から二一日にかけてペトログラードの最大の聖地の一つ、アレクサンドル=ネフスキー修道院を武力によって占拠しようとした際に、大勢の信徒がそれに非暴力的抵抗を見せ、五月にモスクワ県ズヴェニゴロド近くの修道院からの資産没収への抗議行動に端を発して武装一揆が発生した。同じ頃、タムボフ郡ラスカゾヴォ村の教区教会から出生証明書を徴収する際に、教区信徒はそれらの引渡しを拒否したため、農民と赤衛軍部隊との流血の衝突を招き、タムボフから派遣された懲罰部隊を随伴した特別委により聖職者と教区信徒が逮捕され、この事件は幕を閉じた。

このような衝突は各地で認められ、ノヴゴロド県で「住民と教区は何世紀にもわたって共通の利害を発展させてきた」といわれたように、民衆から教会を人為的に切り離すのは不可能であった。九月のコムーチ情報は、「生活が抑圧されているため宗教熱が高まり、それはボリシェヴィキ領袖の間に大きな不安をかき立てている。バルト工場でのトロツキーの演説は、学校にイコンを掲げさせよとの労働者の激しい野次によって突然中断された。労働者の騒動と要求は非常に威圧的であったので、トロツキーの警護兵さえも事態を収拾できず、彼は工場から逃げ出すのを余儀なくされた」と伝えている。[xiv]

新聞紙上に反ソヴェト的行動が報道されるとき、その煽動者はクラークと並んで、僧侶、商人、教師が常であった。先のタムボフ県の事件は新聞では、「ラスカゾヴォ村で司祭に唆された幾千もの群衆が地方ソヴェトを転覆させた。死傷者が出た」と報道された。八月一一日のペトログラード・ソヴェトでジノーヴィエフが演説したように、彼らは農村の敵、または農村の無知の根源であった。スミドーヴィッチはリャザニ県で発生した大規模な農民蜂起を調査し、その原因の真っ先に挙げたのが、聖職者に由来する農民の無知であった。彼は次のようにいう。「農民は読むことに慣れておらず、しばしば下らない風聞を貪っている。風聞は司祭や反革命的教師や識字力のあるクラークから流される。[xiv]もし、学校からイコンを外せば、明日には家からイコンが外され、明後日には首から十字架が外され、教会が禁圧されると農民にいう。そして農民はこれを信じてしまう」。八月の『貧農』紙でノヴゴロド県チェレポヴェツ郡から、われわれの郷でスホードが開かれたとき、僧侶がボリシェヴィキについて泣き言をいう。「あなた方の聖なる父から土地を全部取り上げその収入を奪った。彼らはすべてを破壊している」。そこでソヴェトを廃止することが決まった」と報じられたように、聖職者は無条件に革命の敵に分類され、この傾向は一貫していた。チェカー情報は次のように報じた。二〇年七月にタムボフ県の「村での非常に苦しい食糧事情のため、クラークと聖職者による反ソヴェト的情宣がある」。八月の北カフカース情勢について、「反革命的気分を聖職者が強く促し」、それはすべての住民、特に女性と老人の間に彼らへの共鳴が広く浸透している。同じ頃、ヴォロネジ県「ニジニィウディンスク郡で聖職者の逮捕をきっかけに蜂起が起こった」。二二年一月にクラスノヤルスク郡の郷で、「クラークと聖職者は、教師の支持を得て、食糧税を支払わないようにとの強力な情宣を行っている」。このような報告は無数にある。このためクロンシタット反乱の際には、聖職者によるあらゆる集会は禁止され、その出版組織は閉鎖された。

こうして、一八年九月五日に「赤色テロル」に関する人民委員会議布告が出されたとき、その中で特に名指しされていないとしても、九月にモスクワ県モジャイスク郡で反革命的活動との理由づけで、大地主、医者、元警察署長とともに司祭ら六人が銃殺されたように、彼らは先に挙げた法令に関わりなく容易に「反革命勢力」に分類された。その理由の一つに、農民蜂起の中心に必ず教会があった事実を挙げることができる。一八年夏に様々な理由により各地で農民蜂起が勃発し、それらのほとんどで教会の鐘が鳴らされたことはすでに触れたが、チェカー情報でも同様の例が確認される。一一月一〇日にペンザ郡の村で蜂起は次のように発生した。学校近くの村集会で食糧問題が審議され、集会の全参加者は食糧部隊が宿泊している館に向かい、即座に退去するよう求めた。部隊はこの要求を無視したため、村では参集した人々は話し合いのあとに、教会の鐘楼に上り鐘を鳴らしはじめた。鐘の音で群衆はさらに膨らみ、武装解除するために叫び声を挙げながら部隊が占拠する館に向かった。部隊は武器を捨てて逃げ出し、そのうちの何人かは捕らえられ、群衆はソヴェトを破壊し貧農委も粉砕した。蜂起を知り、チェカーは機関銃一丁を持つ部隊を送り込んだが、鎮圧部隊の接近を知らせる鐘が響き渡り、武装抵抗の態勢を整えた。部隊は散兵戦の隊形で「ウラー」の叫び声とともに村への攻撃をかけ、苦労の末に村を占領した。[xiv]

こうした反教会政策の結果、司法人民委員部の報告によれば、二〇年までに教会から七一億五〇〇〇万ルーブリの資産と貴重品、修道院から四三億ルーブリの現金が没収され、一一九六ヶ所の工場、収益施設、七〇四ヶ所のホテル、宿泊所、二七七ヶ所の病院、保養所、八二万八〇〇〇デシャチーナの土地が接収され、二一年末までに革命前にロシアに存在していた一二五三ヶ所の修道院のうち七二二が国有化された。「赤色テロル」の犠牲者のうち聖職者は膨大な人数と推定されるが、資料が不完全なためそれを正確に算出することはほとんど不可能になっている。トゥーラ、ハリコフ、タムボフ県シャツクで十字架行進の隊列が銃撃された。一八年に八二七人の司祭が銃殺され、一九年に一九人が銃殺され、六九人が監獄に収監されたというヴェチェカー資料は遺漏が多すぎる。正教会聖チーホン神学研究所の資料によれば、抑圧を受けたのは一万一〇〇〇人、そのうち九〇〇〇人が銃殺された。一八年に三〇〇〇人の聖職者が銃殺され、一五〇〇人がその他の迫害を受け、一九年に一〇〇〇人が銃殺され、八〇〇人がその他の迫害を受けたとされる。聖チーホン人文大学の資料では、一八年だけで約一万五〇〇〇人の聖職者と信者が銃殺された。このような弾圧政策により、「教会への迫害、聖職者への抑圧、信徒への差別は住民の多くを反ボリシェヴィキに追いやった」とされる。[xiv]

教会建造物の接収はさまざまな理由で実行され、民衆は中央にその返還を請願したが、それが叶えられることはなかった。二二年一月にルィビンスク県クラスノホルム郡から、寺院とその地下を穀物と干草の倉庫替わりに使用する旨の郡執行委決議を破棄するようにとの住民の請願に対し、内務人民委員部は「ほかに倉庫用建物がないため、入荷する食糧税の保管場所としてそれらは暫時占有される」との郡執行委の説明を受け入れ、その決議を支持した。ゴメリ県ブィホフ市で市内に五ヶ所あるシナゴーグの一つが穀物集荷所として接収された。二一年に次のような興味深い出来事がスモレンスク市であった。六月二九日に市ソヴェトは地元にある聖歌シナゴーグの建物を劇場にすると決議し、地元ユダヤ信徒はその破棄を中央執行委に請願した。この請願に対し、八月一日の同執行委は市ソヴェト決議を破棄し、市執行委にシナゴーグをユダヤ人協会に返還するよう命じた。だが、党中央委政治局はこの決定に、「しかるべき説明を行うことのできるユダヤ人部部長代理」を招聘せずに採決したことを理由に、「本質的にこの決定は完全に間違っている」、「聖歌シナゴーグは金融大ブルジョワジーの生え抜きと彼らに奉仕するインテリの一部のために設立された。信仰の篤いユダヤ人大衆は聖歌シナゴーグに共感を抱いておらず、その文化的啓蒙的施設への接収は真に宗教心の篤いユダヤ人の信仰心を損なうことはありえない」として、中央執行委に再検討を要請した。八月二二日に開かれた同幹部会会議は、聖歌シナゴーグの一階をクラブとして開放し、二階を礼拝所として残すという折衷案を決議し、この問題は決着を見た。教会施設の接収は最終的に中央委政治局が決定権を持っていたが、教会接収に積極的な中央委と教会（民衆）に寛容な中央執行委との教会に対する温度差を見て取れる実例である。この温度差はその後も保持された。教会弾圧が一段落した二二年五月に党教会管理局特別委は、大量閉鎖によって頻発する一連の過激行為に配慮し、教会閉鎖の即座の停止を党中央委に勧告した。[xiv]

内戦期の反教会政策の中でもっとも際立つのが、一八年から二〇年に展開された「不朽体」暴露キャンペーンである。一九年二月一四日づけ司法人民委員部決議で、不朽体は地方博物館に移管するのが望ましいとされ、地方で不朽体調査の名目の下にその暴露が行われるようになり、それは「勤労住民の発意で」実施されたことが強調された。しかし、この運動は実質的に官製キャンペーンにほかならず、司法人民委員クールスキィ名で出された、二〇年八月二五日づけ『不朽体の清算に関する司法人民委員部決議』と県執行委への司法人民委員部回状では以下のように、それが持つ国家的反教会政策の一環としての性格が見え隠れしている。

「［･･･････］勤労大衆自身の発意と執拗な要求により、いわゆる「不朽の」聖体五八件の暴露が行われた。勤労大衆、聖職者、専門医師、ソヴェト権力代表が立ち会って露見したのは、聖職者が人民大衆を欺いていた一連の詐欺的行為のやり方であった。［･･･････］主教と君主が意のままに操る大衆を跪かせ、不朽の（すなわち、時とともに腐らない）肉体を敬わせ、勤労者の金を教会の懐に入れさせた仕掛けがそこにある。ヴォロネジのミトロファーンの語り継がれていた不朽体に替わり、髪の毛が張りついた頭蓋骨、いくつかの骨、襤褸と綿屑の山、いくつかの手袋と藁を詰め込んだ袋が見つかった。［･･･････］ヴラヂーミル［県］スーズダリでいわゆるスーズダリのエフロシニヤの「不朽体」は、舎利の入った布製人形であることが判明した。［･･･････以下、このような実例が延々と続く］旧支配階級により仕掛けられた不朽の肉体の入ったこれら金メッキの聖廟も、宗教的理由で無知に操られる大衆の幻惑装置として必要であった。［･･･････］

　勤労者大衆の革命的意識は、ミイラ化された屍体、または屍体の残骸、または屍体の偽装がソヴェト=ロシアで教会組織による大衆の搾取のために［･･･････］利用されることに抗っている。［･･･････］それゆえ、司法人民委員部は以下の執行を命ずる。

一、地方執行委は、勤労者大衆の革命的意識に依拠し、［･･･････］不朽体の完全な清算を徹底的に計画的に実施する。

　二、遺体、人形などの崇拝の根絶はそれらを博物館に移管することで実現される。

　三、個々の聖職者ならびに旧公的宗教官庁組織から無知な人々の搾取に向けられた欺瞞、ペテン、偽装、その他の犯罪的行為が摘発されたあらゆる場合に、司法当局はすべての犯罪者に対し司法的審理を発動する」。きわめて異例の長い前文をつけたこの決議は法令集に収録され、このキャンペーンは紛れもなく教会を震撼させた。

このような教会政策はある意味では肉体的弾圧よりも恐ろしい、信仰または人間の魂に対する愚弄であった。司法人民委員代理クラーシコフ自身が宗教政策に関する著書で、「党は宗教的偏見から勤労者大衆の実質的解放を促し、もっとも広汎な科学啓蒙的な反宗教宣伝を組織し、搾取階級及び宗教的宣伝組織との絆を完全に断とうとしている。そこでは、宗教的狂信を強めるしかない信徒の感情を愚弄することは慎重に避けるべきである」と明言したが、この言葉は虚しく響いた。総主教チーホンは聖人を冒瀆するこのような措置を中止するようレーニンに訴えたが、もちろんそれは何の効果もなく、全国的キャンペーンとしてそれは展開され、不朽体は徹底的に曝かれた。[xiv]

われわれは中央権力による反教会政策の結果、民衆と教会の関係が実際に農村でどのように変わったか、または変わらなかったのかの情報を断片として持つだけであるが、教会=聖職者の権威のいくらかは失墜したとしても、農民はほとんどの場合に教会と行動を共にした。一八年一一月にペンザ県サランスク郡ラダ村で起こった蜂起について、チェカー情報は次のように伝える。村に到着したコムニストによって集会が開かれ、われわれから信仰を奪うユダヤ人がなぜ権力にいるのか、なぜすべての教会が封印されるのかなどの挑発的質問が出され、この後、ボリシェヴィキと内戦のせいでわれわれは飢え、穀物専売はわれわれからの強奪にすぎないとの一人の演説が群衆の怒りを煽った。村に食糧部隊が到着すると、彼らは教会を閉鎖し、イコンを外し、穀物を全部取り上げるとの風聞が住民の間に広まった。接収された僧侶の家近くのバザール広場に人々が群れをなして騒ぎだし、どれだけか経って教会の鐘が鳴らされ、四方八方から駆けつけた民衆は接収された僧侶の家に押し入り、政治コミッサールと女性情宣活動家を捕らえ街頭に引きずり出して、殺害した。六月にクラスノヤルスク県カンスク郡の村で、反革命的情宣を行った廉で僧侶を逮捕しようとしたとき、一五人ほどの「クラークと農民が一緒になって抗議し」、教会の鐘を鳴らし、郷革命委と民警を放逐した。すでに述べたように、七月三〇日づけ人民委員会議布告『ナバートについて』による禁止にもかかわらず、教会の鐘は農民結集の合図として鳴り止むことはなく、教会はまさに「革命の敵」であった。

一〇月一日に開かれたノヴゴロド県チフヴィン郡ソヴェト大会で多くの決議が満場一致で採択されたが、国民教育部から提起された学校から宗教礼拝物を一掃する問題の投票は票が分かれたように、日常生活が宗教儀礼と密接に結びついている以上、民衆を宗教から引き離すのは困難であった。また、教会や鐘楼からしばしば大量の穀物が摘発されるケースがあり、六月にリャザニ県ミハイロフ郡で見られたように、絶好の隠匿場所として僧侶などによってそれらが利用された事例があったとしても、信者による教会への寄進という慣例は廃れることはなかった。サマラ県メレケス郡で食糧部隊によって二一年一月に教会入口階段から摘発された穀物三四プードは、厳しい飢饉の中で聖餅を焼くために農民によって献上された品であった。エニセイスク県クラスノヤルスク郡について、「村の住民は宗教的偏見に大きく囚われ、農民は食糧税の徴収に憤慨しソヴェト権力に敵対的に対応しているときに、すべての聖職者のために自発的に寄付を行い、彼らに食糧を提供している」と一二月の県チェカー情報は伝える。ヤロスラヴリ県の村では、僧侶は人里離れて生活するようになったが、農民は今でも教会に忠実で、まったく以前と同じように宗教行事の寄付を絶やさないといわれた。二〇年にオレンブルグ郡で地区執行委が聖職者の家屋をチェカーに引き渡すと決定したことに対し、村住民は激怒し、一〇〇〇人以上が集まった礼拝時に支援を呼びかけた。チェカーの証言によれば、聖職者に危害を加えれば「皆殺しにすると決めた」ため、首謀者を逮捕することができず、譲歩を余儀なくされた。一九年三月に発生した「チャパン戦争」の一因は、郷執行委からイコンを外したことであった。

モスクワ県ヴォロコラムスク郡セレダ郷で二二年に調査が行われ、そこでの様子は次のように描かれた。郷の人口一万三〇〇〇人にコムニストはたった六人で、「コムニストの影響力は農民の間でまったく感じられない」。ネップの導入後、若者を中心に区画農への志向が強まり、「旧い共同体は崩壊の危機に瀕している」といわれているが、「革命によって持ち込まれた変化は、農民の頭で非常にゆっくりとしか慣らされていない」。その実例として、以下が挙げられた。若い農夫は妻に施設での勤務を辞めるよう迫ったが、彼の命令に従わなかった妻は夫によって撃ち殺された。「殺害の知らせが郷に届き、製粉所での討論で、女性を含む農民大衆は、従属物として自分の妻を思いのままに扱う夫の不可侵な権利を認め、殺害を正当と判断した。若者の抗議の声は、特に女性を人間と認める権利を罵倒する大勢の農民の怒号にかき消された。農民は無知になるほど信仰心が篤い。例えば、母親は学童の息子にわずかな金でもノートを買わせないが、十字架行進に対する僧侶への支払いのためにはなけなしの卵を売ってまで、現金を女集金人に渡している。無知は非常に恐ろしく、農民は選別された種子を畑に蒔く替わりに、擦り潰した聖餅をそれに混ぜ、生水でそれを蒔いている」。農民、特に農婦はロシアの無知の象徴的存在であり、それを育むのが教会であった。コストロマ県キネシマ郡の農婦は次のようにいっている。「クラークと司祭なしで村の生活は考えられず、復員兵士やボリシェヴィキには反吐が出る」[xiv]

　二　教会と飢餓民援助

国家的救済の限界

ボリシェヴィキ権力の厳しい反宗教政策の下でも民衆をロシア正教会から切り離すことはできず、二〇年春以後に各地で認められる旱魃などの災厄からの救済を農民は信仰に求めた。このような光景は随所で見られた。トゥーラ県オドエフ郡で穀物成長期である五月に二週間以上も雨が降らず、所によっては草が燃え出すほどで、農民は「雨を降らせたまえ」の祈りを捧げ、畑に十字を切っていた。ボゴロディツク郡から「われわれの村には一ヶ月近くも雨がなく、畑は干上がった。そこで僧侶とクラークの扇動がはじまった。彼らはボリシェヴィキのせいで旱魃が来たのだ」といっている。二一年になって旱魃が広まり深刻化するにつれ、雨乞いの祈祷は様々な形で至る所で行われるようになった。ウファー県で溺れている者を岸に上げ、その人に水を注ぐと雨が降るとの迷信が農民の間で広がっているため、僧侶は群衆の目の前で溺死者を川から掬い上げ雨乞いの儀式を行った。雨乞いだけでなく、オムスク県カラチンスク郡の郷でチフスが蔓延した際に、僧侶が祈祷を行い、住民は彼になけなしの食糧を与えた。トヴェリ県では害虫からの救済を求めて祈祷がなされた。もちろん、これらの災厄が宗教儀礼で緩和されることもなく、タムボフ県ウスマニ郡から五月になると、「農民は宗教と儀式に満足することもなくなった。農民は次第に教会を訪れることも少なくなり、旱魃の祈祷を行うのも少なくなった」と県チェカーは報告したとしても、あらゆる援助に見放された農民は教会に頼る以外、ほかに方法を知らなかった。テムニコフ郡ですでに餓死者が出るほど旱魃が進行し、郡一帯に「反宗教宣伝がしっかり根を下ろしていたにもかかわらず、祈祷の波が方々に広がった」。「熱帯的ともいえる猛暑と旱天は穀物と牧草に深刻な影響を及ぼし、それらの成長は止まっている」とされたニジェゴロド県「ポチンキ地区で、旱魃のために雨乞いの祈祷が広まり、丸一週間集団の行列が祈祷しながら歩き回っている」と地元紙は報じた。[xiv]

このとき特にヴォロネジ、ツァーリツィン県などロシア南部で広まったのが、イコンが「蘇った」という風聞であった。六月にヴォロネジ県ボエヴォ村で、もっぱら女性の間に地元の教会で古びたイコンが奇蹟のように「蘇った」という噂が広まった。この噂は瞬くうちに近隣の村に広がり、これから間もなくボエヴォ村の教会に信仰の篤い大勢の女性が次々と訪れ、このイコンを旱魃に襲われた畑で祈祷するため引き渡してくれるよう請うた。教会僧侶はいくらか逡巡した後にイコンを引き渡し、群衆はそれを持って畑に向かった。イコンが蘇った話が近くの村にもあるということが知れ渡るようになると、何人かの市民は自分の家でも古いイコンで同じことが起こったと公然と口にするようになった。住民の中に宗教的ヒステリーの影響を受けて、それを超自然現象であると解釈し、この出来事に特別な意味を持たせる人々が現れるようになった。このような噂は特に教養のない民衆から圧倒的な共感を受け、宗教熱に浮かされたようにほとんど狂信的に蘇ったイコンの公開を求めるようになった。教会関係者は、イコン蘇りの風聞を打ち消すかわりに、そのような雰囲気を利用して、祈祷、賛美歌、その他の祭礼を行ってイコンへの大衆祝賀会を催し、信者は引きも切らず訪れるようになった。同様な噂はツァーリツィン県でも伝染病のように全県に広まり、数百件におよぶイコン蘇りの風聞が生まれた。

このような風聞は司法的措置によってようやく止んだ。ヴォロネジ県でイコン蘇りに関して三一人が逮捕され、一〇月の七日間にわたって県革命裁判所でこの審理が開かれた。これは住民の大きな関心を招き、ヴォロネジ市のボリショイ劇場は裁判の傍聴希望者全員を収容できなかった。六人の司祭、女性輔祭、数人の農民が被告席に並び、専門家として化学の教授や地元聖職者などが召喚された。裁判所は、被告の一部は宗教的ヒステリーに取り憑かれたと認め、そのため一部を無罪とし、最終的に聖職者だけを利益目的で農民の狂信的気分につけ込んだとして有罪と認定し、強制労働六ヶ月の判決を下した。これ以後、イコン蘇りの噂は聞かれなくなった。凶作と旱魃に見舞われた民衆は中央権力からの救済を得ることなく、民衆が待望できるのは奇蹟の到来だけであった。[xiv]

夏の飢饉救済キャンペーンはヴォルガ流域の飢餓民に集中され、凶作に見舞われたタムボフ県エラチマ郡でも郡委によって組織されたキャンペーンは、ヴォルガ流域罹災者のための寄付集めであり、八月には住民の間でそのための宣伝活動が展開された。ミンスクでも同じ頃、県ソヴェト政治啓発部と文化部、労組、軍事部隊によって、すべての郡でサーカスやコンサートが催され、ヴォルガ流域飢餓民救済に向けて寄付が集められた。ゴメリ県コムポムゴルの飢餓民への供給源は、「自発的寄付のほかに、ゴメリ県内でのあらゆる調達からの五％控除、労働者と職員からの一定控除、土曜労働、日曜労働、工場での一日労働、商人やバザールへの課税、匪賊の財産没収、人民裁判所による罰金」から形成された。こうして飢饉に苦しむ地方でも、国家的支援はなく原則として地元の原資で救援物資が賄われた。サラトフ県コムポムゴルが一一月初めまでに集めた貨幣と商品五億六四〇〇万ルーブリのうち三億三七〇〇万ルーブリ分はサラトフ市内で募った寄付であった。最大の飢饉罹災のサマラ県で県ソユーズによる穀物の購入が試みられたが、それらの資金に困窮したため、県執行委はその資金調達のため以前没収した教会調度品を教会に買い戻させることを決定した。二二年春にペンザ県食糧委によって春蒔き種子と食糧の交付が拒否されたサランスク郡執行委議長は、地方財源しか援助資金はなかったと報告した。要するに、地方コムポムゴルの活動はほとんどもっぱら地元住民から集められた地方的資源に依存していた。飢えのために毎日七から一五人が死んでいると報告されたアクチュビンスク県で、一一月までにアクチュビンスク市民から寄付された麦粉六、穀物四プードなどの乏しい食糧と演芸で集められたわずかの現金でコムポムゴルは運営されていた。飢餓民二万を数えたスタヴロポリ県で、彼らの支援のため瓜畑とブドウ園から徴税すると県コムポムゴルは決議した。ヴォロネジ市で孤児院の維持費の捻出に臨時子供税が導入され、この重要性を考慮しこの免税は一切不可とされた、などなど。[xiv]

こうして、ポムゴル中央特別委が「ヴォルガ流域飢餓民救済」への寄付集めを指示したとしても、地方コムポムゴルは地元で集められた資金を現地の飢餓民用の食糧買付に流用しようとする傾向が強まった。サマラ県のいくつかの郡で製粉税のうち二フント控除や五％控除を活用して住民への食糧配給を行い、バラコヴォ郡で飢餓民による威嚇行動はそれによるわずかな交付によって収まっていたが、九月に県食糧コミッサールが受け取った命令によりそのような措置は禁止された。トゥーラ県ノヴォシリ郡コムポムゴルも、製粉税に三フントを上乗せして地元飢餓民向けの援助策を実施したが、一一月にポムゴル中央特別委幹部会員にして食糧人民委員部参与ロバーチェフは、そのような「非組織的分離主義的穀物調達の路線に立つ」コムポムゴルを非難し、コムポムゴルによる現地飢餓民への救済活動を禁じた。このため、飢饉が絶頂を迎える二二年春にこの救援活動は完全に停滞した。「飢饉は根絶されず、徐々に大規模になっている。人口の六〇％が飢え、様々な代用食、アカザ、雑草、白樺を食し、郡内で一週間に四〇件の餓死が記録された」オムスク県タラ郡やチュカリンスク郡などで、「郡コムポムゴルは原資がないため援助ができず、農民の気分は悪化している」と三月後半の県ゲペウー報告書は伝えている。[xiv]

二一年一一月にエカチェリノスラフ、アルハンゲリスクなどいくつかの県で見られた、労働者の賃金や国家供給からの三％天引きのような「自発的寄付」のうち、実際にどれだけが自発的でどれだけが強制的であったかは不明としても、これらの飢餓民救済の動きが、一貫性のない上からの指令によるキャンペーン的性格を帯びていたのは確かである。八月一日にヤロスラヴリ県委は、中央からの命令によって国民経済会議や労組、軍事組織などが「自分たちをアピールする目的で」救済のための特別組織を作ろうと躍起になっているため、「飢餓民救援の組織化で本物の大混乱が見られる」と指摘した。九月二四日の党中央委書記局会議は、寄付金集めを強化するため九月一五日から一〇月一五日までに『飢餓民救済週間』を設定するよう指示を与え、各地でそれが実施された。チェカー極秘報告によれば、地方の実情に応じてその結果は多様で、例えば、チェレポヴェツ、ペトログラード県では順調に実施され、凶作の被害がほとんどなかったゴメリ県では五億ルーブリの寄付を集めることができた。ヴィテブスク県の都市では満足に進行したが、農村ではほとんど実施できなかった。ハリコフ県で「食糧がないために満足に展開できなかった」

しかし、この『週間』の成果がいかほどであったとしても、二一年の冬が近づくにつれ、スタヴロポリ県から報告されたように至る所で一様に「寄付の流れはほとんど停止した」。一二月の『サマラ県コムポムゴル通報』に掲載された書簡は、「収穫のある県の人々は安堵した。現金は控除され寄付は集められた。援助はなされた。新聞は秋蒔き播種の順調な総括について楽観的な報道を流した。飢饉から縁遠い人にはもっとも苦しい一〇月はすでに過ぎ、災厄は減退し、集中的『飢饉週間』とキャンペーンの後におそらくいくらか緩和すると思われている。［･･･････］だが、ここヴォルガ流域地方でそれは日ごとに新たな無惨な侵略を行っている。飢饉は減退しているのではなく、強まっている」と、「救援の第一波に続いていくらかの凪が訪れた」現状に警鐘を鳴らし、「新たな村が死神に取り憑かれている」と、飢餓民救済の強化を訴えた。寄付集めがキャンペーン的性格を帯びていた以上、このときの『飢餓民救済週間』が最後の大衆的寄付集めの機会となった。

こうして、乏しい穀物が底を突き、代用食となったアカザや団栗のような救荒植物が雪に埋もれ、飢饉が頂点を迎えようとしていた二一／二二年の冬に寄付などによる飢餓民援助はほとんど停止した。この理由として、上記で挙げたほかに、徴税キャンペーンがこの時期に精力的に行われ、特に国防会議決議によって宣言された事実上の追徴税としての隠匿耕地との闘争が一一月以後全土で展開され農民の窮乏化が深まったこと、なによりも、ロシアのほとんど全土を覆った全面的飢饉を指摘しなければならない。他人の飢えを救済する余裕はなくなってしまった。チュメニ県で九月に穀物がなくなるとの風聞が流れ、飢餓民のための穀物の控除に反対の声が挙がった。このときチュメニ市でコレラが猛威をふるい、死亡率は九〇％に達し、生存者自身が存亡の危機に陥っていた。サマラ県で県ソユーズによって開設された給食所は、食糧がないために次々と閉鎖された。[xiv]

寄付のうち貨幣は、飢饉県では県財務部のポムゴル特別当座会計に、収穫のある県では同特別会計に納付され、食糧や物品は飢饉県では県食糧委倉庫に、収穫のある県ではポムゴル中央特別委に保管されると規定されたが、貴金属、金、銀、宝石は、二一年九月二一日づけ中央執行委決議により、コムポムゴルを通して財務人民委員部の管轄に引き渡された。いうまでもなく、援助物資として外国からの輸入穀物は重要な意味を持ち、そのためのヴァリュータを確保するため、金銀などの宝飾品は当初から中央権力の管轄となった。貴金属などの徴収は飢餓民救済で大きな役割をはたすと思われ、モスクワのようないくつかの前衛的コムニスト組織は、救援の先頭に立ってすべての金装飾品と貴金属をコムニストから強制的に拠出させるよう決議した。

しかしながら、このような地方の献身的動きに対する党中央委の反応は驚くべきものであった。九月一二日の中央委組織局会議は「コムニストによる貴重品の引渡しに関する特別委」の報告を聴き、すべての県委への以下の秘密回状を採択した。「中央委は個々の［党］委員会によって提起された、党員による金や貴金属の強制的引渡しに関する決議を不適切な方法と見る。そのような決議は、党細胞に組織解体の要素を持ち込み、不充分にしか鍛え上げられず不屈でもなく訓練も受けていない同志に、自分の持つ貴重品（婚約指輪、家族の記念品など）を隠匿するために（通常はきわめてわずかな量）様々な口実を作り出すのを強いている」ことを理由に挙げ、「このキャンペーンを貴重品の自発的引渡しに向けての広汎な情宣に変更しなければならない」と命じた。中央統制特別委員ソーリツの編纂になる原案では、「個人的な金と貴金属の保管は一般には禁じられ、ごくわずかな量でのみ認められ、それゆえ、真っ先にソヴェト権力の布告を遂行しなければならないコムニストに対し、金装飾品と貴金属の強制的引渡しに関する一般的決議を出すのはお節介であり、コムニストが金装飾品と貴金属を保管しているという好ましからざる印象が作り出される」との理由づけがなされた。こうして、「ポムゴル中央特別委に、金製品と貴金属の自発的引渡しに関して、すべての勤労者に向けたアピールを出すよう命ずる」組織局決議が出され、彼らの特権は守られた。ソーリツがここで「金と貴金属の保管は一般には禁じられ」というのは、二〇年二月三日づけ人民委員会議政令『ロシア共和国貴重品国家保管局（ゴフラン）の設置について』にある、「インゴットの金、プラチナ、銀とそれらの製品、宝石貴石、真珠からなる全貴重品の保管と登録を中央に集中化するため、中央予算決済管理局下にゴフランがモスクワに設置」され、「本布告の発布後三ヶ月以内に全ソヴェト施設と公務員は彼らが保有する上記の全貴重品を［･･･････］ゴフランに引き渡す義務を負う」との規程を指さし、これら貴金属を持つこと自体が厳密にいえば違法行為であった。[xiv]

教会の救済活動

ポムゴル中央特別委の活動がほとんど停止し、危機的時期を目前にした二二年冬に飢餓民救済を口実に権力から教会への新たな攻勢がはじまった。

飢饉の際に教会が救済活動に乗り出すのはロシア正教会の伝統であり、教会からの対応は素早かった。ゴーリキが七月一二日に飢餓民救済のアピールを発する以前に、すでに総主教チーホンはニューヨーク司祭への電報で、「住民の大多数が餓死を運命づけられている。往時の穀倉地帯のいくつかの県の収穫は旱天で全滅した」飢饉国ロシアへの救援を、「アメリカ合衆国の人民に呼びかける」アピールを表明していた。[xiv]

またその一方、国内で教会による寄付集めに取りかかるため、チーホンは権力と教会との微妙な関係に配慮し、組織的寄付集めとそれを配分するために教会組織である教会委員会に一定の活動の保証を求める書簡を、八月五日づけでポムゴル中央特別委に、一七日づけで全ロシア・ソヴェト中央執行委に提出した。これら書簡は、教会委員会は教会での説教などによって寄付を集め、飢饉地域で教会組織を通して飢餓民に救援を行う権利を持ち、これら救援物資は当局により没収されず、その活動は労農監督部の統制を受けないことの確約を求めるほぼ同じ内容であった。一七日のポムゴル中央特別委幹部会会議はチーホンの書簡について、「正教会による教会委員会の設置に反対せず、［･･･････］それらの活動を有益と認める」決議を出した。理由は不明であるが、おそらくレーニンやトロツキーからの反対に遭い、この幹部会決議は彼に通知されなかった。そのため、チーホンは八月三一日づけ中央執行委への書簡で、「全ロシア委員会組織が清算されたのにともない、わたしは至る所で寄付集めを行い、地方で飢餓民救済教会委員会の活動を開始するため、教会委員会とその地方組織の設置に関する条令の承認をできるだけ急ぐよう要請」したが、その後も公式の通知は届けられなかった。

チーホンがこの書簡で触れている「全ロシア委員会組織が清算された」事情とは、プロコポーヴィッチの発意により、七月二一日づけ中央執行委幹部会条令によって設置された、カーメネフを議長とする飢餓民救済全ロシア委員会がほどなく解散させられた顛末を指す。この委員会は政府関係者のほかに、キーシキンのような元カデット党員、文学、芸術の著名な活動家、協同組合活動家、プロコポーヴィッチやチャヤーノフのような「ブルジョワ」経済学者など多彩な社会活動家を含む六三人から構成された。この組織は全体集会、幹部会、監査委員会からなり、国内外でその支部を設置して食糧、飼料、医薬品を購入し、それらを飢餓民の間で分配する広汎な権限を持ち、七月二一日にモスクワで開かれた予備会議でキーシキンは、この四年間で初めて権力代表と社会活動家代表が一堂に会し、一致協力して国の内外で早急に飢餓民救済活動が必要であると開会の辞で訴え、カーメネフは実践的活動が保証されることを演説の中で強調した。この委員会名簿は七月二三日づけ『イズヴェスチャ』と『プラヴダ』で公表され、飢餓民援助物資の発送に関するナンセンの提案も七月一一日づけ政治局会議で承認され、このようにロシアのあらゆる社会勢力を糾合して国民的救援活動が構築されようとしていた、唯一の機会であった。[xiv]

同委員会について七月一二日の中央委政治局会議で審議された際に、保健人民委員セマーシコは、メンシェヴィキとエスエルが反ソヴェト活動のためにこの委員会を利用するとの理由で、その設置に反対を表明した。そこでレーニンは彼宛てに、「愛しいセマーシコ！わがままはいけない、嬢ちゃん！［･･･････］クスコーヴァ［社会活動家でプロコポーヴィッチの妻］に妬いてはいけない。今日の政治局の方針は、クスコーヴァを完全に無害にすることにある。貴方は「コムニスト細胞」にいて、油断せず、彼女を厳重に監視しなさい。彼女の名声を借りるのだ」との書付を送りつけた。こうして同委員会は一、「社会活動家」に幹部会の七ポストのうち二ポストを与え、二、純粋なコムニスト・グループを形成する条件でその設置が決定され、広汎な救済活動が進むかに思われた。[xiv]

七月二一日づけ中央執行委幹部会政令で設置されたこの委員会は、一八日づけ同政令によってすでに設置されているポムゴル中央特別委と一見して重複し、この「ブルジョワ的」救済委を新たに設置した根拠は政令で何も触れていない。一五日の政治局会議は、救済委の議長と代理は中央執行委により指名されるが、その活動は中央執行委とは関わりなく実施されるとする一方で、ポムゴル中央特別委の人員を補充し、それに「すべての人民委員部とソヴェト施設の活動の統合と調整に関する最高の権限」を与えたが、特に両者の分限を明示しなかった。だが間もなく救済委の機関誌『救済』二号を八月二二日に発刊したのを最後に、三号目は植字の段階で検閲により発禁処分を受けた。この急転換の背景に非ソヴェト救援組織への高まる疑惑があった。[xiv]

アメリカ観測筋は七月二五日に国務長官ヒューズ宛てに、「危機をうまく利用するなら、それはボリシェヴィキ体制の清算と復古のはじまりに導くかもしれない」と通知したように、当時の欧米にはネップの導入にともなうソヴェト体制の解体についての風聞が飛び交っていた。一方、その直接の動機は不明としても、レーニンは党中央委政治局全員への八月二六日づけ覚書で、次のように救済委の解散と同委員の逮捕を命じた。「ナンセンのもっとも厚かましい提案（救済委員会にカデットを任命する）、これら「屑ども」の行動、添付した電報は何よりも明らかにわれわれが誤っていたことを証明している」として、ナンセンの提案を受け入れた七月一一日づけ政治局会議決定を覆し、「本日八月二六日金曜に「屑」を解散するよう全ロシア中央執行委に提案する」。さらに、プロコポーヴィッチの逮捕と「「屑」の残りのメンバーも同じく本日、できるだけ鉄道のない都市で監視下に置くようモスクワから追放する」とも指示された。これは翌二七日づけの電話付議による中央委政治局会議への、「ウーンシリフトに本日最大の迅速さでプロコポーヴィッチと例外なしに救済委員会の全員（コムニストを除く）を逮捕し、特に［九月］四日の［プロコポーヴィッチ、ルーノフ［食糧独裁に反対した元モスクワ州食糧参事会議長］らが参加する予定の］集会を許可しないよう」命じたレーニンの建議によって公式の手続きとなった。この指示を受け、同日の中央執行委幹部会決議により、地方への出張を拒否した廉で救済委の解散が決定された。これは即日実行され、その非ボリシェヴィキメンバーが最後の会議のために集まったときチェカー部隊が乱入し、逮捕と死刑の宣告が行われ、地方支部の委員も同じ運命をたどった。だが、この方針はチェカーにより地方で先行していた。八月一一日づけヴェチェカー幹部会会議で、サマラ県の飢饉との闘争委員会に関する指令をメンシェヴィキにも拡大し、彼らを委員と認めず、その積極分子を逮捕することがすでに決定されていた。[xiv]

このように飢餓民救済活動においても、ボリシェヴィキ指導者の中枢に「反ソヴェト的」組織からの援助を徹底的に排除する傾向があり、ウファー県執行委議長の言葉によれば「その代表は飢餓民への支援ではなく、反ソヴェト的陰謀と脅しに専念した」との理由で、同県では聖職者を含む飢餓民救済県委はわずか二日で解散させられた。このように、非ソヴェト的組織の救済活動には強い警戒感がともない、この活動への教会の参加に対し、レーニン、トロツキー、スターリン、ジノーヴィエフ、ヤロスラーフスキィらが反対の立場を、ルィコーフ、カーメネフ、カリーニンが容認の立場を採っていた。一八年八月三〇日づけ司法人民委員部指令で宗教団体による慈善活動は禁止されていたこともあり、このような党内事情のため二一年末まで教会の寄付集めに統一的方針を示すことができず、その対応は事実上地方の判断に任されていた。例えば、ペトログラードやモスクワでは基本的に教会からの資金集めは黙認されていたが、サマラでは主教委員会が行う飢餓民救済の寄付集めは「反革命的」と認定され、主教を含む委員全員が逮捕された。

飢餓民への国家的援助はいっこうに進展せず、一一月四日の中央委組織局会議で承認されたすべての党地方組織への回状書簡は次のように訴えた。「すべての勤労者、すべての労働者、農民、誠実な市民の私的支援がいっそう必要である。目的を達成するために、この支援は恒常的で定期的で毎月のものでなければならない。それぞれの勤労者は自分の給与の一部、自分の配給の一部を飢餓民のために割かなければならない。一〇人の満ちた者が一人の飢餓民の面倒を見る」ように、と。だが、寄付集めは完全に停滞し、教会の力に頼るほか選択の余地はなかった。一二月八日の政治局会議は、飢餓民救済に関する宗教団体の申請を承認する旨のカリーニンの提案を採択したが、これを公表不要とした。これに基づき翌九日づけ中央執行委幹部会は、「一、宗教管理局と個々の宗教団体による寄付集めを認可する。二、寄付行為者の願いに配慮し、寄付集めの形態と集められた寄付の発送手続きに関して宗教団体との合意をなすようポムゴル中央特別委に命ずる」と決議した。[xiv]

同決議は政治局決定に準じて、一二月九日の日付で抜粋の形で関係宗教団体に発送された。後のチーホン事件の審理の際にヴィノクーロフ[xiv]によって提出された証拠書類によれば、この幹部会決議のほかに、寄付で集められた現金と現物はポムゴル特別委に引き渡され、現地での寄付の配分は宗教団体が参加する現地コムポムゴルにより行われることを定めた一二月三一日づけ同幹部会決議、関連布告と寄付集め手続きの指令などが二二年二月まで次々と発送された。手書きで送られた、すべての県コムポムゴル宛ての指令は、寄付集めについて以下のように詳細を定めた。寄付集めは教会ごとに日曜・祝日礼拝時に鉢で教区会議メンバーによって行われ、教会の眼につく場所に「飢餓民救済に」と書かれた鉢またはコップに寄付が入れられ、寄付集めの開始前にチーホンのアピールが読み上げられ、必要な場合にほかのしかるべき説教が行われ、寄付された物品は官庁に登録される。教会のほか、寄付集めは教区信徒の家でも行われ、食糧と物品は直ちに最寄りのコルポムゴルに引き渡され、この活動はポムゴル中央特別委と労農監督人民委員部の統制を受けるとされた。この寄付集めに関する指令は手書きの正誤表とともに送られ、指令にある、「第一一条。教会貴重品も飢餓民のための教会の寄付となる。それらは特別に策定される指令に従って、ポムゴル中央特別委に寄付され、決済され、引き渡される」との箇所は削除された指令が送られたのではなく、削除されないまま正誤表によって「第一一条は全文削除」とされ、それは後に展開される教会貴重品の強制収用を予感させるに充分であった。

いずれにせよ、こうして教会による飢餓民救済の寄付はようやく公認され、二二年二月一九日づけで総主教チーホンは信徒に次のように訴えた。「われわれは飢民についてのニュースを読むたびに魂を凍りつかせる恐怖を味わっている。「飢民はすでに代用食さえ食べていない、それらはすでになくなった」と。飢えた住民にとって屍肉さえ贅沢になったが、この贅沢すら手にすることができなくなった。道や谷間で何十もの死者が雪に埋もれている。母親はわが子を厳冬に置き去りにしている。呻き声や泣き声が四方八方から届いている。人肉食さえ生じた。［･･･････］ようやく最近飢民を救済する事業に聖職者と教会団体が参加できるとの中央執行委付置ポムゴル中央特別委によって承認された条文を受け取り、われわれは、飢民の恐ろしい状態を宥めるとの熱心な祈りとともに、キリストの遺訓を身近に尊ぶすべての人に再度訴える」

だが、この時すでに飢饉はピークを迎え、サマラ県ブズルク郡の村で二一年一二月二八日の朝に四〇人の飢えた群衆がすでに切り刻まれた屍体を墓から暴き出し、それらを郷執行委議長の家に運んで、穀物を寄こさないとこのようになると脅した事件も発生した。バラコヴォ郡で一二月中に一三一四人が餓死した。二二年一月二九日づけ『イズヴェスチャ』によれば、「現在飢餓民は徐々に増え、［･･･････］一三〇〇万人の飢餓民のうち二〇〇万人しか支援を受け取っていない」その時に、クルスク県コロチャ郡から種子の国家供給が破棄され、種子がないので農民が播種に不安を感じていると伝えられたように明日への希望を失いかけているその時に、教会への攻勢がはじまろうとしていた。[xiv]

　三　深まる飢饉

二二年冬に救援物資の鉄道輸送は雪のため大きく滞り、モスクワ、オレンブルグ、カザン鉄道は六週間続いて閉ざされ、鉄道駅から数十ヴェルスタ離れた郡部への発送は途絶えた。ウラリスクで一月に鉄道貨物の入荷はほとんどなくなり、給食は最小限にまで減少し、麦粉とミルクしか提供できなかった。駅には大勢の飢餓民が待ち構え、彼らの助力によりヴォルガ下流域の鉄道から先の輸送に牽引家畜として長距離に耐え多くの飼料を必要としないラクダが圧倒的に利用され、サマラ県で「ヴォルガから離れた地方への食糧搬送のためラクダによる輸送を強化する」と決められた。だが、飼料不足や屠畜のためにその頭数は激減し、同県で一四年にいた二万八三〇〇頭は二一年前半で七三〇〇頭に激減し、ポクロフスク郡で以前はラクダと牝牛を八頭ずつ持つ大規模経営も牝牛一頭しか残されなかった。この時の光景は、橇を牽く馬を見るのは稀で、「多くが悲しげに啼く、瘤が空になって垂れ下がったラクダである」と描かれた。雪に覆われたオレンブルグの街路には収容できないほどの多数の馬とラクダが死に絶えて、猛吹雪と酷寒での配送作業のために何とか指定地に到着しても、すでに衰弱しきった多くの馬とラクダが復路で倒れた。[xiv]

この時期にゲペウーから党中央委に送られる情報は民衆からの不満と絶望の声に満ち溢れている。「ヴラヂーミル県。一月三〇日、農民の気分は食糧税の強制的徴収のため不満がある」、「農民がコムニスト党から大量に脱党している。原因は食糧税の徴収」。「クルスク県。一月三一日、労働者の間で苦しい物質的状態が不満を引き起こしている」、「農民の間で食糧税の強制的徴収への不満がある」。「アクモリンスク県。一月三〇日、農民は力の及ばない税、飢饉、食糧活動家の粗暴な振る舞い、逮捕、食糧税即納の要求に怒っている」。「ペルミ県。一月三一日、飢饉が強まっている。いくつかの地方で猫、犬、大鋸屑が食用にされている。［･･･････］飢饉のために乞食と伝染病が広まっている」。人肉食も公式に報告されたような厳しい飢饉は至る所から報告された。「サマラ県。二月七日、一月一から二五日の発症数。発疹チフス一五六三人、回帰熱二二七八人、腸チフス七一八人。医薬品はない」。「ヴォチャーク州。二月七日、州内で飢餓民の数は五五％に達し、いくつかの郡では八〇％。死亡率は六五％。飢餓民は動物の屍肉を食している。飼料がないため家畜の疫病死は五〇％に達している。食糧がないため医療施設は閉鎖された」。「ヴャトカ県。二月七日、飢饉が強まっている。住民は土を混ぜたパンを食べ、そのため病気が蔓延している」。「チェリャビンスク県。二月六日、飢饉のため死亡率が高まっている。子供の死亡率は六〇％に達している」。「オデッサ県。二月八日、多数の餓死が見られる」、「二月一二日、飢饉のため県内の家畜の斃死は破滅的規模になっている。オデッサ郡ダリニツカヤ郷で馬二〇〇〇頭のうち四五頭しか残らなかった」。「クリミア。二月二七日、飢饉は強まっている。セヴァストポリでほとんど全住民が飢えている。カラスバザール地区で人肉食が頻出している」。タヴリーダ県カラスバザール市では住民の五五％が絶滅したといわれている。「オムスク県。二月二五日、タラ郡のいくつかの郷で住民数百人が餓死している。大部分が動物の屍肉を代用食にしている」。「チェリャビンスク県。二月二八日、飢えのために死亡率が高まっている。ヴェルフネ=ウラリスク郡であらゆる代用食が食い尽くされ、人肉食が日常的現象となった。ミアス郡で餓死が頻出している。特に子供の死亡が強まっている。飢えた子供は二万三〇〇〇人を数えているが、開かれた食堂は子供一五〇〇人分だけ」。「ニコラエフ県。三月四日、ニコラエフ郡で飢餓民は五万人を数えている」

ウクライナからの悲惨な報告は救援活動が遅れた分だけ二二年以後急増するが、その原因を二月のザポロジエ県コムポムゴルは次のように指摘する。農業の衰亡過程は大戦からはじまり、内戦はさらに解体を強めた。播種面積は二〇％に縮小し、役畜は半分になったが、質はそれ以上に劣化し、農具は使い物にならなくなった。この破滅のカーブが凶作により強まった。だが、それだけでなく、二一年前半に割当徴発を遂行し、ロシアの飢饉地方のために穀物七〇〇万プードを供出し、それと同量が担ぎ屋によって搬出され、貯蔵は底を突いた。秋蒔きはデシャチーナ当たり一二プードしかなく、二一年の収穫は県内需要三五一五万プードに対し六三七万八〇〇〇プードしかなかった。こうして九月までに県はアカザやオカヒジキなどの代用食の摂取に移った。二二年五月に全ウクライナ中央執行委議長ペトローフスキィはロシア共和国ポムゴル中央特別委宛てに、「ロシアでは改善に向かっているが、ウクライナは逆である。人肉売買のヘルソンの恐怖は拡大しつつある」と食糧の緊急支援を訴えた。だが、ロシア政府は援助を拒否しただけでなく、ウクライナから穀物の搬出を命じただけであったことはすでに触れた。

ロシア共和国では二一／二二年の冬に飢饉はピークに達し、ゲペウーからレーニン宛ての報告書でも、「ツァーリツィン県。三月一六日、飢饉は強まっている。飢えのための自殺と人肉食がいくつか記録されている。県内で六七万四二六一人が飢え、そのうち子供は六万六八八七人。レニンスク郡がもっとも飢えた郡と見なされ、そこで住民の九三［％］が飢えている。もっとも収穫がよいホピョル郡でも住民の一一％が飢えている。援助はわずかしか行われていない」など多数の事例が伝えられた。[xiv]

悲惨な報告はさらに続く。サラトフ県から三月一八日づけで、「飢饉は強まっている。ペトロフスク郡で餓死は一日三〇〇人に達している。郡の全家族一二七五のうち一二二七家族が移住した。それ以後も家族の移住が続いている。三月初旬までに飢餓民の総数は一七〇万人で、県の全人口の五五％。ノヴォウゼンスク郡で九九％、ポクロフスク郡で九七％、デルガチ郡で九七％が飢えている。共同給食によって供給を受けているのは全飢餓民の二三％。外国援助は子供二六万人、飢えた子供の三五％に供給している。二ヶ月半の間にヴォリスクで六五〇〇人がチフスで死んだ」と、オムスク県から三月二六日づけで、「オムスク郡で飢饉が強まっている。ウクラインスカヤ郷で飢えによる二〇〇件の罹病が記録された。チュカリンスク郡で住民の六〇％が飢えている。タラ郡で農民は自分の経営を捨て、収穫のある地区に逃げ出している」と。チュヴァシ州から三月二八日づけで、「飢饉は恐ろしい規模になっている。屍肉食が頻出している。同じく死んだ動物の屍肉も食用にしている。飢餓民として七五万人が登録され、それは総人口の九〇％。飢餓民の半数以上が病気に罹っている。州全域で三月一日までに二二万人分の供給能力のある二一一六ヶ所の食堂が開設された。現時点では子供一〇万人にしか供給されていない。定期的支援はＡＲＡから受け取っているだけで、食糧人民委員部の資力で維持されている食堂は、まったく不定期な食糧配給のために大きく中断しながら操業している」などなど、と。[xiv]

サマラ県執行委・党県委機関紙『コミューン』一月一五日号は、全県が恐ろしいカニバリズムに覆われたことを次のように報じた。「パンと肉を奪われたサマラ県の広大なステップ郡で悪夢が見られ、軒並みに人肉食の異常な現象が認められる。飢えのために絶望と無分別にまで追いやられ、眼に止まり口に入るあらゆるものを食い尽くした人々は、人間の死体を切り刻み、自分の死んだ子供を貪り食っている」と、ブズルク郡民警署長は「伝聞による」いくつかの人肉食を確認した。この記事は、「人肉食の犯人は自白し、それを極端な飢えで説明した。これらは事実、正確には、それらのごく一端である」と締めくくられた。同紙二月二日号に「ひどい飢えのために、プガチョフ郡の村で人肉食が広がりはじめた。ロモフカとポストロフカで人肉食が現地当局により確認されている」、二月一七日号に「バラコヴォ郡で一月と二月に四〇件の屍肉食と人肉食が、市で八件が公式に記録され、このほか、調理された人肉の取引が三件確認された。人肉を食した六人が自殺した」とのカニバリズムの事実が続々と報道された。

県内で二一年末までの死者八万八四〇四人のうち、半数以上が何週間も、時には一ヵ月も放置され、それによって伝染病が流行するおそれがあり、その収容が急がれた。これに関して出された特別命令により、しかるべき情宣活動を行い、すべての死体を収容し、飢餓民の家を頻繁に巡視し、屍肉食と人肉食のあらゆる容疑者を直ちに隔離するよう指示された。ブグルスラン郡から一月に、「食糧はなく、カスミソウ[xiv]とアカザはなくなり、伝染病が猖獗を極め、倒れた動物の死体は次々に持ち去られ、飢えた者が奪い合い、猫と犬が旨い料理である」という状況下で、二二年以後カニバリズムは急増した。[xiv]

人肉食の多くは屍肉食とほとんど同義であった。プガチョフ郡から「女性が人間の屍体から手足を切断してそれを食べた。飢えた者は墓地から食用に屍体を持ち去っている。死亡した子供は墓地に運ばれず、食糧として留め置かれる」と報告された。そのためサラトフ県では墓場が掘り起こされ屍体が盗まれないよう墓場に番人が置かれた。また、餓死者を全員埋葬するのは物理的に不可能で、屍体が薪のように納屋に積み上げなければならなくなった。医者は春が近づくのを見て、そのような屍体が腐敗して衛生状態が悪化するとの危惧を抱いたが、屍体が夜な夜な盗まれ食べられてしまい春までになくなったので、それは杞憂に終わった。

伝染病による死者さえ食い尽くされた。タタール共和国アグルィズで五月に早朝数人の労働者が墓場を通り抜けようとしたとき、一〇人以上の飢えた人々が屍肉の柔らかい部分を切り刻み、人肉を生食している光景に出くわした。これを見た労働者は恐怖の余りここから逃げ帰ったが、これは伝染病で亡くなり前日に埋葬された男の屍体であった。

もちろん殺人も頻出した。カザン県チストポリ郡の農民一家三人は四人を殺害して喰った。この家でいくつかの人肉の断片だけが見つかった。スパッスク郡の村で四月に村ソヴェト議長は、ある農家の中庭で雪の下に隠されていた数片の人肉を見つけ、さらに屋内で薬罐に人肉が一杯煮込まれているのを見た。どこで人肉を手に入れたかとの尋問に、病気のために最近赤軍を除隊した人物の首を掻き切ったと答え、彼はさらに五人を殺害して喰ったと自白した。その男は捕らえられ、納屋に監禁されたが、当夜彼は屍肉を持ったままトタン屋根を破り逃亡した。別の郷執行委の調書によれば、一月に村の鍛冶屋の妻がある女性を殺し、皮膚を剥いで、切り刻み（三八片に）それを二つの桶に入れた。彼女は屍体の頭部を煮込んでその一部を食べた。この女はそれ以前にも一八歳の少女と二人の子供を殺害したことが露見した。サラトフ県ヴォリスク郡で、農婦は一緒に遊ぼうと隣人の一〇歳になる小さな娘を誘い入れ、馬の腹帯で遊びに夢中の子供を絞め殺し、小さな屍体を切り刻み、その一部を塩漬けにし、残りを調理して自分の三人の子供と一緒に食べた。村を捨て徘徊する乞食同然の放浪者も、一夜の宿を借りて大勢がこのような犠牲となった。

　肉親同士の悲劇も多数発生した。ウファー郡からの情報によれば、はじめ夫は犬や猫を食べていたが、その後で完全に気が狂って子供を殺そうとしているとの理由で、自分と子供を夫から別れさせて欲しいと妻が村委員会に訴え、この事実は確認され、彼女の要望は叶えられた。ウファー県で最初の人肉食は、ベレベイ郡スタロトラエフスカヤ郷からもたらされた。父親は残された息子と一緒になって次男を殺して食べたが、間もなく彼らも息を引き取った。ブデヤコフスカヤ郷で人肉食は日常茶飯事である。タスチンゴロフ村で一六歳の少年は五歳の弟を殺して食べたと、母親は赤裸々に人民法廷で証言した。カザン県スパッスク郡の村で飢えに苦しむ農婦は一二歳のわが娘の喉を裂き、ほかの娘とともに彼女を食べた。その家が捜索され、少女の両腕と頭部が見つかった。これらの部分は調理され、食べられるばかりになっていた。人肉の残りは切り刻まれて雪の下の小さな桶に隠されていた。テテュシ郡で四五歳の母親が八歳の自分の娘の喉を切り、七歳と一四歳の別の娘と一緒に食べた。屍体は最後の一片まですっかり食べられ、骨だけが残された。その後母親は一日しか長生きできなかった。ライシェヴォ郡で五三歳の女性は三歳の末っ子を殺して食べた。サマラ県で母親が一一歳の息子を切り刻んで人肉を薬罐に保存していた。生き残った人肉食者の多くは村人の制裁を受け、隔離された。多数のカニバリズムが発生したサマラ県バラコヴォ郡スラク地区で、この罪で大勢が逮捕され、有罪判決を受けて監獄に収監されたが、食糧がないために最後にはそこで餓死した。[xiv]

このようなカニバリズムは至る所から報告された。一～三月中にゲペウー情報は、サラトフ県、バシキリア、タタール共和国、ヴォロネジ、アクチュビンスク、ドネツク、ウラリスク県、チュヴァシ州で、人肉食または屍肉食が頻出した事実を伝えている。党中央委への報告書にも、上記以外にチェリャビンスク、タヴリーダ、ツァーリツィン県の実例があり、ドン州からの、四月半ばまでに「人口の八五％が飢え、三件の人肉食と一〇四三件の餓死が記録された」との報告もある。バシキリアで六月までに六件の人肉食があり、ウファー県で二一年六月からの一年間に四〇件の人肉食が記録され、チュヴァシ州で人肉食、嬰児殺し、屍肉食のケースがあったことは、政府の公式報告書でも確認される。サマラ県ブズルク郡から「多くの村で死体が通りに集められ、春まで空の納屋に積み込まれる。なぜなら、衰弱した農民にとって、墓掘りは力の及ばぬ作業なので。個々の市民の遺体は墓地で雪をかけて覆うだけだ」と伝えられたように、人間や家畜の多くの屍体が埋葬されることなく放置されていたため、屍肉食がしやすい環境にあった。[xiv]

ハリコフ大学の教授は、人肉食と屍肉食についてオデッサ、ドネツク、ザポロジエ、ニコラエフ、エカチェリノスラフ県を調査し、殺人が行われ人肉食に至った信憑性の高い二六件と殺害された死体が販売された七件を確認し、あらゆる県で屍肉食は日常的であったと結論づけたが、これがすべてではない。ウクライナ・ポムゴル中央特別委の公式報告集はザポロジエ県だけで五〇件の人肉食を数える。[xiv]チェリャビンスク県からチェカーは「人肉食は日常的現象となった」と報告した。二月にアクチュビンスク県の市場で人肉の販売があったため、生肉の販売を禁止する命令が出され、四月にバシク共和国で「屍肉食と人肉食との闘争と人肉商売の阻止」に向けた特別決議『人肉食について』が採択された。

二二年にカザンでＡＲＡ活動に従事していた医師は、実行犯はつねに自分の行為を秘匿しようとする一方で、屍肉食は村で一般的になったので特別な事件として記録されなくなり、正確な数字を挙げるのは不可能としながらも、二一年秋から二二年春までの次の統計を示した。タタール共和国で屍肉食七二件、人肉食二二三件、同じくバシク共和国で屍肉食二二〇件、人肉食五八件、サマラ県で屍肉食六〇件（彼によれば屍肉食はほとんど記録されなかったのでこの数字は少なすぎるという）、人肉食二〇〇件、ウファー県で人肉食五六件、屍肉食は記録されなかった。もちろん、この統計数字も遺漏が多く不正確であり、最近の研究によれば、ウラリスク県内だけで二一年から二三年までに人肉食三五六件、屍肉食四三七件、動物の屍肉食二一三件を数えた。

サマラ県を中心にカニバリズムが多数発生した事実は、機関紙にも公然と掲載されただけでなく、第九回ソヴェト大会で県執行委議長アントーノフ=オフセーエンコが、「ラムィシコフスカヤ郷で人々は死体を食している。そこでは他人の目の前で死体を埋めるのは危ない。死体が腐るまで番人を立てる必要がある。［ブズルク］郡の状況は日ごとに悪化している。子供の死亡は郡全体で毎日一四〇人に達している。それぞれの村で毎日五人から一〇人の子供が死んでいる。ウシミンスカヤ郷執行委の議事録を受け取った。そこにも屍肉食がある。ある女性は死んだ一一歳の子供を切り刻んで鍋にかけた。そのような悪夢の情報をアンドロソフカ地区からも受け取った」と、公言したように、これらはタブー視されず、むしろ飢饉の惨状の実例として積極的に公表された。だが、二二年の収穫期を過ぎるとこれらの事実は次第に秘匿されるようになった。「ここと郡一帯に数日間流布したプガチョフでのカニバリズムの報告は、執行委の調査によって根拠なしと宣告された。ある朝通りで三、四枚の子供服一揃いが見つかったとの報告に基づき、四人の子供が人肉食者に殺害され貪り食われたとの風聞が即座に広まった」。この風聞について郡執行委内務部部長は郡機関紙で、「調査が行われ、それらの風聞は嘘で、したがって、プガチョフ市民は平静でいられる。カニバリズムに関する嘘の風聞を流した犯人は監獄に送られる」と、八月一八日づけでこのような噂の流布を厳禁した。このような変化がポムゴル中央特別委の解散時期と一致するのはおそらく偶然ではない。飢饉の幕引きがはじまっている。[xiv]

　四　教会への攻勢がはじまる

　飢饉に有効な対策として、国外での穀物の買付の強化が不可欠であった。二一年一二月八日の政治局会議で一八〇〇万プードの穀物買付が必要とされ、その緊急追加買付に四〇〇万金ルーブリが割り当てられ、外国で貴重品を換金化する具体的提案の策定が、トロツキー、リトヴィーノフ、レジャヴァーからなる特別委に委ねられた。翌春以後劇的に展開される教会貴重品の強制収用はこの事情と関連してはじまった。だが、このキャンペーンの目的を考える際に、トヴェリ県から飢餓民のために教会貴重品を穀物で代納するのを認めるよう請願しに訪れた農民に、スミドーヴィッチは「必要なのは穀物ではなく、金(きん)である」と回答したのは示唆的である。次の事実もある。一二月九日づけでクラーシンはチチェーリン宛てに、アメリカ政府は穀物二〇〇〇万ドルの買付に合意し、ソヴェト政府は一月からの三ヶ月間で一〇〇〇万ドルを支払う義務があり、この支払いは「小切手または一四年までロシアにあった金で行われ」、穀物の配送はこの支払いと同時にはじまると打電した。つまり、当面の穀物買付の支払いに教会資産は不要であった。[xiv]

多くの教会と修道院に大量の貴金属と宝石があることは周知の事実であった。聖人イコンは聖なる風貌だけが見えるように貴金属の覆いが掛けられ、真珠、ダイヤ、サファイアなどの宝石で飾られた金銀の縁飾りに収められていた。聖イサーク寺院に富裕者から寄付された調度だけでも二一五品目ある。そのうち金は二プード一フント六五ゾロトニク、銀は一三二プード三一フント。このほか、「キリスト眠りの聖像」の縁飾りだけでも銀一二プード三六フント五二ゾロトニクある。長さ一アルシン幅四分の三アルシンの救世主イコンの縁飾りは黄金に輝く純金である。この寺院にはそのようなものが何十とある。『イズヴェスチャ』によれば、「ペトロパヴロフスク寺院に広く高い天門の宝座の上に黄金に輝く豪華な天蓋がそびえていた。いわゆる「エルサレムの聖母」のイコンだけでも重々しい金の縁飾り（一一・二五アルシン）、大粒ダイヤモンド三八カラット、中粒ダイヤモンド一三カラット、小粒ダイヤモンド一四・五カラットがちりばめられていた。そのようなイコンが二四あった。カザン寺院のカザン・イコンの金の縁飾りだけで重さ一〇フントあり、そこに大粒の宝石一万四三二二個、両面カットのダイヤモンド一六五五個、ルビー六三八個、エメラルド一五五個、サファイア七個、真珠一四〇〇個からなるネックレスがちりばめられていた」。「すべての教会貴重品（金、プラチナ、鐘、ダイヤモンド、その他の宝石）を銀に換算すれば約五二万五〇〇〇プードになる」。「銀一フントで穀物二五プードを購入することができ、それは新収穫まで家族五人を賄うに充分である」といわれ、財政的に逼迫するボリシェヴィキ権力にとってこれら教会貴重品は垂涎の的であった。[xiv]

二〇年二月三日人民委員会議政令により設置されたゴフランの任務は、「ロシア共和国に属するすべての貴重品の保管と登録の中央集中化にある」と公式に通知されたものの、その業務に携わるのは財務人民委員部、最高国民経済会議などごく一部の機関に限定され、それは秘密のベールに覆われ、その長官アルクースは、二一年三月三日づけ党中央委組織局決定によりチェカー参謀を帯同し財務人民委員部からアントーノフ蜂起の鎮圧に派遣された元ヴェチェカー特別全権であった。一二月二七日の中央執行委布告『教会と修道院にある貴重品について』は、二〇年二月三日づけ政令にある、美術館や研究施設にある美術品や礼拝物品のような宗教団体が利用する貴重品はゴフランに引き渡す必要はないとする規程を破棄し、「教会と修道院にあるおびただしい貴重品」資産を三カテゴリーに分け、歴史的美術的価値のある資産（調度品、絵画）を教育人民委員部の当該部局の管轄とし、金銭的価値のある資産（金銀、宝石からなる装飾品）をゴフランに移管し、それ以外の日常的資産のみを元の場所に保全すると定めたが、「信徒グループによる勝手な販売や移譲による教会資産の清算が最近顕著であるため」、当局の認可なしにそれらの利用を厳禁した。これを受け一二月三〇日の中央委組織局会議は、「受け取った貴重品をゴフランに引き渡す」ためスミルノーフらからなる特別委を設置した。続いて一二月二七日づけ布告とまったく同じ内容の布告が二二年一月二日づけ『教会資産の清算について』として中央執行委幹部会で採択された。この布告の名称変更は、教会資産を「清算」するとの宣言であり、これ以後、教会弾圧の影の、そして実質的主役として登場するのがトロツキーである。[xiv]

彼は一月一二日づけ極秘郵便電報で、修道院からの貴重品収用に関する事案が「まったく進展していない。そのような無駄な日々は犯罪的である」として、早急に適正な人材をこの業務に抜擢するよう政治局に要請し、収用問題はこの時期の政治局会議の最重要議題となった。二三日づけ貴重品収用に関する指令に基づき、貴重品の収用とゴフランへの発送のため、各県で県財務部長を議長とし、県チェカー、県軍事委議長からなる「貴重品の登録、収用、集中に関する特別委」が県執行委の下に設置された。これ以後、教会弾圧キャンペーンが紆余曲折する中でも、チェカー、間もなく内務人民委員部組織として改編されるゲペウーが主導的役割をはたすのは一貫した流れである。

このやり方は猛烈な飢饉に見舞われていたタタール共和国が突出していた。一月二四日の共和国州委ビューロー臨時会議で、教会や修道院などからのヴァリュータと貴重品の収用問題が審議され、そこで以下のような極秘収用草案（全タタール・チェカー議長デニーソフの署名になる草案の日付は一月二五日）が提示された。共和国でヴァリュータによる買付がまったく機能しなかったので、ほかの方法によって金・銀を国家の手に集中する必要があるとして（第一条）、カザンの二、三人の聖職者代表をこちら側に引き入れ、彼らを通して市民に飢餓民の救済を訴える情宣活動を行う（第二条）。その際に「この呼びかけと発意がほかの僧侶と信徒大衆の目には充分権威ある源から発生したようにし、必要なことは彼らをチェカーの統制と指導の下に置くことである。当然にも、この情宣が決してソヴェト施設と組織、またはソヴェトや党活動家から発してはならない」。第三条で、「新経済政策の条件下で生まれ数百万を下らぬ、飢饉で荒稼ぎしている固有の「赤色商人」もここで利用しなければならない」と、「賃貸料、商業権の営業許可税など」の収入が、第四条で、金または銀による罰金の徴収が想定された。第五条で、投機人を捜索し逮捕し、「私人にある金または銀ヴァリュータ、金銀またはプラチナ製品などを差し押さえる」。同草案の眼目である「貴重な教会資産の利用」に関する第六条で、「ここでは慎重な陰謀的エージェント的活動が必要である。公式なやり方で教会から物品を没収できるとは絶対に思えない」として、以下のあまりにも露骨なチェカー的やり方が示された。まず、カザン市とタタール共和国の教会と修道院に教会資産目録を請求し、「エージェント的探索によってもっとも貴重な教会資産の所在地を明らかにし、教会への様々な急襲と襲撃」により貴重品を没収する。この「周到な準備と秘密性を要するもっとも具体的だがリスクの高い上記の措置は」、今は公的決定では実行できない教会資産の引渡しを可能にするのにきわめて有効である。このような「陰謀的」教会資産掠奪案を作戦行動に適用するとされた。当時のタタール共和国は、「農民は飢饉のため死に絶えている。彼らへの援助はあまりにもわずか。［カザン県］スパッスク郡で人肉食が頻出している」（二月一七日づけ）、「飢饉が強まっている。代用食は食い尽くされた。メンゼリンスク郡で人肉食が顕著である。食用に屍肉を盗むケースが頻出している」（二月二日づけ）とチェカー極秘報告が示しているように、飢饉の頂点にありながら余所からの支援に見放された絶望的状況で、その生き残り策がこのように立案された。

だが、中央権力の認可のないこのような決定は、党指導部にとって決して看過できない措置であった。ヤーコヴレフはモーロトフへの書簡で、「キャンペーン全体の言語道断な無理解」であり、「掠奪の合法化である」この草案は、「信徒の大きな憤慨を招く」と厳しく断罪し、「中央委から大目玉を食う」と書き送った。これを受け、三月一五日の政治局会議は、「貴重品収用の方法についてのタタール州委のポストを廃止し、かような決定を下した廉で彼を譴責する。デニーソフを解任」し、モーロトフに「このような許し難い犯罪的決定の採択経緯を」解明するよう決議した。確かにこの時の党中央委政治局はこれらの措置を非難する雰囲気であったが、間もなくこれと同様な方針に沿って全ロシア的規模で教会弾圧が行われるとはほとんどの政治局員は想像もできなかったに違いない。[xiv]

中央での教会資産の収用に関する公式な決定は、より慎重な階梯を踏んだ。これに関する規程は、一月二日づけ美術館資産収用に関する布告を補足する形で、二月一六日づけ中央執行委布告として出され、それは『イズヴェスチャ』二月二六日日曜版に掲載された。この布告により、「教会資産のうち、それらの収用により礼拝が本質的に損なわれない金、銀、宝石からなるすべての貴重品を収用し、ポムゴル中央特別委ファンドの特別指定をつけて財務人民委員部に引き渡し」、この「目的で、各県に全ロシア中央執行委員の一人を議長とする県執行委、県救済部、県財務部の責任ある代表からなる特別委を設置する」と定められた。続いて、この布告に、収用作業に一ヶ月間の期限を追加した二月二三日づけ中央執行委布告が、また、この布告と同じ日付で『教会貴重品の収用手続きに関する指令』がポムゴル中央特別委と司法人民委員部から出され、次のように収用の手続きが詳細に規定された。布告で定められた収用に関する特別委は、全県におよぶ資料の提示を待たずして、収用すべき教会の着手順位を確定し、もっとも豊かな寺院、修道院、シナゴーグ、礼拝堂から着手する。特別委は収用活動の日時を指定し、この活動に三、五人の市民を帯同させる。収用された財は正確に公文書に登録され、信徒代表はその公文書に異論を記載する権限を持つ。この公文書をつけて収用された貴重品は、ゴフランに発送するため県財務部に送られる。この指令で特に重要なのは、「それらの収用は礼拝の利益に本質的に抵触せぬように」と確言されていたことである。この方針は党中央委の承認なしで決定され、反教会政策はまだ明文化されていなかった。[xiv]

公式にはこれら中央執行委布告と指令によって教会貴重品収用キャンペーンが開始されたことになる。われわれが幾度も引用する地方チェカーからの定期報告から見る限り、本格的作業は三月以降にはじまった。例えば、ペンザ県で「三月六日に収用すべき教会貴重品の目録作成がはじまった」、チュヴァシ州で三月六日に教会貴重品の収用に関する特別委が設置されたなどが、三月七日分の極秘報告に記載されている。

しかし、これら布告と指令を持たずして、すでにこのキャンペーンがはじまっていたのは確実である。一月三〇日づけの極秘書簡でトロツキーはレーニンに、「わたしに替わり貴金属に関する活動を行っている同志バジーレヴィッチ［貴重品の登録と集中特別全権代理］の非常に包括的報告書を同封し」、報告は「通常に機能しているすべての宗教施設と建物に触れていない」ことを指摘し、機能している教会からの貴重品の収用は「政治的に現在準備されている特別な課題である」と勧告した。バジーレヴィッチはドンにおいて軍司令官としてヴェチェカーと協力してコサックを徹底的に弾圧した経歴を持ち、革命軍事評議会を介してトロツキーに近い人物である。この時まで、キャンペーンの実施は教会貴重品収用に関する中央執行委幹部会全権レーベデフ、司法人民委員代理クラーシコフ、司法人民委員部第八部指導者ソスノーフスキィの中央トロイカが担っていたが、トロツキーは二月九日づけでそのメンバーの一人に[xiv]、収用に関する「中央執行委幹部会決議を即座に準備するのが必要に思える」と早急の実施を促す電報郵便を送ったことから判断して、間をおかずして開始されたことは間違いない。これを裏づけるように、二月一七日から二四日までのチェカー報告書に、モスクワ県ポドリスク郡で聖職者は教会貴重品没収の反対宣伝を行っている、ペトログラード県ノヴォ=ラドガ郡で教会貴重品没収への農民の不満が認められる、ペンザ県インサル郡で教会貴重品を地方コムポムゴルに引き渡す決議がなされたなど、教会貴重品収用キャンペーンに関する活動が認められる。さらに、ペトログラード、モスクワ、エカチェリンブルグ、サラトフ、サマラ、ハリコフ、エカチェリノスラフ、ドネツク県委に宛てた、中央委書記モーロトフの、「二月二三日。教会からの貴重品の収用キャンペーンはあまりにもわずかで遅々として進んでいない。聖職者の一部は若干後退した。だがもし、運動に著しい労働者［と］農民大衆を巻き込まないなら、この聖職者が政治的勝利者になるかもしれない。飢餓民のために寺院に眠る金銀を利用する、無党派労働者と農民によりはじまったばかりの運動を全人民的規模にまで拡大し、この問題に関する決議を行わない工場がまったくないようにすることが必要である」との電報も残されている。これらから判断すれば、二月二三日づけ中央執行委布告を待たずしていくつかの地方で貴重品の収用キャンペーンはすでに開始されていた。[xiv]

サマラ県でのキャンペーンは回想録によれば次のように実施された。プガチョフ郡コムポムゴル議長により飢餓民のための穀物購入に教会貴重品を収用することが案出され、そのための訴えがサマラ県執行委議長アントーノフ=オフセーエンコ宛てに電信で送られた。「広大な郡の教会と修道院に保管されている、何プードもの銀、何フントもの金、宝石を取り上げて穀物に利用されねばならず、それで災厄を止めることができる」。だが、数日後彼は、「モスクワの指示があるまで教会貴重品の没収は認められないと通知する。教会会議決議による自発的寄付が必要である」とし、待機するよう回答した。農民はこのことを知り、餓死から救済される可能性を求め、様々な地方から収用を認めるようにとの請願が入りはじめた。プガチョフ郡ではモスクワの回答を受け取るまで収用は自粛されたが、長くはなかった。一週間後に中央執行委から直接に返信があり、教会会議のあらゆる決議なしに、教会からの収用が必要であると簡明に記されていた。電報ではまた、中央執行委はロシア全土で教会貴重品を収用する可能性の問題を検討しているとも通知された。郡で銀の十字架、食器、燭台が教会ごとに何プードも取り上げられ、さらに金の十字架、イコンの飾衣、様々な教会装飾品の宝石、真珠などがこれに続いた。これら貴金属は、輸送の困難にもかかわらず、それを最短期間で換金するため何輌もの貨車で発送しなければならないほどの量となった。すでに第一陣が発送されたとき、三月三日にサマラから次の回状電報を受け取った。「県執行委は全ロシア中央執行委決議に基づき一ヶ月の期限で宗教儀礼品を発送するため必要な量を超えて郡全土で、すべての金銀貴金属と宝石を収用するよう命ずる」。こうしてサマラ県では公式に収用キャンペーンが指示される以前に、実質的な収用がはじまっていた。他県でも同様なことが起こっていた。

徐々に強まる教会弾圧の空気を敏感に悟ったチーホンは、二月二五日づけ中央執行委議長カリーニン宛ての書簡で、次のように要望した。教会貴重品の「寄付は礼拝に用いない物が対象であると想定され」、その方針でわたしは信徒に訴え、「この訴えはポムゴル中央特別委により承認され、その印刷の認可も得て、広く人民大衆に流布させることをわれわれに託された」。だが、「突然われわれへの特別な怒りの攻撃が出版物で強まり、教会貴重品の利用をまったく別の性格に変える今年二月一六日づけ中央執行委決議についての報道が現れた」。「われわれは言質を信用し、われわれは文書を信用し、そして裏切られた」として、教会に敵対し信徒住民を煽り立てるような宗教儀礼に関わる貴重品の収用を停止するよう求めた。

二月二八日づけ総主教チーホンの『信徒への親書』では、ボリシェヴィキ権力への非難がいっそう鮮明になった。二一年八月に設置された教会委員会によって「すべての寺院と個々の信徒グループで飢民救済の募金がはじまった。だが、かような教会組織はソヴェト政府によって余計と認定され、教会によって集められたすべての金額は引渡しを強要され、政府委員会に引き渡され」、「礼拝に不要な高価な教会装飾品と物品を寄付することはできると判断し、政府により印刷と住民への流布が認められた特別アピールを通して今年二月六日に正教徒住民に通知した」。このように、これまでの教会による救済活動を顧みて、次のように論難し断固とした反対を表明した。「二月一三日［旧暦、新暦二六日］に中央執行委は、飢民救済のために寺院から聖杯を含むあらゆる教会貴重品とその他の教会礼拝品を収用すると決議した。[xiv]教会の立場から、かような行為は神聖冒瀆であり、われわれはたとえ自発的寄付の形であっても、神聖な物品の寺院からの収用を容認できない」と。これが後にチーホン告発の重要な文書となることは、まったく彼の想定外であった。権力と教会の対立は妥協できない地点にまで到達し、まさに飢饉が頂点を迎えようとしているこの時から、ロシア全土が騒然となった。[xiv]

[xiv] Декреты Советской власти.Т.1.С.17-20,407-419,371-374; СУ РСФСР.1918.№18.ст.263.最後の布告は、一般に一月二三日（二月五日）づけ政教分離の布告とされているが（例えば、Кривова Н.А. Власть и церковь в 1922 - 1925 гг. М.,1997.С.12; 廣岡正久『ソヴィエト政治と宗教』、未来社、一九八八年、六一ページ。いずれも直接的典拠なしで、後者は「人民資産」を「国有化」にするなどの不正確な訳があり、時代の制約であろうか、教会弾圧キャンペーンの記述にもトロツキーとスターリンが対立していたなど、いくつか事実誤認がある）、法令集によれば、布告『良心、教会、宗教団体の自由』は一月二〇日づけ人民委員会議で採択され、そこで原案にあった「宗教は私的問題である」との第一条は削除された。管見の限りで、以後の文献で二〇日づけ「良心、教会、宗教団体の自由」との布告名が用いられることはなく、この布告は二三日づけ『国家と学校からの政教分離』の名称で通例は引用されている。

[xiv] 教会弾圧の実行機関はチェカーであったが、法制度的に反教会政策の中心となったのが一八年四月に編成された政教分離布告の実施に関する特別委を、五月九日に「政教分離布告の実施に関する部」として再編した司法人民委員部第八部（後に第五部に改組）であり、例えば、二一年八月に中央執行委が農村の高位聖職者に元教会領の一部返却を提案した際に、それを「ソヴェト体制の基本的原則を侵犯する」として提案の破棄を司法人民委員部名で指示した（РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.643,Л.130.）

[xiv] Следственное дело Патриарха Тихона: Сборник документов.М.,2000.С.828-832,841; Революция и церковь.№1-3.1922.С.37; Письма во власть.1917-1927.С.218; Кандидов Б. Указ. соч.С.52; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.60,Л.243-243об.ヨーロッパ=ロシアとシベリアで圧倒的多数がロシア正教徒（帝国の平均が六九・三五％、ヨーロッパ=ロシアで八一・七一、シベリアで八五・七九％）であった（Население России в XX веке.Т.1.С.22.）

[xiv] Кривова Н.А. Указ. соч.С.11-14; Красиков П.К. Указ. соч.С.7; Феноменов М.А. Указ. соч.C.32; Белое движение.Л.525.

[xiv] ボリシェヴィキ政権は文盲の撲滅を掲げる一方で、その反インテリ的傾向は、サマラ県メレケス郡から、ＡＲＡ食堂で「まったく余計な人物（医者、教師、聖職者、クラークなど）が賄われている」とのチェカー情報からも明らかであろう（ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.616,Л.14.）

[xiv] Беднота.1918. 24 мая; Петроградская Изв.1918.13 авг.; ГАРФ.Ф.1235,Оп.94,Д.63,Л.346; Беднота.1918.21 авг. и дрг.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.4,Д.162,Л.3об.,31об.; Оп.6,Д.625,Л.42; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.324,Л.41; Кронштадт 1921.С.356; ВЧК уполномочена сообещить..... 1918 г. С.80; Известия ВЦИК.1918.27 июля; Советская деревня глазами.Т.1.С.309.

[xiv] Революция и церковь.1920.№9-12.С.104; №1-3.С.71-72; Shkarovskii M.V. “The Russian Orthodox Church,” in Critical Companion to Russian Revolution .pp.422-23; Кривова Н.А. Указ. соч.С.14-15; Следственное дело Патриарха Тихона.C.15; Лобанов В.В. Патриах Тихон и Советская власть ( 1917-1925 гг.). М.,2008.С.54; Драма Российской истории.C.275.しばしば銃撃を受けた十字架行進は必ずしも反革命的行事を意味せず、ノヴゴロド県デミャンスク郡では変革の祭りとして十字架行進が挙行された（Письма во власть1917-1927.С.77.）

[xiv] ГАРФ.Ф.130,Оп.6,Д.330,Л.4,12,16; Ф.1235,Оп.96,Д.195,Л.32,33; РГАСПИ.Ф.89,Оп.4,Д.115,Л.18.この時期教会以外にも多くの家屋がしかるべき理由もなしに接収された。例えば、一九年一月にモスクワ県クリン郡で大きな家を持つ農民はブルジョワ階級であることを理由に、家屋の接収と村からの追放が行われた。また一八年一二月にヴラヂーミル郡でも同様に追放の処罰がくだったが、このときは村に大きな廃屋があったため、家屋の接収は免れた（ГАРФ.Ф.393,Оп.10,Д.49,Л.21; Д.50,Л.10.）

[xiv] Церковь и государство по законодательству Р.С.Ф.С.Р. ; Сборник узаконений и распоряжений и разъяснениями V отдела НКЮ под редакцей П.А.Красикова.М., 1923.С.9; СУ РСФСР.1920.№73.ст.336（Декреты Советской власти.には掲載されなかった）; ГАРФ.Ф.A-353,Оп.3,Д.730,Л.11-12; Красиков П. А. Указ. соч.С.6; Следственное дело Патриарха Тихона.С.844-846.

[xiv] Советская деревня глазами.Т.1.С.308,297; СУ РСФСР.1918.№57.ст.628; Петроградская Изв.1918.26 окт.; Беднота.1918.9 июня; Коммуна ( Самара ). 1921.31 янв.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.625,Л.1; Golder F.A.,Hutchinson L., On the Trail of the Russian Famine. Stanford UP.1927.p.弐四参; Сафонов Д.А. Указ. соч.C.232; Дрофеев Я. Деревня Московской губернии.М.,1923.С.40,42; Беднота.1918.7 июня; Гурьев Н.В.Указ. соч.С.20.

[xiv] Беднота.1920.6 апр.; 6 сент.; Советская Сибирь.1921.3 авг.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.668,Л.70; Советская деревня глазами.Т.1.С.677; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.268,Л.184об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1007,Л.119; Нижегородская коммуна.1921.5 июня; 29 мая.

[xiv] Революция и церковь.1922.№1-3.С.49,69.このような飢饉に関連しての農民の宗教活動について、梶川伸一『幻想の革命』第七章の実例を参照。

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.1014,Л.173; Оп.112,Д.215,Л.10-11; ГАРФ.Ф.1235,Оп.100,Д.185,Л.75; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.22; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Оп.6,Д.1171,Л.16; HIA.RU.122-1; ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.19,75; Наша газета.1921.2 дек.

[xiv] РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.1110,Л.88об.; ГАРФ.Ф.393,Оп.28,Д.227,Л.37; Д.229,Л.43,53; РГАЭ.Ф.1943,Оп.7,Д.3024,Л.17; Коммунар.1921.24 авг.; Прод. газета.1921.24 нояб.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.444,Л.467об.,496.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.215,Л.18; Д.216,Л.14; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.13,14,30,36,39,72; Оп.5,Д.444,Л.3об.,2; Бюллетень Самар. губ. Компомгол.1921.№1.С.1.

[xiv] Бюллетень ЦК помгол.1921.№1.С.12,17; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.209,Л.2,46,46об.; Декреты Советской власти.Т.7.С.193-194.

[xiv] Следственное дело Патриарха Тихона.С.113; HIA.RU.18-6.元々日付なしの文書が残され、フーヴァー研究所資料には七月一一日の日付が入っているが、このアピールは七月一〇日づけ『イズヴェスチャ』で公表されているので、一〇日以前の日付が正しい。

[xiv] Изьятие церковных ценностей в Москве в 1922 году: Сборник документов из фонда Реввоенсовета Республики.М.,2006.С.135-137; ГАРФ.Ф.1065,Оп.1,Д.16,Л.40-43,41,40; Декреты Советской власти.Т.17.С.153-156; Советская Сибирь.1921.4 авг.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.188,Л.1; Д.189,Л.2-3.

[xiv] Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.53.C.381-382,24-25; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.187,Л.2.このセマーシコ宛ての文書で奇妙なことに彼を女性に見立てているが、理由は不明。

[xiv] Там же.Д.189,Л.2-3; Изьятие церковных ценностей в Москве.С.239. Weissman B. M., op.cit.p.191.解散理由について、援助活動での同委員会の権威の拡大を恐れた、国際的権威の拡大と反ボリシェヴィキ立場の組織的中核になることを危惧するようになったなどの見解がある（Кондакова И. Столь успешное втирание очков всему свнту//Источник.1995.№3; Большевистское руководство.С.213.）

[xiv] Benjamin,op.cit. p.128; Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.53.C.140-142; РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.195,Л.1; Patenaude, op.cit.p.84; Архив ВЧК.C.463.「屑」と訳した原語はロシア語で侮蔑を表す握り拳を意味するкушкиであるが、これはクスコーヴァとキーシキンの名をもじったレーニンの皮肉である（Ленин В.И. Полн. собр. соч.Т.53.C.404-405）

[xiv] HIA.RU.129-5; Кривова Н.А. Указ. соч.С.32-33; Васильева О.Ю.,Кнышевский П.Н. Красные конкистадоры.М.,1994.С.157-158; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.237,Л.2,4; Оп.3,Д.242,Л.5; ГАРФ.Ф.1065,Оп.1,Д.16,Л.36.

[xiv] 彼は二一年八月二五日の政治局会議でポムゴル中央特別委メンバーに選出され、幹部会員となった。また、二二年二月二五日のカリーニン宛ての総主教チーホンの書簡によれば、教会の寄付集めについては彼と交渉が行われ、二月一六日布告にある礼拝に要する教会貴重品の収用が削除されたのは、ヴィノクーロフの訓令によるという（РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.194,Л.1; Одинцов М.И. Русские патриархи XX века; Судьбы Отчества и Церкви на страницах архивных документов.Ч.1.М.,1999.С.61,62.）

[xiv] Изьятие церковных ценностей в Москве.С.240; Следственное дело Патриарха Тихона.С.341-347; Одинцов М.И. Указ.соч.С.58-59; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.616,Л.6,9; Изв. ВЦИК.1922. 29 янв.; РГАСПИ.Ф.5,Оп.1,Д.2630,Л.1.

[xiv] HIA.RU.68-6; 114-1; На фронте голода.С.179; Известия Губсоюза.1921.№18.С.21; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.103об.; Советская Сибирь.1921.1 сент. ; Деятельность Самарской Губернской Комиссии помощи голодающим.Самара,1922.С.112; Голод:1921- 1922.С.15.ヴォルガ下流域でラクダは牽引家畜として広く利用され、二〇年五月現在、ツァーリツィン県のコルホーズの家畜頭数は、馬四四七、ラクダ三一二、牡牛五一、牝牛一三二二、種牛二六、仔牛九一一、羊三四二二、豚一四六頭であった。だが、この頭数は激減し、サラトフ県で二一年一月に穀物飼料の割当徴発は一二三％遂行したが、ラクダは一二・五％しか達成できなかった（РГАЭ.Ф.498,Оп.3,Д.1297,Л.97об.; РГАСПИ.Ф.17,Оп.13,Д.869,Л.42.）

[xiv] Там же.Ф.5,Оп.1,Д.2628,Л.1,6,11,43,45,50,68; Д.2629,Л.4,14,43; Голод 1921-1923 років в Україні.С.94-95,116; РГАСПИ.Ф.5,Оп.1,Д.2630,Л.34.

[xiv] Там же.Д.2630,Л.71,95,103.チュヴァシ州での救援活動の組織的混乱ぶりはそこで活動したヴェチェカー係官の回顧録Александров В.Н. В борьбе с последствиями неурожая 1921 года в Чувашии.Чебоксары,1960.に描かれている。

[xiv] サマラ県では屋根からヌイタ藁を加えて煮込む、いわゆる「ごった煮」は、農民の日常的なもっとも普及した食事であるといわれ、県内でカスミソウは代用食としてアカザに次いで利用された（Голод:1921-1922.С.44; Книга о голоде.С.42.）

[xiv] Коммуна (Самара).1922.15 янв.; 2,17 фев.; Стрельцов И.Т. Указ. соч.С.36; Книга о голоде.С.145.

[xiv] HIA.RU.94-10; Книга о голоде.С.125,132; HIA.RU.132-12; 94-10; 106-6.

[xiv] ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.91,101,106,112,117,123,140; РГАСПИ.Ф.5,Оп.2,Д.2629,Л.4; Советская деревня глазами.Т.1. С.614,639; Итоги борьбы с голодом.С.269,271; Голод:1921- 1922.С.56.

[xiv] Fisher H.H., op.cit.p.436; Год борьбы с голодом 1921-1922.С.30後者に不鮮明ながらヘルソン市での人肉食の写真が数葉掲載されているのは、ソヴェト文献できわめて稀な例である。

[xiv] РГАСПИ.Ф.5,Оп.1,Д.2629,Л.14,6; Драма Российской истории.С.382; HIA.RU.94-10; Тулепов Н.Ж. Указ. статья.С.196; Девятый Всероссийкий съезд советов.С.38; HIA.RU.94-10.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.3,Д.242,Л.2-3,5; Оп.112,Д.132,Л.6; Кривова Н.А. Указ. соч.C.47; РГАСПИ.Ф.76,Оп.3,Д.220,Л.16.

[xiv] Кривова Н.А. Указ.соч.C.39; Горев Мих. Церковные богатства и голод в России.М.,1922.С.3-8.

[xiv] Декреты Советской власти.Т.7.С.193-194; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.132,Л.6; Оп.3,Д.242,Л.2,6; ГАРФ.Ф.А-353,Оп.3,Д.730,Л.18; РГАСПИ.Ф.17,Оп.112,Д.265,Л.2; ГАРФ.Ф.1235,Оп.39,Д.85,Л.2.トロツキー自身はこの問題について自伝の中でごくわずかしか触れていないが、その記述は信用できない（トロツキー著、高田爾郎訳『トロツキー自伝』Ⅱ、筑摩書房、一九八九年、二二一～二二ページ）

[xiv] ГАРФ.Ф.1235,Оп.2,Д.296,Л.1; Кривова Н.А. Указ. соч.С.36; РГАСПИ.Ф.5,Оп.2,Д.48,Л.3-3об.; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.122,128; РГАСПИ.Ф.5,Оп.2, Д.48,Л.4; Ф.17,Оп.3,Д.281,Л.2.デニーソフは改編されたゲペウー・タタール州支部長から解任され、三月二三日づけモスクワ特別委会議で、「タタール共和国で教会からの貴重品収用の問題は順調に進んでいる」と伝えられた（там же.Д.286,Л.4.）

[xiv] ГАРФ.Ф.A-353,Оп.6,Д.6,Л.4; СУ РСФСР.1922.№19.ст.217,218; ГАРФ.Ф.A-353,Оп.3,Д.730,Л.23-24.

[xiv] この人物は共和国革命軍事評議会員でもあるレーベデフであろう。

[xiv] ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.500,Л.140; Оп.5,Д.444,Л.561; Советская деревня глазами. Т.1.C.581; The Trotsky Papers 1917-1922.v.ii,p.670; Архивы Кремля: Политбюро и церковь.Кн.1.М.,1997.С.23; РГАСПИ.Ф.17,Оп.84,Д.381,Л.12,13; Ф.5,Оп.2,Д.48,Л.77.

[xiv] ここでいう決議とは、二月一六日の中央執行委幹部会で採択され、二六日の『イズヴェスチャ』で公表された布告を指すが、この日付は二月一六、二三、二六日など異なって引用される（СУ РСФСР.1922.№19.ст.217.）

[xiv] Стельцов И.Т. Указ. соч.С.29-30; Одинцов М.И. Указ. соч.С.60-63; РГАСПИ.Ф.17,Оп.2,Д.296,Л.7-7об.; ГАРФ.Ф.А-353,Оп.5,Д.254,Л.5-6.

　第八章　教会弾圧

　一　教会貴重品収用キャンペーン

弾圧秘密組織の形成を目指して

　地方からのゲペウー報告に、特に二二年三月になると教会貴重品収用キャンペーンへの民衆の強い不満が溢れ出す。「教会の司祭は二月二八日に夕べの祈りで、祈祷を受けに来た信徒に教会貴重品の収用の問題で反ソヴェト的説教を行い、信徒にこの収用が許し難いものであると呼びかけた。信徒は教会の品を奪おうとやって来る奴を打ちのめすと言明した」（三月二日、モスクワ県セルプホフ郡）。「終夜祈祷式の時に主教イラリオンによって飢民のための教会貴重品の収用の問題についての説教が行われた。説教は教会貴重品の収用への反感を信者大衆の間に植えつけようと、明らかに敵意を帯びていた」（三月四日、モスクワ県ロゴジスコ=シモノフ地区）。「労働者は教会からの金銀の収用に不満を持っている。カルーガ修理工場の労働者は、収用はロシア正教会だけから行われ、なぜユダヤ教シナゴーグでは行われないか、といっている」（三月一一日、スィズラニ=ヴィヤジマ鉄道）。「聖職者は反革命的情宣を行っている。タルサ郡のある郷で農民の公然とした直接行動が顕著なため部隊が派遣された。リフヴィン郡で村団の一つは教会貴重品に替り市場価格での穀物の納付を要請した。要請は特別委によって拒絶された」（カルーガ県）。「聖職者は依然として信者の間で飢民のための教会貴重品の収用に反対の情宣を行っている。ハモヴニキ地区の教会で開かれた信徒集会で教会貴重品を飢民のために引き渡さないことが決議された」（三月九日、モスクワ県）。「収用に関する布告のため農民の気分に不満がある。エラチマ郡のある村で教会貴重品の登録特別委は農民によって追い散らされた。別の村で農民は聖職者と一緒になって決議した。教会貴重品の収用特別委議長を殺害し、聖職者とクラーク分子は教会貴重品の収用を許さないと強力な情宣を行っている。教会貴重品はコムニストの間で分配されるであろうとの扇情的風聞が広まっている」（三月七日、タムボフ県）

これに呼応し厳しい弾圧がはじまる。三月一一日づけドン委員会ビューロー会議は、教会資産の収用に起因する市内での騒乱に関するムラーロフの報告を聴き、「布告の実施に抵抗し、ソヴェト権力への反革命一揆と武装襲撃を住民に煽る人物に、断固とした抑圧的措置の適用を必要と認め」、「ゲペウー・ドン政治部によって執られた措置を不充分」として事件の調査を指示した。この事件は次のように報道された。「近日中にドンで主教アルセーニイの裁判がはじまる。主教アルセーニイは教会貴重品収用特別委に参加するよう公式に請われたが、彼は断固拒否した。主教アルセーニイは手に十字架を捧げて聖職者と大衆を煽った。彼はソヴェト権力への抵抗を訴えた。彼は一揆や蜂起を起こそうと試みた。［･･･････］モスクワのチーホンから例の［二月二八日づけ］秘密親書三部を受け取り、主教アルセーニイはしかるべき指示をつけて府主教ミトロファーンとタガンローグ寺院長司祭プロトイエーレイに直ちに二部を発送した。だがアルセーニイの罪はこれに留まらない。一九年にドンとクバニで反革命一揆が荒れ狂ったとき、主教アルセーニイは白衛軍の権力復興に自ら英雄的に参加した。彼は公式にヂェニーキン将軍をロシア唯一の首領と認めた」。教会弾圧の過程で、クロンシタット事件と同様に聖職者の過去の罪状が次々と曝かれるようになった。彼はこの罪状で五月に逮捕され、八月に開かれた裁判で銃殺の判決を受けたが、十月革命記念恩赦により禁固一〇年に減刑された。[xiv]

反教会政策の急先鋒であったトロツキーには、これら民衆の抵抗を排除しても教会貴重品の強制収用に駆り立てるしかるべき理由が、教会弾圧以外にもあった。

二一年一一月一一日に開かれた党中央委政治局定例会議の重要案件は、ネップの移行にともなう厳しい財政の立て直しであった。経済復興だけでなく、二一年晩秋から飢餓民が激増し、飢餓民用穀物を外国で買い付けるため金ファンドがますます必要となった。以後、この問題は党中央委会議で頻繁に取り上げられる議題となり、一二月一四日の政治局会議でツュルーパに外国での穀物買付用に四〇〇〇万金ルーブリを準備するよう委ね、飢餓民向けの買付のためカナダ、アメリカ、アルゼンチンへの代表派遣が決議された。二二年三月一三日の同会議で、「トロツキーの提案とクラーシン［外国貿易人民委員］の報告にしたがい、外国での食糧買付に一〇〇〇万金ルーブリを追加して割り当て、この食糧配送が今年五月後半までに開始されるよう」決議された。このための金ファンドを獲得する必要があり、それがロシア全土で展開される教会貴重品没収の公式の理由づけであった。[xiv]

だが、このキャンペーンが一段落した五月一六日の中央委総会で、貴重品の換金化をもっとも迅速に行うためトロツキー、財務人民委員筆頭代理ソコリニコーフ、クラーシンからなる特別委が設置され、そこでトロツキーは「集められた貴重品のうちから直ちに五％を控除し、それを丸ごと軍事官庁に拠出する」よう提案した。この提案は一八日の政治局会議で了承され、特別委にフルームキンが補充され、彼にこの責任が課せられ、貴重品の正確な見積りが終了するまで「共和国革命軍事評議会に対し一一月に二五〇〇万［金］ルーブリの貴重品を交付する。［･･･････］五％が二五〇〇万以下の金額にしかならなければ、差額は財務人民委員部の国庫から革命軍事評議会に払い込まれる」との添付資料がこの議事録につけられた。彼が熱心に推進してきた教会貴重品から軍事再建費を捻出しようとするこの構想は、明らかに党指導部の支持を得ていた。八月七日の党中央委軍事特別委会議は、航空隊の発展のため軍事官庁へ一一月までに二〇〇〇万、二三年四月までに一五〇〇万金ルーブリを支出し、それをこの五％控除に算入することを決議し、二三年四月の第一二回党大会でトロツキーは、不足する赤軍の装備を数年間で充足する計画を提唱した。そして、彼がこの赤軍再建構想を実現するには、党中央委が教会政策を独占的に支配する必要があり、それは同時に、このキャンペーンから飢饉救済を目的とするポムゴル中央特別委の所管機関である全ロシア中央執行委の権限を排斥することを意味した。[xiv]

二二年三月中のトロツキーの闘争はそこに集中されたが、最大の難関は飢餓民救済という錦の御旗の存在であり、それはポムゴル中央特別委を中心に、この事業で教会との一定の関係を維持しようとするカリーニンを筆頭とするグループの抵抗として現れ、トロツキーの方針を推進する全党的指導組織は未だ設置されていなかった。このために案出された装置が、その根拠も権限も明確でないが、彼の実権下にありゲペウー幹部を含み、中央委を嚮導する特別委の設置である。そのような機関の一つが、サプローノフ、ヤーコヴレフ、ウーンシリフト、クラーシコフをメンバーとして、レーニンの指示に基づき非公然機関として三月二一日に設置された「中央特別委ビューローБюро Центральной комиссии」であり、この議事録はすべて極秘または厳秘扱いであり、二七日の会議で採択された指示は党中央委に暗号で発せられ、そこでも徹底した秘密保持が計られた。[xiv]

極秘的性格を持つこのキャンペーンの中で、貴重品の換金化も闇の中の出来事である。換金は財務人民委員部外貨管理局により行われたが、三月二〇日づけでクラーシンは財務人民委員部宛てに、ゴフラン長官が行っている、明確な契約も交わさずに総額一〇万金ルーブリに至る「二から一〇カラットの良質のダイヤモンド」のスエーデン人宝石商との換金化は誤っていると、秘密書簡を送りつけた。この換金されたはずの資金の流れは不明である。また、三月一三日づけでバジーレヴィッチはトロツキー宛てに、「金ファンドに関する財務人民委員部の情報から、三月一三日現在共和国に一億七七七六万四三九ルーブリ六〇コペイカの現有があると報告する。それには二月一日までのゴフランの保有も含まれる。このほか、ゴフランに財務人民委員部の報告に含まれない総額一三一三万六六〇〇ルーブリの貴重品がまだある」と極秘に報告した。ゴフランに教会貴重品の一部が保留されていただけでなく、この事実が共和国革命軍事評議会員から同議長宛てに極秘に伝えられたことは示唆的である。トロツキーは六月八日づけのソコリニコーフへの書簡で、ゴフランとファベールジェ［有名なツァーリ御用達の宝石商］との間で数ヶ月間現金決済の斡旋を行ってきたが、彼がわたしにその二％を供与することにわたしが合意したと述べているのは誤解であると弁明しているが、この顛末の真偽は藪の中である。

「収用された教会貴重品は堅牢な木製または金属製の箱」に収納するよう県執行委に命じ、人目を避けるようにリャザニから総重量約四九〇プードが護衛つきで旅客列車で、カザンから二三箱が郵便列車でゴフランに送られたが、七月二二日づけ地方財務部報告によれば、収用された金二六プード一二フント五三ゾロトニクのうち一三プード二五フント二六ゾロトニクだけがゴフランに渡され、銀、真珠もゴフランに納付されない部分があり、ダイヤモンドはまったくゴフランに納付されなかった。この未納分の使途も不明である。さらに、一二月二日づけで内務人民委員代理ベロボロドーフが、ドン、クバニ=黒海、マリ、ドイツ人州宛てに、ゴフランへの未発送の教会貴重品を緊急に発送するよう命じた電報も残され、地方で収用された教会貴重品が完全に納付されたかの疑問も残る。三月二七日づけで労農監督人民委員部はすべての地方監督局に二月一六日布告の遵守を監視するよう通達したが、これは徹底されなかった。いずれにせよ、この問題には深い闇がつきまとう。[xiv]

もう一つの極秘組織は、トロツキーが主宰し、バジーレヴィッチ、ガールキン、ヴィノクーロフ、ウーンシリフト、サプローノフらをメンバーとする、その議事録も極秘扱いで、超機密の議事録さえ存在する「貴重品の登録と集中に関する特別委Комиссия по учету и сосредоточению ценностей」（トロツキー特別委）である。三月一〇日づけ同会議で、後述のサプローノフ特別委は「厳重に陰謀的性格」を持ち、「住所もその構成員も決して公表しない。教会貴重品の収用問題に関する特別委の公式の住所はポムゴル内になければならない」とされた。そこで完全に秘密裡にモスクワ情宣週間を準備し、モスクワで開かれる労働者集会を監視する任務が定められた。このような特別機関が衆人の眼からも一般党員からも秘匿されて立案し指導したのが、教会弾圧キャンペーンの際だつ特徴である。五月二六日づけ政治局決議により、「政治局と人民委員会議によりトロツキーに委託された」この特別委が、財務人民委員部に引き継がれるまでその活動を担った。

三月一一日にトロツキーは政治局員レーニン、モーロトフ、カーメネフ、スターリンへの極秘覚書で、「モスクワの教会から貴重品を収用する活動は、以前設置された特別委と併存して、中央執行委幹部会がコムポムゴル代表、県執行委と県情報部部長からなる独自の特別委を設置したため、きわめて混乱に陥った」現状を打開する目的で、前日のトロツキー特別委が必要と認めた、サプローノフを議長とし、議長筆頭代理はゲペウー・モスクワ県支部長メドヴェーヂに替わるウーンシリフト、党モスクワ右岸地区書記でありクリミアでの虐殺の責任者の一人として歴史に名を残すサモイローヴァ=ゼムリャーチカ、元司祭で司法人民委員部に勤務していたガールキンからなるサプローノフ特別委が、「秘密裡に問題の政治的、組織的、技術的側面を準備し」、「専断的に」解決できるよう「全面的支援」を求めた。この覚書に基づき一二日の政治局会議は極秘決議で、トロツキーの提案通り「突撃モスクワ特別委」を承認した。この構成員はほとんどトロツキー特別委と重複し、政治局から「全面的支援」を得た彼は着実に足場を固めているように思われた。彼の建議に基づき、地方にもモスクワ特別委に倣った収用特別委が設置され、それは師団・旅団コミッサールかゲペウー政治部長を含んだ。労農監督人民委員部は四月四日づけ文書二七三号で、地方特別委に同代表の参加を定めたが、中央特別委ビューローは四月一〇日の会議でこれに関する同文書の破棄を命じ、このようにしてトロツキーの教会貴重品収用問題での独占的権限が確定されたが、それに至るにはいくらかの紆余曲折を必要とした。[xiv]

三月一五日の政治局会議は、翌日の会議にトロツキー特別委のメンバーであるサプローノフ、クラーシコフ、ヴィノクーロフ、レーベデフの招聘を決定した。クラーシコフとレーベデフはトロツキーがレーニン宛ての一二日づけ書簡で収用に消極的な中央執行委代表と名指しした人物であり、一六日の政治局会議は、招聘されたこれら「教会からの貴重品収用の問題に関わりのある同志に」意見徴収した結果、「教会貴重品の収用の組織化の案件はまだ準備不足で、少なくとも数ヶ所で猶予を要する」として、「トロツキーとの話し合いの後に、ポムゴル中央特別委を通してカリーニンを議長とする中央特別委を設置する」決定を下した。こうして、中央執行委＝カリーニン主導で教会貴重品を収用する態勢が再確認され、トロツキーの構想は後退を余儀なくされた。さらに、この政治局決定を受けてモーロトフの名で出された、すべての県委、州委、州ビューローへの一九日づけ党中央委暗号重要秘密電報は、「教会貴重品の収用に起因する紛争が顕著であることに配慮し、中央委からの特別通達まで教会貴重品の収用を停止するよう」命じ、「三月二〇日に中央委の追加の指示が出される」と、このキャンペーンの中断を予告した。

実際、キャンペーンの実施に関する党中央委への情報はその完全な行き詰まりを報じていた。カルーガから三月一七日づけ暗号電報で、「経済的理由で三週間のストがあった。教会からの貴重品収用に関連して労働者の間で騒擾があった。ゲペウー県支部全権と県委代表が派遣された」と伝えた。ペトログラードで「一五日は朝からカザン寺院周辺に大勢の大衆が集まり、彼らは個々のグループに分かれ、教会貴重品の収用のために武装部隊が到着することに怒りを顕わにしている。いかがわしい発言者が群衆の気分を支え」、「一六日朝に教会貴重品の収用特別委の代表数名がセンナヤ広場の救世主教会に到着した。敵意のある群衆は力で脅して特別委が寺院に入るのを妨げた。黒百人組的［極右的］情宣が公然と行われた。巨大な群衆を解散させるため騎兵部隊の助けを借りなければならなかった」。「カザン、トロイツク寺院で信徒の組織的抵抗に遭遇し、貴重品を引き渡さず、特別委に活動をさせない」ため、ペトログラード収用全権は共和国革命軍事評議会議長トロツキーに軍事部隊の派遣を要請したように、収用作業はまったく捗っていなかった。[xiv]

教会貴重品キャンペーンは頓挫したかに思えたそのとき、この流れを一変させたのがシュヤ事件であった。

シュヤ事件

　それはイヴァノヴォ=ヴォズネセンスクの南東に位置する繊維工業で栄えた人口約二万三〇〇〇人の小さな都市で三月一五日に発生した、教会貴重品収用への民衆の抵抗という当時ではごく平凡な事件の一つでしかなかった。だが、政治的にこの出来事は、「平和的」収用から強制的収用へとキャンペーンを転換させ、「反動的聖職者」の弾圧を公然化しただけでなく、これ以後の教会弾圧をきわめて異常な手法で実施するよう指示したことでも特筆に値する。シュヤ事件以後、教会貴重品収用への民衆の抵抗を権力側から描くとき、チーホンの実質的指示があったこと、反ユダヤ主義が現れていたこと、暗愚な女性が中心勢力であったことに言及するのは通底する特徴となった。

三月のゲペウー情報によれば、県内ではじまった収用特別委の活動はシュヤ、テイコヴォ、レジネヴォ郡の各地で民衆の暴力的抵抗に遭遇していた。「三月一〇、一五日までは農村の状態は比較的平穏であった。［･･･････］だが、その時から農村生活は新たな政治的に厳しい要因によって打ち砕かれている。この要因とは、教会貴重品の収用キャンペーンとそれにともなう聖職者の反革命的活動の激しい強まりである」と報じられた、騒然とした緊張感が漲っていた。事件の第一報は一七日づけで県委書記から、「シュヤで三月一五日に教会貴重品の収用に関連し、修道士とエスエルに扇動された群衆によって民警への襲撃と赤軍兵士の出動が発生した旨通知する。赤軍兵士部隊はデモ隊によって武装解除された。特殊任務部隊と一四六連隊赤軍兵士の機関銃とライフルにより群衆は蹴散らされ、その結果病院で死者五人と負傷者一五人が記録された。［･･･････］一五日一一時半に同じ理由で二工場が決起した。夕刻までに市内の秩序は回復した。一六日朝に労働者は通常通り作業に取りかかった。住人と労働者の一部は意気消沈しているが、苛立ってはいない。県執行委は事件の調査のために特別委を選抜した」と、一八日一一時三〇分に暗号入電した。この衝撃的な情報も、当時の状況では特に耳目をそばだてるものではなかった。二〇日づけで県チェカーは、「シュヤ郡で教会貴重品収用特別委に民衆の群れは活動をさせず、特別委員に狼藉を働こうとの試みがあった。紛争は調停され、近日中に活動に取りかかる」と報告し、同日の県委書記から中央委への補足暗号電報も、赤軍兵士に死者はなく、労働者集会は速やかな収用を決議したと通知したように、事態は早々と収束しつつあった。[xiv]

　この事件の審理でその発端とされたのは一月二六日に開かれた教区信徒集会であり、そこでシュヤ大聖堂寺院主任司祭スヴェトザーロフが「信者の間で広まっている教会資産の没収についての風聞」を審議するよう提案し、集会は「必要な資料を集める」と決議した。翌二七日の教区信徒会議は郡執行委に提出する教会資産リストについて審議し、執行委に一九年以来いかなる新たな喜捨も寄付も教会になかった（したがって、リストを作成する必要はない）と通知することを決議した。次いで、彼は三月二日に教区信徒会議の緊急集会を招集し、そこで教会貴重品に関する中央執行委決議を審議した後、同集会は教会貴重品収用特別委員を選出する権限を持たないと判断し、このことを郡執行委に通知した。三日に郡執行委により教会貴重品収用郡特別委が設置され、六日に特別委による教会資産リストの点検がはじまったが、すでに教会の金銀装飾品は隠匿されていた。そして、一二日日曜に開かれた救世主復活教会の教区信徒集会は、満場一致で特別委に代表を選出しない、飢民のために教会から資産を提供せず、それに替わり食糧とあらゆる寄付集めを行うと決議し、聖職者と信徒は収用の実施に備えた。

事件発生後に捜査部全権としてゲペウーからシュヤに派遣されたシタムメールの二七日づけ報告によれば、このための情宣キャンペーンはほとんど行われず、労働者の感触を探るため労働者住宅地区にある小さな教会で九、一〇日の両日に収用が実行され、そこでまったく過激行為がなかったので、シュヤ大聖堂寺院での収用の実施を決めたとされる。現地情報機関も教会側の動きにまったく無警戒で、県ゲペウー政治部全権は一二日の信徒集会の性格を理解せず、そこに出席していた民警署長も出された決議に対していかなる予防措置も講じなかった。地方当局に周到さが欠けていた。

一三日には朝の礼拝後も信徒大衆は寺院を立ち去ることなく特別委を持ち受けた。一二時に彼らが到着したとき、信徒は彼らに罵詈雑言を浴びせ、威嚇するように寺院広場に群衆が徐々に集まりはじめた。特別委は地区信徒代表との交渉に入ったが合意に至らず、収用は一五日に行われるであろうと予告しただけで撤収した。信徒大衆は貴重品を「救済した」ことに感謝の祈りを唱え、彼らの多くが教会の警備に残った。一方、騒擾の脅威が急速に増すのを見て、同日に開かれた郡執行委幹部会緊急会議は、市と郡内であらゆる集会を禁じ、無秩序状態の指嗾者を革命裁判所に引き渡し、市内に非常戒厳令を布き、その全権を守備隊長と民警署長に引き渡すと決議し、一気に緊張が高まった。　

翌一四日火曜はシュヤのバザール日で多くの農民がいつものように訪れたが、何事もなく平穏に過ぎ、特別委はシナゴーグの貴重品を登録しただけで作業を終えた。

予定された一五日の早朝から寺院広場に民衆が集まりだし、騎馬警官を引き連れた民警署長は広場に入り、群衆を蹴散らしはじめた。棒切れや杭で武装した群衆は民警を制圧するようになり、秩序の回復のために派遣された一四人の赤軍兵士も追い払われ、数人の赤軍兵士が武装解除された。このとき、一人の子供が施錠されていた鐘楼の梯子段を登って鐘を鳴らしはじめ、周辺の村々から農民がはせ参じ、織物工場の労働者はこれを聞きつけ広場に向かった。ナバートの連打が一時間半続き、おびただしい数の群衆が広場に集り、守備隊長は完全装備の一四六歩兵連隊半個中隊の派遣を要請した。

その後の顛末について、現地に派遣されたモスクワ軍管区司令官ムラーロフからトロツキー宛ての三月二六日づけ報告では次のように描かれた。「ザイツェーフ麾下の一四六歩兵連隊半個中隊は途中の教会付近で三〇〇〇人の群衆に遭遇し、残り四〇歩のところに停止し、群衆が解散命令に従わなかった後で一列に展開し匍匐した。住民から叫び声が轟きはじめた。「おれたちの側について、教会を守れ」。次いで石礫や棒切れを兵士に浴びせ、半個中隊ににじり寄った。同志ザイツェーフは群衆を脅そうとして（それはおもに女性と子供からなり、その中には叫びながら駆け回る若干の男性もいた）、空への射撃を命じた。群衆は石礫や棒切れを投げながら兵士の方へ逃げまどった。群衆が兵士にうんと近づいたとき拳銃が何発か撃たれた。群衆は兵士を叩き伏せた。郡軍事委は機関銃つきトラック二台の援軍を要請し、それらはひっきりなしにナバートを鳴らす教会の鐘楼を銃撃した。鐘楼への銃撃後に連打は止み、群衆は解散しだした」。信徒側で一一人が病院に運び込まれ、そのうち五人が死亡し、赤軍兵士側で重傷三人、軽傷一二人を出し、この日の出来事は終わった。彼によれば、「おかみさんのヒステリー」と「農民と小ブルの迷信深さ」が目立った。

　当局は即座に対応し、同日午後三時に開かれた郡執行委幹部会・郡委ビューロー緊急会議で、守備隊長を議長とする革命五人委員会が設置され、それに非常大権が与えられたものの、一六日夜中三時に開かれた郡執行委幹部会は革命五人委員会を解散し、「無秩序状態の原因と積極的参加者を解明する非常調査特別委」を設置すると決議した。同日の県委ビューロー臨時非公開会議で、中央執行委員を議長とする調査特別委が設置され、「事件は反革命的ポグロム分子によって利用された」と見て、イヴァノヴォ=ヴォズネセンスクに戒厳令を布告し、その日の地方紙に、断固として行動し、「革命的秩序の即座の回復に向けて必要な措置」を執るよう守備隊長と警備司令官に訴える県執行委幹部会命令が掲載された。直ちに事件関係者の逮捕がはじまり、二三日に特別委と信徒代表は厳戒態勢の中で貴重品の収用に取りかかり、ムラーロフの報告によれば、「教会に隣接する寺院広場とバザール広場を封鎖し、許可なく誰も入らせないとの命令を出し、指定された場所から商人、野次馬などをあらかじめ排除して、あらゆる出入り道、高台を占拠した。［･･･････］教会にわたしは赤軍兵士と特殊任務部隊員一〇人、ハンマー、鑿などの道具を持った軍用車修理場からの鍛冶工を帯同した。［･･･････］鍛冶工は「僧正座」から四プード三〇フント［別の資料では三プード二〇フント］の銀を剥がし取り、特別委（主として、貴石と宝石の値打ちを熟知する元徒刑囚同志コニャーエフ）は神像から高価な僧服、衣装、ダイヤなどを外すのに専念した。［･･･････］すべての必要な貴重品を収用し、それらをトラックで［郡］財務部まで送り出した（作戦行動は一五時から二〇時三〇分まで続いた）」。徴収された約一〇プードの銀は郡財務部に、宝石や真珠の僧服、その他の貴重品はゴフランに引き渡された。[xiv]

このときまで党指導部には教会貴重品の収用に関して概ね待機的気分がみなぎり、三月一六日の中央委政治局会議は、教会貴重品の収用の組織化はまだ準備不足であるとの結論を下し、一九日に収用の停止を命ずるモーロトフ名の暗号機密電報が打電されたことはすでに述べた。この電報が発信された直後、モーロトフ名でイヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県委書記宛てに、事件の重要性に配慮し、続報の要請と即日に全ロシア中央執行委特別委が事件解明のために出発すると暗号機密直通電報で伝えた。

三月一八日に県委書記からシュヤ事件に関する第一報を受け取ってからのレーニンの反応は素早かった。『レーニン全集第五版［ロシア語版］』にも掲載されなかった中央委政治局員のためにモーロトフに宛てた一九日づけレーニンの書簡がある。これは翌日の政治局会議に出席できないレーニンが、「厳秘」のスタンプを押し、すべての政治局員に写しを取らずに回覧するよう絶対的指示を与え、この内容に基本的に合意するか否かをあらかじめ照会するものであった。この手法も異常なら、以下で示すその内容も異常であった。

「シュヤ事件に関して、この方面での闘争の全体計画との関連で今やきちんとした決定を下す必要があるとわたしには思える。三月二〇日の政治局会議に個人的に出席できるか疑わしいので、自分の考えを書面で表明しよう」とこの書簡の目的に触れた後に、シュヤ事件をペトログラードでの抵抗運動と関連づけ、チーホンを「領袖とする黒百人組的聖職者が、まさにこのときわれわれに決戦を仕掛けようと練りに練られた計画を巡らせているのはまったく明白である」と、チーホンを中心とした教会守旧勢力による反革命的陰謀の一環とこの事件を位置づける。だが、このような決戦の考えは、「戦略的に大きな過ちを犯していると思う。逆にわれわれにとって、まさに現在は特に好機であるだけでなく、一般的に敵軍を一人残らず殲滅し、何十年にもわたってわれわれが必要な地歩を確保するのに九九％完全に成功する千載一遇の好機に恵まれている。まさに現在、飢饉地域で人が食べられ、通りで何千でないとしても何百の屍体が横たわっている今だからこそ、犯罪的抵抗を弾圧するのに躊躇することなく、もっとも苛烈で容赦のないエネルギーでわれわれは教会貴重品の収用を行うことができる（だから、そうしなければならない）」と、ロシア全土が大飢饉に覆われている今こそがその絶好機であると断言する。「われわれは是非とももっとも断固としてもっとも速やかに教会貴重品を収用する必要があり、それによりわれわれは数億金ルーブリの基金を確保することができる（いくつかの修道院と大修道院の巨万の富を想起する必要がある）。この基金なしに、いかなる国家活動、いかなる経済建設、特に、ジェノアでのいかなる立場の堅持もまったく考えられない。数億金ルーブリの（おそらく数十億の）この基金をわれわれは是非とも獲得しなければならない」。だがこれは貴重品収用にとってだけでなく、「われわれがもっとも迅速に容赦なく反動的聖職者の弾圧を行う」ための好機でもある。「そのため、わたしは次のような結論に至る。われわれはまさに現在黒百人組的聖職者へのもっとも断固として容赦のない戦闘を行い、彼らが数十年にもわたりこのことを忘れないような厳しさで彼らの抵抗を弾圧しなければならない」

そこでの記述が飢餓民救済について一言隻句も言及せず、経済建設の基金の必要性だけに触れているのは、このキャンペーンの真の目的を考える際に示唆的である。恐怖を与えるために弾圧する「赤色テロル」の方針がここにも貫かれている。そして、厳秘書簡の後半で、それを実施するための方策が具体的に指示される。まず、「公式には同志カリーニンだけが登場しなければならず、決して同志トロツキーは紙上にも公衆の面前にも出てはならない」と、トロツキーの民族性を考慮したのか、軍事的辣腕家としての彼のイメージを嫌ったのかは不明であるが、公然と非公然の「二重体制」による政策実現がこの書簡で示され、この方針は教会弾圧政策を貫く原理となる。「収用の一時停止に関して政治局名ですでに送られた［三月一九日づけ］電報を破棄してはならない。それはわれわれにとって都合がよい。なぜなら、敵対者の中に、あたかもわれわれが動揺し、われわれを脅すのに成功したとの観念が広まっているので」との権謀術数も披瀝された。トロツキーとゲペウーが指導する秘密機関、「貴重品の登録と集中に関する特別委」はすでに胎動し、新たに中央特別委ビューローもこの指示に準じて発足することはすでに触れた。

シュヤ事件の処理には次の指示が与えられた。権力の代表を派遣し、彼の指示により「教会貴重品収用に関する中央執行委布告への暴力的抵抗の事案に直接的間接的に関与した嫌疑で、できるだけ多く、数十人より少なくない現地聖職者、現地プチブル階級の代表を逮捕する結果で終わらなければならない」。この「報告に基づき政治局は、飢餓民への援助に抵抗したシュヤ謀反人に対する審理がもっとも迅速に行われ、シュヤ市、できればそこだけでなく、モスクワなどのいくつかの聖職者中枢のもっとも影響力を持つ危険な黒百人組の非常に大勢の銃殺で幕を閉じるよう、司法当局に詳細な指示を口頭で与える」。チーホンについて、彼が「この反乱の首謀者であることは疑いないとしても」、時機が来るまで彼を監視し、それについて「ヂェルジーンスキィとウーンシリフトに毎日政治局に個人的に報告するのを義務づける。この問題に関して［第一一回］党大会で内務人民委員部ゲペウー、司法人民委員部、革命裁判所の主席活動家と合同で代議員全員、またはほぼ全員と秘密会議を持つ」。「この事案で反動的聖職者と反動的ブルジョワジーをわれわれができるだけ多くを銃殺するほどよい。何十年にもわたって彼らがいかなる抵抗をも考えつかないようにする」。飢饉救済の方便さえもかなぐり捨て、「赤色テロル」による教会弾圧が、このように、あまりにも露骨な文言で明示された。

レーニン個人宛てに各地から定期的に政治経済情報が極秘で報告され、二月二七日づけスタヴロポリから「ブラゴダルヌィ部で二五万人の飢餓民を数えている。いくつかの村落で住民の九〇％が飢えている。死亡率が高まっている」との、三月一日づけクリミアから、六日づけタタール共和国、その他からの情報を通して、そこでの人肉食などの凄惨な飢饉の実状を熟知した上で、この文書は執筆された。クリミアでは二一年の旱魃で四一％の播種面積が絶滅し、残りからの収穫はデシャチーナ当たり四・三プードしかなく、民衆の死屍累々たる惨状も、彼にとって教会弾圧の千載一遇の好機にしか映らなかった。[xiv]

この厳秘書簡以後の政策の策定と実施過程はきわめて錯綜とした状況になる。なぜなら、公式には旧来通り、おもに政治局を中心に教会弾圧の具体的方策が決議され施行されるが、それらの決議はさまざまな秘密機関により嚮導され、そこでの審議と決定はレーニンやトロツキーの秘密文書によって指示されるという政治構造が生み出され、従来の政策決定過程を検討するだけでは、政治の真の動きが把握できなくなるからである。

　二　キャンペーンの行き詰まり

教会弾圧研究の第一人者クリヴォーヴァは、二月一六日布告は収用への関与を教会から奪ったことに関連し、代納を禁じたと論じているが、これは正しくない。この布告後も教会貴重品を代納しようとする信者の要求には比較的柔軟であった。

教会貴重品を相当の重量の貴金属で代納するという信者からの要求は当を得たものであり、三月一三日の中央執行委幹部会で、例外的に同じ重量の金または銀による代納が容認され、このような例外措置は散見される。一月に内務人民委員部管理部は食糧人民委員部に、ヴィテブスク県で接収された重量四八プード二八フントの六個の鐘を同じ重量の別の物品で代納できるのかを照会し、食糧人民委員部は等価の交換が可能であると回答した。二月にモスクワ県ポドリスク郡でも同様な代納が認可された。鐘だけでなく教会礼拝品に対しても、ポムゴル中央特別委はツァーリツィン県コルポムゴルからの「信徒が礼拝品と教会用品を同量のほかの金、銀製品により代納することを請願している」旨の要請に、三月一四日づけで認可を与えた。同日づけのポムゴル中央特別委議長代理ポドヴォーイスキィがペンザ県執行委への回答で「穀物などの食糧生産物による代納」を除き、「個々のケースで貴重品収用特別委の認可によって許可される」としたように、二月一六日布告後も同量の貴金属による代納は実際に広く認められていた。

だが、トロツキーは代納に反対の立場を採り、三月二三日にカリーニンとサプローノフの署名をつけて、「教会貴重品の金の相当量による代納に関する請願は、それぞれの具体的ケースでポムゴル中央特別委によって検討され、請願によって収用は停止されない」旨の回状電報がすべての県執行委議長宛てに送られた。だが、トロツキーの意図に反して、この回状電報の後も代納は個々のケースで容認され続けた。例えば、四月一〇日づけでポムゴル中央特別委は、スモレンスク県スィチョフカ市の聖母受胎告知教会教区信徒の請願を認め、特別の由来がある僧服を保持する権利を与え、「信徒が重量に相当する銀貨またはその他の銀製品を納付する。代納期限を五月一日までとする」と、収用に関する県特別委に通達した。司法人民委員部も同様の立場を採り、収用キャンペーンの過程で教会貴重品の一部が個々人の買取りという形で代納が行われ、このようにして個人所有となる物品が教会資産リストから除かれる事態が頻出し、これについての県執行委からの照会に同第五部［八部からの改組］は六月一七日づけで、買取りが行われても個人の財産権は発生しないとした上で、代納は個々のケースで収用特別委によって認可されることを改めて通達した。こうして教会弾圧政策にとって重要な箇所では代納を認めることなく全貴重品が没収されたとしても、多数の地方教会で代納が認められたこともあり、五月半ばまでと設定された教会貴重品収用キャンペーンは多くの地方で停滞した。[xiv]

民衆の抵抗以外に、多くの地方は資金難、特に貴重品配送費の資金援助を訴えた。ブリャンスク県財務部は輸送が資金不足のために滞っているとして資金の送付を再三にわたって要請し、ノヴゴロド県執行委は多額の組織的支出のために紙幣の追加放出を求め、ヤロスラヴリ県財務部は配送のための五万ルーブリを即座に送金するよう要請した。このように、ほとんどの地方が財政的に逼迫する中で、鉄道駅までと鉄道の輸送費は地元の支出とされ、それは地方当局にとって大きな負担となった。そのため四月一二日の特別委ビューロー会議で、ゴフランに発送する貴重品を飢饉用貨物に指定すること、すなわち、輸送費の無償化が決議されたが、これは実行されず、地方当局は資金難を訴え続けた。九月にもカザン県からゴフラン宛てに、輸送資金の送付が要請された。最終的に一一月八日づけで財務人民委員部は、「教会貴重品の収用とゴフランへの配送に関わる全支出は、ポムゴル中央特別委［ママ］の資金で支払われなければならない」と国費払いの決定を通達した。実際、このキャンペーンに大量の資金が投入され、四月一〇日づけで財務人民委員部は人民委員会議に、すでに割り当てられた「九〇億ルーブリに追加して、一〇億ルーブリの規模で教会からの貴重品収用に対する支出への予算外貸付をポムゴル中央特別委」に出す承認を求めた。また、収用キャンペーンに関する技術特別委と情宣キャンペーンへの支出だけでもロシア共和国と連邦共和国で一ヶ月二〇〇万六金ルーブリと見積もられた。[xiv]

飢饉地区で農村住民は貴重品収用に充分好意的に対応したとされるが、五月に中央委に提出された報告書に、「カザン県。飢餓住民は貴重品の収用に共感しているにもかかわらず、収用は遅々として進んでいない。財産目録と貴重品リストは見つからなかった。貴重品は僧侶らによって隠匿された」、「ツァーリツィン県。飢えた住民がキャンペーンの実施に共鳴しているにもかかわらず、収用は緩慢にしか進んでいない」とあるように、それは収用キャンペーンを促進する要因とはならなかった。なぜなら、没収された貴重品は地元の飢餓民ではなく、すべてが中央に発送されたのだから。

そこで、三月二〇日づけヴォロネジ県執行委幹部会会議は、教会貴重品の収用に関して、「県を飢饉県に認定することを中央が拒否したのに怯むことなく、住民は自分の資力と食糧で新収穫まで保たないため、県の飢餓民のために外部からの援助を再度中央に要請し、この目的のためヴォロネジ県で収集される貴重品の半分をわが飢餓民のために換金できるよう請願する」と決議した。だが、ポムゴル中央特別委へのこの請願は受諾されず、収用キャンペーンに県チェカーが投入され、三月一五日に開始されたこの活動は「非常に順調に」行われるようになった。その結果、四月二〇日までに「銀三二五プード一八フント九一ゾロトニク五七ドリャー、金四フント五〇ゾロトニク八二ドリャー、宝石二四六二個」が収用され発送されたと、県執行委から報告された。三月一七日づけゲペウー情報によれば、「農民の大部分は代用食を摂っている。飢饉郡で農民は白亜、粘土、トイレ用藁、籾を混ぜて食用にしている。いくつかの地方で動物の屍肉が食べられている。いくつかの屍肉食が公式に記録された」という、飢饉の絶頂期での教会貴重品収用キャンペーンの結果がこれであった。収用のためにゲペウーにより「措置が執られた」としても、エカチェリンブルグ県から「今日まで取るに足らない量の貴重品しか集められていない」と五月に中央委に報告されたように、各地で収用は捗っていなかった。[xiv]

キャンペーン行き詰まりの最大の原因は、いうまでもなく民衆の強い抵抗である。「コムニストは教会で帽子を脱がず、安タバコをくゆらせ、女性を笑いものにし、僧服をまとった赤軍兵士は足で聖杯を踏みにじり、寺院で本物の野蛮人のごとく振る舞っている」収用特別委による信仰の愚弄に対する怒りであった。キャンペーンが各地ではじまった三月期のゲペウーの農村状況に関する報告はこのような声に溢れている。ノヴゴロド県「スタラヤ=ルッサで教会貴重品の収用が原因で、無秩序状態が起こった。正体不明の武装した三人が礼拝中に地元の修道院に乱入し、飢餓民のために教会貴重品を直ちに引き渡すよう要求し、信徒衆の怒りを買った。これら正体不明の人物は姿をくらまし、群衆を宥めようとした数人が殴られた。周辺の農民の間に挑発的風聞が広まった。農民は荷橇で出向いて、バリケードを築いて修道院を取り囲んだ。師団養成所が召集され、群衆は武器を行使することなく追い払われた」。イヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県「テイコヴォ郡で教会資産の収用に対する住民の対応は否定的。レジニェヴォ郡で教会資産の収用に対して農民は敵対的に対応している。農民は郷執行委議長を打ちのめしている。レジニェヴォ工場の労働者も教会資産の収用に対応は否定的」。トヴェリ県で「聖職者は以前と同じく教会資産の収用に反対する情宣を行っている。信者の教会資産の収用に対する対応は否定的」。ヴャトカ県「ウルジューム郡の一つの郷で信者の群れにより郡当局議長が殺害され、マルムィジ市で六〇〇人の群衆が教会資産の収用を妨げようと試みた」、「農民は教会資産の収用に否定的に対応している。［･･･････］ウルジューム郡ペトロフスカヤ郷で教会資産の収用が原因で、騒擾が起こった。信者の群れが教会に押し入り、郡執行委議長を殺害した」。アルハンゲリスク県で「住民の気分は教会資産の収用が原因で悪化している。一連の郷でクラーク分子の圧力の下に、農民は教会資産の引渡しを拒否している。郡委の大衆への影響力はわずか。資産が飢餓民でなく、ユダヤ人の手に渡るとの挑発的風聞が流布している」など、多数のゲペウー報告がそれを物語っている。ドン州ホピョル管区特別委は五月二一日づけ電報で「順調な収用に向けての地元執行委のしかるべき支援がない」と訴えた。

そして地方の収用特別委はいくつかの教会の収用を終えると、早々にキャンペーンの終了を宣言した。三月末までにペンザ全県で、マロヤロスラヴェツ郡を除くカルーガ全県で、ヴャトカ県は二郡で終了したと、四月一二日に「大部分の都市で収用は終了している」とスモレンスク県から報告された。このような事態に対処するため、四月二日づけで県執行委と県委宛てに、「教会貴重品を収用する際、充分価値のある財産を教会に決して残してはならない」ことが中央執行委議長カリーニンの署名をつけ命じられた。これ以後、徐々に収用キャンペーンでの聖職者への弾圧は厳しさを増し、スタラヤ=ルッサの事件で、ノヴゴロド革命裁判所軍事部は五月一二日に、教会貴重品の収用に反対する扇動を行った罪で三七歳と三三歳の二人の司祭、市民一人に銃殺の判決を下した。以下で触れるのは、民衆の怒りと絶望に無縁な、党指導部の教会弾圧政策の実情である。[xiv]

　三　攻勢への転換

収用の徹底化を目指して

　三月二〇日の政治局会議で、事件の調査のためシュヤ市に中央執行委幹部会員スミドーヴィッチを代表とする調査特別委（ほかはモスクワ軍管区軍司令ムラーロフ、中央執行委幹部会員クツーゾフ）を派遣するよう中央執行委幹部会に命ずることが決定された。翌二一日に調査特別委はシュヤ市に到着し、全ロシア中央執行委員フィルストーフを議長とし、ゲペウー代表、県革命委議長、県軍事コミッサールを加えて行われた調査は二三日に終了し、同日の調査特別委会議は、収用特別委の行動は適切であったが、秩序の維持に対して精力的で計画的でなかったと事件を検証し、収用特別委に活動を敢行させ、秩序紊乱の捜査を徹底し、犯人を特定し革命裁判所に引き渡すよう命ずる決定を下した。この決定を踏まえ、増強された軍事力を背景に、三月二三日にムラーロフの指揮の下に貴重品の収用が実施され、その模様はすでに触れた。

　当局はシュヤ事件の責任を教会、「僧侶と反革命的情宣活動家の残党」に転嫁しようとして、ゲペウー県支部長ショーロホフは四月四日づけの地方紙に、「教会が労農国家と闘う反革命組織に労働者と農民を唆さない限り、信者と教会への迫害という考えにソヴェト政府は無縁であることをゲペウー県支部は通知する」と、宥和策による民衆の動揺の鎮静化に努めたが、中央委から厳格な処分を促す暗号電報が次々と入電した。

シュヤ事件逮捕者の尋問調書は、ヴォルガ地方における飢饉の惨状を延々と述べた膨大な前文をつけて四月一一日に提出され、司祭を含めた教会関係者五人と教師など全部で二四人を被告とする中央執行委最高裁判所巡回法廷（議長ガールキン）が、四月二一日に県都イヴァノヴォ=ヴォズネセンスクの元女子中学の建物で開かれた。これは完全な「見世物」裁判であった。シュヤ事件が組織的性格を帯びていたか否かが、審理の焦点となった。レーニンが厳秘書簡で要求した銃殺判決にとって充分な司法的根拠はその過程で明らかにされなかったが、早くも四月二五日に六時間の審理の後で被告人に「犯罪の詳細な格付け」をして判決が下された。検察はスヴェトザーロフら四人に死刑を求刑したが、一人は「衷心からの悔悟を思量し」禁固五年に減刑され、司祭二人を含む三人に銃殺、四人に禁固五年、残りに一から三年の禁固刑が与えられ、全部で一九人が有罪判決を受けた。銃殺判決を受けたパレフ村司祭について、彼は進歩的社会活動家で反権力的情宣はありえないとの村スホードから四月一八日づけ釈放嘆願書が届けられ、この判決直後にも同じ村信徒から中央執行委全権の決定まで執行の猶予を願い出る嘆願が至急電で届けられたが、もちろんそれらは考慮されなかった。[xiv]

これに先立ち、三月二〇日の政治局会議でシュヤ事件を契機として教会弾圧政策の基本路線が最終的に確定され、その基調は前日に回覧されたレーニンの厳秘書簡である。そこで三月一七日づけ教会貴重品の収用に関する政治局指令に基づきトロツキーによって提出された草案が審議され、同草案は修正をつけて基本的に採択された。厳秘扱いの同会議議事録の付則として添付されたこの建議は一七条におよぶ長文で、三月一六日の待機的気分が濃厚な党中央委で反古にされたトロツキー特別委で案出された方針の具体化であった。すなわち、一七日づけで政治局員に提出されたトロツキーの極秘書簡『貴重品収用の問題に寄せて』にある、「貴重品の収用に関しておもに中央執行委幹部会はキャンペーンを頓挫させることにすべてを費やした。［同］幹部会全権同志レーベデフはわたしの休暇中に一度も特別委を開かなかった。収用に関する布告は準備の進展とまったく無関係に公表され、反撃に大きな準備が必要であることを僧侶に警告する空砲となった。中央トロイカ（レーベデフ、クラーシコフ、ソスノーフスキィ［手書きでオシーンスキィを訂正］）はまったく活動せず、地方での完全な不協和音を招いた」と、従来の中央執行委の活動を論難した前文を削除して採択されたのがこの建議であった。中央執行委の意向を代弁したレーベデフ、クラーシコフらによって一六日の党中央委政治局会議で行われた収用キャンペーン中断決議への批判をこれは意味し、中央執行委がこの問題で権威を失っただけでなく、従来の政治局の方針をも覆したのであった。要するに、レーニンの厳秘書簡により一旦反古にされたトロツキー路線が復活したのである。[xiv]

民衆の目から完全に秘匿された政治システムの中で、虚偽に塗り固められたスローガンの下にこれ以後展開される教会弾圧キャンペーンの基本方針が以下のように定められた。

まず指導機関として、中央と諸県に貴重品収用に関する秘密の指導特別委を設置し、カリーニンを議長とする中央特別委はヤーコヴレフ、サプローノフ、ウーンシリフトなどから構成され、週に一度トロツキーの臨席で開かれる。これらの秘密特別委とならんで、二月一六日づけ布告に基づき信徒グループとの交渉などに備えるためコムポムゴルの下に表向きの特別委を置くとされ、巧妙な「二重体制」がここでも整えられ、ゲペウーに倣った「秘密突撃特別委」がキャンペーン実施のため全土に展開される。具体的実施方法も提示されたが、それもまたゲペウー的である。「教会資産はほんの些かたりとも飢餓民援助以外の目的を持たない」ことを住民に周知させると同時に、聖職者に分裂を持ち込み、「聖職者の多数をなす非人間的で貪欲な「教会統治者」による貴重品への犯罪的でけちな対応」との闘争であることを宣伝する。[xiv]「黒百人組的情宣が限度を超えたなら、「飢餓民の命を救う教会貴重品」などのプラカードを持ち、武器を携行した守備隊が参加するデモを組織する」。キャンペーンの終了まで高僧に危害を加えないが、過激行為が生じた場合には真っ先に責任を取らせることを非公式に警告する。権力に忠誠を誓う僧侶がいる教会から収用を開始するのが望ましいが、それがなければ、周到な準備の後に部隊を近くに配備し、もっとも目立つ寺院から開始する。この方針がシュヤ事件後に地方に徹底された。[xiv]

この中央特別委議長にカリーニンが指名されたが、レーニンの厳秘書簡で指示されたように、それを実質的に差配したのは、サプローノフの出張に関連して彼の代理となった内部人民委員代理にして一八年七月にエカチェリンブルグで皇帝一家殺害に積極的に関与した、トロツキー派の中央委員ベロボロドーフであった。こうして、このキャンペーンの推進機関は徐々にゲペウーとトロツキー側近のメンバーによって固められるようになるとともに、十月政変以来「赤色テロル」による民衆弾圧体制はボリシェヴィキによる民衆支配の根幹であったとしても、少なくともこれまで「赤色テロル」の行使は公然と宣言されてきたが、ここに至りすべてが秘密の闇に埋もれてしまった。

ゲペウーもいち早く対応した。三月二〇日の政治局会議に同議長代理ウーンシリフトからの報告覚書『教会からの貴重品の収用に関連する聖職者の行動について』が提出された。そこで「総主教チーホンと彼の取り巻き」が「明らかに反革命的で教会貴重品の収用に反対する公然とした活動を行っている」実情が分析され、「教会貴重品の収用に反対する個人的指示」から、モスクワの非合法集会で「宗務院メンバーは聖職者に教会貴重品の収用に反対して信徒大衆を煽るよう命じた」とされる教会上層部にいたる反対行動の実例が示された。続いて、宗務院[xiv]に反対する若干の地方主教はカノン的規律などの理由で上層部に反対できず、「そのため宗務院メンバーを逮捕することによって、総主教の座と宗務院にソヴェト権力に忠誠心を持つ人物を選出することができる」との情報に基づき、ゲペウーに「チーホンと宗務院のもっとも反動的メンバーを逮捕するための根拠」が生じたとして、「宗務院と総主教の逮捕は現在時宜にかなう」と結論づけた。

この報告覚書は二つの点で重要な意味を持った。第一に、ゲペウー内にウーンシリフトを議長とする「教会貴重品収用キャンペーンの実施に関する会議」が設置され、三月八日に開かれたその第一回会議で、「チーホンに指導される聖職者の機関が広く」宣伝活動を展開している現状から判断し、「わが政治情宣が決定的成果を挙げるまで収用の実質的な時期を延期する」と決議したばかりであったが、この方針を覆し、貴重品の収用を即座に実行するよう求めたことである。第二に、教会貴重品収用問題の枠を超え、ここで初めて総主教チーホンを含めて聖職者の逮捕が公然と提起された。この報告覚書は、「教会から貴重品収用に激しく反対するすべての僧侶と聖職者代表を飢えたヴォルガ地方のもっとも飢えた地区に追放し、そこで彼らを人民の敵として現地の飢えた住民の前に晒し者にする必要がある」との文言で結ばれた。三月二二日の政治局会議は、このウーンシリフトの報告覚書を基本的に採択し、教会弾圧は新たな段階に入った。[xiv]

三月二四日づけ『イズヴェスチャ』は、激越な調子で収用キャンペーンの平和的時期は終了したとの社説を掲載し、それは「ソヴェト権力は人民の利益が求めるところで必要に迫られて鉄拳を行使できることを証明した」という、教会への宣戦布告であった。これに続き二八日づけ『イズヴェスチャ』に、事件の顛末に詳しく触れた、二七日づけ中央執行委幹部会によって採択された政府通達『教会貴重品の収用に関連するシュヤ市での事件について』が掲載され、シュヤ事件は教会弾圧の象徴となった。そうである限り、事実がいかなるものであれ、そこでの聖職者の極刑適用は避けることはできなかったのである。　

三月二二日の政治局会議でウーンシリフトの報告後に、一〇日ほど経て主教会議と総主教を逮捕する、シュヤに関する資料を公表し（三月二八日づけ『イズヴェスチャ』で実現）、犯人の僧侶と俗人を一週間以内に裁判所に送致する（張本人を銃殺）、一週間内に教会貴重品の窃盗に対する僧侶の審理を行った後に主教会議を逮捕するとのトロツキーの建議が提出された。シュヤ裁判がこの方針で進行したのはすでに述べた。トロツキー本人が不在のこの日の会議で、貧しい教会を収用から除くよう提案したモーロトフの修正案を挿入して、この建議案は採択され、この実施は貴重品収用中央特別委に委ねられた。しかし翌日の政治局会議でトロツキーは、このモーロトフ案を削除するよう提案し、それは採択された。これで、トロツキーの真の目的が全教会の弾圧と清算であることは明らかとなった。

これ以後彼は連日のように党中央委員宛てに文書を送りつけ、カリーニンを通してそれを実現させ、教会弾圧の態勢固めに入った。これらの書簡を検討し、具体案を策定したのが前述の特別委ビューロー会議である。トロツキーは焦っていた。なぜなら、三月二三日づけクラーシンへの極秘書簡で述べているように、ヨーロッパ大国でプロレタリア革命が勃発すれば貴重品市場が完全に閉鎖され金相場が暴落するおそれがあり、そのときまでに貴重品の換金を急がなければならないからである。同日づけ全政治局員への彼の建議で、飢餓民用穀物を獲得するため、収用された教会貴重品から即座に一〇〇万ルーブリを割り当て、教会の分裂を図る目的でカリーニンに「ソヴェト的」主教アントーニンを教会貴重品収用の活動に引き入れさせ、これを広く公表すること、「貴重品の収用は決して宗教や教会に対する闘争ではない」、「貴重品収用の問題で聖職者は明らかに二グループに分かれている。一つは民衆自身によって創り出され、教会貴重品で飢えた民衆を援助する必要があると考えるが、もう一つは明らかに反民衆的で、吝嗇で、貪欲である」との内容でインタビューを行うことが提起された。主教アントーニンの指名は偶然ではなかった。彼は博学と弁術に秀でていたが、功名心に長け、陰鬱で気難しく、病的であった。このような彼が教会の内部分裂に利用された。三月一二日にトロツキーは極秘大至急のスタンプをつけた覚書で、教会分裂のために聖職者の「良心的」部分をポムゴル組織に加入させるよう中央委政治局に訴え、四月一三日の同会議でトロツキーの提案によりポムゴル中央特別委への彼の加入が決定され、この機関の解散まで彼はそのポストに留まった。また、トロツキーは五月一四日づけ政治局員への極秘郵便電報で、「主教アントーニンを長とする聖職者の忠実なグループのアピールに関して、『プラヴダ』に小さな記事が掲載されたが、『イズヴェスチャ』にはまったくない。新聞が、教会の民主的道標転換派と君主主義的反革命分子との完全な分裂という意味で重要な結果を招くだろうこの文書に、しかるべき配慮をしていないことを危惧する」と、教会分裂に党指導部の関心を促した。こうして主教アントーニンはソヴェト教会政策の尖兵となり続けた。[xiv]

カリーニンは、換言すれば形式的には国家最高機関である全ロシア・ソヴェト中央執行委は完全にトロツキーの傀儡となった。トロツキーは三月二四日の中央委書記名で出された出版物に対する秘密指令で、聖職者を一括りにしている現在の「貴重品収用の新聞キャンペーンは不適切」として、「僧侶を分裂させること、またはより正確には現存の分裂を深め尖鋭化させることが必要である」との持説に沿った情宣キャンペーンを指示した。この秘密指令を受け、同日の特別委ビューロー会議は、ヤーコヴレフにすべての新聞がこのキャンペーン記事を増やすよう義務づけた。さらに、二六日づけ中央委政治局への極秘書簡でトロツキーは、シュヤでの実績を踏まえムラーロフを貴重品収用中央特別委に加入させること、「多くの地方で貴重品の収用はまやかしで行われている。すなわち、貴重品の取るに足らない部分だけを徴収し、主要なものを手に入れようとせず、そのようにして「平和的」収用を達成しているのはまったく明白である。布告に相応する収用に地方組織は不完全に、すなわち、犯罪的怠慢で応えていることについて、地方に指令を送る必要がある。表面的収用だけが行われたあらゆる地方で再度の完全で断固とした収用を要求しなければならない」とする、カリーニンを前面に出してキャンペーンの徹底化を彼は命じた。三月二七日の特別委ビューロー会議でトロツキーの書簡が読み上げられ、ヴィノクーロフにそれに準じて信者へのアピール草案を作成し、「それを党中央委に暗号で発信するよう委ねる」と決議された。三〇日づけ中央委政治局への極秘覚書で「十月革命がようやく今になって教会に達した」現状を分析し、党県委と県執行委に、お涙ちょうだいを排除して「もっとも広汎に情宣キャンペーンを実施する」、「聖職者を分裂させる」、「しかるべきよう貴重品を収用する」、「黒百人組的僧侶を懲罰する」など、彼は執拗なまでに教会弾圧の強化に向けての具体的指示を与え続けた。チーホン派を革新派と対立させ、彼らを利用して貴重品の収用を実行し、チーホン派を撲滅した後に革新派を懲罰するというのが、彼の構想であった。さらに三月二九日の特別委ビューロー会議は、収用の「点検をゲペウーに集中する」よう決議し、このキャンペーンでのゲペウーの統制を確認した。[xiv]

これらトロツキーの秘密指令は次々と実行された。三月二四日の秘密指令は、中央執行委議長カリーニンの署名をつけて、新聞は「忠実な聖職者を支持する必要がある」との三〇日づけ県委と県執行委への貴重品収用を信徒に訴える極秘暗号回状電報として、二六日づけ極秘書簡はカリーニンとモーロトフの署名をつけて、「多くの地方で特別委は教会貴重品を「平和的に」収用する目的で取るに足らない量しか押収せず、主要な価値を取りこぼしている。同様に多くの地方で教会貴重品を買い戻すとの信徒側の提案のために収用が停止している。中央執行委布告と指令の正確な意味での貴重品の収用を行うよう命ずる。教会貴重品の不完全な収用は地方権力の怠慢と見なされる。不完全な収用が行われたところでは、布告と指令に準じて追加の収用を直ちに行わなければならない」旨の県委と県執行委への極秘暗号回状電報として具体化された。ムラーロフを貴重品収用特別委に加入させることは、四月二日の政治局会議でトロツキーによって提案され承認された。これは、中央委政治局への極秘書簡でトロツキーが根回しをした結果の人事であった。中央委政治局の決定さえも先決事項の確認にすぎなくなるような政治手法が、このようにして生まれた。教会貴重品の収用問題は確実に政治体制を変容させていた。[xiv]

　教会貴重品収用の際の障碍の一つに、聖職者や信者によるそれらの窃盗、すなわち、押収を回避するための隠匿があった。これは、盗みを働いた僧侶の審理を一週間以内に行うとの三月二二日づけ政治局会議に提出されたトロツキーの建議にもかかわらず、登録の際に広く出来した。そのため、三一日の特別委ビューロー会議は、「教会貴重品の収用に関連して頻出する寺院からの略取に配慮し、現地執行委は、自分の教会からの略取と窃盗に対して真っ先に責任を負うとの念書に僧侶と教会会議代表を署名させるのを義務づけるよう地方に指示する。すでに略取が露見した教会で、僧侶と念書に署名した教会会議代表を逮捕する」と決議した。これを受けて四月二日づけ県委と県執行委への機密暗号電報は、僧侶に「教会の窃盗と略取に対して責任を負うことを義務づけ」、「同時に略取と窃盗を予防するため金がある教会に秘密の監視と警護を必ず確立し」、「すでに略取と窃盗が顕著なところで人民資産横領の罪で裁判所に引き渡すため犯罪者僧侶」を逮捕し、「教会貴重品の収用の際に教会からいかなる取りこぼしがないよう」、カリーニンの署名をつけて、命じた。続いて、中央執行委最高裁は、隠匿、「見せかけの窃盗」に対する審理を最短期間で実施するよう命ずる回状を県裁判所に発した。

こうして、ヴィテブスクから四月末に「県と市の貴重品の収用に四月二五日から積極的に取りかかり、約五プードの銀が収用された。貴重品の大量の隠匿が摘発され、聖職者が反革命的情宣の罪で逮捕され、革命裁判所法廷に引き渡された」と報告されように、これらの逮捕と審理が全国で展開された。教会貴重品の窃盗について四月二七日づけ司法人民委員クールスキィ署名の電報回状で、このような事件で予審を行う際に、犯罪行為が実際に行われたかに関わらず教会貴重品の窃盗犯に法的または実質的な刑事責任を問うこと、窃盗共犯者に充分な罪状の証拠がない場合にも、これらの保管の怠慢か不注意の罪で責任を問うことが追加された。地方によって貴重品の隠匿と窃盗、収用に対する抵抗の処罰がさまざまであったため、五月一七日の特別委ビューロー会議は、これらの罪に対する「司法的抑圧の程度に関する指針を地方に与えるよう」、スターリンに要請した。「罪がなければ、罰はない」という人間にとってのあらゆる法意識の最初の真理が、制度的に否定された。これも「赤色テロル」の特徴である。[xiv]

実際に、些末な隠匿行為が摘発され、裁判にかけられた。八月一四日にブリャンスク人民法廷はいくつかの教会貴重品隠匿事件を審理したが、そのうちの一件は村の修道院で修道士らが神聖な什器を編み籠に隠し、その上に農婦を座らせた事案であり、もう一件はトロイツク僧院の修道女が教会の様々な仕切りに、イコンの縁飾りや聖杯などを隠したとされる事案で、ともに収用特別委によってその場で摘発されるほど稚拙で些細な事件であった。このような裁判が多数、時の新聞に掲載された。「九月二七、二八日の二日間は、ペトログラード近くのパルゴロヴォの人民裁判特別巡回法廷で長主教ザルニーツキィを頭目とする聖職者の賑々しい事件の審理が行われた。ザルニーツキィのほか、教会会議メンバー［･･･････六人の名前］が裁判にかけられた。裁判で次のことが明らかになった。教会貴重品を飢餓民に引き渡さないよう、聖職者ザルニーツキィはそれらを隠匿するためにあらゆる嘘ともっとも汚いやり方に頼った。彼らは家に隠してくれるよう友人を説き伏せ、自分は金の縁飾りのついたイコンを部屋に持ち込み、教会鐘楼に銀の縁飾りのついた一ダース近くのイコンを隠した。あらゆる捜索にもかかわらず、聖職者ザルニーツキィはいくつかの価値ある什器と杯を隠匿するのに成功した。［･･･････］三時間の審理の後に法廷は以下の判決を下した。ザルニーツキィに権利の制限五年をつけて自由剥奪三年、教会執事［氏名略］に自由剥奪一年、監査特別委員［氏名略］に執行猶予一年」[xiv]

四月にヴラヂーミル県から、「あらゆる貴重品がグラフムゼイ［共和国教育人民委員部付置博物館・古代記念物美術品保管本部委員会］に登録されているので、いくつかの郡の教会で特別委は何も収用できなかった。このことはアレクサンドロフ市の女子修道院でも確認され、そこには多くの貴重品があったものの何も収用できなかった。なぜなら、すべてがグラフムゼイに登録済みであったから」と報告されたように、教会貴重品のうち歴史的美術品は収用の対象外とされたことも、収用の障碍であった。

二一年一二月二七日の中央執行委布告『教会と修道院にある貴重品について』と二二年二月二八日公表の『教会貴重品収用手続きに関するポムゴル中央特別委と司法人民委員部指令』にある、歴史的美術的価値のある資産（調度品、絵画）はグラフムゼイの管轄となり収用の対象から除外し、貴重品を収用する際に現地ムゼイ代表の臨席を義務づけた規程は、実際しばしば無視された。そのため、カリーニンは三月三日に「美術的価値の収用活動は［･･･････］鑑定官の権限を持つグラフムゼイ代表の立ち会いの下で中断することなく実施される」との指示を改めて県・郡執行委に打電した。これに続いて二二日に彼は県執行委議長に、歴史的美術的貴重品の収用に関する指令が「いくつかの地方で侵犯されていることに憂慮し、中央執行委幹部会名でこの条項の正確な遂行を監視するよう」再度指示を与えた。カリーニンはあくまでグラフムゼイの擁護を貫いたが、無力であった。

三月二〇日づけでグラフムゼイから出された、鑑定の最終的決定権はグラフムゼイにあることを確認する文書に対し、トロツキーは二二日のサプローノフ、カリーニン、グラフムゼイ主任トローツカヤ宛ての極秘書簡で、物品に美術的歴史的価値があるか否かを鑑定する最終決定権をグラフムゼイに認めないとの指示を与えた。なぜなら、「グラフムゼイで働く考古学者の中に、その専門性によって反革命的気分を持ち、貴重品収用の作業を頓挫させようとする教会側と密接な関係を持つ少なからぬ人物がいる」からであり、「そのような傾向に鉄槌を食らわせなければならない」。鑑定が分かれる場合に物品はゴフランに納入される。この書簡に基づき、ヴィノクーロフの署名で収用の際にムゼイ代表の臨席を不要とする指令［日付なし］が新たに出された。これに対しトローツカヤは四月四日づけで、貴重品の登録と集中に関する人民委員会議特別全権代理バジーレヴィッチ宛てに、中央執行委の承認のない、『ポムゴル中央特別委と司法人民委員部指令』に背馳する別の指令によって、ロシアのみならず人類全体にとって意義のある工芸品が完全に破壊されている危機的状況を訴えた。だが、この問題は四月二七日づけ中央執行委指令により決着がつき、それにより、「美術的歴史的性格に関して教会貴重品収用に関する特別委と現地グラフムゼイ代表との意見が不一致な場合に、教会貴重品はゴフランに納付され、グラフムゼイ代表はグラフムゼイによる鑑定をモスクワに願い出る異議申し立て」の権限だけが残された。

だが、この手続きは既決事項となっていた。三月二九日づけで収用を免れる一〇三ヶ所の教会、寺院などとその品目リストがグラフムゼイによって作成された。スモレンスク県で作業がはじまり、四月五日までに銀一〇八プード三五フントと金二二・七五フントが収用されたが、その中に神現寺院の美術的価値のある銀製教会門扉が含まれた。四月二日づけで県ムゼイ代表は「県ムゼイの意見に反する、美術的歴史的意義のある」この収用を不適切と見なすとの特別声明を公表したが、同寺院では聖物保管所だけがリストに載せられていたので、これは適正とされた。鑑定作業自体がすでに無意味になっていた。

ペトログラードのカザン寺院で県特別委議長バカーエフ［元ペトログラード・ゲペウー議長］、グラフムゼイから鑑定官として国立エルミタージュ館長トロイニーツキィらが参加して教会貴重品収用特別委の活動がはじまり、鑑定官から聖母マリアのイコンなど遺留するのが望ましい物品リスト、特別委との合意で信徒への買戻しを必要とする物品リストが提出された。だが同特別委議長は、買戻しの必要を認めず、彼の個人的命令によりそれらの物品と遺留するのが望ましいとされた銀製手摺りなどの物品は徴収された。徴収された銀の重量は一二四プード三七フント二〇ゾロトニクで、それは五プード二フント九三ゾロトニクの美術品を含み、これに教会礼拝品六三ゾロトニクが加わった。この収用は五月一二日からはじまり、昼二時から晩一〇時までの突貫作業で一八日まで続いた。[xiv]

三月二二日づけトロツキー極秘書簡に、貴重品収用の際の「文化破壊(ヴァンダリズム)と歴史的美術的価値への無神経さが発揮される」のは「最大の害」として、物品の破壊と毀損を厳罰に処すと明記されていたが、無駄であった。五月三日づけでトローツカヤは中央特別委ビューロー宛てに「ボロフスク修道院で二〇年以後民間建造物の特別な建物（寺院内でなく）に中世ロシア美術館が設置され、そこで三月一一日から美術館的意義を持たない教会貴重品の収用が行われ」、美術品を現地でグラフムゼイの管轄に残すよう命じた中央執行委の指示に反して、「一連の文化破壊をともなう第二陣の収用が行われ」、同様な文化破壊が「モスクワ、ペトログラード、コストロマ、スモレンスク、ニジェゴロド、カルーガ、リャザニ、カザン、ヤロスラヴリでも繰り返された」ことを悲しみと怒りを込めて伝え、グラフムゼイの権利と義務を認め、美術館的貴重品をゴフランではなくグラフムゼイの管轄に集中するよう訴えた。特別委ビューロー会議は五月一〇日に「収用の際に美術的価値があると宣告され、地方の保管所または個々の美術館に遺留されているあらゆる高価な資産を、中央［ゴフラン］に集中する必要を認める」決議を出し、この訴えに応じた。四月二九日づけでヤロスラヴリ県から、グラフムゼイ代表はできるだけ多くの教会貴重品を美術館に残そうとする傾向があると報告されても、それ以後グラフムゼイはあらゆる権限を失った。サラトフで教区信徒は相当の銀で代納することを条件に寺院から収用された聖杯を返却するよう要請したが、杯は美術的価値とはまったく認められないことを根拠に特別委がすべてを収用した事例は、サプローノフによって五月三〇日の人民委員会議に報告された。二四年一月一日でゴフランに教会から収用された美術的金製品一四プード八フント五四ゾロトニク、美術的銀製品一一プード一フント七八ゾロトニクが保管されていた。[xiv]　

　スモレンスク事件

周到な弾圧体制はスモレンスクの事件で適用された。ここでは三月一七日づけでスモレンスク県執行委議長ブラートフがゲペウーとカリーニンに、「スモレンスク寺院で貴重品の実際の収用に取りかかる試みは失敗に終わった。信徒の群れが昼夜寺院にいて特別委に活動を許さない。［･･･････］断固として行動することが必要か通知して欲しい」と暗号で打電し、収用を停止するよう命ずる一九日づけ中央委発信の電報もモーロトフ名で同県には別途打電され、県当局は中央の指示を仰ぎながら連携して民衆の抵抗を排除したのがこの事件の特徴である。

ブラートフ宛てに二月二五日づけで二月一六日の中央執行委布告が入電したが、県執行委は特別な措置を執らなかった。一方、信徒側はそれに備えて、教会貴重品の収用に関する布告にどのような対応をするかを議論するため三月一二日に約四〇〇人が集まって開かれた地区信徒集会で、政府を非難する決議が採択され、市内のほとんどの教区信徒会議の代表を含んだ二五人特別委が選出された。それに今後の活動の指導が委ねられ、できるだけ多くの反対署名を集め、収用を妨碍するために特別の張り番を集めることが決められ、教会貴重品収用県執行委特別委を待ち受けた。翌日に県特別委は教会物品のリストを作成するため寺院に到着したが、そこにいた約三〇〇人の信徒はそれを許さず、県特別委は信徒代表とともに県執行委に戻り、そこで信徒代表に中央執行委布告を実行する必要がある旨を説明し、教会の品は即座に収用されなければならないと通告した。同時に、これに関する布告の破棄を要請するため中央執行委幹部会に代表団を送り、彼らがモスクワから帰還するまで収用を中断するようにとの信徒代表の要望は県当局により一蹴され、一切の譲歩を認めない県当局の態度に群衆はいっそう激昂した。

　翌一四日に教会貴重品の登録に取りかかるため県特別委は信徒代表をともない再度寺院に到着したが、約五〇〇人にまで膨らんだ群衆は県特別委に活動をさせず、この日も県特別委は民衆からの暴力を逃れるようにして引き上げた。民衆の中から「貴重品はコミッサールとユダヤ人の懐に入る」、「上級活動家は食い過ぎて飽食しているが、われわれは飢えている」との声が聞かれた。一二日の信徒集会決議に基づき、収用に反対する五〇〇〇人の署名が集められた。

　県特別委の試みはことごとく不首尾に終わり、県執行委幹部会との会議が開かれた。事件後に提出された収用キャンペーンに関する県特別委の報告によれば、「会合に列席していた同志トロツキーの全権ゲセリースは信徒に別の貴重品による教会貴重品の代納を認めることに合意した。なぜなら、彼はモスクワ滞在中に個人的に、［貴］金属を［別の］金属で代納する条件を中央執行委幹部会で同志スミドーヴィッチが認めるのを見たと語った。中央代表のその言質は信徒を鼓舞し、彼らはさらに要求するようになった。同志ゲセリースの発言に特別委は同意せず、これをまったく許し難い譲歩と見た。スモレンスクに同志トロツキーが滞在するのを利用して、特別委は彼と合同で会議を開くことができた。夕方までに［ゲペウー］政治部の情報によれば信徒六、七〇〇〇人の群衆は寺院を取り囲み、それは紛れもなく気分を高揚させた。会議で同志トロツキーは特別委に収用を暫時停止し、別命あるまで赤軍部隊内での情宣に再度専念するようにとの指示を与えた」。その一方で、県特別委は信者との関係に配慮し、教会貴重品の買戻しの交渉も行われ、この交渉で当局は「さほど強硬ではない」との印象を信者たちに植えつけた。信者の強い要望により、信徒集会の開催が県特別委により認可され、信徒を説得させるために主教が呼び寄せられた。三月一五日に県執行委ホールで開かれた信徒全権集会について現地ゲペウーは、「集会に五〇〇人近くの信徒とスモレンスク主教が出席し、以下のことが決議された。礼拝の意義を持たない教会貴重品をそれらと同価値の物品または食糧と交換する権利を留保し、二週間の期限で引き渡す。ポムゴル特別委への自発的寄付を組織する。集会では反ソヴェト的決議が目についた」と報告した。主教フィリープの説教は「不明瞭で曖昧模糊」であったため、双方にさしたる成果をもたらすことなく集会は終わった。収用を控え準備活動のみに専念せよとの中央委の電報を一六日に受け取り、事態は小康状態に入った。[xiv]

スモレンスクでもレーニンの三月一九日づけ厳秘書簡は状況を一変させた。二四日に貴重品収用を指導するための秘密特別委を党県委の下に直ちに設置せよとの命令が党中央委から入電した。翌二五日に開かれた西部戦線革命委代表と合同で開かれた党県委幹部会会議は、第一一回党大会に派遣される代表団がゲペウーに情報を伝え、収用計画を説明する旨を決定した。代表団は二七日にモーロトフと接見し、彼は計画に合意し、断固として行動するよう指示を与えた。その日に開かれた県執行委幹部会非公開会議で収用に関する県秘密特別委の報告が行われ、「一、今年三月二八日火曜までに貴重品収用に関するキャンペーンを準備する。二、貴重品収用の裁可を中央から三月二七日夜一二時まで待ち、この時までにモスクワから指示がなくとも、貴重品収用に関する作戦行動を三月二八日火曜から開始する」と決議された。この事件の顛末は三〇日づけ秘密電報で県執行委から次のようにポムゴル中央特別委に通知された。

「二七日夜に貴重品収用に関する全面的な準備作業が行われ、トロイツク、昇天修道院で早朝に軍学校生徒の哨戒線が配置された。［二八日］朝一〇時に特別委は活動に取りかかった。昇天、トロイツク修道院で抵抗はなく、修道院長と信徒の支援の下に収用が行われた。［スモレンスク］寺院で悶着が起こった。未成年の娘一五人、成人女性二人、男性二人が寺院で寝ずの番をしていた。特別委、修道院長、二人の信徒が到着し、特別委の活動に加わった。寺院の扉は内側から閉じられ、鍵の所在は不明であった。このとき群衆が集まりはじめ、［･･･････四〇〇〇人近くの］大勢の群衆は哨戒線を押しはじめ、軍学校生徒に石、雪、棒杭を投げ、殴りかかり、赤軍兵士から拳銃を奪い、数人が倒れ、銃撃があった。新たな中隊が補充され、空に向けての何発かの銃撃の後に群衆は排除された。予審によれば、六人が負傷し、女性一人が死亡した」

後の裁判でこの日の衝突について、「群衆の中のあちこちで軍隊が民衆に発砲しないよう、信徒は群衆に紛れ込むようにと訴える情宣が行われ、それは明確な組織的情宣であった」。群衆から「金はポーランドへの賠償金の支払いと赤軍に流れる」、「ユダ公がおまえたちを送り込んだが、自分たちは手を汚さない」、「おまえたちは物言わぬ家畜のようだ」との叫び声が挙がった。一年後に出された文献では、「明らかに、秘密の反革命的宣伝の影響を受け、払暁直前に寺院周辺の通りに民衆の群れが集まりはじめた。九時頃群衆は相当数に膨れあがり、威嚇的な叫び声を挙げて守備隊方面に散っていった。ほぼ一時間を過ぎて一〇時頃に聖母受胎告知教会と、ドニエプル右岸のいくつかの教会から鐘楼の鐘が鳴りはじめた。暴徒は鐘楼に押し入り鐘を鳴らした。ナバートの音はさらに多数の民衆を呼び寄せた。都市義勇軍の消防隊が駆けつけ、彼らはバールと斧を手にしていた。群衆を中央突破して、彼らは寺院を防衛する人々に向かって斧を高く振り上げ、威嚇行動を取りはじめた。このため、群衆は寺院の門にある階段とその先の扉に突入しようと、守備隊を力ずくで押し戻しはじめた。このほか群衆の中に教会貴重品を守ろうとするアジテーターが多数いて、反ユダヤ的な宣伝を大声で行った。群衆の叫び声と騒音が連隊第一特殊任務参謀部にまで聞こえ、すべての連隊幹部将校は急ぎ寺院の守備隊の救援に駆けつけた」と描かれた。裁判での証人尋問で、寺院にバリケードを築いた二一人のうち、教会貴重品収用反対の署名を集めた四五歳と三六歳の女性など、「文盲か文盲に近い」「オールドミスの一群が人目を惹いた」とされた。

県政治部長代理からウーンシリフト宛ての以下の二九日づけ暗号電報も同様である。「三月二八日朝四時にスモレンスク市における教会貴重品の収用に着手した。朝一〇時頃大部分が女性、ヒステリー女からなる信者の大群が、守備隊に暴力をふるいながら寺院に押し入ろうと試みた。赤軍兵士は殴られ、群衆から個々の銃撃があった。約一〇〇人が逮捕され、緊急手続きで審理が行われている。蜂起を呼びかけた組織があぶり出されている。逮捕者の中にエスエルがいる。ユダヤ人小売店とバザールを破壊しようとする試みがあった」。県特別委の報告書でも、鍵のかかった寺院の扉を壊したとき、「そこには寺院会議議長コジメーンコフを筆頭に若干名の未成年の娘、ヒステリー女、三、五人の男がいた。この事件の間に黒百人組的ポグロム的情宣が行われた。ユダヤ人とコムニストが殴られ、バザールの若干のユダヤ人屋台がひっくり返され打ち壊された」。このように、シュヤ事件と同様、教会貴重品の収用への抵抗運動は女性のヒステリーと反ユダヤ主義がその根底にあるとされた。以後の活動は順調に進み、四月五日の情報によれば、県の大部分の都市で収用は終了し、銀一〇八プード三五フントと金二二・七五フントが収用された。[xiv]

三月一八日の共和国革命軍事評議会で、ルーマニアとポーランド政府に支持され越境して襲撃を重ねて活発化している匪賊運動に打撃を与えて、両政府に警告する必要があると、西部地方での危機が指摘された。トロツキーは四月一日づけ極秘郵便電報で、「ポーランド国境にあまりにも近い」「スモレンスク県でのこの事案を引き延ばすのはまったく許し難い」と、シュヤ事件と同様な特別委（トゥハチェーフスキィとムクレーヴィッチを指名）を急派し、早急な捜査と審理をベロボロドーフに下命した。すでに事件当日にゲペウーは聖職者の罪状に関する証拠があると判断し、翌二九日夜から多数の活動的聖職者が拘束され、それは五月一一日に主教フィリープが逮捕されるまで続いた（彼は裁判までモスクワのブトゥイルキ監獄に勾留された）。これに続き、四月四日づけ中央特別委ビューロー会議で、「一、［･･･････］中央執行委員、トゥハチェーフスキィ［西部戦線司令官］、西部戦線革命軍事評議会員ムクレーヴィッチ、スモレンスク県執行委員サヴチェーンコの構成で、スモレンスク事件の全面的捜査のための特別委を承認するよう中央執行委に要請する。［･･･････］二、ゲペウーに教会貴重品の収用に関連し、西部諸県の情勢に特に配慮する」と決議された。トゥハチェーフスキィは、クロンシタットでもタムボフでも「赤色テロル」を駆使して反乱を鎮圧した軍功を持つことはすでに触れた。スモレンスクに到着した彼を議長とする中央執行委特別委は四月一二日の会議で県執行委特別委議長ブラートフから報告を受け県当局の対応を適正と認め、抵抗の教唆者と指導者を厳罰に処し、事件が前線地区で発生したことを考慮し、審理を四月二〇日までに西部戦線革命軍事裁判所に移すと決議した。

四月になっても収用キャンペーンの停滞は続き、そのため弾圧の主要舞台は教会裁判に移された。軍事裁判所で秘密裡に審理された後、この事件に大衆的意義を持たせようと、最高裁軍事参与会は公開裁判を開くことを決定した。そのための入念な予審が行われた結果、その開始は二度延期され、ようやく八月一日午後二時五〇分に県執行委ホールに鳴り響くベルを合図に最高裁巡回法廷公開裁判がはじまり、予審により四七人が被告席に着いた。この模様は、地元のジャーナリストでありスモレンスク裁判所弁護団の一員でもあったカルジャーンスキィが二二年末に発行した詳細な裁判傍聴記録に描かれている。

最高裁軍事参与会議長代理ソローキンを裁判長に、一日目は二時間半に及ぶ被告人の人定質問ではじまった。被告人は三〇代前半の壮年がほとんどであった。休憩を挟んで書記官が読み上げた起訴状によれば、多くが秩序紊乱に関するロシア共和国刑法七七条と反革命の情宣に関する六九条により告発され、四人はポムゴルへの参加に関する七五条で起訴された。主教フィリープは、三月一七日づけ地元紙『労働者の道』に中央執行委決議を無条件に執行する必要があるとの指示をつけた信徒へのアピールを出す一方で、スモレンスク寺院の扉に神聖な財を引き渡すべからずと締めくくった別のアピールを掲示し、「このアピールが最終的に信徒の抵抗を確実にした」。また、総主教チーホンの親書を彼は受け取り、この親書の一部は寺院に貼りつけられ、信徒の間に広まったとされた。また、「ドニエプルの向こうでユダヤ人へのポグロムがはじまり、赤軍部隊の速やかで精力的尽力によってこれは根絶され、四人のポグロム実行者とポグロムに銃撃を加えた一人の赤軍兵士が拘束された」と、ここでも反ユダヤ行為が強調された。その後の罪状認否はわずか一五分で終了し、「被告人は強情で、誰一人も自分の有罪を認めなかったため」、被告全員の身柄を拘束すると裁判長が「金切り声で」宣言し、初日の審理を終えた。二日目から、一、三月一二日の集会、二、三月一三から二八日までの教会貴重品の収用への抵抗と公然とした直接行動の準備、三、チーホンの親書、四、事件へのフィリープの関与、五、本山での事件、六、ユダヤ人ポグロムの試み、七、審理の一般的結論と補足の手続きで裁判が進行した。六日目の八月七日にチーホンの親書について審理された際に、この親書を誰が受け取り、誰が集会で読み上げたかがことさら執拗に尋問された。審理は最後にフィリープが尋問されるまで一五日間行われ、八月二四日に結審した。

判決は、四人に死刑、一〇人に禁固刑、残りの被告に強制労働と社会的非難であった。だが、この裁判で裁かれたのは被告だけではなかった。ソローキンが一二月三〇日づけで提出した文書で、二月二八日づけチーホンの親書が「労農政府の敵どもの活動にとっての土壌を与え」、その結果スモレンスクを含む多くの都市で流血事件が引き起こされたのは、スモレンスク裁判での多くの証人と被告の陳述から明らかであるとして、チーホンのあらゆる言動は刑法一一九条で規定される政府転覆への扇動の廉で告発されると指摘したように、この裁判の別の目的はチーホンの告発であった。こうして、この審理で「特に反革命的な二二年二月一五／二八日［旧暦と新暦］づけ親書でこの布告への反対を表明したロシア教会の首魁、総主教チーホンは、意識の低い住民大衆の宗教的先入観を利用することで、労農政府の敵に根拠を与えた」彼の罪状が確定された。二三年一月にゲペウーは議長代理ウーンシリフト名で、教会貴重品収用への抵抗に関する「一、モスクワ革命裁判所の二件の事案、二、シュヤ事件、三、スモレンスク事件」を元総主教チーホンの審理に絡ませるよう最高裁に要請した。そこでも、そしてそれ以後の審理でも、チーホンが二二年四月九日づけ主教区高位聖職者へのアピールで、教会貴重品収用への「あらゆる扇動行為をわたしは絶対的に糾弾する」と訴えたことは完全に黙殺された。

その後も教会貴重品の収用は続けられ、二四年一月八日づけでスモレンスク県執行委はゴフランに金二一フント四一ゾロトニク七〇ドリャー、銀三二三プード五フント八七ゾロトニク五五ドリャー、銅製品六プード一六フント七六ゾロトニク一〇ドリャー、刺繍三フント六三ゾロトニク九三ドリャーを最終的に発送したことを通知した。[xiv]

　四　司法的弾圧の展開

モスクワ・キャンペーンとシュヤ裁判問題

三月一二日づけレーニン宛てのトロツキー書簡で、「モスクワで順調に進むなら、地方での問題は自ずと解決される」と、そこでの実績はこのキャンペーンをロシア全土に拡大するための試金石として重要な位置づけがなされていた。一七年までにモスクワで七六四の正教会寺院と七四の礼拝堂を数え、当然にもその富は際立っていた。三月七日の貴重品の登録と集中に関するモスクワ特別委会議で、「中央執行委布告に公然と反対し、チーホンはそれを神聖冒瀆と呼び、教会「牧人」にそれに従わないよう訴えている」二月二八日づけチーホン親書は「肯定的」結果をもたらしている旨のメドヴェーヂの報告に基づき、この問題は臨機応変できわめて慎重な扱いが必要であるとして、当面は「閉鎖された教会から貴重品を収用する」との方針が定められた。だが、この待機的気分を一掃させたのは、トロツキーの三月二〇日づけ指令草案であった。これは党中央委政治局会議で修正後に採択され、同日トロツキー、ウーンシリフト、ヴィノクーロフ、クラーシコフ、バジーレヴィッチ、カリーニンらが出席して開かれた、貴重品の登録と集中に関する特別委で次のように具体化され、この議事録は一部タイプ印刷、極秘保管の超機密扱いとされた。モスクワとモスクワ県での収用は三月二七日から四月二日まで開催される第一一回党大会の期間と指定された（トロツキーの建議書では三月三一日までに開始するとされていた）。地方に関しては、一、周到な準備の下に「過激行為などのおそれがなくすでに実行されている県と郡で、県委の指導と責任により最後まで収用を行い」、二、準備不足の県と郡では、「党大会まで収用を延期し、当該県の代表は収用に関する中央特別委と合同で必要な期限を定める」旨の収用実施案であった。また、必要な資料と情報を新聞に提供するために文献特別委が設置され、新聞の検閲がクラーシコフ、ガールキン、ヤーコヴレフの三人委員会に課せられた。ゲペウー幹部のウーンシリフトとメドヴェーヂに、「反革命的で黒百人組的傾向がもっとも疑わしい人物、まず信者（黒百人組的商人など）ともっとも鉄面皮な僧侶の逮捕のために必要な資料を最短期間で整える」任務が与えられ、工場で集会を開き、教会貴重品の収用に関する抗議文に署名した者を名指しし、「そのような男女労働者の声を無効にするような決議」を出させると、反対派押さえ込みの具体案も指示された。[xiv]

三月二六日づけモーロトフへの極秘書簡でトロツキーは、新聞には「僧侶の単なる同情的アピールしか」掲載されていないことに警戒感を持ち、「民衆大衆の意識に無知と先入観が無限に残されている」情宣不足に苛立つ彼は、四月九日づけ中央委への極秘書簡で、「わが情宣とプロパガンダに決定的で確固とした転換が必要である」と訴えた。こうしてモスクワのキャンペーンではヒステリックともいえる情宣が溢れ出た。ヤーコヴレフを先頭に党中央委とモスクワ委のアジプロ部の全勢力が動員され、八〇〇〇枚のビラが用意され、様々な文献が現地に発送された。活動はまず大企業の労働者の間で行い、『労働者のモスクワ』紙編集部に特別なキャンペーンを組むよう指示が与えられた。この党モスクワ委機関紙は、『労働者』紙とともにこの情宣とプロパガンダの媒体を担った。飢饉の脅威が報道される中で、このようなプロパガンダは反教会の輿論を形成するだけでなく、飢餓民救済が進まない責任をボリシェヴィキ権力から教会に転嫁する狙いがあった。

　三月三一日から実質的収用が開始され、都市部では四月一〇日、農村部では二〇日に終了予定のこのキャンペーンに大量の勢力が投入された。モスクワ全体で三五八ヶ所、郡部で一五七ヶ所の集会が催され、「集会を操る目的」でモスクワ委アジプロ部からこの報告者として八〇人が動員された。甚大な災害への支援が不充分であるとの報告の後で、これら集会は飢餓民のために教会貴重品の没収に賛成を表明し、しかるべき決議を採択しなければならなかった。集会だけでなく、アジプロ部によって劇場広場、アルバート広場、セルプホフ広場など多くの盛り場で飢饉の映画が合計六七回上映され、一八万八八〇〇人の観客を集めた。このほか、モスクワ・ソヴェトと第一国立映画館の展示窓に飢饉の写真六〇葉が展示された。新聞『労働者のモスクワ』の紙面は三月一九日からキャンペーン期間中にこの関連記事で埋め尽くされた。このような大々的キャンペーンが展開されたものの、収用への叛意はモスクワの様々な企業で認められた。クラスノ=プレスニャ地区で一一〇の集会が開かれ、そのうち九〇集会は順調に行われたが、二〇ヶ所ではしかるべき決議を出すことができなかった。二九日の地区工場集会で、「コムニスト同志よ、プロレタリアートの人民資産の没収に眼をつむるな、掠奪を止めて、クレムリンの金を使え」との声が挙がった。ダニロフ織物工場での集会は大荒れで、一人の労働者は、収用に賛成して登壇した司祭を買収されていると名指しで非難した。第一国立大学数理学部の学生集会で決議に賛成は五〇票、反対が二〇票であったが、棄権は七〇〇票に達した。

　工場の参集者の最大の関心事は、没収された教会貴重品が飢餓民に届けられるかであった。しばしば次のように語られた。「すべての信心深い労働者と農民は教会貴重品の収用に反対しないが、これら貴重品が飢餓民の手に入り、彼らの救済となるかは疑問が残る」。もしブルジョワ国家がソヴェト=ロシアに敵対的なら、貴重品を外貨に替えてもどのようにして外国の穀物を購入できるのか。「教会自身が権力を介さず飢餓民を援助できるように、なぜ政府は教会に譲歩しないのか」。モスクワのロゴジスコ=シモノフ地区では『教会の金は何処に行くのか』とのビラが撒かれ、教会貴重品の収用は抵抗する寺院を標的にした掠奪であり、その結果「何百人ものロシアの人々が寺院の山門で打ちのめされ、何十人もが投獄されている」、ロシア人の大部分は掠奪された千分の一でも飢餓民に行き渡るとは信じていないと、そこに書かれていた。カリーニンは予定を早めて四月八日づけ暗号秘密電報で「モスクワで教会貴重品の収用が終了した」と通知した。それでも五月半ばまでにモスクワでは、金二プード三四フント四五ゾロトニク、銀三九五六プード八フント二八ゾロトニク、その他の貴金属四プード二八フント、ダイヤモンド四三〇二個、真珠一七四個、二三フント四九ゾロトニク、その他の宝石三〇四二個、一プード七四ゾロトニク、金貨五〇〇ルーブリ、銀貨四〇〇ルーブリが収用された。この数字はほかの地方を圧倒した。[xiv]

三月一九日づけ厳秘書簡でレーニンが、このキャンペーンで「何十年にもわたって彼らがいかなる抵抗も考えつかないよう」できるだけ多くの「反動的聖職者と反動的ブルジョワジーを」銃殺するほどよいと明言したように、大衆的抵抗運動を封じ込めるもっとも有効な措置は司法による「赤色テロル」であった。トロツキーは三月三〇日づけ教会政策に関する政治局への極秘覚書で、「シュヤなどの責任ある反革命的僧侶をチェカー的手法で処罰する」と臆面もなく「赤色テロル」の行使を命じ、四月五日の中央委政治局会議は、教会裁判の指導に関する特別委に司法人民委員代理クラーシコフを加入させることを決議した。これまで教会弾圧はゲペウーを中心に教会貴重品収用として実施されたが、それが行き詰まると今度は、司法機関による教会弾圧が本格的に稼働しはじめる。

　シュヤ事件の審理で中央執行委最高裁判所巡回法廷は、銃殺三人を含む一九人に有罪判決を審理の開始早々の四月二五日に下したことはすでに述べた。この判決を知ったカリーニンは翌二六日一九時五〇分発信「序列度外」電報で、中央執行委幹部会は革命裁判所に死刑判決の執行を停止するよう提案する旨を伝えた。同日カリーニンの電報を受け取った裁判長ガールキンは審理を暫時延期し、革命裁判所の判決に対し中央執行委は恩赦の権限を持っていたが、その最終判断を党中央委政治局に仰いだ。中央委書記スターリンは定例会議を待たずして五月二日づけ覚書で中央委政治局員に、シュヤ事件の審理で二人の僧侶に銃殺を下した判決があり、カリーニンは判決の破棄を、逆に、スターリン、トロツキー、レーニンは破棄しないよう提案していると伝えた上で、その賛否を投票にかけた。さらに、この覚書には小細工の痕があり、元々の「［中央執行委］幹部会は革命裁判所の決定を破棄することを提案し･･･」の文言にある、「幹部会」の文字は「同志カリーニン」の文字に塗りつぶされ、この判決破棄の提起が中央執行委幹部会からではなく、党中央委政治局員候補の肩書きしかないカリーニンの個人的提案であることが強調されたのである。その上、二人の僧侶への銃殺判決となっているが、実際にはもう一人のシュヤ市民が銃殺判決を受けたことには言及されなかった。同日の死刑判決についての投票結果は、レーニン、トロツキー、スターリン、モーロトフが賛成、ルィコーフ、トムスキー、カーメネフが反対となった。この決定は五月四日の政治局会議で承認され、厳秘扱いのこの議事録の第五項で、カリーニンの提案により二人の僧侶に関する五月二日づけ政治局決定が承認され、第二三項で、カリーニンが提案した革命裁判所法廷の判決を承認すると、執拗に死刑判決へのカリーニンの関与が強調された。それに根拠を持たせるため、今度はカリーニンを議長とする五月五日づけ中央執行委幹部会に、この決定を受け入れ三人の死刑判決は有効との決議を出させるほど入念であった。その意図は明白である。判決を中央執行委による恩赦の適用外にするとともに、教会弾圧に柔軟路線を主張する中央執行委幹部会の路線転換を誇示することで、トロツキーは国家最高機関を有名無実化し、レーニン=トロツキー指導部は教会資産の使途も含めて、それへの絶対的支配権を手に入れた。

執行が急がれた。中央執行委最高裁長官クルィレーンコは五月九日にイヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県裁判所に三人の刑の執行を打電し、県裁判所は翌一〇日二時に判決が執行されたと報告した。シュヤ裁判は教会弾圧を利用した一種の権力闘争であった。[xiv]

こうしてレーニンの最後で最大のキャンペーンの中で存命中でありながらも彼の絶対的支持の下に、トロツキーは党員大衆に知られない形で、党指導部内で実質的支配権を手に入れた。わずか数年前にはメンシェヴィキ指導者としてレーニンによって非難罵倒されていた彼が、である。この党内情勢が古参ボリシェヴィキに強い警戒感を抱かせ、レーニン亡き後の権力闘争に大きな影響を与えたであろうことは想像に難くない。

チーホン裁判

二月革命による専制の崩壊にともない新たな対応を迫られたロシア正教会において、一七年四月に宗務院は独立教会会議の招集が準備されていることを宣言し、そこで教会改革案が示されるはずであった。だが、八月一五日にモスクワ・クレムリンのウスペンスキー大聖堂で開かれた独立教会会議でもっとも重要な案件であった総主教制復興の構想は、合議的組織を求める激しい抵抗に出会い、この議論はペトログラードでの十月政変の知らせを受け取るまではてしなく続けられた。モスクワ蜂起の慌ただしい気分の中で、急遽とりまとめられた『ロシア正教会最高管理規程』により、教会管理はヒエラルヒー原理の宗務院と民主的原理の最高教会会議に委ねること、総主教制を復活させ総主教が教会を取り仕切ること、新たな総主教を選出することなどが決定された。

　この決定に基づき、何度かの予備選の結果三人に絞られた候補者のうち、最終的に一一月五日にモスクワにある救済者キリスト寺院で籤によって教会史上一一人目の全ロシア総主教に選出されたのが、モスクワ府主教チーホンであった。一八六五年にプスコフ県の村牧師の家庭に生まれ、トロペツコエ神学校を修了し、プガチョフ中等神学校に入り、その後ペトログラード神学アカデミーの最高教育を経て神学教育施設で活動し、一七年六月にモスクワ府主教区聖職者・信徒大会でモスクワ府主教に選出された彼（ベラーヴィン）が、総主教となった。スパッスク門にはまだ砲弾の後が生々しいクレムリンのウスペンスキー大聖堂で一一月二一日に彼の登位式が催された。

それ以後、反教会政策の下でチーホンは幾度もチェカーの尋問と勾留を受けたが、基本的には総主教の最終的排除には至らず、教会弾圧を嚮導した二二年三月一九日のレーニン厳秘書簡でもチーホンへの対応は監視に留まっていた。しかし、翌二〇日の政治局会議に提出されたゲペウー議長代理ウーンシリフトの報告覚書で、「宗務院と総主教の逮捕は現在現在時宜にかなう」と結論づけられ、この方針により三月二八日にチーホンはゲペウーに召喚された。そこで、二月二八日づけ親書への責任を問われ、「最高聖職者ヒエラルヒーである総主教チーホン（ベラーヴィン氏）に」、シュヤ事件を繰り返さないよう聖職者による非合法的敵対行動を停止させる措置を直ちに講じなければ、「ゲペウーと共和国司法組織からもっとも厳しい措置を招き、その際の流血の事態、大混乱、政府の措置への敵対行動の責任はまず教会政策を主導する者が負う」と、そこで公式の書面警告を受け取った。その頃、モスクワのバウマン地区では信徒の間で収用に反対するチーホンの書簡が出回っていた。この親書までは聖職者は比較的消極的対応であったが、これ以後混乱がはじまったとするゲペウーの判断に基づき、四月二五日づけ県裁判所への中央執行委最高裁回状は、収用への抵抗に直接的関与がなくとも地域の指導的宗教サークルの捜査を下命するとともに、事件に教会インテリが関与しているなら、「総主教チーホンや府主教ヴェニアーミンの親書」に絡めて摘発するよう指示を与え、教会裁判では特にこの親書との関係に教会関係者被告への尋問が集中した。[xiv]

モスクワでの教会貴重品収用に対する抵抗の廉で起訴された被告人の数から「五四人」裁判（そのうち司祭は一六人、中には一八歳の農婦とモスクワ・ソヴェト員一人も含まれた）と呼ばれる審理が、ベークを裁判長にルビャンカ近くの技術博物館で四月二六日にはじまり、その重要証人としてチーホンが再三召喚された。五月三日のゲペウー幹部会会議は、「貴重品の収用に抵抗した僧侶裁判の証人として総主教チーホンのモスクワ革命裁判所への召喚」を不充分と見て、より直接にチーホンをルビャンカに召喚し、二四時間以内の高位剥奪による教会からの追放と反革命的聖職者の追放の公表を要求し、これを拒否するなら反ソヴェト的行為の廉で彼を逮捕し、「裁判を受けている僧侶に対して中央執行委幹部会が示す柔軟路線に党中央委の注意を喚起する」と強硬路線を求めた。翌四日づけ政治局会議でトロツキー、カーメネフ、ベークの提案に基づき、モスクワ裁判について「僧侶に極刑を適用する」としたものの、チーホンに関しては「直ちに裁判にかける」との指示に留まった。モスクワ裁判での尋問調書によれば、二月二八日づけ『信徒への親書』の作成過程がチーホンに質され、彼は、すべての教会財産を取り上げる旨の中央委布告が出され、迫害がはじまり、わたしはこのことをカリーニンに書簡で訴えたにすぎないと応え、親書の作成により迫害されると想定していたかとの質問には、迫害は重要な意味を持たないと釈明した。審理期間中の五月四日に、『イズヴェスチャ』、『プラヴダ』、『労働者のモスクワ』編集部にトロツキーは大至急の極秘覚書を送り、その中でチーホンを首魁とする「君主主義的僧侶の陰謀」を明るみに出し、徹底的な反教会キャンペーンを紙面で展開するよう命じた。この裁判は五月八日に結審し、モスクワ県裁判所はこの事件で司祭、教区監督僧ら市民を含め一一人に死刑判決を出し、六人に禁固五年、一三人に同じく三年、一〇人に同じく一年の有罪判決を下し、一四人を釈放にした。[xiv]

判決の即日カーメネフはこの判決を破棄するよう政治局に提案した。中央委書記スターリンは直ちに政治局員全員に、「モスクワ裁判所は一一人に銃殺の判決を下し、彼らの大部分は僧侶である（僧侶八人、薪割り人、女性情宣活動家、肉屋台店主一人ずつ）。カーメネフは二人の僧侶に銃殺を限定するよう提案している」として、「わたし個人は判決破棄に反対である」との断りを入れて、彼らにカーメネフ提案の投票を求める至急秘密覚書を送った。その結果、レーニン、トロツキー、スターリン、ジノーヴィエフが反対し、トムースキィとルィコーフが提案に賛成した。極刑判決を受けた被告は最高裁上告部に控訴し、それは中央執行委幹部会会議で審議された後、「判決を受けた司祭［･･･････五人］に関して請求を棄却し革命裁判所の判決は有効である。死刑判決を受けた残り六人に対しては革命裁判所の判決を自由剥奪五年に変更する」との決定が下された。

五月一一日の政治局会議で、カーメネフによりこの問題が再提起され、モスクワ司祭について、「ア、判決の執行を中断する、イ、トロツキーは今年五月一二日晩までに事態を掌握し政治局に建議書簡を提出する」とのトロツキーの提案が採択され、カーメネフが提起したモスクワ裁判所の判決破棄の提案は、「裁判所の決定を承認する」とされた。一四日づけでトロツキーは、彼が個人的に選抜し、政治局会議で承認された三人委員会（ベーク、クラーシコフ、ウーンシリフト）が出した、上記の五人の「モスクワ裁判所の判決を減刑する方向で説得的な資料はないとの結論」に同意する文書を提出し、五月一八日づけ政治局会議はこの結論を了承し、刑が確定した。[xiv]

まもなくペトログラード府主教ヴェニアーミン（カザーンスキィ）が逮捕され、県革命裁判所法廷での審理が六月一〇日から七月五日まで開かれた。三月一五日にゲペウーは、彼について市無党派協議会で「貴重品収用に関する布告が実現された場合に、府主教は執行者に教会から破門するとの脅しをかけている。この通告は参集者からの満場の笑いに包まれた」と底意地の悪い報告をしたとしても、彼に対してペトログラード・コムポムゴルは寛容な態度を採っていた。ヴェニアーミンの列席の下に四月六日にスモーリヌィで開かれた同会議では、彼の提言に基づき、ポムゴル中央特別委のための教会貴重品の収用に信徒代表を参加させることが決議され、秘蹟に必要な教会貴重品は卑金属での代納を認めるなどの具体案も作成された。だが、シュヤ事件はこの関係を一変させ、その結果が彼の逮捕であった。このキャンペーンでそれほど大きな暴動が発生しなかったペトログラードであったが、未曾有の人数、八六人が被告席に就いた。彼らの中に府主教のほか、カザン寺院院長チューコフ、イサーク寺院院長ボゴヤヴレーンスキィらがいた。県革命裁判所は七月五日に「明らかに反革命的内容」のチーホンの親書に積極的に関与した被告一〇人に銃殺の判決を下した。この判決文でも、「旧暦二二年二月一五日づけ「ロシア正教会のあらゆる有毒ガス」に訴えた総主教チーホンのアピールが、その内容によって教会貴重品収用に対する大衆の憤怒を植えつけた」と、チーホンの罪状が繰り返し指摘された。七月一三日づけで中央執行委宛てに、「サマラにおける信者と聖職者の全体集会は、府主教ヴェニアーミンの一一人グループ［ママ］に対するペトログラード革命裁判所の死刑判決についての緊急声明を聴き、全ロシア中央執行委に対し減刑を要望することを決議した」と打電されたような減刑嘆願書が何百通も寄せられたが、無駄であった。このような嘆願書は文字通り束になってアーカイヴに残されている。改革派「活ける教会」の長司祭ヴヴェデーンスキィは七月五日づけジノーヴィエフ宛ての書面で、聖職者は「政治的観点から取るに足らず」、「銃殺はこれら教会聖職者の中に群衆にとっての殉教者を生み出す」との理由を挙げて、恩赦を求め、弁護人は控訴手続きの不備と彼の功績を理由に、最高裁に上告した。ガールキンらからなる「極刑判決を受けたペトログラード聖職者の減刑の可能性の問題に関する会議」は一二日に開かれ、判決を検討した後、「政治的判断により、忠誠心のある聖職者層、特に「活ける教会」グループの請願を最大限に善処する必要を認め」、六人を減刑し、四人の銃殺判決を「充分適正で理に適っている」と見なす結論を出し、七月一三日の政治局会議はこれを了承した（この議事録と一二日会議の添付資料は極秘扱い）

府主教の減刑を求める多数の請願にもかかわらず、中央執行委はすでにその権能の限界を悟り、この判決に公式な反対を表明しなかった。同幹部会はスターリンに判決の再検討を要請するよう書記エヌキーゼに託すと口頭で決議しただけで、八月二日づけ党中央委総会はこの要請を却下する決議を出した。八月一二日から一三日にかけての深夜にヴェニアーミンら四人は銃殺された。ペトログラードでの騒擾を恐れた当局は、囚人はモスクワに出かけたとの風聞を流し、銃殺直前には護送中に奪取されないよう身元を分からなくするため、彼らは衣服をはぎ取られ襤褸を着せられた。[xiv]

チーホンは五月六日に当時滞在していたトロイツク僧院で在宅起訴され、九日にそこを訪れたゲペウー秘密部職員に、許可なしにモスクワから出ず、その監視下に入るとの誓約書を提出させられ、後にドン修道院に隔離され、そこでの礼拝以外の宗教活動はできなくなった。彼の審理の過程で様々な政治的駆け引きが行われ、この審理に、党中央委政治局のほかに教会管理局政教分離に関する特別委（反宗教特別委・議長ヤロスラーフスキィ）が係わった。同特別委は二三年一月三〇日に第一回会議を開き、チーホン事案の捜査をゲペウーが行い、この審理を三月二五日までに終了することを予定したが、三月六日づけ会議は三月二五日に審理を開始し三〇日に終了するよう予定を変更した。これを好機として教会で旧暦に替わり新暦を用いさせるような教会改革も提案され、その受容もチーホン釈放の条件となった。四月一〇日の会議は、彼をドン修道院からゲペウー内監獄に移送し、それまで軟禁の警備を強化し、チーホン裁判を党大会終了後に開始すると決定した。

この時期、チーホン事件の扱いが政治局会議で頻繁に取り上げられるようになり、その議事録のほとんどに「厳秘」、「極秘」のスタンプが押されるようになった。その一つ、四月一二日づけ同厳秘議事録によれば、死刑不執行のチチェーリンの提案は棄却され、チーホンにもっとも厳格な責任を負わせて事件を審理するよう最高裁に指示を与える旨を中央委書記［スターリン］に委ねた。そこでは不執行の理由は明示されなかったが、二〇日づけスターリン宛ての書簡でチチェーリンは、四月にカトリック大主教ブトケーヴィッチを銃殺にしたときの欧米諸国での大きな拒否反応を列挙して、「要するに、チーホン裁判で死刑判決を出すのはあらゆる点でわが国際情勢をさらにひどく悪化させる」との外務人民委員部の判断を通告した。二一日づけ政治局への覚書でヂェルジーンスキィもこの判断を支持しより慎重な対応を求め、ルィコーフを除き、ジノーヴィエフ、カーメネフ、トロツキー、スターリン、トムースキィ、カリーニンがこの提案に賛成した。六月一二日の反宗教特別委会議は、チーホンが自らの犯罪を悔悟し、いくつかの教会改革に同意するなら、「彼を釈放しヴァラアム僧院に移し、彼の教会活動を禁止しない」とし、二六日づけ会議で彼を六月二七日に釈放する決定が下された。この時期にロシア世上の話題はもっぱらチーホン裁判の行方であり、一七日づけチェカー秘密部第六課の極秘報告によれば、様々な不穏な噂が流れていた。審理はモスクワでの物騒な雰囲気とポグロムの恐れのため回避される、チーホンは銃殺判決を受けるが、すでに西欧ではじまったセンセーションと「外国の」外交的介入によって銃殺は回避されるであろう、裁判全体が茶番で人為的にでっち上げられた、と。チーホン裁判に関して「あらゆる盛り場、バザール、居酒屋、教会で無秩序状態と労働者のポグロム的気分の可能性についての風聞が抑えようもなく広まっている」[xiv]

結局、チーホンは殉教者にならなかった。だが、それは彼にとってきわめて屈辱的であったにちがいない。六月一六日に共和国最高裁に提出した、「わたしは君主主義的環境で涵養され、自身の逮捕まで反ソヴェト的人々の影響下に置かれ、実際にソヴェト権力に敵意を抱き、そこで消極的状態から徐々に怒りは、一八年のブレスト講和に関する呼びかけ、同年の権力に対する破門、最後に二二年の教会貴重品収用に関する布告に反対するアピールのような積極的行動に移った。［･･･････］わたしは反国家的なこれらの行動を懺悔し、最高裁にわたしへの強制措置を変更するよう、すなわち、わたしを監視から解放するようお願いする。ここでわたしは最高裁に、わたしは今ではソヴェト権力の敵ではないことを明言する。わたしは最終的に断固として国内外の君主主義的白衛軍的反革命と絶縁する」との公開懺悔を強いられ、これを条件に同月二五日づけ最高裁刑事事件司法部の決定により彼は強制措置を解かれた。最終的に、二四年三月二一日づけソ連邦中央執行委幹部会決議により「自らの反革命的行為をおおやけに懺悔し」、「正教会からの労働者と農民大衆への広汎な影響力が決定的に弱まった」ことを理由に挙げ、チーホンの審理は停止された。肉体的抹殺だけでなく、精神的破壊を目指すのも「赤色テロル」の特徴の一つである。

チーホン釈放後の雰囲気をゲペウーは次のように伝えた。「彼の釈放とソヴェト権力に対する彼の懺悔という事実は、ロシア並びに諸外国で黒百人組的聖職者と君主主義的陣営を当惑させている。チーホンは力ずくで懺悔に署名させられた、チーホンは理性を失ったとの風聞が広がりはじめている。そのため今後ドン修道院の「総主教」の活動は広まらないであろう」[xiv]

収用キャンペーンとは何か

チーホンの逮捕後も教会貴重品収用キャンペーンへの民衆の抵抗は続いた。それに対し、二二年五月四日の政治局会議はキャンペーンの進捗に関するトロツキーの報告を聴き、その実施の遅延に対し関係者全員への譴責決議を出した。キャンペーンの予定終了期限が迫った八日の特別委ビューロー会議は収用の停滞に関して、「パスハ［ロシア正教の復活祭、最大の祝祭日。二二年は四月一六日］以前の収用にとっての好機は、中央委の電報によれば、逸してしまったことを確認する。パスハの時期に収用活動は停止した」ことを認めた。これを受け、翌九日に中央執行委議長名で、「教会貴重品の収用はヨーロッパ部分で五月一日、シベリアでは五月後半に終了することが決定された。だが、この期限が過ぎたにもかかわらず、収用は今日に至るまで許し難い怠慢が続いている。五月前半に収用を終了するよう活動を促進するよう命ずる」との、暗号電報がすべての県委と県執行委に送られた。ブリャンスク、コストロマ、ウラリスクなど多くの地方でパスハの祝日期間に収用活動は停止していたが、再開後もヴラヂーミルやヴォログダで活動は停滞し、チュメニではキャンペーンは県委決議によって停止された。オリョールから報じられるように、この時期は教会側からの情宣活動も止んでいたが、当局はこれを利用することができなかった。以後大量に発生したのが、教会貴重品の隠匿、権力からの表現によれば、窃盗である。タムボフ県コズロフ市で犯人不詳によって二教会で窃盗が行われたため、反キャンペーン情宣の廉で若干の司祭が逮捕された。同郡の別の教会で錠前が破られ窃盗が行われ、輔祭と門番が容疑者として浮かんだが逮捕には至らなかった。ヴォログダ県ではパスハに入りようやく窃盗は止んだ。このような実例が各地から多数報告された。そして、この時期に流布していた様々な風聞は、このキャンペーンの目的をある程度正確に掴んでいた。チェリャビンスクでは「教会貴重品は様々なツァーリの負債に充てられる」と、ルィビンスクでは「飢餓民のためでなく、この前の帝国主義戦争の負債の支払いに充てられる」と、ウラリスクでは「コムニストは集められた貴重品を、その一部は飢餓民用の穀物の購入に使うが、外国債の支払いに使いたいと思っている」と囁かれていた。

収用キャンペーンの行き詰まりは、以後教会弾圧キャンペーンを聖職者の直接的弾圧へと方針を転じさせるきっかけとなった。中央では「見世物」裁判が横行し、地方でも多数の司法的弾圧が実行された。コストロマ県ヴァルナヴィノ郡シュウグ村で信徒は貴重品を引き渡さないことを決議したため、議長である僧侶が逮捕され、革命裁判所法廷に送致された。五月二日にタムボフ県シャツク郡の村で教会貴重品収用に農民が反対し、部隊との衝突が発生し、群衆のうち一人が死亡し三人が負傷した。犯人と煽動者が逮捕され、革命軍事裁判所巡回法廷に引き渡された。ペンザ市で教会貴重品収用の際に僧侶が逮捕され、それに反対する情宣運動がさまざまな地方で起こり、捜索が行われた。[xiv]

タムボフ県でのキャンペーンの様子は六月三日受領の県特別委からの極秘報告書で次のように描かれた。「収用は県の一一郡で終了し、スパッスク郡だけを残している。そこでの活動は近日中に終了する。この郡の不首尾は活動家の苦しい事情によって説明される。収用は組織的手続きで行われ、多くの場合に過剰行為はなかった。活動はそれ自体が厄介でデリケートで特別な忍耐としかるべき戦術が求められた。中央の指令で明確な指示が与えられず、具体的指令がなく、それに頼ることができず、時々の状況判断で行動しなければならなかった。戦前のリストを多くの教会は持たなかった。［･･･････］教会でリストに記載されている資産が摘発されても、リスト作成後に獲得したとする事例があり、そのようなリストは指針のためには役に立たない」。正確な規範がない分だけ、無意味な聖職者の逮捕が相次いだ。「タムボフ市。収用は過剰行為なしに行われ、司祭と教会会議の一部に裁判所送致が頻出した。タムボフ郡。ベロメストナヤ=ドゥヴォイカ村で教会什器と若干の教会貴重品の窃盗が行われ、司祭が逮捕され、審理が行われている。収用は順調に進んだ。コズロフ郡。大衆集会のときに郡委員は殴打されそうになった。寺院で什器が盗まれ、隠匿物は発見されなかった。ゲペウーによる捜査が行われ、教会監督僧とそのほか司祭、教会会議メンバーが逮捕された。［････････］シャツク郡。ベロレチンスカヤ郷で四月二日に［ゲペウー県支部］政治部から到着した特別委員が殴られ、調査官は群衆によって追い払われ、五月二日に首謀者を逮捕するため三〇人からなる特殊任務部隊が派遣された。部隊の到着後、群衆は三叉、棒杭、猟銃で抵抗し、抵抗の際に市民一人が死亡し、数人が負傷し、特殊任務部隊の一人が負傷した。教会貴重品は収用され、一九人が逮捕され、審理が行われている。［････････］エラチマ郡。教会貴重品の収用に関する特別委に対して武装蜂起があった。ゲペウーと特殊任務部隊によって鎮圧され、特別委の若干のメンバーが負傷した。信徒グループのうち数人が逮捕され、現地で審理が行われている。収用は完了した」。このような弾圧措置を行使して五月初旬までにタムボフ県で金四フント、銀四二プード七フント四二ゾロトニク、その他の貴金属二プード五フント七九ゾロトニク、ダイヤモンド五八個、真珠四一八ゾロトニク、その他の宝石八フント四ゾロトニク、銀貨二六〇ルーブリが収用された。[xiv]

　今度は各地で聖職者が過去や現在の様々な罪状で摘発され、彼らの徹底的解体がはじまった。「バルナウルでコルチャーク時代に、ポグロム的論文を掲載していた黒百人組的新聞に積極的に関与した長司祭ドーリンの指導によって、教会貴重品は女子修道院に隠匿された」。トムスクで「主教ヴィークトルと彼の側近有志の反革命的活動の結果、多くの教会で教会貴重品の収用の際に聖職者と信徒は抵抗した。一揆を組織しようとのいくつかの試みがあった」。「革命裁判所は主教ヴィークトルと聖職者［･･･････六人］を勤労者に対する重大犯罪の廉で有罪と認定した。ソヴェト権力とソヴェト=ロシアのすべての良心的市民が、飢饉にあるヴォルガ地方の苦難を和らげようと全力を尽くしている時機にこれら犯罪が行われたことを考慮し、労農裁判所は主教ヴィークトルと六人の司祭に極刑の判決を下した」。「バルトで教会貴重品収用キャンペーンに関連して、反革命的情宣と挑発的風聞で告発された七〇人の司祭の審理が終了した。被告人は恩赦の適用なしに禁固五年の判決が下った」。「ポルタヴァで司祭ゼレンツェーフの裁判が一〇日間続いた。ポルタヴァの僧侶は収用への抵抗を試みた。［･･･････］僧侶は第一に、教会貴重品の収用に抵抗し、第二に、白軍の求めに応じてヴラーンゲリのスパイ将校［氏名略］に教会の教会貴重品の一部を引き渡し、第三に、ソヴェト権力に反対する教会内での情宣、第四に、ソヴェト権力との積極的闘争と白軍のための説教の廉で告発されている。［･･･････］裁判所はゼレンツェーフに銃殺の判決を下した」。「八月一四日にブリャンスク人民法廷でいくつかの事件が審理された。教会貴重品隠匿の廉で修道士、修道女、教会信徒、教会会議メンバーが召喚された。最初にポグレボフ村の事件が裁かれた」。すでに述べたパルゴロヴォでの僧侶の審理を新聞は次のように報じた。「九月二七、二八日の二日間にペトログラード近くのパルゴロヴォで、人民裁判所特別巡回法廷によって長主教ザルニーツキィを首魁とする悪魔のような教会関係者の世間を騒がせた事件の審理が行われた」。「劇場『プリマ』の大きな建物に憎むべき地元僧侶の悪事の露見を覗こうと大衆が大勢集まった。三時間の審議の後に法廷は次の判決を下した。司祭ザルニーツキィに権利の制限五年をつけての自由剥奪、教会執事［･･･････二人］に自由剥奪一年、監査特別委員に執行猶予一年」

　教会裁判は二二年に大飢饉に覆われたロシア全土で行われ、同年半ばまでに二三一件の裁判が行われ、七三二人が被告席に座らされ、有罪一四九人、そのうち四四人が銃殺された。二三年には二二年に比べて聖職者と信徒の銃殺の数は少なくなったとはいえ、抑圧は弱まらなかった。反宗教担当のゲペウー秘密部第六課だけでも三〇一件の捜査が行われ、三七五人が逮捕され、行政手続きで一四六人が国外を含めて追放された。二四年末までにロシアの全主教の約半分、六六人が監獄とラーゲリに収監された。[xiv]

　レーニンとトロツキーの様々な思惑により教会の排除と解体、聖職者への徹底的弾圧が行われたが、現在の研究者は一様にこのキャンペーンが、飢饉救済としてはまったく無意味であったと指摘する。このキャンペーンが一段落した二二年五月にＡＲＡ広報責任者は、「ソヴェト政府がカニバリズムを当時大きな脅威と見なしていなかったという証拠は、彼らが外国での穀物購入のために自分の現金を支出しないことによっても確認され、さらに現在彼らは教会から一億ドル近くと想定される貴金属と貴石を集めたが、外国からの穀物のためにこの宝飾を交換しなかった事実によっても確認される。この宝飾はクレムリンに積み上げられているか、近々積み上げられることになろう」と報告した。[xiv]

二二年九月七日の政治局会議で、ポムゴル中央特別委を清算し、全ロシア中央執行委幹部会に飢饉後遺症(ポスレゴロダ)との闘争のための特別委を設置するよう命ずる決議が出され、同日づけで中央執行委幹部会は、ポムゴル中央特別委とコムポムゴルを今年一〇月一五日までに清算し、飢饉後遺症の根絶のためにカリーニン、ヴィノクーロフ、スミドーヴィッチからなる特別委を設置することを決定し、このことを回状で地方に通達した。続いて二八日に「飢饉後遺症との闘争委員会（ポスレゴロダ）」設置に関する中央執行委決議が出され、三〇日づけ『イズヴェスチヤ』の説明によれば、その目的は「破壊された農場を再建し、貧しい住民、特に戦争、労働、飢饉の身障者、援助のない子供を飢饉地域から移住させるのを支援すること」であった。中央執行委議長カリーニンは、「非常措置の結果、飢饉は終息した。ヴォルガ流域とクリミアで一〇四八万デシャチーナが播種され、一四〇〇万人以上の飢餓民が扶養されて餓死から救済され、飢饉を蒙った地区は再び生命を取り戻している」と、この清算に関するアピールで飢饉の終息を宣言した。[xiv]

だが、あまりにも早すぎる終息宣言であった。八月にサマラ県プガチョフとバラコヴォ郡を調査して、ＡＲＡは「飢饉は決して根絶されていない」と結論づけた。キルギス共和国で二二年の播種面積は二〇年の半分しかなく、一デシャチーナ以下の秋蒔き面積しかない経営はサラトフ、サマラ県、チュヴァシ州でそれぞれ四五・七、二八・九、六九・二％を数え、サマラ県では二二年の収量は一人当たり九プードを超えなかった。ヴォチャーク州から、二二年の収穫は農村住民一人当たり九プード以下で、「現状から住民は自力で抜け出すことができない」と訴えているように、餓死者をともなう飢饉は依然として各地で認められていた。ヴォロネジ県で一九一〇年に二七九万八〇〇〇デシャチーナあった播種面積は低減し続け、二一年に九八万六〇〇〇（一〇年比の三五・二％）、二二年になると九〇万九〇〇〇デシャチーナ（同じく三二・五％）に落ち込んだ。一〇月に北西部州［チェレポヴェツ、ペトログラード、プスコフ、ノヴゴロド、オロネツ県、カレリア勤労コミューン］経済会議が「春に州を襲った災害と昨年よりも著しく低い収穫のため」食糧税の縮小を要請したように、所によっては二二年の収穫は前年よりも少なかった。飢饉によって大量に清算された家畜の状態はさらにひどく、チュヴァシ州で二二年に必要な役畜の四六％しか充足できず、タタール共和国では二〇年に比べても家畜頭数は五五％しかなかった。ウクライナの飢饉県の一つ、ザポロジエ県執行委会議で、二二／二三年度の穀物バランスは二一九一万二五〇プードの不足となり、二一年に比べて役馬は六六％減少し、五〇万の飢餓民が残されていると報告された。ウクライナの飢饉五県で七月に飢餓民は三八〇万人を数えた。[xiv]

この時期尚早の決定の背後には次の事情があった。六月にロシア解放委員会が出した評価によれば、大飢饉によってロシアの輸出入バランスはきわめて逼迫していた。二一年には一三年と比較して、輸入は一三兆七四〇〇万ルーブリから二兆四八五五万七〇〇〇に、輸出は一五兆二〇〇〇万から二〇二八万三〇〇〇ルーブリに激減した。二一年一月から一一月間の輸入量は八三万六〇〇〇トン［約五万一〇〇〇プード］であったが、すでにヴォルガ流域の飢餓民援助に六月二五日づけ政治局会議で三万から三万五〇〇〇プードの穀物の国外での緊急買付が決定され、徐々に食糧輸入の割合が高まった。一〇月の輸入量のうちそれは三八・七％、救援物資は七・八％を占めた。一三年の輸入量のうち食糧（家畜を含む）が一八・六％しかなかったことを考えれば（最大は金属製品の二五・七、繊維製品二二・八％と続く）、この輸出入バランスは経済復興にとって憂慮すべき要素であり、早急の飢餓民援助の打ち切りと経済復興への直接的投資が喫緊の課題となった。[xiv]

内戦終了後の経済復興が俎上に載せられた二〇年一二月一一日の人民委員会議で、ラトヴィアとリトワニアとの貿易のために石油と穀物を輸出することが検討された。その時でさえ播種不足による食糧危機は充分予測できていたが、以後の危機の深化と大飢饉の発生により、この計画は実現されなかった。逆に増え続ける食糧輸入の増加はロシアの外貨ファンドを払底させ、そのため、教会貴重品収用キャンペーンは金ファンドを増やす唯一の機会に思われた。このキャンペーンが実施されたときに撒かれたビラに、レーニンの厳秘書簡と同じ内容のトローツカヤの次の言葉が引用された。ジェノア会議に紙幣が要りようで、「新たな革命的基金を創設する必要がある。なぜなら、金(きん)によってのみわれわれはわが権力の認知を得るができるので」。だが、トロツキーにとってこれはあまりにも露骨な表現に思え、このキャンペーンでことさらジェノア問題が強調されることに警戒感を抱き、五月一五日づけ政治局員への極秘書簡の中で追伸として、この重要な時期に「もっとも些末なジェノアの戯言が紙面一面を占めている」［強調は原文］この軽率さを非難した。[xiv]

だが、トロツキーが策謀を巡らせても、実際に利用できる教会貴重品からの金ファンドは彼が予想していたほどではなかった。キャンペーン自体に莫大な支出があり、合計約三二〇〇カラットのダイヤモンドが約四万六五〇〇ルーブリと評価されたときに、二二年四から九月までのキャンペーンに七五〇万一〇一八金ルーブリが支出され、さらに、党とソヴェト機関の強化に流用され、このとき機関職員の給与や手当は潤った。[xiv]三月の二週間でポムゴル中央特別委が金二フント余、銀製品二二フント、金貨五枚、金時計四個、一〇二二ロマノフ・ルーブリ、九四〇ケレンスキー・ルーブリ、二米ドルを受け取ったうち、飢餓民救済の会計に財務人民委員部によって一八五六ルーブリ六四コペイカが払い込まれただけで、収用された金が溶解されたように、換金された基金も内外で溶解した。これはゲペウーも例外ではなく、この機関さえも物質的欠乏から免れることはできず、軍服は必要枚数の五％しか確保できず、チェカー幹部会は外国で装備を買い付けるため、外貨から一八〇万金ルーブリを割くよう冬を目前にした二一年九月に党中央委に要望した。

新たな財源探しがはじまった。二二年収穫もまだ不透明な二二年七月六日の党中央委政治局会議で、カーメネフにより穀物輸出が提起され、このため穀物買付キャンペーンを当面の最重要任務と認める決議が出された。穀物輸出再開のためには飢饉は解消されなければならず、これから間もなく、八月二四日の政治局会議でポムゴル中央特別委清算に関する問題が提起され、九月七日の同会議でポムゴル中央特別委の清算とそれに替わる飢饉後遺症特別委の設置が決定されたのは偶然ではない。こうして、穀物輸出がはじまった。「基本的に飢饉後遺症が根絶された二二年末にようやく穀物の輸出が可能となった」とソ連時代の文献に書かれたように、早すぎる飢饉終息宣言の下で一〇月二五日国防会議政令により、穀物一〇〇〇万プードが初めて輸出された。ネップにおける経済復興のための資金調達はこのようにポムゴル中央特別委の清算とともにはじまった。[xiv]

ＡＲＡ歴史担当官フィッシャーは、「これは飢饉救済中断の声明であった。抗議の波が高まった。典型的なのが次のようなシムビルスク県コルスン郡からＡＲＡに持ち込まれた不満であった。一九年の豊作で評価された税［正しくは割当徴発］は四七万プードで、そのうち実際には三五万プードが徴収された。だが飢饉の後の二二年にまずまずの収穫で算定された税は六九万八〇〇〇プードであった。同様なことが別の県でも見られた。税負担は県にとって耐え難く、政府が救済を中止するなら、収穫がたとえ良好でも飢饉状態は再び訪れるであろう」と、ソヴェト政府のこの措置を非難した。

二二年夏に凶作罹災県で実施された栄養調査によれば、「通常の条件で人体を維持するのに必要なカロリー数は二五〇〇カロリー」とされたが、栄養状態は改善されたとはいえ、深刻な凶作の被害県では農村成人は一三八〇カロリーしか摂取できなかった。ウファーから九月に「飢饉は二一年より悪化している。状況は悲劇的である。迫り来る冬の飢饉はこの冬の飢饉より厳しいであろう。ＡＲＡ給食の継続が絶対的に望まれる」と通知されても、ＡＲＡの活動は縮小され続けた。二四年に開かれた子供の状態と救済措置に関する特別委は、子供に対する社会的支援が激減し、救済基金は六万二〇〇〇人分しかなく、赤軍は傷痍軍人の救済に主要な関心を抱いているので子供の被扶養者はさらに減少するおそれがあり、孤児と援助を必要とする子供が急増しているのに反比例して子供施設の数は激減し、食糧配給は基準の半分もないと、その危機的状況に警鐘を鳴らした。[xiv]

二二年一〇月五日の政治局会議で、ＡＲＡ機関の最大限の人員削減が決定された。救援活動は「飢饉が語り種になるまで続ける必要がある」との、第九回ソヴェト大会でのカリーニンの発言は悲しい虚語となった。二二年末に外国援助についてヴィノクーロフは第一〇回ソヴェト大会代議員を前にして、「これは現在では大きくない。外国組織は一三〇万人しか養わず、外国援助はわれわれには非常に負担であり」、輸送費と外国組織への支出に費やされ、税収は三、四兆ルーブリしかないのに輸送費に一〇兆ルーブリかかり、赤字であると、ＡＲＡによる財政圧迫を公言するようになった。

だが、この厚顔無恥な嘘を見破るのは難しくない。七月のハーディング大統領へのフーヴァーによる中間報告に基づく、ＡＲＡは約三二五万の子供と五三〇万の成人を扶養したとする数字と同様に、財政負担に関する数字も容易に覆すことができる。ポムゴル中央特別委は解散時に、国家によって現物供給された種子用穀物五三八八万九〇〇〇プード、種子馬鈴薯四〇〇万プード以上と食糧用穀物約二六七〇万プードのほか、特別飢饉税により七兆ルーブリ以上、教会貴重品の一部が換金された八兆ルーブリ、民間の寄付は穀物などの物資以外に現金七兆六二〇〇万ルーブリがあったと報告した。特別税収と併せて教会貴重品の一部を換金しただけでも、飢餓民援助を継続するに充分な資金を持っていたことになる。資金不足による飢餓援助の中断は方便にすぎず、これ以外にも聖職者の寄付集めによる二兆ルーブリが一一月に歳入に組み込まれたとのポスレゴロダ特別委の報告に、彼はまったく触れなかった。二二年七月で金二六プード一二フント五三ゾロトニク、銀二一一一八プード一〇フント一八ゾロトニク、その他の貴金属九三プード三フント六二ゾロトニク、ダイヤモンド（三二六五六個）一五二五カラット二五ゾロトニク、真珠（五八四九個）一〇プード九四ゾロトニク一〇〇カラットの教会貴重品が没収され、そのうち、ＡＲＡが完全に撤収した後の二四年一月一日現在、一一三万六一四八金ルーブリ六五コペイカの換金されない教会教会貴重品がまだゴフランの保管庫に眠っていた。[xiv]

　むすびに替えて

　大飢饉にもかかわらずネップの実施によって、農民経済はゆっくりと回復傾向を示していたのも事実である。党中央委は第一一回党大会決定に基づき二二年に典型的農業地方九ヶ所で大規模な農村調査を行い（そのうち、ポルタヴァとクバニは調査官の病気を理由に、調査は実施されなかった）、それによれば、クルスク県ニコリスカヤ郷で、「新経済政策は内戦の終了と昨年の順調な収穫に関連し、農民経営の向上にとっての基盤を創りだした」とされ、内戦の終了にともない二二年には働き手の数は一七年の五七七人から八七二人に、穀物を販売する農民は一七年の五三人から一五五人に増えたと、農業復興でいくつかの指標が挙げられた。もっとも、クルスク県は飢饉の影響をほとんど免れ、ヴォロネジ県執行委議長の表現によればヴォロネジより数倍収穫のよい例外的県ではあったが。[xiv]

この事実はおもに禁圧されていた市場の復活によって促され、ＡＲＡ調査官はその模様を次のように描いた。「徐々に市場は元の姿を取り戻した。最初は農民が自分の生産物を販売し、そこで農民と交換するわずかな物を持つ人々が現れ、次いで小さな商店主が勇気を出して売店boothを開設し、このようにしてバザールは拡大し、今ではそれは大きな広場を埋め尽くし、街路に溢れ出るまでになった」。オムスク県の二一年一一月の光景は、「市内で投機は以前と同様に繁栄している。カフェや小売店が次々と開設されている。そこでは国民経済会議や県食糧委にない品物まで何でも好きな物を手に入れることができる。郡では穀物と家畜の投機が見られる」と県チェカーから報告された。そのようなネップの展開は、九月にイシム郡党組織で、「本質的にはもっとも貧しい農民には何も与えず、交換するものを持つ富裕な農民にのみ利益をもたらしている」と語られた。

二二年初めにはモスクワの通りの光景はロンドンやパリのそれになぞらえられた。二一年秋にタタール共和国に出向き、翌年一月にモスクワに戻ったＡＲＡ調査官は、廃れていた旧商店街のこの間の煌めくような変貌に驚きを隠さなかった。通りを着飾った人々が散策し、商店に品物が溢れた大都市の賑わいは別にしても、地方都市でもバザールや市場に人が溢れ、この時のロシアは繁栄と飢饉の不思議な共存状態であった。飢饉に認定されたシムビルスク県スィズラニ市の様子を目撃者は次のように描いている。「一見すると市内に飢饉の兆候はない。クリスマスだ。着飾った人々が通りを闊歩している。［･･･････］陽気に着飾った群衆が劇場近くでたむろしている。満足しきった笑い声、楽しげな語らいが光り輝くレストランとカフェで聞かれる。それに大量のワインが飲み尽くされている」。このような共存はほかでも見られた。二一年一一月にヴォロネジ県ザドンスク郡執行委機関紙は次のような奇妙な光景を掲載した。「穀物がない。センノフスカヤ郷マスロヴキ村で、穀物がない、われわれはアカザを食べ餓死しているといって、大勢が食糧税の支払を拒否している。それでも、わたしは以前この村に出かけて若者が壮大な夕べを催すのを見かけた。ブリン［パンケーキ］を焼き、彼らの何人かは酔っぱらっていた。饗宴の終了後に、彼ら全員がアコーディオンを持って街頭に出て陽気に騒ぎはじめた」。こうして豊かになった民衆は餓死者を悼む気持ちも失せてしまったと、この記事は嘆いた。[xiv]

　このような対比は権力者と民衆の間にも認められた。ウラルのある研究者は「ボリシェヴィキが常に人民のためにその名の下に行動したという考えにわれわれは久しく慣れてきた。人民は飢え、政治局員、人民委員も飢え、レーニン自身も飢えていた、と。真実と嘘を腑分けし、すべてを真剣に検討する時が訪れた」として、「党中央委書記局の最高位にある活動家のきわめて苦しい食糧事情を考慮し、彼らのために食糧の定期的な月間給付を確保する必要がある」との理由で、飢饉時には信じがたい食糧を要求した事実を指摘する。一ヶ月当たり「砂糖四フント、茶四［正しくは二分の一］フント、ライ麦粉二〇フント、バター三フント、チーズまたはハム四フント、乾燥野菜五フント、塩一フント、普通石鹸二個［正しくはフント］、化粧石鹸二個、吸い口タバコ五〇〇本、マッチ一〇箱」。「積荷目録にワイン、ブランデー、ゆで豚などのデリカテッセンが見える」。同文献でこの事実は典拠なしに引用されたが、これに小麦一〇フント、碾割り一〇フント、肉一フントを加えた食糧を、向こう三ヶ月間一〇〇人分を党中央委書記局幹部のために食糧人民委員部から放出する要請を、二一年六月二九日づけで党中央委総務部は中央執行委書記エヌキーゼに求めた。九月一五日の中央執行委幹部会会議で、クレムリン食堂のための野菜調達に一億ルーブリの支出を求める中央執行委食糧部の申請は予算外として認められた。二月の労働者騒擾に関するレーニン宛ての覚書でポドヴォーイスキィとメホノーシンは、労働者はコムニストに「圧力をかければ、必要な物は出てくる」と語っている事実に触れ、コムニストへの特恵的配給券、「コムニスト貴族への」独立家屋の独占的引渡しという不公平の是正を求めたが、この提言は二月二五日の党中央委総会で却下された。飽食の権力者と飢えた民衆との乖離は超えがたいものがあった。アメリカのロシア解放委員会は二二年六月に、二一年一一月の労働者の実質賃金は革命前に比べて四四％以下に低落し、ソヴェト職員と労働者の特権グループのみが現物支給を享受していると指摘する。ネップの中で「党上層部」への特権はさらに拡大され、二二年八月に開かれた第一二回党協議会で、上級党活動家に対して物質的条件を改善することが決議された。[xiv]

　ソヴェト国家の繁栄は両首都の復興とほとんど同義であった。モーロトフは二一年七月六日づけで買出しのために「架空の出張」を利用して党員をモスクワに派遣するのを禁ずるよう地方党組織に指示を与えた。プスコフから二二年四月に、市内での物価はペトログラードと同じかそれより高いのに、ペトログラード県の労働者の賃金は平均してプスコフの三倍以上で、大衆消費財を受け取っていない労働者の間に大きな賃金格差に対する「強い憤り」を招いていると伝えられた。通常ネップの成功として伝えられる大都市の繁栄の影に民衆の無数の苦しみが隠されている。それでも二一年夏以後、生きること自体に疲弊し、これまでの「赤色テロル」による弾圧措置は民衆の活力を奪い取り、労働者の政治活動はアパシーに陥り、民衆の不満はほとんど顕在化されなくなった。[xiv]

　このような不満の一つに二二年春に全土で認められた激しい物価高騰による生活苦があった。特に平時でも勤労者の家計支出の半分以上を占める食品価格の騰貴は強い不満を生み出した。二一年八月六日づけで労組全ロシア評議会は修理工の賃金を二万八〇〇〇から五万六〇〇〇ルーブリに引き上げたが、当時のパン価格はサラトフでフント当たり三〇〇〇ルーブリであった。食糧物価はその後も賃金に比べて加速度的に高騰し、トムスク市場で一二月一日に三〇〇〇ルーブリの黒パンは同月末には一万ルーブリに、二二年三月半ばにシムビルスク県で黒パン七万、白パン一六万ルーブリにもなった。オムスク市から「信じがたい消費物価の高騰はソヴェト職員と労働者に憤怒を引き起こしている。なぜなら、新たな賃率で支払われる給与では麦粉一プードも手に入らないので」と、タムボフ県から「協同組合に食糧がなく市場価格が不断に騰貴しているため、きわめて強い不満がある」と報告されたように、これは労働者の間に反ソヴェト的気分を生み出す要因となった。エカチェリンブルグ県から「飢饉地区で党活動家はパンを手に入れることに熱心になり、党活動は完全に死滅した」と伝えられるように、地方の党活動はそのため衰弱し、二一年一一月末にクリミアからポムゴル中央特別委に、「食糧のクリミア市場への流れはごくわずかなために、それらの価格は法外に高い。現在国家供給から解除されすでに栄養失調になっているクリミアの子供たちがもっとも苦しい状態を味わっている」と救済を訴えたように、物価高騰の阻止が経済的にも政治的にも焦眉の課題となった。二二年一月にイヴァノヴォ=ヴォズネセンスク県ユリエヴェツ郡ルフ地区で、物価高騰と供給不足を理由に農村教師全体集会は学校の閉鎖を決議し、ストライキ委員会を選出した。[xiv]

　その一方で、二一年夏以後市場の復活とともに各地で紙幣不足が頻出した。ヴォロネジ県では秋蒔き穀物の収穫がはじまっても生活は改善されず、すでに切実な紙幣不足が認められた。この傾向は次第に強まり、オムスクで紙幣不足のために工場労働者に四ヶ月以上も賃金が支払われず、ペトログラード、オリョールなど各地で賃金の不払いは労働者の強い不満を引き起こしていた。これも党活動が衰退する要因となり、ドイツ人コミューンから九月に、「ソヴェト活動は、職員の逃亡、飢饉による疲労困憊、紙幣不足のために停止した」と伝えられた。紙幣不足の解消には現行紙幣を増刷しなければならず、だがそれはインフレをさらに昂進させ、ネップの確立とともにソヴェト政府は新たなジレンマに直面した。ゲペウーは党中央委に二二年一月の共和国の国内情勢について、「厳しい食糧危機、配給基準の縮小とその給付の中断、その他が当然にも引き起こす尖鋭化のほかに、労働者の気分に影響を与え、上記の彼らの気分の悪化を招いた本質的原因は、しっかりした最低限保証を確立しようとする試みを頓挫させ、地方での貨幣危機を依然として強め、ほとんど至るところで労働者への給与の支払いの遅れを引き起こしている市場価格の不断の高騰である」と伝えた。[xiv]

こうして、ネップによる経済復興には市場経済の健全化、まず通貨改革が不可欠であり、そのためにはその担保となる貴金属が求められた。二一年一一月一一日に開かれた党中央委政治局会議の金ファンド特別委の報告は、安定通貨の実現にはほど遠く、きわめて厳しい財政事情を明らかにした。「九月はじめで金ファンド（金、プラチナ、銀、宝石など）は三億二九四〇万金ルーブリと評価された。一七年十月革命直前でロシアの金貯蔵は一一億八一三〇万ルーブリと評定されたが、その後二億三五五〇万ルーブリがコルチャークに奪われ、約一億五二〇〇万ルーブリがドイツ、エストニア、ラトヴィア、リトワニア、ポーランドにロシアとの講和条約締結の条件に従って支払われた。さらに、四億六〇〇〇万ルーブリ以上が外国及び国内での人民委員会議や個々の人民委員部の様々な計画、契約に支払われた」。別の評価では、二一年一月一日で国内にあった四億八八〇〇万ルーブリの金ファンドは食糧の輸入に莫大な支出があったため、二二年一月一日で二億二六〇〇万ルーブリに半減した。いずれにせよ、金ファンドの激減によりその支出はきわめて厳格に抑えられ、そのため九月一四、一六日の党中央委政治局会議は政治局の特別な合意なしに金ファンドの支出を禁じ、その厳格な点検をクールスキィに命じた。[xiv]

　ネップ路線を全党員に周知徹底するため二一年五月に開かれた臨時党協議会で、財務人民委員部参与プレオブラジェーンスキィは第一〇回党大会で述べた持説を繰り返して詳論し、予算赤字を補填するためには紙幣発行が必要であるが、同時に「ルーブリ相場を保持するだけでなく上昇させる」ため新紙幣発行という財政改革が必要であることを強調した。これを受け、八月二二日づけ財務人民委員部回状で、「通貨単位の安定化は現在財政政策を蘇生させる基本方針である」と通貨改革が提言され、一二月の第九回ソヴェト大会でカーメネフはこの間の事情について、一年前に｢貨幣はわれわれに必要がなくなる｣と思われたが、食糧税により市場が生まれ、通貨改革が求められるようになったと触れ、｢金本位制への移行は絶対に不可避である｣ことを確言した。二一年一〇月から二二年八月までに紙幣流通量は一〇五・四倍に増え、必需品価格は七九倍に高騰し、この改革が急がれ、それは二二年一〇月一一日づけ布告により新銀行券、チェルヴォネツの発行として実現された。そこでは、一チェルヴォネツは純金一ゾロトニク七八・二四ドーリャ（七・七四グラム）と等価、すなわち、戦前一〇ルーブリ金貨に含まれる量と等しく、流通銀行券の四分の一は貴金属、安定ヴァリュータで保証されるとされた。これは「法的には革命以前に存在した通貨制度を将来復興させる約束にすぎなかった」としても、将来の安定通貨の復興には金ファンドが絶対に必要と思われたが、飢饉援助のためにその現有は急速に減りはじめていた。教会貴重品収用キャンペーンで確保したファンドをこれ以上消費することは絶対に避けなければならず、早すぎる飢餓民援助の打ち切りの理由はここにもあった。[xiv]

　だが、政府の公式声明にもかかわらず、それ以後も飢饉は克服されなかった。ゲペウー情報は以下の状況を伝えている。二三年四月のサマラ「県内の飢餓民の数は増え続け、プガチョフ、バラショフ郡で全住民の八〇％近くが飢えている。県郡部の住民の多数がもっぱら代用食を食している」。五月のヴォログダ県で「強まる飢饉のためにカルゴポリ郡の農民のソヴェト権力とロシア共産党への関係は敵対的。この郡の多くの農民は穀物が足りないため、様々な代用食を粉に混ぜている」。六月のヴャトカ県で「家畜の飼養だけでなく、自分の家族を扶養するにも新収穫まで穀物が不足することによって引き起こされた不満が農民の中で顕著である。現在県内で全住民の二〇％の飢餓民を数えている。飢餓民は様々な代用食を摂っている」。タムボフ県で「飢饉が感じられる。住民は代用食を摂っている」。同様な報告は多数届けられた。通常は現物税の実施によって農民の負担は軽減されたといわれるが、われわれはその多くの例外を見ることができる。五月のリャザニ県では「課税のために農民の経済状態は危機的。税不払い人から財産の没収が行われている」。クラスノヤルスク県のある村のスホードで、「ソヴェト権力はコルチャークよりひどい。それは農民から税を強奪し苦しめ抜いている」との叫び声が挙がった。飢民は棄民と同義になった。

ロシア農民史研究者エシコーフが、ネップ導入によって農業生産が速やかに復興したという権力によって作り出された神話を歴史学文献は数十年にわたって広めてきたと指摘するのは、無条件に正しいように思える。このような捏造は当時からはじまり、第九回ソヴェト大会でサラトフ県代表の農学者は、県経済会議の公式統計資料はバラ色に描かれているが、実際には「近い将来の農業崩壊」の兆候が認められると発言した。別の代議員は、レーニンとカリーニンは二一年の秋蒔きで七三％に播種されたと語ったが、スタヴロポリ県では二七％にしか播種されていないと、楽観的見解に異論を表明した。多くのネップ神話はこのようにしてこの時に生まれた。[xiv]

　ネップはこれまでおもに純経済的側面から考察されてきたというソ連史学界の限界を説く、ソヴェト制度史の碩学ギムペリソーンにしたがってソヴェト体制の変遷を見れば、次のようになる。ネップの導入にともない、飢饉などに起因する勤労者の不満を緩和するため、内戦期には単なる党決定の執行機関となっていたソヴェトを「活性化」することが企図された。内戦の終了によって広汎な大衆を平和的建設への活動に向けるため、ソヴェトの定期的改選と召集を定めた二一年二月八日の全ロシア中央執行委幹部会決議にはじまり、市ソヴェトの復興を指示した同日づけ同幹部会回状決議、二二年一月二六日の村ソヴェトに関する条例などがそれに続いた。ソヴェト体制の再構築が試みられ、二二年初頭に見られるチェカーの改編、または権能の縮小はこのような流れに連動してはじまった。

二一年末の第九回ソヴェト大会は、これまでのソヴェト大会決議を修正し、中央執行委の会期、地方大会の召集、ソヴェトの改選など四件のソヴェト建設に関する決議とともに、チェカーに関する決議を採択した。それは、内戦期におけるチェカーの英雄的功績を讃えながらも、司法機関に法令違反との闘争を課すことで「ヴェチェカーとその組織の活動範囲を縮小」する内容であった。この決議を受け、二二年一月二三日の党中央委政治局会議は、この決議を執行するため、ヴェチェカーを解散し、共和国法令の違反は「革命裁判所または人民法廷による司法手続きで解決」し、「内務人民委員部付置国家政治保安部を設置する」旨の中央執行委決議に基づき、ヴェチェカーに関する条例草案の策定をクールスキィとウーンシリフトに委ねた。繰り返すまでもなく、これら裁判所は中央執行委の管轄にあり、司法的裁判権の拡充はその権限の拡大を意味した。同決議は、ゲペウーの活動を情報収集と反革命活動の調査に限定し、その合法性に対する統制権を司法人民委員部に与えるなど、従来のヴェチェカーの権能を著しく掣肘する内容であった。ウーンシリフトはレーニン宛ての書簡で、ヴェチェカーに懲罰機能を残し、人民委員会議の下に保持するとのヴェチェカー参与会で策定された草案に理解を求めた。レーニンはごく些細な匪賊運動にも戒厳令と現場での銃殺を導入して抑圧を強化する必要があることを彼への返信でしたためた。だが、政治局会議で指示され、中央執行委幹部会での検討に回され、二月六日づけ中央執行委で採択されたヴェチェカーの解散に関する布告は、基本的には一月二三日の政治局に提出された中央執行委決議と同じ基調であった。新たに内部人民委員部付置機関として再編されたゲペウーの任務に、匪賊運動を含む公然の反革命的直接行動の鎮圧、スパイ行為の防衛と闘争の措置、鉄道・水路交通の保全、共和国国境の政治的防衛、密輸としかるべき許可なしの共和国越境との闘争、革命的秩序の保全に関する中央執行委幹部会または人民委員会議の特別な付託の遂行が含まれたが、「犯罪のあらゆる事案はもっぱら司法的手続きで革命裁判所または人民法廷の決定」事項とされ、ゲペウーはヴェチェカー参与会が求めていた懲罰権を失った。[xiv]

こうして第九回ソヴェト大会決議によって、中央執行委の権限が相対的に強化され、「赤色テロル」実行機関の機能が縮小されようとしていた趨勢を転換させたのが、教会弾圧キャンペーン、より直接にはレーニンの三月一九日づけ厳秘書簡であった。このキャンペーンを断行する過程で、この書簡に基づきトロツキーを補佐するゲペウーが中心的役割をはたし、国家最高機関としての中央執行委が有名無実化された経緯はすでに述べた。これ以後、軍事検閲のためにゲペウー軍事検閲課が設けられ、広汎な情報統制権が加わった。失った懲罰権は四月二六日の政治局会議で、匪賊が優勢な地方でゲペウーに直接銃殺の権限を与えるようにとのウーンシリフトの提案に基づき、中央執行委幹部会決議として司法的形式を整えるよう、クールスキィ、クルィレーンコ、カリーニン、ウーンシリフトからなる特別委に委ねられ、一〇月一六日づけ中央執行委布告によりゲペウーに、「匪賊的襲撃と武力的掠奪の際に現行犯による逮捕者に銃殺に至る司法外懲罰」権が与えられ、ゲペウーは以前の権能を回復した。ヴェチェカーに関する研究者が、二二年以後「秘密の指令と回状のシステムが反革命家に対するボリシェヴィキ抑圧政策の一種の法的根拠になった」と指摘する構造も、教会貴重品収用キャンペーンで確定されたこともすでに触れた。二二年夏以後、中央執行委布告によってゲペウーの権能はいっそう拡大され、八月一〇日づけで「反革命的直接行動」に対し行政手続きによる国内外への追放権がゲペウーに付与され、「赤色テロル」弾圧システムはこれまで以上に強力に醜悪に再稼働しはじめ、ボリシェヴィキ支配はより濃密にゲペウー機関と絡み合いながら展開するようになった。三月三日づけカーメネフへの書簡でレーニンは次のように指摘する。「ネップがテロルに終止符を打つと考えるのは最大の過ちである。われわれは再びテロルに立ち戻る」。一八年八月の農民蜂起の鎮圧の際に指示したような、民衆が「身震いし、悟り、悲鳴を挙げる」「赤色テロル」はレーニンの死後にも絶えることなく、遺訓として残された。

全ロシア・ソヴェト大会の模様も、様々な社会主義政党が参加した第八回大会での活発な議論の応酬に比べ、ボリシェヴィキの独裁状態で開かれた二一年末の第九回大会は大飢饉という厳しい現実に直面しながらも、議論は低調で、ソヴェト政策の礼賛が圧倒的な雰囲気が漲り、全土に広がる厳しい飢饉に喘ぐ民衆への現状認識に欠けていた。何よりも、第八回大会では差し迫った播種キャンペーンを巡り、各党の代議員間で率直な激論が交わされたが、第九回大会では、飢餓民救済の問題も、間近に迫ろうとしている教会貴重品収用キャンペーンにも一切言及されなかった。ソヴェトの「活性化」といわれながらもその民衆からの遊離は誰の目にも明らかとなっていた。[xiv]

「赤色テロル」、教会弾圧、見世物裁判など、レーニン支配のこの時期に執られた措置は、戦時共産主義期の継続であると同時に、ほぼ一〇年後に実行されるスターリン時代の弾圧システムの先取りでもあった。通常は農民宥和政策として評価されるネップ体制も、レーニン時代には徹底的な農民弾圧政策によって貫かれていた現実が明らかになった以上、二〇年代半ばに一定程度認められる農民宥和的政策がその本質であったのか、それは暫定的な徒花にすぎなかったのかを改めて検証する必要があるように思える。だが、レーニン時代の支配システムを総括すれば、レーニンとトロツキーによる弾圧体制はスターリンの先駆であったのは、紛れもない事実であった。これは民衆にとっての悲劇はレーニン支配の時代にすでにはじまることを意味し、さらに不幸なことにはそのおおよそ一〇年後にこれがいっそう激越で厳しい形で繰り返されたことである。

[xiv] Golder,Hutchinson, op.cit.p.228; HIA.RU.228-1; ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.6,Д.523,Л.10; Cockfield.H.J.ed.,op.cit.p.106; Patenaude, op.cit.p.174; Свободный пахарь.1921.13 нояб.

[xiv] РГАСПИ.Ф.17,Оп.65,Д.538,Л.453; ГАРФ.Ф.1235,Оп.96,Д.60,Л.99; Яров С.В. Указ. соч.С.90.

[xiv] ЦА ФСБ.Ф.1,Оп.5,Д.175,Л.51,349,374; РГАЭ.Ф.478,Оп.1,Д.2108,Л.127; « Совершенно секретно » . Т.1.Ч.1. С.89.

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〔関連ファイル〕

　　　梶川伸一論文の転載ファイル

　　　『飢餓の革命　ロシア十月革命と農民』１９１７、１８年

　　　『レーニンの農業・農民理論をいかに評価するか』十月革命は軍事クーデター

　　　『十月革命の問題点』４月１６日講演会レジュメ全文

　　　『ボリシェヴィキ権力とロシア農民』レーニンの「労農同盟」論を否定

　　　『幻想の革命』十月革命からネップへ　これまでのネップ「神話」を解体する

　　　『共産主義「幻想」と１９２１年危機』現物税の理念と現実

　　　『レーニン体制の評価について』２１年－２２年飢饉から見えるもの

　６、二〇世紀社会主義を問う　１、レーニンの連続クーデター　２、レーニン1917・10

　　３、レーニン1918、19　４、レーニン1920、21　５、レーニン1922　６、『国家と革命』

　　７、スターリン　『オーウェルにおける革命権力と共産党』

　　８、中国共産党　９、二〇世紀社会主義　マルクス主義　グラムシ

　１０、加藤哲郎「ネチズンカレッジ」→２、政治学研究　３、現代史研究