2006年8月はこの3公演

 


Hula-Hooper「裏ふうぱあ弐」

7/31〜8/2 新宿ゴールデン街劇場
8/1(火)観劇。

演出 菊川朝子

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猫のホテル「電界」

本多劇場 8/2〜8/6
8/5(土)ソワレ観劇。座席 B-9(招待)

作・演出 千葉雅子

 舞台は70年代、石油ショック前の浦安。漁民達との埋め立て地交渉へやってきた山際(中村まこと)。山際は、第一漁協(板倉:市川しんぺー、相馬:森田ガンツ、江沢:岩本靖輝)と新漁協(大塚:菅原永二、林:いけだしん)の二つに分かれたしまった漁業組合いの関係を保ちつつ、しみったれた漁師達との交渉を続けていた。しかし、埋め立て交渉は表向きな仕事で、実は会社の金を横領し、裏金作りの秘密を握ったまま行方をくらましている風祭(松重豊)を探すという密命を受けていた・・・。山際と風祭は接待で場を盛り上げる“男芸者”として裏金作りに翻弄した相方同士でもあった・・・。

 結成16年、初の本多劇場である。今回の作品に関しては、あまり評判は良くないみたいだが、私としてはまずまずだったと思う。別に本多劇場でなくても良かった内容ではあったが、猫のホテルらしさを貫いたってことでは、評価したい。
 物語は、裏がある社会に生きる昭和の人物列伝的な趣(猫のホテルが得意とする)ではあるが、タイトル『電界』に隠されたものは見えて来なかった。これはあくまで想像なのだが、浦安、埋め立てとくれば→『電界』=『ディズニーランド』であろうと勝手に決めつけている。(チラシの写真とはまったく別だが)本人に聞ければ一番いいのだが、そんな機会もないので、読み違いも許容範囲ってことで許して頂こう。で、この物語を私は“ディズニーランド秘話”と受け取った。それもとっても日本的な。
 ラストで全てがなくなり、その先を見せてくれれば(七色の光りと共にオーバー・ザ・レンボーが流れるとか)、なるほど!となったかもしれないが、それは猫のホテルらしくないので、やらないで正解。それに、主人公の二人にとっては、その先の物語はまったく関係がなかったのであろう・・・。そんな、夢見る頃を過ぎてしまった大人と夢の国の対比が、私の中では絶妙な空気で混じりあっていた。何もなくなった空間を見つめる中村まこと、松重豊の穏やかな表情が、思いっきり悲哀を漂わせ感動的であった!う〜ん泣ける(あっ、実際には泣かないけど)。

 そうそう、前から2列目で見上げる形になってしまったが、そんな表情が見て取れて最高であった。良い席をありがと〜。特に、中村まことを間近に観る事ができ、至福の喜びであった。本当にうまい。あの声といい動きといい、素晴らしいの一言である。そっちの趣味はないが惚れ惚れである。あっ、余談でした・・・。


“猫のホテル”自分が観た公演ベスト
1.土色の恋情
2.しぶき
3.電界
4.ウソツキー
5.苦労人

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温泉きのこ
「続・謡う、相続人〜コバルトブルーの花嫁〜」

下北沢駅前劇場 8/10〜8/13
8/12(土)マチネ観劇。座席 D-9(招待)

作・演出 大堀光威

 『続』と命打っているが、むしろ『謡う、相続人』よりも前の時代の物語・・・。

 エルビス・ヨシカズ・プレスリー、通称エビス(吉増裕士)は、幼い時にハワイでの飛行機事故で両親と生き別れ、ハワイの里親の元で青年期までを過ごした。エビスはその事故がもとで、心霊が見えるようになってしまった。その後エビスは、生まれた国である日本に戻り、心霊雑誌のライター・古井戸(大堀光威)に情報を提供する傍ら、謎の多い事件を、その特殊な能力で解決していく私立探偵として活躍していた。そのエビスを巻き込む事件がナイトクラブ“コバルトブルー”で起こった・・・。
 クラブのママ・山村モミジ(羽田謙治)、マネージャーの“左目”(中西広和)、厨房で働くバンダーラ(井澤崇行)・・・一癖も二癖もある人物達が交錯するナイトクラブ・コバルトブルーで事件が起こる。微妙に関係しあう人々。お店の女の子達の複雑な事情。そして明らかになる過去・・・。
 事件解決に乗り出したエビスであったが、デュエットの歌声に翻弄されて行くのであった・・・。

 『謡う、相続人』のアナザーストーリーとして、エビスを主人公にした物語。前作では、“北中島ファミリー”を主人公とした物語で、エビスは脇役的立場であったが、今回は堂々の主役である。ハルエ(たにぐちいくこ)との話も加わり、なかなか面白い作品に仕上がっていた。ただ、『謡う、相続人』での、“意味もなくセンターで歌う”という歌謡ショー的要素が減ってしまったのが残念でならない。前回は全員が歌ってたのに・・・あの開き直りが良かったのに〜。前回は上演時間が長いと苦言をたれたが、面白い部分を削っちゃダメっしょ・・・って言いたい。

 終演後ロビーで大堀氏に「歌が少なくて残念だ」と言ったら、「今度は、上演時間の中盤30分くらい歌い続けますか」と嬉しいお言葉。物語を置き去りにするくらい壊して欲しいもんだ。でも隣でこの話を聞いていた制作さんは嫌な顔をしていたけど・・・そんな期待を次回に込めて。


“温泉きのこ”自分が観た公演ベスト
1.謡う、相続人
2.続・謡う、相続人

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親族代表「THE LIVE『小(りっしんべん)』」

8/8〜8/13 THEATER/TOPS
8/12(土)ソワレ観劇。

演出 福原充則

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イキウメ「プレイヤー」

サンモールスタジオ 8/31〜9/3
8/31(木)観劇。座席 B-1

作・演出 前川知大

 天野元也(緒方健児)の姉・マコトが失踪した。2ヶ月経ったが、警察の捜査はまるで進展しない。苛立ちを隠せない元也は、姉の知り合いの刑事・桜井(盛隆二)に、調査の続行を依頼する。自分は担当ではないからと言いつつも、桜井もマコトの事が気になっていた・・・。元也は、姉の失踪後、留守番電話に誰かの声が入り込んでいると、メッセージが録音されたテープを桜井に手渡す・・・。
 マコトの彼氏・佐久間一郎(宇井タカシ)もまたマコトのことが忘れられず、元也がアルバイトしている喫茶店にちょくちょく顔を出していた。そして、佐久間の身にも不思議な現象が起きていた。自分では無自覚だが、勝手にマコトの言葉を話している瞬間がある・・・。もちろんその時の記憶は飛んでいた。
 テープに入り込んだ声を編集した桜井は、その声からマコトの死体を発見する。しかし声質は変わっているものの、テープの声の主はマコト本人であった・・・。
 環境問題に取り組むNPOの団体“カット・ザ・ノット”の時枝悟(奥瀬繁)は、精神世界に心頭する“サトリオルグ”の主宰でもあった。時枝がマコトの殺人事件に関わっていた(自殺幇助していた)のではないかと疑惑を持つ桜井は、“サトリオルグ”に参加する。しかし、桜井はマコトの失踪を追って行くうちに、深みにはまって行ってしまう・・・。しかし、それさえもマコト自らが計画したことであった。桜井は、マコトの声を伝える“プレイヤー”の一人として選ばれていたのである・・・。
 桜井の同僚の八雲(浜田信也)は、“サトリオルグ”に洗脳されていく桜井を心配し、“サトリオルグ”に侵入する。そこで八雲は、信じられない光景を目の当たりにする・・・。

 現代の日本を舞台にしたSF作品、と言うかオカルト作品、と言うか・・・う〜む、一言では表現しきれない作品であった。現世の死後=裏の世界への移行を描いているかもしれないし、見ようによっては現代のカルト宗教を描いたとも言える・・・。この作品はその二面のどちらにも取れる(そこも凄い)と思う。裏の世界の話が真実だとする物語と、八雲が訴え続けるカルト宗教的なマインドコントロールの恐怖の物語。そのどちらとも言える展開に、見ている側も混乱していく。どちらが真実なのか、明確な答えを出さない点も恐怖を植え付ける要因となっていた。現実の社会では起こり得ない(だろう)現象を、どちらが真実でも“あり得る”と納得させてしまう脚本・演出の力には脱帽である。ウソ臭く思えないのである。記憶を所有する人達の口から出てくる過去の言葉(この発想には感服した)が、徐々に現在に追いついてくる恐怖も凄い。裏側の世界が徐々に表面化していく恐怖も凄い。その恐怖を感じる時点で、芝居によって自分がコントロールされているのかもしれない。そこが心地良いと感じるってことは、芝居によってマインドコントロール(洗脳)されているのかも・・・。

 今回は、珍しく同じ作品を二度観た(二度観たいと思った時の勘は意外と当たる)のだが、2回とも作品に没頭してしまい観劇後は無言になってしまった。こんな事は滅多にないことである。って言うかここまで没頭したのは初めてかも。二度目で発見する事もあって、余計に集中してしまったのもある。それはオープニングのシーンなのだが、マコトに憑依(?)されている神崎恵(岩本幸子)と時枝とのシーンで始まり、神崎本人に戻ってビデオを持ち去るシーンで終わる。このシーンなのだが、一度目は正直言って内容を深く考えず流していた。観終わってもそのシーンが脳裏に蘇ることもなかったのである。二度目に観た時は、このオープニングのシーンで鳥肌がたった。特に、岩本幸子の瞳にぞくっと悪寒が走った。実はこのシーンが、この物語の根底に流れている三角関係をみごとに描いていたのである。まぁ一度目で理解できないのは、私の落ち度かもしれないが、関係性を知らずに観るより、関係性が判った上で観た時の方が遥かに衝撃は強かった。精神世界の物語が衝撃過ぎて、あっさりと受け取ってしまったのだが、これは三人の偏愛の物語でもあったわけで、そこを考えると裏の世界で一つになるって事の重大さが伝わってくる。そう考えると、オープニングシーンの役割はでかかったのではないだろうか。一度目で理解できない(何度も書くようだけど、私だけかぁ?)のは、ちょっと勿体無い。あのオープニングでマコトと神崎と時枝の微妙な関係がわかり、後々のシーンで生きてくるのだから、もう少し明確にしても良かったのではないか。ちょっと悔やまれる。

 イキウメの芝居を観て感じるのだが、抑えた舞台装置、抑えた照明、抑えた音(ほぼなし)その中で繰り広げられる世界感が本当に素晴らしいのである。『散歩する侵略者』でも感じたが、イキウメの芝居は、素舞台に近い方がいい。自分の想像力を駆使して見入る快感はここでしか味わえない。そして、集中することによって生まれるリアル感に酔いしれる・・・まぁそれも、前川知大の脚本が素晴らしい!って前提があってのことだけど。


“イキウメ”自分が観た公演ベスト
1.プレイヤー
2.散歩する侵略者
【番外公演】
1.短編集Vol.1−図書館的人生−

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