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真宗大谷派(東本願寺)【お東のもんと】 清仁寺・セイニンジ

電話での、お問い合わせはTEL.011-384-3711

〒067-0055 北海道江別市篠津805番地4号

コンセプトconcept

真宗大谷派とは

2011年3月25日撮影

浄土真宗の一派。(「おひがし」と親しみを込めて呼ばれています。)
京都府京都市の真宗本廟(東本願寺)を本山とする宗派です。
浄土真宗の宗祖は親鸞聖人です。
有名な著書として、「教行信証」が挙げられます。(「きみょう〜むりょう〜」で始まる、「正信偈」、正しくは、「正信念仏偈」が、収められています。)


清仁寺・セイニンジ

料理イメージ

宗教法人 清仁寺
清仁寺は、真宗大谷派に属する、一般寺院です。
(単立寺院ではありません。「包括寺院」といって、「うちのお寺は、おひがしです」と堂々と言えることです。)
現在、4代目になる住職と、その坊守、3代目の前住職の3人で、このお寺をお預かりいたしております。
役職
住職 佐々木宏祥
坊守 佐々木恭美子
前住 佐々木日出国

このお寺は、ご門徒おひとりおひとりのものです。従って、ご門徒(※清仁寺門信徒会)の中から選ばれた、責任役員・総代・運営委員が中心となって、このお寺を支え、運営をしている「門徒のお寺」であります。
また、お寺の真の目的「聞法の道場(もんぽうのどうじょう)」として、ご門徒の皆さんと、共に、親鸞聖人の、正しい佛法の話を聞く場所(よりどころ)として、僧俗共に、仏様の教えに出会う場所(よりどころ)の提供と考えます。季節ごとに「聞法」(仏様のお話を聞く)の機会に会う法要を厳修致しております。
「年間行事」をご確認の上、どうかお寺に足をお運び下さい。

清仁寺門信徒会
清仁寺は、「門徒のお寺」です。 お寺のすべては、この門信徒会の総意によって決められています。この会の中に、「運営委員会」「納骨堂委員会」が置かれ、行事の立案等が決められます。そして、毎年、年度末に、総会が開かれ、ご門徒の同意を得て、行事が進められています。
運営委員会
役職
責任役員・総代・運営委員・顧問・相談役・会計・監査・班長
納骨堂委員会
役職
委員長・副・会計・運営委員(ご門徒の皆さんが役員を務めています)


清仁寺の歩み・行事


大正4年3月
新潟県北浦原郡高森新田、安楽寺 三男 佐々木了幼師、江別市「北野はなや店」に、 草鞋を脱ぐ
大正七年秋まで、北野直蔵氏宅を借家として 開教に当たる 江別市三原説教所駐在
4月
江別小学校にて、代用教員として勤務しながら、開教を志す
9月
当別町青山(川崎)説教所駐在
大正6年5月
篤信者 大野清次郎氏との出遇いが、御縁で 大野氏宅を借宅として寺院の建立に仏法興隆の為に精心する
大正8年
仮本堂、江別市三原(美原)三七二番地に完成 大野清次郎氏、寄進三反歩
真宗大谷派 清仁寺 寺号公称申請するも、門徒戸数・基本財産、不足の為、却下
創立発起人、大野清次郎・嶋村荘助・本間松太郎・柳本傳吉
10月13日
佐々木了幼師、新潟県長岡市 長福寺、鈴木慧祐師 四女鈴木キヨヰさんと結婚
大正9年
寺号公称の為、基本財産として大野清次郎氏より、原野十町歩を寄進、登記される
大正10年9月
「清仁寺」と寺号公称される。総代(清仁寺創立)大野清次郎・保倉荘七・篠原与四
御本尊絵像一貫代、御本山より下付。
大正11年3月
歓喜講発足 会員は、清仁寺門徒・三原部落仏教徒全員
12月31日
開基住職の長男 正了師誕生
昭和元年
祖師聖人御真影・蓮如上人御影像、御本山より下付
昭和3年
太子・七高僧御影像、御本山より下付「金四百四拾圓」大野清次郎氏寄進
昭和3年2月4日
開基住職次男 正信師誕生
昭和10年
字名の改正により東西ポン篠津・三原・四原を、美原と改称される
昭和13年3月8日
開基住職四男 日出國師誕生
昭和14年
庫裡落成 入佛法要 阿弥陀如来御本尊、大井川茂三郎氏寄進
昭和18年2月
現如上人御影像、御本山より下付。(門徒四十八、信徒五十五)
昭和20年7月17日
開基住職長男 佐々木正了師、フィリピンにて往生「法名 横超院釋聖導」行年二十四歳
昭和25年12月24日
開基住職 佐々木了幼師、往生の素懐を遂げる「法名 開基 清仁寺釋了幼」行年六十四歳
昭和26年3月8日
二世住職 佐々木正信師、住職拝命
昭和26年
旧南幌町誓松寺旧本堂、再興、遷佛落慶法要
昭和26年
開基住職一周忌法要
昭和27年9月16日
宗教法人の認証、及び清仁寺規則認証される
昭和27年
開基住職三回忌法要
昭和28年5月23日
江別大火
昭和29年
庫裡増築 (二間×四間)
昭和31年
開基住職七回忌法要
昭和34年
御宮殿・御須彌壇、大野清次郎氏 寄進
昭和34年
美原保育所開設(昭和36年迄)
昭和36年4月
御本山宗祖聖人七百回大御遠忌法要、御本山へ団参
7月
美原・篠津一帯、水害
8月2日
二世住職、石狩川にて殉職 「法名 速浄院釋正信」行年三十四歳。警察庁長官より、「警察協力章」を賜る
昭和36年12月
証継寺若院 中村専証師、代務住職拝命
昭和37年
開基住職十三回忌法要・二世住職一周忌(昨年に続き夏に又、美原・篠津一帯、水害)
昭和38年
二世住職三回忌法要
11月
佛教青年会発足
昭和39年6月8日
三世住職 佐々木日出國師、住職拝命
昭和40年9月
清仁寺婦人会発足
昭和41年
開基住職十七回忌法要・美原・篠津一帯、水害
9月10日
三世住職 佐々木日出國師、帯広市 中村仁吉氏 五女 百合子さんと結婚
昭和42年4月10日
御内佛 御入佛法要、中村ふく氏寄進
8月20日
庫裡落成
昭和43年5月16日
十勝沖地震
昭和44年7月
札幌別院にて東本願寺開教百年記念法要厳修
24日
開基住職 本山表彰受ける
8月
納骨堂新築 セラミック高棟造り 十二坪
昭和45年3月
御影伝、御本山より下付。藤本常一郎氏寄進
8月21日
親鸞聖人七百回大御遠忌法要厳修
昭和48年4月
宗祖親鸞聖人御生誕八百年慶讃法要厳修 御本山へ団参
7月
水害の為、報恩講例年通り厳修出来ず、9月の彼岸会と併修
昭和49年10月20日
開基坊守 佐々木キヨヰ様、往生の素懐を遂げる「法名 法道院釋尼妙正」行年八十歳
12月
開基住職二十五回忌法要。本堂一部改修
昭和50年
開基坊守一周忌法要
昭和51年
開基坊守三回忌法要
昭和52年
二世住職十七回忌法要
昭和53年5月3日
本願寺御法主台下、御裏方様御巡化
昭和55年正月
清仁寺の移転建て替えの話でる。大野茂氏、移転建て替えに承諾
昭和56年
移転の件で、相談が始まる
昭和57年11月24日
開基住職三十三回忌法要
昭和58年3月
総代会にて、移転建て替えを検討、続いて役員会にて検討
11月
各地区に於いて、将来の清仁寺について、地区懇談会を開く
昭和59年8月
臨時総会にて、移転立て替えを決定(五カ年計画)
11月
御懇志のお願い
昭和62年2月27日
起工式
8月20日
本堂御内佛遷佛法要・移転建て替え落成式を厳修
平成3年7月
納骨堂落慶法要
平成4年7月
清仁寺落慶法要厳修
平成6年6月5日
三世住職 次女 恭美子さん、福井県 寂静寺 衆徒 篠崎宏祥師と結婚
6月17日
札幌別院御輪番 加来玄雄師導師のもと入寺式
6月25日
寺籍簿に入籍
平成8年11月13日
三世坊守 佐々木百合子様、往生の素懐を遂げる「法名 宝生院釋尼帰眞」行年五十三歳
平成8年11月30日
寺号公称八十年開基住職五十回忌慶讃法要の件、臨時総会にて決定
平成9年11月13日
三世坊守一周忌法要
平成10年1月10日
清仁寺子ども会発足
平成10年4月
御本山にて蓮如上人五百回御遠忌法要厳修。御本山へ団参
平成10年11月7日
開基坊守二十五回忌・三世坊守三回忌法要
平成11年7月7日
報恩講(八日迄)
8日
物故者追弔会法要
9日
寺号公称八十年慶讃法要・開基住職五十回忌法要厳修
平成12年3月28日
第4世住職、篠崎宏祥、ご本山(東本願寺)宗務総長より、拝命される
平成12年7月9日
第3世住職、当院報恩講を厳修後、第4世住職襲職報告法要を厳修
平成19年4月1日
清仁寺納骨堂「感謝堂」を増設 これまでの納骨堂を、「報恩堂」と改め、改築
平成21年7月7日
清仁寺納骨堂「須彌壇納骨殿」を建立
平成22年8月2日
清仁寺第二世住職五十回忌法要を厳修
平成23年3月24日から27日
「七五〇回御遠忌」改め「被災者支援の集い」団体参拝
平成23年11月26日から28日
「御正当報恩講」団体参拝


参考文献  「美原百年史」


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