■本の評価は、☆☆☆☆☆満点
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11月30日(日) おとなの工作読本
・昨日は、仕事納め。夜、直会(なおらい)に参加。サイ君に、「なおらい」って何?聞かれて、辞書で調べる。打上げのことと漠然と思っていたのだが、神事の後に供物を降ろして皆で食べることらしい。こんな言葉使っているのは、うちの職場だけか。ビールを呑む人の顔も、心なしか安らかなような。勢いで、将棋盤のある居酒屋で、将棋を指して、酔っ払った職場名人に4勝1敗で、機嫌良く帰る。
・末永昭二さんから、同氏が編集に当たられている『大人の工作読本』2004No5(誠文堂新光社/1,500円+税)を拝受する。ありがとうございます。特集は、「アナログ音楽世代に贈る自作楽器」。「工作」は小さい頃から、全然ダメな人間なのだが、日本の電子楽器黎明期から深くこの分野にかかわっている「泉たかし」インタヴュー、「明和電機」インタヴューなど、楽しく読める。湯浅篤志のエッセイ「1920〜30年代の電子楽器」は、テルミンやオンド・マルトノなど電子楽器のルーツを探る好エッセイ。昭和初期の科学雑誌を渉猟して、昭和6年には、テルミン演奏がラジオで流されたり、「セルミン大演奏会」が催されたなど、日本紹介時の興味深いエピソードを伝えてくれる。昭和34年の「初歩のラジオ」という雑誌に掲載されたテルミン作成講座も復刻されているので、興味のある方は手にとってみてください(12/27記)。
11月29日 『事典』など
・『世界ミステリ作家事典』〔ハードボイルド作家・警察小説・サスペンス編〕(国書刊行会) 今回は14名による分担執筆。作家の選定には、色々意見もあるかもしれないが、圧倒的なのは、書誌。アイリッシュ、シムノン、ブロック、スレッサーといったところの全容が判るのは、本当にうれしい。
・『日影丈吉全集4』(国書刊行会)。刊行は順調。収録は、『咬まれた手』『地獄時計』『夕潮』ほか1編に、拾遺も含めた『ハイカラ右京探偵譚』。
・『甲賀三郎探偵小説選』(論創ミステリ叢書3)(論創社)、小説は、単行本未収録を含む5編。150頁以上ある評論も充実。
・ポケミス、ブルドン『男の争い』、ヒューリック『観月の宴』、帯の2004年ポケミス映画座続映予定は、ほんと凄い。
正月楽しむ本がまた増えた。
11月21日〜28日 小ネタ・クリスマス
・『事典』キターッ。付録の小冊子も。
・ネタなき荒野を往く、小ネタ祭り第2弾。(12/24記)
・万博ブーメラン #18
『パサージュ論』なんて覗いてみたのは、宇野浩二「夢見る部屋」について、書いているときに(これも中断中)、同作に出てくる博覧会について興味をもったからなのだが−『白衣の女』話は、「博覧会、広告、グランヴィル」の項に出てくる。この度『白衣の女』の解説をみて、ちょっと驚いた。同書には、濃密に描かれた時代背景として、「万国博にやって来る外国人のために急造される貸間」の話も出てくるという。これぞ、「夢見る部屋」の裏テーマではないか。夢見る部屋−万博−白衣の女−夢見る部屋という往還に、独り悦にいっている。といっている前に、『白衣の女』を読めよ、という話だが。
・最初の石版ポスター #17
1861年にロンドンで最初に登場した石版画のポスターは、本の広告だった。そこに描かれているのは、白衣の女性の背中。階段の途中まで駆け上がってきた彼女は、重い扉を開いているのだが、そこからは星空が覗いている。ポスターはウィルキー・コリンズの新作『白衣の女』の宣伝だった−。出典はベンヤミン『パサージュ論』。元ネタは、タルメール『血の都市』(パリ、1901)。爆発的な人気を博した同書にあやかって、香水、婦人帽、ヘアブラシに至るまて「白衣の女」が付けられ流行した(岩波文庫解説)というから、メディア・ミックスの元祖のようなものた。
・『その男を逃すな』 #16
フィルム・ノワールの1作に『その男を逃すな』('51)という作品があり、犯罪者がある家に侵入し、家族を人質にとる『わらの犬』状況の先駆けとなった作品といわれる。監督ジョン・ペリー、脚本は、ガイ・エンドア(『パリの狼男』の著者と同一人物と思われる)とヒューゴー・バトラー。ペリーとパトラーは、ともに赤狩り犠牲者で、ペリーは赤狩りの追及を逃れてフランスに渡り、数本のフランス映画を監督したという。(出典は『フィルム・ノワールの光と影』)ガイ・エンドアは、なんともなかったのだろうか。
・パリの異邦人 #15
『パリのモヒカン族』は、アメリカの作家フェモニア・クーパー『最後のモヒカン族』(1826)を念頭において書かれたものだという。中野美代子の著書によれば、18世紀にはバリに現れた中国人やタヒチ人が人気者になったという話だから、花の都パリにモヒカン族が出現しても不思議ではない−まるでピーター・ディキンスンみたいだが−とひそかに期待していたのたが、どうやら、モヒカン族=現代の野蛮人の意で用いているらしい。ポケミス復刊『パリの狼男』を読む前に、作者ガイ・エンドアが、デュマの伝記作者であることを知って、『パリのモヒカン族』を下敷きにしているのではないかと予断をもったが、バリの異物を著すタイトル以外、関連はなさそうだった。もっとも、狼男の伝記を書くこととなる主人公のアメリカ人こそが、本当のパリの異邦人であるかもしれず、『巴里のアメリカ人』や『勝手にしやがれ』といったパリのアメリカ人物語も、パリの中国人やタヒチ人以来の文脈で読むことができるかもしれない。
・ミニ密室小説年表 #14
エイディーの「密室ミステリ概論」は、英米の密室ミステリを扱ったものとしては最高の評論だと思うが、仏物に関してはやや物足りない。「密室」について一節当てている松村喜雄『怪盗対名探偵』から補足して、初期密室小説の年表をつくるとー。
レ・ファニュ「The Passage in the Secret History of an Irish Countess(英(愛)・1838)
エドガー・アラン・ポオ「モルグ街の殺人」(米・1843)
レ・ファニュ「The Murdered Cousin」(英・1851)
ディケンズ「恐怖のベッド」(英・1852)
アレクサンドル・デュマ『パリのモヒカン族』(仏・1854)
F=J・オブライエン「ダイヤモンドのレンズ」(米・1858)
レ・ファニュ「The Murdered Cousin」(英・1851)
ヘルマン・O・F・ゴ−チェ『Nena Sahib(ニーナ閣下)』(独・1858)
トマス・B・オルドリッチ「Out of His head(舞姫)」(米・1862)
レ・ファニュ「墓地に建つ館」(英・1863)
レ・ファニュ『アンクル・サイラス』(英・1864)
アンリ・コーヴァン『マクシミリアン・エルレル』(別題「凶器の針」)(仏・1866)
レ・ファニュ『A Lost Name』(英・1868)
エミール・ガボリオ『金党』(仏・1871)
ユージェヌ・シャーベット『犯罪の部屋』(仏・1875)
イズレイル・ザングウィル『ビック・ボウの殺人』(英・1992)・・
英・米・仏・愛・独、入り乱れて華やかなものがある。
・ニーナ閣下 #13
ジュリアン・シモンズ『ブラッディ・マーダー』で珍奇作家を紹介した(ここでキャメロン・マケイブが大きく取り扱われている)項に、1881年に実際に起きた密室殺人の話が出てくる。ドイツ人フリッツ・コンラットが『ニーナ閣下』という小説に出てくるトリックを実践して密室で妻と子供5人を殺したというもの。捜査当局は、コンラットが『ニーナ閣下』の翻訳本を読んでいるのを決め手として逮捕した。「密室物の最初の作品は、『ニーナ閣下』なのだろうか」とシモンズは書き、現物は、大英博物館にもないと、書いている。(初版刊行後に読者から、『ニーナ閣下』の作者は、ジョン・レトクリフ(ドイツの盲目的な愛国主義者ヘルマン・ゲーチェの変名であるとことを教えられたと付記がある) ロバート・エイディーの「密室ミステリ概論」(『密室殺人大百科(上)』に当たってみると、同書は、1858年にドイツで出版された本で、ミステリの要素は希薄だが、トリックは魅力的−と評価されている(トリックはシモンズの本で明かされている)英訳されたとこはないと書かれているから、シモンズの「翻訳本」という記述は少し変だ。コンラットはドイツ人だから、原語で読んだのでは
ないか。
・甲賀三郎の『パリのモヒカン族』紹介 #12
宮澤さんのサイトで知ったのだが、戦前に甲賀三郎がの中でヂウマの『モイキヤン・ド・パリ』として、『パリのモヒカン族』を紹介している。「ヂウマのムシユウ・ジヤツカル」−『犯罪・探偵・人生』(1934−沖積社で復刻)所収)さきの「女を探せ」のくだりは、甲賀三郎の紹介からいただいたもの。コリンズのカフ探偵とジャッカル探偵と、どちら職業探偵を紹介した作品として早いかという着眼をみせ(貢献の三つ目か)、冒頭の150頁の粗筋の紹介もしているにもかかわらず、不思議なことに、作中の密室事件については言及がない。戦前の密室マスターとしては、当然一言あって然るべきだと思うのだが。イギリスの小説家コンラッドが巻数をみて、全集と勘違いした、というくらいの大長編らしいから、事件までたどり着かなかったのかも。作者を大デュマと同一視したり、「モイキヤン」をパリ人士中のある階級をいうものと解していたりで、紹介の精度は高くないのかもしれない。
・「女を探せ」と「密室」 #11
「女を探せ」は、探偵がよく口にする犯罪捜査の鉄則で、ロス・マクに、その通りのタイトルの中編もあるけれど、この慣用句の元ネタは、アレクサンドル・デュマ(息子)の小説『パリのモヒカン族』(1858)。って、これはトリビアの泉か。作中に出てくる探偵ジャッカルは、警視庁の一室に坐って始終「女を探せ、女を探せ」と怒鳴っている。彼の持論は、どんなことにも女が関係しているというもので、屋根葺きの男が屋根から転がり落ちた事件でも「女を探せ」と怒鳴って真相を解明したという一例を挙げる。そのこころは、女に見とれて足を滑らせた−というのは、原典として、やや情けない。面白いのは、この小説が密室からの消失事件を扱った最初期の作品であるということで(密室の謎については、小倉孝誠『推理小説の源流』に詳しい)、ミステリ史に二つの貢献をしていることになる。翻訳が出ているのか、よくわかないのだが−。
11月20日 『三つ数えろ』リローデッド
・国書刊行会に注文した事典の不在票。くー、家にいたのに。
・スタージョン『不思議のひと触れ』(河出書房新社)、柳下毅一郎『興行師たちの映画史』(青土社)購入。
・ハワード・ホークス監督『三つ数えろ』の犯人に関する有名なエピソードを以前書いた(9/9)。
シナリオ・ライターのフォークナー、ブラケット等は「意味の分からないところがたくさんある」とホークスに進言。監督は、原作者チャンドラーに「この物語でなにが起こっているのか、誰が犯人なのか」を電報で尋ねる。チャンドラーの返答に、監督は、彼は犯人ではありえないと反論。折り返しチャンドラーから電報がきて、「私にも分からない」―出典は、『監督ハワード・ホークス[映画]を語る』(H・ホークス、J・マグブライド/青土社)
ところが、この伝説、別ヴァージョンも存在するようだ。
『フィルムノワールの光と影』(エスクァイアマガジンジャパン)で上島春彦が書いているところによれば、
・ブラケットは主演のボガートから「運転手を殺したのは誰だったか教えてほしい」と言われたが答えられず、フォークナーに問いただしたが彼にもわからず、チャンドラーに電報で問い合わせたところ、「ボクニモワカラナイ」と返電。 (ブラケットのインタヴューに基づく記述らしい)
古本屋で、大部の評伝トッド・マッカーシー『ハワード・ホークス』(フィルムアート社)が汚れ本のせいか格安で売っていたので、求めたところ、この件に関して触れられていた。
ホークスが「いつも語っていた典型的なお話によれば」と前置きした上で、ボガートがオーウェン・テイラーを殺したのは誰か監督に尋ねてきたので、自分はわからないと認め、フォークナーとブラケットも理解できないことを白状し、監督は、チャンドラーに電報を送った−
ブラケットの証言と食い違いがあることについても、触れられている。まあ、ボガートが最初に監督に聞いたのか、脚本家に聞いたのかは些末の些末にすぎないけれど。
同書によれば、驚いたことに、フォークナー、ブラケットの脚本第一稿では、「誰がオーウェン・テイラーを殺したのか」について、マーロウの推測が地方検事に語られるシーンが肉付けされており、撮影されたそのシーンは、オリジナルカット版に採用され、1945年に海外のGI向けに公開されているのだという。翌年の一般向け公開では、そのシーンが削除されたことにより、「オーウェン・テイラーの運命を巡る永遠の謎が生まれ」たということらしい。ホークスは、「物事に何の説明も本当のところは必要ない」という主張を貫いたのだ。
さらに、同書によれば、ロジャー・シャッキンという人によって、「オーウェン・テイラーを殺したの誰が殺したのかを、誰が気にするのだ」という論文まで書かれているらしい。タイトルは、おそらく、エドマンド・ウィルスンの「誰がアクロイドを殺そうがかまうものか」のいただきだと思われるが、ウィルスンとは、別な意味で、ミステリにおける「犯人探し」が非神話化されてしまった「事件」を物語るタイトルとして興味深い。(12/23記)
11月19日(水) 「ポツダム犯罪」
・クリスマス・ディナーを奮発して、円山の「レストランHIRO」へ。久しぶりのフルコースだが、胃はなんとかもった。沖本貸本店、元気でした。
・「彷書月刊12月号」で、末永さんの「昭和出版街」30回で、ひとまず終了。毎号興味深い話題の数々楽しませて貰いました。「「物語は」書物の外へ」と題された最終回では、本になった物語だけではなく、本の外にまで広がった物語を紹介してきたという、と述べられ、連載の趣旨がクリアに迫ってきた。本づくりの現場にいる立場を生かして「大衆文学と出版物の歴史の穴をゆるゆるとふさいでいこう」とする意気壮たるものがあり、次なる展開、期待しています。
・小林文庫ゲストブックで、ようっぴさんが書いていた天城一の密室物「ポツダム犯罪」が収録されている『ヤミツキ!探偵ミステリー読本』(ぶんか社)を買ってみる。「UM世代の探偵小説ガイドブック」と銘打たれており、UMって何?と思ったら、「アンダーメフィスト」とルビがある。うーむ。
山前解説によると、鮎川哲也編『紅鱒館の惨劇』収録作は、短く改稿されたものであり、掲載分は元のロングヴァージョンとのこと。読み比べてみると、骨格は変わらないが、改稿盤は、冒頭にある丸橋忠太博士の紹介部分がカットされているほか、ほとんど全文にわたって手が入っており、結末も少しだけ違っている。文書は、改稿版の方が読みやすいが、戯作風の会話も含め時代色濃厚なのは、元版。「UM世代」は、「ポツダム犯罪」をどう読むのだろう。(12/23記)
11月18日(火) 『傷だらけの栄光』
・名張市役所より、『江戸川乱歩著書目録』刊行のお知らせ。すっかり、出遅れてますが、名張市も律儀やね。(12/22記)
・『傷だらけの栄光』(米・'56)
監督/ロバート・ワイズ 主演/ポール・ニューマン ピア・アンジェリ
ニューヨークのイーストサイドから出た世界ミドル級チャンピオン、ロッキー・グラジアーノの伝記映画。イタリア人系出身の主人公の名前は、『暗黒街の帝王』『ロッキー』といい、みなロッキーなのだ。『ロッキー』はもちろん、『あしたのジョー』も、ある程度この映画のいただきだと思わせる原型的力強さに満ちた作品。貧民街に生まれたロッキーは、盗みと暴力にあけくれる荒くれ者。感化院や刑務所を経て、軍隊に入るも、上官を殴って除籍、刑務所に逆戻り。その間、自らの憎しみを叩きつける対象としてボクシングを教えられたロッキーは、連戦連勝で、チャンピオンへの道をのし上がっていくが・・。途中に、ユダヤ系の娘(ビア・アンジェリ)との清新な恋愛と結婚の物語を挟みつつ、とにかくテンポが良く綴られる。街頭ロケが多用された撮影も、みずみずしく、眼が惹きつけられる。主人公役のポール・ニューマンは、無骨な若者を独特のリズムで演じていて素晴らしい。若い頃のショーン・ペンというか、実際、こんなイキのいい俳優だったのかと思うほどだ。恋愛中で、世間への憎しみを忘れたロッキーへのコーチの台詞。「お前、眼の下に隅のない大人を観たことがあるか」「
ボクシングのためには彼女と別れるか−結婚しろ」
11月17日(月) 密室系小ネタ祭り開催 #10 本の行く末
・けっして、毎日更新を標榜しているわけではないのだが、9月からなんとなく日付順に書いてるうちに、もはやどん詰まり12月21日。そのうち追いつこうと思っているうちに、負債もどんどんたまっていくばかり。平然と毎日更新されている方もたくさんいるわけだが、やはり、とてもできそうもない。いい加減な感想でも、書くのには、それなりに時間がかかるし、ネタは毎日あるわけでもなし…。というわけで、窮余の一策、11/8〜17日付け10日分は、密室系周辺の書きはぐれたネタや些事で綴る、密室系小ネタ祭り。小ネタとして使われたメールを下さった方々、他意はありませんので、お目こぼしを。もはや、日付は文章の区切りとしてしか意味がない…。小ネタが溜まれば、小ネタ祭り・リローデッドを開催します−(日記に(笑)と書くのは好きではないが、(笑))
・以前に(9/15付け)で、山美女が、映画関係の雑誌やパンフを古本屋に売りにいって、わずかしか引き取ってもらえなかった話を書いたけれど、その後、うまい具合に行き先を確保したので、今度「観てやって」とのこと。地元のミニ・シアター、シアター・キノのロビーに図書コーナーがあったので、引き取ってくれないと頼んだにところ、置いてくれることになったらしい。御礼に映画の無料券を貰ったとか。さすがに押しが強い。処分本の行く末としては、結構いい話なんじゃないかと思う。
11月16日(日) # 09 沖本貸本店、元気です
過日、さる方からメールをいただく。北海道の古本屋から買った本が届いたが、もとは沖本貸本店の本で、ついに閉店して、本を処分したということなのでしょうか?と。11月15日、円山でサイ君と山美女と食事した際、店を覗いてみたら、普通に営業をしており、店主も出てきていたので、大丈夫だと思いますよと、返事をする。本の並びも前とあまり変わっているようには見えなかった。このとき、一緒にいた山美女は、何を思ったのか、店主に「本を引き取ってもらえませんか」と尋ねたんだよな。貸本屋に本を引き取ってもらおうとは、やはり強者だ。
11月15日(土) #08 テルミン映画対決!
「BRUTUS」12/15号は、「映画対決!」と銘打って、なぜか作品やら監督やら俳優やらが対決させられており、128番もの勝負が繰り広げられている。さすがに、ネタに窮したか「スターが話すダメ日本語対決」だの「なぜリメイクしたか理解に苦しむ日本映画対決」なども並んでいる中に、「テルミン効果音映画対決」というのがあった。対決させられているのは、前にとりあげた『失われた週末』('45)と、『地球の静止する日』('51)。惹句は、「インテリ殺人鬼レクターも愛用のテルミンが効果音!」そう来るか。
11月14日(金) #07 『アマチャ・ズルチャ』は甘茶蔓茶?
そういえば、『アマチャ・ズルチャ』の中の短編にも、「『静かなる男』を観ろ、男は殴り合って分かり合うものだ」という趣旨の台詞が出てきていた。
タイトルは、岩井大兄から貰ったメールの一節。「甘茶蔓茶」って何よ?と思って、検索をかけると、”南方人参”とも呼ばれている絞股藍(あまちゃづる)を原料をとする美味しい緑茶のことらしい。花祭りに釈迦像に、柄杓でかける茶であるとも。この短編集のタイトルに用いられた含意を15秒考たが、やめてコーヒーを飲むことにした。
11月13日(木) #06 暗がりのパトリシア
先頃、めでたくリプリーシリーズ5部作の最後が出たパトリシア・ハイスミス。『ブラッディ・マーダー』でも絶賛されていた。長編はほとんど読んだことがなくて、いずれまとめて読みたいと思っているのだが、この作家、殊更に、狷介・孤高のイメージをまとっているのは、その名前の力も大いに与っているのではないか。すなわち、パトリシア・「ハイミス」−。
などと、書くつもりは全然なくて、実は、スイスの映画祭で、ヒッチコック映画を上映中、振り返るとパトリシア・ハイスミスがいたという蓮實重彦の劇的な経験について書こうと思ったのだが、その著書『シネマの煽動装置』を当たるも記述が見当たらない。別な本だったかな。時間ばかりかかって小ネタにもならない、小ネタくずれ。悔しくて書きました。
11月12日(水) # 05 「殴り」の使い方
以前、『静かなる男』の感想を書いたら、ある方からメールをいただいた(以下引用させていただきます)。
「「静かなる男」を語ってくれるなんて、もう嬉しくて仕方ありません。ビクター・マクラグレインとジョン。ウェインとの一駅越えた延々の殴り合いに笑いとカタルシスと感動を覚えたものでした。ジョン・フォードは本当に「殴り」の使い方がうまい。「我が谷は緑なりき」での教室の一撃パンチは滅多に泣かない私でもつい感涙でした。そういえば、上記マクラグレインの息子、アンドリューは監督でしたけどフォード譲りの殴り合いシーンだけは上手くて、やはり、ジョン・ウェイン主演「大西部の男・マクリン・トック」での泥塗れの乱闘は爆笑ものでした。」
埋め草の映画感想を読んでいただいている方がいることが判り、かつ、フォード映画をもっと観たいと思った嬉しいメールでありました。
11月11日(火) #04 巨人乱歩
過日、素天堂さんのご厚意で、単行本未収録の山風エッセイ「巨人乱歩」を拝読することができた。先頃、完集された春陽堂版「乱歩全集」月報をチェックしていて発見された、とか。乱歩の虚像ばかりが有名だが、実像はこうで、いやしかし−と乱歩像を二転させるような工夫に富んでいて、若い才能に溢れた作家らしい文章だった。さきの「なつかしの乱歩」もそうだが、風太郎は、若いときから、随分、乱歩関係の論やエッセイを書かされているのに、一編一編工夫に富んでいるところは、さすがである。
11月10日(月) #03 知られざる江戸川乱歩
これもO舎の目録から求めたやつ。風太郎の「なつかしの乱歩−その臨床的人間解剖−」が掲載されている『噂』(昭和46年9月号)。梶山季之責任編集の、作家のゴシップ物に定評があった雑誌らしい。「特集 知られざる江戸川乱歩」と題して「男色まで実験した常識人」というの巻頭座談会が掲載されている。出席者は、横溝正史、水谷準、島田一男、山村正夫、司会は、中島河太郎。タイトルはいささかセンセーショナルだが、中身は、乱歩の実像が生々しく伝わってきて面白い。幾つか抜き出してみると−
・衆議院選の3回目に島田一男のところに自民党議員が来て、乱歩を出さないかと打診があった。断ったが、乱歩は不満そうだったらしい。
・博士号を欲しがったが、それは木々高太郎が医学博士だったから
・水谷編集長時代の記憶では、あれだけページを開けて待っているのに書けない作家は乱歩一人
・「屋根裏の散歩者」では、実際に上方の二階建て屋根裏を散策し、「D坂の殺人事件」は、駅に立っている枕木の古い家で格子戸のトリックを思いついた 等々
タイトルの「実験」の話は詳しく出てこないが、ゲイバーで石原慎太郎がゲイボーイをひっぱたいたら、同席していた乱歩がオロオロしたなんて、話が出てくる。男も女も、ぽっちゃり系が好きで、山村正夫はさわられたとも。そうでしたか。
あとがきに、前号で「原稿の遅い作家ベスト10というのをやって、風太郎がベスト10に入ったという記事がありました。原稿締切は、きっちり守っていたという話も聞いたが、書きまくっていたときは、そうでもなかったらしい。
11月9日(日) #02 マンハント総目次
過日、O舎の目録から森下裕行『マンハント総目次・索引』(1991年5月)というのを求めてみた。日本語版「マンハント」「ハードボイルドマガジン」の総目録に加えて、アメリカ本国版目次、海外作品索引、日本作品索引までついている。日本作品索引は読物・コラムに加え、イラスト、表紙デザイン、翻訳者、カメラマンやモデルまで収録。こうなると、丸ごと雑誌文化の保存という感じさえあって、感服しきりの一冊。
11月8日(土) #01 大佛次郎と伊藤一隆のこと
日本最初の探偵雑誌「秘密探偵雑誌」の出資者であり、松本泰の奥さん−アガサクリスティの翻訳で知られる松本恵子−の実父である、伊藤一隆については、以前書いたことがあった。(松本泰人脈についても書きかけでそのままになってしまっているが・・)クラーク博士の最初の弟子であり、北海道サケマス増殖の生みの父であり、熱心な禁酒運動を展開した、この人自身がひどく興味深い人物なのだが、ある熱心な大佛次郎ファンの方から、『大佛次郎 上巻』(福島行一著 草思社)に大佛次郎の人格形成に大きな影響を与えた人物として、伊藤一隆のことが詳しく載っているということを教わった。伊藤家・野尻家(兄−大佛次郎、弟−野尻抱影)・大島家(野尻抱影の奥さんの麗さんの家族)の家系図も載っているとのこと。この本、探そうと思って、まだ果たしていない。
大佛次郎も、日本探偵小説史とは無縁ではなく、ミステリー文学資料館『探偵文藝傑作選』(光文社文庫)に波野白跳(大佛次郎のペンネーム)の「台湾パナマ」(1925)という短編が載っているほか、『秘密探偵雑誌』では、海外の犯罪実話「堀屋敷の殺人事件」やオッペンハイムの「真赤な脳髄」「真赤な心臓」「路標の秘密」の翻訳、その他『探偵文藝』でも、翻訳、エッセイがあり、探偵雑誌「新趣味」でも、サバチニ「恋か仇か」の翻訳がある。松本泰との関係は、野尻抱影の結婚相手が松本(伊藤)恵子の従姉妹に当たるという縁から、らしいのだけど。松本泰人脈の一員として、大佛次郎も欠かせない人なのだ。そういえばO舎の目録では、松本泰のエッセイ集が外れてしまった。
11月7日(金) 山風リスト更新
・匿名希望氏情報と新刊『山屋敷秘図』(徳間文庫)で山風作品リストを、アーネストさん情報と匿名希望氏情報でエッセイ等リスト、インタヴューリストを更新。
・アーネストさんからの情報第4弾の関連部分を引用させていだきます。
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そんなわけで今年最後の山風エッセイ情報です。
日輪没するなかれ(江戸川乱歩『三角館の恐怖 他一篇』春陽堂書店 日本探偵小説全集月報昭28.11)
山田風太郎の住んでみたい街〈聖蹟桜ヶ丘〉(『週刊住宅情報〈首都圏版〉』昭和61.6/11)
→『東京セレクション「花の巻」』*前回調査予定としていたものの初出です。
人間臨終図鑑・小栗虫太郎→『二十世紀鉄仮面』(扶桑社文庫 平13.2)
グラビア作家その顔の変貌・間に合わない顔(『小説推理』昭和48.2)
*ちなみにこの号には大阪圭吉の遺作「幽霊妻」が再録されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(引用終わり)
・「週刊住宅情報」の初出にも当たられたようで!、まったくもってありがたい。
11月6日(木) 『ゲッタウェイ』
『ゲッウェイ』 (米・'72)
監督/サム・ペキンパー 主演/スティーヴ・マックイーン アリ・マッグロー 脚本はウォルター・ヒル。ジム・シンプスン同名小説の映画化。昔TVで観た記憶だと、小説の最後に出てくる、あの「エル・レイの王国」は登場せず、所詮小説と映画化は、別物と思っていたが、今回何十年ぶりかに見直してみて、それ以外の部分は、小説の細部が意外に忠実に取り込まれていることに気づいた。まあ、あの超資本主義が支配するディストピアが登場しない映画化は、肉のないハンバーガーみたいなものには違いないが、原作に忠実だったら、商業的成功は望めなかったとは思う。銀行強盗の夫とその妻のメキシコへの逃避行を描いた古典といっていい作品で、随所でこの監督らしい暴力の美学が炸裂する。ごみ運送トラックから逃走中の二人が排出されるスローモーションは印象深いシーン。良くも悪くも70年代初頭という時代の産物で、冒頭の心象風景風のシーンは冗長に感じるが、原作にも登場するパラノイドの悪党ルディ(A・アル・レッティエリ)と愛人(獣医の夫からルディに乗り換える−サリー・ストラザース)のイカれたカップルは、時代の空気を表していてかなり面白い。ハッピーエンド
風にメキシコ国境を超えていく車の二人は、「卒業」を意識しているのかも。実は「エルレイの王国」が待ち受けているとも知らず。
11月5日(水) 青狼記
・忘年会その2。ぜいぜい。
・本の雑誌1月号の、大森望SF評で、『ヨットクラブ』の「タイムアウト」が「超弩級の壮絶バカSF」、「前代未聞空前絶後驚天動地のアイデア」と口を極めて絶賛されている。こんな作品が書かれていたのをしらなかったとは、バカSF者として万死に価する、とも。SF方面からも凄い作品だったのね。
・その1月号「自在眼鏡」に、「ファンがつくった選集に注目!」として、あすなひろし選集の話とあすなひろし追悼公式サイトの高橋@梅丘が出てくる。原稿依頼にいって逆取材を受けたとか。選集4、5も発売決定。興味のある方はサイトにどうぞ。
・過日、古本屋で、古い「月刊マンガ少年」があるのを見かけ、安かったので、あなひろし「青狼記」「青狼記第二部 夏草」の掲載号を買ってみる。狼と人の人獣婚姻譚をベースに壮大なロマンへの方向性が垣間見れる作品でありました。(12/19記)
11月4日(火) 『殺意のシナリオ』
・『殺意のシナリオ』 J・F・バーディン(03.12('47)/扶桑社)☆☆☆
ある日、自分の机の上にタイプ原稿が置かれている。中を読むと自分が主人公で、自分の行動や会話が克明に書かれている。しかも、それは、今夜のことらしく、その手記は、自分の未来をいい当てていることになるのだ。そして、その夜、主人公は、手記と同じ行動や会話を繰り返しているのを知り、恐怖に襲われる。誰が自分の未来を知り、どんな目的で手記を残したのか−。なんとも、魅惑的な設定である。現実がフィクションを模倣していく不条理性は、筋書殺人などで、ミステリ的興味のサプテーマとなることがあるが、ここまで、端的で力強い謎の提出は、特筆されるべきだろう。主人公は、広告代理店の役員、酒と女に溺れ、結婚生活は破綻に瀕しており、神経症の徴候が随所に現れている。物語には、ニューロティックな雰囲気が充満する。誰かが犯人でなければ自分が精神異常であるという状況で、主人公は己の存在をかけて自らの推理を開陳する…。結末に至って、やや腰砕けの感は否めない。まあ、これは謎があまりに魅力的に過ぎたことの裏返しかもしれない。精神科医も登場により、主人公の心理の深層にもスポットが当てられる割には、他の登場人物の心理も図式的にすぎるし、
悪夢の濃密さでは、『悪魔に食われろ青尾蠅』に数歩譲る感じ。周辺人物の意志が介在していることを窺わせるような叙述も不要だったかもしれない。謎の強烈さとニューロティック雰囲気の横溢において記憶されるべき作品。
11月3日(月・祝) 『ヨットクラブ』
・『ヨットクラブ』 デイヴイッド・イーリイ(03.10('68)/晶文社) ☆☆☆☆
目次も各短編の扉も『異色作家短編集』の一巻であることを志向している、待望久しいシリーズの「続巻」。しかも、仮に『異色作家短編集』の中の一冊であったとしても、出来映えはおそらく上位に入る出来映えだと思われる。
「理想の学校」 息子のために理想の寄宿舎学校を尋ねて。予想を上回るオチ。
「貝殻を集める女」 恋愛中の男と娘。その母親。欲望と不安が大きな力に絡み取られていくラストは、なにやら名状しがたい余韻を残す。
「ヨットクラブ」 MWA賞受賞の名作。再読は、ラストの衝撃よりも、「選ばれる」という見果てぬ夢を追う主人公のストイックな探求の方が印象深い。
「慈悲の天使」 通勤電車から始まるラヴアフェア。都会の孤絶と癒し。
「面接」 無限に続く会社の人事面接。男は答え続けなければならない。会社に心のうちのすべてを明かすまで。
「カウントダウン」 ロケット発射と人間くさいゴシップ。緊張感みなぎる。
「タイムアウト」 核戦争でイギリスのすべてが消失。米国の歴史学者がイギリス復興プロジェクトに駆り出されて。壮大なホラ話が洞察と皮肉で裏打ちされていく快感。歴史再構築のパラドックスには、センスオブワンダーあり。
「隣人たち」 異色の隣人物。スポットが当たっているのは、実は隣人ではなく、隣人たちの方である。
「G.O'D.の栄光」 自らを神と思っている人間が新聞広告で仲間を求めたところ、手紙が殺到して。奇想横溢の物語。
「大佐の災難」 これも一種の隣人物だが、こちらは典型的な短編。
「夜の客」 仲が冷えきった夫への鞘当て「友人」を毎夜呼ぶ妻。エスカレートする鞘当てはやがて。
「ペルーのドリー・マディソン」 名流夫人のペルーでのポップてシュールな冒険。痛烈なアメリカニズム批判。
「夜の音色」 未来のないような同棲生活を送る娘に訪れた一瞬の天啓を切り取ったミニマリズム風の短編。
「日曜の礼拝がすんでから」 アンファンテリブルを襲う恐怖。
「オルガン弾き」 完璧な自動オルガンを受け取った教会のオルガン弾き。怖くてユーモラスな音楽短編。
ベスト3は、「ヨットクラブ」「タイムアウト」「隣人たち」「G.O'D.の栄光」「ペルーのドリー・マディソン」…あれ。イーリイの描くのは、間違いなく現代の神話である。(「現代の神話」という語自体、もう過去のものという感があるが、各短編が執筆された当時には相応しい表現であるかもしれない)。神話であるからには、色々な読み方を可能にするだけのニュアンスを含んでいなければならないが、収録された短編は、単なるアイデアストーリーの域を超えて、多様な読み方を可能にするだけの内実を備えている。例えば、「隣人たち」一編をとっても、普通のアイデアストーリーであれば、「隣人」の秘密が焦点になるはずなのに、作家の興味は「秘密」を剥き出しにする隣人達の暴力、きっかけを造った婦人の深い悲しみの感情にスポットを当て忘れがたい余韻を残す。イーリイ特有の、といってもいいニュアンスを一つ拾い出すのなら、「選ばれし者の恍惚と不安」というテーマが多かれ少なかれ、伏在していることであろう。典型的な「G.O'D.の栄光」を挙げるまでもなく、「理想の学校」「貝殻を集める女」「ヨットクラブ」「慈悲の天使」「面接」と冒頭の5編を並べてみても
、このテーマが様々な広がりをもって変奏にされていることに気づかされる。おそらくは、作者が名流階級の一員の出自をもつことと無縁ではないだろう。ともあれ、時を経て甦った粒よりの名短編集を喜びたい。
11月2日(日) 『取るに足りない殺人』
・『世界ミステリ作家事典 ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇』(国書刊行会)の予約〆切日だと思って0時すぎにbk1のサイトに行ってみたが、予約ボタンが消えていて、もう予約はできないようだった。国書刊行会の方は間に合ったみたい。習い性なのか、いつも遅刻。予約特典、シモンズのエッセイに惹かれるものがあったが・・。(12/5記)
・『取るに足りない殺人』 ジム・トンプスン(03.9('49)/扶桑社)☆☆☆★
・'46の第2作刊行後、3年置いて刊行された第3作。先入観のせいかもしれないが、文体、叙述、プロットに、相当推敲が重ねられた作のように思われる。田舎町のやり手の映画館経営者ジョーは、妻が連れてきた不器量な家政婦の娘と恋仲になり、妻への手切れ金替わりに保険金詐取を目論む。計画は順調に進んでいるかのように見えたが・・。主人公ジョーの語りは、単線ではない。叙述は時間の前後お構いなし、何らかの計画が目論まれているようだが、回想、脱線が入り交じり、その全容はなかなか明らかにならない。ジョーがある集まりに参加して、ある女流誌詩人の何をいっているかさっぱりわからない詩について、急に理解がてきたと語る部分がある。「彼女はあらゆることについて、いっぺんに語ろうとしていたのだ」ジョーの語りは、意図的にこの詩人の語りと同じようにすることが宣言されている。これこそトンプスンの語りの原点。とはいえ、語る順番、回想やエピソードの配列には、作者の相当細心の注意が払われているように思われ、後年の実験的なまでの奔放な語りに比べれば、抑制されたものとなっている。また、プロットに工夫が凝らされている分、テーマがプロットに依存
しすぎて小説しての計算が見え隠れしてしまう部分もある。−などというのは、後年の奔放不羈で、爆発的な作品を知っているからであって、本書が極めて高い水準でつくりこのれた野心的な犯罪小説であることは疑いない。『死ぬほどいい女』『サヴェジナイト』等の欠損のある女性との共棲関係、『ポップ1280』の不道徳な天才、群がってくる悪党どもの造型など、甘く濃密な悪夢のようなトンプスン・ノワールの原型がここにある。
11月1日(土) 『死が招く』
・やっと11月が来た(涙)。途中まで読んで、部屋のどこかに行ってしまったアルテ。(12/15記)
・『死が招く』 ポール・アルテ(03.6('88)/ポケミス) ☆☆☆
密室状態の書斎で、作家が煮えたぎる鍋に顔を突っ込んで殺されていた、という魅力的シチュエーションで幕を開けるツイスト博士物。双子テーマで揺すぶりをかけ、密室の方でも相互い関連した二重(双子)の解法を示してプロット的には健闘しているのかもしれない。が、安っぽい文章や会話に眼をつぶったとしても、次々と繰り出されるギミックの、一発一発が軽すぎ、タメやキレに欠けているように見えるのは、いかんともし難い。筋力がない軽業師というのも現代風なのかもしれないが…。