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8月31日(木) 豊作な日々
・残暑厳しきおり、いろいろ豊作でうれしい。
・パトリック・クエンティン『死を招く航海』(新樹社)、小森健太朗『駒場の七つの迷宮』購入。
・ネット古書店から、モリスン『緑のダイヤ』(世界大ロマン全集) フレッチヤ-『ダイヤモンド』『ポー.ホフマン集』(乱歩訳)(世界大衆文学全集)。中学コースの付録にも手を出してしまった。パトリック・クエンティン『血を吸うバラ』、『笑う男』、『エリーがいない』、ヒュー・ペンティコースト『死者は語らず』の4冊。『血を吸うバラ』は『呪われた週末』で、『笑う男』は、EQMMに翻訳のある「笑う男」。後の2冊は、すぐには、わからず。短編だろうか。
・馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、探究事は書いてみよ。なんと、前回書いた『忍法相伝73』が原作のコント55号の映画「俺は忍者の孫の孫」が、ある方のご好意でビデオを観ることができそうな雲行きになってきた。ネットのありがたさをしみじみ感じております。ありがとうこざいます。このメールをいだいて、夢にコント55号が出てきてしまった。
・ミステリ系高校生広沢さんから、作品報告。夏休みは、今日で終わりでしょうか。
・角田喜久雄『奇蹟のボレロ』(春陽文庫、国書刊行会)。裏の窓以外は全て施錠されている劇場が舞台で、なおかつその窓から外に出たものはいないという証言があり、中にいる容疑者は全員が眠らされていたり、縛られた上殴打されて気絶しているといった状況下で起こった不可能犯罪を取り扱っています、というご報告。
 これは、未読でしたので、不明を恥じつつ、読んでみました。なるほど。これは、不可能犯罪の一種
ですね。解法が普通の密室物と別なベクトルに向かうというのは、あるけれど。後日リストに入れます。
・続いて、初登場、ようっぴさんから。
*西島亮 秋晴れ(「幻影城」1977.10月号)
*八重座蛍四 鴉殺人事件の真相(「幻影城」1977.12月号)
*海野十三 点眼器殺人事件(「13の凶器」渡辺剣次編・講談社)
*大下宇陀児 鉄管(「13の凶器」渡辺剣次編・講談社)
*鷲尾三郎 悪魔の函(「日本ミステリーベスト集成2」中島河太郎編・徳間文庫)
 渋いところを寄せていただいてありがとうこざいます。「13の凶器」は、大昔に読んだのに、内容を全然覚えてません。くくく。本はどこだ。「日本ミステリーベスト集成2」は、もっていないのですが、中島河太郎「密室殺人傑作選」に収録されている「悪魔の函」(昭和28.4「富士」)と同一作品ではないかと思われます。この作品は『悪魔の函』(昭和33.第一文芸社/本には「新作推理長編」と銘打っている。いい加減な。)という短編集に収録されたときに、「妖魔」というタイトルになっているので、リストには、このタイトルで入れています。後日、注釈を入れておきますね。探偵作家毛間久利とストリッパー川島美鈴のコンビ探偵好きなんだけど、このシリーズって4編しかないんだろうか。



8月28日(月) 死者の靴
・牧野修『病の世紀』(徳間書店)、HMM10月号を購入。特集は、長いHMMの歴史の中でも、初めてアジアを取り上げた「コリアン・ミステリ・ナウ」。概説を読むと、欧米の話題作の翻訳は、ほぼ日本とリアルタイム。創作では、とのような傾向が人気があるのか今一つわからない。カバーが紹介されている北村薫の『月の砂漠をさばざばと』台湾版には、サイ君が驚いている。
・くあ。同号の「ミステリチャンネル」の広告によると、「高校生と殺人犯」が放映されるらしい。これ、山田風太郎原作の映画。『青春探偵団』が原作だと思うのだが・・。ミステリチャンネルが入る金持ちの方は、観て教えて。フクさんの書評で、駄作としての相貌を露にしてしまった「忍法相伝73」の映画化(コント55号出演:タイトル失念)ともども、観てみたい風太郎映画だ。
『死者の靴』 H,C.ベイリー(00.8('42)/創元推理文庫) ☆☆☆☆
 フォーチュン氏でおなじみのベイリー初の邦訳長編。今、なぜベイリーなのかという疑問はさておき、この初紹介のクランク弁護士シリーズの一作は、予想を大きく上回る収穫であった。
 風光明媚な田舎町キャルベイの海から少年の死体があがる。容疑者から依頼を受けた弁護士クランクは、死因審問で見事な弁舌を披露、容疑者を救い出すが、その後も部下のポプリーを送り込んで、町の動静を探る。町では、不審な強盗事件や事故死等が発生し、ついには明らかな殺人が発生するのだが・・。リゾート地として「あまりに急激に成長しすぎて、へたってしまった街」を舞台に、準主役の新聞記者のボーイ・ミーツ・ガールや、調査員ポプリー夫妻の田舎暮らしを軸に、名士の令嬢の結婚式や慈善パーティなど田舎暮らしの四季を点綴しながら物語は展開する。悠揚迫らぬ筋運びは英国ミステリの興趣に満ちているのだが、通常のヴィレッジミステリと違っているところは、キャルベイの汚点のようなスラムの存在をはじめとした一種の社会性だろう。事件の背後に、利権らしきものが絡み、町の高級職員や議会、公安委員会といった機構、州警察と町警察の確執が描かれるのは、かなり異色ではないだろうか。
 町自体が主役である点、1年以上の長期間に及ぶ事件、アウトサイダーの探偵役の長期潜入、作品のもつ一種の社会性という点では、タイプは違うものの、本書と同年に書かれたクイーンの『災厄の町』を思い出した。
 物語の終幕、あまりにもさりげなく言及される事件の真相は十分意外だが、その後に示される、物語全体を呑み込むような驚愕のヴィジョンには、読者は眼を剥くだろう。そして、タイトルに秘められた深い含意にも、また。



8月27日(日) 青銅の魔人
・『死者の靴』には、驚かされました。
・今回の本は、第1作「怪人二十面相・伝」を読んで、続編入手を熱望していたもの。いつも賑わう「カフェ白梅軒」店主さまから、譲っていただきました。ありがとうこざいました。正続ともに、「白梅軒」が登場する本を同名の店主手ずから送っていただくのは、まこと奇縁なり。前作の感想は、3月23日の項参照。
『怪人二十面相・伝 青銅の魔人』('91.1/新潮社)
 前作『怪人二十面相・伝』は、初代怪人二十面相と初代明智小五郎の闘争がメイン。主人公兵吉の怪人二十面相としての活躍は、本編にもちこされることになる。時は、昭和21年盛秋、浅草のドブロク長屋に、戦災孤児・葉子と腰を落ち着けた兵吉は、偉大なる師匠の遺志を継ぐべく、初代の残したノートに基づき、泥棒稼業のノウハウ取得に励む。兵吉が取り組んだ「劇場犯罪」は、あの「青銅の魔人」事件。二代目明智小五郎(小林少年が襲名)との闘争が火ぶたが切っておとされる。
 「皇帝の夜光の時計」収奪事件を大きな山場として、細かなエピソードを積み上げていく手法は、前作と同様。作者の文章も前作より、堂に入っている。二代目明智は、前作の悪魔主義者初代明智に劣らない冷酷なエゴイストで、泥棒仲間や謎の支援者などの善意に取り巻かれているような平吉側とは対照的な姿を見せる。物語には、(「ルパン」ならぬ)「アルセーヌ」という文壇酒場に出没する太宰治も登場、太宰をはじめ、戦争をはさんで生々流転する登場人物たちの運命は、そこここに言及される戦後風俗と並んで本書の大きな読みどころとなっている。おそらく作者の目論見のひとつでもあったろう、怪盗のビルデドゥングス・ロマンを通じた作者なりの戦前・戦後のクロニクル構築というユニークな試みは、一つの達成をみたといっていい。
 正編・続編を通じて、読んでいる途中に思い出したのは、川崎ゆきおの漫画「猟奇王」。時代遅れのロマンに向かって70年代後半の街を疾走したこの愛すべき怪人と平吉とが重なってしかたなかった。


8月25日(金) 紙の誘惑
・高橋ハルカさん@週刊札幌読書案内より、1万カウント記念小冊子「札幌読書案内プチ」を送っていただく。小冊子とはいえ、サイト運営の裏話や隠し玉書評などあって面白い。普段あんまり考えない、HPと私てな点でも思い当たる節も多い。昔、サークル誌なんてのをやってた人間からみると、webもいいけど、やはり「紙」も捨てがたいと思ってしまう。寝転がって読めるとか紙の質感などのほかに部数が限られるので、読者としては限定本所有者のような特権性を確保できる。送り手の方としても、読者の顔がおおむね想定されるので、不特定多数相手には不向きな話題をすることが可能。本HPも、5万アクセス記念は、「密室系」小冊子でも出すか(メイン企画は、関の「不埒王」復刻)などと考えたのだが、その他の書きため原稿もなし、やっぱり無理か。
・「週刊札幌読書案内」のMiss☆Ringでは、ミステリ系サイトの登録募集中とのことです。
・創元推理文庫から、驚きの新刊H.C.ベイリー『死者の靴』。途中までだが、なかなかいいぞ。
・同じく、中村融編訳『ホラーSF傑作集 影が行く』。ライバー、ディック、ロバーツなど、よさげなところがズラリ。中でも、嬉しいのは、アルフレッド・ベスター「ごきげん目盛り」。『分解された男』や『虎よ、虎よ!』の長編は、いうまでもなく、『ピーアイマン』(今はのタイトルは『世界のもう一つの顔』)所収の短編も印象深かった。単行本未収録という本編は、狂えるアンドロイドを扱ったものだが、アイデアと人称の意図的な混乱という実験的技巧とが華麗に結合した底意痔の悪い傑作で、期待に違わないものだった。(読んだのは、まだこれだけ)
・『怪人二十面相・伝 青銅の魔人』の感想は明日にします。



8月22日(火) 密室業務日誌
kashibaさんに、温かいお言葉をいただき、深甚なり。でも、もうネタ切れです。足、お大事に。道立図書館に雑誌類が割合充実しているのは、1975年に東京の栗田ブックセンターというところから、大量の寄贈があったからしいです。そういえば、「譚海」系の雑誌には、「見本」と判を押されているのが、ほとんどでした。
・昨日、少年探偵小説「秘宝館」」と書いたけど、考えてみると、「秘宝館」は、日下三蔵さん進められていミステリ復刊文庫叢書の仮称だったような。失礼いたしました。
・雑誌目次のアップについては、いましばらくお待ちください。
・で、最近、滞ってい密室業務を。差し入れをして下さった方、ありがとうこざいます。遅くなった方には、、大変申し訳ありませんでした。これに懲りず、よろしくお願いします。
●初登場、越沼正さんからは、芦辺拓『和時計の館の殺人』
●古書街デビュー、ともさんからは、二階堂黎人「「Y」の悲劇―「Y」がふえる」(最初のYは右に45度傾いている)(アンソロジー「『「Y」の悲劇』(講談社文庫から)
●蒼太に白熱、宮澤さんからは、山村正夫『霊界予告殺人』
●密室の哲人、上野さんからは、
 小栗虫太郎「失楽園殺人事件」 
 都筑道夫「人殺し豆蔵」 
 都筑道夫「雪うさぎ」
 牧逸馬「砂」
 飛鳥高「金魚の裏切り」
 加納一朗『『ホック氏の異郷の冒険』
 和久俊三『仮面法廷』
 さらに、葛山二郎『股から覗く』の解説(山前譲)に、「骨」昭和6年1月「新青年」)、「花堂氏の再起」(昭和23年1月「新青年」)、「後家横丁の事件」(「ロック」昭和23年11〜12月)が「密室もしくは密室状況に取り組んでいる」と書かれているという情報提供がありました。
●初登場、星導夜さんからは、『浮かぶ密室』 昭和63.12講談社ノベルス(『空中密室40メートルの謎』改題)ま作者は、浅黄斑ではなく、「浅川純」の間違いではないかという御指摘がありました。あわわ、そのとおりでこざいます。謹んで、訂正させていただきます。
 提供していただいたものは、とりあえず「密室協力員」のコーナー(兼収蔵庫)に掲げます。リスト入りしていないものも随分増えてきて、なんとかしなくては。


8月21(月) 魔人平家ガニ
・密室系作品頂戴しておりますが、次回、掲載いたします。
・風太郎少年物も前回でネタ切れ、補給路を絶たれ進退窮まったのだが、そのとき再びおげまるさんの怒濤のような援軍が地響きをあげて。
・なんと、少し前から道立図書館所蔵少年誌総チェック!という壮大な試みに着手しているとか。とりあえず「少年画報」「冒険王」「少年クラブ」「おもしろブック」「太陽少年」「東光少年」「少年世界」「少女クラブ」「少女サロン」あたりの所蔵分が終了したそうです。凄い。貴兄は、平成のシュリーマン、いやさ、一人リットン調査団ですか。風太郎の少年物を探すには、当時の少年誌を博捜しなければならず、とてもできないと思っておりましたが、おげまるさんが取り組んでおられましたか!
・なんでも、後は、少女誌と幼年誌と学習誌とそれから終戦直後に出た群小誌を残すだけみたいです。横溝、高木、島田をはじめ、鮎川、島久平とか、けっこう目新しいデータが多いらしい。大藪春彦の怪獣小説なんてのもあるそうです。くー、その成果を是非、どこかに発表していただきたい。面白そうなのを集めて、どこかの出版社で挿し絵付きの豪華本かムック形式で出してくれないかなあ。タイトルは、『少年探偵小説「秘宝館」』。どうでしょうか。
・それで、さらに風太郎の少年物を一編発見された由。
「魔人平家ガニ」 おもしろブック 昭和32年夏休み漫画読物号
 くはー。これは、凄いタイトル。「笑う肉仮面」と並ぶインパクトですね。ダムの底に沈む予定の平家の落人村を訪れた少年たちが、鎧櫃に眠っていた魔人を復活させてしまう。魔人は、パトカー相手に大立ち回り。かなりチープな話らしいのですが・・。これも、そそるなあ。
・さらに、おげまるさんの情報提供を記すと、
 木元至の「雑誌で読む戦後史」(新潮選書)に「譚海」の項目があった。戦前に博文館から出ていたもの(山手樹一郎が編集長。横溝の「髑髏検校」など掲載)の権利を、「近代文学」の八雲書店の別会社が譲り受けたもので、復刊は昭和21年4月号から。当初は横溝「夜光怪人」などが載っていたようです。末尾に「28年5月号で休刊後、8月より譚海出版社から再興、最終は不詳。」とある。文京出版は倒産したらしい。では「探偵王」はどうだったのか。「別冊太陽」では、18頁に28年10月号の書影があって、発行元は三和出版になってます。道立図書館で29年2月号をチェックすると、こっちは八雲出版社になっている。…結局、いつごろまで続いたんでしょうか?
 うーん、謎は深まるばかりですね。
・さらにさらに、「肉仮面」に関して。これは、時代物ではないそうです。昭和19年が発端とか。「水城鶴千代」、「モク兵衛」のネーミングにすっかり時代物と勘違いしてしまいました。すみません。です。時代物じゃないです。上記の理由で、たぶん連載中に雑誌が廃刊となり、別の場所で仕切りなおしたのが「笑う肉仮面」ではないか、書下しとは考えにくいというのが、おげまるさんの推測です。



8月19日(土) 風太郎少年物:伝奇・時代編
・風太郎少年物の続きです。
「秘宝の墓場」 少年少女譚海 昭和26年12月号
 これはミステリ編にいれるべきだったかもしれません。「みささぎ盗賊」を現代を舞台に、切支丹物に書き替えたもの。切支丹大名大友宗麟の孫娘桑姫が逃れたという伝説の孤島「桑姫島」。学者団がその墓を調査した後に、海賊一味「海髑髏団」が島を襲うが、桑姫のミイラが眠る墓所を荒らした別の海賊が大怪異に見舞われたことを知り…。「みささぎ盗賊」とは、別のオチ。現代の「海賊」というのはやや無理筋かも。
「神変不知火城」 少年少女譚海 昭和26年1月号〜?月 
 新年号(1月号)、お年玉新年号(調整号)、3月号を確認。(2月号は図書館になし)おげまるさんのいわれるとおり、全5〜7回の連載と思われます。
 1月号の冒頭に口絵と惹句が載っているので、それを紹介。
「妖雲立ちこめる八万地獄に、ぶきみにひびく悲鳴と怒号!それこそ、さかずりの刑を受けるキリシタン宗徒さいごの叫びだ。
「じいよ・・」紅おおむを肩にのせた幻術師森宗意軒に、怒りにみちた声でてう、美少年、天草四郎!
谷底からふきあげるなまぐさい風に、紅おおむの翼もうごく!!ああ雨か!嵐か!山田風太郎先生の大傑作「神変不知火城」ついにはじまる。」
 島原半島雲仙の八万地獄で処刑されたキリシタン信者が最後の力を振り絞って投げた巻物を、その息子(後の幡随院長兵衛)、由比正雪・丸橋忠弥組、兇盗孔雀組、天草四郎・森宗意軒組が追う。冒頭から幻術、妖術入り乱れるの大幻魔戦。他に、真田幸村、猿飛佐助、松平伊豆守ら豪華キャスト。後年の骨太の忍法帖を思わせるような大伝奇作品。天草四郎が水牢責め、森意宗軒の娘が土牢責めにあっているところで、次号へ続いて、無念なり。
「肉仮面」 探偵王 昭和29年1月号〜?月号 
 これは、まだ読めてません。おげまるさんが2月号のみ確認。おげまるさんの疑問に
「連載第二回。 これがまた悩ましいシロモノでして、主人公の本名が水城鶴千代、その養父となる老芸人はモク兵衛になっているんですけど、これ、「笑う肉仮面」と同じテキストですか?」
 とあります。
 「笑う肉仮面」は、金持ちの家に生まれながら、遺産の乗っ取りを企む伯父らに、笑ったままの顔面に手術され、孤島に捨てられた笑太郎(ほんとうの名は、弓太郎)があきめくらの可愛い少女千鳥、養父となる手品使い宇宙斎と出会い、一緒に旅をしながら再び故郷に帰ってきて・・・と展開する話です。孤島に捨てられたとき笑太郎は8歳、物語の時点では、笑太郎が15、千鳥が11になっています
。「肉仮面」の「笑太郎は十四になり、雪絵は十一」とほぼ同じです。
 第1回目の冒頭が、「肉仮面」では、
「水城鶴千代は、伊衛門島の上にたって、しょんぼりと、沖をながめていました。
 鶴千代をはこんできたうづしお丸は、とうのむかし海のはてにきえて、そのかげもみえません。ただ、みえるかぎりは、どうどうと鳴る青黒い波、波、波ばかりです」
 となっているとのことですが、
 「笑う肉仮面」では、笑太郎が孤島に捨てられるまでの消息を描いた後に次のような文章が出てきます。
「弓太郎は、吹雪島の岩の上に、死んだようにたおれていました。
 船は荒れくるう海の果てにきえてしまいました。いくら待っても、きこえるのは、すさまじい波のほえる声だけです。」
 文意は、ほぼ同じです。(余談ながら、後者の文章では、「とうのむかし」「そのかげもみえません」「どうどうと鳴る」など、常套句的な表現がカットされているのは、興味深いところ)これらから、現段階では、「肉仮面」は『笑う肉仮面』とほぼ同じ作品と思われます。
 両者の大きな相違は、『笑う肉仮面』は、現代が舞台であり、「肉仮面」は時代物であるということです。『笑う肉仮面』を読んだときに、手品車を押しながらの旅やおおかみ月光丸などに、随分違和感があったのですが、時代物の改作と考えれば、その違和感も首肯できるというもの。単行本化(昭和33年)の際に、現代物にした方がいいという判断があったのでしょうか。
「地雷火童子」 少年クラブ 昭和35年1月号〜12月号 
 江戸の徳川家康が大阪の豊臣秀頼の壊滅を狙うとき、最もおそれていた男は、真田の大軍師幸村だった。幸村は、「地雷火を京都から江戸に運び家康の目の前で爆発させる」と宣言。父幸村の秘命を受けた大助と、月姫、小源太は、出雲のお国一行に紛れ込み東海道へ江戸に向かうが、押し寄せる徳川の隠密やなぞの天狗軍団をかいくぐり、果たして一行は江戸に到達できるのか・・。筋立ては、『いだ天百里』のなかの中編「地雷火の巻(地雷火百里)」(「小説倶楽部」昭和31年1月号)とほぼ同じ。「いだ天百里」は、山の民撫衆を描いて印象的な作品でしたが、本編にその要素はほとんどありません。「地雷火の巻」は、地雷火輸送をめぐって様々な思惑が乱れ飛び各派がかなり複雑な対立を見せていましたが、本編ではかなり単純化されています。その分、地雷火はどこにあるのかという意外性に富んだ謎が際だっていて、親作品より伏線も十分張っている印象。桑名〜宮間の海上での立ち回りなど、親作品にないシーンもあり。

 おげまるさんのご報告に加えて、もう一つ少年物が追加できそうです。
「双面紳士」 探偵王 昭和27年1月号〜?
 「少年少女譚海」昭和27年1月号の裏表紙にある「探偵王」の広告に載っていた作品です。(現物
は、未見)「新連載探偵活劇小説」とあり、惹句は「微笑のかげにかくされた恐るべき悪魔の笑い!風のように出没する恐怖のまと双面紳士とは何者?」とあります。



8月17日(木)風太郎少年物:ミステリ編
・夏呆けで、3日間休んでしまいました。
・ポケミス新刊、ローレンス・ブロック『泥棒は図書室で推理する』は、『大いなる眠り』の初版本にまつわる、雪に閉ざされた山荘物で、結末でポワロばりの推理があるという。ハードボイルドファン、本格ファン、古本ファンがこぞって喜びそうな設定だ。
・今回読むことができた風太郎少年物:ミステリ編。おげまるさんのレポートにつけ加えることは、実はあんまりないのだが、一応ひとつひとつ触れてみる。

「黄金密使」 少年少女譚海 昭和25年9月号〜
 連載第一回目のみ確認。珍しく少女を主役に据えたスリラー。惹句に曰く。「どこからともなく、ぬーっと現れる覆面の怪人!大金塊をねらっておそろしい魔猿団の毒手がのびる・・。しかも、少女朋子は父の密使となって、いまその嵐のなかにまきこまれていく・・」冒頭は信濃の飯田市。かつて父が中国国民政府のの依頼を受けて日本に運び込んだ黄金をめぐり、兇賊魔猿団一味と、覆面の怪人が暗闘。怪人の凶弾に倒れた父は断末魔の中で叫ぶ「朋子!しっかり」財宝の在処を託された朋子は向かう、東京へ、東京へ。 昭和28年の「探偵王」12月号の目次にだけ掲載されていた「怪盗魔猿団」という作品の関連は如何に。謎は深まる。

「姿なき蝋人」 譚海文庫 昭和26年第5号  
 名作「蝋人」(昭和25年小説世界2月号)の着想を再利用した作品。雪の温泉宿で次々に起こる姿なき殺人。この世ならぬものが入ったトランクをもって、旅するせむし男という着想が妖しく怖い。
「蝋人」に出てくる切支丹の要素はなし。

「水葬館の魔術」 探偵王 昭和26年8月号  
 堂々たる読者への挑戦入り本格物。立体図面入り。 投身自殺者が相次ぎ「水葬館」と名付けられた洋館に、両親をなくしたばかりの美しい少女スミレが親代わりの夫婦物と引っ越してくる。近所の少年春吉は、スミレから「ワタクシハ殺サレルカモシレマセン」とのメッセージが託される。警部の父と訪れた春吉の眼の前で、哀れスミレは、謎の水死を遂げるが、犯人と目される夫婦には、犯行は不可能なはずだった・・。 トリックは、山風の某長編及び「女探偵捕物帳」の一編で使われているものだが、コンパクトにまとまっている。少女を襲った悲劇ともども印象深い一編。

「夜の皇太子第1回」  昭和28年探偵王2月号 
 リレー長編。第1回目の執筆が風太郎。「夜の皇太子」とは、なかなか凄いタイトルだと思うが、小説の冒頭は、なんと皇太子(現天皇ですね)の立太式パレード。雪彦・美香子の姉弟は、その帰りに銀座の美術商に寄る。元伯爵家だった雪彦の家に伝わる超国宝級の「女王の宝冠」が展示されているのだ。外の騒ぎに乗じて宝冠がすり替えられたことを知った雪彦は、宝冠は取り戻すが、謎の三人組に新宿御苑へ拉致される。夜は一切立ち入り禁止のはずのこの公園は、実は、全国の不良少年、浮浪児たちの組織の本拠地。その組織に君臨するのが、「夜の皇太子」と名乗る少年だった。(余談だが、この夜の皇太子に仕える幹部のネーミングが凄い。「チャリンコ男爵」「ペテン子爵」「バズーカ伯爵」(笑))「夜の皇太子」は、宝冠を手に入れるために、「真昼の姫君」と呼ばれる美香子の誘拐を指示。厳重な監視にもかかわらず、美香子は謎の失踪を遂げてしまう。ここまでが第1回。
 武田武彦担当の第2回では、美香子を電気椅子の刑に処すと脅された雪彦自ら、自宅に宝冠を盗みに入ることになるが、そこに黒いイヴニンドレスに身をつつんだ婦人が現れて。
 「だれです、あなたは・・」
 「夜のくじゃく姫」 
と謎の展開を遂げる。
 果たして、高木彬光の最終回で収拾は、ついたのか。

「冬眠人間」 昭和32年中学時代二年生4−6 
 二階堂博士が発明した画期的発明、人工冬眠。人類への大いなる福音になると思われたこの発明に魔の手が延び・・、博士と助手は謎の失踪を遂げる。父、二階堂博士の失踪に動揺する小太郎は、家の前にペスト菌に感染したネズミが発見される。冬眠人間とペスト蔓延の予感はいかなる関連があるのか。小太郎は、その秘密を探ろうとするが・・。冬眠人間という一種の思考実験に絡めた意外性十分の奇想が見物。「冬眠人間」(「講談倶楽部」昭和30年3月号掲載)とは、まったくの別ヴァージョン。

「暗黒迷宮党」 中学時代二年生7−11 
 北海道稚内市で幸せ暮らす勇吉の家に届いた一通の手紙。父は、犯罪者の秘密団体「暗黒迷宮党」の一員だったのだ。樺太へ逃亡する首領の護衛をするために父の後をつけた勇吉は人質にされ、首領らとの本拠地への逃亡を余儀なくされる。小太郎の行く手になにが待ち受けているのか。毎回、山場を盛り込んでいるが、勇吉を守る警官Xの正体がネタ割れぎみであり、やや物足りない。

「冬眠人間」 昭和34年少年クラブ1〜12 
 12回連載の長編。やはり、「冬眠人間」の着想だけは、共通するものの、主人公もストーリーも、同題の2作品とは、別物である。ただ、結末に中学時代版「冬眠人間」のアイデアが再利用されている。 冒頭は、羽田空港。海外に研究に行く兄を見送りにはきた小泉武とその妹洋子、武の友人の桜井七郎の三人は、髪は火のように赤く、目は金色に光る外人科学者、クラニと遭遇する。クラニ博士は、かつての同僚である武の父、博士が発明した人間が冬眠するための薬を狙っているようだ。翌日武の家に訪ねてきたきたクラニ博士は、洋子にクラニウムを照射。一月後には、体が腐っていくという人工放射性元素だ。小泉博士は、娘洋子を助けるために、冬眠薬の効果を長くするための研究を余儀なくされる。小泉博士がクラニに拉致されるが、「洋子は助ける」というメッセージを送りつけるu(ユー)というなぞの人物が登場する。果たして、小泉博士と洋子の運命は?クラニ博士の野望とは?謎の人物uの正体は?ここまでで第2回目まで。
 事件は、この後、東京中に出現する冬眠人間たち、目の前で冬眠人間化する警視総監、冬眠人間収容所、冬眠球をめぐる攻防、意外な敵方のスパイというような飽きさせない要素を盛り込みながら、北海道阿寒湖てせのクライマックスになだれ込んでいく。右手に世界、左手に正義、敵役も魅力的な正調少年冒険大活劇。



8月13日(日) 譚海系の雑誌
・道立図書館にあった「少年少女譚海」など、文京出版社の「譚海」系の雑誌について少し。「宝石」など当時の小説雑誌と同じ版型で、目次なども小説誌を模しており、大人の小説誌の小型版という感じ。漫画も少し載っているがあくまで小説がメインになっている。図書館で確認できたのは、昭和25年の3冊、昭和26年の3冊、昭和27年の5冊。この「少年少女譚海」の姉妹誌(当初は臨時増刊号だったらしい)として、「譚海文庫」という小型の雑誌があり、昭和26年6月号から「探偵王」と改題されたらしい。「探偵王」は月刊誌で、昭和26年が5冊、昭和27年が9冊現存していた。ややこしい話だが、この「探偵王」の臨時増刊号が、大型の「冒険ブック」という雑誌で、昭和28年の臨時増刊号の2号を眼にして。(なにかの足しに、いずれ、目次を載せておきます)
 掲載されている小説は、感激小説・明朗小説・時代小説・野球小説など多彩だが、探偵小説、怪奇探偵、冒険活劇、科学小説などの名称で呼ばれる推理・冒険・SFの連載や読切も少なくない。
 執筆陣は、御大江戸川乱歩、横溝正史をはじめとして、山田風太郎、高木彬光、島田一男、香山滋、岡田鯱彦、岩田賛、山村正夫、大河内常平、楠田匡介、島久平、香住春吾らの戦後派作家。さらには、戦前から書いている渡辺啓助、水谷準、三橋一夫、城昌幸、九鬼たん、城戸禮など。
 推理関係については、さながら「宝石」の出張所の感を呈している。ほかに、山中峯太郎、ジェームズ・ハリスなどといった顔ぶれも散見。
 目次には、高木彬光の長編「死神博士」、横溝正史の長編「皇帝の燭台」、島田一男のSF「地底の大魔神」、島久平や柴田錬三郎の西部小説などちょっと眼を奪うような小説が並んでいる。推理小説の少年物の研究がどの程度進んでいるのかよくからないが、戦後派の作家を中心としてがかなりの量を書いていたという事実は、興味を大いにそそるものがある。これらの雑誌の年少の読者たちが大人になり、昭和30年代のミステリーブームを支えたという側面もあるのではないか。
 雑誌に眠ったままの作品も多いと思われ、今後アンソロジーなどの形でスポットが当たることを期待したい。
 もっとも、山村正夫がどこかで書いていたと思うが、当時は、大人物で使ったアイデアやトリックを時代物で使い、さらに少年物に使い廻すというのが当たり前のように行われていたというので、作品の質に関してはなんともいえない面もあるのだが。
・ちょっと気になった神津恭介の読み。高木彬光の神津恭介もの「人形館の殺人」(「譚海文庫」昭和26年8月号)では、「かみつきようすけ」、「迷路の少女」(昭和34年「少年クラブ」臨時増刊号)では、「こうずきようすけ」になっておりました。
 


8月12日(土) 道立図書館へ行ってみる
・H文庫から3冊届く。1番欲しかったB・マスロフスキー『まだ殺されたことのない君たち』(昭37・東都書房/木々高太郎・槙悠人共訳)が、嬉しい。「MYSCON」の翻訳ミステリ企画で、森英俊さんがが、隠れた名作としてC.P.スノウの「ヨット船上の殺人」と並べて、挙げておられたもの。名前すら聞いたことのない著者なので、気になっていたのだ。木々高太郎のあとがきを読むと、フランスの作家のようで、パリで、実際に著者と会ったらしい。
・古本屋では、手稲の実家に行った際、近くで拾ったライオネル・デヴィッドソン「スミスのかもしか」が嬉しい。
・おげまるさんの情報に基づき、大麻(おおあさ)の道立図書館に行ってみる。人が少なくて、快適。で、ありました、ありました「少年少女譚海」、「探偵王」、「少年クラブ」。時間が足りなくなって、「肉仮面」だけは、確認でなかったけど、後は、おげまるさんのおっしゃるとおり。コピー機の前で、4時間くらい立ちづめで、疲れる。道立図書館は、国会図書館と違って、自己コピー。面倒だけど、1回の冊数制限がある国会図書館で、何度も並んで連載物をとるよりは、遥かに、短時間で済んだかもしれない。半分くらい読んでみた。



8月9日(水) 「風太郎の少年物」ふたたび
・パラサイト・関更新。
・昨日から職場に戻って時差ボケです。甲子園1回戦。札南対PL学園。南高は、61年ぶりの出場。来世紀もたぶん観られないという顔合わせだったのだが、7対0で敗退。試合中は笑顔が多かったが、甲子園の土を集めるときはやはり涙ぐむのだなあ。
・「木製の王子」購入。いや、そんな話はどうでもよく、おげまるさんのお許しを得たので、一昨日の予告どおり、「風太郎の少年物」に関していただいたメールを大公開。私の判断で全文掲載といたしました。
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 はじめまして。おげまると申します。HPはいつも拝見しております。いつぞやはせっかくRESいただいたのに無視したかたちですみませんでした。あらためてお詫びいたします(そういえばkashibaさんその他の方々にも無礼をはたらいてるのだな、私は)。
 なにしろパソコン素人なもので、今回労作の山風少年ものリストを拝見し、あわててメール設定に取り組んでみたのですが、うまいこと届いてくれるんでしょうか、これで(成田さんが掲示板を開いてくださると、ありがたいんですが…)。

 えーと。まず最初に。
 私も札幌在住なのですが、大麻の道立図書館は穴場です。あなどれません。アクセスに不便なのが難ですが、その分利用者が少なくて快適ですし、おいしい雑誌が揃ってます。「少年」「太陽少年」「四年の学習」については該当号がなかったものの、「少年クラブ」「中学時代二年生」はばっちりヒット。さらに「探偵王」とその兄弟誌「少年少女譚海」までありました。読めます。コピーもできます。気分は大血風。
 ぜひご利用をおすすめします。
 で。
 まず「夜の皇太子」、これは第一回が風太郎執筆で間違いありません。図書館にはこの2月号と、武田武彦執筆の3月号がありました。
 つぎに「夜光珠の怪盗」、未見ですがこれは連載ものです。「不明」と書いたのは私のチョンボ。草森エッセイに明記してありました。
 それから問題の「冬眠人間」、やはり三作それぞれ別ヴァージョンでした。「中二」版は怒涛の展開の果てに恐るべきドンデン返しが待ち受けるサスペンス仕立ての中編。「少ク」版は怪人クラニ博士(某怪奇作家とは無関係)が「Xの悲劇」の凶器みたいな冬眠球をつかって人々を凍らせ、日本支配を企てる大活劇スリラーでした。
 なお、「少ク」版は12月号までの12回連載です。これは参考にしたリストのチョンボ。
 ちなみに「中二」の表記は「かぜたろう」、「少ク」は「ふうたろう」です。
 もひとつ、「暗黒迷宮党」ですが、これは11月号までの五回連載です。「悪魔博士」巻末リストをご確認ください。
 てなとこで――本当は「地雷火童子」も含めてもっと詳しく書きたいのですが、今回は端折らせていたいて、以下、新発見情報です。
○「黄金密使」 少年少女譚海 昭和25年9月号〜?月号 (ルビ=ふうたろう)
 連載第一回目のみ確認。翌年には「神変不知火城」が始まっているので、長くとも四回で完結しているはずです。
 終戦直後、貴志少将が中国国民政府の依頼を受けて日本に運び込んだ黄金をめぐり、兇賊魔猿団一味と、さらにべつの(魔猿団を名乗る)覆面の怪人物の暗闘が始まる。財宝の在処を託された少女朋子の運命は……?
○「神変不知火城」 少年少女譚海 昭和26年1月号〜?月号 (ルビ=かぜたろう)
 ええと、この年はちょっとややこしくて、新年号(1月号)の次にお年玉新年号(調整号)がはいります。次に2月号が続くようなのですが、これは図書館にはなくて、3月号は確認。以下4、5、6、と欠号で、7月号、8月号には掲載されておりません。つまり全5〜7回の連載ということですね。
 お話は切支丹弾圧に心を痛める十四歳の天草四郎が主人公。のっけから原城秘図をめぐって森宗意軒と由比正雪の幻術合戦がサクレツしてます。以後は幡髄院長兵衛、松平伊豆守、猿飛佐助に真田幸村が入り乱れる大伝奇。これは、どうにかして全編読みたいものです。復刻希望!
○「姿なき蝋人」 譚海文庫 昭和26年第5号 (ルビ=かぜたろう)
 「譚海文庫」はこの翌号から「探偵王」と改題。
 名作「蝋人」の着想を再利用した密室系(笑)怪奇本格ミステリ。二番煎じといえばそれまでですが、サスペンスOK、結末の哀感もマル、で私的にはお気に入りです。
○「水葬館の魔術」 探偵王 昭和26年8月号 (ルビ=ふうたろう)
 山風の館もの! 本格推理! 読者への挑戦! 投身自殺者があいついだ河辺に建つ不吉な洋館。ある日、両親を亡くした美少女が知人の夫婦に連れられてこの水葬館にやってきた。この夫婦こそ、財産目当てに少女の両親を殺した悪人らしいのだが…数日後、主人公の少年は警部の父とともに夕食に招かれる。そして、彼らの目前で、少女は河に身を投げてしまった! 「それは、いままでにちゃんと書いておきました。諸君、わかりましたか。どこか妙だと思ったところはありませんか。それはじつに微妙な、しかしじつに簡単な犯人の手ぬかりでした。」 気合はいってます。復刻希望。
○「秘宝の墓場」 少年少女譚海 昭和26年12月号 (ルビ=ふうたろう)
 切支丹の末裔が住む長崎沖の孤島を突如襲った海賊一味。秘宝を求めて桑姫のミイラが眠る墓所を荒らした海賊たちをみまった恐怖とは…? 「みささぎ盗賊」の着想を流用した怪奇小説、オチ付き。やや軽めの一編です。
○「肉仮面」 探偵王 昭和29年1月号?〜?月号 (ルビ=なし)
 2月号のみ確認。連載第二回。 これがまた悩ましいシロモノでして、主人公の本名が水城鶴千代、その養父となる老芸人はモク兵衛になっているんですけど、これ、「笑う肉仮面」と同じテキストですか?
 それとも別ヴァージョンなんでしょうか? 冒頭と末尾の文章を引用しますので、鑑定をお願いいたします。 「水城鶴千代は、伊衛門島の上にたって、しょんぼりと、沖をながめていました。 鶴千代をはこんできたうづしお丸は、とうのむかし海のはてにきえて、そのかげもみえません。ただ、みえるかぎりは、どうどうと鳴る青黒い波、波、波ばかりです」
 「笑太郎は十四になり、雪絵は十一になりました。ちょうど十年の時がすぎたのです。
 そして、この美しい、恐ろしい、かなしい物語は、この年からあらためてくりひろげられてゆくのです。 それは、どういう物語でしょうか?」 ――なんにしろ、むちゃくちゃ面白そうなんですけど。情感たっぷりで。
 読みたいです。
 と、いったあたりで、私の持ちネタはおしまいです。長々とすみません。
 失礼しましたーーー(古いか)

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 山風少年物がまだこんなにある。しかも、道立図書館で読めるとは。メールをいただいたときの私の驚きをご想像ください。以下次回。



8月7日(月) アイルランド・ミステリ 
・くまかかか。「風太郎の少年物」に関して、凄い情報をいただいてしまった。当該文章の情報元のお一人、おげまるさんからの情報である。まとめた文章に登場しない、山風少年物6タイトルの情報である。しかも、読んでおられる。その上、テキストが私でも読める範囲のところにあるというのである。メールの転載について、現在お願い中。同好の士は、刮目して待たれよ。
・「猟奇の鉄人」掲示板に喜国雅彦さんが、ブックスいとうでジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」の1922年版が40万円で売っていたという話を書かれていた。たまたま、ジョイス「ダブリン市民」(新潮文庫)の解説(安藤一朗)を読んでいたら、「ユリシーズ」の発刊にまつわる話が出てきた。「ユリシーズ」は、1918年からシカゴの文芸誌に連載されていたが、20年になって風紀上有害という廉で告発、有罪に。ジョイスは、「ユリシーズ」を本にするために、パリに出て、ある貸本屋の婦人の助力で、
すべて予約出版の形で印刷した。ようやくできた本の一冊をショーウィンドウに飾ったところ、待ちかねた客が殺到して、ガラスを破られそうになったので慌ててひっこめたという。予約者たちへの発送をジョイス自ら、頭を糊だらけにして手伝ったというが、ロンドンとニューヨークの税関では、英米に送られた500部ずつが没収されてしまったらしい。ただし、両国に密輸入された本の数は、相当の量になるという。ショーウィンドウに殺到した人たちは、発禁本だからという理由で殺到したのだろうか。
・アイルランドの文学といえば、ジョイスであり、ベケットであり、昨日のオブライエンであり、ということになるのだろうが、アイルランドの作家はミステリでの貢献はないという通説に真っ向から反論しているアンソロジーがある。ピーター・ヘイニング編「GREAT IRISH DETECTIVE STORIES」(PAN)がそれだ。収録作家は、知られているところでは、ニコラス・ブレイク(「白の研究」)、ピーター・チェィニイ、エドマンドド・クリスピン、クロフツ(「東の風」)といったところか。全26作家。
 なんと、ジョイスやフラン・オブライエンの作品も、収録されている。この二人もミステリを書いていたのかと思ったが、早計で、収録作は、犯罪にまつわるコラムだった。ただ、フラン・オブライエンは、1950年代に、Stephen Blakesleyというペンネームで、セクストン・ブレイク物(19世紀から続くヒーロー探偵物)も数冊書いていた由。ジョイスは、犯罪の要素を小説に盛り込むことをよくやっていて、ヘイニングは、『ダブリン市民』の「邂逅」や「痛ましい事件」、『ユリシーズ』などをその例として挙げている。
そんなわけで、『ダブリン市民』を読んでいたりしたわけだ。この話、続くかも。
・このアンソロジーを買ったのは、ニュージーランドのクライストチャーチという街の古本屋。店主がヘンな顔をしていたが、変な日本人旅行者がニュージーランドでアイルランド・ミステリの本を買ったら、変
だよなあ。クライストチャーチという街、ナイオ・マーシュの生まれ故郷で、観光パンフに、資料館みたいのが載っていた。ホテルの従業員に聞いたら、ナイオ・マーシュ?WHO?との返事。郷土の偉人を知らんのか。ロデリック・アレン物がTV化されていたようで、街の本屋にも、結構ならんでいたのだが。というわけで、ナイオ・マーシュ資料館には、行けませんでした。3年前の話。




8月6日(日) ド・セルビイ主義
・ド・セルビイ主義なるものを知ったのは、小林信彦のエッセイだったか。格好よくいえば、書斎旅行者的な意味で使われていたように思う。実際に旅行せずに、行った人以上に現地に詳しい。植草甚一が初めていったニューヨークで、裏路にある店まで全部知っていたというようなエピソードが紹介されていたと思う。私も、ド・セルビイ主義者のはしくれたらんとして、夏休みだというのに、部屋で扇風機廻してゴロゴロしているのだが、今回念願かなって、ド・セルビイ思想の原典に触れることができた。
・ド・セルビイとは、アイルランドの小説家フラン・オブライエン『第3の警官』(執筆'40、刊行'67/筑摩書房'73)に登場する科学者・哲学者。数ある彼の衝撃的見解の中でもっとも秀逸なのが、「旅とは幻覚なり」というもの。かの哲学者によれば、人間存在は「それぞれ無限の短時間裡に存在する静的経験の累積」である。A地点からB地点に移動するとき、人は、無限の中間地点に無限の短時間だけ順次身を置くにすぎない。したがって、「運動」もまた錯覚にすぎない。その決定的証拠は、すべての写真であるとする。緊急の用事で遠い街に旅行する必要に迫られたド・セルビイは、目的地までの路線風景を描いた絵はがき一色を仕込んで宿の一室に閉じこもる。それ以外に部屋に持ち込んだのは、時計と気圧測定装置、ガス照明度変調装置のみ。7時間後に部屋から出てきた彼は、往復旅行をすませてかえって来たと断言するのである。彼の偉大なる理論は、家屋、道路、釘打ち、水など、万般一に及ぶ。その例の幾つかを挙げると、
●人類の軟弱化傾向及び退化は、屋内生活を偏愛することにある。その解決策は、屋根なし住居又は壁なし住居に住むことである。
●夜が来るのは、ある種の火山活動によって発生する「黒い空気」の蓄積に起因する。
●鏡の中に映る自分は、自分の正確な再現ではなくて、自身の若かりし時の映像である。光線が自分の顔に当たり、鏡に反射して、跳ね返ってくるのに微小とは時間が経過しているからである。ド・セルビイは鏡を向かい合わせて、無限に像を反復させ、最も奥の方に12才のときの自分を発見したという。
●地球は、球形ではなくソーセージ型をしている。
などなど。
・『第三の警官』自体は、こんな筋立てだ。ド・セルビイ研究者として、一家をなしたいと考えている主人公は、同居する雇い人にそそのかされて、財産目当てで、金持ちの老人を殴殺する。奪った黒い金箱は、管財人が隠匿するのたが、ほとぼりが冷めた頃、隠し場所に取りに戻る。ところが、金箱は見つからない。殺したはずの老人が現れたり、自分の第二人格が現れたりする怪事に巻き込まれながら主人公は、どこか次元が狂った警察署に助けを求めるのだが・・。ド・セルビイの思想自体は、主人公の行動に沿って、注釈の形で言及されるにすぎない。ド・セルビイの思想がこれだけタガが外れているのだから、小説の方も、奇天烈だ。自転車を利用しすぎて自転車人間になってしまう村人たちが出てくるなど、キャロル風のナンセンスには事欠かない。真面目顔の冗談、軽薄なる深遠が交錯するアイルランド流奇想小説。「ドーキー古文書」('64 )では、ド・セルビイが実際に登場し、特殊物質D・M・Pを開発、地球生物の滅亡を企てたり、オブライエンの精神的師匠であるジェイムス・ジョイスと会見したりするらしい。こちらも、いずれ読んでみたいものだ。(本編を最高の自転車小説とした、へれん・けら一氏の抜群に面白い文章が「謎宮会」で読めます。)



8月4日(金)
・本日も夏休み。雨も止んだ夕方、琴似の「志んぼ」に鰻を食いに行く。備長炭で焼かれた鰻はふっくらと香ばしく、柔らかい。先代から引き継いだというタレは、甘さ控えめでそれでいて..もうやめんか。鳥の半身を使った新子焼も旨し。
『真説ルパン対ホームズ』 芦辺拓(00.4) ☆☆★ 
 名探偵パロディなどファニッシュな趣向に徹した短編集。4編は、単行本等で既読。
「真説ルパン対ホームズ」1900年バリ万博を舞台に繰り広げられる探偵対怪盗の争闘。ルパン年代学、映画草創期のトリビアル、不可能興味、マダム貞奴をはどめとする意外な登場人物など凝りまくった中編。趣向が趣向倒れに終わらず、本編のテーマに奉仕させていく手際は、本格ミステリ作家の面目躍如。この場所でしか成立しない本編の「真犯人」とその動機の前では、ルパン対ホームズの対決すら、そのための捨石に思えてくる。「大君殺人事件 またはポーランド鉛硝子の謎」ファイロ・ヴァンスほか米黄金期の探偵登場のパロディ。もったいないくらいのアリバイトリックが使われている。「<ホテル・ミカド>の殺人」初読時は、意外な名探偵の登場に驚いた。「真説〜」、本編、「ブラウン神父の日本趣味」(『贋作館事件』所収。小森健太朗との合作)と並べてみると、山口雅也のトーキョー・サムシリーズと響き合うテーマの探究があることがわかる。一方、「黄昏の怪人たち」の乱歩少年物パスティーシュ、「田所警部に花束を」の鮎川パロディ、「探偵奇譚 空中の城」の涙香パスティーシュは、趣味的にすぎるというか、対象となる作品へのオマージュの度合いが高すぎ、つらい 印象。かえって「百六十年の密室−新・モルグ街の殺人」の批評性の方がミステリ史ミステリとして、新しい可能性を感じさせる。「七つの心を持つ探偵」は、30枚で、七種の探偵の声色を真似、オチまでつけた怪作。
 「真説〜」「ホテル〜」「黄昏〜」「田所警部〜」「百六十年の密室」は、不可能犯罪物です。
●リスト追加 芦辺拓「真説ルパン対ホームズ」 


8月3日(木) 風太郎の少年物
・日下三蔵氏のご配慮で、つ、ついに、山田風太郎『笑う肉仮面』を読むことができました。ありがとう
ございます。ありがとうこざいます−。
・ずっと以前から、まとめておこうと思いながら、手をつけてなかった「風太郎の少年物」についてまとめてみました。ほとんどは、昨年「小林文庫ゲストブック」及び「猟奇の鉄人」掲示板で得た情報を元にしております。
・K文庫から荷物届く。当たったところは、こんなところ。海外は全滅。
高原弘吉『日本滅亡殺人事件』(弘斎出版社)
小泉喜美子『殺人はちょっと面倒』(中央公論社Cノベルス)
藤村正太『大三元殺人事件』(立風書房) *これは、麻雀推理全冊注文したのだが、1冊だけでした。黒白さんとダブったみたい。
多岐川恭『牝の感触』(桃源社・昭45) 短編集
北條文緒『ニューゲイト・ノヴェル』(研究社選書) *19世紀英犯罪小説群の研究書
『暗河21』(葦書房) 資料:同時代から見た夢野久作
『新青年』昭10.2、9、11月号。昭和10年の新青年。当たるはずがないと思って頼んだら、当たってしまった。こんな者のところに来ていいのかな。
 


8月2日(水)
・随分久しぶり。「パラサイト・関」更新だ。
・昨夜は、大通り公園ビア・ガーデンから流れて通飲。本日から夏休みなのだが、ふとんに倒れていた。夕方起き出して、郵便局。須川さんにくまブックス発送、ネット古書店入金。
・芦辺拓『真説ルパン対ホームズ』読了。


7月31日(月) ファンタスティック・ユーモリスト
・東方より、最高のプレゼントあり。しばらく、神棚に飾っておこうか。詳細はおいおい。
・札幌最高気温35度。ISO取得だかで職場の気温は28度固定。暑くて仕事にならんわい。
・いささか旧聞に属するが、高橋ハルカさんのHPの寄稿家の方のこの文章が可笑しくて。おそるべしモト冬木兄弟。
・異形コレクションシリーズで何作か読んで、すっかり気に入ってしまった岡崎弘明。90年に『英雄ラファシ伝』で第2回スファンタジーノベル大賞受賞。スラブスティックな笑いと作品の後味が実にいい、夢見がちなユーモリストである。『私、こういうものです』('93/角川書店)☆☆★は、「奇想天外サラリーマン小説」と銘打たれているが、立派なスラプスティックSF集。短編10編を収録。マイホーム探しの男女がまきこまれる珍騒動「いとしのマイホーム」、南の島の虫研究所に出張になった男を描く「浮気の虫がうごめく」、頂き物神経細胞刺激によるお中元SFの「お中元大作戦」など。日常の些事がまったく予期しないアサッテの方に横滑りしていく浮遊感とおかしみが最大の魅力で、お笑いでいえば爆笑問題のセンスに近い。下ネタ、駄洒落、客いじり?なしの東京風の笑いである(熊本出身ですが)。実際に笑える本というのはあるようであんまりないが、これは電車で読んでなくて本当に良かった本。『恋愛過敏症』(92/PHP研究所)☆☆は、長編。帯には「無添加、天然100%のファンタジー。ヘルシーでナチュラルな恋もいい。」これは、本の装幀とい い、OL向けを狙ったらしい。恋をすればジンマシンが出るドジで夢見がちなOLが主人公だが、ビリー・ミリガン風のテーマをもちこんで、少し重い。途中で、どんでん返しがあるのだが、同趣向の日本映画の佳作をみている人は、見当がついてしまうだろう。独自の笑いは控えめだが、あちこちで光っている。ただ、全体的に客層を誤っている感じは否めない。『学校の怪談』のノヴェライゼーションも版を重ねて好調のようだし、新作で、その実力のほどを示して欲しい作家だ。



7月30日(日) ナチ娯楽映画の世界
・夏日。街に出かけたついでに、また、ラルズの古書市に寄ってみる。で、また、捕獲してしまいました、くまブックス「殺意の回想」100円。くー。わしゃマタギか。半年全然見つからなかったのに、立て続けに3冊。まさに古本マーフィ−の法則。
・旭屋で、キース・ロバーツ『ハヴァーヌ』(扶桑社)を見かけ、思わず購入。実家にサンリオ版があるはずなのだが(莫)>まだ、山とある『ポップ1280』の横で、最後の一冊となっていたというのは、若いSFファンが待ちかねていたといこうとなのか。菅浩江『永遠の森』(早川書房)も購入。
 藤本泉「作者は誰か『奥の細道』」(パンリサーチ)、山岳ミステリー集新田次郎『山が見ていた』(カッパノベルス)、スピンラッド『鉄の夢』(早川書房)など。影響を受けやすい奴。
・いつの間にか開店していた「ブックオフ中の島」店へ。結構広い。あんまり珍しい物はなかったけど、梶、大谷、岡崎弘明が一歩前進。ジェローム・チャーリン「はぐれ刑事」(番町書房)100が嬉しい。
・さあ、これで夏休み用の本は揃ったぞ、と誰にでもなく言い訳。
・本日は、全くの守備範囲外だが、本屋で見かけ、面白そうだなと思って買った本。
『ナチ娯楽映画の世界』 瀬川祐司 平凡社('00.7)
 ナチが映画をプロパガンダの重要な武器にしていたことは良く知られている。ヒトラーの映画好きは有名だし、国内の映画製作を統括するのは、ゲッペルスだった。フリッツ・ラングやダグラス・サークを初め、有能の映画人達は、ナチの手を逃れ、ハリウッドに亡命した。それゆえ、ナチ映画は、世界の映画史の呪われた部分であり、ごく一部を除いて、語るに価しない。ごく一部というのも、レニ・リーフェンシュタール『意志の勝利』などで、主にナチのプロパガンダ研究という観点から語られているにすぎない。筆者も、以前『民族の祭典』『意志の勝利』を観たことがあるが、ドイツチームの活躍に手を叩くヒトラーの映像がインサートされる度に、プロパガンタとは、こういうものかと思ったものである。
 だが、著者は、このような映画史の常識を覆す。ナチ時代に製作された千数百本に及ぶ映画のほとんどは、宣伝臭のない「無害な娯楽映画」であって、傑作も多い。これまでの映画史は、これらの映画をまとめて切って捨てていた、と。ドイツで、実際に750本以上のナチ時代の映画を観たという著者だけに、その言説には説得力がある。数々の傑作を挙げた後に、著者の考察は「無害な娯楽映画」とは、一体なにか。映画にとって政治的とは何を意味するかに及ぶ。この考察部分は、まだ不十分の感もあるが、次の著作によって発展させられていくことを期待したい。「ナチと寝た女優」とひと括りにされたナチ映画の代表女優5人(3人は非ドイツ人だった!)の個性を映画に即して浮き彫りにした章も面白い。
 しかし、門外漢にとって嬉しいのは、いまだ知られざる傑作が次々と紹介される点だ。筆者の琴線に触れたのは、例えば、SF映画では、タクシー運転手の冒険物語『透明人間、街を行く』(1933)、テレビ受像システムの開発をめぐるスパイアクション『仮面なき世界』(1934)、ロボットを人間の労働力の補助として利用する勢力と戦闘用ロボットを使って世界征服をたくらむ悪の野望との対立を描く『世界の王者』(1934)、アメリカとヨーロッパをつなぐトンネルの建設を題材とするSFアクション『トンネル』(1933)など。ミステリ映画では、殺人の疑いをかけられたボーイが真犯人を見つける『モスコオの夜は更けて』(1936)、名探偵に間違われた男の活躍を喜劇的に描く『シャーロック・ホームズだった男』(1937)、1867のパリ万博を母娘で見物に出かけるが母親が謎の失踪を遂げ、ホテルの従業員もがそんな女は知らないという不条理サスペンス(乱歩のエッセイに出てくる話ですね)『消えた足跡』(1938)など。このほかレヴュー映画、山岳映画(こういうジャンルがあるらしい)など活字で読んでも興味は尽きない。知られざる傑作。麗しい言葉。



7月28日(金) 山田風太郎コレクション!
・本日は、乱歩忌ですか。明日、東西で、乱歩忌にちなんだオフ会が開かれるようです。私も、「宮澤の探偵小説頁」の5万記念オフには、参加したかったのですが、誠に残念なり。
・以前から刊行情報が出ていた出版芸術社の『山田風太郎コレクション』いよいよ編集作業もほぼ終了した模様。編集を担当された日下三蔵さんのお許しを得て、ここに、ラインナップを紹介しておきます。(各巻のタイトルは、仮題)
1 『天狗岬殺人事件』
PART1 女探偵捕物帳(三人の辻音楽師/新宿殺人事件/赤い蜘蛛/怪奇玄々教/輪舞荘の水死人)
PART2 パンチュウ党事件/こりゃ変羅/江戸にいる私(「小説倶楽部」版)/二つの密室/贋金づくり
PART3 天狗岬殺人事件/この罠に罪ありや/夢幻の恋人/あいつの眼/心中見物狂/白い夜/真夏の夜の夢

2『生きている影』 悪霊物語/生きている影/白薔薇殺人事件/怪盗七面相/十三の階段

3『忍法創世記』

  いまのところ、十月から三ヶ月連続刊行の予定とのことです。
 かつて、戦前のある映画に惚れ込んだプロデューサーが、なんとか上映にこぎつけて、上映会最中に「どうですか、どうですか」と感極まって大声をあげ立ち往生したというエピソードを読んだことがあるけれど、立場は全然違えども、私もそんな気持ち。どうですか、どうですか、このラインナップの凄さ。
 1は、昭和2、30年代の雑誌に掲載されたのみで、かつて一度も単行本に収録されていない作品ばかり。といって、作品の質の面で落ちるわけではない。国会図書館などでなんとか読めた作品の範囲でいえば、「女探偵捕物帖」の顔もほころぶ大通俗、「二つの密室」の究極の密室パロディ、「この罠に罪ありや」のスタイリッシュネス、「白い夜」の力のこもった小説づくり、「真夏の世の夢」のトリックの先鋭性など、いずれも同時期の作品に決してひけをとるものではありません。「江戸にいる私」は、廣済堂文庫版とは、別ヴァージョン。それにしても、ああ、「パンチュウ党事件」とは、「天狗岬殺人事件」とは、一体どんな話なのだ。
 2は、山風が参加した連作ミステリ集。他の作家のパートも読めれば、お買い得。
 で、3が20世紀の掉尾を飾ることになる、おそらく山風最後の忍法帖。雑誌掲載のみで終わっていた作品で、出来映えについては諸説あるが、刊行がこれほど楽しみな本はない。
 これで、山風の単行本未収録短編は、わずか10数編を残すのみとなる。ここまで、山風を追い詰めた日下氏の情熱に深く首を垂れるものである。