筆坂秀世「政治的暗殺事件」とその謎とき仮説
常幹4人が「党内脅迫ファックス」に即時屈服した原因
(宮地作成)
〔目次〕
1、事実経過の確認 2003年5月26日〜6月24日 (表1)
4、常幹4人が「党内脅迫」に即時屈服した原因の仮説 (表2、3、4)
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Q&Aによる悩む力を鍛える『日本共産党』第2弾
筆坂秀世と私の経歴・立場の違いからくる主張の隔絶度合
『筆坂秀世「日本共産党」出版をめぐる動向』筆坂証言と共産党反論による3つの真相
『筆坂「政治的暗殺」から「外部飲酒禁止令」へ』常幹4人の党運営に関する『哲学の貧困』
Google検索『筆坂秀世 日本共産党』63100件
行政調査新聞『あきれた粛清劇、筆坂氏失脚の深層』内部告発文書と推測
有田芳生『共産党は筆坂氏の発言に答えるべきだ』週刊朝日2006年5月19日号
ブログ『小隊長日記→最近の戦況報告』筆坂問題のコメント・投稿多数
1、事実経過の確認 2003年5月26日〜6月24日 (表1)
私(宮地)は、別ファイルの末尾において、筆坂問題の性質を、(1)匿名ファックス発信「党内脅迫者」と(2)常幹4人「脅迫への臆病な屈服者・自己保身者」という両者による「政治的暗殺事件」と規定した。このファイルは、その判断が正しいかどうかを突っ込んで検証する。ただし、赤い闇に包まれた事柄が多いので、「謎とき仮説」のレベルにならざるをえない。
それなら、なぜ、それをわざわざ検証するのか。それは、日本共産党常任幹部会の体質から見て、今後とも、闇のベールが剥がれ落ちて、事件の真相が明らかになるという見通しは、絶望的だからである。仮説を提起するとしても、まず、判明している事実経過を正確に確認しておく必要がある。
(表1) 事実経過の確認 2003年5月26日〜6月24日
年月日 |
筆坂証言 |
共産党記事・反論 |
5月26日 |
カラオケのデュエットで肩に手をかけ、腰に回した 女性秘書「彼女には拒絶の態度や言葉は一度もなかった。時間も気にせず楽しんでいた」という趣旨の意見書を中央委員会に上げている(『週刊朝日』5月5・12合併号、P.22) |
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5月27日 |
訴えは、カラオケに行った翌日だそうです(『週刊朝日』5月5・12合併号、P.22) |
デュエットで肩に手をかけ、腰に回した。セクハラだとの訴えがあった |
6月5日 |
調査(査問)をしたのは、志位・浜野・市田の3人。 |
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6月9日 |
常任幹部会。市田「自己批判書を読むだけでいいから」と助言 相手の女性「筆坂さんの地位をとやかくしてほしくない。これから気をつけてほしい」という立場だった。→「警告」処分決定。最初は、常任幹部会の中で収めるつもりだった。思い違いなんかありえません。(『週刊朝日』5月5・12合併号、P.23)。記録係を入れない秘密会議であった(筆坂著書『日本共産党』) |
常任幹部会で「警告」処分決定。常幹内部にとどめること、中央委員会総会にかけないことを決定。これは、規律担当者の思い違いだった。 |
6月14日 |
ところが、六月一四日に一枚のファックスが書記局に届いた。差出人は「不正をただす国会秘書」だった。そこにはセクハラ議員は自民党だけではない。共産党の最高幹部にもいる。それが甘い処分で済まされようとしている。甘い処分で済ますなら、七中総を機に世間に公表する″という趣旨のことが書かれていた。一種の「脅迫状」である。 秘密会議のことが漏れているうえに、開催が迫っていた第七回中央委員会総会のことを「七中総(ななちゆうそう)」という党内用語で呼ぶなど、あきらかに党内からだと判断できるものであった(筆坂著書『日本共産党』)。 浜野「明日のテレビ出演は市田さんに代わってもらう」 |
ファックスの存否に一貫して沈黙。 |
6月15日 |
テレビ『日曜討論』に筆坂出演予定→突然取り止め→市田書記局長が代わりに出た |
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6月16日 |
浜野「16日の常任幹部会も欠席せよ」との話 |
常幹で「警告」処分→「機関からの罷免」処分に変更。参議院議員辞職も決定。筆坂は「体調不良」で欠席 |
6月17日 |
罷免を決めた翌日、浜野氏自身は、私にファックスを見せながら、はっきり私に述べた。「脅迫状」を出した人物が、「もし本当に公表すれば、常任幹部会は甘い処分をしたと批判される。だから罷免に変更した」と(筆坂著書『日本共産党』)。 |
筆坂にファックスを見せた事実の真否も沈黙。ファックスに関する発言内容も沈黙 |
6月23日 |
7中総に出席 |
7中総で筆坂「罷免」処分を決定。筆坂「参議院議員辞職届」を提出 |
6月24日 |
市田記者会見で「罷免」処分と「参議院議員辞職」を発表。 吉川春子参議院議員HP「筆坂は参議院議員辞職届」。筆坂行為への怒りのメッセージ。書記局決定も掲載 |
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8月1日 |
筆坂は、党本部勤務員として出勤開始。離党までの約2年間 |
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2005年 |
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7月19日 |
志位和夫は、離党と本部勤務員辞職を承認 |
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7月21日 |
離党公表の筆坂許可を得ていないと、不破哲三に抗議電話 |
マスコミに離党事実を回答。公表の事前許可など必要ないと返事 |
9月22日 |
『週刊新潮・9月29日号』に、筆坂秀世「日本共産党への弔辞」を掲載 |
党中央広報部「『週刊新潮』での筆坂秀世氏の一文について」を発表。先の常任幹部会で警告処分を確認したが、党規約の運用について思い違いがあった。中央委員の処分は、中央委員会総会で決定しなければならず、その処分内容は内部にとどめることはできず、公表しなければならない。公表する以上は、筆坂氏の社会的責任の重さからみて、中央委員罷免とせざるをえない |
中央委員会広報部『「週刊新潮」での筆坂秀世氏の一文について』
2、「政治的暗殺事件」という性質と多すぎる謎・疑惑
〔小目次〕
1、「政治的暗殺事件」という概念とその位置づけ
日本共産党が「政治的暗殺事件」を犯したと言うと、党費納入27万党員と赤旗読者164万人は、仰天し、その説に強烈な怒り、拒否反応を起こし、思考停止状態に陥るであろう。現に、インターネットでは、多数の共産党議員と党員が、共産党の3反論における筆坂批判を全面支持する内容を続々と載せている。党内でも、これに関するキャンペーンが再開されている。
もっとも、2006年1月第24回大会が公表した在籍党員404299人の党費納入率は、党中央が政府への政治資金報告に載せたデータで、66.5%である。私(宮地)の愛知県専従体験15年間から見ても、(1)約13万人は結集不可能・行方不明の幽霊党員である。党費納入党員には、2年経っても、(2)不破綱領を読もうとしない党員が48%・13万人いる。赤旗読者も、1980年の最高時355万部から、191万部へり、26年間の減紙率53.8%になっている。(3)「科学的社会主義」テリトリー(領域)から逃散した読者は、191万人にもなった。これらの幽霊党員・不破綱領を読まない党費納入党員・逃散した読者は、常幹4人の反論・キャンペーンに無縁であり、むしろ逆に疑惑を深めている。(4)国民やマスコミも、事件の謎にたいし常幹4人を疑っている。それを証明するデータが、インターネット・リスト数の激増である。
Google検索『筆坂秀世 日本共産党』89200件
ところが、スターリンの4000万人粛清事実には、「政治的暗殺事件」が無数にあった。もっとも、その大部分は、銃殺・強制収容所送りなどの「肉体的殺人・抹殺事件」だった。ソ連崩壊後に判明してきたレーニンによるロシア革命勢力数十万人殺害犯罪データも、その存在を証明した。レーニン・スターリンによる大量殺人犯罪や、東欧前衛党による粛清犯罪を分類すると、3つになる。
第一、密告者判明、または、科学的社会主義式拷問での自白者が挙げた分派リスト内容に基づく「肉体的殺人・抹殺事件」である。このケースがほとんどを占める。ソルジェニーツィンは、共産党が行う科学的拷問と、それによる自白実態を32種類に分析し、克明に暴いた。
第二、密告者判明・逮捕者の自白内容による「政治的殺人・抹殺事件」である。「政治的殺人」という意味は、銃殺・強制収容所送りを伴わない失脚である。共産党とその秘密政治警察は、批判・不満党員や国民を、分派容疑で逮捕し、拷問で逮捕者リストを芋づる式に拡張した。
第三、匿名の密告に基づく「政治的暗殺事件」がある。レーニンのチェーカー、スターリンのNKVD、ブレジネフのKGB、東ドイツのシュタージ、チャウシェスクのセクリターテは、国民に匿名の密告を奨励した。ソ連・東欧10カ国崩壊で明らかになったレーニン型前衛党の一側面がある。それは、すべての一党独裁政党が、秘密政治警察国家を創り上げ、密告システムを構築したことである。「政治的暗殺」という意味は、発信者不明の密告・脅迫によって、特定の党員・幹部をひそかに陥れ、政党内地位を剥奪し、追放する行為のことである。そこには、それを受け入れ、利用する共産党機関が存在した。
ソルジェニーツィン『収容所群島』第3章「審理」共産党が行う32種類の拷問
『ザミャーチン「われら」と1920、21年のレーニン』レーニン時代の密告と拷問・自白
『オーウェルにおける革命権力と共産党』スターリン時代の密告と拷問・自白
『「赤色テロル」型社会主義とレーニンが「殺した」自国民の推計』レーニンの犯罪
日本共産党・宮本顕治は、42年間もの最高権力者期間中、多数の「政治的殺人事件」と「政治的暗殺事件」を遂行した。宮本命令による党内粛清担当者は、(1)袴田副委員長→(2)袴田粛清事件で栄達した小林栄三常任幹部会員・「代々木のベリヤ」だった。ただ、宮本顕治は、非政権共産党で国家暴力装置を保有していないので、レーニン・スターリンのように、「肉体的殺人・抹殺事件」をすることができなかった。
ちなみに、私(宮地)にたいする1974年「警告」処分・専従解任措置→1977年憲法の裁判請求権行使を理由とする「除名」処分を、私は「正規の会議における党中央批判発言への報復としての政治的殺人事件」と位置づけている。それは、「政治的暗殺事件」ではない。密告者が判明しているからである。1973年、統一地方選で、愛知県党は、名古屋市議選挙で惨敗した。
選挙後、専従3人がたまたま出会って、居酒屋で選挙結果を話し合った。その場で、県選対部員の私は、選挙敗因について、県常任委員会批判を約1分半しゃべった。その8カ月後、3人の一人が、その会話内容を県常任委員会に密告した。私は瞬時に査問された。そして、8カ月前の約1分半言動を事実と認めた。その結果が、「警告」処分・専従解任となった。「報復としての政治的殺人事件」の犯人は、宮本顕治・不破哲三・上田耕一郎・戎谷春松統制委員会責任者ら4人である。この詳細は、別ファイル『日本共産党との裁判』に書いた。
第4部『「第三の男」への報復』警告処分・専従解任・点在党員組織隔離
第5部『宮本・上田の党内犯罪、「党大会上訴」無審査・無採決・30秒却下』
筆坂事件は、2003年5月26日から、6月24日までの約1カ月間の出来事である。5月26日の処分対象行為内容は、(1)「セクハラだ」と訴えた党本部女性専従、(2)筆坂秀世、(3)常任幹部会の3者が完全に一致している。それは、「カラオケのデュエットで、肩にかけた手を腰に回した」行為だけであり、それ以外にはない。翌5月27日、訴えが出された。6月9日、その性質の行為にたいし、常幹が「警告」処分相当と認定した。
事件の性質を規定する最大の要因は、2つある。匿名ファックスと常幹4人の対応である。常幹4人が「党内脅迫状」に即時屈服した原因については、最後で分析する。
匿名ファックスとは、党中央書記局直通(秘密)ファックス番号宛に送られた発信者匿名・隠蔽の「党内脅迫状」である。その文面は、たんなる「匿名の密告状」ではない。ファックスの文面は、「セクハラ議員は自民党だけではない。共産党の最高幹部にもいる。それが甘い処分で済まされようとしている。甘い処分で済ますなら、七中総を機に世間に公表するという趣旨」だった。これは「党内脅迫状」である。
そこには、3項目の脅迫内容がある。(1)、「警告」処分では甘い、もっと重い処分をせよ。(2)、常幹内部だけで決定し、中央委員会総会に掛けないという規約違反の隠蔽犯罪を許さない。(3)、この要求を呑まなければ、七中総を機に公表する。そうなれば、共産党・常任幹部会の信用がどれだけ失墜するのか分かっているのか。
常幹4人は、脅迫者に即時に屈服し、当初の「警告」処分を変更した。そして、脅迫者の要求を全面的に受け入れ、筆坂秀世を「機関からの罷免」処分と参議院議員辞職をさせた。この性質は、まさしく、「政治的暗殺事件」そのものではないのか。
(表1)の事実経過は、あまりにも多くの謎・疑惑を孕んでいる。そのいくつかを確認する。
〔謎・疑惑1〕、「警告」処分を中央委員会総会に掛けない隠蔽決定とその口実
2005年9月22日、党中央広報部は、次のように弁明した。筆坂氏の処分の事実経過は、回答文で述べているとおり、(1)常任幹部会は当初、ことが公表されたときに、被害者が受ける影響などを考慮して、常任幹部会の内部にとどめる処分(具体的には警告処分)とすることを確認した、(2)しかし、これは、常任幹部会の規律担当者の思い違いで、規約の規定によれば、党中央委員にたいする処分は、すべて中央委員会総会での決定を必要とするものであり、次の常任幹部会で中央委員罷免という処分をあらためて確認した。
常幹内部にとどめる手口は、意図的であり、党内犯罪である。規律担当者の思い違いとは、真っ赤なウソである。この誤りについては別ファイルで分析した。なぜ、こんなレベルの低劣なウソをつかなければならないのか。
〔謎・疑惑2〕、「発信者不明のファックス」の存否沈黙、筆坂へのファックス内容・処分変更理由発言内容への沈黙
党内ファックスの存在は、(1)筆坂証言と、(2)行政調査新聞記事によって、完全に暴露され、立証されている。ファックスに関する筆坂証言内容にウソは見られない。ファックスの性質は、党内脅迫者による脅迫状である。常幹4人、とりわけ、浜野副委員長・常幹内粛清担当者は、それらを事実だと認めたら、「政治的暗殺事件」を認めることに繋がり、ひたすら沈黙をするしかないのか。
それとも、常幹4人がファックス発信者をほぼ特定できているのに、その根源的背景として、「匿名の党内脅迫状」党員複数を調査(=査問)できないような党本部内問題が秘められているのか。その脅迫に加担し、または、関係した女性秘書10数人を査問しようものなら、脅迫者複数が逆に開き直り、もっと深刻な常幹内問題・不破哲三の個人的問題が暴露し、噴出させる危険が高かったのか。今そこにあるもっと大きな危険を回避・隠蔽するために、一番痛手の小さい筆坂秀世一人だけの「政治的暗殺」で切り抜けようとしたのか。
いずれにしても、常幹4人が、ファックスの存在を一切認めない事実こそが、事件の中心的な謎・疑惑である。
〔謎・疑惑3〕、「警告」処分→「中央委員罷免」処分・参議院議員辞職決定への変更口実
2005年9月22日党中央広報部は次のように変更理由を書いた。
筆坂氏は、このいきさつについて、浜野副委員長から、「もし(告発者によって)公表されると常任幹部会が甘い処分をしたと批判される、そこで中央委員を罷免する」とつげられたと述べています。
しかし、これは事実の正確な記述ではありません。浜野副委員長が、そこで述べたのは、「先の常任幹部会で警告処分を確認したが、党規約の運用について思い違いがあった。中央委員の処分は、中央委員会総会で決定しなければならず、その処分内容は内部にとどめることはできず、公表しなければならない。公表する以上は、筆坂氏の社会的責任の重さからみて、中央委員罷免とせざるをえない」ということでした。
思い違いがまずウソである。「警告」処分の公表では、なぜ駄目なのか。参議院議員の「セクハラ」問題公表だからといって、「警告」処分相当と最初に認定した「カラオケのデュエットで、肩にかけた手を腰に回した」行為を、「中央委員罷免」処分・参議院議員辞職決定というレベルにまで変更・エスカレートさせる理由になりうるのか。その理屈は、国民・マスコミにたいし説得力を持つのか。国民の誰にも、こんな弁明は通らない。何か別の裏があるのではないかとの疑惑を深めた。
中央委員会広報部『「週刊新潮」での筆坂秀世氏の一文について』
〔謎・疑惑4〕、匿名ファックス発信の党内脅迫者の調査・追求への及び腰・放棄
2003年6月14日のファックス文面は、浜野から直接見せられた筆坂証言が事実と考えられる。そこには「甘い処分で済まされようとしている。甘い処分で済ますなら、七中総を機に世間に公表する」という趣旨のことが書かれていた。
「甘い処分」という文面は、6月9日の常幹内部だけにとどめた規約違反の党内犯罪が、脅迫者に漏れ出たことを証明している。筆坂を除く常幹19人の誰かが、14日までの5日間内にリークした。調べる気になれば、リークをした常幹を直ちに割り出すことが可能である。それをしないのは、漏らした側が、常幹4人の内の一人なのか。不破・志位・市田・浜野らの一人が、自分の秘書に漏らしたのなら、リーク犯人は見つからない。なぜなら、自分たちが犯人そのものだからである。自己保身性が異様に高い4人が、みずから自分の犯行を自白するはずがない。
「七中総を機に」という脅迫内容は、脅迫者が党本部勤務員・常幹秘書であることを示している。6月14日が、ファックス発信日である。6月23日が、七中総招集日である。10日前に、その開催日を知りうる者は、党本部内でも、書記局員か常幹秘書しかない。志位秘書なら、志位和夫が「七中総報告」を執筆している委員長室の現場にいて、それを目撃している。もっとも、志位委員長室には、秘書室長がいて、女性を含め、秘書数人が配置されている。
となると、党内脅迫者の調査対象は、ごく少数に限定される。行政調査新聞記事は、その中心秘書グループを、(1)志位和夫の秘書、(2)市田書記局長の秘書と特定した。筆坂秀世も、ある幹部の話として「ふたりの人物を特定した」と語った。さらに、「国会議員の秘書でしょう」と断定した。
常幹4人は、かくして、匿名ファックス発信の党内脅迫者の調査・追求に及び腰となり、自己保身からそれを放棄した。
3、謎とき仮説を書く上での6つの前提事項
〔小目次〕
〔前提事項1〕、行政調査新聞記事執筆者の特定
〔前提事項2〕、党内脅迫者の特定
〔前提事項3〕、背後のベテラン参議院議員の特定
〔前提事項4〕、脅迫発現ルートの特定
〔前提事項5〕、常幹内粛清担当者の特定
〔前提事項6〕、代々木党本部内における「意見書」提出権利実態の特定
謎とき仮説を書くからには、ある程度の推理に基づいて、前提事項を特定しておく必要がある。なかでも、最大のテーマは、脅迫者の特定であろう。もちろん、以下6つの前提事項として確定する事実の一つ、または、いくつかが根拠を持たないと証明されれば、謎とき仮説の一部、または全体が虚構となる。それを承知で、あえて断定的に書く。
〔前提事項1〕、行政調査新聞記事執筆者の特定
行政調査新聞記事の内容は、党外マスコミの記者では書けない。(マスコミ取材)とはしている。しかし、その記事は、筆坂処分の誤りと、脅迫者への憤り、常幹4人の自己保身的屈服に批判・抵抗する党本部勤務員、とくに、国会議員秘書・赤旗記者複数が直接書いた。露骨に書くと、直ちに査問されるので、身分がばれないようにした内部告発記事である。この推理・確定が正しいとすると、代々木党本部85億円新築ビル内の人間関係は「病んでいる」。
〔前提事項2〕、党内脅迫者の特定
党内脅迫者は複数からなるグループであり、国会議員女性秘書が中心である。そこに特定した根拠は、上記で検証した。秘書グループの中心者は、(1)志位和夫の秘書、(2)市田書記局長の秘書である。脅迫動機は、国会議員秘書・赤旗記者複数が直接書いた行政調査新聞の内部告発文書内容が真相である。ただし、国会議員には、公費秘書が、政策秘書を含め3人いる。委員長・書記局長には、それとは別に、党本部委員長室・書記局長室に党本部の私設秘書もいる。宮本顕治は、委員長・議長室に複数の秘書団を統括・指導する「秘書室長」を置いていた。よって、厳密に言えば、脅迫の中心者は、複数の志位秘書団・市田秘書団内の国会議員女性秘書一人、または数人となる。
行政調査新聞『あきれた粛清劇、筆坂氏失脚の深層』内部告発文書と推測
〔前提事項3〕、背後のベテラン参議院議員の特定
このほど大胆な党内脅迫行為レベルは、日本共産党史上初めての前代未聞の出来事といえる。それには、背後に国会議員クラスの教唆・支援があった。筆坂秀世が語った「ベテランの参議院議員」とは、4回当選者の吉川春子である。彼女は、(表)にのせたように、6月24日、市田書記局長の記者会見の同日に、自分のHPで、筆坂糾弾のメッセージと書記局決定を同時掲載した。吉川春子は、1983年以来、4期連続当選の66歳である。共産党参議院議員団長・党国対副委員長であり、ベテランと言えば、彼女と特定できる。筆坂秀世も、かなりの確証がなければ、彼女を特定させるような「背後にベテランの参議院議員」という言い回しまではしない。このレベルの党内脅迫行動は、(1)志位秘書・(2)市田秘書クラスだけでは決行できないからである。
日本共産党『吉川春子HP』 『筆坂秀世参議院議員の議員辞職について』
〔前提事項4〕、脅迫発現ルートの特定
この脅迫発現ルートは、次である。(1)女性の党本部専従→(2)その夫の怒り→(3)女性の同僚秘書→(4)他の女性秘書グループ→(5)「警告」処分を聞き出した、またはリークされた志位和夫の女性秘書と市田書記局長の女性秘書→(6)参議院議員吉川春子→(7)志位・市田秘書らによる脅迫状ファックス発信→(8)常幹4人は、脅迫者を推定できたが、その調査(=査問)を放棄した。
〔前提事項5〕、常幹内粛清担当者の特定
この事件経過により、常幹内粛清担当者が、浜野忠夫副委員長であることが判明した。常幹内には、党内査問・粛清担当者の存在が絶対必要条件である。宮本時代は、それが、(1)袴田里見副委員長→(2)小林栄三常任幹部会員だった。宮本引退強要・宮本私的分派全面解体クーデター後、不破哲三は、(1)寝返って、私的分派解体に全面協力した小林栄三常任幹部会員を継続使用→2000年小林引退・2001年死亡後→(2)浜野忠夫副委員長を査問・粛清担当者に任命した。
浜野忠夫は、2000年11月、第22回大会で、新副委員長になった。それ以後、彼は、党中央レベル問題として、5つの査問・処分・粛清任務を遂行した。
第一、2000年11月、第22回大会前後、インターネット掲示板発言党員の摘発・査問・粛清を担当した。党中央批判を、仮名(ハンドルネーム)で掲示板に書き込んだ数十人を割り出し、査問した。判明しているだけでも、10数人を「除籍」し、党から追放した。ハンドルネームから本名を割り出す手口を含めた詳細は、別ファイルで分析した。
『インターネットHP攻撃政党』『掲示板発言者摘発・粛清政党』
第二、2000年12月、市川正一・元常任幹部会員・元参議院国対委員長が不倫問題で、査問され、「除名」処分になった事実を公表する任務を担当した。ただし、「除名」処分は、2000年5月になされていた。常幹は、それを、7カ月間も隠蔽していた。
第三、2005年6月、萩原遼・元平壌特派員・元赤旗外信部副部長が、朝鮮総連大会会場前で、朝鮮総連批判のビラを配った。常幹は、彼の行為を、党中央路線に反する規律違反とこじつけ、査問し、「除籍」措置で、共産党から追放した。浜野は、その大キャンペーン論文も執筆・担当した。
第四、2006年1月、可知正・元『前衛』編集長が、痴漢行為で逮捕された。彼を査問し、「中央委員からの罷免」処分と「党員権1年間停止」処分を受け持った。
第五、2006年6月、筆坂秀世常任幹部会員・政策委員長・参議院議員が、党本部勤務女性から、「カラオケのデュエットで、肩にかけた手を腰に回した。セクハラだ」と訴えられた。浜野は、その全経過を担当した。
(1)女性への事情調査→(2)筆坂査問→(3)常幹内「警告」処分決定、中央委員会には掛けないという規約違反犯罪の提案→(4)匿名ファックスを受け取って、筆坂にテレビ出演の“ドタキャン”指令→(5)「中央委員からの罷免」処分と参議院議員辞職決定を通告→(6)処分決定の常幹に筆坂は欠席せよと命令
→(7)記者会見指令を中止指令に逆転、筆坂による記者会見要求を拒絶→(8)筆坂要求をなだめに、筆坂宅に来た浜野にたいし、筆坂妻が猛抗議すると「すみません、すみません」と床に頭をすりつけんばかりに謝った→(9)『週刊新潮・9月22日号』に載った筆坂「日本共産党への弔辞」にたいし、浜野は「党中央広報部」名で筆坂批判文を執筆・発表した→(10)筆坂著書『日本共産党』にたいする浜野反論文公表により、初めて常幹内粛清担当者の素顔を党員・国民に露呈した。
〔前提事項6〕、代々木党本部内における「意見書」提出権利実態の特定
この一連の経過は、代々木党本部800人内の人間関係の病み具合を浮き彫りにした。それだけではない。常幹4人と800人との党内運営関係が、いかに党内民主主義から逸脱し、一種犯罪的な民主主義破壊という実態に陥っていることを証明した。具体的には、Democratic Centralism規約において、文面上で保障されている「意見書」提出権利が、常幹によって完璧に破壊されていることである。
党本部勤務員の誰もが、「意見書」をいくら提出しても、無視・握りつぶされることを知っている。むしろ、常幹への批判を書けば、報復された体験を無数にし、または、見聞きしてきた。専従解任は、「規約上の処分」でなく、「専従契約の解除措置」である。「意見書」で批判した専従を呼び出し、「あなたは、共産党専従としての資格と資質に欠ける。よって、解任する」と通告すれば、それに抵抗する規約上の手段は何一つない。
ちなみに、1974年、私(宮地)は、「警告」処分・専従解任通告に抗議し、25通もの「意見書」・質問書・調査開始要請書などを党中央に提出した。その受領書は一度も来なかった。調査もされなかった。党中央は、その25通を完全に握りつぶした。1977年、第14回大会で、党大会議長団上田耕一郎は、私の党大会「上訴書」を無審査・無討論・30秒却下した。
私の妻は、私の専従解任に納得できないとして、当時の宮本委員長宛に、「質問書」6通を送った。党中央訴願委員会は、妻にたいしてだけ「受領書」を6回送ってきた。ただ、その回答を一度もしないで、握りつぶした。常幹は、夫婦が出した31通をすべて無視し、握りつぶした。これこそ、常任幹部会が、抗議や批判の「意見書」「質問書」を処理する実態・本質である。
第4部『「第三の男」への報復』警告処分・専従解任・点在党員組織隔離
第5部『宮本・上田の党内犯罪、「党大会上訴」無審査・無採決・30秒却下』
宮地幸子『政治の季節』冬の花−「質問書」6通への無回答・握りつぶし
別ファイルも含め、このファイルでも、匿名ファックス発信者を「脅迫者」と規定してきた。行政調査新聞記事執筆者を「怒って、内部告発記事を直接執筆した国会議員秘書・赤旗記者」とした。しかし、別の視点から見れば、彼女ら・彼らは、いずれも、鬱屈した悲劇の専従たちと言える。というのも、筆坂事件に関して、正規の「意見書」が民主主義的に討論され、処理される党内関係・雰囲気があれば、誰もそんな行動に出る必要がないからである。
その最大の責任者は、党内民主主義破壊の犯罪的組織原則・Democratic Centralismに固執する常幹4人である。彼らが、民主集中制という暴力革命規律を放棄しないのは、彼らの異様なまでの自己保身性が主因である。というのも、民主集中制を放棄すれば、彼らの党内犯罪・党内民主主義破壊行為にたいする批判が噴出し、共産党トップグループから転落することは、100%確実だからである。今や、資本主義国において、この党内民主主義破壊の組織原則を固持しているのは、ポルトガル共産党と日本共産党の2党だけになっている。その本質・運用実態については、別ファイルで分析した。
『なぜ民主集中制の擁護か』本質・運用実態
『ゆううつなる党派』民主主義的中央集権制の4システム
『コミンテルン型共産主義運動の現状』ヨーロッパでの終焉とアジアでの生き残り
4、常幹4人が「党内脅迫」に即時屈服した原因の仮説 (表2、3、4)
〔小目次〕
1、即時屈服経過−6月14日〜16日の3日間で激変した謎・疑惑 (表2)
2、党内脅迫に即時屈服の2原因に関する仮説 (表3、4)
1、即時屈服経過−6月14日〜16日の3日間で激変した謎・疑惑
2003年6月9日、常幹(秘密会議)は、(1)筆坂「警告」処分を決定し、(2)その処分を中央委員会総会に掛けないという規約違反犯罪も決定した。(3)規約違反提案をしたのは、浜野副委員長・常幹内粛清担当者である。
6月14日〜16日、匿名ファックス「党内脅迫者」に3日間で屈服した経過を確認する。脅迫内容「七中総を機に公表する」という7中総は、6月23日である。筆坂「中央委員会からの罷免」処分・参議院議員辞職を決定した常任幹部会は、6月16日である。ファックス受信後、7中総までには、まだ9日間の余裕があった。その間に、脅迫者を割り出し、ファックス発信調査・摘発・査問する日数的余裕がある。それにもかかわらず、なぜ、わずか3日間で、匿名脅迫に屈服したのか。
(表2) 匿名ファックス「党内脅迫者」に3日間で屈服した経過
月日 |
匿名ファックスと脅迫への屈服経過 (その根拠) |
6月14日 |
1、書記局専用の(秘密)ファックス番号で、匿名ファックス受信 (行政調査) 2、常幹4人が、緊急の秘密会議。ファックス対策決定。15日の筆坂テレビ出演の交代決定 (宮地推測) 3、夕方、浜野が筆坂に「大至急、党本部にきてほしい」と電話 (筆坂証言) 4、浜野が筆坂に「国会で不穏な動きがある。明日のテレビ出演は市田に代わる」と指令 (筆坂証言) 5、浜野が筆坂に「16日の常任幹部会も欠席せよ」と指令 (筆坂証言) 6、党中央広報部は「体調不良で欠席」とウソ−浜野執筆文 (広報部) |
6月15日 |
7、筆坂テレビ出演ドタキャン→市田に交代→マスコミにセクハラ噂・疑惑が一挙に広まる (行政調査) |
6月16日 |
8、筆坂を欠席させた常任幹部会が、「中央委員会からの罷免」処分・参議院議員辞職を決定 (広報部) 9、常任幹部会は、浜野が筆坂に、ファックス原文を見せつつ、決定を翌日伝える任務を指示 (筆坂証言) 10、浜野は「筆坂が、みずから『常任幹部会委員も参議院議員も辞める』と言った」とウソ (浜野反論文) |
2、党内脅迫に即時屈服の2原因に関する仮説
〔小目次〕
〔第1原因〕、匿名脅迫者グループの想定とマスコミへのリーク発生ニュースへの驚愕・恐怖
〔第2原因〕、不破哲三の個人的問題や常幹問題暴露行動への恐怖・自己保身 (表3、4)
〔第1原因〕、匿名脅迫者グループの想定とマスコミへのリーク発生ニュースへの驚愕・恐怖
常幹4人は、匿名ファックスを使った党内脅迫者グループを想定できた。ほぼ特定さえできた。その行為は、党本部内の女性秘書ら10数人による明白な分派活動だった。しかし、そこには、志位秘書・市田秘書とともに、背後に当選4回ベテランの参議院議員団長吉川春子がいた。党本部勤務員10数人レベルでの分派・脅迫活動は、日本共産党始まって以来の驚愕すべき事態だった。彼女らと吉川春子とを調査(=査問)すれば、党本部内で、どういう危機が勃発するか分からなかった。
それだけではない緊急事態が、国会マスコミ関係で発生した。浜野が筆坂に言った「国会で不穏な動きがある」というニュースが飛び込んできた。それは、女性秘書らの分派・脅迫グループが、書記局直通のファックス送信だけでなく、それと同時に、国会マスコミ関係に、筆坂セクハラ疑惑をリークしたことを意味する。なぜなら、共産党女性秘書グループの変な動きであれば、浜野のような言い方をしないからである。ニュースの根拠は、2001年参議院選挙結果の共産党議員10人・秘書団30人の誰かが、リークを受けたマスコミ記者から、「裏どり」の逆取材をされたことである。常幹4人は、真っ青になった。
もし、これが公表していないままでスクープされれば、志位委員長による飲酒禁止命令文書有無に関するウソにまみれた二転三転のどたばた劇よりも、さらに深刻な常幹権威失墜を引き起こすからである。
その分派グループは、常幹宛に正規の「意見書」を出しても、(1)完全に握りつぶされるか、それとも、(2)逆に報復解任されることになることを、多数の情報・党本部内データから熟知していた。さらに、匿名ファックスだけでは、握りつぶされるだろうという閉塞した絶望感に囚われていた。となると、もう一つの、絶対に握りつぶしをさせない実力行使を同時に遂行するしかない。
それが、(1)匿名ファックス発信とともに、(2)国会マスコミ関係に、筆坂セクハラ疑惑の一部をリークする二正面作戦である。「七中総を機に公表」という脅迫状にしたのは、要求を呑ませるタイムリミットを6月23日に設定したことを意味する。タイムリミット設定は、セクハラ疑惑の一部リークと矛盾しない。絶望感に溢れた脅迫者なら、この程度の二面作戦と回答期限設定を思いつくのは当然である。
〔第2原因〕、不破哲三の個人的問題や常幹問題暴露行動への恐怖・自己保身(表3、4)
党内脅迫者の要求を拒絶するだけでなく、参議院議員団長吉川春子を含め、特定できた彼女ら党本部分派グループ10数人を、摘発・調査(=査問)・規律違反処分をしようとしたら、どのような反動・反逆が予想されるのか。その恐怖に怯えた結果としての自己保身対応という原因も推測できる。
これについては、3つの項目のみを挙げる。詳しくは、行政調査新聞記事、『週刊朝日』の筆坂証言、別ファイルの内容を参照されたい。それらの暴露内容が、党員・読者や国民にどれだけの説得力を持つのかによって、常幹4人の恐怖・自己保身の度合が異なる。以下の内容が、反動・反逆する可能性を持つ国会議員秘書らによって、詳細に暴露されたら、不破哲三への信頼度はどうなるのか。
第一、不破哲三の個人資産蓄財疑惑
(1)神奈川県津久井の自宅山荘約1000坪の購入・増改築・維持資金、(2)90冊以上の不破名義出版著書の印税収入約1000万円という手取り額、(3)年収約4000万円があるのに、他議員との比較での党への寄付金額約700万円の少なさなどは、党本部勤務員800人の疑惑事項として、噂になっている。その真相は不明である。その疑惑について、共産党国会議員秘書・赤旗記者グループが、行政調査新聞記事として、内部告発した。
行政調査新聞『あきれた粛清劇、筆坂氏失脚の深層』不破哲三の個人資産蓄財疑惑
日本共産党『不破哲三議長の主な著作』最近の個々著書宣伝と著作全リスト
第二、不破夫人の言動問題。不破哲三の私生活レベル実態への批判
これも、不破哲三自宅山荘に行ったことがある議員・党本部専従がすべて噂にしている。毛沢東になぞらえて「江青夫人」と呼ぶ幹部もいる。筆坂は、山荘に10回以上行ったと証言している。彼の証言によれば、夫人にたいする党内の批判にたいし、不破哲三は「これだけは目をつぶってくれ」と答えた。私生活実態への批判も、料理人2人を山荘に配置していたと筆坂が証言している。(『週刊朝日』P.24)
第三、不破哲三の宮本私的分派解体クーデター手口の問題点
彼は、宮本顕治が脳梗塞で再起不能になったと判定し、(1)宮本引退強要と、(2)宮本私的分派全面解体という2正面作戦を遂行した。それは、分派活動規律違反への処分を伴わない解任・降格という平和的粛清による不破哲三の「宮廷革命・クーデター」だったと規定できる。そのクーデターは、1997年第21回大会→2000年第22回大会の2大会連続で行われ、完璧に成功した。
その手口の問題点が、党本部専従800人の批判・不満などの噂になって流布した。(3)、引退経過について、強要実態を隠し、宮本が自ら申し出たとのウソを流した。(4)、宮本秘書団私的分派の中心人物だった小林栄三を彼の分派規律違反行為不問・常幹地位保全の条件で、不破哲三側に寝返りさせた。脅迫と説得手口で、彼を、私的分派グループの全面解体に協力させた。「代々木のベリヤ」「ごますり・茶坊主」とのこのような不破式司法取引は許されるのか。(5)、2大会連続による秘書団私的分派解体には、小林栄三密告内容を脅迫・説得手法として全面的に使った。密告の大々的活用は、代々木ビル内の疑心暗鬼を産み出した。(6)、そのクーデターを遂行・加担した不破側グループの行動は、党本部内の分派活動ではないのか。最高権力者だけには、分派活動が正当化されるのか。
(7)、浜野忠夫は、不破側グループの粛清担当者として、宮本秘書団私的分派解体作戦で活躍し、その功績によって、副委員長に昇格したのではないのか。
浜野疑惑根拠の一つとして、内部告発文書としての行政調査新聞記事に次の常任幹部会内会話が載っている。その後、市田と浜野は日共トップの不破哲三党議長に事の次第を報告し、問題処理について判断を仰いだ。不破氏は、「筆さんは、以前から外で飲酒して女性との悪ふざけがあると噂があるから、反省してもらった方がいい。そういう分野は浜野さんの専門だから、浜野さんの方で処置を考えなさい」と述べたという。「浜野さんの専門」とは何か。それは、彼が、2000年第22回大会で副委員長になって以降、党内粛清・規律問題の専門担当だった真相を証明する。
内部告発文書を直接執筆した国会議員秘書・赤旗記者グループは、そのように微細な秘密情報をどこから、誰から入手したのか。それは、1)、常幹4人以外の常任幹部会員15人の誰かか、あるいは、2)、3人の会話場所にたまたま同席していた秘書の誰かが、そのグループに、常幹内会話内容をリークしたとしか考えられない。公安関係では、これだけ微細な会話までは掴めない。この会話が真実だとすれば、彼は、宮本秘書団私的分派解体クーデター最中から、その粛清専門担当を務めたと想定できる。
『不破哲三の第2回・宮本顕治批判』〔秘密報告〕宮本秘書団私的分派の解体クーデター
分派禁止規定を党内統制・常幹自己保身の最大武器とする日本共産党は、党内粛清を絶対必要付随物としてきた。最高権力者は、その都度、粛清担当者を指名し、粛清功績を挙げた側近に、大々的な抜擢人事で酬いた。典型的な論功行賞ケースを2つ挙げる。浜野人事はその3番目の疑惑を持つ。リンクのみをする。
〔論功行賞1〕、1978年『スパイ査問事件と袴田除名事件』小林栄三・二段階特進の「汚れた手」出自
〔論功行賞2〕、1985年『宮本勇退提案の東大院生支部粛清事件』志位和夫・大抜擢の「汚れた手」出自
〔論功行賞3〕、2000年『宮本私的分派解体クーデター作戦』浜野忠夫・副委員長昇進の「汚れた手」出自疑惑
宮本顕治が、彼の秘書団を中心として、最高権力者私的分派を意図的に創る党内分派活動を自ら犯してきた事実は、さまざまなファイルにおいて、書いてきた。ただ、それを見てと言われても、ファイルが長いので探すのが難しい。私的分派解体クーデターの遂行者として、不破哲三以外に、浜野忠夫が不破グループの一員だったという疑惑が浮上してきた。そこで、改めて、その(表)だけを2つ載せる。
(表3) 宮本秘書団私的分派・側近グループリスト
名前 |
出身 |
14回大会党内地位 1977 |
20回大会党内地位 1994 |
任務経歴 |
諏訪茂 |
宮本秘書 |
常任幹部会員 |
/ |
1972年、宮本捏造による民青新日和見主義分派査問委員、15回大会常任幹部会員。死去 |
宮本忠人 |
宮本秘書 |
常任幹部会員 |
常任幹部会員 |
書記局次長、機関紙局長。立花隆・袴田里見問題対策での「スパイ査問問題第1委員会」10人のトップ、反論大キャンペーンを組織・指導、兵本達吉もその委員メンバーだったと証言 |
小林栄三 |
宮本秘書 |
常任幹部会員(中央委員から2段階特進) |
常任幹部会員 |
文教部副部長、袴田政治的殺人「小林論文」執筆と粛清担当、教育局長、法規対策部長、思想建設局長、書記局員、山形県猪口県委員の粛清担当、『日本の暗黒』連載中断での下里正樹赤旗記者解雇・除名の粛清担当、2001年死去 |
小島優 |
宮本秘書 |
幹部会委員 |
常任幹部会員 |
書記局員、日常活動局長、統制委員会責任者、長期に赤旗編集局・拡大部門担当 |
白石芳郎 |
宮本秘書 |
幹部会委員 |
常任幹部会員 |
書記局員、選挙・自治体局長、文化・知識人委員会責任者 |
宇野三郎 |
宮本国会秘書(宮本参議院議員時期) |
中央委員 |
常任幹部会員 |
社会科学研究所長・党史資料室責任者、『党史』編纂責任者、宮本意向の理論化担当、党批判者・反党分子への反論部門担当、『民主文学4月号』問題での宮本意向を受けた民主文学同盟幹部粛清担当
|
金子逸 |
宮本秘書 |
/ |
常任幹部会員 |
宮本ボディガードで身辺防衛担当、書記局次長 |
佐々木陸海 |
宮本秘書、宮本議長室室長 |
/ |
常任幹部会員 |
国際委員会責任者、衆議院議員、書記局次長 |
上田均 |
宮本秘書 |
幹部会委員 |
常任幹部会員 |
財務・業務局長 |
有馬治雄 |
宮本秘書、宮本議長室室長 |
/ |
常任幹部会員 |
書記局次長、選対局次長 |
有働正治 |
宮本秘書 |
/ |
幹部会委員 |
選対局次長、『前衛』編集長、参議院議員 |
吉岡吉典 |
宮本秘書 |
准中央委員 |
幹部会委員 |
赤旗編集局長、政策委員長、参議院議員団長 |
1977年の第14回大会とは、袴田副委員長・常任幹部会員の全役職剥奪をした大会である。宮本顕治は、袴田粛清担当で大活躍し、私的分派ボスの栄光と権威を守りぬいた小林中央委員・元宮本秘書の功績を高く評価し、常任幹部会員へと2段階特進させた。1994年の20回大会とは、宮本引退前の大会である。宮本秘書出身者のかなりを常任幹部会員に抜擢し、側近グループ・私的分派を土台とする宮本個人独裁は絶頂期に達し、完成していた。このメンバー以外にも、宮本側近グループ「ごますり・茶坊主」と党本部内で言われている幹部が数人いる。いずれ彼に大抜擢され、幹部会員、常任幹部会員となり、党中枢部門を担当し、彼の周辺を固めていた。
(表4) 宮本秘書団私的分派・側近グループ解体措置
名前 |
出身 |
14回大会党内地位 1977 |
20回大会党内地位 1994 |
人事措置=平和的粛清手口 (21)=21回大会、(22)=22回大会 |
諏訪茂 |
宮本秘書 |
常任幹部会員 |
/死去 |
/ |
宮本忠人 |
? |
常任幹部会員 |
常任幹部会員 |
引退(21) |
小林栄三 |
宮本秘書 |
常任幹部会員(2段階特進) |
常任幹部会員 |
引退(22) 2001年死去 |
小島優 |
宮本秘書 |
幹部会委員 |
常任幹部会員 |
引退(21) |
白石芳郎 |
宮本秘書 |
幹部会委員 |
常任幹部会員 |
格下げ(21)、引退(22) |
宇野三郎 |
宮本国会秘書 |
中央委員 |
常任幹部会員 |
格下げ(21)、引退(22) |
金子逸 |
宮本秘書 |
/ |
常任幹部会員 |
格下げ(22) |
佐々木陸海 |
宮本秘書、宮本議長室室長 |
/ |
常任幹部会員 |
格下げ(21)、衆議院議員排除(2000年) |
上田均 |
宮本秘書 |
幹部会委員 |
常任幹部会員 |
留任(22) 財務・業務局長 |
有馬治雄 |
宮本秘書、宮本議長室室長 |
/ |
常任幹部会員 |
引退(22) |
有働正治 |
宮本秘書 |
/ |
幹部会委員 |
格下げ(21)、引退(22)、参議院議員排除 |
吉岡吉典 |
宮本秘書 |
准中央委員 |
幹部会委員 |
留任(22) 2004年参院選で議員引退 |
小林栄三の引退問題について、一言触れる。不破哲三は、司法取引に基づき、彼を引き続き常幹内粛清分野の専門担当者としていた。2003年6月、不破が言った「この分野は浜野さんが専門」と同じ任務である。ところが、1998年、彼が、参議院議員秘書兵本達吉を査問中、被査問者の兵本から「いいかげんなでっち上げをやるな」と、逆に怒鳴り返され、査問委員側の小林栄三が泣き出し、小便を漏らした。これは、日本共産党査問史上、前代未聞の党中央査問委員側の不祥事だった。不破・志位・市田らは、真相調査・確認の上、「小林栄三常任幹部会員は、粛清担当者としての使用価値を失った」とし、引退させた。この経緯の詳細は、別ファイルに書いた。彼は、引退1年後の2001年に死去した。
『「「代々木のベリヤ」こと小林栄三・2段階特進常任幹部会員」不祥事と引退の経緯
5、不破哲三らが直面した3つの選択肢と「政治的暗殺」の選択
ロイ・メドヴェージェフは、ソ連崩壊前後から、ロシア革命史の研究に「選択肢的方法」を採り入れた。それは、レーニン時代において、実行可能な選択肢がいくつかあったと規定し、それを具体的に提起した。それに基づいて、レーニンの選択は誤りだったと論証した。私(宮地)も、彼にならい、レーニン批判のファイル多数において、その方法で分析している。
この筆坂事件の分析においても、その方法で検証する。不破哲三ら常幹4人には、実行可能な選択肢が3つ存在した。
〔選択肢1〕、「警告」処分のままで公表・記者会見をし、党内脅迫を無視・不問
「国会で不穏な動き」があろうとも、それに動揺せず、6月9日の常幹決定どおり、筆坂セクハラのレベルは「警告」処分相当と公表する。筆坂秀世に、当初方針のまま、記者会見をさせる。セクハラの処分対象行為内容も明言させる。「二次被害」の危険回避には、筆坂が「それには答えられません」と言えば、すむことである。
匿名ファックスによる党内脅迫は無視し、握りつぶす。分派グループはほぼ特定できる。しかし、彼女らを調査(=査問)・規律違反処分をしようとすれば、不破哲三の個人的問題や常幹問題を暴露するという反動・反逆の危険性も高い。よって、調査(=査問)を放棄する。何の処分にもしない。
〔選択肢2〕、「警告」処分公表をし、党内脅迫者グループの調査(=査問)・処分・専従解任
「警告」処分公表と記者会見を行う。一方、党内脅迫行為は、重大な規律違反であるとともに、その行為は、10数人による分派活動である。これを見過ごしたら、党本部800人内の規律は内部崩壊する。そのグループ・メンバーについてのリスト・アップや噂が、党本部内で乱れ飛んでいるからである。そのような断固たる対応をしなければ、常任幹部会は、800人からなめられ、軽蔑される。
ほぼ特定できている者は3人である。(1)志位委員長の女性秘書、(2)市田書記局長の女性秘書、(3)背後にいる吉川春子参議院議員団長が、党内脅迫グループの中心メンバーである。6月23日の7中総前にも、グループ全員の調査(=査問)・処分・専従解任を決行する。ただ、難問は、吉川春子への措置・処分である。彼女を処分するとすれば、参議院議員が一人減る。
〔選択肢3〕、脅迫者一切不問。筆坂一人のみの「政治的暗殺」
最も穏便で、党内抵抗・反逆が発生しない解決策は何か。(1)筆坂の使用価値と、(2)脅迫者グループによる暴露・反逆の危険度とを天秤にかけるとどうなるのか。筆坂なら、「警告」→「中央委員からの罷免」処分・参議院議員辞職への変更をしても、それにたいし暴露・反逆する危険性は低い。しかも、ほとぼりが冷めたら、彼を党本部勤務員に復職させる。そして、何か『前衛』論文一本でも書かせ、専従生活費だけを支給してやる。そうしておけば、彼を「代々木ビル内の窓際族とし、生活費による口封じ作戦によって、永久的な飼い殺し」にすることができる。
脅迫者グループを調査(=査問)・処分するよりも、筆坂一人だけの「政治的暗殺」をした方が、常任幹部会が蒙る打撃・信用失墜を低く押さえ込むことが可能である。というのも、彼の従順度や党派性(=常幹4人への盲従性)から見て、彼が叛旗を翻し、常幹内部事情・党中央の実態などを、著書などで暴露出版する危険は考えられないからである。
結果として、不破哲三ら常幹4人は、脅迫者たちに、わずか3日間で屈服し、彼女らの行為を一切不問にしたままで、筆坂一人だけの「政治的暗殺」コースを選択した。
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〔関連ファイル〕
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『筆坂「政治的暗殺」から「外部飲酒禁止令」へ』常幹4人の党運営に関する『哲学の貧困』
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行政調査新聞『あきれた粛清劇、筆坂氏失脚の深層』内部告発文書と推測
有田芳生『共産党は筆坂氏の発言に答えるべきだ』週刊朝日2006年5月19日号
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