親父と行く韓国南海岸の旅(1/6) 【韓国南海岸旅行記】1996年4月28日(日) 関釜フェリー編 第1話 01下関から釜山へ 下関にあるフェリーターミナルは相変わらずの混雑振りを見せていた。ターミナルというのはいつもそうしたモノなのだが、やはりこれは、これからの旅への期待感が渦巻いているからに違いない。 親父は韓半島の南西の端にあるモッポ(木浦)の生まれである。 今回の旅の主目的はそのモッポ(木浦)を訪ねること。実に55年振りの訪問となるのだ。そしてついでと言ってはなんだけど、ヨス(麗水)などの南海岸の観光地を回ってみるつもりだった。勉強していた韓国語 も試してみたいし、プサン(釜山)とヨス(麗水)を結んで走っている噂の水中翼船「エンゼル号」にも乗ってみたい。そしてモッポの先には「チンド」(珍島)という島があって、そこでは年に数回「モーゼの奇跡」といわれる海割れ現象が見られるらしい。海が割れて歩いて島まで行けるという。ちょうどGWのあたりにあるそうなのだが・・・・行けるのだろうか? |
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02フェリーに乗り込む 下関のターミナルで親父と落ち合い、夕食&朝食を確保するため駅前の専門店街であるシーモールに行く。そこで食料とフィルムなどを購入、ターミナルに戻る。 「かつぎ屋」という商売がもう曲がり角に来ているのだろうか? その辺が気になるところだ。いずれにしても、僕が初めてこの船に乗った4〜5年前(1991年頃)とは状況が変わってきているのだろう。(注2) 因みに「かつぎ屋」とは船で行ったり来たりしながら「電気釜」とか「ラジカセ」その他の電気製品や果物などを相手国に持ち込み、売りさばく商売のことだ。 さて、時間となって船に乗り込む。予想以上に人が多い。観光客が多いのだ。韓国旅行も一般的になったのだろうか?家族連れなんかもちらほらと見える。随分雰囲気が変わったものだ。 出遅れてしまったこともあって、2階のマス席は既にいい場所を取られた後だった。仕方なく下の席に移る。今日の船は日本籍の「関釜」の方だったので、1階の席は少し狭い。でもあまり人がいなかったので、ゆったりとしたスペースを確保できた。 因みに下関とプサン(釜山)を結ぶ「関釜フェリー」には2隻の船が就航しており、日本籍のが「関釜」、韓国籍のが「釜関」と呼ばれている。基本的には同じ構造なのだが、やはり微妙に違うのだ。食堂の雰囲気が違う。メニューはもちろん違う。1階のマス席の構造も少し違う。それに、乗組員が違う。(^^; (注3) 全体的に見て僕は韓国籍の「釜関」の方が好きだ。日本籍の「関釜」には日本食しかないが、「釜関」の方は日本食、韓国食の両方がある。また「釜関」はウォンと円の両方が使えるし、内装も綺麗なのだ。それに1階席も広い。オマケに食堂の女店員が韓国人というのが何とも言えない。ぶつぶつ言いながら働いているけど、最近そのぶつぶつ言っている話の内容が分かるようになってきて、よけい楽しい。 マス席でくつろいでいると、親父が缶ビールを買ってきた。 |
(注1)釜関フェリーの性格が変わってきたのは、今思えばこの頃だったのかなと思う。それまでは、観光客の姿はほとんど無く、かつぎやのおばちゃんや商売人、それに故郷に帰る韓国人で占められていた。日本人が乗るのは、あまり無かった。韓流の「ハ」の字も無い時代。韓国に行くのはよっぽどの物好きだったのだ。 (注2)私が韓国に始めて行ったのは、1991年である。今回と同じように釜関フェリーで玄界灘を渡った。 まだ、韓国入国には事前のビザ取得が必要な時代で、大阪・難波にある韓国領事館にビザの申請に行ったものである。しかし、今考えると、なんであんなに苦労して韓国に行ったのか思い出せない。たぶん、一番安い海外旅行だったからじゃないかと思う。 (注3)「関釜」「釜関」は1996年当時の船名で、すでに両船とも引退している。現在は、日本籍の船が「はまゆう」(1998年8月28日就航)で、韓国籍の船が「ソンヒ」(星希:2002年5月22日就航)である。それぞれの雰囲気は、やはり「関釜」「釜関」の時代から引き継がれている気がする。 関釜フェリー http://www.kampuferry.co.jp/ 釜関フェリー http://pukwan.co.kr/pukwan/index.html |
第1話
1996.4.28 |
下関から釜山へ |
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第2話
1996.4.29 |
釜山上陸、釜山の旅行会社、 ナンポドン(南浦洞)・チャガルチ市場からキメ空港(金海空港)へ、キメ空港(金海空港) 、クァンジュ(光州)へ・・・、バスターミナル周辺で宿探し、クァンジュ(光州)市内へ、宿の電気が!!! |
第3話
1996.4.30 |
さあ、モッポ(木浦)へ、モッポ(木浦)駅、ヨグアン(旅館)探し、モッポ(木浦)駅周辺へ、旅客船ターミナルから繁華街へ、カン・スジ(姜修智)、市場へ |
第4話
1996.5.1 |
朝食をとって、ユダルサン(儒達山)に登る、ユダルサン(儒達山)の山頂へ、山を下りて「トンドンチュ」と「パジョン」に舌鼓、下界へ・・・、国立海洋遺物展示館、木浦市郷土文化館 |
第5話
1996.5.2 |
モッポ(木浦)からヨス(麗水)へ、コソッポス(高速バス)、ヨス(麗水)市内へ、またまた宿探し、ヨス(麗水)市内観光へ、実物大のコブクソン(亀甲船)、恐怖のポンチャック船!!!?、市場へ・・・、「マンドゥクッ」と「パン屋」 |
第6話
1996.5.3〜4 |
チンナムグァン(鎮南館)、釜山へ・・・、釜山到着、チュングアンドン(中央洞)でまたまた安宿さがし、夜の釜山タワーへ、日本へ戻らなきゃ、またまた「フォシンチョン」(虚心庁)へ・・・、帰国 |