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乾季 カンボジア編
(07/12/30〜08/01/03)
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リストマーク  おはようございます

「おはようございまーす。」

眠い目をこすりながら、
2号車と書かれたバスに乗り込み、各自席に着く。


今回のツアーでは、
日本から同行している添乗員とは別に、
現地でもカンボジア人(クメール人)のガイドと運転手が付いた。

乗客25人+係員3名の一味である。

これから数日間、行動を共にする重要な方々である。
下手をするとホテル、料理よりも重要で、
旅程が気持ちよく過ごせるか否かも、左右するはずだ。
(実際にそうなったんだけどね。)


早速、出発!!


昨日到着した、シェムリアップ空港は、
アンコールワットのためにあるような空港で、
ホテル群とのアクセスも非常に良く(20分程度)
また、観光地もコンパクトにまとまっているため
移動のロスが非常に少ない。


リストマーク  おやすみなさい

ただ、今から向かう、「バンテアイ・スレイ」は
バスで1時間半の距離にあり、一番の遠方なのだ。
これが、眠い体にちょうど良い睡眠タイムであった。


シェムリアップ市内は、道も舗装され
近代的な3〜4階建てのビルもある市街地なのだが、
そこを離れ、30分もすると・・・

道は、赤土のダート(未舗装路)になり、
両脇には、広大な湿地帯(牧草帯?)が広がる。

点々と存在するヤシの木の林の中に、
高床式の小屋が隠れるように点在する。
ヤシの葉で葺いた屋根と、簡単なラワン材のような木で囲っただけの
簡素な民家だ。


その小屋の周りで駆け回る、ニワトリと子供たち
どちらも裸足である。

その横を、土ぼこりをあげて走り去るバス
(我々がのっている)
それ以外は、ほとんどバイクだ。

バイクの後ろに人力車で引くような客車を取り付けた、
「トゥクトゥク」と言う乗り物もよく見かける。


2〜3人しか乗れない「トゥクトゥク」には、欧米人が多く
我々を含め、アジア系の人たちは、もっぱらバスを利用していた。
(団体行動が好きなのだ)




リストマーク  ひとつめ!

お待たせしました、やっとひとつ目の遺跡の紹介です!!


「!・・・・」



ひと、ヒト、人、とにかくすごい群集である。
こんな辺ぴな場所に、よくこんなに集結できたものである。

排気ガス、土ぼこり、人いきれ、に加えてこの暑さ
真冬の日本から来たこの体には、こたえる。

入り口を通過するだけでも、
まるでラッシュ時の京浜東北線品川駅改札並みの混みようだ。


ここバンテアイ・スレイは、
「東洋のモナリザ」 と呼ばれる彫刻(デバター像)が有名で
ツアーのパンフレットにも 「これが見れる!」 と強調されている。
みんなが行きたいところらしい


で、自分が見た感想としては、


それほどでもない



というか、みんなどの遺跡もすばらしく
ここだけが大人気な理由が分からない


あそこのラーメン屋は、うまい!!
「麺とスープの絶妙な・・・・」
こんなうわさに飛びつき並んだものの、
他のうまいラーメン屋に比べて、格段にうまいわけもなく (まずくはないが)、
なんとなく1時間の行列待ちの時間をもったいない
と、感じている心境なのだ。(わかりにくい?)




リストマーク  ふたつめ?



どんどん紹介するよ!
続いて、「バンテアイ・サムレ」へ出発!!



と、おもったら途中下車


高床式の民家を訪問、「おたくはいけーん」 である。

カンボジアの伝統的というか
よくある様式の民家を見学することになった。
すごいのは、本当に住んでいる民家を開放していることだ。

庭の奥の炊事場には、朝食の余韻か、まだうっすらと煙が立ち昇っている。
その手前の天幕の下では、3歳くらいの子供が母親と戯れていた。
カメラを向けると、無邪気に写真に応じる。

その天幕の横を抜け、奥へ進む
靴を脱ぎ、階段を上る。1階というのか2階と呼ぶのか知らないが、高床式の家に入る。


ベットのような少し段差がついた床に、布団が一式敷かれているだけで。
他には家具がな〜んにも無い、
家人がニコリと微笑む、その口元には、わずかだが警戒感を感じた。

なんだか、気後れしてしまう。悪いことをしている気分だ。

庭の門前では、直径50cmほどの鍋で
ヤシ砂糖を煮詰めていた。
燃料は、ヤシの木だ。


そして、彼女らが自宅を公開している理由もここにある。
道端の露店でこのヤシ砂糖を売っているのだ。
ちまきのような風貌で、ちょっと違うのが形が円柱ではなく、
四角柱だということである。

家主の思惑通り、何人かが購入していた。




そして、やっと2つ目の遺跡 「バンテアイ・サムレ」 なのだ。

先ほどの、「バンテアイ・スレイ」 と異なり、こちらは重厚。
「スレイ」 は、赤レンガ色で燃えるような華やかさがあったが
「サムレ」 は、青みがかった砂岩の遺跡。尊厳という言葉が似合う。

スレイは姉貴、サムレは父上という感じなのだ。
(わかりにくい?)



リストマーク  ふたたび、おやすみなさい



ここで、いったん休憩なのだ。


今回のツアーの特徴として、

「毎日お昼休みがある」

これは、ありがたい



カンボジアも真冬だが日中は、27〜28℃になる。
真冬の寒さをしのぐ体制を敷いていたおいらの手足たちは、
びっくり仰天していることだろう。


休憩前に、腹ごしらえ。

本日のお昼は、別のホテルにある中華料理店で飲茶である。


昨年の中国で体験した、四川油ギトギト炒め物攻撃ではなく、
点心を中心とした、あっさり広東系料理で胃にもやさしかった。
ただ、カンボジアに来たのに中華?
という、若干の不満もあったがやむをえまい


クーラーの効いた自室に戻り
軽くお昼寝タイム。



リストマーク  みっつめ!

1時間半ほど、ぐっすり眠り
そして、いよいよメインの 「アンコールワット」 へ出発


基本的に、カンボジア各遺跡の正面は東側を向いている。

なのに、なぜかこの 「アンコールワット」 だけが
あっちむいてホイしていて、西側を向いて建っている。
宗教的な、何か意図があるんだろうけど不思議だね。


ということで、ここアンコールワットの見学は、
西日が差し込む夕方が、ベストタイムなのだ。


赤土の煙る駐車場で、地元の若者7〜8人が蹴鞠に興じていた。
蹴鞠と言っても、ボールではなくバトミントンの羽に近いもので、
玉の部分がアコーディオンのような蛇腹になっている。
また、羽の色使いは、孔雀を思わせるカラフルな蛍光色で、
エキゾチックな雰囲気充分である。

日本では、すっかり見かけなくなってしまった
庭先で興じる若者
少しうらやましい気がした。
(今では、小学生ですら外で遊んでないもんね)



いよいよ入場!

大晦日なのに、この暑さ
そして、さすがアンコールワット! 人ごみがすごいのだ!


午後2時をまわったとはいえ、まだまだ日差しはきつく
それに加えてこの人ごみ・・・

カンボジア人ガイドのブットさんが、
ポイントポイントで、熱心に説明してくれる。
が、あまりにも騒然としていて声が聞こえない。

一生懸命説明してくれているので、
がまんしてじっと待つ。

人気スポットゆえ、やむを得まい。
が、人ごみでウロウロできるスペースも少なく、
ちょっと移動して、説明(聞こえない)の繰り返しが
つらくなってきた。

ウロウロできれば、勝手に散策するんだけどね。


また、一番面白そうな第3回廊へは、先月(11月)から
登れなくなっていた。重ね重ね残念なのだ。
第3回廊へ登ると表現したのだが、それにはわけがある。

半端じゃないくらい、急なのだ。
イマドキの言葉で言えば、「ハンパネェ」なのだ。

第2回廊から第3回廊へは、
ビルの高さでいえば2〜3階ぐらい登るくらいの高低差がある。
そこを石段で登っていくのだが、
気分的には垂直に登っている気がするが、
実際には三角定規の60度ぐらいの斜面なんだろうな。

こんな急な斜面に何千、何万もの人が登ったもんだから
さすがの石段も磨り減り、欠け削れ、非常に危険な状態になっているらしい。


リストマーク  さわっちゃいや

カンボジアの遺跡は、
日本では考えられないほど、至近距離で観察できる。
実際に遺跡の中に足を踏み入れることができるのだ。

しかし、それがアダとなり、石階段が磨り減りさらに、
遺跡を破壊することにつながってしまった。


重要な彫刻も手で触れる状態になっていたため、
心無い人たちに破壊されてしまって、
あわてて事後にロープが張られるといった状態なのだ。

壁一面に彫られた、デバター(女神像)。
オッパイだけが(触られたおかげで)テカテカに輝いている。
彼女らの顔が悲しげに見えるのは、私だけではないはず。

カンボジアには、1800もの遺跡がある。
が、内戦などで自分の命が危ういのに、
そんなものを保護している余裕があるわけが無い。
自分の保護がさきなのだ。

最近やっと、治安が戻り
観光の素ネタである遺跡が壊されていく現実を理解し始めた
のかな?
やっと、保護に乗り出している状態なのだ。


ということで、話がやっと元に戻るのだが
第3回廊に登れなかったのだが、やむをえない。
(今回は、やむをえないことだらけなのだ)
そのうち、遺跡のいくつかは、立ち入り禁止になる気配が濃厚。
お早めに、というのもヘンだが、早めにどうぞ


ちなみに、第3回廊への階段は、その後改修され
2008年05月現在は、登れるようだ。



リストマーク  おしまい?


ラッシュアワーの電車様に、遺跡の中から押されるように出てくると
アンコールワット遺跡は、終了。



広場を歩いていると、物乞いらしき少女が近寄ってくる

「ワンタナー」

手の平に、亀をのっけている。

「ワンタナー」


再度、か細い声でささやく。


もしかしたら、「ワンダラー(1$)」と言っているのかな?

遺跡の周りで遊んでいる子どもたちは、
観光客が近づくと、物乞いに変身する。

無邪気さと、悲しさが入り混じった複雑なしぐさだ。


思い切って振り払うように、歩く。




リストマーク  よっつめ!


まだまだ、終わりではない。



続けて、プノンパケンの丘というところから、
夕景を見るために登山なのだ。

登山と言っても、名古屋近郊で言えば、岐阜の金華山へ登るようなもの
(へ? 分からない? 名古屋の友達に聞いてみよう!)
そんなたいした坂は無い、近所の裏山レベルだ。



坂はたいしたこと無いが、人ごみはたいしたことあるのだ。


富士山のご来光なみの混雑振りで、
確かに今日は、2007年最後の日の入りなのだが、
このすさまじい人のせいで、土ぼこりがすさまじく、
かなりの人が、ハンカチを口に当てながら登っていた。


ここで、「マスク」 を売り出せばもうかりまっせ! そこのダンナ!




そして、その頂上には例のごとく(?)遺跡があり
そして、その遺跡に登るのは、これまたとてつもなく急な階段。

日本なら間違いなく「危険なので立ち入らないでください」
の看板が立っているであろう。

階段は1段が奥行き20cm弱、高さが50cmはあろう急登。
なのに横幅が2mほどしかない。
そんな階段が、遺跡の東西南北の4箇所にあり、
そこへ、さきほどの人ごみがどっと押し寄せる。

少しでも高く、少しでもすてきなサンセットが見られる場所を求めて・・・


ところどころ磨り減り欠けた石段に、
へばりつくようにして、昇り降りする人々。
しかも夕暮れ。

誰かが足を滑らしたら、大惨事になるのは間違いない。


事なかれ主義のお役人でなくとも、
ここをこのままの状態にしとくのは、「まずくねぇ」と思ってしまう。
私は、ニホンジン。


日が落ち始め、足場が見えにくくなってきた。
危険を感じ、多少明るいうちに降りる



ここでも広場で、地元の若い男女が蹴鞠に興じる。
今度は、木で編んだような中空の玉だ。

押し合いながら、遺跡に登っているのがバカらしくなるほど、
彼ら彼女らは、のんびりと戯れている。


ウラヤマシイ気がするのは、なぜだろう。



リストマーク  ガラディナー


やっと、これで本日の旅程は終了。
お疲れ様でした。



本日のディナーは、「大晦日」ということで
「ガラディナー」というパーティが開かれていた。

コース料理で、フリードリンクという
のん兵衛には、たまらない催しとなっていた。
ビール、ワインをはじめとする飲み物を気兼ねなく飲めるのは、
ありがたい。(庶民なので)

伝統の「アプサラダンス」を見ながら、
たっぷり2時間をかけてのコース料理。
大人の我々には、面白かったのだが、息子には不評。待ちきれないのだ。
また、ツアー参加者の面々との会話にもついてこれず、
さびしい思いをさせたかもしれない、スマぬ。

しかし、このタイミングでカンボジアに来る人間は
旅行好きの人間が多かったようで、参加者は誰もがかなりの旅行経験者。
どこが面白かった、どこどこへ行きたいと言った
自慢・夢を語り合っていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。


息子の我慢が限界に達したため、
この後のカウントダウンパーティを断り、早々に部屋に


明日は、5:30出発なのだ
(みなさんタフですね。この後も延々と宴会は続いていたようです・・・)





<最後に本日の写真をどうぞ!>
ひとつめ 「バンテアイ・スレイ」 は、コチラ
とちゅう 「おたくはいけん」   は、コチラ
ふたつめ 「バンテアイ・サムレ」 は、コチラ
メインの 「アンコールワット」 は、コチラ



(つづく・・・)




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