はんがーのっく日誌

はんがーのっく日誌・タイトル

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2000冬
1999秋
1999夏
1999春
地方の社会体育   ジュニア育成への疑問符   永遠の16文キック
最近のテレビから   世界記録と日本記録   正月のアスリート達
冬に汗くさいおやじ   祝!高橋金メダル   ホークスの失敗
1998秋
1998夏
1998春
1998冬

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《2月号》

02/28(sun) 地方の社会体育

 スポーツというと誰でもまず第一に経験するのは、学校での体育の授業である。この学校体育以外のスポーツは社会体育とよばれており、各市町村教育委員会では、数年前から大きな課題となっている生涯学習の振興を図るため、中年層や高齢者を中心にスポーツの浸透を図っている。

 昔は、他の楽しみが少ない過疎の町村では、スポーツは重要な娯楽で、ママさんバレーやソフトボールなどの大会は、小さな町村でも千人単位の人が集まってきた。しかし現在では、町村主催のスポーツ大会の多くは、その規模を縮小するか廃止する運命をたどっている。少なくとも単一企画での参加者という点では地域スポーツは下降線を描いているように思える。

 しかしこれをすぐにスポーツ(社会体育)の衰退と思うのは間違いである。
 考えてみれば昔は男がやるスポーツといえば、”野球”であり、その代用ともいうソフトボールであった。(これは、異論もあるだろうが、職場の環境や町村の社会体育施設から考えての一つの結論であり、全く外れていることはないだろう。)
 ましてや他に楽しみがないとすれば、その大会に人が集まってくるのは当然であった。対して現代は、スポーツの種類も増えそのエンジョイのしかたも多種多様である。人の数と同じだけスポーツの楽しみ方があるといっても過言ではない。

 それぞれが個々に自分に合ったスポーツを楽しむ...

#すばらしい、言葉に聞こえるが、一抹の寂しさを感じるのは私だけだろうか?

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02/17(wed) ジュニア育成への疑問符

 自転車のロードレースでは、世界との差は歴然としている。この差を縮めるためにはいろいろといわれているが、ジュニアから育てることのできる組織づくりが最も重要だといわれている。
 しかし私は、このジュニアからの育成組織に一言異論を唱えたい。

 もう何年も前から、スポーツの低年齢化が進んでいる。たとえば女子テニスの女王ヒンギスは、数年前から世界の TOPクラスで活躍しており、ベテランの風格さえ漂わせるが、まだ18歳である。体操や水泳でも ティーンエイジャーが中心で、二十歳すぎてから頭角を現す選手は少ない。
 これは、パワー系よりもテクニック系の競技。さらに男子よりも女子に強い。競技の開始年齢は 3〜5歳と、身体がトレーニングらしきものに対応できる限界から始めている。当然、親が”やらせる”のであって、そこに本人の意思決定があることは一般的には考えられない。
 つまり本人の意志を無視したところから始めないと、世界の TOP にはなれないのである。
 スポーツは、人間が自分の意志により自己の能力を高めるところにすばらしさがあるのだと思う。普通ならいやになってしまう、厳しいトレーニングを不屈の精神力で成し遂げるところに、スポーツの美しさがあるのだと思う。体つきはまだ子ども子どもした少女にロボットみたいな性能披露会を見せられたって面白くない。
 やりたいときから初めて、精一杯努力すれば、それで勝てなくても別に良いではないか、日本のアスリート達。

#しかしやっぱり、日本人がツールのお立ち台に上がるところを見たい、日本のおやじ。

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02/02(tue) 永遠の16文キック

 ジャイアント馬場さんが亡くなった。
 享年61歳という、テレビのテロップを見て、”あれ、もうそんな歳だったの?”と思った人は多いと思う。しかしよく考えてみれば、私が小学校のことからすでにスターだったし、つい最近、還暦祝いのちゃんちゃんこを着てリングに上がっていた姿も思い出される。

 私ははっきり言って、プロレスは嫌いである。”勝負”よりも”ショー”のイメージが強く、勝者が華々しくスポットライトを浴びるのに対して、敗者があまりにも惨めなのが、格闘技には自信のなかった自分にとっては面白くなかった。まさしく”ショーブ(勝負)”から、”ブ(負)”を排除したスポーツのように感じていた。
 馬場さんに対しても、実はあまり良いイメージは持っていなかった。どんどんパワー化・スピード化されていく格闘技界において、馬場さんの”生涯現役宣言”は、プロレスが捨てた、”ブ(負)”に、しがみついているようにしか見えなかった。

 しかし今回の報道で、馬場さんの最近の姿がテレビに写しだされると、そのことが間違いであったことに気づいた。
 馬場さんが全盛期だったころ、一応当時の小学生と同じようにプロレス中継を見ては、友達と空手チョップや16文キックで遊んでいたが、その当時のイメージと今の姿と全く違いが感じられないのである。
 きっと馬場さん自身も、時代の流れは自分に向いてないことはわかっていたと思う。しかしそれでも、自分のスタイルを変えないで現役であり続けるには、並大抵の努力や精神力ではなしえないことだったと想像される。変わらぬ馬場さんの笑顔がそれを印象づける。
 ”勝””負”の枠を越え、独自のスタイルを高いレベルで保ち続けた馬場さんは、日本が生んだ最高のスポーツマンの一人である。馬場さんをみていると、ひょっとして流れる方向を間違えているのは、今のスポーツ界の方ではないだろうか?と考えさせられる。


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《1月号》

01/31(thu) 最近のテレビから

 最近見たテレビ番組からの話題を2つ。
 まずは、テレビでは定期的に組まれるダイエット関係の番組から。その番組は、いろいろな理由からやせたい何人かの人を集め、そのダイエットの苦労を追ったのもであった。
 しかし、そのダイエットの方法がお話にならない。ほとんどが、もとスポーツ選手のダイエットの道場に通うというものなだが、その期間はわずか2,3日。
 それで、”3キロやせた”とか”わずか3日間で2キロやせた”とか、喜んでレポートしている。
 そんな方法の減量には何の意味もないことは、火を見るよりも明らか。皆が興味を示す”ダイエット”を餌に、安い制作費でそれなりの視聴率を狙ったローテーションの谷間のような番組。

 もう一つは、健康をテーマにした番組での一コマ。
 歳を重ねると、ひざに痛みが出てくる人が多いが、予防法としては、”サイクリング”と”ウォーキング”ではどちらが相応しいか?...という質問に対して、出演者のほとんどが自信を持って”それはウォーキングです。”と答えていた。
 これは、ペダルを回すことがひざに負担をかけるのではという直感的な誤解からであろう。実は、サイクリングでは自分の体重という余分な不可を、ひざにかけることなく運動ができる分ひざにも優しい。
 しかし、それは正しいフォームと正しい運動方法で行った場合であり、素人が(#おまえも素人だろ...と突っ込まないように...^^;)、取り組んだ場合、必ずしもウォーキングより安全であるとは言い難い。

 こういった勘違いを起こしやすい構成や、言葉足らずな番組も多いが、これは放送時間や経費や視聴率といったいろいろな問題が絡んでくるので、おやじ一人が騒いだところでどうしようもない。しかし、マスコミはその全てを伝えているのではなく、あくまでその一部にスポットを当てているにすぎないことを、改めて考えた。
 

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01/22(wed) 世界記録と日本記録

 1998年は、マラソンの高橋尚子選手のすばらしい走りで幕を閉めたが、こと陸上においては、まだまだ世界との差があると認めざるを得ない。
 そこで、世界記録と日本記録を比較してみた。

<表1>日本記録vs世界記録 <表2>女子の記録vs男子の記録

 <表1>は世界記録に対する日本記録の割合である。一気に世界トップアスリートへの仲間入りの期待が高まった、100mの伊藤選手の活躍のおかげで、おおむね世界との差が一定となっている男子に比べて、女子のは明らかに長距離の方が世界に近い。(というか短中距離はどうしようもないほどの差がある。)
 <表2>は、男子の記録に対する女子の記録の割合であるが。ここでも、世界の女子は、疑惑の100m?の記録をのぞいて、ほぼ男子の記録の 89-90%に収まっているが、日本の女子の記録は、短中距離は極端に低くなっている。

 元来日本人は、パワー系の種目より耐久系の種目の方が向いている人種らしいが、最近の日本人は体格も欧米人並になり、パワー系の種目の差も縮まりつつある。しかし、女子においてはパワー系の種目はまだまだ苦手のようである。
 これは、あながち体質のせいばかりでないような気がする。考えてみると人気の低い種目ほど記録も低いのである。やはり人気の高まりが、記録の伸びにつながることは間違いのないことだと思う。

#しかし、”逆もまた真なり”である、記録が高いから注目も高いといえる。
#卵が先か、鶏が先か...(^^;)


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01/05(tue) 正月のアスリート達

 1999年の正月は、旭化成の全日本実業団駅伝三連覇で始まった。 2日は駒沢大が箱根の往路を制して初の総合優勝へ夢を膨らませたが、翌3日には順天堂大が、まさかの逆転でその夢を砕いた。
 この3日間の駅伝で、最も印象に残ったランナーが3人いる。

 一人目は、ニューイヤー駅伝の1区を走った山陽特殊製鋼の大川久之である。本人も”仕掛けが早すぎたか?”と、勘違い!?するほど見事なスパートであった。高校駅伝や大学駅伝では力の差もあり、素直な走りをするため見事なスパートはよく見られるが、実力が拮抗し、様々な思惑や駆け引きがうごめく実業団の大会では、なかなかお目にかかれない気持ちのよいスパートであった。まさに今年の幕開けにふさわしい走りだった。

 二人目は箱根駅伝で花の2区を走った、順天堂大の三代直樹である。当分破られないと思われていた、渡辺康幸(早稲田)の区間記録を更新した走りはこれ以上考えられないほど見事であった。彼の快走が復路八区の高橋謙介の走りを呼び、大逆転につながったことは明らかである。

 最後は、その高橋に抜かれ引き立て役となってしっまた駒沢大の八区の北田初男である。順大の高橋の走りがすばらしく抜かれたのはやむを得ぬと誰もが認めるが、北田がその走りに自分のペースを乱されて、必要以上の差を付けられてしまった。というのが解説者の大方の意見であった。しかし、彼はあの時点でできる自分の最高の走りをしたと思う。確かに戦略的にはもっと賢い方法があったのだろうが、駅伝(特に学生の大会)でもっとも大切なのは勢いである。無難な走りをして最小限のタイム差にとどめたところで、勢いは完全に順大に傾いている。最終区のランナーに望みを託すためにも、北田の走りは(結果には結びつかなかったが)正解だったと思う。
 
 ちなみに大川久之選手は自らのホームページを開いているが、一流ランナーの顔とは全く違った一面(実は本性?)が見られる。


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《12月号》

12/23(wed) 冬に汗くさいおやじ

 今年の冬は大雪だといわれながら、岐阜県美濃の山奥ではまだ雪にお目にかかれない。この予想に反した暖冬のため、サイクルおやじ達は年末まで西へ東へと走り回っている。しかし私は、早々と冬眠状態でおなかの脂肪を蓄えるのにいそしんでいる。
 これでは、アスリートおやじの名が泣く?とばかり、久しぶりにサドルにまたがった。

 気ままに走るつもりだったのだが、今回はなぜか峠で工事箇所が多くて、車の流れにあわせるためダンシングで走ったり、初めての道へ行って、もう時間がないから戻ろうかと思ったところに、”自転車通学あり注意!”の看板を発見し、意地でもう少し奥へ走ったりと、予定よりがんばって走ってしまった。
 しかし体力はないので、当然ペダルが回らないは、お尻は痛くなるはと悲惨なポタリングであった。

 しかし、これが気持ち良いのである。
 私は、運動するのは、断然、暑い夏が好きある。燃えるような日差しを受けて汗をだらだら流して、走り回るのがスポーツの楽しみ方の一つだと思っている。それに冬は、動けば汗がでるものの始めや休憩時は冷え込んでしまうので、そのギャップがどうしても乗り越えられない。

 しかし今回は違った。”冬の汗”が何ともいえず気持ちよかったのである。
 夏の汗を”焼き肉”とすれば、冬の汗は”焼きイモ”である。焼き肉はさっとあぶっただけでも、おいしく食べられるが、焼きイモは芯まで火が通らないと美味しくない。(しかも強い火では表面が焦げるだけ。)冬の汗はじっくりと味わいましょう。

 (日焼けサロンかどこかへ通って)、真冬に異様な黒い顔をしている若者には、違和感を感じていたのだが、真冬に汗くさいおやじは人のことはいえない?


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12/07(mon) 祝!高橋金メダル

 アジア大会が、女子マラソンの高橋選手の金メダルで幕があけた。
 高橋選手は岐阜県の出身で、教職員であるお父さんは我が町に見えたこともあって、お顔を拝見したことがあるのだが、いかにも誠実でまじめなお人柄が現れた方だったと記憶している。
 今回はそのお父さんとお母さんの応援もあって、悪条件のなか世界歴代5位という好記録でみごと金メダルを獲得した。ロルーペの世界最高記録は、好条件の中、男性のラビット2人を従えての記録だったことを考えると、今回の猛暑の中、独走での記録は、事実上は世界最高だとの評価が高い。
 高橋は今回3回目のマラソンと、経験は浅いが今回の、アジア大会の出場を聞いて、”おや?”と思った人は多いはずだ。女子マラソンにおいては、アジア大会は、オリンピックや世界選手権と比べればもちろんのこと、ともすれば国内の主要大会より軽視されがちである。レベル的にみても日本人に要求されるのは金メダル以外になく、重責だけが重くのしかかる大会である。その大会に、今、日本で最も伸び盛りの金の卵を出場させる意味がどこにあるのか?と疑問に思った人もいるだろう。
 参加者の数やレベルからいても、高橋にとっては勝って当然、負ければ失うものばかりという、得るものが非常に限られる大会だったと思う。
 さらに、日本と気候も風土も異なる地で、マラソンのシーズンインのこの時期に、万が一故障でもすれば、1年を棒に振ることになる。オリンピックが全てと考える日本においては、誰もができれば避けたい大会である。

 今回の条件を分析すればするほど、すばらしい記録で完走した彼女の精神力がますます際立ってくるのである。

 考えてみれば、すばらしいモチベーションでアジア大会に出場を決めた時点で、高橋の快走は始まっていたのかもしれない。

 #お祝いのメッセージに、”シドニーでの活躍も期待しています。”と必ずつけられるのは、寂しいことだ。今回の走りは、オリンピックの金メダルに勝るとも劣らない、すばらしい走りであった。


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12/04(fri) ホークスの失敗

 ダイエーホークスのスパイ疑惑が、世間を騒がせている。
ベースボールファンの意見としては、ファン心理を裏切ったという見方が多いが、(当然行われているであろうスパイ行為だから)見つかったことが悪い。という意見もケッコウ聞く。
 サインを盗む行為は、昔からなかば公然と行われていて、そのためサインを乱数表を使って盗まれないような策もとられたりして、イタチゴッコの感が強い。
 今回はその行為に、カメラやアルバイトの学生が使われたことに問題があるということなのだろう。自分たちで、サインを盗むのはスポーツマンとしての戦略の一つだが、機械や他人を使うのは明らかにフェアじゃなく許されない。ということなのだろう。

 しかし、今のプロスポーツは、当然組織の力無くしては、よい成績を収めることはできない。わずか 100mを走るシューズに、億単位の金額がつぎ込まれ、一人の選手に何十名というスタッフがつくことが、当然のように行われている。
 経済的に恵まれたスポーツマンと、そうでないスポーツマンには、スタート地点に立つ前に、すでに大きなハンディキャップがついているのである。

 スポーツを見る楽しみは、人間の力を最大限に生かしたパフォーマンスである。最高の肉体を持った人間が、限界まで能力を出しきるところに、美しさがあり感動が生まれるのである。けっして、新記録をうち立てたり、勝負に勝つことではない。

...と、いいながら、スポーツはもっと単純でわかりやすくはっきりして欲しい...と思うおやじである。


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