書名:公事宿事件書留帳(12) 比丘尼茶碗
著者:澤田 ふじ子
発行所:幻冬舎
発行年月日:2006/2/25
ページ:287頁
定価:1600 円+ 税
このシリーズは田村菊太郎、菊太郎の恋人お信、鯉屋の主人鯉屋源十郎、京都東町奉行所同心組頭田村銕蔵(菊太郎の弟)が毎回出てくる。主人公田村菊太郎は京都東町奉行所同心組頭の長男として生まれたが、妾腹のために弟の銕蔵に家督を譲って、二条城近くの公事宿「鯉屋」に居候をしながら、公事宿に持ち込まれる事件を解決したりしている。居候の身ながら、なるほど公事宿でのんびり世渡りができる境遇にある。江戸時代の京都の街を舞台として人々の生活を生き生きと描いている。京都弁の会話も懐かしい。
収められている作品は「お婆の斧」「吉凶の餅」「比丘尼茶碗」「馬盗人」「大黒様が飛んだ」「鬼婆」の6作品。
「お婆の斧」は、油問屋の井ノ口屋の隠居の婆様(70歳を過ぎた)が、これまた隠居の長年連れ添ってきた夫を斧で殺そうとした。手元が狂いどうにか軽傷ですんだ。婆さまに理由を尋ねるがなかなか答えようとしない。」70歳を過ぎても女、女の恨みは?でも動機が分かってみると、大きな勘違いから起きた出来事。
「吉凶の餅」は、菊二という男がある日、右衛門七の店に来て団子を頼んだが、一串食っただけで、暗い表情で物思いにふけっていた。わけを聞いてみると、勤めていた饅頭屋で、その店で修行しているうちに新しい海老餅を提案してその店の売り上げに大きく貢献したが、店の金を誤魔化したというあらぬ罪を着せられ、店を追い出されて途方に暮れていると。
「比丘尼茶碗」は鯉屋の先代宗淋と主人公菊太郎の父・田村次右衛門が「年寄りの冷や水で」、三年坂脇の庵で楽長次郎の茶碗かと見紛うほどの秀逸な黒茶碗を焼く妙寿尼が不審な謎の男に狙われていると聞き、年寄りの冷水としりながらも彼女を警護しようと思い立つ。が
「馬盗人」は、京と大津の間を行き来する馬子の馬が、ある日仕事帰りに寄った酒屋で飲んでいる隙に盗まれた。盗んだのは娘の病気見舞いに行って帰ってきた老婆。馬は吉田神社の神殿に繋いであった。
「大黒様が飛んだ」は、菊太郎の田村家などと深く関わる料理屋の「重阿弥」に、ある嵐の夜、二重箱に収められた大黒様の絵が雨戸を壊し飛び込んできた。調べてみると、花屋町・伊賀屋七郎兵衛とある。調べていくと花屋町の伊賀屋(旅籠)はなくなっており、そこは田島屋という旅籠があった。伊賀屋の婿養子伊賀屋四郎兵衛が飲む打つ買うで身代をなくしてしまっている事が分かった。大黒様の絵をねたに悪知恵を企んでいる伊賀屋四郎兵衛の魂胆には気づいていたが。
「鬼婆」貧しい境遇の産婆のおたつは昔、金持ちを妬み悪戯を実行。裕福な商家の娘が外出の途路に産気をもよおし、彼女のもとに駆け込んできて、娘を産んだ。同じ日、別の貧しい娘も彼女のもとで同じく娘を産んだ。彼女はその赤子を入れ替え、それぞれの親に渡した。十八歳になった油屋伊勢屋の娘希世に打ち明け、希世をゆすろうとするが、希世は真相を探ろうとして18年前の入れ替えられた女の子を突き止めて会いに行く。
菊太郎の俳諧が物語の始め、終わりなどに出てきたり、千本釈迦堂の由来、愛宕山、大文字などの由来などを何気なく書き込んである。たとえば「あと幾度 桜見て去ぬ この世をば」や「送り火や 昨年見し夫の 盂蘭盆会」などでも菊太郎は20代の青年、あまりにも違いすぎている。作者澤田ふじ子の年代(1946年生まれ67歳)が分かる句かな。この作品の中で老婆というのは60歳ころの老婆という言い方をしている。昭和の初めの新聞記事でも56歳の老婆が交通事故にあった話があった。いまの老婆はいくつ?
殺人事件など深刻な問題も出てくるがいずれも明るく、前向きに生きている人物像で気楽に読めるまた京都の人のコミュケーション、人情が描かれている。