観念論Ⅱ


idealism

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作成日 2002/6/1

「哲学の根本問題にたいする答のひとつとして、精神的なもの、非物質的なものを世界の根源とし、物質的なものを二次的とする見解で、唯物論に対立する立場。精神的なものを超自然的な形而上学的実体(神、魂などのように)とみなすものは、 唯心論(spiritualism)と同義なものとなり、また事物を、認識する意識の働き(機能)によるものとしてとらえ、世界を意識上の観念としてのみみとめる認識論の見方で、精神的なものをなんらかの形而上学的実体とはみなさない立場も、観念論に属する。 観念論の発生は、階級社会の成立にともない肉体労働と精神労働との分離が生じ、この精神労働による思考が原始社会における宗教的観念をうけつぐとともに、思考が自然との関連から引きはなされて抽象的におこなわれてくることによる。精神労働をもっぱらにする人間は支配階級に属していたから、そこからはこの階級の利益の見地から見解を仕上げるようになり、 社会の変化を望まず、客観的存在のありさまを正しくとらえない態度が生みだされて、観念論者は一般に保守・反動的な世界観を形成するようになる。しかし観念論をこの一面だけで判断するのは誤りで、観念論者の探究のうちには、哲学問題に新しい局面を呈示し、 哲学思想を前進させる場合もある(ヘーゲルが弁証法について論じたのはその一例)。

観念論が物質にたいする精神、存在にたいする意識を基本的とするとき、 精神意識の理解の仕方で二大別が生ずる。 1)客観的観念論。世界の根源を、超自然的で人間の精神以上の客観的な精神的なものとする立場。たとえば、現実の世界を超越し、この世界の原型である真実在たる<イデア(理念)>を立て、これの影として現実の世界をみるプラトン、この考えに通ずるヘーゲルの、<絶対的理念>の展開として世界を説明するもの。 ヘーゲルの用語では、こうした立場の観念論は<絶対的観念論>とよばれた。 2)主観的観念論。人間の意識を出発点とし、客観世界は人間の意識から独立には存在せず、人間の意識にあらわれるかぎりでのみその存在をみとめられるとする主張。この見解を徹底させると唯我論になる。そのためにこの見解はこれを回避しようとして、客観的観念論の立場に移りもする。主観的観念論につながるものには不可知論がある。 バークリヒュームはこれらの主張の代表者である。

現在ではマルクス主義唯物論哲学に対抗する立場として、唯物論と観念論とを乗りこえた、いっそう高い<第三の立場>の主張が普及している。日本の西田哲学田辺元の哲学がそうであるが、マッハ主義プラグマティズム、新実証主義、実存主義もまたそうである。これらの本質は主観的観念論にほかならない。 現在の客観的観念論の一代表とみなされるのは、新トマス主義である。」

哲学辞典 森 宏一編集 青木書店 より




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