●
「男子厨房に入らず」という言葉は、昔、中国で食用の豚や鶏を台所で処理していた頃、その断末魔の声を男は聞くものではない、また孟子の教えの中に「男子厨房を遠ざかるなり」とあることに由来するといわれる。 この言葉が我が国に伝わってきて、武家政治の始
まった鎌倉時代、武士の訓練のためこの思想を採り入れて、質実剛 健、耐乏生活、食事の回数も武士はやたらに食せぬぞよと日に二食
で十分と指導した。江戸時代には須木原をかかえて「武士は食わね ど高楊枝」の川柳が生まれるくらいの威厳を保つためにも男はむや
みに台所に入るものではないと言ったものである。
御時勢も変わって戦後、経済大国となり飽食時代といわれる日本の
家庭では、男は仕事、女は家事という伝統的な性別役割分担は一変 して、主婦は趣味、仕事、地域活動で奥様ならぬ外様となり活動の
場を外に広げてきた。その結果女性の台所離れは顕著となり、お袋 の味、伝統の味は失われ、このまま推移すると、日本の食文化ひい
ては国民の健康にも重大な影響が出ることを懸念し、「今こそわれ われの出番だ」と昭和52年晩春のある夜、居酒屋の留まり木に2、
3人の中年男が並んで気勢を上げていた。隣に居合わせた見知らぬ 男までが「そうだ、そうだ俺も仲間に入る」と意気投合、これが激
流となり、名前も「男子厨房に入ろう会」として、その年11月各方 面からの注目を浴び、華々しくスタートした。
以来20年、今では東京、仙台、盛岡、松本、湘南と会支部が結成
され,それぞれ後で同好の士が集まり活動を続けている。ちなみに 東京では月2回の料理講習会、うまいもの食べある機会、EUの経
済人を集めて、会員が講師を務める日本色文化の紹介、地区男性料 理講習会への参加給食ボランティア実施などの社会奉仕にも力を注
ぐ。年4回発行される同名の新聞には、各種食材の紹介、講習会の レシピ、地方名物料理と活動状況など食に関する情報を満載、これ
も回を重148号となる。
会員同士は料理を作り、学び、食べ、飲み語り合って年齢、経歴、
職業の垣根を取り払い、女性準会員も交えて全くフランクな付き合 いをしており、タテ社会一辺倒の日本に有っては得難い人間関係を つくっている。
今年は創立20周年を迎え、さまざまな記念行事を計画しているが、
特にその一環としてこの本書を刊行することとした。この20年間 に数多くの先生方から教えて頂いた料理500点を超える品目の中
から、特に印象に残ったもの、さらに広く紹介したい和、洋、中華、 それぞれ二十数点を選び、会員有志の手によって再現したものであ
る。出来る限り教えて頂いたものを忠実に追ったが、中には記憶に 不明確なものは製作者の判断で調整した。この本の出版にあたって、
われわれ素人の集まりで不慣れなため、六耀社の橋本相談役、細川 社長には大変お世話になり深く感謝している。
「男子厨房に入らず」と言う閉鎖社会の壁を打ち破ったわれわれの
活動も実を結び、今日では男が台所に立つのも当然のことになり、 テレビの料理番組での男の活躍は目覚しい。高齢化社会と言われ、
男の自立を一層高めることが要求される今日、この運動が更に推し
進め、新しい味の発見と友の輪を世界に拡大して行きたい。
|