小田急線「和泉多摩川」駅から徒歩で約15分。多摩川が近くを流れるのどかな住宅街の一角に、酒販店「秋元商店 籠屋」(東京都狛江市、代表取締役:秋元 賢氏)はある。蔵元直送の地酒や焼酎、ワイン、果実酒など約1300銘柄を取り扱い、都内各地の人気居酒屋や飲食店とも取引実績を持つ老舗だ。そんな知る人ぞ知る有名店が、昨年7月、隣接する敷地にブルワリー併設の発酵料理レストラン「籠屋 たすく」をオープンした。10月には発泡酒免許を獲得し、12月上旬レストラン内において自家醸造ビール初完成に伴う「クラフトビールお披露目祭」を開催。今後は全国の銘酒や日本産クラフトビールに合う発酵料理を提案していくとともに、さらなるビール生産技術の向上を目指す予定だ。
「秋元商店 籠屋」の創業は1902年(明治35年)。当初はその名の通り竹細工の籠や工芸品などを製作する商店だったが、時代の変遷とともに食品や酒、たばこの取り扱いを始め、約30年前から地酒に特化するようになった。現在、4代目として同社の専務取締役を務める秋元慈一氏は東京農業大醸造学科出身で、大学卒業後、家業に入ることを決意。酒造りにいそしむ全国の造り手の夢や情熱と接していくうちに「地元の酒を造り、自分の店で扱いたい」と考えるようになったという。その後、同氏は2007年に近隣の若手農家らと協力して狛江市特産の枝豆を副原料にした発泡酒製造を構想。2012年、新潟のビールメーカー新潟麦酒に委託醸造した秋元商店オリジナルの発泡酒「こまえ~る」実現化にこぎつけている。
それから約5年。”ビールの自家醸造”という次のステップを具現化したのが、ブルワリー併設の発酵料理レストラン「籠屋たすく」だ。「籠屋ブルワリー」のヘッドブルワーを務めるのは、秋元氏と農大の研究室同窓で、大手ビール会社出身の江上祐士氏。1階部分にあるブルワリーには、酵母の培養設備と日本製の仕込み釜、300リットルのステンレス製発酵タンク兼貯蔵タンクが5基、バレルエイジも可能な木桶のタンク1基を完備。マイクロブルワリーながら本格的な醸造設備となっている。
現在、レストラン「籠屋たすく」では、原料に狛江産のホップを使ったアンバーエール「籠屋 狛江ホップ 2017 Type-Ⅱ」(レギュラー580円、スペシャル930円税抜)や、ポーター「籠屋 ダークブラウン」「籠屋 ベルジャン ホワイト」(いずれもレギュラー500円)など、オリジナルブランド5タップを含む11種類のクラフトビールを取り扱う。そのほかにも、長野県佐久の花酒造の「佐久の花」や佐賀県小松酒造の「万齢」、山形県長沼酒造の「惣邑」「小桜」といった地酒に加え、焼酎、日本ワイン、リキュール、ウィスキーなど、酒屋併設店の強みを活かした豊富なアルコールのラインナップを揃えている。
フードメニューは同じく東京農大出身の亀井貴之シェフが担当。和洋折衷の発酵創作料理が中心で、調味料として使用する酒粕は奈良・油長酒造「風の森」のもの(取材当時)、塩麹や醤油麹はブルワリー内で自家培養したものを使用する。「アボカドの塩酒粕漬け」(380円)や「豚肩ロースと鶏レバーとお味噌のパテ」(620円)といった前菜に加え、「塩麹に漬けた豚バラとハーブのボルケッタ」(1280円)、酒かすから起こした酵母で生地を発酵させた「自家製ピザ」(880円)、「八丁味噌のハヤシライス」(980円)など主菜からご飯ものまで幅広く取り揃える。ランチでは「酒粕ジャークチキン」をメインにした肉ランチと「黒むつの柚香焼き」をメインにした魚ランチ(各1500円・こちらのみ税込)2種類を設定。アイドルタイムには「酒粕フラン」(400円)や「醤油プリン」(500円)といったデザートメニューも用意している。
すでに名声も実績もある酒販店の新たな挑戦。それを支えるのはどんな情熱なのか。秋元氏は「僕の夢は、一言でいえば地元の人が笑顔で暮らせるような”街づくり”に貢献することです」と語る。「当社の先代も先々代も、駅から離れたこの立地で生き残り、差別化を図るために、業務内容を変化させながら地域の人々に貢献し続けてきました。僕も先代の意思を継ぎ、全国の銘酒をより多くの人に広めるためのレストランとして「たすく」を育てると同時に、今後酒屋がもっと間口を広げ、地域の人々が気軽に集まれるようなコミュニティスペースにしていきたい」。同店では今後、酒屋ならではの視点で酒と料理の研究を続け、新しい発酵料理を提案していくほか、「”これが狛江のビールです”と胸を張るクオリティで、日本を代表するようなビールづくり」(秋元氏)を目指していくという。「クラフトビールの国内シェアはまだ0.1%。酒屋としてクラフトビールの飲み手を育む意義は十分にあります。もちろん海外のマーケットも絶対的に視野に入れながら、日本食に合うオリジナルのビールを作り上げるのが目標です」と話してくれた。「籠屋」の挑戦はまだ始まったばかり。同店の今後に期待したい。
(取材=中村 結