99年2月はこの9公演

 


猫ニャー「フォーエバービリーブ」

下北沢駅前劇場 1/29〜2/2
1/30(土)ソワレと2/2(火)観劇。座席 自由(3列目中央あたり)

作・演出 ブルースカイ

 何はともあれ、チラシに書かれたストーリーが一番マトを得ているので、無許可のまま引用しちゃいます。
「悪魔が地球にやってきた…… 地球上のすべての甲殻類(エビ・カニ・ヤドカリなど)を滅亡させ、地球(但し渚のみ)を魔族のモノにするために……エビたちが危ない! だけど人間たちは安全!! カニは不安だ! もちろん人類は安心!!」
 こんな内容の物語。公演案内の手紙には「あまりの安全さに逆にどうしていいのかわからない、もう何か人類史上始まって以来の安全に直面して、とまどうしかない人類の姿を描けたらと思ってます。」などと書かれていたけど、そんな感じの物語。

 今回はストーリーらしきものが確かにあり、とんでもない終わり方を期待していた人には「あれ、違うぞ」などと、妙な違和感を抱かれたかもしれない。私も「物語を壊しつつも今回はそれなりにまとまっていたな」などと思ってしまい、あやうく“ストーリーらしきもの”に騙されるところであった。そもそも悪魔がやってきたという状況を問題視せず、新聞ですら扱っていないという点から不条理である。人類史上始まって以来の安全を描いているからと言っても、そこまで無視しちゃ悪魔がかわいそうだ。それどころか、国家レベルの会議をしているであろう人間はロクデモナイ奴らだし、真剣に追っている唯一の人間が雑誌『小学2年生』の編集部の一人だ、というむちゃくちゃな設定。その小学2年生の編集部にせよ物語にはこれと言って関係していない。誰一人として真剣に悪魔襲来を考えていないわけである。時間の流れもムチャクチャだし、地理もムチャクチャ。手を引いてもらったからってカルカッタまで歩いて行けるかっ、て突っ込みもないまま話は突き進む。最後の場面では槙原敬之の音楽を効果的に使ったかと思うと、その音楽で遊んでしまう。ゲラゲラ笑える芝居ではなかったが、なんかこそばゆいニタニタ感に包まれる。そして、観劇後の帰り道で、思い出し笑いが込み上げニタニタしてしまうのは、やはり猫ニャーならでは。

 裏切りという事で、強いて言ってしまえば、裏切ってくれるに違いないという期待を逆手にとったストーリー展開が、確信犯的な裏切りなのかもしれない。深読みかもしれないけど。知人が「猫ニャーとは、なんて事を論じる事自体がナンセンスなのかもしれない。」と言っていたが、うなずける。この劇団、まだまだ何やらかすかわからず、目が離せない。


“猫ニャー”自分が観た公演ベスト
1.山脈(猫100℃ー)
2.鳥の大きさ
3.長そでを着てはこぶ
4.MY LITTLE MOLERS〜もぐらたたきの大きさ
5.フォーエバービリーブ
6.不可能美
7.ポセイドンのララバイ
 

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故林プロデュース
「コントサンプル/2-99,aG:」

六本木キャラメル 2/5〜2/7
2/5(金)観劇。座席 自由

作・演出 故林広志

 故林広志が定期的に行っている60分のショートスケッチ集。勝手に題名(と言えるほどではないが)を付けて列挙すると、病院のたいへんさをいろいろな物に例え訴える医者→存在感のない奥山先輩→遠慮の会→逆境で強くなる男→とある取り調べ室→一週間休んでいた生徒をはめる話→くのいちになりたい息子と父の会話→ちょっとしたアドバイスをするクレバーマン→なかよしプロレス→湯呑みを持って生活する家族、といった感じ。

 自分的には、最後の『湯呑みを持って生活する家族』はちょっと笑えず、眠気との戦いだったが、あとは全ておもしろかった。中でもおもしろかったのが“クレバーマン”。ちょっとしたアドバイスはするがそれ以上の人助けはしない。その姿勢がおかしい。このキャラクターは今後も生かして、シリーズ化して欲しいもんだ。あとは、『存在感のない奥山先輩』も好きな作品。観劇後、打ち上げに参加したのだが、その席で奥山先輩を演じた役者(名前を忘れてしまいました。ごめんなさい)が店員を呼ぶ機会があった。その時の皆の緊張感は大いに笑えた。ただ、ちゃんと存在感があったのが残念でならなかったけど。って、これじゃあ観劇の感想ではないやね。でもまぁ勘弁して欲しい。

 強いて問題点を挙げるなら、インパクトの弱さかな。もう少し強烈な何かが欲しいとは思った。ただ、何かはわからなかったので、次回の課題。 


“故林プロデュース”自分が観た公演ベスト
1.当時はポピュラー「奥本清美さん(23才、OL)」
2.コントサンプル「2-99,aG:」
 

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ウッドチップス「マンガ君」

ザ・スズナリ 2/2〜2/7
2/6(土)マチネ観劇。座席 自由(3列目中央)

作・演出 宮本勝行

 公園の砂場で佇む山ノ口(山口雅義)。次の日は職場の同僚の結婚式である。その二次会の余興で一番の出し物をした者には社長から50万の賞金が出る、という企画が持ち上がる。その為に頭を悩ませているのか、ただボーとしているのか。その公園には山ノ口だけでなく、練習をしに次々と会社の人間がやってくる。メグとライアンなどと呼びあう北ノ沢(北沢紗菜)と青木(青木豪)は、ロミオとジュリエットをやろうとしているし(悲劇なのに)、元の彼氏である蒲ノ田(蒲田哲)が関わるバンドとかは半分キレかかってるし。そんな奇妙な人間達のほんの数時間を描いた物語。

 当初の予定では、映像と芝居をドッキングさせた公演のはずだったが、企画倒れなのか、映像を担当するCMディレクターの山崎敬司が作れなかったのか、喧嘩別れしたのか、芝居だけの公演となってしまっていた。話もサラリーマンがストリートミュージシャンとしてデビューする話だったのが、近くの公園で二次会の出し物の稽古を行なっている話に変わっていた。“ごあいさつ”を引用させてもらうと、『今回の「マンガ君」、読んで字のごとく、マンガみたいな奴も世の中には存在するという話』との事。その通りの内容。でも私は、この単純明快な物語に妙な可笑しさを感じ、引き込まれてしまった。物語の内容は大した事ないが、登場する“マンガみたいな奴ら”がいい。特に稽古にちゃちゃを入れる近所の中学生、一休(新井さとし)と三休(山岸辰也)のコンビが最高におかしい。その存在感ときたら、この芝居の全てを食ってしまったんじゃないかと思うほど。ほんと素晴しいキャラだったと絶賛したい。まっ、実際こんな奴らがいたら、ボコボコに殴りたくなるとは思うんだけど。まぁ、そんな所も含めて最高であった。

 このWood Chipsというユニットはこの公演が最初で最後との事。宮本勝行と山崎敬司のプロデュースユニット名がWood Chipsであった事から考えると、喧嘩別れという推測もまんざらはずれではないかもしれない。まぁそんな詮索はどうでもいい事だけど。

 【2000.11追記】
 山崎敬司氏の関係者からメールを頂いたところによると、映画版「マンガくん」は、きっちりと完成していたそうです。山崎敬司監督は、先に制作していた自身の第一回監督作品「クリスマスにプレゼントを選ぶこともなく」の編集と仕上げのすべてを犠牲にして、公演スケジュールに間に合うよう映画を完成させたそうです。そうなるとますます“何故企画倒れになったのか?”という疑問が沸いてきますが、今更なので追求はしません。その後、映画版「マンガくん」の上映会を東京、大阪と計3回実施し、好評を得たとも書かれていました。
 できる事なら、映画版「マンガくん」を観てみたいところだけど機会はなさそうなので、とりあえず山崎敬司第一回監督作品「クリスマスにプレゼントを選ぶこともなく」でも観てみるべぇ〜と思う今日の私。

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少年社中
「GHOST JACK」

大隈講堂裏劇研アトリエ 1/30〜2/7
2/6(土)ソワレ観劇。座席 自由(3列目中央)

作・演出 毛利亘宏

 映像作家を目指すひとりのカメラマン(木村慎一)が主人公。あるとき、幼馴染みの役者(井俣大良)に自分のドキュメンタリーを撮ってくれと依頼される。カメラマンは、代わりばえのないその男の日常を撮りはじめた・・・。

 記憶が飛んでしまってストーリーがよく思い出せない。脳細胞がアルツハイマーに犯されているとも言えるが、自分以外のものは、自分の想像上のものであって、妄想が現実になると信じているのは、カメラマンの方だったのか、役者の方だったのか、・・・それすら思い出せない。よくわからないストーリー展開ではあったが、記憶に留めておくほどの物語ではなかったのだろうか、これほど記憶に残らない芝居も珍しい。ラストは、殺人者の記憶を消し、自分を演じさせ、事件の解決をはかるのだとかそんな感じのラストだったような気がするが、衝撃的などんでん返しとも思えない。映像、照明など、ビジュアル面は目を見張るものがあったが、脚本と役者がだんだん悪くなっている。第一回公演で感じた衝撃が嘘のようだ。井俣大良もかつての輝きを失いつつあるような気がしてならない。
 しかし、まだまだ可能性を秘めた劇団だと思うので、当分は見続けてみようと思う。


“少年社中”自分が観た公演ベスト
1.アルケミスト
2.ゴーストジャック
3.ライフ・イズ・ハード

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いるかHotel「破稿 銀河鉄道の夜」

下北沢駅前劇場 2/9〜2/11
2/11(木)観劇。座席 自由(5列目中央)

作 水野陽子
演出 谷省吾

 舞台は、放課後の演劇部の部室。季節は秋。進路、恋、友情、そして阪神大震災など、抱えきれないほどの悩みをもって高校三年生という岐路にたった演劇部の少女3人の物語。話の中心となるのは、過去を引きずって前に進めないカナエ(三谷恭子)と震災で死んでしまったトウコ(松本佐知)の友情の物語。震災で演じる事が出来なかった『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカンパネルラの思いと現実がオーバーラップしていく。

 96年に谷省吾の原案を神戸高校の演劇部が脚本化し、高校演劇のコンクール作品として初演されたものを、小劇場用に作り直し、キャストを一新しての再演。(98年1月に神戸で上演されているので2回目の再演)

 スレてしまった心に、清涼感を与えてくれたいい作品であった。成長する過程で、決して忘れてはいけない事だが、置いていかなければならないものがある、その苦しさが観ている者の心を揺さぶる。悲劇的要素の強い作品だが、悲劇を超えて希望の光が見える物語に好感が持てた。
 ただ、阪神大震災で本当に起きてしまった実話が元となっているという事や、それを高校演劇で見せたという事が頭の片隅にあり(それだけでも心を打たれてしまっている)、芝居自体に感動したのかどうか、自分の心に少々疑問を持っている。震災モノの演劇としては最高峰だと思うが、震災という事実がなかったらこの物語はどうなのだろうかと、ついついひねくれた見方をしてしまう。こんな所がスレてしまった由縁かもしれない。素直に感動する心を持つ事も、時には必要なのだろう。
 こんな私だが、死んでしまった親友と別れる為に『銀河鉄道の夜』の台本を破り捨てるシーンには、もろもろの考えなどすっ飛び、素直に感動し目頭が熱くなった。

 最後になるが、出演している3人の女優が良かった事も書いておきたい。高校演劇の時に谷省吾の教え子だったらしい宇仁菅綾、売込隊ビームの三谷恭子、そして、宝塚北高校演劇科2年生の松本佐知 。現役の高校生である。まぁ現役だからどうとか言うのはおやじ的感覚なので聞き流してもらうとして、この3人が素晴しく良かった。汚れ多き大人にもピュアな心が届いたのは、この3人のおかげである、と断言してもいい。

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うべんの会「オーブン」

OFF・OFFシアター 2/12〜2/14
2/12(金)観劇。座席 自由(3列目ほぼ中央)

作・演出・出演 うべん/工藤まき/藤野明子

 祖母が亡くなったので久々に集まったいとこ3人。祖母は「オーブンで何か作ってほしい」という遺言を残していた。その言葉に従って、四十九日に形見のオーブンで何かを作ろうとする3人だったが・・・。

 大阪のカラビンカという40人も入れば満員となってしまうような小さな小屋を拠点に公演を打っている“うべんの会”の初めての東京公演。
 オーブンの持ち主が宇宙から来た熊だったり、熊を捜しに北海道に渡るのに海底を歩いて行ったりと、ちょっとおとぎばなし的な絵本を読んだような、そんな感じの芝居であった。みんな芝居は下手だけど、楽しんでやってるからいいかぁ、と大目にみてしまうような、そんな感じ。たまには、こんな芝居があってもいいかな。
 劇中でウクレレの生演奏を披露するのだが、その演奏が妙に心地よい。うまいと誉められたものじゃないが、楽しんでいるのが伝わってくる演奏であった。後で聞いた話だが、楽器はみんな自前だそうだ。で、ウクレレも良かったが、うべんが弾くノコギリも味わいがあってなかなかのものであった。うべんの遊気舎とは違った一面を見る。
 注文を付けるとすれば、アドリブで雑談する場面が一番生き生きとして見えたので、台詞も標準語など使わずに、普段使い慣れている関西弁でやって、もっとリラックスして欲しかった。そうすれば、もっと舞台の空気が和らいでおもしろいものが出来たのではないかと思う。

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「SINO=TOGE・1999」

新国立劇場 小劇場 2/11〜2/16
2/13(土)観劇。座席 C2-2

演出 中島陽典

 島尾敏雄の自伝的私小説『死の棘』の舞台化。10年もの間浮気を続けていたトシオ(飴屋法水)と、そのためノイローゼに陥った妻のミホ(美加理)、そしてトシオの愛人Erika(馬渕英里何)の関係をめぐって繰り広げられる、心の葛藤を描いた作品。舞台は修羅場の3日間が過ぎたところから始まる・・・。

 あの“劇王”飴屋法水が10年ぶりに舞台に立つ。本人談によると、誰もやれという人がいなかったから舞台に立たなかっただけで、自分からやらなかったわけではない、らしい。飴屋法水が主宰したMMMの公演『SKIN』は、自分にとって生涯ベスト1の公演であり、あの衝撃を超える作品は2度と登場しないだろうと思っている。その飴屋法水が久々に舞台に立つのだから、期待しない方がおかしい。そして相方は、これ又期待大の美加理。クナウカでの感情表現は毎回鳥肌ものだが、今回の凄さは今まで見た中で一番である。美しく壊れて行く様に、今年のベストワンの女優は早々に決まり、と言っても過言でない。美術にロマンチカの林巻子というのも凄い。中島陽典の演出を観るのは、田口トモロヲとユニットを組んだ“CroMagnon”以来である。このユニットの公演『ZOO』は芝居にリアルさを感じた初めての公演であり、自分の中では伝説になっている芝居の一つである。『ZOO』では部屋一面に落ち葉が敷かれ、そこに座ろうが寝転がろうが、話をしようが、酒を呑もうが自由という演出がとられた。そんな自由な場所で演じられる別世界は、田口トモロヲの狂気と重なりあい、強烈すぎるインパクトを私に与えた。
 これだけのキャストが揃うと傑作か愚作か、極端に別れるところだが、今回は吉と出た。見る人の状況やら、生きてきた有様とかで全然評価が違うようだが、自分にはとんでもなく傑作であり、今年度の上位に入るのは間違いなし。精神的なダメージを受けてしまい、観ながらぼろぼろ泣いてしまった次第である。同じような経験をしたからこそわかるというのはある。だから、こんな芝居が一般受けするわけないし、こんなものに感動したなんて言われた日にゃ日本の未来は真っ暗闇だ。しかし、ロクデナシの私には美加理のセリフがグサグサと胸に刺さり、現実に刺されるよりも傷は深く、観劇後数日間はボロボロの精神状態に陥った。

 「ナニモノモ、サシハサマズニ、アイサレタイトオモッタノハ、ウヌボレデアッタカ、モトメテアタエラレヌカナシミ…」
  これは、ミホのセリフである。徐々に尋常を逸し狂っていくミホの気持ちが、その一語一語に痛いほど詰め込まれていて涙が止まらなかった。その感情が伝わってきたのは、美加理だからこそである。トシオに対する怒りや悲しみを、手を力いっぱい握り締めるという細かな点でも感情表現していたが、それが伝わって来るところに、美加理の素晴らしさを感じる。

 演出面で、長すぎる沈黙は不必要と言う意見もあったが、私の考えは別である。現実ではもっと気が狂いそうな長い沈黙があるわけで、沈黙に嫌気がさすくらいの時間を持たせた演出には拍手を送りたい。ただ、全てを絶賛できるわけではなく、開場と開演が同時という事や、後を振り返らないと観れないという演出には疑問が残った。

 物語に関係するわけではなく、祈祷師が登場する。この祈祷師は、終始出来事を静観しているのだが、私には、祈祷師の姿を借りた死神という印象が強く残った。きっと薄ら笑いを浮かべ、死人が出るのを待っているのであろう。しかし、死人は出ず、祈祷師は舞台に上がる事もなく退場する。ただ、死神が去ったからと言って安息の日々が訪れたわけではない。十字架に刺さった鋏を妻のミホが持って旅立つ姿に、この物語の終着点は結局“死”であり、死ぬまで繰り返される地獄なのだろうと恐怖と共に悲しみを新たにした。
 できることなら、もう一度観たい芝居である。

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Et in terra pax「evil」

パークタワーホール 2/26〜2/28
2/27(土)マチネ観劇。座席 自由

演出 杉本圭司
パフォーマンス 有村肯也

 開場後観客は、15メートル四方の真っ赤な部屋に案内される。チラシには赤い皮膜の暗室と書かれていたが、その中に封印され作品は進行する。どこから取ってきたのか、異形顔(らしいが自分からは見えず)の小動物の死骸の山。中央には壊れたピアノが横たわる。そこは主人公の内面世界なのか、その中で苦悩し、ピアノをナイフで切り刻む行為に没頭する。精神科医とのやりとりの言葉がテキストとして映像化される。サウンド、美術、映像、ライティングで構成した空間の中で、無言のパフォーマンスが繰り広げられ、意識と感性がヴィジュアル化される。

 舞台では死の恐怖から逃れる為に殺戮を続ける一人の女性の内面が描かれる。神戸小学生連続殺傷事件の犯人が14歳だと判明した瞬間の印象をモチーフとし、生(live)を逆進行形に引きずり回そうとする力としての悪(evil)を問題視したみたいな事が、どこかに記載されていた。

 うーん、どう感想を述べていいやら。おもしろく観れたが、この芝居(と言っていいかも疑問)から何を感じ取るべきなのかわからなかった。いや、べきなどと書くと自由に感じる事を否定しているみたいで語弊があるが、何も感じ得なかったのである。いやそれも違うか・・・この芝居のラストを否定したいが為に受け入れなかったのかもしれない。ラストでは自分の力で部屋の壁(膜)を切り裂き、外に出、外から壁を閉じ、切り裂いたナイフを投げ捨てる。そんな感じで終わる。これは、精神的に立ち直ったという事を表現したのだろうか。そんな簡単に更正できてしまう精神状態だったのか。どうも納得ができない。そんな程度の混沌で精神崩壊まで至るのか。私とすれば爆発的な衝撃で終わり、狂ってしまったのか、正常な精神状態に戻ったのかは、観ている人に任すくらいの方が、後味が悪く、おもしろかったんだけど。

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スライムピープルプロデュース
ゴミ公演「恐怖!スライムピープル襲来」

下北沢駅前劇場 2/23〜2/28
2/27(土)ソワレ観劇。座席 自由(6列目中央)

作・演出 後藤ひろひと&倉森勝利《スライムピープル》

 カッター1本で次々と学校を支配していく謎の高校生・梅垣朝丸(山内圭哉)。その勢力は警察の力を持ってしても抑える事ができなかった。最後の手段として警察は一人の男を少年院から連れ出す。その男こそ伝説の番長・夜叉車蹂躪の弟、夜叉車全次郎(小松和重)であった。という話を本筋に置き、そこに蹂躪のライバルであった火達磨媒染の弟・火達磨源蔵(久ヶ沢徹)なども登場させ展開していくのだが、最後はスライムピープルが襲来し、人々が混乱するという話になってしまう、むちゃくちゃな物語。

 Piperの後藤ひろひととサモ・アリナンズの倉森勝利による、最初で最後のプロデュース公演。二人の出し合った原案を元に倉森が脚本の第一稿を書き上げ、それを後藤が中心となって改訂し仕上げる。その脚本を使って、東京と大阪の役者が別々に稽古を行い、本番一週間前に初めてお互いの芝居を合わせるという、とっても無謀な企画。出演者は他にPiperの川下大洋、遊気舎の楠見薫、転球劇場の福田転球、花組芝居の佐藤誓など。

 まず初めにやった大阪公演では、クソミソの評判。しかし、その悪評を一転したのが東京公演。私なんか、くだらなさの極致(褒めてます)に大笑いしっぱなし。拍手喝采である。このプロデュースが本当に最初で最後なら、もはや伝説の公演と言っても過言ではない、とまで言ってしまうと嘘っぽいが、それほどまでに素晴しいゴミ公演であった(しつこい様だけど褒めてます)。これほどまでに面白い作品が、何故大阪ではうけなかったのか?練習不足で噛み合わなかったのもあるかもしれないが、それだけではない大阪と東京の笑いの違いを痛感せずにはいられない。いや、地域差以上に、サモアリのスカスカな笑いや変な間を、おもしろいと感じるか不愉快と感じるかが大きな問題かもしれない。遊気舎のようなベタで狙った笑いは、誰にでもそのおかしさが伝わると思うが、サモアリの良さでもあるあのスカスカの笑いは異質であり、万人に受け入れられとは決して思えない。私も初めて観た時には、不真面目さを感じたものだが、それがサモアリのカラーでもあったわけだ。そんな点を知っている東京の観客には、そのスカスカに後藤ひろひとのくだらなさが加わり、おかしさが何倍にも加速されたに違いない。もちろん、私もその一人である。この二人が組んでどうなるかと思っていたが、これほどおもしろいものができるとは驚きである。ホント一度キリとはもったいないプロデュース公演である。

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