■本の評価は、☆☆☆☆☆満点
☆☆が水準作
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メールコーナー
掲示板(NEW)
2001.8.8(水)
・しばらく予兆は続いていたのだけど結局、昨年のリベンジの仕事が降ってきて、しばらく忙しくなりそう。夏休みは何処。更新も腑抜けたものになりそう。まあ、いつものことですが。
・彷書月刊の植草甚一特集。植草甚一を1930年代モボの残党ととらえた坂崎重盛のエッセイが面白かった。古書店主のエッセイで植草の戦中の書簡が紹介されているのだが、確信犯的に戦争の影がない。本の話ばかり。8月の手紙で今年になってから200冊読んだとある。やはり凄い人である。植草甚一といえば、札幌の成美堂という1階が新刊、2階が古本という形態の店があって、なぜかそこの2階の一角には、植草甚一の写真やら蔵書が飾られていた。いつのまにか、新刊がなくなって1階で古本を扱い、なんとなく荒れ果てた感じで、数年前閉店してしまった。あれはなんだったんだろう。
2001.8.7(火) 神津恭介少年物決定版
・掲示板でもおなじみ、文雅さんから
神津シリーズ少年ものガイドブック A5版36P
成吉思汗復刻脚本総集編 A5版60P
の2冊を頂戴する。ガイドブックは、「初心者版」と銘打っているものの、神津恭介シリーズの長中短編33編プラス推理クイズまで捕捉した決定版。間違いなく、日本で最も詳細な神津恭介少年もの研究でしょう。かみつ、こうず問題についても、「骸骨島」では、かみず、こうず、かみつなど毎回違うルビ
が打っててある、などとあって面白い。図書館名など所蔵場所がそれぞれ付記されているのも、便利でしょう。迫力なのは、巻末の少年物蒐集のドキュメントで、おげまるさんの少年物リストに衝撃を受けるというところから、おげまるさん、道立図書館が頻繁に出てくる。「どんなに感謝しても感謝しきれない方」としておげまるさんに謝辞もあり。一部預かっているので、早く渡さなくては。私は、なにもしていないのに、貴重なものいただきすみません。成吉思汗復刻脚本総集編は、NHKFMドラマをテープ起こし!したもの。ファンというのは、ここまでやりますか。夏コミに出るとのこと。
・その後の山風追悼記事を書いておく。
○朝日天声人語
○毎日新聞(川村湊) 逆説的な「人生の師」 小説家・山田風太郎氏を送る
「文壇とも、文学賞などともほとんど無縁だった風太郎氏は、その徹底したフータロー(何者にもなろうとしない、無用の人」ぶりで、逆説的に多くの人々(愛読者)の「人生の師」であったのである。
○日経新聞8/5(種村季広) 生死まるごとの喜劇 山田風太郎氏を悼む
「人生を全部余録、余生と見て、死までの一切を、とりわけ死を滑稽事として演じること。山田風太郎はみごとにやり遂げた。われわれは今からでも遅くない。」
○北海道新聞8/7夕(中島誠) 山田風太郎さんを悼む 生と死の多様性示す
「対極にあるといわれる司馬遼太郎と山田風太郎、ふたりの太郎は、ともに世を去った。改めてその巨大さを知る。」
2001.8.6(月)
・こしぬまさんから掲示板で教えていただいた日経と毎日の山風追悼、宮澤さんのサイトで知った朝日天声人語、図書館にてコピー。
・サイ君が葉書をもって駆け込んできた。「なにこれー。花嫁とお父さんの写真」と、いったかどうか知らないが、手にしているのは、kashibaさんのご結婚のときのツーショットをプリントした暑中見舞い。私にまでお裾分けありがとうございます。噂に違わず、若き美人の奥さまですな。これぞ人生の勝利者です。改めておめでとうございます。
・ようっぴさんから密告連弾。おいしいところがサクサク。
○島久平の「自殺の歌」と(「別冊宝石」誌の昭和27年7月刊) 伝法探偵登場の密室物
○島久平「犯罪の握手」(「別冊宝石20号」昭和27年6月刊)です。 ある意味密室へのレクイエムとえるようなトリックが使われているとのこと。
○鷲尾三郎の「月蝕に消ゆ」(「宝石」昭和32年9月号) 人間消失物。非常に鷲尾氏らしいある要素(「悪魔の函」等に代表されるあの要素)があるとのこと。ありがとうこざいました。
2001.8.2(木)
・掲示板でpowderさんが書き込んでおられる、山風、天国で麻雀の図いいなあ。色川武大は、相変わらず眠りこけてるのをみんなで起こしながら「ほい、色さん」とかやっているの。
・本屋を何軒か廻るが山風コーナーを設けているところはなかった。
・彷書月刊8月号は、植草甚一の特集。まだ読んでないけれど、末永さんは、昭和出版街第2回で、春陽文庫の伝記小説に導かれ、シャープペンシルとモダニズム出版社の意外な関係を探っている。南陀楼綾繁というヘンな名前の人のネットコラムでは、本の購入日記でよく覗くところとして「猟奇の鉄人」「書物の帝国」「ガラクタ風雲」等を挙げている。他人様の買いっぷりに癒されるということはあるよなあ。
・小説推理9月号では、「喜国雅彦を古本世界に引き込んだ悪い人たち」のタイトルで古本座談会。日下三蔵さん、よしだまさしさん、彩古さん、石井女王さんと、MYSCONの後、喫茶店に行った人たちじゃん。やはり、恐ろしいメンツだったのか。写真・紹介入りなので、石井女王さま女子高生説が実証された模様。
2001.8.1(水) 風太郎死す
・昨日から今日にかけて、更新をしていないにもかかわらず、400以上のアクセスがありました。山田風太郎氏の逝去を惜しむ気持ちを共有したいという方々の訪問かと思います。メールで山風の死を教えて戴いた方、掲示板に書き込んで戴いた方にも感謝します。
・昨日昼すぎには、山風ファンであることを知っている職場の人からメールをもらい、その死を知った。その年齢ゆえ、いつかこの日が来るとは思っていたが、死に至る病を抱えているわけではないと思っていたため、やはりその日は突然に思えた。半ば茫然しながら仕事を終え、昨夜は、「戦中派虫けら日記」等を拾い読みしていた。
「世の中のだれが死んでも何の痛痒も感じないし、当方が死んでも世の中のだれにも痛痒はない。これはいったい生きていることことなのだろうか、とニガ笑いする」というエッセイの言葉に、そうではないですよ先生といってみたい気がするし、「人間臨終図鑑」の著者であってみれば、関のように最後のセリフは「死んだ」だったのかと聞くのが正しい追悼の仕方のような気もする。無論、どうやっても本人には届かない言葉ではあるけれど。
・7月28日は奇しくも、36年前乱歩の亡くなった日でもある。乱歩の遺体が落合火葬場で荼毘に付された後のことを風太郎は、こう書いている。
「やがて、安置場で壺に入れたが、大きな頭蓋骨は入り切らず、口から盛り上がっている。隠亡が遠慮会釈もなくふたで押さえると、あの数々の妖麗な幻想をえがいた偉大な頭蓋骨は、ガシャリとつぶれて収まってしまった。
「乱歩先生、永遠にさようなら」と、僕はつぶやいた。」(追想三景)
・31日の夕刊各紙によれば、 作家山田風太郎(やまだ・ふうたろう、本名・山田誠也=やまだ・せいや)氏は、28日午後5時30分、肺炎のため東京都多摩市の病院で死去した。享年79歳。密葬は31日午前、近親者のみで済ませた。喪主は妻は啓子(けいこ)さん。(喪主は立てないとしているものもあり)葬儀・告別式は行わない。後日、しのぶ会を予定しているが日取りは未定。 晩年は糖尿病や白内障、パーキンソン病などを患っていた。
・各紙夕刊見出し(朝日を除き社会面・日経は1日朝刊)
○朝日1面 忍法帖シリーズ・戦中派不戦日記/山田風太郎氏死去
同 社会面 生死も虚実も達観/「忍法帖」「物語の魔術師」発揮/文壇と無縁、悠々の晩年 (評伝 編集委員・由里幸子) 談話・文芸評論家 野口武彦
○毎日 「柳生十兵衛死す」「忍法帖シリーズ」/山田風太郎さん死去談話 文芸評論家 川村湊
○讀売 忍法帖シリーズ、魔界転生/山田風太郎さん死去 談話・文芸評論家 縄田一男
○日経 忍法帖シリーズや「魔界転生」/山田風太郎さん死去
○北海道新聞 忍法帖シリーズ、戦中派不戦日記/山田風太郎氏が死去 コメントの中では、野口武彦の「司馬遼太郎のアポロ的世界を包み込むようなデュオニソス的を開拓していた」というのが眼を惹いた。ネガ・ポジではなく包み込むような。
・1日付け夕刊(文化面)
○朝日新聞(関川夏夫) 天才老人の水のごとき笑い/作家山田風太郎氏を悼む
○讀売新聞(松山 巌) 山田風太郎さんを悼む/星々輝かした巨大な闇
「ミステリー大賞の受賞式の途中、何度か入れ歯がはずれかけ、そのたびに奥さんが直した」という。
・東京から札幌に職場が変わった3年前の春、引っ越しまではまだ1日あるというエアボケットのような日、何を考えたのか、風太郎の住む街、聖蹟桜ケ丘まで出かけたことがある。電話帳で住所を調べ、ほどほどにおしゃれな、ほどほどに凡庸な駅周辺のショッピング街を抜けていく。商店街の客寄せ企画か、素人バンドの演奏するビートルズの「nowhere
man」が流れている。少し中心部をはずれると街は急に時代を遡ったような表情を見せ始めた。小高い丘に続く桜並木は、花が満開だった。この坂を登っていくと、風太郎の家があるのだなと思った。しばらくその場に佇み、引き返した。街では素人バンドが、何回目かの「nowhere
man」を繰り返していた。
・山田風太郎氏のご冥福を心からお祈りします。
2001.7.30(月) ジャンピング・ジェニイ
・全然暑くもないのに、夏バテなのか、すっかり間が空いてしまいました。・少年物の関連で奧木幹夫さんの「All.About.渡辺啓助」からリンクしていただきました。知っている人は、皆知っていると思いますが、渡辺啓助関係では空前のサイト。貴重な書影等が見られる別館の「大衆文学・探偵小説資料」も必見です。
・『ジャンピング・ジェニイ』 アントニー・バークリー(01.7('33) ☆☆☆★
バークリー名義では『地下室の殺人』('32)と『試行錯誤』('37)の間に、『Panic
Party』('34)とともに挟まっている作品。『殺意』('31)、『レディに捧げる殺人物語』('32)の二大傑作で犯罪心理の探究を試みた後の作品ということでも、興味を引く。
小説家の屋敷で開かれた著名な「殺人者と犠牲者」に扮する仮装パーティの席上、周囲から疎まれていた作家の弟の妻が余興として建てられていた絞首台で首吊り死体となって発見された。女は一見自殺に間違いのないように思われたが、ある現場の状況に目をとめたロジャ−・シェリンガムは、持ち前の詮索癖から事件に関わっていくことになる。
バークリーに捧げられたミルワード・ケネディ『救いの死』('31)は、一種の名探偵批評になっていたが、その扱いのストレートさに比べ、バークリーがここで披露する名探偵像は、さすがにひねくれていて、手が込んでいる。ロジャー・シェリンガムは、本作では、「失敗する名探偵」を超えて、善意から証拠を捏造し、偽証を強い、事件を錯綜させ、事実が指し示す真相とは別の真相の体系をこしらえようとする価値紊乱者、トリックスターとして機能する。図らずも、普通の名探偵とは、まったく逆の、反デウス・エクス・マキナともいえる存在になっているのである。証拠の捏造が、意図せざる別の「真相」を開示し、ドミノ倒し的に別の「犯人」が告発されていく中盤の展開は圧巻である。しかも、現場に置かれた椅子というごく単純な手掛かりから、幾つもの混乱と真相を紡いでいくところはパークリーの面目躍如といえる。それに比べ、推理とは無縁のところから生じる皮肉な結末はやや物足りないが、ここでロジャーの存在が反探偵的な存在であるとすれば、それもまたやむを得ないか。
殺されるに価する人間を殺害しても許されるか、名探偵による事件の操作と「真相」の捏造といった本書のテーマは、「試行錯誤」において大きく花開くことになる。本書もまた、バークリーがその作品群で突き詰めていった本格の可能性を示すものとしてして味読に価する作品だ。英国黄金時代の最重要作家として全作翻訳して欲しい作家である。
2001.7.25(水) 最終送本
・酔っ払って帰っきて、ネタもなかったが、朝、サイ君から「本が届いているよ」と教えられたので、川口文庫から届いた本のことでも書いとこ。単に新刊より安いからという本も混じってますが。
・J.S.フレッチャー「ダイヤモンド/カートライト事件」(改造社世界大衆分が全集) カバーのコピーがつけられている。訳者森下雨村「一つは冒険味の豊かなるもの、一つは純然たる探偵小説」らしい)
・ウイット・マスタースン「黒い罠」(ポケミス/オーソン・ウェルズの映画を観て以来気になっていた本。箱に映画の写真が付いている)・アンブラー「デルチェフ裁判」(ポケミス)・宝石24.1(風太郎「双頭の人」初出)
・宝石26.3(風太郎「東京魔法街」/あちゃダブリ)、別冊宝石「久生十蘭・夢野久作読本」・川崎賢子「彼等の昭和」(白水社/長谷川四兄弟を題材にした評論)・室謙二「踊る地平線」晶文社(長谷川海太郎伝)・スラヴォイ・ジジェク「斜めから見る」(ヒッチコック論の著者もあるスロヴェニアのラカン派マルクス主義者。ヒッチコックやS・キング等を通じてラカン理論の核心に迫る、という)
・ルセルクル「現代思想で読むフランケンシュタイン」(フランケンシュタイン本はなんとなく集めているのだけど、まだまだある) 注文していない有斐閣のPR誌「書斎の窓」今年の4月号が入っていた。付箋がつけられており、猪木武徳(大阪大学経済学教授)の連載で風太郎「戦中派不戦日記」が取り上げられている。うう、落涙。
若干の追加目録がついていたが、やはり前回で最終号だったらしい。(今後、映画専門の目録が出るらしいが)これまで貴重な本を安価でたくさん譲り受けることができた。特に、ファンジンがこれほどまで充実しているところはもう二度と出ないだろう。20年前、某大推理研で出していたサークル誌を外部から取り寄せていた人は、山前氏と川口文庫の主宰者しかいなかったもの。
「皆様のコレクションの益々の充実をお祈りして、終わりとします」とのこと。川口文庫よ、ありがとう。
2001.7.23(月) 短編2つ
・最近気付きにくいところに書込みがあるケースが増えていて、ひとさまから教えてもらったりしております。新しい話題は、特に古いスレッドにこだわらず、新たに書き込んでくださって結構ですので、よろしく。(管理人の注意力を試そうとする場合は別ですが)
・ということで、掲示板で宮澤さんから教えてもらった多岐川恭の不可能犯罪物の短編2つ。
「猫」 女子学生の隣家で暮らす男女二人。誰もいなかった部屋に死体が出現するという不可解な状況下で、女が殺害される。トリックは、いまひとつだか、女子学生の闊達な一人称で生理的嫌悪を催すような犯人像を描いているのがユニーク。
「あるヒーローの死」 窓のある密室状況下で射殺された男。ガチガチの本格のような発端にもかかわらず、死んだ男の過去を遡り「天才に生まれ損なった男」の悲劇を浮き彫りにしていく手練は、やはり達者。
(以上「落ちる」(創元推理文庫)より)
●リスト追加
上記2編。栗田信「蜘蛛男出現」
2001.7.22(日) 『新青年読本』
・20日分のアップがされていなかったようで、すみません。
・ドームへ行ったり、思いつきで鰻を食べにいったりしているうちに3連休は終了。まるで、「女相撲〜」の取材をしているかのようではないか。その「女相撲〜」粗筋をまとめているうちに、タイムアップになってしまう。
・リーブル・なにわで、バークリー『ジャンピング・ジェニイ』を捕獲。来た来た。
・おーかわさんに樹下太郎「オトコ独身」発送。
・日曜日は、爺さんの7回忌。親戚の子供は、あっという間に大きくなるね。戦時中の特攻隊の話など聞く。
・『新青年読本』 新青年研究会編 作品社('88.12)
大正9年から昭和25年、400号に及ぶモダン・マガジン『新青年』の足跡を辿り、「昭和という時代の様ざまな断片を再発見する旅」(鈴木貞美)ともなった新青年研究会5年間の成果の報告である。全体は、大正9年−13年、大正13−昭和2、昭和2−12、昭和12−20、昭和20−25の5部に分かれている。
30年に及ぶ雑誌の歴史は、人の生涯にも似て、波乱に富んでいる。
押川春浪の「冒険世界」の後見誌として構想され、同誌の編集に携わっていた森下雨村が初代編集長となった「新青年」は、当初、堅実な地方青年向きの雑誌として出発した。新青年が「探偵小説雑誌」として、異色の存在を誇るのは、乱歩の登場した大正12年から昭和2年までというから、意外とその期間は短い。(無論、その後も探偵小説に力は入っているが、他誌への「探偵小説」の進出もあって独壇場というわけにはいかず、別冊の形で続々と出た翻訳探偵小説の特集号がミステリファンの印象に残っているということらしい)、「新青年」の歴史に転回をもたらすのは、昭和2年、2代目編集長となった横溝正史と渡辺温の弱冠25歳コンビ。横溝は、「新青年」=モダン・ボオイと雑誌の性格を規定し直し、「編集者もせいぜい新しがるつもりである」と書く。渡辺温は「我々のお祖父さんやお父さんが考えているたぐいの色々の事は、我々自身がお父さんやお祖父さんになってから考えることにしようではありませんか」と書く。誌面を飾るのは、ナンセンスや谷譲次のメリケンじゃっぷもの、戦前版見栄講座、スポーツ記事やおしゃれ関係などなど。震災後の東京の復興、機械化の本格化、
ラジオの普及、大量消費といったの大衆文化時代と呼応するかのように、モダニズムの覇者となっていく。三代目編集長延原謙、四代目編集長水谷準のもとで、昭和7年頃まで、昭和モダニズムの最先端をつっぱしった新青年の誌面からは、徐々にモダニズムが退潮し、昭和12年には戦争への協力姿勢を鮮明化させる。「新青年」は、銃後の慰安のための雑誌、戦線への慰問袋に入れるのにあさわしい雑誌へ転回する。こうした中にあって、小説や記事に、戦争への非協力、不服従の姿勢が透けてみえるというのも何やら興味深い。そして、戦後、三橋一夫を見いだすなどの成果はあったものの、雑誌の基本方針が定まらないうちに終刊。
新青年の発行部数は、3万部から5万部といわれているらしい。この時代にあっても、さほど大きな数字といえないらしいが、戦後になってもメンズ・マガジンの原型と追憶される独自のスタイルをもった誌面の変遷からは、生きた昭和史が浮き上がるようでもある。
通史プラス多彩な各論に加えて作家等のエッセイが、この雑誌の多面的な魅力を浮き彫りにしている。巻末100頁を超える「「新青年」総目次」も、眺めるのに楽しい。
2001.7.20(金・祝) DOME QUAKE ?
・山風リスト作品に入れてなかった「人魚燈籠」を追加し、『棺の中の失楽』(光文社文庫)のデータ入れる。全作品数を数え直し、カウントダウンの作品総数(少年物・初期投稿作を除く)398編(長編51編、中短編347編)と押さえ直してみたが、どうか。
・この夏オープンした札幌ドームに、同僚4人と新日本プロレスの興業を観に行く。地下鉄福住駅から10分とあったが、駅から人波の中、南側の入り口まで歩いて行くには、20分以上かかった感じ。会場は、アリーナ席は、3/5以上座席が置かれおらず、スタンドは、席確保をしていない最上段を除いても6割くらいの入りだったか。1万円のチケットでも、スタンド席というのはつらい。もう、札幌ドームのプロレスは、これが最後かもしれない。関東地区では、TV生中継があったせいか、休憩なしの3時間半に及ぶ興業だったが、どうにも不完全燃焼の感は否めず。会場も猪木登場のシーンが一番盛り上がりを見せた程度。中西がプロレスファイトのグッドリッジに負けてしまって、新日になにかいいことがあるのだろうか。ジュニア、ジュニアタッグのベルト移動や蝶野の勝利も、どうでもいい感じ。ドーム大会を次のつなぎに使うのは、やめてほしい。メインの藤田が勝利にもかかわらず、引き揚げていくときに、肩を落としてように見えたのは錯覚か。健介がメイン終了後にマイクをもって現れるかと思ったのだが、これはハズレ。まあ、ドーム体験と合わせて5000円の元はとったかもし
れないが。
そういや、観客席にビールを売りにきて欲しかったなあ。
2001.7.17(火) 『ドゥードゥル』
・『ドゥードゥル』 清水博子 (集英社/'99.4)
北海道出身、美人、スラップハッピーファンとくれば気になる作家である。すばる文学賞受賞の『街の座標』に続く、2冊目。今回新しい作品で芥川賞にノミネートされたが、受賞は逃したようだ。
「空言(そらごと)」 単身赴任をしている夫にメールを出すのさえ億劫になっている主人公は、退屈の中にまどろんでいる。夫にあてて書くことを義務づけられている日々の献立、ネットから流れこんでくる奇妙な自慰の方法、隣人の風俗嬢ががなりたてる携帯の会話、自分にしか興味のない女同志チグハグな会話、すべては空言。しかし、主人公は、コミュニケーション不在を嘆くわけでもなく、それなりに安らかな生活に自足しているようでもある。そんな感覚が清新。
「ドゥードゥル」 創作科出身の同窓生の結婚式に出席した主人公は、関西弁を操る同窓生の身の上話の筆記を依頼される。当日のメモをもとに小説化を試みるが、筆は進まない。長時間をかけて仕上げた覚書きは、依頼人が閲覧し、真っ黒に添削されて帰ってくる。そのうち、依頼人の存在自体が不確かになってきて。「街の座標」が卒論を書けない学生の話だったが、本作は、小説が書けない小説家志望の話。主人公の思考は、'書くことのはじまり'に向かっていくが、依頼人の存在自体が曖昧になっていくうちに、現実と虚構の境界がゆるやかに崩れ出す。
前作で見せたうねうねと続く文章は、より精度を増し、一見はかなげで実はかなり強靱な諧謔や比喩にも磨きがかかってきているようだ。今後も期待できそうな作家だ。
2001.7.16(月) 『台風圏の男』
・室蘭出張。夜、室蘭名物の焼き鳥をかっ喰らって、帰りの列車で寝入る。
・掲示板で話題になっていた「道化仮面」が伝達されたようで、既に月うさぎさんのサイトには、感想が挙がっている。まさしく、高速の寄せ、である。
・光文社文庫ミステリ−傑作選4『棺の中の悦楽』戴く。表題作ほか、特に残酷味の強い8編を集めたその名も<悽愴編>。山田風太郎は、我が国のノワール小説の嚆矢だったという意外な角度からの川出正樹解説が面白い。ノワール=描かれる犯罪を通じて人間の魂の暗部を描く小説、風太郎はその小説の嚆矢だったという部分には疑問符も付くが、収録作を真っ正面から論じた力のこもった解説で読み応えあり。
・『台風圏の男』 栗田信 ('58.3/小説刊行社) ☆ 図書館
山前譲編「戦後推理小説著者別著書目録」(第1集)によれば、栗田信のミステリは、前に触れた「ダイヤル110」「夜来る悪魔」のほかに、本書しかないようで、そう思うとなんだか寂しいような気がしてくるから不思議だ。
本書は、窃盗前科7犯、かつて「猫の目の正平」として暗黒街で名を売り、今は更生して、警察の捜査に協力し、免囚保護事業にも乗り出している緒方正平を主人公にした連作集。例によって、書名は、内容にまったく関係がない。2つの章で1話完結形式の連作のため、最初の章題を掲げる。
「蜘蛛男出現」 巻頭そうそう期待に応えてくれる。いきなり蜘蛛男。パトロール中の巡査は、1つの胴に頭が2つ手足が8本という巨大な蜘蛛男が若い女性を襲っている現場に遭遇。「いひひひ」と笑う蜘蛛男に巡査は呼びかける。
「蜘蛛男……」
「左様。俺は蜘蛛男だ。が、蜘蛛男なんて無粋な呼び名は止めて貰い度いな。ミスター・スパイダーと呼んで貰い度いな」
巡査に注文をつけた蜘蛛男は、「トラントウラ!トラントウラ!」と謎の呪文を唱え、土佐犬ほどある大蜘蛛を操る。襲われた女性は、「スパゲティでも喰うように」内蔵をがらん胴にえぐりとられ惨殺される。続いて、完全な密室の中で会社員が蜘蛛の毒で殺されるという怪事件が発生。緒方は、怪事件の捜査に乗り出す。密室の謎解きはまったく大したことがないが、話にどうやってオチをつけるのかと思って読んでいくと、一応合理的な(笑)解明がある。(本文末尾に書いときます。御注意)
どう考えてもハチャハチャ・ミステリなんだけど、すっとぼけた顔で普通に書いているところが、なんとも栗田ワールド。
「夜の殺戮者」 愛人の殺害依頼を受けたチンピラ、ジャックの政が死体運搬中に自動車が爆発。ここにあの「顔に絵を描く男」の異名をとる大部屋俳優、渋谷伸二が、なぜか托鉢僧姿で登場。渋谷は、緒方の配下でもあったのだ。緒方は、同じく配下の「怒りの鉄」も使って爆死に秘められたトリックを暴く。
「顔に絵を描く男」 冒頭で緒方正平は「三度に一度くらいは息抜きさせて貰い度いものです」と読者に向けて断って、本編は、渋谷の活躍譚。大物男性俳優が自動車事故死した際に同乗していた新進女優。事件をテーマにした映画によりスターへの階段を登ろうとしてることにキナ臭いものを感じた渋谷は、車の知識を生かして事故死の謎を探る。
「刑務所帰りの男」 「怒りの鉄」がヤクザ稼業に身を落とすまでの回顧譚。米軍基地での暴行の顛末は、かなり悽愴。
「情婦と退役」 愚連隊に暴行された女給は、ヤクザの情婦となることを決意。裏街道に落ちていく女を退役泥棒の緒方を救えない。
「泥された処女峯」 愚連隊に暴行された(まただ)ズベ公は、交番から拳銃を強奪、復讐を試みる。
「星宵を仰ぐ女」 緒方が主宰する更生団体の資金源として、悪辣な資産家から「いっちょカモる」話。 探偵物といえるのは、「顔に絵を描く男」まで。後は、緒方は狂言廻し的な役割で、裏街道悽愴噺に関わっていく。それにしても、最初の話とトーンが違いすぎるよ。
× × × ×
蜘蛛男は、南洋のゴム園に捨てられたシャム双生児で、巨大蜘蛛「トワントワラ」の巣といわれる原始林で育ったのである。確かに手足が8本だ。
2001.7.15(日) 『売り出す』
・土曜日は義理宴会1次会参加後、旭屋で、ジョセフイン・テイ『ロウソクのために一シリングを』(ポケミス)、ジョディ・シールズ『イチジクを喰った女』(ハヤカワ文庫)を購入。『イチジク〜』は4月の新刊にもかかわらず、駅廻りの本屋や郊外本屋では全滅。新刊の逃げ足の速さには、まったくもって驚かされる。
・リーブルなにわで『彷書月刊7月号』購入。当掲示板では、テルミン番長としておなじみ、末永昭二氏の新連載『昭和出版街』第1回目は、「ベストセラーで大儲けしよう−岡本薫『ボンボン社長行状記』。レア本に事寄せて、昭和の出版あれこれを語っていく連載となりそうで、話のマクラも含めて、今後も楽しみ。
同誌によれば、5月で東京で開催された占領下の少年少女小説などを扱ったプランゲ文庫展が10月27日から北海道文学館でも開催されるようだ。噂の河出文庫『幻の本格推理−日本のミステリ』は、9月から刊行されるようだ。
・『売り出す』 多岐川恭 ('68.9/東京文芸社) ☆☆★ 図書館
短めの長編である表題作と中編を収録。
著者前書きによれば「私の作品のなかには、コミック・スリラーとでも称すべき一群がある。「売り出す」もその一つで、週刊誌に連載されたものである」とある。「要は軽快に、面白く読みすてていただければいいものである」
殺し屋・諏訪部のもとに、ある若社長の殺人依頼が持ち込まれる。依頼人の内容は、かなり奇妙だった。仮に、社長殺しが諏訪部の犯行と発覚したとしても、殺人依頼がばれないように、女を若社長に仕掛け、女をとられた諏訪部が怨恨から殺害したというように偽装するというのだ。依頼人の指示通り、マリという女に会った諏訪部はその美貌に一目惚れ。女による若社長の籠絡は着々と進行し、社長と諏訪部の大立ち回りも演じられ、いよいよ決行の日を迎える。しかし、犯行の翌日、すぐに若社長とマリ殺しの容疑で諏訪部は逮捕。なぜか、諏訪部の最近の素行が怪しいと、細君が浮気調査を依頼した探偵社の女社員が事件に首を突っ込んでくる。さらには、ルポライターと名乗る畑由紀子という、これまた美貌の女が独自の調査を始め、若社長の友人4人のうち誰が真の依頼人かを探り出そうとする。殺し屋を名乗りながら実は、からきし意気地がない諏訪部といったコミカルの役どころの造型もこなれたものなら、プロットにも一ひねりが加えられているが、最大の見所は、男どもの眼を奪わずにはおかないキュートな由記子の捜査ぶりだろう。由記子は、真相解明のために野球拳も辞さないのであ
る。犯人も探偵役の正体もややミエミエながら、軽快なテンポで読ませる一編。
「標的」 羽山素之は、工場のうだつのあがらない万年平社員。家のことは、妻にまかせっきりで、家族たちとの間に深い溝が出来ている。同じ職場で働く娘が、妻のある若社長と関係を結んでいると知っても、怒る気力も湧いてこない。素之は、恋人を盗られた若い工員が若社長に対して深い怨みを抱き、ライフルで社長殺害を図っていることを知らされ、戦争中覚えのある射撃の手ほどきを始める。主人公は、虚無的といってもいい感情を抱え込んでいるが、周囲の状況への関わりを余儀なくされていく。暗い色調の中、主人公の感情の揺らぎが的確に捉えられていく本編は、多岐川版ハードボイルドの秀作。屋外からののライフルが狙う中、若社長と話し合いを進める終幕のじりじりするようなサスペンスも見事である。
2001.7.13(金) 駅前人間消失事件/『顔のない男』
・12、13と道南・江差へ出張。別セクションの人間1人と都合3人で行ったのだが、椿事出来す。札幌発〜函館行の特急を太平洋側の八雲で降り、八雲から迎えの車に乗って、1時間半かけて、日本海側の江差に向かう予定だったのに、八雲駅で降りた客が皆散らばってしまうと、残ったのは、我々2人だけ。八雲駅前で揃って車に乗り込む予定だったりだが、もう1人(互いに面識なし)は、特急に乗り遅れたのか。
札幌の職場に電話を入れると、本人からはなんの連絡も入っていないという。乗り遅れなら、何らかの連絡が入るはずだし、ということは、寝入ったなどの理由で、乗り過ごしてしまったのか。特急の次の駅は、森。迎えの運転者の話では、森まで車で廻ると、江差への予定到着時間に間に合わないという。函館まで特急で出て、函館から、バスに乗れば、もう一人の出番の時間までは、なんとか間に合いそうだ。普通列車で八雲に戻ってきても、江差行きのバスは3便しかないため、時間的には厳しいようだ。出張先と連絡をとり、このまま車で向かうこととする。20分位走ったところで、運転者の携帯が鳴る。出張先から連絡が入ったようだ。もう一人は、現在八雲駅前にいるので、戻って拾ってほしいとの指示。
運転手ともども、我々の頭は、?がいっぱい。駅前に残っていたのは、我々二人しかいなかった。たとえ出てすぐトイレに駆け込んだにしても、連絡やらで20分ほど駅前にいたので、合流できないはずはない。乗り過ごして森から戻ってくるにしても、この時間で戻ってくる普通列車はない。我々の乗ってきた特急の次の特急が着くのには、まだ時間がある。果たして、同行のもう一人は、どうやって八雲駅に現れたのか。正解は、CMの後。
・E・D・ホック『夜はわが友』(創元推理文庫)購入。シリーズ作以外の21作を選りすぐったという傑作集。原著は、オハイオ大学出版局から出たものという。初訳が19編もあるようだから、これはお買い得だ。
・で、八雲駅前に戻ると、悄然と車を待っている一人。一人だけ、時間断層に呑み込まれてしまったようである。同行者の話によれば、彼が乗っていた列車は、我々と同じ。改札に近いところから降りたのだが、二人組の出張者を見つけ、我々と勘違いをして、迎えに来た全く別の車に乗り込んでしまった!というのだ。名前も名乗ったというから、乗せる方も乗せる方だ。後から考えると、皆けげんそうな顔をしていたというのだが・・。八雲町内のまったく別の目的地に着いたときの同行者の冷や汗が思いやられる。駅前には、タクシーで戻ったとのこと。ミステリでこんな人間消失トリックあっても、誰も信じないだろうな。
・翌日は、仕事があったため、江差から2時間バスに揺られて帰る。昼飯に、血涙を流しながら、生うに丼2500円也を食す。
・『顔のない男』 ドロシー・L・セイヤーズ(01.4/創元推理文庫) ☆☆☆★
ピーター卿の事件簿U。ピーター卿譚7編にエッセイ・評論を収録。
「顔のない男」 浜辺で顔を切り刻まれて死んでいた男。ピーター卿の華麗な推理から意想外の展開をみせ、風変わりな(かつ現実的な)動機に至る好編。この場合の「顔のない」は、いろんなもの隠喩でもあるようである。推理狂時代を思わせる冒頭も楽しい。
「因業じじいの遺言」 因業じじいが残した遺言は、実は巨大クロスワードパズル。ほとんど、まるごとクロスワードパズル解きに費やされるゲーム性の高い一編。主義者の断髪女性が謎解きで人生の愉しみを知るという結構も良し。
「ジョーカーの使い道」 恐喝者をポーカーでとっちめるピーター卿。確かに、「悪党どものお楽しみ」のようである。
「趣味の問題」 イギリス政府の密命を帯びてフランスの古城を訪れたピーター卿の前に、贋ピーター卿が出現。城の主は、利きワインで本物を明らかにしようとするが。ピーター卿予想が裏切られて満足の一編。
「白のクイーン」 ゲームにまつわる仮装をしたダンスパーティで、奔放な若い女が殺害。全員にアリバイが。トリックを用いた本格らしい一編。
「証拠に歯向かって」 車庫で焼死した男は、事故死に間違いないようだったが・・。歯による人物同定を主題にした、歯医者ミステリーアンソロジーに採りたいような一編。
「歩く塔」 チェス自慢の隠遁者が見知らぬチェスの強豪を相手にしているうちに、殺人容疑をかけられて。幻想味濃厚な異色作。
「ジュリア・ウォレス殺し」 現実の事件の真相を公式記録だけから推理するマリー・ロジェ的エッセイ。随所で見せる推理の切れ味はさすが。解説によると、真相を示す決定的証拠が後年見つかったとあるが、どういうものか知りたくなる。
「探偵小説論」 著名な大部のアンソロジーに付けられた序文。ミステリ史を手際よくまとめ、実作者としての視点も盛り込まれた名評論として、その地位は揺るぎない。
推理狂時代、クロスワード、ポーカー、卓上ゲーム、利きワイン、チェス、実話への関心などのゲームの意匠がそのまま時代の謎解き熱を反映するゲーム性豊かな短編集。その一方で、新しい女、社会主義への傾斜等戦後(第1次大戦)の風俗も抜かりなく取り入れられている。教養と機知とユーモアは、今さらいうまでもない好短編集。
2001.7.11(水) 『蘭の季節』
・近くの古本屋に並んでる「日本プロレタリア文学全集8 葉山嘉樹集』を買ってみる。
・橋詰久子さんから、日影丈吉『殺人者国会へ行く』(ビッグ・バード・ノベルス)に密室が出てくると教えていただく。僭越ながら、密室調査員コーナーに加えさせていただきます。これ新刊でもっていないんだ。チープ・グロのなかなかすごいカバーですよね。
・川崎賢子『蘭の季節』('93.10/深夜叢書社)を読了。乱歩、久作、十蘭など、新青年の作家を中心とする論考。新青年の表紙をあしらったカバーが美麗。ただ、内容の方は、かなりハードで、なかなか頭がついていかない。第二章の久生十蘭に関する論考が中核だが、文学、演劇、舞踏など1930年代の世界的モダニズムの風潮の中に位置づけて読み解き、特異な作家十蘭の全体像に迫ろうとする試みが刺激的である。ハムレットの演出を手がけたプレ十蘭時代、戦時下の文学活動など、以前はあまり触れられてこなかったであろう部分の記述もためになる。「花物語」を通じて少女小説の汎エロス性に迫る吉屋信子論も面白かった。
2001.7.10(火)
・浅野さんという方からメールをいただいて、山風リストの銀河忍法帖が太字(長編)になっていない、カウントダウンの長編の数が47となっているが、「銀河」を加えて、51ではないかという御指摘を受ける。長らく、この数でやってきたことを思えば、冷や汗。御指摘ありがとうこざいました。短編の数ともども、数え直してみます。
・そういや、「警視庁草紙」がNHKドラマ化という話が、掲示板「びっくりしました」スレにあります。慶祝。
・小林文庫(祝30万アクセス)ゲストブックで、前に話題にした家建てトリックの話が。久しぶりに書込みチャンスと思ったが、日記のどこに書いてあるのか、探すのが面倒になって。場所まで特定して宮澤さんが書いてくれました。ありがとうございました。しかし、本人も日記のどこになにが書いているのか、わからなくなっているのは、問題だ。
・本格ミステリ作家クラブ『本格ミステリ01』(講談社ノベルス)購入。650頁1400円。厚い。評論も入っていてありがたいが、小説の方は、作者の顔ぶれはなかなかのものだけど、意外性がない。おっ、えっというのが、1、2編入っていれば面白いのだが。
2001.7.9(月) 十蘭
・しかし、驚いたといえば、おげまるさんの筆写宣言から始まって、超スピードの筆写完了宣言。おげまる伝説にまた新たな一頁が加わった。
・西の女王さまより、放出本届く。ありがとうこざいます。クラッド「ニューヨークの野蛮人」(ポケミス)、リチャード・プレイザー「おあついフイルム」(中公Cノベルズ)、ロバート・ネイサン「それゆえに愛は戻る」(文化出版局)。ふふふ。もう一冊は、後になって、ダブリと気づいてしまった。情けなや。
・K文庫から目録。kashibaさんのところによると、これが最後の目録だとか。残念至極なり。
・『怪奇探偵小説傑作選3 久生十蘭集』 日下三蔵編(01.4)
「黒い手帳」 巴里でルーレットの勝利の方程式を研究する男に迫る貧しい夫婦の罠。絶対の探究譚としても殺人奇譚としても一級品。
「湖畔」 妻を愛していえなかった狷介な男の行く手に開ける地獄と浄土。言い尽くせないニュアンスに富んだ、これが小説だ。
「月光と硫酸」 仏南部のリゾートを舞台にしたすっとぼけた味の奇譚。
「海豹島」 一人を除いて死亡したはずの孤島に女の影が。謎を探る男の前に一瞬開示される荘厳ともいえる幻想がまばゆい名品。「墓地展望亭」 東欧の王女をめぐる冒険ロマンス。読者をミスリードする冒頭も巧み。「地底獣国」 ロシア・樺太を結ぶ斜坑のロスト・ワールド。この博学。
「昆虫図」「水草」「骨仏」 いずれも殺人奇譚の掌編だが、どれからも幻想が匂い立つ。
「予言」 豪華客船の新婚旅行が凶々しい予言通りに進行して。幕引きの見事さよ。
「母子像」 外地で孤児になった少年が日本で母に遭遇して。短い枚数で効果。
「虹の橋」 女性刑務所で生を受けたヒロインが、ふとしたことから死んだ女の身代わりになるが。戦前の奇抜さは、影を潜めている。
「ハムレット」 ハムレットになりきっている男は、果たして佯狂者なのか。二重、三重にハムレットを縫い込んだ同作品は、まさしく十蘭演出による完璧なハムレット。
附録「刺客」(「ハムレット」の原型短編)、「久生十蘭−「刺客」を通じての試論」(都筑道夫)を併せ読むと、久生十蘭の目指していた小説世界が見えてくる仕掛け。
3つ選べば、当たり前ながら「湖畔」「海豹島」「ハムレット」か。「黒い手帳」「湖畔」「ハムレット」の男達は、深い悲劇とも喜劇ともつかない状況にあって、深夜とも夜明けともつかない薄闇の中にいる。その光と闇が入り交じった微妙なニュアンスが十蘭の魅力の一端かもしれない。そうそう、瑞々しくも男を惑わすアウラを発散する女性たちも、いうことなし。
2001.7.6(金) ノワールと伝奇
・掲示板テルミンスレッドで頂戴した最近のテルミン情報をまとめてみました(ここ)。
・「ミステリマガジン8月臨時増刊号 ノワールの時代」と「伝奇MONSTRUM01」(「ムー7月号」を購入。
前者は、この薄さなら、通常号の特集でもよかったのではないか。「ユリイカ」に先にやられてしまったのだから、本腰を入れた増刊にして欲しかった。細越麟太郎「フィルムノワールベスト50」、吉野仁「ノワール人物事典」辺りが資料性高い。後者は、460頁強と重量級。本屋の「ムー」廻りを見たが、小説雑誌コーナーで見つける。ジャンル別作家別ベスト1000というのがとにかく圧巻。作家別では、山田風太郎の項を松山巌が書いており、角書きが「それでも・・・おれは十篇を選ばなければならない」と、「夜よりほかに聴くものもなし」の名セリフをフィーチャーしているところに受ける。セレクトされているのは、奇想小説集、魔界転生、黒衣の聖母、幻燈辻馬車、魔群の通過、風来忍法帖、天明の隠密、妖異金瓶梅、八犬傳、神曲崩壊。「天明の隠密」というのが変わっている。
・それにしても、ノワールも伝奇も、外延も内包も曖昧。伝奇というのは、皆川博子のところで、葉山さんが前段で書いているように思っていたんだけど。どっちも、トランスジャンルで、対象についての語り手の思いのたけを包容してくれるところがいいのかな。
2001.7.3(火) プロ文の人たち
『プロレタリア文学はものすごい』 荒俣宏(00.10/平凡社版書)
「ぼけっけえきょうてえ」のホラー大賞選評で、荒俣宏がホラーとしてのプロレタリア文学の衣鉢を継ぐというようなことを書いていて、なんじゃこりゃと思ったけとけれど、こんな本を用意しているがゆえの発言だったのか。今や誰も読んでいない忘れられた文学−プロレタリア文学からプロレタリア運動をマイナスすれば、あとは情感豊かな「面白い小説」の群が残るを基本コンセプトに、プロレタリア文学をびっくり文学として読み直すユニークといえばあまりにユニークな試みである。第1部は、プロレタリア文学は、ホラー小説だった、探偵小説だった、セックス小説だった、SF小説だったと、小林多喜二「蟹工船」、葉山嘉樹の諸作、バルビュス「地獄」、ドイツ映画「メトロポリス」等を読み直す。特に、葉山嘉樹と乱歩小説の関係性に触れたくだりは、なかなか興味深い。明治の小説論争から説き興して、平林たい子、葉山嘉樹らの破天荒な作家像に迫る第2部、『夜明け前』『暗夜行路』をプロ文との関係から考察し戦前の失敗企画「新興文学全集」の試みからプロ文の限界性に迫る第3部ともに、悪食ともいえる好奇心と逞しい胃袋による出色のフィールドワークである。
それにしても、気になる葉山嘉樹。たまたま、汽車で乗り合わせた娘が、気に染まぬ相手と結婚させられそうで涙ぐんでいたのに同情し、「おれの妻にならないか」ともちかけ、その足で自分の家に帰り、娘を外で待たせ、妻に離婚を切り出したという伝説は凄すぎる。
戦前のミステリとして名を残している作品や評論にも、葉山嘉樹(セメント樽の中の手紙)、岩藤雪夫(人を喰った機関車)、佐々木俊郎(恐怖城、狼群)、平林初之輔(評論)などプロ文の人の作があるのは、「ブルジョワ文学」だったミステリにとっても、なかなか面白いことだと思う。
2001.7.1(日) 『警察官よ汝を知れ』
・土曜日は、滝川で元同僚の結婚式。美男美女のカップルでよろしございました。往復送迎バスつきだったのだが、帰りのバスは、懐かしい顔ぶれが揃って、さながら職場の旅行会。酒類を買い込み、札幌ついた頃はへろへろ。到着後は、なぜかボーリング。首のヘルニアかばい投法で、結構いいスコアが出る。飲み屋を2軒。金富士大リニュアルというのは、内装を張り替えただけのような気が。
・二日酔いで倒れている間に、日曜日は過ぎていくのであった。ううう、女相撲が。
『警察官よ汝を守れ』 ヘンリー・ウエイド (01.5('34)/国書刊行会)☆☆☆★
ブロードシャー警察本部長スコール大尉は、復讐を誓う元服役囚に脅かされていた。厳戒態勢の中、警察本部内で、本部長は射殺。犯人の姿は、消え去っていた。完全に手詰まりに陥った事件の解決のために、スコットランドヤードからプール警部が派遣される。
一見単純に見えた事件の構図は、プール警部のねばり強い捜査により、その様相を次々と変えていく。事件解明の光明が見えてきたようで、再び否定されていく、もどかしいようなトライアル&エラーが、本書の大きな読みどころ。『推定無罪』でも、見られた際立った人物描写は、主人公のプール警部をはじめ、点景人物まで及んでいて、作者の腕の確かさを感じさせる。警察署内での殺人という派手な設定を扱っているが、特徴的なのは警察自体を行政上の組織として見る視点で、警察本部が警察委員会の管轄に置かれ、州政府に財政面をチェックされ、本部長や職員の任免はそれぞれ独自の手続によっているという、ほとんど同時代のミステリで言及されることのない部分である。警察委員会の捜査への容喙があり、汚職の疑惑があり、出世の野心を持つものがありという、機構としての警察は、筋立てにも大きく関わり、本書の感触を独特のものにしている。最後の謎解き部分は、結末を急ぎすぎた感があり、さらに幾つかのパーツが欲しかったところ。全体の構図が見えてしまうと、なぜこのような形での犯行に犯人がこだわったのかについて説得力に欠けているきらいがある。
主要人物たちは、第1次大戦の経験者で、プールの捜査は、登場人物が語る大戦の激戦の記憶に何度も遭遇する。大戦間ミステリとしての読み方もあるだろうか。滋味豊かな大人のミステリとして、もっと読んでみたい作家である。
2001.6.27(水) 「映画スキャンダル50年史」
・松本真人さんから、山田風太郎「墓堀人」が再録された「100万人の小説読切」送っていただく。ありがとうこざいます。巻頭の短編が風太郎で、あとは今官一、和泉譲治、西岡志摩子、梁取三義などほとんど聞いたことのない作家が多い。墓堀人に付けられた四文字キャッチは、「人間苦悩」でした。これ、自殺を図った医者を前にして同僚の医者が推理をめぐらし、次々と真相の扉が開いていく非情に凝ったミステリなのだが。
・扶桑社文庫昭和ミステリ秘宝の新刊2冊。香山滋『魔婦の足跡』、泡坂妻夫『斜光』。「魔婦の足音」は、読む前に文庫になってしまったよおお。前者併載の長編「ペット・ショップ・R」は、これまでに全集のみに収録されたものという。後者は、長編「黒き舞楽」、「秘文字」に収録された「かげろう飛車」を併載。どちらも、巻末に著作リストが付された充実編だ。
・『映画スキャンダル50年史』 栗田信・小野好唯(文芸評論社/'56.7) 図書館
もういっちょ、栗田信。といっても、これはエッセイ。著者略歴くらい付いているかと思ったら、特にない。相変わらず、どんな人だかわからない。カバーの表示、後書きでは、クリタ・信となっている。石井さんから映画関係の著書もあると聞いていたので、これはあの栗田信でしょう。「この本を執筆出版するに当たり、過半の労を小野好唯君に災せました」とあるが、栗田信は、実労を担当する共著者がつくくらいのそこそこの著名人だったのだろうか。
タイトルは、かの「ハリウッド・バビロン」を思わせるような物々しさだが、主として日本映画に関するゴシップを軽いタッチで読物にした、といったところ。それでも、川上音二郎と日本最初の女優貞奴から説き興して、島村抱月と松井須磨子、杉本良吉と岡田嘉子のソ連への逃避行、映画会社の盛衰など戦前の活動写真・演劇のあれこれを書いた第1部はなかなかタメになる。第2部は、美空ひばり(執筆当時19歳)、雪村いづみ、トニー谷、高田浩吉、鶴田浩二などな当代の人気者の週刊誌的なゴシップ集、第3部は、外国スター編。消えていったスターの今など、筆の端々に事情通ぶりが窺われ、映画関係にかかわっていた人ではないかと推測される。巻末の広告で「河童の源四郎」(十代読むべからず、とある)、「艶筆雨月物語」の著書があることがわかる。