『スパイ査問問題意見書』第2部

 

第二章 相違点の解決内容、方法

 

第1の誤り 事実問題

3、デッチ上げ部分と事実部分との区別

 

(連続・7分割ファイル) 第1部(1)  1部(2)  2部  3部  4部  5部  6部

 

 『スパイ査問問題意見書第2部』

    3、デッチ上げ部分と事実部分との区別

    区別(1) デッチ上げ部分 「解剖検査記録」「古畑鑑定書」の見方考え方

    区別(2) 事実部分

 

目次〕                 健一MENUに戻る

 『スパイ査問問題意見書第1部(1)』

  はじめに 『意見書』の立場

  第一章 袴田・宮本陳述相違点の解決内容、方法

  第二章 相違点の解決内容、方法の4つの誤り

   第1の誤り   事実問題

    1、第1の事実問題=器物の用意・搬入・存在の真相

    分析(1)  袴田陳述

    分析(2)  宮本陳述

    分析(3)  木島到着時刻と「小林論文」のウソ

    分析(4)  器物の用意・搬入・存在の真相

 

 『スパイ査問問題意見書第1部(2)』

    2、第2の事実問題=暴行行為の項目・程度・性質の真相

    分析(1)  袴田陳述

    分析(2)  関係者6人の陳述

    分析(3)  宮本陳述

    分析(4)  暴行行為の項目・程度・性質の真相

 

 『スパイ査問問題意見書第3部』

   第2の誤り   詭弁的論理使用

    詭弁(1)  袴田陳述の虚偽規定と、「すりかえ三段論法」の虚偽

    詭弁(2)  架空の“新事実”挿入による虚偽

    詭弁(3)  証拠能力の恣意的評価で、暴行『無』にする虚偽

    詭弁(4)  虚偽規定の袴田陳述発生の原因分析の虚偽

 

 『スパイ査問問題意見書第4部』

   第3の誤り   宮本個人崇拝

    現象(1)  宮本陳述内容の事実性の唯一絶対化

    現象(2)  宮本闘争方法の正当性の唯一絶対化

    現象(3)  闘争での役割・成果の不公平な過大評価

    現象(4)  闘争記録の不公平・一方的な出版・宣伝

 

 『スパイ査問問題意見書第5部』

   第4の誤り  対応政策・方法

    1、有権者反応への政治判断

    2、対応政策

    3、反撃・論争方法

    4、総選挙統括(13中総)

 

 『スパイ査問問題意見書第6部』

  第三章 4つの誤りの性質

  第四章 私の意見・提案

  〔資料〕 2つの事実問題関連抜粋資料

    資料(1)  第1の事実問題 袴田陳述 宮本陳述 3論文

    資料(2)  第2の事実問題 袴田陳述 宮本陳述 3論文

 

〔関連ファイル〕

  (1)、『スパイ査問事件と袴田除名事件  袴田政治的殺人事件の推理劇的考察』

  (2)、『スパイ査問事件の個人的体験』(宮地個人通信第十号)

  (3)、『作家森村誠一氏と「スパイ査問事件」』(添付)森村氏手紙、下里正樹氏手紙

  (4)、袴田自己批判・批判の共産党側資料、「3論文」と「党史」

  (5)、立花隆『日本共産党の研究』関係  「『年表』一部」、「加藤哲郎『書評』他」

  (6)、浩二 『袴田里美予審尋問調書、公判調書全文

  (7)、れんだいこ 宮本顕治論・スパイ査問事件

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『スパイ査問問題意見書』第2部

 

第二章 相違点の解決内容、方法

第1の誤り 事実問題

3、デッチ上げ部分と事実部分との区別

〔目次〕

   区別(1) デッチ上げ部分 「解剖検査記録」「古畑鑑定書」の見方考え方

   区別(2) 事実部分

区別(1) デッチ上げ部分 

〔小目次〕

   1)、4種類のデッチ上げ

   2)、宮本陳述および現在の論証方法の説得力有無

   3)「解剖検査記録」と45個の出血

   4)、「4個の頭蓋腔内出血」

   5)、「41個の外表顔面、頭部外表の出血、其他本死体中外表の皮下出血」

   6)、“デッチ上げ「解剖検査記録」”作成の原因・経過についての推理

   7)、“デッチ上げ「解剖検査記録・鑑定書」”の果たした役割

   8)、「解剖検査記録」のデッチ上げ性の分析

   9)、「古畑鑑定書」

1)、4種類のデッチ上げ

〈第1のデッチ上げ〉 治安維持法による共産党・共産主義思想=悪・犯罪者、犯罪とする『事実無根のデッチ上げ』。これがこの事件でのもっとも基本的なもので、従来から使われていた。

〈第2のデッチ上げ〉 スパイ査問問題での『事実無根のデッチ上げ』。(1)査問原因のデッチ上げ「指導権争い」。(2)殺意存在のデッチ上げ「殺害を共謀、殺意の存在」。(3)死因のデッチ上げ「リンチ殺人」である。具体的には、「斧で頭部を殴ったための脳震盪死」「頭部への強力な鈍体の作用を原因とする脳震盪死」「(古畑鑑定後では)傷害致死」とした。

〈第3のデッチ上げ〉 『暴行・脅迫行為程度にたいする誇張歪曲のデッチ上げ』。(1)暴行行為程度でのデッチ上げとして、〈事実〉1)なぐるける数回、2)斧使用、大泉に1回小突く程度、3)硫酸瓶・硫酸使用1回、4)タドン1回で、すべて上記にのべた程度―→〈デッチ上げ〉凄惨なリンチ、斧で乱打、硫酸あびせ錐でつきさす、とした。(2)暴行・脅迫行為性質でのデッチ上げとして、〈事実〉査問の付随的な手段・方法として断続的・バラバラで、思いつき的な4項目暴行・脅迫行為の存在―→〈デッチ上げ〉査問の基本的手段・方法として行なわれ、一同による系統的・計画的な暴行としての「リンチ」とした。(3)暴行行為程度と外傷発生(暴行痕跡)有無でのデッチ上げでは、〈事実〉4項目・3つの性質の暴行行為程度では基本的に皮下出血、頭蓋腔内出血は、小畑にも大泉にも発生せず―→〈デッチ上げ〉査問即暴行→暴行即外傷→暴行のよる脳震盪死とした。古畑鑑定は「事実無根のデッチ上げ」の暴行痕跡(外傷)に拘束され、外傷性ショック死とした。

〈第4のデッチ上げ〉 『その他事実の性質すりかえのデッチ上げ』。身柄拘束でのデッチ上げとして、〈事実〉当時条件でのスパイ容疑者の正当な身柄拘束―→〈デッチ上げ〉不法監禁、不法監禁罪成立とした。死体処分でのデッチ上げでは、〈事実〉当時の非合法下でのやむをえない仮埋葬―→〈デッチ上げ〉死体遺棄、死体遺棄罪成立とした。赤旗号外問題でのデッチ上げとして、〈事実〉赤旗号外の「除名と大衆的断罪」―→〈デッチ上げ〉「断罪」即死刑指示とした。大泉・熊沢光子問題でのデッチ上げでは、〈事実〉大泉・熊沢光子自殺申出の中央委員会による正式承認―→〈デッチ上げ〉大泉・熊沢殺人未遂とした。

特高警察は、一定の道義的問題点をもつとしても刑法上では完全無罪のスパイ査問問題事実部分を4種類のデッチ上げの詳細・綿密なくみあわせによって一大犯罪「共産党の赤色リンチ殺人事件」に仕立て上げて、大々的なデマ宣伝を行った。

2)、宮本陳述および現在の論証方法の説得力有無

〔表27

宮本陳述の説得力

現在の党説明の説得力

〈第1のデッチ上げ〉

(全面的に行っている)

(同左)

〈第2のデッチ上げ〉

(基本的に〃)

(同左)

〈第3のデッチ上げ〉

×(全面否認で、説得力なし)

×(同左)

〈第4のデッチ上げ〉

(全面的に行っている)

(同左)

 暴行痕跡・外傷問題にたいしては、宮本陳述も現在の党の説明でも「解剖検査記録」の頭蓋腔内出血、皮下出血についてはその存在・発生を否定してはいる。しかし、その否定の論証は説得力を欠いている。この暴行痕跡が『事実無根のデッチ上げ』であることを“説得力をもって論証すること”が、スパイ査問事件での過去・現在でのデマ宣伝を粉砕し、それがデッチ上げ事件であることを証明する上で決定的なカギをにぎっている。それについて宮本陳述も現在の党の説明も成功していない。〈第3のデッチ上げ〉への反論としては宮本陳述、現在の党の説明とも、4項目・3つの性質の暴行・脅迫行為の存在事実そのものを全面否認している。デッチ上げへの反論として、〈第2・第3〉を合わせて、「いずれも事実無根の第2のデッチ上げ」という政策をとっている。

4項目・3つの性質の暴行行為事実を是認した上での「その事実の程度・性質の誇張歪曲のデッチ上げ」を否認・反論するという是認・否認の論証方法を一切とっていない。果してこういうやり方は、現情勢における反共攻撃への対応政策として正しいか(?)

)、「解剖検査記録」と45個の出血

 「解剖検査記録」の「頭蓋腔内出血および多くの皮下出血」の事実性の検討、その証拠能力の検討を行う。

 「説明」部分の論理構成(前衛9月号.「死体解剖検査記録」P.153

 イ.外表顔面、頭部外表の出血16個の出血認定。(=16個+数個)および「是等出血ハ本死ノ生前顔面前顎部及頭部ニ鈍体ノ強ク作用シタル証跡トス」という原因鑑定(同上.P.153)。ロ.頭蓋腔内出血1.硬脳膜下出血2個(薄層ノ出血)。2.軟脳膜下出血…2個。3.骨質間出血数個、計4個+数個の出血鑑定。および「(上記出血)等ハ前記暴力ノ結果トス」という原因鑑定(同上.P.153)。ハ.「心臓並ニ大血管内ノ血液ハ流動性ニシテ急死ノ像ヲ呈ス」として、「如斯暴力ハ脳震盪ヲ惹起し急生死ニ致スルニ足ルモノトス」という死因鑑定。即ち「顔面前頭部及頭部ニ鈍体ノ強ク作用」の暴力→上記イの16個以上の出血→同時に上記ロの4個+数個の頭蓋腔内出血→急性死の脳震盪死という死因鑑定となっている(同上.P.154)。ニ.其他本死体中外表の変色部、その部分の皮下出血又は表皮剥脱部分の出血を伴う部分、全部で25個。および、「即チ此等ノ表皮剥脱並ニ皮下出血モ亦本屍ノ生前鈍体ニ由テ生ジタルモノトス」という原因鑑定(同上.P.154)。

 この4つの論理構成をとっており、これが後述「鑑定」(P.155)の基本説明をなしている。上記イ、ロ、ニの“45個+数個”の出血、表皮剥脱の性質をすべて「鈍体ノ強ク作用」「鈍体ニ由テ生ジタル」性質のものとしている。

 宮永鑑定人証人尋問内容とその性質

 「宮永鑑定人ハ鑑定後証人トシテ出廷シ、脳震盪ニ依ル死亡ト判定シ頭部ノ出血カ脳震盪ノ証拠テアル出血ハ新シイカ出血カ死因テハナイ傷ハ手拳ナンカテハ出来ナイ斧カナンカテ殴ツタノテアルト斧ヲ推定シ脳震盪以外ノ死因ニ付イテハ考ヘル必要カナイト述ヘテ居ル」(宮本第5回公判.P.188)。ここでも頭部出血=頭蓋腔内出血は手拳ではできないことを明確に認めている。それは、強力な鈍体の作用以外に上記のような頭蓋腔内出血は発生しないことを断定している。

 「古畑鑑定書」での頭部腔内出血と原因鑑定

 「(頭蓋腔内出血と脳震盪死の関係について)然シ乍ラ脳震盪ハ頭部ニ可成リ強大ナル鈍力カ作用シタト云フ事実カ存在シタ時ニ初メテ考ヘラレルモノテ本件ニ於テハ頭部ニカカル強大ナ鈍力カ作用シタト云フ証拠カアリマセンカラ本件被害者ノ死因トシテ脳震盪ハ適当シマセン」(前衛9月.P.157)と鑑定している。重要なことは、古畑氏が脳震盪死を否定したというだけでなく、その原因としての「強大ナ鈍力ノ作用シタト云フ証拠カアリマセン」とした点にある。古畑氏のいう「証拠がない」とは、「解剖検査記録」の中に「証拠がない」というだけの意味ではない。それは小畑の頭部へ斧または鈍体で強打したという査問状況事実がないこと、どの関係者陳述をとってもその強打の証拠のないことについての古畑氏の判断を意味している。

4)、「4個の頭蓋腔内出血」

 その発生原因の立証として、出血原因となる事実が存在したかどうかを小畑頭蓋腔内に出血発生する8ケースで分析する。1.斧で頭部を乱打、強打。2.斧以外の鈍体が存在し、その鈍体で小畑の頭部を乱打・強打。3.手拳で“力まかせに”頭部をなぐる。4.手拳でゴツンとなぐる。5.小畑が壁に穴をあける自傷行為。6.小畑取り押え時の脳出血。7.逃亡取り押え時での「強圧」「格闘」。8.その他考えられるケース。

 出血原因となる事実が存在したか、その証拠があるか

 頭蓋腔内出血発生“可能”原因として、上記1、2のケースがある。これについては、古畑氏のいうようにそのいずれも「証拠がない」。斧をふくむ器具では誰も小畑をなぐっていない。逸見が「秋笹が小畑をコツンと叩いた」木島が「宮本が薪割で小畑の頭をつついた」と陳述しているが、上記にのべたように事実は『秋笹が大泉を斧で小突いた』ことが1回あるだけで、逸見・木島の陳述は転向による迎合的なものである。この推定は後にのべる。

 発生するかどうか疑問か発生不能なものは、上記3のケースである。“力まかせに”手拳でなぐっても頭蓋腔内には出血はできない。宮永鑑定人の証人尋問でも「手拳ナンカテハ出来ナイ」と証言している。“力まかせに”手拳でなぐったとは、逸見・木島をふくめ誰も陳述しておらず、その「証拠もない」。

 発生“不能”原因は、上記4、5、6、7のケースである。4、手拳でなぐる、小突く程度行為では、自己行為自認陳述「証拠」があるが、その程度のなぐる行為では絶対頭蓋腔内出血は発生しない。5、押入れに穴をあける自傷行為でも、いかに逃亡のため必死とはいえ自分の頭蓋腔内に4個+数個の出血をひきおこすような行為を自分ですることはできない。6、脳出血では「解剖検査記録」のような「薄層ノ硬脳膜下出血」にはならない。また、4個+数個の数ヶ所に分散して発生するような出血状態にはならない。7、小畑逃亡取り押えは、暴行ではなく数分間の取り押えであり、誰も器具を手にしていない。その点で、予審終結決定「其腹部脳部等ヲ腕力ヲ以テ強圧シ其咽喉部ヲ絞握シタル為メ同人ノ頭部其他ニ傷害ヲ負ハシタ」とか、確定判決「其ノ逃亡ヲ防止セントシテ互ニ格闘シ因テ同人ニ対シ頭部、顔面、脳部、腹部、手足等ニ多数ノ皮下出血、其ノ他ノ損傷ヲ負ハシメ」(袴田、宮本、他も同一内容文)の認定はまったくの「事実無根のデッチ上げ」事実認定である。木島、逸見、袴田、宮本の4人とも、器具を手にしていない、殴りつけたことなどない、取り押えただけである、「格闘」という性質でないなどはその行為の性質として完全一致している。この取り押え状況では頭蓋腔内出血は絶対に発生しない。

 その他発生原因で考えられるケースはあるか。頭部に強力な鈍体の作用したという証拠がないのに(古畑鑑定書)、上記個数の頭蓋腔内出血は発生するか。 宮永鑑定人の論理は、“頭部への鈍体の強い作用―→外表顔面、頭部外表の16個以上の出血、頭蓋腔内の4個+数個の出血の同時発生―→脳震盪死である。鈍体の強い作用が存在しないのに、“20個出血が頭部に同時発生”することは不可能であり、査問状況、小畑逃亡の取り押え時の状況にてらしても不可能である。16個以上の外表顔面、頭部外表出血と“対応するもの”としての4個+数個の頭蓋腔内出血がある。そのいずれの発生ケースを検討しても、その発生可能原因となる事実と「証拠」がない。「証拠」のある暴行是認事実ではそのような頭蓋腔内出血は絶対に発生しない。したがって、「解剖検査記録」における“4個+数個の頭蓋腔内出血認定”の記載部分は完全に『事実無根のデッチ上げ』である。

5)、「41個の外表顔面、頭部外表の出血」「其他本死体中外表の皮下出血」

 16個+数個、25個、合計で41個以上の出血、皮下出血がある。その41個所以上の出血発生原因の立証問題がある。原因となる事実が存在したかどうか。4個以上の「頭蓋腔内出血」の事実性の検討でのべたように、『事実無根のデッチ上げ』である。41個+数個のうちのほとんどは『事実無根のデッチ上げ』で、そのうち数個(その10%前後)位は、なぐるける行為、あるいは、小畑の壁に穴をあける自傷行為で発生する可能性はあり、発生・存在していたかもしれない。デッチ上げ証明として、5つを分析する。

 証明(1) 村上・宮永鑑定の出血状態・個所数とその原因鑑定との関係

 村上・宮永鑑定書は、16個+数個の原因を「鈍体ノ強ク作用シタル証跡トス」とし、25個の原因を「鈍体ニ由テ生ジタルモノトス」とした。宮永鑑定人証言「傷ハ手拳ナンカテハ出来ナイ」と手拳による発生原因を否定証言した。「斧カナンカテ殴ツタノテアル」と小畑への41回以上の「斧カナンカ」使用を推定した。

 斧について、袴田中央委員が秋笹→小畑を否認し、袴田→小畑への斧使用を断固として否認・反論した。秋笹→大泉への1回使用行為・こづく程度のみを是認している。小畑にたいしては斧、その他の器具(出刃包丁、ピストル)使用は誰もしていない。41個所以上の出血・皮下出血は、1月17日の司法解剖時において実は存在していなかった。1月15日逃亡時に、大泉は、『斧で乱打、手拳でいちいち殴られたのではなく、器具でいちいち殴られ、そのため歯が折れた』と出鱈目な陳述をした。特高・検察は、それをそのまま小畑にも適用し、小畑が斧で乱打・強打された場合、それもいちいち斧で殴られた場合を想定しての、41回以上もの斧の乱打による41個所もの出血をつくり上げたものである。この推定の根拠は後にのべる。

 証明(2) 41個以上の出血・皮下出血の発生可能性有無

 小畑への暴行行為事実“程度”との関係である。硫酸・タドン使用は、出血・皮下出血には全然関係ない。出刃包丁、ピストル、鉄筆は、「存在」したが、誰も小畑にたいして使用していない。出刃包丁使用は、大泉の出鱈目な陳述である。袴田・宮本は全面否認し、他に誰もその使用をのべていない。ピストル使用は、小畑、大泉の会場到着時に袴田中央委員が手にもっていただけで、その後はもっていない。鉄筆あるいは錐について大泉への使用は上記にのべた理由で不明である。小畑への錐または鉄筆使用を大泉・袴田とも1度ものべていない。現公表資料では、大泉は逃亡時、小畑への使用をのべているかどうか不明である。斧使用は、24日午前中査問で、秋笹が大泉頭を「コラ本当ノコトヲ云ハヌカト」あるいは「何故嘘ヲ云フノカト」いって1回小突いただけである。小畑にたいしてはだれも使用していない。逸見陳述「秋笹→小畑ノ頭ヲコツント叩ク」、木島陳述「宮本→小畑ノ頚ヲツツイタ」は迎合的陳述で、いずれも根拠は後でのべる。「予審終結決定」では薪割・出刃包丁の使用をのべているが、「確定判決」ではそのいずれの使用についても消えている。大泉にたいする斧の使用も事実認定として消えている。この理由への推定も後でのべる。。平手でなぐる、足でける位では、皮下出血などは発生しない。靴でけるのならともかく、素足でけった位で、皮下出血など普通発生しない。特高警察の拷問レベルとは本質的に異る。手拳でなぐるも“思いきり”なぐりつければ別だが、普通になぐる位で「解剖検査記録」にあるような41個所以上もの出血、皮下出血、表皮剥脱などは決して生じない。小畑への“手拳でなぐる”行為回数、程度の陳述として、23日には、袴田陳述は、査問委員または一同が殴るける、木島も時々ゴツンとなぐる。逸見陳述は、「宮本、袴田、秋笹ノ三名ハ小畑ヲ打ツタリ撲ツタリ蹴ツタリシ」(P.302)である。24日査問開始前での袴田陳述は、小畑を1回殴りつけてやりましたとし、24日午前中は不明である。24日小畑逃亡取り押え時には、だれも暴行行為、なぐる行為をのべていない。これらの是認事実について、私的科刑「リンチ」でなく、特高の拷問とは性質が異るものである以上、その程度の手拳でなぐる行為が数回あった場合でも、41個所以上の皮下出血など絶対に生じない。この(1)〜(5)を全体として見た場合でも、(1)(2)(3)(4)では皮下出血はそもそも発生しない。(5)でも、たとえその数回の行為があり、その一部場合で皮下出血が発生する可能性はあり、また発生したかもしれない。それにしても、それはせいぜい数個所のことであり、41個所もの皮下出血は(5)の行為によっては絶対に発生しない。したがってこの査問中における暴行行為によって小畑の身体外表に出血・皮下出血が発生する可能性はせいぜい数個であり、41個のうちの90%前後は『無実無根のデッチ上げ』部分である。

 証明(3) 小畑取り押え時での41個出血発生可能性有無

 大泉の出鱈目な陳述内容は別として、暴行行為程度についての袴田、秋笹、逸見、木島4人の是認内容から見ても、23日〜24日午前査問過程で41個所以上もの外表部分皮下出血と4個+数個の頭蓋腔内出血が発生したという“事実認定”を予審・公判でも裁判所側はすることができなくなった。

 もう1つの決定的理由として、「解剖検査記録」の「説明」部分において、「心臓並ニ大血管内ノ血液ハ流動性ニシテ急死ノ像ヲ呈ス。如斯暴力ハ脳震盪ヲ惹起シ急性死ニ致スニ足ルモノトス」(前衛9月.P.154)として『急性死』としている点から、小畑逃亡取り押え時にこれらの出血部分が発生したという“事実認定”を予審終結決定、確定判決ともとらざるをえなかった。ここに、予審終結決定・確定判決の両者ともが、「解剖検査記録・鑑定書」と査問状況についての関係者陳述を結合・符合させる上での致命的な論理矛盾、“事実認定”上の致命的な欠陥が存在する。

 査問過程(23日〜24日午後2時頃)での暴行行為によって41個以上外表出血・皮下出血、4個+数個の頭蓋腔内出血が生じたという“事実認定”をすれば、「解剖検査記録」の『急性死ノ像』『脳震盪ヲ惹起シ急性死』という“解剖認定”とは根本的に矛盾する。小畑逃亡取り押え時の状況では一切暴行行為はなく、袴田・秋笹・逸見・木島の4人ともその時点での暴行を是認していない。その数分間で、41回以上もの暴力がふるわれ、計45個以上出血が生じた、というような“予審事実認定”は論理的に成立しない。但し、小畑逃亡取り押え時に、秋笹は階下におり、階下からの二階物音の陳述のみである。袴田は控訴審で「宮本カ小畑ヲ背負投ケシタ」(宮本第9回.P.226)と陳述している。「解剖検査記録」の『急性死』という“解剖認定”と、査問状況時・小畑逃亡取り押え時関係者陳述証拠内容とを結合・符合させる上での予審終結決定・第1審判決の“事実認定”上の致命的欠陥が、古畑鑑定によって「本件ニ於テハ頭部ニカカル強大ナ鈍力カ作用シタト云フ証拠カアリマセンカラ」(前衛9月.P.157)ということで暴露され、脳震盪死=殺人罪というデッチ上げが崩れてしまった。

 それにも拘らず、控訴審判決(=袴田・秋笹・逸見・木島の確定判決)、宮本第1審判決(=確定判決)の両方ともが、小畑逃亡取り押えという“非暴力行為”の性質を『格闘』という性質にすりかえることによってその致命的論理矛盾をそのまま強引に押し通した判決を出した。この小畑逃亡取り押え時の状況については、袴田(警察・予審・第1審)、秋笹(P.306)、逸見(P.303)、木島(P.305)、宮本陳述のどれを見ても、“非暴力行為”の性質のものであることは明らかである。ここでそれらをいちいち分析、検討するまでもない。

 証明(4) 大泉と小畑とで外表・皮下出血発生個数が大きく相違する可能性有無

 大泉の「中村検診書」自体(亀山著書.P.308)、縛創しかなく、他は大泉の出鱈目な陳述を書いたものである(宮本第8回.P.210211)。確定判決でも大泉には縛創しか認めていない。査問後26日間(1224日査問2日目〜1月19日検診日)経過の中で、軽微な皮下出血などは消去する可能性もある。23日〜24日午後2時頃査問時に、大泉と小畑との外傷・皮下出血個数で、大泉は26日間経過後にしても一切外傷・皮下出血はなく、小畑には41個以上の外傷・皮下出血があり、頭蓋腔内出血も4個+数個もあるというような相違が発生するような状況はまったくない。〔証明(2)〕を見てもわかる。大泉には、縛創しかなかったことは、斧で乱打という大泉陳述が出鱈目であることを証明しているとともに、実際小畑にも大泉同様、皮下出血や頭蓋腔内出血など存在しなかった。

 証明(5) 小畑自傷行為(壁に穴)や押入れからの出し入れ時での外傷・出血発生可能性有無

 自傷行為や押入れからの出し入れでは頭蓋腔内出血などは基本的に発生しない。「解剖検査記録」の外表出血・皮下出血41個所以上は発生しない。また、その身体外表のほとんど全部におよんでいる発生各部位などに発生する筈がない。但し、数個所はその行為がよほど強くやられたのであれば発生する可能性はある。

 したがって、4個+数個の頭蓋腔内出血の『事実無根のデッチ上げ』性と同じく、〔証明(1)〕〜〔証明(5)〕によっても、外表顔面、頭部外表の16個+数個出血、其他外表表皮剥脱、皮下出血25個という41個以上出血部分記載も『そのほとんどは事実無根のデッチ上げ性』(=手拳でなぐる、自傷行為、押入れ出し入れでの数個出血発生可能性をのぞく、90%前後)のものであり、このいずれも、1月17日司法解剖後〜1月30日の「解剖検査記録・鑑定書」完成までの間に、解剖結果の中に挿入された『事実無根のデッチ上げ』部分であると推定できる。

6)、“デッチ上げ「解剖検査記録」”作成の原因・経過についての推理

「解剖検査記録」作成前後の日程

〔表28

司法解剖

マスコミ報道

検挙、陳述

1月15日夕

大泉逃亡

夕刊発表「リンチ殺人」

大泉検挙

16

朝刊・夕刊で一せい報道

17

午前10時から午後3時、小畑解剖(発表までに14日間)

朝刊・夕刊で一せい報道

18

朝刊「錐・硫酸の形跡なし」

《記事さしとめ》(4ヶ月間にわたる)

19

大泉の「中村検診書」

30

「解剖検査記録・鑑定書」

2月12

「検証調書」…「顕著ナ傷ハ発見シナイ」の記載

2月17

木島検挙(転向)

2月22

大泉の第1回警察聴取書。1月15日〜2月22日までの38日間は“何も警察で供述していない”ことになっている。(それ以前になく、2月22日が第1回)

27

逸見検挙(転向)

4月2日

秋笹検挙(警察で黙秘、予審非転向、公判途中転向)

5月21

《本日記事解禁》

 

(1)、特高警察による「解剖検査記録」の上記外傷・出血部分『事実無根のデッチ上げ』とそれに符合した関係者陳述証拠デッチ上げの原因と経過についての推理

 下記の4つの段階がある。

〈第1段階〉 1月15日夕大泉逃亡〜1月17日午前10時小畑解剖開始まで

 特高は、スパイ大泉の逃亡・通報により「共産党のリンチ殺人事件」が発生し、「共産党をデマる為の絶好の材料」(山縣警部発言.宮本第1回公判記録.P.28)ができたとして、その日の夕刊から新聞を通じて大々的な宣伝を行った。大泉・小畑問題だけでなく、他の「リンチ」事件を15日夕刊、16日・17日朝夕刊で一せいに発表・報道させたことからもその意図は明白であった。特高は大泉通報にもとづき「硫酸をあびせ錐でつきさした」結果としての「リンチ殺人」であることを信じて疑わなかった。1月17日午前10時より小畑の死体解剖を行った。

〈第2段階〉 1月17P..00以後〜1月18日《記事さしとめ》まで

 しかし、1月17日の解剖結果中間報告(または口頭報告)で、小畑の死体には「錐、硫酸の形跡なく」(1月18日、東京日日新聞)、それ以前の検証時でも「顕著ナ傷ハ発見シナイ」(「検証調書」2月12日付、宮本第5回.P.189)状態であり、そのような死体外表だけでなく、死因となるような外傷・皮下出血、頭蓋腔内出血も全くなく、強力な鈍体の作用(=斧で乱打)という痕跡もなく、脳震盪死に相当する傷はなんら発見できなかった。解剖結果は、明らかに一次性ショック死または急性心臓死としての「急性死ノ像」を示していた。特高警察はその解剖結果の報告にびっくりして、15日夕〜17日の「リンチ殺人」という特高の大々的発表との関連で、直ちに1月18日より《記事さしとめ》を行った。それ以後、5月21日まで4ヶ月間一切の報道をさしとめた。しかし、一部、1月18日東京日日新聞では“解剖結果の一部として”「錐・硫酸の形跡なし」という報道がもれた。司法解剖には、戸沢検事、東京地裁予審判事裁判所書記渡部正志の2人が立会っていた。

〈第3段階〉 1月18日《記事さしとめ》〜1月30日「解剖検査記録・鑑定書」完成まで

 特高警察、検察庁にとって道は2つあった。

 第1の道として、1月17日の解剖結果通り、小畑死因は一次性ショック死あるいは急性心臓死としての急性死であり、錐・硫酸形跡も、顕著な傷もなく、皮下出血、頭蓋腔内出血もない。「リンチ殺人」ではなかったとして、1月15日夕〜17日の特高警察発表を全面的に是正する。「赤色リンチ殺人」発表を全面的に撤回する。

 第2の道として、解剖結果の示す死因がどうあろうと、15日夕〜17日にかけての「リンチ殺人」発表をそのまま継続し、スパイ大泉を摘発された報復として、また「共産党をデマる為の絶好の材料」として、前年193210月の「共産党の大森銀行ギャング事件」につづく「共産党の一大犯罪事件、殺人事件」をデッチ上げることに大々的に利用する。

 戸沢検事、特高警察らは〔第2の道〕の権力犯罪の道を選択した。直ちに、1月18日より《記事さしとめ》を行い、デッチ上げの再構築を行った。5月21日の《本日記事解禁》まで4ヶ月間かかって再構築をした。再構築の柱は1月30日まではまず2つに決定した。

 第一、大泉陳述にもとづいて死因をきめる。死因をどうデッチ上げるか(?) スパイである以上、陳述内容は思いのまま誘導できる。死因は、大泉が秋笹に斧で1回小突かれたという事実をもとにして「斧の強打による脳震盪死」にすることにした。。朝日新聞、昭和9年1月17日付朝刊11面記事は、大泉供述として「大泉を打つ殴る、きりで身体の所きらわず滅茶滅茶に突き刺す。硫酸をぶっかける。」という3つの行為のみで斧使用行為をのべていない(週刊サンケイ.3月3日号.P.98)。

 第二、「解剖検査結果」の中へ、大泉陳述の「斧で乱打」「斧で殴られ歯が折れた、歯が折れる程の強打」「手拳なんかでなくいちいち器具で殴られた」という斧使用程度、強打程度、回数、殴られた個所などを生かして、死因が斧強打による脳震盪死となるように次の出血を捏造挿入した。1.頭蓋腔内出血4個+数個(頭蓋骨折を入れる必要はとくにない)。2.それに対応した外表顔面、頭部外表の出血16個+数個。3.其他外表での皮下出血、表皮剥脱部分25個(2、3合わせて41個+数個)、をつくり上げ、それを解剖検査結果の中に挿入した。1月30日までの14日間にそのデッチ上げ作業を行った。そのための“口止め対象”は、東京地裁医務嘱託の宮永医師、村上医師、関係看護婦、上記裁判所書記であった。戸沢検事は“口止め”指令者側であった。「検証調書」作成・提出は「解剖検査記録・鑑定書」完成後の2月12日におくらせた。但し、小畑の死体外表の錐、硫酸形跡なく、顕著な傷もないことについては1月15日〜16日未明にかけての小畑死体発掘時に多くの目撃者がおり、その場での死体検証も何人かでなされている以上、滅茶なデッチ上げは出来なかった。解剖結果としての“皮下出血存在”は“身体外表そのものの外傷・硫酸痕跡”とは異る。

〈第4段階〉 2月17日以後の木島・大泉・逸見陳述聴取書の内容“つじつま合わせ”作業〜5月21日《本日記事解禁》まで

 “リンチ殺人の医学的根拠『原本』”としての「解剖検査記録・鑑定書」はできたが、その結果と符合した内容の査問者側の関係者陳述証拠で裏付ける必要があった。大泉は被査問者であった。特高は、すでに宮本を1226日第一番目に検挙していた。大泉逃亡時点の検挙者は宮本一人であった。リンチ査問状況を吐かせようと、様々な拷問にかけた。宮本はそれに屈せず完全黙秘で口をわらなかった。したがって他の関係者検挙に全力をあげた。2月17日木島検挙、2月27日逸見検挙をし、徹底した拷問と一方で転向すれば量刑を軽くするとのアメも与えて、2人を早期に転向させることに成功した。

 次には、大泉、木島、逸見という被査問者側陳述と査問者側陳述が一致するようにしなければならない。1月15日夕から2月21日までの38日間のそれまでに書かれていた膨大な量の「大泉聴取書」を“一切御破算”として破棄した。警察での大泉供述は、逃亡・検挙後38日間たった2月22日に“はじめて”あったとし、それを「大泉第1回聴取書」とした。

 2月17日木島検挙に成功し、拷問とアメで早期に転向させ、迎合的陳述部分を引き出した。2月22日大泉検挙38日後にはじめての「大泉第1回聴取書」を作成し直した。2月27日逸見検挙にも成功し、拷問とアメで早期に転向させ、迎合的陳述部分を引き出した。但し、2人の転向時期は不明である。

 3人陳述の第一の基本的内容は、3つの柱で構成することとした。1)査問原因を「指導権争い」「党内派閥の指導権争い」とする。2)殺人罪構成要素を「殺害共謀」または「宮本、袴田に殺意」が存在したとする。3)死因を「リンチ殺人」「斧の強打・乱打による脳震盪死」にする。そのように、大泉、木島、逸見の陳述内容を一致させた。木島、逸見陳述「宮本・袴田が殺してやるといった」「宮本・袴田には殺意があった」とし、自分たちには殺意はなく、宮本・袴田に引きづりこまれただけとした。大泉陳述「斧による乱打、歯が前歯1本奥歯1本折れる程の強打」「手拳なんかではなく、いちいち器具で殴られ、気絶した」。木島陳述「宮本カ薪割テ小畑ノ頚ヲツツイタ」(宮本第8回.P.214)とし、対象者を小畑にすりかえ、行為者を宮本にすりかえる特高のでっち上げへの迎合的陳述にした。逸見陳述「秋笹ハ斧ニテ頭ヲコツント叩キタルコトアリ」(P.302)とし、対象者を小畑にすりかえる特高のでっち上げへの迎合的陳述をさせた。こうして、1)、2)、3)とも3人の陳述内容を基本的に一致させた。

 そして、3)の「斧での強打・乱打による脳震盪死」の証拠としては、次を捏造した。“そのもっとも医学的裏付け・根拠『原本』”としての「解剖検査記録、鑑定書」に、4個+数個の頭蓋腔内出血、41個の出血・皮下出血を捏造し、挿入し、鈍体の強力な作用による脳震盪死という鑑定をでっち上げた。それを行為陳述でも裏付ける必要があった。被査問者大泉陳述と査問者側木島、逸見の小畑への斧使用他人行為目撃陳述を、拷問とアメの手口を使って、関係者陳述証拠として一致させた。木島、逸見は、大泉にたいする秋笹の斧使用しか目撃していないのに、特高の拷問で、小畑への使用をも自白させられた。その物的証拠として斧二挺、出刃包丁二挺、第一二四九号ノ内八四乃至八七号(宮本公判.P.260)(大泉予審第18回.P.130)を揃えた。

 3人陳述の第二の基本的内容では、1226日検挙以後黙秘をつづけている宮本への報復、スパイ大泉を摘発されたことへの報復として、3人陳述内容で、宮本が中心的役割を果し、「リンチ行為」でも宮本、袴田が様々な行為をしているという事実無根または事実程度誇張歪曲のデッチ上げへの迎合的陳述をさせた。4月2日に秋笹が検挙されたが、秋笹は警察では非転向・完全黙秘でたたかった。法医学証拠、関係者陳述証拠、物的証拠の3つを一致させて、「リンチ殺人」「斧での強打・乱打による脳震盪死」のデッチ上げの再構築ができたので、4ヶ月ぶりの、5月21日《本日記事解禁》として、「共産党の赤色リンチ殺人事件」の第2波デマ宣伝を1月15日夕刊〜1月17日の第1波デマ宣伝に続いて大々的に展開した。

 特高警察、検察庁は、内容的に一致させた3つの証拠さえあれば、思想裁判を基本とする治安維持法裁判において、「治安維持法違反」だけでなく、「殺人罪」をも立証する公判維持ができると判断した。袴田も、この1年後1935年3月4日に検挙され、警察の取調べに応じているが、「査問の手段・方法についてはのべられません」として、暴行行為については一切のべていない。

(2)、特高警察の“デッチ上げ「解剖検査記録」”内容の基本矛盾とその虚構のくずれ

 下記の4つの過程でくずれていった。しょせん、「指導権争いによるリンチ殺人」事件が4種類のデッチ上げによって構築されている以上まず、「事実無根のデッチ上げ」からくずれていった。

〔表29

3つの柱のうち

特高警察

予審終結決定

確定判決

1)「指導権争い」事実無根のデッチ上げ

×(認定せず)

×(認定せず)

2)「殺害を共謀」「殺意の存在」 〃

×(認定せず)

 1)、2)とも、袴田、秋笹(併合審理公判中は非転向)の反論・否認によって、袴田・秋笹確定判決までにくずれてしまった。また、その3年後に宮本によっても全面的に反論された。「リンチ殺人」「斧での強打・乱打による脳震盪死」=「殺人罪」については3つの証拠をそろえたが、特高のデッチ上げの最大の論理上矛盾は、第1段階査問時(1223日〜1224日午前中の査問、1224日午後の大泉査問)での暴行行為と、第2段階小畑逃亡取り押え時(1224日午後2時頃の数分間)での小畑取り押え状況とを区別しなかったことである。第1・第2段階とごちゃまぜにしてデッチ上げを行った。

 したがって、小畑逃亡取り押え時の状況について、“なんの暴行もなく”、“だれも器具を手にしておらず”、“「格闘」という状況でもない”ことを示している木島陳述、逸見陳述をそのままにした。但し、小畑死亡判明時の会話については2人とも「宮本・袴田に殺意存在」を示すような迎合的陳述をしている。

 そこから、このデッチ上げが様々な過程をへてくずれていく。

〈くずれ(1)〉 予審終結決定(19381010日)および(第1審公判判決(?))

 「解剖検査記録」の“解剖認定”が『急性死』『急死ノ像』である以上、小畑死因は第2段階にあり、第1段階にはない。しかも45個以上外表・頭蓋腔内出血のすべてが『鈍体の作用』によるという“原因鑑定”であるため、この2つを結合しようと思えば小畑の41個所外表出血皮下出血は第2段階ですべて発生したという“事実認定”をせざるをえない。しかし、木島、逸見も、ましてや袴田も(秋笹は階下)第2段階の小畑逃亡取り押え時において器具や斧を手にしたとは陳述しておらず、袴田は小畑への斧使用を全面否認していた。小畑にたいしては袴田陳述は、1)なぐるける、3)硫酸使用、4)タドン使用の是認のみであった。

 予審終結決定は「解剖検査記録」の『急性死』認定に拘束されて、特高警察とはことなって第1段階と第2段階とを区別せざるをえず、その区別に基づいて小畑の上記出血をすべて第2段階の「其腹部胸部等ヲ腕力ヲ以テ強圧シ其咽喉部ヲ絞握シタル為メ同人ノ頭部其他ニ傷害ヲ負ハシメ其ノ結果其場ニ於テ同日午後二時頃同人ヲシテ脳震盪ニ因リ死亡スルニ至ラシメ殺害シ」(松本著書P.302308)という行為結果という出鱈目な“事実認定”を行なわざるをえなかった。「腕力ヲ以テ強圧」「咽喉部ヲ絞握」→46個以上の外表・頭蓋腔内出血→「脳震盪死」という出鱈目な“事実認定”となった。第1審判決(袴田、その他)は未公表なので不明であるが、基本的には上記“事実認定”と同じではないか。

〈くずれ(2)〉 袴田控訴審公判への袴田被告の「村上・宮永鑑定書反駁文」提出と控訴審公判冒頭での再鑑定要求の闘争。および、袴田控訴審公判裁判長の再鑑定決定(1942年4月30日)

 袴田被告は「第一審の裁判で利用された鑑定書にたいする長文の反駁文を書いて、控訴審裁判の裁判長あてに提出した。(中略)そして控訴審公判の最初に、わたしは裁判長に再鑑定することを要求しました。裁判長はわたしや弁護人の申入れを受け入れて、再鑑定をさせることになった」(袴田著書「党とともに歩んで」P.305)。袴田被告は、法廷での古畑氏への直接の発言の中(同上.P.305)で、下記の「古畑鑑定書」中の(参考)部分をのべた。「査問者タリシ者等ハ右二十四日ハ査問者ニ於テ、何等器具ヲ用ヒテ被害者ヲ殴打シタルコトナク、又格闘中ノ状況トシテハ被害者ニ於テ絶ヘス大声ヲ発シタリ、査問者ノ一人ニ於テ被害者ノ右腕ヲ捩チ上ゲ被害者ヲ俯伏セニ為シ其ノ背部ニ膝ヲ載掛ケ其ノ他ノ査問者ニ於テ之ニ協力シテ被害者ヲ押ヘツケ居リタリト謂フニ在リ」(「古畑鑑定書」前衛9月.P.156)。裁判所側が、袴田被告の闘争があるとしても、このような再鑑定を決定せざるをえなかったことは、特高の“デッチ上げ「解剖検査記録、鑑定書」”の第2のくずれであった。

〈くずれ(3)〉 「古畑鑑定書」(1942年6月3日)

 古畑鑑定は、第1段階での査問即暴行、暴行即外傷・皮下出血という特高説明(または裁判所側説明(?))と“デッチ上げ「解剖検査記録」”の“解剖認定”をそのまま引きついで、それに拘束されているという重大な問題点をもっている。しかし、その一方第2段階の小畑逃亡取り押え時においては「頭部ニカカル強大ナ鈍力カ作用シタト云フ証拠カアリマセンカラ」(同上.P.157)として斧の強打・乱打の証拠を否定した。この古畑氏の証拠否定は、たんに「解剖検査記録」の中に頭蓋骨折がないこと(それがなくても頭蓋腔内出血は発生しうる)や「頭部外表ニハ腫脹其他ノ損傷ヲ認メザルモ(16個の出血)」(P.153)という「解剖検査記録」だけの検討から出されたものではなく、関係者陳述証拠として第2段階での斧使用証拠がないという“事実認定”からも出されている。

 木島、逸見の小畑への斧使用他人行為目撃陳述は、特高の陳述証拠つじつま合わせへの迎合的陳述だが、それは第1段階のものである。第2段階では『急性死』である以上、第1段階での2人の使用是認陳述があっても『急性死の脳震盪死』の証拠とはなりえない。袴田被告も再鑑定提出後の予審陳述において、(参考)部分通り「然シ乍ラ、脳震盪ハ頭部ニ可ナリ強大ナル鈍力カ作用シタト云フ事実カ存在シタ時ニ初メテ考ヘラレルモノテ本件ニ於テハ頭部ニカカル…証拠カアリマセンカラ」(「古畑鑑定.P.157)を引用して、小畑への斧使用を再度全面否認主張をした。

 かくして、特高警察のデッチ上げは、「古畑鑑定書」によって、殺人、脳震盪死が否定されただけでなく、実質的には“第2段階での強力な鈍体の作用→第2段階での45個以上外傷・出血発生”ということも否定された。但し、特高警察は上記にのべたように第1・第2段階を区別していない。古畑鑑定は、再鑑定である以上、外傷・出血存在については「解剖検査記録」の“解剖認定『原本』”そのものを否定することは出来なかった。したがって、その46個の出血存在を認めているが、その発生時期については第2段階説を否定し、第1段階発生説の立場に立っている。それによって、予審終結決定(第1審公判判決も(?))の第2段階発生説“事実認定”部分をも全面否定する結果となった。

〈くずれ(4)〉 袴田控訴審判決(1942年7月18日)=確定判決

 「傷ハ手拳ナンカテハ出来ナイ」―→強力な鈍体の作用(斧の強打・乱打)―→外表・頭蓋腔内の45個以上出血―→脳震盪死―→『急性死』という特高警察・「解剖検査記録」の因果関係論理において、斧の強打・乱打原因が消滅してしまったというように証拠構成が決定的に破綻した。本来なら、その結果としての41個以上外表出血・皮下出血、4個+数個の頭蓋腔内出血の“存在事実”なるものも破綻した筈であった。古畑鑑定はそこまではいっていない。“死因再鑑定”であるため、死因としての脳震盪死の原因となる「強大ナ鈍力ノ作用」の証拠がないとして、脳震盪の否定のみをした。

 しかし、特高警察・検察庁・裁判所は、その「治安維持法等被告事件」における刑法上の側面・部分での証拠構成の決定的破綻を認める訳にはいかず、その因果関係論において、原因としての「斧の強打・乱打」を『格闘』にすりかえるという再修正を行って、その論理的破綻をつくろった。『格闘』によって上記45個以上出血が数分間で発生したという“事実認定”を強引に行い、つじつまをあわせた。「其ノ逃走ヲ防止セントシテ互ニ格闘シ因テ同人ニ対シ頭部、顔面、胸部、腰部、手足等ニ多数ノ皮下出血其ノ他ノ傷害ヲ負ハシメ遂ニ同人ヲシテ前記監禁行為ト相俟ツテ外傷性虚脱死(外傷性ショック死)ニヨリ其ノ場ニ急死スルニ至ラシメ」(袴田確定判決.亀山著書.P.298.宮本確定判決も同文)とした。

 控訴審判決(=確定判決)では、「斧使用」“事実認定”をその論理的な破綻をおおいかくすために、一切削除してしまった。斧使用については、大泉にたいして24日午前中の第1段階に秋笹が1回小突いたことが秋笹自己行為自認陳述、袴田、逸見陳述により明確になっている。逸見・木島の小畑への斧使用他人行為目撃陳述はある。しかし、小畑にたいする斧使用は袴田予審・第1審公判での全面否認・反論、袴田再鑑定要求での反駁文および古畑氏への発言での全面否認・反論により、それを第1・第2段階とも“事実認定”することはできなくなった。小畑「死体解剖検査記録」は、鈍体=斧の41回以上使用を原因とする46個以上出血という“原因鑑定”である。控訴審判決が“結果”としての46個以上出血を“事実として認定”しつづける以上、小畑への斧使用を“事実認定”からはづして、大泉への1回のみの斧使用を“事実認定”として残すことは、まさに上記にのべた因果関係論理の矛盾を一層うきぼりにすることとなる。結局、大泉への小突く程度の斧1回使用も“事実認定”から削除してしまった。

 かくして、小畑への斧使用は“事実認定”として一切カットしたにも拘らず、41個以上外表出血・皮下出血、4個+数個の頭蓋腔内出血発生・存在は“事実である”とした。“その発生原因が証拠として消滅してしまっているのに、その結果だけ生き残っている”という奇妙きてれつな確定判決の“事実認定”が出された。

(3)、私の推理の問題点

 「解剖検査記録・鑑定書」の41個以上外表出血・皮下出血のほとんど(90%前後)および4個+数個の頭蓋腔内出血の全部(100%)は『事実無根のデッチ上げ』であり、1月17日〜1月30日までの間に「解剖検査結果」の中に捏造挿入されたものである、という私の推理には、問題点として下記3つがある。

〈問題点(1)〉 「解剖検査記録」の中へ上記デッチ上げ部分を挿入する技術上の問題点

 1月17日の村上・宮永裁判所医務嘱託による「解剖検査結果」の中へ、上記デッチ上げ部分を挿入して、一次性ショック死または急性心臓死死体を脳震盪死死体につくりかえることは技術的に可能かどうかという問題点である。「村上・宮永鑑定書」は、その構成として、「死体解剖検査記録」→「説明」(死因、出血の4つの論理構成)→「鑑定」(4つの結論)となっている。私の推理としては、14日間で特高のデッチ上げの筋書きにそって、最初は、大泉陳述をもとにして、「鑑定」の4つの結論をまずつくり上げた。「説明」において、脳震盪死らしく、外表顔面・頭部外表の出血16個と頭蓋腔内の出血4個とを対応させる。頭蓋骨折をとくにデッチ上げる必要はない。其他外表の25個以上出血とその部位を「一々器具で殴られた」場合を想定して、大泉陳述にもとづいて、決定する。45個以上出血を「解剖検査結果」の各部位に挿入して、「死体解剖検査記録」をつくり上げた。この作業は技術的に可能であると考えるが、いずれにしても問題点ではありつづける。

〈問題点(2)〉 「解剖検査記録」デッチ上げにおける秘密保持上の問題点

 次の関係者にたいして秘密保持=口止め作業は可能かどうか(?) イ.1月15日夜中から16日未明での小畑死体発掘関係者。ロ.そこでの小畑死体検証関係者、および2月12日「検証調書」提出者。ハ.1月17日の解剖関係者として、医師2人、看護婦、立会人(2人)、がいる。

 私の推理としては、イ.ロ.ともに、死体外表を当然目にした。検証で錐・硫酸形跡有無や顕著な傷などの外表所見はあるとしても、これらは死因には関係ない。外表上の傷や表皮剥脱ならばともかく、皮下出血や頭蓋腔内出血は見えない。これは外表所見だけでは不可能で、解剖しなければわからない。ただ、イ.ロで多くの関係者に外表を見られているため、外表そのものの傷、硫酸痕跡などでのデッチ上げは困難であった。したがって、イ.ロの関係者は、46個以上出血という捏造挿入において口止めをする必要はない。ハ.当時の昭和9年度の情勢と特高警察や立会人戸沢検事らのもっていた権力からいって秘密保持=口止め作業は可能である。731部隊の医師への口止めは完璧に行われた。しかし、いずれにしても問題点ではありつづける。

〈問題点(3)〉 裁判所医務嘱託2人の道義上の問題点

 これが決定的な問題点であって、村上・宮永医師が東京地裁医務嘱託として、そのようなデッチ上げに応ずるかどうかということである。デッチ上げ指令者は、スパイ潜入工作、銀行ギャング事件等いかなる違法手段を使ってでも共産党を壊滅させようとしていた戸沢検事、山縣警部ら司法権力そのものであった。

 医師2人が戸沢検事、山縣警部、特高のデッチ上げ作業命令・指示にしたがったという私の推理の根拠として、次がある。宮永氏はそれ以前にも16才の死体を予審判事の命令があったからということで50才の人物だという死体検査書を書いた人物である。「それについて一体あなたの検査はおかしいのではないかということを問われたら、新聞に書いておりますが、この際年齢は問題にされていなかったので、予審判事の命令のままに書いたんだ、命令のままに解剖したんだということで堂々と答弁している人物でありました」(1976年1月30日衆院予審委員会における不破質問)。すでに、前年1933年2月20日の特高警察による小林多喜二虐殺において、関係者が小林多喜二の死体解剖を頼もうと各大学をかけ廻ったが、どの大学・医師も特高警察をおそれて、解剖を引きうけなかった。どの大学・医師も、特高警察発表の小林多喜二「死因」に反する『虐殺死』死因鑑定を出す勇気を喪失していた。特高と大学、特高と医師との関係は、この小林多喜二解剖拒否に象徴的に示されるように、外表所見でも一目瞭然な“虐殺死、拷問死という死因鑑定”を特高発表「死因」にさからって出すことが不可能のような状態にあった。731部隊で、“丸太”を実験材料に使い、生体解剖した医師たちも誰一人として、その関東軍命令に逆らえなかった。ましてや裁判所医務嘱託では、特高警察の「大森銀行ギャング事件」につづく「赤色リンチ殺人事件」デッチ上げでそれを裏付ける“医学的根拠”としての「解剖検査記録の45個出血」捏造挿入命令を医者の良心にもとづいて、昭和9年当時の情勢において断固として拒否することができたとは思えない。

 しかし、松本著書(P.225226)に、解剖執刀者村上次男氏の「発言」が掲載されている。彼は現在、東京大学医学部名誉教授である。「私は永年にわたる大学生活の中で、警察や外部からの圧力によって、法医学者としての筋をまげたことなどただの一度もありません。この件についても、もちろん同じことです。言われるような特高の圧力などいっさいありませんでした」。いずれにしても、これも私の推理の問題点でありつづける。

7)、“デッチ上げ「解剖検査記録・鑑定書」”の果たした役割

 特高の「共産党リンチ殺人事件」デッチ上げを裏付ける証拠の中でも「解剖検査記録」は新聞報道、予審、公判においても“もっとも科学的・医学的な証拠”=“完全な事実”として決定的役割を果たした。だれも、「鑑定書」はともかく、「解剖検査記録」自体が『事実無根のデッチ上げ』としての小畑死体に存在もしていなかった41個以上外表出血・皮下出血、4個+数個の頭蓋腔内出血が捏造挿入されているとは考えもしなかった。国民はすべて、それは正確・事実であるという宣伝にあざむかれた。“主観の入らない科学的資料”“司法解剖において医者がウソのことを書く筈がない”という国民感覚を利用した絶妙なデッチ上げであった。

 ここに、小畑査問中の一次性ショック死または急性心臓死による急性死という偶発的出来事と「赤色リンチ」「赤色リンチ殺人」デッチ上げとを結合させる上での決定的ポイントがあった。古畑再鑑定はそれでも、この法医学的証拠と関係者陳述証拠との相違点・矛盾点の一部を解明して「強力な鈍力の作用の事実」を否定したが、「暴行結果としての45個以上出血・皮下出血」というもう1つの矛盾点部分まで否定することはできなかった。45個以上出血・皮下出血という“原因のないままでの結果”あるいは“原因不明の結果”だけは尚、確定判決の“事実認定”として生きつづけ、43年経過後の今日において、再度反共攻撃の武器として利用されている。

 そもそも、45個以上出血という「解剖検査記録」の“解剖認定”は、小畑の身体を41個所以上も斧で強打・乱打したという“事実”なるものが、関係者陳述証拠によって証明されることを大前提として、捏造挿入されたものである。「一々器具で殴られた」という大泉陳述とは符合している。それにも拘らず、“現公表資料”の中では、小畑への斧使用是認陳述は予審・公判での木島・逸見の迎合的陳述にある1回使用、コツンと叩く、頚をつつく程度内容のもので、袴田被告の予審・第1審・控訴審での再鑑定要求における小畑への斧使用全面否認の断固とした主張によって、小畑への斧使用を立証できず、袴田控訴審判決(=確定判決)では上記にのべた理由から、斧使用“事実認定”を一切削除してしまった。小畑への斧41個所以上・41回以上使用というデッチ上げが完全にくずれたにも拘らず、“「解剖検査記録」の45個以上出血は事実”として結果のみが生きつづけて“事実認定”の基礎とされた。この「解剖検査記録」は、「古畑鑑定書」も当然その“解剖認定”を基礎としているため、43年経過後の今日においても、「共産党リンチ殺人事件」というデッチ上げの最後的くずれをささえる“科学的文書・記録”として、なお中心的役割を果している。

 反共謀略側が「古畑鑑定書」を“ナマのまま”出してきた理由も、たんに小畑死因が異常体質によるショック死か外傷性ショック死かという問題の側面からだけではない。もう1つには、「古畑鑑定書」での「解剖検査記録」をそのまま引きついだ部分として、45個以上出血事実と外傷・出血は暴行結果によるものという“原因鑑定”(前衛9月.P.157)も査問の事実であり、『リンチはやはり存在した』という“説得力”を「古畑鑑定書」自体がまだもっているからに外ならない。この「スパイ査問事件」におけるデッチ上げ部分・側面を最終的に粉砕する上で、この「解剖検査記録」の45個以上出血が『事実無根のデッチ上げ』であることをあらゆる角度から説得力をもって論証することがきわめて重要である。

8)、「解剖検査記録」のデッチ上げ性の分析

 「解剖検査記録」の41個以上外表出血・皮下出血のほとんど(90%前後)、4個+数個の頭蓋腔内出血の全部(100%)が『事実無根のデッチ上げ』であることを論証する。それへの現在の党の論証方法とその説得力有無については、下記〈第5の論理〉で分析する。

(1)45個以上の出血発生・発生時期

 査問過程には、2つの段階がある。

第1段階

 日時は、23日午前10時または10時半頃〜24日午前中の査問である。および24日午後の大泉査問では、袴田・逸見が査問、宮本・木島は前夜徹夜査問のためコタツで仮眠、秋笹は階下にいた。暴行行為には、上記の4項目暴行行為があった。上記出血発生可能性行為だが、(1)小畑への3項目の暴行・脅迫行為(第2項目の斧使用は大泉にたいしてのみ)のうちで、3)硫酸、4)タドンは出血に関係ない。1)なぐるける行為の中で手拳で“力まかせ”になぐった場合の発生可能性はある。しかし、だれも“力まかせ”になぐったとはのべていない。普通の手拳・平手でなぐる程度では皮下出血は発生しない。特高の拷問とは異なる。(2)小畑の壁に穴をあける自傷行為による発生可能性もない(宮本第5回公判.P.190P193.宮本第14回.P283の3回陳述)。(3)小畑の手足を縛ったままでの押入からの出し入れ行為による発生可能性(宮本第5回公判.P.190P193)もない。(1)、(2)、(3)いずれの場合も、皮下出血が発生するとは考えられないが、仮にその行為の“強い程度”を認めても、数個所の出血発生可能性があるだけである。(1)、(2)、(3)の合計で、41個以上の外表出血・皮下出血などは絶対に発生しない。尚、縛創は、41個出血とは無関係で、それとは別に「解剖検査記録」の「説明」部分の「三、(甲)、(乙)」に記載されている(前衛9月.P.154))。

第2段階

 日時は、24日午後2時頃大泉査問中での小畑逃亡取り押え時の数分間である。暴行行為は、一切なく、誰も器具を手にしていない。「格闘」でもない。45個出血発生可能性行為の存在有無について関係者陳述として、(4)袴田控訴審陳述「宮本カ小畑ヲ背負投ケシタ」(宮本第9回公判.P.226)。宮本被告はその行為を否認した。これは事実ではない。(5)袴田陳述「逸見カオーバーノ上カラ小畑ノ咽喉ヲ押ヘ、咽喉ヲ絞メマシタ」(袴田警察聴取書第8回.朝日ジャーナル2月20日号.P.36.袴田予審第12回.P.239)。宮本被告はその行為を否認した(同上.P.226)。袴田被告も第1審で「小畑ノ首筋ヲ上カラ押ヘツケ」に変更した(第1審第2回.P.318)。(6)袴田陳述、逸見陳述「宮本カ片膝ヲ小畑ノ背ニカケ同人ノ手ヲ捻上ケタノテ」(袴田予審第12回.P.239.袴田第1審第2回.P.318.逸見予審第18回.P.303。さらに、袴田控訴審での「反駁文」または古畑氏への発言の中での袴田意見・発言「古畑鑑定書」(参考)部分.P.156)。宮本被告はその行為を否認(同上.P.226)した。(4)は事実ではない。(5)、(6)は事実としては不明であるが、仮に(5)、(6)が事実と想定した場合でも、その程度の行為によっては皮下出血は発生しない。この(4)、(5)、(6)以外に、二階にいた査問中の袴田・逸見と小畑逃亡前仮眠中の宮本・木島ら4人とも45個出血発生可能性行為について陳述していない。第2段階は基本的に小畑の手足を押えるという性質の行為であるため、外傷・皮下出血など発生しない。ましてや、その数分間の「取り押え」で、予審終結決定や確定判決の“事実認定”のように、45個以上もの外表出血・頭蓋腔内出血など発生する筈がない。小畑死亡の性質は、『急性死』であるとして、「心臓並ニ大血管内ノ血液ハ流動性(同記録第十四.第十九及第三十一項)ニシテ急死ノ像ヲ呈ス」(「解剖検査記録」の「説明」.P.154)としている。

(2)45個出血発生原因・発生時期での6つの論理とその検討

 これについて6つの論理があるので検討する。

〈論理(1)〉 特高警察・“デッチ上げ「解剖検査記録」”の論理とその矛盾点

−『出血発生時期としての第1・第2段階混同説と斧使用原因説』−

 第1、第2段階を混同し、出血発生原因として45個とも斧使用原因の立場に立つもので、小畑への41回以上もの斧使用は事実だとする。査問即暴行・リンチ→暴行即斧の強打・乱打(41回以上)→斧の強打・乱打(強大な鈍体の作用)即上記45個出血→4個+12個の頭蓋腔内出血即脳震盪死の証拠とする。4つの連続した単純な論理構成になっており、第1、第2段階を区別していない。

 しかし、これは大泉陳述にもとづいて、査問状況を想定してデッチ上げたものであるだけに、いざ査問状況にもとづいて、小畑死亡の因果関係を立証しようとすると、小畑が『急性死』した24日午後の時点では、なんの暴行行為も存在していないという根本的矛盾を露呈する。上記「説明」自体が査問状況にてらして見ると根本的矛盾をもっていたのである。

〈論理(2)〉 予審終結決定(および第1審判決も(?))の“事実認定”の論理とその矛盾点

−『出血の第2段階発生説と「強圧・絞握」原因説』−

 『急性死』という「解剖検査記録」の“解剖認定”に拘束され、特高警察の単純、ズサンな論理とはことなって、第1、第2段階を区別せざるを得なかった。しかし、第1段階と第2段階を区別するという論理構成をとると、特高警察の法医学的証拠、関係者陳述証拠、物的証拠の3つは、その証拠間における致命的な矛盾または不備を露呈する。

 第1段階の“事実認定”では、査問即暴行として、小畑に対する行為として「手拳、薪割、出刃包丁等ヲ以テ乱打シ、或ハ其腹部ニ炭火ヲ押当テマタ硫酸ヲ注ク等ノ暴虐ヲ加ヘ」(松本著書.P.302308)とした。

 第2段階の“事実認定”で、「小畑カ其苦痛ニ堪ヘ兼ネテ逃亡セントスルヤ力任セ其腹部胸部等ヲ腕力ヲ以テ強圧シ、其咽喉部ヲ絞握シタル為メ同人ノ頭部其他ニ傷害ヲ負ハシメ其ノ結果其場ニ於テ同日午後二時頃同人ヲシテ脳震盪ニ因リ死亡スルニ至ラシメテ殺害シ…」(松本著書.P.302308)とした。

 こうして、第1段階では斧(薪割)使用を“事実認定”するが、『急性死』の手前それを外傷・出血に直接つなげる“認定”にすることはできない。第2段階では、特高のデッチ上げた斧使用死因説を立証できず、したがって“苦しまぎれに”「腹部胸部ヲ強圧、咽喉部ヲ絞握」→「頭部其他ニ傷害」→「脳震盪死」というように論理的になんの因果関係も成立しない3つの“事実認定”を並べて→「殺害」という“事実認定”とした。その時点での袴田、逸見、木島3人の陳述、秋笹は階下での陳述、大泉は目隠し中で目撃できない。宮本被告は予審も完全黙秘で陳述なし。この第2段階の“事実認定”は完全に関係者陳述証拠と矛盾しているが、『急性死』、『45個以上の出血』という2つを“事実”として認定しようとする以上、上記のような論理的に出鱈目な“事実認定”をせざるをえない。

〈論理(3)〉 古畑鑑定書の論理とその矛盾点

−『45個出血の第2段階発生否定説と第1段階での発生・暴行原因説』−

 発生時期として、第1、第2段階を区別し、第2段階での頭部への「強大ナ鈍力ノ作用シタ」証拠や事実を否定→「脳震盪死」を否定→これは“事実上”4個+数個の頭蓋腔内出血の存在の否定となっている。なぜなら、その第1、第2段階状況において、斧の強打・乱打(=強大な鈍力の作用)以外の行為で4個+数個の頭蓋腔内出血が発生する可能性はありえないからである。古畑鑑定の「脳震盪死」否定の論理は、必然的に、その頭蓋腔内出血の存在のデッチ上げ性を意味するものとなっているが、古畑氏はそれをしていない。“死因のみの再鑑定”である以上、「解剖検査記録」の“解剖認定”内容までも否定することはできなかった。

 古畑氏は上記制約、および、特高または控訴審裁判所側の説明を“事実である”とせざるをえないことから、『45個以上出血』『第1段階での暴行存在』という2つの“事実”から、第1段階での上記出血発生・暴行原因説の立場に立っている。第1段階での査問即暴行→暴行即出血発生という立場に立っている(P.157)。古畑鑑定は上記第2段階の“事実認定”と第1段階の“事実認定”から→「外傷性ショック死」という“死因鑑定”を出した。

 しかし、こんどは、この「外傷性ショック死」という“死因鑑定”は『急性死』という「解剖検査記録」の“解剖認定”とは基本的に矛盾することとなった。なぜなら「外傷性ショック死」というのは基本的に「二次性ショック死」のことであり、『急死ノ像ヲ呈スル』「一次性ショック死」とは法医学上で概念上区別されているからである。これについては、前衛9月号.中田論文「小畑達夫は外傷性ショック死ではない」(P.84)に全面的にのべられている。その一部のみ引用すれば、「外傷性ショックは重度外傷によって生じた、広範な筋肉の挫滅が原因で、受傷後一定の時間が経過してから発症するもの(二次性)であることは、すでに第一次大戦の頃から知られており、(文献3031等々)これまでに多くの研究や業績が発表されて病態の主因も明らかにされています」(上記論文中.2.外傷性ショック.P.96))。

 「古畑鑑定書」自体も「一次性ショック死」と「二次性ショック死」の区別を意識して書いている部分がある(前衛9月.P.158.「(三)ショック死ナリヤ」の部分)。「古畑鑑定書」は、(1)その問題点として、特高説明または控訴審裁判所例説明にもとづいて、『45個出血の第1段階発生・暴行原因説』の立場に立っている。(2)第2の問題点として、上記説明にもとづいて、『第2段階「格闘」説』の立場に立っている。「格闘」という“事実認定”用語を鑑定書で3回も使用している。(3)その矛盾点として、「解剖検査記録」の『急死ノ像、急性死』という“解剖認定”と基本的に矛盾・対立する『急性死(一次性)でない外傷性ショック死(二次性)』という“死因鑑定”を行っている。そして『急性死』の方が事実であるということは第2段階についての関係者陳述証拠を見れば明らかであり、その点でも、古畑鑑定は『急性死である』という関係者全員の完全一致の陳述証拠とは根本的に矛盾・対立する『急性死でない』という“死因鑑定”を事実上行っている。

〈論理(4)〉 袴田控訴審判決(=確定判決)の“事実認定”の論理とその矛盾点

−『出血第2段階発生説と「格闘」原因説』−

 袴田控訴審での「古畑再鑑定書」は、「脳震盪死」否定→第2段階「強大ナ鈍力ノ作用」否定→“事実上”の第2段階頭蓋腔内出血発生否定→「外傷性ショック死」という鑑定による“事実上”の『急性死』否定(上記の矛盾をもつ)を鑑定した。ここで、特高のデッチ上げ『斧の強打・乱打原因説→脳震盪死』は完全にくずれた。同時に“死因の証拠となる筈の頭蓋腔内出血第2段階発生説”も“事実上”否定された筈であった。しかし、控訴審判決は「古畑鑑定書」の『外傷性ショック死』という部分のみ採用し、他をきりすて、予審終結決定と同じく、45個出血の第2段階発生説をとった。

 第1段階の“事実認定”として、査問即暴行として、小畑に対する行為として「殴ル蹴ル」以外に「其ノ足ニ炭団火ヲ押シ付ケ、或ハ腹部ニ硫酸ヲ注ク等」(亀山著書.P.298)とした。予審終結決定とくらべて、「薪割、出刃包丁ヲ以テ乱打シ」は小畑、大泉にたいしても削除した。

 第2段階の“事実認定”で、「一同ニテ押ヘ付ケ以テ其ノ逃亡ヲ防止セントシテ互ニ格闘シ因テ同人ニ対シ頭部、顔面、胸部、腹部、手足等ニ多数ノ皮下出血其ノ他ノ傷害ヲ負ハシメ遂ニ同人ヲシテ前記監禁行為ト相俟ツテ外傷性虚脱死(外傷性ショック死)ニヨリ其ノ場ニ急死スルニ至ラシメタルカ」(亀山著書.P.298)とした。

 控訴審判決は第2段階について予審終結決定の論理的に出鱈目な“事実認定”を若干手直し、修正して、第2段階の小畑逃亡取り押え状況を「格闘」にすりかえることでつじつまを合わせようとした。「古畑鑑定書」の中で「格闘」という“事実認定”用語が3回も使用されていることは、控訴審裁判所側が公判途中の再鑑定決定時においてすでに第2段階=「格闘」というデッチ上げの手直し・再修正をしていたことを証明している。そして、小畑逃亡取り押え状況即「格闘」→数分間の「格闘」即「45個以上の出血発生」・外傷→“急性死でない”「外傷性ショック死」によって「急死」というように予審終結決定の出鱈目さに勝るとも劣らないような出鱈目で矛盾だらけの“事実認定”を行った。この第2段階の“事実認定”は、3人の関係者陳述証拠(宮本再開公判はまだ2年後)と矛盾・対立している。『急性死』、『45個以上出血』、“急性死でない”『外傷性ショック死』という対立・矛盾する3つを“事実”として認定しようとする以上、上記のような出鱈目な“事実認定”とならざるをえない。しかも、この第2段階の“事実認定”は、上記にのべた「古畑鑑定書」の“事実上の”『頭蓋腔内出血の第2段階発生否定説』とも矛盾しているのである。194412月5日の宮本確定判決(=第1審判決)の“事実認定”も、1942年7月18日の袴田確定判決(=袴田控訴審判決)の上記“事実認定”と死亡時刻以外全く同一内容、同文である。

〈論理(5)〉 宮本陳述および現在の党説明とその説得力有無

−『45個出血発生の基本的否定と、仮定論としての出血発生第1段階他原因説』−

 第1段階の査問状況については宮本陳述のみが真実・真相を全面的にのべている。他の関係者陳述での暴行行為是認陳述はすべて事実でない。袴田陳述の、1)なぐるける、2)斧使用、3)硫酸瓶使用、4)タドン使用の是認陳述。秋笹陳述の、2)斧使用、3)硫酸瓶使用、4)タドン使用の是認陳述。逸見陳述の、1)なぐるける、2)斧使用、3)硫酸使用、4)タドン使用の是認陳述。木島陳述の、1)なぐるける、2)斧使用、3)硫酸使用、4)タドン使用の是認陳述。大泉陳述の、被査問者・スパイとして4項目以外に出刃包丁、錐の使用陳述など、査問者側4人の是認陳述も、スパイ大泉陳述もすべて事実でないとして全面否認し、宮本陳述内容だけが事実をのべている。したがって、「45個出血発生の暴行原因説は『事実無根のデッチ上げ』であることが、宮本陳述によって完全に論証された」としている。但し、第1段階の出血他原因説(仮定主張論)として、“仮に出血、表皮剥脱、頭蓋腔内出血があったとしても”、小畑の壁に穴をあける自傷行為による発生、あるいは、小畑の手足を縛ったままでの押入れからの出し入れ行為による発生が考えられる、とした。この内容は、宮本陳述では第5回公判.P.188194.第14回公判.P.282283.第9回公判.P.226、にある。「壁の穴」存在は宮本陳述がのべているように事実である。「壁の穴」には、袴田、逸見もふれている(袴田控訴審第3回.逸見予審第20回.「文化評論」4月.P.88)。

 第2段階小畑逃亡取り押え時状況については宮本陳述のみが真実・真相を全面的にのべている。他の関係者陳述での次の行為是認陳述はすべて事実ではない。袴田陳述の、1)宮本が背負投げ、2)宮本が腕を捻上げ、3)逸見が咽喉を押えの是認陳述。逸見陳述の、2)宮本が腕を捻上げの是認陳述など、この2人の是認部分も事実でなく、それをいずれも全面否認している宮本陳述内容だけが事実をのべている。したがって「45個出血発生の格闘原因説は『事実無根のデッチ上げ』であることが、宮本陳述によって完全に論証された」としている。結論として、「出血発生の暴行・格闘原因説」を全面否定するとともに、頭蓋腔内出血の発生・存在そのものについて根本的疑念を表明している。「脳膜下ニ出血カアルト云フノテアルカ此ノ点否定的ナ疑問ヲ有タサルヲ得ナイ」(宮本第5回.P.190)。「頭部内の出血という宮永解剖所見の方が大いに疑わしいのである」(「文化評論」4月.P.87)。

 この論理と論証方法は“現時点”で説得力をもつか。スパイ査問事件事実問題にたいする国民の認識水準、認識動向をどう評価するか。“現時点”では、関係者陳述証拠として、袴田警察聴取書8〜10回。袴田予審訊問調書1〜19回。袴田第1審公判調書1〜3回。袴田確定判決文引用の逸見、木島、秋笹、大泉の予審調書の一部、などが、「宮本顕治公判記録」以外に党外から資料として公表・出版されている。その内容は第1段階暴行行為の有無、程度問題について宮本陳述と基本的に異り、かつ、他5人の関係者陳述は細部の相違は別として一致している。上記に分析した陳述内容になっている。一方で、昨年1976年度以来のスパイ査問事件反共攻撃において、特高、裁判所側資料も攻撃武器の1つとして公表され、利用された。1、当時の「赤色リンチ殺人事件」の特高公表・新聞報道。2、袴田、宮本予審終結決定。3、「古畑鑑定書」。4、確定判決文として、袴田、宮本の全文、逸見の一部、秋笹の全文。5、党発表(前衛9月)の「解剖検査記録・村上宮永鑑定書」、などが発表された。1〜4はいずれも『「解剖検査記録」の45個以上出血発生は事実である』ということを前提とした文書である。国民のそれらへの認識水準、認識動向としては、反共攻撃側の宣伝の影響もあるが、「解剖検査記録」は“科学的法医学的な事実”であり、“ないものをあるとしたものではない”、「確定判決」としては、それを認定の基礎としている以上、その部分の“事実認定は事実である”、「古畑鑑定書」は、法医学権威者による“科学的な事実にもとづく鑑定である”、という受け止めが存在している。

 そこから、「宮本陳述は2つの事実問題について真実・真相をのべていない部分がある」「2つの事実問題についての全面否認という現在の党の説明は事実・真相でなく、ウソをのべている」という疑問・推定・結論などは、多くの国民が関係者陳述資料を読めばもたざるをえない状況にある。現党員、共産党支持者でも、別に反共でない人でも、現在の党説明としての暴行行為の全面否認、および袴田陳述の暴行・脅迫行為是認部分の事実性の全面否定にたいして一定の疑問・批判を平野謙氏のみでなく、かなりの人がもちつつある。その状況での、〈論理(1)〉出血発生時期としての第1・第2段階混同説と斧使用原因説、〈論理(2)(4)〉出血の第2段階発生説と「格闘」原因説、〈論理(3)〉出血の第2段階発生否定説と第1段階での発生・「暴行」原因説への反論の説得力有無である。この3つの説のいずれにも応えうる説得力を、上記の国民の認識水準・認識動向の中でもたなければならない。関係者陳述証拠資料と特高発表・裁判所側資料公表・出版の中では上記内容の宮本陳述および現在の党説明論理は、国民のなかで説得力を急速に失ってきている。とくに、2つの事実問題の説明部分において反共攻撃にたいする論理的・政策的優位性を喪失している。

 宮本陳述および現在の党説明の論理では、暴行行為存在そのものを全面否認しているため、その存在を是認した上での「程度問題」での関係者陳述証拠の一致点にもとづく論証をするという論証方法をとることはできない。それは、“なんらかの暴行行為はあったのではないか”“なぐるけるぐらいはあったのではないか”という疑問・認識をもった国民、有権者にはなんの論証能力ももちえず、論証方法としてかみ合わず、すれちがいのままになる。これも党の説明への不信・疑問の原因の1つとなる。『全訴訟関係記録の唯一の検討者、密室審理拒否者としての宮本陳述証拠によって〈論理(1)〜(4)〉は事実ではないことが解明された』とする“論証方法”は、国民の認識水準・動向にたいしてなんの説得力ももたない。

〈論理(6)〉 私の“事実認識・判断”と論証方法

−『外表・皮下出血のほとんど(90%前後)、頭蓋腔内出血の全部(100%)は「事実無根のデッチ上げ」説』−

 第1段階の査問状況については宮本陳述は2つの事実問題で真実・真相をのべていない部分がある。その部分を是正する。第1段階では、基本的に査問は静粛・円満に行なわれたが、4項目・3つの性質の暴行・脅迫行為は事実として存在した。問題は、その行為が上記出血発生可能原因となりうるかどうかである。暴行行為の「程度問題」がポイントである。小畑にたいし事実として存在した行為は、1)なぐるける、3)硫酸、4)タドンの3項目であるが、硫酸、タドンは出血・皮下出血発生には関係ない。1)なぐるける行為の「程度問題」については、その行為是認陳述をしている袴田、逸見、木島3人とも“出血発生可能「程度」”の是認を一切していない。その「程度問題」での3人の完全一致が、1)なぐるけるは数回小畑に対してあっても、その行為によって出血は発生しておらず、ましてや45個出血発生などはありえない。この関係者陳述証拠の「程度問題」一致点で論証する。宮本陳述のみを真実・真相とし、“暴行行為存在の全面否認に立って、外傷・出血発生の「暴行」原因説の全面否認”という論理を是正し、宮本陳述もふくめた関係陳述証拠の一致点・相違点を総合的・批判的に検討する。“4項目・3つの性質の暴行・脅迫行為存在是認とその行為「程度問題」にもとづく外傷・出血45個発生基本的否定”という論理に政策転換する。

 第2段階での外傷・出血発生原因はなんら存在しないことも、宮本陳述のみに依拠して論証するのではなく、2階にいた4人(大泉査問中の袴田・逸見と仮眠中の宮本・木島)の関係者陳述証拠の一致点・相違点の総合的・批判的検討によって論証する。

 現在の党論理、論証方法を“転換、政策転換”する必要があるという判断根拠をのべる。“医学的根拠”“科学的な事実”として国民にうけとめられている「解剖検査記録」「古畑鑑定書」の〈論理(1)(3)〉、“裁判所の事実認定として全部がデッチ上げではあるまい”としてうけとめられている「確定判決」の〈論理(4)〉のいずれをも全面的に粉砕する上では上記の論証方法以外にありえない。“45個外傷・出血の存在は事実である”“暴行即出血発生であり、袴田陳述は暴行行為を是認しており、袴田陳述の方が真相を伝えているのではないか”ということなどが、雑誌、週刊誌、テレビ、単行本などで国民に一定認識されているので、これについて徹底的に粉砕しなければ「スパイ査問事件」はいつまでも反共攻撃の武器としての生命力をもちつづけ、ことあるごとに反共攻撃に利用される。但し、上記“転換”にもとづくマイナス面は一時期当然発生するが、それはやむをえない。

9)、「古畑鑑定書」

 立花論文が文春新年号で「古畑鑑定書」を「宮本確定判決」とならべて“ナマのまま”の資料として提起したことは、それが国民への強力な説得力を“現時点”でももつ資料と判断したからに外ならない。その判断通り、上記にのべた国民の認識水準・認識動向からいって“法医学の最高権威者”としての古畑氏の鑑定は“政治的要素の入っていない科学的な事実”として国民にうけとめられている。「古畑鑑定書」は私の判断としては少くとも3つの矛盾点をもっている。

 〔矛盾点(1)〕 第1段階での査問即暴行→「暴行即外傷・出血」という“事実認定”である。これは、特高警察または控訴審裁判所側の再鑑定依頼時での査問状況説明のまま記載した。この「暴行即外傷・出血」という“事実認定”は、査問者側4人の是認暴行「程度問題」で完全一致した関係者陳述証拠と決定的に対立・矛盾している。出血を発生させる程度の暴行を4人のだれも是認していない。但し、宮本・大泉陳述は別である。宮本陳述は「程度問題」以前として暴行行為の全面否認であり、大泉陳述は、スパイとして暴行行為「程度問題」について出鱈目な陳述をしている。

 〔矛盾点(2)〕 第2段階での小畑逃亡取り押え状況についての「格闘」という“事実認定”である。これも上記同様の小畑逃亡取り押え状況説明のまま記載した。この「格闘」という“事実認定”も、関係者陳述証拠と決定的に対立・矛盾している。2階にいた査問者側4人の小畑取り押え状況について「格闘」という状況でないことの完全一致がある。

 〔矛盾点(3)〕 “急性死でなく”“二次性ショック死”としての「外傷性ショック死」という“死因鑑定”である。「強大な鈍力の作用の証拠の存在」否定とそれによる「脳震盪死」の否定。1)この“急性死でない”「外傷性ショック死」という“死因鑑定”と関係者陳述証拠とは決定的に対立・矛盾している。2階にいた査問者側4人全員が急性死で完全一致している。2)この“急性死でない”「外傷性ショック死」という“死因鑑定”と「解剖検査記録」の『急死ノ像』『急性死』という“解剖認定(解剖所見)”との決定的な対立・矛盾がある。この「外傷性ショック死」という概念は、ショック死における一次性・二次性の区別において「二次性ショック死」に属するものであり、法医学上では『急死』『急性死』とは対立概念であることについては、「中田論文」(前衛9月号.P.94)が全面的に解明している。

 これらの3つの矛盾点を解明し、「古畑鑑定書」認定内容否定の論証をする。

 〔矛盾点(1)〕解明 暴行行為是認をしている査問者側の袴田、秋笹、逸見、木島4人(宮本、大泉は上記理由で別)の陳述内容を見ても、上記全体で検討したようにいろいろ相違点はあるが、第1段階4項目行為・その「程度問題」を見ても、だれも出血・皮下出血を発生させる“程度”の行為を是認していない。この4人の関係者陳述証拠の「程度問題」での完全一致は、転向者2人と予審陳述時非転向者2人の完全一致である。『4項目・3つの性質の暴行行為は存在はしたが、その暴行は出血を発生させていない。暴行即45個以上出血発生でない』ことを、この点から論証するのは可能である。

 〔矛盾点(2)〕解明 第2段階で2階にいた袴田、逸見、宮本、木島ら査問者側4人(秋笹は階下)の陳述内容でも、宮本陳述がいろいろ批判しているように相違点はあるが、小畑逃亡取り押え状況において、誰も器具を手にしていない、暴行はない、瞬間的から数分間という短時間であるなどの点から、「格闘」性質の行為ではないという点では完全一致している。4人の関係者陳述証拠の完全一致も、転向者2人と一貫して非転向者2人の完全一致である。『第2段階は「格闘」でなく、取り押えであること』の論証は、この点から可能である。『「格闘」でなく、瞬間的から数分間の取り押えであるため、その行為によっては出血など発生せず、第2段階での45個以上出血発生説をとる予審終結決定・確定判決の“事実認定”はまさに出鱈目である』ことの論証は可能である。

 〔矛盾点(3)〕解明 1)第2段階で2階にいた4人の査問者側陳述証拠を見ても、〔第2の矛盾点〕での完全一致とともに、小畑が大声を上げた、4人で取り押えた、急死・急性死であるという点でも完全一致している。この4人の関係者陳述証拠の完全一致も、転向者2人と一貫して非転向者2人の完全一致である。『“急性死でない”二次性ショック死という“死因鑑定”は誤りで、あくまで急死・急性死である』『“急性死でない”「外傷性ショック死」という古畑氏の“死因鑑定”は誤りで、あくまで急死・急性死としての一次性ショック死あるいは急性心臓死である』ことの論証は、この点から可能である。2)「解剖検査記録」の『急死ノ像』『急性死』という“解剖認定(解剖所見)”と関係者4人陳述証拠という2つの証拠の一致という点からも『“急性死でない”二次性ショック死=「外傷性ショック死」という古畑氏の“死因鑑定”は誤りである』ことの論証は可能である。『第2段階での「格闘」―→45個以上外傷・出血発生―→“急性死ではない”外傷性虚脱死(外傷性ショック死)―→急死したとする確定判決の“事実認定”はまさに支離滅裂、出鱈目である』ことの論証は可能である。

 この「古畑鑑定書」矛盾点解明論理は、次の問題点をもつ。〔矛盾点(1)(2)〕については、古畑氏が、再鑑定人として特高警察または袴田控訴審裁判所側説明をそのまま“事実”とした上で再鑑定作業をする以外に仕方がなかったという点から説明できる。問題は、〔矛盾点(3)〕のようなショック死概念における一次性・二次性区別と「解剖検査記録」の『急死ノ像』(=血液ノ流動性)『急性死』という“解剖認定(解剖所見)”との矛盾点をもつというような“法医学上の初歩的な誤り”を古畑氏がなぜ犯したかである。それをどう説明するかということである。この点では、「中田論文」もそこまで踏みこんだ説明をしていない。3つの矛盾点によって「古畑鑑定書」認定内容を否定し、『古畑氏の「二次性ショック死」という“死因鑑定”は誤り』ということを論証するだけでは、“「法医学の最高権威者」としての古畑氏がなぜそのような法医学上初歩的な誤りを犯したのか(?) 犯す筈がないのではないか(?)”という疑問が生れる。その疑問を放置したままでは上記解明は国民にたいして充分な説得力をもちえない。

 古畑氏が1942年再鑑定時において、ショック死概念における一次性・二次性の区別を法医学の“常識”として知っていたかどうかである。これは、「中田論文」(P.96)の引用のように、すでに第一次大戦の頃から知られているということであり(「中田論文」参考文献中.文献2728303143等、P.104)、また、「古畑鑑定書」の中にも『「ショック死」ナリヤ』(前衛9月.P.158)の中でも「一日乃至数日後ニ容態カ悪化シ」として一次性・二次性区別をしている記載部分がある。そこから見ても、古畑氏はその当時において、当然それを知っていた。そこで問題は、古畑氏が『急死ノ像』『急性死』の一次性ショック死死体の“死因再鑑定”において、なぜ“急性死でない”二次性ショック死としての「外傷性ショック死」という“死因再鑑定”をしたかという点である。そこには次の3つのケースがある。

 〈ケース(1)〉 ショック死概念としては当然知っていたが、無意識のうちに一次性ショックと二次性ショックとを混同し、第1段階での「暴行即外傷・出血」という“事実認定”にもとづいて「外傷性ショック死」という“死因鑑定”を行い、それが〔矛盾点(3)〕として他証拠と決定的な対立・矛盾することに気がつかなかった。これは可能性としてはありうるが、実際問題として古畑氏が、そういういいかげんな“死因再鑑定”をしたとは思えない。

 〈ケース(2)〉 鑑定で、まず脳震盪死、絞頚死を否定した。その次に、『「ショック死」ナリヤ』(P.158)という鑑定作業に取り掛かった時、一次性と二次性との区別を考慮した。1)「解剖検査記録」の『急死ノ像』『急性死』を重視すれば、一次性ショック死となる。2)特高・控訴審裁判所側説明「暴行即外傷・出血=45個以上出血」を“事実”として重視すれば、二次性ショック死としての「外傷性ショック死」となる。但し、この場合は上記『急性死』という“解剖認定(解剖所見)”とは矛盾する。この1)、2)の相違をを明確に意識し、2)における矛盾点を充分承知の上で“死因再鑑定”として2)を選択・決定した。これも可能性としてはありうる。しかし、「解剖検査記録」『急死ノ像』『急性死』を否定する性質の再鑑定を古畑氏が法医学上で出したとはあまり考えられない。なぜなら、予審終結決定も控訴審判決も上記にのべた出鱈目な“事実認定”をする上でも『急死ノ像』『急性死』という“解剖認定”と“関係者陳述証拠”に重大な拘束をうけていたからである。古畑氏のみが、その拘束を無視・軽視しえたとは考えられないからである。

 〈ケース(3)〉=私の推理 古畑氏は、『急性死』『その証拠の存在否定による脳震盪死否定』『身体外表の損傷は軽微であり、死因には直接関係ない』という3つの事実(いずれも「古畑鑑定書」P.157−但し、急性死については「血液の流動性」という転記のみ)を総合的に検討すれば「一次性ショック死」あるいは、他原因による急性心臓死の鑑定結果にいきつかざるをえなかった。“純粋に法医学的には”そうなる。しかし、その“純粋な学問的結論”が再鑑定書として袴田控訴審裁判へ提出されれば、どうなるか。それは、特高警察、予審終結決定、第1審判決などでの一大国家権力犯罪の「赤色リンチ殺人事件」=「殺人罪」の大々的宣伝・デッチ上げを一法医学者によって全面的に否定しさり、『「殺人」でもなく、「傷害致死」でもない、「たんなる一次性ショック死あるいは急性心臓死」』とすることになる。国家権力犯罪の第2の柱「殺害を共謀・殺意の存在」、第3の柱「リンチ殺人」を根底からひっくり返す“おそるべき政治的性質”をもった文書となる。控訴審裁判所側がその鑑定内容をうけ入れようと、うけ入れまいとに拘らず。

 「赤色リンチ殺人事件」は、昭和9年1月15日大泉逃亡以来、8年間にわたり宣伝され、反共攻撃に利用されてきた。昭和17年(1942年)当時の軍国主義政治・社会情勢の中で、一法医学者が、そのデッチ上げの3つの柱のうち2つまでをも全面的根底的に否定しさるという“おそるべき政治的性質をもつ再鑑定書を“法医学者としての良心”のみにもとづいて提起できたかどうかである。 しかも、昭和13年(1938年)の予審終結決定時においては「指導権争いによる殺人」というデッチ上げの第1の柱は、くずれてしまっており、それは予審終結決定の査問原因“事実認定”にも載っていない。昭和17年当時までで、残っているのは、第2・第3の柱だけであった。「外傷性ショック死」という用語は「古畑鑑定書」の最後(P.158)に“なかば、唐突な形で”記載されている。私としては、古畑氏がその“純粋な学問的結論”を当時の情勢と国家権力犯罪への“なんらかの判断・思惑”にもとづいて、自らその一部を曲げ、その矛盾点を十分承知の上で妥協的結論を出したのではないかと考える。

 勿論、特高・予審終結決定・第1審判決の「脳震盪死」を否定し、さらにその証拠としての「鈍体ノ強大ナル作用」事実を否定したという点で、「古畑鑑定書」の果たした積極的役割・意義の側面はきわめて大きい。しかし、もう1つの側面として、上記の点で「古畑鑑定書」も昭和17年(1942年)当時の歴史的政治的条件の制約をうけた“一歴史的文書”であると考えざるをえない。“100%真実の文書”ではない。しかし、この私の推理は、あくまで古畑氏の内面的思考への推測である以上、その推測の域を出るものではなく、論証不能である。したがって、古畑氏がなぜ〔矛盾点(3)〕のような“法医学上初歩的な誤り”を犯したかについての説明としては、私の論理の問題点でありつづける。

区別(2) 事実部分

1)、“事実でない”否認すべき部分

 これは、今までにも宮本陳述、現在の党の説明として詳細に反論・否認されてきたものである。

    (デッチ上げ)                     (事実)

(1)「党内派閥の指導権争い」           →スパイ容疑での正当な査問

(2)「殺害を共謀、殺意の存在」          →殺意なく、共謀もない

(3)「リンチ方針・計画の存在」           →私的科刑の方針・計画はない

(4)「暴行脅迫の謀議・方針の存在」       →暴行脅迫の謀議・方針は存在しない

(5)「器具の用意の協議の存在」          →協議なし、袴田・木島での個人的用意

(6)「暴行行為の正当防衛方針の存在」     →肉体的暴力=正当防衛という方針なし

(7)「査問即暴行」                  →査問の基本的手段・方法は静粛・円満に訊問

(8)「系統的・計画的な暴行」            →付随的手段の非系統的・非計画的暴行

(9)「リンチ性暴行」                  →私的な制裁「リンチ」でなく、3つの性質の暴行行為

(10)「暴行即45個以上の出血」          →その暴行行為では出血は発生しない

(11)「斧で乱打、硫酸あびせる、錐でつきさす、出刃包丁の使用」→斧、硫酸は1回のみ、錐は不明、出刃包丁使用1回もなし、そのいずれも「程度問題」は上記にのべた程度

(12)「死因としての脳震盪死」           →第一次性ショック死あるいは急性心臓死

(13)「死因としての外傷性ショック死」       →(同上)

(14)「小畑逃亡取り押え即「格闘」」        →格闘でなく、あくまで逃亡取り押え

(15)「不法監禁」                   →スパイ容疑査問での身柄拘束の正当防衛性

(16)「小畑の死体遺棄」               →当時の条件下での仮埋葬

(17)「赤旗号外の断罪即死刑方針」       →死刑方針を意味していない

(18)「刑法上で有罪」                →刑法上では完全無罪

 次にのべるような道義上の一定の問題点はあっても、小畑死因が第一次性ショック死あるいは急性心臓死であるので、刑法上無罪である。これらはすべて宮本陳述および現在の党の説明で否認されているが、その上に立って上記右側部分は、私の“事実認識”とは異る項目がある。次にのべる。

 

2)、“現時点”で“事実”として是認すべき部分

 下記の7項目は刑法上での有罪・無罪問題としては勿論無罪である。しかし、査問のやり方としての一定の道義上・政治上の問題点が存在する“事実”として是認すべきである。

(1)身柄拘束のやり方

 小畑・大泉の会場到着時において袴田がピストルを手にもって脅迫した。制縛は、細引のみでなく、針金でも縛った。縛創を生ずるような制縛のやり方をした。宮本陳述では針金の存在を是認していない。使用を否認している。現在の党の説明でも、針金の存在・使用について一切触れていない。

(2)食事を与えず−1223日、24日の4食分(23日昼食、夕食、24日朝食、昼食分)

 そこから極度の空腹になり、後にのべる一種の飢餓状態を発生させた。その陳述として、(1)袴田予審調書第14回.第六問.P.249、(2)大泉予審第16.P.102P.104、(3)「古畑鑑定書」但しこれは特高側・控訴審裁判所側の説明.P.155、がある。宮本陳述では、一切のべていない。現在の党説明でも、一切触れていない。

(3)5品目の器物の用意・搬入・存在・並べ直し=〔第1の事実問題〕

 査問委員会としての協議による用意でなく、袴田中央委員候補が警備隊責任者木島に用意命令・指示した。細引き、斧、出刃包丁を用意した。当日会場存在器物として、斧二挺、出刃包丁二挺、硫酸瓶一瓶、細引、針金、宮本・袴田・後から大泉ピストル三挺があった。宮本陳述では、宮本ピストル一挺と細引以外は認めず、斧、出刃包丁、硫酸瓶、針金の存在の全面否認した。現在の党説明でも、細引以外は認めず、斧、出刃包丁、硫酸瓶、針金の存在の全面否認している。さらに〔第1の事実問題〕でのべたように木島の査問開始前搬入も全面否認した。

(4)4項目・3つの性質の暴行・脅迫行為の存在=〔第2の事実問題〕

 1)なぐるける、2)斧使用1回、3)硫酸瓶・硫酸使用(上記にのべた不明部分をふくむ)、4)タドン使用1回の4項目の行為があった。それは、(1)査問の付随的手段・方法としての発生、(2)非系統的・非計画的行為としての発生、(3)私的に刑を科する行為としての「リンチ」とは異る行為という3つの性質をもつ。

 それらの「程度問題」として、(4)行為自体の物音、査問者の声、被査問者の声とも、通常の査問の問答以上の物音は、いずれも発生していない。(5)その「程度」の行為によっては出血・皮下出血も基本的に発生しない。仮定論としてもせいぜい数個発生のみである。(6)その他の痕跡発生「程度」として、硫酸痕跡は上記にのべた点が不明である。タドン使用痕跡(=火傷)はその時点で、火傷など発生しない「程度」の行為であった。宮本陳述では、4項目の行為とも全面否認した。したがって3つの性質、「程度問題」も全面否認した。その行為自己目撃も全面否認した。現在の党説明でも、宮本陳述と同じく、全面否認し、「すべて事実無根のデッチ上げ」としている。

(5)死因としての第一次性ショック死あるいは急性心臓死における基本原因と誘因・素因・条件

 基本原因としては、特異体質(胸腺リンパ体質)を主因とする一次性ショック死、あるいは、急性心不全による急性心臓死である。

 特異体質者が一次性ショック死をする誘因・素因・条件として、以下があった。(1)身柄拘束のやり方として、針金使用、査問中でも2日間目隠しを外したことがない。(2)4食分食事を与えず、その結果として口渇、渇き、飢餓が発生した。(3)会場到着時での威嚇器具存在目撃による恐怖、驚愕。(4)小畑への3項目・3つの性質の暴行・脅迫行為の存在(斧使用は大泉にたいしてのみ)。(5)上記(1)(2)(3)(4)による恐怖、驚愕などが存在した。一次性ショック死あるいは急性心臓死を上記基本原因を主因として引き起こし、急死する上で、その誘因・素因・条件として上記(1)(5)が作用した可能性がある。小畑死亡基本原因と(1)(5)の誘因・素因・条件との相互関係と位置づけの根拠として、(1)「中田論文」中「四.一次性ショックの原因・誘因」(前衛9月号.P.102)、「五.一次性ショックの病態の程度」(同上)。(2)「中田論文」中文献13171976(同上.P.104〜)がある。宮本陳述では、上記基本原因のみ主張し、誘因・素因としての「疲労・精神的苦痛の存在」を全面否認した。「依ツテ古畑鑑定人ノ云フ著シイ疲労困憊ハアリ得ナイ。又、精神的ノ苦痛モナイ。暴行脅迫ヲシタ事モナイカラソレニ基ツク精神的苦痛モナイ」(宮本第5回.P.193)。但し、当時の治安維持法裁判において、「外傷性ショック死」否定の闘争方法として基本原因のみの主張は正しい。現在の党の説明でも、宮本陳述と同じく基本原因のみ主張している。上記(1)(2)(3)(4)のロでのべたように、それらを一切事実として認めていないため、(1)(4)にもとづく、急死の誘因・素因・条件の発生を当然一切認めない。したがって、小畑死因について基本原因とその誘因・素因・条件とを全体の中で位置づけることを一切行なっていない。

(6)5品目器物の会場存在と4項目・3つの性質の暴行・脅迫行為の宮本中央委員目撃

 宮本中央委員は、細引のみでなく、斧、出刃包丁、硫酸瓶、針金の会場「存在」を当然目撃していた。宮本中央委員は、4項目・3つの性質・上記「程度」の暴行・脅迫行為時において、その現場に同席しており、当然それらの行為を目撃していた。宮本陳述は、上記いずれの「存在」・「使用」・行為の目撃をも全面否認した。宮本ピストル1挺の「存在」と細引の「用意」・「存在」・「使用」のみ是認した。現在の党説明でも、宮本陳述とまったく同じである。

(7)自殺申出者(大泉・熊沢2人)への中央委員会(逸見・袴田・秋笹・木島4人、宮本検挙後)の正式承認

 逸見は以前から中央委員である。1224日小畑死亡後において、宮本・逸見2人だけの中央委員会総会を開いて、袴田、秋笹を中央委員候補者から中央委員に、木島を中央委員候補者にすることを決定した。1226日の宮本検挙後は、逸見・袴田・秋笹中央委員3人と中央委員候補者木島の計4人の中央委員会機構となった(袴田予審第6回.P.211、袴田予審第12回.P.240、袴田第1審公判第3回.P.322、宮本第1審公判第4回.P.181、宮本「スパイ排斥との闘争」.P.15)。この自殺申出にはスパイ大泉による偽装自殺申出の側面もある。しかし、スパイでは全然ない熊沢光子の自殺申出にたいし、(1)中央委員会として慰留工作・説得もやらず、大泉ハウスキーパーの熊沢光子自殺申出を承認した。(2)スパイでもない熊沢光子の時計を没収した。(3)さらに、2人の自殺決行日確認とその承認をした。それらの陳述として、袴田予審第15回.P.250、袴田予審第16回.P.253255、袴田第1審第3回.P.324325がある。宮本中央委員は検挙された後のことで関係ない。現在の党の説明では、「小林論文」で「なお、当人たちから自殺の申出があったからそれを認めるなどというのが正しくないことも、念のため一言しておこう」(「文化評論」9月.P.62.新日本新書.P.91)として認めている。しかし、ここには「正しくない」というだけでなく、ハウスキーパーの人権無視という道義上の問題点がある。

 この7項目については、刑法上有罪・無罪では、勿論無罪である。それを有罪としたこともデッチ上げである。しかし、これらには、いずれも一定の道義上・政治上の問題点があり、その問題点を党は歴史的な事実として認めるべきである。宮本陳述でも現在の党説明でも自殺承認以外の6項目の道義的・政治的問題点を一定ふくむ事実については上記1項目づつ検討したように一切認めていない。刑法上でも完全無罪であるとともに、査問の過程・手段・方法においても道義的政治的問題点をもつようなことは一切存在せず、したがって刑法上でも、道義上でも完全に潔白であるという論理に立っている。そこから、スパイ査問問題は党側に道義的に批判されるべきことは一切なく、スパイ挑発への闘争として完全に正義の・完全に潔白な行為であり、その手段・方法においても、どのような暴行脅迫もなく静粛・円満な訊問のみであったということになっている。2つの事実問題で陳述をしている宮本中央委員以外の査問者側4人全員(袴田、秋笹、逸見、木島)の是認陳述部分の全面否認とともに、それらにおける一定の道義上の問題点存在をも全面否認し、完全に潔白、完全に正義の闘争という説明は歴史の事実にてらしてはたして正しいか(?) このような現在の党説明では、上記2種類の一連の資料が公表され、それらが一定の説得力をもっているという“現時点”において、はたして多くの国民、有権者を説得・納得させることができるか(?) これについては〔第4の誤り〕で全面的にのべる。

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〔関連ファイル〕

  (1)、『スパイ査問事件と袴田除名事件  袴田政治的殺人事件の推理劇的考察』

  (2)、『スパイ査問事件の個人的体験』(宮地個人通信第十号)

  (3)、『作家森村誠一氏と「スパイ査問事件」』(添付)森村氏手紙、下里正樹氏手紙

  (4)、袴田自己批判・批判の共産党側資料、「3論文」と「党史」

  (5)、立花隆『日本共産党の研究』関係  「『年表』一部」、「加藤哲郎『書評』他」

  (6)、浩二 『袴田里美予審尋問調書、公判調書全文

  (7)、れんだいこ 宮本顕治論・スパイ査問事件