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10月2日(月) A DAY IN THE LIFE  
・9月30日(土)に「密室系」5万アクセスに届いたようです。御愛顧感謝。
・30日「名張人外境」の「人外境だより」閉鎖は残念なり。人外境主人の芸を広く知らしめた掲示板として、伝説になるかもしれない。
・土曜日、いつもは昼まで寝ているバカ夫婦、朝早く起き出し、地元の図書館へ。蔵書の市民払い下げ(除籍というらしい。大げさな)の日なのである。会場についたら、既に50人以上の人が列をつくって待っている。少し早めに行ったから、それはないと思っていたのに。並んでいるのは、老若男女だが、共通点が一つ。なんとなく貧乏そう。目白図書館では、そんなことなかったのだが。第1陣40人を呼び込み。60番目だったので、査証の発行を待つアイルランド移民のようにうなだれて待つ。随分長い間待って、会場に行ったが、見事に何もなし。呆れるほど、欲しいものがない。それでも、なんとか二人で20冊もって帰ろうとするサイ君が不憫で不憫で。この調子では、第一陣で入っても何もなかったであろう。「紅鱒館の惨劇」でも抱えて意気揚々と帰るはずだったのだが。
・倉知淳「壺中の天国」を買ってきたサイ君。「いくら?」「1900円」「高いなあ」「(遅筆の)の倉知淳なんだから、倍の値段でも生活できないよ」それもそうだ。1050枚の大作、これは楽しみ。・土曜日の夜は、いわゆる三美女と、5万アクセス・初老記念オフって、ただの猫美女慰労会でしたか。すすきの中華料理屋「バンビ」以降の惨劇については、語りたくない。
・日曜日は、酒疲れのせいか、こんこんと眠る。
・なんだかdullな日記ですみません。



9月28日(木) 『密室は眠れないパズル』
・ボルヘス&ビオイ・カサーレス『ドン・イシドロ・パロディ六つの事件』(岩波書店)購入。帯には、「身に覚えのない殺人で21年の刑に服している元理髪店の主人ドン・イシドロ・パロディが、273号独房から一歩も外に出ることなく解決する六つの難事件。ボルヘスとビオイ=カサーレスによる、チェスタトン風探偵小説、本邦初訳!」とある。こんな本があったのか。「伝奇集」のボルヘスと「モレルの発明」のカサーレスの夢のコラボレーション。こいつは、事件だ。
・来札中の後輩高橋徹と飲む。アヴラム・デヴィッドスンの話題から始まり、桜庭あつ子の将来まで、話が飛ぶ飛ぶ。あっという間の午前2時すぎでこざいました。知らなかったのだが、高橋は、学生時代にアイルランド一人旅をしたことがあるらしい。最初についたダブリンで親切に道案内をかって出た男がゲイだったとか、なかなかの面白さ。マイク・オールドフィールド(「エクソシスト」のテーマの人ね)らの音楽への関心から、行ったらしいけど、アイルランド系ミュージシャンも、U2とかの有名どころのほか、ケイト・ブッシュ、エルビス・コステロ、シャーラタンズ、ポーグス等そうそうたる顔ぶれで、この辺も侮れないらしい。
『密室は眠れないパズル』 氷川透(原書房) 00.6 ☆☆
 鮎川賞最終候補作に残った密室物。殺人犯人は無人の最上階に逃走。犯人が乗ったエレベータ−が降りて扉が開くと、そこには殺人犯と思われる男の刺殺死体が。出版社のビル内に閉じこめられた8人の中に犯人がいるはずなのだが。「裏返しの密室」のアイデアはいいが、問題が提出された瞬間、唯一の正答と思われる可能性にいつまでも言及がないので、読んでいる間中いらいらし通し。結局、それが正答なので、最後は拍子抜け。論理的部分でのこだわりは、最近では貴重なのだが、全体にもう少し底上げを図って貰いたいところだ。ミステリ・マニアが作中自分の本格観を語るという「十角館」以来の悪しき自己言及も、そろそろ願い下げにしたい。作品自体で語れば十分。



9月27日(水) 貼り奥付
・天藤真『わが師はサタン』(創元推理文庫)、フェラーズ『さまよえる未亡人たち』購入。
・天藤真名義の『わが師はサタン』が出た。短編「覆面レクイエム」収録。
・新保博久氏の解説で、「鷹見緋沙子とは誰か」問題のささいな謎氷解。
 そもそも、天藤真『日曜探偵』の新保氏の書誌に、75年8月に別名儀の長編がある旨の記述があることが、葉山氏の『最優秀犯罪賞』(75.8刊)天藤真執筆説の出発点となっていたと思うが、私がやはり巷間いわれるように『わが師はサタン』が天藤真の作品ではないかと推測した上で、なぜ「75年8月」と書かれたを推測したくだり(what's new?99.2.28)を引用してみる。
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3 最後に新保博久氏が「75年8月」に刊行されたとしている点について。
 今回、改めて「わが師はサタン」の徳間文庫版(初刷)のクレジットを見て、一瞬、青ざめた。
 「この作品は1975年8月立風書房より刊行されました。」とあるではないか。
 「わが師はサタン」が1975年8月刊であるならば、謎は何もない。自分は、謎のないところを謎解きしていたのか。葉山さんの記述は、誤記だったのか、と一瞬、目を疑った。しかし、中島河太郎の解説を読むと「わが師はサタン」は昭和50(1975)年4月刊行、とある。6月に「死体は二度消えた」、8月に「最優秀犯罪賞」が出版されていることからして、「わが師はサタン」の徳間文庫版のクレジットは、誤記には違いないのだろう。
 しかし、新保氏が、このクレジットを見て、誤記をそのままリストに転記してしまったということが考えられないだろうか。それであれば、新保氏の指摘している作品は「わが師はサタン」であるということになる。
 あるいは、単純な誤記・誤植の類なのかもしれない。(「創元推理」の天童真特集で新保氏が天藤真の没年を一度間違って書いたことがある旨書いていたため、あながち皆無とはいえないだろう。)  もう一つの考え方としては、本来の執筆者がうまく新保氏に伝わっていないのではないかということ。含羞の人天藤真としては、「わが師はサタン」が自分の執筆に係るものであることをはっきりと明らかにせず、「最優秀犯罪賞」をプロットで手伝ったというようなことが不正確に新保氏に入っているというケース(これも、妖説の類か) 
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 で、実際は、どうだったか。
 創元推理文庫版『わが師はサタン』の新保解説から引用してみる。
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 鷹見緋沙子のデビュー作として刊行されたのは、七五年四月の『わが師はサタン』である。(以前、七五年八月と誤って紹介したが、これは私の所持本のいわゆる″貼り奥付″がそうなっていたのを初版の日付と見誤ったためで、徳間文庫版の初刊クレジットでも同じ誤りがおかされている。)
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 誤った貼り奥付けが犯人でしたか。


9月26日(火) 「エリナー・リグビー」の謎余聞
・エドマンド・クリスピン『永久の別れのために』(原書房)購入。フェン教授は登場しないようだ。
・「白梅軒」のMMさんの大井広介風が気に入ったので。
「君、「妖説というより新説」と奥田さんにいわれて、喜んでいるようだが。また、アイルランドの話になるとは思わなかった。でも、どうして「エリナー・リグビー」は誰かという話は気になるのかな」
「タイトルが名前だけの曲はいっぱいあるけど、姓名が曲名というのは珍しいからだろう。日本でいえば「田中よし子」というタイトルをつけたみたいなものだから、「田中よし子」とは、誰かという話になる。
「しかし、冗談も手がこんできたというか。8月7日付けから伏線まで張って」
「ビートルズ関係の情報収集が立ち読みが主だったんで、記憶違いがあるかもしれないが、嘘の情報は書いていないつもりだが」
「嘘は書いていないかもしれないが、意図的な隠蔽は、あるよね」
「うぐ」
「典拠のポール・マッカートニーインタビューの中では、「エリナー・リグビー」なんて名は幾らでもある、とポール自身が言っていたはず」
「うぐぐ」
「ポールorジョンが、ニコラス・ブレイク(セシル・デイ・ルイス)にシンパシーを感じるというのも、かなり怪しい。ルイスは、アイルランド生まれといっても、父親がプロテスタントの「牧師」であることからねわかるように、アングロ・アイリッシュだからね。彼の自伝『埋もれた時代』(南雲堂)から引用してみよう。
−−誇り高くしかも貧しいアングロ・アイリッシュたちはその土地に深く根を降ろしている点において、また土着のアイルランド人たちとの近しさという点において、インドにおけるアングロ・インデアンたちを遥かに凌ぐものがあるとはいえ、1916年の復活祭にアイルランド共和主義者同盟が暴動を起こしていわゆる「支配権」なるものを一掃しはじめるまでは彼らアングロ・インデアンとほぼ同じ閉鎖的な駐屯地生活を送りながら、自分たちの俗物性を種族的秘儀のヴェールに包み隠していたのだ−−
つまり、ルイスは、インドのイギリス人と同じ立場。「駐屯地生活」で「土着」の人民を「支配」する側に生まれたのだから。単純にアイリッシュ・ルーツとひとくくりにはできない。例えばジョイスは、「土着」側らしいけど」
「でも、ルイスの息子で俳優のダニエル・デイ・ルイスは、アイルランドの小説を映画化した「マイ・レフト・フット」に主演していたし、後に英国からアイルランドに帰化したんだぜ。かくもルーツの呪縛は根強い」
「さっき、ネットで仕入れたばかりの知識をいうな。それに、「エリナー・リグビー」が、故国亡失者の末裔の悲歌、というように何でもかんでも、アイリッシュ・ルーツに結びつけるのも願い下げにしてほしいね。高橋哲雄『二つの大聖堂のある町』では、「演歌の韓国起源論ではないが、ビートルズの歌をアイルランド人の機知とウェールズ人の歌の才能に結びつけたり、この市(リヴァプール)のアイルランド系住民の貧しさに結びつけたりする見方がある。(中略)それは、別に間違っているわけではない。一面的であるだけだ。ビートルズの歌は、ただの怨み節ではないし、ケルト的要素だけで説明できるようなローカルな、あるいはナショナルな歌ではない」と戒めているではないか。君の論法でいけば、「ノーウェアマン」はやはり、イギリス人でもアイルランド人でもない人間の孤独を歌った歌だし、「フール・オン・ザ・ヒル」は、アイルランド的夢想家への憧憬を歌った歌になってしまう。これは、ユダヤ陰謀説みたいなものだよ」
「実際、君のいうとおりかもしれない(笑)ただ、ビートルズが最も影響を受けたアメリカのロックン・ロールの片方の親がアイリッシュ・ルーツの音楽だという見方もある。1840年代の飢饉以来、大量にアメリカに移住したアイルランド人たちの音楽がカントリー・アンド・ウェスタンを生み、ジャズやブルースといった黒人音楽と結合して、ロックン・ロールを生んだというような。ビートルズは、アイルランド民謡である「ダニー・ボーイ」を歌っているが、直接は、アメリカの国民歌手ビング・グロスビーのカヴァーしただけかもしれない。でも、ビング・クロスビーもまたアイルランド系だった。大規模な文化還流みたいな話になるけれど。「ビートルズと60年代」によれば、「エリナー・リグビー」につけたストリングスは、当時ロンドンで公開中だったトリュフォーの「華氏451度」に、ヒッチコック映画の音楽で有名なバーナード・ハーマンがつけたスコアを元にして、ジョージ・マーティンが書いたということなのだが、この映画の原作者レイ・ブラッドベリがアイルランドで、アイルランド系のジョン・ヒューストン監督と仕事をした話を川本三郎が書いていて、これがまた・・」
「そろそろ、終電が来るようなので」
「急に、乱歩になるなよ」




9月25日(月) 「エリナー・リグビー」の謎(後編)
・なんたること!何と、『ビートルズと60年代』の訳者さま(奥田祐士さま)から、メールを頂戴してしまいました。おまけに、問題のエリナー・リグビーの墓の写真が同氏訳の「ビートルズ大画報」(ソニー・マガジンズ刊)に、掲載されていることも、教えていただきました。『ビートルズと60年代』は、94年に、イギリスで原書が刊行されて以来、「ビートルズにふさわしい傑作。読んで感涙にむせぶがいい」「本書を読んで、わたしはビートルズの音楽をはじめて正しく聞くことができた」など評論家筋から、ベタ誉めに近い賛辞を浴びたという600頁を超える大作。興味のある方、是非手にとってみてください。キネマ旬報社刊4,175円プラス税です。
 と、ヨイショをしましたので、奥田さま、このほとんど冗談企画を何卒何卒お目こぼしくださいますように、ああ(涙)。
・ということで、気を取り直して、「エリナー・リグビーの謎(後編)」参ります。
・エリナ−・リグビーによく似た名前の持ち主が登場するミステリを明かす前に、「エリナー・リグビー」の歌詞の謎を幾つか挙げておこう。
○二番目の歌詞に登場するのは、なせ「神父」なのか。英国は基本的に英国国教会(プロテスタント)の国であるはずだ。であれば、「牧師」が登場するのが普通のはず。もちろん、ブラウン神父のような存在もあるが、あれは後に少数派のはカソリックに改宗したチェスタートンの身びいきであって、カソリックの神父であることが探偵の個性にもなっていた珍しい例だ。
○神父の名前は、当初「(ファーザー)・マッカートニー」だった。それが、「ポールの父親」に聞こえてしまうというメンバーの指摘によって、電話帖から「ファーザー・マッケンジー」をピックアップしたという。なぜ、最初は、神父の姓が「マッカートニー」であり、改称された姓が「マッケンジー」でなければ、ならなかったのか。なんらかの内的必然性があるのではないか。(余談だが、以前「空耳アワー」で「ファーザー・マッケンジー」の部分が「はざまけんじ」と聞こえるというネタがあった由(笑))。
○最後に、歌詞の中の「彼ら」は、なぜ孤独なのか。孤独に理由はない?いや、彼らの孤独には、理由があるのではないか。
 さて、問題の英国ミステリのタイトルを挙げよう。それは−(音楽高まる)
 ニコラス・ブレイク「悪の断面」('64/早川ミステリ文庫)である。
 この中に「エリーナ・ラグビー」なる女性が登場するのだ。そこの笑った人、本当です。
 巻末のあら筋から抜き書きすれば、
「著名な物理学者ラグビー教授の娘が誘拐され、護衛の任についていた私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズが殴り倒された。教授の優れた頭脳を狙うソ連スパイの犯行だ。囚われの娘に刻一刻と死が迫る。雪深い片田舎を舞台に起こった誘拐事件を緻密な構成で描くサスペンスあふれる雄編」  英国ミステリお家芸の「名探偵」が登場するスパイ・スリラーだ。文庫で出た当時読んだが、内容は、ソ連のスパイが割合へっぽこだった印象があっただけで、ほとんど記憶に残っていない。エリーナ・ラグビーは、ラグビー教授の妻(誘拐された娘の継母)。彼女は、元ハンガリーの美人女優で、「エリナーー・リグビー」の歌詞に登場するライス・シャワーの後始末をしているオールド・ミスとは、実のところ似ていない。これっぽっちも、似ていない。端的にいえば似ているのは、姓名だけである。
 原著が出たのが、「エリナー・リグビー」の2年前だから、ポール(もしかしたらジョン)が読んでいた可能性が皆無とは、いえないだろう。誰かそうだといってくれ。ポールの愛読書は、SFだったというが(何読んでいたんだろう?ちなみにリンゴ・スターの愛読書もSF)、果たして、当時60歳のニコラス・ブレイクのスパイ・スリラーを手にする可能性はあったのか。
 ここからは、妖説になる。
 ニコラス・ブレイクとビートルズのメンバーに共通点が実はある。片や桂冠詩人であり、片やMBE勲章をもらって、どちら女王陛下の息がかかっているということではない。
 ニコラス・ブレイクは、既に書いたように、アイルランドの出身である。アイルランドの牧師の子として生まれ、3歳のときにイングランドに移り住んだ。彼の白鳥の歌『秘められた傷』は、アイルランドが舞台になった実に印象深いミステリだった)ビートルズのメンバーのうち、実は、ポール、ジョン、リンゴの3人は、アイリッシュ系、アイルランドからリヴァプールへの移民の末裔である。ポールの両親は、アイルランド人で、ポール自身はカソリックの洗礼を受けている。
 英国においてアイルランド系であるということは、果たしてどういう意味をもつのか。
 高橋哲雄『二つの大聖堂のある町』(ちくま学芸文庫)によれば、ビートルズの出身地、リヴァプールは、アイルランドの対岸に当たることから、1840年代のアイルランドの大飢饉以来、アイルランド系移民の吹き溜まりの街になったといい、現在までほぼ恒常的に人口の三分の一は、アイルランド系だという。そして、こういう。「ビートルズは、リンゴ・スター以外の全員がアイルランド系である。(中略)つまり、日本に置きかえていえば、彼らは在日朝鮮人の子弟と同じ立場にあるわけだ」
 司馬遼太郎『愛蘭土(アイルランド)紀行』において、著者はリヴァプールに立ち寄った際、ジョン・レノンと(アイルランドの作家)スウィフトのユーモアを並べて論じるはなれわざを見せた後(敵ながら天晴れ)、「ジョン・レノン詩集」(岩谷宏訳)に載っている「あなたがアイルランド人なら」という題の詩を引いている。
「あなたがたまたまアイルランド人として生まれたなら
 その運を悲しみ死んだ方がましだと思うだろう
 あなたがもしアイルランド人だったら
 イギリス人だったらと思うだろう」
 後年のポール・マッカートニーの北アイルランド問題へのコミットメントも、アイルランド人としての血がなせる業なのかもしれない。
 ジョン・レノンの別のインタヴューによれば、文章のセンスが似ていると人に勧められて1965年にジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」を始めて読んだという。
 こうして、自らのルーツに自覚的な彼らが、アイルランド出身で、高名な詩人セシル・デイ・ルイスの別名義ニコラス・ブレイクのスリラーを読み、そのヒロインの名が意識下に残っていて・・「エリナー・リグビー」という名に結実した、という妖説でこざいます。
 さて、冒頭の謎の答えは、もう明らかだろう。神父が登場するのは、アイリッシュ−カソリックの文化を背景にもっているからだし、マッカートニー又はマッケンジーでなければならなかったのは、Mac-(Mc-)がアイルランド姓だからである。「ドアの側の壺の中にしまった顔」を作家のS.A.バイアットが、(アイルランドの)「ベケット風の表現」で「顔のない、何者でもない」存在を暗示する、解釈としたのは、おそらく正しい。ビートルズの初めてのシリアスな歌詞に、いつの間にか彼らの心象風景が入り込み、歌は普遍性を獲得する。
 「すべての孤独な人々は何処からくるのだろう」
 彼らは、「アイルランド」から来たのである。 



9月24日(日) 『笑う肉仮面』初出判明!
・昨日、おげまるさんと飲み、二日酔い。遅くまですみません。女子マラソンと巨人優勝でチャンネルてっくり返し憑かれて、「エリナー」続編も書かずに寝ようとしていたところに。
 当のおげまるさんから特報がもたらされたので、アップさせていただきます。
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(前略)
 今朝はさすがに十時頃まで死んでおりまして、そのあともそもそと生き返って、雨の中大麻へ<他にやることはないのか? <ない(キッパリ)。
 前回の続きで小学三年生四年生をチェック。なんとなく気乗りがしないので適当に切り上げて「野球少年」を請求してみたら。台車一台分ごっそりと持ってきたので、ちょっとびっくり。この雑誌、意外とメジャーだったのかも。
 初期はほんとの野球雑誌だったのが、次第に探偵小説、熱血小説が増えていって、昭和30年代になると「野球記事の多い普通の(B級)少年雑誌」に変貌しています。
 横溝の「白蝋仮面」の初出がこの雑誌らしいのでチェックしてみたのですが、該当の昭和28年度分はなぜか全欠。
 久米元一が天知五郎シリーズという野球がらみの連作を書いています。以前に芦辺拓さんがおっしゃっていた明智のパチモンていうのは、これでしょうかね?
「謎のサインボール」昭和25年7月号〜10月号?
「皇帝ダイヤ事件」昭和25年11月号
「地獄のストライク」昭和26年新年特大号
「ミイラの秘密」昭和26年1月号
「消える球団」昭和26年3月号?〜4月号
「魔のプール事件」昭和26年5月号「六千万円の秘密」
昭和26年6月号〜7月号?
「覆面投手」昭和26年8月号?〜9月号
 ポプラ社から「皇帝ダイヤ事件」として刊行されていたようです。
 あとは島田一男の「幻影球場」(27年1月号〜12月号)、三橋一夫の爆笑愉快小説「弱虫柔道」(26年4月号)、楠田匡介の「鉄腕探偵」シリーズ(29年2〜4月号のみ確認)、……とメモしていったら。
 ありましたあ! 『笑う肉仮面』!
 まさか「野球少年」だったとは。
 昭和31年11月号〜32年9月号の11回連載。最初の数回分をコピーしたところで時間切れになりましたが、テキストは単行本と同一のようです。挿絵は巨匠高荷義之。細密画が迫力です。もし復刊の機会があるなら、ぜひこの挿絵も再録してほしいものです。でも、コピーだとつぶれて汚くなっちゃうんですよね……

 はあ……なんだか、憑き物が落ちたような気がします。
(後略)

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 やったあ!!こんなには早く、「笑う肉仮面」初出判明とは。「野球少年」とは、聞いたこともない雑誌です。
 しかし、同じ二日酔いでも、おげまるさんの勤勉さには、頭が下がります。高橋尚子と並んで尊敬する人リストに加えます。



9月22日(金)
・「エリナー・リグビーの謎」後編は、筆者都合により、次回ということで、すみません。
・レオ・ブルース『結末のない事件』(新樹社)、筒井康隆『細菌人間』購入。
 『細菌人間』は、全集にも未収録のジュブナイル4編と、全集のみ収録の1編を収録したものだが、
日下三蔵氏の解説を読んで吃驚。表題作の「細菌人間」に記憶があるのだ。不審な行動を続ける父を夜、見張っていると、父はガソリンを飲んでいた−というくだり。解説にも「読者を恐怖のどん底に叩き込み」とあるように、今でも、不意に思い出すくらい強烈な恐怖だったが、それが筒井康隆の小説の一部分だったとは!初出は、66年3.13〜7.10というから、小学校に入学したかしないかという頃。漫画雑誌は、買ってもらえなかったから、その当該号を誰かに貰うか借りるかしたのだろう。挿し絵(小松崎茂)がまた怖くて。いやあ、驚いた。



9月21日(木) 「エリナー・リグビー」の謎
・♪あーろかおーざろんりーぴーぽー 。
 こんにちは。「密室系、世界の謎に挑む」の時間がやってまいりました。これまで、「恩田陸の正体」「鷹見緋沙子とは誰か」「国書探偵小説全集、グラディス・ミッチェル3期廻しの謎」「ポップ1275の謎」など世界の些末な謎に取り組んできた密室系が、本日は、大ネタ、ビートルズの「エリナー・リグビー」の謎に挑みます。では、まず、曲をもう一度お聞きください。
・♪あーろかおーざろんりーぴーぽー。(キコキコ)
 Aah,look at all the lonley people (キコキコ)
 キコキコは、ストリングスの音。
・1966年8月に「イエロー・サブマリン」とカップリングでシングルで発表されたこの曲は、全英チャート4週間をキープ。ロックミュージックにおけるサイケデリック革命の元祖となったLP「リボルバー」の一曲でもあり、ストリングスが極めて印象的な名曲である。
 が、「エリナー・リグビー」は、ビートルズの曲の中でも最も謎の多い曲とされている。
 その第1は、それまでのポップ・ミュージックの常識を覆し、死と孤独について歌った斬新な歌詞は、一体、ポール・マッカートニーとジョン・レノンのどちらがつくったのか、という点だ。ジョン・レノンは、70パーセント近くは自分がつくったと後のインタビューの中でいっており、一方のポールは、ジョンの貢献は、ほとんどないとする。レノン−マッカートニーのクレジットがあっても、それぞれが独自に曲をつくり、リード・ヴォーカルをとるシステムに移行しつつあるときであり、常識的に考えれば、ポールが大方の部分をつくったと考えるのが筋だと思える。
 それよりも、エリナー・リグビーとは、一体誰のことなのだろう。
 歌詞を見てみよう。
「エリナー・リグビーは結婚式の後の教会で床の米粒を拾う/彼女は夢に生きている/窓辺で待つ/ドアの側の壺の中にしまった顔をつけて/一体、誰のため?」
 2番ではマッケンジー神父が登場し、誰にも聞かれない説教を書く。
 3番でエリナー・リグビーは教会で息をひきとり、葬式には誰も来ない。マッケンジー神父は土に汚れた手を拭きながら教会を後にする。
 ラストで印象的なリフレインが繰り返される。
 「すべての孤独な人々は何処からくるのだろう/すべての孤独な人々は何処に属しているのだろう」
 以下、「ピートルズ研究書の最高峰」的な扱い方をされているというイアン・マクドナルド(キング・クリムゾンのメンバーとは別人)「ビートルズと60年代」('94 キネマ旬報社)に基づき、この曲の成立の事情を祖述すると、
・最初、曲は、教会で米を掃くミス・デイジー・ホーキンズなるハイミスのイメージでスタートした。
・ポールが恋人のジェーン・アッシャーに会いにブリストルまで出向いた際に、リグビーという名の洋装店から思いつき、映画「HELP!」で競演した女優のエリナー・ブロンの名前を継ぎ足した。
 ちなみに、神父の名が「マッケンジー神父」に落ち着く前は「マッカートニー神父」であり、メンバーの指摘で電話帳からピック・アップしたという。
 別のポール・マッカートニーインタヴューによれば、エリナー・ブロンの「エリナー」という名前が気に入り、ふさわしい姓を探していたら、リグビーという店に行き当たって閃いたという。まあ、順番はいい。(余談だがジョン・レノンは一時期エリナー・ブロンとつきあっていたという。)
 ところが「ビートルズと60年代」によれば、別な説もあるという。 ポールの実家にほど近いセント・ピターズ教会に「エリナー・リグビー」(1895-1939)が埋葬されているというのだ。リグビー家はリヴァプールの名家だという。歌詞が歌詞だけに、いささか不気味な話ではある。
 ポール・マッカートニーはインタヴューでこの話を一笑に付しているが、潜在意識下で影響された可能性は否定していない。「エリナー、プラス、リグビー」なのか、それとも墓碑銘の名前なのか。3つ目の説もあるという。エリナーは「エリナー・バイグレーヴス」(イギリスの有名なエンターティナー)からスタートしたとするもの(ライオネル・バードの説)。
 ここで、筆者は、4つ目の説を披露したい。
 実は、「エリナー・リグビー」より少し前に、ひどくよく似た名前の女性が登場する英国ミステリが書かれているのである。(続く) (一応、伏線は張っております?)  



9月20日(水) アイルランド・ミステリ2
・下の方にある(8/7)アイルランド・ミステリの話を少し続ける。
・ピーター・ヘイニング編「GREAT IRISH DETECTIVE STORIES」(PAN)の序文によれば、かつて「アイリッシュ・ポスト」という新聞に、あるコラムニストが、「アイルランドはクライム・フィクションの分野では、長きにわたってほとんど何も生み出さなかったのは明らかだ」という趣旨のことを書いていたという。ヘイニングは、このコラムニストに反論する。150年の間に、アイルランドは、少なくない数のミステリ作家を輩出しているし、この分野のパイオニアの何人かはアイリッシュの血を引いているいる、と。
 例えば、探偵小説の生みの親エドガー・アラン・ポー。ポー家は、有名なライターである祖父のジョン・ポーの代までは、アイルランドの小作人であって、1750年に星雲の志をもって新世界に移住してきたという。ポー自身は、アイルランドには、行ったことはなかったが、彼の作品の幾分かは、意思堅固で探求心旺盛なアイルランド人の血に影響を受けているのではないか。
 「月長石」を書いたウィルキー・コリンズも、また、アイリッシュ・ルーツである。祖父ウィリアム・コリンズは、著名なアイルランドの作家だった。
 シャーロック・ホームズは、その聖典中、アイルランドの都市を何度も訪れているが、ホームズの生みの親、コナン・ドイルは、アイルランド人の両親をもち、スコットランドに生まれた。彼の母方の祖父は、アイルランドの高名な政治風刺漫画家だった。
 スリラー映画の帝王ヒッチコックは、ロンドンのカソリック−アイリッシュのバックグラウンドをもっている。彼の祖父は、アイルランド人のアン・マホニーと結婚する際、カソリックに改宗した。ヒッチコックの母親もやはりアイルランド人だった。(余談だが、「映画術」の中で、自分のうちはカソリックだったので、イギリスでは随分異質だったと回想している。また、イエズス会の寄宿学校にいた際の厳しいしつけに、恐怖という感情も育まれた、とも)
 レイモンド・チャンドラーの母親は、アイルランドのクエーカー教徒の一員で、「自分は、この血統にに誇りをもっている」と書いている。
 この後、ヘイニングは、現役のアイルランドのミステリ作家を列挙していくのだが、ミステリ史の巨人たちにアイリッシュの血が入っているのは何やら興味深いものがある。
 そういえば、最初期の「密室小説」を書いたアメリカの幻想小説家フィッツ・ジェイムズ・オブライエン
も、アイルランドからの移民である。(こちらも、「第三の警官」の作家と同じオブライエンだが、姓の冒頭のO'、オコーナーとオドンネルとかは、アイルランド系の姓だと何かで読んだ記憶がある。Macなんとかというのも、アイルランド−スコットランド系の姓らしい)



9月19日(火) 訂正
・愛蔵太さんのサイトの「本日の言葉」に採り上げていただきました。勲章を一個もらったような気分。ありがとうこざいました。しかし、ミステリと風太郎をメイン・コンテンツに続けてきた本サイト、オーロラ三人娘で、注目されるとは。
・でもって、引用された部分に大きな誤りがありました(ここ重要)。オーロラ三人娘を率いていたのは、「お京さん」ではなく「橘ルミ」でこざいました。お詫び方々訂正させていただきます。
・責任を感じて、ネットで調べますと、15日の疑問にぴったりの答をある掲示板で見つけました。(ここの1701YOKOHAMA岩城さんという方の発言)原曲は、「クールな恋」といって、ザ・ゴールデン・カップスのシングルB面だったのですね。ジャケットは、こちら。星飛雄馬がオーロラ三人娘に出逢ったのは、新春スターボウリング大会だった由。(ここ)ネットは、使えますね〜。ちなみに、ゴールデン・カップスは、大当たりはしなかったものの、玄人筋に受けのいい演奏をしていたグループ・サウンズで、ミッキー吉野らが所属していたくらいの知識しかありませんでした。レコードを聞いたとき、これでヴォーカルが良ければ、と思ったけど、あるサイトにデイヴ平尾のヴォーカルは演歌調とあって、我が意を得たり。加入当時、ミッキー吉野が16才だったとは驚き。



9月18日(月) ジャーロ  
・ハヤカワ文庫復刊フェアのパンフを貰ってくる。「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」の復刊が嬉しい。祝「MOUSE」復刊。
・「猟奇の鉄人」に、草創時のポケミスの遠刊リスト掲載。これが凄い。アボット、ユーゼヌ・ヴァルモン、ゴア大佐、マイルズ・バートン、コニントン、停まった足音、四十面相の男・・。中学生の頃、ノートに書き出したいつかは読みたい本がズラリ。これぞ、ありうべき、もうひとつの、オルタナティヴ・ポケミス。早川書房よ、今からでもないから遅くない。永年の空手形の責任をとってくれえ。遅い?
・お久しぶりマーヴ湊さんからメールをいただきました。いつもどおり引用。
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 お久しぶりです。
 光文社の『ジャーロ』買いました。早速パラパラめくってみると意外にも随分と見慣れたレイアウト。しかも表紙をしげしげ眺めてみれば、新装版とかEQExtraとか書いてあるじゃありませんか。ここに至ってようやく、EQと全く異なるコンセプトで勝負してくるだろうというのは私の勝手な思い込みであったことに気付いた次第。未訳のメグレ物が載るという噂とはちょっと違っていたのが残念。その他、タイトルの由来をエッセイで解いているけど日本人の肌の色とは関係無いのかなとか、高橋克彦の連載は季刊でしかもこの頁数なのかなとか、かつてのEQを彩った常連広告のマムシ(夜のお勤め皆勤賞)とスッポン(女房ウハウハ)が消えたところに編集部の戦略を感じるなとか、恩田陸ってひょっとして宮部みゆきと縁続きなのかなとか、いろいろつまらない感想は湧いてくるのですが、とにかく読んでみなければいけませんね。
  山風と石川賢を共に崇め奉っている私にとってコミック版『柳生十兵衛死す』はビッグ・ニュースです。またもや原作から大いに逸脱して、人体を吸収する化物とか出すんだろうなあ。楽しみが増えました。それでは又。

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 さすが湊さん、目のつけどころが違う。実は、「女房ウハウハ」を楽しみにしていたのでは。それにしても高橋克彦は、この日が来るのを待っていたのかとか、「EQ」のプレゼントは当選率が極めて高かったので今回は必ず出そうとか、「サム・ホーソンの事件簿」にCを付けた(佐)氏は、全国2018人のホックファンを敵にまわしたね、とか、つまらぬことばかりに頭がまわる。
 コミック誌は、買わなくなって久しいので、私は単行本化まで、待ちになりそう。
・というわけで、睡魔が。 



9月17日(日) 九月の雨 
・最近の山風情報フラッシュ(おげまるさんから、いただいた情報含む) 
・白梅軒店主さまによると、「御用侠」が小学館文庫で再刊されるとか。これは、嬉しい。
・「ビジネスジャンプ」誌で石川賢が「柳生十兵衛死す」を漫画化。この人は、「魔界転生」も漫画化してましたか。
・『復讐<書物の王国16>』国書刊行会 書物の王国(7月刊) に「虫臣蔵」収録
・『恐怖の旅』(日本ペンクラブ・編 阿刀田高・選 光文社文庫(8月刊)に「わが愛しの妻よ」収録。(1989・福武文庫)の再刊。)
・『血<ホラー傑作短篇集1>』結城信孝・編 三天書房(9月刊)に「忍者玉虫内膳」収録。
・光文社から「EQ」の後継誌「ジャーロ」(季刊)が発刊。和洋賑々しい顔ぶれなんだけど、現代英米ミステリファンと新本格ファン双方に訴求するのかどうなのか。どういう雑誌にしてこうとしているのか編集部のステイトメントが欲しいところ。「EQ」誌のお家芸だったクラシック発掘は続けて欲しい。
・同誌によれば、「本格ミステリ作家クラブ」始動とか。準備会会員名簿(108人)に驚くが、同名維持用簿の見所は、参加していない作家・評論家(清涼院流水、新保博久、福井健太・・)。単なる親睦の会でも、推理作家協会のような職能団体でもない以上、対外的にも、対内的にも、ある種の政治性を孕まざるを得ないのは必定と思われる。果たして、読者にとってもメリットは、あるのか。
・岩井大兄の実家が引っ越しで、蔵書の整理をするというので、琴似へ出かけ、古い「宝石」とか樹下太郎とか、面白そうなところを20冊ほど貰ってくる。半額店では、斉藤栄をひきとってくれないと泣いておりました。
・読書は「真夜中の檻」と「密室大百科(下)」を。オリンピックで、しばしば中断される。



9月15日(金) 「千人目の花嫁」続報
・創元推理文庫の新刊、平井呈一『真夜中の檻』、ウォー『冷えきった週末』、カサック『殺人交叉点』購入。カサックは、旧訳で読んでいるのが併録の「連鎖反応」という話がどんな話だったか、まったく思い出せない。
・帰省中の岩井大兄、某社のファッション番長あっちゃんと、狸小路の「炭屋」で塩ホルモン。近況やら、本の話やら。話題が本になると、相変わらず2人とも舌鋒鋭い。新作も良く読んでいる。あっちゃんの小4の娘がチェスタートンを読み出したといっていた。
・二軒目「サイケデリック・モジョ」という店。60年代のグループサウンズをもっとクールにしたような音楽が流れている。驚いたことに、「巨人の星」の劇中歌がはいった。飛雄馬の恋人お京さんの所属するオーロラ三人娘が歌っている「♪アイラビュ、アイラビュ、ホレバモ」(タイトル不明)というやつである。ヴォーカルは男で劇中歌とヴァージョンは違う。これって、オリジナルがあったの?それともカバーなのか。出際にグループ名を聞いたら、ゴールデン・カップスとのこと。「星雲高校」の歌と並ぶ二大劇中歌だけに気になる。
・もぐらもちさんのご好意で、「主婦と生活」(昭和29年8月号付録「涼風娯楽読本」)掲載の山田風太郎「千人目の花嫁」を読むことができた。付録とは、いっても目次によれば、10編を超える小説や多数の記事が掲載され、ちょっとした小説誌並み。推理小説女流3人集には、大倉てる子、堤千代 宮野むら子の名前が見える。
 風太郎の短編は、ユーモア小説傑作集の一編で、三段組4頁程度の長さ。
 地方病院の勤務から3年ぶりに東京に帰った私は、友人の恩田丹平が結婚したという噂を聞く。かつての丹平は、いい年をして女性の肘鉄砲が怖く、話しかけることができない。そこで、一念発起して千人斬りの悲願を立てる。千人斬りといっても、例のやつではなく、千人の女性を教育者としてトッチめて優越感を得て、女性恐怖症をなくそうという、少し論理の飛躍のあるような計画。愛読書にロマン・ロ−ランを挙げる従姉妹の虚栄心叩きを皮切りに、子どもを甘やかす母親、長電話の女性等、379人目まで、女性攻撃は続いたはずだ。私は、そんな丹平の新妻をみようと、新居を訪れるが・・。
 掲載誌を意識した軽快な筆致の掌編。山風の女性観、結婚観が窺える点が面白い。
 もぐらもちさん、ありがとうこざいました。
・少年物は別としても、「信濃の宿」「千人目の花嫁」というリスト未掲載の作品が出てきたことは嬉しい。中島河太郎という同時代の併走者がいて、風太郎の作品は、ほぼ完璧に捕捉されているはず、と考えていたからだ。まだ、他にも、という期待が募る。



9月12日(火)   『まだ殺されたことのない君たち』
・ようっぴさんから、先日教えていただいた密室系作品、島田一男「密室の女王」の収録されている単行本は、岩谷選書「古墳殺人事件」ではなく、岩谷選書「錦絵殺人事件」(“絵”の字は旧字体)である旨、訂正をいただいております。ありがとうこざいます。「密室調査員」の方を直しておきます。
・昨日、留萌の山美女、東京の猫美女から同時に貢ぎ物が届く。古本かと思ったら、どちらも、食べ物。この偶然は、さすが山猫シスターズ。
・「本の雑誌」に安田ママさんのエッセイ。ネット読書系の実情をよく伝える好編でありました。どうも、紙ベースのネット読書系の紹介は、隔靴掻痒の感があって、今一つ物足りなく感じていたのだ。いつのまにか、WEB本の雑誌が登場。クロスレヴューなど充実した立ち上がり。読者相談コーナーは、とんでもないことを始めてしまったと、北上次郎発行人は思っているのではないか。
・本日の本は、MYSCONの海外ミステリ企画の際に、森英俊氏が入手しにくいお薦めとして挙げていたもの。この作者の名前は、聞き覚えがなかった。(そのときの模様は安田ママさんの定評のあるレポートに詳しい)
『まだ殺されたことのない君たち』 B・マスロフスキー(東都書房'62('?)) ☆☆☆
 木々光太郎、槙悠人共訳。2段組180頁弱。原著の発行年は不明。木々高太郎の「あとがき」によれば、56年にパリで、この著者と会い、マスク叢書のグランプリ(賞)をとった作品として、手渡されたものだという。
 なるほど、面白い。幽霊探偵物は、ガイ・カリンフォード『死後』、J.B.オサリヴァン『憑かれた死』という奇しくも同年(,53)に書かれた二長編をもって嚆矢とするらしいが、本書も、このアイデアを有効活用したオリジナルな魅力がある。ネタばらしになるので、タイトルは書かないが、最近読んだ本や昨年話題になった映画に、幽霊探偵もののアイデアをひと捻りしたようなものがあった。意外に普遍性のあるアイデアかもしれない。
 舞台は、米国。登場人物も米国人である。人気作家レスター・キャラダインは、自宅のパーティの翌日、レールに縛りつけられ機関車にはねとばされる悪夢から眼が醒める。ところが、鏡の前に立つと自分の姿が映らない。ベッドには、自分自身の姿が。レスタ−は、死者であるばかりか幽霊になってしまったのだ。死因は、ドライ・マルティニの中の強度の弗化ソジウム。私を殺したのは一体誰だ。
 前夜のパーティの客の中の容疑者には事欠かない。評論家、怪しげな詩人、作家志望者、色情教の女流作家、強請を働く元新聞記者・・。姿なきレスターは、警察の聞き込み捜査に同行するのだが・・。幽霊探偵物のお約束どおり、自分の存在がなくなったところで、取り巻き連中がその生態を露にする。男に色目を使いはじめる妻、生前さんざんけなしていたくせにアメリカ一の作家ともちあげる評論家、実は彼の小説をまったく読んでいなかった編集者、生前の交遊を語って商売する男・・。結局、もっとも容疑が濃厚な人間が逮捕され、裁判を経て、死刑になるのだが、さらに予期しない展開があって。ロジカルな犯人当てではないが、幽霊が次々と増えていく終盤の展開は、個性的な取り巻き連中を描く筆致同様、エスプリに富んでいる。
 この作家氏、死後には作家としての名声もあがり、ビキニのままで死んだ若い女性の幽霊とプラトニックラブに陥ったり(なにせ肉体がない)、死後の世界を結構エンジョイしている。幽冥境もまた楽し、と思わせる洒脱なミステリである。



9月11日(月) 「信濃の宿」全貌あらわす
・早くも、謎の風太郎作品「信濃の宿」の全貌が明らかになる!
 またしても、平成のカナボ−ン卿、おげまるさんの産地直送便だ。それにしても、その情熱には、本当に頭が下がります。
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 少年もの調査員一号のおげまるです。さっそく道立図書館に行ってまいりました。
 で、「高校時代」、残念ながら創刊号が欠号でしたが、以後はおおむね揃っています。問題の「信濃の夜」は、なんと12月号で完結の三回連載でした。
 ぱらぱらと斜め読みしただけですが、最終回はこんな感じです。
 …いつのまにかお京と仲良くなって受験勉強が手につかない様子の悠吉を見かねて、周平は諫言します。飛鳥、東京へ帰ろう。しかし縁談は罠で、このままではお京は芸者屋に売られてしまうのです。二人の押し問答を聞きながら、お京は泣きじゃくる。 「どうぞ、おふたりとも、東京へおかえりになって……」
 三日後、若者たちを置き去りにして縁談は進み、お京本人も自身の運命を受け入れてしまいました。
 女の子の不幸を見捨てて、大学にはいってえらくなって、それでいいのか、と問いかける悠吉。周平は、強くなろう、と答え、自らの人生訓を記したメモを朗々と読みあげます。……
 うーん、「磯谷周平のごとき良友は世にまた得がたかるべし。されど飛鳥悠吉の脳裡に一点の…」という印象ですね。おまえヤキモチやいてんじゃねーのか周平?
 ミステリ風味はほとんどない、受験生の苦悩を描いた青春文学です。その意味では「石の下」などの正統な後継作といえるのかも。なにしろ文学ですからヘタレなあらすじはあまり意味がないです。
(後略) 

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 後藤さんには、「高校時代」創刊号、2号はあるが、3号がない。おげまるさんは、創刊号が未見。母のない子と子のない母と。しかし、つながりました。接続されました。今、我々は、札幌・大阪1,200kmの夜空を超えて青春文学「信濃の宿」という虹がかかるのを見届けました。ありがとう、後藤さん。ありがとう、おげまるさん。
 でも、本当に「石の下」のような話ですね。
・さらに、おげまるさんからいただいた情報から、ちょっとリーク。
 「高校時代」昭和31年2月号、3月号、春季臨時増刊号、4月号(?)の「大人工衛星の秘密」 木村生死  *「秀吉になった男」の作者の科学小説だそうです。「しょうじ」って読むそうです。(でも、「秀吉になった男」、聞いたこともあるような気もするがわかりません。レア物SFなんでしょうか)
 「地球消失」 千代有三 「小学五年生」昭和32年4月号〜33年3月号
 「燃える地平線」 日影丈吉 「小学六年生」昭和34年4月号〜35年3月号
 日影丈吉のこの少年物は、75年の島崎博編「日影丈吉書誌」(別冊幻影城11)にも未掲載のもの。他にも、柴練の東京紳士ものとか妹尾アキ夫とか楠田匡介とかがあるらしい。うーむ、どこまで行くんだ。
・さらに、さらに、『青春探偵団』の一編「書庫の無頼漢」の初出誌と思われるものが、おげまるさんの手によって発見されました!
 『青春探偵団』(廣済堂文庫)で初めて、単行本に入ったこの短編、「高二時代」昭和44年4月号付録「小説フェスティバル」が元テキストになっている旨書かれているのですが、他の作品の執筆時期から考えて、「小説フェスティバル」が初出ではないと疑われていた作品。昭和32.1〜3「高校時代」に掲載されていたそうです。新情報を元に、
●「青春探偵団」(→幽霊御入来) 「明星」昭和31.9〜10
  (昭和33.3「傑作倶楽部」に「幽霊御入来」として改題再録)
●「特に名を秘す」 昭和31.4/6〜6/29「全国学園新聞」
●「書庫の無頼漢」 昭和32.1〜3「高校時代」
●「砂の城」  昭和32.11/24〜33.3/2「全国学園新聞」
●「屋根裏の城主」 昭和33.7/6〜10/5「全国学園新聞」
●「泥棒御入来」  初出不明
 と並べれば、「書庫の無頼漢」の位置は、至極妥当で、多分「高校時代」が初出誌とみなしていいのではないかと思われます。
・このページを初期の頃から御覧の方は、「青春探偵団」なる短編が短編集中のどの短編に該当するのか謎としていたのを覚えておられると思います(「幽霊御入来」説と「書庫の無頼漢」説があり)。それが、松本真人さんの集英社の図書室調査により、「幽霊御入来」に相当すると判明。さらに、「書庫の無頼漢」の「小説フェスティバル」掲載は再録と思われるという日下三蔵さんのサジェスチョン(於「猟奇の鉄人」掲示板)があり、この度、後藤さんの「高校時代」掲載小説の発見から、おげまるさんの同雑誌調査、「書庫の無頼漢」初出誌判明に結びつきました。因果はめぐる、じゃない。善意と探求心はめぐる。こうしてみると、私はなにもしていない(笑)。つくづく、不思議な好縁(ネット)の中いるという感じです。


9月10日(日) 「千人目の花嫁」  
・ラウル・ホイットフィールド「ハリウッド・ボウルの殺人」(小学館文庫)、「少女地獄」(学研M文庫)購入。前者は31年作のハリウッド舞台のハードボイルドで本邦初訳という。
・道新の読書欄で、柳瀬尚紀(根室出身)がレ・ファニュ「墓地に建つ館」の訳を褒めていた。
みすべすのともさんから『火蛾』に密室が出てくる、と教えていただきました。併せて「Mac Fan Internet」に本サイトが紹介されているという情報も。サイト運営で大変なのに、このご厚情ありがとうこざいます。ともさんとは、ほぼ同期ネット入社だと思うのですが、もう既に遥か仰ぎ見るような存在。ますますの繁栄をお祈りしています。
・さあ、本日のメイン・イベント。「奈落の井戸」もぐらもちさんからのメールを御紹介(一部省略)。自ら充実したサイトを運営されているのに、大ネタを振っていただき、大感謝いたします。
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 「奈落の井戸」のもぐらもちです。ご無沙汰しておりますが、山風ファンの一人として、御HPでの充実した新資料の発見報告に胸躍らせて頂いておりました。
 実は先日昭和29年発行の婦人雑誌の附録を購入しましたが、そこに山風の短篇が入っています。 タイトルは「千人目の花嫁」。“ユーモア小説傑作集”という特集の中の一編で、短篇というよりは掌篇といった感じの非常に短いものです。金もそこそこあり、若くて顔もそれ程まずくないが度胸が全くない男が、度胸をつける為に一念発起して女千人斬りの祈願をたて、それから数年後、結婚したという知らせが友人の所に届いたので、どんなに素晴らしい女性を口説いたか見に行く、という設定で、(その千人斬りというのがいわゆる例のやつではなく、単に女に対して傍若無人に振る舞うというだけの変なものなのですが)見たところ成田さん作成の山風リストに該当するタイトルはないようでしたので、取り急ぎお知らせする次第です。こんな内容のやつですが、ご存じでしたでしょうか。
 収録されているのは「主婦と生活」昭和29年8月号附録の「涼風娯楽読本」というやつでした。
 もし既にご存じ、あるいは私のリスト見落としでしたら余計なお手間を取らせてしまい申し訳ありません。 これからも山風リストの充実、期待しています。それでは。

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 既存リストには、無論「千人目の花嫁」という作品はありません。内容的には「ドンファン怪談」でもない、「童貞試験」でも「痴漢H君の話」でも「大無法人」でもない・・。ということは、新発見??単行本に収録されていない作品に改題されている可能性は否定できないものの、発表媒体や掌編であることからいって、埋もれている作品である可能性が高いのではないかと思います。(素人判断ですが)こちらの方も、何か心あたりのある方、御教示いただけたら、幸いです。




9月9日(土) 譚海系雑誌目録
・夜は明けましたが、また夜になってまいました。桜さま。お褒めに預かり恐悦。他にネタがないので、こちらで失礼します。
・懸案になっていた「譚海系雑誌目録」(一部)をやっとアップ。改めて眺めると、いろいろ面白い。大人の小説誌も結構あるだけど、当時、「冒険活劇」、「怪奇探偵」、「明朗小説」など四文字で小説の内容を表す角書きがついていて、これはこれで興味深いので、そのまま載せてみました。「感激小説」というなんだかわからないのから、ネタに困ったのか「少年小説」というのまである。それをいったらおしまいよ、というか。柳家金語楼の「落語小説」とは、いったいどんなものでしょうか。でも、各所で当時の探偵作家の名前が出てくると、そこがピカっと光っているように見えるんだよなあ。
・もぐらもちさんから、仰天の山田風太郎短編情報をいただいてしまいました。あああ、一体どうしたというのだ。俺の寿命が近いのか。キーボード叩きに疲れてしまったので、詳細は明日。
・メールの滞っている方御免なさい。


9月7日(木) 「信濃の宿」続報
・レ・ファニュ『墓地に建つ館』(河出書房小説)(河出書房新社)、古泉迦十『火蛾』購入。レ・ファニュは、4900円。んあー。でも、世界最初の密室小説『アンクル・サイラス』を書いた作家の「大傑作」となれば、やっばり欲しいですわ。帯に「ジョイス「フィネガンズ・ウェイク」にモチーフを与えた」とある。そうなんですか。
・大阪の後藤さんから待望の続報。以下引用します。

「信濃の宿」続報です。 あらすじです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 来春の大学受験を控えて、親友同士の磯谷周平と飛鳥悠吉は、夏休みのある日、喧噪の東京を離れて、悠吉の叔父の紹介で信濃の宿「水篠屋(みすずや)」にやってきた。その宿は、叔父が受験に来て泊まったという宿で、その時頼まれて命名した「お京ちゃん」も今は17歳の娘になっていた。二人の勉強は予想以上にはかどり、明るい日々を送っていた。そんなある日のこと、宿のお霜ばあさん(お京の母親)からこんな話を聞かされた。「実は、お京に縁談の話がある。ところがその相手は21歳で、四目十目(よめとうめ:四つ違いと十違いの夫婦は不幸になる)だから、先方に断り状を出した。すると向こうから、こんな恐ろしい返事がきた。
 その手紙は仲人という呉服屋の行商人からで、「これまでさんざん世話をかけたのに、四目十目などというばかげた口実で、たった一通の手紙で破談にしようなんて無知無礼もはなはだしい。近く相当な挨拶にゆくからそう思え」と書いてあった。
 手紙を読んだ二人は、「四目十目」に釈然としないながらも、知恵を絞って再度断りの手紙をお霜婆さんに変わって書いてやった。しかし、とうとう仲人の行商人が乗り込んできて、「この婆さんには7万円も貸してあるのだぞ」といきまく。男の帰り際に、扇子で帽子をとばされた周平が、反射的に男を投げ飛ばして振り返った時、(彼は柔道初段だった)周平は、悠吉にしがみついて泣くお京の姿をみて愕然とするのだった。(次号へつづく)
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 わたしは文才がないので、上の文で内容を思い浮かべていただけるかどうか心配です。話の感じは、「青春探偵団」的です。(どんな事件が起こるかどうかは分かりませんが・・・)あ〜つづきが読みたいです!!!!!(中略)「信濃の宿」はたして新発見なのでしょうか?情報が入りましたら、私にも教えて下さい。
(引用終わり)
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 間違いなく、既存の単行本収録作には、ない話ですよね。物知らずの私は、「四目十目」と言う言葉も初めて知りました。「高校時代」は、「蛍雪時代」と同様、旺文社の雑誌であり、「蛍雪時代」は、風太郎が学生時代に数編を投じていた「受験旬報」の後進らしいので、かなり力が入っていた作品なのではないかと想像されます。これからというところで、「次号へ続く」となってしまった後藤さんの心中をお察しします。何か情報がある方は、御教示いただければ幸いです。
・併せて、後藤さんからは、「「15年前 −「受験旬報」に投稿の頃−」と題したエッセイの内容もお知らせいただきました。既存のエッセイ集には、未収録のものと思います。
 6編が採用された「受験旬報」投稿時代を振り返りつつ、
「しかし、雀百まで踊り忘れずで、ひにくなことからまたまた小説をかき出したがそのきっかけは多分に蛍雪時代の懸賞小説の記憶にある。いや多分どころか、いまの{やまだかぜたろう」ペンネームは、そのころかりそめに使ったペンネームを、そっくり踏襲したものである。」とあるようです。
 後年、風太郎は「私のペンネーム」(『風眼抄』所収)というエッセイの中で「はじめはペン・ネームの読み方でさえ、自分でも一定せず、フウタロウかカゼタロウか、呼ぶ人にまかせていたのだが、その後どうやらフウタロウにきまって来たようだ。その方が私にふさわしいように思う。」と述懐していますが、少なくとも、昭和29年時点では、自身は「かぜたろう」と読んでいたことがわかる貴重な資料かと思います。




9月6日(水) 『死を招く航海』
・東京長期研修中の猫美女から、今年の「早稲田青空古本祭記念目録」をご恵送いただく。すっかり、古本好きの旦那として認定されてしまったらしい。多謝。特集が「早稲田・日本全国古本屋の女房」東京時代は、よく行っていた界隈なので、見覚えがある顔がいくつかあったり。いわゆる古女房が多いのだが、家事、育児、古本屋の手伝いをこなして、なんとか子ども達を無事に成人させ、という方々の話を聞くと大変な商売だなと思うことしきり。「国分寺書店のオババ」も実は、偉かったのか。
・再び、ようっぴさんから、リスト未掲載の渋いところをズバズバと教えていただく。
*渡辺啓助「密室のヴィナス」(創元推理13)
*横溝正史「三本の毛髪」(「殺人暦」春陽文庫)
*横溝正史「血蝙蝠」(角川文庫)
*甲賀三郎「羅馬の酒器」(「幻影城」1975.3月号)
*海野十三「電気風呂の怪死事件」(「復刻版創作探偵小説選集第四輯・春陽堂)
*島田一男「密室の女王」(「古墳殺人事件」岩谷選書) の6作品。
 さらに、未読と断った上で、密室を扱っていると作品として聞いたものとして、
*葛山二郎「骨」(「新青年」昭和6年1月号)
*伊東鋭太郎「弓削検事の実験」
*光石介太郎「十八号室の殺人」
*甲賀三郎「姿なき怪盗」(春陽文庫)
*岡村雄輔「紅鱒館の惨劇」(「紅鱒館の惨劇」鮎川哲也編・双葉社)
 を挙げていただきました。渋い、嬉しい。ありがとうございます。このうち、「三本の毛髪」は広沢さんに、「骨」は上野さんに教えていただき、「密室調査員コーナー」に仮収蔵されていますので(わかりにくくすいません)残りの9編を仮収蔵させていただきます。鮎川アンソロジーは、『紅鱒館』で最後のはずなのだが、なかなか進みません。
『死を招く航海』 パトリック・クエンティン 新樹社(2000.8/'33) ☆☆☆
 Q・パトリック名義の初期の代表作といわれる「S.S.MURDER」の邦訳。『ペンギンは知っていた』『タラント氏の事件簿』同様、出たこと自体が信じられない新樹社「エラリー・クイーンのライヴァルたち」第3弾である。「S.S」は、船名の前に着く符合のことで、「・・丸」に相当するらしい。そのタイトルに恥じることのない船上に始まり、船上で終わる生粋の船上ミステリ。カー「盲目の理髪師」、「九人と死で十人だ」、マガー「目撃者を探せ」、ラブゼイ「偽のデュー警部」、ブレイク「メリー・ウィドウの航海」、マクロイ「一人で歩く女」など、船上ミステリの佳作は数あれど、船上だけで終始する作品は、実はあまりないかもしれない。主人公は、若い女性コラム二スト。リオに向かう観光船で、会社重役の毒殺事件に遭遇した彼女は、持ち前の好奇心から、調査に乗り出すが、再び殺人が起こって・・。全編が船中から婚約書に当てた書簡の形で綴られる。パズラー黄金時代らしい稚気のある作品で、「このページには決定的な手がかりが曝されている」といった断り書きや図表の挿入、恋人に当てた「読者への挑戦」などが試みられている。ただ、本書の見所は、事件・インタヴューの 連続といったヴァン・ダインや初期のクイーンに観られる一種の退屈さを脱し、見知らぬ乗客たちが濃密な閉鎖空間で長時間滞在するという船上ミステリの特色を生かした黄金律(乗船名簿にない乗客、乗客同志の意外な関係、意外な探偵役、死体の発見されない死者等)を次々に繰り出している点だろう。恋愛模様や船上の数々の気晴らしと絡めて、読者を飽きさせない工夫が凝らされている。若い女性を主人公に据え、サスペンスに富んだ見せ場も用意しているが、ラインハート流のスクリーミング・クイーン的な立場にとどまっているわけでもない点にも好感もてる。登場人物たちの推理によって犯人探しは混沌としてくるのだが、予想の範囲を出ない解決はやや食い足りない。とまれ、船上ミステリの基本形、定番としての位置を要求できる佳品だろう。



9月5日(火) またも新発見?
・帯広で、25万冊、約800平方メートルの店面積を備えた道内最大級のリサイクル書店「ブックマート」が7日開店とか。一瞬、開店に駆けつけようかと思った自分が少し怖い。
・倉阪鬼一郎『屍船』購入。クェンティン『死を招く航海』読了。
・大阪の山風狂、後藤さんからメールをいただいたので、引用させていただきます。
 山風情報をひとつ。
 先日、「日本の古本屋」で山風を検索したところ、「高校時代 昭和29年 10月創刊号、11月号」というのが出てきたので、早速購入してみました。
 本日、届いた本をみると「旺文社」の本でした。「高校1、2年生のための学習教養雑誌」とあり、検索通り、昭和29年の10月創刊号と11月号でした。
  その中に、山風の「信濃(しなの)の宿」という作品が載っていました。10月号が連載第1回で、11月号が2回目、11月号には「次号へつづく」とありました。
 わずか6ページほどの物ですが、1回目には「15年前 −「受験旬報」に投稿の頃 −」と題した山風のエッセイも載っていました。まだ読んでいませんが、来春に大学受験を控えた高校生二人が、信濃の宿「水篠(みすず)屋」に宿泊して受験勉強をするのだが、その宿で起こる出来事を書いた物らしいです。
  これって、新発見なのでしょうか? 調査の手段に乏しい私としましては、成田様におすがりするより手はありません。何か情報がありましたら、お願い致します。読み終えたら、メールさせていただきます。まずはご報告まで。

 
 さあ、みなさんご一緒に。くまかかか。「信濃の夜」というタイトルは、既存リストにはないですよね。改題されたのかもしれませんが、それらしき短編も見あたらない。ということは、新発見?くはー。エッセイも単行本には入っていないような気がします(こちらは未調査)
 刮目して続報をお待ちしています。



9月4日(月) 魔人平家ガニ
中村さんより、リストに相村英輔『偽装』、小森健太朗『駒場の七つの迷宮』の差し入れあり。ありがとうこざいます。
・おげまるさんのおかげで読むことのできた山田風太郎「魔人平家ガニ」を。
「魔人平家ガニ」 おもしろブック 昭和32年夏休み漫画読物号
 諏訪ダムの湖底に沈む、人っ子ひとりいない平家部落を夏休み中の武、小六、京子の3人組は、訪れた。山犬に追われ逃げ込んだ古い家に、大きな鎧びつが3つ残されている。中を開けると、カニをおもわせるような一人の老人がうずくまっていて、ケガをした小六の血を浴びて蘇生する・・。
 この老人が凄い。二匹の山犬を両手でつかみ、喉笛に噛みつき、血をすする。10本の指が左右に2メートルも伸び、巨大ガニの姿に変身。さらに、10本の指をふると骨の間にうすい黒い膜が生じ、巨大コウモリに姿を変える。月夜の空を舞い、若い女をひっさらってくる。なぜに、カニがコウモリに変身?
 いや、これには理由があるのだ。京子の父、立花博士曰く、今昔物語に平定盛が体の腫れ物を直すために女の生き血をすすって直ったという話がある。平家の一族は、その血の魔力を覚え、ひとりが人間の血をすすって生きのびた。それ以来、謡曲の「安達ケ原」の鬼婆や「雨月物語」の青頭巾など、日本の古い書物には、吸血食人の話がばしばしば出没する・・。おお!ホラー・ジャパネスク。魔人平家ガニは、純和製吸血鬼だったのだ。
 なんとか、東京へ逃げ帰った3人だったが、東京ではあちこちで若い娘や女の子が喉を鋭い牙で噛み破られている死んでいるのが発見されはじめる。魔人東京に来襲!谷中墓地では、襲われた女が吸血鬼として復活。さらに、京子に魔人の魔手は伸びる・・。武装警官との激しい応酬やヘリコプター対魔人平家ガニのスペクタクルな攻防などを挟み、物語はエンディングへ。
 風太郎の作品傾向とかけ離れているようなゲテ・ホラーで、半ば自棄くそで書いた作品のような気がしないでもないが、そのパルプ雑誌風なチープ感覚にすっかり喜んでしまいました。さし絵がまた怖いんだよね。



9月3日(日) おげまるさんに会う
・山風少年物関係で貴重な情報の数々をいただいた、おげまるさんとお会いしました。オフ会とMYSCONを除けば、ネットで知り合った方とお会いするのは初めてで、多少緊張。おげまるさんも不安だったのではないか思います。大通り不二家ペコちゃん前で待ち合わせの後、焼鳥屋。風太郎のみならず、つわものミステリ読みの方で、話に花が咲きました。風太郎、少年探偵小説、古本屋、ネット等普段この手の話をできる人が周りにいないだけに、作品名や人名がぼんぼん言葉として出てくるのは、実に楽しい。三橋一夫「ふしぎなふしぎな物語1」、江戸川乱歩文庫の「乱歩随想」ほか、お宝
をザクザクいただいてしまいました。深酒につきあわせて、すいませんでした。(二日酔いです)
・道立図書館通いで少年探偵小説物研究で着々と成果を挙げられているようで、お許しを得て、その成果の一端を書きますと、
●横溝正史 「鋼鉄魔人」 おもしろブック昭和30.1〜12月号(三津木・御子柴物らしい)
        「黄金の花びら」 少年クラブ昭和28年新年増刊号、2月号
 この2つは、既存のリストにないらしい(改題の可能性もありとのこと)
 「蝋面博士」、「鉄仮面王」、「獣人魔島」は、初出判明。
●高木彬光 「神津読本」で書き下ろしとされていた「オペラの怪人」の初出判明。
●鮎川哲也 少年物もフォローした鮎川哲也作品目録(山前譲編)に掲載されていない二編発見。
        「白鳥号の悲劇」 少年画報 昭和34.11〜12
        「茶色の壁」 中学時代一年生昭和38年夏休み臨時増刊号
●島久平  伝法探偵物のサブキャラ、六郎くんを主人公とする3編を発見。うち、一編には、伝法探        偵も登場。
●大藪春彦 ストロング・スタイルの怪獣物「海竜ナトン」(おもしろブック 昭和34.9〜12)発掘。
●島田一男 香月探偵を主人公としたシリーズなど20編以上発掘。 等

 凄い。
 一日も早く成果をまとめられることを切望しております。
・複数の方から過ぎ去りしwhat's newに飛べないという指摘を受けており、訝しくおもっていたのですが、ネットスケープだとタイトルの半角スペースが邪魔するのではないかという指摘をおげまるさんから受けたので、直してみました。どうでしょうか。




9月1日(金) 「踊る地平線」 
・今晩は飯がないので、豪雨の中、平岸の古本屋。おお、ルヴェル『夜鳥』なぞ、あるではないか。値段をみると、60000円。表情を変えずに、その隣のシムノン『山狭の夜』25000円。表情を変えずに店を出る。その後、顔面が『笑う肉仮面』化。専門店でもないのに、この値つけ。なにか勘違いしているのではないか。
・別の古本屋で、チェスター・ハイムズ『黒い肉体』(昭47・戸山書房)、中田耕治『ソウルフル・サーカス』(昭48・昭文社出版局)、『現代世界戯曲選集 一幕物』(昭29・白水社)購入。
 『黒い肉体』は、禁断の文学叢書の一冊らしい。黒人刑事コンビシリーズで有名なこの作家にこんな作品があったのか。訳者(清水正二郎)の解説に「チェスター・ハイムズは、前衛主義の文学集団に属する一人として」というくだりがある。そうだったのか。
 『ソウルフル・サーカス』は、 ミステリ・文学・ポノグラフィー・映画・舞台等幅広い分野に関するエッセイ集。拾い読みした「グロテスク・孤独の盾−日本伝奇文学のグロテスク」には、
「着想におけるグロテスクな綺想(コンシート)といえば山田風太郎をあげなければならないだろう。もし、ミステリーにおけるグロテスクの系譜が考えられるなら、山田風太郎を逸することができない。彼の忍法もののハンドルングが、一篇として同じ発想をもたないことはいまさら指摘するまでもない。(中略/この後、「眼中の悪魔」に触れ)このグロテスクの世界には、やはり虚無を見つめている眼がある。」などとあって、見逃せない。
 『現代世界戯曲選集 一幕物』には、他では読めないクイーンのラジオ脚本「13番ボックス殺人事件」が収録されている。クイーンに熱中していた大昔、図書館で検索して、この本を知ったときは、驚いたことであった。
『踊る地平線(上)』 谷譲次('29 岩波文庫)
 秘かに「踊る大捜査線」のタイトルの元ネタではないかと睨んでいるのだが、違ってたらすいません。牧逸馬名義で犯罪実録物、林不忘名義で丹下左膳物を書いた戦前の「一人三人」の才人谷譲次
のヨーロッパ紀行。昨年、オーソドキシーの最後の砦ともいえる岩波文庫に収録されたときは、なんとなく嬉しかったものである。
 本作品は、中央公論社の特派員として派遣された谷譲次夫妻が現地から寄せてきた文章を昭和3年から4年にかけて「中央公論」に連載したもの。今でいえば、村上春樹夫妻みたいなものか。下関から釜山へ、ハルピンで亡命ロシア人の境遇を見聞きし、一路シベリア鉄道でモスクワへ。赤のモスクワの競売市で、ソ連の行く末を思いをめぐらし、ロンドンへ。ロンドンで、ダービーや演劇(クリスティ−の「アリバイ」を観にいったりしている)を楽しみ、ブラッセルで見せ物小屋を嘆賞し、アムステルダムでオリンピックを観戦し、コペンハアゲンの12世紀のスペイン語本をつかみ、エルノシアで「ハムレットの墓」を見学し、オスロへ、ストックホルムヘ、ヘルシンキへ、湖水地方へ。バリの悪徳の一夜を解剖して、上巻は終わる。
 まだ、ヨーロッパが遠い時代の異世界レポートとして無闇に面白いが、随所で発揮される観察眼の鋭さは、並大抵のものではない。ロンドンでの長い滞在で発揮されるイギリス人気質の観察。赤のソ連の行く末を見通したようなモスクワでの感慨・・。アメリカ放浪が長かった著者は、日本近代化の手本だったヨーロッパを語って臆するところがない。そして、エトランゼの昂揚と叙情を語ってやまない、いわゆるモダニズム文体。例えば、初めて飛行機に乗るたるにロンドンの集合場所に行くくだりは、こんな風。
 「Oh!The Air House!!
 なんとこの新語の有つ科学的夢幻派の色あい(ヌァンス)−十年まえそも地球上の誰がこんな言葉を考え得たろう?−その超近代さ、自然への挑戦!CHIC!CHIC!Tres CHIC!あるとら・もだあん!私たちが、たしかに生きている証拠にじぶん達のなまの神経をぎりぎり痛感する歓喜の頂天は、まさに空の旅行の提供するthrillsにつきると言わなければなるまい。なぜならそれは、この速力狂想時代の先鋭、触角、突線、何でもいい、世紀の感激そのものであり、たましいを奥歯に噛みしめて味わう場合だからだ」
 当時の新思潮、未来派やフォルマリズムがそのままの流れ込んだような文体ではないか。沸騰する20年代ヨーロッパを伝えるにふさわしい器を得た旅行記の名作だ。



8月31日(木) 豊作な日々
・残暑厳しきおり、いろいろ豊作でうれしい。
・パトリック・クエンティン『死を招く航海』(新樹社)、小森健太朗『駒場の七つの迷宮』購入。
・ネット古書店から、モリスン『緑のダイヤ』(世界大ロマン全集) フレッチヤ-『ダイヤモンド』『ポー.ホフマン集』(乱歩訳)(世界大衆文学全集)。中学コースの付録にも手を出してしまった。パトリック・クエンティン『血を吸うバラ』、『笑う男』、『エリーがいない』、ヒュー・ペンティコースト『死者は語らず』の4冊。『血を吸うバラ』は『呪われた週末』で、『笑う男』は、EQMMに翻訳のある「笑う男」。後の2冊は、すぐには、わからず。短編だろうか。
・馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、探究事は書いてみよ。なんと、前回書いた『忍法相伝73』が原作のコント55号の映画「俺は忍者の孫の孫」が、ある方のご好意でビデオを観ることができそうな雲行きになってきた。ネットのありがたさをしみじみ感じております。ありがとうこざいます。このメールをいだいて、夢にコント55号が出てきてしまった。
・ミステリ系高校生広沢さんから、作品報告。夏休みは、今日で終わりでしょうか。
・角田喜久雄『奇蹟のボレロ』(春陽文庫、国書刊行会)。裏の窓以外は全て施錠されている劇場が舞台で、なおかつその窓から外に出たものはいないという証言があり、中にいる容疑者は全員が眠らされていたり、縛られた上殴打されて気絶しているといった状況下で起こった不可能犯罪を取り扱っています、というご報告。
 これは、未読でしたので、不明を恥じつつ、読んでみました。なるほど。これは、不可能犯罪の一種
ですね。解法が普通の密室物と別なベクトルに向かうというのは、あるけれど。後日リストに入れます。
・続いて、初登場、ようっぴさんから。
*西島亮 秋晴れ(「幻影城」1977.10月号)
*八重座蛍四 鴉殺人事件の真相(「幻影城」1977.12月号)
*海野十三 点眼器殺人事件(「13の凶器」渡辺剣次編・講談社)
*大下宇陀児 鉄管(「13の凶器」渡辺剣次編・講談社)
*鷲尾三郎 悪魔の函(「日本ミステリーベスト集成2」中島河太郎編・徳間文庫)
 渋いところを寄せていただいてありがとうこざいます。「13の凶器」は、大昔に読んだのに、内容を全然覚えてません。くくく。本はどこだ。「日本ミステリーベスト集成2」は、もっていないのですが、中島河太郎「密室殺人傑作選」に収録されている「悪魔の函」(昭和28.4「富士」)と同一作品ではないかと思われます。この作品は『悪魔の函』(昭和33.第一文芸社/本には「新作推理長編」と銘打っている。いい加減な。)という短編集に収録されたときに、「妖魔」というタイトルになっているので、リストには、このタイトルで入れています。後日、注釈を入れておきますね。探偵作家毛間久利とストリッパー川島美鈴のコンビ探偵好きなんだけど、このシリーズって4編しかないんだろうか。



8月28日(月) 死者の靴
・牧野修『病の世紀』(徳間書店)、HMM10月号を購入。特集は、長いHMMの歴史の中でも、初めてアジアを取り上げた「コリアン・ミステリ・ナウ」。概説を読むと、欧米の話題作の翻訳は、ほぼ日本とリアルタイム。創作では、とのような傾向が人気があるのか今一つわからない。カバーが紹介されている北村薫の『月の砂漠をさばざばと』台湾版には、サイ君が驚いている。
・くあ。同号の「ミステリチャンネル」の広告によると、「高校生と殺人犯」が放映されるらしい。これ、山田風太郎原作の映画。『青春探偵団』が原作だと思うのだが・・。ミステリチャンネルが入る金持ちの方は、観て教えて。フクさんの書評で、駄作としての相貌を露にしてしまった「忍法相伝73」の映画化(コント55号出演:タイトル失念)ともども、観てみたい風太郎映画だ。
『死者の靴』 H,C.ベイリー(00.8('42)/創元推理文庫) ☆☆☆☆
 フォーチュン氏でおなじみのベイリー初の邦訳長編。今、なぜベイリーなのかという疑問はさておき、この初紹介のクランク弁護士シリーズの一作は、予想を大きく上回る収穫であった。
 風光明媚な田舎町キャルベイの海から少年の死体があがる。容疑者から依頼を受けた弁護士クランクは、死因審問で見事な弁舌を披露、容疑者を救い出すが、その後も部下のポプリーを送り込んで、町の動静を探る。町では、不審な強盗事件や事故死等が発生し、ついには明らかな殺人が発生するのだが・・。リゾート地として「あまりに急激に成長しすぎて、へたってしまった街」を舞台に、準主役の新聞記者のボーイ・ミーツ・ガールや、調査員ポプリー夫妻の田舎暮らしを軸に、名士の令嬢の結婚式や慈善パーティなど田舎暮らしの四季を点綴しながら物語は展開する。悠揚迫らぬ筋運びは英国ミステリの興趣に満ちているのだが、通常のヴィレッジミステリと違っているところは、キャルベイの汚点のようなスラムの存在をはじめとした一種の社会性だろう。事件の背後に、利権らしきものが絡み、町の高級職員や議会、公安委員会といった機構、州警察と町警察の確執が描かれるのは、かなり異色ではないだろうか。
 町自体が主役である点、1年以上の長期間に及ぶ事件、アウトサイダーの探偵役の長期潜入、作品のもつ一種の社会性という点では、タイプは違うものの、本書と同年に書かれたクイーンの『災厄の町』を思い出した。
 物語の終幕、あまりにもさりげなく言及される事件の真相は十分意外だが、その後に示される、物語全体を呑み込むような驚愕のヴィジョンには、読者は眼を剥くだろう。そして、タイトルに秘められた深い含意にも、また。


(後日の伏線として、アイルランド関係の部分を抜粋してを9月分に残しておきます)
8月7日(月) アイルランド・ミステリ 
・くまかかか。「風太郎の少年物」に関して、凄い情報をいただいてしまった。当該文章の情報元のお一人、おげまるさんからの情報である。まとめた文章に登場しない、山風少年物6タイトルの情報である。しかも、読んでおられる。その上、テキストが私でも読める範囲のところにあるというのである。メールの転載について、現在お願い中。同好の士は、刮目して待たれよ。
・「猟奇の鉄人」掲示板に喜国雅彦さんが、ブックスいとうでジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」の1922年版が40万円で売っていたという話を書かれていた。たまたま、ジョイス「ダブリン市民」(新潮文庫)の解説(安藤一朗)を読んでいたら、「ユリシーズ」の発刊にまつわる話が出てきた。「ユリシーズ」は、1918年からシカゴの文芸誌に連載されていたが、20年になって風紀上有害という廉で告発、有罪に。ジョイスは、「ユリシーズ」を本にするために、パリに出て、ある貸本屋の婦人の助力で、
すべて予約出版の形で印刷した。ようやくできた本の一冊をショーウィンドウに飾ったところ、待ちかねた客が殺到して、ガラスを破られそうになったので慌ててひっこめたという。予約者たちへの発送をジョイス自ら、頭を糊だらけにして手伝ったというが、ロンドンとニューヨークの税関では、英米に送られた500部ずつが没収されてしまったらしい。ただし、両国に密輸入された本の数は、相当の量になるという。ショーウィンドウに殺到した人たちは、発禁本だからという理由で殺到したのだろうか。
・アイルランドの文学といえば、ジョイスであり、ベケットであり、昨日のオブライエンであり、ということになるのだろうが、アイルランドの作家はミステリでの貢献はないという通説に真っ向から反論しているアンソロジーがある。ピーター・ヘイニング編「GREAT IRISH DETECTIVE STORIES」(PAN)がそれだ。収録作家は、知られているところでは、ニコラス・ブレイク(「白の研究」)、ピーター・チェィニイ、エドマンドド・クリスピン、クロフツ(「東の風」)といったところか。全26作家。
 なんと、ジョイスやフラン・オブライエンの作品も、収録されている。この二人もミステリを書いていたのかと思ったが、早計で、収録作は、犯罪にまつわるコラムだった。ただ、フラン・オブライエンは、1950年代に、Stephen Blakesleyというペンネームで、セクストン・ブレイク物(19世紀から続くヒーロー探偵物)も数冊書いていた由。ジョイスは、犯罪の要素を小説に盛り込むことをよくやっていて、ヘイニングは、『ダブリン市民』の「邂逅」や「痛ましい事件」、『ユリシーズ』などをその例として挙げている。
そんなわけで、『ダブリン市民』を読んでいたりしたわけだ。この話、続くかも。
・このアンソロジーを買ったのは、ニュージーランドのクライストチャーチという街の古本屋。店主がヘンな顔をしていたが、変な日本人旅行者がニュージーランドでアイルランド・ミステリの本を買ったら、変
だよなあ。クライストチャーチという街、ナイオ・マーシュの生まれ故郷で、観光パンフに、資料館みたいのが載っていた。ホテルの従業員に聞いたら、ナイオ・マーシュ?WHO?との返事。郷土の偉人を知らんのか。ロデリック・アレン物がTV化されていたようで、街の本屋にも、結構ならんでいたのだが。というわけで、ナイオ・マーシュ資料館には、行けませんでした。3年前の話。


8月6日(日) ド・セルビイ主義
・ド・セルビイ主義なるものを知ったのは、小林信彦のエッセイだったか。格好よくいえば、書斎旅行者的な意味で使われていたように思う。実際に旅行せずに、行った人以上に現地に詳しい。植草甚一が初めていったニューヨークで、裏路にある店まで全部知っていたというようなエピソードが紹介されていたと思う。私も、ド・セルビイ主義者のはしくれたらんとして、夏休みだというのに、部屋で扇風機廻してゴロゴロしているのだが、今回念願かなって、ド・セルビイ思想の原典に触れることができた。
・ド・セルビイとは、アイルランドの小説家フラン・オブライエン『第3の警官』(執筆'40、刊行'67/筑摩書房'73)に登場する科学者・哲学者。数ある彼の衝撃的見解の中でもっとも秀逸なのが、「旅とは幻覚なり」というもの。かの哲学者によれば、人間存在は「それぞれ無限の短時間裡に存在する静的経験の累積」である。A地点からB地点に移動するとき、人は、無限の中間地点に無限の短時間だけ順次身を置くにすぎない。したがって、「運動」もまた錯覚にすぎない。その決定的証拠は、すべての写真であるとする。緊急の用事で遠い街に旅行する必要に迫られたド・セルビイは、目的地までの路線風景を描いた絵はがき一色を仕込んで宿の一室に閉じこもる。それ以外に部屋に持ち込んだのは、時計と気圧測定装置、ガス照明度変調装置のみ。7時間後に部屋から出てきた彼は、往復旅行をすませてかえって来たと断言するのである。彼の偉大なる理論は、家屋、道路、釘打ち、水など、万般一に及ぶ。その例の幾つかを挙げると、
●人類の軟弱化傾向及び退化は、屋内生活を偏愛することにある。その解決策は、屋根なし住居又は壁なし住居に住むことである。
●夜が来るのは、ある種の火山活動によって発生する「黒い空気」の蓄積に起因する。
●鏡の中に映る自分は、自分の正確な再現ではなくて、自身の若かりし時の映像である。光線が自分の顔に当たり、鏡に反射して、跳ね返ってくるのに微小とは時間が経過しているからである。ド・セルビイは鏡を向かい合わせて、無限に像を反復させ、最も奥の方に12才のときの自分を発見したという。
●地球は、球形ではなくソーセージ型をしている。
などなど。
・『第三の警官』自体は、こんな筋立てだ。ド・セルビイ研究者として、一家をなしたいと考えている主人公は、同居する雇い人にそそのかされて、財産目当てで、金持ちの老人を殴殺する。奪った黒い金箱は、管財人が隠匿するのたが、ほとぼりが冷めた頃、隠し場所に取りに戻る。ところが、金箱は見つからない。殺したはずの老人が現れたり、自分の第二人格が現れたりする怪事に巻き込まれながら主人公は、どこか次元が狂った警察署に助けを求めるのだが・・。ド・セルビイの思想自体は、主人公の行動に沿って、注釈の形で言及されるにすぎない。ド・セルビイの思想がこれだけタガが外れているのだから、小説の方も、奇天烈だ。自転車を利用しすぎて自転車人間になってしまう村人たちが出てくるなど、キャロル風のナンセンスには事欠かない。真面目顔の冗談、軽薄なる深遠が交錯するアイルランド流奇想小説。「ドーキー古文書」('64 )では、ド・セルビイが実際に登場し、特殊物質D・M・Pを開発、地球生物の滅亡を企てたり、オブライエンの精神的師匠であるジェイムス・ジョイスと会見したりするらしい。こちらも、いずれ読んでみたいものだ。(本編を最高の自転車小説とした、へれん・けら一氏の抜群に面白い文章が「謎宮会」で読めます。)