足跡法にはいろいろな方法がある。よく使われるのはカーボン紙による方法である。紙あるいは板に炭素を吹き付け、そのそばに紙を置いておき、ネズミにカーボン紙の上を歩かせ、その後に紙の上を歩かせ足跡をとる。これは足跡がはっきり分かるが、取り扱いが面倒である。この方法によって付けられた足跡は固定されていないので、何かに接触すると汚れて分からなくなる。そこで足跡を固定する作業か、注意深い取り扱いが必要となる。私が用いた方法はC.M. King & R.L. Edger(1977)の方法である(図3)。この方法は鉄イオンとタンニン酸の化学反応を用いたもので、この反応が起こると濃い青色の錯体化合物がができる。画用紙にアルコールで溶かしたタンニン酸を吹き付け、硝酸第二鉄を溶かしたものの上をネズミに歩かせ、その後にタンニン酸を吹き付けた画用紙の上を歩かせ、紙の方に足跡を付けるのである。なお、インクの組成は次の通りである。
これらをよく混ぜインクを作り、脱脂綿に染み込ませる。このときあまり多くのインクを染み込ませると足跡がにじんで読みにくくなるので、注意が必要である。インクを染み込ませた脱脂綿をブラスチックの容器(70X90X10mm)に入れ、それをベニア板(100X500X3mm)の中央に両面テープで貼り付ける。この板にアルコール(75%)で溶かしたタンニン酸を吹き付けた画用紙(この紙を「追跡紙」と呼ぶことにする)をインクの容器を挟むように置く。従って1つの板に2枚の追跡紙を用いることになる。便宜のためこの状態の板を「追跡板」と呼ぶことにする。追跡紙は裏表が分かりにくいので注意する必要がある(裏表を間違えると足跡が付かない)。野外では雨や風などからこの追跡板を守るために板全体を収容する容器を必要とする。容器は100X500X10mmの木の板に210X600mmのプラスチックの板を屋根としてつけたもので、この容器に追跡板を入れて用いた。この場合プラスチックの板が容器の両端に約50mmずつ出るので、雨が跳ね返ったり追跡板の上に水が落ちることはない。このようにしてついた足跡は雨に濡れても消えない。少しにじむことがあるが読めないことはない。また足跡の付いた紙を重ねても消えたり汚れたりしないので、作業は楽である。インクは自然状態で約30日以上保ち、太陽光などで変質することはない。しかしこのインクは水を吸いやすいため、雨が跳ね返って容器内に入らないようにフードは大きなものを必要とする(本研究では50mmのフードである)。またこのインクは乾燥することもあるので、使用しないときにはインクの容器に蓋をしておくとインクがよく保つ。このインクが水を吸った場合、紙に残される足跡はにじんで読みにくくなるが、個体を識別できないことはない。またこの場合の応急の手当てとして脱脂綿などで余分のインクを吸い取るとよい。足跡法によって追跡紙上に残された足跡の例は図4に示してある。
足跡法はワナ法の後に行った。ワナ法は1985年の4月から11月までと1986年の4月から10月まで毎月1回ずつ4夜連続で行った。ワナにはシャーマントラップを用いた。ワナ掛け地点は計93カ所、10m間隔の格子状である。この各ワナ掛け地点に1個ずつワナを仕掛けた。餌にはクルミを用いた。また4月と5月・10月・11月はワナ内における死亡を防ぐために、ワナの中に脱脂していない綿を入れた。ワナ内で弱っていた個体は研究室に持ち帰り、回復後捕獲地点で放した。ワナは毎朝夜明け頃見回り、ネズミが捕獲されていた場合、それが最初の捕獲の場合には捕獲地点と体重・性別・繁殖状態(雄の場合は睾丸下降状態のものを繁殖状態とし、雌では膣開口状態のものと妊娠中のもの・授乳中のものを繁殖状態にあるとみた)を記録した後、指を切って個体識別をし、その後捕獲地点で静かに放した。また再捕個体の場合には、捕獲地点と体重・個体番号・性別・繁殖状態を記録した後、その場で静かに放した。個体識別は指切りによって行ったが、その方法は次の通りである。右前足の内側からそれぞれ01,02,03,04、左前足の内側からそれぞれ05,06,07,08とし、右後ろ足の内側からそれぞれ10,20,30,40,50と
し、左後ろ足の内側からそれぞれ60,70,80,90,100とした。よって右前足の内側から2本目、左前足の内側から3本目の指が切れている個体の個体番号は0207となる。また右後ろ足の内側から3本目、左後ろ足の内側から4本目の指が切れている個体の個体番号は3090となる。
足跡法は1985年の9月から10月までと(この期間は足跡法の予備調査である)、1986年の4月から10月まで毎月約7日間行った。足跡法の設置地点はワナ法と同じである。各地点に足跡法の器具を1個ずつ置いた。餌を置かないと足跡があまり付かないので餌を置くことにした(信太 私信)。餌にはクルミを用いた。このとき餌の大きさに注意しないといけない。大きいと器具内でネズミが長く滞在し、多くの足跡がついて足跡の同定が難しくなるからである(信太 私信)。そこで本研究ではクルミを小麦粒大の大きさにして用いた。
調査地は自然公園のため、人がよく入ってくる(特に春の山菜の時期と秋のキノコや木の実の時期)ので道沿いに置いておいた足跡法の器具が時々人に踏まれて壊れていることがあった。しかし壊れているのは1ヶ月に1個ぐらいで、それほど研究には支障はない。足跡法の見回り時間は別に決めなくてもよく、とにかく日中に行けばよい。足跡がついていた場合はその紙を回収し、紙にその地点を記録して新しい追跡紙を置いた。この場合餌がなくなっているので餌を補給した。また虫などによって餌が食べられていることもあるので、そのときにも餌を補給して置いた。足跡のついていた追跡紙は研究室に持ち帰り、その足跡から個体番号を同定した。ネズミ以外にはカナヘビやカエルが入るくらいで、それらの足跡はあまり多くつかなかったのでネズミの足跡の分析には支障がなかった。
実際に足跡法に用いた器具の写真です。 白いのは、追跡紙で追跡紙の間にある濃い茶色のものがインクとなっています。真上から写したので私の影が写ってしまっていますが。写真のように透明なプラスチックでフードを作ってあるため、足跡がついているかどうかは外から見てはっきりと分かります。 この写真は、コナラの広場の立て看板の横に設置されたものを写したものです。 |
直接観察は1986年11月に、夕日寺県民自然園の標高約80mのところで行った。観察地点は自然観察歩道と林が接している場所に設置した(図1)。この場所はワナ法や足跡法を行った地点と同様にコナラやアベマキが優占する落葉樹の二次林で、下草はチシマザサが優占している。
この観察地点に餌(クルミ5個)を置き、赤色のフィルターをつけた懐中電灯で照らして、約2m離れて観察を行った。観察は日の入り(大体16:30頃)から約2時間行った。餌は11月中餌場に置いておいた。