書名:故郷
著者:水上 勉
発行所:集英社
発行年月日:1997/6/10
ページ:521頁
定価:2300円+税
ある日駐在所にアメリカから若い娘が訪ねてきた。12歳の時離婚して行くへ知らずになっている日本人の母を訪ねて母の故郷にやって来た。英語が話せない駐在はお寺の和尚に救援を求める。その娘は日本に来る飛行機の中で出会ったアメリカで半生を過ごした夫婦に、駐在さん宛の手紙を持っていた。
若い頃アメリカに渡ってアメリカ人と結婚してこの娘を産んで、その後離婚した母。アメリカで半生を過ごして、ニューヨークで成功した老年に近づきつつある芦田夫婦、いずれも若狭、丹後の出身、娘の母も若狭。この2つのストーリーを中心に話が展開します。
30年ぶりにふるさとを訪ねた芦田夫婦、老後日本に帰ってきて静かに過ごしたいと故郷を訪ねる。ふるさとを離れて都会へ、アメリカへそして半生を送った。その胸中にある故郷。その故郷で現実に暮らしている人々の暮らし。芦田夫婦のふるさとは急激に変わっていた。昔の風景が原子力発電所の稼働で、変わってしまっていた。
著者の水上勉は大飯原発4基が建ち並ぶ福井県おおい町の出身である。著者のふるさとを舞台に書かれた小説。原子力発電所のお陰で豊になった暮らし、働く場所がふるさとの人々の心も考え方も変えてしまう。そんな過疎地の村々で見られる風景を老後を考える夫婦の視点でふるさとを見直す。落ち葉が落ちて地面に帰る。そしてその上に果が落ちて春になると芽を出す。ふるさとを離れて、都会に出て行ってその日その日の暮らしに追われ、両親のことも、兄弟のこと、家族のことも忘れてひたすら自分の為にあくせくしてきた芦田夫婦、振り返って見るとふるさとがあった。
この中で妻の富美子の母が死んでしまった場面が出てきた。ここに帰ってきて母の面倒を見ながら老後を夫婦で過ごしても良いと考えていた富美子。でも母が死んで葬式が終わると途端に、ふるさとは急速に富美子から離れてしまう。遺産相続で兄弟達の話し合いなど、跡取りをどうする。ふるさとは母がいるというだけで富美子の中にあった風景だったのかも。母が居なくなって若狭が遠ざかっていく。
この中に出てくる分家のことをいんきょ(隠居)といったり、ぬかるんでいる田圃をしるた(汁田)、葬式の後7日間西国33番札所を順番に詠んだ「ご詠歌」など私のふるさと丹波と同じような風習。懐かしい感じで読んだ。
淡々と原子力発電所のことを書いているけれど、夫孝二がこの若狭の妻の実家に家を建てて住もうと言う富美子に。静かで風景も綺麗、美しいところだけれど原発がね。という一言が全編を貫いている。作家の感性は凄い。チェルノブイリの事故も福島第一原発事故もまだ発生していない時代の作品。水上勉は反原発作家、また反原発で活動もしていないけれど。普通に考えて危険を察知していたように思う。
一行一行ゆっくりと噛みしめながら読んでいく価値のある小説だと思う。ふるさとを離れた人は一度は読んでみたい良い作品です。