早稲田大学大隈講堂裏劇研アトリエ 3/3〜3/5
3/3(金)観劇。座席 自由(5列目中央:招待)
構成・演出 大塩哲史浪人生アキラ(一浪生:垣内勇輝)の住むアパートに、親から荷物が送られてくる。中身はメディカルカウンセリングロボット“サクラ(太田美登里)”。独り暮らしで何かと不便だろうと思って送ってきたのだろうが、サクラには相槌を打つ機能しか備わっていない。不要と思ったアキラは「誰かもらってください」みたいな事を書き路上に捨ててしまう・・・。その後、タロウ(二浪生:森山春彦)とゴロウ(三浪生:三浦英幸)と一緒にファミレスへ。その店には前行性健忘症患者のアサコ(磯部静香)と妹で医師のユウコ(帯金ゆかり)がいた。アサコの記憶障害により、会話が延々と繰り返される・・・。予備校では講師のオノデラ(森田祐吏)が花壇の世話をしている。その花壇に男(赤津光生)が侵入している。怒り心頭のオノデラに対し「自分は虫だ」と言ってきかない男・・・。そんなちょっと理由ありな人々(人じゃないのもあるけど)を描いた作品。約70分。
番外公演ということで、台本ありきの公演ではなく、各々がアイデアを持ち寄って作劇するディバイジングをいう手法に取り組んだらしい。加えていろいろな作品からモチーフを拝借しているとの事。それは『変身』『メメント』『時をかける少女』などなど。当日パンフの表紙に書かれてあったのがそのキーワードだと思う。その書かれたキーワードは「サクラ」「浪人街」「近道」「メメント&イタリア」「変身」「サナギ」「リサイクル」「夕顔」「ラベンダー」「未来」「飛ぶ」「四月」。観劇後に読み返すと「あぁ〜あれねっ」ってな感じ。
アイデアを持ち寄ったとの事で、ショートストーリーのオムニバス公演かと思っていたら、微妙に関係性のある物語を紡ぎ合わせたような公演であった。面白かったが、個々の物語は、それだけで完結しているとは言いがたい。なので、意図としてはどうなんだろうって疑問も残る。なんと言うか、サイドストーリーの集合体みたいな感じ。ただ、次回公演への伏線的な作品という事なので、もしそれらを踏まえて本公演が完結されるとしたなら、面白い試みだと思う。本来なら幹となるストーリーがあって、枝葉のアナザーストーリーが派生するのが順当な流れであろう。それを先に枝葉部分を見せてしまう。まさに時間の流れを逆行して見せた『メメント』的手法ではないだろうか。って勝手に想像して感想を書いても仕方がないやね。5月の公演を楽しみにって事で、この件はここまで。
次に演出方法。部屋から出て行ったシーンで終わり暗転、次は部屋に入って来るシーンで始まる・・・それってヨーロッパ企画で観たような気がするが、それはそれでいいと思う。ただ、それがそのワンシーンだけであって、連鎖していくわけではない処が自分的には残念でならなかった。私としては、AとBの人がいて次のシーンではBとC、又次のシーンではCとDと関係の連鎖があり、最後に何故かAとBのシーンに戻ってしまい、そこに「ラベンダーの香り」が関連し、あれれれれ?ってな感じだけど、あぁ!とちょっと納得するような(なんか稚拙な説明ですみません)、ちょっと不条理な展開も観たかった。
そうそう「ラベンダーの香り」=「時をかける少女」という関連性も、私みたいな年代にはピンとくるが、若い人にはどうなの?って微妙な感じがした。まぁそれを懸念してか小声で言ってはいるけど・・・。一本の作品としては、正直言って物足りなさを感じてしまった。しかし、要所要所では面白さ満載であった。個人的には“サクラ”がツボ。太田美登里が演じる存在なさげが、返って存在感を醸し出しているところとか笑える。あと様々なシーンで“ケイコ”として出演する岡安慶子もおかしい。当日パンフでケイコ(一浪生)…岡安慶子、ケイコ(ウエイトレス)…岡安慶子、ケイコ(看護師)…岡安慶子、ケイコ(高校生)…岡安慶子って連呼状態に書かれているところから、おいしいとこ持って行ってるし。当日パンフで笑えるとは思わなかった。おいしいと言えば赤津光生の“虫”もしかり。
そんなおかしさはあるものの、北京蝶々には一工夫を期待してしまうのである。あと、流れが一定なのも今回に関しては不満。せっかくの番外公演なのだから、もっと遊んで欲しかった。花壇での赤津光生と森田祐吏の掛け合いはリズムがあって面白かったが、ファミレスでの前行性健忘症患者の姉妹と浪人生達のシーンはもう少し工夫が欲しかった。能天気な若者と疲れきった妹との対比は、現実的な物語としては良いと思う。でもリアルなシーンが要求されていたとは思えないので、繰り返しが段々加速して行って、妹の苦労を笑いの中で見せるとか、その流れに浪人生も乗せられてバカさ加減を強調するとか、何か“遊び”が欲しかった。
ただ、群像劇としては面白かったのは確か。そこに人間だけではない虫とかロボットを登場させるところに北京蝶々らしさが見える。ただ、しつこいようだけど遊んで欲しかった。まぁともかく、次回は今回の作品と関係した話になるとのことなので、どのシーンが関係していくのか楽しみなところである。
“北京蝶々”自分が観た公演ベスト
1.Othello 2.心無いラクガキ 3.入れ替わるためのまちがい探し 4.酸素 【番外公演】 フラワーズ
作・演出 政岡泰志花粉症に関するショートコントのあとに本編スタート。
舞台は老舗の温泉旅館みどり屋。女将のしの(伊藤美穂)、女中のサチコ(政岡泰志)達は、細々ながらも力を合わせ、旅館を切り盛りしていた。しかし、その土地に“男の遊園地”の建築を企てているハラダ興業のクニオ(小林健一)は、温泉にウンコを浮かばせたりして、嫌がらせを続けていた。しかし、そこには幼馴染みのしのへの恋心もあった(小学生レベルの“好きだから意地悪する”みたいな)。しかし、どんな嫌がらせにも屈しないしのの心には、旅館に伝わる守り神“豆ざむらい”への信仰があった。「豆ざむらい様の為にも、旅館は守らねばならない」そう心に誓っていたのである・・・。
そんな中、ハラダ興業が呼んだストリッパーと芸人をみどり屋が泊める事となった。その芸人・南京五郎(辻修)を見た途端、ボケた父(祖父?)は、五郎に“豆ざむらい”を呼び出して欲しいと懇願する。その昔、旅の芸人が“豆ざむらい”を呼び出した事があるらしい・・・。果たして南京五郎にその力は宿っているのか?“豆ざむらい”は旅館の危機、しのの貞操の危機を守れるのか?前回は見逃したのだが、最後に観た『寝太郎の新作カレー』とはうって変わって、昔の動物電気のノリであった。人情路線も悪くはなかったが、馬鹿馬鹿しさ満載の作品も悪くはない、って言うかゲラゲラ笑えて嬉しい。ただ、昔からいる役者はいいのだが、新しい人(って言ってもそんなに新しいわけではないと思うけど)の質がなかなか上がっておらず、辻修、小林健一、森戸宏明、伊藤美穂、そして政岡泰志に頼らざるを得ないという状況である。なんか次世代が育たないのは、自分の会社を見ているようで・・・とちょっとグチ。メインの役者の個性が強過ぎて、新しい芽が出て来れないのかなぁ〜。楽しんでおいて申し訳ないが、役者のキャラクターで笑えているところもあるので、このままだとワンパターン化しそうで怖い。でも、そのワンパターンを楽しんでいる自分もいるんだけど・・・。
あとまったくの余談だが、久々の桟敷き席(それもギュウギュウ詰め)で2時間観るのは辛かった・・・。
“動物電気”自分が観た公演ベスト
1.NOは投げ飛ばす〜魂の鎖国よ開け〜 2.女傑おパンチさん 3.集まれ!夏野菜 4.寝太郎の新作カレー 5.豆ざむらい 6.オールとんかつ 7.えらいひとのはなし キック先生 8.人、人にパンチ(再演) 9.運べ 重い物を北へ 10.チョップが如く 11.キックで癒やす 12.人、人にパンチ
作・演出 土屋亮一地方の村にある旅館・順風館(どんな漢字を書くのかわからないので当てずっぽう)。3階建ての近代的な(エレベーターもあるし)旅館である。ただ、従業員は旦那(藤原幹雄)と敏腕若女将(内田慈)と親切な板前(横溝茂雄)と新米の仲居のめぐみ(篠塚茜)だけであった。その日は馴染み客の代議士先生(前畑陽平)が息子(吉田友則)の婚礼を前に泊まりにきていた。婚礼に大はしゃぎな代議士先生に反して、息子は意気消沈状態。実は息子は養子で、前の彼女とは無理に別れて(と言うか別れさせられて)いて、「再び会える事があったら連れて逃げる」と板前に愚痴るほど悔やんでいたのである。それを横で聞く女将・・・。一方、仲居のめぐみも大失恋の果てに、この旅館に流れ着いていた。そして板前に「再び会える事があったら連れて逃げる」と言い、ビールを持って代議士先生の部屋へ・・・。そこで待ち受けていたのは、息子とめぐみの運命的な再会であった。
若女将と板前は、代議士先生と旦那に気付かれないよう、二人を逃がそうと右往左往・・・。ウソがウソを呼び展開は悪い方へ悪い方へと転がって行く・・・。そこへ旦那の「女将にしてやる」という軽口を信じやってきた金髪の元キャバクラ嬢(出来恵美)までもが現れる。実は、彼女が代議士先生の本当の娘だということも発覚し、さらに事は複雑に絡まっていく・・・。【と言うのが前振り部分。これ以降はネタバレあり】
その複雑さに登場人物達も壊れていく。セリフや動きはそのままで、正常な立ち位置にいない・・・ドアから出るはずが壁に当たっていたり・・・でも物語は進行していく・・・。そして、話を成立させる為のミッションが始まる・・・。
まずは「面白かった」と素直な感想を。ただ今回の面白さは、ネタの部分の面白さ以上に、その前フリ部分である“混乱していくシチュエーション”がむちゃくちゃ面白いのである。ウソがウソを呼ぶ、そのウソの部分のくだらなさが最高。それでも成立させる力業、そしてそれが徐々に壊れていく面白さには完敗である。三谷幸喜顔負けのシチュエーションコメディーなのである。って言うか、ウェルメイドに走らない分壊し方が素晴らしい。それでこそ土屋亮一。ネタにこだわらなくても面白い芝居になるじゃんって思った程。そして、その面白さを持続しつつ、状況を成立させるミッションに繋げるあたりはさすがである。
具体的に書くと、誰もいない2階を見ながら、1階で2階にいる状況の芝居を観る。そのシンクロを楽しみながらも、状況とシーンがめちゃくちゃという状態を楽しむ。う〜ん、文章では表現し難い・・・。まぁ、そんな感じを想像しちゃってください。で、いつもの事だけど、視覚と聴覚が狂って自分の頭がショートする心地よさに翻弄され、物語の結末はどうなったんだ?って頭の中も大混乱。まるく収まったって事は混乱する頭でも理解できたけど、物語に対する感動とかは皆無。
だけど、大掛かりな舞台(2階建てにしないと意味ないからね)といい、今回もよくやった!!という芝居に仕上がったいた。さすがオンリーワンの劇団である。ただ、オチ部分がゲームに見えてしまうのが、ちょっと新鮮味に欠けるので、残念ながら衝撃は弱い。本当はロケットのミッションらしく、既存のゲームとは無関係らしい。そういえばオープニングでカウントダウンしていたわ。仕掛けの部分が面白すぎただけに、ラストで大爆発とならなかったのが残念でならない。って普通の劇団とは要求されるものが違うので大変だと思うが、それはシベリア少女鉄道が背負った宿命なのだと思い諦めて欲しい。次回作の期待度はもちろん大きい。
“シベリア少女鉄道”自分が観た公演ベスト
1.耳をすませば 2.二十四の瞳 3.ウォッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 4.笑ってもいい、と思う。2003。[ショートカット版] 5.デジャ・ヴュ 6.笑ってもいい、と思う。2003。[ノーカット完全版] 7.ここでキスして。 8.天までとどけ 9.栄冠は君に輝く 10.スラムダンク 11.遥か遠く 同じ空の下で 君に贈る声援 12.アパートの窓割ります 13.VR 14.笑顔の行方
作・演出 小手伸也3億年前「統合」。「パンゲア」の誕生。その後分裂・・・というテロップが流れる・・・
そして話は、大神みさき(真柄佳奈子)のカウンセラーシーンへと繋がっていく。みさきの解離性同一性傷害(多重人格症)をケアするために、精神科医の島森和実(古澤龍児)は、みさきの心の中の世界へと踏み込んで行く。そこは一面砂で覆われていた。島森は、自己を失いそうになりつつも、携帯電話の片瀬(声:石川カナエ)のメッセージで意識を戻していた・・・。心の中の世界でみさきの人格は、個々の肉体を有していた。ドイツ人(?)のアルフレット・ウェゲナー(小手伸也)、フランス人(?)のEVE(太田緑・ロランス)、性同一性障害の思兼(オモイカネ:吉田晋一)、悪を許さない手力雄(タヂカラオ:土屋雄)、酔っ払いのヱビス(杉浦理史)、性的欲求を持つ竜神(リュージン:町田カナ)、自由に飛び廻る鳶(トンビ:伊藤修子)、意思を持たない無い(ナイ:中谷千絵)、いじめられっ子の僕(ボク:宍倉靖二)、子供の心を持つ細女(ウズメ:冨樫舞)、乱暴者の山田(狩野和馬)、子供をあやすテディ(櫻井無樹)、自殺を繰り返す百襲(モモソ:秋山ひとみ)、父の鉄(テチス:三宅法仁)・・・みさきの中には18人もの人物(人格)が同居していた。そして何故かその世界には、元カウンセラーの北条(前田剛)の姿もあった。
破滅からみさきを救おうとする大きな海(パンタラッサ:菊岡理紗)の力を借りながら、多重人格を生んだ“心の闇”の解明に努める島森。徐々に“人格”の持つ意味を理解していく島森は、みさきが加害者の人格をも有している事に驚愕する。そして、実の父に犯され、金で売られていたという真実を捕まえる・・・。それと同時に島森自身もみさきの人格である事が判明する・・・。記憶の砂浜で少女みさきの真の心を探り、「分裂」した人格を「統合」しようとする、内面世界の葛藤を描いた物語。ちょっと難解な面もあるが、少女の悲しき人生を多重人格という面から捉えた秀作である。自分は人格が分裂したことはない。だからその切羽詰まった状況に共感するところまでは達しなかった。ただ、二重生活で気が狂いそうになり、精神が不安定になった過去はある(詳しく書けないけど・・・)。その追い込まれた状況を一歩越えた時に、一方の意識が消え、別の意識が生まれるのかもしれない。苦しんでいる自分を切り離し、苦しくない別人格を形成する。その「逃避」が多重人格を産むのだと思う。専門的な事はわからないが、そんな心の葛藤が伝わってくる。・・・そして、何故そんな状況になったのかが徐々に表面化され、少女の過去が浮き彫りにされる終盤では、恐ろしい程の「痛み」が襲ってくる・・・。どう表現したら良いのかわからないが、自らもカウンセリングを受けているような不思議な感覚に包まれる。そして、その「痛み」を乗り越えた時に「統合」が見えてくる・・・。
一方、多重人格の「統合」「分裂」と『パンゲア』に象徴される『地球』の「統合」と「分裂」がシンクロされていく。その意思は現実世界をも映し出している。人種・宗教など様々な要因により分裂する世界。分裂の末路がイラク戦争であったりするのではないか。分裂したまま未だに総合されない世界だが、いつの日にか“平和”の名の元、病んだ地球が「統合」するという願いが込められているとも感じた。勝手な思い込みかもしれないけど・・・。
若干上演時間が長いのが気になったが、視覚的にも美しく(敷き詰めた砂がgood!)、円形劇場のドアを心の扉として利用した演出も良い。そして、オープニングの映像も素晴らしい。すべてにおいて完成度は高い。
役者では“おおきな海”を演じた菊岡理紗が目を引いた。海の如く言葉に“波”を持たせる素晴らしさに驚愕した。それは単なる強弱だけではなく、大人から子供へと一つのセリフの中で変化を見せる・・・。マジ人間離れしておるわ。
“インナーチャイルド”自分が観た公演ベスト
1.青ゐ鳥(アヲヰトリ)MAN-WO-MAN 2.遙<ニライ> 3.PANGEA(再演) 4.数神-to the Land of Fractal 5.ホツマツタヱ 6.数神-from the Sea of Mathematics
作・演出 三浦大輔○AM2:00
ワンルームマンションの一室を、外から覗き見るような感覚で幕が開く。その部屋は万年床にゴミが散乱し、壁面はアイドルのポスター等で覆い尽くされていた。部屋の中ではオウジ(米村亮太朗)、ナンミン(名執健太郎)、エラオ(仁志園恭博)、ゲーリー(古澤裕介)、チンゲ(鷲尾英彰)の男5人と、ウシ(安藤玉恵)、スーパージャイコ(佐山和泉)、ヒメ(小倉ちひろ)の女3人が共同生活をしていた。しかし、その共同生活に目的は見えない。赴くままにSEXをし、その横ではTVゲームに没頭する。ゲロを吐き散らし、些細な事で殴り合う。馬鹿騒ぎをしても外には聞こえてこない。まるで一般社会から隔離された異空間・・・。近くを通る車の乾いた音だけが響き渡る・・・。
○AM9:30
暗転中に部屋の壁が払われ、部屋の中の様子が露になる。彼等は無言のまま機械的に起き上がり、パチンコに行く準備に取りかかる。そんな中でも性欲を抑えることのできない奴らは、無言のままSEXを続ける・・・。
○PM3:00
相変わらずダラダラと時間が過ぎる。座るという行為自体も面倒なのか、常に横になっている。まるで横になっているのが平常でもあるかのように・・・ただSEXだけは励み続ける。しかし、エラオだけは常にゲームに没頭している・・・。
○PM6:00
スーパージャイコが鍋を作り始める。それを見守る彼等。出来上がり食事の時間。万年床の一角が開けられ、土鍋が置かれる。ウシはしゃもじで土鍋から直接食べたり、まさに“食欲”の赴くままである・・・。TVではニート対策のニュースが流れている・・・。
○AM3:00
カラオケから帰ってきた彼等は相変わらずSEXを繰り返し、万年床で眠るだけであった・・・。ダメさは判っているのであろう。でも誰一人そこから抜け出そうとはしない。寝静まった後、ウシの泣き声がイビキ声に混じり、空しく響く・・・。劇場に入った途端、激しい音楽に包まれる。その爆音に支配された劇場に身を置くだけで心が踊ってしまうのは、ポツドールに対する“パブロフの犬”状態なのだろうか。そして開演。瞬時に音楽が止む。その爆音から静寂への転換時の、耳がキーンを鳴り響くような感覚の中での、オープニングの心地良さ。何と言っていいのか判らないが、格別なのである。こりゃ今回も傑作だろうと言う確信がよぎる。で、その予感通りに凄い作品であった。
今回は、岸田國士戯曲賞受賞後の第一作目にあたる。通路まで満席なのは岸田國士戯曲賞の影響も大きいだろう。しかし、その第一作目にセリフなし。当初の予定とは違ったらしいが、全編無言劇なのである。過去にも『ANIMAL』という無言劇に近い作品はあったが、今回は完璧な無言。岸田賞の受賞で注目を集める中でのこの決断は「喧嘩売ってんのか?」と思われても仕方がない。でも、そんな事はなく、受賞には大層喜んでいるらしい。でも、セリフなし、全編ほぼ全裸(全裸は男だけで、女性は下着)でSEXしっぱなしって作品は、喧嘩を売っているとしか思えない。そのおかげで不評の山らしいが、自分としては傑作だと思う。まず無言劇にしたところで成功である。セリフが入ってしまえば、羞恥心が影を覗かせるかもしれないし、状況を説明してしまうかもしれない。誰にも感情移入できない状況こそが、作品の無機質感を生み、本能だけで生きる人間の脆さや弱さを浮き上がらせる。そして、その無言があるからこそ、所々で聞こえる生活音(テレビから流れる音や、たどたどしいマナ板の音)やヒメが弾く電子ピアノの音色、SEXでの喘ぎ声が効果を生む。三浦大輔は、その“音”だけで登場人物の距離感覚を見事に表現する。そして、ラストでの泣き声で“夢の城”に対する様々な感情を交錯させる。まぁその“泣き声”にしても理由は語られない。あくまでも観客の想像の中で完結せざるを得ない。その後味の悪さも“コミニュケーションの果て”を感じ大好きである。
聞いた話しによると、8人の中で恋愛関係を持つ者は誰もいないらしい。そんな最低人間の群像を描くことによって現代の側面を描く。私などから見れば、現実離れした異空間である。しかし、彼等にとっては、その場所こそがリアルな空間なのである。どうやって集まったか、彼等の関係性は一切語られない。ちなみにあのワンルームマンションの家主はすすり泣いてしまうウシである。しかし、ただ単に彼等の行動(主にSEXなんだけど)を見せるだけの芝居ではない。それを異常として見てしまう者への警笛も鳴らしているのではないかと考えてしまう。まともだと思っている生活は果たして本当に「真っ当」なのか?と疑問を投げかけられているようでもある・・・。
それにしてもポツドールの芝居は刺激的である。と言っても、ただ単に過剰表現しているから「刺激的」なのではない。根底に流れる人間関係に「痛み」が伴っているからそう感じるのである。本当に素晴らしい。それを表現できる唯一の劇団かもしれない。しかし、一つの場所に留まらないのもポツドールだと思う。次回は一体どんな芝居を見せてくれるのか、興味は尽きない。
“ポツドール”自分が観た公演ベスト
1.騎士(ないと)クラブ〈再演〉 2.激情 3.愛の渦 4.騎士(ないと)クラブ〈初演〉 5.男の夢 6.夢の城 7.ANIMAL 8.メイク・ラブ〜それぞれの愛のカタチ〜 9.身体検査〜恥ずかしいけど知ってほしい〜 10.熱帯ビデオ
作・演出 笹木彰人地球の宇宙飛行士(加治木均)の頭にストロー(ゴムホース)を刺し、脳みその情報を吸い取る宇宙人達(スリム:菜葉菜、タンク:有川マコト、スキン:笹木彰人、カクタ:入山宏一、ツムラ:しいたけを)。彼等は、地球の情報を自国に生かそうとしているらしい。そして、いろいろな情報の中でも「音楽」と「新撰組」には過剰に興味を持ったようだ。早速彼等は自国の政府を守る自警団を勝手に結成し、歌いながら街を徘徊する。しかし、運命の歯車は本物の新撰組の歴史をなぞるように悲劇へと転がっていく。それを危惧する宇宙飛行士であったが・・・。
う〜ん、つまらん。あまりのつまらなさに、何度も意識が遠のいた。脚本のダメさも然ることながら、歌の口パクは芝居のライブ感を損なって楽しめない。加えて、舞台右上のスクリーンに役者が映し出されるのだが、カメラマンの下手さが勘に触る。セリフを言ってない役者のアップが映し出されたりする段取りの悪さに、吐き気を催す。『リア絶対王様』の面白さがいつまでも尾を引いているのだが、それ以降のつまらなさはなんなんだ!!(怒り心頭)『リア絶対王様』が偶々面白かっただけで、絶対王様に期待を持ってはいけないのかもしれない。一番初めに観た『ゴージャスな雰囲気』の最低さが本性なのかもしれないって、やっと気づく。遅すぎ。
役者として、有川マコトが好きだし、“鹿殺し”から山本聡司、渡辺プレラ、オレノグラフィティ、JIRO.J.WOLFが客演するので観に行ったのだが、正直言って時間の無駄だった・・・。悔しい。他の観劇予定を外してまで行ったので余計に悔しい・・・。まぁこれに懲りて当分絶対王様は観ないと思う。
“絶対王様”自分が観た公演ベスト
1.リア絶対王様〜あんたの子供に生まれた人間の身になれよ〜 2.無色喜劇 3.宇宙人の新撰組(ミュージカル風) 4.ゴージャスな雰囲気 5.やわらかい脚立〜あなた、存在する意味がありませんよ〜
作・演出 岡田利規今から遡る事3年前、アメリカがイラクへの空爆を開始する直前の2003年3月15日に、六本木のSuper Deluxeで開催されたポストメインストリーム・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(PPAF)の中の一公演として、カナダのモントリオールから来日したPMEの「Unrehearsed Beauty」というパフォーマンスがあったらしい。その公演を観た時、岡田利規の脳裏に『三月の5日間』の発想が浮かんだ、とチラシに書かれてあった。そのSuper Deluxeでの再演というのは、なかなかおいしい企画ではないだろうか。ちなみにこの作品は、第49回の岸田國士賞の受賞作である。
開場は開演の1時間前。スクリーンには9月11日のツインタワー崩落後、黒煙が延々と出ている映像が流れている。その映像を目の端に置きつつ、ビールを飲むもよし、何気ない会話を楽しむもよし。その時間が、芝居を観るという気負いを消し去る。とまで言ってしまうと誤解を招きそうだが、ちょっと芝居とは違う空気が会場を覆う。徐々にスクリーンの映像は夜を迎える。漆黒の闇。開演の時間である・・・。
簡単に内容を言ってしまえば、イラク戦争が勃発した日に知り合ったカップルが、そのままホテルにしけ込み、三月の5日間をホテルで過ごした話である。って、これだけじゃ身も蓋もないか・・・。物語は、2003年3月の5日間の4日目の朝、ミノベ(瀧川英次)とアズマ(下西啓正)が再会した時の会話から始まる。おっとその前に、今回の再演であるが、ただ単に昔の作品をそのまま上演するのではなく、ちゃんと現在から3年前を見つめて物語が始まる。その会話の中で、二人は六本木にライブを聴きに来たことや、ミノベがライブで出会ったユッキィ(山崎ルキノ)と渋谷のラブホテルで5日間を過ごしたことが語られていく。そして、ライブに行くきっかけとなったミフィ(松村翔子)のことや、3日目で見た渋谷のデモの様子。そこに参加しているヤスイとイシハラ(東宮南北と村上聡一)の会話。スズキ(山縣太一)が語る二人が4泊5日にした理由など。彼等を取り巻く人達の会話から、5日間の動きが語られて行く・・・。
一部で“リアルな会話劇”と評価せれているが、ちょっと疑問が残る。その関係性に“今”を感じることはできても、自分を第三者の目から語ったりとか、状況の説明(「公園通りのディズニーストアあるじゃないですか」とかとか)をするなど、会話には作為が見えるので、自分には“リアル”は見えない。ただ「エーとぉ」とか「なんかぁ絶対あるじゃないですかそのー」とか、極めてゆるい無駄の多いセリフ、話ベタな不器用な人物に“日常”は感じる。それに共感するかは別として。ただ、それを“リアル”と言い切れない自分がいるのである。日常性を感じるならそれが“リアル”だろう、と指摘されるかもしれない。それは重々承知である。それでもチェルフィッチュが描く“日常”は、“≠リアル”と感じてしまう。ただそれが、作品の良し悪しの判断基準にはなっていないので、誤解なきように。
余談だが、あの超長い台詞はアドリブ一切なしだとか。すごいなあ。作品全体に流れるのは“無関心”さ。その無関心さを通じて日本人の“戦争感”が浮かび上がる。「5日間で戦争が終わるんじゃないかなっ」というセリフに戦争への反対論が見え隠れする。そして、その時“5日間で終わる”と思ったイラク戦争は、泥沼化し未だに続いている・・・。そんな状況だからこそ、再演する価値があったのかもしれない。自衛隊が派遣されているにも関わらず身近なものと感じられない“対岸の火事”的戦争を、遠く離れた渋谷の地から描いている。戦争に対する反対論みたいな物をストレートには唱えていない。しかし、そんな表現をせずとも伝わってくるところに凄さを感じる。それは、彼等の虚しい行動が兵士の姿とダブるからだろうか・・・。
チェルフィッチュの芝居に関しては、ちょっと不思議なものが残っている。それは、初めから面白さを感じた訳ではないという事。前作『目的地』を初めて観て、途中で意識をなくし(眠ったのはほんの数分だったけど・・・)、TV放送で見直した時に面白さを感じ、今回『三月の5日間』を観てむちゃくちゃ面白かったという不思議な現象を感じている。『目的地』を劇場で観た時に、その動き、ダラダラと続く会話、観客に向かって話しかける、というか独り言に近い演出方法に「何だろこの芝居?」という疑問が大きかった。今回観た時に、その無意味とも思える動きこそが“感情表現”なのではないかと感じた。言葉と無関係の動きが心情をみごとに表現しているのである。言葉で同調しても動きでは同調していない。言葉での相槌に反する動き、語る言葉は同じでも動きが違う。それは感情の違いであり、まったく同じものはない。その動きにより“個”を表現しているのではないだろうか。それこそが人間なのではないかと感じた。そんな意味をもって振り付けしているのかは知らないが、そう見た時にアンバランスと思えた動きと会話が、とても調和しており、その安定していないバランスの良さを感じた、と同時に面白さを感じたのである。安定してない=バランスの良さ、という矛盾な書き方をしているが、それを見事に表現しているのが、素晴らしいところであろう。個人的には、ミフィの挙動不審な会話と動きが非常に面白かった。話の途中で退場するのも断片的で面白い。
ただこの演出方法が未来永劫に続くとは思えない。岡田氏本人もそう思っているのではないだろうか(聞いた訳じゃないので、勝手な推測)。今回のように物語と演出が見事なハーモニーを奏でる時は良いと思うが、物語が面白くなかった時、あの演出方法は癇に障るかもしれない。二作品を観た限りではまだ大丈夫だけど、そんな危険性を孕んでいると感じてしまった。
“チェルフィッチュ”自分が観た公演ベスト
1.三月の5日間(再演) 2.目的地
作・演出 前川知大申し訳ありません。まだ書けていません。
作・演出 赤掘雅秋舞台は、豊町にある「パチンコ太陽」の2階の休憩所兼事務所。週末の草野球の試合に備えミーティングを行うために、監督の平井二郎(原金太郎)や古川浩司(いけだしん)らが、集合していた。真夏なのに、2階は電気系統の故障でクーラーが使えず蒸し風呂状態であった。店主である在日朝鮮人三世の金子春男(大堀こういち)は外出したきり帰って来ない。そんな中、佐々木孝一(野中隆光)がアルバイトの面接にやってくる。その男を見た途端、弟の金子哲也(日比大介)は台所にあった包丁を男に突きつけるのであった・・・。
という場面から舞台は始まる。佐々木の彼女である金子の妹は「タバコを買ってきて」のメールで呼び出された事で事故にあい、左半身不随になってしまっていた・・・。事故以来佐々木が会いに来たことは一度もなかった。・・・隣の部屋からは、彼女の弾くたどたどしいピアノの音が聞こえてくる。
その頃世間では、自民党のホームページに書き込まれた北朝鮮からの宣戦布告文で、大騒ぎになっていた。それを書き込んだのは、草野球仲間のイ・スチョン(星耕介)であるらしい・・・。イ・スチョンを捜しに警官(赤堀雅秋)が周囲をうろつく・・・。日本と北朝鮮の戦争を見据えた芝居である。ただ、戦争そのものを題材としたというよりも、日本と北朝鮮の間に流れる人種差別的な感情を、戦争という具体的な境界線を引き見せていたと思う。メインストーリーは、佐々木と金子の妹との恋物語であるが、それに隠れた裏側の感情が本作品のテーマだと感じている。それらの感情は、戦争が勃発した時に在日朝鮮人が示すであろう行動を描く事により、現在の日本人が在日朝鮮人に抱いている感情を鋭く表現する。ちょっと現実味があるだけに恐ろしい。要所要所で戦争好きなアメリカ人批判も忘れていない。また、無関心な日本人の戦争感も描かれている。・・・芝居の中で戦争はまだ起こっていないが、戦争の愚かさを描いた秀作である。妹の事故の原因は語っていない(語っているのに、記憶が飛んでたら御免なさい)。交通事故だとは思うが、差別的な暴行があったとしたら、さらに根が深くなると思うのだが、どうだろう。
ただ、じんわりと描く人間関係に、中盤あたりで眠気が襲ってきてしまう。その部分さえクリアできれば、あとは面白いんだけど、「起承転結」の“承”の部分の平坦さが残念でならない。あと、外の世界がもう少しはっきりと見えると、もっと面白かったと思う。ヘリコプターの通過が頻繁になっていくとか。急速に変化していく外の世界があって、その中で時間が止まったような濃密な緊張感、澱んだ空気が一向に浄化されないような息苦しさが欲しかった。
“THE SHAMPOO HAT”自分が観た公演ベスト
1.肉屋の息子 2.ゴスペルトレイン 3.恋の片道切符 4.事件 5.月が笑う ※THE SHAMPOO HAT presents“エスラボ”は除いてます。
諸事情により削除致しました。