盛衰 - 津山線・因美線 -


黒崎 8:54-(3124M)-9:10 小倉 9:45-(12A:のぞみ12号)-11:09 岡山 11:17-(3634D:ことぶき4号)-12:23 津山 13:10-(680D)-14:19 智頭 14:54-(2056D:スーパーはくと6号)-15:26 鳥取

「ただいま285km/hで運転しております……」

東広島を通過する頃、運転士からの案内放送が流れた。8月19日、〔のぞみ12号〕東京ゆき、700系。

昨年暮れ、500系で同じ区間を通った(下り)のだが、かなりの騒音と揺れだったことを憶えている。比べると700系ではそのどちらもかなり押さえられており、快適なほうに入る。数年でまた技術が進歩したというべきだろうか。

日本の鉄道スピード界の頂点に君臨する500系。だがその酷使ぶりは明らかだ。新幹線車両の寿命は10〜15年とされる。登場からすでに4年、そろそろ次世代車両の青写真を描きはじめてもよさそうな頃と思うが、700系と同系「RailStar」を踏まえ、より安定した走行に落ち着くのか、さらなるスピードアップを目指すのか。

岡山まで1時間半、表定速度はもちろん全行程でトップである。


JPEG 16KB
智頭線(左)と並ぶ因美線。
軌道の差が見て取れる (智頭)

岡山からは津山線・因美線経由で鳥取に向かう。かつて急行〔砂丘〕が両線経由でニ都市を結んでいたが、智頭急行に迂回してもなお速い特急〔いなば〕に取って代わり、津山線はローカル輸送に切り替わった。急行〔つやま〕1往復がかろうじて面目を保っているが、因美線の智頭〜津山間は超ローカル区間に転落した。

〔砂丘〕の走っていたころ智頭〜東津山間は非自動区間で、駅を通過中にタブレットを授受する光景が見られた最後の区間だった。今はワンマン普通列車と自動信号で、駅もひっそりとしている。

またキハ120に乗っての中国山地越え。美作河井〜那岐間はカーブも急で、ゆっくりと歩を進める。こんなところを急行が走ってたんですかと言いたくなるような、まがりくねった隘路だ。

トンネルを抜けると鳥取県。那岐駅は雪の夜にはよい被写体となるようだ。右手から智頭線の立派な路盤が寄り添い、14:19智頭に到着。隣りの智頭急行の駅のほうが立派な建物だ。

智頭〜鳥取は短い区間だが、鳥取15:36発の浜坂ゆきに乗れないと後が大変なので、特急に乗車する。因美線は線路改良をしていないので、大出力エンジン・制御付き振り子のHOT7000も力を持て余しぎみ。自由席車、ソファータイプの椅子が置かれた半個室が空いていて、そこに腰を下ろす。なんだか雰囲気が違うので恐縮して座っていたが、きっぷを改めに来た女性車掌は特になにも言わなかった。



鳥取 15:36-(540D)-16:19 浜坂 16:35-(8006D〜6D:はまかぜ6号)-20:12 大阪 20:49-(1695)-20:55 西九条 21:08-(705)-21:14 桜島 21:40-(710)-21:46 西九条 21:53-(1719〜1735)-22:28 大阪
JPEG 13KB
「貴重な存在」になりつつある首都圏色 (鳥取)

鳥取で発車を待つ浜坂ゆき540Dはキハ47の2両、どちらも今や貴重な「首都圏色」だ。もう撮れないと思っていたが……鳥取駅を発車した列車は高架を走り、町を抜け、山に分け入りトンネルをくぐり、山間の無人駅・福部に停車した。隣駅が県庁所在地の中心駅とはとても思えない。

「嵯峨野線」と呼んでいる区間を除くと、山陰本線はどこもそうだ。何度か耳にする「偉大なるローカル線」という形容が確かにあてはまる。〔まつかぜ〕が一日かけて走った時代ははるかに遠く、最西部では1往復だけ残った〔いそかぜ〕の存続に黄信号が灯っているとの話。

ほんらいは香住始発の〔はまかぜ6号〕は、夏休みや週末、カニのシーズンに浜坂始発になる。この延長があるからこのルートが選択できたわけで、一応ありがたい列車ではある。しかし、外装はJR西日本の新標準色になっているのに、自由席禁煙車の6号車は国鉄時代からの回転クロスシート、2列一緒のロールカーテン。車販・自販がないのも少し誤算であったが、そういう大事なことは発車する前に知らせてほしいものですよ車掌さん。

JPEG 15KB JPEG 13KB
〔はまかぜ〕のイラストマークは「鳥取」砂丘……
(浜坂)
余部橋梁を渡る (餘部〜鎧)

餘部を過ぎると山陰本線随一の名所、余部橋梁。ここはその地形から強風の良く吹く難所でもある。1986年の「みやび」転落事故は、今でも私の中に強烈な記憶として残っている。その後、この橋を含め強風の吹きやすい鉄橋では風防フェンスが追加され、概して写真撮影は難しくなった。今日は海も陸も穏やかで、列車は一気に空中を駆け抜けていく。

道路整備や智頭急行線の開通によって、この区間は大阪〜鳥取の交通路としての重要性も薄れ、今では優等列車は特急〔はまかぜ〕と〔出雲〕、それに急行〔だいせん〕各1往復だけになっている(定期のみ)。〔はまかぜ〕にしても、運転区間の約6〜7割が電化されており、新車が投入される気配もなく、近い将来列車の運転そのものが見なおされるかもしれない。

夕闇迫る姫路城を横に見て、姫路に到着。津山・因美・播但線と来て、中国地方のJR各線はだいぶ整理された。残るは可部線・境線。

姫路で列車の向きが変わる。向きが変わると言えば、JTB時刻表にある「逆編成」の表記。わかる気もするけどなんか変だ。JRは丁寧に「編成の向きが逆になります」とあるが……。

その姫路直前に京都へ向かう〔スーパーはくと6号〕とすれ違った。この列車、鳥取を2時間近くも後に出ているのだが。

キハ181系の大出力エンジンは勾配線区を乗り切ると同時に、幹線での高速運転も両立させようとした設計なのだそうだ。しかし前がつかえて、山陽本線に入ってもなかなか伸びがない。欲求不満な走りだったが、最後の最後に見せてくれた。三ノ宮から大阪までの約35km。最高速度では新快速電車に届かないが、エンジンをフルパワーにして駅を串刺しにしていく姿は痛快だった。


ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの建設などに伴って路線の一部が移設された桜島線に乗りなおし、環状線を一周して大阪に戻ってきた。北陸方面への長距離列車が発車する大阪駅11番線、ここのホームは売店と壁を使って列車を模したパネルが作られていた。以前はブルートレインだったが、今は681系「サンダーバード」になっている。

JPEG 15KB JPEG 13KB
RDPIIIは蛍光灯下でも緑カブリが少なく、夜景に好適なフィルムであることもわかった
[左]「リゾート白馬」が姫路から戻ってきて、JR西日本新特急色が2本並んだ (大阪)