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朝比奈隆の軌跡2000
ベートーベン交響曲第4番&第5番「運命」

日時
2000年5月10日(水)午後7:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮
朝比奈隆
曲目
ベートーベン
1.交響曲第4番 変ロ長調
2.交響曲第5番 ハ短調「運命」
座席
2階CC列25番(A席)

ベートーベンで客が呼べる男

 さて今年も始まりました《朝比奈隆の軌跡》。今回はベートーベンチクルスの一環として、定期公演の2,6番に続き4,5番です。
 現在ベートーベンの交響曲だけで客が呼べる指揮者なんて世界に何人いるでしょうか? 故人ならたくさんいましたが、現役では朝比奈を除くとヴァント,C・クライバー,……これぐらいではないでしょうか?
 ほぼ満席のシンフォニーホールを見ていてふとそんなことを思いました。

CD化する権利

 ステージ上には朝日放送のテレビカメラが多数並んでいました。今日の演奏はEXTONレーベルによってCDが発売される予定ですが、トレードマークと言えるあのでっかいスタンドマイクは見あたりませんでした。代わりに天井にぶら下がったたくさんのマイクと楽器に直接向けられた補助マイクが目に付きました。ABCの音源を利用するのでしょうか?
 今回のものは真っ先にCD化されることが決まっているようですが、こういったものは契約によって商品化される順番が決定されているのです。例えば去年の大フィル東京公演のブルックナー7番はフジテレビ(朝日放送じゃないです、ハイ)の録画によるDVDの発売がされてからでないとCD化できないそうです。
 またひとつの曲を発売すると他レーベルでの録音で○年間、発売で○年間禁止されます。
 これのおかげで日の目を見ない録音、もしくは録音すらできなかった記念碑的な名演がけっこうあるのです。

ここはシンフォニーホール

 固い話は置いといて、開演5分前にホールの2階席に腰を下ろすとステージ上ではすでに何人かの大フィルのメンバーが最終調整をしていました。
 今回の席は2階中央のほぼ最前列。音響的にはこのホール最高の場所と言われます。実際、楽器の直接音を残響が柔らかく包み込み、繊細ではかなさを感じるほどの美しさは絹の手触りを思い起こされます。
 しかし個人的にはステージとの距離感が若干感じられ、音に生々しさが不足するのが少し不満です。なんだかCDを聞いているような気がするのです。(贅沢なヤツ)

 そうこうしている内に客席の照明が落ちると軽い興奮が会場に満ち、指揮者の登場が待たれました。
 御大が舞台下手から現れると、大きな拍手が湧き起こります。この前いずみホールで見たときと比べると元気がないように見えたのが心配でしたが、彼より年下のヴァントがもはや一人ではステージに上がれないのに比べると、しっかりとした足取りは驚きさえ覚えます。
 御大がタクトを持ってオケに向かうと、ピッチカートによって2時間弱の音楽の旅が始まりました。

交響曲第4番 変ロ長調

 倍管にせずスコア通りの編成で行われた4番だが、曲に対するアプローチは去年の《朝比奈隆のベートーベン》とほぼ同じものだったと言える。と言っても全く同じものではなく、曲の流れに流暢さが増していて、尚かつキレがいいものであった。
 また大フィルとの前回のベートーベン全集に収録されている4番と比べるとゴリゴリとした無骨さは減少したかもしれないが、雄大なスケール感はそのままで非常に聞き応えのある演奏だった。
 オケでは木管がきれいな音を聞かせていた。
 ただ個人的にフィナーレはもう少し速いテンポの方が好きなんだけど。

 演奏中何度も咳き込む御大が気になってしまう。やはり体調が良くないみたいだ。
 余談だが、今日の演奏会は客席の咳がやたらと耳についた。特にシンフォニーホールの2階席は客席の音をも敏感に届けてしまうのでなおさらだ。咳をするときは最低でもハンカチを口に当ててしよう。(ほかにもppの時は堪えるとか)
 今日のようにCDになるのが分かり切っている演奏会はもうちょっと協力してもいいんじゃないかな。

交響曲第5番 ハ短調

 後半は前半と違って木管、金管の人数を2倍に増やした編成だった。(ピッコロとコントラファゴットは1名ずつ)
 この5番は福岡公演だけでなく、今年1月での南海コンサートや京都公演でも取り上げている曲なだけに、今回のチクルスの中でももっとも安定している曲のではないかと思っている。

 冒頭の4つの音にタメがなく腰が引けたような音。おや? と思ったが、もう一度運命の動機が出たとき朝比奈は左手でヴァイオリンに指示を出し、充分な間合いを取って動機の提示が行われた。この後は不安になるような所はなく、安心して音楽に身を浸らせることができた。
 主題提示部が終わり、繰り返しを行うとき、御大が足を強く踏み鳴らしたのには驚いた。「ドン! ジャジャジャジャーン」 第1楽章は4分の2拍子なのだが、8分休符からスタートするので出だしが非常に難しい。この休符を足を鳴らすことで補ったのだ。これ自体はそれほど珍しくない手だが、91才の指揮者がするとは思わなかった。
 ものものしく曲が進められるがけっして鈍くなく、力強さと歯切れの良さが同居している演奏だ。楽想に合わせて自由に変化して行くが、上っ面だけにとどまらず深く音楽を描き出していく。まるでフルトヴェングラーのようだ。ただそれだけに再現部でのオーボエソロがあっさりとしていたのがやや残念だ。

 第2楽章は各変奏をじっくりと聞かしていく。細かいフレージングまでよく練り込まれていて、所々「おっ」と思わせる解釈があり、面白く聞くことが出来た。
 またトランペットが高らかと鳴らすファンファーレは英雄的な勇ましさが出ていて非常に男性的でかっこよかった。

 スケルツォという言葉からはほど遠い第3楽章は暗い音色に支配されてどっしりとしたものだった。
 しかしホルンには少し不満だ。覇気のない音色はこの楽章におけるアクセントに全くなっていなかった。去年のアニマ・エテルナ・オーケストラの5番におけるスケルツォはホルンが素晴らしい吹き飛ばしを聞かせてくれていた。演奏の難しいナチュラルホルンであれだけのことが出来るのだからもう少し頑張って欲しい。
 いつも思うことだが、他の3楽章に比べてこの楽章だけ短く感じてしまう。やはりスケルツォとトリオをもう一度繰り返して5部形式的にやって欲しい。

 スケルツォからのブリッジより「いくぞ、いくぞ」と盛り上げていって、ドカーンと大ファンファーレ。今まで沈黙していたトロンボーン達も加わった全楽器による音響は前3楽章の内にこもった響きを見事吹き飛ばし、まさに苦難を越えた歓喜を感じさせてくれる。
 倍管の威力が最大限に発揮され、壮麗さまで感じさせる充実した響きは今までの空気を一変させ、開放感溢れる演奏となった。
 提示部が繰り返される瞬間なんてあのファンファーレがまた聞けるのかと思うと嬉しくてしょうがなかった。
 “インテンポの朝比奈”の姿からは想像もできないことに、コーダに入るとテンポがジリジリと速くなっていった。非常に驚いてしまったが、これは曲が終わるまで止ることがなく、最後「これはちょっと速いんじゃないか」と思わせるほどだった。しかしこのコーダでは目が眩むような幸福感を感じ、周りの空気がキラキラと輝くほどの冴えを見せたのが素晴らしかった。
 97年のCDなど問題にならない名演だ。

スタンディングオベーション

 曲が終わると同時に盛大な拍手が起こり、しばらくして「ブラボー!」の声も掛かりました。御大が舞台裏に引き上げても拍手は止まず、少しインターバルを開けて再び登場してくれました。
 オケが解散しても拍手は止まず、ステージに詰めかけた8割(!)のお客がスタンディングオベーションを送ります。
 たった一人で現れた御大はヴァイオリンの席を動かして場所を作ると、我々の拍手に応えてくれました。
 客席に視線を走らせひとりひとりの顔を眺めていきます。私も2階席の手摺りから身を乗り出さんばかりに拍手を送っていました。

(追加)
 後になって思い出したことですが、新日本フィルとチクルスで7番をやった時、御大は体調が良くなかったため「終楽章のコーダでテンポアップして無理矢理盛り上げた」といった意味の発言がありました。今回もひょっとすると、それと同じだったのかもしれません。

おわりに

 会場を後にするときエントランスでインタビューをやっていました。その時ちょうど私の真横を歩いていた人もスタッフに呼び止められ、カメラの前で感想を述べていました。(呼び止められたのが自分じゃなかったことにガッカリしたような、ホッとしたような)
 それにしても今日はテレビカメラが入っていたせいか、なんか大げさなカーテンコールでしたね。まあその片棒をしっかり担いでしまった者が言っても説得力が欠けますけど(笑)。
 ちなみに今日の演奏はABCラジオ「ザ・シンフォニーホールアワー」で6月18,25日の7:15〜8:00に放送されます。

 総じて、自由でありながら壮大な演奏会でした。

 さて、次回はブタペスト祝祭管弦楽団です。なにより今、日本中を廻ってあちこちで好演している諏訪内晶子さんが非常に楽しみです。


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